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危険実現連関論の展開(二)

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(1)

危険実現連関論の展開(二)

その他のタイトル Die Lehre vom

Gefahrverwirklichungszusammenhang (2)

著者 山中 敬一

雑誌名 關西大學法學論集

巻 46

号 3

ページ 489‑588

発行年 1996‑09‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00024550

(2)

︹ 論

危 険 実 現 連 関 論 の 展 開 口

説 ︺

‑.はじめに

①間接的危険の事例類型の特徴

②潜在的危険源介入類型︵以上前号︶

③内部誘発危険介入類型

④不合理行動介入類型

⑥帰属基準の総括︵以上本号︶

四状況的危険への介入類型

五.自己答責的・規範的行動介入類型

山中

(3)

内部誘発危険介入類型

物理的変転危険介入類型

0)

既述のように︑外部誘発的危険介入類型においては︑直接危険類型におけると間接的危険類型におけるとで︑帰属

原理は原則的に異ならない︒それは︑危険の修正か転換かによって定まる︒間接危険類型における内部誘発危険介入

類型においては︑既述のように︑三つの類型に分けられる︒第一に︑①物理的変転危険類型︑第二に︑②病状変転危

険類型がある︒これらは︑直接的危険から︑物理力や病状の物理的・病理的な因果の流れに応じて︑第二次的危険が

介入する場合である︒たとえば︑第一の交通事故により︑第二の交通事故が誘発される場合︑そして︑第一次的危険

の創出から︑被害者の病状の変化により︑次の症状が招かれる場合がこれに属する︒第三に︑③社会制度的反応行動

の介入の類型は︑社会的にある事象に対する反応が予期しうるような場合である︒さらに︑内部誘発か外部誘発か自

体が問題である④﹁動機誘発﹂の類型がある︒これは︑人の不合理な行動が介入する類型である︒ここでは︑動機誘

この事例は︑第一次的な直接的危険は収束に向かったが︑それに物理的に切迫した第二次的危険を招来させた場合

をいう︒この類型は︑介入する第二次的危険の危険源が︑第一次的危険の作用範囲内に入り込んでくる点に特徴があ

る︒この類型においては︑第二次的危険は︑第一次的危険によって第二次的危険の介入を招く﹁高められた危険状

況﹂が創り出され︑その状況が継続している︒原則的には︑このような類型においては︑第二次的危険の発生が︑第

一次的危険の空間的にも時間的にも近接した直接の﹁物理的作用﹂の範囲内に含まれる︵空間的・時間的切迫基準︶

から︑危険実現連関は肯定されるであろう︒この帰属基準は︑いわば因果関係の最もプリミティヴな︑事実的・カ学 発の性質に着目して︑帰属基準が探究される︒

` ︑

9

̲

︐ 

(4)

的な作用の側面を考慮するものである︒このような危険の物理的切迫性は︑﹁高められた危険﹂の状況を創り出すも

のである︒この﹁高められた危険状況の存続﹂があるかぎり︑危険実現連関は肯定されるが︑逆に︑﹁危険状況の準

平常化﹂︵準中性化︶が介在したとき︑その高められた危険状況はほぼ解消される︒その中間には︑物理的切迫性の

程度が緩和され︑介入状況や介入者の不合理行動などが問題になる類型も存在する︒

まず︑第一に︑これに属する事例群は︑交通事故を起こした際︑その自動車によって跳ねられた被害者が︑路上に

失神し︑あるいは負傷して転倒したが︑その負傷のみでは死亡につながらなかったにもかかわらず︑その場所を通過

した別の自動車に礫過されて死亡するような事例である︒この種の例は︑判例上︑極めて多い︒

オーストリア最高裁︳九五五年五月三一日判決(EvB

19 55 /3 19 ) 

被告人は︑天候と道路の状況からスピードを落とすぺきだったのに︑それをせず自動車を運転したため︑その影響でオートバ

イがすべった︒そこで︑オートバイ乗りが恐怖を感じて飛び降りたため死亡したという事案につき︑その後の指導的判例となっ

た見解を展開した︒それによると︑まず︑﹁その条件の一っを惹起した一切の所為は︑発生した刑罰法規違反の結果に対して因

果的である﹂とした後︑次のようにいう︒﹁行為者の行為と発生した結果の間の因果関係の問題にとっては︑ある事象の介在︑

または第三者の︑任意の︵故意的な︶︑同じ結果に向けられた行為の介在は︑その事象または第三者の行為が︑被告人の行為に

結果を惹起するに適していたときにのみ︑一定の役割を果たすことがある︒結果が︑そのような︑行為者によって惹起されてい

1 8

( i )  

