間接的言語行為としての「自己表出表 現」における日中対照
一「かな」を中心として一
二 敏
キーワード
間接的言語行為・自己表出表現・表現意図・「かな」
0.はじめに
「自己表出表現」は、「自己表出」を「表現意図」とする「文話」である1。元来独り言として 発話されるが、対話している状況においては、間接的言語行為として、「理解要請」や「行動 展開」という「表現意図」を達成することもできる。相手の情報に依存しないように見せかけ ることで、目上の人との対話でも丁寧語なしで使用することができるのがその特徴である。
そうした使用上の便利さにより、日本語では、「自己表出表現」が間接的言語行為として頻 繁に利用され、中でも「かな・かなあ」は、「自己表出表現」のマーカーとして、特に活用さ れている2。
このような実態にもかかわらず、「自己表出表現」及びそれにかかわる間接的言語行為に ついては、今まで日本語教育の現場で重視されてこなかった。筆者は、日中両国で使用さ れている教科書4種類16冊について調査を行った3。その結果、「自己表出表現」が現れた 会話は2例あったが、関連する説明も練習もなかった。さらに、「かな・かなあ」を文法事 項として取り上げていなかった。本稿では、そうした「かな」について、考察を加えたい。
1.問題提起
使用状況と教育現場との間に差があることから、筆者は、「自己表出表現」及び間接的言 語行為としての「自己表出表現」についての学習者の習得状況に疑問を抱き、2004年から 2005年にわたって、中国にいる中国人学習者168人、日本にいる中国人学習者153人、
日本語母語話者60人、合計381人に対し、間接的言語行為についてのアンケート調査及 びフォローアップインタビューを行った。その中には、間接的言語行為としての「自己表出 表現」に関する設問も設けておいた。次はアンケートの一例である。
学了一年日語,暑假弥和好朋友一起去:泰京玩,酉人都是初到奈京,{示伯看到一座鉄塔。朋友向那 是邸里、如果弥也不知道那是邸里,弥会忽客回答?
(一年間日本語を勉強して、夏休みに親友と一緒に東京へ遊びにいきました。二人とも東京は初 めてで、ある鉄塔を見かけて友人があれは何と訊ねてきました。もしあなたもそれが何か分から ないとしたら、どう返事しますか。)
日本語母語話者の回答は60人の中で35人(58%)が、「う一ん、何かな」のように、「自 己表出表現」を取り入れ、自分も知らないという事実と相手との共鳴を同時に表している。
一方、中国に住む中国人学習者は、168人中、「自己表出表現」にした学習者は0人であっ た。日本国内で日本語を学習する中国人学習者153人の中で、「自己表出表現」にかかわ る間接的言語行為を使用したのは2人、使用率は3%未満、しかも、その中の1例は誤用 であった。
中国人学習者からは、「すみません、分かりません」というような回答が最も多かった。
「人間関係」の設定が親友同士であっても、「です・ます」体の使用は81%を占め、謝り表 現の使用は59%を占めている。
学習者は、いきなり「分かりません」「知りません」と答えれば、冷ややかで、失礼に聞 こえてしまうことが分かっているが、それを解消するストラテジーを知らないため、謝り や、必要以上の敬語の使用による代替で対応しているという実態が、フォローアップイン
タビューによって明らかになった。
以上のことから、間接的言語行為としての「自己表出表現」を応用する能力の不足が異 文化コミュニケーションの現場において誤解や不快感の原因となり、「自己表出表現」が日 本語教育現場の盲点となっていることの一端が明らかになった。
2,「自己表出表現」の間接的機能
以下、「自己表出表現」の間接的機能とその特徴をまとめ、学習者に新しい視点を提示し、
その日本語学習の一助としたい。そのために、「自己表出表現」のマーカーである「かな・
かなあ」を中心として、小説、ドラマ・映画のシナリオ、テレビ・ラジオ番組、日常生活 から収集した会話資料の間接的言語行為としての「自己表出表現」の用例4を分析し、日中 対照を行う。なお、疑問の意が弱く、感嘆の意が強くこめられる場合、「かな」は「な」が 伸ばされて「なあ」になり、「かなあ」の形で使用されることもある。本稿では、「かな」
