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パプア・ニューギニア高地の生活と栄養

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パプア・ニューギニア高地の生活と栄養

著者

小石 秀夫

雑誌名

南方海域調査研究報告=Occasional Papers

3

ページ

36-61

別言語のタイトル

Life and Nutrition of the Papua New Guinea

Highlanders

(2)

南方海域調企研究報告No.3(1984)「パプア・ニューギニアの生活と栄養」

3・パプア.ニューギニア高地の生活と栄養*

小石秀夫(大阪市立大学生活科学部食物学科)**

司会:それでは最後のお話しは,小石秀夫教授。小石先生は大阪市立大学生活科学部食物学科で栄養生理

の専門ですけれど,きょうは,「パプア・ニューギニア高地の生活と栄養」という演題です。よろしくお

願いします。それとなお,時間の方は十分にとらしていただきたいと思います。どうぞよろしく。

小石:ただいま御紹介蚊きました小石でございます。大塚先生のお話は海岸地方ですけれども,私はもっ

ぱら高地の方へ参っております。ことの起りは,中野先生がおっしゃいましたけども,パプア・ニューギ

ニアというのは1930何年かに高地にも人が住んでるっていうことが初めて判ったというぐらいの処ですが,

オーストラリアの栄養学者が,1940年以降相当這入りまして調査をした。その報告書が1947年に出ており

ます')けれども,蛋白質の摂取量が219,エネルギーは1600キロカロリーなんだと。にもかかわらず,山

のヒトたちは非常に元気に健康に走りまわっているというわけなんですね。ところが我々の栄養学の常識

からしますと,蛋白質219でそんなものやれるはずがない。それに対しましてヒプスレーなんかがいろい

ろ仮説をだしておりますが,一番最初,私が見た論文ではこれは調査が悪かったのと違うかと・・….。この

ヒトたちは山を歩いている時に,昆虫なんかを食べているというふうなことがあって,案外蛋白質を食べ

てるんではないかという素朴な疑問。それからもしも本当に蛋白が少ないとすれば,これは,普通蛋白質

は身体の中で尿素にまで分解されて,尿素になりましたらこれは利用できないってことで捨ててしまうわ

けですが,向こうのヒトたちは,その尿素が腸管の中に分泌された時に,腸内細菌がその尿素を利用して,

アンモニアに分解し,これを吸収する。そうすると可欠アミノ酸がつくれる。ところが可欠アミノ酸だけ

では蛋白質はつくれません。で,必須アミノ酸はどうするかという問題,これもやっぱり腸内細菌が必須

アミノ酸まで合成しているのではないかというふうな考え方2)。これは非常にあり得ることと思われるん

ですが,一番傑作と申しますか,これも論文に書いてあるんで,やっぱりそれを否定しなきゃならないん

で困るんですが,OoMENというヒトが1970年の論文3)で,ここのヒトたちは空中窒素を固定する菌を持っ

てるのとちがうかと。で,ニューギニアの山のヒトたちは,い歩いている豆〃だと,こういうふうな言い

方を書いているわけですね。で,そんなのを書かれますと非常に困るんですけれども,そこまで世界的に

ここの山の中のヒトたちはおかしい,何かがあると言われておりました。

私たちも実は以前から蛋白代謝のことをやっておりまして,私の恩師の吉村寿人教授が1973年から,ニ

ューギニアの高地はおもしろい,いつぺん調査してみようということで,ニューギニアはオーストラリア

の植民地だったんで,オーストラリアの政府にかけあわれたんですが,ニューギニアはオーストラリアの

栄養学者で足りてますということですか,日本人は入れてもらえなかったのです。それが独立しましてか

ら,1977年の4月に,初めて,これから5年間調査してもよろしいという許可がでました。そこでさっそ

くその年の7月に,さしあたって予備調査ということで私,それに産業医科・大学の白木啓三教授,熊本大

学の久保勝知助教授の3人で参りまして,ゴロカ(Goroka)の町で,そこの病院の付き添いのヒトたち

を相手に調査をしましたところが,確かに蛋白質の摂取量は少ないらしい。しかも非常に筋骨たくましい

ということがたしかめられました。文献にウレアの再利用の話があったので,その時15Nをラベルしまし

た尿素をそのヒト達に食べてもらいまして,尿や血液を集め,凍らせて持ってかえり,調べてみますと,

やっぱり,尿素を確かに利用していることが大体わかりました。これは面白いからまともに研究しようと *LifeandNutritionofthePapuaNewGuineaHighlanders. **HideoKOIsHI(LaboratoriesofFoodandNutrition,FacultyoftheScienceofLiving,OsakaCityUniversity) 36

