代理懐胎の合意と公序⑵
フランスにおける人体の不可処分性と人の身分の不可処分性の検討 幡 野 弘 樹
は じ め に (以上 89 号)
序章 破毀院全部会 1991 年 5 月 31 日判決 (以上本号)
第 1 章 人体の不可処分性 第 2 章 人の身分の不可処分性 お わ り に
序章 破毀院全部会 1991 年 5 月 31 日判決
破毀院全部会 1991 年 5 月 31 日判決1)は,代理懐胎の合意の公序性につい て,フランス法の立場を知る上で重要な意味を持つ。序章では,まず 1991 年 5 月 31 日判決を理解する上で必要なフランス法の前提となる法制度を説明し た上で(第 1 節),同判決を紹介し(第 2 節),その後の経過についても若干の 概観をしておきたい(第 3 節)2)。
第 1 節 1991 年判決当時の法制度
序論で述べた通り,1994 年に成立した生命倫理法により,民法典 16 条の 7 は「他人のためにする受胎または懐胎を対象とするあらゆる合意は無効であ る」と規定し,民法典 16 条の 9 により同条は公序規定とされている。以下で
) Cass. ass. plén., 31 mai 1991,Bull. civ. ass. plén., n° 4 ;D.1991, 417, raap. Y. Chartier, n. D.
Thouvenin ;JCP G1991. II. 21752, communic. J. Bernard, concl. Dontenwille, n. F. Terré ;RTD civ. 1991, 518, n. D. Huet-Weiller.
) なお,序章の以下の叙述は,幡野弘樹「代理懐胎と完全養子縁組 破毀院大法廷 1991 年 5 月 31 日判決」松川正毅他編『判例に見るフランス民法の軌跡』(法律文化社,2012 年)20 頁以下 に,加筆・修正を施したものであるが,新たに付け加えた部分が多い。
検討する 1991 年 5 月 31 日判決は,生命倫理法制定前の事案である。その時点 では,代理懐胎を禁止する明文の規定がなかった。以下では,1991 年判決を 正確に理解する前提として必要な限りにおいて,当時の親子法制を紹介するこ ととしたい。当時の制度を前提とすると,依頼者夫婦と代理懐胎により生まれ た子との間に親子関係を確立するためには,主に 2 つの方法があった3)。第 1 は,代理懐胎者が匿名で子を出産する方法であり,第 2 は,代理懐胎者が自ら の名を母親欄に記載して出生証書を届け出るが,代理懐胎者自身に及ぶ嫡出推 定を排除する方法である。以下,それぞれについて概観する。
1 代理懐胎者が匿名で出産する場合
1991 年判決で問題となった事案は,代理懐胎者が匿名出産により子を出産 した後,依頼者夫(以下,代理懐胎を依頼した夫婦のそれぞれを,「依頼者夫(婚 姻していない場合は「依頼者男性」)」「依頼者妻(婚姻していない場合には「依頼者 女性」)」と呼ぶこととする)が子を認知し,その上で依頼者妻が子との完全養子 縁組を申し立てている。つまり,フランス法上,代理懐胎者のイニシアティブ により,生まれた子との母子関係を否定することができる。また,代理懐胎者 との母子関係が成立しないために,たとえ代理懐胎者が婚姻していたとして も,嫡出推定は及ばないこととなり,精子を提供した依頼者夫は,直ちに子を 認知することができる。そこで,依頼者妻と代理懐胎により生まれた子との間 の養子縁組が問題になるケースも,子と精子を提供した依頼者夫との間では,
実親子関係が既に成立している,あるいは成立させることが可能である点に注 意が必要である。
匿名出産とは,出産に際して母親が病院などへの入院許可及び本人の身元を 秘するべきことを求めることができる仕組みである4)。1924 年 2 月 7 日法律 は,民法典 57 条を改正し,出生証書の記載に,父母の名前を記載しないこと を認めている。そして,1993 年 1 月 8 日法律により,「出産の際に,母は,入 院許可および身元を秘することを求めることができる」と規定する民法典旧 341 条の 1 が挿入され,また,旧 341 条は,匿名出産がなされた場合に,母親
) P. Kayser, «Les limites morales et juridiques de la procréation artificielle»,D.1987, Chron. 189, n° 14.
) 山口俊夫編『フランス法辞典』(東京大学出版会,2002 年)7-8 頁。
捜索の訴え(action en recherche de maternité)が受理されない旨規定された。
現行法は,2005 年 7 月 4 日のオルドナンスによる親子法改正を追認する 2009 年 1 月 16 日法律を根拠にしているが,民法典 326 条は,旧 341 条の 1 を文言 通り受け継いでいる。しかし,旧 341 条を受け継ぐ同 325 条については,匿名 出産がなされた場合に,母親捜索の訴えが受理されない旨の規定部分が削除さ れている(2005 年のオルドナンスでは存続していたが,2009 年法律により削除され た)。それは,子が母親捜索の訴えを提起する利益を完全に奪うのは妥当では ないという批判を受け入れたためである。一般に,匿名出産は,堕胎や嬰児殺 を防ぐことが目的とされるが,他方で,子の身元が奪われることにもなり,さ らには分娩した者が母となるという親子法の基本原則に対する例外をもうける ことにもなるため,フランスでも制度の正当性について活発に議論がなされて いるが,ここで詳論はしない5)。なお,匿名出産をした女性が子を認知するこ とは妨げられない6)。
次に,なぜ,依頼者妻を母親欄に記載して出生証書を提出しなかったのかも 問題となる。この点は,刑事法制と関係している。1991 年判決当時,旧刑法 典 345 条 1 項は,子の出生証拠の隠滅,子の取り換え,そして出産していない 女性による子の出産の偽称に対し,5 年から 10 年の懲役刑を科していた。し たがって,代理懐胎者が出産したケースで,依頼者妻を母親と記載した出生証 書を作成すると,依頼者妻は,刑事罰を受ける可能性がある。その後,1992 年 7 月 22 日法律により現行刑法典が制定され,同法典 227 条の 13 では,故意 による子の取り換え,出産偽称,および出産の隠匿に対し,3 年の拘禁刑およ び 4 万 5000 ユーロ罰金刑が科されることとなった。なお,匿名出産は,法律 上認められた行為であり,子の民事身分を侵害する行為には当たらないので,
刑事罰は科されない7)。
養子縁組制度についていえば,フランスには完全養子縁組と単純養子縁組の 2 種類がある8)。両者の効果上の違いとしては,大きく分けて 2 つある。第 1 に,完全養子縁組が実親子関係および実方との親族関係を切断する効果がある
) この点につき,詳しくは西希代子「母子関係成立に関する一考察 : フランスにおける匿名出 産を手がかりとして」本郷法政紀要 10 号(2001 年)197 頁以下を参照。
) F. Terré et D. Fenouillet,La Famille, 8eéd., Dalloz, 2011, p. 524, n° 624.