と「かなあ」を同一語と見なす。
本稿のため収集した「自己表出表現」に関する間接的言語行為の用例は計260例であり、
その内訳は次の通りである。
間接的言語行為としての「自己表出表現」における日申対照
元の表現意図に還元 他の表現意図
中国語訳文
坙{語原文 あり なし あり なし
「表現意図=理解要請・腕曲 I判断」→「自己表出表現」
@ 82例
36 27 10 9
「表現意図=理解要請・疑惑 ル議」→「自己表出表現」
@ 41例
0 8 31 2
「表現意図=行動展開」→「自
@ 己表出表現」
@ 118例
54 54 5 5
他の間接的言語行為と複合す
@ る「自己表出表現」
@ 19例
9 8 0 2
(あり:「かな」に対応する緩和表現がある、なし:「かな」に対応する緩和表現がない)
2−1.「表現意図=理解要請5」→「自己表出表現」式の間接的言語行為
2・1・1.「表現意図=理解要請・娩曲的判断」→「自己表出表現」
「かな」は、自問を表す「か」と感嘆を表す「な」から構成され、現在ではすでに自問 を表す終助詞の一つとして認められている。自問から派生して、軽い疑問をこめた感嘆を 表す場合もある。自分の提供した情報に不確定な要素が入っていたり、情報は確定してい るが、何らかの配慮により、あえて断定を避けようとしたりすることもある。こうした場 合、もともとの「表現意図1は「理解要請」であっても、「かな」を使用することによって、
「自己表出」を意図するように見える発話になり、断定の意を弱くすることができる。こ のため、「表現意図=理解要請・娩曲的判断」→「自己表出表現」という間接的言語行為が よく使われる。以下は実際の用例である。
(1) リカ:8月31日の小学生みたい。なんか東京に嫌な事でもあるの?
完治:いや、いやな事と言うか、」一一
莉香:下目将晋学的小学生般,奈京有什広不愉快的事喝?
完治:不,与其二二不愉快的事,不如悦我有点不安。
『東』
(1)は、『東京ラブストーリー』の第1話における、リカと完治の会話の一部である。
リカが空港へ完治を迎えに行き、二人で会社へ向かう途中、完治の顔色が悪いことに端を 発し、社内の情況を聞く会話へと進んでいく。二人の「人間関係」は会社の先輩(リカ)と
後輩(完治)で、完治が発話するまでの経緯として、先輩であるリカからの質問がある。
以上の「場面」からして、完治の発話は、会社の先輩リカの存在を意識しない独り言であ るとは考えにくい。つまり、完治の実際の「表現意図」は「理解要請」なのである。
一方、完治は元気がない理由が自分自身でもよく分からない、もしくは百パーセント確 定することができない。または確定しているが、会社の同僚の前で弱音を吐くことが良い ことかどうかと迷ったり、話を聞き流したいと思ったりする等、何らかの理由により、あ えて「かな」を用いて自問しているかのような言い方をし、娩獣的判断にして断定を避け ている。
『ノルウェイの森』にも、以上のような間接的言語行為の用例が見られる。そこでは『東 京ラブストーリー』とやや違い、「場面」は直子が自ら主人公「僕」に野井戸のことを説明 するときの会話である。「人間関係」は友人同士であり、「場」は二人で散歩している途中 に設定される。
(2)「ときどき起こるの。二年か三年に一度くらいかな。人が急にいなくなつちゃって、どれだ け探してもみつからないの。そうするとこのへんの人は言うの、あれは野井戸に落っこち たんだって」
逐不止一次呪,毎隔三年丙載就友生一次。人突然失踪,急広也我不児。壬是遠.一帯的人就 悦,保准撞遊那荒草地的井里了。
『森』
小説や映画・ドラマのオリジナルの台詞を追っていくと、このような「表現意図=理解 要請・娩曲的判断」→「自己表出表現」式の間接的言語行為の用例が多くみられる。(3)
(4)はその例である。
(3)「名前は___ええと、___妙な名だったよ、_.._ナオミ、___ナオミと云うんじゃ なかったかな」「ナオミ?___じゃあやっぱり混血児かな」
