英語の音変化指導におけるシェイクスピア作品の利 用
著者 佐野 紀子
雑誌名 英語英文学研究
巻 14
ページ 78‑88
発行年 2008‑09
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009679/
英語の音変化指導における シェイクスピア作品の利用
佐 野 紀 子
1.研究背景
最近の英語教育では、コミュニケーションの手段としての英語に重点が置 かれている趣がある。一例を挙げると、書店に並ぶ英語の音変化の学習参考 書の多くは実用英語を扱う傾向がある。ところが、『新ギリシャ語入門』や
『ギリシャ語入門』には、思わず覚えたくなってしまうような心に響く魅力 的な文が多い。例文としては、「始めにして終わりあり(『ヨハネ黙示録』)」
や「受けるよりも与えるほうが幸いである(『使徒行伝』)」、「どんな不正な 人も自ら好き好んで不正をなしているのではない(プラトン『法律』)」など である。もちろん、適切に英会話の技術を身にっけることも大切であるが、
心を酒養し、豊かな感性を培うことも大切である。『新ギリシャ語入門』の 例文に挙げられているような「生きた力のあることば」で英語の音変化を学 習すると、学習が促進されるのではないか。そのためにも、英語教育におけ
る文学の果たす役割には期待すべきものがあると考えられる。
一部には、文学作品は鑑賞するものであり、教えるものではないという意 見がある。しかし、文学作品を鑑賞する機会を与え、背景知識を授業で扱う ことは、鑑賞の幅が広がり学習者の心のひだにふれる豊かな教育ができると
思う。
2.研究目的
以上のことから、短大生1年生「LL演習」における英語の音変化指導に、
シェイクスピア劇の一部を教材として扱い、文学を通して得られる効用を英
語教育に取り込む提言を行うため、「英語の音変化指導の習得と指導教材の 好みの関係にっいて探る。」を研究目的とする。
3.研究方法
まず、音変化の習得度調査にっいては、次の手順でおこなう。(1)/of/の 強形から弱形までの音変化を指導する。(2)1回目の習得度調査をおこなう。
(参照:資料1)テープに録音した音声を各自のペースで聞きながら、クイ ズに答える。授業終了後に、音変化で学習した文の意味や背景知識を各自配 布プリントにて確認する。(3)1週間後の期末テストで音変化の箇所を出題 する。テスト形式は一斉に3回テープを流して、該当箇所を書き取る問題と する。次に、シェイクスピア作品への親しみ度にっいては、質問紙(参照:
資料2)を使い調査し、考察・分析する。
4.調査および調査結果
まず、音変化の習得度およびまとめにっいて述べ、次に学習者のシェイク スピア作品への親しみ度や学習者が求める教材調査にっいて述べる。
4.1.参加者
都内英語科短大生52名 4.2.音変化の習得度調査
音変化指導後におこなったクイズと1週間後の期末テストの聞き取り結果 を基に調査を行い、表(1)にまとあた。以上の結果により、次のようなこ とが考察される。
(1)全体をとおして正解率が低い。もう少し時間をかけて学習したほうが よかったかもしれない。特に、弱形[of][e]は初出であること、前の 音に連結していたので聞きにくかったと推測する。さらに、[ev]は後ろ の語のvioletsの語頭[v]の影響を受けて、[v:]になっていた為、正答率 が低い結果を招いたのかもしれない。興味深いことに、[ef]で発話され
ていた文(lots of it)を*a fitと聞き取る学習者が数名いた。[e]の音 が孤立している感じもするので誤答が多かったと考える。
(2)期末テストでの正答率がクイズの正答率に比べて高かった理由として、
試験対策として文を暗記してきた学習者が多かったと考える。調査結果 によると、弱形の[e]の学習は前回の学習で印象深く、記憶しやすいと いうコメントもあった。
4.3.シェイクスピア作品への親しみ度や学習者が好む教材調査
シェイクスピア作品への親しみ度や印象、および授業でどのくらいの割合 で文学作品を扱い授業をおこなっているのか、質問紙1(参照:資料2)を 使って調査した。調査結果によると、シェイクスピア作品の中でも読んでい