) P. Bonfils, «Atteinte à la filiation, Art. 227-12 à 227-14 duCode pénal», inJurisClasseur pénal code, 2009, n° 42.
(356 条)9)のに対して,普通養子縁組は実親子関係が存続する(364 条)10)。第 2 に,完全養子縁組は撤回ができない(359 条)11)のに対して,普通養子縁組は撤 回が可能である(370 条 1 項)12)。さて,代理懐胎により生まれた子が,依頼者 夫のみと親子関係を有している場合,子と依頼者妻との間で完全養子縁組を申 請することが考えられる。完全養子縁組をなしうる養子には,民法典 347 条に よれば,①その者のために父母または家族会が,養子縁組に有効に同意してい る子,②国の被後見子,③ 350 条に定められている要件にしたがって,遺棄さ れたと宣言された子,という 3 つのカテゴリーが存在するが,ここでは第 1 の カテゴリーが問題となる。この第 1 の場合について,2 歳未満の子を養子とす るとき,一般には子の実父母が同意をする前に,子を子ども社会援助機関 ser- vice de lʼaide sociale à lʼenfance または養子縁組について許可を受けた機関に引 き渡さなければならない(348 条の 5)13)。しかし,養親となろうとする依頼者 妻は,依頼者夫の認知により,養子にしようとする子と 1 親等の姻族関係にあ
$) 山口俊夫『フランス法概説上』(東京大学出版会,1987 年)455 頁以下において,当時の法制度 の概観が示されている。
%) 民法典 356 条 ① 養子縁組は,子にその元の親子関係に代わる親子関係を付与する。養子は,
第 161 条から第 164 条に掲げる婚姻の禁止を留保して,その血縁による家族に属することをやめ る。
② ただし,配偶者の子の養子縁組は,この配偶者およびその家族に対しては,その元の親子 関係を存続させる。この養子縁組は,その余については,夫婦双方による養子縁組の効果を生じ る。
(以下,民法典の翻訳は,法務大臣官房司法法制調査部編『フランス民法典 家族・相続関係』
(法曹会,1978 年)に原則として依拠している。)
10) 民法典 364 条 ① 養子は,その元の家族にとどまり,かつ,そこにおいてそのすべての権利,
特にその相続上の権利を保持する。
② この法典,第 161 条から第 164 条に定める婚姻の禁止は,養子とその元の家族との間に適 用する。
11) 民法典 359 条 養子縁組は,撤回することができない。
12) 民法典 370 条 ① 重大な理由が証明される場合には,養子縁組は,養親または養子,または 養子が未成年の場合には検察官の請求により,撤回することができる。
(2 項以下は省略する。)
13) 年少の子を,養子縁組の名のもとに取引する「闇市場」を排除することが目指された規定であ る。公的機関に子を引き渡すことを義務付けることにより,困窮した母に対する圧力を排除する ことを目指している(F. Terré et D. Fenouillet,supranote 7, p. 711, n° 768)。
民法典 348 条の 5 2 歳未満の子の養子縁組の同意は,養親と養子の間に 6 親等を含めてそれま での血族または姻族の関係が存在する場合を除いて,子が子ども社会援助機関または養子縁組に ついて許可を受けた機関に実際に引き渡された場合でなければ,有効ではない。
る。この場合,子ども社会援助機関等への引渡しは不要となる。また,養子縁 組の同意は,子に法的母子関係が成立していないため,認知をした依頼者夫が 単独で行うこととなる(348 条の 1)14)。
2 代理懐胎者自身の名で出生証書を届け出る場合
次に,1991 年判決の事案では,以下の第 2 の手法は用いられていないが,
代理懐胎者自身の名を出生証書の母親欄に記載する場合,どのようになるかに ついても見ておこう。代理懐胎者に夫がいる場合,夫に及ぶ父性推定15)を排 除する必要がある。フランス法では,妻から父性推定を排除することが可能で ある。代理懐胎のケースでは,「父子関係の推定は,子が夫の氏の表示なしに 登簿され,かつ,母に対してのみ身分占有16)を有するときは,斥けられる」
と規定する民法典旧 313 条の 1 を根拠にすることが考えられる17)。そして,
依頼者夫は,子を認知することができる。このようにして,代理懐胎により生 まれた子の母は代理懐胎者となり,父は依頼者夫となる。
その上で,依頼者妻と子の間で完全養子縁組を申し立てることが考えられ る。この場合,匿名出産を用いる場合と異なり,子には父母双方が既にいるこ ととなる。依頼者妻と子との間に姻族関係があるのは匿名出産の場合と同様な ので,348 条の 5 により少年社会援助機関等への子の引渡しは不要となる。た だし,匿名出産を利用する場合とは異なり,代理懐胎者である母は,養子縁組 の撤回が一定期間可能である(348 条の 3 第 2 項)18)。
14) 民法典 348 条の 1 子の親子関係がその親の一方に関してのみ立証されているときは,その親 が養子縁組に同意を与える。
15) 民法典旧 312 条 ① 婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。
② ただし,夫は,そのものが父でありえないことを示すに適した事柄を証明する場合には,
子を裁判上否認することができる。
民法典旧 314 条 ① 婚姻から 180 日よりも前に出生した子は嫡出であり,かつ,その懐胎後た だちに嫡出であったものとみなされる。
② ただし,夫は,第 312 条の規則にしたがって,子を否認することができる。
③ 夫は,出産の日の証明のみに基づいて子を否認することもできる。ただし,夫が婚姻前に 妊娠を知った場合または夫が出生の後に父としてふるまった場合には,その限りでない。
2005 年 7 月 4 日のオルドナンスおよび 2009 年 1 月 16 日法律を経た現行法のもとでは,旧 312 条と 314 条は「婚姻中に懐胎しまたは出産した子は,夫を父とする」と規定する現 312 条に統合 されており,夫による嫡出の否認の要件についても統一されている。
