印
度
密
教
時
代
區
劃
の
研
究
河
口
慧
海
第三
那
蘭
陀
密
教
後
期
時
代
(
第
二
編
)
那
蘭
陀
寺
後
期
三
百
年
間
に
行
は
れ
た
密
教
の
特
徴
は
寺
院
密
教
に
就
い
て
は
同
時
代
の
前
期
四
百
五
十
年
間
に
行
は
れ
た
所
と
大
差
が
な
い。
則
ち
正
統
密
教
が
寺
院
内
で
行
は
れ
た
の
で
あ
る
が、
唯
だ
時
々
左
道
教
徒
飢
ち
不
正
密
ナ コ ラ ソ タ 教 の 徒 が、 那 蘭 陀 寺 中 に 混 入 し て 居 る の が 知 れ て、 追 放 さ れ た こ と が あ つ た。 で あ る か ら 少 く と も 那 蘭 陀 寺 丈 は 顯 教 で は 龍 樹 の 中 遣 と 無 着 世 親 の 唯 識 宗 の 研 究 が 盛 に 行 は れ、 密 教 で は 右 遣 密 教 即 ち 正 統 派 の み が 大 に 行 は れ た の で あ る。 さ れ ば 寺 院 内 の 密 教 に 就 て 云 へ ば 郡 蘭 陀 寺 時 代 前 後 両 期 を 通 じ て、 大 な る 變 化 は な い の で あ る が、 在 俗 民 間 に 行 は れ た 密 教 は、 非 常 に 相 違 し て 居 る も の で、 其 實 際 に 行 ふ 所 は 全 然 右 遣 密 教 と は 正 反 對 の も の で、 世 に 之 れ を 左 道 密 教 と 稱 へ て 居 る。 そ う し て 此 左 道 密 教 を 初 め て 稱 道 し た の は、 ル ー イ パ で あ る け れ こ も、 是 れ を 廣 大 深 遠 な る 組 織 に 仕 上 げ た の は、 多 く は 此 時 代 に 績 出 し シ ヅ デ イた
八
十
四
人
の
悉
地
行
者
で
あ
る。
此
等
の
行
者
は
一
も
例
外
な
く
皆
左
道
密
教
を
實
行
し
た
入
々
で
あ
つ
て、
不
正
統
の
密
教
経
典
儀
規
等
を
創
作
或
は
發
見
又
は
傳
播
し
た
の
で
あ
る。
又
彼
等
は
當
時
印
度
に
於
て
最
も
盛
大
で
あ
つ
た
那
蘭
陀
寺
大
學
で、
其
宗
義
を
宣
揚
せ
す
し
て、
寺
院
外
郎
ち
民
間
に
於
て
實
行
し
て
傳
播
し
た
こ
と
も
皆
同
じ
で
あ
つ
た。
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 二
そ
う
し
て
彼
婬
鼻
汚
機
な
る
實
行
の
不
正
密
教
が、
清
浄
な
る
寺
院
に
發
育
せ
争
し
て、
何
等
の
規
律
拘
束
な
い
在
俗
の
間
に
發
育
し
た
こ
ご
は、
環
境
の
然
ら
し
む
る
慮
で
あ
ろ
う。
さ
れ
ば
此
時
代
の
特
徴
は、
寺
院
密
教
で
な
く、
民
間
僅
播
の
左
道
密
教
が
發
達
し
つ、
あ
つ
た
事
で、
此
時
代
を
代
表
す
る
人
物
は、
前
に
學
げ
た
八
十
四
人
の
悉
地
行
者
で
あ
る。
勿
論
此
中
に
は
毘
玖
羅
摩
尸
羅
寺
時
代
に
出
た
人
も
あ
る
け
れ
こ
も、
左
道
密
教
の
根
本
的
哲
理
を
説
い
た
経
典
や
儀
規
等
が、
那
蘭
陀
寺
の
後
期
時
代
に
出
た
行
者
等
に
依
て、
闡
明
傅
播
さ
れ
て
居
た
の
で
あ
る。
猶
ほ
此
時
代
と
毘
玖
羅
摩
斯
羅
寺
前
期
時
代
と
を
通
じ
て
の
一
の
特
徴
は、
此
等
の
行
者
が
何
れ
も
皆
秘
密
の
経
典
儀
規
類
を、
印
度
の
西
北
邊
の
山
間
に
あ
る
烏
仗
那
國
か
ら
將
來
し
た
事
で
あ
る。
鳥
仗
那
國
が
左
道
密
教
の
發
生
地
で
あ
る
こ
と
は
後
に
明
か
に
す
る
で
あ
ろ
う。
寺
門
の
右
道
密
教
と
民
間
の
左
道
密
教と
の
實
例
寺
門
内
に
右
道
密
教
の
行
は
れ
た
實
例
は、
那
蘭
陀
寺
の
事
を
誌
し
た
玄
奘
の
傅
に
も
又
西
域
記
に
も、
義
浄
の
南
海
寄
歸
傳
に
も、
當
時
同
寺
の
學
僧
ば
戒
律
堅
固
の
者
で
あ
っ
て、
更
に
同
寺
内
に
左
道
密
教
を
行
じ
た
者
が
居
つ
た
こ
と
を
誌
さ
な
い
事
に
依
て
も
明
か
で
あ
る。
猶
ほ
正
統
密
教
の
教
相
の
相
承
列
祖
が
皆
寺
院
内
に
住
し
た
清
浄
僧
で
あ
つ
だ
事
は
下
に
擧
ぐ
る
が
如
き
を
見
て
も
明
白
で
あ
る。
﹃多
種
秘
密
教
相
々
承
の
列
祖
﹂。
ナ ー ガ ジ ユ ナ ァ ー リ ヤ デ ー ヅ ラ フ ラ 龍 樹 大 士 阿 黎 耶 提 婆。 羅 喉 羅。 チ ヤ レ ド ラ、 キ リ テ キ ラ ナ、 サ ン バ ハ ゾ ギ ャ ー ナ、 キ リ テ 月 稱。 光 明 生 尊 者。 智 稱。 シ ヤ ソ テ イ パ 寂 静 尊 者。 如 意 寳 樹 史 一 四 五 頁此
等
の
尊
者
は
清
浄
沙
門
で
皆
寺
院
生
活
の
一
生
を
送
つ
た
こ
と
は、
各
自
の
傅
記
に
明
か
で
あ
る。
是
れ
に
反
し
て
不
正
統
密
教
相
承
の
列
祖
は、
皆
在
家
生
活
の
行
者
で
あ
る。
稀
に
は
僧
侶
で
あ
つ
た
人
も
あ
る
け
れ
こ
も、
此
時
代
に
於
け
る
此
等
の
行
者
は、
左
道
密
教
に
入
る
時
は、
僧
形
を
棄
て、
蓄
髪
俗
衣
或
は
裸
體
に
し
て
灰
を
塗
り、
或
は
髭
髪
に
し
て
骨
鬘
を
首
に
掛
け
手
に
髑
髏
皿
を
持
つ
等、
僧
と
も
俗
と
も
別
た
ざ
る
一
種
の
行
者
式
の
装
束
を
着
け
た
も
の
で
あ
る。
さ
れ
ば
右
道
密
教
め
修
行
者
と
左
道
密
教
の
行
者
を
分
つ
標
相
は、
僧
服
と
行
者
服
と
に
依
て、
其
の
何
れ
に
屬
す
る
か
知
る
こ
と
が
出
來
る
の
で
あ
る。
併
し
此
區
別
の
正
當
な
る
こ
と
は、
唯
だ
此
時
代
の
み
に
限
る
の
で
あ
つ
て、
次
の
時
代
即
ち
毘
玖
羅
摩
尸
羅
寺
時
代
に
は
通
用
出
來
ぬ
の
で
あ
る。
何
ぜ
な
ら
ば
次
の
時
代
は
僧
形
の
人
々
が、
寺
院
カ ル マ ム ヅ ド ラ内
で
公
然
左
道
密
教
を
行
ふ
や
う
に
な
つ
た
か
ら
で
あ
る。
さ
て
左
道
密
教
中
最
も
婬
狸
な
る
業
の
印
の
相
承
列
祖
は
以
下
の
如
く
で
あ
る。
イ ン ド ラ プ フ ー テ イ 金 剛 持 佛。 大 因 陀 羅 部 底 王。 烏 仗 那 一 王 女 樂 戯。 大 蓮 華 金 剛。 無 支 金 剛。 中 蓮 華 金 剛 池 生。 ジ ヤ レ ン ダ ラ パ。 黒 行 者。 徳 主。 無 量 金 剛。 グ サ ラ バ ハ ド ラ。 如 意 寳 樹 史 一 四 四 頁 尚 ほ 同 系 統 の 光 照 密 教 相 承 の 列 組 は、 金 剛 托 枳 尼 天 女。 ダ ハ リ カ の 弟 子 振 鈴 行 者。 ラ ー ッ パ。 因 陀 羅 部 底 王 等 如 意 寳 樹 史 一 四 四 頁 即 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 三印
度
密
教
時
代
區
劃
の
研
究
四
前
記
の
中
金
剛
持
佛
は
假
想
的
存
在
と
し
て
別
に
論
す
る
必
要
が
な
い
け
れ
ざ
も、
其
他
の
列
祖
は
皆
在
俗
の
人
ゝ
で
あ
る。
是
れ
に
依
て
も
那
蘭
陀
時
代
に
於
け
る
左
這
秘
密
佛
教
が
在
俗
の
間
に
の
み
行
は
れ
た
こ
ど
は
確
か
で
あ
る
事
が
知
れ
る。
右
道
ど
左
道
と
の
直
別
前
編
既
に
正
統
密
教
と
不
正
統
密
教
と
を
分
つ
の
標
準
こ
し
て、
大
毘
盧
遮
那
佛
を
法
身
と
見
る
者
は
正
統
で、
應
身
と
貶
す
る
者
は
不
正
統
で
あ
る
こ
ごゝ、
華
嚴
法
華
等
の
大
乗
の
根
本
思
想
と
一
致
す
る
者
は
正
統
で、
是
れ
に
反
す
る
者
は
不
正
統
で
あ
る
こ
と
を
述
べ
て、
二
の
標
準
を
學
げ
て
置
い
た。
是
れ
は
理
論
的
區
別
の
標
準
で
む
つ
て、
實
際
上
の
區
別
は
以
下
の
如
く
で
め
る。
第
一
右
道
密
教
は
清
浄
を
貴
ん
で
修
行
の
遁
場
を
擇
ぶ
に
も
浄
地
を
求
め
る。
然
る
に
左
道
は
不
浄
を
貴
ん
で、
戸
體
の
横
は
れ
る
墓
地
や、
戸
骸
の
上
な
ご
を
擇
ぶ。
又
右
道
は
沐
