『金光明経』にみえる王権観
―護国思想との関連において―
日 野 慧 運
1.本稿の目的
金岡[1957][1980: 95–117]は『金光明経』の王権観について論じ,「正論品」1) が「本経政治思想の中核」であり「国家としての奉持」を説く諸品(「四天王品」 「善集品」等)の「理論的中心」であるとした.そして,「正論品」には「帝王神権 説というバラモン的国王観」と,王位を前世善業の果とする仏教的国王観がとも に見え,後者から,王たるものの義務として正法に基づく治国という行動規範が 生ずる.「正法」の内容は詳述されないが,全経の趣旨に鑑みれば「空思想に基 づいた菩薩行の精神であることは疑いない」とした. 護国思想の起源と発展を論じた松長[1966a][1966b]も,護国経典のうちで は梵語原典が現存する数少ない例として『金光明経』を重視したが,その王権観 については金岡説の引用に留まっている. 金岡説に従えば,『金光明経』中で諸天による国家・国王の守護を説き,いわ ゆる「護国思想」の中核をなす「四天王品」もまた,「正論品」を「理論的背景」 として持つことになる.本稿はこれに対して,「正論品」「四天王品」の各々の王 権観・護国思想が,別個の性質を持つことを論明する. 2.「正論品」の内容確認
「正論品」は,「正論」(曇無讖訳,Skt. devendrasamaya nāma rājaśāstra, Tib. lha i dbang po i dam tshig rgyal po i bstan bcos, 義浄訳「王法正論」)を本体とする.「正論」は「四天 王品」でも一箇所言及されており,両品の関連性は確認できる.
「正論品」の構成を確認する(梵蔵本に従う)と,はじめに父王が新王に語ると いう導入の散文があって,以下韻文で語られる梵天と四天王との問答の中に, 「正論」が叙述される.四天王が「なぜ王は天子devaputraと呼ばれるのか」と問
神々の加護を受けるという.それゆえ国民に善業をなさしめ,生天に導かねばな らぬという(8–16偈).続けて梵天は,王は悪に対して厳罰をもって臨み,非法を 見逃してはならないという.見逃す場合は三十三天の怒りをかい,敵の侵入・窃 盗凶事・日月星辰の不調・天候不順・飢饉があるという(17–24偈).さらに神々 の口を借りて,上の災禍に疫病,王家眷属や家臣・軍畜の死,地味の涸渇,国民 の無気力・不健康,悪霊の跋扈等々を加えて詳述する(25–46偈).そして,王が 神々の加護を受けうるのは,善行を奨励し悪行を止める限りにおいてであるか ら,王位と生命を投げうっても不法を阻止し,また身内であっても公平厳正に裁 かねばならない,という(47–64偈).民の不法を罰し善行に導く王には,国土の 豊穣と王家の繁栄があるという(65–73偈). このように「正論品」が強調するのは,非法adharmaと悪事duṣkṛtaを見逃し てはならぬという厳罰主義であり,これに反する場合に国王・国土が被る災禍厄 難である.正法dharmaに適う王へのポジティヴな果報は末尾に簡短に触れられ るに留まる. 上述の金岡説は,梵本第5–6偈の問いと第10–16偈の答えの箇所に「帝王神権 説」を指摘し,同所の梵天の応答第一声になる第9偈に,王者となる因を前生の 善業とする仏教的帝王観を指摘したものである2).そして正法をすなわち菩 行 の精神と見て,王としてこれに則った治国をなすことが善業であるという主張 を,全経を貫く王権観・政治思想としたのである.なお,金岡は加えて,王の非 法による災禍と自然現象を結びつける記述を,天人相与説として特徴づけた. 3.
「四天王品」の内容確認
「正論品」の王権観は上記の通りに認められるとしても,これを「四天王品」 の理論的基礎となしうるであろうか.次に「四天王品」の王権観および護国思想 を確認する.「四天王品」の大略は次のようである. (①)「四天王品」冒頭で,四天王がヤクシャの軍勢と八部神衆ともども,『金 光明経』が講説されるところでは法悦を得るから,見返りにその土地の経の受持 者を守護する旨を申し出る. 釈尊による承認のあと,(②)四天王は続けて,国王には「天律devendrasamaya」に 則った統治をなすこと,国王自身が『金光明経』受持者を尊重し,これを聴聞す ることが求められ,その見返りに護国―侵攻する敵国に第三国との戦争,疫病な どの障碍を起こし,侵攻すれば四天王が阻む―をなすと述べる.(③)これを承けて,釈尊はその国土に平和,刑罰や争いのないこと,天候・ 日月星辰の順調,五穀豊穣等が実現し,国民の生天,また国王および王室の安穏 平和があることを述べる. (④)四天王はこれを承けて,とくに国王が王室を平和と国土の守護を願う場 合は,法師を請じて『金光明経』を講説させこれを聴聞すべきである,と述べ, 以下四天王と釈尊の二往復のやりとりのうちに,法師供養の行法とその果報が説 明される.この中で釈尊自身もいくどか国王・国土守護や王権拡大に言及する. (⑤)四天王は,国王が『金光明経』受持者を尊重し講説させなければ,その 土地は四天王はじめ神祇に見捨てられ,ために内乱,疫病,悪星や日月の不順, 地震・大水・旱天,他国の侵攻等々が発生し,荒廃するという.そして国王に 『金光明経』聴聞と受持者の庇護を勧めて,『金光明経』が他の論より勝れること を強調しつつ,概ね①②と同等の内容を再説する.このあとに仏讃 偈が続くが いまは略す. 以上のごとく「四天王品」は,①のような経典受持者への諸天の加護を基調と し,④のような経典を読誦する法師への供養法を中核に据えている.②⑤にある ように,国王・国土の守護は,国王が経典受持者への庇護,法師への供養,およ び自ら聴聞を行うことによって,諸天によりその果報としてもたらされ,国土の 災禍はこれを行わぬ王を諸天が見捨てることでもたらされる.なお,これらはい ずれも四天王の言によるもので,釈尊は③のごとく,基本的にそれを国土の平和 と豊穣,民衆および王家の人々の安穏として説き直す.④中わずかに見える国 王・国土守護の言も,四天王の説を承けていうにすぎない. 4.