第 2 節 1991 年 5 月 31 日判決
以下では,代理懐胎についてフランス法の立場を決定づける意義を有する破 毀院全部会 1991 年 5 月 31 日判決を紹介するが,ここでは判決文の紹介にとど め,詳しい検討は第 1 章および第 2 章で行う。
16) 子としての身分占有の要素は,nomen(氏の呼称),tractatus(子としての処遇),fama(周囲 から,当該家族のこと考えられてきた事実)の 3 点に要約することができ,これらを証明する事 実により認定される(山口編・前掲注 8)439 頁)。以下,1972 年 1 月 3 日法律下の条文を掲げ る。
民法典旧 311 条の 1 ① 身分占有は,ある者とその者が属するとされる家族との間の親子関係 および血族関係を表示する事柄の十分な集合によって立証される。
② 身分占有は,継続しなければならない。
民法典旧 311 条の 2 これらの事柄の主要なものは,〔以下の通りである〕。
その者が,それから生じたとされる者の氏を常に称してきたこと
それらの者が,その者をそれらの者の子として扱い,かつ,その者がそれらの者を父母として 扱ってきたこと
それらの者が,〔父母の〕資格において,その育成,その養育およびその自立に資したこと その者が社会において,かつ,家族によってそのようなものとして承認されていること 公権力がその者をそのような者とみなしていること
なお,民法典現 311 条の 1 が,旧 311 条の 2 を受け継いでいるが,氏の呼称に関する要件の位 置がいちばん最後となっている。氏は父の氏を称するという原則を改め,父母双方の氏あるいは 結合性を選択できるよう改めた 2002 年 3 月 4 日法律以降の法改正により,氏の位置づけが変わ ったためである(2009 年 1 月 16 日法律の審議の際に元老院に提出された H. de Richemont 議員 の 報 告 書(Rapport n° 145(2007-2008)de M. Henri de RICHEMONT, fait aunom de la commission des lois, déposé le 19 décembre 2007, pp. 22-23)を参照)。
17) 現行法では,親子関係異議訴権 action en contestation de la filiation について,父母が婚姻して いる場合,していない場合を形式上は統合する形で整備されている。民法典現 332 条は,「① 母子関係は,母が子を分¥していない証拠を提出することにより,異議を申し立てることができ る。② 父子関係は,夫または認知をした者が父でない証拠を提出することにより,異議を申し 立てることができる」と規定している。その上で,出生証書の記載と身分占有が一致しているか 否かによりルールを分けている。本文で述べたようなケースは,「証書と一致する身分占有がな い場合,異議訴権は,321 条が規定する期間内に,利害関係を有するすべて者により提起され る」と規定する民法典現 334 条が適用される。したがって,妻は,同条に基づき父性推定を排除 することができる。
18) 現行法は,撤回可能な期間は同意から 2 か月間であるが,1996 年 7 月 5 日法律による改正の前 は,3 か月であった。以下では,現行法の規定を掲げる。
民法典 348 条の 3 第 2 項(他の項は省略する) 養子縁組への同意は,2 月の間は撤回すること ができる。(以下省略する)
【破毀院全部会 1991 年 5 月 31 日判決】
〔事 案〕
夫 A・妻 X は不妊を克服するため,アルマ・マテル Alma Mater 協会とい う非営利団体(その後解散)に助けを求めた。この団体の仲介により,A・X は彼らのために子をもうけることに同意する女性 B と出会った。その後,B は A の精子を用いた人工授精により懐胎し,女児 C を出産した。C は 1988 年 2 月 7 日に出生したとの届出がなされ,生物学上の父親である A により認知 されている。B は匿名出産を選択しており,出生証書に C の母についての記 載は存在しない。A の妻 X は C との完全養子縁組の申請を行ったが,パリ大 審裁判所は申請を許可しなかった。
〔原 審〕
そこで X がパリ控訴院に控訴している。ところで,パリ控訴院の判決が下 される前に,破毀院第 1 民事部は 1989 年 12 月 13 日,アルマ・マテル協会は 代理懐胎を助長する目的を有しており違法であるとして,協会の無効(1901 年 7 月 1 日法律 3 条)を宣言した原審を維持している19)。それにもかかわらず,
パリ控訴院は原判決を取り消し,X と C の間の完全養子縁組を認めている20)。 控訴院判決の判旨は以下の通りである。
「X により完全養子縁組の申請がなされた子は,X の回復不能な不妊が医学的に 確認されたために,X の夫の人工授精により受胎がなされ,代理母により懐胎,
出産がなされた。したがって,完全養子縁組は,代理母が他人のために自らの生 殖機能を提供するとともに,出生直後に,父により認知がなされ,その妻により 養子縁組をするために,子を生物学上の父に引き渡す約束 engagement をその原 因としている。それゆえ,完全養子縁組は,この約束が無効ではない場合のみ,
申し渡すことができる。鑑みるに,代理母の約束およびその実現から生じる状況 は,一般原則の観点からも,適用される法規範の観点からも合法であると宣言さ れなければならない。
第一に,一般原則の観点からみると,それぞれの人間の自然権の行使は,社会 の他の構成員の自然権の行使を保障し,法律により規定される限界しか存在しな い。自然権の中には,他人の権利を尊重しながら生殖により家族を形成する権利 が存在する。回復不能な不妊を患うことにより,あるいは医学上生殖が禁じられ
19) Cass. civ. 1er, 13 déc. 1989,Bull. civ.I n ° 387.