浴
を
貴
ぶ
け
れ
ざ
も、
左
道
は
垢
穢
の
儘
で
あ
つ
た
り、
灰
を
全
身
に
塗
つ
た
り
す
る。
又
其
衣
服
に
至
て
も
右
道
の
行
者
に
僧
服
で
あ
つ
た
が、
左
道
の
行
者
は
俗
服
或
は
行
者
の
特
異
な
る
服
装
で
あ
る。
併
し
此
區
別
丈
は
毘
玖
羅
摩
斯
羅
時 代 に は、 僧 服 の 左 道 行 者 も あ る こ と、 な つ た か ら、 那 蘭 陀 時 代 の み に 適 用 出 來 る の で あ る。 又 右 道 密 教 の 行 者 は 佛 説 の 満 浄 戒 律 を 實 行 す る け れ こ も、 左 道 の 行 者 は 行 婬 殺 生 食 肉 飲 酒 等 の 破 戒 的 不 浮 行 を、 法 規 と し て 實 行 す る。 此 等 の 事 實 は 左 右 両 道 の 教 徒 が、 相 互 に 駁 撃 す る 以 下 の 引 證 を 見 れ ば 明 瞭 で あ る。 右 道 行 者 が 左 道 を 駁 し な 言 に、 昆 の 如 く 清 浄 無 垢 な ろ 眞 密 教 為 知 ら す し て、 肉 炎 の 貧 慾 心 た 以 て、 購 合 戯 態 の 本 尊 為 觀 す ろ 等 は、 佛 の 示 さ れ ぬ 完 全 な ろ 眞 言 密 教 で にな い。 外 道 の 大 自 在 天 の 夫 婦 合 體 な 尊 崇 す る と、 岡 一 の 見 處 に 陷 つ て 居 ろ の で あ る じ 秘 密 頓 成 解 釋 九 丁 又 左 道 教 徒 が 此 右 道 の 主 張 に 答 へ た 言 は、 吉 派 の 依 書 と せ ら れ る 佛 母 秘 智 乗 通 別 彙 類 日 光 健 と 武 ふ 書 に 以 下 の 吉 が あ る。 大 秘 密 教 に 對 し て、 世 の 僧 俗 が 論 説 す ろ 時 に、 不 條 理 の 言 為 放 つ こ と が あ ろ。 彼 等 の 言 ふ 所 に 依 れ ば 金 剛 秘 密 乗 (左 道 ) に ば 曲 言 混 入 し た 結 果、 法 會 為 爲 す 時 に、 甘 露 為 供 養 す る と 稱 し て、 無 量 に 酒 な 飲 む 等、 肉 慾 層 主 と ず る こ と ば、 眞 實 の 佛 法 で ば な い と。 岸 う 云 ふ 考 等 に 對 し て 余 ば 答 を 興 へ ろ で あ ら う。 吉 派 の 教 徒 が 古 派 の 宗 義 為 實 行 ず る の に、 何 の 過 失 が あ ら う。 若 し 酒 等 の 慾 の 資 料 為 用 ひ さ れ ば 秘 密 乗 重 戒 の 第 十 三 條 為 犯 す こ と ゝ な ろ。 特 に 酒 と 肉 と は 秘 密 乗 の 聖 資 で あ ろ。 酒 ば 又 多 い 程 善 い の で あ る。 二 相 密 典 に は 是 の 如 く 説 か れ て あ ろ。 又 主 と し て 明 王 と 明 妃 と の 二 が 購 會 ぜ ね ば な ら ぬ。 行 者 ば 男 の み 或 に 女 の み で ば、 法 に 成 就 ぜ ぬ の で あ ゐ。 法 會 に は 男 女 ジ エ ゾ ソ カ ー ワ の 喩 伽 行 者 が 多 く 集 つ て、 秘 法 の 定 め た 通 り に 實 行 ず る の で あ る。 汝 等 が 信 ず る 聖、 宗 喀 巴 が 秘 密 行 者 に 與 へ ら れ た 格 言 為 見 給 へ、 明 妃 と 交 接 ぜ す し て 一 生 の 中 に 成 佛 出 來 ざ る こ と が 明 に 知 れ る で あ ら う。 其 言 以 下 の 如 し。 解 脱 大 樂 の 自 性 々 有 た ろ ゝ 明 妃 の 君 よ、 若 し 器 に 背 い て 大 樂 捨 棄 の 苦 行 々 多 く 爲 す と て も、 此 生 の 中 に 解 脱 な 得 ず 肉 身 成 佛 大 樂 は、 最 勝 水 生 の 中 央 に 安 置 せ ら れ 給 ふ な り。 ア ラ ラ ラ、 ラ ラ ホ。 ア イ ァ ア、 ラ リ ボ。 と 命 ぜ ら れ て 居 ろ、 此 義 為 少 し く 解 釋 ず れ ば 眞 言 秘 密 の 道 は 明 妃 に 依 て、 成 佛 ぜ し め ら れ ろ こ と は、 此 自 性 な 有 ず る 大 印 女 の 君 に 依 る の で あ る、 と ば、 明 か で あ る げ れ こ も、 明 妃 の 欲 資 大 樂 々 棄 て ゝ 何 程 苦 行 為 修 め て も、 此一 生 の 中 に 成 佛 出 來 ず。 大 樂 智 印 に 依 て一 生 の 中 に 肉 身 な 解 脱 ぜ し め ろ こ と ば、 最 勝 水 生 と て 大 印 明 妃 の 陰 部 な る 蓮 華 に し て、 其 中 央 に 安 置 ぜ ら る ゝ が 故 に、 其 れ な 用 ひ て 速 か に 得 脱 す べ 音 で あ ろ。 嵯 呼、 嵯 呼、 實 に 尊 い こ と で あ る と 云 は れ た の で あ る。 是 の 如 く 汝 等 が 尊 信 ず る 聖 宗 喀 巴 ず ら、 古 派 の 諸 聖 が 一 致 ず ろ 極 致 な 説 か れ た こ と 々 見 て、 君 等 の 蒙 な 開 く が 善 い。 佛 母 秘 智 乗 通 別 彙 類 日 光 録 七 六 丁 八 六 丁 の 抄 譯 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 五
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 六 以 上 引 い た 吉 は 左 道 密 教 の 主 張 を 代 表 し て 居 る と も 見 る べ き も の で み る。 併 し な が ち 西 藏 に 於 け る 右 道 教 徒 は、 前 に 引 用 し た 聖 宗 喀 巴 の 言 を 古 派 教 徒 の 如 く に 解 繹 せ な い で、 大 抵 は 抽 象 的 に 説 明 し て、 明 妃 を 智 と し て 明 王 た る 方 便 を 以 て、 智 を 受 用 す る 時、 解 脱 大 樂 を 成 就 す と 武 ふ の で あ る。 是 れ は 西 藏 に 於 け る 正 不 正 の 區 別 で あ る が、 印 度 に 於 て は 無 上 喩 伽 密 乗 に 屬 す る も の は、 總 べ て 不 正 密 教 に 屬 る、 用 密 及 修 密 に 屬 す る も の は 皆 正 統 密 教 で あ つ て 第 三 の 喩 伽 密 乗 に は 正 統 と 不 正 統 と の こ が 混 在 し て 居 る。 兎 に 角 印 度 で は 僧 伽 の 清 浄 戒 法 と 一 致 す る も の は 正 統 密 教 で あ つ て、 是 れ を 破 る 所 の 明 妃 の 肉 交 的 大 樂 こ 五 欲 の 快 樂 を 修 法 土 受 用 す る も の と、 其 主 義 を 誌 し た 経 説 等 を 以 て 左 道 密 教 と す る の で あ る。 さ れ ば 印 度 と 西 藏 と に 於 て 左 道 右 道 の 密 教 に 就 い て、 以 下 の 如 き 區 別 あ る こ と を 注 意 せ ね ば な ら ぬ。
印
度
及
西
藏
に
於
け
る
左
道
密
教
嫌 合 肉 慾 等 為 修 法 上 に 主 張 し た ろ 無 上 喩 伽 密 乗 の 典 籍 と 諭 伽 乗 の 或 経 典 と 其 等 の 説 に 随 ふ て 修 行 ず ゐ 實 行 等 な 云 ふ。印
度
に
於
け
る
右
道
密
教
僧 伽 の 清 浄 行 に一 致 す ろ 密 教 四 乗 中 の 用 密 及 修 密 の 二 と 諭 伽 密 の 浄 意 に 屬 ず ゐ 経 典 と 其 説 に 随 ふ て 實 行 ず ろ 修 行 等 為 云 ふ。 西 藏 に 於 け る 右 道 密 教 前 説 印 度 の 看 道 に 屬 ず る も の た 右 道 と す ろ 外 に 無 上 諭 伽 密 に 屬 ず ろ 経 典 と 雖 ざ も 其 説 明 な 抽 象 的 に し て 清 浄 行 た 實 行 す る 時 は 右 道 即 ち 正 統 密 教 と す る。 パ ー ル プ チ イ ー佐
道
密
教
の
起
元
と
其
創
住
地
佛
教
の
左
道
密
教
は、
外
道
の
一
派
に
屬
す
る
濕
婆
大
自
左
天
と
其
妃
山
生
明
妃