危険実現連関論の展開口

︵ ア

オーストリアの判例 第二の車による礫過の事例群

(5)

1 9

ない中間原因によって先に発生させられてしまうときにのみ︑行為者の行為と発生した結果の間のいわゆる因果関係の中断であ

るということができる︒したがって︑ある事故において第三者の行為が︑責任をもって行為した行為者の刑事責任を排除するか

どうかの判断にとっては︑事故が︑第三者が他行為をしていたならば回避されたであろうかどうかによるのではなく︑行為者が

ここでは︑本稿で展開された帰属基準を用いると︑﹁介在事情ないし介在する第三者の行動が︑外部誘発的危険で

ある場合にのみ︑危険実現連関︵因果関係︶が中断される﹂という命題が唱えられているとも理解することができる︒

もちろん︑この判決の中にいう︑介在事情ないし第三者の行動のみで結果を惹起できた場合の厳密な意味については

不明確である︒なぜならば︑条件関係の存在するかぎり︑介在する第三者の行動などによる危険は︑やはり行為者の

危険創出行為を契機としているのであって︑﹁外部誘発的危険﹂は︑主たる動因を外部的な危険力の系列に求めると

いうものにすぎないからである︒この判決の命題そのものは︑したがって︑条件説に従い︑介在危険の発生に対して︑

行為が条件関係にないときにのみ︑因果関係が中断すると︑矛盾した命題を主張しているようにも理解できる︒いず

れにせよ︑条件関係の問題と帰属基準の問題とが分離されておらず︑判例の趣旨は明確ではない︒それにもかかわら

ず︑上記のように理解することによって︑帰属基準の展開として読み替えることも不可能ではない︒この判決の後︑

このように条件関係説を基礎として︑オーストリア最高裁は︑このような第二の交通事故を惹き起こす事例を含めて

(1 ) 

多くの事例のこの公式を適用して︑因果関係を肯定した︒次の判例は︑因果関係を肯定したものである︒

オーストリア最高裁︳九六八年五月三0日判決

(N

VR 

19 69 ,  2 18 ) 

Eは︑山道で︑対向車があったにもかかわらず︑時速約二0

(6)

2 0

う興味深い基準を展開している︒最高裁は︑

この事例においても︑判例は︑第二事故は︑第一の危険なしにも発生していたとはいえないとするのであるが︑こ

の論拠には概念的混乱が見られる︒これは︑条件関係があれば因果関係としては十分であるとする趣旨ではない︒客

観的帰属論の立場からは︑ドイツの判例がいうように︑第一の危険が切断され︑新たな危険が創出されたのではなく︑

第一の危険の実現であるとみなされるというのが︑この判例の真意であろう︒ここでは︑第二の危険の第一の危険と

の﹁物理的な切迫性﹂が︑帰属肯定の決定的な根拠となっているように思われる︒

その後のオーストリアの判例においては︑危険連関の枠組みの中で︑このような物理的切迫危険の類型について︑

(2 ) 

第一の惹起者によって創出された危険状況が﹁危険を高める契機として存続する﹂かぎりで危険連関を肯定するとい

一九七六年三月二三日の判決において︑玉つき衝突事故の事案につき︑

この基準を確認し︑﹁被告人によって争われた︑直接に衝突事故につながる被告人の落度ある行為と︑それに続いて

生じた致死結果をともなう後続事故との間の

危険状況﹂の存在を確認した︒

危険実現連関論の展開口 ︵特殊な違法︶危険連関は存在する﹂として︑﹁継続的に危険を高める

ウィーン高等裁判所︳九七九年二月ニ︱日判決

(O LG Wi en  Z

VR

 

198 0¥ 

17 1)  

(7)

2 1

ドイツの判例は︑何らの差し迫った切っかけがないのに︑突然停車した先行車の運転者は︑後続車が十分な車間距

(4 ) 

離をとっているということを信頼することはできないとしている︒

バイエルン最高裁一九六四年八月ー一日判決

(Y

RS

28 ,  1 40 ) 

(~11)

