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密教文化 Vol. 2001 No. 207 004静 春樹「聚輪儀軌における「三者平等の偈頌」反カーストの共食儀礼としての聚輪 PL45-L72」

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密 教 文 化 聚 輪 儀 軌 に お け る 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 反 カ ー ス ト の 共 食 儀 礼 と し て の 聚 輪 静 春 樹 1)「 三 者 平 等 の 偶 頒 」 これ ま で の研 究 で は、 主 に タ ン トリス トた ちの 集 会 の 一 形 態 で あ る ガ ナ チ ャク ラ(以 下、 聚 輪 と略)に 焦 点 を当 て きた。 聚 輪 と は、 仏 教 タ ン ト リ ス トの行 う修 法 の一 種 で あ る。 そ れ は修 法 を構 成 す る儀 礼 の ユ ニ ッ トと し て曼 茶 羅 儀 軌 ・(内)護 摩 ・観想 法(生 起 ・究 寛 の二 次 第)・ 飲 食 ・歌 舞 ・ 性 喩 伽 ・供 犠 ・丸 薬 の製 造 ・施 食 な どを もっ もの で あ り、無 上 喩 伽 タ ン ト ラ階 梯 に お いて オ リ ジナ ル に して主 軸 の ひ とっ と もな る祝 祭 ・修 法 複 合 で あ る。 「西 蔵 大 蔵 経 」 テ ンギ ュ-ル に あ る 「聚 輪 儀 軌 」 の 名 を も っ た い く っ か の テ キ ス トは、 残 念 なが らサ ンス ク リ ッ ト原 典 が残 され て いな い。 さ らに曼 茶 羅 儀 軌 の テ キ ス トの なか で 付 帯 的 な 儀軌 と して、 灌 頂 儀 礼 の終 結 後 に聚 輪 儀 礼 が 行 わ れ る場 合 も多 く見 られ る。 本 稿 で は、 聚 輪 儀 軌 にお いて、 必 ず と言 って もよ い ほ ど見 られ る一 っ の 対 にな っ た偶 頒、 す な わ ち聚 輪 の 参 加 者 が 飲食 を開 始 す るに 当 た って 唱 え る 「共 食 の 偶 頗 」 にっ いて 論 じて み た い(筆 者 は この対 に な った 共 食 の偶 頗 の 前 半 を 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 と名 づ け る)。 まず、 そ の 偶 頗 を 以 下 に 引 用 した い が、 数 あ る イ ン ド撰 述 の テキ ス トは脇 に置 い て、 論 を進 め る関 係 か ら こ こ で は チ ベ ッ ト撰 述 の サ キ ャ ・パ ンデ ィ タ(1182-1251A. D.)著 『聚 輪 儀 軌 』 か ら、関 連 箇 所1)を 用 い る こ とにす る。 次 に 〔差 し出 す者 は〕 カバ ー ラに酒 を注 い で左 の親 指 と薬 指 で 肉 を少 しば か り取 って、 蓮 華 の旋 転 〔の 印〕を為 して、右 手 で カパ ー ラを取 っ て、 左 手 で そ の上 か ら少 しば か り覆 って捧 げ るべ し。受 け取 る者 もま

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た、 蓮 華 の旋 転 〔の 印〕 を為 して、 同 じよ うに受 け取 るべ し。そ れ は ま た 『二 儀 軌 」 の な か の 「蓮 華 の手 に よ って献 じて、 ま さ し く同 じ手 っ き で受 け取 るべ し」 と い う意 味 で あ る。差 し出 す者 は言 葉 で 「こ こ にお いて は、 諸 法 を善 と して見 よ。 諸 々 の集 会 につ いて は疑 念 は ない。 婆 羅 門 と犬 と チ ャ ンダ ー ラ は本 性 を等 し くす る者 と して食 べ よ」 と唱 え るべ し。受 け取 る者 も ま た 「善 逝 の法 は無 比 で あ り、貧 欲 な ど の垢 を もた ず、 所 取 と能 取 を離 れ た(空 性 を本 性 とす る も の)真 如 に恭 敬 して頂 礼 い た しま す」 と唱 え るの で あ って、 そ れ らの意 味 を も知 る べ きで あ る。両 者 が 「鳴 呼、 楽 な るか な 」 と唱 え て 受 け取 るべ し。 この 二 っ の偶 頗 は 『サ ン プ タ タ ン トラ」 に存在2)し て い る。 サ ンス ク リ ッ トの言 葉 で は な く、 プ ラ ク リッ トの言 葉(apabhrarpsa)で あ る3)。 そ のせ いで 訳 経 官 が 理 解 せ ず に翻 訳 した の で 〔他 の儀 軌 で は〕 少 しの 間 違 いが 見 られ る。 〔しか し〕 この 〔私 の 〕 翻 訳 に っ い て は間 違 い は な い。 3)「 犬 と チ ャ ン ダ ー ラ」 は じめ に、 正 統 派 バ ラモ ン思 想 が 規 定 す る カ ー ス ト制 度 の下 で の飲 食 の あ り方 につ い て の一 般 論 を 引用 す る4)。 飲 食 に関 連 して、 これ(飲 酒)に 劣 らず き び しい拘 束 は、 食 事 を共 に す る と い う こ と、 も っ と正 確 に言 うな らば、 他 人 か ら飲 食 物 を受 け る こ と に関 す る もの で あ っ た。 ヒ ン ドゥー は他 の カ ー ス トの 者 と一 緒 に 食 事 を と る こ と はで き なか っ た。 バ ラモ ン は他 の カ ー ス トの者 に体 を 触 れ る こ と も、 傍 らに坐 る こ と もで き な か った ば か りか、 離 れ て 坐 っ て い て も、 同 じ屋 根 の 下 で は食 事 を共 にす る こ とは で きな か った。 そ こで、 宴 会 の席 で は、 カ ー ス トの 異 な る人 び と は別 々 の広 間 に坐 るか、 全 員 が 庭 に 出 て、 そ れ ぞ れ が あ ち こち ば らば らに集 ま った もの で あ る。 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁ 三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 古 代 イ ン ドに お い て ヴ ァル ナ制5)の 外(ア ウ トカ ー ス ト)に 置 か れ て 不 可 触 民 と して差 別 さ れ る最 下 層 の種 姓 が チ ャ ンダ ー ラで あ る。山 崎(1994: 446)は、 「チ ャ ンダ ー ラは再 生 族 の宗 教 儀 礼 か ら完 全 に排 除 され て い た。 ま た チ ャ ンダ ー ラの料 理 した もの は不 浄 視 され、 再 生 族 と くにバ ラモ ンに はそ れ を食 べ る ことが 厳 し く禁 じ られ た」 と述 べ る。 以 下 に チ ャ ンダ ー ラ と 「動 物 の なか で 最 も不 浄 」 と され る犬 が 述 べ られ て い る い くっ か の箇 所 を 山 崎(1999)か ら引 用 す る。 〔祖 霊 祭 の 供 物 は〕 犬、 チ ャ ンダ-ラ、 堕 姓 者 に よ って 見 られ る こ と に よ って 稼 れ る。(『ガ ウ タ マ律 法経 』XV,24) され どチ ャ ンダ ー ラ及 び シ ュ ヴ ァパ チ ャ(犬 を料 理 す る者)の 住 居 は 村 の 外 た るべ し。彼 等 は アパ パ ー トラ とな され るべ きな り。 彼 等 の富 は犬 及 び騙 馬 た るべ し。(『マ ヌ法 典 』X,51) (チ ャ ンダ ー ラの集 落 で は)土 器 の か け らが一 面 に ち らか り、 犬 の 皮 で あ ち こち 覆 わ れ、 野 豚 や騙 馬 の骨 片 や頭 蓋 骨 が ま き散 らされて い る。 死 者 か ら剥 ぎ取 った衣 類 が ち らか り、使 用 済 み の花 で飾 られ、 小 屋 小 屋 に は蛇 の抜 殻 が標 識 と して花 環 の よ うに掛 け られ て い る。(中 略) 臭 の翼 の標 識 を持 った神 廟 が立 ち並 び、 鉄 の鈴 の音 が 鳴 り渡 り、犬 が あ ち こち に群 れ て い る6)。(『マ ハ ーバ ー ラ タ』VII, 139) 犬 は動 物 の 中 で も最 不 浄 の類、 轡 肉 は犬 肉 の 中 で も最 不 浄 で す。 そ う した 肉 を人 間 の 中 の最 不 浄 で あ る チ ャ ンダ ー ラか ら盗 み取 る こ と は、 非 法 行 為 です。(『マハ ーバ ー ラタ』)d,139) ま た経 典 に見 られ る チ ャ ンダ ー ラへ の言 及 は枚 挙 に い と ま の な い程 で あ るが、 こ こで は部 派 教 団 が 肉 食 禁 止 へ と動 いて い く方 向7)で の 規 定 を法 蔵 部 に伝 承 され た律 蔵 か ら引 用 す る。

