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X 線結晶学者のためのクライオ電子顕微鏡解析の手引き (2) クライオ電子顕微鏡単粒子解析の実際 ~ 試料調製から画像解析まで ~ Tsubasa HASHIMOTO, Takeshi YOKOYAMA and Yoshikazu TANAKA: Actual Situa

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(1)

X線結晶学者のためのクライオ電子顕微鏡解析の手引き(2)

クライオ電子顕微鏡単粒子解析の実際

~試料調製から画像解析まで~

東北大学大学院生命科学研究科

  橋本 翼,横山武司,田中良和 Tsubasa HASHIMOTO, Takeshi YOKOYAMA and Yoshikazu TANAKA: Actual Situation of Cryo-Electron Microscopy Single Particle Analysis; From Sample Preparation to Image Analysis

Recent marked development called Resolution revolution has made cryo-electron microscopy

(Cryo-EM)

the third method of structure determination at atomic resolution next to X-ray crystallography and NMR. In this review, actual situation surrounding Cryo-EM including an outline about the workflow from sample preparation to image analysis and differences between Cryo-EM analysis and X-ray crystallography is introduced. We hope that this review is useful for researchers particularly who will start Cryo-EM analysis.

1.はじめに

タンパク質をはじめとした生体高分子の機能を理解す る際,立体構造情報は重要な知見を与える.以前は,原 子レベルの生体高分子の立体構造を決定する手法とし て,

X

線結晶構造解析と

NMR

が広く用いられてきたが,

2010年代初頭にもたらされた技術革新によって,今日で

はクライオ電子顕微鏡は原子レベルの立体構造を決定す る重要なツールとなった.クライオ電子顕微鏡法は,試 料の結晶化を必要とせず,膜タンパク質をはじめとした 結晶化が困難なタンパク質複合体の構造解析に有用で あり,また画像処理により凍結直前まで溶液中に存在し た生体分子の動的な情報も取得することができるため大 きく注目されている.クライオ電子顕微鏡法の先駆的な 技術開発に貢献した

3

人の研究者に,

2017

年にノーベル 化学賞が贈られたことは記憶に新しい.現在では,クラ イオ電子顕微鏡法は第

3

の構造解析手法として,その地 位を盤石なものとしている(図 1).

クライオ電子顕微鏡法では,目的の生体分子をガラス 状の氷の中に包埋し,液体窒素温度下で透過型電子顕 微鏡を用いて分子を直接観察する.1)クライオ電子顕微 鏡法を用いた構造解析手法の

1

つが単粒子解析法であ る.2)この手法では,目的分子がさまざまな方向で氷中に 包埋されていることを利用し,電子顕微鏡でさまざまな 向きの分子像を大量に取得した後,画像処理によって分 子の三次元構造を再構成する.その歴史は負染色像を 用いた構造解析から始まり,

1990

年代からリボソームな

どの巨大分子の構造解析に用いられていたが,当時は

X

線結晶構造解析のような高分解能での構造解析は困難 であった.しかし,先に述べた

3

人のノーベル賞受賞者 を中心とした基礎的な研究の後,多くの研究者の取り組 みによって,高性能の直接電子検出器や優れた画像解析 ソフトウェアが開発された.

2013年頃から始まったこれ

らの急速な発展により,クライオ電子顕微鏡単粒子解析 による到達分解能は飛躍的に向上した.3,4それによっ て,

X

線結晶構造解析と同程度のタンパク質構造が得ら れるようになり,この分解能の急速な向上は「分解能革 命」と呼ばれている.5)最近では,単粒子解析により分解

図 1  PDB登録数の推移.(Change of the number of PDB

depositions.)各手法で決定され PDBに登録された

構造の数を示す.横軸は登録年,縦軸は登録数で ある.

(2)

1.22 Å

のアポフェリチンの構造や分解能1.7 Åの膜タ

ンパク質

GABA-A

受容体の構造など,

2 Åを大きく上回

る原子分解能のタンパク質の立体構造も報告されてい る.6)また,分子量

52 kDa

のストレプトアビジンの立体構

造が

1.93 Å分解能で決定されるなど,

7一般的にクライ

オ電子顕微鏡法では不得意とされる小さな分子の高分 解能構造もいくつか報告されており,その進歩は留まる 所を知らない.昨今の世界的なトピックである新型コロ ナウイルスの研究においても,クライオ電子顕微鏡単粒 子解析は強力なツールとして利用されている.8)

本稿では,クライオ電子顕微鏡単粒子解析に焦点を当 て,試料調製から画像解析までの流れや凍結グリッド作 製のノウハウ,実際の解析における

X

線結晶構造解析と の違いなどについて概説する.執筆にあたっては,これ までクライオ電子顕微鏡を利用したことがない方々にも 興味をもってお読みいただけるように留意した.クライ オ電子顕微鏡の利用者コミュニティーの更なる活性化 に貢献できれば幸甚である.

