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「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ2019)を巡る意思決定過程について

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(241)61. 四日市大学論集 第 33巻 第 2号 (The Journal of Yokkaichi University, Vol.33 No.2, 2021). 第 1章、問題提起. 本稿では、「あいちトリエンナーレ 2019」における「表現の不自由展 その後」の展示お よびその展示中止を巡る「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」での意思決定過程に注 目し、「表現の不自由展 その後」の展示中止が表現の自由への政治的介入として問題視され. るにいたった背景には、関係者による表現の自由への配慮がかえって意思決定を阻害し、問. 題発生の原因となっていた可能性がある事を指摘する。. 第 1章第 1節、検討の対象 「あいちトリエンナーレ 2019」は「情の時代 Taming Y/Our Passion」をテーマに 2019年. ※四日市大学総合政策学部. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019) を巡る意思決定過程について. 富 田 与. (構成) 第 1章、問題提起 第 1節、検討の対象 第 2節、シャルリ・エブド事件 第 3節、論点と構成 第 2章、運営体制 第 1節、「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」 第 2節、「作品選定過程」の主体 第 3節、「展示決定過程」の主体 第 3章、「表現の不自由展 その後」の作品選定過程、展示決定過程、展示中止決定過程 第 1節、「作品選定=展示決定過程」とリスクの認識 第 2節、リスクへの配慮 第 3節、「表現の不自由展 その後」の展示中止決定過程 第 4章、「公開質問状」および「意見書」による疑義、意見の表明 第 1節、「名古屋市長発 2019年 9月 20日付公開質問状」 第 2節、「『表現の不自由展 その後』実行委員会発 2019年 8月 6日付公開質問状」 第 3節、「 津田芸術監督発『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』に対する. 意見書」 第 5章、結論. (242)62. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. 8月 1日から 10月 14日まで開催された第 4回目の「あいちトリエンナーレ」で、国際現代 美術展のほか、映像プログラム、パフォーミングアーツ、音楽プログラムなど 106の企画が 展示・公開された。「表現の不自由展 その後」はそのうちのひとつで、『開催報告書』の「主. 催者あいさつ」[あいちトリエンナーレ実行委員会 2020:1]によると、開催直前からの「電 凸攻撃、脅迫電話・メール、犯罪・テロ予告 1の FAXなどにより、8月 4日から中止」とさ れ、「9月 25日のあいちトリエンナーレ検証委員会の検証報告の中での『リスク回避等を十 分に講じるなどの条件が整い次第、すみやかに再開すべきである』との提言を受けて、関係. 者と精力的に協議を行い、安全面、セキュリティ対策に万全を期して、10月 8日から」再開 されたとある。. 一方、同じ『開催報告書』の「『あいちトリエンナーレ 2019』『表現の不自由展 その後』 の展示中止・再開に係る主な経緯」[あいちトリエンナーレ実行委員会 2020:74-76]では、 「電凸攻撃、脅迫電話・メール、犯罪・テロ予告の FAX」など展示中止の直接の理由として 列記されているものの他に、そうした出来事の背景となっていたと見られる、「文化庁がオー. プニング・レセプションを急遽欠席(7月 31日)」、「名古屋市長が会場視察。『表現の不自由 展 その後』の展示中止を求める(8月 2日)」、「『表現の不自由展・その後』の展示中止に 抗議して、海外作家が自身の展示を閉鎖(8月 10日)」、「日本人作家 1名が出展作品の内容 を再設定(9月 3日)」、「外国人作家 1 名が作品の展示を一時中止(平日のみ)(9月 24日)」、 「日本人作家 1名が作品の展示を一時停止(9月 27日)」、そして展示再開後の「名古屋市長 が芸文センター2階のペデストリアンデッキで抗議行動(10月 8日)」などの出来事が列記 されている。. このように「表現の不自由展 その後」の展示中止については、テロ予告など安全面から. の理由づけと、その背景のひとつと見られていた表現の自由への侵害や検閲などの政治的介. 入という 2つの側面から議論されることが多い 2。本稿ではこうした一連の出来事のうち、「表. 1 「テロ予告」という表現は「表現の不自由展 その後」の展示中止に関する記述のなかにしばしば使用され ているが、この表現については、本稿注 27にある「表現の不自由展 その後」展実行委員会の岡本有佳は 「この日(八月二日)の朝、あいトリ事務局に『ガソリンを持っておじゃまする』という内容のファックスが 届いたという報告も判治室長から受けた。しかし判治室長は『いたずらファックス』という表現を使ってお り、この時点では、このファックスが展示を中止しなければならないほどの深刻なものとは受け止められて いなかったことをしめしている」 [岡本有佳 2019:35]との認識を示しており、その詳細を取り上げてはない が、本稿第 4章第 2節の「『表現の不自由展 その後』実行委員会発 2019年 8月 6日付公開質問状」のなか でも、「7. 抗議電話等の中には「ガソリンを持って…」などテロ予告や脅迫と言えるものがあったと表明され ていますが、こうした犯罪行為に対して刑事告訴は行いましたか。告訴していないとすればなぜでしょうか。 今後の対応はどう検討されているでしょうか」と、この点を質している。 2 愛知県在職中にあいちトリエンナーレを担当した経験のある吉田隆之はその著『芸術祭の危機管理 表現の 自由を守るマネジメント』で、「表現の不自由展 その後」の展示中止の要因と考えられる見解を次の 5つに 分類している。(1)キュレーション等が不適切だったとの見解、(2)SNS社会を踏まえた電凸対応等事前の 準備が不十分だったとする見解、(3)一部の政治家らの発言が電凸を煽ったとの見解、(4)表現の自由が後 退してきたとの見解、(5)政治と芸術が衝突したとの見解[吉田隆之 2020:86-96]。. (243)63. 現の不自由展 その後」の展示決定と展示中止に関わる意思決定過程のみに焦点を絞って検. 討を進めることとしたい 3。. 第 1章第 2節、シャルリ・エブド事件 この節では、以下の本稿での議論を組み立てる手がかりとして、「表現の不自由展 その. 後」と同様に表現の自由と「テロ予告(テロ事件)」が結びついた典型的な事例である 2015 年 1月にパリで発生したシャルリ・エブド事件を参照することにしたい。この事件では、表 現の自由のなかでも報道に関する表現の自由が問題とされた。シャルリ・エブド事件は 2015 年 1月 7日にパリで発生したもので、風刺新聞シャルリ・エブドの編集部に押し入った 2名 によりステファン・シャルボニエ編集長、漫画家 4人、コラムニスト 2人、校閲編集者、会 議の来訪者、管理人などが射殺された。シャルリ・エブドは反体制や反極右主義の風刺の他、. キリスト教カトリック、ユダヤ教、イスラム教などの宗教に関するテーマも取り上げており、. さまざまな議論を巻き起こしていた。この事件以前にも、預言者ムハンマドの風刺画掲載を. きっかけに、殺害予告が届けられたり火炎瓶による襲撃を受けたりしていた。この事件の後、. パリをはじめフランス各地で表現の自由を掲げた数千人規模のデモが繰り返され、これに賛. 同した意見は SNS上にも投稿されるようになり、「#JeSuisCharlie」(私はシャルリ)のハッ シュタグも世界中で使われるようになった[BBC 2020]4。 シャルリ・エブド事件を巡っては、日本でも表現の自由の「理念」とそれを守るための「配. 慮」がしばしば議論の俎上に上げられた。例えば自身もアーティストである大山エンリコイ. サムは、「2015年の 1月に、風刺新聞を発行するパリのシャルリーエブド社にイスラム過激 派のテロリストが乱入し、12人が殺害された。(中略)この事件から学ぶべきことは、表現 の自由を正義と思い込み、硬直した『理念』として盲信することのリスクだろう。それは理. 念として立派であっても、テロという『不可避のリスク』を抑止しない。(改行)リスクの回. 