資
料
緊急帝王切開で出産した初産婦の出産に対する思い
Mothers' experiences and feelings about emergency cesarean sections
橋 本 佳奈子(Kanako HASHIMOTO)
*1小 林 康 江(Yasue KOBAYASHI)
*2 抄 録 目 的 緊急帝王切開で出産した初産婦の産後4か月までの出産に対する思いを明らかにする。 方 法 研究デザインはライフストーリー法を参考にした質的記述的研究である。母児ともに妊娠産褥経過が 良好な緊急帝王切開で出産した初産婦3名に対し,診療録からデータ収集をした上で,半構成的面接を 産後2週・4から6週・4か月の3回に縦断的に実施した。面接は出産体験について,体験したことや思 考したことを自由に語ってもらった。 結 果 本研究では,3名の初産婦の緊急帝王切開に対する思いと,出産体験を意味づけるストーリーが語ら れた。母乳育児の成功体験により出産への後悔を払拭するA氏のストーリー,育児への自信と子供との 絆を高めることで,経膣分娩への気持ちを整理し出産を肯定的に捉えていくB氏のストーリー,体験を 語ることや自分がこの子の母親であると思える過程を経て,出産体験を意味づけしようとしているC氏 のストーリーであった。緊急帝王切開に対する思いは,出産後育児を行う中で変化していた。 結 論 緊急帝王切開で出産した女性は,出産への自信や母親としての自信を喪失し,出産を不本意に思う気 持ちと児が無事であったことに安心する気持ちの間で揺らいでいた。育児を行い子供や家族との関係を 築く中から,産後4か月には緊急帝王切開であっても自分の出産に他ならない体験であると出産への思 いは変化し,さらに第3者に思いを語ることで出産体験の受容は促進されていた。 キーワード:緊急帝王切開,バースレビュー,出産体験,出産への思い Abstract PurposeThis study aimed to clarify mothers' experiences and feelings about childbirth through emergency cesarean sections until 4 months postpartum.
2018年2月21日受付 2019年5月6日採用 2019年6月30日公開
*1山梨大学医学部附属病院(University of Yamanashi Hospital)
Methods
Participants were 3 primiparas who underwent emergency cesarean sections. A qualitative method was used to obtain their life stories. The data were collected through semi-controlled interviews about birth experience at 2 weeks, 6–8 weeks, and 4 months postpartum.
Results
Three women's stories were described: Case A removed the regret to delivery by success of the breastfeeding. Case B changed her thinking and accepted her birth experience due to gaining self-confidence and bonding with her child. Case C becoming a mother and discussed her experiences, she was accepting of her childbirth experience. The mothers' feelings toward emergency cesarean sections changed as a result of childcare.
Conclusion
Women who underwent emergency cesarean sections lost confidence in childbirth and as mothers. However, they provided childcare with their negative feelings and relieved feelings of their children were safe. Thoughts toward childbirth changed at 4 months postpartum when mothers realized value of their own birth. Further, they accepted their childbirth experiences by talking repeatedly them.
Key words: emergency cesarean section, birth review, birth experience, feelings about birth
Ⅰ.緒 言