る作品とそうではない作品(『ロミオとジュリエット』31人に対して『ヘン リー五世』0人)があるが、自分でふれていることがわかる。学生はシェイ クスピア作品にまったく興味がないというわけではないし、もっとふれてみ たいというメッセージもあるが、彼らの中でもっと話せるようになりたいと いう要求のほうが強く比重が違う。
また、授業でどのくらいの割合で文学作品を扱い授業をおこなっているの かについての今回の数値は、近年の大綱化なども大きく関わっているように 思う。今回調査をおこなったのは、短大1年生であり、2年生に調査したら
また異なった結果が出現したと思う。
では、学習者はどのような教材を求めているのだろうか。指導を受ける 学習者の興味を引き出す教材を指導者は考慮する必要がある。そこで、英語 の音変化を学習するにあたり、学習者が求めている教材を調査した(参照:
質問紙2)。その結果、以下の結果となった。
①現代の映画を見ながら学習したい。41名
②TOEICなどの検定試験を用いて学習したい。20名
③今回のように英文学作品を見ながら学習したい。18名
上記の結果により、映画を見ながら学習をしたいという学習者が多かった、
①映画と③英文学作品は、TOEIC教材とは異なり内容のある文を扱ってい る。さらに、場面を見たり想像したりすることによって学習者の興味関心を 引き出すことができる教材である。
4.4.習得度と好みの教材の関係
習得度にっいて、音変化クイズおよび期末テストにおける聞き取りの平均 値を算出した。その結果、平均値は音変化クイズでは1.38、期末テストでは 2.13であった。次に、音変化の指導教材の好みによって各習得度平均に差が あるかどうかみるたあに、英文学作品を利用するのを好むと好まない群の2 群に分けt検定をおこなった。各群の平均値等にっいては(表2)のとおり
である。
音変化クイズにおいて英文学作品を利用するのを好む群と好まない群との 間に有意差があった(t−2.66,p〈.05)。今回、英文学作品を利用することを 好む学習者の平均値のほうが、好まない学習者の平均値よりも高い結果が示
された。しかし、期末テストでは有意差はなく、好みによって平均値に差は なかった。このことは、期末テストは評価に関係するのでみんな暗記して勉 強してきたことによると思う。
5.結論
英語の音変化指導に、シェイクスピア劇の一部を教材として扱い、文学を 通して得られる効用を英語教育に取り込む提言を行うため、英語の音変化指 導の習得と指導教材の好みの関係を分析し考察した。その結果、文学指導は 部分的な指導では簡単には高められないことが判明した。けれども、今回の 調査結果をみると、学習者は授業以外のところでシェイクスピア作品にふれ ていることがわかる。学習者はシェイクスピア作品にまったく興味がないと いうわけではないし、シェイクスピア作品にふれたという体験に感動しもっ とふれてみたいというメッセージもある。シェイクスピア作品を英語の音変
化指導にとりいれることによって英文学(ここではシェイクスピア作品)に ふれるきっかけになると思う。大人の学習者を対象に音変化指導を行う場合 は、無味乾燥な文を扱うのではなく心に響く内容があるもの、意味のある文 を扱うほうがより印象が強く残り、学習を促進することも可能ではないかと 考える。
さらに、「英語を学習するときには、総合的に学習する必要がある。」と柴 田・藤井(1998:189)はいう。彼らは、「英語の能力の中で、聞くことは最高 の技術であって、最も難しい部分だと思う。…。聞くことは話すことより難 しい、と思います。他の英語の力を総合的に高めていって、さらに聞くこと をあらゆる機会に練習するほかない。」と述べる。なぜか。日本人の英語学 習の傾向として鑑みると、学習者は英語を単語単位で勉強していることが多 く、熟語などを除きフレーズ単位で勉強していることは少ないと思われる。