避に必要なのは『理念』ではなく『配慮』である」とし、「異なる価値観が林立する現代。理. 念を硬直させ闘争することより、局面ごとの配慮によって変化させること。そうしてこそ、理. 念を守ることもできる」[大山エンリコイサム 2020:44]としている。 表現の自由の「理念」的な側面についてはフランスの思想史的な背景が指摘されることが. 多い。例えば宇野重規は、「『私はあなたの意見に反対だ。しかし、あなたがそのような意見. 3 愛知県出身でマンガ評や書評を中心に活動しているブロガーの紙屋高雪も、その著『不快な表現をやめさせ たい』のなかで、「表現の不自由展 その後」を巡る一連の出来事について、「最大の問題」は「妨害者によ る混乱を理由にしながらも、『あいちトリエンナーレ実行委員会』という事実上愛知県=行政の手で、企画展 実行委員会が束ねていた作家たちの表現が中止に追い込まれてしまったこと」にしており、あいちトリエン ナーレ実行委員会による展示中止の決定に焦点をあてている[紙屋高雪 2020: 14- 17]。 4 シャルリ・エブドは 2020年 9月 2日にシャルリ・エブド事件に関わったとされる容疑者の裁判がパリで始 まるのを受け、9月 2日付同紙にこの事件のきっかけとなったとされるイスラム教の預言者ムハンマドの風刺 画を再掲載した。ここで参照した BBCの記事は、2015年 1月 7日の事件発生以後の経緯をまとめながら 2020 年 9月 2日の出来事を報じたものである。. (244)64. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. を言う権利は、命をかけても守る』といったヴォルテールの言葉はあまりに有名である。し. かしながら、はたしてこの言葉が日本においてどれだけ理解されているのか、不安に思うこ. とも少なくない。いささか『格好よすぎる』ヴォルテールのこの言葉を、私たちは表面的に. のみ理解しているのではなかろか」としたうえで、「自分と意見の異なる人間を守ることなし. に、自分の身を守ることもできない」とし、「『表現の自由は無限ではない』と口にするとき、. 私たちは自分もまた、いつか表現の自由を奪われることがありうると暗黙のうちに認めてい. る。あるいは、自分が力ずくで口を封じられる危険があることを、潜在的にではあれ予感し. ている。」[宇野重規 2015:10]と指摘している。こうした理念的な側面からは、「その『国 (フランス)のかたち』の 1つが、標語の自由に連なる『表現の自由』だ。『シャルリエブド』 の風刺画がいかに下品で、いかに神々を冒涜し、いかに挑発的であろうが、『シャルリ』はテ. ロリストの『死の脅迫』に対し、この『自由』を守るために敢然と戦ったフランス人の鏡で. あり手本というわけだ」[山口昌子 2015:97]という認識が生まれ、実際、当時のフランス の状況をエマニュエル・トッドは、「テレビ局と新聞が果てしもなく、われわれは国民一体化. の『歴史的な』瞬間を生きていると繰り返していた。『われわれは 1つの国民である、フラ ンスは自由によって、自由の為に再建され、逆境のなかで 1つになった』というのだった」 [トッド 2015:25]している。 その一方で、そうした「理念」的な側面は、実際には報道されるほどには民衆に共有され. たものではなかったとトッドはし、「1月 11日、フランス国民の一部は街に出ていなかった。 そして、街に出ていた人びとも、自分たちがフランスのすべてであるかのように振る舞おう. としていたものの、フランスの掲げる諸価値についてさほど確信していたわけではなく、さ. ほど広い心を持っていたわけでもなかった。民衆はシャルリではなかった。都市郊外の若者. たちも、イスラム教徒であるとないとにかかわらず、シャルリではなかった。地方の労働者. たちもシャルリではなかった。」[トッド 2015:34]ともしており、トッドはむしろ日本な どフランス国外で「理念」的な側面が強調され過ぎていることに警鐘を鳴らしている。. 第 1章第 3節、論点と構成 「表現の不自由展 その後」の展示中止について、トッドがシャルリ・エブド事件について. したような人口統計等の資料に基づき、どの程度「理念」的な側面が共有されていたかが検. 証できるような資料は、管見の限り見出すことができなかった。そこで本稿では、報道やオ. ピニオンリーダーの多くが強調する「理念」的な側面ではなく、大山の「リスクの回避に必. 要なのは『理念』ではなく『配慮』である」とする部分に着目することにしたい。大山はシャ. ルリ・エブドが発行するような風刺は「リスクに自覚的な表現である」[大山エンリコイサム 2020:45]としており、この点は、あいちトリエンナーレ 2019で展示される他の作品とは 違って、「表現の不自由展 その後」の場合にはそのタイトルや展示に含まれる作品の経歴か. ら風刺と同様のことが言えるであろう。こうしたことから以下の本稿では次の 2点に着目し ていく。. (245)65. (1)リスクはどのように認識されていたか。 (2)リスクに対する「配慮」はどのような形で成されていたか。. 大山の言う「配慮」の内容は必ずしも明確ではないが、ここでは展示という行為が行われ. る時の展示に関わる「展示する作品の選定」、「展示という行為の実行の決定」の 2つの場面 での選定主体と決定主体を行為主体と捉え、次の 3つの「配慮」について考えていく。. (1)作品選定主体による作家および鑑賞者に対する配慮 (2)展示決定主体による作家および鑑賞者に対する配慮 (3)作品選定主体と展示決定主体とのあいだの配慮. 「配慮」についてはこうした 3点を踏まえたうえで、以下の本稿では、あいちトリエンナー レ 2019実行委員会における意思決定過程のうち「表現の不自由展 その後」に関する「作 品選定過程」、「展示決定過程」ならびに「展示中止決定過程」に注目して 5、「(1)リスクは どのように認識されていたか」ならびに「(2)リスクに対する配慮はどのような形で成され ていたか」の 2点について検討していく。 第 2章では、あいちトリエンナーレ 2019実行委員会の全般的な運営に関わる組織とその機. 能を整理し、特に展示作品の「作品選定過程」および「展示決定過程」の主体を明らかにする。. 第 3章では、「表現の不自由展 その後」に特化して「作品選定過程」、「展示決定過程」なら びに「展示中止決定過程」を公開されている資料に基づき時系列で整理し、そのなかで「表現. の不自由展 その後」の展示に関わるリスクがどのように認識され、そのリスクに対してどの. ような配慮がなされていたかを明らかにする。第 4章では、公開されている「公開質問状」お よび「意見書」に基づき「表現の不自由展 その後」に関する意思決定過程への疑義や意見を. 整理し、第 3章までで見てきた意思決定過程の性格を関係者の視点から確認する。. 第 2章、運営体制. この章では、まず、「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」に基づきあいちトリエンナー. レ 2019実行委員会の全般的な運営に関わる組織とその機能を整理し、次に、「あいちトリエ ンナーレのあり方検証委員会」の資料に基づき、あいちトリエンナーレ 2019における「作 品選定過程」および「展示決定過程」の主体を特定したい。. この章では主に「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」と『「表現の不自由展 その後」. 5 公式ホームページ上に開催直前まで紹介されない作家や作品が散見されたことなどから(この点については 『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』75ページの「わかったこと」を参照[あいちトリエンナー レのあり方検討委員会 2019:75])、本稿では第 2章まで「作品選定過程」と「展示決定過程」とは別々の意 思決定過程であると仮定して議論を進めることにしたい。. (246)66. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. に関する調査報告書』を参照する。「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」は、その「附. 則」を見ると、平成 20年(2008年)6月 28日に初めて施行され、その後 10回改正をして おり、この章では平成 31年(2019年)4月 1日に施行された版を参照する。『「表現の不自 由展 その後」に関する調査報告書』は 2019年 12月 18日付で「あいちトリエンナーレの あり方検討委員会」が公表したものである。この「あいちトリエンナーレのあり方検討委員. 会」は、2019年 8月 9日にできた「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」から 2019 年 9月 26日付けで名称変更したもので、2020年 3月 24日付けで廃止されている。