名字明__嘱.,._,_.,.是介奇怪的名字__,納奥米,._..大概是叫納奥米呪。 幼奥 米?我悦嚇,果然是令混血几肥。
『痴』
(4)「まあ、理窟はいろいろ有るがね_.。.....僕のいとこに小野って言うやつが居るんだ。そ れが君、二十二ぐらいで学生結婚してね。もう子供が二人も居るんだ。年は二十七かな。
だから砥な収入もなくて、貧乏暮しでね。あわれなんだよ。」
当然,始悦的道理込有的是__我的表兄小野,.二十二歩大学述没畢並就拮了婚,今年オ ニ十七歩,己鑑有丙介核子,筆入微薄,辻三努日子,真個可融的。
『青春』
ところが、中国語の訳文は、用例(1)、(2)、(4)いずれも、元々の「表現意図」のま ま完全肯定文に訳され、情報内容が不確定であるという意味合いは全く訳されていない。
用例(3)は「大概…ロ巴(たぶん…でしょう)」が入れられ、不確定な情報を提供している というニュアンスは訳されているが、話し手の「表現意図」はやはり元通りの「理解要請」
間接的言語行為としての「自己表出表現」における日中対照
に止まっている。
本研究のため収集した「表現意図=理解要請・鼻曲的判断」→「自己表出表現」式の間 接的言語行為の用例は82例であった。内、もともとの「表現意図」通りに「理解要請表 現」に訳されている用例は71例であった。その内、「かな・かなあ」に対応する表現がな い用例は27例、「恐らく」「たぶん…であろう」の意を表す「柏是」「大概」「肥」などに 訳されている用例は36例あった。さらに、「不是…ロ弓?(…じゃないか)」という反語の 形式で判断を強調する用例が9例あった。疑問などの「行動展開表現」に訳される用例は 10例であり、しかも、中国語の中でそれぞれ違う意味合いを持つ「喝」「咀」「卿賜」「呪」
「吻」に訳されている。
2・1・2. 「表現意図=理解要請・疑惑異議」→「自己表出表現」
「かな」には思考・感動・詠嘆・驚異を表す機能もあるので、相手の意見を聞いて思考 していたり、驚いたりしていることを伝えることにより、疑惑・異議の意を娩曲に伝える こともできる。このことから、「表現意図=理解要請・疑惑異議」→「自己表出表現」とい う間接的言語行為の用例も数多く見られる。次はその用例である。
(5)「どうかな.そういう制約のあるやっつてあまりやったことないからねえ」と僕は言った、
行不行呪?居然述有限制,起草没裳古道。 我悦。
『森』
(6)「そんなに煙草が大切かな。お前だってそこに少しは持ってるんだろう。逃げちまえ」
姻叶那広重要?休那几不是有点野景?鞄了算了。
『野』
(7)「そうかな」と僕は少し傷ついて言った.
是叫? 我有点不詳。
『森』
用例(5) (6) (7)の日本語の原文は、 「かな」によって、自問しているかのように 娩曲的に疑惑・異議の感情を相手に伝えてはいるが、中国語に訳される際には、疑問文に 訳される用例が圧倒的に多かった。異議の意味合いはなくされ、疑惑のニュアンスしか残
されていない。
調査の結果、〈「表現意図二理解要請・疑惑異議」→「自己表出表現」〉式の間接的言語 行為は41例で、内、直接に疑惑を表す表現に訳されたのは31例で、圧倒的に多かった。
ストレートに異議を表す「理解要請表現」に訳されたのは8例であった。さらに、肯定の 意に訳された用例も2例あって、明らかに前後の文脈とは違和感を生じさせている。
2・2.「表現意図=行動展開6」→「自己表出表現」式の間接的言語行為
「かな」の「か」は、自問を表すが、話し手が相手に問いかけてもいるという余情を添 える。また、相手の情報に依存しないように見せることで、質問に対し反応するかどうか
の自由を相手に与える。それから、相手に回答してもらい、「行動展開」という「表現意図」
を達成することができる。よって、「かな」は、「か」の代わりにやわらかな疑問文におい て使われるのである。
(8) 「三沢に頼んで下さい。あいつ、どこに行ってるのかな」
清三洋来。那 秋旧邸表了?
『明日』
(9) 「庭詰はわかった。
庭i吉 ,
どこへゆ ともいわんなんだかな」
惟不憧。他吟歩到邸兀去喝?