(3)

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NEWBRITAIN グ ー 3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 栖 と 栄 錐

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いうことで,1978年,それから1980年,昨年の1982年と3回にわたり,毎│回'10名近い調査隊を作ってゴロ カ(Goroka)からさらに2時間ほどはいった山奥の方に参ったような次第です。図1にみられる通りポ ート・モレスビー(PortMoresby)は海岸にあり,この国の首都です。人口は約13万。ゴロカは高地で 一番大きな町です。ラエ(Lae)からマウント・ハーケン(MountHagen)まで国道があるんですが, これは簡易舗装で巾が降ったら泥まみれになって航車も動けないようになるらしいんですが,ゴロカはそ の中間にあります。私たちが参りましたのは,このゴロカからさらに2時間ほど車で行ったところの山奥 なんですが,そこの近くには,クル,神経がおかされる病気,これはヒトの肉を食べて伝染するビールス 性の病気ですが,これが地域的に非常に発生したオカパという村があります。オカパから大体1日ぐらい で 土 地 の ヒ ト は 歩 い て 来 る ら し い で す が , そ れ ほ ど の 距 離 で す の で , だ か ら 我 々 が 調 査 に は い っ て い る と こ ろ も お そ ら く ご く 最 近 ま で , ヒ ト の 肉 を 食 べ て い た ん で は な い か と , 思 う ん で す が , そ う い う 環 境 の と こ ろです。ゴロカまでは,ラエからは卓で参れますが,ポート・モレスビーからゴロカヘは道はありません。 で飛行機で,ジェット機で40分ですけれども,実際はタルエアという会社の飛行機ですと,8人乗り,助 手席も乗って9人,ぎちぎちの狭い危ない飛行機に乗って参ります。そうすると2時間ぐらいかかります が,ゴロカまで行きます。ここから私達の調在地,図lのベハ(Beha)というところですが,ジープで, 公立小学校の前まで行きます。ゴロカが標高1,600mぐらい,ベハは2,000mから1,600mの間に散在し ているという,そういう環境の所です。

図 1 パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 地 図 。

0 5 0 l 0 0 k m q l ‐ 1

(4)

38 「パプア・ニューギニアの生活と栄養一 図2は,ポート・モレスビーで,これは人口は13万ほどですが,日本の大使館なんかもあって,普通の

町です。エスカレーターのついた百貨店もあります.気温は30°C∼35°C位です。ゴロカは山の中ですか

ら,ここになりますと気温が日中は27∼28℃,30°Cをちょっときれる程度,早朝が13∼14℃ぐらい。標高

1,600mぐらいの,高地で一番大きい町で,人口1万ぐらいの所です。ここでは土地のヒトたちもそろそ ろ靴をはいております。裸足のヒトもいますけれども。

図3のようにショッピングセンターなどもあります。ここは現地の人はほとんど買物に来ません。結局

我々外国人が買う。オーストラリアのヒトや政府のお役人がお客です。大部分,肝心なところはオースト

ラリア人が顧問とか何とかいう形でいるんですが,そういうヒトたちがこういう所で物を買う。ゴロカに

は国立医学研究所があります。所長はDr、ALPERs。私達は医学研究所に面倒をみてもらって栄養調査のフ

ィールドとしてベハを捜しだしたり,いろいろ世話になったわけです。 土地のヒトたちには公設の市場(図4)がありまして,この中でゴロカの周囲だいたい50キロぐらいの 息騨馨一一一 図2ポート・モレスビー(PortMoresby)。 図3ゴロカ(Goroka)のショッピング.センター。