と を 合 祀 す る 秘 密 教 徒 が、 佛 教 の 教 理 を 應 用 し て 廣 大 深 湛 に 衆 俗 の 歓 ぶ 教 を 組 織 し た の に 始 つ て 居 る と 武 ふ の が、 一 番 正 し い 見 解 で あ ろ う。 猶 ほ 其 創 生 地 に 就 て も、 大 抵 の 人 は 斯 か る 教 法 は、 必 す 婬 鼻 の 風 俗 甚 し い 南 方 印 度 で あ ろ う と 想 際 す る け れ こ も、 西 藏 傅 の 歴 史 的 材 料 は 皆 一 教 し て 写 其 創 生 地 を 印 度 の 西 北 の 綾 境 で あ る 鳥 仗 那 國 に 置 い て 居 る。 是 れ は 後 に 闡 明 す る 如 く、 此 國 は 深 い 山 厨 で あ つ て、 呪 術 等 の 妄 信 も 甚 し く、 風 俗 も 婬 狸 で、 外 道 の 教 徒 も 非 常 に 多 か つ た の で あ る。 此 國 は 左 道 密 教 徒 の 爲 め に は、 地 上 に 於 け る 天 國 で あ つ て、 托 枳 尼 天 女 の 浄 土 で あ る。 佛 世 尊 よ り 直 接 に 無 上 喩 伽 乗 を 受 け て、 彼 國 に 住 す る 托 枳 天 女 等 に 傳 へ た と 云 は れ て 居 る 因 陀 羅 部 底 王 の 住 處 で あ る。 西 暦 第 九 百 年 代 に 發 見 せ ら れ た 最 も 新 し い 時 輪 秘 経 の 傅 続 者 を 除 い て、 他 の 無 上 喩 伽 密 秘 経 は 大 抵 此 因 陀 羅 王 が 佛 よ り 傅 へ た も の で あ る と し て 居 る。 其 證 説 は 随 分 擇 山 あ る け れ ざ も 今 ば 其 一 つ を 擧 げ て お こ う。 イ ン ボ ラ タ フ ー チ 西 藏 の 諸 學 者 と、 秘 経 中 な る 印 度 の 一 書 に 傳 ふ る 所 に, 依 ろ と、 教 主 釋 迦 牟 尼 佛 が 舎 衛 城 に 居 ら れ た 時、 烏 仗 那 國 王 の 因 陀 羅 部 底 In d ra b h u ti は 世 尊 の 道 徳 屬 大 無 邊 な る こ と 為 聞 い て、 遙 に 招 待 致 し た い と、一 心 に 願 ふ た。 時 に 世 尊 ば 王 の 願 な 容 れ ら れ て 多 く の 大 衆 と 共 に 其 國 に 着 か れ た。 王 は 世 尊 た 恭 敬 禮 拝 し て、 世 界 か ら 解 脱 ず る 道 な 示 さ れ ん こ と 為 願 ひ 上 つ た。 世 尊 は 其 れ に 對 る て 出 家 ぜ よ と 簡 単 に 説 か れ た が、 王 は 在 俗 の 儘 五 俗 の 娯 樂 な 受 け な が ら、 成 佛 ず ろ 道 存 示 さ れ た い と 願 ふ た。 時 に 世 尊 は 現 身 た 攝 め て、 吉 祥 秘 密 主 曼 茶 羅 (本 尊 に 明 王 明 妃 嫌 會 の 體 ) 存 化 現 し て、 因 陀 羅 部 底 王 等 聴 法 の 宿 善 あ ろ 者 等 な 灌 頂 し て、 同 じ 秘 経 存 説 示 ぜ ら れ て、 金 剛 法 な 附 屬 し 給 ふ た。 セ ー チ ヤ、 ク ン キ ヤ プ、 第一 函 一 〇 五 丁 密 教 の 説 處 に 關 す る 異 説 支 那 所 傅 に 依 れ ば 密 教 と 一 般 に 呼 ぷ の み に し て、 左 道 右 道 の 別 を 立 て ず、 密 部 四 乗 の 區 別 も な さ ゝ る が 故 に、 左 道 は 何 れ の 地 に 起 り て、 右 道 は 何 處 に 發 生 し た か 判 然 と し な い め 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 七
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 八 で あ る。 單 に 密 教 と し て 其 發 生 地 を 南 方 に 置 い て 居 る の で あ る。 大 毘 盧 遮 那 経 を 南 天 の 鐵 塔 よ り 得 た と す る が 如 き は 其 れ で あ る。 大 村 西 崖 氏 は 以 下 の 如 く 説 い て、 南 天 別 に 一 部 の 密 教 あ る こ と を 主 張 し て 居 る。 想 那 燗 陀 而 外。 羅 茶 國 亦 爲 密 教 隆 興 之 本 處。 道 琳 又 訪 玄 謨 於 南 天。 先 瑜 伽 論 有 達 羅 弭 茶 呪。 烏 茶 國 有 灌 頂 師。 盧 迦 溢 多 亦 出 於 烏 茶。 心 地 觀 経 從 師 子 國 來 献。 蓋 南 天 亦 別 有一 部 密 教 也。 密 教 發 達 誌 巻 二、 二 八 四 頁 こ の 一 部 の 密 教 と 云 ふ は、 大 村 氏 の 直 説 に 依 る と、 金 剛 部 の 密 教 を 意 味 し て 居 る の で、 金 剛 部 五 智 如 來 の 組 織 は、 其 根 本 觀 法 が 心 地 觀 経 に 出 て 居 る か ら と 云 ふ の が、 同 氏 の 主 張 で あ る。 そ う し て 同 氏 は 胎 藏 部 (右 道 の 全 主 張 ) の 密 教 が、 中 印 度 の 那 欄 陀 寺 で 發 生 し た と 説 い て 居 る。 其 説 は 以 下 の 如 く で あ る。 但 雖 大 日 経 既 成。 無 行 難 畏 之 外。 終 無 傳 其 法 者。 (中 略 )無 畏 於 那 燗 陀 傳 此 法。 無 行 得 此 輕。 亦 恐 在 那 燗 陀。 胎 藏 法 教 成 子 那 欄 陀 守 明 矣 っ 同 上 同 巻 二 八 三、 四 頁 そ こ で 大 村 氏 の 説 に 依 る と、 右 道 密 教 は 中 央 印 度 の 那 燗 陀 寺 で 出 來 て、 金 剛 部 ( 大 抵 は 左 道 密 教 ) は 南 印 度 で 出 來 上 つ た も の と し て 居 る。 是 れ 著 着 は 地 理 上 か ら 考 察 し て、 一 應 尤 も に 見 へ る 説 を 立 て 居 る。 惟 印 度 密 教 源。 素 有 中 天 南 天 両 派。 前 者 乃 爲 大 日 経 宗。 後 者 則 成 金 剛 頂 法。 夫 南 北 之 殊 土。 人 亦 不 同。 北 方 尚 質 實。 南 人 富 空 理。 東 西 所 一 揆。 伸 尼 生 子 隙 邑。 老 購 出 於 苦 縣。 所 道 各 異。 至 如 商 鞍 李 斯 屈 原 宋 玉 輩。 亦 可 見 秦 楚 相 之 基 也。 而 六 朝 清 談。 濁 專 行 干 江 南。 若 夫 中 天 密 教。 以 曼 茶 羅 爲 勝。 南 天 密 教。 見 長 於 瑜 伽 観。 殆 亦 不 逸 斯 理 者 欺。 密 教 發 達 志 巻 三、 三 七 二、 三 頁 實 地 印 度 の 地 理 を 知 ら す に 此 説 明 を 護 ん だ な ら ば、 成 程 尤 で あ る と 思 ふ で あ ら う。 併 し 大 村 氏 は 印 度 は
大 體 北 攝 六 度 よ り こ 十 七 度 ま で の 熱 帯 地 に あ る こ と を 忘 れ て 居 ら れ る の で あ る。 勿 論 カ シ ミ ー ル の 如 き は 北 緯 三 十 三 度 ま で 及 ん で 居 る け れ こ も、 同 氏 が 北 方 と せ ら れ た 中 印 度 の 如 き は、 二 十 七 度 ま で ゝ あ る。 季 候 の 上 か ら 云 へ ば 殆 ん ざ 大 差 が な い。 却 て 南 方 印 度 ベ ソ ガ ル 地 方 の 如 き は、 中 印 地 方 よ り は 蓬 か に 暑 氣 が 温 初 で あ る。 其 れ を 支 那 の 如 き 熱 帯 と 温 帯 と を 南 北 に 分 つ て 居 る 地 理 に 比 較 を 取 つ た の は 甚 し い 誤 謬 で あ る。 實 際 印 度 の 地 理 の 上 か ら 云 へ ば、 南 北 共 に 室 理 に 長 じ て 居 る と 云 は ね ば な ら ぬ。 そ う し て 空 理 に 長 す る 者 は 必 す し も 空 理 の み に 終 る も の で は な い。 空 理 究 極 し て 實 相 に 明 徹 す る の が。 數 の 然 ら し む る 所 で あ る。 實 例 を 云 へ ば 釋 尊 が 眞 空 な る 佛 性 を 覺 了 し で、 脱 苦 得 樂 の 實 道 を 示 さ れ た 如 き も の で あ る。 さ れ ば 胎 藏 金 剛 の 發 生 地 は 地 理 上 よ 向 云 ふ も、 大 村 氏 の 説 の 如 く な ら ぬ の で あ る。 さ れ ば 大 村 氏 の ウ ツ デ ヤ ー ナ 金 剛 部 即 ち 西 藏 傅 の 無 上 瑜 伽 密 乗 は、 何 處 で 發 生 し た も の で あ る か と 云 ふ に、 其 多 く は 北 方 印 度 の 鳥 仗 那 U d y a n a 國 に 傅 統 し て、 其 れ よ り 發 生 し た も の と、 何 れ の 西 藏 傅 史 料 に は 傅 へ ら れ て 居 る。 多 種 秘 経 別 々 説 處 と 唯一 説 處 と の 異 論 以 上 の 如 く 我 國 で は 中 印 と 南 印 と に、 密 教 の 發 生 地 を 置 い て 居 る が、 西 藏 傅 で は 前 記 の 如 く 無 上 瑜 伽 密 乗 丈 を 烏 仗 那 國 に 置 く も の と、 又 我 國 東 密 所 傅 の 如 く 總 べ て の 眞 言 経 典 を 以 て、 南 天 鐵 塔 よ り 出 た と す る 説 も あ る。 又 一 々 の 経 典 を 以 て 各 別 の 處 よ り 出 た と す る 説 も あ る。 シ エ ー ヂ ヤ、 ク ソ キ ヤ ブ に は 以 下 の 如 く 説 い て 居 る。 上 述 ぜ し 所 ば 各 派 の 望 む 所 に 随 ふ て 誌 し た る の で あ つ て、 一 般 公 平 に 云 ふ 時 は、 大 乗 眞 言 の 教 法 ば、 廣 大 深 遠 の 極 に 達 し た も の で あ る 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 九
