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智山學報 第39 020桜井 宗信「Anandagarbhaの灌頂論」

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(1)

智 山学報第三十 九輯

Anandagarbha

灌 頂

桜  

 

 

論 文要旨  本稿は, 瑜伽タ ン ト ラ階梯 を代表 する学僧

Anandagarbha

の主著

Tattva

loka

, 

Sarva

・ 吻 ro ¢ 資料 とし て彼の設定 した灌頂次第の構 造を明らかに し, もっ てイン ド密教儀 礼の解 明の一助とする ことを 目的とする。

 

彼は灌頂に与か ることの出来る者を仏教徒に定し, 更VC受者が受持して い る戒に応じ て

2

種の 次第設 ける。 即ち 五戒の み を守 り世間的 な悉地の獲得を求め る者には 「弟子の 漢 頂 (論文 中で は

Bu

 ston に従い 明灌頂とい う術 語を用い る)」 を,〈五 部族の三昧耶〉 など密教に特有の を得た者に は更に 「阿闍梨灌頂 」を各々授 ける とする。 ま た阿闍梨灌 頂と しては, 含ま れ る所作に広 略のある 「略 ・中 ・広 ・最 広」の

4

次 第を別立し てい る。    序

1

.灌頂の受者 をめ ぐっ て

II

.灌頂 次第のと内容  (

i

) 明灌頂     阿 闍梨灌頂      略次第   (

b

) 中次第   (c広 次第   (

d

) 最広次 第 皿

1

.結 語   略 号, 及び参 照テ ク ス ト・文献   註 一

15

(2)

Anandagarbha

の灌頂論 (桜井宗信 )

 

Anandagarbha

は周知の通 り瑜伽タ ン トラ階

の 教 学上最 高の 権

と 目 され る

大学僧

, 同

梯の 儀 礼 を考 察する上で も彼の 著 作の 検

は 欠 くべ か ら ざる

続 きとい る。

 

しか しながら,

者が先に 同階 梯に配 され る

K7

妙δ∫α解

g7

励 妙 α

4

(以 下

KSP

)の

に つ い て ま とめ た際に は, 同

灌頂

Anandagarbha

の 措 定 し た灌 頂 次

tl

= 

Sarvavaj

’ rodaya (以下

SV

) 所 説それとが

成上 に       (1 な るとだ け

簡単

べ て ,

しい

論述

留 し た。

 

い こ の

び機 会を頂

し た の で, 彼 の主

と言い

S

γ 及び

r

真 実摂 経』 (

Sarvatatha

gatatattvasampgraha

, 以 下

ST

)に 対 す る 註 釈 書で あ る

Tattva

loka

(以下

TA

2

心 と しつ つ , 

SV

に対 する

註釈書

Yid

 

bshin

 

g

nor  

bu

(以

YN

な ど

Bu

 ston 諸 著 作を も照 しな が

Anandagarbha

が どの よ うに灌 頂 次

体系

み 立 て てい たの か出来 得る限 り明 らかに し, イ ン ド密 教儀 礼研 究の一

とし た い そ して

せ て そ れ が

KSP

瓶灌

頂の そ れ と相違 し て い る ことを再 確 認して おきたい 。

1

 

灌 頂

をめ

っ て

 

灌 頂は師

面授に よ り法

密教真

理 を

体得

せ しめる場である と同時に, 彼 に 対し密教々理 及び各 種 実修へ の

入 を許可

る加入

礼で

る。 従 っ て当 然, 灌頂 の 授与 を許 され た弟子は, そ れぞれの 教 義な り

流派

な りの

護持

・ 興 隆 を計っ て

く後 継者 とし て の 役

を担っ て い る こ とにな る。 それで は

Ananda

garbha

らの 教説 を どの よ うな

資格

っ た弟 子

に伝 授 し よ う と

え て い たの であろ うか。

 

周知の 如 く

ST

金剛

界品

では

曼荼

羅に 入 り灌頂 を授か る

子の 器を

簡択

せ       (2) ず 総て の 有 情に そ れ を

る 旨を述べ て い る 。 つ ま り同 品の 作 者に は, 灌 頂

受者

資格

を制 限 する意 図がなか っ た と

推測

さ れ るの で

る。

 

しか し,

Anandagarbha

S

γ

で       一 16 一

(3)

         智山学報十九輯

  

五 戒を受

した

優婆

塞か, 沙 弥ま た は比丘 の 律

持 した 阿闥

灌 頂の       (3     適 者 と

べ , 出

家在

家の 区別は 問わ ない もの の, 最 低 限五戒を守る

である こ とが 「阿

闍梨

灌 頂」 の 受 者と し て の

資格

る とし て い る。

 

ま た こ の五戒の みを

受持

す れば阿

闍梨灌

頂 を

け られ る わ け で は な い 。 _      !        (4)

Anandagarbha

vnjras

’ekharatantra (以下

VS

所 説に則っ て く五部 族

      t

の 三

耶 〉や 〈十 四

波羅夷

法〉 とい う密 教 特 有

れ を

SriPara

−       t      〔5)

4 の

碪 f肋 (以下

SPT

) 中で 「明

rig 

palli

 sdom  

pa

」 とん で

      (6 を も受 持 しなけれ ぽ な らない とする。 従っ て金 剛界 品 「弟 子不簡択 段」 で は入 壇 灌 頂を許 可されて い た

者達

もこ こ で はその

資格

を失うこ とに な り,

頂の 一 切 が

じられる。 その

に つ い て

SV

中で は次の よ うに 言わ れてい る。

  

を受 持せ し め なか っ た者に 対し て は 「今日汝は」 云 々 とは言 うべ きで

  

な く, 阿闍 梨 とし て 印可し灌 頂 する こ と を もなすべ きで はない 。 入住 (

bjug

      (7)

   pa

prave

≦a)の み を行わ し め よ。 下 線 部が次

中の こを

してい るのか, 「入住 」が どの よ うな次 第 な の か で 「律 儀を受 持せ し め なか っ た

」に授 けるこ との 出来 る内容が決 定 す る。 「「今 日汝は」云 々」 と

ST

§

220

「誓 誡」 の筈であ り, 灌 頂を授か る際に 必須と される 「

慧の 遍 入 (加持 護 念)」 の 前 行たる こ こを経 ずに

を 行 う こ         とは,

Bu

 stOI1 の 指 摘 通 り考え られ ない 。 従 っ て こ こ での 「入住」 は

Bu

 ston の言 うよ うに

曼荼羅

観見

し投

華得仏

して

有縁

尊格

を選ぶ, 言わば

結縁灌頂

に相 当する次 第 と理

すべ

ろ う。

 