(5)

3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 活 と 栄 養 j9 所から自分のところでとれた物を持ってきて,ここで本来は物々交換をするわけです。一応値段はありま すが,ひと山何でも10トーヤと。10トーヤといいますと大体35∼36円です。何でも,それが1万円であっ

てもかまわないわけですが,このひと山とこのひと山が等価であるというぐらいのことで,ここで物々交

換。この国ではちょっと離れたらもう言葉が全然通じない。方言というのじやなくて単語も違うし,文法

も違うし,全く違います。で,こういう所に来ましたら,大体10種類以上の言葉がしゃべられてるはずな

んですが,お互いに,言葉のわかるヒトを捜して,ワントークと称するんですが,日本の県人会なんかよ

りもはるかに団結が強い。そういうふうな井戸端会議をしにくるという効用もあるという市場です。この

町の現地のヒトたちは,こういう所で用を足しております。 2 1 1 1

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800 600 000 750 図4ゴロカ(Goroka)の公設市場 Mt、MICHAEL(3,647m) MOKUAI BEHA小学校

=、台些二L三通

OTAI IVATI ASAROrv.(PURARIrv了一一一 図5ベハ(Beha)村烏鰍図。12の集落がある。標高はほぼ正確である。

(6)

40 「パプア・ニューギニアの生柄と栄養_I 私達の調査地はベハ(Beha)村にきめました。図5に概略を示しました。私達はゴロカから卓で,ル ファという所が途中にあるんですが,そこまでは比岐的道がいいんですけども,ベハ村はルファから先に あります。ここは人口が大体1,000人。標高2,000mぐらいの所に,ベハ小学校があります。それから, 1,500∼1,600mぐらいの所までに村落が散在していますが,隣の集落まで行こうと思ったら,道がある んかないんかよくわからない。登山靴をはいていないととても我々には行けません。一番近い所でも,20 ∼30分かかります。ここは端から端まで1日で行くのはとてもたいへんなそういう環境のところです。 道というのはもう大変でして,急坂のツヅラ折,私も運転免許をもっていますがとても運転できません。 四輪駆動の車でないと無理です。ルファからあとそういう道を走らなきゃならない。 図6のようにこういう所で,我々はこの車で右から来たのですが,橋の手前で皆降りて,先に渡って待 っています。イチ,ニィのサンで,まん中で止まったら落ちるから,ヒュッと渡るわけです。そのあげ〈, 図6ルファからベハ(Beha)への道。自動車は朽ちた橋を通過中で ある。 図7ルファからベハ(Beha)への道。崖崩れに難渋する自動車。

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3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア i 蔚 地 の 生 柄 と 栄 養 41 図7のようにこういう始末になります。

ベハ小学校まで車で行きまして,その前に単を拾てますと,図8は村の子供たちが小学校へ通うメイン

ストリートですが,ここを降')ないとその村にたどりつけない。土地のヒトは皆裸足で歩いているんです

が,我々は登山靴をはいていないととても行けません。手には車手をはめないと,もう身動きならないと

い う ふ う な 所 で す 。 図 8 学 童 の 通 学 路 。 図9は今さっき言いましたベハ村の中心にあるカ ルガルビー(Kalugaluvi)という所。ベハ全体では 人口1,000人ですけれども,ここは大体150人ぐら いの人'−1で,戸数が40戸ぐらいあります。この裏側, 写真の左側,ここに大体2,000坪ほどのちょっとし た台地,少し斜めになっていますけれども,台地が あります。 ここを借りまして,我々はプレハブを持って行っ て,基地を建てました。ヘリコプターで,ダーツと ここへ10トンほどの荷物を持ってきて我々自身で建 てたのです。我々は血液を集めたり,それから尿を 集めたり,で,それを日本へ持って帰る。そのため には凍らさなきゃなりません。ところが,もちろん 電気,水道,ガスは何もないわけで,プロパンガス の冷蔵庫を,今5台動いていますが,それで冷やす, 凍らす。電気の必要な,たとえば遠心器とか何とか いろんなものを,動かさなきゃなりません。これは ガソリンのジェネレイターで発電して,そういうふ うな研究棟をここにつくりました。 ベハ村全体の人口,これ,総勢が何名だったかち ょっと細かい数字は忘れましたが,大体千名だった 図9カルガルビー(Kalugaluvi)の全景。