『雁』
(10) 「ダンスをやるのは、ああ云う連中が主なのかなあ」
来学跳舞i的,主 雨脚遠些 喝?
『痴』
用例(8)〜(10)のように、中国語に訳される際、「かな・かなあ」は基本的に「か」
と同じ訳し方をしており、相手の情報に依存する疑問文に訳され、相手に反応するかどう かの余地を与える効果はない。にもかかわらず、収集した45例の用例の内、40例が疑問 文に訳されている。相手の情報に依存しないというニュアンスを選択し、自分の所持する 情報内容が不確定であるという意味合いを省き、肯定文に訳された用例は2例見られた。
さらに、肯定の意を強調する文に訳された用例が3例あった。いずれも、 「かな」の持つ 特徴を再現できたとは言えない。
なお、日本語では、相手の情報・反応に依存しないという特徴によって「かな・かなあ」
は、数多くの「行動展開表現」においてその元々の意味合いを和らげ、「自己表出表現」を することができる。
(11)「花火か、僕も見に行くかな」と、克平は言った。
〈「表現意図=行動展開・宣言」→「自己表出表現」〉
他梢停頓一下,又悦道, 姻花?i懸L
『明日』
(12)「シャッターを開けて入ってらっしゃいよ」と彼女はどなった。
「ちょっと早かったけど、いいかな?」と僕もどなりかえした。
〈「表現意図=行動展開・許可請求」→「自己表出表現」〉
打升巻同口遊来冴!
了一点,可以喝? 我也祉着曝n大城。
『森』
(13)「ううん、そんなことないのよ。私が今少し疲れてるだけ。雨にうたれた猿のように疲れ ているの」
「に・って寝た方がいいんじゃないかな」と僕は言ってみた。
〈「表現意図;行動展開・忠告助言」→「自己表出表現」〉
間接的言語行為としての「自己表出表現」における日申対照
不不,休遠悦曝几去了。只是現在我有点累,就像淋辻…場大雨的猴子似的。
那最好逐是回 睡一覚咀,噂? 我試着提波。
『森』
(14)「どこかへ移動するかな」三沢は、彼らしく純粋の花火観賞者である女たち三人のことを考 えてやっているに違いなかった,
〈「表現意図=行動展開・勧誘」→「自己表出表現」〉
我三二別処看 日巴。 元疑,三洋是在日鈍梓来看燗花的三企一士着想。
『明日』
(15)「でも全然悪くないよ、それ」と僕はオムレツのつづきを食べながら言った.「ちょっと横を 向いてみてくれないかな」
〈「表現意図=行動展開・依頼」→「自己表出表現」〉
彼女は横を向いて、5秒ぐらいそのままじっとしていた。
.一点都不唯今啄,真的。 我・.一迫麩野川煎蛋一迦悦, 側辻股看看可好?
地側述股,5秒帥静止未劫。
『森』
用例(11)〜(15)の中国語訳文では、全て元々の「表現意図」に還元され、 「行動展 開」として訳されている。そこでは、行動する意志を和らげ、不確定な情報内容でありな がら相手の情報・反応に依存しないという意味合いを表すため、中国語訳文には次のよう な工夫が凝らされている。まず用例(11)では、動作を表す動詞を重ねることで、「ちょ っと〜する/試しに……してみる」という意味合いを表す[相原(1988)]。また用例(13)
では、「拭着(試しに)」を付け加えることによって、さらに用例(14)、(15)では、「動 詞+看看(〜てみる)」を用いることによって、動詞と動詞の修飾成分とし、「かな」の意味 合いを付加しようとしているのである。
2・3.他の間接的言語行為と複合する「自己表出表現」に関する間接的言語行為
間接的言語行為として使用される「自己表出表現」はさらにその他の間接的言語行為と 複合して用いることもできる。次は、『東京ラブストーリー』第1話の、あるシーンにお ける会話である。「場」は会社であり、登場人物は部長とリカ、完治である。会社という「場」
で、「人間関係」は上司と部下という関係になっている。「場面」は、部長が、完治に対す る業務指導をリカに任せるところである。
(16)部長:うちの新戦力に事業の仕事を大まかに教えてやってくれないかな。
〈「表現意図=行動展開・指示命令」→「行動展開・依頼表現」→「自己表出表現」〉
リカ:はい、分かりました。
部長:祢可不可以教姶我伯的新人一些企並部的大概情況?