被告人Lは︑時速六0キロメートルで自車を運転中︑過失で︑横断中の七四歳の女性BB

は ︑

濡れた車道に転倒し︑その直後に疾走してきたSの運転するオペルに礫かれ︑翌日︑病院で死亡した︒B

は ︑

Lの車によって太

股を骨折しただけであったが︑Sの車に礫かれたことによって︑複雑骨折し︑内臓に傷害を受けた︒なお︑S

︻判旨︼﹁結果の客観的帰属の前提は︑とくに行為者の原因行為とそこから生じた各結果の間の違法性連関である︒それによ

れば︑行為者に帰属可能なのは︑侵害された規範がその回避をとくに目的としていた危険がその中に実現したような結果のみで

ある︒それは︑後続事故の場合には︑結果が︑i件の場合のようにー︑直接に行為者によって創出された特殊な危険状況

から生じ︑しかも︑その危険状況がその危険を高める契機として存続している限りにおいて︑あてはまる︒対象となっている事

故事象の各局面の時間的・場所的接近関係は︑明らかに︑存続する危険を高める危険状況を認定することを正当化する︒相互に

密接に関係し合う事故の経過のために︑ほぼ︱つの統一された事象であるといえるとき︑そのことはますますあてはまる︒禁止

された結果は︑適法な行為者の行為が行われておれば︑その危険︵ここでは︑車道への歩行者の転倒︶はそもそも発生しなかっ

本判決は︑ほぼ本稿で︑主張しようとしている﹁物理的作用の切迫性﹂の基準を基礎として︑第二次的危険の介入

時に︑﹁高められた危険状況﹂が存続しているかぎりで︑﹁違法性連関﹂︑

(3 ) 

ドイツの判例

つまり︑帰属を認めるという見解を展開し

(8)

2 2

行為が介入している場合もある︒ ということに対して当てはまる︒

ていたが︑時速三0キロメートルから三五キロメートルで線路下の地下道にさしかかったとき︑前から戦車がやってきたので︑

急プレーキをかけたところ‑0メートル走ったところで停車し︑そこへ後続車が追突してきた︒区裁判所は︑道路交通規則一

条︑および道路交通法ニ一条違反で有罪とした︒

被告人Xは︑対向車線上を戦車などが通ることによって生じた少なくとも七台の数珠つなぎ状態の車の先頭に位置し

追突事故においては︑後続者につねに単独の責任を負わせ︑先行者は︑後行者に対して︑一般的な注意義務から解放

されているということにはならない︒信頼の原則は︑交通違反が頻繁に行われ︑通常の運転者ならそれを計算に入れなければな

らないような交通違反に対しては適用できない︒このことは︑とくに数珠つなぎ状態にある後続車が十分な車間距離をとらない

数珠つなぎ状態で走行している車が先行車の事故による停車などで追突した場合︑先行車の運転者は︑後行車に不 十分な車間距離︑若干の制限速度違反などの交通規則違反があったとしても︑第二の事故の被害に対して︑原則とし て︑責任を負うべき場合があるが︑その根拠は︑それが︑第一の事故の経験的に通常の物理的作用の範囲内であり︑

さらに時間的にも近接するがゆえに物理作用的切迫性をもつという点に求められるであろう︒

( 5)  

しかし︑第一の事故と第二の事故の間に︑第一の事故の惹起者の︑この危険を﹁中性化﹂︵平常化︶

ハム上級ラント裁判所一九五五年九月二二日判決

(O LG

H a m m

Y,  

RS

 1 0 ,  

36 7)  

しようとする

︻事実︼被告人は︑暗いアウトバーンで︑トラックを運転していて︑過失で境界石に衝突した結果︑トラックは緑地帯に乗り

上げ︑反対車線に出て停車したが︑なお︑一メートル追い越し車線に出っ張っていた︒被告人は︑停止ライトを付けたが︑同乗

者と通りかかりの人が︑向かって来る車に赤の懐中電灯を点滅して合図しようとその方向に走った︒二︑三0

危険実現連関論の展開口

(9)

うかを改めて検討すべきである︵傍点引用者︶︒ き︑Eの運転する乗用車が九0キロメートル毎時のスピードで近づいてきた︒事故現場から二︑三0

Eは事故に気づき︑減速したが︑避けられずトラックに衝突し︑二人の同乗者に重傷を負わせた︒原審は︑被告人の傷害に対す

被告人がその事故の後︑危害的結果を避けるためにあらゆることを行ったという事情は︑アウトバーンに停車したこ

とが︑被告人に非難できないというときにのみ︑免責的に作用する︒⁝⁝しかし︑被告人が︑本件におけるように︑彼の責任で

アウトバーンに停車せざるをえなくなった場合には︑事情は異なる︒⁝⁝アウトバーンに停車したことは︑後の衝突の原因であ

り︑これによって傷害が惹起された︒⁝⁝被告人が︑衝突を避けるためにあらゆることを行ったことは︑事象経過の展開におい︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑て︑被告人の作用分担が︑新たな因果系列によって完全に中性化されたときにのみ︑因果連関を排除することができる︒その場

