―65― 書 評 ている「後発企業効果」の意味が不鮮明であるこ とである.すでに紹介したように,それは「当該 市場を活性化させ拡大させていく効果」とされて いるから,素直に読めば,後発企業が市場に与え る影響を「効果」として捉えることを意味すると 思われる.しかし,終章では後発企業の優位性と 劣位性について,優位性=メリットを如何に活か したのか,劣位性=デメリットを如何に克服した のかという視点が強調され,それらの積み重ねが 「後発企業効果」とされているようである.企業 が自らの経営資源の強みや経営環境から発見され る有利性を活かして挑戦的な企業行動をとること は,経営史研究のなかで重視される論点であろう. しかし,そうした企業行動は後発企業に限られた ことではないから,あえて「後発企業効果」とし て分離して論じるのは,後発企業がもつメリッ ト・デメリットが規定する企業行動が市場に与え る影響に独自の意味があるということなのだろ う.それは何であろうか.後発企業の誕生によっ て市場が活性化することは間違いないが,それを 「効果」として強調することの意味は何かの説明 は見出せない.著者が明らかにしたかったのは, 「効果」ではなく別のものではなかったのか. 〔文眞堂・2016 年・vii+272 頁〕 (武田晴人・東京大学名誉教授)
藤木剛康 著
『ポスト冷戦期アメリカの通商政策
―自由貿易論と公正貿易論をめぐる対立―』
第二次世界大戦後,アメリカは自由,無差別, 多角主義を理念とする GATT を中心とする自由 主義的国際経済秩序を構築してきた.だが,冷戦 後,通商政策の枠組みは大きく変容した.本書は, 「ポスト冷戦期アメリカの通商政策の形成過程を, 多国間主義に基づく新たな国際合意と貿易自由化 に向けた国内合意の相互作用のプロセスとして体 系的に分析したうえで,ポスト冷戦期におけるア メリカの国際的地位と通商政策との関係を再検討 すること」(3 頁)を課題とした本格的研究である. 本書は,序章で先行研究を詳細に検討した後に 独自の分析視角を提示している.それは,第一に, アメリカの通商覇権を,多国間主義を通じた新た な貿易ルールの追求という対外的側面と,国内政 治過程における理念的対立の相互作用のプロセス として統一的に分析することである.アメリカの 利益を諸外国との関係においていかに獲得する か,貿易自由化に対する国内合意をいかに調達す るかという二つの側面を統一的に把握する枠組み の構築が目指されているのである. 第二に,冷戦期には国内政治過程は経済的諸利 害の調整を中心に展開されていたが,ポスト冷戦 期には自由貿易論と公正貿易論という政策パラダ イムの理念的対立によって特徴づけられていると いう.ただし,全ての政策過程が理念的対立に規 定されているのではなく,「対中政策のように, 議会の立場や関心が細分化する一方で,包括的な 政策パラダイムが存在しない場合,行政府のリー ダーシップがより強く発揮され,伝統的な多元主 義的政策形成プロセスによってそれらの関心は漸 進的に調整される」(34 頁)という. 第三に,ポスト冷戦期におけるアメリカの通商 覇権は,環太平洋パートナーシップ協定(TPP) や環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP) などのメガ FTA による多国間合意の形成を主導 して貿易ルールを設定することに基づくという. 通商覇権を「普遍的な国際秩序の構想力と国際合 意の調達力」(34 頁)ととらえているのである. このような分析視角に基づき,本書は,第Ⅰ部 でクリントン政権,第Ⅱ部で G.W. ブッシュ政権, 第Ⅲ部でオバマ政権の通商政策を詳細に分析し, 終章でアメリカの通商覇権の行方について検討し ている.本書の最大の魅力は,各政権期の通商政 策をめぐる政策過程を膨大な量の先行研究や一次 資料を利用して解明している点にあり,その魅力 を限られた紙幅で再現するのは不可能である.そ の妙味は読者自身で味わっていただくこととし て,本稿では,まずは本書の特筆すべき点を数点 指摘したい. 第一に,本書の魅力はポスト冷戦期のアメリカ の通商政策の全体像を描いた点にある.特定の地 域や論点についてのみ検討するのでなく,アジア,―66― 歴 史 と 経 済 第 243 号(2019 年 4 月) ヨーロッパ,中東,中南米諸国との FTA 交渉に 目を配りつつ,通商政策全体の形成過程を包括的 に描いているのは類書にない特徴である. 第二に,一括交渉権限の獲得過程を詳細に描い ていることが本書の魅力である.合衆国憲法上通 商交渉権限を持つのは連邦議会だが,実際の交渉 を行うのは大統領を中心とする行政府である.一 括交渉権限付与をめぐる過程を丁寧に描き出すこ とで,アメリカの通商政策をめぐる政治の複雑さ が伝わってくる.安直な説明を排し,多様な主体 の思考や活動を詳述している点が,歴史に関心を 持つ読者にとって大きな魅力となっている. 第三に,政策過程の分析に際し,政党政治家の みならず,シンクタンクなどによって提示された 様々なアイディアに着目し,序章で紹介された先 行研究を踏まえながら詳細に説明されている点も 魅力である.序章と本論の両方を読むことによっ て,通商政策をめぐる様々な理論についても習熟 できる仕組みになっている.本書は,通商政策を めぐる理論に関心を持つ読者にも知的刺激を与え るであろう. このように本書は誠に啓発的な著作である.そ うであるが故に,以後の研究者は本書の議論を前 提にして,以下のような論点について探求する必 要があるだろう. 第一に,本書の魅力はアメリカの通商政策を自 由貿易論と公正貿易論をめぐる理念的対立という 軸を設定して鮮やかに分析したことにある.