莉香,是,知道了。
『東』
「場面」から見ると、仕事の「場」で、上司は仕事について部下に対し指示を出す立場 にある。つまり、部長の「表現意図」は「決定権・自分」「行動・相手」「利益・自分」の
「行動展開・指示命令」である。日本語のオリジナルの台詞において、部長はまず「…し てくれない」を使用し、あたかも「決定権・相手」であるかのように見えながら、「決定権・
相手」「行動・相手」「利益・自分」の「行動展開・依頼表現」に見える発話をしている。
さらに、文末に「かな」を用い、あたかも「自己表出」を「発話意図」としているかのよ うな発話としている。
一方、中国語のほうは、やはり「かな」に対応する「自己表出表現」がなく、単に「表 現意図=行動展開・指示命令」→「行動展開・依頼表現」という間接的言語行為になって
いる。
以上、日本語の原文と中国語の訳文の対照によって、中国語の中には「かな」のような便 利な「自己表出表現」のマーカーが存在しないことが見て取れた。「かな」が中国語に訳さ れる際は、語尾の語気助詞「喝」「吃」「岡/啄」「呪」「哺」、副詞「大概…噌」「伯是」「八 二」が用いられ、動詞の重ね型、動詞の修飾成分の追加等、様々な方法で対応が試みられ ているが、はっきりとした対応関係は見当たらないと言える。
2・4.「かな」に訳された中国語の用例
さらに、21冊の中国語の小説とその日本語訳本について調査を行った。中国語原文では、
「自己表出表現」の用例は6例しかなかったが、日本語訳文では「かな」にかかわる間接 的言語行為として訳された例は、254例も見られた。その対応関係は次の通りである。
中国語原文 対応する 複数の
文脈 言語習慣 動詞 連用修飾 語気助詞
日本語訳文 表現なし 対応表現
「表現意図=理解要請・妨曲
的判断」→「自己表出表現」 22 2 3 10 15 15 2
69例
「表現意図二理解要請・疑惑
異議」→「自己表出表現」 11 1 0 0 7 12 3
34例
「表現意図=行動展開」→「自
己表出表現」 34 1 10 8 9 68 5
135例
他の間接的言語行為と複合す
る「自己表出表現」 8 0 0 1 1 5 1
16例
以下は、主な具体的用例である。
間接的言語行為としての「自己表出表現」における日中対照
【文脈】
(17) 陪男自言自活地悦= 用海水惨.ヒ..・半島水洗深広!
「海水を、二分の一に薄めて行水するんかなあ」と陸男さんが独りごとを云った。
『霜葉』
(18) 回来我等小彬悦起杯月几込氾得他姶了飽.一丁銭的事,小彬悦 有遠回事喝 ,墾 起塞工.
北京に戻って、国是児が一元もらったことをまだ覚えていると小曲に話すと、「そんなこ とあったかなあ」とどうしても思い出せないようだった。
『鳳』
【動詞】
(19) 咬,我一家里住的真真黒死刑,也想到ノ 落去 。 悔如悦下墨口『,有意元意地看 了静注…眼。
「ああ、ぼくも一くさくさしてたまらないから、ひとつ省城へ行ってみるかな」悔如は 息をつきながら、静英の顔色をうかがった。
『霜葉』
【語気助詞】
(20)所馬射楚由翼翼事事,推全章出…副款然的祥子,套張地吸了一口『悦, 那可急広亦里?
晩夢が心からほめるのを聞いた維嘉は、済まなそうな顔をして、ため息をついてみせた、
「それじゃあ、どうずればいいかな?」
『道』
【連用修飾語】
(21)柳原道: 理工辺,年子上面吊下…枝藤花,措住了一半。也杵是攻塊,也杵不是.
柳原が言う。「僕のところはね、窓の上から藤の花が下がっているんで、半分しか見えないん だ。それとも薔薇かな、いや違うかもしれない」
『傾』
【言語習慣】
(22)在月光的輝映之下,薄笑得非常隼人。他又悦; 称知道喝,就是因力逮介意思,我一一所到 金友嘆i唆 友馴致富 、 友早戸奏 ,心里就別招.
