1 目次
Ⅰ 序論
1 問題提起 ――2
2 研究対象の選定 ――4
Ⅱ 「人身事故」の背景 1 命の見方 ――7
2 鉄道網の拡大と生の喪失 ――11
2-1 首都圏の鉄道網が抱えてきた悩み ――11
2-2 「人身事故」という死 ――14
Ⅲ 鉄道という手段 1 責任を求める生者の視線 ――19
2 視線の分解と特徴の整理 ――22
2-1 隠されない死 ――23
2-1-1 ポルノグラフィー化された死の中で 2-1-2 「なぜ?」の焦点 2-2 終焉とコミュニケーション ――29
2-2-1 幕を閉じる前に 2-2-2 コミュニケーションの欠落 2-3 「人身事故」の影響とは ――33
2-3-1 死に対処する 2-3-2 現場復旧と待ちぼうけの人だかり 3 曖昧さの支配 ――40
Ⅳ 生と死の連鎖 1 手段の情報と模倣 ――44
2 連環と分布 ――47
3 「境の場所」を照らすもの ――50
Ⅴ 結論 ――52
あとがきと謝辞
参照文献
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Ⅰ 序論
1 問題提起
なにか嫌なことがあったとき、恥をかいたとき、締め切りに追われている時、辛いこと があったとき、 「死にたい」と口に出すようになったのはいつからだろう。なんて不謹慎な ことを言うのか、と眉をひそめる人もいるだろうが、少なくとも、とてつもなく辛い状況 に置かれた時に何を願うのかぐらいは人の自由であってほしい。別に、こんなことを言っ ている全員が心の底から死にたがっているわけではない。ただ、口にしなければやってい られないのだ。
ただし、本当に死を願っている人たちがいて、その願いを叶えてしまう人たちが少なか らずいることもまた事実である。警察庁の発表によると、国内の自殺者数は一時 3 万人に まで達していた時期と比べるとずいぶん減ったとはいえ、年間約 2 万人が自らの手で命を 絶っている。厚生労働省の発表によると、自殺は特に若年層から働き盛りの世代に多く、
20 歳から 39 歳までで死因の第 1 位である
1)。また、日本の自殺死亡率は総数では世界で 6 番目 (男性のみでは 12 番目、 女性のみになると 3 番目)に高いことも世界保健機関(WHO)
の報告で明らかにされており
2)、日本人にとって身近な死因のひとつであることが分かる。
自殺予防や再発防止の観点から、自殺は社会的な注目を浴びやすい。2 万人を超える死 のひとつひとつが詳細に取り上げられることはないが、それでもこのうちのいくつかは社 会問題を議論する材料として検証が進められる。たとえば、本論を執筆している 2017 年 には、 (数年前に発生したものも含めて)過重労働による自殺が数件ほど世間の注目を浴び たものがあった。業務内容や職場環境に端を発したと思われるこれらの自殺は、筆者自身 が参加した就職活動の現場においても、特に企業側から自社の労働環境を説明する際にし ばしば引き合いに出されており、仕事がらみの自殺の注目度の高さをうかがい知ることが できた。
しかし、ここで素朴な疑問がひとつ生じた。自殺の原因や背景となりうるもの、たとえ ば先に挙げた労働環境や家庭環境、対人関係、経済や健康の問題やそれらに対する対策は たくさん講じられており話題にものぼりやすい。しかし、自殺の方法についてはどうだろ うか。もちろん、まったく注目の的になっていないわけではない。手段別の統計は毎年と られているし、過去には鶴見済[1993]によって出版された『完全自殺マニュアル』が自殺 手段の百科事典として話題になった。この書籍の影響を調べた後藤京子と杉本侃[1996:64]
は、 『完全自殺マニュアル』の出版後に一般医薬品による自殺企図の増加が確認されたこと を踏まえて、正確な医薬品に関する知識の提供と医薬品の徹底管理による自殺防止対策の 必要性を説いている。しかし、社会ではこれほどまでに自殺の手段が注目されることはな く、せいぜい少し変わった手段による自殺が行われた時に取り上げられるのが関の山であ る。
そもそも、なぜ自殺手段はよほど変わったものでなければ自殺の動機や背景ほど話題に
上らないのだろうか。この疑問が、本論の出発点である。近年、国内で発生した自殺の中
でその手段が世間から注目された事例を思い返してみたところ、筆者の頭にすぐに思い浮
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かんだものが 2 件あった。ひとつは、 2015 年 6 月 30 日に東海道新幹線で発生した男性の 焼身自殺である。当人以外にも一般客が 1 名巻き込まれ、このニュースは一瞬にして国内 外の注目を集めた
3)。そしてもうひとつが、翌年の 2016 年 10 月に栃木県宇都宮市本丸町 の宇都宮城址公園で発生した連続爆破である。イベント会場となっていた公園やその近辺 で相次いだ爆発は市内に住む 1 人の男性によって引き起こされたもので、この人物以外の 死者は出なかったものの近くにいた 2 人が重傷を負い
4)、こちらも大きな話題となった。
人を巻き込む方法を選んだ両名の自殺は、ときにテロとも関連付けられながら、自らが苦 しんでいる原因を社会に責任転嫁していると非難を浴びた。
これらの自殺は、 近年世界各地で恐れられているテロ行為とはやや一線を画しているが、
大勢の人にいる場所で行い他者に危害が及ぶ可能性をはらんでいる自殺手段の選択にもま た、多大な注目が集まると同時に批判が寄せられる。自殺者もまた、それぞれの原因に苦 しめられていたにもかかわらず、ただその手段の選択で後世から受ける評価は変わってし まうのである。ここで挙げた 2 人の自殺が、一般的に思い描かれるような孤独で誰にも危 害が与えられないような手段で行われていたら、彼らの死を我々はどこまで知ることがで きたのだろうか。少なくとも、自殺を選んだことに関しては、これほどまでに世間から非 難されたり注目されたりすることはなかっただろう。
自殺は、その実行だけを取り上げれば実に私的な行為である。しかし、死という一連の 過程にその目を移せば、たとえ自殺であっても他者の関与を完全に免れることはできない。
ただし、自殺という事象そのものと同様に、その関与の規模やあり方もやはり安易に社会 の表側に浮上するものではなく、自殺者と互いに顔の見える関係にあった者たちの範囲で 完結することが多い。そのため、ひとつの具体的な死としての自殺に無関係の人間の視線 が多数寄せられることは社会問題として大きく取り上げられないかぎり比較的稀であり、