その影響で、もしかしたら単語は必ず切れ目があると思い込んで、1っのか たまり=1っの単語としてみなしてしまうかもしれない。ある聾唖者の話を 聞いたことがある。千々岩佳司先生の研究で「目が見えない人は耳がよく聞 こえる。英語もよく聞けるかと思ったがそんなことはない。」という。すな わち、聞き取りは、音が聞こえても単語として適切に聞き取れるか、切り取 る能力が必要である。そこで、単純な勉強ではなく、総合的に学習する必要 があるのである。子どもの英語学習も発音はきれいにできるが、言っている 中身がわからず復元力がないという実例もある。
これらのことにより、英語教育と英文学は専門分野の違いという垣根をこ えることにより、学習者が総合的に学ぶことができる環境を整えることが必 要であろう。
6.本研究の応用性
文学作品を読むのではなく、利用して語学学習をおこなう試みは、英語学 習の各分野において普遍性があるのではないかと考える。例えば、speaking
ではリズムの取り方や発音練習指導に応用できる。
7.今後の課題
本研究は、英語の音変化指導にシェイクスピア作品を取り入れる効果につ いて提言をしたが、今回得られた結果は限られた協力者に関する英語の音変 化指導に対する教材の好みの調査に基づくものであり、今後は、より横断的 な調査を含め詳細な検討をおこなう必要もある。さらに、今回の学習におい て「表現が難しい」とコメントした学習者がいたが、学習者の意味の把握度、
すなわち、読み取り能力が学習効果に関係することは歪めない事実である。
文学的センスがある学習者には、文の意味が理解できて文学作品を教材に使 用することに対しての垣根はひくいだろう。音変化指導の際、音声だけの指 導だけではなく意味や背景知識を説明することも必要であった。こうした点 を踏まえ、より細かな指導法にっいても今後の課題としたい。
付記
本研究は、平成17年度 東京家政大学大学院共同研究推進費「シェイク スピア劇におけるパフォーマンス研究一舞台表象と発音研究、英語教育への 応用」の一環として実施したものである。平成19年度 東京言語研究会(桜 美林大学院)にて発表した。
参考文献
安西徹雄編注(2002)『〈大修館シェイクスピア双書〉十二夜』東京:大修館.
石井美樹子(1994)『シェイクスピアの愛とロマンス』東京:同文書院 Durband, Alan(ed.).(1984)Shαleespeαre Mαde Eαsy…Tivelj『th 1>ight,
Original test and modern version, BARRONS.
藤田英時(2002)『知ってる英語なのになぜ聞き取れない?』東京:ナッメ社.
小田島雄志(2005)『(シェイクスピアの)遊びの流儀』東京:講談社.
柴田徹士・藤井治彦(1998)『英語再入門一読む・書く・聞く・話す』東京:
南雲堂.
田中美知太郎・松平千秋(1973)『ギリシャ語入門改訂版』東京:岩波書店.
田中利光(2000)『新ギリシャ語入門』東京:大修館書店.
東郷公徳(2005)『シェイクスピアは楽しい』東京:Sophia University Press 上智大学.
中村敬・峯村勝(2004)『幻の英語教材一英語教科書、その政治性と題材論』
東京:三元社.
山田玲子(2005)『シェイクスピア演習レポート』東京:鷹書房弓フ゜レス.
資料
(表1)習得度調査結果
項目 クイズ(1回目) 期末テスト(2回目)
[e] 31% 81%
[ef] 65% 60%
[ev] 42% 73%
全問正解 46% 71%
(表2)
グループ統計量
平均値の
好む(文学)
N
平均値 標準偏差 標準誤差クイズの合計英文学を好む 18 1.89 .900 .212
英文学を好まない 34 1.12 1,038 .178
期末合計 英文学を好む 18 2.39 .916 .216
英文学を好まない 34 2.00 1,101 .189
〈資料1>
習得度調査用紙
/of/の音変化
①②③④⑤
[Uv][ev]
[θf]
[f]
[e]
強調するときの音 一般的によく聞く弱い音
弱い音、[v]が弱くなり[f]に
早口になった場合の音、[e]が聞こえずに[f]の音だけになる 早口になった場合の音、[f]が聞こえずに[e]の音だけになる
問.下線(ア)〜(ウ)は、上の①〜⑤のどの音で発音されているかな?
