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不法領得の意思における利用処分意思についての一 考察(4・完)

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不法領得の意思における利用処分意思についての一 考察(4・完)

著者 穴沢 大輔

雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal

巻 98

ページ 253‑283

発行年 2015‑01‑31

その他のタイトル Zur Aneignungskomponente der Zueignungsabsicht (4)

URL http://hdl.handle.net/10723/2458

(2)

不法領得の意思における利用処分意思についての 一考察(4・完)

穴 沢 大 輔

 目 次

  Ⅰ 利用処分意思をめぐる現況について

  Ⅱ 不法領得の意思―とくに利用処分意思―をめぐるこれまでの議論状況   Ⅲ 私見の展開―利用処分意思の要否―

   1.前提

   2.利用処分意思の内容     ①権利者排除の意義(前提)

    ②利用処分の意義―総論的考察―

    ③利用処分の意義―各論的考察―

     1)窃盗罪(奪取罪)と毀棄罪との区別

     2)占有離脱物横領罪と(占有離脱物)毀棄罪との区別 (以上,96 号)

     3)2項犯罪における利用処分の意義    3.小括

  Ⅳ 本人のためにする意思との関係    1.前提

   2.「本人のためにする意思」についての判例の動向    3.横領罪における不法領得の意思と本人のためにする意思    4.窃盗罪と本人のためにする意思―補論―

   5.小括

  Ⅴ まとめ―第三者領得事案の解決にむけて―

   1.第三者領得との関係

   2.利用処分意思の体系的位置づけ    3.おわりに

(3)

 私見 展開―利用処分意思 要否― 続

2.利用処分意思 内容 続

利用処分 意義―各論的考察― 続

3)2項犯罪における利用処分の意義

 これまで述べたような観点をふまえると,領得犯罪は財物に対してのみ成立 するにすぎないのだろうか。この点につき,Ⅱでも記したようにドイツでは,

窃盗と横領のような所有に対する犯罪と,詐欺のような財産に対する犯罪とに 条文構造上明確に区別されている。そしてこのことを前提として,前者につい てのみ領得(zueignen)という単語が用いられ,領得犯罪という位置づけがな されている(1)。わが国でも,同様の主張をすることは可能ではあるが,(背任を 除き)個別の財産の移転でもって規定されている財産犯の条文をあえてそのよ うに解すべき理由はなかろう(2)。そして,Ⅰでも確認したように(3),財物と同 様に利益についても,権利者の排除と利用処分という実質的な内容を観念しう る以上,領得という文言を用いるかどうかは別として,同様の意思を認めるべ きである。

 ただし,そのように解した場合,器物損壊との区別が不要とされることとの 調整がなお必要となろう(4)。これは,個別の利益を喪失させるだけの行為を現 行法が処罰の対象としていないことから生ずる調整である。そして,先に見た ように,伝統的な意味での領得の意義を維持しようとすれば,権利者(利益保 持者)を排除するように振舞う状況のすべてをここに含めることも可能となる。

そうだとすると,2項犯罪の場合には,単純な個別利益喪失行為も同一条文で 処罰することも不可能とは言えない。

 けれども,2項犯罪は1項の補充類型と解するのが素直である(5)。1項が処

(4)

罰の対象から外しているものを2項において取り込むことは,2項が特別な意 思や行為を要求していない以上避けた方がよい。したがって,2項犯罪につい ても,Ⅲ2③1)で述べたことは妥当すると思われる。たとえば,ある債権者 に対し,その債権者を憎む第三者がその債権を事実上放棄させる行為は,債務 者に利益移転があるとしても(他罪の成否は別として)利益移転罪の対象とはな らないだろう。

 もっとも,以上ように理解できるからといって,平成 16 年決定のような事 案において直ちに2項詐欺罪の成立が肯定されることにはならない。仮に利益 の移転を肯定できる(6)としても,本稿で問題として設定されている利用処分意 思の内容はどのように解すべきだろうか。その点の考察が別途必要である。

 たとえば,債権を事実上免れる場合には,債務者はそれ自体を行使するわけ ではない(7)。そうだとすると,こうした事案は2項犯罪により処罰できないこ とになりかねない。こうした結論を避けるために,ここでは利益移転の特殊性 を考慮せざるを得ないのではないだろうか。すなわち,利益については移転し た者(債務者)に帰属したことで,それは処分されたと評価するということで ある。物はただ占有するだけでは効用をもたないものが多いが,物の費消と同 様に,利益は維持されることで保持者の利益取得が追求されるのである。債権 を免れる利益の効用を享受するというのはこのように理解すべきであろう。し たがって,債務者にそうした利益が移転する事案では通常領得意思(と呼ぶべ きもの)は認められうると思われる(8)

3.小括

 以上の考察をふまえると,不法領得の意思における利用処分意思は,伝統的 な事柄とそれ以外の事柄との混合から成り立っていることになる。まず,伝統 的には,物の所有者のように振る舞うという観点からの,権利者の排除を裏面 から支える機能を有していた。そこでは物が客体とされ,それを利用処分する

(5)

ことが強い悪質性に結びつくことになる。

 そのうえで,利用処分意思はそれ以外の事柄から一定の制約を受けることに なる。それは領得意思の実際的機能の側面であり,(窃盗罪と)器物損壊との区 別はその典型例と言える。もっとも,条文上,(ドイツにおいても同様に)その 区別は示されていない(9)。そこでそれは解釈論に委ねられるが,先に見たよう に,経済的利益との結びつきを要求することはできなかった。この基準は,器 物損壊との区別を端的になしうるものではあるが,それ以外の場合に作用を肯 定するのは難しくなるうえに,こうした利益の取得と利用処分意思を結びつけ ること自体に疑問があった。ここでは当該物の利用,効用追求に向けた動機を 考慮せざるを得ないと思われる。そうだとすれば,平成 16 年決定の事案にお ける支払確定証書を単に廃棄する場合には,判例と同様に,物の効用は追求し ていないと評価すべきである。

 もっとも,こうした理解による区別が明確と言えないことは否定しえない。

仮に,バイクを燃やすための窃取の例をとってみても行為者の内心(動機)に 踏み込まざるを得ないのである。(利用処分意思)不要説は,この点について,

明確な解答を用意できる。すなわち,条文上の規定がないことを根拠として,

物の占有を奪うことで利用可能性を取得することが権利者の排除を明確化する ことになり,当罰性としてはそれで足りる,と。これは伝統的な(窃盗罪にお ける)領得意思をふまえると素直である。しかしながら,先にも述べたように,

利欲的性格を排除することは難しく,また,それをふまえて財産犯の法定刑に 鑑みると,限定をすべき必要性が生ずると解するのが素直であった。そして,

利用処分意思を物に対する意思に限定できるのであれば,財物の領得意思とし ての現実的機能(器物損壊との区別)を付与してよい。先の例で言うならば,や はり,それを放火のために利用する意思とそれを腹いせのために燃やす意思と の罪質の相違を反映させるべきである。