20) Paris, 5 juin 1990,JCP1991. II. 21563.
ることにより,自然がカップルに課す限界に対して,科学の進展は,いわゆる
『人為的な』手段により生殖を可能にする技術をもたらしてきた。『人為的』とは,
その技術が性的関係を排除し,そのようなやり方で生殖行為の感情的な側面を排 斥することを意味する。このような方法は,世界的に承認されている。大いに利 用されている人工授精の方法による生殖補助医療を用いた代理懐胎は,その後承 認されることとなった技術の応用に過ぎないように思われ,しかも関係者の自由 な同意のもとに実現されている。したがって,科学技術の実践や慣習の現状にお いて,この手段は,子を産むことを確実にするという目的finalité がそれ自身合法 である以上,民法典 6 条21)の意味での公序や良俗に反しないように思われる。代 理懐胎により人為的な性質の親子関係が確認されることとなるが,それはこの種 の状況と,法律に規定され,または法律により許容された他の状況と区別はでき ない。他の状況とは,たとえば,出生の際の意図的な放棄の後に完全養子縁組が なされる場合や,純粋に人為的ではあるが立法者自身も共通善に資すると判断し ている親子関係を作り出し,子に有利な法的地位を与えることを目指して,純粋 に形式的な認知がなされ,異議が申し立てられない場合などが挙げられる。
第二に,代理懐胎の約束は,本件事案では,その金銭面が,売買,賃貸借,さ らには不正取引を想起させるという主張はなされておらず,家族関係や親子関係 の法規範を無視するものではない。実際,一方で,代理母が,法律により子に対 して与えられている権利を放棄しているが,それはその者の自由な意思から生じ たものである。自由な意思は,子を認知することの拒絶によって示されているが,
それは法律により承認された熟慮の上での放棄であり,十分な期間の経過は最終 的なものであると思わせる。他方で,子の認知の拒絶により示された放棄は,決 して生物学上の父を利する形での親権の違法な移転を実現するものではない。こ の事案で,生物学上の父は,母と同様の親権を有しており,法律を遵守したうえ で,自ら認知をすることにより親権を確立させることができる。最後に,子の親 子関係を意図的に組織しているという性質も,親子関係固有の制度や規範と矛盾 するものではない。これらの状況の下で,人の身分の不可処分性の原則は侵害さ れていない。
民法典 1128 条22)の観点からみた合意の合法性に関しては,一方で,臓器移植の ように,社会の進展と医療技術の発展に応じて,一定数の適用除外が既になされ ている以上,この法文から人体を目的とするすべての契約の違法性が導くことは
21) 民法典 6 条 公の秩序及び善良の風俗に関する法律は,個別的な合意によってその適用を除外 することはできない。
22) 民法典 1128 条 取引されるものでなければ,合意の目的とすることはできない。
できない。そして,人工生殖の他の形態以上に,さらには幅広く実践,組織され ている代替的な親子関係以上に,代理懐胎が社会の危険,とりわけ子に対する危 険を構成するものであると証明されていない以上,さらには,それが社会の他の 構成員による自然権の自由な行使を侵害していると証明されていない以上,社会 と家族が経験したさまざまな変化の現状の下において,代理懐胎は,代理母の懐 胎能力を対象とするものとして自由に同意し引き受けられ,慎重に実施され,保 証がきちんと課せられているのであれば,適用除外の一つに加えられ,承認され なければならない。他方で,代理母と締結された約束は,もの(子)の贈与あるい は譲渡ではなく,子は取引の対象とはなっていない。なぜなら,子を認知する権 限は母に留保されており,生物学上の父は子に対して権利を保持しているからで ある。また,父の権利は,母によってなされた約束が,母の負担するいかなる法 的義務を生じさせるものでない以上,その約束により生じたものではなく,出生 後に同意した自発的な放棄により生じたものである。結局,営利主義を一切排除 した条件の下での代理懐胎は,女性が利他主義的な目的で自らの身体の生殖能力 を不妊カップルのために提供するとともに,子をこの世に生み出すことを承諾し ている点に本質的な特徴を有するものである。その目的は,家族集団を形成でき るようにする点にあるが,女性は,その集団から自発的に離脱しており,一方の 親,すなわち父は,彼女のおかげで,子に自らの真正な親子関係を与えるべく,
自らの生殖能力を実現することが可能となる。
最後に,これらの条件の下で実現される完全養子縁組は,生物学上の父とその 妻により構成される家族の完全な一体性を保証し,家族生活の尊重を保障する性 質を有するにすぎない。世界人権宣言 12 条およびヨーロッパ人権条約 8 条 1 項の 意味における家族生活の尊重は,法規範が子の家族への統合を妨げないよう要請 している。真の親子関係 父に対しては生物学的な,両親に対しては精神的な を結び付けることは,子の懐胎や出産を規定する状況に関係なく,子に対し てなされるべき法的保護を保障することを意味する。母により出生時点で遺棄さ れた子に,子の優越的な利益を考慮して代替的な保護を行うことは,1989 年 11 月 20 日の子どもの権利に関する国連条約により定めたれた規範と適合的である。同 条約は,その前文において,子どもは家庭の中で養育されなければならないとい う原則を定めている それは,なるべく若い時から,家庭の中で出生を理由と する差別を受けない地位を享受することを前提としている とともに,できる 限り すなわち,この事案では母による遺棄を考慮して 子の両親を知り,
彼らに育てられる権利を確認している(7 条 1 項)。
したがって,代理懐胎は,営利性についての問題もなく,署名した者の意思と 個人責任の自由な表明として,合法であり公序に適合するとみなされなければな