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 〇 シ リ ー ダ ー ニ ヤ、 カ ケ カ か ら、 是 れ の み に 鑑 き て 居 う と か、 又 は 是 れ よ り 外 に 説 か れ た こ と が な い と か、 云 ふ 様 な こ と は 出 來 な い の で あ ろ。 彼 吉 祥 来 飯 丘 大 堪 S h ri-D a n y a-K at a k a. (我 國 所 傳 の 南 天 鐵 塔 に 相 當 で る も の で あ る、 其 位 農 等 は 次 の 読 財 な 讃 ま れ た い ) の み で、 秘 密 部 の 経 典 な 残 ら ず 完 全 に 教 示 ぜ ら れ た と 云 ふ が 如 き も、 一 派 の 説 で あ つ て、 是 れ が 直 に 實 歴 史 に 合 し て 居 る と も 云 へ な い の で あ る。 此 言 祥 米 飯 丘 大 塔 に 現 は れ な か つ た 多 く の 秘 経 が、 系 統 行 着 の 説 明 的 相 憾 か 略 出 た と 傳 ふ る も の も 多 く あ る。 又 色 究 寛 や 觀 災 陀 天 や 妙 高 山 頂 や 烏 仗 那 國 な ぞ の い ろ く な 盤 跡 で、 俗 諦 郎 ち 現 象 的 差 樹 な 示 ず も の (用 密 修 密 の 秘 經 ) な 説 か れ た。 又 金 剛 明 妃 の 陰 門 や 大 勝 樂 處 や 法 生 處 大 解 脱 宮 殿 な ぞ 帥 ち 一 切 名 相 の 境 界 よ り 超 絶 し た 法 界 不 變 の 眞 諦 處 等 存 現 示 し て、 其 處 に 於 て 撮 吉 祥 輪 や 歎 樂 金 剛 や 時 輪 な ぞ の 秘 経 存 説 か れ た。 又 世 尊 ば 是 等 曼 陀 羅 海 の 主 尊 身 と し て、 以 下 の 如 く 説 か れ て 居 る。 説 明 者 も 我 な れ ば 説 か る ゝ 法 も 我 な り け り 自 我 の 聚 會 に し て 聴 闡 ず る 者 も 我 な り け り 世 間 為 現 示 し て 成 就 ず る 者 も 我 な れ ば 世 間 も 出 世 間 も ま た 我 な り け り と 云 に れ た 如 く で あ つ て、 教 主 と 春 屬 と ば 差 別 の な い 大 樂 一 味 の 自 性 か ら、 發 出 し た 金 剛 獅 子 吼 不 壌 の 聲 で あ る、 一 大 秘 密 の 法 輪 為 一 切 時 中 常 轉 宣 揚 す う も の と 知 ろ べ き で あ る。 シ エ ー チ ヤ、 ク ン キ ヤ プ 注 釋 の 一、一 〇 六、 七 丁 以 上 の 説 に 依 る と 總 ぺ て の 密 教 を 南 天 の 米 丘 塔 で 説 い た と す る が 如 き は、 或 一 般 の 説 で あ つ て、 事 實 は 系 統 行 者 が 禪 觀 埋 藏 の 心 裡 よ り 得 た も の が、 多 く あ る の と、 又 現 象 的 差 別 を 示 さ れ た 用 密 修 密 に 屬 す る 密 典 の 如 き は、 色 究 黄 等 の 諸 天 や 烏 仗 那 國 な ご で 読 か れ た も 分 と し て 居 る。 そ う し て 無 上 瑜 伽 乗 に 屬 す る 撮 吉 群 輪 な ご は、 一 切 名 相 の 境 界 を 離 れ た 金 剛 明 妃 の 陰 門 や 法 生 處 大 解 脱 宮 殿 をざをと云ふ理想三昧の 上 に 稱 成 し た 處 で 説 か れ た も の で あ る と し て 居 る。 勿 論 是 れ は 釋 尊 が 此 三 昧 に 住 し て、 説 か れ た も の と
す る の で あ る け れ ざ も 、 又 秘 經 出 生 の 時 代 よ り 云 く ば 、 其 時 代 の 行 者 が 其 三 昧 に 住 し て 佛 内 證 の 法 を 説 デ ル ト ソ バ か れ た 事 と な る の で あ る 。 是 の 如 く 秘 経 を 世 に 幽 し た 行 者 は 、 發 掘 埋 藏 者 と 云 ふ て 佛 同 様 に 尊 敬 せ ら れ る の で あ る 。 然 る に 無 上 瑜 伽 乗 の 發 掘 埋 藏 者 は 何 處 に 多 く 居 た か と 云 ふ に 、 烏 仗 那 國 に 最 も 多 く 居 た 事 は 事 實 で あ つ て 時 輪 金 剛 秘 經 を 除 く の 外 、 大 抵 の 無 上 瑜 伽 乗 密 典 は 鳥 仗 那 國 か ら 得 て 居 る 。 其 證 を 擧 げ る 前 に 如 來 が 總 べ て の 密 乗 を 説 か れ た 靈 跡 と す る 、 南 天 の 吉 詳 米 飯 丘 大 塔 に 就 い て 説 明 す る の が 順 序 で あ る け れ こ も 、 是 れ は 後 章 時 輪 經 發 生 の 事 を 説 明 す る 時 に 誌 す の が 、 尚 ほ 一 暦 速 當 で あ る か ら 、 今 は 烏 仗 那 國 に 就 い て 解 説 す る こ と 、 す る 。 烏 仗 那 國 は 無 上 密 教 發 生 に 適 當 な る 地 で あ ろ う か と 云 ふ 疑 は 、 一 寸 普 道 に 地 理 を 考 へ た 人 に は 、 能 く 起 す 疑 問 で あ る が 、 玄 奘 が 此 國 に 關 し て 説 明 す る 所 を 見 る と 了 此 疑 念 は 氷 解 す る の で あ る 。 烏 仗 那 國 周 五 千 餘 里 。 山 谷 相 屬 。 川 澤 達 原 。 穀 稼 雖 播 。 地 利 不 滋 。 多 葡 萄 少 骨 蘇 。 土 産 金 鐵 。 宜 馨 釜 香 。 林 樹 請 馨 。 花 果 茂 盛 。 寒 暑 和 暢 。 風 雨 順 序 。 人 性 怯 儒 俗 情 認 説。 好 學 而 不 功 。 禁 睨 爲 藝 業 。 大 唐 西 城 記 一 、 二 頁 此 國 は カ シ ミー ル と 共 に 印 度 西 北 邊 境 洲 の 一 で あ つ て 、 カ シ ミ ー ル の 第 二 の 漢 谷 と も 云 は る べ き 處 で あ る 、 穀 類 る は 地 利 が 不 滋 で あ る と し て あ る は れ ざ も 、 不 滋 は 肥 滋 の 誤 字 で あ ろ う 。 實 際 に 土 地 は 肥 へ て 居 る の で あ る 、 花 果 が 盛 に 繁 茂 し て 寒 暑 暢 和 を 得 た 善 い 土 地 で あ る 。 烏 仗 那 は 梵 語 で 譯 は 花 園 と 云 ふ 意 味 で 阿 輪 迦 王 が 花 圃 と し て た 所 か ら 其 名 か 起 つ て 居 る と の 説 が あ る 位 で あ る 。 然 る に 僻 速 な る 山 間 人 民 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 一
印 度 密 教 時 代 區 翻 の 研 究 一 二 の 常 と し て 人 性 怯 儒 で 俗 情 譜 詐 の 上 説 辮 で あ つ て 、 學 を 好 む け れ ご る 成 功 す る も の が な い 。 其 上 禁 呪 を 藝 業 と し て 居 る 等 の 事 を 見 る と 、 無 上 瑜 伽 乗 の 存 立 す る 素 質 を 十 分 有 つ て 居 る と 云 へ る 。 そ れ に 西 藏 傅 に 依 る も 如 家 は 因 陀 羅 部 底 王 を 経 て 、 龍 女 で あ つ た 托 枳 尼 天 女 等 に 秘 密 経 典 を 傅 統 し た こ と を 傅 へ て 居 る 。 玄 奘 の 西 域 記 に も 又 以 下 の 記 事 が あ る 。 曹 掲 麓 城 東 北 。 行 二 百 五 六 十 里 入 大 山 。 至 阿 波 蓬 羅 龍 泉 。 印 蘇 婆 伐 窒 堵 河 之 源 也 。 派 流 西 南 。 春 夏 含 凍 。 昏 夕 飛 雪 。 雪 罪 五 彩 。 光 流 四 照 。 此 龍 者 迦 葉 波 佛 時 。 生 在 人 趣 。 名 日 暁 蔽 。 深 開 幌 術 。 禁 禦 悪 龍 。 不 令 暴 雨 。 屬 人 頼 之 。 以 樒 餘 顎 。 居 人 衆 庶 。 感 恩 懐 徳 。 家 税 斗 穀 以 餘 遣 橘 。 既 積 歳 時 。 或 有 道 課 。 碗 砥 含 怒 。 願 爲 毒 龍 。 暴 行 風 雨 。 損 傷 苗 稼 。 命 終 之 後 。 爲 此 池 龍 。 泉 流 白 水 。 損 傷 地 利 。 釋 迦 如 來 大 悲 御 世 。 懸 此 屬 人 觀 遭 斯 博難 。 降 紳 至 此 。 欲 化 暴 龍 。 報 金 剛 紳 。 柞 學 山 崖 。 龍 王 震 催 。 乃 出 歸 依 。 間 佛 説 法 。 心 浄 信 悟 。 如 來 遂 制 勿 損 農 稼 。 龍 臼 凡 有 所 食。 頼 牧 人 田 。 今 蒙 聖 教 。 恐 難 濟 給 。 願 十 二 歳 。一 牧 糧 儲。 如 來 含 覆 。 懲 而 許 焉 。 故 今 十 二 牟 。 一 道 自 水 之 失 。 大 唐 西 域 記 巻 三 、 二 、 三 頁 玄 奘 の 時 に 、以 上 の 傅 説 の あ つ た こ と は 、 確 か に 此 國 に 密 教 の 傅 播 し て 居 た こ と を 、 證 擦 立 る も の で あ る 。 そ う し て 此 玄 奘 の 記 事 は 、 彼 自 身 が 直 接 に 烏 仗 那 國 に 八 て 調 査 し た 結 果 で な く し て 、 矢 張 彼 錫 蘭 島 の 記 事 に 於 け る 如 く 。 此 僻 遠 な る 山 國 に 入 ら す し て 、 或 識 者 の 報 告 に 基 い て 書 い た も の で あ ら う 。 若 し 彼 自 身 に 入 國 し た な ら ば、 尚 ほ 確 實 に 龍 女 の 變 化 身 た る 托 枳 天 女 の 生 國 で 。 怪 や し き 秘 密 佛 教 の 艮 間 に 行 は れ て 居 た こ と を 誌 し た か も 知 れ ぬ と 思 は れ る 。 兎 に 角 如 來 が 秘 密 教 の 守 護 紳 た る 金 剛 神 を 呼 ん で 、 金 剛 杵 を 以 て 山 燈 を 撃 た し め た の で 、 龍 王 が 震 ひ 催 れ て 、 其 悪 勘 を 改 め て 彿 に 歸 依 し た と 云 ふ 髭 傳 説 は 、 早