それもまた遺された遺族・関係者の苦渋の決断が幾重にも積み重なってようやく実現可能 なものである。しかし、それを差し置いてまで、速報で報じられることを要するほどの影 響をともなった自殺が存在するのもまた事実であり、先に挙げた 2 つの事例もそれに該当 するものであった。もしかすると、このような視覚化・数量化することが可能な被害を他 者に及ぼす自殺方法は、苦しみぬいた末に選ばれた一個人の死を世論から是非を問われる ものに位置づける、言い換えると、 「なぜこの方法を選んだのか」 「他の方法ではだめだっ たのか」という問いを読み解く入り口になるのではないだろうか。
ただし、この問いはあくまで手段に関する疑問に留まっており、 「なぜ自殺をするのか」
という問いからは外れた問いであることをまずは明確にしておかなければならないだろう。
社会学的な自殺研究で名高い E・デュルケームは、自殺の動機に関わる社会的要因と手段 の決定に関わる社会的要因は互いに独立したものとしており[デュルケーム 2016:369]、
発生のメカニズムを理解したり予防・再発防止を目的としたりする傾向が強い自殺研究の
潮流の中で、手段に関する研究は決して主流とは言えない位置付けにあると言っても過言
ではない。また、自殺学の始祖ともいうべき E・S・シュナイドマン[1993:213-215]は自殺
を特定の関係性で起きる出来事と位置付け、特定の誰かに対するシグナルであると解釈し
ている。だからこそ、特定の関係性から外れた第三者の立場から自殺のシグナルを読み解
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くのは難しいことであり、自殺要因とは互いに独立しているとされる自殺方法の選択とな るとその難易度は更に上がる。
しかし、だからといって自殺の当事者・関係者以外から向けられる眼差しを、自殺研究 の本流を支える視点において役に立ちそうにないからと切り捨ててしまうと、何か大事な 部分を見落とすことになるのではないだろうか。たしかに、自殺方法ごとに向けられる評 価をただ並べて比較するだけでは、所詮推定だらけな「たられば」の話で終わってしまう。
だが、死という形での社会を構成する一員の喪失は決して一瞬の泡沫のような現象でなく、
そこには必ず誰かがどのように生き、死んだのかを示す跡が何らかのかたちで残り、それ が全く持って見向きもされないことはない。それが社会的な注目を浴びた自殺であればな おさらのことであり、その取り上げられ方や注目のされ方、寄せられた評価はその社会を 支える自殺観や死生観の一端を探る材料として遜色ないものである。
当初、筆者は本論を、疫学的でない自殺研究の潮流においては支流の研究対象に置かれ てきた手段に対する正解の分からない問い( 「なぜこの自殺方法を選んだのか」)に向き合 った内容にしたいと思っていた。しかし、主体的な行為者である自殺者という存在に真っ 向から挑んでも、今の筆者の力量では埒が明かないのは火を見るよりも明らかである。し たがって、本論では、まず個々に異なる背景を抱えながら主体的な選択を下す自殺者では なく特定の自殺手段に焦点を絞り、これに寄せられる社会的な評価を手掛かりにしながら その特徴について順を追って整理する。その中で、推測でしか語れない部分が多かった自 殺者の手段選択について、基本的に後追いで進めるしかない自殺研究でもわずかでも何か 迫れる部分がないか探りたいと考えている。
2 研究対象の選定
では、この目標を達成するには、本論で何をいかにして探ればよいのだろうか。個々人 が死を望む要因を画一的な枠にあてはめて検討することには限度があり、単純な図式で表 しきることも不可能に近い。たとえ手段というカテゴリーに注目するにしても、個々人が 出す生の結論のひとつともいえる自殺の背景は幾通りにも渡るのだから、統計で得られた 数字やデータを鵜呑みにすることもできず、結局のところ、ほとんどの手段は注目したく ても探ることが難しいという厳しい現状に直面しなければならない。初っ端からほとんど 万策尽きた状態である。ただ、筆者が思いつく自殺方法の中でひとつだけ、鉄道を利用し た自殺 (鉄道自殺) に限ってはこの状況にあってもまだ検討できる可能性を有していた ( 「有 してしまっていた」とした方が本論には相応しいかもしれない) 。
本論が対象として挙げるこの鉄道自殺は、比較的選ばれやすいとされる自殺方法の中で も特に第三者からの評価が見えやすい手段と言えるだろう。前述した通り、自殺者と遺族・
関係者のいずれにおいても、自殺は未だ私的な行為としてとらえられている側面が強い。
厚生労働省自殺対策推進室[2017]の調査によると、平成 28 年の自殺者死亡数 21,703 人の
うち半数以上(58.9%)が自宅で命を落としており、国内で発生する自殺においては私的
な空間が比較的選ばれやすい傾向にある。また、歴史的背景に目を移すと、近代の日本社
会において家人の自殺は家の内情を世間に公表されてしまう機会であり、更に医療化の進
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展を受けて自殺が精神錯乱との結びつきが強められてしまったことも相まって、自殺の事 実は世間から遠ざけられがちであった[貞包 2016:42-52]。
時代の流れとともに家の形態や統計方法も変わったことで、世間の自殺観や扱われ方は 徐々に変わっていった。しかし、自殺と遺族・関係者の世間体の間にあった感情の糸は未 だ完全に断ち切れたとは言えないのは、自殺者の遺族たちに向き合ってきた瀬川正仁 [2016]が描く、原因究明という自身の希望と世間の目の間で揺れ、葛藤する彼らの姿から も明らかである。社会学者の G・ゴーラー[1994]はかつて、著書である『死と悲しみの社 会学』の中でイギリス社会の変化と死を隠匿する傾向について指摘していたが、不謹慎と いう意識のもとで、死やそれに伴う悲嘆がより私的領域に押し込められていく様は今の日 本社会にも十分通じるものがあるだろう。臓器提供や安楽死など、より広い場で死につい て論じられる機会が増えてはいるものの、命の終焉に関することを公で語ることへの抵抗 は決して払拭されていないのだ。
