B
hatkalpabhāṣya 6364
の予備的研究
河 豊
1.はじめに
白衣派ジャイナ教聖典のK VI 12は,6種の「規定に留まること」(kappaṭṭhii)と 称 し た 修 行 の 段 階 を 提 示 す る. こ れ に 対 し,Saṅghadāsaが 著 し た 韻 文 注 Bhatkalpabhāṣya(以下BKBh)は,6349詩節から140詩節以上を費やし解釈を加え る.その中から本稿はBKBh 6364が示す10種の項目からなる法数を取り上げる. まず当該詩節の内容を紹介し,次に白衣派・空衣派双方の文献に平行詩節を持つ ことを示す.次に第一の項目である無衣状態(ācelakka etc.)に対する白衣派と空 衣派の解釈の相違とその問題点とを指摘した後,今後の課題を示す.以上をもっ て,BKBh 6364が示す法数に関する予備的な研究とする. 2.
BKBh 6364 kappaṭṭhiiの 最 初 の2つ は「サ ー マ ー イ カ 行 を 行 な う 修 行 者 のkappaṭṭhii (sāmāiyasaṃjayakappaṭṭhii)」と「臘の削減という罰を受け,再度正式な出家儀礼を受 け る 修 行 者 のkappaṭṭhii (cheovaṭṭhāvaṇiyasaṃjayakappaṭṭhii)」 と 呼 ば れ る が,BKBh 6364はこれら2つの段階で修行者が遵守すべき10種類の事柄を示す.すなわち 「(1)無衣状態(2)指定食〔を受けないこと〕(3)滞在場所の提供者からの施物 〔を受けないこと〕(4)王からの施物〔を受けないこと〕(5)表敬を行なうこと (6)〔五〕誓戒〔の遵守〕(7)〔男性のほうが女性より〕優位性を持つこと(8) 反省行の実行(9)〔雨季以外は同一箇所に〕一ヶ月〔滞在するという〕規定(10) 雨季の 留」1)である.BKBhによると,これらの法数項目は全ての時代の修行 者たちが等しく守ることはなく,10種を全て固定的(sthita)に遵守するのは初代 と二十四代のティールタンカラ,つまりリシャバとマハーヴィーラの教団に属す る修行者たちであり,残余のティールタンカラたちの下にあった修行者たちに とっては,例えば雨季でも条件さえ満たせば遊行して構わないなど,(1)(2)(4)(8)(9)(10)は流動的(asthita)である:「〔二番目から二十三番目のジナに属す る修行者たちにとって〕滞在場所の提供者からの施物・四制限・〔男性のほうが 女性よりも〕優位性を持つこと・表敬を行なうことという,4規定は固定的であ る.無衣状態,指定食〔を受けないこと〕,反省行を伴う〔ダルマ〕,王からの施 物〔を受けないこと〕,一カ月規定,雨季の 留というこれら6規定は固定され ていない.最初と最後のジナの規定は,10の立場に留まる.塵を振り払ったこ の規定は10の立場を本拠とする」2). 3
.白衣派のパラレル
これら10項目の法数化は,管見の限り現行白衣派聖典では試みられていな い3).一方,チェーヤスッタに対する各バーシャ文献の他,単行作品にBKBh 6364と完全な平行句が見出される.すなわちJKBh 1971 = NBh 5933 = PKBh 1271 = PP 17.6 = PV 1500である.このうち著者不明のNBh(BKBh以降?)は,同種 (sarisa)の修行者に滞在場所を提供しない場合の罰則規定の説明で,同種とは何 かを説明すべく提示されるものだが,NBh でそれ以上の説明は行なわれない. BKBh以降の成立と考えられるJKBhと,伝Saṅghadāsa 作(その伝承の信憑性は疑 わしい)PKBhは,基本的にBKBhと同文脈の下,前者はBKBhより簡略に,後 者は敷衍し,この法数を諸詩節で解説する.PPは第17章全体の主題がこの法数 に関わっている.PV は,断食死を行なう修行者が守るべき諸項目の一つにこれ を取り上げる.以上の諸文献のうち,SaṅghadāsaがJinabhadra以前という説4), PPとPVの著者が529年に死亡したHaribhadra Virahāṅka だという説5)を承認す れば,6世紀前半にはこの法数が成立し,白衣派内で権威を持っていたことにな ろう6). 4.空衣派・ヤーパニーヤ派のパラレル