2.クライオ電子顕微鏡単粒子解析の流れ

クライオ電子顕微鏡単粒子解析の実験は,①試料の調 製,②凍結グリッドの作製,③データ測定,④画像解析 に大別される(図 2).①試料の調製では,

X

線結晶構造 解析に用いる試料と同様に,観察したい分子を高純度 に精製する必要がある.また,クライオ電子顕微鏡単粒 子解析には,試料の性質により異なるが,アモルファス カーボンやグラフェンなどの支持膜に吸着させる際は おおむね数十nM,またホールに液膜を形成させ凍結す

る際は数μM程度の高濃度のタンパク質溶液を用いるこ

とが一般的であり,このような高濃度にまで濃縮しても 凝集せずに分散していることが望ましい.試料溶液中の 分子の状態を確認するには,負染色観察が有用である.9)

負染色では分子が吸着したグリッドの表面を酢酸ウラン などの重原子溶液で染色する.そして,透過型電子顕微

鏡を用いてグリッド上の分子そのものではなく,分子を 覆う重原子の輪郭を観察する.この方法を用いて,試料 中の夾雑物の存在や,分子の凝集の様子など,調製した 試料のおおまかな性状をクライオ電子顕微鏡観察の前に 知ることが重要である.

試料が調製できたら,次は②凍結グリ ッ ドの作製を 行う.通常,単粒子解析法で用いられるグリッドは,直 径

1

μ

m

ほどの穴(ホール)が規則的に存在するカーボ ン膜が貼付されたもので,

quantifoil

などいくつかのメー カーから販売されている(図 3).このグリッドに試料溶 液を添加した後,溶液をろ紙で吸い取ることで,ホール の部分にだけ薄い試料溶液の膜ができる.その後,素早 く液体エタンなどの寒剤にグリッドを浸漬して凍結さ せる.温度の低下が非常に早いため溶媒はガラス状態 で凍結され,溶液中の分子はその中に包埋される(タン パク質結晶を凍結させる場合と同様である).単粒子解 析法では,グリッドのホール部分に張られた氷の膜を 撮影し,その中に包埋された分子の像を解析する.この ような凍結グリッド作製の一連の操作は,

Thermo Fisher Scientific

社のVitrobotや

Leica社の EM GP2

を用いて半 自動的に行うことができ,初心者でも比較的簡単に凍結 グリッドを作製することができる.一方で,凍結グリッ ド作製の際に,観察したい分子に応じた最適な厚みの氷

①試料調製

②凍結グリッド作製

③データ測定 ④画像解析

顕微鏡画像

粒子をピック 二次元平均化

三次元再構成 CRYO ARM 300

Vitrobot グリッド

粒子 グリッドを凍結

グリッド凍結 目的分子の発現・抽出

目的分子の精製 クロマトグラフィー 限外ろ過密度勾配遠心法 etc..

純度・濃度のチェック 例:リボソームの 負染色観察像

精製試料 グリッド

挿入箇所

図 2 単粒子解析のワークフロー.(Workflow of Cryo-EM single particle analysis.)

Top View Side View

3 mm

グリッド グリッドスクエア ホール

粒子 カーボン膜

図 3  一般的なクライオ電子顕微鏡観察用グリッドの模 式 図.(Schematic diagram of typical Cryo-EM grid.)

ホールの部分のみカーボン膜が張られておらず,

クライオ電子顕微鏡ではこのホールの部分を

1

つ ずつ撮影する.

(3)

をうまく作ることが,その後のデータ測定・画像解析の 成否に大きな影響を及ぼす.氷の厚みを調整するには,

ろ紙によるブロットの強度や時間などのパラメーターを 変えて凍結グリッドを作製する必要があるが,その詳細 については後述する.

凍結グリッドが作製できたら,クライオ専用の透過型 電子顕微鏡内に挿入する前に,

Cクリップと呼ばれるリ

ング状のクリップでグリッドを挟み込み,補強する(補 強したものはオートグリッドと呼ばれる).これにより専 用のカセットに複数のオートグリッドをセットし,一度 に複数の凍結グリッドを電子顕微鏡内に装填することが 可能になる.これらの操作はローディングステーション と呼ばれる専用のコンテナ内で,低温を保ったまま簡便 に行うことができる.