それにもかかわらず、鉄道自殺は公共の空間で人目をはばかることなく発生し、かつそ の発生に関する情報は広く社会に共有される。鉄道自殺のみならず、高層ビルや公園をは じめとした公共施設で起こる自殺は自宅での発生件数と比べると圧倒的に少なく、鉄道路 線で起こる自殺は全件数のうち 2.4%ほどしか占めていない。だが、手段のなかでは少数 派であるにもかかわらず、鉄道自殺はひとたび発生すれば交通障害として広く人びとに知 らされ、いち早く処理される。国内において最も鉄道網が発達し、生活の基盤となってい る首都圏においては、利用者の多い通勤・通学や帰宅の時間帯や複数の路線が通っている 駅で起こってしまうと、これにともなう遅延や運休その影響を受ける人の数が数万人単位 にのぼることも珍しくない。筆者自身も、電車を利用する際に駅やホームの電光掲示板に 映った「運転を見合わせています」や「人身事故の影響で大幅に遅れが出ています」の文 章にぎょっとしたり焦ったりした経験がある。約束の時間に間に合うか、目的地にたどり 着けるのか心配もした。人が 1 人死んでいるにもかかわらず、死んだことよりもそれによ って生じる障害にばかり目が行くのである。鉄道自殺という手段は、都市生活者の 1 人で ある筆者自身にとっても身近な死のかたちであり、また、詳細については後に触れるが、
実際にその未遂の現場に居合わせた体験もこれを本論の対象に決める後押しになった。
「人身事故」である鉄道自殺は、自殺の一形態であると同時に事故でもあり、それゆえ 他の手段による自殺でははっきりと確認することができない特徴を有している。これまで に触れてきた公開性ももちろんそのひとつである。今日の日本社会において、鉄道自殺ほ ど自殺の現場に関する正確な情報がリアルタイムで広く世間に周知される自殺方法はおそ らくない。しかも、その情報はあくまで正常な運行を妨げた「人身事故」として公表され、
1 件 1 件が異なる背景を持った自殺であることはさして強調されない。鉄道利用が日常生 活の中に溶け込んだ都市部において、これほどまでに身近でかつ淡々と話題に上りやすい 死はあるだろうか。
鉄道自殺の特徴はそれだけではない。実行の時点で必ず他者の手が必要になる点や、交
通機能の障害という形で社会に与える影響の規模も挙げられる。もちろん、ひとつひとつ
の死を丁寧に読み解いていけば、鉄道自殺以外の手段にも通じる、あるいは鉄道自殺の中
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でも相反する部分が見えてくる可能性は十二分にある。とはいえ、一見すると大雑把にも 思える自殺方法ごとの分類の中で、鉄道事業主から行政への提出が定められた報告書に沿 って自殺を概観する指標を決めながら、様ざまなかたちで生じる社会的な評価に目を向け ながらこれらの特徴に向き合うことの可能な手段は果たしてあるだろうか。
これは、裏を返せば、これほどまでに簡略なかたちで社会から扱われる自殺方法が他に あるのだろうかという問いでもある。鉄道自殺の調査を進める佐藤裕一は、自らのまとめ た膨大な統計データをまとめるなかで「数字の集計になってしまっているが、1 つ 1 つの 数字が尊い命であることを、あらためて思いを致してほしい
5)」と語っている。自殺であ る以上、 そこには苦しみ抜いた末に死という答えを出した人がたしかに存在するのであり、
それをないがしろにしてこの自殺方法を語るべきではない。しかし、鉄道自殺や「人身事 故」は駅や線路で起こるその性質上、死が特定の場所や地域に強く結びつき、しかもそれ が発生件数というかたちで積み重なっていくことを避けられない。鉄道が都市生活を支え る大動脈として確固たる地位を占めていることを背景に、日常生活を脅かすリスクとして 認識されてしまう手段に位置づけられてはいるが、果たして我々は鉄道自殺がどのような 自殺であるかをよく知っているのだろうか。表面的な影響ばかりに目をとられて、この手 段が抱えている問題点やこれを深く探るための決定的な糸口を見逃してはいないだろうか。
実際、鉄道自殺に焦点を当てた研究は充実しているとは言い難いのが現状である。自殺 手段に関連する疫学的な研究はあるものの、鉄道自殺となると一気に数が減る。 その中で、
赤塚肇ら[2008]による鉄道自殺モデルの構築は本論を進めていくうえで非常に参考になる ものではあったが、自殺者の行動や心理への注目に主眼が置かれて分析が進められている ため、この手段の社会的側面、特に、自殺の一手段としての鉄道の位置付けについてはま だ迫れる余地を残している。国内の鉄道自殺研究は、未だ発展途上にあると言っても過言 ではないのだ。本論は、行動モデルのような自殺行動に根ざした議論ではないため、具体 的な鉄道自殺の予防策に繋がるような画期的な結論が出るとは考えていない。ただ、鉄道 を漫然と自殺手段のひとつに位置づけるのではなく、本来移動を目的とするものが自殺の 一手段として確立するにいたった理由や要因を整理することで、鉄道自殺という選択に迫 る手掛かりを見つけたいと考えている。
人類学者である関根康正[2004]の言葉を借りるなら、駅や路線といった、死の現場とな る可能性を与えられた空間は我々に身近な「異界」のひとつである。旅客の空間に突如出 現する死は、多くの人々を困惑させる。混乱のさなかにありながらもいつも通りの生活へ 戻そうとする一連の過程は、はたしてただの原状復帰だろうか。駅や線路は、単なる移動 の施設や設備に過ぎないのだろうか。鉄道自殺の社会的な位置付けの再考は、これに関わ る場所と人、それを内包した空間にも再度目を向ける作業である。今の筆者の力量でどこ までできるかは未知数だが、平時の鉄道の風景に隠れている死と生の交錯に目を向けるな かで、せめて生と死の狭間で揺れる人びとの輪郭だけでも掴みたい。
Ⅱ 「人身事故」の背景
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今更言うまでもなく、自殺はこれまでに多くの分野から研究対象とされてきた。それゆ え、自殺に対する見解や研究手法、着眼点は非常に多岐に渡る。このことは、本章を書き 始めるにあたってどこから手を着ければ良いのか、筆者の頭を非常に悩ませた。序論でも 述べた通り、筆者が興味を抱いているのは個々の事例で異なったり社会的に傾向が現れた りするような自殺についてよりも、鉄道自殺という手段の特徴やこれが自殺方法として成 り立つ背景である。なぜこのような手段が選ばれているのかを問うために必要な視点を明 確にしておく必要があるだろう。