しかし,BKBh 6364の完全な平行句が空衣派の所謂代用聖典,つまりMāc 10.18 = BhĀ 423にも存在する事実には注意する必要がある.Māc 10.17は修行者が 帯びるべき徴に4つあるとし,10.18で件の法数を列挙する.BhĀは断食死を決行 する修行者の介助僧が具える資質の一つとして「正行を具えている(āyāravaṃ)」 を挙げ,その場合の正行とは何かという問いに対する第二釈としてBhĀ 423でこ の法数に言及する.Mācの作者であるVaṭṭakera が2世紀,BhĀ の作者である Śivāryaが1–2世紀という(半ば伝統的な)年代論からすると,この項目は6世紀よりも遥かに古く,しかも元来は空衣派・ヤーパニーヤ派内で成立し,更にそれを 白衣派が借用した可能性を考慮せねばならない.しかし,各作品及び各作者の年 代も,そもそも著者問題も未だ十分に研究されていない現状で,貸借関係を安易 に決定することは危険であろう.可能性そのものを完全に排除することは危険だ が,教団分裂以前の共有財産と想定する方が現時点では穏当かと思われる.一方 で個別項目に着目すると,出家者にとっての基本たるサーマーイカ行や,正式に 授戒し直す――白衣派に属する限り,かかる者が最初から裸形を許容されること は考え難い――文脈で利用するために,白衣派的には再解釈を強いられることが 容易に想像される「無衣状態」を含む法数を,空衣派・ヤーパニーヤ派の文献か らそっくりそのまま借用するだろうか7).実際,BKBh等白衣派諸文献は,「無衣 状態」という語を文字通りには理解しないのである. 5
.白衣派における無衣の解釈
BKBhを筆頭とする白衣派の諸文献は,この法数における無衣状態に関し「着 衣していても無衣だ」と主張する.曰く,無衣者(acela)は衣が実在するが無衣 の者(santācela)と衣が実在しない者(asantacela)からなる.後者はティールタン カラのみが該当し,残余の修行者は全て前者である(BKBh 6365 = JKBh 1977 = PKBh 1275 ≠ PP 17.11).なぜ有衣者が無衣者たり得るのか.BKBh 6366曰く「渡河の際, 頭を布で覆った者を「裸の者」だと人々が言い,『古びた諸々の衣のせいで私は 裸よ.急いで,仕立て屋さん.私に衣を頂戴』」8)と言うのと同じである.つまり たとえ着衣していても,その服が襤褸だと裸同然であるので「裸だ」と見做すの と同様,修行者も「古び,ズタズタで,全身を覆わず,常ではない諸々の衣が 在っても,無衣のニッガンタたちとなる」9)(BKBh 6367 = JKBh 1980).尤もこの喩 例に基づくと,単なる貧乏人や旅行者でも,ただ襤褸を纏いさえすれば無衣の ニッガンタだということになりかねないが,彼らはよい衣がないからそうするに 過ぎず,修行者のようにダルマだという意識に基づかない(BKBh 6368)10)が故 に,この批判はあたらない.先述の通り,この規定が適用されるのはリシャバと マハーヴィーラの教団に属する修行者たちのみであり,残余のティールタンカラ の教団に属する者は有衣でも無衣でも構わない(BKBh 6369 = JKBh 1983 = PP 17.12: acelo sacelo vā).後者に属する者たちは無衣でも有衣でも教えを逸脱しない(n aikkamante)が,前二者に属する者たちはそうではないが故に,安価かつ縁取りの 裁断された(amahaddhaṇā tu bhinnā)衣を纏う(BKBh 6370 = JKBh 1984).6
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Mācと
BhĀにおける無衣