く か ら 此 國 に 秘 密 教 の 存 在 し て 居 た こ と を 確 め る こ と が 出 來 る 。 其 上 釋 尊 時 代 か ら 此 國 に 佛 教 の 傅 播 さ れ て 居 た こ 。と は 、 以 下 の 玄 奘 の 記 事 に 依 る も 知 る こ と が 出 來 る 。 釋 尊 世 に 住 ぜ ら ゐ ゝ 頃、 舎 篇 國 の 毘 慮 擇 迦 王 が 釋 尊 の一 族 為 璽 殺 ず う に 至 つ た、 其 時 の 職 争 に 嘗 て、 四 人 の 釋 種 は 主 と し て 職 ふ た 。 其 中の 一 釋 迦 族 は 、 他 に 逃 れ て 諸 國 な 流 浪 し て 居 た 。 中 途 で 非 常 に 疲 勢 し て 休 ん で 居 る と 、 大 き な 一 羽 の 雁 が 前 に 來 て 、 甚 だ 親 し み 且 つ 押 れ 々 々 し い か ら 、 試 み に 乗 ろ と 、 遠 く 空 為 飛 ん で 、 鳥 仗 那 屬 の 首 都 啓 掲 麓 城 か ら 西 北 に 、 四十 里 為 隔 て 居 ろ 藍 勃 盧 山 中 の 龍 池 の 側 に 、 下 り た 。 彼 池 の 光 激 は 緑 波 浩 蕩 と し て 、 清 流 酷 々 鏡 の 如 く 美 は し い 。 彼 は 行 か ん と す る も 路 為 知 ら す 、 疲 れ て 樹 蔭 に う た ゝ 寝 し た 。 此 遽 の 住 民 で あ る 龍 族 の 少 女 が 水 濠 に 散 歩 し て 、 彼 慶 て 居 ろ 釋 種 為 見 初 め て 近 づ か ん と し た が 、 龍 身 で は 近 づ く こ と が 出 來 な い 、 そ こ で 人 身 に 變 じ て 、 云 は 父 盛 装 存 こ ら し て 釋 種 の 身 な 撫 で た 。 彼 ば 驚 い て 眼 怨 醒 し て 言 ふ た 。 私 は 異 國 の 族 人 で あ ろ 、 何 う し て 親 し く ぜ ら れ ま し ょ う 。 龍 文 は 恥 し さ 存 怨 ん で 、 切 愛 の 情 な 告 げ た 。 遂 に 彼 等 は 情 な 道 じ た 。 釋 種 は 彼 少 女 に お 前 の 家 ば 何 處 た と 尋 ね た 。 龍 女 は 妾 は 此 池 に 棲 む 龍 の 娘 で ず と 隠 さ す に 云 ふ た 。 又 云 ふ 、 承 れ ば 聖 族 國 難 為 脱 れ て 此 に 遊 ば れ 、斯 く 親 し く 情 な 受 け ま し た こ と は 、誠 に 有 難 く 存 じ ま す 。 け れ こ も 妾 拭 龍 族 畜 生 の 身 分 で 實 に 恥 し う 御 座 い ま す 。 是 に 釋 種 は 堅 く 心 に 誓 ふ て、 己 れ の 輻 徳 の 力 で 、 此 龍 女 の 全 身 な 人 身 に な さ ん と 誓 ひ ま し た 。 其 念 じ の 力 ば 恐 し い も の で 、 其 輻 力 の 感 す ろ 所 、 龍 女 は 遂 に 形 奄 變 じ て、 入 身 と な り ま し た 。 少 女 は 無 上 に 欣 ん で 釋 種 に 御 禮 為 云 ふ て 、彼 女 の 父 母 に 其 事 の 始 終 を 告 げ ま し た 。 龍 王 は 心 に 歎 ん で 、釋 種 に 遇 ふ て 我 室 に 臨 ん で 親 し く 漉 掃 の 禮 な 受 け ん こ と な 願 ひ ま し た 。 釋 種 は 龍 王 の 請 存 容 れ て 龍 富 の 中 に 留 り ま し た 。 燕 樂 歎 娯 は 實 に 極 り な い け れ ざ も 、 唯 だ 一 つ 嫌 な こ と は 龍 の 形 な 見 る ご と で 、 遂 に 釋 種 は 餘 し 去 ら う と し ま し た 。 そ こ で 龍 王 は 止 め 勘 め て 云 ひ ま す に は 、 餘 り 速 方 へ 行 か す に 此 國 土 な 支 配 す る 王 と な つ て 下 さ れ と て、 寳 劒 を 渡 し 又 妙 好 な る 白 觀 為 以 て 其 上 だ 髏 ふ て 告 げ ま し た 。 貴 方 は 此 白 概 に 上 つ て 、 王 が 自 ら 受 け ら れ た 時 此 中 の 劒 な 以 て 王 な 刺 し て 下 さ れ 。 そ う す れ ば 事 は 成 就 致 し ま す 。 そ こ で 釋 種 は 龍 王 が 指 示 し た 如 く 、 王 宮 に 彼 い て 献 上 ず る と 、 王 躬 か ら 観 存 罎 げ た 其 時 、 彼 は 王 の 狭 な 執 て 刺 殺 し ま し た 。 侍 臣 衛 兵 ば 非 常 に 喧 喋 し て 、 階 に 上 つ て 來 ま し た が 、 釋 種 は 創 な 揮 つ て 宣 言 し た 。 我 此 劒 は 紳 龍 威 力 の 現 は ろ ゝ 處 、 髑 る ゝ 者 は 皆 断 た ん と 。 此 に 於 て 諸 臣 等 は 皆 其 沸 武 に 催 れ て 、 釋 種 存 王 位 に 推 尊 致 し ま し た 。 そ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 三
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 四 れ か ら 王 は 政 治 な 行 ひ、 賢 者 々 櫃 要 の 地 に 擧 げ 、 窮 民 を 賑 ば し た 。 又 自 ら 多 數 の 從 者 な 牽 ゐ 、 馬 に 乗 て 龍 宮 に 住 き 、 龍 王 に 其 事 存 告 げ 龍 女 な 迎 へ て 都 に 選 り 脚 し た。 其 後 龍 女 ば 宿 業 が 鑑 き な い の で 、 宴 會 と か 襟 う と か す う と 、 其 の 道 が 爵 た 。 釋 板 王 は 其 れ な 非 常 に 厭 ふ て 、 彼 女 の 熟 睡 た 窺 ふ て 利 創 な 以 て 其 道 存 断 ち ま し 喰 。 ず る と 龍 女 は 驚 い で 眼 な 醒 し て 云 ひ ま し た 。 斯 様 な 事 ば 貴 方 の 子 孫 の 爲 め に 齋 し く あ り ま ぜ ぬ 。 妾 に は 携 に 大 し た 傷 ば め り ま ぜ ん け れ こ も 、 唯 だ 子 孫 が 頭 痛 な 煩 び ま し よ う 。 そ う し て 彼 一 族 に 常 に 其 病 が み つ て 、 時 々 痛 く 苦 み ま し た 。 其 後 王 が 崩 御 し た の で、 其 子 が 位 に 郎 き ま し た 、 其 名 奄 ウ ツ タ ラ 、 セ ー ナ 譯 し て 上 單 王 と 云 ひ ま し た 、 其 後 龍 女 ば 盲 目に な り ま し た 。 其 頃 如 來 は 阿 波 蓬 羅 龍 た 降 伏 し ま し て 、 歸 り に 空 中 よ り 彼 宮 殿 に 降 り ま し た 。 王 は 微 に 出 て 留 守 で あ つ た が 、 如 來 ぼ 彼 母 印 ち 龍 女 の 爲 め に 、 法 要 な 御 説 き に な り た の で 、 言 且 が 開 い て 彼 女 に 非 常 に 歎 び ま し た 。 如 來 は 彼 女に 憲 ね ら れ ま し た 、 そ な た の 子 ば 我 一 族 で あ ろ が、 只 今 何 露 に 居 る か と 。 王 の 母 は 答 へ た 、 只 今 遊 猟 に 参 り ま し た が 程 な く 歸 り ま ず か ら 、 少 頃 御 待 ち 願 ひ た い 。 世 尊 は 仰 ぜ らに ま し た 。 い や 待 つ に 及 ば ぬ 、 破 怯 我 一 族 の 者 で め う か ら 、 法 為 聴 け ば 直 に 信 ず る 。 親 し く 講 へ ず と る 發 心 な す る か ら 、 我 は 行 く で あ ろ う 。 