(V er sc hu ld en

)に関しては︑後の損害が予見可能であればすべてに対して責任を負うべきである︒本件においては︑

後の結果は︑生活経験の外にあるのではなく︑その発生の可能性は予見可能である︒その際︑被害者の交通違反行為があったこ

とも︑予見可能性の判断において考慮されなければならない︒刑事裁判所は︑これらのことを考慮して過失傷害罪にあたるかど

本判決では︑﹁完全な中性化︵平常化︶﹂とは︑﹁条件的因果関係の断絶﹂が意味されている︒しかし︑厳密には︑

条件説による﹁因果関係の断絶﹂は︑第一次的危険の創出が存在するかぎり︑生じえない︒ここでは︑したがって︑

﹁原因説的思考﹂が混ざり込んでいる︒判決においては︑因果関係の問題から︑責任の問題に次元を移して︑後の結 果の予見可能性︑とくに︑被害者の交通違反行為の予見可能性を検討すべきであるとしている︒しかし︑ここでは︑

客観的帰属の問題として解決を図るべきであり︑危険実現連関論において︑本判決によって展開された﹁中性化﹂

合にのみその行為の原因性がなくなるからである︒

(10)

S1 1

ta bi li si erung) 

ドイツの学説

この問題は︑

の思想を考慮することが妥当であろう︒①﹁完全な中性化﹂は︑条件関係の断絶によるし かありえないとすると︑危険実現連関論では︑条件関係は存在するが︑危険解消行為によって追突の状況的危険が解 消された場合を意味する②﹁平常化﹂と︑第一次的危険の高められた危険状況からの一応の﹁局面の切断﹂がある場 合について用いられるべき③﹁準平常化﹂の概念によって説明するのが適切であろう︒すなわち︑間接的危険段階に おいて︑危険の﹁準平常化﹂が行われたとき︑それは︑帰属否定基準となりうるのである︒この判決の事案において は︑さらに被害者の適法行為への﹁信頼﹂︑ないし︑間接的危険の大きさ︑準平常化行為の適切性および被害者の違

ドイツにおいては︑後続車が十分な車間距離をとっていなかったために第二の﹁付随的危険﹂

(6 )  (B eg le it ri si ko )

が発生した場合の帰属の問題として論じられている︒

ロクシンは︑第二次損害の場合であって︑ショック損害の場合と同じく︑過失致死罪や過失傷害罪の保護目的外に

(7 ) 

ある結果であるとして帰属が否定されるべき事案︑すなわち︑追突者の答責性領域に属する出来事であるとする︒ブ

(8 ) 

ルクスタラーは︑追突者に重大な過失を認めて帰属を否定する︒フリッシュによれば︑これについては︑結果帰属で にはなく︑﹁構成要件該当行為の次元﹂の領域に本来の問題が存在する︒﹁第一の事故の惹起の危険にまとわりついた︑

したがって疑いもなく否認された行為には︑否認された危険創出も伴うものであるが︑そういえるのは︑︵第一の︶

落度ある行為︑およびその結果として発生した第一の事故のゆえに︑第二の事故に至りうるという観点から眺めた場

(9 ) 

合である﹂︒フリッシュは︑﹁第一の事故の惹起の具体的な危険と結びついた行為が︑同時に︑追突事故の惹起の方向

盃 ︶

危険実現連関論の展開口 法行為の種類と程度が考慮されるべきであろう︒

(11)

険創出の問題であると捉えるのは不当である︒ るのではなく︑第一の事故の結果として発生した妨害の発生が後続事故につながることからも︑第一の事故の惹起者

( 11 )  