 このようにみてくると,横領罪においても,これと同様の議論を展開するこ

(6)

とが素直であると言えよう。そうだとしてもなお,注意を要するのは,窃盗罪

(奪取罪)と共通の定義でこれを理解する必要はないということである(10)。委 託された物を占有しているという事情をふまえたうえでこれまでに得られたよ うな方法によって別個,検討されるべきだろう。具体的には,領得意思と本人 のためにする意思との関係を今一度捉えなおす必要があるように思われる。

 本人 にす 意思と 関係

1.前提

 Ⅰでも確認したように,委託物横領罪においてもそもそも領得犯罪ととらえ ない不要説(越権行為説)と,必要説(領得行為説)とが対立している(11)。前者 によれば,受託者が委託の趣旨に反して権限を超える行為で占有物を処分すれ ば,ただちに横領罪の成立が肯定されることになる(12)。そして,判例は必要説 を堅持していた(13)。もっとも,窃盗罪におけるのとは異なる定義を用いて判断 をしている。なお,学説では,窃盗罪におけると同様の意思を要求する見解も 主張されている。

 こうした議論をふまえてもなお,もうひとつ検討を要する問題が,判例が「本 人のためにする意思」を認めており,それでもって不法領得の意思を否定する 点である。Ⅱではふれなかったので,ここで確認しておきたい。

2. 本人 にす 意思 判例 動向

 すでにⅠで確認した大判明治 44 年 10 月 26 日(刑録 17 輯 1795 頁)は,一部 の被告人に対して,横領罪の成立を否定した。公金を所有者である村の用途に 支出したとすれば,違法な支出であるとしても,「所有者の物として所有者の 爲めに處分したるもの」であり,自己領得をしていないとする。また,寺の住

(7)

職が寺の庫裏の建設費用調達のために寺の木像を売却した事案でも,寺院のた めに売却した場合には自己領得意思はないとしている。最高裁もこれを維持し,

専ら本人のためにする行為について不法領得の意思はないとする(14)

 こうした判例の状況の中,いわゆる國際航業事件が起きた。それは,周知の ように,会社の経理部長と同次長が,株の買い占めを妨害等をするために,工 作資金及び報酬等の名目で,第三者に6回にわたり 11 億 7500 万円の資金を提 供した事案である。第1審(15)は,最後の3回につき支出権限はなかったが,専 ら会社のために行ったとしてそれについて不法領得の意思を否定した。たしか に,被告人両名の地位の保全という利益はあったが,「会社のために行った行 為が,その役員又は従業員個人にもその地位の保全,昇進等の間接的反射的利 益をもたらすということは,通常ありうること」であるとした。これに対して,

控訴審(16)は,本人のためにする意思について「株買取りについての会社の方針 がどの程度に具体化していたのか,本件支出行為が株買取りとどの程度具体的 に関連していたのか,被告人らの前記の個人的な動機と本件支出行為との関連 はどうかなどの諸事情と対比しながら考察する必要がある」とし,その観点か ら経理部長の「弱味を隠し又は薄める意図と度重なる本件支出行為の問題化を 避ける意図が加わっていたと認定するのが相当」とし,不法領得の意思を肯定 した(17)。なお,控訴審は,所有者が行い得ない性質の違法な処分である場合に は,本人のためにする意思といえないともしている。

 最高裁(18)は,経理部長についての控訴審の結論を正当として是認した。その 理由は,交付金額自体が高額であるうえ,株式買取額も高額であり,会社にとっ ては「重大な経済的負担を伴うもの」であり,「会社のためにこのような金員 の交付をする者としては」慎重な調査,工作内容や資金の必要性等の確認,事 後の報告が求められるが,「被告人がそのような調査等をした形跡はほとんど うかがうことができず,また,それをすることができなかったことについての 合理的な理由も見いだすことができない」ということである。もっとも,「行

(8)

為の客観的性質の問題と行為者の主観の問題は,本来,別異のものであって,

たとえ商法その他の法令に違反する行為であっても,行為者の主観において,

それを専ら会社のためにするとの意識の下に行うことは,あり得ないことでは ない。したがって,その行為が商法その他の法令に違反するという一事から,

直ちに行為者の不法領得の意思を認めることはできないというべきである」と して,所有者が違法な処分をできないことから直ちに領得意思が認められるこ とはないとした。

 このように最高裁は,専ら所有者のためであるときには領得意思を否定する 理論的可能性を認めながらも,具体的事案でこれを否定したのである(19)(20)

3.横領罪におけ 不法領得 意思と本人 にす 意思

本人 にす 意思 位置

 Ⅰでも指摘したように,本人のためにする意思の財産犯としての位置づけに ついて,横領罪をも含めて財産犯を全体財産の侵害をとらえる見解からは,財 産的利益の「全体的考慮」をするのが素直かもしれない(21)が,すでに指摘され ているように(22),所有者の経済的利益となるのであれば占有者が勝手に処分で きることを認めることはできないと思われる(23)

 個別財産に対する罪から出発してみると,不法領得の意思については,権限 に違反した占有物の処分にのみ着目するのが自然である。そして,判例は,被 告人の主観面にふみこんで横領罪の成立を限定することを試みている。そして,

先の検討結果を前提とすれば,本人のためにする意思は,判例における横領罪 の不法領得の意思,すなわち,「その物につき権限がないのに所有者でなけれ ばできないような処分をする意志」を限定する機能を有すると理解できること になる。

 しかしながら,Ⅰでも指摘したように,委託の趣旨に反した処分をしてもな お,本人のためになされることの意義を正面から問題とせざるをえない。そも

(9)

そも本人のためにするとなぜ領得意思が限定されることになるのだろうか。ま ずは,これまでに得られた知見から横領罪における不法領得の意思の構造(24)を 紐解くことにしよう。

横領罪におけ 不法領得 意思 とくに利用処分意思 整理

1)前提

 Ⅲ1や2①②で検討したことは横領罪にも同様に当てはまるといえよう。む しろ,領得の伝統的な意味は,(Ⅱでみたドイツにおけるように)横領行為から導 かれるものともいったほうが妥当である。他人の物を所有者のように振る舞う ことで自己の物とし,(一時的に)権限者を排除することは,他人の物を所持し ている場合にその振舞いとなって生ずるのである。そうだとすれば,横領罪に おける不法領得の意思の内容である利用処分意思に,器物損壊行為が含まれる とすることには抵抗はない。もっとも,先にも述べたように,そうであるから と言って直ちに器物損壊行為を横領で処罰してよいことにもならない。そこで は,別個の考察が必要である。