女性の出産体験は,母性意識の発達や育児に影響す る。出産満足度が高く出産体験を肯定的に捉えること は,児に対する愛着が良好となり(有本他,2010), 育児不安や育児困難感が軽減する(佐藤他,2008;竹 原他,2009)。反対に出産体験を否定的に受け止める ことは,産後うつやPTSDなど心理的影響を及ぼすと 言われている(Beck,2004;Howell et al,2005;佐藤 他,2008;関塚,2005;竹原他,2009)。 母性とは,子供に対する母親としての関わりや育児 能力であり,女性のパーソナリティの一部であり,成 長・発達していくものである(花沢,1992;松村, 1999;大日向,1988)。また二川ら(2014)は,母親役 割の概念分析を行い,母親役割とは「子供との相互作 用を通して,自身の成長のために葛藤し,母親として のアイデンティティを積み上げること」と定義づけて おり,母性や母親役割は類義語として捉えられてい る。Rubin(1984/1997)は,産褥早期の女性が母親と して心理的に適応していく過程として母親役割獲得過 程の理論を唱えた。Mercer(2004)は,Rubin の理論 をもとに,母親になる過程を理論化した。これは女性 が母親になる過程で自己の成長や変化を感じ,母親と しての自己同一性が発展するということを意味してお り,Rubinの理論よりもダイナミックな変化を含んだ 理論である。この過程は子供に愛着を持ち準備を始め る妊娠期の段階,子供を認識し育児方法を学び身体を 回復する産後 2週から6 週の段階,新しい日常に向か う 2週から4か月間の段階,母親としての自己同一性 を獲得する約 4か月の段階である。また産後4 か月頃 は,母親の育児への自信が高まる時期であることも報 告されている(Pridham et al,2001;鈴木他,2009)。 近年,周産期医療の発展に伴い帝王切開分娩は増加 し,約 4 人に 1 人が帝王切開で出産している(厚生労 働省,2016)。その中でも緊急帝王切開分娩は手術決 定から出産までの時間が短いこと,予期しない体験で あることから,否定的な体験となりやすく,緊急帝王 切開で出産した女性の体験を記述するという研究が報 告 され て き た(今 崎, 2006; 山下 他, 2009; 横 手, 2004;横手,2005;横手他,2006)。これらの調査は 主に入院中の産後数日から7日のうちに行われ,女性 は恐怖やストレスの大きい体験や自責の念,母親とし ての不全感など否定的感情を抱えていたと述べられ る。その一方で児の無事な出生を救いとして捉え,産 後の順調な経過と適切なケアや出産体験を第3者に語 ることで,否定的感情からの認識の変化が促されてい る。今崎(2006)は緊急帝王切開をした女性の出産後1 年半までの体験を後方視的に調査している。この研究 では,出産に対する不全感や自責の念は産後3か月程 度で肯定的な感情へと変化した。これは時間の経過や 周囲のサポート,子供の成長によって生活のゆとりが 生まれ,母親としての自己を受容するようになったと 推察されている。 これまで出産に対する否定的感情は母性意識の発達 や育児に影響を及ぼすこと,否定的感情を抱いてもそ の感情は変化することは明らかにされてきた。しかし 緊急帝王切開で出産した女性が産後の生活を送る中 で,どのように出産を受け止め,その体験の意味づけ を行っていくのか,出産に対する思いを縦断的に調査 したものは見られない。そこで本研究は緊急帝王切開で出産した初産婦の産後4か月までの出産に対する思 いを明らかにすることを目的とした。
Ⅱ.研 究 方 法
1.研究デザイン 本研究は研究協力者の主観的体験の記述を目的と し,ライフストーリーを参考にした質的記述的研究で ある。ライフストーリーは,個人のライフについての 口述の物語である(桜井,2012)。ストーリーは,健 康行動,ライフスタイル,疾患,あるいは機能障害の 患者にとっての意味,症状の意味,治療経験,適応の 仕方,そして自分たちの生活を再構築する希望や可能 性 を 研 究 者 が 理 解 す る の を 助 け る(Susan et al, 2015)。緊急帝王切開で出産した女性の体験と出産に 対する思いを明らかにするためには,ライフストー リーが適していると考えた。また出産後,育児期間中 という肉体的,心理的,社会的変化が起こりやすい時 期を縦断的に聞き取ることで,協力者たちの生きた経 験を理解するためにこの研究方法を選択した。 2.研究協力者 X県地域周産期母子医療センターで,母児ともに妊 娠経過が良好であり緊急帝王切開で出産した初産婦3名 とした。協力者の体験の記述を正確に行うため日本語 での会話が十分に可能な女性で,妊娠中に投薬を必要 とする精神疾患がない,単胎,児に重篤な疾患がない, 母親は出産後6日以内に退院できることを条件とした。 3.データ収集方法と期間 データ収集期間は平成25年5月~平成26年5月であ る。面接は出産体験の受け止めが母性意識の発達や育 児に影響するという考えのもと,Mercer(2006)の理 論を参考に,産後2週・6から8週・4か月の3回,縦 断的に実施した。面接に先立ち,診療録より年齢,職 業,妊娠分娩産褥経過などの基本的データと,バース レビューの記録を収集した。面接は協力者の負担にな らないように体調や場所,時間,面接途中でも育児行 動が行えるように配慮して行った。面接はインタ ビューガイドを用いた半構成的面接とした。面接で は,産後 2週「出産についての出来事を自由にお話く ださい。」「帝王切開が決まったときはどんなお気持ち でしたか」,6 から 8 週と 4 か月では「出産へのお気持 ちに変化はありましたか」及び,「育児について自由に お話しください」「お子さんについてのお気持ちを教 えてください」「自分が母親になったと感じることは ありますか」と,母親自身が体験したこと,思考した ことを率直に,即興的に語ってもらった。 4.データ分析方法 各回の面接内容を逐語録にし,語られた様々な内容 を時系列に並べることで全体像を整理し,女性が体験 した世界をありのままに示した。加えて研究者が女性 の体験の十分な理解を目指すために体験に対する解釈 を行った。分析はRiessman(2008/2014)が提唱するナ ラティブ分析の手法である主題分析を参考に,それぞ れの協力者から「何が話されたか」に焦点を当て分析 を行った。聴取した語りの内容から女性の体験を分析 し,個々のストーリーを損なわずに共通した特徴を導 き出すためには,この手法が適していると考えた。3 回の面接のそれぞれの語りから女性の出産への思いの 変化を捉え,再構成した。データの信頼性の確保のた めに,研究協力者に体験の解釈に誤りがないか確認し ながら分析を進めた。質的研究に精通している研究者 から指導を受け,研究者自身の質的研究の分析技術の 向上に努め分析を行った。 5.倫理的配慮 研究協力者には,研究協力が任意である事,参加や 不参加時に関わらず医療や看護において不利益は生じ ない事,研究途中での拒否や中断の権利がある事,プ ライバシーの保護について口頭および文章にて説明し 同意を得た。また本研究は大学倫理委員会の審査を受 けた上で実施した。(承認番号:1051)Ⅲ.結 果