「四天王品」と「堅牢地神品」との連続性
「四天王品」の基調となる,経典受持者への諸天の加護は,本経「堅牢地神品」 にもよりシンプルな形で説かれている. この章では地神「堅牢」が,『金光明経』が講説される所では法悦を得るため に,地味を富ませ五穀百果を豊穣にし,土地の人は健康長寿と富貴を得るとい う.したがって人は法師を請じて経を聴聞すべきである.また自ら片言隻句でも 覚え,読誦し,伝えるべきである,という. このような,経典の受持と伝布の勧奨,法師の功徳,そして受持者や法師に対し て神々が加護を申し出るという説相は,『八千頌般若経』『法華経』等の初期大乗経 典いらい見られる大乗経典に一般的なものである.「四天王品」の基調も同趣旨であって,ただ国王には伝布でなく,庇護が期待されている点が異なるのである. したがって「四天王品」と「堅牢地神品」は,初期大乗から引き継がれた,経 典受持・伝布の勧奨を主旨としつつ,「神々は『金光明経』の講説で法悦を得, 見返りに…」という論法を共有して,神々からの具体的・現世的な利益を説いて いる,と見ることができよう.そして,「四天王品」は受益の対象者を国王とし て変奏し,ために護国の果報―国土の除災,王宮への招福,諸天による外敵の退 治―を説くに至った,と見ることができる. 5.
「正論品」と「四天王品」との比較
「正論品」は,経典の聴聞や受持者の庇護,法師供養という,「四天王品」の基 調となる主題にはまったく触れていない.「正論品」と「四天王品」を関連づけ るのは,「四天王品」に出る devendrasamaya の語のみである.「正論品」を「四 天王品」の基礎理論と考えるには,「正論品」の「正法」が,「四天王品」では応 用実践的に経典受持者の庇護や法師供養として表れている,との解釈を加えねば ならないが,こうした操作を行わず,現行テキストによって見る限り,「四天王 品」と「正論品」はいずれも王権に言及しながら,重ならない別個の主題を説い ているとみるほかない. なお,現行最古形の曇無讖訳以前の成立段階を推察するならば,「正論品」は 「四天王品」より後に付加された可能性も考えられる(荒木[1982: 82],津田[1949: 290]).そうであれば,「四天王品」②の「正論」への言及も,同段階で両品の連 関を強調するために挿入されたと見ることになろう. 以上から,「四天王品」と「正論品」にみえる王権観・護国思想は,異なる ルーツをもつ別種のものと考えるのが妥当である.すなわち,「四天王品」のそ れは経典受持,法師供養の勧奨の説相から発展したもので,王者は受持者の, 「護国」は受持者への諸天の加護の,延長線上にあるものである.これは,金岡 説のいう「正論品」の「バラモン的/仏教的国王観」と天人相関的な護国思想と は別種のものであり,『金光明経』中には二種の王権観・護国思想が併存すると 見るべきであろう. 1)『金光明経』の品名について,金岡は義浄訳のものを用いているが,本稿中では曇無讖 訳のものに統一する.またロケーションは紙幅の制約上省略する. 2)第9偈に「善業」の語を出すのは義浄訳のみである.ただし同品第47–55偈を勘案すれ ば金岡説は妥当であろう.〈略号〉
『金光明経』梵本:Nobel, Johannes, ed. Suvarṇabhāsottamasūtra, Das Goldglanz sūtra, Ein San-skrittext des Mahāyāna Buddhismus: Nach den Handschriften und mit Hilfe der tibetischen und chi-nesischen Übertragungen. Leipzig: Otto Harrassowitz, 1937.
『金光明経』蔵本:Nobel, Johannes, ed. Suvarṇabhāsottamasūtra, Das Goldglanz sūtra, Ein San-skrittext des Mahāyāna Buddhismus: Die tibetischen Übersetzungen mit einem Wörterbuch. Leiden: E. J. Brill; Stuttgart: W. Kohlhammer, 1944.
曇無讖訳『金光明経』大正蔵vol. 16, T no. 663. 義浄訳『金光明最勝王経』大正蔵vol. 16, T no. 665. 〈参考文献〉 荒木良道 1982「金光明経の諸問題について」『法然学会論叢』4: 71–83. 金岡秀友 1957「金光明経の帝王観とそのシナ・日本的受容」『佛教史学』6(4): 267–278. ― 1980『金光明経の研究』大東出版社. 津田左右吉1949「金光明経および法華経について」『東洋思想研究』4: 285–312. 松長有慶 1966a「護国思想の起源」『印度学仏教学研究』15(1): 69–78. ― 1966b「シナ訳密教経典にみる国王観」『密教文化』77/78: 79–99. 〈キーワード〉 金光明経,王権,護国思想 (武蔵野大学助教) 新刊紹介 間宮啓壬 著