一定の行為の不作為が要求されるものだとする︒

フリッシュが︑この問題を﹁構成要件該当行為﹂の問題として解決しようとする出発点は︑特定の事例状況の存在

する場合には︑理解できないではない︒なぜならば︑第一の事故の被害者と第二の事故の被害者が異なる人の場合に

は︑第一の事故の惹起者は︑第一の被害者の法益に対しては﹁危険創出﹂を行っているが︑後続車による第二の被害

者の法益については﹁危険創出﹂ではないとも言いうるからである︒もちろん︑

例のみを想定したものではなく︑この事例群につき一般的に論じたものである︒しかし︑

この場合︑追突車両の運転者に︑追突までにどの程度の時間的・空間的間隔があったかが重要な判断要素となりう

るものと思われる︒追突事例は︑このような間隔が短く︑第一事故が︑すでに周知の状況となり︑その事情が客観的

に認識され︑それを予測しつつ後続車両が行動できる状況に至っていない場合には︑﹁物理的変転危険介入類型﹂の

問題であって︑たとえ追突者に過失があっても︑危険実現連関は否定されないものとすべきであろう︒ドイツの学説

においては︑﹁追突事例﹂がモデル・ケースとして理論が追及され︑これを他人の行動の介入の事例として解決しよ

うとする傾向がみられるが︑時間的・空間的間隔の少ない場合についてはとくに︑むしろ︑事実的な危険連関の問題 こ ︑  

( 10 )  

への構成要件該当の否認された危険創出であるとみなしうる﹂とし︑通常は︑帰属を肯定できるものとする︒﹁異な

るのは︑事情によっては後続の車両が予測できないか︑または︑全然通常の程度を越えた衝突の危険が存在しない場

合のみである﹂とし︑原則としては︑第二の事故は︑過失行為の介在によって後続者の答責性領域に属することにな

一般的には︑このように危

フリッシュの議論は︑このような事

10  

(12)

盤骨折等の傷害により死亡するに至らしめた︒

として捉えるべきであろう︒

わが国の判例に現れた事案は︑車両の﹁追突事例﹂ではなく︑交通事故の被害者が︑路上に放置されたため後続車 両によって礫過されるという事例類型が多い︒ここでも︑同じく原則として﹁物理的変転危険介入類型﹂の問題とし て捉えることができよう︒わが国の判例には次のようなものがある︒

東京高判昭和三六・六・ニ三下刑集三巻五

11

六号四三︳頁

Xは︑小型四輪貨物自動車を運転していて︑道路を横断しようとして道路中央まで侵出していた

Aに衝突させ︑同人

をその場に転倒させて︑失神状態に陥った同人をそのまま放置して逃走したが︑現場付近は︑夜間の証明もなく見通しが困難で

あった︒その直後︑同所を通りかかったYの運転する自動車がANの運転する自動車がAを引きずって︑骨

﹁かような状況の下に︑右道路の略中央部に︑転倒によって失神状態にある前記Aをその儘放置し︑何らの処置を講 ずることなく逃走すれば︑やがては︑自動車に後続する自動車等がこれに気付かず︑更に右被害者を礫過する等の事故が発生す るおそれのあることは︑まことに見易い道理であって︑なに人も十分予測し得るところといわなければならない﹂︒﹁被告人の本 件業務上の過失に基づく行為が原因となり︑被害者が死亡する結果を招来したものと見るのがもっとも妥当であって︑たとえ︑

所論のように︑被告人の右過失に基づく行為が︑被害者をして死亡するに至らしめた唯一の︑又は直接の原因ではなく︑前記各 後続車による礫過等による他の原因と相まって︑死亡の結果を招来した場合でも︑被告人は右死亡の結果につき︑これが刑事責 任を免れ得ないものと解するのが相当である﹂︒法律上相当因果関係がないとはいえず︑因果関係が中断されるのでもない︒

危険実現連関論の展開口

2 3

(•IV)

(13)

2 4

本判決においては︑﹁その儘放置し︑何らの処置を講ずることなく逃走すれば︑

得るところ﹂であるとする︒この判例は︑判断時点を第一事故の惹起時︑

︵ 五

00

)