そもそも、自殺に関する研究としては、 1985 年に『自殺とは何か』 (原題“ Definition of
Suicide ”)を著した E・S・シュナイドマンによって確立された自殺学(suicidology)が
ある。この学問は、自殺やその予防に関する事象を主な研究対象としているため、非常に 幅広い学問分野の手法が適用される学際的な性格を持っている [石原 2003:7]。したがっ て、自殺の定義をとってみても、学問ごとのスタンスや研究者の視点に応じて少しずつ異 なっている。自殺研究には、どこからどこまでが自殺なのか、自殺に対する自殺者の意志
(自殺への積極性・消極性)の強さはどのように判断するのかといった、明瞭に線引きす ることができないグレーゾーンが常につきまとっている。既存の自殺研究の膨大さからし てみれば、ここで取り扱えるのはほんの一部に過ぎないが、本章ではまず個々の自殺研究 の立場を慎重に整理しつつ、鉄道自殺の考察に活かせる視点を探したい。また、本論が対 象とする首都圏の鉄道網および鉄道自殺に関しても情報の整理を行い、次章以降の考察に 繋げたい。
1 命の見方
自殺とは何か、という問いに対して回答することはなかなか難しいものである。自殺学 の方針についてまとめた石原明子[2003]は、自殺の定義について「死ぬ意図」や「結果予 測性」を含めるか否かを問題に挙げている。これらは、複数の分野を通して重要視されて いる自殺の要素であり、たとえば疫学においては「自らの意図によって自らの生命を経つ 行為[ノック、ボルヘス 2015:18]」と、社会学的には「本人が自らの死という結末を知っ て、ないしは予期してとられた行動によって引き起こされた死[Rene 1996:856]」といっ た形で言及されている。
しかし、これらは外部からの観察が難しい要素であり、たとえ生者によって確認するこ とができたとしてもインドのサティー[田中 2007]やジャイナ教徒によるサッレーカナー
(断食によって自らを死に至らしめる行為)[堀田 2008]のように、自殺者の積極的な意 志が周囲の人間の意志に押し流された結果として作られたものとされるケースは珍しいこ とではない[崔 1994:244]。遺書や関係者の証言といった自殺の証拠も、たしかに自殺者 の意志を測る材料にはなるがそれが必ず自殺者の本意を物語っているとは限らない。たと えば遺書に様ざまな意図や思惑、配慮が働いている可能性は十分にあり[阪本 2011]、自 殺を企てる者が時として自分の本心とは逆のことを表に出すことも珍しくないことは、心 理学的な観点からもしばしば指摘されている[ヘンディン 2006:63]。
これに加えて、自殺行為そのものの観察の難しさも自殺の定義を難しくさせている。た
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とえば、疫学的研究において一般的に自殺未遂とよばれるものは、 「非致死の自殺思考及び 行動(自殺行動:suicidal behavior)」として(1)自殺念慮(suicide ideation:自らの命 を絶つことを意図する行動について考えること)、 (2)自殺計画(suicide plan:死ぬこと を意図する具体的な手段の画策)、 (3)自殺企図(suicide attempt:少なくともある程度 の死ぬ意図をもって潜在的な自傷行為を起こすことであり、死ぬ意図のない自傷行為とは 区別される)の 3 種類に分類されている[ノック・ボルヘス 2015:18]。また、地域や国に よって、自殺や自殺未遂の規準や価値観、それらに基づいた統計方法が異なることは珍し いことではない。また、シュナイドマンは自殺未遂という言葉を「正真正銘死ぬつもりで あったのに目的を果たすことができなかった場合にだけ用いられるべきもの[シュナイド
マン 1993:25]」とし、そうでないものを「パラス―サイド(自殺様行為) 」と呼んで区別
している。自殺未遂やパラスーサイドは、自殺研究を進めるうえで非常に重要な手掛かり である。しかし、その手掛かりでさえ慎重に見ていかなければ、ともすれば正確につかむ ことができなくなってしまうのだから、後ろ向き(retrospective)な研究が中心にならざ るを得ない[宮崎 2003:58]既遂の自殺であればなおのことその詳細を観察することは難 しいだろう。
このような明確な線引きの難しさを踏まえて、数ある定義の中でも自殺の特徴を捉え、
かつ臨床においても実用的であると石原[2003:6-7]が評価したのが、シュナイドマンによ ってなされた以下の定義であった。
「今日の西欧社会において、自殺は、自ら手を下した意識的行為によってもたらされた 死とされる。その行為は、死ぬことが最良の解決方法と認識された出来事に直面し、窮 地を脱することを願った人物の、多くの次元を持った苦痛によってもたらされる、と考 えると最も理解しやすい。[シュナイドマン 1993:244]」
自殺者や自殺未遂者の心理面を中心に進められた詳細な観察に加え、自殺未遂や自殺様 行動(パラスーサイド)といった現象との慎重で丁寧な線引きによって導き出された彼の 定義は、時代や社会が限定されているとはいえ、自殺を選ばざるをえなかった声なき個人 の内的状況を理解する大きな手助けとなる。一方で、個人の意志という不確定で曖昧なも のを徹底的に除いた自殺研究を試みたのが、社会学的な自殺研究の第一人者として名高い デュルケームである。1960 年に著した『自殺論(原題‟ Le Suicide ”) 』の中で彼が注目し たのは、個々の自殺の引き金となる個人的要因ではなく、国や地域ごとに集められた自殺 の統計結果や件数の変遷を下支えしているものとしての社会的要因(自殺率)であった。
『自殺論』ねらいのひとつは社会学を他の諸科学から独立・自立した学問分野として確立 させることにあったとされ[阪本 2011:10]、デュルケームは宗教や離婚率、所得など、社 会を構成する様々な要素に目を向けている。ここから浮かび上がる社会形態に応じて自殺 形態を分類したことで、彼の研究は後世の社会学・人類学的自殺研究に今なお大きな影響 を及ぼした。
ただし、その影響には彼の理論に対する反駁も多く含まれている。C・ボードロと R・