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時 に比 丘 あ り、波 羅 奈 国 に住 して乞 食 して得 ず、 栴 陀羅 の 家 に往 き、 彼 に於 い て、 狗 肉 を得 て之 を食 す、 諸 の比 丘 乞 食 す るに、諸 狗憎 みて、 逐 うて 之 を吠 ゆ。 諸 の比 丘 是 の念 を作 さ く、 「我 等、 或 は能 く狗 肉 を 食 う。 故 に衆 狗 を して 憎 み 逐 うて 我 を吠 え しむ の み」 と。諸 の比 丘 仏 に 白 す。 仏 言 わ く 「自今 已 去、 狗 肉 を食 す る こ とを得 ざ れ、 若 し食 す れ ば突 吉 羅 を 得 」 と。(『四 分 律 」 巻 四 十 二8)) この よ うに 「犬 とチ ャ ン ダー ラ」 の文 言 はバ ラ モ ン法 典 類 に見 られ る、 賎 種 の者 を動 物 と同一 視 す る見 方 で あ り、 社 会 的 に広 く行 きわ た って い た こ とが わか る。 と ころ で仏 教 タ ン ト リス トた ち が 集 ま って行 う聚輪 の場 で、 実 際 に犬 が 人 間 の参 加 者 と一 緒 に食 事 を した と は考 え られ な い。 また 当 該 偏 頒 にお いて、 犬 を トー テ ム とす る種 族 民9)が 言 及 され て い る と も考 え に くい。 「犬 」 は侮 蔑 され る 「チ ャ ン ダー ラ」 を 強 調 す る た め に使 わ れ た 文 言 で あ って、 こ こで は社 会 通 念 と して の蔑 視 の対 象 とな って い る 「犬 畜 生 に も等 しい チ ャ ンダ ー ラ」 が述 べ られ て い る と考 え た い。 と ころ が正 統 派 バ ラモ ン思 想 に あ って は、 至 高 の存 在 で あ る バ ラモ ンの 存 在 を際 だ た せ、 引 き立 て る存 在 と して チ ャ ンダ ー ラ お よ び最 不 浄 の動 物 で あ る犬10)が利 用 され る。賢 者 の平 等 観 を 印 象 づ け る た め に チ ャ ンダ ー ラ と犬 が 利 用 さ れ て い る好 例 と して、 山 崎(1994:458-9)は 「最 高 知 に達 し た者、 す な わ ち ブ ラ フマ ン(最 高 原 理)を 知 った者 は、 す べ て の執 着 を完 全 に 断 ち、 解 脱 ・浬 葉 の境 地 に安 住 す る。 彼 に と って一 切 万 物 は平 等 で あ る」 と して、 そ う した賢 者(papdita)の 境 地 を 唱 っ た次 の句 を 引用 す る。 知 識 ・戒 行 を 備 え た る バ ラ モ ン、 牡 牛、 象、 さ ら に は ま た 犬 お よ び シ ュ ヴ ァパ ー ガ(チ ャ ン ダ ー ラ)を、 賢 者 は 同 等 な も の と見 る。(「バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー タ ー 」V, 18) バ ラ モ ン た ち に と っ て は 自 分 た ち が 「絶 対 的 平 等 」 を 唱 え て い る 分 に は 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 問 題 は な い の で あ る11)。イ ン ドの宗 教 史 に は カ ー ス トの枠 を 出 て、 解 脱 の 道 を 自力 で 探 る現 世 放 棄 者(サ ヌ ヤ ー シ ン)が 数 多 い。 彼 らが こ こで言 わ れ る賢 者 に相 当 す る ので あ ろ うが、 現 世 放 棄者 の 道 と カ ー ス ト制 の宗 教 と は決 して 対 立 関 係 に あ る もので は な い。 ヒ ン ドゥイ ズ ムの 枠 内 に あ って両 者 は相 互 補 完 的 で あ り、賢 者(現 世 放 棄 者)の 「平 等 観 」 は社 会 的 ・制 度 的 に絶 対 的 な優 越 性 を 保 証 され た 者 が カ ー ス トの枠 組 み に あ る者 に与 え る 「恩 恵 」 に他 な らな い か らで あ る12)。ま さ に こ う した 「恩 寵 」 は非 日常 的 な性 格13)のもの で あ り、 日常 に お け る救 い の な い差 別 を覆 い 隠 す 正 統 派 バ ラモ ンが投 げ る「包 摂 の論 理 」14)の幻 の網 に す ぎな い。 一 方、 正 統 派 バ ラ モ ン思 想 の 「平 等 観 」 と は異 な って、 釈 尊 の 四姓 平 等 の教 説 は僧 伽 の 日常 性 の内 に お い て具 体 化 さ れ るべ き もの と して あ った。 紀 元 後 七 ∼ 十 二 世 紀 の イ ン ド的 中世 の形 成 過 程(小 谷:23)に お い て は、 仏 教 徒(バ ウ ダ)の 世 界 に も 「密 教 」 の 出現 と展 開 と い う大 きな変 化 が 生 じた ので あ るが、 「犬 と チ ャ ンダ ー ラ」 の特 別 視 が イ ン ド密 教 の 全 体 で の 社 会 通 念 で あ っ た こと15)は、当時 の密 教 行 者 の見 る夢 にお い て、 犬 を 始 め とす る動 物 と チ ャ ンダ ー ラが 凶 事 と して同 置 され て い る こ と16)、お よ び そ れ との 逆 な ヴ ェ ク トルで 「チ ャ ンダ ー ラ と犬 との 交 合 」 の 夢 が慶 事 と して 挙 げ られ て い る こ と17)から も理 解 され よ う。 と こ ろで 本 稿 の テ-マ で あ る聚 輪 にお け る 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 に あ って は、仏 教 徒 た ち は釈 尊 以 来 の 伝 統 的 な 論 法、 っ ま り 「生 ま れ に よ って 賎 し い人 とな るの で はな い。 生 まれ に よ って バ ラモ ン とな るの で は な い。 行 為 によ って賎 しい人 と もな り、 行 為 に よ って バ ラ モ ン と も な る」18)を使 っ て はい な い。 聚 輪 の場 で 共 食 の 開 始 に際 して 唱 え る この偶 頒 にお い て、 仏 教 タ ン ト リス トた ち は ま さ し く 「バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー ター」 に 表 出 され て い る正 統 派 バ ラモ ン思 想 の 「平 等 観 」 を 逆手 に と って、 バ ラモ ンと犬 と チ ャ ンダ ー ラの三 者 の平 等 を宣 説 し、 さ らに集 会 に お け る すべ て の 事 柄、 す な わ ち酒 ・肉。 性 喩 伽 を不 可 欠 の構 成 要 素 とす る三 昧 耶 の実 践 を 「正 法 」 で あ る と宣 言 す る の で あ る。

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4)「 内 な る カ ー ス ト19)」と バ ラ モ ン か ら の ハ ラ ス メ ン ト 釈 尊 の成 道 と初 転 法輪 に続 く仏 教 教 団(僧 伽)の 形 成 以 来、 ヴ ェ ー ダ の 権 威 を認 め る、 バ ラモ ンを頂 点 とす る体 制 が意識 的 に押 しつ けて くるジ ャー テ ィ ・ダ ル マ の 問題 に少 数 派 で あ る仏 教 徒 た ち が否 応 な し に対 応 しな けれ ば な らなか っ た で あ ろ う こ とが 想 像 され る。 「カ ー ス トの 論 理 」 の よ うな 徹 底 した 「差 別 思 想 」 は単 純 で あ るが 故 に、 特 に一 般 大 衆 の レベ ル で は打 ち破 り難 い力 を もっ 思 想 で あ る こ と は遺 憾 なが ら否 定 で きな い。 仏 教 徒 た ち も先 ず は じめ に イ ン ド人 なの で あ り、 意 識 的 な選 択 に よ って具 足 戒 を受 け て 「仏 子 」 とな り、誓 約 者 集 団 で あ る僧 伽 の メ ンバ ー に な った者 の場 合 で あ って も、 そ れ ぞ れ の 出 身 カ ー ス トの背 景 と慣 習 を無 意 識 離 裡 に僧 伽 に 持 ち込 ん で きた で あ ろ う20)。そ の 際 に カ ー ス トの 「差 別 の原 理 」 は共 同 体 で あ る僧 伽 の 「一 味平 等 の原 理 」 を 内 部 か ら腐 敗 さ せ る もの と して働 い た21)と考 え られ る。 又 比 丘 往 いて 施 陀 羅 子 の比 丘 に語 りて言 わ ん、 汝 は栴 陀 羅 の種、 出家 受 戒 を 用 う る を為 さん や、 汝 応 に人 の手 足 鼻 頭 を戴 りて 持 して 木 上 に 着 くを 学 び死 人 を捲 いて 出 で て 焼 くを学 ぶ べ し、是 の如 く種 々 の施 陀 羅 の技 術 を 汝 応 に学 ぶ べ しと、 軽 殿 心 の故 に一 々 の語 に 波 夜 提 な り。 (『十 諦 律 』 第 九22)) 比 丘 ・比 丘 尼 と はな らず に優婆 塞 ・優 婆 夷 と して 在 家 信 者 に と ど ま った 者 た ち の場 合 で あ って も、社 会 生 活 を営 み 続 けて い く うえ で、 理 念 的 な仏 教 徒 の サ ー ク ル へ の帰属 意 識 と 自己 の出身 カ ー ス トが要 請 す るジ ャーテ ィ ・ ダ ル マ の遵 守 と の 間 に は何 らか の葛 藤 が あ った23)もの と考 え られ る。 時 代 区 分 と して ポ ス ト ・グ プ タ期 か ら、新 た に形 成 され た ジ ャー テ ィが 四(五)っ の ヴ ァル ナ の い ず れ か に組 み込 ま れ て 成 立 す る ヴ ァル ナ=カ ー ス ト制度 が 社 会 全 体 を再 編 して い く過 程 で イ ン ドの 中 世 社 会 が成 立 して く 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁ 三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 る。 こ う した ヴ ァル ナ=カ ー ス ト制 度 の 展 開 に合 わ せ る教 団 の姿 勢 が カー ス ト受認 ・ 「内 な る カ-ス ト制 度 」 を生 み 出 して い った こ と は、 「大 乗 仏 教 の起 源」 の 問 題 と も関連 させ て、 下 田(1997)・ 佐 々木(1999)・ 袴 谷 (1992a, b, 93a. b, 95, 96, 99)を 始 め と して内 外 の 多 くの研究 者 が そ れ ぞ れ の 角度 か らの研 究 を進 め て い る。 時代 は下 るが、 この項 で は イ ン ド仏 教 の最 後 を飾 る密 教 の分 野 を取 りあ げ る。 っ ぎの所 謂 「初 期 密 教 経 典 」 か らの 引 用 は、 仏 教 徒 た ち の制 度 観 と して の強 固 な 「内 な る カ ー ス ト」 の枠 組 み を 明確 に示 す もの で あ る24)。 善 と不 善 に対 す る知 恵 を持 て ば、 バ ラモ ンと シ ュ ー ドラた ち に は差 別 は な い ので あ る。 しか しなが ら、世 間 の思 惑 に よ って 〔こ の者 は〕 バ ラモ ンで あ り、 この者 は シュ ー ドラで あ る と分 別 す る に過 ぎ な い ので あ る。 真 実 の道 を想 い、 善 〔法 〕 に従 うな らば、 シ ュ ー ドラ た ち もま た生 と死 の な い所(浬 葉)に 赴 くので あ る。 悪 道 に入 る悪 しき行 為 が あ る な らば、 バ ラ モ ンで あ る者 さ え恐 ろ しき地 獄 に堕 ち るの で あ る。 (『蘇 婆 呼 童 子 請 問 経 』25)) 若 し五 辛 酒 肉 の 家 有 らば、 真 言 を 修 行 せ ん 者 は、 た とえ一 劫 飢 餓 の苦 を 受 くと も、 亦 此 に於 い て 而 も食 す べ か らず。 何 を以 て の 故 に、 栴 陀 羅 の 居 と共 にす る に異 な る こ とな きが 故 に。 亦 門首 を 過往 して、 彼 の 人 と共 に語 るべ か らず。 何 に況 や 食 せ ん を や。 若 し彼 が食 を 食 せ ば、 彼 の 人 と共 にす る と何 ぞ 異 な らん。 浮 行 と名 づ け ず、亦 栴 陀羅 に 同 じ。 (『蘇 婆 呼童 子請 問経 』26)) 外道 と 〔一 緒 に〕 住 す る こ と、 また 〔彼 ら と〕 論 争 す る こ とな どを も な して はな らな い。 チ ャ ンダ ー ラ(candala)な どの 種 姓 の 劣 れ る者 とマ ン トラ念 諦 者 は 〔共 に〕 話 して は な ら な い。(『 蘇 悉 地 掲 羅 経 』 「持 戒 品 第 七 」27))