あいち トリエンナーレ 2019については「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」名で、2019 年 9月 25日付で『中間報告』が公表されているが、その後の変更等に配慮してこの章では 『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』を参照することとした。. 第 2章第 1節、「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」 この節では「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」の「第 2章 組織」、「第 3章 会議」. ならびに「第 4章 会長の専決処分」に基づきあいちトリエンナーレ 2019実行委員会の組 織と機能を整理する。ここでは触れない「第 1章 総則」には、あいちトリエンナーレ実行 委員会の「名称」(第 1条)、「事務所」(第 2条)、「目的」(第 3条)、「事業」(第 4条)が含 まれ、「第 5章 事務局」(第 17条)と「第 6章 会計」(第 18条、第 19条)ではそれぞれ 事務局と予算の概略が定められ、「第 7章 補足」では、「委任」として、第 20条で「この 規約に定めるもののほか、必要な事項は、会長が別に定める」、としている。. 「第 2章 組織」では主に役職の構成が規定されている。役職には、「会長」(1名)、「会長 代行」(1名)、「副会長」(2名)、「監事」(2名)があり、このうち会長は愛知県知事、会長 代行は名古屋市長、副会長は名古屋商工会議所会頭と一般社団法人中部経済連合会会長のそ. れぞれ充職とされ(第 6条)、職務は、それぞれ、会長は「実行委員会を代表し、会務を統 括する」、会長代行は「会長を補佐し、会長に事故あるとき又は会長が欠けたときは、その職. 務を代理する」、副会長は「会長代行とともに会長を補佐する」、そして幹事は「実行委員会. の業務及び会計を監査する」とされている(第 7条)。さらに会長には「第 4章 会長の専決 処分」のなかで「会長は、運営会議の議決事項について、緊急を要するときは、これを専決. 処分することができる」とされ、ただしその場合には「会長は、前項の規定により専決処分. をしたときは、これを次の運営会議において報告しなければならない」(第 16条)とする専 決処分の権限が付与されている。. 「第 2章 組織」では、この他に、「芸術監督」、「顧問」、「芸術顧問」、「参与」ならびに「ア ドバイザー」の役職が規定されており、職務は、芸術監督は「トリエンナーレの学芸業務の最. 高責任者」(第 9条)、顧問は「実行委員会の運営に関し、会長の相談に応じる」(第 10条)、芸 術顧問は「トリエンナーレの学芸業務に関し、会長及び芸術監督の相談に応じる」(第 10条)、 参与は「実行委員会の事業に関し、会長の相談に応じる」(第 10条)、そしてアドバイザーは 「トリエンナーレの展開に関し専門的な観点から助言」(第 11条)とそれぞれ規定されている。. (247)67. 「第 3章 会議」では、「運営会議」、「有識者部会」、「幹事会」の 3つの会議の設置(第 12 条)とそれぞれの会議の役割が規定(第 13条、第 14条、第 15条)されている。「運営会 議」は、会長を議長とし、「事業計画及び収支予算」、「事業報告及び収支決算」ならびに「そ. の他実行委員会の運営に関する重要な事項」を議決する機関とされる(第 13条)。「有識者 部会」は、会長が指名した部会長が議長となり、「芸術監督」は「有識者部会の経過及び結. 果」を会長に報告するように規定されている(第 14条)。最後に「幹事会」は幹事長を議長 とし、「実行委員会の円滑な運営を図るため」に設置されている(第 15条)。 このように「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」のなかでは、「作品選定過程」、「展示. 決定過程」および「展示中止決定過程」の主体が何処にあるのかは明示されてはいない。他. に適当な業務が見出せないことから「作品選定過程」が「学芸業務」(第 10条)に含まれ、 それが「芸術部門の企画」(第 14条)のすべてまたは一部に相当するとすれば、「作品選定 過程」は「芸術部門」が主体となり、「芸術監督」がその最高責任者となることが推定される。. ただし、「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」のなかには「芸術部門」の構成や職務を規. 定した条項は見出せない。「展示決定過程」については、「芸術部門」の最高責任者である「芸. 術監督」の下には何かを決定できる会議は設置されていないことなどから、あいちトリエン. ナーレ実行委員会の運営全般を決定する「運営会議」あるいは専決処分の権限を持つ「会長」. がこれらの意思決定過程の主体となっていることが推定される。. 第 2章第 2節、「作品選定過程」の主体 本章第 1節で見たように、作品選定過程の主体は「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」. には明示されておらず、他に適当な業務の記載がない事から「学芸業務」に作品制定過程が. 含まれると推定した場合、同様に他の記載との関係から「芸術監督」を最高責任者とした「芸. 術部門」が、作品選定過程の主体となっているものと推定できた。この節では『「表現の不自. 由展 その後」に関する調査報告書』に掲載された資料を参照しながら、作品選定過程の主. 体に関する本章第 1節の推定を検討することにしたい。『「表現の不自由展 その後」に関す る調査報告書』[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会,2019]は、「表現の不自由展 そ の後」の展示中止後に作成されているため、そこに記載されている内容は、規約上の規定の. みならず実際に行われた意思決定過程が繁栄されていることになる。. 『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』に掲載された「あいちトリエンナーレ. 実行委員会 組織図」(図 1)によると、本章第 1節で展示作品選定過程の主体と推定した 「芸術部門」は、「芸術監督」、「企画アドバイザー」、「キュレーター」および「コンサルタン. ト」の 4つから構成されており、「芸術監督」には、「学芸業務の責任者、トリエンナーレ全 体の企画を統括」という 2つの役割が、「企画アドバイザー」には「企画全般に関し、芸術 監督への助言」、「キュレーター」には「芸術監督の指揮の下に学芸業務を担当」、そして「コ. ンサルタント」には「芸術監督・キュレーターに対する助言・提言」という役割がそれぞれ. 付与されている。こうした構成は「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」には記載がなく、. (248)68. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. 芸術監督の役割についても「トリエンナーレ全体の企画を統括」というやや具体的な記載が. 加えられている。しかし作品選定過程に直接関わるような記載はこの「あいちトリエンナー. レ実行委員会 組織図」からも見いだせない。ところが、同じ『「表現の不自由展 その後」. に関する調査報告書』に「別冊資料 1 データ・図表集」として付けられた「あいちトリエ ンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」(図 2)では、記載がかなり異なり、「あいち トリエンナーレ実行委員会規約」にも「あいちトリエンナーレ実行委員会 組織図」にも記. 載のない「チーフ・キュレーター」という役職が登場し、「芸術監督」、「チーフ・キュレー. ター」、そして「会長」の役割分担についても「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」およ. び「あいちトリエンナーレ実行委員会 組織図」とはニュアンスの異なる記述がなされてい. る。ここでは作品制定過程の主体と推定してきた「芸術部門」に関わる「芸術監督」と「チー. フ・キュレーター」に関する記述を見ていく。. 「あいちトリエンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」では、「芸術監督」は「あい ちトリエンナーレの学芸業務の最高責任者として次の業務を行う」ものとされ、具体的な業. 