王 が 蓮 た な ら ば 我 は 是 れ か ら 拘 斯 那 掲 羅 城 裟 羅 樹 の 間 で 、 渥 薬 に 入 る か ら 、 速 に 來 て 汝 が 受 く べ き 舎 利 た 受 け て、 自 ぢ 供 譲 ぜ よ と 傅 へ て 英 れ と 、 仰 ぜ あ つ て 大 衆 と 共 に 空 為 凌 い て 去 ら れ ま し た 。 上 單 王 は 遊 猟 中 我 宮 殿 の 處 に 光 明 赫 耀 た る 存 見 ま し て 火 災 で も あ ろ か と 驚 い て、 急 に 猟 な 中 止 し て 選 り ま し た 。 そ う し て 母 御 の 眼 が 開 い て 居 る の な 見 て 慶 ん で 尋 ね ま し た 、 母 御 ば 如 來 の 來 ら れ た こ と か ら 、 説 法 の 徳 で 眼 の 開 い た こ と 、 並 に 如 來 が 直 に 御 渥 藥 に 入 る か ら 分 骨 爆 取 ろ べ し と 仰 ぜ あつ た 事 な ぞ 總 て 告 げ ま し た 。 そ う す る と 王 は 非 常 に 港 み 歎 い て 悶 紹 し た が 、 少 頃 の 後 氣 が つ い て 、 直 に 支 度 し て 娑 羅 双 樹 の 間 嬉 き ま し た 時 は 、 既 に 佛 は 浬 藥 ぜ ら れ て 分 骨 に 至 ら ん と す ろ 場 合 で あ り ま し た 。 諸 國 の 王 は 上 單 王 の 邊 鄙 で あ る こ と な 知 つ て 、 輕 蔑 し て 分 骨 な 輿 へ ま い と し ま し た 。 け れ ざ も 天 人 並 に 大 衆 等 が 重 れ て 佛 意 の あ ゐ 所 た 説 明 し ま し た の で 、 達 に 均 等 の 分 骨 存 受 け ま し た 。 大 唐 西 域 記 巻 三 、 致 七 、一 四 丁
以
上
引
用
る
た
記
交
に
餘
程
紳
話
め
い
て
居
る
の
憾
後
世
の
作
話
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経
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交
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し
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釋
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氏
譜
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刷
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國
王
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系
統
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る
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記
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根
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め
る
傳
説
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あ
つ
て
、
後
世
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作
話
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な
凝
こ
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か
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た
る。
長 阿 含 日 。 是 時 譜 釋一 由 旬 内 。 遙 射 王 軍 。 皆 中 兵 器 。 不 傷 身 肉。 流 離 大 怖。 接 臣 諌 之。 譜 釋 受 戒 必 不 善 人 。 兵 至 圏 城 。 無 敢 出 春。 有 釋 童 子 。 濁 糠 城 よ 。 多 射 軍 衆 。 死 盾 無 數 。 園 此 又 散 。 釋 種 貯 下 。 汝 年 幼 小 何 辱 我 門 。 殺 人 罪 重 。 可 蓮 出 國 。 於 是 童 子 四 人 拝 講 出 城 。 諸 國 聞 之 。 擧 以 爲 王 。 今 縞 長 國 (烏 長 は 烏 仗 那 の 蓉 誤 ) 王 其 後 也 。 釋 迦 践 譜 致一 、 八 四 丁 四 人 の 釋 種 が 此 國 を 逃 が れ 出 て 、 其 中 の 一 人 が 烏 仗 那 國 王 と な つ た と 云 ふ こ と も 一 致 し て 居 る 。 是 れ に 依 て 見 る に 釋 尊 在 世 時 代 に 、 此 國 に 幾 分 佛 教 の 萌 芽 が あ つ た こ と は 確 實 で あ ら う 。 併 し 釋 尊 が 空 を 凌 い で 毒 龍 を 化 す る に 金 剛 神 を 使 は れ た と 云 ふ 秘 密 的 神 話 は 、 或 は 後 世 の 作 説 か も 知 れ ぬ 。 此 紳 話 を 信 す る と 否 と は 、 如 來 に 神 力 を 有 つ て 居 ら れ た こ と を 信 す る と 否 と に 依 て 決 定 す る の で あ る 。 併 し 宗 教 的 立 場 を 離 れ て 、 普 道 の 歴 史 的 見 解 に 随 へ ば 、 釋 種 で あ つ た 烏 仗 那 國 上 軍 王 と 釋 尊 の 分 骨 と に 關 係 め つ た 事 實 か ら 、 後 世 詳 話 化 し た も の で あ る ご す る の が 安 全 で め ら う 。 さ れ ば 歴 史 的 見 解 よ り 云 へ ば 鳥 仗 那 國 に は 佛 在 世 時 代 に 秘 密 佛 教 が 行 は れ て 居 な か つ た と せ ね ば な ら ぬ 。 然 る に 西 藏 所 傅 に は 前 に 引 い た 如 く 、 如 來 が 因 陀 羅 部 底 王 の 爲 め に 、 無 上 瑜 伽 乗 を 説 か れ た と す る の み な ら す 、 又 以 下 に 擧 ぐ る が 如 く 金 剛 秘 密 乗 の 結 集 處 ば 烏 仗 那 國 詑 あ つ て 、 結 集 者 で あ る 金 剛 手 菩 薩 が 、 世 尊 の 膿 部 洲 に 居 ら ろ ゝ 時 に 結 集 し ず こ 因 陀 羅 部 底 王 と 其 巻 屬 等 に 輿 へ ら れ た 。 そ う し て 彼 等 は 皆 其 秘 密 乗 の 成 果 な 得 て 、 自 然 棒 明 王 明 妃 と な つ た の で あ る 。 其 後 烏 仗 那 國 ば 荒 贋 し て 、一 國 皆 多 くの 龍 族 々 以て 満 た さ れ 一 大 湖 水 と 變 じ た 。 そ う し て 金 剛 手 菩 薩 は 其 龍 族 等 存 化 度 し て 、 總 べ て の 秘 經 な 書 册 に 誌 し て 彼 等 に 與 へ ら れ た 。 其 後 龍 族 等 は 皆 次 第 に 人 間 と 化 し 、 湖 岸 に 於 て 南 街 存 造 作 し 、 居 住 を 定 め て 秘 密 眞 言 乗 な 修 行 し た か ら、 大 抵 彼 等 は 成 果 な 得 て、 男 子 は 明 王 と な り 、 女 子 ば 托 枳 尼 と な り 、 成 果 な 得 な い 者 ば 人 間 と な つ た 。 是 れ 此 國 が 托 枳 尼 委 の 浄 土と し て 名 高 い 所 以 で め る 。 或 は 成 果 為 得 な い 者 等 は 弛 に 行 い て 、 湖 水 な 乾 燥 ぜ し め た 後 、 自 然 に 大 樂 最 勝 金 剛 の 寳 殿 現 は れ て 、 彼 等 も 亦 其 處 に 住 す ゐ こ と ゝ な つ た 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 五