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は じめの 引 用 に あ る仏 教 徒 た ち の 「生 ま れ に よ って で は な く行 為 に よ っ て、 賎 しい人 と もな りバ ラモ ンと もな る」 の釈 尊 以 来 の伝 統 的 な論 理 は正 論 で はあ るが 認)、素 朴 で 直 戴 的 な 「差 別 思 想 」 で あ る ヴ ァル ナ ー カ ー ス ト 思 想 の土 俵 上 で は、 仏 教 徒 側 に勝 算 の な い こ と は当 初 か ら明 らか で あ る。 次 の二 っ の 引 用 で は不 可 触 民(五 番 目の ヴ ァル ナ)と して の 「施 陀 羅 」 は 無 条 件 的 な差 別 ・排 除 の 対 象 と して 捉 え られ て お り、 「栴 陀 羅 」 は始 め の 引 用 に見 る仏 教 徒 の論 理 が適 用 され る対 象 の外 に あ る こ とが わ か る。 と く に最 後 の 『蘇 悉 地 掲 羅 経 』 の記 述 は初 期 大 乗 経 典 と され る 『法 華 経 』 「安 楽 行 品 第 十 四」 の説 示29)、「これ らの 人 々 が 近 づ い て 来 た と き に は、 か れ らの た め に教 え を説 い て もよ い が、 こち らか ら近 づ こ うと して はな らな い」 か ら も隔 た っ た考 え で あ る。 これ は、 古 代 イ ン ドに お け る比 較 的 流 動 性 の 強 い賎 民層 の 代 表 と して の チ ャ ンダ ー ラ と 中世 イ ン ドに お い て 確 立 され た ヴ ァル ナ=カ ー ス ト制 度 に お け る 「五 番 目 の ヴ ァ ル ナ 」 で あ る不 可 触 民 (の 代 表 と して の チ ャ ンダ ー ラ)と の相 違 と も言 え る もの で あ る。 バ ラモ ン教 にお い て は、 上 位 三 ヴ ァル ナ の よ う に再 生 族 で は な くて も、 シ ュ ー ドラ は ヴ ァル ナ制 の 枠 組 内 の 存在 と して 認 め られ て い た の で あ り、 シ ュ ー ドラま で が許 容 範 囲 で あ った と考 え られ る 『蘇 婆 呼 童 子 請 問経 」 の 仏 教 徒 た ち は、 バ ラモ ン教 の基 本 的 な社 会 構 造 の 枠 組 み に随 順 して い た こ とが わ か る。 つ ま り四姓 を社 会 の基 本 的 な種 姓 と し、そ の外 に不 可 触 民 や 種 族 民。 異 邦 人 な ど を置 く正 統 派 バ ラモ ン思 想 の社 会 体 制 観 は、 「初 期 密 教 経 典 」 にお け る密 教 徒 に と って は無 条 件 的 な前 提 で あ っ た こ とが理 解 さ れ る。 さ らに 「初 期 密 教 経 典 」 群 の全 体 を通 じて、 密 教 行 者 た ち は 「五 辛 酒 肉」 「婦 女 」 か ら常 に遠 ざ か る 「禁戒 」 を 執 持 して、 「當 に須 く殺 盗 ・邪 淫 ・妄 語 ・綺 語 ・悪 口。 両 舌 を遠 離 」30)する求 道 的 な 仏 教 徒 で あ る。 無 上 喩 伽 タ ン トラの 「成 立 宣 言 書 」 と も言 え る 『秘 密集 会 タ ン トラ」 の 「殺 盗 ・ 邪 淫 ・妄 語 な ど」 に関 して 「世 尊 」 が 説 く 「反 社 会 的倫 理規 範31)」や 『ヘ ー ヴ ァジ ラニ 儀 軌 』 に見 る 「女 性 へ の 承事 」 「五 甘 露 」 「五 灯 明」 と い っ た仏 教 タ ン トリス トた ち の三 昧耶 の遵 守 はお よそ 見 あ た らな い32)。 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 しか し 「初 期 密 教 経 典 」 群 に現 れ る密 教 徒 た ちが い く らヴ ァル ナ=カ-ス ト制 に関 して正 統 派 バ ラモ ン思 想 に随 順 して、 自 らは行 儀 正 し く修 法 に 励 ん で い た と して も、 バ ラモ ンた ちが、 僧 伽 の個 々 の メ ンバ ー に対 して、 出身 カ ー ス トに定 め られ た を ジ ャー テ ィ ・ダ ル マを 遵 守 す る よ う求 め て、 執 拗 にハ ラ ス メ ン トして く る事 実 に はか わ りが な か った。 「浮 ・不 浄 」 の 観 念 を核 とす る カ ー ス トの論 理 の下 で は異 な った カ ー ス ト出身 者 た ち に よ る 「共 食 」 は 「非 法 」 で あ る。 バ ラモ ンた ち に と って はそ れ は絶 対 に許 し 得 な い事 柄 で あ る。 しか し正 統 派 バ ラ モ ンの 論 理 を 受 け入 れ て しま え ば、 僧 伽 は解 体 す るか、 カ ー ス トの数 だ け分 裂 す る こ とに な って しま う。 っ ま り原 理 的 に は共 同 体 と して の僧 伽 は存 在 し得 な い こ と にな る。 以 下 は 『蘇 婆 呼 童 子 請 問 経 』 よ りの引 用 で あ る給)。 極 端 に近 か らず、 極 端 に遠 くな い所 で、 飲 食 が あ り、 シ ュ ー ドラが 多 くいて、 客 を もて な し、快 く過 ごせ る家 に して、 バ ラ モ ンや外 道 の い な い 〔家 に〕 親 近 す べ きで あ る。 慢 心 して 高圧 的 な 諸 の バ ラモ ン は生 まれ を 自慢 し、悲 患 を もっ こ と は な いの で あ る。(中 略)バ ラ モ ン は 仏 教 徒 に向 か って 〔我 々が 〕 如 何 に劣 って い るか を話 す ので あ る。 バ ラモ ンた ち に対 して 諸 の シ ュ ー ドラ は、親 近 して供 養 の 物 を差 し出 す 存 在 で あ るが 故 に、 シ ュ ー ドラな る者 が ま た真 言 を ど う して唱 え るの か 〔とい い、 真 言 行 者 が バ ラ モ ンな らば〕 天 と来 訪 者 と に供 養 し、 六 種 の 事 業 と王 と火 天 に親 近 し、息 子 の た め に営 み を な す こ とな どが、 諸 の バ ラモ ンの 成 し遂 げ るべ き 〔事 業〕 で あ る 〔とい い、 ま た真 言 行 者 が ク シ ャ ト リヤ ・ヴ ァイ シ ュヤ な らば〕 諸 の ク シ ャ トリヤ ・ヴ ァ イ シ ュヤ も また 自 らの 事 業 を 成 し遂 げ るべ きで あ って、 そ の こ とを疑 っ て はな らな い と い うの で あ る。 〔そ の よ うなバ ラ モ ン の 〕 様 々 な 妄 語 の罪 は 自身 と他 者 の 心 を悩 ます だ けで あ る。 この 『蘇 婆 呼 童 子 請 問 経 』 の引 用 か ら明 らか に な る こ と は、 バ ラモ ンの

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ハ ラ ス メ ン トに よ っ て 悩 ま さ れ、 そ の 不 満 を 経 典 の な か で 訴 え て い る 「初 期 密 教 経 典 」 群 の 密 教 行 者 の 姿 鈎)であ る。 こ こ で イ ン ド仏 教 の 全 体 を 考 え る 上 で、 彼 ら の チ ャ ン ダ ー ラ観 がSuttanipataのVasettha suttaに お け る釈 尊 の 教 説 は お ろ か、 『法 華 経 」 を 担 っ た 法 師 た ち の そ れ か ら も 隔 た っ た も の で あ る こ と に 留 意 す る 必 要 が あ る。 5)「 偶 頗 」 の 解 釈 ア バ ヤ ー カ ラ グ プ タ はSarpputa-tantraの 註 釈 書Amnayamaarl35)に お い て、 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 を 註 釈 し て、 以 下 の よ う に 述 べ て い る。 か くの ごと く甘 露 とみ な した酒 を三 昧 耶 を 持 っ 者 た ち に与 え る偶 頗 が 説 か れ て、 「見 よ」 云 々 な どで あ る。 「色」 を始 め とす る これ らの 諸 存 在 は、 勝 義 と して もの の 自性 を欠 い て い るか ら、 「清 浄 な る もの と見 よ」 と言 う ので あ って、 〔そ れ は〕 正 しい認 識 方 法 に よ っ て 正 しい こ と と され る。 真 実 の た め と言 う こ とで非 存 在 に固 執 す る観 想 を す る こ とを も遥 か遠 くに捨 て よ。 存 在 と非 存 在 と して 仮 設 せ られ た も の は 〔本 来 〕 同 一 性 を離 れ た もの、 個 別 性 を 欠 い た もの で あ る こ と は、 い と も容 易 く 〔理 解 〕 され る こ と なの で あ る。 この よ うに仮 設 さ れ た も のす べ て は 「同一 の空 性 とい う 自性 の もの と して 食 べ よ」 と言 うの で あ って、 バ ラモ ンを始 め とす る 〔ヴ ァル ナ は〕 各 別 で あ る と い う分 別 の現 れ を無 くす る こ とで あ る。 こ う したわ けで 種 姓 で あ るか 種 姓 に あ らざ る ものか、 性 交 して よ い者 か性 交 して は い けな い者 か、 食 す べ き もの も し くは食 せ ざ るべ き もの36)、飲 む べ き もの か 飲 む べ き で は な い もの な どの 分 別 を捨 て 去 って、 取 れ37)と言 う密 意 で あ る。 Indrabhotiは 当 該 箇 所 につ い て 『吉 祥 相 合 明 点 と名 づ け る喩 伽 母 恒 特 羅 王 広 註 正 見 念光 銘)』にお いて、 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁ 三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 こ の 故 に 「婆 羅 門 」 と は 「瘍 」 で あ る。 「犬 」 と は 「嫉 妬 」 で あ る。 「チ ャ ン ダ ー ラ 」 と は 「瞑 志 」 で あ る。 「本 性 を 同 じ くす る も の で あ る か ら」 と は 生 来 的 に そ な わ っ た(sahaja)(空 性 と して)同 じ本 性 を も っ か ら、 と い う こ と で あ る。 「も ろ と も に 食 べ よ 」 と は 「凝 」 な ど を 食 べ 〔尽 く し〕 て し ま うべ し と い う こ と で あ る。 と して、 バ ラ モ ンと犬 と チ ャ ンダ ー ラの 三 者 を そ れ ぞ れ凝 ・嫉 妬 ・瞑 志 に 割 り当 て て、 煩 悩 で あ る こ う した心 の 働 きを 食 べ(尽 くす)意 味 に取 って い る。 Vlravajraは 当該 箇 所 の註 と して 『一 切 但 特 羅 序 品 並 に大 秘 密 吉 祥 相 合 所 出広 釈 宝婁 』 の 中鋤 で 簡 単 に以 下 の よ うに述 べ る。 別 々 に食 べ て い るか ら、一 緒 に食 す べ し と思 惟 して、 「見 よ 」 云 々 な ど と説 か れ て い て、 婆 羅 門 と犬 な ど を例 に 出 して、 倶 に食 す べ しと説 か れ て い るの で あ る。 次 にCatuhpiha-tantraの 当 該 箇 所 を 註 釈 し たBhavabhadraの 『恒 特 羅 王 吉 祥 四 座 註 釈 念 因 』 か ら 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 に 関 す る 箇 所40)を 引 用 す る。 (ガ ナの 曼 茶 羅 に お いて、 酒 を 与 え る偶 頒 が説 か れ て)「 婆 羅 門 と犬 とチ ャ ンダ ー ラの 三 者 」 と言 う こ と に関 して、 「婆 羅 門 」 な る語 の例 示 に よ って、 バ ラ モ ンと ク シ ャ ト リヤ と ヴ ァイ シ ュヤ た ち を含 め るの で あ る。 「犬 」 な る語 の例 示 に よ って、 通 常 の畜 生 の す べ て が 含 ま れ るの で あ る。 同 じ く 「チ ャ ンダー ラ」 の語 で、 すべ て の シ ュ ー ドラ種. 姓 と卑 賎 な る者 た ちが 含 まれ るの で あ る。 「自性 が 一 つ 」 と い うの は 本 性 が等 しい の で あ って、 人 間 と畜 生 な ど や、 バ ラモ ン と チ ャ ン ダー ラた ち な どに つ い て は、種 な どが異 な って い る と捉 え る こ と は 自 らの