務として、「(1)テーマ・コンセプトの決定」、「(2)企画推進体制の決定 6」、「(3)現代美術 展に関する作家の選定等、企画内容の決定」、「(4)舞台芸術等の企画及び公演内容の決定」、 「(5)普及・教育事業の企画に対する決定」、「(6)広報 PRなど、トリエンナーレの企画を外 部に伝える仕組みに対する助言」、「(7)会場管理、ボランティア、ショップ運営など、トリ. 図 1 「あいちトリエンナーレ実行委員会 組織図」 (出典:『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』p.39). (249)69. エンナーレの会場運営の仕組みに対する助言」、「(8)その他、トリエンナーレ全体の方向性 や展開イメージに関する助言等」8点が挙げられ、このうち、「(1)テーマ・コンセプトの決 定」、「(2)企画推進体制の決定」、「(3)現代美術展に関する作家の選定等、企画内容の決定」、 「(4)舞台芸術等の企画及び公演内容の決定」、ならびに「(5)普及・教育事業の企画に対す る決定」の 5点については、「芸術監督」が「決定」すると明記されている 7。つまり、「あ いちトリエンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」では「(3)現代美術展に関する作 家の選定等、企画内容の決定」とあるように、明らかに作品選定過程は「芸術監督」に属す. ることが示されている。. 次に「チーフ・キュレーター」を見ると、「あいちトリエンナーレ実行委員会における 3者 の役割分担」にはあるものの、「あいちトリエンナーレ実行委員会 組織図」にはそうした名. 称は見出せない。ここで言う「チーフ・キュレーター」を、「あいちトリエンナーレ実行委員. 会 組織図」にある「芸術部門」内の「キュレーター」のリーダーを指し示していると推定. するならば、その役割は「あいちトリエンナーレ実行委員会 組織図」では、「キュレーター」. の役割とされている「芸術監督の指揮の下に、学芸業務を担当」のまとめ役と推定すること. 6 この項目には次のような但し書きが付けられている。「但し、芸術監督就任時には、チーフ・キュレーター はすでに決まっており、美術展、パフォーミングアーツ、映像、ラーニングのキュレーターは事務局推薦に よった。芸術監督が推薦して選んだのはアドバイザー、公式デザイナー、音楽キュレーターのみで、人事権 が全て芸術監督にあったとは言えない」。 7 ここで「芸術監督」の役割とされている「(1)テーマ・コンセプトの決定」は、「あいちトリエンナーレ実 行委員会 組織図」では「運営会議」の役割とされており、また、「(3)現代美術展に関する作家の選定等、 企画内容の決定」については、「あいちトリエンナーレ実行委員会 組織図」の「芸術監督」の役割にはそう した記述はない。. 図 2 「あいちトリエンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」 (出典:『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』に「別冊資料 1 データ・図表集」p.26). (250)70. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. ができる。他方、「あいちトリエンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」では「チー フ・キュレーター」の役割として、「(1)芸術監督を補佐し、トリエンナーレに関わる現代 美術、舞台芸術及びラーニング等の各事業の全般的な調整」、「(2)(1)の調整のため、キュ レーターミーティングを主催」、「(3)作品プランや展示プランの調整などのキュレーション 業務」、「(4)各種事業や記者発表を含む広報など学芸部門全体についての検討及び進行管理」、 「(5)芸術監督、キュレーター及び実行委員会との調整」という 5点が明記されており、こ のうち「(3)作品プランや展示プランの調整などのキュレーション業務」は「芸術監督」に 属する作品選定過程の一部をなす業務と推定でき、作品選定過程が「チーフ・キュレーター」. にも属するものと考えることができる。. このように、「あいちトリエンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」からは、作品 選定過程は「芸術監督」および「チーフ・キュレーター」が含まれる「芸術部門」が主体と. なっていたことが分かる。. 第 2章第 3節、「展示決定過程」の主体 本章第 1節で見たように、「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」の限りでは、作品選 定過程の主体と推定された「芸術部門」の最高責任者である「芸術監督」の下には何かを決. 定できる会議は設置されておらず、規約にある 3つの会議のなかで「決議」の記述があるの は「運営会議」だけであり、また、「会長」には専決処分の権限があることから、決定を伴う. 展示決定過程および展示中止決定過程の主体となり得るのは「運営会議」あるいは「会長」. であると推定することができた。この節では前節と同様に『「表現の不自由展 その後」に関. する調査報告書』に掲載された資料を参照しながら、展示決定過程の主体に関する本章第 1 節の推定を検討することにしたい。. 最初に、前節と同じように『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』の「あいち. トリエンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」を見ることにしたい。その「会長」の 欄を見ると、前節で見た「芸術監督」や「チーフ・キュレーター」の場合とは違い、「会長」. の役割は「実行委員会を代表し、会務を統括する」とされているだけであり、これは「あい. ちトリエンナーレ実行委員会規約」の第 7条にある「会長」の職務と一致している。他方、 『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』の「あいちトリエンナーレ実行委員会 . 組織図」では、「会長」は「運営会議」の構成員の最上位にあるだけで「会長」に固有の役割. の記載はない。「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」の第 13条には、「運営会議」は「会 長」を議長とし、「事業計画及び収支予算」、「事業報告及び収支決算」ならびに「その他実行. 委員会の運営に関する重要な事項」を議決する機関とされており、また、「あいちトリエン. ナーレ実行委員会 組織図」では「意思決定機関。芸術監督選任、テーマ・コンセプト、事. 業計画、予算等決定」8が「運営会議」の役割とされている。こうしたことから、「あいちト. リエンナーレ実行委員会における 3者の役割分担」で言う「会務」には、「あいちトリエン ナーレ実行委員会規約」の第 13条に記された「事業計画及び収支予算」、「事業報告及び収. (251)71. 支決算」ならびに「その他実行委員会の運営に関する重要な事項」を議決すること、また「あ. いちトリエンナーレ実行委員会 組織図」に記載のある「芸術監督選任 9、テーマ・コンセ. プト、事業計画、予算等」を決定することをその機能とする「意思決定機関」(「あいちトリ. エンナーレ実行委員会 組織図」)である「運営会議」の議長(「あいちトリエンナーレ実行. 委員会規約」の第 13条)といった内容が含まれ、さらに「あいちトリエンナーレ実行委員 会規約」の第 16条にある「会長」の専決処分もこれに含まれることが推定できる。 このようにあいちトリエンナーレ実行委員会で何かを決定する権限を持つのは「会長」が. 議長を務める「運営会議」と「会長」だけとなるが、「あいちトリエンナーレ実行委員会規. 約」の第 16条にある「会長」の専決処分には「緊急を要するときには」という条件が付け られており、展示の決定のような予め計画された緊急を要しない事案については「運営会議」. が決定することになると考えられる。ところが「あいちトリエンナーレ実行委員会 組織図」. では「テーマ・コンセプト」という「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」で明示されて. いない項目が追加されているものの、展示の決定についての明示はない。. この点については『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』に掲載された「会長」. である愛知県知事へのヒアリングの報告を参照することにしたい。