1.研究協力者の概要 研究協力者は3名であった。研究施設の病院は,帝 王切開後5日もしくは6日目に退院の方針であり,3名 とも術後5日目に退院していた。全員が入院中に出産 を担当した助産師とバースレビューを行っていた。面 接は産後 2 週,6 から 8 週,4 か月の計 3 回,病院内の 個室または協力者の自宅か里帰り先にて行い,1回の 面接時間は60~90分であった。それぞれのストーリー を協力者自身の言葉を活かしながら記述した。協力者 が実際に語った言葉は「 」またはゴシック体で示し, データと解釈が対照可能となるように記述した。2.緊急帝王切開で出産した初産婦のライフストー リー 1)母乳育児の成功体験により出産への後悔を払拭す るA氏のストーリー 20代後半のシステムエンジニアであるA氏は,夫と 2人暮らしであり,妊娠後期に祖母ときょうだいが暮 らす実家に里帰りする。A氏は7人きょうだいであり, 父親は1年前に他界,母親はA氏の出産直前に他界し た。大家族できょうだいの面倒を見る,姉の育児を 間近で見るという環境で育ったため,姉のような母親 になり,姉のような家庭を築きたいと理想を描いて いた。 A氏は予定日超過のため分娩誘発を 2 日間行った。 陣痛発来後に胎児機能不全と診断され,脊椎麻酔下で 緊急帝王切開が行われ3500gの児を出産した。入院中 に分娩誘発2日目と帝王切開時に立ち会った助産師と バースレビューを行い,「2日目も誘発するって思った ら辛かった。お互いの体力のことを考えたら帝王切開 でも良かったのかなと思う。立ち会い出産できな かったことが残念だったが,その分育児で手伝っても らおうと思う」と記録されていた。 a.産後 2 週:姉を見本にしながら子どもの世話に取 り組む一方で,帝王切開を望んだ気持ちへの後悔が 残る A氏は「痛みを伴ってこそ子供に愛情を持てる」と 思っていた。次々と襲ってくる陣痛に帝王切開を望む 気持ちも出現し,結果的に胎児機能不全という診断の 下,緊急帝王切開が行われた。バースレビューで自分 の置かれていた状況の整理を行ったが,子供と自分の 体力の為には仕方がなかったと納得する気持ちに加 え,心から納得できない気持ちも残っていた。胎児適 応での緊急帝王切開であったが,産後2週間には自分 の我慢が足りなかったことで経膣分娩が出来なかった と捉えるようになっていた。 誘発2日目は陣痛がどんどん来て先が見えず,帝 王切開にするって言われて「やっと終わるのか, 痛いのを早くどうにかして」と思いました。それ か ら 泣 き 声 が 聞 こ え て,「産 ま れ た, 元 気 だ!」っていうのがわかりました。入院中に先生 や助産師から理由を聞きました。子供が大き かったし,これ以上は無理だったって。でも今は もう少し我慢すれば子宮口が開いたんじゃない か,もう少し呼吸法が出来れば子供が苦しくなら なかったんじゃないかって,もったいない気持ち が出てきました。自分でやり遂げた思いを味わい たいです。(中略)出産に対しては,特に調べたり 誰かと話してもいないです。お姉ちゃんも緊急帝 王切開になっていたので,そういうことも知って いました。 幼いきょうだいと高齢の祖母,出産したばかりの姉 がいる実家は,物理的に頼れる人がいる環境ではな かった。しかしA氏は信頼できる姉を見本に,わから ないことは姉に聞きながら育児を行った。姉を手本に 母乳育児を目指したが,退院時はラッチオンが上手に 出来ず搾母乳を与え,退院後も助産師から言われた通 りに練習を行った。練習した甲斐があって子供は直接 母乳が飲めるようになっていった。出産への後悔は あったが,A氏は姉のような母親になりたいと目の前 にいる子供と向き合い,育児に取り組んでいった。 退院の時に言われた通りに練習をしていたら,あ る時突然おっぱいが吸えるようになりました。そ こからは母乳だけです。入院中と違って今は自分 と子供のことだけでなく,掃除やきょうだいの面 倒を見なければいけない時もあり,すべてが大変 です。でも飽きることはありません。 b.産後 6 週:子供を優先しない夫に苛立ち,出産へ の後悔も持ち続ける 母乳を吸わせられるようになってからは,直接母乳 のみで子供を育てるようになった。母乳育児は軌道に 乗り,技術的にもできることが増えていった。産後3 週間の頃,夫から“帰ってきて欲しい”と頼まれたA氏 は,里帰りを終えて自宅に戻った。A氏は育児だけで なく家事も動物の世話も自分で行った。もともと夫に は分娩に立ち会うことで父親の自覚をもってもらおう と思っていたが,それは叶わず,育児をすることで父 親の自覚を促そうと期待した。しかし何よりも子供を 優先する自分とは違い,そうではない夫に苛立ちを感 じることが多くなった。夫婦で協力して育児を行って いる姉のような家庭を築くという理想には程遠いもの があった。 予想していたよりも夫は役に立ちません。自分が 1 番で子供は 2番なんです。私は何よりも子供で す。夫にとって子供は血のつながりという付加価 値がついた,ただ可愛がる存在なんです。(中略) 何もしてくれないだけでなく,私には完璧を求め てきます。子どもを2人育てているようです。 出産への思いは産後2週での語りと変化はなく,も う少し頑張れれば経膣分娩が出来たのではないかとい