オートグリッドを専用のカセットにセットし,電子顕 微鏡内に装填したら,いよいよ③データ測定である.単 粒子解析法により高分解能の立体構造を得るには,数万

〜数十万の分子の像を撮影する必要があり,それには多 くの時間を要する.ゆえに,まずは良いデータセットを 取得できるグリッドのスクリーニングを行う.同一の試 料から作製されたグリッドであっても,試料の濃度やグ リッド作製条件の違いにより,氷の張り方は大きく異な る.無駄なデータセットを取得し,時間を浪費しないた めにも,いくつかのグリッドを観察して,分子が分散し た良好なグリッドを選別することが重要である.データ セットを取得するグリッドを決めた後は,グリッド上の どの部位を撮影するかを決める必要がある.これは,グ リッド上の氷の厚さや試料の密度が均一でないためであ る.例えば,

Vitrobot

を用いてグリッドを作製した場合,

ブロット用のろ紙が装着されたパッドが傾斜している ため,グリッド上には,氷の厚さの勾配ができる(図 4).

厚すぎる氷の領域でデータを収集すると,

S/N

比(シグ ナル/ノイズ比)の高い分子像が得られないため高分解 能の構造は得られない.逆に薄すぎる氷の領域でデータ を収集すると,分子がホールの中に入らない,あるいは

分子が気液界面で変性してしまう問題が生じる(詳細は 後述する).ゆえに,目的分子に応じた最適な厚みの氷 の領域でのみデータを測定する必要がある.

撮影箇所を選択できたら,いよいよ大規模なデ ー タ セットを取得する.近年,自動化技術が急速に発展し,

現行のクライオ専用の透過型電子顕微鏡には自動液体 窒素補充装置や自動画像取得ソフトウェアが備わって いるため,無人運転でデータを取得することが可能であ る.さらに,最近では,データを取得しながらリアルタ イムで自動画像処理を行い,自動で分子の三次元構造 を決定できるプログラムも開発されている.10

十分な量のデータセットを取得することができたら,

④画像解析を行う.単粒子解析では,電子線照射による 分子像の移動を補正するため,データは

1枚の画像では

なく,数フレームからなる動画として撮影される.画像 解析では,まずそれぞれの動画データについて,フレー ム間での分子像の動きを補正し,さらに電子線照射によ る試料損傷を考慮した重み付けを行い重ね合わせたも のを1枚の顕微鏡画像として取得する(これをモーショ ンコレクションと呼ぶ).11)その後,電子顕微鏡画像から 目的の分子像を拾い出す( この作業を粒子ピ ッ クとい う).

1

枚の顕微鏡画像には通常数百個の分子像(粒子)

が写っている.数千枚の画像から粒子を手動でピック するのは現実的ではなく,粒子ピッカーと呼ばれるソフ トウェアを用いて機械的に粒子の拾い出しを行う.以前 は,粒子ピッカーにはテンプレートマッチングというア ルゴリズムが用いられていたが,ノイズやごみを間違え て拾うことも多く,拾い出しの精度はあまり良くなかっ た.一方,最近では,ディープラーニングを利用した粒 子ピッカーが開発されており,12),13)拾い出しの精度は以 前よりも大きく改善された.このような粒子ピッカーの 進化も,単粒子解析により決定された立体構造がここ数 年で急激に増えている要因の

1

つである.目的の粒子を ピックした後は,それらを

1

粒子ずつ最適なサイズで顕 微鏡画像から切り出す.その後,個々の粒子の画像分類

100 µm 1 µm

!"" #$

100 nm

グリッド

ホールの様子 ホール内の粒子

氷の厚み

図 4  実際に電子顕微鏡で撮影した凍結グリッドの様子.(Images of a frozen grid in different magnification.)矢印の方向に いくにつれて氷が薄くなっている.黒くて何も見えない領域は氷が厚すぎて電子線が透過していない.

(4)

を行い,類似した二次元画像同士を平均化した二次元 平均像を得る.ここで複数の粒子を平均化することによ り,

S/N

比の高い像を取得することができ,目的のもの ではない粒子を取り除くことができる.二次元分類によ り,おおまかな粒子の選別を行った後は,三次元構造の 再構成を行う.単粒子解析により得られた粒子は,実際 の分子に電子線を照射することで得られたさまざまな向 きからの投影像であるため,個々の粒子を逆投影して三 次元構造を再構成することができる.得られた初期三次 元構造は,その後,更なる粒子の振り分けや精密化を繰 り返すことで,高分解能なものへと精度を高めていく.

そして,最終的に得られた三次元再構成マップに原子モ デルを当てはめることで目的分子の原子構造を決定する ことができる.