らない。よって,A が子を認知し,子の生物学的な父であることについて異議を 唱えておらず,母との関係ではいかなる親子関係も確立されていないために 347 条と 348 条の 1 の規定に基づいて縁組に同意しているとともに,母が知られてお らず,出生直後から A と X の夫妻の家庭に受け入れられ,養育されている結果,
他の親を知らず,知ることができない子の利益に合致する以上,こうして懐胎さ れ,生み出された子について申請された完全養子縁組を認める決定が下されなけ ればならない。」
〔破毀院〕
パリ控訴院は,本件原審も含めて,代理懐胎の適法性を認める判決を 1990 年に 5 つ出していた。そこで,法解釈の統一を早期に図るべく,法の利益のた めの破毀申立て pourvoi dans lʼintérêt de la loi という手段を用いた上で,さら に破毀院長の命令により全部会が召集されて解決が図られている。法の利益の ための破毀申立てとは,ある判決について上訴期間が途過した,または執行が なされたにも関わらず,破毀院検事長は,当該判決が法律・命令,または訴訟 方式に反する場合には破毀申立てできるというものであり(1967 年 7 月 3 日法 律 17 条 1 項),破毀判決が下されたとしてもその判決の内容を当事者は主張で きない(同条 2 項)。この破毀申立てがなされるのは異例であり(当時の時点で 10 件しか存在していない23)),破毀院全部会が召集されたという点も併せて考え ると,当時のこの事件に対する関心の高さを窺い知ることができる。結局,破 毀院は,原審を破毀し,取り消した。ただし法の利益のためのみであり,差戻 しはなされない(XC 間の養子縁組は維持される)。
「民法典 353 条24)とともに 6 条および 1128 条に基づき,たとえそれが無償であ っても,女が出産と同時に遺棄をするために子を受胎 concevoir および懐胎 por- ter することを約する合意は,人体の不可処分性の公序原則および人の身分の不可 処分性の公序原則に反する。破毀申立てがなされた取消判決(筆者注:原判決)によ れば,A の妻である X に不治の不妊症状があるため,夫は別の女に精子を提供し,
同女は人工授精により子を懐胎し,出産した。出生時に,その子は A の子として
23) M. Gobert, «Réflexions sur les sources du droit et les «principes» dʼindisponibilité ducorps humain et de lʼétat des personnes»,RTD civ.1992. 491. n° 3.
24) 民法典 353 条 1 項(2 項以下は省略する) 養子縁組は,養親の申請に基づいて,大審裁判所が 言い渡す。大審裁判所は,法律の要件を満たしているか否か,および養子縁組が子の利益に合致 するか否かを審査する。
出生した旨届け出られているが,母子関係については何らの記載もなかった。X による子の完全養子縁組を宣告するために,原判決は,科学的実践や良俗の現状 において,代理懐胎の方式は適法であり公序に反してはいないとみなされなけれ ばならないと判示するとともに,本件養子縁組は,ほぼ出生以来 A・X の家庭に 迎えられ,養育されている子の利益にもかなっていると判示している。このよう に判示しているが,当該養子縁組は,母親により出生時に遺棄することが目指さ れた契約の履行として懐胎された子を夫婦の家に迎えるプロセス全体の最終段階 に過ぎない。そして,このプロセスは人体および人の身分の不可処分性の原則を 侵害しているために,養子制度を濫用している。以上の理由により,控訴院は上 記の条文に違反していた。」
第 3 節 1991 年 5 月 31 日判決以降の法規範
以上のように,破毀院全部会 1991 年 5 月 31 日判決は,代理懐胎の合意を
「人体の不可処分性の公序原則および人の身分の不可処分性の公序原則に反す る」として,代理懐胎の依頼者妻と代理懐胎により生まれた子の間の完全養子 縁組を否定する判決を下している。本節では,1991 年判決以降に現れた立法 と裁判例の主だったものについて概観する。ただし,外国で代理懐胎を行い,
当該国において代理懐胎により生まれた子と依頼者夫婦との間に親子関係を認 める出生証書が作成されたのちにフランスに帰国した場合に,フランスの出生 証書に当該外国の出生証書の記載の転記が認められるかという問題は,第 2 章 で扱うこととし,本章ではフランス国内での親子関係の取扱いについて紹介す ることとする。
1 1994 年 7 月 29 日法律
まず取り上げるべきは,人体の尊重に関する 1994 年 7 月 29 日法律第 653 号 により,民法典第 1 編人第 1 章私権に,新たに第 2 節人体の尊重が新設された ことである。とりわけ,民法典 16 条の 7 により,代理懐胎を対象とする合意 が無効とされること,同 16 条の 9 により 16 条の 7 が公序規定とされているこ とが重要である。以下,第 1 編第 1 章第 2 節の現行の規定を挙げておく。
〔フランス民法典第 1 編人 第 1 章私権 第 2 節 人体の尊重〕
※ 条文番号の隣に特に記載のないものは,1994 年 7 月 30 日法律により創設された規定である。
民法典 16 条 法は人の優位性を保障し,あらゆる人の尊厳に対する侵害を禁じ,
人間の生命の端緒から人間の尊重を保障する。
16 条の 1 ① 各人は,自らの身体の尊重に対する権利を有する。
② 人間の身体は,不可侵である。
③ 人間の身体,その諸要素およびその生成物 produits は,資産としての権利 droit patrimonial の対象とすることはできない。