『「表現の不自由展 その後」. に関する調査報告書』では、「会長(知事)は今回の事態を想定し、芸術監督に対してあらか. じめ必要な指示や助言を行ったのか」という「検証ポイント」に対する「わかったこと」とし. て、「会長としては、これまで 3回のトリエンナーレと同様に、企画展示の内容については極 力専門家である芸術監督に委ねるべきと考えていた。さらに、知事としても、金は出すが口は. 出すべきでないと考え、また、憲法上の『検閲』にあたると言われかねないと考えていた」と. する「会長」の回答を挙げている[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019:78]10。 これは作品選定過程や展示決定過程に関与することを「会長」は回避していたことを示唆して. いる。. さらに「キュレーションの自律性を尊重すべきだが、今回はキュレーションが不十分だっ. た。そもそも、尊重する必要がなかったのではないか」という「検証ポイント」に対応した. 「わかったこと」には、「仮にキュレーションに大きな問題があったとしても、法的には、だ. からといって芸術部門がすべき展示内容に関する判断を、実行委員会の運営部門や会長、事. 務局が頭越しに行うことはできない」[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019: 79] としており、また、「トリエンナーレ実行委員会は準備のプロセスで芸術監督に対し不自由展. 8 このうち、「テーマ・コンセプト」については「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」の第 13条には明確 な記述は見出せない。 9 「あいちトリエンナーレ実行委員会規約」の第 9条に「芸術監督は、運営会議が選任し、会長が委嘱する」と ある。 10 この発言は、愛知県のホームページの「『あいちトリエンナーレ 2019』の事実関係について」に置かれてい る「9月 20日愛知県議会本会議での知事提案説明(関連部分抜粋)」のなかでも引用されている[大村秀章 愛知県知事 2019]。. (252)72. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. のキュレーションのやり直し、若しくは展覧会自体の中止を勧告できる危機管理の仕組みを. 有していなかったのか」という「検証ポイント」に対しては「運営会議には芸術の専門家が. 参加しているが、役割は芸術監督の選任と限定的。また、参与の中にも芸術の専門家はいる. が、会長の相談に応じる役割でしかない。また、顧問も会長の側面的助言をするのみであり、. 積極介入する位置付けになかった」としている[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019:77]。これらは「運営会議」も作品選定過程や展示決定過程への関与を回避していた ことを示唆している。. こうした「会長」や「運営会議」の姿勢は、第 1章第 3節で提起した 3つの「配慮」のう ち、「(3)作品選定主体と展示決定主体とのあいだの配慮」に相当するものと言え、そこで は、表現の自由への介入を回避するための「配慮」が働いていたと考えることができる。こ. うした配慮の結果、展示決定過程は実質的に芸術監督に委ねられることとなり、それにより. 展示決定過程は芸術監督を責任者とした芸術部門での作品選定過程と重なっていたと推論で. きる事になる。. 第 3章、「表現の不自由展 その後」の作品選定過程、展示決定過程、展示中止 決定過程. 第 2章では、「作品選定過程」と「展示決定過程」はほぼ重なっており、その主体は芸術 監督を最高責任者とした芸術部門であったことが推定できた。以下の本文では「作品選定過. 程」と「展示決定過程」とが重なった状況を「作品選定=展示決定過程」と表記する。この. 章では、この「作品選定=展示決定過程」のなかで、「表現の不自由展 その後」に関する決. 定がどのようになされていたかを検討する。そこでは、第 1章第 3節で論点として提起した、 「(1)リスクはどのように認識されていたか」および「(2)リスクに対する「配慮」はどの ような形で成されていたか」を中心に見ていくことにしたい。. 第 3章第 1節、「作品選定=展示決定過程」とリスクの認識 この節では「表現の不自由展 その後」に関する作品選定=展示決定過程を検討する。「表. 現の不自由展 その後」は、その他の多くの展示作品とは異なり、複数の作家が制作した作. 品群を「展示として作品にしたもの」で、そこでは作家である「『表現の不自由展 その後』. 実行委員会」による作品選択が加わり、そのことで「表現の不自由展 その後」の「作品選. 定=展示決定過程」は他の作品に関する「作品選定=展示決定過程」より複雑な形となって. いた。前章で見たように、他の作品に関する「作品選定=展示決定過程」では芸術監督を責. 任者とした芸術部門が実質的な主体となっていたと推定できたのに対し、「表現の不自由展 . その後」の場合には、「『表現の不自由展 その後』実行委員会」と「あいちトリエンナーレ. 実行委員会」も「作品選定=展示決定過程」の主体となっていた。. 最初に、『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』の「企画と作品選定のプロセ. (253)73. ス」[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019:データ・図表集 p29]、「1- 3 不自 由展の開催検討と決定」[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019:27]、「1- 4 不 自由展実行委員会との開催合意」[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019: 27]、「2 - 1出品作品の決定」[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019:28- 30]を参照 しながら、「作品選定=展示決定過程」を整理しておくことにしたい。「表現の不自由展 そ. の後」に関する「作品選定=展示決定過程」は、(1)「表現の不自由展 その後」の展示全 体をひとつの作品として選定する「作品選定過程」、(2)「表現の不自由展 その後」のなか で展示する個々の作品を選定する「作品選定過程」、そして(3)「表現の不自由展 その後」 実行委員会と「あいちトリエンナーレ 2019」実行委員会との間での契約が締結されるまでの 「展示決定過程」の 3つの部分に区分することができ、これら 3つの部分はほぼ時系列で並 べることができる。. 最初の「(1)『表現の不自由展 その後』の展示全体をひとつの作品として選定する『作 品選定過程』」は 2018年 5月 10日に始まり、約 10か月の時間を要した。2018年 5月 10日、 芸術監督はキュレーター会議で「表現の不自由展 その後」に関して初めて提案をした。5 月 13日には作品候補に優先度が付けられ、「表現の不自由展 その後」は優先度 Bとされた。 その後、2019年 3月 27日午後 3時に「あいちトリエンナーレ 2019」の企画発表会で「表 現の不自由展 その後」の展示が発表されるまでのあいだ、「芸術部門」内での調整と「芸術. 部門」と「表現の不自由展 その後」実行委員会との調整が進められた。2018年 6月 10日 に芸術監督がその後「表現の不自由展 その後」実行委員会のメンバーとなる永田浩三と連. 絡を取り、8月 23日のキュレーター会議で芸術監督が「表現の不自由展 その後」について 再度プレゼンテーションを行い永田浩三に正式に声をかけることが決まったことを受け、12 月 6日に芸術監督が永田浩三に連絡を入れ、2019年 1月 11日には永田浩三から芸術監督へ 岡本有佳を紹介するとの連絡が入り 11、2月 4日に芸術監督が「表現の不自由展 その後」実 行委員会の岡本有佳と初めて会った。これに先立ち、1月 17日のキュレーター会議では、芸 術監督が「極力(不自由展実行委員会が行う)キュレーションに介入しないようにしたい」. と発言している。2月 4日には芸術監督が岡本有佳と初めて打合せを行い、3月 4日の両名 の打ち合わせで名称を「表現の不自由展」から「表現の不自由展・その後」に変更、その後. 3月 18日から企画発表までのあいだに芸術監督と「表現の不自由展 その後」実行委員会の 5名とが数回のミーティングを行っている 12。. 3月 27日の企画発表の後、次の「(2)『表現の不自由展 その後』のなかで展示する個々 の作品を選定する『作品選定過程』」が進められた 13。4月 4日に芸術監督からチーフ・キュ. 11 この間、1月 17日に永田浩三から岡本有佳に最初の連絡が入っている[岡本有佳 2019:14]。 12 この間、アライ=ヒロユキ、岩崎貞明、岡本有佳、小倉利丸、永田浩三の 5人からなる「表現の不自由展 その後」実行委員会が結成されている[岡本有佳 2019:15]。 