Twelfth−Night
Duke. If music is the food of love, play on; (ア)
Fill me with lots of it. (イ)
That sound again!it faded out.
O!it came past my ear like the sweet sound That breathes upon a bank of violets, (ウ)
Stealing in, giving fragrance!
<資料2>
①自ら読んだことがある作品は?(複数回答可)
『ロミオとジュリエット』31人 『ハムレット』19人
『ヴェニスの商人』12人 『夏の夜の夢』7人 『リア王』6人 『マクベス』5人 『十二夜』4人
『アントニーとクレオパトラ』『お気に召すまま』『間違い喜劇』
『ジョン王』『ソネット集』『あらし』各1名 無記入:14人
②短大の授業でシェイクスピア作品を扱ったか?
ある:4名 読んだことのある作品名:『ハムレット』『リア王』
ない:48名
③シェイクスピア作品についてどのように思っているか?(複数回答可)
・作品が難しくて理解できない16名
・高尚な感じがして、英米人なら誰でも知っている有名な作品 15名 ・英文学らしいよい作品だと思う。14名
・内容に深みがあり、おもしろい。11名 ・現代にも通じる部分がある。6名
・西洋人のユーモアや物の考え方がわかっかたような気がした。5名 ・英文学の真髄にふれる気がする。4名
・日本語を読んでも、設定が現代と違うのでわからない。2名 ・内容はわかるが、興味がわかずおもしろくない。1名 学習者の感想
く音変化>18名がコメント
①/of/の発音は[θv]だけだと思っていたけど、よく聞いてみるといろいろ な音で発音されていることがわかった。
②同じ/of/でも、発音が違うので違うことばに聞こえる。
③ゆっくり発音されていても/of/の音がむずかしい。
④微妙な音の違いを聞き取る学習はとても興味がわきました!
⑤難しかったけど、このような聞き取り練習をしたらリスニングのスキル アップができると感じました。
<その他>32名がコメント
①難しかったけど、このような聞き取り練習をしたらリスニングのスキル アップができると感じました。
②詩の流れがキレイだと思いました。
③実際に声を出して読んでみると素敵で詩のように聞こえた。
④もっと読んでみたいと思った。
⑤表現が難しい。
⑥詩みたいなのか、だから日本語訳と一緒に覚えようとしても無理でした。
⑦とても良かったです。名作に触れることはとても大切だと思うので。
⑧いい作品だと思うけど、もっと知りたい。もっと知ったらおもしろいと 感じると思います。
⑨あまりよくわからなかった。もっと時間をかけてじっくりやりたいと思っ た。
⑩シェイクスピアの文章は日本語でしか読んだことがなかったのですが、
英文で聞くと一層魅力が感じられますね。リズムの雰囲気がとてもすて きです!日本語にすると少〜し文章に入るまでに時間がかかります…。
⑪いっもとは違う英語が聞けてよかったと思う。
⑫イギリス英語であると同時にスピードが速かったなと思いました。新 TOEICを受けたことがあったので聞き取れたのかなと気づきました。
⑬文を読んで、すごく恋をしたくなる詩だと思いました。覚えてふとした 時に声に出して言いたいです。
⑭英文独特の詩の世界を味わえた。
⑮初めて原書を読んでみたいなと思いました。
⑯あまりシェイクスピアにっいて詳しくなかったので新鮮に感じました。
表現の仕方が変わっていておもしろかった。
⑰音の響きが美しいと思った。
⑱普段聞かないので非常におもしろかった。
⑲いっも聞いている英語と違う感じがして聞き取りづらい。
⑳日本語の意味がすてきだなと思いました。
<音声
k.J
1>
1:JJ
food of love [e]
宅SA 1.Lt :八 2tt
t
<音声2>
騨
tt50:
」椰::: く
lots of it [ef]
:〔00 に70: 13):〔 〕:00
蝋 署u. k;. :. ,.柵冊酌 A
鴨醐噺伽錦肺
1eo) 1tOO 1 2e,
♪
●ヒモ
W
同o:〔
卍 隔
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{(e ,h5
<音声3> of violets [ev]
!; 00 :70,: 271:(
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