やがては︑自動車に後続する自動

車等がこれに気付かず︑更に右被害者を礫過する等の事故が発生するおそれのあることは︑⁝⁝なに人も十分予測し

つまり︑礫過行為の時点ではなく︑礫過し

てからそのまま放置して逃走する時点に置いているように思われる︒そして︑被告人の﹁第一事故﹂の際の﹁過失﹂

が原因となって︑結果が発生しているというのである︒これは︑もとより判断時点を第一行為時点に置く︑相当因果

関係の理論によったものではなく︑独自の﹁因果関係の中断﹂論を展開したものである︒

危険実現連関論からは︑本件においては︑まさしく第一の事故の危険創出の直接的危険ではなく︑それが変転して

間接的危険段階に入っているが︑第一の危険創出行為によって︑﹁高められた危険状況﹂が創出されている事案が問

題となっていると捉えることができる︒ここでは︑﹁物理的切迫性﹂の程度は︑そう高くはないが︑夜間照明のない

道路に転倒し失神しているという危険状況は︑通行する車による礫過という第二次的危険を内部誘発するに十分なも

のである︒このような状況のもとでは︑危険状況が周知のものとなって︑それを前提として行動することが自明と

なっているのでないかぎり︑介入行為者に過失があっても︑第一の事故惹起者に結果が帰属されるであろう︒

東京高判昭和三六・九・ニ七下刑集三巻九

= 1

0号八三二頁

被告人の自動車によって道路上に撥ね飛ばされて負傷し転倒したところ︑まもなく他の自動車に礫かれたため死亡したという 事案につき︑転倒せしめたことが︑他の自動車が被害者を礫くに至った原因となっていることは明らかであるとし︑また︑他の 条件が介在しても︑それにつき︑それに対する予見可能性は必要でないとする︒必要だとしても︑夜間であり︑且つ交通の頻繁

(14)

本判決も︑同様の事案であるが︑﹁交通の頻繁な箇所﹂であることから︑第二次的危険の介入の﹁高められた危険 状況﹂が存在すること︑その介入は︑﹁経験上通常﹂であることが確認できる︒これは︑第一の危険と第二の危険の

﹁物理的切迫性﹂が︑帰属肯定の決定的な要因となっている例である︒したがって︑原則的に危険実現連関は︑肯定

被告人の自動車の右側後部に接触して跳ね返し道路中央付近に転倒した被害者が︑被告人がこれに気づかず現場を走り去った

後︑二︑三分後にトラックに礫かれて即死した事案につき︑﹁そもそも被害者が被告人の自動車に接触して道路中央付近に失神

転倒するに至った事実は︑その直前における両者の位置関係等に徴して︑何ら予想外のことではない﹂とする︒

本件においても︑時間的間隔からみて︑失神した被害者がトラックに礫過されることは︑﹁予想外﹂のことではな く︑﹁経験上の通常性﹂が肯定される︒しかし︑実際には︑第一事故と第二事故の﹁物理的切迫性﹂により︑第一事 故の危険が第二事故を通じて結果に実現したということが帰属にとって決定的要因である︒次の事例も同様である︒

大阪高判昭和四六・ニ・九高検速報昭和四六年第二0号四八頁

︻事実︼Xは︑自動車を運転していた際︑前方不注視により横断歩行中のAに自車を衝突させ︑Aを路上に転倒させ︑おりか

ら右後方から進行してきたy運転の自動車の前輪で礫過させ︑致命傷を負わせAを失血により死亡するに至らしめた︒Y

ことにあるけれども︑被告人の過失に基づく行為が右礫過の原因となり︑しかも右礫過は被告人の予見可能の範囲内のことであ

2 6

2 5

﹁被害者を死亡するに至らしめた直接の原因は︑被告人の過失に基づく行為ではなく︑Y運転の自動車に礫過された

危険実現連関論の展開口 仙台高判昭和四四・ニ・六刑裁月報一巻二号六七頁

︵ 五 O

I )  

(15)

2 8

されるわけではないというべきである︒

るから︑被告人は被害者の死亡の結果につき刑事責任を免れ得ないものと解するのが相当である︒これを要するに︑被告人の本

件過失に基づく行為と被害者の死亡との間に法律上因果関係がないとはいえず︑Y運転の自動車による礫過がその間に介在して

致死の結果の発生をみるに至ったとしても︑これによって右の因果関係が中断されるものと解することはできない﹂︒

本判決では︑介在者の行為に﹁過失﹂がないという点が考慮され︑しかも︑﹁予見可能の範囲内﹂にあったことに

よって﹁因果関係の中断﹂が否定されている︒このような経験上の通常性も帰属基準であるが︑﹁物理的切迫性﹂が︑

その判断に密かに大きな意味を与えられているといえよう︒これに対して︑次の判決では︑介入者に過失があったと

東京高判昭和四0

︳二高検速報一三二0号一四頁

Xは︑貨物自動車を運転していたが︑右折しようとして道路中央付近にいるAの運転する軽三輪自動車を認めた︒X

は︑自車が近づくまでにはAが右折してしまうだろうと軽信し︑前方を充分に見ず︑A

部分まで押し出し︑おりから反対方向から進行してきたB運転の乗用車に衝突︑横転させて︑その衝撃で軽三輪車の助手席に乗

車していたCを車外に転落させて頭蓋内損傷により即死させ︑A

Bに若干の過失があったとしても︑そのために被告人の過失行為と被害者の死傷との間の因果関係がなくな

るわけのものではなく︑むしろ本件の事情の下では被告人の過失による追突によって原判示のような死傷の結果を生ずることは 通常予想しえられるところであるから︑その間の因果関係を否定することはできない﹂︵傍点引用者︶︒