一方,

Anandagarbha

は ま た 金 剛界 品 第

1

章に説かれた灌 頂 次 第を定 義 し て ,

TA

の よ うに

べ て い る。       (9)

  

(a

受持

b

受持

せ ざる

とに

共通

した

灌頂

である

Bu

 ston

b

“上述 「明律 儀は受 持 し な い が弟 子の灌 頂を請願 しその         を

修する法を備えた弟 子” と解 釈 し, その よ うな

子と

a

で 示 され る阿

闍梨

頂の適 格

とに 「共 通 した

灌頂

」 を 「明灌 頂 (rig 

pa

i

 

dbah

 

bskur

)」 と呼

ぶ。

者 も便 宜上 これに

っ てい る。

(4)

Anandagarbha

の灌 頂論 (桜井宗信)

 

y

ヱ〉の 紹 介する所に よれぽ, (

b

)を “ 五 戒さえ も受 持 しない 「弟子 不

択段 」         で 記さて い る よ う な

” と理

する

あっ た らしい 。 こ れに

えば 「入

」の 中に

当該

明灌頂

, そ

を五

受持者

に も授 け

る ことに な るQ しか しこの 理

は, 先に

た 「

誠 」を律 儀 不 受 持者に

じてい る

SV

述と整 合 し ない の で, やは り

Bu

 ston の

解釈通

り, 

Analldagarbha

儀の

受 持

基準

に して 明灌 頂

受者

び阿 闍

梨灌

頂の

受者

とい う区

を弟 子

の 間に設 け てい た と理

した い。

 

以上 の

灌頂

受者 と

灌頂

との 関 係を ま とめ ると下

の よ うに な ろ う。

τ

韓 繍

独 自

律儀

を受

しな

       

者]

       『 明灌 頂+ 阿闍 梨 灌 頂 [て受 持 した

       者

ll

 

灌 頂

次 第

構 成

 

1

で は,

Anandagarbha

受者

する

資格

に基づ き

灌頂

を大

く二

類に

けてい るこ とを

かめた。 そこ で

H

で は,

灌頂

が どの よ うな次

成され て い るのか を具

体的

くこ と とする この 際

SV

, 丁互 を中心 に 彼の 自 薯を基 本 資料 とすることは言 うま で もないが, これら は記

略を

する た め 実 修の 詳細過程 を

再構成す

の に

な資 料 と

に こ こで も

RS

 

YN

な ど

Bu

 ston の

を考 慮に 入れながら

作業

め たい 。

 

i)

 

1

で 述べ よ うに, この

灌頂

間的 悉地の みを 目的 とする

弟子

, 及 び

阿闊

し た 弟子が共に

か るぺ

。 先 ず 予め その 次

成 を ま と め て お くと [表

1

]の ようになる。

 

最初

を授 ける場 とし ての

灌頂

ける (

1

)。 こ れ は

地面

かれ      

03

月輪

曼荼

羅の 「外 輪の

外側

或は

内側

門に面 する」 よ うに

かれ       一

18

(5)

智 山学報第三十九 輯 匚表

1

コ 明 灌 頂 次 第

123456

89012345

灌頂壇の 設置 弟子を彼の守護尊形とし て想 弟子 を印に よ り加持する 弟子の 姿を彼の守護尊の大 印と して観想 しつ つ を 月に立 たせ る 諸資具を用いた弟子に対 する供養 吉慶讃の詠 唱 水灌頂 衣帯の 印 ・真言灌頂 宝 冠灌頂 繪 綵灌頂 金剛杵灌頂 尊主灌 頂 名灌頂 阿闍梨に対 する弟子の る。 し か し

Bu

  ston に よれぽ単なる月輪で はな く, その 上に 蓮 華を描 き加 え         た もの とい う。

 

い て

sy

は ,

子を

の 守 護

(投

で得た

格 )の三 昧 耶 印, 及び薩 堙

金剛

の 四

で加 持 する所 作 (

3

)を説 くが,

Bu

 ston はその

に “ 同三 昧耶 印を

子 を その

護尊

と し て観 想 する” とい

1

項 (

2

             _      _ えて い る。 これ は

TA

が金 剛 界 品 第

1

註で示 して い る明

頂 (以 下 く

TA

        ・

1

)明

灌頂

)中

見 出せ る の で

 

次に弟 子を

讃歓

ぱせ るべ

具 を 用い た

供養

, 吉慶 讃の

唱 を

い (

5

6

), そ して狭 義の 灌頂 (

7

9

14

)に入 る 。 こ れ ら の

つ か は く

TA

1

)明灌 頂〉 を見 れば分か る よ うに

ST

「引入一切

荼羅広 大儀 軌」(§§

232

234

承 け

SV

は こ こ で は

 

灌頂

を,

い て印灌 頂, 宝冠 ・ 繪

金剛杵

主 ・

名 匚

諸]

頂 を

        劬   けてか ら と名

の み を列 挙 し,

紹介

してい る。 これは既に 阿闍

修す

る 「親         近 次 第」 の 〈入心我〉

に お い て , それ らの

説 して い る か らで あろ       一

19

(6)

Anandagarbha

の湛頂論 (桜井宗信) う。 以下 〈入心 我〉項の

説の ほ か

TA

の そ れ を も考慮 しなが ら各

頂を

検討

する

 

7

「水

udaka

)灌頂

水 を

い る もの で, 

ST

§

232

典拠

る。              _

SV

〈入心我〉項は こ の

ST

す 所 と殆 ど同

で あ り, また 〈

TA

1

) 明

〉は 用い る

を 「

尊 勝瓶 (

rnam  

par

 rgyal  

babi

 

bum

 

pa

vijayakala6a

                                       とする点 以

や は りこれ と同一 で

る。 し か し

Bu

  ston が示 す 仕

 (

1) 投華得仏

まっ た

子の守 護

尊 瓶

よ り水 を汲み, 同 守

護尊

真言

   