2)器物損壊との区別

 窃盗罪におけるのと同様にここでも器物損壊罪との法定刑の相違が問題とな るが,横領は委託物に対する侵害であり,委託関係の破壊と物の領得の両方が 問題とされる点に注意を要する。前者について,物を委託した所有者にとって みれば,行為者が伝統的な領得行為をなせばそれは確実に侵害されよう。した がって,その点から刑事責任が加重されたと考えることはできないと思われ る(25)

 そうだとすると,領得の内容として,窃盗罪におけるのと同様に利欲的な要 素という一面を評価することが妥当である。ではそれをどのように解すべきか。

 実務上,横領罪は経済事犯として機能することが多い。経済的損失が本人に

(10)

生じ,多くの場合,行為者が経済的利得を得るからである。たとえば,公金を 自己の債務返済に利用する場合には,弁済により債務がなくなるという利益を 追求していることになる。そうだとすると,経済的利益取得を追求する場合に 利用処分意思を認めるという方が経済事犯における利欲とは言いやすい(26)。  しかしながら,これまでの検討から明らかなように,ここで重視されるべき は,経済的利益が手に入ったことではなく,その経済的利益取得に向けて金銭

(公金)を利用したことである(27)。横領の一般論としては,あくまで当該物の 利用に着目した主観面の考察が要求されるべきである(28)。こうした判断方法 は,判例(とくに領得概念を形成してきた大審院判決)に沿うものであると思われる。

したがって,窃盗罪と同様に,たとえば,他人から借りたDVDを燃やす行為 でも,それが燃え方の研究や温まるためであれば横領であるが,単純に燃やす だけでは器物損壊である。もっとも,たとえば,大判大正2年 12 月 16 日(刑 録 19 輯 1440 頁)のように,設計図面を隠匿した行為を処罰した事案も存在す る(29)。たしかに,Ⅱで指摘したように,図面を活用できる状態を維持でき,(経 済的利益のために)利用できることが留保されていると判断することもできると すればこの帰結は妥当である(30)が,行為の終局の目的を問わないというのは妥 当でない。

本人 にす 意思 意義

 問題はさらに,本人のためにする意思の意義をどのように理解すべきかにあ る。先にもみたように,横領罪の判例も述べる,伝統的な領得の理解からは権 利者を排除するように自分のものにする行為は,通常は,本人のためになされ たとは言い難いだろう(31)。それでもこの枠内でなお本人のためということを認 めることは可能だろうか。

 この点につき,経済的効果が本人に帰属する(32)ことをとらえて,いわば「利 益」が本人に帰属する(33)ことを根拠にすることも可能ではあろう。利用処分意

(11)

思において経済的用法による処分を,経済的利得を得ると厳格に評価する場合 にはそうしたことを検討するのが妥当ということになろう。しかしながら,器 物損壊との区別でみたように,得られた経済的効果に領得の意義を拡張するこ とはできなかった。

 そうだとすると,これまでの領得の理解と整合させるとすれば,本人のため にする意思は「所有者でなければできないような処分」に関連させるべきであ る(34)

 この点を明らかにするために判例の事案をもう少し細かく分析しよう。先に もみたように,大審院では,「所有者の物として所有者の爲めに處分した」こ とをとらえて領得意思を否定するものがあり(35),ここでは所有者の尊重をみて とることができる。同様の発想は,AがBに売却することを約束して製造して いた商品を保管していた被告人が,AのためにBに交付した大判大正 15 年 11 月 26 日(刑集5巻 551 頁)にも表れている。さらに,先に見た木像を処分した 事案においても,それが窮状の一時しのぎであり,買戻特約も付されていた点 が指摘されている。このように,所有を尊重したうえで権利者の排除とはいえ ない取引活動がなされている場合には,所有者の排除とまでは言い難い処分(36)

であると考えるべきである。

 そして,最判昭和 28 年 12 月 25 日(刑集7巻 13 号 2721 頁)は,農業協同組 合の組合長である被告人が,貨物自動車営業(事業計画にはある)のために,支 出権限がないのに組合資金を支出した事案で,「組合の内部関係において,そ の事業に属しないとしても」直ちに横領罪は成立しないとしながら,「支出が 専ら本人たる組合自身のためになされたものと認められる場合には,被告人は 不法領得の意思を欠く」とした。ここでは,金銭の処分が問題となっているた め,財物所有者の尊重という点についての評価が難しいことは否めない(37)が,

被告人の主観としては,当該支出という処分行為は「外形的に見れば」組合が なしたと評価させたいという意思,言い換えれば,権限はなく誰かに効用を得

(12)

させるためでもなく,組合の取引として応じて支出する意思というように,本 人の取引に関連させて考える(38)のが素直であろう。そして,これまで得られた 知見からは,こうした意思は,所有者でなければできないような処分意思,す なわち,伝統的な不法領得の意思における利用処分意思の意義を否定する要素 ということになろう(39)

 また,同判決では,本人のためにする意思に「専ら」という文言が付される ことになった。これは組合員以外の者のためになされたかどうかとの対応で付 加されたとも言えるが,以上の観点からは,本人の取引としての意思を認める ために必要なレベルを推認する要素として機能すると考えた方がよいことにな る。この意味で,通常「主として」本人のためという認定ではなお足りないよ うに思われる(40)

 このような議論をふまえると,いわゆる國際航業事件判決において最高裁が 専ら本人のためにする意思を否定したことは妥当であったと思われる。そこで 重視されるべきは,最高裁も述べるように,本件交付額,及び,支払われるだ ろう報酬額,株の買取額等があまりにも高額であり,それをふまえると確認等 を行うべきであるにもかかわらずそうした行為をしなかったという事情であ る。こうした事情からは,本件で問題とされた支出行為における意思として,

所有者でなければできないような処分意思が推認されると言わざるを得ないか らである(41)

 もっとも,さらなる問題が別のところにあると思われる。それは,確かに,

「当時,國際航業としては,乗っ取り問題が長期化すると,同社のイメージや 信用が低下し,官公庁からの受注が減少したり,社員が流出するなどの損失が 懸念されており,本件交付に際し,被告人らが,こうした不利益を回避する意 図をも有していたことは否定できない」としても,先にも述べた高額の報酬等 を工作者に支払っており,少なくとも部長は第三者に領得させる意思が強かっ たことにある。すなわち,本人のためでもなく,自己の利益を追求せず,第三

(13)

者へのそれでも領得とされるかが改めて問われてもよいことになる。これが第 三者領得の問題である。仮に自己の計算または名義で行為がなされるとしても,

専ら第三者のためである場合には領得意思が否定されるか,これが問われるこ とになる。これについてはさらなる検討を要するため,基礎的な考察にとどま るものをⅤでまとめておくことにしたい。