ここまでに紹介してきた画像解析のためのさまざまな プログラムが開発されているが,現在最も広く使用され ているものは

relion

というプログラムである.14,15

relion

は単粒子解析に必要な一連の解析ができるプログラム パッケージであり,ユーザーフレンドリーな

GUI

を備え ているため初心者でも比較的容易に画像解析を行うこ とができる.また,

relion

GPU

処理により計算を高速 化しているため,大量の

CPU

を搭載したスーパーコン ピュータを必要とせず,研究室レベルでも設置が可能な

GPU搭載コンピュータで画像解析ができるという特徴も

このプログラムが広く利用される理由の1つと言える.

3.凍結グリッド作製のノウハウ

ビームラインの高度化や構造解析技術の開発,プログ ラムの進歩により

X

線結晶構造解析では,良質な結晶が 得られれば容易に立体構造を決定することができる.し たがって,良質な結晶を得ることが,現在の

X

線結晶学 において最も重要な課題である.最適な結晶化条件は複 数のパラメーターを調整しながら探索するが,タンパク 質とその結晶化条件の関係性はいまだブラックボックス であり,狙って目的分子の結晶を得ることは難しい.ク ライオ電子顕微鏡単粒子解析では結晶化することなく目 的分子の構造を決定できるため,

X

線結晶構造解析にお ける結晶化のような難しいステップが存在しないと思 われがちだが,決してそうではない.クライオ電子顕微 鏡単粒子解析において,結晶化条件の探索に相当するス テップが凍結グリッドの作製である.先に述べたように,

単粒子解析を成功させるためには,試料に応じた最適な 厚みの氷の中に,目的の分子が適切な密度で包埋されて いるグリッドを作製する必要がある(図 5).厚すぎる氷 のグリッドから取得した画像の場合,ノイズレベルが上 昇することにより分子像の

S/N

比が低くなり,その後の 解析が困難になる.一方で,薄すぎる氷の場合,包埋さ れる分子の配向が固定されたり,一部の領域が空気中に

露出して変性してしまうなどの問題が生じる.また,包 埋されている分子が多すぎる場合は粒子の拾い出し・解 析が困難になり,少なすぎる場合はデータ取得効率が悪 くなる.このように,凍結グリッドの作製は,単粒子解 析を成功させるための最も重要な要素であると言える.

試料に応じた最適なグリッドを作製するためには,いく つかのパラメーターを制御し,氷の厚みや粒子密度を調 節する必要がある.しかし,残念ながら現状では,狙っ た氷の厚みや粒子密度のグリッドを再現良く作ること は難しく,いくつもの条件を検討しなければならない.

ここでは,グリッド作製に影響を及ぼすいくつかのパラ メーターについて説明し,最適なグリッドを作製するた めに,実際にわれわれがどのように条件を詰めていくか を紹介する.また,良質なグリッドを再現良く作製する ために,現在どのような取り組みがなされているのかに ついて,いくつかの例を紹介したいと思う.

先に述べたように,凍結グリッドの作製には,

Vitrobot

という装置が広く用いられている.

Vitrobot

でグリッドを 作製する際には,余分な溶液を吸い取るためのろ紙を押 し当てる時間(ブロットタイム)や強さ(ブロットフォー ス),ろ紙を押し当ててから液体エタンに沈めるまでの 時間,装置チャンバー内部の湿度などのパラメーターを それぞれ調節することができる.一般的に,ブロットタ イムが長く,ブロットフォースが強いほどグリッドの氷 は薄くなる.しかし,それぞれのパラメーターが相互に 影響し,グリッドの氷の形態は変化するため,一度に多 くのパラメーターを変化させてしまうと,グリッドの 状態を予測しにくくなってしまう.そのため,例えばブ ロットタイムのみを変化させたグリッドを複数作製し,

これらを電子顕微鏡に挿入してスクリーニングを行い,

①添加剤無し ②ジギトニン添加 ③Tween20添加 全体的にホールが黒く

氷が厚い ホールの中央が白く、凹状の氷が張られている

50 nm 50 nm

コントラストが悪い

(氷が厚い) コントラストが良い

(氷が薄い)

図 5  氷の厚さによるホール・粒子の見え方の違い.(Effect

of thickness of ice on the visual performance of the hole and particles.)試料中に①界面活性剤未添加,

②ジギトニン添加,③

Tween20

添加,合計3種類の 条件で凍結グリッドを作製し,クライオ電子顕微 鏡で実際に観察した様子.

Tween20

を添加した条 件が最も氷が薄く,粒子がはっきりと観察できる ことがわかる.

(5)

最も短いブロットタイムでも氷が薄すぎる場合にはブ ロットフォースを弱めて再検討するというように,パラ メーターを

1

つずつ変えて検討することが多い.

