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Vol.35 , No.1(1986)085乾 仁志「『初会金剛頂経』における菩薩の出生について」

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Academic year: 2021

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『初 会 金 剛 頂 経 』 に お け る 菩 薩 の 出 生 に つ い て

乾 仁 志

『初 会 金 剛 頂 経 』(TS)に は 「菩 薩 」 を 示 す 言 葉 と し て, (a)bodhisattva, (b) bodhisattva mahasattva, (c)mahabodhisattvaと い う三 種 類 の 語 が あ る 。 こ れ ら 三 語 の 用 例 を 検 討 す る と, TSの 経 作 者 は(a)と(b)に 対 し て(c)を 意 識 的 に 使 い 分 け て い る こ と が 分 る 。 五 相 成 身 観 の 段 は そ の 一 例 で, そ の 他 に も 更 に 三 例 ほ ど 見 い 出 せ る 。 そ の 一 つ が 今 回 取 り上 げ る 十 六 大 菩 薩 の 出 生 段 で あ る1)。 そ こ で, 先 づ 十 六 大 菩 薩 の 出 生 段 の 概 要, 並 び に そ の 主 要 な 文 段 構 成 に つ い て 取 り扱 い, そ の 後 に 「菩 薩 」 の 語 の 意 識 的 な 使 い 分 け に つ い て 指 摘 し た い と 思 う。 十 六 大 菩 薩 の 出 生 段 の 概 要 に つ い て は, Sakyamitra(S)とAnandagarbha(A) とBu-ston(Bu)の 三 師 の 説 明 す る 所 を 簡 単 に 紹 介 し て お き た い 。 先 づSは 金 剛 薩 唾 の 出 生 段 の 終 りで 次 の 様 に 要 略 し て い る 。 「例 え ば,〔 毘 盧 遮 那 仏 は〕 この 三 摩 地 の 中で 心 〔真 言 〕を生 起 す る, 心 〔真 言 〕に よ っ て特 殊 な 印 を 生起 し, 印 を 収 敏 して か ら拡大 し, 収 敏 し, 毘 盧遮 那 の手 に 住 せ しめ る, そ の 〔印 〕 か ら光 線 が 出 現 し, そ れ らの 〔光 線 〕 か ら仏 身 を 生起 し, そ れ ら 〔の 仏 身 〕 に よ って また 一切 世 間界 に お い て 仏 の 御 事 業 が な され て か ら,〔 そ れ ら の 仏 身 は 〕再 び 集 合 して 薩 唾 の 身 とな って 仏 の 心 中 に 住 し, 感 興語 を 説 か れ る,〔 薩 唾 は 〕 自身 の 座 に 住 され る,〔毘 盧遮 那 仏 は 〕 ま た三 摩 地 に よ って 〔薩唾 を 〕灌 頂 し, 印 を授 け,〔 金 剛 〕 名 を 与 え る,〔 薩 唾 は 〕 自身 の 印 の事 業 を示 し, ま た感 興語 を説 かれ る, と い う如 く後 に 出現 す る十 五 の薩 唾 に対 して は, あ る場 合 に は本 文 の繁 を恐 れ て多 くを語 らな か つ た けれ と も, 同様 に ま た この 次第 の意 味 を 実 の如 く十 分 に理 解 すべ き で あ る2)」 こ のSの 要 略 文 に つ い て, BuはSは 金 剛 薩 垣 の 出 生 過 程 を 十 五 段 階 に 分 け て い る と指 摘 し て い る が, これ は あ く ま だBuの 解 釈 で あ つて, S自 身 が こ の 要 略 文 に よ っ て 明 確 に 十 五 段 階 に 規 定 し て い た と は 必 ず し も 言 え な い 。 一 方Aも 同 じ く金 剛 薩 垣 の 出 生 段 の 終 り に 次 の 様 に 要 略 し て い る 。 「この様 に, 世 尊 は吉 祥 金 剛 薩 唾 の所 化 た ち を菩 提 心 に よ く安 立 せ しめ ん が た め に, 金 剛 薩 唾 を策 励 す べ く三 摩 地 を現 前 され る, そ の感 興 語 〔を説 か ん が 〕 た め に月輪 〔を 生 起 し〕, 智 金 剛 杵 〔を生 起 す る〕, 大 金 剛 杵 の光 線 に よ つ て諸 の如 来 〔を 生 起 し〕,〔諸 の 如 来 は〕 有 情 を利 益 し, 普 賢 〔と な り〕, そ の 感 興 語 〔を説 か れ る〕,〔普 賢 は世 尊 か ら〕