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エスタブレ[2011]は、自己本位的自殺の議論でデュルケームが根拠とした経済格差や離婚 のデータと自殺件数の関連性に注目している。同じ西欧諸国でも 19 世紀と 20 世紀では時 代背景が大きく異なっていることを明らかにした彼らは、部分的ではあるがデュルケーム の主張に異を唱えている[ボードロ、エスタブレ 2011,阪本 2011:12-13]。また、T・パ ーソンズや J・D・ダグラス、A・ギデンズといった社会学者たちは、デュルケームが切り 捨てた個人的諸要因に定位するかたちで、それぞれが自殺の要因の社会性に迫ろうと試み ている[杉尾 2012:70]。さらに、P・ベナールは規制の強弱によって分類された「アノミ ー的自殺」と「宿命的自殺」の中でも、個人の欲望に対する拘束が強すぎるあまりに発生 する後者の自殺に対して疑問を抱き、自殺と性差に関わる議論からデュルケームの理論を 再検討する必要があると主張した[阪本 2011:11,薬師院 1998]。
生憎、これらをひとつひとつ見ていくときりがないので、ここでは社会的な結びつきに 焦点を当てた自殺類型である「自己本位的自殺」と「集団本位的自殺」 、そして、後者に対 する人類学者の反駁に絞って話を進めていきたい。人類学的な自殺研究は、特定の社会で 発生した自殺を参与観察によってつぶさに観察し、当該社会の規範や人間関係、観念、構 造などその社会に生きる者の視点に近づいた研究を進めてきた。自殺者だけでなく、自殺 というひとつの死が発生した社会にも視線を注ぎ続けてきた人類学の研究からは、本論が 目標とする鉄道自殺の探求にあたって多くの手がかりが見つかるのではないだろうか。本 論が必要としているのは自殺者を中心に据えた研究ばかりでなく、自殺者を取り巻く場や 顔の見える関係性に関する研究もまた重要な位置を占めているのだ。
デュルケームが『自殺論』の中で最初に言及したのは、社会を結び付ける紐帯、すなわ ち統合の強弱であった。彼はこれに注目したことで、西欧諸国で発生した自殺者のステー タ スや 宗教 、政治 情勢な どの 情報 を比較 するこ とで 、彼 が「文 明人[ デ ュル ケー ム 1985:254-257]」と呼ぶ人々の間に深く根を下ろした個人主義的傾向を露わにした。この 根拠となるデータは複数挙げられているが、以下では一例として、宗教ごとの自殺率の差 を紹介するとしよう。彼の分析によると、プロテスタンティズムがカトリシズムと比べて 自殺者が多い原因は、前者の協会が後者ほどには強力に統合されていないことにあり、ま た、ユダヤ教徒の自殺者数が他と比べて低い傾向には、外部からの排斥に耐えうるために 強固に連帯せざるを得なかった背景に支えられた環境が大きな影響を及ぼしていると考え られる[デュルケーム 1985:182-183]。デュルケームはこのような自殺を自己本位的自殺 と呼び、規制が著しく課せられていない状態が原因となって発生するアノミー的自殺と併 せて、集団内の密度が低く個人主義的傾向の強くなった現代社会において特徴的な自殺と した。
これに対となるかたちで、社会の統合があまりにも強すぎるために生じると設定された
のが、集団本位主義的自殺である。デュルケームは、これに当てはまるものとして、世界
各地で確認されている老衰・病死の忌避や寡婦殉死、首長の死に際する後追いといった具
体的な事例をいくつか挙げ、これらがいわゆる「未開社会」と彼が呼ぶ社会で多く見られ
る形態の自殺であるとした。ようするに、集団本位的自殺は未発達な個人化に支えられて
おり、社会が個人を過度に強く従属化においてあることで引き起こされる自殺形態である
10 [デュルケーム 1985:265]
6)。
この自殺類型に対して、人類学からは民族誌的記述を用いた反駁と代替概念の提出が試 みられた。 B・マリノウスキー[1967:70-73]は、彼が直接見聞きした青年の自殺騒動(外婚 制の違反と恋敵による侮辱の結果として引き起こされたもの)を中心にトロブリアンド諸 島で起こる自殺を挙げ、その社会で生きる彼らが決して現地の法に自動的に服従している わけではないことを主張している。また、彼が挙げたこの青年の自殺には、血襲による恋 敵への報復を自らの親族に期待するものでもあり、このような自殺形態は D・カウンツに よって「復讐自殺(revenge suicide) 」として取り上げられた(最初に提唱したのは M・
D・W・ジェフリーズであり、samsonic suicide とされていた自殺の形態をカウンツがよ
り一般化したかたちになる)[杉尾 2012:79;Bohanan 1960:11;Counts 1980:335]。
カウンツは、カリアイ社会の調査の中で遭遇したある女性の自殺騒動を通して、このよ うな自殺方法が社会に対して影響力の小さい者(特に女性)によってしばしばとられる、
社会に対する強力な働きかけの手段として確立されていることを示している [Counts 1980:346]。この他にも、C・ヒーレーがマリング(パプアニューギニア高地)について、
G・M・ウィルソンがルオ(ケニア)について報告した戦略や脅しの手段としての自殺の あり方や、P・J・スチュアートと A・ストラザーンによるデゥナ(パプアニューギニア)
の名誉回復のための自殺とその後の賠償などが復讐自殺の例として取り上げられた[杉尾 2012:81-83]。また、R・ファースはソロモン諸島のティコピアにおける自殺の選択肢とそ の不確実性をもとに、復讐自殺とはまた異なる角度から当該社会の自殺者たちによって参 照される選択がバリエーションに富んでいることや、その選択肢は複数の社会規範を参照 することで成立していることを示し、自殺を社会に対して行われる個人によるギャンブル 行為と位置づける自殺論を展開した[杉尾 2012:83-86]。受動的な個人でなく、主体的な 選択を行う自殺者とそれを取り巻く社会との関係から自殺を読み解いてきたこのような人 類学的な自殺研究において、 自殺は単なる人命の喪失ではなくひとつのメッセージであり、
それによってもたらされる現場の混乱と秩序の回復も自殺を構成する重要な一要素として 重視されたのである。
彼らが議論してきた時代から数十年が経過したが、今なお、 『自殺論』で紹介された自殺
類型やそれに対する反駁が自殺研究に及ぼす影響は大きい。しかし、時代の流れとともに
自殺もその形を変え、これまでに挙げてきた類型では十分に語りきれない自殺も出現する