そして、高大泉はニッコりした。月の光に映えて魅力的な笑顔だった。「わかってる並、
目陰が『身上作り』だの、『競争』だのってがなってるのを聞いたときに、カッとなったの はそのためなんだ1
『遥』
用例(17)のような中国語原文の地の文において「真言自活(独りごとを言う)」と明 示されているケースでは、目本語に訳されると、訳文の地の文に「独りごと」「つぶやいた」
のような説明を入れたうえで、会話文にも「かな」を付け加えることが多い。用例(18)
では、原文の地の文に「自言自活」という表現はないが、その文脈から、話し手が考え込 んでいる状況、すなわち相手の情報・反応に依存していないが、不確定な情報内容を持っ ているという状況が明らかになってくる。このような場合も用例(17)と同様、地の文の みならず、会話文に「かな」を付け加えるケースが数多くみられる。用例(19)では、原
員は動作動詞を重ねて「ためしに」という意味合いを付け加え、行動する意思を和らげて いる。用例(20)では文末語気助詞「曙」を付け加え、語気を和らげている。用例(21)
は連用修飾語の使用により、断定の意味合いを緩和している。このような中国語原文の場 合は、日本語訳文において「かな」に訳出されるケースが多く見られた。さらに、例文(22)
では、中国語原文には行動する意思を和らげる工夫が何ら見られないが、明らかに相手の 能力・内心等にかかわる発話であり、相手の縄張りを侵害する可能性がある。こうした場 合、日本語に訳出される際、日本語の言語習慣に合わせ、原文の意味合いを変えて「かな」
を使用する場合が多かった。
中国語では、ネガティブ・フェイスより、ポジティブ・フェイスを重視し、積極的に相 手とかかわるのが好ましいと思われる。したがって、中国語は、日本語に比べ、間接的言 語行為としての「自己表出表現」が圧倒的に少ない。「表現意図」通りにストレートに表現
される傾向が見られる。判断や行動する意思を和らげるため、中国語では、動詞、連用修 飾語、語気助詞、文脈、発話者・環境についての描写等が使用される。その中から、日中 言語間の明確な形式上の違いを見出し、日本語の「かな」との対応関係を明らかにするこ
とは至難のわざである。
3.日中両言語の対照の結果
間接的言語行為としての「かな」の用例を分析していくと、「かな」は、「な」の使用に より、自問しているかのように聞こえるため、「か」を冗用する疑問文と違い、直接に相手 に問いかけて情報を求めるという特徴がない。つまり、「かな」は不確定な情報内容を持ち ながら、相手の情報・反応に依存しないという性質を有する。特に、相手の情報・反応に 依存しないという特徴は、「かな」の特徴を掴む際に極めて重要である。しかしながら、従 来の日中対訳や製本語教育の現場では、この点に注意が払われていない。
これまで使用制限がないと見られてきた「かな」には、相手の情報・反応に依存しない 性質があるため、実際には使用制限が存在する。例えば、「表現意図=行動展開・指示命令」
においては、基本的に共起しない。例(23)のように、「決定権・相手」の依頼表現は成 り立つが、(23 )のように、はっきりと相手に行動を要求する命令文と「かな」の持つニ ュアンスとが相容れないため、極めて不自然になるからである。
(23)「窓を開けてくださるかな」
(23 )?「窓を開けてくださいかな」
このような場合、他の間接的言語行為と複合することによって、はじめて「自己表出表 現」として成立するのである。また、ダロウ疑問文とも共起しにくいこと、これらは、「か な」形式の意味が疑問文における「だろう」と機能的に共通するということを示唆してい ると言える7。さらに、「かな」は、「行動展開・依頼表現」と共起する場合、人間関係に よって、相手に尊大なイメージを与えるおそれもある。
一方、ポライトネスの祉会語用論の面から言えば、日中両言語に大 きな差異が存在する ため、中国語では、「自己表出表現」の使用頻度が低い。しかも、中国語には「かな・かな
間接的言語行為としての「自己表出表現」における日中対照