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-369-『初会金剛頂経』 にお ける菩薩の出生 につい て(乾) (134) 教 勅を受け, 灌 頂 され, 円満の感 興語 〔を説 かれ る, 以上 〕によ って生起 と拡大 と収敏 と安住 と堅 固 とを観 想す ることが説かれてい る3)」 この様 に, Sに しろAに し ろ, 金 剛 薩 垣 の 出 生 過 程 を そ れ ぞ れ任 意 に 要 略 して い る こ とか ら考 え て, TS本 文 の 文 段構 成 に つ い て は更 に 考察 す る余 地 を 残 して い る と言 わ ね ば な らな い 。 と こ ろでAの 要 略 文 の特 色 と して は, 菩 薩 の 出 生過 程 を 生起 と拡 大 と収 敏 と 安 住 と堅 固 とい う五 つ の 方 法 に よ つて 観 想 を 行 な うと解釈 して い る 点 が挙 げ られ る。 この こ とは 別 の 箇所 に, 「以上 の様 に, 生起 と拡大 と収敏 と安住 と堅 回とを観 想す ることに よって, 曼茶羅 最勝 王 の内容を示 してか ら3)」 と述 べ て い る こ とか ら も分 る。Aは このTSの 註 釈 に付 随 して,『 一 切 金 剛 出現 』 (VU)と い う金 剛 界 大 曼 茶羅 儀 軌 を著 して い る が, そ こで は次 の様 に述 べ て い る。 「以上 の様 に, 金剛拳 を究 寛す るまで, 生起 と拡大 と収敏 と安住 と堅 固にな ることと, 毘 盧遮那 の心中に住す る金剛杵 の中に座 して感興語を説 くこと と, 灌 頂 の後 に感 興 語 〔を説 くこと〕を認め るべ きであ る4)」 このAの 要 略 文 に 随 つて, Buは 菩薩 の 出 生 過 程 を 七 門 に よ つて解 釈 す る。 七 門 とい うの は, 生 起 と拡 大 と収 敏 と安 住 と堅 固 とい う五 門 に, 第 一 の感 興 語 と第 二 の 感 興 語 の 二 門 を 加 えた もの を 言 う。但 し, A自 身 が この 要 略 文 に よ って菩 薩 の 出 生 過 程 を七 門 に規 定 して い た とは 必 ず し も言 え な い 。Sの 要略 文 同 様, そ れ は あ くまでBuの 解 釈 で あ る。Buに よ る と, この 七 門 は金 剛薩 唾 の 場 合 広 げ れ ば 十 九 門 にな り, 月 輪 の 生 起 と収 敏 と安 住 の 三 門 を含 ま な い 他 の 十 五 尊 の 場合 は 十 六 門 にな る とい う。 但 し広 げ る と言 つて も, この 場 合 前 五 門 を 十 七 門 あ るい は 十 四 門 に広 げ る とい うこ とで あ り, 内 容 的 に 言 つて, この 五 門 あ るい は 七 門 は菩 薩 の 出 生 過 程 を 次 第 通 りに整 理 した もの で はな く, そ の 構 成 要 素 を 纏 め た もの と

言 え る。Buは これ と は別 に, 前 記 のAの 要 略 文 に 従 つてVUの 金 剛 薩 垣 の 出 生 過 程 を 十 文 段 に区 分 して い るが 詳 細 は後 日報 告 した い5)。 以 上, 三 師 の 解釈 を簡 単 に紹 介 した が, これ らの 考 察 だ けで はTSの 経 作 者 の 意 図 を汲 み 出す こと は難 しい 。 そ こで, これ らの 解 釈 と は別 にTSの 十 六 大 菩薩 の 出生 過 程 の文 段 構 成 に つい て検 討 した 結 果 を 簡 略 に示 した い 。 私 見 で は, これ ら十 六 大 菩 薩 の 出 生 過 程 はそ れ ぞれ 大 き く二 段 に 分 け られ る。 そ の判 断 規 準 は, A段 とB段 の 初 め に そ れ ぞ れ 入 三 摩 地 が 説 か れ て い る こ と と, そ の結 果 と して感 興 語 が説 か れ てい る こと に あ る。 そ の 意 味 で, 三摩 地 名 と感 興

(3)