に 〔vajrabhisiica を付 したそ れ を 唱 えなが ら, その水 を彼の 頭 頂に灌

   

ぐ。

 

2

よ り金剛

を以っ て水 を汲み上 げ

0

単 vajrabhi §

inca

と 唱 えつ

   

頭頂

灌 ぎ

, か つ

ませ る。 の よ うに

2

階構

成 であ り, ま た

TA

が遍 調

品第

1

註で示 して い る 明灌       _                       妨

頂 (

以下 〈

TA

灌頂

で の

対応箇

所 , 及び 一

切義

就品第 1 章

註で示       _       

9

し てい る

明灌頂 (

TA

IV

灑頂

での

所 もこち らを

支持

して い るo

  続

い て, 用

意 す

るこ とが 可

であれば

子の 衣

え る (

8

。 これ も

Bu

.                _      _ ston の

所説

SV

, 〈

TA

1

灌頂

〉に は ない が, 〈

TA

皿)明

頂〉         _                                   

び く

TA

IV

) 明灌頂

拠を見 出せ る の で

っ た。        

 

9

(mudra

)灌頂

」 は

現存す

SV

写本

けてい る。 しか し チペ ッ ト語訳に ‘

phyag

 rgyahi  

dbah

 

bskur

 

ba

’ とあ ま た

Bu

 ston の 依 用               _ した梵 文 写 本に も記 載があっ た と推 定 される。 更に下で見る よ うに 〈

T4

1

頂〉で

れ て る とこ ろか ら,

筆者

もこれに

う。

 

こ の

所作

ST

§

233

の冒頭に

る 「印の鬘 を結ん でか ら」 を典 拠 としたも         の と推

され, こ こで

ぶ 印につ い て は

ST

 uttaratatra に規 定が ある。 そ れ . に 従っ て 〈

TA

1

) 明

頂 〉 も結誦する 印 言 を

子の 守 護

に よっ て変えて お り,

守護

尊が

如来

の場 合は金 剛 宝の 三昧 耶 印 を 〔

Vajraratnabhisi

 

ica〕:

な る

言と

授 ける。 ま た

墟 が

守護

尊の場 合は我々 が 「金 剛 界 法 」におい て

       

る 「五仏

頂 」にほぼ

し く, 金 剛界

在母 〜

羯磨

金 剛女

印言

五仏        一

20

(7)

             智山学報第三九輯       白Φ を弟子 の頭の 周 囲に観 想 する観 法を修 する, とし て い る。

 

続 く

10

「宝 冠 (maku a) 灌 頂」

ST

「入住一切

茶 羅広 大 儀 軌 (sarva ・ mapdalaprave6avidhivistara に は記されて い ない , 同 「金剛

唾 出生 段」 で 1 “ 金 剛

唾が 一切 如

か ら 「転輪

」 とし て灌 頂される際に 「一切 諸

身の         宝 冠 と繪

に よる灌 頂 」を授か る” と記されてい る か ら, こ の 箇 所を典 拠 とし た もの と推 定 さ れ る。

SV

〈入 心我〉項は先に見た 〈印 言 と共に行 う五

〉 を こに当て てい るけ れ ども,

Bu

 ston に よれ ぼ宝 石 等で 出

た冠 (或は 描 か れ た代用

)を

実際

に弟 子の 頭に被せ るもの であ り, こ こで も

守護

尊に応 じた違い が

る とい 。 即ち

如来

華者

に は 「金 剛宝 冠 」を,

墟 投

華者

に は        

33

「五部 族の宝 冠」 を それ ぞれ被せ るの である。   また

11

「繪綵 (

patta

) 灌頂」 も

10

と同様に, 「入住 一切曼 荼 羅 広 大 儀軌 はな く上記 「金剛

壥 出生 段」 中の 一

典拠

る。

SV

〈入 心我〉

                は 「金 剛

法」で我々 の修 す 厂結 胄」に相応 する

法を繪

灌 頂に当て るが,

Bu

 ston は実物の 繪 綵 を弟 子に与 える所 作とする。

 

この よ

10

11

容は

SV

〈入 心

Bu

 ston とで全

く異

な っ て い る。 ま た

ST

「入住一釖 曼 荼

広大

儀軌

」に 欠 けて い る た め であろ う。 〈

TA

1

),

皿),

W

灌頂

〉は

両灌頂

言及

しない 。 そ れに

し,

TA

が金剛 界 品

1

章註 で説 く阿 闍 梨灌 頂の広 次

(以 下 〈

TA

1

広 次

〉 と呼 ぶ

では, 上 記

Bu

 ston の 紹 介 とよく 一

する宝冠 ・ 繪 綵

頂が述べ られて る 。 そ こ で, こ ち らに基づ い て 明灌 頂 中の 両 灌頂が

Anandagarbha

よ り後

      鋤 変された とも考 えられる。 し か し現 在 こ の点を明確に出来るだけの資 料がな く, ど ち らとも決め か ね る。

 

続い て

ST

§

233

偈 及

言 を 唱 え な が ら金 剛

と鈴を弟 子に授 け         る。 こ の

の金 剛

杵授与

鈷誦 偈并 明

12

金 剛

(vajra )灌 頂 鈴 授 与

13

「尊主 (adhipati )灌 頂る。 

ST

§

233

で は         「匚

子] 自身の

svacihna )」を与 える と

り, ま た

57

〈入 心我〉項で       紛      _ は 「鈴 授与 」を欠 くが, 〈

TA

1

) 明灌 頂〉

で は 「

頂 」 と呼び これを           加 えて い る。

は これ に

うことと

る。       −

21

(8)