13 岡本有佳は検討開始時期について、「十九年四月一日から、不自由展委員会五人と津田芸術監督での出展作 品の検討が始まる」としている[岡本有佳 2019:16]。. (254)74. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. レーターへ「あいちトリエンナーレ 2019」への出品候補作品リストが共有され、4月 11日 には芸術監督から、キュレーターチームに「表現の不自由展 その後」の出品候補作品リス. トが共有された。この際、キュレーター会議において、大浦信行の作品及び「平和の少女像」. の展示について共有し、チーフ・キュレーター及びアシスタント・キュレーターより、少女. 像はパネル展示でも成り立つのではないかという意見がだされたが、展示内容の選定権限、責. 任主体は「表現の不自由展 その後」実行委員会であることを確認した。そして、4月 18日 に芸術監督が運営会議委員(県民文化局長)に対して「表現の不自由展 その後」に《平和. の少女像》の実物が出品予定であることを報告している。4月 25日から、作品の受け入れ等 の具体的な実務を担当することになったアシスタント・キュレーター1名が一部作家やギャ ラリーと直接やり取りを始めた。その一方で、芸術監督も作家との直接交渉を進めており、4 月 23日には芸術監督が白川昌生へ出展を打診し出展が決定。4月 24日には芸術監督が Chim↑Pomへ出展を打診。4月 28日にも芸術監督が小泉明郎に出展を打診し出展が決定し ている。他方、作家からの提案もあった。5月 8日に大浦信行が新作の映像作品を作ってお り、それも出品したいとの意向が伝えられ、それに関して 5月 21日には不自由展実行委員 会の小倉利丸が、新作映像は「検閲」というコンセプトに合わないとの意見を大浦信行に伝. えたところ、大浦信行はいったん出品の辞退を申し出たが、5月 24日に芸術監督が大浦信行 の新作映像作品の DVDを受け取り、5月 27日に芸術監督、不自由展実行委員会、大浦で ミーティングを行い、映像作品の出展が合意された 14。. 最後の「(3)『表現の不自由展 その後』実行委員会と『あいちトリエンナーレ 2019』実 行委員会との間での契約が締結されるまでの『展示決定過程』」では、同時に展示に関わるリ. スクも共有されていくようになる。4月 29日にアシスタント・キュレーターが、予算案及び 作品リストを作成。展示室のボリューム、予算ともにはみ出すため、展示作品と予算のボ. リュームダウンを「表現の不自由展 その後」実行委員会に提言した。5月 8日には「表現 の不自由展 その後」実行委員会、芸術監督、キュレーター、ならびに事務局で警備に関し. て協議を行い 15、あいちトリエンナーレ 2019へ出展作家として参加を依頼する大村会長名 の文書を「表現の不自由展・その後」に交付し「表現の不自由展 その後」実行委員会の岡. 本有佳が参加同意書に署名・押印 16。この後、展示が決定される契約書の締結を巡り、予算、. 14 岡本有佳は「表現の不自由展 その後」の展示作品の選定作業に関して、「選定作業はすべて不自由展委員 会と津田芸術監督双方で提案し、議論し、採択した。あいトリ側の要望でストップが入った主題もある」と している[岡本有佳 2019:17]。 15 岡本有佳によると、5月 8日には、「不自由展委員会の五人で、初めて会場である愛知芸術文化センターを 訪問し、会場のスペース、形状などを確認し、レイアウトなどを協議し」[岡本有佳 2019:18 ]、その後、あ いちトリエンナーレ実行委員会事務局とリスクに関する意見交換が行われたという(本稿第 3章第 2節、リ スクへの配慮、および本稿注記 24参照)。 16 岡本有佳によると、「参加同意書」には、「貴殿に出品作家として本芸術祭に御参加いただきたく存じます」と 記載されていたが、展示中止後に展示再開を求めてなされた仮処分申立で「出展作家としての展示請求権の有 無」、「作家の人格権利益の侵害」が争点とされたこともあり、検証委員会の中間報告には「参加同意書」は掲 載されず、会期終了後の 10月 21日になり報告書に反映されるとの連絡が入ったという[岡本有佳 2019: 19]。. (255)75. リスク(警備)等の問題について具体的な調整が進められていく。6月 4日には「表現の不 自由展 その後」実行委員会、芸術監督、アシスタント・キュレーターが面談し、出展リス. ト、展示内容、予算の方針が固められ 17、6月 12日には「あいちトリエンナーレ 2019実行 委員会」事務局から「表現の不自由展 その後」全体の展示案が「あいちトリエンナーレ. 2019実行委員会」会長に提示された。これを受け、6月 17日に「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」から「表現の自由展 その後」実行委員会へ契約書案が送付された。. 6月 23日からアシスタント・キュレーターと県立美術館学芸員が作品の集荷を進めたり、 6月下旬には「表現の不自由展 その後」実行委員会が執筆したキャプションパネルに掲出 する解説テキストを翻訳するための事務手続きや、パネルにするための造作の手続きを、ア. シスタント・キュレーターが進めたりしている。その一方で「平和の少女像」の展示に関す. る調整が行われた。6月 20日に「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」会長が芸術監督 と面談し「少女像は何とかならないのか、やめてくれないか」、「少女像は、実物ではなくパ. ネルにならないのか」、「写真撮影は禁止にできないか」と懸念を伝えられたが、7月 8日に は「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」会長が事務局から、芸術監督と「表現の不自 由展 その後」実行委員会側との協議の結果、「表現の不自由展 その後」実行委員会は「平. 和の少女像」の展示をするという強い意向であり 18、また、展示と写真撮影はセットである. ことが報告された。これを受け、7月 11日に「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」会 長が事務局に対し、少女像の展示の中止及び写真・SNS写真投稿禁止を再度協議するよう指 示し、7月 12日には事務局が「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」会長に、芸術監督 と「表現の不自由展 その後」実行委員会側との協議の結果として、「表現の不自由展 その. 後」実行委員会の決意は固く、少女像と写真撮影はセットで、不可なら「表現の不自由展 そ. の後」全体を取りやめることとしていることを報告。7月 17日になり芸術監督が、SNS写真 投稿禁止について「表現の不自由展 その後」実行委員会に伝え、7月 19日に、写真撮影の 禁止はできないが、SNS写真の投稿は禁止することを 3者連名で掲示することで合意し 19、7 月 29日に契約書(7月 1日付で締結)に係る協議を終了した。 ここまで見てきたように、「表現の不自由展 その後」の「作品選定=展示決定過程」は他. の作品の作品選定=展示決定過程とは異なり、関わる主体の数が増えていた 20。「表現の不自. 17 「決定する」という表記がある。 18 本稿注 14参照。 19 この間の経緯に関して、岡本有佳は、「最後の最後になって、大村知事は、再度『現物なしのパネル展示』 案を出し、最終的に津田監督は『SNS投稿禁止』を発案した。私たちは反対したが、輸送も始まる中で現物 展示を守ることを優先し、作家の同意を得ることを前提に不本意ながら『SNS投稿禁止』を受け入れた。た だし、あいトリとして実施して欲しいと要請した。しかし大村知事は三者(あいトリ実行委員会、芸術監督、 不自由展委員会)の合意にこだわり、しかも不自由展の挨拶文とまったく同じ大きさのパネルを入口に目立 つように貼ることを条件としてきた。これをのまないと<平和の少女像>が展示できなくなると言われ、結 局私たちは受け入れざるを得なくなった」としている[岡本有佳 2019:26]。 20 本稿注 5参照。. (256)76. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. 由展 その後」そのものが複数の作家が制作した作品の集合であり、そこでは、あいちトリ. エンナーレ 2019に参加した他の「作家」とは異なり、「作家」である「『表現の不自由展 その後』実行委員会」による作品選択過程があいちトリエンナーレ 2019の作品選択=展示 決定過程と重なりながら進行したため、「表現の不自由展 その後」の作品選定=展示決定過. 