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妄 分 別 だ け を本 質 とす る もの で あ って、 つ ま り血 と精 液 と貧 欲 と瞑 志 な どか らで き た身 体 に関 して、 精 液 な ど の区 別 は知 られ得 な い と い う 意 味 で あ る。 「倶 に食 べ よ」 とは、 分 別 の す べ て を 飲 〔み 尽 くす 〕 べ し との意 味 で あ る。 以 上、Sarpputa-tantraとCatuhpitha-tantraの 註 釈 書 の解 釈 を い くつ か 引 用 したが、 註 釈 者 の語 句 解 釈 の姿 勢 に はお しなべ て 空 性 修 習 と結 びっ けた 大 乗 的 な意 味 づ け の方 向 が見 られ る こ と は明 らか で あ る。 タ ン トラ 自 体 の 記 述(思 想)と 註 釈 家 の姿 勢 と の齪 歯吾は、 か な りの 社 会 的 な幅 を も っ て展 開 したで あ ろ う仏 教 タ ン トリズ ム の本 質 とそ の 歴 史 的 な 展 開 に も関 係 す る問 題 と して、 そ の検 討 の重 要 性 は早 く も 『二 儀 軌 』 の校 訂 に際 して ス ネ ル グ ロ ー ヴが 取 りあ げて い る と こ ろで あ る41)。 この 問題 の 本 格 的 な論 究 は別 な 機 会 に譲 る と して、 つ ぎに この 「三 者 平 等 の偶 頒 」 自体 の 意 味 を 考 察 して み た い。 まず 最 初 に こ こで は、 「バ ラ モ ンと犬 とチ ャ ンダ ー ラ」 の三 者 は 「本 性 を等 し くす る もの」 で あ る と述 べ て、 他 の解 釈 が 入 り込 む 余地 の 無 い ほ ど明 確 に定 義 されて い る ことで あ る。 存 在 は無 自性 に して 空 で あ るが故 に、 現 れ と して は多 で もあ る得 る。 この 空 性 の論 理 は、 存 在 が 空 とい う同一 本 性 の もので あ る こ とを許 す が、 同 時 に多 と して の現 れ(同 じ能 所 を離 れ て 空 性 を 本 質 とす る もの)を も許 す も の で あ る。 従 って、 正 統 派 バ ラモ ンた ち の 「四 つ の ヴ ァル ナ の 区別 と して の、 さ らに数 限 りな い カ ー ス トの 区別 と して の 人 間 存 在 」 とい う思 想 を社 会 思 想 の レベ ル で は追 認 す る こ とに もな りか ね な い危 険 性 を もっ42)。と こ ろ で バ ラ モ ンを身 分 的 な社 会 構 成 の頂 点 に 置 く体 制 の擁 護 者 た ち の唱 え る 「ヴ ァル ナ とカ ー ス トの論 理 」 は明 快 な 「差 別 思 想 」 と して、 現 実 の社 会 に お い て生 きて 働 いて い る 「思 想 」 で あ る。 仏 教 徒 の 思 想 の理 論 的 基 礎 は 「空 性 」 や 「妄 分 別 の遠 離 」 な ど で あ る。 しか し生 きて 働 く思 想 と して の 「カ ー ス トの論 理 」 に対 抗 して、 「空 性 修 習 」 や説 話 を 用 い た倫 理 規 定43)を 前 面 に 出 す の で はな く、 カ ー ス ト思 想 が 働 く(禁 制 力 を 発 揮 す る)現 場 と 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁ 三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 も言 え る飲 食 の場 で、 仏 教 徒 た ちが、 「衆 生(バ ラモ ン と犬 と チ ャ ン ダ ー ラ)は 自性 が 一 つ で あ る」 と い う空 思 想 に基 づ く明 快 な 自 らの 「思 想 」 を 真正 面 に打 ち出 して い る こ と は強 調 され て も し過 ぎ る と い う こと は な い。 実 際 の 聚 輪 に メ ンバ ー と して チ ャ ンダ ー ラが 参 加 して いた か ど うか は別 に して、Bhavabhadraが 釈 して い る よ う に、 「ヒエ ラル キ ー の頂 点 に位 置 す る」 バ ラモ ンと 「犬 畜 生 に等 しい」 チ ャ ンダ ー ラの 語 によ って す べ て の人 間存 在 の本 質 的 な 同一 性 を 宣説 して い るの が この偶 頒 の意 味 で あ る。 この 「三 者 平 等 の偶 頗 」 の体 現 す る思 想 は、 「初 期 密教 経 典 」 群 に 見 られ る密 教 行 者 の カ ー ス ト制 度 随 順 の 姿勢、 あ るい は 「生 まれ に よ って で は な く行為 に よ って、 賎 しい人 と もな りバ ラモ ンと もな る」の論 理 とは別 な立 場 を取 っ た もの で あ り、 「栴 陀 羅 」 を タ ブ ー 視 して 無 条 件 差 別 ・排 除 す る と い う 「内 な る カ ー ス ト」 思 考 か らの革 命 的 な転 換 と言 え る もの で は な か ろ うか。 6)聚 輪 儀 軌 に お け る 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 の も っ 意 味 っ ぎ に数 あ る聚 輪 儀 軌 に お い て、 この 「三 者 平 等 の偶 頒 」 が儀 礼 の シー ク エ ンス に組 み 込 まれ て お り、聚 輪 が行 わ れ る際 に、 具 体 的 に は参 加者 全 員 に よ る飲 食 が 開 始 さ れ る とき に、 唱 え られ る必 要 性 にっ い て考 察 して み た い。 まず は僧 伽 の 飲 食 の場 合 で あ る。 チ ャ ンダ ー ラの 出家 が 許 され た か ど う か は、 律 蔵 に見 られ る対 立 した記 述 か ら して 多 くの問 題 を 孕 ん で い る岨)。 釈 尊 の 教 説 が 四 姓 平 等 で あ った こ と は疑 い な いが、 そ の平 等 を実 現 す るべ き僧 伽 へ の 入 団 に は種 々 の制 限(遮 法)が 課 され て い た。 したが って チ ャ ンダー ラに 代 表 され る 「卑 賎 な 者 」 が 僧 伽 に参 加 を 許 され る機 会 は現 実 に はそ れ ほ ど多 くな か った と考 え られ る45)。そ して 食 事 作 法46)と し て、 こ こ で取 りあ げ て い る 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 に類 す る 「衆 生 の徹:底 した 平 等 」 を 具体 的 ・直接 的 に 表現 した 偶 頒 が 唱 え られ た とい う記述 は筆 者 の 知 る限 り で仏 典 に は見 られ な い。 また 先 に見 た よ うに、チ ャンダー ラが タ ブー であ っ た 「初 期 密 教 経 典 」 群 に現 れ る密教 行者 た ち に と って は、 そ もそ も 「三 者