Anandagarbha

の灌 頂論 (桜井宗信 )  別 稿で述べ た よ 記 偈 唱 え なが ら金 剛杵 を授 け金 剛 杵 灌頂 , 同

言 と共に鈴を

け る鈴 灌 頂 (別 名 「

灌頂

」)が, 明

頂の 一項 目 し て

8

世 紀中頃

に は

われてい た よ うで

る。

SV

明灌

頂でもそ の よ うな 偈 と 真言との

使

要求

してい た か ど うか判 然 と しな い が, 恐 ら く 「

使

い分 け」 を せ ず に

ST

の指 示 通 り, 先

慓幟

印」た る鈴

けて か ら

と         真言 を 唱 えた もの と思われる。 従 っ て金 剛杵 灌 頂と尊主灌頂と を 別 立 す る必要         は なか っ た筈で あるが, 金剛杵

頂と鈴 灌頂 を 区 別 す る 仕 方 を 知 っ て い た

Anandagarbha

が それに形 式を合わせ た結 果 とも考え られ る。

 

なお

ける金 剛

・ 鈴に も弟 子

守護尊

に よ っ て違い が あり,

如来

場合

「如 来金 剛

, 同鈴」,

唾の 場 合は 「本 初 金 剛

dah

 

pohi

 rdo  rje), 同鈴」

で あるとい う。

 灌頂

最後

14

(nama

灌頂

である これは 言 うまで な く, 

ST

§

234

る通 り

言を以っ て

々 の

守護尊

した

名 (

「金 剛

」)を

子に

ける もの で ある。 そして

最後

に, 阿闍 梨 と

子 とは互 い に

供養

しあっ て (

15

), 明

頂は終 了 となる。

 

以上

た よ うに ,

Anandagarbha

の 説 く明

頂は投

華得

仏で

まっ た弟

守護 尊

と関連

け られてい る点に

徴を持つ に よ り

弟子

守護

        1

との 一

性 を体

し, その 結 果 とし て各 種の悉地が成就 出来る と考え られた の であろ う。   (

ii

) 阿 閣梨灌頂

 弟

子が阿闍

とし て の 律

を備 えて い ば, 続い て こ の

頂が授 けられる。 無 上瑜 伽タ ン トラ階

の儀 軌で も瓶 灌 頂の 一支 分 として阿闍梨 灌 頂 とい う項 目 を 立て るもの

存在す

るが, 同

階梯

灌頂

くの 場合

頂を

最終

と するの で , この 灌 頂は真の 意 味で の最 高の灌 頂で は な い。 し か し瑜 伽 タ ソ トラ 階

で は

文字

通 り, これ を授か っ た

子が

密教真

理の

体得老

と して

法統

伝持

布教

うこ とで

有情

を利 益

阿闍梨

となれる わけで

る。

 

こ の 段

は 含まれ る所作の 広

少に よ り

4

, 即 ち

a

略 次

, (

b>

      − 22 一

(9)

智 山学報 第三十九輯 [表

2

] 阿 闍 梨 灌 頂 次 第

1

1

ま た は 内 容 − り 6

3

4567890123

           

1

 

1

 

1

 

1

4 丁 賦 り A ◎

78

」 ■ 1 」 ■ 11   咽 ー ・   −

L234

aL

& 軌 α

t2a

生 翫

6

, 乳

a9

aL2

a45

a

乙                  

111

ー 」 1111 τ

122222222

L

a4

6

Z

9aL2a

生 翫

a

                 

1

 

1

  ¶ ■ .  

1

  1 ■   亅   」 「 邑

780

σ ∩U1 15 − − り 自

2

灌 頂壇の設置 弟子を金剛薩唾の姿と して観想しつ つ 灌頂壇に座らせ る 弟 子の体の各処に諸 尊を観想に よっ て布置 資具等に よ る弟子の供養 弟子の頭上に金剛薩捶の尊像を安置 吉 慶 讃の詠 唱 水 灌頂 印灌頂 宝冠灌 頂 繪綵灌頂 金剛杵灌頂 尊主灌頂 名灌 頂 悉地 金剛禁戒授与 三 三昧耶授与 弟子の供養 金籌加持 明鏡加持(1       1 振 鈴 射箭 明諺竟カロ持(2) 転法輪の 可 真言乗の釈説 及び曼荼 羅 造 壇 の印 可 授記 戀 蘇息 秘密灌頂

1

:略次 第於け順序

H

:中次 第に於ける順序 皿 :広次第に於 ける順序

中次第

c

d

最広次第

に 区

され るo こ の うち ε

V

が説い て い る の は

a

c

り , その

成を,

SV

自体

記述

Bu

 ston の

説を 参照 して ま と め たの

2

である。 一方 (

d

TA

各章に紹 介されてい る。 一

23

(10)

Anandagarbha

頂論 (桜井宗信)

 

Bu

 ston は

RS

, 

YN

で は

a

c

, (

d

)に 関し て は独 立の

儀軌

dBait

bskur

 

gsal

 

byed

以下

BS

) を

し てい る。

 

ところで,

何故

この ように

複数

の 次

まれた の か に つ い て,

Ananda

garbha

は全 く触 れてい ない しか し

Bu

 ston

YN

受者

い に

応 ず

る ため に次

に広

が設 げられた の で あ り,

機根

れて い る ため

論 を

ぼずかつ

資産

しい

受者

場合

に は略

次第

が, その 条 件か ら

れ た

受者

とする場 合に は他の

そ れぞれ

用さ れ る” とい

素 な儀 式を よ      

6

Φ り重んずる立場での

を示 してい る。

 

(a) 略

 

 第

       

6D

 

こ の 次 第は 明

灌頂

で用い た

頂 壇で

き続 き行わ れ る。 先 ず 弟 子をその壇 上      

62

に 「

吉祥

金 剛

唾の 大

仕方

せ る」

1

)。 こ こ で 言 う 「金 剛

垣の 大 印の 仕

」 とは,

Bu

 ston の

説に よれ ば,

右手

金剛杵

左手

を握 り

     

6s

跏 趺 坐 するもの である。

 

なお彼は また, こ の

1

の 前に , ‘‘ 阿闍

は金 剛

捶 の三

耶 印を

びなが ら

子 を 同

の姿 と して

想 し, 同

及び 四

墟 女の 真 言で彼の 四処を 加持 する ”       輌            ,                   とい

う所作

加え

る。 こ の

仕方

SPT

に跡

けられる。

 