ようになった。元森絵里子[2016]は、雇用者の責任問題や補償を巡る訴訟でしばしば世間
の注目を浴びる過労自殺を通して、自殺の医療化が進展するにつれて変化していった自殺
を取り巻くレトリックと近代法の関係性について論じている。貞包英之[2016]は、生命保
険の普及によって自殺に与えられた一種の贈与としての側面に注目し、自殺の構造変化や
自殺という現象が社会の中で担っている意味の変容にこれが大きく関わっていることを明
らかにした。また、貞包については、 「ネット自殺」と呼ばれる、インターネットを介して
見ず知らずの者たちが集まって行う集団自殺についての議論も、従来の自殺には見られな
かった特徴を示した自殺形態を扱ったものとして非常に興味深い。貞包は、M・オジェが
指摘する「非場所」の集積をインターネットの自殺者募集サイトにあてはめながら、ネッ
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ト自殺はデュルケームたちがこれまでに論じてきたものとは異なり、秩序形成と共存する かたちをとる特異な自殺現象であると述べた[貞包 2008:600]。
ここまでくると、自殺方法に関して言えば、もはや個人が属する共同体や社会での繋が りや、その性質ばかりに目を向けるだけでは議論が進まないことが分かる。デュルケーム [1985:364-368]の言う通り、いくら自殺方法の選択に社会的要因が一枚噛んでいるとして も、方法を規定している要因と自殺という行為そのものの性質にかかわる社会的要因は合 致しない。複数の地域・社会で得られた統計データを比較しても、自殺方法について分か るのは各地で選ばれやすい手段の大まかな傾向が把握できる程度である。鉄道自殺を扱う 本論でこれを乗り越えるためにも、たとえばネット自殺で利用されたインターネット上の 掲示板のように、特定の方法による自殺に利用され、これを助長する環境や技術を視野に 入れなければならないだろう。
2 鉄道網の拡大と生の喪失
前節では、自殺研究の視点について見てきたので、本節では一転して、本論の対象であ る鉄道自殺やその舞台である首都圏の鉄道についての整理を中心に話を進めていく。鉄道 の技術や知識はもともと、18 世紀に誕生した蒸気機関の発展とともに、19 世紀の西欧・
欧米を中心に飛躍を遂げた。日本に知識が紹介されたのは 1840 年代で、その後は外交・
内政の両面から翻弄されながらも、 1872 年には東京―横浜間と大阪―京都間で最初の鉄道 が開通した[原田 1998:47]。鉄道の登場は、生活様式から旅行までありとあらゆる移動を 支配していた時間や距離に対する人々の知覚に影響を与え、新技術の導入や路線の拡大を 経るごとにその影響力を増しながら今日にまで至っている。輸送機能や技術の向上のみな らず、導入や路線の配置、法律や制度の整備、そしてなにより首都圏のまちづくりと人の 移動の関係において深く絡んできた過程を振り返りつつ、今日における鉄道自殺の現状を 見ていきたい。
2-1 首都圏の鉄道網が抱えてきた悩み
欧米社会の近代化と鉄道の歴史を記した W・シベルブシュは、西欧社会に導入されて間 もない 19 世紀初期における鉄道の共通表現として、 「時間と空間の抹殺(annihilation of
time and space)[シベルブシュ 1982:14]」という言葉をしばしば説明に用いている。今
更指摘するほどのことでもないだろうが、鉄道は蒸気機関という圧倒的で疲れを知らない 動力源に支えられたおかげで、既存の交通技術とは比べられないほどの短時間での長距離 移動が可能であった。その結果としてもたらされたのが、空間の収縮と拡大、すなわち、
場所間の距離の大幅な圧縮と首都という範囲の拡大である[シベルブシュ 1982:51-52]。
彼が用いた「輪郭をなくして太ってゆく郊外の時代[シベルブシュ 1982:52]」という表
現は、今日の首都圏における鉄道事情をたとえるのに適材な表現と言えるだろう。大災害
や戦禍を乗り越えて、戦後の産業や人口は一気に東京へ集中した。年を追うごとに増加の
一途を辿る人口は東京の中心部では到底賄いきれず、多くの人が 23 区外や周辺地域を生
活の拠点とした。人口や周辺の交通事情といった状況を加味したうえで、郊外と東京の中
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心部を結ぶ路線の重要性が都や国の鉄道計画の中で意識されるようになったのは昭和 30 年代ごろからで、昭和 40 年代に高度経済成長期を迎えると、郊外に拠点を置く流れが加 速したことで鉄道の担う役割の重要性は更に増した[岡本 1994:31]。中心部の職場と外延 の住宅市街地という構図は、新しい路線の導入や既存路線の接続や相互乗り入れといった、
よりスムーズで時間のかからない便利なアクセス環境の確立とともに堅牢なものとなり、
通勤通学を中心とした日常的な移動の距離の上限を引き上げている。濡らした紙に墨を垂 らすように、首都という空間は鉄道網を通じてじわじわと広がってきて今に至っているの である。
このような、あくまで職場と居住地の遠隔化を軸とした首都の拡大は、満員電車という 問題を生みだし、悪化させていくには格好の環境である。ラッシュ時の混雑は昭和 30 年 代ごろから既に問題視されていたが、今なお解決されたとは言い難い状況だ。混雑への対 応には政府や自治体多も力を入れており、たとえば最近のものとして、東京都が 2017 (平
成 29)年から主導する「時差 Biz」が挙げられる。これは、都心に会社を構える企業やそ
の社員をターゲットにした取り組みで、混雑が発生しやすい時間帯の混雑解消に向けて企 業や個人に通勤時間や勤務体系の見直し・改革を積極的に勧めるいわゆる働き方改革の一 環である。生産効率の向上や時間の有効活用、充実したライフスタイルの実現をメリット として掲げており、取り組みに参加した企業の表彰制度も存在する
7)。今の首都機能を支 える重要な基盤として、現在の鉄道を動かしている仕組みや制度を一朝一夕で変えるのは 到底不可能であることを考えれば、混雑の解消を図るために利用者側の理解や協力に訴え かけなければ立ち行かないのも当たり前の話である。
とはいえ、 事業主側が何もしていないというわけでは決してない。 彼らの対策としては、
利用者の多い時間帯のダイヤや特急・急行といった運転方式の見直し、運行本数の増強、