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平 等 の 偶 頒 」 自体 が 問 題 に もな らな い こ と は論 ず る ま で もな い で あ ろ う。 こ こで は無 上 喩 伽 階 梯 にお け る独 自な 儀 礼 で あ る聚 輪 の性 格、 っ ま り仏 教 徒 で あ る と 自認 し、仏 教 徒 の サ ー クル にお いて もそ れ が認 め られ て い る 限 りで の男 女 の 喩 伽 者 が 幅 広 く集 ま って 行 わ れ る聚 輪 の性 格 が 第 一 に考 慮 に入 れ られ な け れ ば な らな い。 男 女 の喩 伽 者 に広 く呼 びか け て、 仏 教 タ ン トリス トと して の三 昧 耶 を持 っ者 で あ れ ば 誰 で も参 加 を 許 され る のが 聚 輪 の原 則 で あ る。 振 り返 っ て、 釈 尊 以 来 の伝 統 的 な教 団 の あ り方 は、 比 丘 ・比 丘 尼 の現 前 僧 伽 を 核 と して、 そ れ を在 家 信 者 で あ る優 婆 塞。 優 婆 夷 が 取 り巻 く形 で 構 成 され て い る。 こ の仏 教 徒 た ち の サ ー ク ル は外 部 の一 般 信 者 を 影 響 下 に置 く形 で存 在 して い る(バ ウ ダ の世 界)。 と こ ろが タ ン ト リズ ム の 大 波 が イ ン ド亜 大 陸 を 席 巻 して よ り、無 上 楡 伽 階 梯 に あ って は、 多 くの 男 女 喩 伽 者 (vira, Vlra)た ち が バ ウ ダの世 界 に 登 場 して く る。 こ う し た人 た ち は 伝 来 の僧 伽 の 四衆(七 衆)の 内 の 在 家 者、 優 婆 塞 ・優 婆 夷 で もな け れ ば、 仏 教 徒 の サ ー クル の外 部 に い る一般 信者 で あ る と も言 え な い。 灌 頂 を受 けて は い るが 具 足 戒 は受 けて は いな い こ う した 男 女 の喩 伽 者 た ち は 「在 俗」 の 行 者 で あ り、制 度 と して機 能 して い る教 団 の 比 丘 ・比 丘 尼 と は違 った意 味 で 宗 教 的 なprofessionalと も言 え る 「在 俗 の 宗 教 者 」 で あ る。 か れ らが 大 挙 して 登 場 した こ とに よ って バ ウ ダの世 界 は伝 統 的 な 僧伽 を一 方 の極 と し、 他 方 に在 俗 者 で あ る男 女 喩 伽 者 た ち のamorphous(非 定 形)な 極 とい う二 っ の 中 心 を もっ 世 界 に変 化 ・移 行 した の で はな か ろ うか47)。 僧 伽 の構 成 メ ンバ ー で あ る比 丘 ・比 丘 尼 と在 家 信 者 で あ る優 婆 塞 ・優 婆 夷 の参 加 が記 述 され て い る聚 輪 儀 軌 もい くっ か見 られ る。 しか し聚 輪 あ る い は類 似 した儀 礼 で あ る 「勇 者 の 饗 宴娼)」に お い て、 主 要 な 参 加 者 が 「在 俗 」 の男 女 の喩 伽 者 で あ る こ と は論 を待 た な い。 さ らに聚 輪 の 費 用 の一 切 を負 担 す る施 主 の存 在 が あ る。施 主 が男 女 喩 伽 行 者 と は異 な っ た カ ー ス ト に属 して い る場 合49)も多 い はず で あ る。 当 然 の こ と な が ら、 どの 聚 輪 儀 軌 にお いて もカ ー ス トの 区別 に よ る食 事 な ど論 外 で あ る。 さ らに 仏 教 タ ン ト 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 リス トた ちが 聚 輪 で 口 に す る もの は、 正 統 派 バ ラモ ンな らば決 して 口 に し な い よ うな 「飲 食 物 」 が 中心 とな って い る。 聚 輪 にお いて 参 加 者 が 享 受 す る性 喩 伽 も先 の アバ ヤ ー カ ラの文 言 に あ る よ うに、 カ ー ス トの 別 を問 わ な い男 女 喩 伽 者 の性 交 渉 で あ る50)。一 口 で言 え ば、 仏 教 タ ン ト リス トた ち の 転 じる聚 輪 は正 統 派 バ ラモ ン思 想 か らす れ ば 「非 法」 の一 言 に尽 き る の で あ る。 と こ ろで 僧 伽 を も含 め た広 義 の仏 教 徒 た ちの サ ー クル は、 ヒ ン ドゥー社 会 内存 在 で あ った の で あ り、 これ まで 縷 々述 べ て きた正 統 派 バ ラ モ ン思 想 の 浮 ・不浄 の観 念 を 核 と した 「カ ー ス トの論 理 」 に包 囲 さ れ て い た と考 え るの が 自然 で あ る。 そ こで 誓 約 者 集 団 で あ る僧 伽 の飲 食 で はな く、 原 則 的 に は一 回 ご とに完 結 す る聚 輪 にお いて は、 「共 食 の偶 頗 」 を 唱 え る と い っ た新 た な 「し きだ り」(三 昧 耶)が 導 入 され る必 要 性 が 出 て き た の で は な い だ ろ うか。 っ ま り異 な った カ ー ス トの成 員 に よ る共 食 に抵 抗 感 を もっ 人 た ち(例 え ば初 学 者 や上 位 カ ー ス トの施 主)を 仏 教 徒 た ち の サ ー クル の な か に新 た に迎 え入 れ た場 合 の た め に、 自分 た ち の行 う儀 礼 が 「正 法 」 で あ る こ とを確 認 す る意 味 で 「共 食 の偶 頗 」 を唱 え る必 要 が あ った の で はな か ろ うか。 カ ー ス トの別 を 問 わ な い共 食 儀 礼 を 中心 的 な構 成 要 素 と して もっ 聚 輪 儀 軌 を作 成 す るに 当 た って、 ヴ ァル ナ=カ ー ス ト制 度 に反 対 し、 カ ー ス ト(四 ヴ ァル ナ)と ア ウ トカ ー ス ト(第 五 の ヴ ァル ナ)と の問 に絶 対 的 な差 別 を設 け る正 統 派 バ ラモ ン思 想 を認 め な い儀 軌 の 作 者 が、 い くっ か の タ ン トラで 述 べ られ て い る聚 会(聚 輪)の 記 述 の 内 か ら こ のapabhrarpsa で 書 か れ た文 言 を選 び 出 した の で あ る。 当該 偶 頗 が 「バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー タ ー」 か らの 「本 歌 取 り」 で あ る こと は聚 輪 の 核 とな る この 飲 食 の偶 頒 を 儀 軌 の 次 第 に取 り込 ん だ仏 教 タ ン トリス トた ちの 精 神性 が 現 世 放 棄 者(サ ヌ ヤ ー シ ン)の 道 統 に深 く関 連 して い る こ とを 暗 示 す るの で あ る。 さ らに (聚 輪)儀 軌 の次 第 に組 み込 ま れ て か ら も、 そ の ま ま削 除 さ れ る こ と な く 推移 した とい う事 実 が示唆 す るこ とは、不 可触民 差別 が制 度 と して ヒ ン ドゥー 社 会 で いか に 強 固 に確 立 した と して も、 聚 輪 を転 じ る仏 教 タ ン ト リス トた

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ち の サ ー クル が、 「三 者 平 等 」 の宣 説 を と くに不 都 合 な も の と は 見 な さ な か った こ とを 裏 づ け る証 明51)であ る。 7)結 論 と 問 題 提 起 聚 輪 儀 軌 に見 られ る飲 食 の 開始 に 際 して 唱 え られ る 「三 者 平 等 の 偶 頒 」 は、 異 な った カ ー ス トの者 た ち の共 食 を 「非 法 」 とす る正 統 派 バ ラ モ ン思 想 を 念 頭 に置 い た仏 教 徒 た ち が、 共 食 を 中心 的 な構 成 に もっ 自 らの 集 団 儀 礼(聚 輪)が 「正 法 」 で あ る こ とを参 加 者 一 同 で確 認 す る もの で あ る と考 え られ る。 偶 頒 の文 言 自体 は、 正 統 派 バ ラモ ンな らぬ マ イ ノ リテ ィ ーの 仏 教 徒 た ち が 「衆 生 の平 等 」 を徹 底 的 かっ 具 体 的 に宣 言 す る もの で あ り、 明 らか な 「反 カ ー ス ト」 の性 格 を もっ もの で あ る。 しか し釈 尊 の 四 姓 平 等 の 教 説 か らす れ ば 自明 で あ っ た事 柄 が 偶 頒 と して 殊 更 に唱 え られ な けれ な ら な い こ とが こ こで は問 題 と さ れ な けれ ば な らな い。 こ の こ とは仏 教 教 団 を 取 り囲 む ヒ ン ドゥー 社 会 が、 律 蔵 の成 立 の時 代 と比 較 して、 強 固 な ヴ ァル ナ=カ ー ス ト制 度 に よ って くま な く再 組 織 ・再 編 成 され た こと の一 っ の 例 証 で あ ろ うか。 さ らに チ ャ ン ダー ラに代 表 され る不可 触 民 の 出 家 の 問 題 が あ る52)。彼 ら に と って は確 か に居 心 地 は悪 か った で あ ろ うが、 『パ ー リ律 」『摩 詞僧 祇律 』 『十 調 律 』 の 記 載53)を信 じる限 りに お いて は、 僧 伽 の メ ンバ ー と して チ ャ ンダ ー ラ を始 め とす る差 別 され る アウ トカー ス トの種姓 を もっ比 丘 や和 尚 ・ 阿 閣 梨 が 居 た ことが 知 られ る騒)。 と こ ろが 私 た ち は い くっ か の大 乗 経 典 が社 会 的 な 下 層 階 級(hlna jati) の生 活 様 式(律 儀55))を 倫 理 的 な悪 と同置 して、 チ ャ ン ダ-ラ を 口 を 極 め て罵 って い る例56)に数 多 く出会 うの で あ る。 初 期 仏 教 で は 「六 群 比 丘 」 が チ ャ ン ダー ラ出 身 の 比 丘 を椰 楡 す る の に対 して、 釈 尊(実 際 は規 範 に関 す る 四方 僧 伽 の共 同意 思)は 「六 群 比 丘 」 を非 難 して 「波 逸 罪 」 で あ る とす る。 これ に対 して、 大 乗 や 「初 期 密 教 経 典 」 群 で は仏 ・菩 薩 が 大 阿 羅 漢 や 密 教 行 者 た ち に対 して、 チ ャ ンダ ー ラを 悪 の権 化 の例 と して使 っ た説 法 を 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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密 教 文 化 行 う ので あ る。 これで は 「大 乗 教 団 」 な る もの や 「初 期 密 教 経 典 」 群 の修 行 者 集 団 に チ ャ ンダ ー ラ種 姓 の者 が 参 加 しう る こ とな ど論 外 とな ろ う。 解 脱 と救 済 を求 め る チ ャ ンダ ー ラ種 姓 の 者 に と って は、 所 謂 「部 派 仏 教 」 (小乗)の 方 が 現実 的 に は 「大 きな乗 り物 」 で あ っ た と い う逆 説 が 成 立 し よ う57)。 「三 者 平 等 の偶 頒 」(「共 食 の偶 頒」)が 提起 す る共 食 の 問 題 は、 イ ン ド 密 教 を 論 じる者 に全 イ ン ド仏 教 史 に基 づ い た 新 た なperspectiveとframe-work58)を 要 請 す るの で あ る。 今 後、 筆者 は聚 輪 を 切 り 口 に 後 期 の イ ン ド 仏教 の 世 界 と それ を取 り巻 く ヒ ン ド ゥー社 会 との 関係 を解 明 して い きた い。 参 照 文 献 入澤 崇 1989「 具 足 戒 を 授 くべ か らざ る二 十 人 」 『パ ー リ学 仏 教 文 化 学 』No. 2 氏 家覚 勝1984「 博 識 栴 陀 羅 」 「仏 教学 会 報 』No. 10 1985「 仏 教 経 典 に お け る旛 陀羅 の用 例(覚 え書)『高 野 山 大 学 論 叢 』No. 20 大塚 伸 夫2001「 『蘇 婆 呼 童 子 請 問 経』 に 見 られ る初 期 密 教 修 行 者 像 に っ い て 」 『密 教 学 研 究 』No. 33 草 間 法 照1991「 イ ン ド仏教 に お け る平 等 と差 別 殺 生 に 関 わ る職 業 を め ぐ っ て 」 『イ ン ド哲 学 仏 教学 』 北 海 道 印度 哲 学 仏 教 学 会 小 谷 狂 之1996『 不 可触 民 とカ ー ス ト制 度 の歴 史 』 明石 書 店 佐 々木 閑1999『 出 家 と は何 か 』 大蔵 出版 静 春 樹 2000「 仏 教 タ ン ト リズ ムに お け る聚 輪 儀 礼 の位 置 」 「密 教 文 化 』No. 204 下 田正 弘1997「 浬 葉経 の 研 究 大 乗経 典 の研 究 方 法 試 論 』 春 秋 社 高 田 順 仁2000「 明 呪 の 律(vidya-vinaya)「 蘇 悉 地 翔 羅 経 』 持 戒 品 第 七 和 訳 」 「密教 学 』No. 36種 智 院大 学 密 教 学 会 立 川 武 蔵1999「 ヒ ン ドゥー ・タ ン トリズ ム」 「イ ン ド密 教 』 春 秋 社 田 中公 明2000「 敦煙 密教 と美術 』 法 蔵 館 田辺 繁 子 訳1998(1953)「 マ ヌ法典 』 岩 波 文 庫 中村 元 編1965『 仏典 ・世 界 古 典文 学 全 集 』 筑 摩 書 房 中村 元 訳1984「 ブ ッ ダの こ とば ス ッ タニ パ-タ 」 岩 波 書 店 袴 谷 憲 昭1992a「 悪 業 払 拭 の 儀式 関連 経 典 雑 考(1)」 『駒 沢 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 』 No. 50 1992b「 悪 業 払 拭 の 儀 式 関連 経 典 雑 考(2)」 「駒 沢 大 学 仏 教 学 論 集 』No. 23 1993a「 悪 業 払 拭 の 儀 式 関連 経 典 雑 考(3)」 「駒 沢 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 』