白衣派が上の如き解釈を施すことで,無衣という語の不都合さを回避するのは 当然としても,MācとBhĀ,また両文献の注釈者もこれを単なる無衣と解さな い点は,若干の問題をもたらす.Māc 1.30は無衣状態(accelakka)を,衣などを纏 わないこととすると同時に,執着がないこと(niggantha)とも定義し,件の法数 を列挙するMāc 10.18への注釈でVasunandiは,celaという語で衣など一切の所有 欲が言及されている(celaśabdena sarvo pi vastrādiparigraha ucyate),と説明する.また 別稿11)で詳しく議論した通り,BhĀは1117–1118でこの問題に触れ,当該の法数における無衣状態とは,放棄すべき対象の一部に触れたもの(desāmāsiya)に過 ぎず,実際には一切の執着の放棄を意味する(ācelakkaṃ cāo savvesi hoi saṃgāṇaṃ)と 明言する.この法数には,既に第6項目に「誓戒」があり,そこには当然無所有 (aparigraha)が含まれる.ここで,無衣状態をも重ねて無執着と解する必然性は那 辺にあるのか.彼らにとっては裸形こそ無執着の象徴だったが故に,かかる解釈 が生まれた可能性があるが,いずれにせよ更なる調査を要する問題である12). 7
.おわりに
以上,本稿では(1)BKBh 6364が提示する法数項目が,BKBh以外のバーシャ 文献の他,PPやPVなどの単行作品にも取り上げられること(2)同一の項目が 空衣派・ヤーパニーヤ派の文献に登場すること(3)無衣の解釈が白衣派と空衣 派・ヤーパニーヤ派とで相違し,かつ白衣派は当然ながら,空衣派・ヤーパニー ヤ派も単なる裸形状態を指すとは理解しないこと,及びその問題を指摘した.最 後の点については,衣・布をめぐる問題に限っても白衣派と空衣派とを問わず膨 大かつ複雑な規定と論争が存在するため,それらを逐一分析する作業によって解 決の糸口が見いだせるかもしれない.残余の法数項目についても,白衣派聖典等 の余所で詳説されたことを大なり小なり前提とするため,それらに って検討す る必要がある.差し当たり,チェーヤスッタに対する各バーシャの精査が有意義 であろう.最後に,本稿では「リシャバとマハーヴィーラの教団に属する修行者 たちは10種の規定を固定的に守るが,残余のジナの教団に属した修行者たちは 必ずしもそうではない」という問題の検討を見送った.この,一見するとマハー ヴィーラによるリシャバ時代への回帰(という物語を描いたか)の如く捉え得る言 説は,マハーヴィーラ教団の者たちが自らの教義をジャイナ教の(自らが信じるところの)歴史に如何に位置付けたかという,ジャイナ教の教団史観に連なる大き な問題であるため,資料を充実させ将来に検討したい.
1)ācelakk -uddesiya sijjāyara rāyapiṇḍa kiikamme / vaya jeṭṭha paḍikkamaṇe māsaṃ pajjosavaṇakappe // BKBh 6364//
2)sijjāyarapiṇḍe yā cāujjāme ya purisajeṭṭhe ya / kiikammassa ya karaṇe cattāri avaṭṭhiyā kappā // ācelakkuddesiya sapaḍikkamaṇe ya rāyapiṇḍe ya / māsaṃ pajjosavaṇā cha pp ey aṇavaṭṭhiyā kappā // dasaṭhāṇaṭhio kappo purimassa ya pacchimassa ya jiṇassa / eso dhuyaraya kappo dasaṭhāṇapaiṭṭhio hoi // BKBh 6361–6363//
3)例えば法数集成であるṬhāṇaとSamavāyaにこの項目はない.また前者のVI 530とIII
4.206はK VI 12と平行関係にあるが,その解釈に際しAbhayadevaはBKBhを引きつつ説 明する(紙数の都合で原文は省略する).これは,彼が白衣派聖典に典故を見出し得な かったことを示唆する. 4)Mehtā(1989, 123)を見よ. 5)Williams 1965を見よ.但し根拠は極めて薄弱である. 6)BKBh 6364がNiryuktiならば更に る可能性があるが,Niryuktiと判断する材料はな い. 7) 見を糾すべく敢えて借用した,とも想定はできよう.
