整備以前の平城宮跡
はじめに 近年、(財)郡山城史跡・柳沢文庫保存会によ り、旧郡山藩領の地方文書の調査が進められている。そ の中には、江戸時代から明治初年にかけての平城宮跡に 関する資料も含まれている。そこで当研究所の歴史研究 室も、新たに確認された絵図・文書の調査・写真撮影を 実施した。その写真の一部は、柳沢文庫による 10年新 春企画展「明治30年代〜大正期の平城宮跡保存運動」に も提供した。その展示・解説資料に重なる部分もあるが、
調査知見の一端を紹介する。
近代初頭の絵図 佐紀町水利組合では、明治初年の佐紀 村の絵図を所有している。中でも明治9年(1876)の絵
図は縦177.3cm横167.9cmの大きなもので、一筆ごとの区 画を記した絵図としては最も古いものだろう。当時の佐 紀村全域を描くが、図51には平城宮跡部分を掲出した。
また、小字を一枚ずつに描いた字限図の冊子もある。
巻頭図版1は、そのうちの中央区・東区の大極殿・朝堂 院地区について、字限図を合成して作成した図である。
すべて600分の1に描き、小字堺の角度と長さを記した、
かなり精密なもの。佐紀池が築造された明治14年以後、
現、関西本線が通る明治29年以前の地図である。
これらは彩色にて地目も示し、用水等も明瞭で、近代 初頭の平城宮跡の様相を詳しく知ることができる。平城 宮跡は一面の水田で、その用水は、大部分は水上池・御 前池から、一部は秋篠川から濯漑していたと言えよう。
近世の簿冊 また、個人蔵の江戸時代の簿冊には、近世 の字名を記すものがある。「宝暦六年超昇寺村反別帳」「嘉 永六年高名寄帳」である。近代には、東区大極殿を「大 黒の芝」と通称し、小字地名で東区朝堂院を「神明野」、
中央区大極殿付近を「大宮」、通称一条通(一条条間大路)・
西一坊大路の交差点南東の小祠とその付近を「大り宮」(内 裏の宮)と呼んでいる。しかし幕末の北浦定政などは、加
えて「馬場」(中央区朝堂院)・「ウタツカ」(朱雀門北西坪)・
「京内」(ウタツカの西隣坪)の字名を記録する(「平城宮大内 裏跡坪割之図」「ねさめの記」)。それらは今回の簿冊にも、「馬 場丁」「歌司」「京内」の字名が見え、北浦の記載を裏付 ける。また、「大黒の芝」も近代には土壇を呼ぶ通称だが、
北浦は「字大黒殿」と記す。この点も、簿冊には字「大
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奈文研紀要2010黒でん」等にある水田が記録され、東区大極殿周辺の字 名だったことが明確になる。近代に失われた地名を、北 浦資料や近世簿冊から窺うことができる。
大極殿・朝堂院の地勢 さて絵図等を見ると、宮城の痕跡 を最もよくとどめる地区はやはり、中央区・東区の大極殿・
朝堂院地区といえる。両者とも、中央の馬道と東西の回 廊沿いに水路・道路が通り、明瞭な区画を呈する。建物 基壇も残存し、それらは明治初年に村の共有地と位置づ けられる(柳沢文庫作成解説資料)。特に東区は基壇がよく 残り、享保9年(1724)の「五ケ村絵図」にも、「大黒殿芝」
「神明野芝」として記載される(奈文研『平城宮北辺地域発 掘調査報告書』1981所収)。いっぽう、中央区大極殿付近は 平坦面が広がり、西側は畑に作る。字「大宮」に畑が多 いことは、「高名寄帳」からも確認できる。畑だった理由 は、北方からの水路が、中央区大極殿を迂回するように、
その西・南の斜面下を通っているためだろう。水路を通し にくい高燥な地だったことを窺わせる。その大極殿南方の 斜面は、西半分が林、東半分が畑となる。その林は、享 保の「五ケ村絵図」にも「大ミヤ林し」として描かれている。
明治32年に平城宮跡を訪ねた関野貞は、古代の遺址 をとどめた地勢に感動している(関野『平城京及大内裏考』
1907・拙稿「関野貞関係資料」『紀要2003』等)。上記より見て、
当時の土地利用状況は、少なくとも近世までは遡る。地 名の点では、中央区・東区の大極殿地区の地名「大宮」
「大黒殿」は宮殿の記憶を示し、朝堂院地区の「馬場」「神 明野」は、神聖な広い空間という認識ゆえの地名だろう。
近年強調されているように(『平城報告刈2005等』、平城 宮は、その痕跡・記憶をよく残した形で田園化している。
小結 今回柳沢文庫が見いだした、佐紀町水利組合所蔵 の「大和国添下郡佐紀村誌」(明治15年)によると、もと 超昇寺より字亀畑の「佐紀神社々内ニテ南方二向テ神饌
ヲ供シ孝謙帝ヲ祭ル」「旧式」があった。前出の「内裏の 宮」という小祠が、近世の地誌に登場することも注意さ
れる(舘野和己『古代都城廃絶後の変遷過程』2000所載の地誌等)。
地名「大黒殿」「大宮」が広く注目されるのは幕末・明
治のことと考えられるが(閑談倶楽部『余話』8・13、2004 ・ 2005)、それ以前における地元での伝承・実態は、今後深
めるべき課題のように思われる。なお、本稿作成には元 柳沢文庫の藤本仁文氏のご協力を得た。 (吉川 聡)
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