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No. 51 1993b「 悪業 払 拭 の 儀式 関 連経 典 雑 考(4)」 「駒 沢 大 学 仏 教 学 論 集 」No. 24 1995「 悪 業 払 拭 の儀 式 関連 経 典 雑 考(5)」 『駒 沢短 期 大 学 研 究紀 要 』No. 23 1996「 悪 業 払 拭 の儀 式 関連 経 典 雑 考(6)」 『駒 沢短 期大 学 研 究紀 要 」No. 24 1999「 悪 業 払 拭 の儀 式 関連 経 典 雑 考(9)」 「駒 沢 短 期 大 学 研 究 紀 要 」No. 27 羽 田野 伯猷1988 「Tantric Buddhisrnに お け る人 間存 在 」 「チ ベ ッ ト ・イ ン ド 学 集 成 第 三 巻 』 法 蔵 館 松 長 有 慶1978『 秘 密 集 会 タ ン トラ校 訂 梵 本 』 東 方 出版 1991「 イ ン ド密 教 にお け る施 陀 羅 観 」 「高 野 山大 学 密 教 文 化 研 究 所 紀 要 』 No. 4 1998「 松 長 有 慶著 作 集 第 五 巻 』 法 蔵 館 松 本 史 朗1989「 如 来 蔵 思 想 は仏教 に あ らず 」 『縁 起 と空 如 来 蔵 思 想 批 判 』 大 蔵 出 版 山 際 素 男2000「 不 可 触 民 も うひ とっ の イ ン ド』 光 文 社 山 崎 元 一1994「 古 代 イ ン ドの王 権 と宗 教 王 とバ ラモ ン』 刀 水 書 房 N. C. チ ョウ ドリー1996「 ヒ ン ドゥー教 』 森 本 達 雄 訳 み す ず 書房

Bubenik, Vit, 1998 "A HISTORICAL SYNTAX OF LATE MIDDLE INDO-ARYAN (APABHRAMSA)' AMSTERDAM/PHILADELPHIA

Lalou, M. 1965 Praiminaires d'une tude des Gapacakra「 密 教 学 密 教 史 論 文 集 』高 野 山 大 学 編

Sanderson, A. Vajrayana: Origin and Function "Buddhist into the year 2000"

Snellgrove,D.L. 1976(1959) The Hevajra Tantra A Critical Study London. Srimannarayan, Murti, 1996 NIRAVASITA" SAMBODHI vol.20

Krishan, Y. 1998 "Buddhism and Cast System" East and West vol.48 nos. 1-2

<キ ー ワ ー ド>「 三 者 平 等 の偶 頗 」 犬 と チ ャ ンダ ー ラ カ-ス ト制度 ガ ナチ ャ ク ラ(聚 輪) 律 蔵

1) Biblotheca Tibetica 1 vol. 1. 5. No. 51 131b4-132a2:

de nas padma bha hdza nar ma da na blugs la g'yon pa'i mtheb srin gyis ba la cung zad bzung la padma'i bskor ba bya ste/g'yas pas pad-ma bha ndza na bzung/g'yon pas de 'i steng nas cung zad bkab la dbul /len pa pos kyang padma'i bskor ba byas to de bzhin dublang/de'ang brtag pa gnyis pa las/padma'i lag pas dbul ba dang//de nyid kyi ni

聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁ 三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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lag pas blang//

zhes bya ba'i don yin/'dren pa pos ngag to/

'dir ni chos rnams bzang por ltos//'du ba rnams la the tshom med// bram ze khyi dang gdol pa yang//rang bzhin gcig pa nyid du zo// zhes brjod/len pa pos kyang/

bde gshegs chos la rin thang med//'dod chags la sogs dri ma spangs// gzung dang 'dzin pa dang bral ba// de bzhin nyid la gus phyag 'tshal// zhes brjod la/de dag gi don yang shes par bya'o/gnyi kas A ho su kha zhes brjod la blang/tshigs bcad ' di gnyis sam pu ta' i rgyud na bzhugs/sam skr ta' i skad min/pra kri ta' i skad yin/de' i stobs kyis lo tsd bas ma go bar bsgyur bas nor ba bag re snang/'gyur 'di ni ma nor ba yin/

2) こ の 偶 頒 がSarpputa-tantraで は<bali儀 礼>の 章 に、 Catuhpltha-tantra で は 第 二<parapitha>第 三 節<曼 茶 羅 供 養>に 現 れ る こ と は、 儀 礼 マ ニ ュ ア ル と し て 構 成 さ れ た 聚 輪 儀 軌 が、 諸 々 の タ ン ト ラ に お い てgapa, gapamandalaと して 現 れ る 「聚 輪 」(聚 会)と は異 な っ た レ ヴ ェ ル に あ る こ と を 物 語 る も の で あ る。 3)こ こ で 「共 食 の 偶 頒 」 のapabhrarpsaの 文 言 を い く っ か の タ ン トラ や 儀 礼 要 綱 書 の 中 か ら 回 収 して み た い。 先 ず は サ キ ャ ・パ ン デ ィ タ が 挙 げ て い るSarpputa-tantra34章<bali儀 礼>の 章 に 現 れ る 文 言 で あ る。

pecchiae hasahita dhammu na hi sambhavanu melu/ brahmenda kukuru candalu ekku sahave khathu// anaya gathayd dapayet kamalavarttapurvakam/ vamadaksinapanibhyam salilagrantavattitaih/

svadhidevatayogena yathavesapravarttanaih// svagadu dhammu aghara amala patae/ gahagahavivajji apanavaha tantiae//

anaya gathayd grhniyat/samayacaram idam tattvam/ sucisarvtrayoginah/

gopitavyam abhavyanam ndnyatha sukhadayakam//

(京 大 写 本Goshima-Noguchi 116 fol. 181b4-182a4東 大 写 本Matsunami 427 fol. 106b1-4, 428 fol. 83b3-5)

サ キ ャ ・パ ン デ ィ タ は こ の 「共 食 の 偶 頒 」 に 関 し てSarpputa-tantraを 挙 げ て い る が、 同 じ内 容 の 偶 頒 がCatuhpiha-tantraの 第 二<parapitha>第 三 節<曼 茶 羅 供 養>の 一部 に 現 れ る。

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brahmana kukuta candala ekasvabhave khajjah// abhigathena ddtavyam yogayoginimandale/ kamalavarttapurvvena cittasphatikacetana/

trisucya vajrasamdarsadayinam padmam asanam/ svdgato dharmma nakhyd ragamala vigatena/ gahdgahavivarjita panamaha tantiae//

asya gathena grhnlyad yogasiddhaya hetuna /

(Bendall Add. 1704 fol. 27a5-b2, Takaoka KA fol. 28b6-29a3. この サ ン ス ク リ ッ ト写 本 につ い て は、高野 山大 学 大 学 院 の 川 崎 一 洋 氏 よ り提 供 を受 け た。 こ こ に記 して 感 謝 します。) 田 中(1997)は、 「「チ ャ トゥシ ュ ピ-タ 』 は、 新 訳 の 密 教 聖 典 の 中 で、 唯 一 敦 煙 出 土 の チ ベ ッ ト語 文 献 に言 及 され る テ キ ス トで あ る。 こ の聖 典 は リ ンチ ェ ン サ ンボ に よ る新 訳 聖 典 の本 格 的 訳 出 に先 立 って、 い ち早 くス ム リテ ィ に よ って チ ベ ッ トに 紹 介 さ れ た の で、敦 煙 出土 チ ベ ッ ト語 文 献 の最 後 を 飾 る十 世 紀 後 半 の 文 書 に言 及 さ れ た もの と思 わ れ る。 この事 実 は 「チ ャ トゥ シ ュ ピー タ』の 成 立 が、 吐 蕃 時 代 に 知 られ て い た 『秘 密 集 会 』や 『サ マ ヨー ガ』 よ り は遅 れ る も の の、 十 一 世 紀 以 後 に紹 介 さ れ た 「ヘ ー ヴ ァ ジ ュ ラ』 や 「サ ン ヴ ァ ラ』 よ り は古 い こと を暗 示 して い る」 と 述 べ る。 この 「敦 煙 出 土 の チ ベ ッ ト語 文献 に言 及 さ れ る テ キ ス ト」 が 現 在、 我 々 が 手 に す るCatuitha-tantraと 同一 内容 で あ る こ と を 前 提 に す る な ら ば、 「ヘ ー ヴ ァジ ュ ラ』 や'『サ ンヴ ァ ラ』 の釈 タ ン トラ と さ れ るSarpputa-tantraよ り も Catupha-tantraの ほ うが古 い こ とは論 の赴 くとお りで あ る。 またAcaryakriyasamuccayaの 聚 輪 儀 軌 に お いて は聚 輪 を 転 じる に際 して 必 要 と され る品 々 の詳 細 が述 べ られ て い る が、 こ の 「共 食 の 偶 頒 」 の 前 半 が 「五 鉤 の 摂 受 」の次 第 に お い て、後 半 が 「酒 の 摂 受 」の次 第 に お い て 唱 え られ る。

pecchi adhamma na hi sambhavena mella/ brahmana kukura candala ekka sahare khaj j ah// svagada dhamma anaghura amalapagatena/ gahagaha vivaji apanamaha tantiie //

(KA fol-366a4-5, Fillioazat 30 fol.149a6-8. 前 者 は森 口光 俊 氏 よ り、後 者 は 桜 井 宗 信 氏 よ り提 供 を 受 けた。 こ こに記 して 感 謝 します。)