次に阿

閣梨

は 「

弟子

)の

にお

所定

に, 三昧

印 を もっ て

      鉤                         _ 祥 金 剛 薩唾 等を布 置する 」(

2

)。

Bu

 ston は

TA

を典 拠 とし て この

布置観

の       6h や り

に広略

3

種がある こ とを

紹介

てい る が, 何れ も

子の 体の 各

に 月

を 思い その 上に

格の 三昧耶 印を観 想 する, とい う点で共

し て い る。

 

い て

SV

本 文は,

子の 「

上に

吉祥

金剛

堙の

尊 豫

安置

し」

3

灌頂

る, と

す。 しか し

Bu

 ston は “ こ

立ち, も う 一

度弟

子の四

加持

に よっ て

子 を

養 する。

3

か ら直 ぐに水 灌頂へ 移らず       β9

吉慶讃

唱を も

う” と

大幅

に項 目を

や してい る。 弟 子供

並びに

吉慶讃

は, 中 ・ 広次

4

6

を こ こ で も

用 す とを示 。 また

3

直前

で 「

子の 四処 加 持 」 を行 うの は

T

π

遍調伏品第

1

註で説か れた阿闍

灌 頂の 広 次

説に 一

る。       −

24

(11)

      智 山学報第三十 九輯

 

SV

は こ の

水灌 頂

け, 次の真 言 (金 剛

堙の十七

字真

言 )を

108

回           唱 え るべ , その真 言を紹 介 し てい る。

しか

されてい ない水 灌

であるが,

Bu

 ston に よれ ば そ こ で行われる所

は 中 ・ 広

次第中

で の水 灌       働       紛 頂の そ れ と共

る。 そ こで先

sy

が記 す 中 次 第 内での 水

頂の 説 明を

る と次の よ うである。

  

1)

めに

pttr4akumbha

を用い て金 剛

鉤尊等

心呪を唱 え なが

  

灌頂

し]次にそ れ ら [

諸尊コ

を 用 い て [灌 頂 し], (

2

)更に

尊勝瓶

      {a

  

vijayakalaga か ら金 剛

で 水 を汲み上 げて その 水で

]灌

し [ま た そ       (b)

  

を]飲ま しめてか ら (abhiSekam  

p

  a阻

dattva

3

)[残 の 各 ]

  

に よっ て も水 灌

くべ しQ

1

満瓶

尊瓶 (

線(

a

を用い る灌 頂で 。 こ こで の 記

を字

通 り

れば初め諸

の 満 瓶で, 次に

尊瓶

頂す るよ うに 思 わ れ る。 し か し

Bu

ston は “初め に金剛鉤 尊の 満 窺で , 次に同尊の 心呪 〔

Vajrai5kuga

 

OrP

 vajra −

bhi

爭洫 ca〕を誦しな が らそ の

尊瓶

す る。

い て順に 金剛 塗 香 女, 金 剛

薩錘金剛女

〜 金 剛

7

満瓶 と

尊瓶

とで

灌頂す

る” と

規定

し て い る。 またそ の 際用い る瓶の 順 番は 兎も角, 登 場 す る

格が総て 金 剛

唾 と同部族で ある点に注

して お きたい 。

 

続 く段階

 

で は

勝瓶が用い

yN

に よれ ば, 下

線(

b)

の 「

頂 」は金 剛

っ た水を

頂に 撒

する所

で, これに よ り苦 と罪

と が

化さ れる と い う。 また その 水 を

ませ るの は, そ れが 楽 と

慧とを増大せ しめ るか       鱒 らだと言われる

 

以上 で金 剛

墟 とその同 族の諸 尊に よ る灌頂を終わ り, 続い て金 剛宝 と同族 計

8

, 金 剛

と同

8

, 金 剛

と同

8

, 及び五仏 とい う

4

グル ー       勧 に この

1

2

と同

の 仕

り返すの で

っ て, その 点が

 

で表 現 されてい る。 つ ま りこ の

方に従え ぱ,

尊瓶

瓶の 灌

は 各々 金 剛 界

37尊

だ け

即ち

37

回 ) な され, また

を 用い た

 

の所

5

り返 される こ と に なる。

 

この 後 引

き, 阿 闍

は金 剛薩 捶の 十七字真 言を

108

返 唱える。 これに “ 阿       一 25 一

(12)

Anandagarbha

の灌頂論 (桜井宗信)

闍梨

本初

剛杵 印

子の頭に載せ る” とい う所

を加え る

Bu

 sto  

69

仕 方を合わせ る と, 水灌 頂の 直

に 印と真 言と を同時に授 ける 明

頂 中の

印灌

頂と

を一に る。 そ こ で 文 献上 の 裏付 けを欠 くもの の,

1 項

を 立 て

5

「印

」 とし た 。 なお , この

Bu

 ston の

仕方

は 〈

TA

1

)広 次 第〉中に

跡付

け ら れる。

 

この に示 した

6

13

の 一

は,

SV

が 「次に 一儀 軌 を順 次 行 っ       て か ら」 とい う

表現

しい

を略した箇 所で あ り

者は

Bu

  ston の

説に

づい て

補充

し た。

 

こ の うち

6

10

灌頂

そ れ と基 本 的に は ら なが ,

8

「金 剛杵 灌 頂」 で用い られ る金剛杵が本 初 金 剛杵,

9

「尊主灌 頂」での 鈴が本 初 金         剛杵を

とし た もの と される。 そ れらが金 剛薩唾 の 持

である点に 注 目し た い        

 

11

12

SV

〈入 心 我〉項で も

され るもの で , 

Bu

 ston に よれぽ明

頂の 受者 と も共 通であ り,

同受者

明灌頂

15

い て この

2

項へ 進む こ とに          _ な る。 とこ ろが 〈

TA

1

) 広 次

〉で は, 

SV

阿闍 梨灌 頂 広 次

25

に相

             _ す る項 目の次に

12

11

か れて お り, その 設

定箇

th

: 

Anandagarbha

の        

著作

間で 一

しない 。 こ こ で は

Bu

  ston の

解釈

て お く。

 