8)sīsāveḍhiyaputtaṃ naiuttaraṇammi naggayaṃ benti / juṇṇehi naggiyā mī tura sāliya dehi me pottiṃ //
9)juṇṇehĩ khaṇḍiehĩ ya asavvataṇupāuyehĩ na ya niccaṃ / santehĩ vi nigganthā acelagā honti celehiṃ //
10)evaṃ duggayapahiyā acelagā honti te bhave buddhī / te khalu asantatīe dharenti na tu dhammabuddhīe // 11)河 2015を見よ. 12)AparājitaはBhĀ 423を注釈する際,特に無衣を詳細に解説する.その検討は別稿に譲 るが,マハーヴィーラが最初から無衣で出家したことを白衣派の論者(白衣派では,出 家当初のマハーヴィーラは有衣だったという伝承を保持する)に示す際,BKBh 6369と 酷似した一文を彼が引く点は重要である:「更に〔マハーヴィーラが出家当初は〕有衣で あったという教えが望ましいというなら, 無衣状態という教えは,最初と最後〔のジ ナ〕に属する という言葉が誤りとなろう」(api ca celaprajñāpanā vāñchitā cet ācelakko
dhammo purimacarimāṇaṃ iti vaco mithyā bhavet).Aparājitaも,無衣状態がリシャバとマ ハーヴィーラの教団にいる修行者たちが固定的に守るべきものだ,という考えは共有す ることを示すものとして注目されよう.
〈一次文献及び略号〉
K: Kappa. Das Kalpa-sūtra: die alte Sammlung jinistischer Mönchsvorschriften. Ed. Walther Schubring. Indica 2. Leipzig: Harrassowitz, 1905.
JKBh: Jītakalpabhāṣya. Jītakalpa Sabhāṣya. Ed. Samaṇī Kusumaprajñā. Lāḍnūṃ: Jain Viśva Bhāratī, 2010.
NBh: Niśīthabhāṣya. Niśītha-Sūtram. Eds. Amarmuni and Kanhaiyālāl. 4 vols. Varanasi: Bhāratīya Vidya Prakāśan, 2005.
PKBh: Pañcakalpabhāṣya. Paṃcakalpa Sabhāṣya. Ed. Samaṇī Kusumaprajñā. Lāḍnūṃ: Jain Viśva Bhāratī, 2018.
PP: Pañcāśakaprakaraṇa. Śrī Pañcāśakaprakaraṇam. Ed. Dharmaratnavijaya. Muṃbaī: Mānava Kalyāṇa Saṃsthānam, 2014.
PV: Paṃcavatthuga. Śrīpañcavastukagranthaḥ. Śreṣṭhi Devacandralālabhāi Jainapustakoddhāre Granthaṅkaḥ 69. Bombay: Nirnayasagar, 1927.
BKBh: Bṛhatkalpabhāṣya. Bhadrabāhu Bṛhat-kalpa-niryukti and Sanghadāsa Bṛhat-kalpa-bhāṣya
Part Two Uddeśas 2–6. Ed. Willem B. Bollée. Beiträge zur Südasienforschung 181, 2. Stuttgart:
Franz Steiner Verlag, 1998.
BhĀ: Bhagavatī Ārādhanā. Ācāryaśrī Śivārya viracita Bhagavatī Ārādhanā. Ed. Pandit Kailāścandra Siddhāntaśāstrī. Jivaraj Jain Granthamala Hindi Pushpa No. 36. Solapur: Jain Samskriti Samrak-shaka Sangha, 2007.
Māc: Mūlācāra. Śrīmad-Vaṭṭakerācārya praṇīta Mūlācāra. Eds. Kailash Chandra Shastri et al. Jñānapīṭha Mūrtidevī Jaina Granthamālā Prakrit Grantha 19–20. 2 vols. New Delhi: Bhāratīya Jñānapīṭha, 1999.
〈二次文献〉
河 豊 2015 「Bhagavatī Ārādhanāと白衣派文献」『筑紫女学園大学・短期大学部人間文化研 究所年報』26: 15–26.
Mehtā, Mohanlāl. 1989. Jain Sāhitya kā Bṛhad Itihās Bhāg 3: Āgamik Vyākhyāyeṃ. Vārāṇasī: Pārśvanāth vidyāśram śodh saṃsthān.
Williams, Robert Hamilton Blair. 1965. Haribhadra. Bulletin of the School of Oriental and African
Studies 28(1): 101–111.
(JSPS科研費18K00056による研究成果の一部)
〈キーワード〉 Bhatkalpabhāṣya,acela,ācelakya,accelakka,ācelakka,裸形,着衣