16 条の 1 の 1(2008 年 12 月 19 日法律により創設) ① 人体に対して義務づけられる 尊重は,死亡によって停止しない。
② 人の身体が火葬によりもたらした灰を含めた,死亡した人の残存物は,尊重,
尊厳および品位をもって扱われなければならない。
16 条の 2(2008 年 12 月 19 日法律により修正) 裁判官は,死亡後も含めて,人体に対 する不法な侵害または人体の諸要素およびその生成物に対する不法な活動を妨 げ,停止するのに適したあらゆる措置を命ずることができる。
16 条の 3(2004 年 8 月 6 日法律により修正) ① その者に医療上の必要性がある場合,
または例外として他人の治療上の利益のためにしか,身体の完全性を侵害する ことはできない。
② 関係者の同意は,事前に得られなければならない。ただし,関係者の状態が,
同意を得ることのできない治療上の措置を必要とする場合には,この限りでな い。
16 条の 4(2004 年 8 月 6 日法律により修正) ① 何人も人間の完全性に対する侵害を することはできない。
② 人の選別を組織することを目指す優生的な行為は禁止される。
③ 生存している,または死亡している者と遺伝的に見て同一の子を生まれさせ ることを目的とするあらゆる措置は禁止される。
④ 人の子孫を修正することを目的とする遺伝的性質の変更はもたらされてはな らない。ただし,予防を目的とした研究および遺伝病の治療についてはこの限 りでない。
16 条の 5 人体,その諸要素またはその生成物に資産としての価値を付与する効
果を有する合意は無効である。
16 条の 6 治験,身体の諸要素の摘出,または身体の生成物の収集に同意をした
者に対して,いかなる報酬も支払うことはできない。
16 条の 7 他人のためにする受胎 procréation または懐胎 géstation を対象とする あらゆる合意は無効である。
16 条の 8 ① 身体の要素または生成物を贈与した者,およびそれを受領した者
の同一性を明らかにするいかなる情報も開示されてはならない。ドナーは,レ
シピエントの身元を知ることはできず,レシピエントはドナーの身元を知るこ とができない。
② 治療上必要がある場合,ドナーおよびレシピエントの医師のみがそれらの者 の同一性を明らかにする情報を知ることができる。
16 条の 9 この節の諸規定は,公序規定である。
注意が必要なのは,16 条の 7 において,「受胎 procréation または懐胎 géstation を対象とするあらゆる合意」と規定されている点である。受胎 procréation という語は,遺伝的つながりを前提とする行為に用いられる用語 である。これに対し,懐胎 géstation という語は,遺伝的つながりを前提とせ ず,より一般的に子を懐胎する行為を指す。両者はそれぞれ,1991 年 5 月 31 日破毀院全部会判決で用いられている,「受胎 concevoir」,「懐胎 porter」と いう語に対応する。ところで,1991 年破毀院判決では,「女が出産と同時に遺 棄をするために子を受胎 concevoir および懐胎 porter することを約する合意」
とあるように,「および」という言葉で両者が結び付けられていた。これは,
1991 年判決の事案では,代理母に依頼者夫の精子を人工授精させることによ り子をもうけた事案であり,代理母は,子と遺伝上のつながりがあるととも に,子を懐胎・分娩しているというケースに対応したものである。これに対 し,民法典 16 条の 7 では,「受胎 procréation または懐胎 géstation」というよ うに「または」で両者を結んでいる。これは,1991 年判決の事案のように,
代理母が子と遺伝上のつながりをもつとともに,懐胎・分娩をしているケース だけでなく,代理母が子との間に遺伝的なつながりをもたないものの,懐胎・
分娩をしているケースも無効とされることを意味している。
もう 1 点ここで紹介したいのが,1994 年 7 月 29 日法律第 653 号による刑法 典の改正である。子の遺棄の教唆や,養子縁組を希望する者と子の遺棄を希望 する者との間の営利目的での仲介に刑事罰を科す刑法典 227 条の 12 に第 3 項 が挿入され,代理懐胎を仲介する行為に対しても刑事罰が科されるに至ってい る。すなわち,同条第 3 項は,「子を受け入れることを望む個人またはカップ ルと子をそれらの者に引き渡すことを目的として子を懐胎する porter ことを 受け入れる女性との間を仲介する所為に対しては,第 2 項で規定され刑罰(筆 者注:1 年の懲役および 15000 ユーロの罰金)が科される。これらの所為が常習 的にまたは営利目的で犯された場合には,2 倍の刑罰が科される」と規定して
いる。
2 裁 判 例
その後の裁判例についても,ここで概観しておきたい。結論としては,裁判 例は,完全養子縁組,単純養子縁組,身分占有,いずれの法的構成について も,代理懐胎により生まれた子と依頼者妻との間の親子関係を認めることを拒 んでいる。
⑴ 完全養子縁組
1991 年判決後も,代理懐胎契約後の完全養子縁組の申請を許可しない判断 を維持している。
【破毀院第 1 民事部 2003 年 12 月 3 日判決】25)
〔事 案〕
男性 A 女性 X 夫婦は,1962 年 12 月 15 日に婚姻し,1966 年 11 月 11 日に X は第 1 子を出産している。1987 年 7 月 4 日に,匿名の女性 B が子 C を出産 し,A が認知している。その後,1999 年 1 月 28 日に X は C との特別養子縁 組を申請した。パリ控訴院は,申請を許可しなかったため,X が 12 年間同居 している事実を考慮すべき,代理懐胎による出産であることは,完全養子縁組 の申請要件を審査するにあたり考慮すべきでない,といった論拠を提示して上 告した。
〔判 旨〕