11

「悉地金 剛

禁戒

(siddhivajravrata ) 授 与

ST

§

315

の 所 説通 りに ,

及び

要 誓 真 言を唱 え なが ら金 剛

け るもの で る。

 

12

「三三

耶 (

trisamaya

)授 与 」

子に金 剛

堙の 三

を加

する段 階 と        

え られ

  

1) 真実

とし て の 金 剛

の執 持     (

2

) 法 として の

    

耶 とし て の 大 印加 持

3

よ りな る。

1)

者の言 う 「金 剛 薩堙

」を唱え な が ら

剛杵を握 ら せ るもの であ り,

 

は同 じく 「有 清

偈」 を唱え な が ら

鈴させ る もの ,

 

は       ρ

9

3

偈 (その

1

つ が 「印三 昧 耶 偈」)を 唱 え その 意 義 を 念 ぜ し め る こ とで 「三 昧 耶 としての 大 印を加

する」 もの である       ノ

 

こ の

3

を灌頂 次第 中に 組み 込 む仕 方は 起源 を

SriParama

dyatantra

      一 26 一

(13)

             智山学報第十九輯     !      鋤      _ 下

SP

2

品に ま で遡る こ が出来るが, 特に

今述

べ た

Anandagarbha

の示       ノ すそ れは

SP

所 説に全 く

っ てい る。 一方無 上 瑜

伽階梯

瓶灌頂

に ほぼ定

し た形で登 場 する 三 三

授与

に は

改変

が加え られて お り,

 

 

項で これ と異な る。

 

SV

に 略された項 目中最 後の

13

「弟 子の 供養」は, 例の 如 く五供

と八供

      83 女

に よ り

子を阿閣

が供

す るもの で ある。

  続 く

14

16

阿闍梨灌頂

次第

と共

る た

5y

は こ こ で も

   

子を 百 八

名讃

で讃 歓 し五偈に よ り印可 (anujfia

けて か ら,

   

(udgata ) と

記 (vyakarapa ) とに よ り 匚そ れ ら]一切の 弟 子を記 別 す       べ 。 と

挙す るに 止め てい る。

実修

に は

れ も,

SV

の 広次

で 説い てい る所を適 用 する こ にな るの である。

 

14

S7

に は 「印可 」 と しか記さ れてい ない (上 記 引用文の 下線 部 参照 ) が,

Bu

 ston の

解説

づ き 「

説 及び

曼荼羅

造 壇の

可」 とした。 これは

2

段 階 よ り

成され, 先

弟 子 を

ST

界品所説

の百八

名讃

を唱え て讃 歎 する。 次に, 金 剛 薩唾 〜 虚 空蔵 菩 薩に四大 品説 示を勧 請 する文 言 とし て

ST

通分

かれてい る 「五 偈」 を説 き聞かせ て こ の

子が

言理

釈 説

荼 羅

壇 とを

由に

え ることを

らせ るの で ある       $

9

      帥

 

tlc

 

S

 

V

広 次

に説かれ た

りに

15

記」,

16

讃 」を行 うの で

り,       !     

OD

これ ら

ま た ・∫

P

2

跡付

けるこ とが 出来 る 。

5y

は これ らの

に 「

灌頂

guhyabhi

§eka )」 を続 け 「

a

ξvasa )」

ない Q これ を承

        の で

ろ うが “

は 「

蘇 息

」 を欠 く” とい う解 釈 もある。 し か し

筆者

は      

e3

Bu

 ston の 見解に 従っ て, 広 次第 と 同様に そ れ が こ こ で 行われる と解 釈 し,

17

」 とした。 .れ も

6

2

品所 説の

弟子に 説 き聞か せ て ,

nVh

・ .一 切の

を離 れた と称 揚 し 「歓 喜を起 こ させ る」と共に , そ れ 以

も守 護 しな け れ ぱ な らない 密教

とし て の心

の 一

度教

示する もの である。

 

なお

14

17

は 以

指摘

した通 り

どの

灌頂

み込 まれて い る もの で ,

KSP

瓶灌

した

表現

出せ る

っ て これ らの 内容の 詳       一

27

(14)

Anandagarbha

湛頂論 (桜井宗信) 細 は同瓶 灌 頂を扱 っ た 別 稿に譲 りこれ以上 は触れ ない 。

 

略次

最後

18

秘密灌頂

」 である。 これにつ い て

SV

は次の よ うに言 う :

   

い て [行われるべ き次

し て

秘密 灌 頂

。 阿

闍梨灌

頂に ふ さ       (a

   

わ しい を引入 し て ,

1

)曼 荼 羅 匚の真実のて ]

 

  一切尊 格の 真 実

    総

 (

3)

阿闍梨

行 うき]

羯磨

。 それの み で,       (b)      

co

   

[件の は]

密 灌頂 を授か っ た

者 (

guhyAbhisekerpabhiSiktah

) とな る。

   

以上が 略次

で ある。     (c こ こ で は単に

1

3

の 教 授 とい う項 目名を挙

み で , そ の具

的 内容に は       _        触れてい な い 。 し か し

TA

及び それに基づい た

RS

, 

YN

は詳し く紹 介 し て い る。       ノ      !      鱒  そ れ らの概 略は次の ようである。 先 ず (

1

)は, 論 拠 として

SP

及び

ys

を依用 しなが ら,

荼羅を

成する

諸資

具が単な る

殿の 内

装 品に とどまらず 各々

仏教

上 の

象 徴で ある, とい うこ とを述べ よ うとして い る。 (2)では 金 剛 界

曼荼

羅の

尊 格

する

性格

が, これ ま た 「

菩提

心 」 や 「十

羅 蜜」 とい       t っ た概 念 と関 連付 けた形で ま とめ られて お り, 内 容的に は

y5

の 所説 と 一

する点が多い 。 また

3

は 自防

に 始ま り

曼荼

造壇

に 到る まで の , 阿

閣梨

      (1co)

らが

する

儀軌

を意

し て い る。 と こ ろ で

Bu

 ston

用の

梵蔵

本に は,

行 諸

に はない 秘 密 灌 頂

付随

する所 作が

されて い た ようで

る。 と言 うの も

YN

が下線 部 (a

わ りに

    律

儀を備えて阿 闍梨 と し て の灌 頂を授か るの に相 応 しい を, 薩墟 金剛

   