程はより複雑な形となっていた。さらに、「表現の不自由展 その後」の展示に関わるリスク. の存在により、他の作品での作品選定=展示決定過程のように芸術監督を責任者とした芸術. 部門のみを実質的な主体とすることはできず、展示決定過程の主体としての「あいちトリエ. ンナーレ実行委員会」の役割が作品選定=展示決定過程のなかで実質的な意味を持つことに. なっていた。ここで見てきた作品選択=展示決定過程では、あいちトリエンナーレ 2019実 行委員会からは、芸術部門の「芸術監督」と「アシスタント・キュレーター」、そして運営部. 門の「会長」と「事務局」がしばしば登場する。このうち芸術部門では情報の共有を図るた. めに「キュレーター会議」という部門内の会議が開催されていた 21。これに対し、運営部門. でどのような会議が持たれていたか、あるいは運営部門内部でどのような情報の共有が図ら. れていたかは判然としない。. 第 3章第 2節、リスクへの配慮 「表現の不自由展 その後」の展示に伴うリスクの認識は、前節でように作品選定=展示決. 定過程に関わる主体の間で一定の共有はなされていたようである。ここでは作品選定=展示. 決定過程で、リスクの認識が共有され、それへの「配慮」が具体化していく過程を『「表現の. 不自由展 その後」に関する調査報告書』の「2- 7警備・電話対応」[あいちトリエンナー レのあり方検討委員会 2019:34]に基づいて時系列で見ていく。その際、第 1章で提示し た 3つの「配慮」、すなわち「(1)作品選定主体による作家および鑑賞者に対する配慮」、「(2) 展示決定主体による作家および鑑賞者に対する配慮」、「(3)作品選定主体と展示決定主体と のあいだの配慮」に準じて、「配慮の主体」と「配慮の対象」を確認していくことにしたい。. 第 2章で見たように、あいちトリエンナーレ 2019では基本的に作品選定過程と展示決定 過程は一体的なものとなっていたと推定でき、この章では、その全体の過程を「作品選定=. 展示決定過程」と表記してきた。ところが、前節で見たように「表現の不自由展 その後」. では、芸術監督を責任者とした芸術部門が作品選定過程の中心的な主体となっていたのと同. 様に、展示決定過程では会長を責任者とした運営部門が意思決定に関わる主体として機能し. ていた。そこでこの節では 3つの「配慮」に関して、「配慮の主体」としては「芸術部門」と. 21 「表現の不自由展 その後」実行委員会とキュレーターとの関係について、岡本有佳は、「実は、私たちは準 備段階からキュレーターによる展示作業の立ち会いや協力を再三求めてきた。作品そのものに加え、作品に まつわる『事件』や背景をどう立体的に見せるのか、国際芸術展だけに期待もしていた。しかしそうした共 同作業は叶わなかった。ようやく当日(岡田が準備作業のために名古屋に入った月 29日:筆者注)、美術館 の学芸員が協力してくれたが、展示延滞のコンセプトが共有されておらず、時間も準備もないなかではどう にもならなかった」としている[岡本有佳 2019:28]。. (257)77. 「運営部門」を、「配慮の対象」については「作家」としての「表現の不自由展 その後」実. 行委員会を、また「鑑賞者」としては「実際に会場を訪れる人々だけではなく、図像などの. 情報を通じて展覧会のことを知る人」までを措定することにする。. 作品選定=展示決定過程におけるリスクへの配慮は、次の 2つのプロセスに分けることが できる。. (1 )「表現の不自由展 その後」実行委員会(「作家」)からのアドバイスに基づく運営部 門と芸術部門(「配慮の主体」)による「鑑賞者」への配慮. (2 )「平和の少女像」を巡る運営部門と芸術部門(「配慮の主体」)による「表現の不自由 展 その後」実行委員会(「作家」)と「鑑賞者」への配慮. このうち「(1)「表現の不自由展 その後」実行委員会(「作家」)からのアドバイスに基づく運 営部門と芸術部門(「配慮の主体」)による「鑑賞者」への配慮」は、主に『「表現の不自由展 . その後」に関する調査報告書』の「2- 7警備・電話対応」[あいちトリエンナーレのあり方検討 委員会 2019:34]で時系列に整理されている。それによると、このプロセスの起点となるのは、 「表現の不自由展 その後」実行委員会、芸術監督、キュレーター、ならびに事務局で警備に関. して協議を行い、あいちトリエンナーレ 2019へ出展作家として参加を依頼する大村会長名の文 書を「表現の不自由展・その後」に交付し「表現の不自由展 その後」実行委員会の岡本有佳が. 参加同意書に署名・押印した 2019年 5月 8日で、この日、「表現の不自由展 その後」実行委員 会、芸術監督、ならびに事務局で顔合わせを行い、事務局からは懸念事項が伝えられ、「表現の. 不自由展 その後」実行委員会からは「2015年の表現の不自由展」開催時 22の警備に関する話 を聞いている。この後、展示決定過程が進む 6月までのあいだ、「表現の不自由展 その後」実 行委員会のアドバイスに基づく警備の準備が進められる。5月13日には「表現の不自由展 その 後」実行委員会の岡本有佳から改めて事務局のトリエンナーレ推進室長も交え警備対策について. 打ち合わせしたいと提案を受け、5月 30日に「表現の不自由展 その後」実行委員会、「表現の 不自由展 その後」実行委員会の警備協力者・三木譲 23、芸術監督、ならびに事務局で警備に関. する打ち合わせを行っている 24。これと並行して警察との調整も進められ、5月 22日には事. 22 「2015年の表現の不自由展」とは、2015年に東京の江古田にあるギャラリー古藤で「表現の不自由展」と 題されて開催された展覧会のことで、岡本有佳によるとその展覧会でしたのは、「具体的には電話対応や展覧 会場内での対応である。『受付・警備心得』をつくり、毎日それぞれの持ち場で何が起きたのかを共有した。 ギャラリーが自宅を兼ねていたので、事前に地元警察や区役所とも話し合い、必要最小限の対策を講じた。弁 護士の方々にも交代で見回りに加わっていただくなどの努力」であり、その結果大きな混乱もなく無事終了 したという[岡本有佳 2019:12]。 23 岡本有佳によると、「日本社会に広がる排外主義、ヘイトスピーチ問題に取り組む三木譲さんたちとの出会 いはこの時(2015年の表現の不自由展)」だったという[岡本有佳 2019:11]。 24 この間の経緯について、岡本有佳は、「この日(5月 8日・筆者注)、判治推進室長から、『不自由展開催に あたって主催者としての警備関連の懸念事項』を文書で示された。主な内容は『天皇の肖像使用、慰安婦像. (258)78. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. 務局が管轄警察署へ相談に行き、打ち合わせの結果を芸術監督と共有。5月 25日頃には警察 のアドバイスを受け、展示会場に警備員を配置する具体的検討を開始している。. 次の「(2)「平和の少女像」を巡る運営部門と芸術部門(「配慮の主体」)による「表現の 不自由展 その後」実行委員会(「作家」)と「鑑賞者」への配慮」のプロセスは、6月前半 に急速に進んだ展示決定過程の後に始まる。また、「(1)「表現の不自由展 その後」実行委 員会(「作家」)からのアドバイスに基づく運営部門と芸術部門(「配慮の主体」)による「鑑. 賞者」への配慮」のプロセスは、展示決定過程が急速に進んだ時期には中断され、その後. 「(2)「平和の少女像」を巡る運営部門と芸術部門(「配慮の主体」)による「表現の不自由展 その後」実行委員会(「作家」)と「鑑賞者」への配慮」のプロセスと並行して進められてい. たように見える。. 展示決定過程の急速な展開は 6月 4日に出展リスト、展示内容、予算の方針が固められた ことを起点としている。6月 12日には「表現の不自由展 その後」全体の展示案が「あいち トリエンナーレ 2019実行委員会」会長に提示され、6月 17日には契約書案が「あいちトリ エンナーレ 2019実行委員会」から「表現の自由展 その後」実行委員会に発出されている。 「(2)「平和の少女像」を巡る運営部門と芸術部門(「配慮の主体」)による「表現の不自由展 その後」実行委員会(「作家」)と「鑑賞者」への配慮」の起点となるのは、あいちトリエ. ンナーレ実行委員会会長が芸術監督に対して「少女像は何とかならないのか、やめてくれな. いか」、「少女像は、実物ではなくパネルにならないのか」、「写真撮影は禁止にできないか」. と懸念を伝えたことで、これは 6月 20日の両者の面談のなかでなされた。これから 7月 19 日に SNS写真の投稿に関する合意ができるまでの経緯は前節で既に見ているが、簡単に振 り返っておく。7月 8日には「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」会長に、「表現の不 自由展 その後」実行委員会は「平和の少女像」の展示をするという強い意向であり、また、. 