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 六 其 後 次 第 に 中 央 印 度 に 向 つ て、 秘 密 乗 が 傳 髏 す ゐ こ と ゝ な つ た の で あ る と、 倶 生 成 果 の 解 釋 に 説 明 が め る と 傳 へ て 居 る。 如 意 寳 樹 史 五 四 頁 又一 説 に 世 尊 は 因 陀 羅 部 底 王 に 灌 頂 し た 後、 阿 羅 迦 代 底 に 於 て 九 億 六 千 萬 の 菩 薩 の 聚 會 で あ ろ 彼 等 が、 秘 密 主 (金 剛 手 菩 薩 )に 申 請 し て 總 べ て の 秘 密 佛 典 存 結 集 し、 文 字 に 寫 し た 経 典 た、 烏 仗 那 國 の 龍 族 よ り 變 じ た 所 の 托 枳 尼 天 女 等 に 灌 頂 し て、 彼 等 に 其 秘 経 な 付 屬 し て 後 世 に 傳 へ た も の で あ ろ。 又 因 陀 羅 部 底 王 の 作 で あ る と 傳 へ ろ 所 の 大 樂 最 勝 根 本 穂 經 注 釋 に ば 以 下 の 偶 が あ る。 み 佛 は 王 の 因 陀 羅 部 底 と、 其 柊 屬 等 か 灌 頂 し、 神 秘 大 密 無 上 法、 金 剛 最 勝 の 法 輪 為、 秘 密 主 等 に 説 か れ し 時、 未 來 に 起 ら ん こ と ぐ な、 識 言 ぜ ら れ き 結 集 者 が、 妙 高 山 の 北 ひ か し、 五 跡 の 最 勝 阿 羅 迦 代 底、 大 宮 殿 に 菩 薩 等 が、 五 億 六 千 萬 つ ご ひ、 總 て の 秘 経 な 集 む べ く、 聖 秘 密 主 に 願 ひ し 時、 是 の 如 く に 我 聞 く と、 説 け ろ 秘 経 存 黄 金 の、 紙 に 吠 璃 瑠 の 墨 為 も て、 誌 し て 其 れ を 後 の 世 の、 爲 め 存 謀 ダ ハ ル マ ス ワ ジ ヤ り て 烏 仗 郡 に、 龍 よ り 化 ぜ る 托 枳 尼 女 に 輿 へ ら ろ へ く 護 念 ぜ り、 達 磨 娑 詞 闇 (法 自 生 ) の 秘 法 藏、 吉 鮮 自 然 の 香 室 に、 托 根 尼 天 女 や 自 在 天、 明 歎 喜 女 等 の 所 護 念 者、 灌 頂 さ れ た る 將 來 の、 宿 善 者 等 に 與 ふ べ く、 近 く 教 へ て 識 言 ぜ り。 と あ ろ。 又 佛 母 秘 經 等 に は、 金 剛 聖 母 等 の 托 枳 尼 天 女 等 が、 烏 仗 那 國 に 於 て 相 亙 に 問 答 し て、 結 集 し た と あ る め 其 記 は 托 枳 尼 天 女 海 と 云 ふ 書 に 以 下 の 如 き 説 が あ る。 結 集 な な ぜ る 者 等 こ そ、 我 に 遇 ふ ご と た 得 ら う な れ、 天 女 の な べ て は 集 り て、 金 剛 乗 の み お し へ 々、 互 い に 問 ひ つ 答 へ つ ゝ、 観 し く 結 集 な 爲 す べ し、 ク リ カ マ ン と あ る 。 又 前 に一 度 結 集 し た も の な 再 び 結 集 し た も の も あ る 。 一 例 な 擧 げ る と 月 賢 王 が 時 輪 秘 経一 萬 二 千 偈 な 結 集 し た の か 、 又 貴 生 蔓 シ ユ キ リ デ イ 珠 詑 科 底 が 秘 經 集 中 に 結 集 し た 様 な も の で あ ろ 。 畢 竟 す る に 是 等 は 所 化 の 人 に 現 は れ た 所 と 一 致 し て 、 説 い た ま でゝ あ つ て 、 其 眞 義 か タ グ ニ ー ら 言 へ ば 説 者 と 結 集 者 と は 全 く 別 な り と 執 ず る 、 と は 出 來 な い の で あ ろ 。 二 常 と 云 ふ 書 に 金 剛 乗 説 き た る 者 ば 我 に し て 、 み 法 も 我 ぞ み つ か ら の 、 言 葉 存 聴 け る も 我 な る ぞ 、 世 諦 出 世 の 諦 も 我 、 ナ ン ヴ ヅ ブ ベ と あ る、 又 戒 得 秘 乗 と 云 ふ 書 に は 秘 密 梨 是 れ た 結 集 ぜ し 者 は 、 紬 の 何 人 に も 非 す る て 、 我 の み と こ そ 云 ふ べ け れ 、 秘 經 な 繊 ぜ し 潜 は た れ 、 意 金 剛 と そ 知 れ よ か し、
と 説 か れ て あ ろ 。 又 集 根 本 秘 經 の 始 め に 四 す 又 掌 に 曳 金 剛 持 自 ら 偈 な 以 て 明 説 し 結 集 ず と め ろ 。 燕 秘 經 た 付 屬 ぜ ら れ た も の は 佛 菩 薩に 止 ら な い 。 正 法 外 護 の 神 龍 等 に も 付 屬 ぜ ら れ た か ら 、 彼 等 は 秘 経 な 守 護 し た の で あ る 。 集 引 空 眼 経 に は 神 王 龍 王 等 よ 、 我 に 汝 等 の 手 に 此 經 な 全 く 付 屬 す べ し 。 又 檀 越 も 此 経 な 守 ゐ べ し と あ る 。 此 事 は 又 修 秘 経 に も 説 き 示 さ れ て あ る 。 如 意 寳 樹 史 五 四 、 五 六 頁 以 上 引 用 し た 如 意 寳 樹 史 の 材 料 は 、 秘 経 結 果 の 因 縁 に 就 い て 、 三 の 異 な つ た 説 を 擧 げ て 居 る 。 一 、 経 集 處 拭 烏 仗 那 國 で 結 集 者 は 金 剛 手 菩 薩 で あ つ て、 其 秘 經 な 受 け た 者 は 同 國 王 因 陀 羅 部 底 で あ づ た 。 其 後 金 剛 手 は 龍 族 化 度 の 上 、 彼 等 に 總 べ て の 秘 經 存 書 册 に 誌 し て 、 輿 へ ら れ た 、 但 し 説 者 説 處 は 誌 し て な い げ れ ざ も 、 勿 論 説 者 は 佛 で あ つ て 、 説 處 は 烏 仗 那 國 で 總 者 は 因 陀 羅 部 底 王 で あ ら う 。 二、 結 集 處 ば 雪 山 の 阿 羅 迦 伐 底 城 (毘 沙 門 天 王 の 宮 城 ) 結 集 者 は 秘 密 主 印 ち 金 剛 手 菩 薩 で あ つ て、 其 秘 密 諸 經 な 丈 字 に 寫 し て、 鳥 仗 那 國 の 龍 族 より 變 じ た 託 枳 尼 天 女 等 に 與 へ て 、 後 世 に 傳 へ た も 、の で あ ろ と す ろ こ と 。 此 で 注 意 ず べ き こ と は 一寸 此 本 丈 な 見 る と 、 秘 密 主 か 雪 山 で 結 集 後 直 に 粍 枳 尼 天 女 な 化 度 し て 、 其 秘 經 た 授 け ら れ た 様 に 見 へ る け れ こ も 、 偈 交 な 剣 護 ず る と さ う で な い こ と が 明 か に 知 ダ ワ ル マ ミ ス ワ シ ヤ れ る 。 其 れ は 偈 交 の 意 に 依 る と 、 秘 密 主 が 其 等 の 秘 經 典 た 達 磨 磐 詞 闇 即 ち 法 自 然 生 の 秘 法 藏 で あ ろ 吉 祥 自 然 の 香 室 に 攻 藏 し て 、 將 來 此 秘 經 の 殺 化 度 者 で あ ろ 托 枳 尼 天 女 や 自 在 天 等 の 宿 善 等 に 與 へ ん こ と な 加 被 護 念 し て 居 る 。 此 點 よ り 見 る と 粍 根 尼 天 女 は 後 代 の 者 で あ る こ と が 明 自 で あ る 、 勿 論 説 主 は 佛 陀 で 、 読 處 ば 烏 仗 那 國 で 、 聴 者 は 因 陀 羅 部 底 王 と 其 巷 屬 で あ つ て 、 中 間 の 傳 統 者 は 法 自 然 生 の 秘 法 藏 で あ る 言 溝 自 然 の 香 室 で あ ろ 。 三 、 結 集 處 は 烏 仗 那 國 で 結 集 者 は 金 剛 聖 母 等 の 祀 枳 尼 天 女 で あ ろ 。 結 集 の 方 法 は 托 枳 尼 天 女 等 が 相 互 に 問 答 し て 其 結 果 為 誌 し た も の で あ ゐ 。 さ う し て 説 主 は 矢 張 佛 に 非 ず し て 結 集 者 自 身 で あ る 。 そ れ は 前 記 の 偈 文 に 依 る と、 結 集 な し た も の は 、 我 即 ち 佛 に 遇 ふ こ と が 出 來 る 、 其 佛 に 遇 ふ た 天 女 等 が 金 剛 乗 為 結 集 ず る と 云 ふ の で あ ろ 。 是 れ を 要 す る に 以 上 の 如 く 、 種 ゝ の 説 、 存 在 す る 其 理 由 は 、 後 世 秘 経 の 作 者 が 各 自 に 都 合 好 い 説 を 其 時 其 時 に 作 つ た か ら 、 達 つ た 幾 種 の 説 が 生 す る こ ご 、 な つ た の で あ ら う 。 さ う し て 此 歴 史 を 超 越 し た 作 話 を 印 廣 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 七