また,試料溶液の組成もグリッドの性状に大きな影響 を及ぼす.解析対象の分子の濃度は,グリッド上での粒 子密度に直接影響し,多すぎず少なすぎない最適な濃度 を決定する必要がある.ここで問題となるのが,同じ濃 度であっても分子の性質によりグリッドホール内の粒 子密度に差が出ることである.グリッド上に添加された タンパク質粒子の一部はグリッドのカーボン膜に吸着 され,吸着されなかった粒子だけがホール内に入ること になる.したがって,同じ濃度のタンパク質溶液を用い ても,カーボン膜に吸着されやすい粒子はホール内に入 りにくく,逆に吸着されにくい粒子ではホール内の粒子 密度が高くなる.吸着の度合いは分子によって異なるた め,分子ごとに最適な濃度を検討する必要がある.この ように分子ごとに条件を検討する必要がある点は,結晶 構造解析における結晶化条件の探索に類似していると言 える.その他にも,試料溶液中には分子を安定化させる ための緩衝剤や塩,界面活性剤,グリセロールなどの添 加剤が溶解しており,その組成によって,まったく同じ ようにグリッドを作製しても形成される氷の厚みや張り 方が変わる.特に,界面活性剤は溶液の性状に大きな影 響を及ぼすため,用いる界面活性剤の濃度や種類をよく 検討することが重要である(図 5).16

われわれは,初めてクライオ電子顕微鏡単粒子解析に 供する試料を扱う際,目的分子の濃度を3種類,ブロッ トタイムを

3

種類変化させた合計

9

種類のグリッドを作 製し,スクリーニングを行うことが多い.いずれのグリッ ドでも粒子が凝集したり,ホールの中にほとんど粒子が 入らないなどの問題が観察される場合は,ジギトニンな どの界面活性剤を添加し,試料溶液の組成を見直して いる.

ここまで,凍結グリッドの作製に影響を及ぼすVitrobot のパラメーターや試料溶液の組成について説明してき た.しかし,これらのパラメーターを十分に検討し,一

見良いと思われるグリ ッ ドが作製できても,取得した データセットから高分解能構造が決定できないことが ある.それには,さまざまな要因が考えられるが,最近,

特に問題として注目されているのが「気液界面問題」で ある.先ほど,グリッドに形成された氷が薄すぎる場合,

包埋された分子が空気中に晒されて変性してしまうと述 べたが,十分な厚さをもつ氷であっても,ほとんどの分 子が多かれ少なかれ空気と水の界面(気液界面)に付着 する傾向があることが報告されている(図 6).17気液界面 に分子が付着すると,特定の向きにのみ粒子が配向する こととなり(疎水性の高い領域が気層に向き,親水性の 高い領域が液相を向く),また気層に露出した部分は変 性する.高分解能構造は,均一な構造の粒子をあらゆる 方向から撮影することにより得られるため,気液界面問 題は高分解能での構造決定を妨げる.単粒子解析によっ て決定された高分解能構造に寄与しているのは,大量の データのごく一部の粒子のみであり,ほとんどの粒子は 気液界面による影響を受けているという報告もある.17)

したがって,気液界面問題を克服することで,高分解能 構造を取得できる可能性が上がると考えられており,こ れは今後の重要な課題である.

分子と気液界面の接触を妨げる最も単純な方法は,

支持膜を用いることである.グリッドに支持膜を張るこ とにより,分子を支持膜に吸着させて気液界面から遠ざ けることができる.また,疎水性が高くほとんどホール の中に入らない粒子も,ホールに張られた支持膜に吸着 することで観察が可能になるという利点もある.よく利 用される支持膜はカーボン薄膜である.18)カーボン薄膜 は真空蒸着装置を用いて容易に作製することができる.

カーボン薄膜を貼付したグリッド上では,分子は負染色 用のグリッドと同様の振る舞いをするため,クライオ電 子顕微鏡観察を行う前に,負染色により最適な試料濃 度を検討することができるという長所もある.一方で,

カーボン薄膜はよく用いられる支持膜の中でも比較的電 気伝導性が低いため17,19にバックグラウンドノイズが 高く,粒子の

S/N

比を低下させるという短所がある点は 気液界面 粒子

非晶質氷

カーボン薄膜

① ② ③

気液界面に面した 部分が変性。

完全な粒子を 保持。

図 6  粒子が気液界面に付着している様子を示した模式図.(Schematic representation of particles adhering to the air-liquid

interface.)多くの粒子が凍結グリッドの上部または下部の気液界面に付着していることがわかる.気液界面に

付着している部分は変性(黒)し,詳細な立体構造情報が失われる.