本件の結論も妥当である︒とくに︑このような類型においては︑﹁過失﹂の存在によって危険実現連関が﹁中断﹂

名古屋高判昭和四一・ニ・ニ三高検速報三九三号三八頁

2 7

しても︑因果関係が肯定されるとしている︒

︵ 五

0

二 ︶

(16)

第二事故の直接の惹起者は︑注意深く運転していたとすれば︑路上に転倒している被害者に気づいたはずであり︑

第二の事故惹起者には︑﹁過失﹂があるとしても︑このような事故状況と第二次的危険の介入の可能性を高めている 次は︑この種の事件に対するはじめての最高裁の判決である︒

最決昭和四七•四·二_判時六六六号九三頁11判タニ七七号二六七頁

過失により老女を跳ねて傷害を負わせ︑同女をそのままに放置して立ち去ったため︑まもなく対向車線上を進行して

きた普通乗用車が礫過して︑外傷性心臓破裂により︑死亡させた︒

2 9

この最高裁決定そのものは︑理論的には︑何らの根拠を示していないが︑結論的には︑この種の事案における﹁因

危険実現連関論の展開口

ないといえる︒

被告人の過失と被害者の致死の結果との間に因果関係を認めた原判決の判断は︑⁝⁝正当である︒ という状況および﹁物理的切迫性﹂から︑

よる行為と︑右被害者の死亡との間に︑因果関係がないとはいえない﹂︒﹁被告人において右被害者を路上に転倒させれば︑同現︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑場を通過する右後続車両等により︑右被害者に更に危害が加えられる可能性が極めて大であったといわなければならず︑被告人

としては︑当時の右危害の発生を十分に予見し得た筈である︒それ故被告人の本件行為と右被害者の死亡との間に︑因果関係が

転の貨物自動車が︑転倒していたAの上に乗り上げ︑同人を一五メートル近く引きずって重傷を負わせ︑心臓衰弱により死亡さ

一 五

前方不注視のまま進行したXは︑横断歩行中のA

0

メートルの距離をおいて後続してきたB

﹁被害者を直接死亡させたのが︑前記Bの無謀操縦の結果であったとしても︑被告人の前記注意義務を怠った過失に

一般的にみて︑その﹁過失﹂の介在は︑危険実現連関を中断するには至ら

︵ 五

0 ‑

(17)

入したものであるから︑﹁危険実現連関﹂の基本的肯定は是認できる︒

・ニニ刑裁月報九巻一

︵ 五

0

四 ︶

果関係﹂の肯定を確認している︒帰属論の立場からも︑第一事故の危険が︑危険状況を高め︑そこに第二の危険が介

‑ 1 1

0六頁

1 1 判時八八五号一七四頁

被告人は︑夜︑制限時速に違反してトラックを運転中︑歩行横断中のAを見落とし︑急制動の措置をとったが及ばす︑

同人に自車を衝突させ︑同人を車線中央部付近に跳ね飛ばし︑背部︑腰部皮下出血等の傷害を負わせ︑同人は失神状態で︑転倒

していた︒同人の傍らに走り寄り中腰になって泣いている同人の妻Bをそのままその場に放置し︑Y運転の乗用車に︑両名を激

突させ︑次いで後続してきたZ運転の乗用車にAを引きずらせ︑その場でAを即死させ︑病院においてB

原判決は︑本件事故を︑被告人のAに対する直接の受傷事故と同人を放置したことによる死亡事故との二個の事実に分けたう

え︑各別の﹁過失

11

注意義務﹂を認定し︑これらの義務に順次違背する包括的一連の過失行為によりAの死の結果を招来したと

いう過失構成をとった︒そして︑前段の傷害事故の限度で過失を認め︑後段の死亡事故については予見可能性がないとした︒

果関係上の結果たる事実に外ならないと解されるから︑右後段の注意義務及び過失に関する記載は︑本来︑原因行為たる前段の 過失行為とその結果たるAの死亡との間の因果関係上の事実に関する単なる事情の記載と認めるべきもの﹂である︒﹁被告人の

過失ある運転行為により受傷失神したAを⁝⁝現場にそのまま放置する場合には︑後続の通貨車両により礫過される高度の危険

性があると認められ︑且つかかる事故発生は一般的にあり勝ちなこととして容易に予想しうる事態であるから︑結局︑被告人の

過失ある運転行為とAの死亡との間には因果関係があるというべきである﹂︒

( 13 )  