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 八 宗 教 的 に 権 威 あ る も の と す る 爲 め に 、 事 實 と 理 法 と を 想 化 融 會 結し て 、 結 集 者 帥 ち 作 者 の 意 金 剛 が 直 ち に 歴 史 的 如 來 の 意 を 表 説 す る 者 と し た の で あ る 。 さ れ ば 鳥 仗 那 に 於 け る 彼 托 枳 尼 天 女 等 が 、 如 來 の 意 金 剛 三 昧 に 八 つ て 、 自 ら 金 剛 手 菩 薩 と な り 、 法 自 然 生 の 秘 法 藏 帥 ち 自 ら の 意 中 か ら 、 無 上 瑜 迦 乗 の 秘 経 を 取 出 し て 、 世 に 傳 播 し た の で あ る 。 因 陀 羅 郡 底 王 は 佛 在 世 の 人 な り や 前 に 引 い た 因 陀 羅 部 底 王 が 佛 の 大 徳 を 慕 ふ て 佛 を 招 待 し て 、 秘 密 灌 頂 を 佛 よ り 受 け た と 云 ふ 傳 説 を 眞 實 と す れ ば、 勿 論 同 王 は 佛 在 世 に 住 し た 人 で あ る こ と は 疑 ふ の 餘 地 が な い。 然 る に 佛 在 世 の 事 を 誌 し た も の 、 中 で 、 比 較 的 最 も 確 實 な 長 阿 含 経 の 説 に 依 る と 、 鳥 仗 那 國 の 王 は 因 陀 羅 部 底 王 で な く し て 、 前 に も 引 い た 如 く 上 軍 王 で あ る 。 如 來 の 分 骨 を 受 け た 王 も 同 じ 王 で あ る 。 此 説 は 前 に も 示 し た 如 く 大 唐 西 域 記 の 説 に も 一 致 す る 。 然 ら ば 因 陀 羅 部 底 王 は 佛 在 世 時 代 に は 全 く 存 在 せ な か っ た 人 で あ ら う か 。 或 ば 又 同 王 は 烏 仗 那 國 王 と し て 何 れ の 時 代 に も 存 在 せ な か つ た 人 で あ ら う か 。 是 れ を 決 定 せ ん と す る に は 勢 ひ 西 藏 傅 の 史 料 に 依 ら ね ば な ら ぬ 。 何 ぜ な ら ば 漢 釋 所 傳 に は 其 名 す ら 誌 し て な い か ら 、 是 れ の み に 依 る と 同 王 は 架 空 の 人 と な る の で あ る 沿 併 し な が ら 西 藏 所 傳 に は 東 王 は シ ヤ ン ヲ イ デ コ グ 珊 底 提 婆 (静 天 ) と 同 時 代 の 人 と し て 、 無 上 瑜 伽 乗 の 修 行 者 で あ つ た こ と を 誌 し て あ る 。 さ う す る と 静 天 は 西 暦 第 六 世 紀 の 末 か ら 第 七 世 紀 の 末 ま で 凡 そ 百 年 間 存 在 し た 人 で あ る か ら 先 づ 其 時 代 の 人 と せ ね ば な ら ぬ 。 猶 は 因 陀 羅 部 底 王 の 傅 は 以 下 の 如 く で あ る 。
ノ ズ グ パー シ ヤ ン チ イ デ ロ ドザ 因 陀 羅 部 底 王 に 烏 仗 那 國 五 十 萬 の 町 村 な 支 配 し た 時 に 、 食 睡 放 行 者 即 ち 珊 底 提 婆 と 岡 時 代 で あ つ た が 、 其 當 時 ラ ン ガ 、 プ ヲ に 王 建 な つ て 居 る ジ ヤ レ ン ダ ラ 王 の 娘 が 七 歳 の 時、 因 陀 羅 部 底 王 の 太 子 に 嫁 に 貰 ふ し と た 約 束 し た 。 其 後 婚 期 が 來 て、 太 子 は 其 嫁 な 迎 へ る 爲 め に ラ ヨ ワ パ ユ ラ ン カ プ ラ に 來 た 處 が 、 彼 太 子 は 佛 法 な 信 ぜ ぬ か ら 娘 た 輿 へ な い と 断 は ら れ た の で、 因 陀 羅 部 底 王 と 王 妃 と 共 に 羊 皮 行 者 か ら 秘 法 た 聴 取 し て 、 十 二 年 間 宮 殿 の 屋 上 に 於 て 八 定 し て 遂 に 秘 法 存 成 就 し た 。 如 意 寳 樹 史一二 六 、 七 頁 此 傅 は 何 の 躊 躇 す る 所 も な く 、 彼 時 代 に あ つ た 事 實 を 其 儘 誌 し た 様 に 見 え る 。 け れ ざ も 前 に 引 い た セ ー チ ヤ 、 ク ン キ ヤ ブ の 因 陀 羅 部 底 王 が 佛 招 待 の 傅 説 は 、 其 傅 説 の 出 で た 起 原 が 甚 だ 怪 し い も の で あ つ て 、 一 は 西 藏 學 者 等 の 傅 説 な り と 云 ひ 、 一 は 蒙 古 傅 來 の 印 度 の 一 書 に 誌 し て あ つ た と 云 ふ の で め る か ら 、 何 れ も 雲 を 掴 む 様 な 話 で 歴 史 的 資 料 と し て 取 る に 足 ら ぬ 説 で あ る 。 然 ら ば 何 故 に 西 紀 六 百 年 代 前 後 に 出 た 因 陀 羅 部 底 王 を 以 て 、 一 千 餘 年 前 の 佛 と 同 時 代 と す る か と 云 ふ に 、 是 れ 因 陀 羅 部 底 王 が 意 金 剛 三 昧 に 入 つ て 、 佛 意 よ り 發 出 し た 金 剛 言 を 以 て 、 一 千 餘 年 以 前 に 佛 よ り 傳 授 さ れ た も の と 同 一 な り と し て 、 是 の 如 き 傅 説 を 作 つ た の が 後 世 眞 實 の 歴 史 の 様 に 傅 へ た も の で あ ら う 。 是 れ に 依 て 見 る に 因 陀 羅 部 底 王 時 代 が 無 上 瑜 伽 乗 の 秘 経 の 結 集 否 創 作 時 代 で あ る か ら 、 西 紀 六 百 年 前 後 が 左 道 密 経 創 作 の 最 も 盛 大 な る 時 代 と せ ね ば な ら ぬ 。 此 時 代 に 達 す る 前 に 、 此 左 道 密 教 の 起 つ て 來 た 時 代 が な け ね ば な ら ぬ 。 其 創 起 時 代 の 實 情 を セ ー チ ヤ 、 ク シ キ ヤ ブ の 著 者 は 以 下 の 如 く 誌 し て 居 る 。 無 上 瑜 伽 桑 の 起 る に 至 れ る 六 要 素 抑 も 大 圓 成 宗 の 教 法 が 世 に 起 る に 至 る に は 、 先 づ 此 世 に 於 て 六 の 要 素 が 存 在 ぜ ね ば な ら ぬ 。 そ の 六 要 素 は 以 下 の 如 く で あ ろ 。 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 一 九
印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 二 〇 一 、 煩 簡 心 が 甚 だ 強 固 な ろ 事 二 、 徳 に 對 ず る 能 力 が 甚 だ 薄 筋 な る 事 三 、 諸 業 道 作 の 爲 め に 壽 命 の 短 縮 ず る 事 四 、 佛 聖 の 仰 ぜ ら れ た 教 識 の 意 義 々 棄 て ゝ 省 み ざ ろ 事 五 、 教 法 の 最 も 緊 要 な ろ 意 義 為 有 て 居 ゐ 宗 義 為 、 邪 解 々 以 て 其 意 義 為 攣 す ろ 事 六、 滅 罪 の 法 ん 修 め す し て 、 遣 為 成 す る の 熱 心 薄 弱 な る 事 困 難 極 ま つ た 時 に 眞 知 の 了 解 が 現 は れ る 様 に 、 以 上 の 如 音 六 要 素 が 整 ふ た 時 に 、 自 然 に 開 合 調 羅 聲 自 解 脱 が 明 白 に 現 示 る て 、 力 む る こ と な し に 無 上 密 乗 が 生 す ろ 時 と な つ た の で あ る 。 斯 か る 次 第 に 依 て 、 三 十 三 天 の 時 勝 な る 神 賢 護 子 が 四 の 神 聖 な る 夢 な 見 た 事 と一 致 し て 、 金 剛 薩 錘 が 勝 方 便 聖 瓶 の 灌 頂 た 授 け て 、 口 傳 為 授 け ら れ た に 依 て 、 眞 言 秘 法 は 天 國 に 廣 ま ろ こ と ゝ な つ た の で あ る ひ さ う し て 績 い て 人 間 界 に 廣 ま ろ に 至 つ た 次 第 に 以 下 の 如 く で あ ろ 。 セ ー チ ヤ 、 ク ン キ ヤ プ 注 輝 巻 一 、 一 一 五 丁 大 圓 成 宗 印 度 開 祖 最 歡 喜 の 略 傳 。 印 度 の 西 北 方 烏 杖 那 國 の 王 達 磨 阿 輸 迦 の 王 女 プ ラ ハ ラ ニ ー は 池 邊 へ 汰 浴 に 行 か れ た 時 、 秘 密 主 の 化 身 で あ ろ 雁 に 、 絶 妙 心 有 の 吽 字 た 空 よ り 攝 し て 口 に 呑 み で か ら 、 王 女 の 心 臓 に 嘴 な 以 て 三 度 觸 れ た 。 さ り す る と 光 輝 赫 耀 た ろ 吽 字 が 王 女 の 心 臓 中 に 入 り ま し た 。 其 れ か ら 月 満 ち て 王 女 の 心 臓 か ら 、 黄 金 の 九 杵 金 剛 で 光 輝 赫 耀 た る も の が 出 生 し ま し た 。 其 れ が 光 輝 に 溶 解 し て 、 其 れ か ら 相 好 圓 満 で 結 印 し た 所 の 王 子 金 剛 心 、 大 空 の 性 相 為 現 出 し な が ら 、 出 生 ぜ ら れ ま じ た 。 是 れ 降 普 通 人 な 超 絶 し た 所 の 最 勝 の 應 身 で あ つ て、 其 名 な 最 歡 喜 金 岡 と 申 さ れ ま し た 。 そ れ か ら 又 復 ぴ 金剛 持 薩 唾 が 、 其 處 に 現 前 し て 灌 頂 為 授 け ち れ ま し た 。 そ れ か ら 最 歡 喜 金 岡 に 大 圓 成 秘 経 六 百 四 十 萬 掲 の 藏 典 た 自 力 で 得 ら れ ま し た 、 其 後 こ の 尊 者 は 、 大 圓 成 宗 に 於 け ろ 教 法 の 主 と な ら れ ま し た 。 セー チ ヤ 、 ク ン キ ヤ ブ 註 釋 巻 一 、 一 一 五 、 六 丁 大 圓 成 宗 は 左 道 密 教 の 最 も 甚 し い も の で 、 西 藏 に 於 て は 古 派 の 秘 密 佛 教 郎 ち 赤 帽 振 の 秘 密 教 を 武 ふ の で あ る 。 さ う し て 此 宗 の 起 る に 至 る 時 代 の 六 要 素 が 十 分 整 ふ て 、 非 常 に 腐 敗 し て 居 た 時 代 は 、 因 陀 羅 部 底