(6)

留意しなければならない.リボソームのような

S/N

比の 高い巨大分子であればカーボン薄膜の利用は問題になら

ないが,

S/N比の低い小さな分子はカーボン膜のバック

グラウンドに埋もれてしまい,解析の際にはカーボン薄 膜の利用は慎重に検討すべきである.

その他の支持膜を用いた研究も進められており,特に 酸化グラフェン単層シートの利用が注目されている.20酸 化グラフェンは,非常に薄く強度の高いシート状の炭素 化合物であり,表面に導入された官能基の効果で表面は 親水性になっている.電子ビームに対しても安定であり,

クライオ電子顕微鏡単粒子解析に支持膜として用いた例 が複数報告されている.21)-23)また,カーボン薄膜よりも 電子電導性が非常に高いため,24粒子の

S/N

比を損なうこ とがなく,したがって解析対象が小さな分子であっても 利用できる.しかし,単層のグラフェンから成るシート を貼ったグリッドの調製には高い技量が必要であり,現 状では誰もが簡単に調製できるものではない.気液界面 問題を克服することを目指し,汎用的な単層グラフェン シートの調製方法が現在進行形で開発されている.22

良質な凍結グリッドを作製するための技術改良は,グ リッドの作製法に限った話ではない.例えば,

Spotiton

と呼ばれる新たな凍結グリ ッ ド作製装置が開発され た.25-27

Vitrobot

など従来の装置が凍結グリッドを作製 する手順は,半自動化こそされているものの,その本質 は

30

年前に提唱された方法から変わっていない.28これ

に対して

Spotiton

は,インクジェットプリンターで用い

られるようなノズルからごく少量の試料溶液をナノワイ ヤーの張り巡らされたグリッドに噴霧した後,そのまま 液体エタンに浸漬することでグリッドを凍結するという 斬新な凍結グリッド作製装置である.ナノワイヤーの毛 細管現象により,噴霧された試料溶液はグリッド上に均 一に広がるため,ろ紙で余分な水分を除去する必要がな いのである.26ろ紙での吸い取り工程は非定量的である ため,これまでの装置では,形成される氷の厚みを制御 することは難しかったが,この装置ではその工程を必要 としないため,これまでよりも狙った厚みの氷を再現良 く形成することが可能になった.また,用いる試料溶液 も数ナノリットル程度とごくわずかであり,試料の節約 という面でもアドバンテージがある.さらに,一連の操 作が完全に自動化されており,試料溶液の噴霧から凍結 までの時間を限界まで短縮することで,上述した気液界 面問題を軽減できたという報告もある.27)現在では,こ の

Spotiton

の技術を継承した装置がSPT Labtech社から

chameleon

という商品名で販売されている.

4.X 線結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡単粒子 解析のタイムスケールのギャップ

クライオ電子顕微鏡解析により決定された構造の分解

能が著しく向上したことにより,これまで

X

線結晶構造 解析を行っていた多くの研究者がクライオ電子顕微鏡 解析に着手し始めているようである.本稿をご覧になっ ている方にもそのような方は多いのではないかと思う.

執筆者らの研究室でも

2

つの手法を併用して研究を進め ているが,

X

線結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡単粒 子解析では解析原理・手法の違い以上にギャップを感 じる部分が多い.ここでは,

2

つの手法におけるデータ 取得から構造決定までのタイムスケールのギャップにつ いて述べたいと思う.

これまで

X

線結晶構造解析を行っていた研究者がクラ イオ電子顕微鏡解析を始める時,まず気をつけなければ いけないことがスループットの違いである.

X

線結晶構 造解析では大型放射光施設を利用すれば

1

つの結晶から 数分程度で構造解析可能な回折データセットを収集す ることができる.さらに最近はデータ測定・解析の自動 化も進み,全自動で結晶のスクリーニングから回折デー タセットの収集,さらにはデータ処理までを行うことが 可能である.29したがって,

X

線結晶構造解析の経験の ある研究者は,

1

回のマシンタイムで数十個の結晶から 自動で回折データを収集するということに慣れている.

これに対してクライオ電子顕微鏡単粒子解析では,

1

枚 の顕微鏡画像を取得するにも数秒程度の時間を要し,単 位時間当たりのデータ取得効率は

X

線結晶構造解析に 比して大きく劣る.具体的には,

1

枚のグリッドを評価 するのに数十分,高分解能構造決定に必要な数千枚の顕 微鏡画像を取得するには

1

晩程度の時間が必要となる.

