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刑事裁判覚書〔完〕<裁判官・陪審員・裁判員> :  わが国の陪審裁判を素材として

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刑事裁判覚書〔完〕<裁判官・陪審員・裁判員> :  わが国の陪審裁判を素材として

著者 佐藤 嘉彦

雑誌名 同志社法學

巻 67

号 5

ページ 1847‑2061

発行年 2015‑09‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015613

(2)

    

< 裁

同志社法学 六七巻五号一八四七

< 裁

――わが国の陪審裁判を素材として――

           

 

                         

   

  

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(3)

    同志社法学 六七巻五号

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第一  はじめに

  一  ポピュリズムによって増殖された魑 魅魍魎が、健全な市民社会を蝕んでいる 1

。民主主義の担 い手である市民 00は、オルテガのいう﹁ただ欲求のみを持っており、自分には権利だけあると考え、義務があるとは考えもしない⋮⋮自らに義務を課する高貴さを欠いた﹂大 になり下がりつつある 2

。﹁咎を引きて自らを責む﹂気風も失せた。到る処

(4)

    

< 裁

同志社法学 六七巻五号一八四九 に自己の利益のみを主張する"モンスター"が出没し、狼藉を働いているが、余りの理不尽さに息を呑み、咎める声も途絶えがちである。

    司法の分野でも、﹁自らを責む﹂ことなくその伝統・矜恃を貶めることが、良心的で勇気のある言動であるかのごとき風潮が蔓延している 3

。それが民主主義にとって不可欠な司法に対する信頼を損なっている 4

    かような民主主義の危機に遭遇し、市民の司法参加を図り、司法の信頼の回復を期するため、陪審制ではなく、裁判員裁判が導入された 5

。健全な市民社会の復活を願ってのことである。筆者は、心からこの制度の将来に期待する。

  二

人スでトヒのてしとンなエピサモホ、が間はくる間るあそこばれな人、のてしと姿似の神 6   価で源根の値価、ぜなは。個るあに人個は源根の値が人値での価源とされ。いなもまにうい。かのるれらめ求根

  

いならなばれけ 7 らるれ景当けを目の光よ合な由自うりけ助が々人、ために義なえ弁もとこるあが務きすべすた果、はにうたるな し、お前はうつく!い﹂、そう呼びかまれ止のれ約、﹁あることを受け容れなけばもならぬ。ファウストとともに制   かあ突衝の値価、上以るでし在存避的会社が間人、はしけのに利権るなかい、は住会ら社民市な全健。いなれ人

  

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    そのためには、寛容性がなくては叶わぬ。祈らねばならぬ。"念ずる"ほかない 9

。それは今、斯国の民 にいちばん欠けているものである。

(5)

    同志社法学 六七巻五号

< 裁

一八五〇

    裁判にかかわることは、これらの問題と向き合うことである。陪審裁判は、民主主義の学校であるとともに、個人主義の教室でもある ₁₀

  三  トクヴィルは、陪審制が人民主義を担う市民の育成に資するとし、それをアメリカにおける民主制の礎のひとつに挙げている ₁₁

    では、陪審制ではなく、裁判員裁判が導入されたことによって、﹁自らに義務を課する高貴さ﹂を備えた市民が生まれるだろうか ₁₂

。そして、民主主義にとって不可欠な司法に対する信頼が回復されるだろうか ₁₃

    裁判員裁判は、いわば補助輪つきの陪審裁判である。裁判官の関与は、誤判防止には資しよう。セーフティネットにはなろう。

    しかし、この補助輪は、民主主義の担い手である市民の独り立ちを阻害しないだろうか。

  四  今まで長く関わり続けて深く知っていると思うものといったん別れ、離れた場所から振り返ってみよう。すると、何が見えてくるか。ずっと住んでいた町から離れ、遠く立ったとき、町の中心にある塔が家並みからどれほど高くそびているのかが初めてわかるものだ。それと同じことが起こるだろう(ニーチェ︹白取春彦訳︺﹃漂泊者とその影陰﹄)。

    そうした思いから、本稿では、かつてわが国で行われていた陪審裁判を振り返ってみることにした。ようやく歩みはじめた裁判員裁判を少し﹁離れた場所から振り返って﹂みるためである。それは、従心を前にした筆者にとって、もう一つの裁判官論でもある ₁₄

。﹁神の似姿としての人間は、天使でもなければ悪魔でもない﹂という筆者の人間観に聊 かも揺 るぎはない ₁₅

  五

  ﹁れは渇く﹂という呪縛に悩まさ、神本稿を物している者として、々あっ、神たが人。神てにしそ。だん死はな 0000

(6)

    

< 裁

同志社法学 六七巻五号一八五一 えて付け加えておこう。

  

。起意を喚注している   いヤ想思大の界世﹃﹂(るなはでわパいてっ立に外スけー薙スと)一九二︺訳夫正頁草﹂︹存実と性理﹁の﹄収所 れは、もあたか全わてれわ。るいっ誤はをれ体神先でく、にうよのかるあの取ろことるす観概に的そら、ばらな恐 れ展らか観概的史界世の精発の神今間人、がれわわ、起日とるえ考とどなるきでがこ生す出き導をとこきべすもし   、ルてっよにェチーニとーらゴケルキ、はスーパス齎さらしかだけわういうこ、﹁関れに義意の況状的学哲たヤ

  六  本稿は、同志社大学に奉職して以来、咫尺にあってご指導・ご助言を忝くしてきた岩野英夫先生に捧げるものである ₁₆

。そして、血脈相承を受けられなかった不肖の先輩から後輩への最後のエールでもある。

稿 1) 

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(7)

    同志社法学 六七巻五号

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一八五二

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