う思いは残ったままであった。A氏の姉は1度目の出 産が帝王切開であり,2度目の出産は帝王切開後経膣 分娩の予定であった。A氏も帝王切開後経膣分娩につ いての情報を得ようとしていた。 2 日間促進剤を使って苦しい思いをして,この子 も一緒に2日間苦しかったはずなんです。一緒に 頑張ったからこそ,私がもうちょっと粘れればな あって,もったいないという気持ちは今でも残り ます。陣痛を体験したからいいやという気持ちも あるけれど,自分としてはやり遂げてみたかった です。この子の健康が一番で,自分のそういう気 持ちは二の次っていうのは理解しているんですけ どね。だから状況が許せば,次の子も下から産ん でみたいとは思っています。 c.産後 4 か月:母乳育児の成功体験や夫から認めら れたことで自信を持ち,出産への後悔が書き換えら れる A氏は子供の反応から,自分は子供から必要とされ ていると感じるようになった。また4か月まで母乳育 児が成功していることに自信が持て,子供の母親に なっていることを実感した。A氏は自分が子供の母親 になっていくことで,子供だけでなく,夫も一緒に育 て直さないといけないことを実感した。姉のような家 庭を目指すのではなく,自分なりの新しい家族として の形を構築しようと,考えを変化させていった。 結局ここまで全ておっぱいでやってきました。そ のうち母乳を飲まなくなる時期が来ると考えただ けで切なくなります。この子のことが自信を 持ってできるようになって,気持ちに余裕が出 て,この子に合わせていけばいいって思えるよう になりました。赤ちゃん漬けの世界なんですが, すごく楽しいんです。 夫は“俺はダメな男だからお前が優しくて助かっ てる。”なんて言ってきて。わかってるなら直し てって思うけど,もう仕方ない。家事はほとんど しませんが,子供の世話はしてくれます。でも ずっとはできなくて飽きてしまうんですけど。過 剰に期待するのでは疲れてしまうので,少しずつ 協力してもらって夫も教育するようにしてい ます。 A氏は全て母乳育児でやり遂げたという達成感に加 えて,経膣分娩でなくても子供に愛情は持てていると 思えることで,陣痛を我慢しきれなかったという後悔 が書き換えられ,出産体験を受容していった。さらに 夫から母親としての偉大さを認められたことで,出産 体験の受容は促進された。 育児をしていく中で産み方はどうでもいいと思う ようになりました。以前は経膣分娩にチャレンジ してみたいなんて言っていたけれど,本当にどち らでもいいんです。出産よりも子供に気持ちが向 いているのかな。夫は陣痛を見ていたわけじゃな いけれど,帝王切開の傷を見ると“母親ってすご いな”って言ってきます。帝王切開の傷は子供を 守るためにできた傷ですし,夫からも自分の頑張 りが認められたように感じます。 2)育児の自信と子供との絆を高めることで,経膣分 娩への気持ちを整理し出産を肯定的に捉えていくB 氏のストーリー B氏は30代後半の薬剤師で,夫と暮らしている。自 宅のすぐ近くに実家があり,産前から里帰りをした。 実家には母親がおり,兄夫婦も母親の支援を受けなが ら子育てをしていた。B氏は薬剤師の仕事に誇りを持 ち,結婚や妊娠などライフスタイルの変化に合わせて 仕事と家庭を調整し,両立させてきた。今後も母親に 頼りながら仕事と育児を両立させたいと考えていた。 妊娠40週,自宅で2日間の前駆陣痛に耐えたあと陣 痛発来で入院した。分娩進行は緩徐であり,翌日から 2日間分娩促進をする。それでも分娩進行は見られ ず,分娩停止のため脊椎麻酔にて緊急帝王切開が行わ れた。児は 3600g であった。産褥 2 日目より育児を開 始,産褥4日目にインフルエンザに感染していること が判明した。以降は母子分離の状態であったが,産褥 6日目にB氏のみ退院し,児は生後9日目に退院した。 B氏は分娩促進2日目と帝王切開時に立ち会った助産 師とバースレビューを行い,「疲れ切っていたので経 膣分娩は無理だと思った。産まれた子どもを見て,大 きかったから仕方ないと思った。泣き声が聞こえて握 手した時には心から感動した。」と記録された。 a.産後 2 週:帝王切開で出産したことで経膣分娩へ の絶対的な自信が崩れ去る中,母親に頼りながら手 探りで育児を始めていく B氏は妊娠経過中に何の異常も起こらず,幸せを感 じながら過ごせたことや,自分の体型を「良い骨盤」 だと捉えたことから,経膣分娩に絶対的な自信を 持っていた。しかし実際の出産は自分が予想していた 経過とは全く違っていた。バースレビューや同室の産 婦と状況を語り合うことで,自分の体験が珍しいこと ではない,他にも大変な思いをしている産婦がいるこ
とを知った。しかし産後2週間の頃には,陣痛に負け たことで出産への絶対的な自信は崩れ,経膣分娩が出 来なかったことを不本意な体験と捉えていた。 この体型だし,どうみても安産だろうと,例え 4kg あっても平気で産んでしまう気がしていまし た。絶対下から産めるって,信じて疑いもしませ んでした。実際は痛いのに全然進まないし,2日 目もまた薬を使うって言われて気が狂うかと思い ました。確かにあの時はもう帝王切開しかな いって思ったけど,退院して気持ちが落ち着いた のか,やっぱり経膣分娩できなかったことは不本 意に感じます。心が負けた気がします。 母児分離となったことでほとんど育児を行わないま ま退院した B 氏は,何を行うにも自信が持てないま ま,助産師からの退院指導を基本に,全面的に母親に 頼りながら手探りで育児を始めた。育児は予想してい たものより大変であり,楽しむ状況ではなかった。自 分の子供は可愛くて仕方がないと,子供の様子を見る ことには飽きなかった。 とにかく言われた通りにやりました。何もかも1 人じゃできなくて,すべてに必死でした。自信が なかったし,母がいないと何も出来ません。薬剤 師の仕事はマニュアルに沿って行えばよかったん ですが,育児はそうはいきません。もっと簡単だ と思っていました。 b.産後 8 週:出産への不本意な思いは変わらず持ち 続けるが,育児に余裕が産まれ子供への感情も増大 していく 助産師から言われた通りに母乳育児を行ってきた が,1か月健診では母乳分泌の不足から,母乳を諦め た方がよいと言われた。B氏は母乳育児こそは負けた くないと,「意地と根性で」母乳を与え続けた。産後 2 か月ほどたった時に,子供の様子の変化から母乳が出 始めていることを感じるようになった。