さらに,グリッドの交換やデータ収集箇所の選別も人の 手で行う必要があり,

1

つのデータセットを取得するに は,クライオ電子顕微鏡の操作に精通したオペレーター が長時間立ち会う必要がある.このように

X

線結晶構造 解析とクライオ電子顕微鏡単粒子解析ではスループッ トのギャップが大きく,初めてクライオ電子顕微鏡解析 に触れる研究者は,まずそのギャップに戸惑うことが多 い.凍結グリッドの作製条件を検討するため,一度に何 十枚ものグリッドを作製しても,それを一度のマシンタ イムですべてチェックすることは難しい.単位時間当た りに観察できるグリッドの枚数を把握し,必要最低限の グリッドだけを作製して効率良く良質のグリッドを得る 方策を考えることが重要となる.

データセットを取得した後のデータ解析にもギャップ がある.単粒子解析では,観察している分子そのものの 構造の情報が得られるため,結晶構造解析における位相 問題が存在しない.ゆえに,構造未知の分子でも高品質 なデータセットさえ取得できれば構造決定が可能である.

この点は,単粒子解析のアドバンテージの

1

つである.

一方で,例えば構造既知タンパク質のリガンド複合体の 構造解析のように解析するタンパク質の構造がわかっ

(7)

ている場合,

X

線結晶構造解析では

1

日もかからずに電 子密度マップが得られるが,単粒子解析では,新規構造 の解析も既知構造の解析も同様のプロセスで計算する 必要があり,最終的なマップを得るのに数日から数週間 の時間を要する.このように,単粒子解析は

X

線結晶構 造解析よりもデータ解析に要する時間が長いというこ とも理解しておく必要がある.短時間でデータ収集・構 造解析できる

X

線結晶構造解析では,多少質の悪い結晶 であってもまずはデータセットを収集し,構造解析しな がらデータを使うか使わないかを判断することが可能 である.しかし,構造解析に時間がかかるクライオ電子 顕微鏡法では,むやみにデータを収集すると解析が追い つかず,解析に着手できないデータが蓄積するだけとな る.したがって,スクリーニングの段階でデータを取得 するグリッドを慎重に検討し,十分に良質なグリッドの みからデータを取得して解析することが重要である.

クライオ電子顕微鏡単粒子解析法は構造生物学分野 にとって革新的な解析手法であることは間違いない.し かし,上述したスループットの低さなど,現状では,ま だまだ

X

線結晶構造解析に軍配が上がる点が多いのも事 実である.効率良く研究を進めるためには,盲目的にク ライオ電子顕微鏡解析を利用するのではなく,試料の特 徴や研究目的に応じて最適な構造解析手法を選択する ことが大切である.

さて,ここまで単粒子解析のスループットの悪さにつ いて述べてきたが,実際には,ここ

10

年ほどの間にその 効率は飛躍的に進歩している.例えば,単粒子解析に大 きなブレイクスルーをもたらした

Thermo Fisher Scientific

社のハイエンドクライオ電子顕微鏡

Titan Krios

が登場し

たのは

2007年のことであるが,当時搭載されていた直

接電子検出機では一晩に数百枚程度の自動画像取得が 限界であった.一方,今日では,最新の直接電子検出器 を用いれば一晩に

5,000枚以上の画像を自動取得するこ

とができる.30)

Titan Krios

が登場するさらに10年前(す なわち現在から約

25

年前)には,そもそも自動化技術が 開発されておらず,データセットを取得するには,オペ レーターが寝る間も惜しんで手動で撮影していた.こ のように,クライオ電子顕微鏡法はハード面とソフト面 の両方で急速に発展しており,それに伴って単粒子解析 のスループットも向上してきた.

X

線結晶構造解析も,

今でこそ数分程度で回折データセットを取得できるが,

20

年ほど前は

1

つのデータセットを取得するのに数時間 を要していた.

X

線結晶構造解析に比べてクライオ電子 顕微鏡法は,実用的な構造解析手法として認知され始め てからまだ日が浅く,発展途上の手法であると言える.

年々,そのユーザー数は増加しており,さまざまな分野 の研究者による今後のさらなる展開が期待される.

5.おわりに

近年,創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)

に代表される解析基盤の整備事業により国内にも多く のクライオ専用の透過型電子顕微鏡が設置され,そのア クセスが容易になった.最近では,製薬企業をはじめと した産業界でもクライオ電子顕微鏡解析が利用され始 めているようである.一方で,クライオ電子顕微鏡施設 の運営には,関連する理論と技術に深く精通したマネー ジャーが必要不可欠である.国内ではユーザー数の急激 な増加に対してマネージャーの人員が不足しているのが 現状であり,クライオ電子顕微鏡の利用を活性化するに は,今後を担う若手人材を育成することが急務である.

そのためには,産学官が連携してクライオ電子顕微鏡法 に関する研究領域を盛り上げていくことが重要である.