-368-(135) 『初会金剛頂経』 における菩薩 の出生 について(乾) 語 は両 段 それ ぞれ の 内容 を総 括 す る もの と言 え る。 次 に両 段 を細 分 化 す る場 合, そ の判 断 規 準 は, 各 文 節 の 冒頭 に認 め られ るatha の語 に あ る。athaは 「さて 」 とか 「そ の時 」 な ど と一般 に訳 され, 新 しい 文 の先 頭 に あ って先 行 す る文 との連 繋 を保 つ接 続 詞 的 な働 き をす る 。 この様 に考 え る と, 金 剛 薩 唾 の 出生 過 程 は大 別 す れ ば二 段, 細 別 す れ ば七 段 の 文 段 構 成 に な って い る こ とが分 る 。 そ して, 内容 の構 成 要 素 に注 目す れ ば, Sや AやBuの 様 に 更に細 分 化 す る こ と も可 能 とな る。 しか しAやBuの 言 う如 く, 生 起 ・拡 大 ・収 敏 ・安 住 ・堅 固 と言 つて も, A段 の三 摩 地 名 に 「三 昧 耶 の 出 生 (-samayasambhava-)」 と あ る様 に, この 場 合 三 昧 耶 を生 起 す る ことが 主 要 な 目 的 で あ る か ら, 基 本 的 に は七 段 構 成 に な つてい る と言 って よい 。 但 し金 剛 薩 唾 以 外 の 他 の 十 五 尊 の 場 合 は, 月 輪 の 生 起 が 省 略 され てい るた め 六 段 構 成 に な つて い る。 以 上 の 文 段 分 け に よ っ て, 金 剛 薩 唾 の 出 生 段 を 例 に考 え る と, 次 の 様 に な る。 A. 大 菩 薩 の 三 昧 耶 が 出 生 す る 1. 世 尊 の 入 三摩 地 に よ つ て心 真 言 が 出 生 す る 2. 心真 言 に よ つて 月輪 が 出生 す る 3. 月輪 か ら三昧 耶 形(印)が 出 生 す る 4. 三 昧 耶 形 か ら薩 唾 身 が 出生 す る B. 薩 唾 に三 昧 耶 を授 け て灌 頂 す る 5. 薩 錘 は 自 身 の座 に住 して教 勅 を求 め る 6. 世 尊 は三 摩 地 に入 つて薩 垣 に三 昧 耶 形 を授 け て灌 頂 す る 7. 薩 唾 は三 昧 耶 形 を受 持 して 印 の事 業 を示 す さ て, 金 剛 薩 垣 の 出生 段 の 申 に 「菩 薩 」 の語 の使 用 例 を見 る と, 都 合 五 例 あ る。 こ こで注 目され る の は, 前 四例 が何 れ も普 賢大 菩 薩 と あ り, (c)に な つて い る の に対 し, 最 後 の第 五 例 の み金 剛 手 菩 薩 摩 詞 薩 とあ り, (b)に な つて い る こと で あ る 。金 剛 王 以 下 の十 五 尊 の場 合 も, 前 四例 は何 れ も(c)に な つて い る 。第 五 例 に は(a)が 一 例, (c)が 二 例 あ る が, それ 以外 は金 剛 薩 唾 の 場 合 と 同 様, 何 れ も (b)に な って い る 。 この事 実 か ら想 像 す る と, 多 少 の ば らつ きが あ る と はい え, 第 五 例 は(b)こ そ が 自然 で あ り, (a)(c)は む しろ異 例 で あ つて, これ ら三 例 は 写 本 の 伝 わ る過 程 で誤 差 が生 じた の で は ない か と考 え られ る。 註 釈 に は原 典 の本 文 が全 て に亙 つて 引用 され てい る訳 で は ない の で, この 「菩 薩 」 の 語 の 使 用 例 を は つ き り と把 む こ とは 出来 な い が, 前 四例 の 場合, 大 勢 は(c)で あ る。但 し, 第 五 例 に つい て は ほ と ん ど触 れ られ てい ない の で 把 握 で き ない が, 5の 註釈 に 見 え

(4)