あ」のような一定のマーカーがなく、つまり無標であることが多いため、動詞、副詞、語 気助詞、文脈、発話者・環境についての描写、音声表現等、多種多様な方法に頼る傾向が
強い。
中国語では、本来の「表現意図」通りに表現する用例が圧倒的に多く、日本語よりも遥 かにストレートな印象を受ける。情報内容の不確定性は動詞の重ね、「大概…肥」「伯是」
「八成」等の副詞により表現することができ、相手の情報・反応に依存しないという特徴 については、語気助詞の「肥」「口阿/明二」「呪」「口内」で対応できる。そうした疑問詞は、中 国語の中でそれぞれ違う意味合いを持っている。さらに、不確定な情報内容でありながら、
相手の情報・反応に依存しないという性質に対応する表現は、中国語の中で見当たらなか
った。
以上のことから、日中両言語には共に「自己表出表現」は存在するが、言語使用の習慣 の相違により、表現形式が互いに全く異なっている。しかも、日中両言語間における表現 形式の対応関係がはっきりとしていないため、中国人学習者にとって、「自己表出表現」、
特に間接的言語行為として使用される「自己表出表現」の理解と応用が困難であることが 再度論証されたわけである。
4.まとめ
本論は、アンケート調査及びそのフォローアンプインタビュー、日中対照分析により行 った。以上の3つの方面から、「かな」を代表とする「自己表出表現」が日本語教育の現 場の盲点となっていることを論じた。
さらに、「かな」を中心に、間接的言語行為として使用される「自己表出表現」を分類・
整理し、「かな」を代表とする「自己表出表現」の性質と特徴をつかむことによって、中国 人学習者にとっての日本語習得における困難の原因が以下の点にあることを明らかにした。
すなわち、日中両言語にはともに「自己表出」という機能が存在しながらも、これが全く 違う表現形式をもって表現され、しかも両言語間において「自己表出表現」の明確な対応 関係の規則が見当たらないこと、さらに、相手の情報・反応に依存しないという「かな」
の特徴が、日本語教育の現場において十分に認識されてないことが誤用の最大の原因とな ることを明らかにした。
筆者は、「自己表出表現」を指導する際に、直接的な意味だけでなく、間接的な機能も自 然な「場面」と接合しながら、全面的に指導する必要があると考える。「かな」を例として も、自問という直接的な意味のみを教えるのでは十分でない。不確定な情報内容でありな がら相手の情報に依存しないという性質、①感動・詠嘆・驚異の表示、②疑問・問いかけ・
確認の表示、③願望・勧誘の表示という間接的な機能、及びこれらにかかわる間接的言語 行為を、初中級の段階から、「場」、「人間関係」と関連付けながら、文脈・語気により「か な」の意味が膨らむ空間を直感的に学習者に学ばせる教え方をするべきだと考える。
「自己表出表現」に関する研究とその具体的な指導法をより緻密にすることこそ、さし迫 った緊要な課題の一つであると言えよう。
注
1蒲谷他(1998)による「「敬語表現」を考えるための枠組み」を参照。
自己表出とは、特に「相手」を意識することなく、自己の感情・認識などを表出すること自体を 意図するという「表現意図」である。自己表出表現とは、「自己表出」を「表現意図」とする文 章・談話である。
2係助詞「か」+終助詞「な」から成る文語的な用法は、本稿の研究範囲には含まれない。
3下記の教科書について調査を行った
『日本語で話そう1
『日本語で話そう2
『日本語で話そう3
『日本語で話そう4
『みんなの日本語
『みんなの日本語
『みんなの日本語
『みんなの日本語
『中日交流標準日本語 初級』 上・下(1988) 人民教育出版社
『中日交流標準日本語 中級』 上・下(1990) 人民教育出版社
『中日交流標準日本語 会話編』(2002) 人民教育出版社 基本表現とコミュニケーション』(1991) ELEC 基本表現とコミュニケーション』(1991) ELEC 人間関係とコミュニケーション』(1991) ELEC 初級から中級へ』(1992) ELEC 初級1』(1998) スリーエーネットワーク 初級2』(1998) スリーエーネットワーク 初級1 教え方の手引き』(2000)スリーエーネットワーク 初級2 教え方の手引き』(2GO1)スリーエーネットワーク 『TOTAL JAP梱ESE Conversation 1』(1994) 凡人社 『TOTAL JAPANESE Conversation 2』(1994) 凡人社 『TOTAL JAP梱ESE Workbook 1』(2000) 凡人社:
『TOTAL JAPANESE Workbook 2』(2000) 凡人社 『TOTAL JAP州ESE教師用指導書』(2000) 凡人社
4蒲谷・川口・坂本(1998)を参照。実際の「表現意図」は「理解要請」又は「行動展開」であるが、
あたかも「自己表出」を「表現意図」とするように見せる表現は、間接的言語行為としての「自 己表出表現」と見なす。本稿では、呼びかけ、一般的に「尊敬語」「謙譲語」にあたる表現と共 起する「かな」の例文は、間接的言語行為としての「自己表出表現」とは見なさない。用例は、
対訳付きの小説、ドラマなどより抽出する。各例に、出典作品名の略称を示す。
5蒲谷・川口・坂本(1998)の分類。理解要請とは、自己の感情・認識、知識・情報などが「相手」に 理解されることを意図するという「表現意図」である。
6蒲谷・川口・坂本(1998)を参照。行動展開とは、自己の感情・認識などに基づく「表現内容」を「相 手」に理解させるだけではなく、それによって「相手」あるいは「自分」(またはその「両者」)
が何らかの行動を起こし、その行動で「表現内容」が実現されることを意図するという「表現意 図」である。さらに、「決定権」「行動」「利益」によって、下位分類される。
7森山(1988)第5章を参照。
参考文献
Leech, G. N. (1983) Principles of Pragmatics, Longman
(池上嘉彦・河上誓作訳(1987)『語用論』紀伊国屋書店)
Levinson, S. C. (1983) Pragmatics, Cambridge University Press
(安井稔・奥田夏子訳(1990)『英語語用論』研究者出版)
相原茂 監訳(1988)『現代中国語文法総覧』 くろしお出版 蒲谷宏・川口義一・坂本恵(1998)『敬語表現』 大修館書店 森田良行・松木正恵(1999)『日本語表現文型』 アルク 森山卓郎(1988)『日本語動詞述語文の研究』 明治書院 劉月華ほか(2001)『実用現代漢語語法』外語教学与研究出版社 劉耀武・徐昌華(1990)『日語語法研究』北京大学出版社
間接的言語行為としての「自己表出表現」における日中対照
呂叔湘編、牛島徳次・菱沼透監訳(1992(2003))
用例出典
本稿略称
『明日』
『雁』
『砂』
『青春』
『痴』
『野』
『布団』
『東』
『森』
本稿略称
『霜葉』
『人』
『鳳』
『道』
『遥』
『胡同』
『女』
『応報』
『高梁』
『家』
『夢』
『柄城』
『彷径』
『青春』
『傾』
『晶晶』
『中年』
『伝奇』
『小』
『祥子』
『楼』
日本語オリジナル題名
『あした来る人』
『雁の寺』
『砂の女』
『青春の蹉鉄』
『痴人の愛』
『野火』
『布団』
『東京ラブストーリー』
『ノルウェイの森』
中国語オリジナル題名
《霜叶虹三二月花》
《人呵,人》
《丹夙眼》
《金光大道》
《揃臥的故事》
《品品晶晶同9号》
《美干女人》
《活品変人形》
《虹高梁》
《家》
《範椅上的夢》
《温品》
《素魚》
《青春鼻歌》
《傾城之恋》
《嘉日》
《人出中年》
《天云山佳奇》
《小忌庄》
《酪駝祥子》
《榊鼓楼》
『中国語文法用例辞典』 東方書店
中国語訳版題名
《情系明天》
《雁寺》
《砂女》
《青春的蹉跣》
《痴人之愛》
《野火》
《棉被》
《奈京愛情故事》
《冷血的森林》
日本語訳版題名
『霜葉紅似二月花』
『ああ、人間よ』
『白鳳の目』
『輝ける道』
『遥かなる大地』
『出面把胡同九号』
『女の人について』
『応報』
『赤い高梁』
『家』
『車椅子の上の夢』
『ロ内減』
『面訴』
『青春の歌』
『傾城の恋』
『チャンピオン(棋王)』
『北京の女医』
『天雲山伝奇』
『小謡荘』
『油壷祥子』
『鐘鼓楼』