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鈴木光太郎著「オオカミ少女はいなかった」

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70巻記念号(59)

59

≒{B・各支部から

鈴木光太郎著「オオカミ少女はいなかった」

前新潟県小児保健研究会支部長   新潟大学医学部小児科    内 山   聖

 情報が氾濫している現代社会は,確かな情報の取 捨選択がきわめて難しい時代といえる。日常生活に おける医学的な事例も例外ではない。たとえば,野 菜にがんを減らす効果があることは以前からわかっ ていた。肺ガンとたばこの関係を最初に指摘したオ クスフォード大学ドール教授は,「βカロチンは細 胞のガン化を促すフリーラジカルや活性酸素を減少

させる。野菜のガン予防効果はβカロチンによる

に違いない」と考えた。あくまで仮説に過ぎなかっ たのに,いつのまにか世間の常識となり,βカロチ ンを売りにした食品やサプリメントが巷に溢れてい た。そして20年前,多くの期待を集めて,男性喫煙

者3万人を対象とした大規模研究がスタートした。

台本では,βカロチンの肺ガン予防効果が立証され るはずであったが,中間解析で予期せぬ正反対の結

果が出て,やむなく研究は中断された(New EngI JMed 1994;330:1029)。同じ頃,マーガリンに

多く含まれるリノール酸が動脈硬化を予防し,健康

に良いという,リノール酸神話が誕生していた。安 くて健康に良いとあれば,迷わず神話の世界に飛び 込むのが,わが家は無論一般庶民の行動であろう。

しかし,やはり大規模研究で,心筋梗塞による死亡 がリノール酸摂取群で多くなり,神話はもろくも崩 壊してしまった。今はまた,マーガリンに含まれる

トランス脂肪酸が問題になっている。

 前置きが長くなったが,鈴木光太郎著「オオカ ミ少女はいなかった一心理学の神話をめぐる冒

険一(新曜社)」を紹介したい。著者は,新潟大学 人文学部実」験心理学の教授である。1920年,インド

新潟県小児保健研究会

〒951-8510新潟県新潟市中央区旭町通1-757 新潟大学医学部小児科内

で狼に育てられた2人の少女,アマラとカマラが見

つかり,発見者であるシング牧師の孤児院で育てら れた。四つ足で走り,夜には遠吠えするなど,行動 は狼そのもので,詳細な記録と写真が残されている。

年少のアマラは1年ほどで死んだが,年長のカマラ は約9年間生き延び,少しずつ人間らしさを取り戻 している。しかし,急ぐときは四つ足になり,9年

たっても言葉は40語ほどしか覚えなかったらしい。

 大脳には140億の神経細胞があり,各々から2~

4万のシナプスが伸び,神経回路の配線は2歳まで にほぼ完了するという。この時期に十分なスキン

シップがないと,表情に乏しく,哺語や笑いが少な

い子(サイレントベビ・一一・一)になり,その後の発達に

も影響する。まして,カマラのように人間的な環境 が一切ない狼社会に育てられると,人間社会に戻っ ても言葉を覚えず,社会性も身に付かない。育児の アドバイスを行うとき,これほど人々の興味をひき,

具体的で,かつ説得力のある話はめったにない。私 自身,疑問に思う点がいくつかあったが,写真もあ ることだしと,どこか信用したがっている自分がい て,結局は便利に使わせてもらってきた。だから,

本書のタイトルを垣間見た瞬間に,これまでの私の

「したり顔」を恥ずかしく思い,誰が相手というわ けではなく,申し訳ない気分になった。読み進むと,

記録や写真がどのように捏造され,なぜ人々が信じ るようになったのか,順序立てて読者に,いや私自

身に迫ってくる。

 いずれの話題も,ごくわずかな証拠や推論に基づ いた情報を繰り返し目や耳にしているうちに,確か な情報と思い込んでしまった事例であろう。情報を 自分のものにする難しさと重要性,さらに,他の人 に指導する責任の重さを改めて感じている。

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