さらに,技術 的な出来ることや子供のことでわかることが増え,育 児に余裕が持てるようになった。元来それほど子供が 好きではなかったB氏だが,目の前にいる子どもは本 当に自分の子供であり,自分の子供は特別だと感じ, 飽きることなく観察し続けた。 もともと母乳育児がしたかったけど,あの時は母 乳を諦めるという選択がなく,半分ノイローゼの ようにあげ続けました。今思うと,子供のためと いうより,自分のために頑張り続けました。最近 では自分に余裕が出てきたのか,寝かしつけも待 て る よ う に な り ま し た。 今 ま で 自 分 の 子 が 一番っていう人を見ると「親バカ」って思ってい ました。でも本当ですね。可愛さも,湿疹の多 さも,声の大きさも,全部一番って思えちゃうん です。 出産に対しての不本意な思いも変わらず持ち続ける 一方で,子供への感情が変化する中で,少しずつ受容 し始める発言も見られるようになっていた。 帝王切開で出産したことは今も不本意ですよ。今 さ ら 何 を 言 っ て も 変 わ る わ け じ ゃ な い か ら, しょうがないとは思っているけど,やっぱり,私 は下から産めるって信じて疑ってなかったじゃな いですか。だから不本意感はずっと残るんだと思 います。でもこの子が可愛いからいいかなって, そういう気持ちも出てきています。 c.産後 4 か月:育児に自信が持てるようになったこ とで子供との絆は高まり,緊急帝王切開での出産を 自分の体験として捉えられるようになる その後もB氏は自宅と実家を行き来しながら,母親 から教えられ,励まされ,褒められ,一緒に育児を 行った。一度は助産師から諦めた方がよいと言われた 母乳育児は4か月の時点でも実施できており,母乳だ けでも満足する子供を見て,子供の成長とともに自分 自身の成長も認められるようになった。子供は自分に だけ違う反応を見せ,自分は子供から必要とされてい ることを実感した。 この子も最近人を見ているのがわかります。ぐず ぐずした時は私でないと駄目なんです。最初は何 もできなかったんだけど,少し余裕が出てきて, 自信が出て来ました。根拠のない自信なんですけ ど。自分に余裕がないくらい大変だったら子供も 可愛くなくなっちゃうと思います。だから私は全 力で母を頼っているのかもしれません。母は私 とは子育ての経験が違います。だから自信が出 てきても,これからも頼れることは頼ろうと思い ます。 時間の経過とともにB氏は自分の出産を「難産だっ た」と客観的に捉えられるようになった。限界を超え る辛さを体験したことは,子供との絆の形成につな がっていると感じ,加えて育児に自信をつける中で帝 王切開であってもその絆は強まっていることを感じ る。また継続的に出産体験や子供への思いを研究者に 語ることで,言葉で気持ちを整理し,出産体験を受容 していった。
いまだに経膣分娩がしたかったって思うし,これ はずっと残るんだと思います。下から産むことで さらに痛みを経験して,子供との絆がもっと強く なったり,今は無い感情もあったのかなと考える こともあります。でも限界を超えた辛さを体験し たから,子供との絆もできているのかな。出産が 嫌な思い出かと言われると,そうでもないんで す。 3)体験を語ることや自分がこの子の母親であると思 える過程を経て,緊急帝王切開の体験を意味づけし ようとしているC氏のストーリー C氏は30代前半の専業主婦で,会社員の夫と暮らし ている。両親は高校生の時に離婚しており,現在は父 親のみ交流がある。出産後は夫の実家に退院し,6週 間援助を受けた。C氏は両親の離婚を「母親に捨てら れた体験」と捉えた。また身近に結婚生活が破綻して いる親戚もいるため,自分が頑張ることで結婚生活も 子育ても上手くいくと考えた。 妊娠 37 週,自宅で前期破水し入院した。入院後の 分娩監視装置で胎児機能不全が疑われたため全身麻酔 下で緊急帝王切開が行われ,2600g の児を出産した。 C氏のバースレビューは帝王切開で児受けを担当した 助産師と行われ,全身麻酔での緊急帝王切開が必要で あった理由が丁寧に説明された。「急に周りが騒ぎだ して怖かったのを覚えている。経膣分娩できなかった ことは残念だったが,この子が元気に産まれてきてく れて安心している。」と記録されている。 a.産後 2 週:突然の帝王切開に自分で出産したと思 うことが出来ず,女性として半人前という気持ちを 抱く 妊娠が正常に経過していたC氏は,経膣分娩ができ て当然だろうと捉え,院内助産での出産を希望してい た。夫婦で出産を楽しみにし,破水した時も「いよい よ出産になる」と,前向きに捉えた。しかし全身麻酔 下での超緊急帝王切開に,突然の変化に何もかもがつ いていけないという体験をした。 妊娠中何もなかったし,普通に産めて当然だと 思っていました。旦那も私も,みんなが痛いって 言ってる陣痛がどんなものか,産むのを楽しみに していました。でも入院してすぐ,心音が下 がった時の慌ただしさ。自分のことじゃないみた いでした。わけもわからないまま運ばれて,手術 室のベッドに縛られ震えが止まらなかったことを 覚えています。 バースレビューを受け子供を守るためには帝王切開 が必要であったことは理解したC氏だが,退院後,経 膣分娩出来なかったことは女性としての自信を喪失さ せる出来事であったと感じていた。以前,親戚に「女 は子供を産んでこそ一人前」と言われた経験があった ことが影響していた。C氏は友人に連絡したり,テレ ビやインターネットで他人の出産体験を見ることで, 自分なりに帝王切開での出産を納得しようと行動す る。しかし経膣分娩がしたかったという思いは払拭で きず,自分は女性として半人前ではないかという気持 ちが,時間とともに増大していった。C氏は出産時の 状況やその時感じていたこと,手術直前に医師から 「児はNICUに行くかもしれない」と言われたが実際は 元気で母児同室もできる状態であったことなどを,面 接で研究者に尋ねた。