4.窃盗罪と本人 にす 意思―補論―

 このように考えると,理論的には,窃盗罪においても本人のためにする意思 を検討する必要が生じうるが,横領罪におけるのと同様の議論は妥当しないと 思われる。事例として,たとえば,壊れた機械を盗み,それを直して返却する 場合あるいはアルコール中毒の被害者がワインボトルを購入したのでそれを飲 ませないようにするために盗んで飲みほした場合等が考えられうる(42)。しか し,前者については,所有者の排除意思はないように見えるものの,別物にし て返還するのであり,通常(43),排除意思が肯定され,また,機械を利己的動機 から直しているのであり,利用処分意思も肯定されよう。後者については,そ の動機が本人の健康を維持するというよい目的に資するものの,それ自体を可 罰性の評価の対象に入れることはできないのであり,飲み干すことでワインそ れ自体を自分で利用しているといえる。このように考えると,こうした状況は,

委託関係に基づいた占有から生ずる本人のためにする意思とは異なったもので あり,窃盗罪において限定的に考慮される性質のものとはいえない。

5.小括

 以上のように,横領罪における領得意思の利用処分意思の内容を検討したが,

それは横領罪においても必要とされることが明らかとなった。もっとも,その 内容は窃盗罪における過去の判例の立場と同様の「経済的用法に従う処分」ま では不要である。Ⅲでも見たように,最判昭和 24 年の定義には伝統的な領得

(14)

犯罪という視点からの一定の重要性がある。裏を返せば,確かに越権行為説寄 りの判示ではあるものの(44),なおそれとは異なる機能を有するのである。それ が,既に述べたように,伝統的な領得の意義に現れている。

 けれども,領得意思における機能はそれだけではない。横領罪においても,

器物損壊との区別は要請されており,その説明も必要である。そして,それは 窃盗罪(奪取罪)において述べたのと同じような観点から見出されると言える。

もっとも,単純な毀棄行為が横領に問われた判例は見出されず,また,隠匿の 事案でも事後的な利用と結びついていたため,依然として判例の評価はしがた い状況である。

 それ以上に,実務上重要な限定は「本人のためにする意思」がある場合には 領得意思を否定することであった。その位置づけについては議論があったが,

判例と同様に,不法領得の意思の一翼を担う機能を有するとしてそれに組み込 むべきであった。具体的には,所有者でなければできないような処分ではない 意思であるという評価を下すことにある。このような観点から判例の方向は支 持しうると思われる。

 なお,このように見てくると,(とくに横領罪における)第三者のためにのみ 行為をなす第三者領得の問題は,さらなる機能を有する要素として検討に値す る。これまでの検討をふまえて,次章でまとめることにしたい。

 まと ―第三者領得事案 解決に け ―

1.第三者領得と 関係

 これまで行為者自身における不法領得の意思を検討し,一定の結論を得てき た。この帰結をふまえると,いわゆる第三者領得をどのように理解すべきこと になるのだろうか。

(15)

ドイツにおけ 議論 概要

 すでに拙稿で紹介したように(45),1998 年にドイツにおいては重要な条文改 正がなされた。それ以前の条文では自己領得のみが規定されていたのに加えて

「第三者に領得させるため」という文言が追加されたのである。その理由は,

BGH大法廷が,他人の郵便物から価値ある物を抜き取り,それを国庫に帰属 させていたという(一連の)事案において被告人の領得を否定したことを受け て,そうした行為には当罰性がある,ということにあった。

 先にBGHが自己領得を否定した理由のポイントは,行為者が「最広義の意 味における経済的利益または利得」を物から享受していないことにあった。そ して,問題とされたどの地位の職員もそうした利益を追求していないと評価さ れたため,自己領得とはならないとされたのである。そこでさらに注目すべき ことは,それが自己の職務の存在及び地位を保全するような意思であっても正 当化できないとしている点である。物の利用から生ずる利得という限定がかけ られているといえる。

 学説では,自己領得にすべての第三者領得は含まれている,という見解も有 力であったが,文言が導入された以上,その領域を確保すべく議論が展開され ている(46)が,この改正により利他的な行為も処罰の対象とされたという評価が 一般的である。

国におけ 考察―自己領得と 関係―

 わが国でも第三者領得は,拙稿で指摘したように,古くから判例はこれを認 めてきた。もっとも,それは一枚岩ではなかった。学説においては,第三者領 得を全面的に認めようとする見解(47)もあれば,限定的に理解する見解(48)もあ る。判例でも,横領罪において,自己領得の場合にその成立を肯定する判決も ある(49)

 これまでの議論に従えば,第三者領得を全面的に認める見解は,伝統的な領

(16)

得意思の議論に忠実な見解と言える。毀棄・隠匿も領得行為である以上,第三 者に渡す場合にも,それを所有者のように振る舞って処分したのであれば領得 意思を肯定すべきことになる。Ⅲでも指摘したように,それは自己領得の一形 態ととらえてよい。たとえば,対価を得ずに贈与すると評価できる場合には自 己領得が肯定されよう。

 けれども,問題は,(第三者の利益のためだけに)ただ単純に渡すような場合に 領得意思が肯定されるか,という点である。それでも,伝統的な観点からすれ ば,所有者のような振る舞いが認められてしまいかねない。先にも見たように,

1998 年改正以前には自己領得しか処罰していなかったドイツでは処罰が否定 されていた。では,わが国ではどう考えるべきだろうか。なお,ここでは,共 犯の議論との競合を避けるために,盗む行為や着服行為を知らない第三者が物 を処分するケースを念頭に置く(50)

1 )動機の考慮

 第三者のために何かをなす場合,自己を犠牲にすることが多い。自己に何ら の利益をもたらさなくとも,第三者のために何かできることは美徳とも言える。

しかし,Ⅲで確認したように,それを考慮することはできなかった。物(利益)

の利用に関連しない主観を領得の判断に入れることは避けられるべきである。

したがって,(古い例で恐縮であるが)いわゆるねずみ小僧のような事案では,

利他主義的発想から第三者領得意思を検討することは控えられることにな る(51)

2 )経済的利得の考慮―自己領得による対応―

 さらに,自己の経済的利得の取得を考慮することも考えられる。たしかに,

ドイツ判例は,自己領得を肯定するために「最広義の経済的利得」の追求を要 求していた。また,わが国でも,大判大正4年判決が器物損壊から区別するた

(17)

めに「経済的用法」を強調していたことをふまえると,第三者領得を自己領得 の枠組みから理解し,経済的利得に委ねた判断もできなくはない。しかしなが ら,Ⅲで確認したように,そうした経済的利得に自己領得を拡張することは控 えるべきであった。