新型車両の導入などが代表的なものとして挙げられるだろう。しかし、ハード面に力をい くら注いでも混雑解消への道のりは未だ険しく、便利になればなるほど利用者が増えてし まい、更なる混雑を招くいたちごっこの状態が続くのである。このような事態は、自立採 算を基調とした経営システムの下で、郊外から都心中心部に向かい、そこを抜けてさらに 別の郊外とを結ぶような利用者の見込みが多い稼げる路線に執心してきたツケとも言って も過言ではない[岡本 1994:38]。
特に私鉄に関しては、 「ゆりかごから墓場まで」のキャッチフレーズに代表されるような 沿線全体の総合開発に余念がない[土居 2011:17-18]。鉄道沿線の開発に力を注ぐ経営ス タイルは、現在の阪急電鉄の創始者である小林一三によって大正時代に築かれたものであ る[首都圏鉄道路線研究会 2016:172]。彼は沿線周辺の田園地帯を買い上げ、住宅地の開 発や大学の誘致、娯楽施設の百貨店の開業を次々進め、移動において鉄道の占める割合が 高いライフスタイルの土壌を提供することで大きな収益増をもたらした。この手法は、東 京急行電鉄の黄金期を築いた五島慶太をはじめ、首都圏の私鉄事業者にも積極的採用され
[首都圏鉄道路線研究会 2016:175-176]、鉄道事業者が不動産やレジャー、観光、百貨店、
娯楽など様々な事業に手を広げるのもすっかり見慣れたものになった。
周辺にどのような施設がそろっているのか、他線との乗り換えはスムーズか、更には地
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価の高低や治安の良し悪しといった具合に、沿線とその周辺環境はもはや都市生活のラン クを反映する指針のひとつとして扱われている。恒常的な鉄道利用者の多くを占める居住 空間から職場・学校への移動という線的な部分に関する評価だけでなく、生活拠点として の駅を中心とした点的な部分への評価は、郊外をどんどん太らせていく大きな一因であっ たと言えよう。人口が増えれば鉄道に依存する人も当然増え、混雑した移動環境が利用者 にとってはますます憎らしいものになっていくのは避けられない。通勤・通学のラッシュ 時における首都圏の主要路線の混雑率は軒並み 150%(中には 200%近い路線もある)超 えを記録し[首都圏鉄道路線研究会 2016:18-19]、ターミナル駅や他線との結節点となる 駅は多くの人がせわしなく行き交っている。このような状況が毎日のように繰り返されて いるなかで、いざ鉄道が止まってしまうとなると混乱を避けることはもはや不可能だ。
鉄道に依存した生活にとって、遅延や運休という事態はなるべく避けたいものである。
いつもの経路から変更を余儀なくされ、代替の輸送機関には長蛇の列が生まれ、行き場の ない人たちが駅構内に溢れかえる。停止した電車内で長時間待機させられるのも、焦燥感 や不安を増大させるばかりでお世辞にも快いものとは言えない。また、鉄道移動は時間が 長くなればなるほど利用者の生理的・心理的ストレスへと転嫁されるため[岡本 1994:18]、
運休となればこれに拍車をかけることは想像に難くない。鉄道の発展によって圧縮された 二地点の間を、ただひたすら駆け抜けていく公共物として見なされなかった車両やその空 間は、まるでモノのように運ばれている人間でいっぱいになっている。運ばれることを遮 られる瞬間は、不謹慎であることは重々承知だが、我々利用者がそのモノ的な認識から抜 け出す契機なのかもしれない。
とはいえ、予定通りの運行を止められることに対しては、それがたとえ自殺によるもの であったとしても同情をされるのが関の山で、運休に巻き込まれた人からは「なぜ今、こ の場所で」という恨み節が利用者の方々から挙がることも珍しいものではない。鉄道自殺 は自殺方法であると同時に、大勢の人が毎日時間に沿って動いているものを止める、いつ も使っているものをいつも通りに使えないようにする行為でもあるのは避けられない事実 である。鉄道に飛び込んだ、あるいは飛び込もうとした人たちが、並々ならぬ不安や絶望 に襲われていたことは痛いほど理解できる。彼らの行為は、苦しみしかない状況から逃れ るために必死に考え抜き、その中でようやく選び取った決定的な策である。しかし、公共 物を個人的な思惑でもって死に利用するという構図もまた否定できない事実であり、これ から目を背けてしまってはいつまでも鉄道自殺を数ある手段のひとつにとどめておくばか りである。理解が遅々として進まないままであれば、いくら対策や予防を講じても根絶は 難しい。報告書の鉄道自殺に関する記載の中には、柵やホームドアを乗り越えたり、線路 にうずくまって頑なに動こうとしなかったりする報告がいたるところにあるのだ。
2-2 「人身事故」という死
日本が「自殺大国」などと揶揄されるようになってしばらく経つが、ここ数年の日本国
内における自殺者数は減少傾向にある。厚生労働省自殺対策推進室および警察庁安全局生
活安全企画課[2017]の発表によると、1998(平成 10)年から 14 年もの間毎年 3 万人以上
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いた自殺者が、2003(平成 15)年に最高値である 34,427 万人を記録した以降は 5、6 年 ほど停滞したのちに 2012 (平成 24)年には 3 万人を割り込み、 2016 (平成 28)年に 21,897 人を記録するまで右肩下がりに減りつづけていることが分かっている。
性別の内訳を見ると 2016 年には男性が 15,121 人、女性が 6,776 人となっており、男性 が女性よりも約 2.2 倍も数が上回っている。男性の自殺者数は常に女性の数を上回ってい るが、両者の差は年間 3 万人を超えていた 14 年間よりも少しずつながら縮まってきてい る。性別の自殺死亡率
8)を見ても、特に 2009(平成 21)年以降男性の自殺死亡率の低下 は著しく、 最も高かった 2003 (平成 15)年と比べると今やその半分に迫る勢いである(2016 年で 24.5) 。