バースレビューで十分に確認で きなかったことや,退院してから感じるようになった 思いを尋ねることで,自分なりに出産についての思い を整理しようとしていた。 子供のことを抜きにして考えると,本当は下から 産みたかった。産声が聞けなかったし,出来てき た姿も見ていません。みんなが当然のように やっていることが出来なかったし,私は女として 半人前と思われているように感じます。バースレ ビューも受けたんだけど,あの時は授乳に必死 だったし,とにかく無事でよかったっていう思い だけで,ないものねだりのように後から後からそ ういう考えが出てきて落ち込みました。 C氏は全身麻酔下で出産したため,目が覚めた時に は全てが終わっているという状況であり,初めて子供 と出会った時も,目の前にいる子供が自分の子供だと 実感できない関係のまま母親としてのスタートを 切った。C氏は退院後も自分の子供という確証が持て ないまま,目の前にいる子供の育児を淡々とこなすよ うに取り組んでいった。飲んで寝るだけの子供の育児 は予想していたよりも楽であった。子供と数時間離れ ると自分の乳房が張ってくることから体は母親に なっていると思う反面,子供中心の生活となったこと への不満を抱くこともあった。 病室で初めて子供に会った時には,「この子が私 の子?いつ出てきたの?」そういう感じでした。 帽子をかぶって服を着てのあの姿。添い乳もした けれど,子供が勝手に吸っているだけで,私は眠 さに耐えられなくて赤ちゃんを連れていってもら いました。次に目が覚めた時には母親として失格
ではないかと,罪悪感が襲ってきました。今でも 本当に自分の子かと,不思議な感じがします。子 供はお腹が空いたら泣いて,おっぱいを飲んだら すぐ寝てくれるので,楽をさせてもらっていま す。今までは家族も旦那も自分を一番大事にして くれていたんですが,今はこの子に目が向いてい ます。当然だとわかっているけれど,気持ちが追 いつかないところがあります。 b.産後 8 週:経膣分娩への思いと子供の無事な出産 という思いの間を行き来する 産後6週で面接の約束をしていたが,体調不良を理 由に面接が 2 週間延期となった。ちょうどその頃,C 氏は乳房が変化したことで母乳が足りなくなったと思 い,誰にも相談することなく,母乳育児から完全人工 乳の育児に切り替えた。子供のペース中心の母乳育児 は,自由が利かないと感じていた。夫の実家で生活し ていたこともあって,C氏は自分のペースで育児がし たいと感じるようになっていた。 母乳で育てたいと思っていたけど,なんか疲れ ちゃって。それまで張っていたのがパッタリ無く なって,あげても足りないし,ミルクと両方あげ ていたら,全然寝れないし。もう母乳はきっぱり 止めました。やめてからネットで自分は差し乳の 状態だったって気づいたんですが,嫌々母乳をあ げても子供も気付くと思うんです。だから止めて よかったって思っています。 産後2週の面接で入院中のバースレビューでは表出 しきれなかった疑問や出産に対する思いを話すことが 出来たC氏だったが,陣痛や経膣分娩を体験したいと いう思いが消えることはなく,次の出産では帝王切開 後経膣分娩に挑戦したいとも思っていた。C氏はイン ターネットで出産が原因で障害を残す子供や亡く なってしまう子供がいるということを調べており,自 分の子供が元気に生きていることに感謝も表して いた。 この子の健康が何よりっていうのは変わりない し,あの時の状況をこの間聞いたじゃないです か。だから前よりはぐるぐるしているのは消え た,というか,薄くはなったかな。うーん,でも 世の中の女の人が経験していることなんだし,で きることなら次は下から産んでみたいって,先生 に言ってみようと思っています。他の人の悩みに 比べたら,私のはちっぽけなのかな,とも思う。 だって元気に生きてますからね。 4)経膣分娩という自分のこだわりよりも,お互いが 健康に過ごせることが大事であると,出産体験への 思いが変化し始める 上手に人に頼ることが出来なかったC氏は,思い通 りに家事や育児が出来ずに苦しむことが増えていっ た。過換気を起こし救急車で搬送されることも出現 し,家族の勧めで心療内科を受診し,育児ノイローゼ と診断された。C氏はカウンセリングと内服治療を始 めた。苦しい中でも子供の世話だけは必死に行ってい たという。 家事も育児も頑張りたい。やりたいのに上手く回 らないことが辛くて。そうしたら突然食欲が無く なり,よくわからないものに追い込まれるように なりました。何もする気が起きないし,眠いのに 眠れない,何から何まで全部嫌になってしまいま した。酷いときは死にたい気持ちも出たんだけ ど,私が死んだら旦那が帰ってくるまでこの子が お腹を空かせるんじゃないかとか,そう思ったら 実行できなくて,この子のことだけは必死にして いました。 C氏は治療を受ける中で,自分が母親から捨てられ た体験がトラウマになっていたこと,その為素直に人 に援助を求めることが出来ていなかったことに気づく ことが出来るようになった。家族の理解や助けもあ り,育児はひとりで行うものではなく人に頼ってもよ いことがわかり,少しずつ回りに甘えられるように なっていった。C氏は元の生活が出来るようになった ことで,子供の成長を楽しく感じるようになった。産 後2週間で育児を義務的に淡々とこなしていたC氏の 姿はなく,児のことを観察し,児の気持ちを考えなが ら,自分なりに確立した方法で児に語りかけながら育 児を行っていた。C氏は子供が自分を必要としている と実感することで,自分は子供の母親であると心から 思えるようになり,自分の存在価値を認められるよう になっていった。 義母にどんどん甘えていいと言ってもらえて,そ の辺から,素直に助けてと言えるようになりまし た。以前は窮屈で孤独で,誰も私のことを分 かってくれないと思っていました。最近は,パパ でもばあばでもダメで,私でないとダメな時があ るんです。私がいなくなったらこの子は困りま す。そして私自身も子供に救われていたように思 うんです。 C氏が体験した育児ノイローゼは,自分が生きるか