以下のように述べて,上告を棄却している。
「代理懐胎は,その違法性を民法典の基本原則,そして現在では民法典 16 条の 7 から導くことができ,養子制度の歪曲をもたらすものである。事実審裁判官は,
上記のいかなる条文に反することなく,正当に申請を不許可にしており,上告理 由はいかなる点も根拠のあるものではない。」
⑵ 単純養子縁組
1991 年判決は,代理懐胎契約後の完全養子縁組の申請について認めない判 断を下したものであるが,単純養子縁組の申請,すなわち代理母との親子関係
25) Cass. civ. 1er, 9 déc. 2003,Dr. famille2004. n° 17.
を否定しないで行う養子縁組についても,これを認めない立場を示している。
【破毀院第 1 民事部 1994 年 6 月 29 日判決】26)
〔事 案〕
男性 A 女性 X の夫婦は,X に不妊の原因があったため,女性 B に代理懐胎 を依頼した。B は,A の精子を人工授精して 1985 年 11 月 17 日に子 C を出産 した。C の出生証書の母親欄には B の名が記載されるとともに,A と B が認 知をしている。そして,C は,直ちに AX 夫婦のもとに引き渡されている。B は,C と X の間で完全養子縁組をすることに同意をしていたが,A は養子縁 組申請手続きに出席せず,X は,C を連れて夫婦の住居を離れるとともに,離 婚の裁判を提起している。ラ・ロシェル大審裁判所は,X の完全養子縁組の 申請を認容している。これに対し,ポワチエ控訴院は,原判決を一部取り消 し,単純養子縁組を認容した。その際,養子縁組を認める根拠として,子を大 人の過ちから救うのは社会の責務であること,縁組は X と同居している子 C の利益にかなうこと,申請を認めないと,A は親権を行使でき,X はいかな る権利も奪われることとなるが,それは不当であること,を示している。
〔判 旨〕
控訴院判決を破毀し,X の養子縁組の申請を許可しなかった(自判)。なお,
判決文の文言は,根拠条文に単純養子縁組に関する民法典 361 条を付加した以 外は,1991 年判決と同一である。
「民法典 353 条および 361 条とともに 6 条および 1128 条に基づき,たとえそれ が無償であっても,女が出産と同時に遺棄をするために子を受胎および懐胎する ことを約する合意は,人体の不可処分性の公序原則および人の身分の不可処分性 の公序原則に反する。」「当該養子縁組は,母親により出生時に遺棄することが目 指された契約の履行として懐胎された子を夫婦の家に迎えるプロセス全体の最終 段階に過ぎない。そして,このプロセスは人体および人の身分の不可処分性の原 則を侵害しているために,養子制度を濫用している。以上の理由により,控訴院 は上記の条文に違反していた。」
⑶ 身 分 占 有
それでは,代理懐胎契約を締結した後,代理母から子を受け継いだ依頼者夫
26) Cass. civ. 1er, 29 juin 1994,RTD civ.1994. 842, obs. J. Hauser.
婦は,身分占有により親子関係を取得しうるか。この点,民法典現 311-2 条
(2005 年 7 月 4 日のオルドナンスによる親子法改正を追認する 2009 年 1 月 16 日法律 に基づく)は,「身分占有は,継続的で,平穏,公然かつ明瞭(non équivoque)
でなければならない」と規定している27)が,2006 年 6 月 30 日の司法省通達 は,身分占有の不明瞭性は不正行為(fraude)や法律違反から生じるとみなし ている(2. 3. 2.)。リール大審裁判所は,2005 年 7 月 4 日のオルドナンスによ る改正前の法規範が適用される事案ではあるが,第三者のための出産または懐 胎を目的とした合意が無効であることから,身分占有による依頼者夫婦との親 子関係の成立を斥けている。なお,以下で紹介する裁判例は,⑴・⑵の事例と は異なり,第 2 章で裁判例を検討する予定の外国で代理懐胎をした事案である が,依頼者夫婦はフランス法に基づく身分占有を主張しているため,ここで取 り上げることとする。注意が必要なのは,2002 年 7 月 4 日レンヌ控訴院判決 が,フランス人の依頼者カップル(未婚)の精子および卵子を用いてアメリカ で代理懐胎をし,フランスでカップルが子を認知をしたケースにおいて,依頼 者女性の親子関係のみ否定している28)。つまり,以下に見る判決が出された 当時は,アメリカで代理懐胎をしたケースにおいても,依頼者夫(または男性)
がフランスで認知をすることは可能な場合もあった29)。なお,この点につき,
2013 年から 2014 年にかけて大きな動きがあったことについては,第 2 章で詳 論する。
【リール大審裁判所 2007 年 3 月 22 日判決】30)
〔事 案〕
男性 X1女性 X2夫婦は,アメリカで代理懐胎契約を締結し,X1の精子とドナ ー A の卵子を受精させ,その受精卵を代理母 B に着床させ,2001 年 10 月 27
27) 民法典旧 311 条の 1 第 2 項では,身分占有の継続性のみを要求していたが,2005 年のオルドナ ンスにより,「平穏,公然かつ明瞭」という文言が付加されている。ミュラ教授は,2005 年改正 前より判例は占有に瑕疵のないことを要求していたので,文言の付加にもかかわらず,改正前と 連続性があると指摘している(P. Murat,infranote 30)。ただし,テレ・フヌイエ両教授は,公 然性についてはそれまでに要求されていなかったと指摘する(F. Terré et D. Fenouillet,supra note 7, p. 459, n° 511)。
28) CA Rennes, 4 juillet 2002,JCP G2003, I, 101, obs. J. Rubellin-Devichi.