女 の三 昧耶 印 と samaya  

Harp

[と い 共に入 住せ し め た な ら

    諸尊

智慧相続

を遍入せ し め る と

じ       (10D とい

を掲

“ これ らは

実修済

み だか この

りの

所作

う必

      (10Z) が ある か ど うか

えて み る必

る” とい

趣 旨

の コ メ ン

し て い る か らで ある。

Bu

 ston は考 察の

果これ もその ま ま行 っ た

が よい と判断 し た の       (103) で あろ うか 。

RS

で は その ま ま採 用されてい る。

 

所 作を

さ ない

承 と

すそ れの

れがナ リジナル なのか は

かに判 断 しか       一 28 一

(15)

             智山学報十九 ね る が , 若 し前 者が そ うで あ る な ら, 下線部(

b

)は “ 所作は行わ な くと も

1)

3

) を伝 授 するだけで 秘 密灌 頂修 了と な し得る” との 意 味に理解 出来, 文 旨が 明瞭 と なる。   なお こ の 下線 部 (

b

の規 定は, 丁且 に よれぽ 「世 尊 持金 剛が おっ しゃ っ た」 こ       (lo4) とで ある とい う。 これ は当

解釈

が聖

典中

典拠

有す

るこ とを

べ てい る と も受け取られ るが, 今の ところ こ の よ うな 記述を 経 典 等 で確 認出来ない 。

 

阿 閣梨 灌 頂で 「曼 荼 羅の 真 実」 や 「

格の

」 を説示するこ とは 定 型化 し,       (lo5)

K51

) や無上瑜 伽 階梯の それでも説か れるが ,極め て 形 式化 ・ 略 式 化さ れて お       (106) り, こ こ で 持つ 程の 重 要 性は 失われてい る。 なお

Bu

  ston に よれぽ, 中 ・ 広       (1の 次

われ る秘 密 灌 頂もこれ と同一 内容である。   (

b

) 中   次  第       (10S)

 

こ の 次 第

SV

自体の記 す とこ ろ で は

2

コで示 した通 り略 次

3

点 で異 な っ て い る。 即ち, 専 用の灌 頂 壇を設 ける点 (

1

), 多 くの 荘 厳 具等を用       (109) い て子 を供 養す る点 (

4

), 吉 慶 讃を

唱 し て

子を

讃歎

する点 (

6

)で

る。

 

こ こで言 う

は ,

頂の

所作

め るの に

立 っ て造られ るもの で,

1)

地面に描か れ た

荼 羅 状の 区 画,

 

その 上に置かれ た

子 (

pithiks

)か らなる 。

 先

1)

に つ い て

SV

は 「根本

荼 羅か ら

2

肘 (

40cm

程 度)ほ ど

れ 」 た 場 所に 「[根本曼 荼 羅の ] 入 口 に面す る」 よ うに 「

5

種の 色粉」 を使っ て 「内

半 分大 きさで 西 門を備 えて い る円輪」 を描 き, 次に 「そ の 中 央に 八葉 蓮 華」 を, 更に 「その 上に赤 色の 光 明鬘を放つ 五鈷

」を描 く。 そ       (110) してそ れ を 「

華等

に よっ て供

」する とい う。

Bu

 ston に よれぽ 「八

蓮 華」       (11正) は 雑 色の そ れ, ま た 「五鈷

」 の 色は

と同 じ

である。       (II2)

 

更に (

2

)に 関する

8V

の 記

YN

照し て紹 介すれ ば, 次の よ うに な ろ う。       (11s)

  

獅 子座か [弟子の 部 族

した]

子 の ど ち らか [を選び ,その 上に ]     (111)

  

月輪 [を描い てか ら

]布 帛

い , 金 剛夜 叉

の 真言で] 念 誦し [辟 除 結

  界す

る。

      −

29

(16)

Anandagarbha

の灌 頂論 (桜井 宗信)       (115)

 

この

椅子

弟子

らせ て

最後

迄の

が行 わ れる の で ある。 な お

4

6

に つ い て は

SV

の テ ク ス ト

稿

介 されてい る通 りで あ り, 

Bu

ston の 所説を参 照 し て も付 け加 えるべ き点に な い の で , こ こ で は言 及 を     (116) 省 略 する。

 (

c

) 広 次 第

 

これ は

SV

う最

頂 次

で あ り, 所 作が中次 第 よ りも更に

6

や されてい る。 この うち

17

21

5

つ は ,

YN

に よれぽ総 じて “ 弟 子が任       (】1T)

自利

す こ とに

して

可を

え る ため の

とされる。       (11X)

 

17

「金籌 加持」 は

18

22

と並ん で,

r

大 日経』具縁 品にまで遡れ る伝

的 所

で ある

YN

はその 性 格を 「法の 相を吟味 する金 剛 眼を生 起」する次第 と         (119) ま とめ て お り, 「金

偈」 を唱えなが ら金籌を使 っ て 弟子の 眼を加

す る もの       (120) で ある。 日本

教の

灌頂

け る 「以金

払両 眼 」に 対応 す る が, これと,

SV

RS

, 

YN

介 する

所 作

目 とを 比

す る と,

者 が真言 を用い る観 想を設 定 して い るの に前者は そ れを 欠い て い るな ど, 完 全に 一 致 し て は い ない 。       (121)

 

18

「明

鏡加持(

1

」 は

子に

せ なが ら 「

明鏡偈

」を

の で, こ       (1皿) ち らは, 日

本密教

で の 「

授鏡令見

」に ほぼ 一

致す

。         (!23)      _

 

19

「振 鈴」 で は, 先

阿 閣

が鈴を

A

阜字

と観 じて か ら “一 切

虚空

し く

真如

で あ り, そ れ と瑜伽 し て い る瑜 伽 行 者 もまた真 如である ” とい う

の 偶と

A

とを唱 えて , 弟 子にその鈴を授 ける。 次に弟 子が同偈を唱 えな が ら

鈴する。 こ の

は 「

来の 三 三

耶」第

2 番

目の 「

」 を

表 す

と し て , ノ      (124)