死ぬかの瀬戸際まで追い込まれた体験であった。治療 と家族のサポートを受ける中で,C氏は自分と子供が こうして健康に過ごせていることが大事であると気づ くことができ,出産体験への気持ちが変化しはじめて いった。 テレビで出産がきっかけで脳性麻痺になった子の 話を見ました。この子が健康でいてくれることが 本当に幸せだと感じています。普通に産まれてき てくれただけで十分だと思うようになりました。 どちらで出産しても大変なことには変わりない し,育児ノイローゼになったことの方がよほど大 変だったから,産み方にはこだわらなくなったの かもしれません。
Ⅳ.考 察
緊急帝王切開で出産した3名の初産婦は,予想外と なった出産についてのバースレビューを受け,児が無 事であったから良かったと受け止めている言葉が聞か れた。しかしバースレビューで緊急帝王切開に納得し ていると記載していても,女性は退院してからも出産 に対して否定的な気持ちを抱きながら,目の前にいる わが子の育児を始めていった。そして夫や家族ととも に新しい生活を送る中で,子供との絆が強まっていく ことや,育児の自信を得ることが出来ること,自分は 子供の母親であること心から思えることで,出産体験 を受容していった。そこで緊急帝王切開で出産した女 性の出産に対する思いと育児の体験,出産体験の受容 について考察する。 1.児が無事であったことへの安堵感と出産を不本意 に思う気持ちの揺らぎ 本研究の協力者は,3名とも自分は経膣分娩ができ ると認識していたため,緊急帝王切開で出産した体験 は予想外の体験であった。緊急帝王切開は女性に とって母児の生命の危険を脅かす出来事であり,加え て経膣分娩ができなかったことへの失敗感,敗北感, 罪悪感,喪失体験となり,様々な側面から女性の心身 の健康をも脅かす体験となりうる(今崎,2006;大林 他,2010;横手,2004)。否定的な出産体験を長年に 渡り持ち続けることは,今回の子供の育児への影響だ けでなく,次子を産みたいが産まないという次子妊娠 への影響を及ぼす可能性がある(大関,2012)。 そのため,女性の出産体験の受け止めや感情,わだ かまりを把握するためにバースレビューが行われてい る。バースレビューを行うことで女性自身も体験を想 起し,語り,出産体験を意味ある体験として受け止め る こ と が で き る と さ れ る(藤 井 他, 2007; 東 野, 2006;横山他,2006)。本研究においても,3 名とも 入院中にバースレビューが行われており,緊急帝王切 開が起こった状況と理由を正しく把握し,児や自分の 生命を救うために必要不可欠であったと理解すること が促されていた。しかしバースレビューだけでは出産 体験を本心から納得することにはならなかった。「子 供が元気だったからこれで良かったのだ」と,自分に 言い聞かせているだけに過ぎなかった。3名とも児が 無事であったことに安心する気持ちと,出産への自信 や女性としての自信を失い出産を不本意に思う気持ち の間で揺らぎが生じていた。そしてその揺らぐ気持ち は,産後8週が経過しても変化することなく残ってい た。このことよりバースレビューだけでは,出産体験 を肯定的に受け止めることには不十分であると考える べきである。今崎(2006)は,女性は女性としての自 己を経膣分娩することに価値があると考え,経膣分娩 ができないことで母親としての不全感を抱くことを明 らかにしている。緊急帝王切開は女性が元々抱いてい た出産への希望や理想を崩すだけでなく,母親として の理想や育児への期待など様々なものを喪失する体験 となりうると言える。看護者は女性の背景や出産への 思い,期待,その人にとって出産とは何かを妊娠中か ら把握し,さらに出産後の丁寧なバースレビューとそ の後の支援につなげていく必要があると考える。 2.緊急帝王切開で出産した女性の育児の体験 女性は出産後,自分の子供を特定するためにまず子 供を注視するが,帝王切開を経験した母親は,子供を 認識する行動が早く始まらないと言われる(Mercer, 2004)。またこの子は本当に自分から産まれたのだろ うかといった我が子としての実感の欠如や子供への愛 情不足の感覚を抱く(今崎,2006;横手,2004)。本 研究の2名の女性は,緊急帝王切開での出産であって も,分娩進行中の辛い陣痛を経験したことや,子供の 産声を聞き産まれてすぐの姿を見ることで,自分の子 供が産まれたという認識を持つことにつながってい た。しかし分娩開始前に全身麻酔による緊急帝王切開 を経験した女性は,自分で出産した気持ちや我が子と しての実感の欠如を招き,それは産後2週間が経過し ても持続したことが本研究からも示された。全身麻酔による緊急帝王切開で出産した女性は,我が子として の実感の欠如を招く可能性があることを認識すること が大切である。 本研究の協力者は,産後2週では目の前にいる子供 の育児を必死に行った。そして4 から 6週でそれぞれ の困難を経験し,4か月では自分なりに困難に対して 調整をし,また子供を中心に捉え育児が行えるように なった。自分の気持ちよりも,「子供に合わせていけ ば い い」と 心 か ら 思 え る よ う に な っ た の で あ る。 Bandura(1979/2012)は,自己効力感についての理論 を唱え,成功体験を得ることは自己効力感を高めてい けると述べる。また鈴木ら(2009)は,母親としての 自信を得る過程として,それまでの自己の価値観を変 化させ,新しい考え方を取り入れることで生活に適応 する過程について述べた。本研究においても母乳育児 の成功体験は,努力が実った体験であり自信を得るこ とにつながっていた。また女性は育児の自信を持つこ とによって,理想の家族像や母親像をもとに自己の考 えや役割を変化させるなど,女性が価値を変化させて いくことを促進していた。つまり緊急帝王切開で あっても,育児に対する自信が持てることや子供との 絆を感じられることで,母性意識の発達は促進される と言える。 3.