3 )「第三者に領得させる」ことの意味 a)第三者が領得することの必要性

 以上のように,経済的利益を得るという観点から(自己領得として)第三者領 得を考慮することは難しい。そのうえでなお,これを限定的に解することは可 能だろうか。

 まず,第三者が他人の物を利用に供しようとする場合に,領得行為者として の評価を第三者に移すことが考えられうる。仮にあとで第三者が他人の物と気 付いた後にこれを利用すれば,占有離脱物横領罪の罪責を否定できないことを もふまえると,(経済的利得を考慮せずとも(52))自己領得の枠組みから離れた独自 の第三者領得を考えることはなお可能かもしれない(53)

 しかし,これは妥当ではない(54)。第三者の行為態様によって行為者の法的評 価が直接左右されてしまうからであり,それは避けられるべきである。とりわ け窃盗罪については領得意思を有すべきは奪取する行為者であり,第三者とは されていない。第三者が行為者に関与するケースは多いのかもしれないが,そ れがすべてではない。

b)自己領得との同価値性―客観的限定と主観的限定―

 これまでの検討をふまえると,第三者領得の可能性を認めるにせよ,先に確 認した,それを限定的にとらえる見解の出発点,すなわち,第三者領得を自己 領得と同視するという出発点は妥当なものだと思われる。領得犯罪では他人の 財を自己の財として利用処分する,という利欲犯を重く処罰する要請をここで

(18)

だけ放棄することはできないからである。もっとも,その限定の方法について はもう少し細かい議論を要すると考えられる。

 第三者領得における詐欺罪の成否が問題とされた大判大正5年9月 28 日(刑 集 22 輯 1467 頁)は,被告人らが,被害者に約束手形を振り出させたが,被告 人らはこれを受け取らずに,他の者に交付された事案で,第三者が犯人の機械 にすぎないか,あるいは,「犯人の代理者として其利益の爲めに犯罪の物体た る財物を受領する」ような「特殊の事情」が必要だとし,それが不明であるこ とを根拠に原審を破棄した。また,神戸地判平成 18 年3月8日(LEX/DB:

28115178)でも「特殊の事情」の判断がなされた。これは特別なケースである と思われるが,偽造書類を用いて投資契約を中途解約させた金銭を女性Bの銀 行口座へ入金させたことだけでは,被告人に引き渡す消費貸借契約が締結され ていたとしても,被告人に引き出す権限はなく,特殊な事情がないとされた。

 こうしてみると詐欺罪において判例は,客観面の限定を付して自己領得に類 似する第三者領得を想定しているように思われる。学説でも,関係のある第三 者に限定して第三者領得を肯定する見解が有力である(55)。物を「第三者に領得 させる」行為者は,自己領得の場合と異なると理解してよいだろう(56)。そうだ とすれば,自己領得にはない客観的な限定を付すことは必要なことだと思われ る。けれども,それが「特殊な関係」という人的な関係に収まる必要はないの ではなかろうか。むしろ物と第三者との関係に着目して行為者の行為を検討す べきであろう。

 たとえば,誰かが拾って食べるだろうと思って他人から盗んだパンをどこか に放置した(そのつもりで盗んだ)場合には物が特定の第三者に領得される可能 性すら提供していない。この場合には,第三者領得(意思)はない。けれども,

ベンチに座っている人に食べてよいとして渡す場合には,逆に,客観的要請は 満たしていると言えるのではなかろうか。この点については,器物損壊と比較 して,それと同様のばあいには可罰的でないという見解も主張されている(57)

(19)

第三者が物を壊す目的でいれば,捨てるのと同様の評価はできようが,第三者 の利用に供するために行為し,第三者の利用行為を追求する行為者の場合にま で自己が捨てたと評価するのは難しいのではなかろうか。自己が領得するのと 同じような悪質さを行為者は他人で果たそうとしているように思われる。

 そしてその上で,これまでの検討をもふまえると,上述の客観的限定に加え て,主観的限定も必要であろう。行為者が,自己領得のような利用を第三者で 追求しないような意思である場合には,仮に第三者がそうした行為を選択した としても,第三者領得意思は否定されよう。すなわち,先の例で,パンを渡し た第三者が食べないで捨てるだろう(あるいは,見つからないように保管していて もらいたい)と思って渡した場合には,仮に第三者がそれを食べたとしても,

第三者領得意思は欠け,(隠匿形態での)器物損壊罪が問題となるにすぎないだ ろう。

 先に挙げた詐欺の前者の事案ではなお不明であるが,仮に,他人が手形を換 金して自由に使い,それを認識していればそれで第三者領得における利用処分 意思は肯定されてよいように思われる。たしかに,客観的に債務の弁済のよう な関係があれば行為者の利得といいやすいと思われるが,これまでに述べたよ うに,それと物の領得とはなお一線を画するべきだと思われる。もっとも,弁 済の事実は,第三者が金銭を自由に利用することにつながるので,それを推認 する事情にはなる。また,後者については,たしかに,被告人に支払うという 金銭に対する行使予定があり,そのことを被告人も認識している。しかし,そ の予定自体騙されていることであり,本当のことを受取人が知れば中途解約さ れた金銭を使うことはない,あるいは,被告人のさらなる行為がなければこの 金銭は支払われないであろう。こうした特殊な場合には,第三者の利用可能性 はないと判断してよいであろう(58)

 もっとも,問題が大きいのは委託物横領罪である。これについても同様の理 解が妥当すると思われるが,背任罪との区別に関する議論,金銭の横領に関す

(20)

る議論もあるため,詳論は他日を期したい。

c)窃盗罪における第三者領得意思―補論―

 これまでの検討結果を窃盗罪にあてはめてみるとどうなるだろうか。ここで は,判例でよく取り上げられる間接正犯類型と,おもに学説上で議論の対象と される,店員が客の万引きを見逃す事例(黙認事例)を見ておくことにする。

 前者であるが,たとえば,最高裁は,被告人が,Aに対する債権を回収する ため,Aの所有に係るドラグラインをBに売却し,同人をしてドラグラインを 解体撤去させた事案について,被告人に窃盗罪の成立を認めている(59)。第三者 領得意思については,判文から推察する限りではあるが,第三者にドラグライ ンの利用を可能にさせてはいるものの,屑鉄にしようとしているため,それを 肯定しうるかの判断に悩む事案であるといえる。

 もっとも,第三者領得意思は自己領得意思を排斥するものではない,併存も ありうることに注意すべきであろう。このような間接正犯類型においても,ま ずは自己領得意思を検討すべきである。ここでは,最高裁も述べるように,「自 己に処分権がある如く装い,屑鉄として,解体運搬費等を差引いた価額,即ち,

買主において解体の上これを引き取る約定で売却」したことが重視されること になり,本件ドラグラインを自己のものとして売却している点に自己領得意思 が認められることになろう。そしてそれで足りるのである。このように,この 類型でも自己領得意思を認めることは可能であり,それは事案としては多いと 思われる。