展示と写真撮影はセットであることが報告され、これに対し 7月 11日に「あいちトリエン ナーレ 2019実行委員会」会長が、少女像の展示の中止及び写真・SNS写真投稿禁止の再協 議を指示。7月 12日に「あいちトリエンナーレ 2019実行委員会」会長に、不自由展実行委 員会の決意は固く、少女像と写真撮影はセットで、不可なら不自由展全体を取りやめること. になるとの報告があり、これを受け、7月 17日に芸術監督が、SNS写真投稿禁止について 「表現の不自由展 その後」実行委員会に伝え、7月 19日に SNS写真の投稿は禁止とするこ とを 3者連名で掲示することで合意している。 展示決定過程が急速に展開し始めた 6月 4日から「(2)「平和の少女像」を巡る運営部門. と芸術部門(「配慮の主体」)による「表現の不自由展 その後」実行委員会(「作家」)と「鑑. 展示にかかる保守系団体等からの抗議』『法律への抵触(猥褻との関係)』『被爆者、障碍者等関係団体からの 抗議』『公平性確保』などで対策などの意見交換をし」[岡本有佳 2019: 18]、判治室長の望みに応え三木譲と の面談が持たれ、その際、三木譲から、現地を見る必要があるので名古屋での会議を早めに日程調整するよ う依頼が既にあったという[岡本有佳 2019: 23]。. (259)79. 賞者」への配慮」のプロセスが始まる 6月 20日までの期間には、「(1)「表現の不自由展 その後」実行委員会(「作家」)からのアドバイスに基づく運営部門と芸術部門(「配慮の主. 体」)による「鑑賞者」への配慮」のプロセスに関する出来事の記載はなく、「(2)「平和の 少女像」を巡る運営部門と芸術部門(「配慮の主体」)による「表現の不自由展 その後」実. 行委員会(「作家」)と「鑑賞者」への配慮」のプロセスの途中の 7月 10日から再び記載が 見られるようになる。. 7月 10日以降は、それまでに確認されたリスクへの配慮が具体的な措置として実現されて いく。7月 10日に事務局の電話へ音声案内装置(録音機能付)が導入され、7月 25日には 苦情専用電話が 1台加えられた。この間警察との連携も進み、7月 15日には事務局と所轄警 察署で打ち合わせが行なわれ、7月 17日に事務局長から所轄警察署長に会期中の警備への協 力が依頼されている。同時に、会場およびその周辺での対応も具体化していき、7月 18日に は芸文センター内の関係機関に対応マニュアル案を提示しながら対応の説明がなされ、7月 26日までに、対応マニュアルの完成、芸文センター内の各機関へのマニュアルの配布、街宣 車対応についての芸術監督とトリエンナーレ推進室長による弁護士との相談などが進められ、. 7月 26日の朝のミーティングで事務局内に対応マニュアルの周知が図られた。また、契約書 に関する協議が終了した 7月 29日には、警察からの助言に基づき、芸文センター各入口へ 管理権を明示した立て看板が設置された。. ここまで見てきたように、「表現の不自由展 その後」を巡るリスクへの配慮は、作品選定. =展示決定過程のなかで同時に進められており、作品選定過程に関わる部分では芸術部門の. なかでも芸術監督が積極的な役割を果たし、展示決定過程に関わる部分ではでは運営分門の. なかでも事務局が積極的な役割を果たしていたように見える。ただ、前節で見た作品選定=. 展示決定過程での経緯から芸術部門では「キュレーター会議」等を通じた情報共有は推定で. きるのに対し 25、運営部門については会長と事務局との情報共有は伺えるものの、作品選定. =展示決定過程の場合と同様に運営会議構成員間での情報共有がどのようになされていたか. は判然としない。. 第 3章第 3節、「表現の不自由展 その後」の展示中止決定過程 この節では、「展示中止決定過程」を『「表現の不自由展 その後」に関する調査報告書』. の「4- 1状況判断」[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019:39]および「4- 2実行委員会及び作家との協議」[あいちトリエンナーレのあり方検討委員会 2019:40]に 基づき時系列で整理する。. 「展示中止決定過程」の起点となる会合が行われたのは 2019年 8月 1日午後 11時頃で、芸 術監督、事務局、アシスタント・キュレーターならびに「表現の不自由展 その後」実行委. 25 本稿注 21参照。. (260)80. 「表現の不自由展 その後」(あいちトリエンナーレ 2019)を巡る意思決定過程について. 員会が面談し、同じ日に行われた職員からのヒアリングに基づき状況に関する情報を共有し、. それへの対応を協議した 26。8月 2日には午後 10時頃にあいちトリエンナーレ 2019実行委 員会会長と芸術監督が面談し、あいちトリエンナーレ 2019実行委員会会長から芸術監督へ 「電凸、脅迫メールのみならず、ガソリン携行缶といったテロ予告の FAXもあった。このま までは、安心・安全が保てない。明日 8月 3日午前 11時に記者会見して、明日で閉めよう。 非常に挑戦的な企画でもあったので、内覧会も入れれば 4日間できただけでも十分ではない か」、ならびに「ついては、この話を『表現の不自由展 その後』実行委員会側に至急伝えて. もらえないか」という 2つの提案がなされた。これを受け、同日午後 11時半頃、芸術監督 が「表現の不自由展 その後」実行委員会(5人のうち、3人は対面、2人はスカイプ)に、 あいちトリエンナーレ 2019実行委員会会長からの中止提案を伝達し、芸術監督と「表現の 不自由展 その後」実行委員会で議論した結果、「3日の状況を見てから再度中止の判断をし てほしい」と芸術監督から会長へ申し入れを行うこととなった 27。翌 8月 3日午前 9時頃、実 行委員会会長と芸術監督が面談し、芸術監督から、前夜の議論を踏まえて、あいちトリエン. ナーレ 2019実行委員会会長に対して中止の判断の再検討を申し入れ、午前 11時に予定され ていた記者会見を延期。その際、あいちトリエンナーレを円滑に運営できる状況かを見て総. 合的に今後の対応を判断する必要があるため、芸術監督からあいちトリエンナーレ 2019実 行委員会会長に現場の状況を逐一報告することとした。午後 3時半頃、実行委員会会長と芸 術監督が電話で相談し、8月 3日中も電凸だけではなく、会場の混雑、抗議者の来場等が続 き、このままでは安全が確保できず、あいちトリエンナーレを円滑に運営することが困難と. 判断し、展示を同日までとすることで合意した。その後、あいちトリエンナーレ 2019実行 員会会長と芸術監督が記者会見を開き、会見終了後すぐにキュレーターが手分けして出展作. 家に展示中止の情報を伝えた。. 26 この時の会議について、岡本有佳は、「県側の要請で、午後十時から午前二時頃まで会議が開かれた」[岡本 有佳 2019:29]、「抗議電話の対応職員の実情と、職員らが疲弊しているとの報告があり、その対策について 延々と話し合った。私たちは再三『日偏している職員を休ませてほしい』と言ったが、県側は予算や手続き 問題を理由に、交代させることはできないと繰り返した。私たちが代わりに電話応対すると言っても応じず、 『公務員だから名乗らなければならず、自分から電話を切ることができない』と説明された。また、私たちが 当初から提案していた録音機能やナンバーディスプレイが一部の電話で不可能であることが分かった」とし ている[岡本有佳 2019:30]。 27 岡本有佳は 8月 2日の会議について、「私の心臓はバクバクしはじめた。津田監督はさっきの会見で『今後 の展示の変更については私たち不自由展実行委員会と協議して決める』と発言して、それを信じていたのに、 私たちに何の相談もなく中止を宣言したからだ」[岡本有佳 2019:33]、「やりとりの中で新たに判明したこ ともあった。私たちが五月から指摘・助言していた、電話応対する人への事前のレクチャーとケアを実施し ていなかったのである。また、前日に断言していた『公務員だから名乗らなければならない』『暴力的な電話 も切れない』という点も習慣にすぎないことが分かった」[岡本有佳 2019:35]、「この日(八月二日)の朝、 あいトリ事務局に『ガソリンを持っておじゃまする』という内容のファックスが届いたという報告も判治室 長から受けた。しかし判治室長は『いたずらファックス』という表現を使っており、この時点では、このファッ クスが展示を中止しなければならないほどの深刻なものとは受け止められていなかったことをしめしている」 [岡本有佳 2019:35]、としている。. (261)81. このように展示中止決定過程では、あいちトリエンナーレ 2019実行委員会会長と芸術監 督との合意とあいちトリエン

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