-367-『初会金剛頂経』 にお ける菩薩の出生 につい で(乾) (136) る律 か な 例 に よ る と(a)あ るい は(b)に な つてい る。 以 上 の こ とか ら, 五 相 成 身観 の段 同様, この 十六 大 菩薩 の 出 生段 に お い て も, 経 作 者 は(c)と(b)と を 意識 的 に 使 い 分 け て い る こ とが 分 る。詳 し くは 後 日に譲 る と して, この 使 い 分 けが どの 様 な 意 図 の 下 に あ るの か 簡 単 に述 べ て み た い 。 大 菩 薩 とい わ れ る場 合, TSで は 基本 的 に 大 毘 盧遮 那 た る大 菩提 心 普 賢 大 菩 薩 に 由 来 す る 。 大 毘 盧 遮 那 と い うの は, 所 謂 毘 盧 遮 那 如 来 の 本 質 た る大 菩 提 を 指 し, そ れ は 毘 盧 遮 那 如 来 を 如 来 た ら し め た 根 本 原 因 に 響 え ら れ, 一 切 如 来 の 心 中, す な わ ち 毘 盧 遮 那 如 来 等 の 心 中 に 住 し て い る も の で あ る 。 即 ち 五 相 成 身 観 に よ つ て 自 利 を 円 満 し た 毘 盧 遮 那 如 来 が 大 悲 の 力 に よ つ て 利 他 の 円 満 相 を 示 す た め に これ ら の 菩 薩 た ち を 出 生 す る に 至 つ た 。 十 六 大 菩 薩 と い う の は, 毘 盧 遮 那 如 来 が 自 身 の 心 中 に 得 た 大 菩 提 を 利 他 の た め に 十 六 の 相 に 開 示 し た も の で, 言 わ ば これ ら は 毘 盧 遮 那 如 来 の 内 証 を 表 し た も の で あ る 。A段 を 見 て 注 目 さ れ る の は, 〔毘 盧 遮 那 如 来 よ り〕 心 真 言 → 〔一 切 如 来 た ち よ り〕 月 輪 → 三 昧 耶 形 → 薩 唾 身 と い つ た 俗 諦 で い う三 昧 耶 が 結 局 は ま た 毘 盧 遮 那 如 来 の 心 中 に 帰 入 す る と 説 か れ て い る こ と で あ る 。 こ の こ と は, 要 す る に 大 菩 薩 の 三 昧 耶 の 出 生 が, 毘 盧 遮 那 如 来 の 心 内 の 出 来 事 で あ る こ と を 暗 示 し て い る 。 そ れ 故, 心 中 に 出 現 し た 薩 唾 身 も毘 盧 遮 那 如 来 の 内 証 た る 大 菩 提(mahabodhi)を 自 性(sattva)と す る も の と い う こ と で, 大 菩 薩 と 表 現 さ れ て い る もの と 考 え ら れ る 。 こ の 場 合, こ れ ら の 三 昧 耶 は 毘 盧 遮 那 如 来 の 大 菩 提 と 真 言 行 者 の 菩 提 と を 結 び つ け る 役 割 を 果 し て い る 。 次 にB段 で は, こ の 様 な 大 菩 薩 が 毘 盧 遮 那 如 来 の 心 よ りavatirya(avatr)し て, 毘 盧 遮 那 如 来 よ り灌 頂 を 受 け 三 昧 耶 形 を 授 か つ て, 自 身 の 印 の 事 業(働 き ・功徳) を 示 す こ と に な る が, こ こ に い わ ゆ る ヴ ィ シ ュ ヌ 神 の 権 化(avatara)思 想 の 影 響 の あ る こ と が 予 想 さ れ る 。 そ し て 金 剛 手 菩 薩 摩 詞 薩 と し て い る の は, 各 薩 唾 が そ れ ぞ れ の 役 割 に 応 じ て 毘 盧 遮 那 如 来 よ り三 昧 耶 形 を 授 か つ て 如 来 に 代 り利 他 の 事 業 を 示 す と い う点 に 意 図 が あ る と 考 え ら れ る 。 <参考 資 料> 1. Sarvatathagatatattvasalpgraha, 堀 内校 訂 梵 本 §§34-. 2. Kosalalalpkara by Sakyamitra, 東 北No. 2503. (Yi. 33b) 3. Tattvalokakari by A-nandagarbha, 東 北No. 2510. (Li.51a, 100a) 4. Sarvajrodaya by Anandagarbha, 東 北No. 2516. (Ku. 176)

5. Rdo rje thams cad hbyuh bahi rgya cher bsad bshin nor bu by Bu-ston, 東 北No. 5105. (Da.141a-149a) (高 野 山大 学 助 手)

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