本稿では,クライオ電子顕微鏡解析に触れたことがな い方や始めたばかりの方にお読みいただくことを念頭 におき,単粒子解析の現状や

X

線結晶構造解析との相違 について概説した.本稿により一人でも多くの方がクラ イオ電子顕微鏡単粒子解析に興味をもっていただければ 幸いである.

文 献

1) M. Adrian and J. Dubochet, et al.: Nature 308, 32 (1984). 2) J. Frank, et al.: Science 214, 1353 (1981).

3) E. Cao, et al.: Nature 504, 113 (2013). 4) M. Liao, et al.: Nature 504, 107 (2013). 5) W. Kuhlbrandt: Science 343, 1443 (2014). 6) T. Nakane, et al.: Nature 587, 152 (2020). 7) M. Hiraizumi: PSSJ Archives 14, e099 (2021). 8) L. Yan, et al.: Cell 184, 184 (2021).

9) S. Brenner and R. W. Horne: Biochim. Biophys. Acta 34, 103 (1959). 10) M. Stabrin, et al.: Nat. Commun. 11, 5716 (2020).

11) S. Q. Zheng, et al.: Nat. Methods 14, 331 (2017). 12) T. Bepler, et al.: Nat. Methods 16, 1153 (2019). 13) T. Wagner, et al.: Commun. Biol. 2, 218 (2019). 14) S. H. W. Scheres: J. Mol. Biol. 415, 406 (2012).

15) J. Zivanov, T. Nakane and S. H. W. Scheres: IUCrJ 7, 253 (2020). 16) D. Kampjut, J. Steiner and L. A. Sazanov: iScience 24, 3 (2021). 17) E. D’Imprima, et al.: eLife 8, 1 (2019).

18) B. Xiao-Chen, et al.: eLife 2, 2 (2013).

19) D. M. Larson, K. H. Downing and R. M. Glaeser: J. Struct. Biol.

174, 420 (2011).

20) N. R. Wilson, et al.: ACS Nano 3, 2547 (2009). 21) M. Bokori-Brown, et al.: Nat. Commun. 7, 11293 (2016). 22) E. Palovcak, et al.: J. Struct. Biol. 204, 80 (2018). 23) A. Patel, et al.: bioRxiv. 2021.03.08.434344 (2021).

24) A. K. Geim and K. S. Novoselov: Nat. Materials 6, 183 (2007). 25) T. Jain, et al.: J. Struct. Biol. 179, 68 (2012).

26) V. P. Dandey, et al.: J. Struct. Biol. 202, 161 (2018). 27) A. J. Noble, et al.: Nat. Methods 15, 793 (2018). 28) J. Dubochet, et al.: Q. Rev. Biophys. 21, 129 (1988).

29) K. Hirata, et al.: Acta Crystallogr. Sect. D Struct. Biol. 75, 138 (2019). 30) A. Myasnikov, et al.: Microsc. Microanal 24, 890 (2018).

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プロフィール

橋本 翼 Tsubasa HASHIMOTO 東北大学大学院生命科学研究科

Tohoku University Graduate School of Life Science

〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 生命 科学プロジェクト研究棟

2-1-1 Katahira, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8577, Japan

e-mail: [email protected] 専門分野:構造生物学,タンパク質科学 現在の研究テーマ:リボソーム修飾を介した薬 剤耐性に関する研究

趣味:ツーリング

横山武司 Takeshi YOKOYAMA 東北大学大学院生命科学研究科

Tohoku University Graduate School of Life Science

〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 生命 科学プロジェクト研究棟

2-1-1 Katahira, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8577, Japan

e-mail: [email protected] 専門分野:クライオ電子顕微鏡,RNA,翻訳 現在の研究テーマ:リボソームの構造・機能解析 趣味:フルート演奏

田中良和 Yoshikazu TANAKA 東北大学大学院生命科学研究科

Tohoku University Graduate School of Life Science

〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 生命 科学プロジェクト研究棟

2-1-1 Katahira, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8577, Japan

e-mail: [email protected] 専門分野:タンパク質科学,構造生物学 現在の研究テーマ:創薬研究を目指したタンパ ク質工学的研究

趣味:PTA会長

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大谷 和子 株式会社日本総合研究所 執行役員 垣内 秀介 東京大学大学院法学政治学研究科 教授 北澤 一樹 英知法律事務所

ポートフォリオ最適化問題の改良代理制約法による対話型解法 仲川 勇二 関西大学 * 伊佐田 百合子 関西学院大学 井垣 伸子

関東総合通信局 東京電機大学 工学部電気電子工学科 電気通信システム 昭和62年3月以降

東北大学大学院医学系研究科の運動学分野門間陽樹講師、早稲田大学の川上

※ CMB 解析や PMF 解析で分類されなかった濃度はその他とした。 CMB