Kriyasarpgrahaの 聚 輪 儀 軌 の 校 訂。 和 訳 研 究 が、桜 井 宗 信(2001: 20)に よ って な さ れ て い る。そ の 中 に最 初 の偶 の前 半 は別 に して 当 該 箇 所 と近 似 す る偶 頒 が あ る (下線 部)。 こ の偶 頒 はapabhrarpsaで は な く、サ ンス ク リッ トで 書 か れ て い るが、 対 比 の た め に そ れ を以 下 に 引用 す る。

grhna vlra iyam dharmasiddhanam mantram ahitah/ brahmaksatrivacandala ekakaran ca vartinam //2//

聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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svagatam dharmarajanam malaragavivarjitam/

dvaitadvaitavinirmukto 'si tattvaikam namitam tvava //3//

「祝 祭 で もあ り、修 法 で もあ る」儀 礼 複 合 の 聚 輪 に お い て は、 この 「共 食 の 偶 頗 」 の他 に もapabhrarpsaの 偶 頗 は儀 礼 進 行 上 の 重 要 な 箇 所 で 唱 え られ る。仏 教 徒 た ち が、サ ンス ク リッ トで は な く、俗 語 の偶 頒 を 唱 え る 意 味 のsocio-linguistic な検 討 が 今 後 の課 題 で あ る。 4)ニ ロ ッ ド ・C・ チ ャ ウ ドリー(1996: 242-3)参 照。 ヴ ァル ナ 制 度 お よ び そ れ と 不 可 分 な 身 分 ・職 業 制 度 で あ るカ-ス ト制 度 の起 源 お よ び歴 史 的推移 につ いて は、 四姓 と通 婚 ・浮不 浄 ・不 可触 性 な ど を バ ラモ ンの犠 牲 祭 遂 行 との 関 わ りで論 じた の にM. Srimannarayan Murti(1996)"NIRAVASITA"が あ る。 5)小 谷(1996: 22.3)は 「古 代 イ ン ドに は、 ヴ ァル ナ ー ジ ャ-テ ィ 制 と して の カ ー ス ト制度 は存在 しな か った。 ヴ ァル ナ=ジ ャ-テ ィ制 と は、現 実 的 ・実 体 的 な人 間集 団 と して の、多 種 多 様 な ジ ャ ー テ ィ(カ ー ス ト集 団)が バ ラ モ ン、 ク シ ャ ト リヤ、 ヴ ァイ シ ャ、 シ ュー ドラ(そ して、 「不 可 触 民 」)と い う四(五)っ の ヴ ァル ナ の どれ か に位 置 づ け られ、上 下 に序 列 化 され た 社 会 体 制 の こ とで あ る。 こ の よ うな もの と して の ヴ ァル ナ=ジ ャ-テ ィ制(カ ー ス ト制 度)が 成 立 す るた ら6には、 ヴ ァル ナ の概 念 と ジ ャー テ ィの概 念 が 明確 に 区別 さ れ て い な け れ ば な らな い。 し た が って、 ヴ ァル ナ と ジ ャ ー テ ィの 概 念 区 別 が 未 確 立 の 古 代 イ ン ドに お い て は、 ヴ ァル ナ=ジ ャー テ ィ制 と して の カ-ス ト制 度 は成 立 しえ な い」 と述 べ て、 厳 密 一 な定 義 を与 え て い る。 6)こ の 「マハ ーバ ー ラ タ』に述 べ られ る聖 仙 ヴ ァ シュ ヴ ァー ミ トラと、 あ る チ ャ ンダ ー ラ との会 話 で は、飢 謹 の と き空 腹 を 抱 え た 聖仙 が チ ャ ン ダ ー ラ の村 に 辿 り 着 き、一 軒 の 小 屋 か ら犬 の 轡 肉 を 盗 取 し、運 悪 くチ ャ ンダ-ラ に見 っ か っ て しま い、論 争 が 始 ま る。そ こで 「窮 迫 時 の 法 」を楯 に取 る バ ラ モ ンの 得 手 勝 手 さ を批 判 す る チ ャ ン ダー ラの科 白 は犬 と 自分 た ち チ ャ ンダ ー ラ の 「地 位 」を 端 的 に 述 べ た もの で あ る。 7)部 派 教 団 が 肉食 禁 止 に 向 か う傾 向 の なか で、「犬 肉」 の禁 止 にっ い て は、下 田正 弘(1997: 399-400)参 照。 8)大 正 二 十 二p. 868c. 9)犬 を始 あ とす る動 物 の トー テ ミズ ム研 究 はChattopadhyaya D.(1959: 76-122) 参 照。 10)仏 教 タ ン トリス トの成 就 者 の振 る舞 い の多 くは、「偽 悪 者 」の そ れ で あ り、社 会 の 一 般 通 念 に殊 更 に異 を立 て る傾 向 が 見 られ る。「八 十 四 成 就 者 伝 』 に お け る成 就 者 ク ク リの名 前Kukkuriが 「犬 」で あ る こ とを 述 べ て お きた い。 11)現 代 イ ン ドにお いて、不 可 触 民 が カ ー ス トヒ ン ドゥー に公 然 と反抗 し、 「平 等 」 を 主 張 した場 合、 そ の 多 くは 「マ ヌ法 典 』の罰 則 規 定 さ な が ら に、 暴 力 的 な 死 に

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よ って そ の 「罪 」を購 う こ とに な る と言 わ れ る。現 代 イ ン.ドの 不 可 触 民 の 状 況 に っ い て は、山 際 素 男(2000)参 照。 12)不 可 触 制 は悪 で あ る と す る が、 しか し ヒ ン ドゥ ー社 会 の 根 幹 で あ る カ ー ス ト制 度 を認 め るマ ハ トマ ・ガ ンデ ィ-の 不 可 触 民 に対 す る 「バ リ ・ジ ャ ン」(神 の 子) とい う呼 び か け は、人 間 の 平 等 を 自覚 した不 可触 民 の 心 を 逆 撫 で す る の で あ る。 ま さ し くカ-ス トの問 題 は ヒ ン ドゥ-に と って、存 在 と思 考 の根 幹 に関 わ る問 題 で あ る。 こ の点 で松 長(1991:19)「 同 じ くタ ン トリ ズ ム で あ って も、 ヒ ン ド ゥ-タ ン トラ で は、階 級 の制 約 に束 縛 さ れ て、栴 陀 羅 の 救 い につ い て は 語 って い な い ため、 そ れ は仏 教 タ ン トラ独 自 の主 張 で あ っ た と思 わ れ る」は 卓 見 で あ る。 立 川 (1999: 227-8)は 「カ ー パ ー リカ派 が どの よ うな 理 論 体 系 を 築 い た か は と もか く と して、 この 『恐 ろ し き』所 行 の行 者 た ち の派 は、 ヒ ン ド ゥー ・タ ン ト リ ズ ム の一 員 と見 な され て きた。 これ は カ ーパ ー リカ派 の者 た ち の崇 拝 形 態 が、 と も か く も バ ラモ ン正 統 派 に よ って先 導 さ れ た ヒ ン ドゥー教 の 中 に 組 み 入 れ 可 能 な もの と し て あ った こ と を示 して い る。 しか しイ ン ドに は正 統 バ ラ モ ンた ち が拒 絶 しっ づ け た崇 拝 形 態 も存 す る。そ う した 拒 絶 され た 形 態 が 常 に カ ー パ ー リカ派 よ り以 上 に 『恐 ろ しい 」 もの だ とい う こ と はな い。(中 略)真 の 理 由 は む し ろ カ ー ス トの 相 違 に あ る の で はな いか と思 われ る」 と述 べ る。 そ れ と の 関連 で、 ヒ ン ド ゥー タ ン ト リズ ム の研 究 者 と して 名 高 いA.Sandersonの 見 解 が あ る。 同 教 授 は 仏 教 タ ン ト リズ ム、 と くに母 タ ン トラは ヒ ン ドゥー タ ン ト リズ ムや 仏 教 タ ン トリズ ム よ り も 深 い層 に あ る と想 定 され る非 仏 教 的 な 源 泉 か ら引 き 出 さ れ た とい う見 解 を 真 っ向 か ら否 定 して、母 タ ン トラは ヒ ン ドゥー タ ン トラ、と くに シヴ ァ派 の 諸 タ ン トラ か らの 「剥 窃 」で あ る とす る。 この見 解 が これ ま で仏 教 タ ン ト リズム研 究 に携 わ っ て い る研 究 者 に よ って 全 面 的 に検 討 され て い な い こ と は驚 くべ き こ とで あ る。 し か し 「深 遠 な 」梵 我 一 如 と い った 思想 とは別 に、 ヒ ン ド ゥ-で あ る限 り、 現 実 面 で は ヴ ァル ナ=カ ー ス トの 問題 が ア ル フ ァで あ りオ メ ガで あ ろ う。引用 した松 長 ・ 立 川 の 観 点 を考 慮 に入 れ てA.Sanderson理 論 の 検 証 と検 討 が 急 務 で あ る。 13)山 崎(1994: 464)は 「非 日常 の 場 面 にお い て、 チ ャ ン ダ ー ラ に 対 す る不 浄 観 が 無 視 され る こ とが あ った」 と して、「ダ ル マ に 関係 す る 場 合 」・「窮 迫 時 」 ・「最 高 智 に達 した 賢 者 の 場 合 」の 三 っ を 挙 げ る。 14)正 統 派 バ ラモ ンの思 想 は 「カ ー ス トの差 別 の 論 理 」 とそ の 対 極 に あ る か に 見 え る 「包 摂 の論 理 」 に よ って 特 徴 づ け られ る。 この 二 っ の 網 を 使 って 仏 教(や ジ ャ イ ナ教)は 「真 綿 で 首 を 絞 あ る」よ うに料 理 され た と い う のが 筆 者 の 持 論 で あ る。 現 代 イ ン ドに お い て も ヒ ン ド ゥー教 徒 た ち は仏 教 を ヴ ィ シ ュ ヌ派 に含 あ て何 ら怪 しむ と ころ は な い。 15)母 タ ン トラを代 表 す る経 典 の 一 っ と して、一 般 に 「チ ャク ラサ ン ヴ ァ ラ タ ン ト ラ』 とさ れ て い る 『ラ グサ ン ヴ ァ ラ』第 二 十 九 品 に も、以 下 の文 言 が 見 られ る。 聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁三 者 平 等 の 偶 頗 ﹂

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rnal 'byor the la gang zhig sdang//khyi yi skye gnas brgyar skyes to// sme sha can du skye bar 'gyur//(Toh 368 233b3)