年齢別で見ると、最も自殺者が多いのは 40 歳から 49 歳まで(3,739 人、前年比マイナ ス 330 人)で、 50 歳から 59 歳(3,631 人、前年度マイナス 348 人)と 60 歳から 69 歳(3,626 人、前年比マイナス 347 人)が僅差で後に続いている。以前は中高年を中心に多くみられ た自殺者数は、この 10 年で年齢ごとの差がよりわずかなものとなっているため、特にこ れらの層における減少が自殺者総数の減少に影響を及ぼしていることが分かる。他の世代 に目を向けると、上記の層よりも若い世代については 20 歳から 29 歳までが 2,235 人(前 年比マイナス 117 人) 、30 歳から 39 歳が 2,824 人(前年比マイナス 263 人)となってい る。また、19 歳以下が 520 人(前年比マイナス 34 人)と全世代の中で最も人数が少なか った。反対に、中高年よりも高年齢の層を見ると、70 歳から 79 歳が 2,983 人(前年比マ
イナス 463 人) 、80 歳以上が 2,262 人(前年比マイナス 197 人)であった。70 歳代は全
世代の中で最も前年からの減少が最も大きかった。
地域別の自殺者数を見ると、 2016 年で最も自殺者数が多かったのは、やはり人口が集中 している東京都である。厚生労働省自殺対策推進室[2017]がまとめた『地域における自殺 の基礎資料(平成 28 年) 』によれば、東京都ではこの年に 2,239 人が自殺で死亡している。
また、東京都に接する埼玉県(1,267 人) ・千葉県(1,031 人) ・神奈川県(1,254 人)も軒 並み年間自殺者数が 1,000 人を超えており(上記の県を除いて 2016 年の自殺者数が 1,000 人を超えていた県は愛知県と大阪府のみである) 、この 4 県のみで全自殺者数の約 26%を 占めている。ただし、自殺死亡率に注目すると、上記の 4 県も他県とそこまで変わらない 水準で落ち着いている。神奈川県にいたっては、自殺死亡率が 13.3 と国内で最も低い値を 出している[厚生労働省自殺対策推進室、警察庁安全局 2017:12]。逆に、最も高い自殺死 亡率を記録したのは、秋田県の 24.64 だった。自殺者数で大きな差があるとはいえ、だか らといって自殺死亡率までもが高いというわけではないようだ。
では、 本論に大きく関わるともいえる自殺方法ごとの数字はどうなっているのだろうか。
『地域における自殺の基礎資料』では、 「その他」と「不明」を覗くと 5 種類の自殺方法
( 「首吊り」 「服毒」 「練炭等」 「飛降り」「飛込み」 )が集計対象となっている。以下に示す
のは、 『地域における自殺の基礎資料(平成 28 年) 』をもとに 2016 年に各都道府県で発生
した自殺死亡者数を自殺方法別にまとめたものである(表 1)
9)。
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(表1)2016年に発生した自殺の手段別内訳
(厚生労働省自殺対策推進室[2017] 『地域における自殺の基礎資料(平成28年)』をもとに作成)
東京都は、 「練炭等」を除く 4 つの項目において最も多い死者数を記録した。 「練炭等」
による自殺者数は北海道が最も多かった。残りの 4 つの方法においては、いずれも東京都・
埼玉県・千葉県・神奈川県での自殺死亡者数が多い傾向にある。その中でも、 「飛込み」に よる自殺者数の多さは群を抜いていると言っても過言ではないだろう。 2016 年に日本で発 生した「飛込み」による自殺では 569 人が命を落としているが、この 4 県に居住地を置い ていた者だけで発生件数全体の実に 48%近くを占めており、 東京都にいたっては約 20.3%
に該当する。上記の 4 県が他の方法に占める割合は、 「飛降り」が約 34%、 「首吊り」と「服
毒」が約 25%、そして「練炭等」が約 18%となっており、これらと比べると「飛込み」
に占める割合がいかに多いのかが良く分かる。 「飛込み」が発生する場所の中でも駅構内や 鉄道路線の占める割合が高い
10)ことを加味すると、鉄道自殺は鉄道網の発達が国内でも特 に進んでおり、生活の重要な基盤となっている首都圏だからこそ発生しやすい自殺である と考えられる。
では、鉄道自殺とは具体的にはどういうものなのだろうか。たとえば、どこかで鉄道自 殺が発生すると、 「人身事故のため運転を見合わせております」などという文言が駅構内の 電光掲示板に表示されたり、インターネット上で路線名と共に「人身事故」が発生したと
飛込み 首つり 服毒 練炭等 飛降り 飛込み 首つり 服毒 練炭等 飛降り
北海道 11 658 12 113 58滋賀県 11 146 8 14 18 青森県 2 210 8 19 13京都府 11 260 14 24 41 岩手県 2 204 19 34 24大阪府 33 759 35 62 265 宮城県 3 284 2 52 44兵庫県 27 577 20 54 139 秋田県 2 191 3 16 11奈良県 11 119 4 17 22
山形県 1 177 4 14 6和歌山県 8 142 5 25 21
福島県 1 233 16 35 16鳥取県 0 62 2 3 1
茨城県 8 320 22 43 22島根県 4 97 0 12 7
栃木県 4 246 16 34 29岡山県 4 205 6 22 16 群馬県 8 253 17 29 25広島県 10 304 7 31 60 埼玉県 59 771 23 83 143山口県 2 161 6 15 16 千葉県 45 689 24 44 107徳島県 0 93 9 7 11 東京都 116 1254 51 79 422香川県 3 112 8 8 14 神奈川県 53 858 32 65 109愛媛県 4 180 7 22 16
新潟県 6 375 9 30 31高知県 0 97 1 13 11
富山県 2 132 4 21 15福岡県 10 580 12 59 101
石川県 4 122 3 10 30佐賀県 3 91 7 13 6
福井県 1 99 4 14 5長崎県 2 172 13 13 17
山梨県 2 106 4 18 8熊本県 2 225 19 19 33
長野県 5 239 9 30 39大分県 3 133 5 18 16
岐阜県 5 238 4 40 26宮崎県 1 162 7 14 10
静岡県 7 426 10 61 50鹿児島県 0 210 7 23 24 愛知県 41 763 11 83 145沖縄県 0 193 5 11 30
三重県 7 194 7 13 29不明 25 117 1 13 23
合計 395 9042 314 980 1407