育児を行うことと出産体験を語ることによる出産 体験の受容 本研究の3名の女性は,緊急帝王切開で出産したこ とに対して不本意な気持ちを抱いたが,産後4か月と いう期間の中で出産への思いは変化した。この思いの 変化には2つの側面が影響していたと考える。 女性は育児を行い子供や家族との関係を築く中か ら,自分自身で出産体験を受容していた。A氏は母乳 育児の成功体験と夫から母親として認められることで 自信を持ち,出産への後悔が書き直されていった。B 氏は育児に自信をつけていく中から帝王切開であって も子供との絆は十分にできていると感じ,この出産が 自分の出産だと出産体験を受容した。諦めた方がよい とまで言われた母乳育児を続けられたことも,耐えき れなかった出産体験を払拭するも一因となった。そし てC氏は育児を行う中で出産方法というこだわりより も母児が健康であることが一番だと認識が変化した。 今崎(2006)は,緊急帝王切開後の女性の抱いた不全 感や自責の念は,産後3か月程度での生活のゆとりか ら子育てを楽しく感じることで母親としての自己を受 容し,緊急帝王切開への感情が変化したと推察してい る。本研究においても産後 6 から 8 週までは「経膣分 娩」という出産の方法に目が向いていた女性が,産後 4か月には「出産方法はどちらでもよい」と現在や子供 に目が向くようになっていた。これは育児への自信を 持つことや子供との絆が高まることで,出産方法より も大切なものを見出し,出産に対する価値を転換させ ることが出来たのだと言える。 次に研究者が産後3回にわたり繰り返し出産に対す る思いを調査したことである。調査を通して女性は姉 や友人など他の人の出産や,テレビやインターネット という媒体から得た情報を語り,他人の体験と自身の 体験を比較し,自分の体験を客観的に捉えていった。 そして緊急帝王切開で出産したからこそ,子供の健康 が守られていることを強く実感していった。自己の体 験を第3者に繰り返し語ることで,自己の出産に対す る思いは書き直され,出産体験の受容を促進したのだ と言える。またA氏のように,帝王切開での出産と母 親としての偉大さを認める夫からの発言は,出産体験 の受容を促進した。これはただ単に出産は子供を産む ということだけではなく,子供の母親になる過程のひ とつであり,他者から母親であることを認められたこ とが影響したのだと考える。 これまでは,出産体験の受け止めが母親になる過程 に影響することがわかっていたが,本研究から緊急帝 王切開で出産した初産婦から縦断的に語りを聞くこと で,女性は母親になることの中から自らの力で出産体 験を受容し,さらに語りによって体験の意味づけが促 進されたことが明らかになった。これは女性は出産に よって失ったものを自分自身で補充し取り戻すことが できる力を持っていることを示す重要な研究であると 考える。また育児を通して成功体験を持つことは,緊 急帝王切開による納得できない気持ちを払拭する契機 となっており,緊急帝王切開によって一度喪失した自 信を補うことができると言える。 以上より,看護者として女性が自信を持って育児が 行えるようになるために,実際的な育児の方法を伝え るだけでなく,母親自身の成長を認め,自己効力を高 め,母親が育児の中から自己を育てていくことが大切 であると考える。看護者は出産体験への思いを継続的 に語る機会を持つとともに,女性が育児を行うことの 中から自分自身で出産体験についても乗り越えていく 力を持っていることを認識し,退院後の継続的な支援 の必要性が示唆された。
4.研究の限界 本研究は緊急帝王切開で出産した女性の出産につい ての思いを明らかにするために,産後4か月までの期 間を縦断的に調査した。出産についての思いは母性意 識の発達と関係しており,これは出産前からの出産へ の期待や希望,また女性が育った環境や女性自身の母 親との関係,産まれた子供の健康や特性,社会環境に 大きく影響される。産後の育児で多忙な時期の面接で は,この部分を十分に調査することが出来なかったと 思われる。今後は女性の背景や子供の健康や特性にも 視点を広げて調査する必要があり,研究方法を研鑚し ていく。
Ⅴ.結 論
緊急帝王切開で出産した女性は,出産への自信や母 親としての自信を喪失し,出産を不本意に思う気持ち と児が無事であったことに安心する気持ちの間で揺ら いでいた。育児を行い子供や家族との関係を築く中か ら,産後4か月には緊急帝王切開であっても自分の出 産に他ならない体験であると出産への思いは変化し, さらに第3者に思いを語ることで出産体験の受容は促 進されていた。 謝 辞 産後のお忙しい時期にも関わらず本研究にご協力く ださいましたお母様方,協力施設の皆様,ご指導頂き ました山梨大学の先生方に,深く感謝申し上げます。 なお本研究は大学院修士論文を一部加筆・修正した ものである。また研究の要旨は第 11 回 ICM アジア大 会で発表した。 利益相反 論文内容に関し開示すべき利益相反の事項はない。 文 献 有本梨花,島田三恵子(2010).出産の満足度と母親の児 に対する愛着との関連.小児保健研究,69(6),749-755. Bandura, A.(1979)/原野広太郎監訳(2012).社会的学習 理論.pp.65-104,東京:金子書房.Beck, C.T. (2004). Post-traumatic stress disorder due to childbirth: the aftermath. Nursing Research, 53, 216-224. 藤井朝代,高木恵,元木千恵美(2007).バースレビュー による褥婦の出産体験の分析.香川労災病院雑誌, 13,41-44. 二川香里,長谷川ともみ(2014).母親役割の概念分析. 富山大学看護学会誌,14(1),1-11. 花沢成一(1992).母性心理学.pp.12-15,東京:医学書院. 東野妙子(2006).バースレビューの方法.ペリネイタル ケア,25(8),15-19.
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