だが, 通商政策をめぐる政治は,依然として利害調整の 次元でも活発に展開されている.例えば,自由貿 易は理論上は国全体の富を増大させるが,その増 大分をどのように分配するかは大問題である.利 益を得る産業と不利益を被る産業の間での利害関 係の調整が課題となる.不利益を被る産業に対す る補填を行う必要があるならば,その調整コスト が自由化がもたらすメリットを上回る可能性もあ る.このような問題をめぐって,どのような利益 集団政治が展開されたのか,また各政権でどのよ うな検討がなされたのかについての考察が必要に なるだろう. 第二に,本書はとりわけ第 2 章で,通商政策を めぐるパラダイム間で活発な政策論争が行われ, 新たな政策アイディアや政策手段が作り出されて いると指摘し,合理的な「落とし所」を見つける 上でシンクタンクが大きな役割を果たしていると 指摘する.この点を明確に理論化するには,まず は,利害関係よりもアイディアが政策過程で有効 に機能するための条件を明らかにする必要があ る.また近年,アメリカのシンクタンクには,中 立的立場から政策提言を行う団体だけでなく,特 定のイデオロギー的立場を提唱するアドボカ シー・タンク,政治活動を行うアクション・タン クと呼ぶべき物もあるとも指摘されている.シン クタンクが活動するが故に,党派対立が激化して いる面もあるのである.このような状況で,シン クタンクが果たす役割をどのように位置づけるべ きか,検討が必要だろう. 第三に,通商政策をめぐる対外的側面と国内政 治の相互作用についてのさらなる理論化が必要と なる.本書は両者に十分な目配りをして論を展開 しているが,内政に関する記述が中心となってお り,対外面についてはアドホックに組み込んだよ うにも読めてしまう.内政と外交の相互作用のメ カニズムについて,理論的解明を説得的に行った 者は未だいない.この点の理論的精緻化が求めら れるだろう. 第四に,アメリカの通商覇権と自由貿易をめぐ る世論の位置づけについての検討が必要になる. 筆者は終章で,アメリカの通商覇権の回復は通商 交渉参加国でハイレベルな合意が形成できるか, そのような合意をアメリカが構想できるかにか かっていると指摘する.だが近年,アメリカの世 論は自由貿易に懐疑的になっており,アメリカは 先進国の中でも自由貿易に対する不満が最も強い 国となっている.このような世論の動向と,アメ リカの通商覇権の関係をどのように考えるべきだ ろうか.トランプ政権が通商覇権を放棄しようと しているように見えるのは,トランプの個性によ る一時的なものか,このような要因による構造的 なものか.この点についての検討が必要となるだ ろう. 第五に,自由貿易と政党政治の関係についての 考察が必要になる.従来,ビジネス界を支持母体 とする共和党が自由貿易を推進し,労働組合や環
―67― 書 評 境保護団体を支持母体とする民主党が自由貿易に 懐疑的だと指摘されてきた.そうであるが故に, 元は公正貿易論者だったオバマ大統領が TPP を 推進し,共和党のトランプが TPP からの離脱を 決めたことは驚きだと指摘されてきた.だが,終 章でも指摘されているように,近年では民主党支 持者の方が共和党支持者よりも自由貿易を支持し ている.これは二大政党の立場とその支持者の立 場にねじれがあり,共和党の連邦議会議員よりも トランプの方が共和党支持者の意向に沿っている ことを示唆している(本書では触れられていない が,ティーパーティ派も自由貿易に批判的であ る).共和党が自由貿易論,民主党が公正貿易論 を採るという傾向は,今後変わるのだろうか.そ れとも,トランプ(とティーパーティ派)は例外 であり,以後も共和党が自由貿易を推進して民主 党がそれに懐疑的な立場をとり続けるのだろう か.利益集団と世論が通商政策をめぐる政党政治 に及ぼす影響について,理論的に検討する必要が ある. 第六に,通商政策と社会政策の関係についての 考察も今後必要になるだろう.トランプ支持者で あるラストベルトの労働者は,自由貿易から不利 益を被ったと考えているため,政策的には貿易調 整支援(TAA)を支持してもよいはずである.ラ ストベルトの労働者を利する政策を重視している トランプも,再分配政策としての性格が強いため か,TAA には批判的である.だが,ラストベル トの労働者階級の支持獲得が共和党の勝利に不可 欠なのであれば,今後,共和党が TAA をはじめ とする社会政策に積極的になってもおかしくな い.共和党は社会政策に概して消極的だという傾 向は,通商政策をきっかけとして変わる可能性が あるのだろうか. 第七に,米中関係についての探求がさらに必要 になるだろう.本書が示しているように,アメリ カの二国間交渉は従来比較的経済規模の小さい国 との間でなされることが多かった.だが,中国に ついては規模が大きいこともあって,筆者が指摘 するように政策過程が複雑になり,伝統的な多元 主義的政策形成過程における漸進的調整を特徴と している.だが,アメリカによる交渉の事例が少 ないため,この特徴は,中国にのみ当てはまるの か,それとも一定の経済規模がある国に一般的に 当てはまるのかがわからない.事例が増大するの に伴ってこの点を理論的に解明することが必要に なるだろう. 詳細かつ緻密な分析によって,本書は通商政策 をはじめとする様々な問題についての知的探求に 読者を誘ってくれる.通商政策や国際覇権,経済 史に関心を持つ人は言うに及ばず,社会政策,政 策過程論,アメリカの政治経済の今後の展開など に関心を持つ人は,この名著を是非手に取ってい ただきたい. 〔ミネルヴァ書房・2017 年・vii+316 頁〕 (西山隆行・成蹊大学)