29) C. Neirinck, «La gestation pour autrui pratiquée à lʼétranger et lʼétat civil français de lʼenfant qui en est né»,Dr. Famille,mai 2011, étude 14, n° 15.
30) TGI Lille, 22 mars 2007,D. 2007. 1251, n. X. Labbée ;Dr. Famille, juin 2007, comm. 122, obs. P.
Murat.
日に子 C を出産した。C を連れてフランスに戻った X1・X2は,トゥルコワン Tourcoing 小審裁判所の後見裁判官に C の身分占有を認める公知証書31)を作 成してもらった。しかし,ナント検事局が,C の出生証書への転記を拒絶し た。そこで,X1・X2が当時の司法大臣を被告として出生証書の転記を求めて 提訴した。実質的な争点は,X1・X2に身分占有が認められるか否かについて である。
〔判 旨〕
リール大審裁判所は,X1・X2の請求を棄却している。判旨の主要部分は,
以下の通りである。
「民法典 16 条の 7 および 16 条の 9 は,あらゆる他人のためにする受胎または懐 胎を無効であり,公序に反するとしている。代理懐胎の合意を締結するためにア メリカに赴いた X1・X2は,この公序則に反することを知っていた。子 C の出生を 可能にする合意は,疑いなく脱法的 frauduleuse である。
したがって,不正行為はすべてを損なうという原則を適用し,原告らが自分た ちに嫡出親子関係を確立させるために根拠づけとして援用した身分占有および彼 らが取得した公知証書は,それ自身瑕疵を帯びており,かかる関係の確立を可能 にするものではない。」
以上のように,現在のフランス法においては,破毀院全部会 1991 年 5 月 31 日判決が代理懐胎の後になされた完全養子縁組の申請に対して,代理懐胎の合 意は,「人体の不可処分性の公序原則および人の身分の不可処分性の公序原則」
に反するという規範を立てた上で,養子縁組を認めない立場を示している。そ の後,1994 年 7 月 29 日法律により,代理懐胎の合意の無効性が確認されると ともに,裁判例レベルでは,代理懐胎により生まれた子と依頼者妻との間の完 全養子縁組も普通養子縁組も否定している。さらには,外国で代理懐胎がなさ
31) 公知証書は,判事・公証人・身分吏などによって作成される周知の事実についての複数の証言 を集めた文書をいう(山口編・前掲注 4)11 頁)。本件では,2005 年 7 月 4 日のオルドナンスに よる改正法が適用されず,それ以前の民法典旧 311 条の 3 が適用される。
民法典旧 311 条の 3 ① 親または子は,後見裁判官に対して,この法典第 71 条および第 72 条 に定める条件にしたがって,反対の証明まで身分占有を信頼させる公知証書をそれらの者に交付 することを請求することができる。ただし,身分占有の存在が争われるに至る場合に,それらの 者がその存在を裁判上立証するために依拠することがある他のすべての証拠方法を妨げない。
② 公知証書において確認された身分占有により確立された親子関係は,子の出生証書の欄外 に付記される。
れた事案ではあるが,依頼者夫婦と代理懐胎により生まれた子の間に身分占有 の関係が生ずることも否定している。このように,フランス法は代理懐胎に対 して,かなり強硬に法的効果を否定する態度が示されているといえる。ただ し,以下の点にも注意が必要である。1991 年判決は,依頼者妻と代理懐胎に より生まれた子の完全養子縁組を否定しているが,依頼者夫による認知がなさ れており,認知については何らの疑義も提示されていない。すなわち,フラン ス法上,完全養子縁組を否定することは,子と依頼者の双方との間に親子関係 を認めることを否定することを意味しているが,子と依頼者の一方との間の親 子関係を否定するものではないことに注意が必要である。
さて,現在のフランス法の代理懐胎に対する敵対的立場の原点は,破毀院全 部会 1991 年判決にあるといっても過言ではないように思われるが,その判決 が依拠している「人体の不可処分性の公序原則および人の身分の不可処分性の 公序原則」というものが,その後も維持されているのか,それぞれの根拠はど れだけ強固なものなのかという点が次章以降の中心的な検討対象となる。そこ で,人体の不可処分性の原則(第 1 章),人の身分の不可処分性の原則(第 2 章)それぞれにつき,1991 年判決以降の実定法・学説の状況を中心に検討し てゆくこととする。