 後者については,店員が客から商品の提供を受けとるような場合でない限り,

自己領得意思を認めることはできないだろう。そこで,第三者領得を自己領得 と同視する見解からは,関係ない第三者に関与する場合,利用処分意思は直ち に認めえないとされている(60)。けれども,先に検討したように,(共謀していな くとも客の奪取行為を事前に知っている場合でも)客が奪取する(しやすい)状況を

(21)

設定し,客が奪取した商品を利用することを意図すれば,第三者領得意思を肯 定してよい場合もありえる(61)。さらに,共犯関係を捨象してみると,たとえば,

店員がある商品の棚に勝手に「ご自由にお持ちください」という札を置いた結 果,客がその商品を持ち帰った場合にも第三者領得意思を肯定しうると思われ る。

2.利用処分意思 体系的位置

 以上のような議論をふまえて,最後に,不法領得の意思における利用処分意 思の体系的位置づけについて検討を加えたい。

 必要説から器物損壊罪との違いを説明する伝統的な見解を基礎づけるため の,従来の枠組みから導出された理論構成は,大別して2つとなる。Ⅰでも指 摘したように,ひとつは,一般予防の必要性から,財産秩序全体の基礎を危う くする脅威が大きいことを理由とする見解である(62)。しかし,すでに指摘され ているように(63),財産秩序全体への脅威は,個別の財産の保護を超える要請だ と思われる。近年,こうした批判をも意識したうえで,奪取罪における領得意 思を新たに考察する試みがなされている。領得罪の重罰化の根拠は,占有取得 という物の利用可能性を超えて,利用行為を占有奪取時から目的とした,物か ら効用・価値を奪うことにあり,それは主観的違法要素であるというのであ る(64)。こうしたことからさらに,排除意思を利用処分意思に統合することを試 み,すなわち,「物の奪取が(可罰的な程度の)利用・処分意思に担われていれ ば奪取罪が,そうでなければ通常は毀棄(・隠匿)罪が成立するものの,権利 者排除意思が欠ける場合,毀棄(・隠匿)罪もまた成立しないと解される」と 述べる見解もある(65)

 たしかに,所有者のような振舞いは権利者の排除へとつながるものであり,

物が手元にありながら所有者のように振舞うことは権利者の物に対する関係へ の重大な介入であり妥当と思われるが,それだけが決定的とは言い得ないだろ

(22)

う。権利者排除意思の考察については他日を期したいが,Ⅲでも述べたように,

被害者が失ったものをさらに分析する必要はなおありえる(66)。それ以上に,こ の見解によると,器物損壊も所有者のような振舞いの一種であるのだから,器 物損壊を除くことは困難なのではないだろうか。論者は,物の効用・価値の取 得の観点から除かれると述べるかもしれないが,主観的違法要素として高度な 利益侵害として想定された物からの効用・価値の獲得を念頭に置くと,器物損 壊から得られる,物とは異なる他の効用・価値に拡張して,すなわち,客体た る物自体(あるいは物価値)を超えたものを要求しなければならないように思わ れる。しかし,それは妥当ではなかった。もっとも,行為の違法性の大きさを 根拠にするのであれば(67),違法要素と位置付けることは理解しうる(68)。  以上の検討をふまえると,現在の多数説とも言える発想である,法益侵害の 点では毀棄罪との有意差が認められない(毀棄罪の方が大きいとも言いうる)以上,

そこからは基礎づけることができず,非難を強める動機の観点から利用処分意 思を責任要素と解する説が妥当であろう(69)

 もっとも,こうした責任要素が認めてられてよいか,は,ひとつの問題では ある(70)。たしかに,刑法典の条文構造がそれを予定しているとまで本稿の検討 からはいえないが,本稿の立場を前提とすると,あくまでも物それ自体に対す る動機の考慮として,奪取の客体と同様と考えられるとすれば,その限度でそ うした主観の超過を要求することを刑法は排除していないと認めてよいように 思われる。

3.おわ

本稿 立場

 本稿は,最高裁平成 16 年決定を契機として,これまでの領得意思(とくに利 用処分意思)における議論を概観したうえで,領得意思を不要と解する見解で は(これまでの対立でもそうであったように)利欲犯という要素を評価しえず妥当

(23)

でないとの結論に達した。もっとも,そうであるとしても,そこに内在する解 釈論は,条文に規定がないこともあり,複雑であった。排除意思のみを肯定す る見解は,元来の意味における領得の意義に忠実なものである。これを否定す ることが妥当でない以上,ここに出発点を求めながらも,それを限定する道を 探ることとなる。とくに,窃盗罪(奪取罪)と器物損壊との区別という実際的 機能はその試金石となる議論であった。ここでは,Ⅲで述べたように,物それ 自体の効用,利用を追求する意思に着目すべきであった。たしかに,具体的事 案における適用において不明瞭な部分は残ってしまうことは否めないが,利欲 を限定的に解さざるを得ないこともまた必要であった。そしてこれは責任要素 として機能する。また,奪取罪においてその客体として利益を要求する犯罪に おいても,基本的に同様の考察が妥当する。

 Ⅳで論じたように,委託物横領罪においては,実務において重要な「本人の ためにする意思」との関係を見出す必要があった。元来の意味における領得意 思を維持する判例も,こうした意思による限定機能を認めているが,それがす べて窃盗罪と同じように理解されるべきでもなかった。いわば本人の取引とし てなされるのであれば,それは限定することがなお可能であった。この意味で,

伝統的な意味での利用処分意思の意義も維持されるべきではあるが,器物損壊 との違いもなお見出されるべきである。

 こうした議論をふまえると,第三者に領得させるケースの解決にむけて,新 しい知見を提供できたように思われる。伝統的な利用処分意思だけを前提とす ると,第三者領得は自己領得と差異をもたないことになり,すべて重い処罰の 対象になる。他方,利用処分意思において利欲的要素としての経済的用法にこ だわるとすると,自己の経済的利益取得の意味内容を検討せざるをえなくな る(71)。しかし,この場合にだけそれを求める理由を見出すのも難しい。伝統的 な利用処分意思の概念を基盤として,財産犯において刑法が求めている(法定 刑の違いをも加味した断片的な)処罰領域を確保するように限定をかけるという

(24)

考察が自然であり,妥当であると思われる。

 これを前提とすれば,上述した意味での自己領得と判断できるのであれば,

自己領得として利用処分意思を肯定すべきである。とくに第三者に贈与したと 評価できる事案ではそのように解されるし,自己領得により処罰されうる領域 は広い。そうでないとしてもなお,第三者に領得させることで利用処分意思が 満たされる場合もあり得る。それは,行為者(自己)が,自己領得と類似した,