本判決は︑明らかに︑第一の過失により︑﹁高度の危険﹂状況が創り出されたことを認定している︒原判決は︑こ

の時点で︑﹁直ちに同人を救護して安全な場所に移し︑他の車両による危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意

3 0

﹁過失としては︑右前段の過失行為が一個あるのみで︑後段の死亡の事実は右前段の過失行為を原因として生じた因

大阪高判昭和五

(18)

一 七

義務﹂があったとする︒本判決では︑このような注意義務は否定されており︑可罰的な過失行為とはいえない︑事実 の記載であるとする︒本判決のいうように︑第一行為の過失行為の﹁因果関係における予見可能性﹂︑すなわち︑﹁危 険実現連関﹂が本事案の中心的な問題点であり︑本件では︑それは肯定される︒

わが国の判例の中には︑衝突によってプレーキが故障し︑時間的・空間的間隔は︑かなりの余裕があるが︑第一の 事故の影響が継続し︑第二の事故を回避することができなくなって︑第二事故に至ったという事例を扱ったものもあ 大阪高判昭和四七・九・ニ八判タニ八三号二四一頁︵追突暴走事件︶

被告人Xは︑大型貨物自動車を運転し︑毎時約五0キロメートルの速度で道路上を進行中︑仮眠状態に陥ったため道

路中央付近で右折のため停車していたA運転の普通貨物自動車の発見が遅れ︑同車後部に自車全部を追突させ︑Aに傷害を負わ

せたが︑追突の衝撃によりフットプレーキおよびハンドプレーキがともに効かなくなったのに︑エンジンが回転を続けたため停

止できなくなり︑停車措置も効を奏さないまま︑自車を暴走させ︑第一事故現場から約六三0メートル進行した地点で︑Bの軽

四輪貨物自動車に追突し︑さらにCDの車に追突︑歩行中のEを撥ね飛ばし︑食堂に突っ込み︑F︑G

C

の車を対向車線上に進出させて対面進行中のH

﹁第一の事故の衝撃により︑車両を停止させる装置のすぺてが損傷したことは︑必ずしも稀有の事例ではなく︑通常

予想しうるところと認むぺきである︒そして︑衝突による衝撃により車両が損傷し︑制動不能の状態になるなどして車両が暴走

し︑第二︑第三の事故の発生をみる場合のまま存在することは︑多数の車両の通行する今日の道路状況に照すと︑優にこれを認

めることができるので︑このことは自動車運転者にとって予見可能というべきことも明白である﹂︒第一の事故を発生せしめた

3 1

る ︒

危険実現連関論の展開口

︵ イ

加害者の第二事故誘発類型

︵ 五

0五 ︶

(19)

被告人の過失と︑第二以下の事故との間には優に因果関係を肯定しうる︒

本事案は︑仮眠状態に陥って発見が遅れたため第一の事故を起こし︑その事故の衝撃により車両が制動不能となり︑

0メートル離れた地点で第二の事故を発生させたのであるから︑第一の危険が変転して︑事故の衝撃による制動

不能という第二の危険につながった事例である︒この事案では︑第一の創出された危険は︑第一の事故車に対する衝

突の危険のみでなく︑暴走の危険およびプレーキの故障の危険をも典型的にもたらすものであり︑本事例のような経

過をたどって第二の事故を惹起することも︑それによって対向車に衝突して乗車している者を死傷させるという結果

の発生も第一の危険の範囲内であるということができるから︑危険実現連関は肯定される︒

この﹁物理的変転危険介入類型﹂は︑自動車事故の事案のみならず︑人の身体が物理的な力となって他の﹁人﹂に

大阪高判昭和三八・︳・ニ八高刑集︳六巻︳号二三頁

AAの後方約一メートル余りのカウンター台にもたれて腰かけて飲酒中のBB

Xは ︑

Aと口論し︑同人に対しその顔面を手拳で二︑三回殴打し︑さらに左手で同人の身体を突いた︒そのた

が肋骨骨折等の傷害を受けて死亡した︒原審は︑相当因果関係を否定した︒

AAB

べく︑従って又Bの負傷︑引いては死亡という結果も発生しなかったであろうという条件関係は十分認められるから︑被告人の

A

B

A

3 2

及ぶ場合にも成り立つ︒

︵ ウ

第二の﹁人﹂に対する損害の発生

関法第四六巻第三号

0

六 ︶

参照

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