大 喩 伽 につ いて 憎 悪 す る者 は誰 で も犬 の胎 に百 回 も生 じ、賎 民(屠 殺 人)と し て 生 まれ る こと に な る。 16) 松 長(1991: 5)参 照。 17) 松 長(1978: 83)134偶。 18) Suttanipata v. 136, 142, 650. 中 村 元(1984: 35-6, 140-1)参 照。 19) この 語 に よ って 筆 者 は僧 伽 構 成 員 の カ ー ス ト的 思 考 お よび 僧 伽 内 に お け る制 度 と して の(疑 似)カ ー ス ト制 を 意 味 させ て い る。後 者 に つ い て は、 営 事 比 丘(管 理 人)を 分 析 した袴 谷(1993)が 詳 しい。 ま たcontemporaryな カ ー ス ト制 度 と 仏 教 教 団 の 分 析 はKrishan, Y (1998: 48)参 照。 20)理 髪 師 で あ った 釈 迦 十 大 弟 子 の 一 人 と され る ウ ーパ リの 出 家 物語 は、新 た な 出 家 者 が 社 会 の カ ー ス ト制 を 僧 伽 内 に持 ち込 ん で く る好 例 で あ る。 21)チ ャ ン ダ-ラ 出 身 の 比 丘 の 存 在 と彼 らに 対 す る差別 で あ る 「内 な る カ ー ス ト」 の 問 題 は、vinayapitaka, PTS vol. IV, pp. 6-11.(南 伝 第 二 巻 律 蔵 二 波 逸 提 「罵 戒」pp. 9-18)「摩 詞 僧 祇律 』第 十 二(大 正 二 十 二p. 325b-c)な ど に お い て 明 確 に記 述 さ れ て い る。 爾 の 時六 群 の比 丘、 語 して 諸 の年 少 比 丘 を 誘 問 して 言 わ く、「汝 の 名 字 は 何 等 な りや、汝 の 家 姓 は何 等、 父母 の名 字 は何 等、 汝 が 家 は本 何 の 生業 を 作 せ しや 」 と。年 少 の比 丘 は其 性 質 直 な り しか ば実 を 以 て して 答 う ら く、「我 家 は是 の 如 し、是 の 如 きの 姓 名、是 の如 きの生 業 な り き」 と。 彼 の 六 群 の 比 丘、 後 に 嫌 恨 せ し時便 ち是 言 を作 さ く、「汝 は是 れ 極 下 の賎 種 な り、汝 は是 れ旛 陀 羅 な り、剃 髪 師 な り、織 師 な り、瓦 師 な り、皮 師 な り」 と。年 少 の 比 丘 は此 語 を 聞 き 已 り て、極 め て漸 差 を 懐 け り。 律 蔵 に下 層 階 級 出身 の比 丘 へ の差 別 が記 載 さ れ て い る こ と は律 が教 団 と外 部 社 会 と の接 点 で あ り、教 団 運 営 の 実 際 の 成 文 法 で あ る関 係上、 具 体 的 で あ る 必 要 性 が あ った こと を示 す の で あ り、そ の 点 で 氏 家(1985:1)が、 律 を 「も っ と も差別 思 想 が 強 く出 て い る文 献 」 とす るの は当 た らな い。律 蔵 の各 条 項 の名 目上 の決 定 者 は 釈 尊 で あ り、釈 尊 を差 別 者 に 見 る こ と に は無 理 が あ る。 「も っ と も差 別 思 想 が 強 く出 て い る文 献 」 とは 実 は多 くの 大 乗 経 典 で はな い の か。 これ は 一 般 的 に 「原 理 主 義 的 思 考 」が伴 う 「悪 」 と も考 え られ る。 22) 大 正 二 十 三65a, 67b, 68b. 23) しか しKrishan(1998: 41)は、 「(仏教 に っ い て の通 念 と は異 な って)varnaお よ びlatiと そ れ に関 連 す るkulaとgotraを 取 りあ げて い る初 期 仏 教 の 経 典 が 示 す と こ ろ に よれ ば、在 家 信 者 た ち は カ ー ス ト制 度 を受 け入 れ てお り、決 し て カ ー ス トと その 差 別 的 な 法 に挑 戦 な ど しなか った 」 と述 べ る。

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24)「 初 期 密 教 経 典 」群 に現 れ る密 教 行 者 た ちの カ ー ス ト観 が バ ラ モ ンを 頂 点 と す る ヒ ン ドゥー社 会 の通 念 に い か に 随順 した もの で あ るか にっ い て は、松 長(1991: 1-5)に 詳 しい。 25) Toh 805 Wa 120b4-5. 和 訳 は大 塚(2001)を 使 わせ て 戴 い た。 26) 大 正 十 八721b. この思 想 は 「十 調 律 」に お い て説 か れ て い る 「五 不 応 行 処 」(賊 家。 栴 陀 羅 家 ・屠 児 家 ・淫 女 ・沽 酒 家)と も関連 す る。 27)高 田 順 仁(2000: 57)参 照。 28)「 行 い 」は そ れ を評 価 す る者 の立 場 に よ って決 定 的 に 左 右 さ れ る。 この 論 理 が 抽 象 的 な 倫 理 か ら一 歩 を 踏 み 出 した場 合 に、 ジ ャー テ ィ ・ダ ル マ とい った 社 会 的 な文 脈 で は いか に脆 弱 で あ るか は誰 の 目 に も明 らか で あ る。 29)中 村 元(1965: 130) 30)大 正 十 八720a. 31)「 秘 密 集 会 」 に お け る 「反 社 会 的 倫 理 規 範 」にっ い て は、 松 長(1978: 15-6)。 同 箇 所 の和 訳 に つ い て は松 長(1998: 23-4)参 照。 32)「 初 期 密 教 経 典 」の 段 階 の仏 教 徒 た ち と、無上 楡 伽 階 梯 の 仏 教 タ ン ト リス トた ち の 「旛 陀 羅 観 」の対 比 に っ い て は松 長(1991: 13-19)が 詳 細 に 論 じて い る。 こ の 両 者 の間 を 「津 田 理 論 」が 言 う鋭 い稜 線 が 画 して い るの で あ り、 筆 者 は こ の 二。 三 世 紀 の間 に ヴ ェ ク トル転 換 を 引 き起 こす よ うな何 らか の 出 来事 が、 ヒ ン ドゥ ー 社 会 と の関 係 で仏 教 徒 た ち の世 界 に生 じた と しか考 え られ な い の で あ る。 33)大 正 十 八721ab. 但 し引 用 箇 所(Toh 805 Wa120a7-b3)の 和 訳 は 註(33)の

大 塚(2000)を 使 わせ て戴 い た。 34)大 塚(2001: 40-1)は、 「い や が上 に もバ ラモ ン主 導 の も と に 確 立 さ れ た ヴ ァ ル ナ 体 制 下 に身 を置 く密 教 者 た ち が、 社 会 通 念 に基 づ く差 別 を受 け な が ら苦 悩 して い た 状 況 を 読 み と る こ とが で き る で あ ろ う。 そ れ と と もに、 業 論 の も と に不 善 を 捨 て、 一 心 に善 法 を 求 めて 苦 行 に励 ん で い た彼 らの求 道 態 度 も窺 え るの で あ る。 この よ うな 悲 壮 感 さえ 漂 う密 教 者 た ち の心 情 に 目 を向 け る時、恐 ら く彼 らの 多 く は、社 会 的 差 別 を 受 けた 低 階 級 ヴ ァル ナ に属 して い た者 た ち で あ った ろ う と思 わ れ る」 と要 約 して い る。 こ こか らも ヴ ァル ナ=カ ー ス ト制 の呪 縛 に よ って、 バ ラ モ ンか らの ハ ラス メ ン トに無 抵 抗 な.「初 期 密 教 経 典 」 群 の密 教 修 行 者 た ち と カ ー ス ト制 の社 会 的制 約 か ら心 的 に は 自 由 に な っ た 仏 教 タ ン ト リス ト(男 女 の 勇 者 vira, vira)と の 対 照 的 な在 り方 が浮 か び上 が って くる。 後 者 は 「バ ラ モ ン殺 し」 の大 罪 か ら も 「自 由」 な の で あ る。

35) Toh 1198 Cha 295b6-296a2:

de ltar bdud rtsir byas pa'i myos byed dam tshig can rnams la sbyin pa'i tshig su bcad pa gsungs pa/ltos zhes pa la sogs pa'o/gzugs la sogs pa' chos 'di rnams don dam par dngos pa 'i rang bzhin stong pa

聚 輪 儀 軌 に お け る ﹁三 者 平 等 の 偶 頒 ﹂

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nyid kyis dag pa rnams ltos to tshad mas gongs su mthong ba' o/de nyid kyi phyir med pa kun nas bsgoms pa yang ring du dor cig/dngos po dang dngos po med par sgro 'dogs pa dag ni gcig dang brat ba las gzhan pa dang brat ba bya sla ba kho na' o/de ltar sgro 'dogs pa mtha' dag stong pa nyid kyis rang bzhin gcig to zos pa ste bram ze la Bogs pa tha dad pa'i kun to rtog pa snang ba med par byas pa rnams so/ de' i phyir rigs dang rigs ma yin pa dang bgrod bya dang bgrod min dang bza' bya dang bza' min dang btung bya dang btung min la sogs pa'i rnam par rtog pa bsal nas 'thung cig ces dgongs pa'o/

36) Toh 1199 Ja 51b2:

skye bo gzhan gyis bza min gang/zhes bya ba ni/bdud rtsi inga dang sha inga 'jig rten pa rnams kyis smod pa' o /

他 の 人 に と って 食 物 で は な い も の と言 うの は世 間 の人 に よ って 卑 しむ べ き もの と され る五 甘 露 と五 肉 で あ る。

37) Samputatantra ch.5 prakarana 3

ye anye loke abhaksas to bhaksas tattvasadhakendrasya/ ye agamyas to gamya ye akaryas tasya to karyah/ gamyagamyavikalpam bhaksabhaksam anistanistas ca/ peyapeyam mantri na kuryat/(Matsunami No.427 fol.46b6-47a1) 38) Toh 1197 Cha 310b1

des na bram ze zhes pa ni gti mug go/khyi zhes pa ni phrag dog go/ gdol pa zhes pa ni zhe sdang ngo/rang bzhin gcig pas zhes pa ni lhan cig skyes pas gcig gis rang bzhin gyis so/Than cig bza' zhes pa ni gti mug la sogs pa bza' ba' o/

39) Toh 1199 Ja 111a3:

so sor bza' bas Than cig to bza' snyam na/ltos shig ces bya ba la Bogs pa gsungs to/bram ze dang khyi la sogs pa'i dpes Than cig to bza' bar bshad pa yin no/

40) Toh 1607 H 190b5-191a1:

bram ze khyi dang gdol pa gsum/zhes bya ba la/bram ze' i sgras mtshon pa' l sgo nas/bram ze dang rgyal rigs dang rj e' u rigs rnams gzung ngo/khyi'i sgras mtshon pa 'i sgo nas tha mal pa'i byol song thams cad gzung bya'o/de bzhin du gdol pa 'i sgras dmangs rigs thams cad dang mthar gnas pa rnams gzung bar bya' o/rang bzhin gcig pa zhes bya ba ni ngo bo nyid mtshungs pa ste/' di ltar mi dang byol song la sogs pa dang bram ze dang gdol la sogs pa rnams la rigs la sogs pa

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