第三者に物の利用処分を委ねる意思を有し,その状況を創出(設定)する場合 である(72)(73)。第三者の利用処分状況との関連を見出すべきである。もっとも,

純粋にこうした行為者だけを処罰して解決が導かれる領域は広くないと思われ る。多くの場合,第三者との共犯関係を問題とせざるを得ないからである(74)

残さ た課題

 すでに本文や脚注で指摘してきたように,本稿で結論が導かれたのは不法領 得の意思の議論における一部であった。とくに,重要問題である権利者排除意 思については,それが要求されることは前提とされたものの,その範囲等さら に検討すべき課題は残されている。また,それとは別個のものとして,第三者 領得において共犯関係をどのように解するかについても残されている。

 さらに,委託物横領罪に関しては,背任罪との関係をどのように解すべきか,

についても検討課題である。すでに,数多くの論稿でその異質性及び同質性が 述べられているが,こうした点について検討する必要があろう。

総括―若干 展望を兼

 判例は領得意思を必要とし,具体的な事案でそれを用いて犯罪の成否を決し てきた。しかし,それはときに拡張され,ときに限定されてきた。学説も,領 得の意義について旧刑法時代から議論は尽きないが,そこでも現行刑法でも,

条文の根拠がなくその理解は困難を極める。もっとも,わが国でなされた伝統

(25)

的総合的な研究成果をふまえると,物をわが物にするという観点からの解釈に 忠実であると思われる。そしてそれは本稿でも同様である(75)

 こうした理解に対しては,現行の条文構造で重要な経済的価値に対する侵害

(移転,毀損,複製等)に対応できないという批判がなされるのかもしれない。

条文として規定されていない以上,それを加味して解釈する方が望ましいのか もしれない。しかし,財産犯が,1項犯罪,2項犯罪という客体を重視した移 転犯罪を主として前提とする以上,そうした条文に忠実である必要があろう。

むしろ,それを拡張することで立法の必要性に歯止めがかかってしまうことも 懸念される。不正競争防止法において一定の情報に対する侵害行為が処罰され たが,このように,価値の移転が自由になされる現在においてはなお多くの立 法に向けた議論が残されていると解した方が,(平成以降の刑事立法状況をふまえ ると)立法も動きやすいと思われる。その中で,一般的な情報窃盗という処罰 類型も一考に値するのではなかろうか(76)

(1) ドイツの詐欺罪においては,「自己又は第三者を利得させる意思で」という「利 得意思(Bereicherungsabsicht)」が条文上要求されている。樋口亮介「ドイツ財産 犯概論」東京大学法科大学院ローレビュー8巻 159 頁参照。

(2) 松宮孝明『刑法各論講義[第3版]』(2012)246 頁以下は,そうしたことをふ まえた上で,利得目的を「不法に利益を得る目的」としながら,故意以上の特別 の心情要素をそこで検討しうるとする。利得目的それ自体についてはさらに検討 の必要性があるが,「単なる財産侵害を与える目的」を利得意思に含まないとす るのであれば,結果的には財物における領得意思と同様の考慮をしているように 思われる(さらに,最近でも,同「挙動による欺罔と詐欺罪の故意」岩瀬他編『刑事法・

医事法の新たな展開 上巻』町野朔先生古稀記念論文集(2014)541 頁以下)

(3) 詐欺や恐喝においては実益がないとする団藤重光の見解については,Ⅰを参照。

(4) 林幹人「詐欺罪における不法領得の意思」判例タイムズ 1908 号 20 頁。

(5) もちろん,利益窃盗,利益横領の一部の処罰を検討すべき時期に来ていること は確かである。不正競争防止法における営業秘密侵害罪はそれを担っているとい

(26)

える。Ⅴ3も参照。

(6) それ自体問題であり,素材同一性等も含めた慎重な検討を要する(林幹人・前注 4 24 頁)が,本稿に関連する限りの検討にとどめさせていただく。

(7) たとえば,欺もうにより債権者が債務者に対して有する債権を取得する場合は 行使する可能性がある(山口厚「不法領得の意思」『新判例から見た刑法[第2版](2008)

158 頁)。この場合には問題は生じない。

(8) すでに,林幹人・前注4 24 頁,山口・前注7 158 頁。さらに,2 項におけ る「又は他人にこれを得させた」という文言とも整合性がとれる。この場合でも 利用処分と言いうるからである。

(9) もっとも,立法により異なる制約を課すことは何ら否定されない。たとえば,

スイスにおいては,「自己又は第三者に不正に利得させる(bereichern)ため」とい う 利 得 目 的 が 137 条 で 要 求 さ れ て い る(vgl. Stratenwerth/Wohlers, Schweizerisches Strafgesetzbuch Handkommentar, 3. Aufl., Art. 137, Rn. 6.)。こうした構造によれば,その 解釈を反映させる余地が生ずる(もっとも,スイスでもドイツと同様の議論のようであ る(M.A. Niggli/H. Wiprächtiger, Strafrecht II, Basler Kommentar, 2. Aufl. Vor Art. 137, Rn. 68ff.

[M.A. Niglli]))。もちろん,規定がない場合でも,そのように解することはなお可

能だと思われるが,わが国でも採用する場合には,条文化を要するように思われる。

(10) 町野朔「横領罪における不法領得の意思」刑法判例百選第二版 199 頁も参照。

(11) 必要説と不要説という対立について,佐伯仁志「横領罪(2)」法学教室 376 号 105 頁。

(12) 西田典之『刑法各論[第6版]』(2013)244 頁。

(13) 横領罪における不法領得の意思に関する判例の詳細な検討も含めて,藤木英雄

「横領行為」末川他編『総合判例研究叢書 刑法(11)(1958)6頁,最近では,

上嶌一高「横領罪(上)(下)」法学教室 295 号 121 頁以下 93 頁以下。

(14) 最判昭和 28 年 12 月 25 日(刑集7巻 13 号 2721 頁)最判昭和 33 年9月 19 日(刑 集 12 巻 13 号 3047 頁)など。

(15) 東京地判平成6年6月7日(判時 1536 号 122 頁)

(16) 東京高判平成8年2月 26 日(判時 1575 号 131 頁)

(17) 控訴審判決に否定的見解として,福田平「横領罪における不法領得の意思―自 己株式取得目的での会社資金の支出と業務上横領の成否」判例タイムズ 916 号 40 頁。なお,佐久間修「横領罪の成否と不法領得の意思―國際航業業務上横領事件 控訴審判決」判例セレクト ʼ96 38 頁参照。

(18) 最決平成 13 年 11 月5日(刑集 55 巻6号 546 頁)

(19) もっとも,経理次長については,「被告人に自己保身など,固有の利己目的があっ たと認めるに足りる証拠はない」としたうえで,会社の「不利益を回避する意図

(27)