SP

が 説い て い る もの で ある。       (125)

 

続 く

20

射箭

」 の

につ い て ,

SV

  

次に 「一切

来 よ, お

び給え 」 と言 っ て, 四方に

4

本の

るべ し。

  

また上

と下

に も一 本

Hob

と言い なが ら

散ず

と所 作の みを略 記 して い る。 そ れに対 し

YN

は次の ように

説を加 えて い る。

  

細な

法界

とい

射抜

くこ の

に よ り, 一

如来

無我

       一

30

(17)

             智山学報第三十 九

  

する こ とで お慶び給え 」 と [阿 闍

は弟子に] 言 っ て か ら,

Hoh

と唱       (126)

  

え ながら [

子に] 弓矢を授 け… … こ れに よ り先 ず,

SV

引用

の 下

線部

は,

子が言 う言

で は な く,

矢を

けな が ら

阿闍梨

子に対し て言 うもの だ とい こ とが

か り, 「一 切 如

」が弟 子に

対 す

呼称

で あるこ とも

に,

い られる

とな っ た

も無我 法に著 すべ き弟子 の心 を

徴 し て い る と言 え ようし, そ れ を

る仕

を行 うの は がその に 「随

」 して い る こ と を 示すた め である, とも考え られ る。 こ こで言 う 「法へ の 随著」 は前後の 内 容 か ら推察 して , 入 浬

を望ま

ず有

益を

るこ と を

意 味

し て い る

っ て下

線部

も,

法無我

に と らわれるこ と な く

有情利

益を

りそ れに よっ て 自ら歓

せ よ, とい う

子に

する阿

闍梨

誡の 言葉 と理解 出来 よ う。       (127)

 

21

「明鏡 加持 (

2

)」 で は

18

と同様に

が用い れ る。 阿 闍梨はそ れ を弟 子に 見 せ つ つ ,

の 心

に 一

金 剛 薩垣し て お られ , と

1

偈を 以っ て教

するの で

る。 そ の

SV

 

また 匚阿闍

は]「こ の一切

如来

の 主は

菩提

心で ある, と

れ (avagaccha )」   と も言うべ 。 とい

う 1

文 を

すが, これに つ い て

Bu

  ston は 彼が依 用 した

文 写 本に基づ き, 違 う

み を採 用 し て い る。 即ち そ こ に は, 下

線部

相当

する

所が 「遍

      (128)

し て い る か ら (

kun

 

tu

 

bgro

 

babi

 

phyir

)」

っ た とい うの で ある。 これに ど

の よ うな

原語が対 応す るの か定か では ない が, ‘

avagamat ’ な ど

avaVgam ’

派 生

は ‘

aVgam

’ の そ れ )の ablative  case で ある可 能 性が

そ し

てそ の

見在梵

文写 本の

み とは異なっ て,

子の 心

如来

して い る 理 由を示 し た 語となる。 テ クス トとし て は ど ち らも可 能で あ り,いず れを オ リ ジナ ル とすべ こ こ で は決め か ね る。 なお今の とこ ろ,

19

21

の典 拠 と な る よ うな記 述は 諸経 典 中同定 出来て い ない 。       (t29)      (130)

 

22

法輪の 印可 」は, 顕

両教に 共 通な法を説 くこ とへ の 印可 と され,       (131) 日本

教に おける 「以

輪置受者

跏上, 授

与商怯

」に

相 当す

所作

る。 即ち, 弟 子の 両 足に法 輪を

き, ま た

手に法

貝 を 持 た せ た 上 で 「法

      一 31 一

(18)

Anandagarbha

の灌頂 論 (桜井宗 信)

」に よっ て

勧誠

える とい うもの で

る。 し か し

51

γ が こ こ で用い てい る 同偈 と, 我々が用い てい る 『大 日経』或は 『略出念

誦経

』 所 出のそ れとで は,       (13z)

1

偈の

1

2

パ ー ダで相違 が ある。 ま た 「法の文 字を

えた金剛の

」 と

SV

本文

るの で,

々 の

種子

まれ た

法輪

法螺

貝が

使

われてい たの か もしれない   なお

Bu

 ston に よれば, 灌 頂を実修 する際に は , 弟 子の左 手に

ST

の 経 巻       (!33) を持た ぜ , 法

貝 を吹 く

格好

をする

わ りに 同

冒頭

音読

させ る とい う。

 

こ の

は略 ・

と共 通で, 授

降秘密灌

頂に 到る まで が順に

われて , 広次

の 成 満と な るの である。

 

以上

SV

所 説の

3

阿闍

灌 頂を見て来たが, 明灌頂が受 者を彼の 守 護 尊 と して

灌頂

る もの で

っ た の に

し,

守護尊

如何

係な く

墟 として

灌頂す

が この

次第

特徴

である。 こ の こ とは

略次第

1

3

5

容に端 的に示さ れ てお り, ま た同

6

9

られ る

諸法具

金剛

堙に相応 し いそれであっ た点に も看て取れ る。

 

これは,

sy

が 「金 剛

界大曼荼

羅の

儀軌

」で

る こ とか ら

える と, 

ST

§

42

堙を

界品

の 「

転輪者 (

cakravart 量n

」 と

位置付

い るこ と を承 け, “一 切 如

が普

賢菩薩

を 金剛

品の

転輪者

た る金剛

垣 とし て灌 頂 し た よ うに, 阿闍 梨 とな る弟 子を 〈転 輪

た る金 剛

垣 〉 と し て印可する ” とい

図の

わ れで

ろ う。

 

d

) 最 広 次

 

先に も触れ た よ うに こ の 次第

SV

に記載が な く, 〈

TA

1

) 広 次

〉 とそれを典拠と し た

B5

に述べ ら れ 。 その 主 な

成 は [表

3

コに ま とめ た通 りで

, 灌 頂 壇を

荼 羅の 東 西南 北に 一 設 け , その

々 に おい て       (134) 前 項で た広 次 第 中の

2

22

に対 応 する所

を行う , とい う

め て大 規 模 な も の である。 な お

3

1

5

した標

B3

に基づ い た もの で

Ananda

garbha

がこ う呼んで い た わ けで はない       −

32

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