をも有していたことは否定でき」ず,ある段階までは「専ら國際航業のために行 う正当な支出であると認識していたのではないかと解する余地がある」として,

原判決を破棄した(最判平成 14 年3月 15 日(裁時 1311 号7頁)。その後の差戻控訴 審では,第1審の無罪が維持されている(東京高判平成 15 年8月 21 日(判時 1868 号 147 頁)

(20) その後の下級審判決として,たとえば,金沢地判平成 21 年9月1日(LEX/

DB:25451546)は,売上金の一部は社員の出張旅費に支出された可能性を否定でき

ないとして,専ら本人のためにする意思を認めている(なお,自白の信用性が否定さ れ被告人は無罪とされている)

(21) 林幹人『刑法各論[第2版]』(2007)294 頁(もちろん,推定的同意による違法阻却

(または誤信による故意阻却)は可能であろうが,その個別財産の処分について権限外のこ とをなす場合に,将来的な不利益性等まで含めた判断まで可能かどうか,慎重な検討を要す る。推定的承諾については,さらに考えてゆきたい)。同旨の見解として,内田幸隆「横 領罪における不法領得の意思(2)」刑法判例百選Ⅱ[第6版]131 頁。

(22) 佐伯・前注 11 109 頁以下。推定的承諾とすると,違法な処分については処罰 阻却を認めないことが一貫するとも指摘される。さらに,小林憲太郎「会社財産 の横領」法学教室 395 号 87 頁注 21 も参照。

(23) もっとも,仮に全体財産に対する罪と理解しても,そうした比較を行わないと いう選択肢を採ることもできよう。また,後述するように,その物の処分によっ て得られる経済的利益へと拡張して理解してしまうと,純粋な価値とも言うべき ものを取り込むことになり,不法領得の意思の内容を超えてしまうことにもなる。

(24) 横領罪における不法領得の意思は横領の故意であると理解する見解も有力であ る(松宮・前注2 278 頁,前田雅英『刑法各論講義[第5版](2011)379 頁など)。し かし,他人の財物の処分以上に,主観的違法要素,責任要素を認めるべきであろ う(佐伯・前注 11 110 頁)

(25) 委託信任関係の破壊は債務不履行一般でも認められることから同様に,佐伯・

前注 11 108 頁。

(26) 背任罪の図利加害目的と同種の役割を付与する見解として,川崎友巳「業務上 横領罪における不法領得の意思」同志社法学 56 巻4号 350 頁以下。もっとも,

横領罪自体をそうした観点から全体的に限定することはできない(今井他『刑法各 論[第2版](2013)263 頁[島田聡一郎]

(27) 町野・前注 10 199 頁も参照。

(28) 金銭の場合に注意を要するのは,紙幣それ自体は重要ではないという点である。

民事法上も,その所有の帰属について議論がなされているが,刑法上は,金額と してそれを考察すべきであろう。この意味で,返済された債務金額と同一視でき

(28)

るともいえよう。もっとも,なお検討の余地はある(拙稿「金銭の横領(特に「他人 性」について)」大東文化大学法学研究所報 28 号 18 頁参照)。Ⅱでみたように,大判明 治 43 年2月7日(刑録 16 輯 175 頁)は,「其経済的価値を利用すべき状態に措き たる」事実を重視していた。

(29) つとに指摘されるように,判例上,単純な毀棄を横領罪によって処罰した例は ないとされる(伊東研祐『刑法講義各論』(2011)219 頁,山口厚『刑法各論[第2版](2010)

307 頁など)。たとえば,大判大正4年2月 10 日判決(刑録 21 輯 94 頁)は郵便につ いての各種書類を隠匿抑留した事案であり,その経済的価値の利用は認められな いことに加えてさらに,弁護人が主張した文書毀棄の事案と本件は異なるとして いる。

(30) これに関連して,所有者から預かった物ではあるが,所有者が預けたことを失 念し,それを奇貨として所有者にそれを自分のものであると告げる行為も事後的 な利用が念頭に置かれていることが一般的であるから横領としてよいと思われる

(もっとも,2項詐欺罪との関係は別個問題とされる。

(31) 判例の理解から,この意思は,不法領得の意思とは「別個の主観的犯罪阻却要 素」と理解する見解として,上嶌一高「横領罪(下)」法学教室 296 号 94 頁以下 参照。さらに,鎮目征樹「横領罪における不法領得の意思(2)」刑法判例百選Ⅱ[第 7版]135 頁参照。

(32) 判例の中には,「自己の名義または計算」で行為すれば横領罪,「本人の名義か つ計算」で行為すれば背任罪とするものがあるが,これはこの理解に親和的であ る。もっとも,それがすべてでないことには学説一般に理解がある。

(33) 町野・前注 10 199 頁参照。

(34) なお,そもそも権限を超えた行為であり,その認識を要求すべき以上,委託の 趣旨に反しない認識(福田・前注 17 42 頁)と解することは困難である。

(35) 大判明治 44 年 10 月 26 日(刑録 17 輯 1795 頁)。なお,大判大正3年 12 月8日(法 律新聞 987 号 28 頁)は,信用購買組合の資金調達のために公債証書を担保にした 事案であるが,自身の債務負担でないことが重視されている。もっとも,担保の 事案であり,事実関係は不明であるため,直ちに所有を否定したとまではいえな いとも言いうる事案とも考えられる。

(36) これに近い形で,本人のためにする意思を認めた例として,いわゆる納金スト の事案が挙げられる。最高裁は「争議解決後は,直ちに,預金を電力会社に返還 すること,また,争議中は預金の引出しは一切これを行わないことの条件で,す なわち,電気料金を一時保管の意味で,湊川分会執行委員長鎌田頼蔵名義で預金 したい旨を申出た事実,組合側は湊川配電局における会社側利益代表者に対し納 金ストを実施している旨を何回となく伝えているという事実,本件預金が従来会

参照

関連したドキュメント

凡例(省略形) 正式名称 船舶法船舶法(明治32年法律第46号)

前項においては、最高裁平成17年6月9日決定の概要と意義を述べてき

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

Droegemuller, W., Silver, H.K.., The Battered-Child Syndrome, Journal of American Association,Vol.. Herman,Trauma and Recovery, Basic Books,

3.BおよびCライセンス審判員が、該当大会等(第8条第1項以外の大会)において、明

大正13年 3月20日 大正 4年 3月20日 大正 4年 5月18日 大正10年10月10日 大正10年12月 7日 大正13年 1月 8日 大正13年 6月27日 大正13年 1月 8日 大正14年 7月17日 大正15年

■実 施 日:平成 26 年8月8日~9月 18

第1回 平成27年6月11日 第2回 平成28年4月26日 第3回 平成28年6月24日 第4回 平成28年8月29日