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42 「パプア・ニューギニアの生活と栄養■

と思いますけども,年齢の分布をみますと,大体20才前後以下で全体の半分ぐらいということで,図10の

ようにピラミッドの形になる。先ほどご質問がありました,年齢をどうして決めたか。実はこれが一番問

題でして,私たちはルハに現地人で保健士といいますか,保健所に勤めているそういう現地人がいます。

この人は割合教育があって,なぜか昔からそこの家はクリスチャンであって,そのヒトは自分の年齢を正

確に知っておる。で,そのヒトを助手にしまして,あれはいくつぐらいかということを1人ずつ皆決めさ

せたわけです。あれはあの兄貴だからいくつぐらいとか何とかいうことで大体決める。実は1980年にこれ

年 齢 70 60 50 男 子 男 子 40 女 子 30 20 10 0 200 100 lOO 図10ベハ(Beha)村民の年齢分布(1980)。 図11石斧を持つ村長さん「 200 人

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3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 活 と 栄 養 43

を決めまして,今度'82年に参りまして,同じ村に行ったのですが,あらためて年齢を聞きますと,2年

間で五つ年をとってるというような子供も出てきたり,ちょっと混乱はありますけれども,まあ,大体そ

ういうことで見当をつけています。とにかく年齢を勘定する習慣はございません。この土地はもともと二

進法で,数をかぞえる習慣がほとんどなかったのです。年を聞くのは,「ハウマス・クリスマス?」何回

クリスマスがあったかということを聞くわけです。ところが,残念なことにキリスト教は1975年,独立と

同時にはいってきましたので,いい年をしたヒトに「ハウマス・クリスマス?_,なんて聞きますと,「五つ」

というわけで,これは困るんですが。まあ,結局正確にはわからないということなんですね。それでも,

とにかく推定でいきますと,こういうふうな年齢分布になります。

環境ですけれども,数十年前まで新石器時代そのままであったということなんですが,実は現在でも観

光用じゃなしに実用として石の斧が使われております(図11)。もちろん一方でスコップとか,それから,

山刀ですか,鉄器具もはいってはおりますけれども,やは')こういうふうな堅い石をどこか自分特有の採

石場を自分が秘密にして持っておりまして,その石でこういう斧を作ることも行なわれております。

高地には大体図12のような丸い家が普通です。これは古典的な家なんですが,ごらんのように入口にヒ

トが立っているんですけれども,入口が非常に狭い。窓がない。向うの家の屋根から煙がでていますけれ

ど,高地ですので,明け方,こないだ測った時に一番温度が下がりました時は9.Cまで下がりました。裸

で住んでいたらこれはとても寒いんですが,窓もない家の中,この中で焚火をします。我々が這入ったら 煙むつた〈て,とても大変なんですけれども,住民にしてみたらそれが非常に暖かなんですね。確かに焚 おき 火をしてその喚を置いておきますと,けつこう暖かくすごせる。で,明りはどうするか。やっぱり明りも その焚火の火です。そういうふうな環境で住んでおります。 丸いのは伝統的な家ですが,竹の皮のようなもの,あるいは草などを網代に編みまして,四角い家も建 てております(図13)。しかし,四角い家は風通しがよすぎまして夜とても寒い。ところがなぜか知りませ んが,政府はこの四角い家を勧めているようなんです。四角い家もこのごろ増えてきております。 図14は1978年の時の村長です。これは正装していますが,こういう服装のヒトたちがおるということです。 耕作ですが,焼畑農業がもちろん主流なんですけれども,図15にみられるように非常に特徴的な柵を作 っております。高地では豚が食料じゃなしに愛玩動物として非常に珍重され,大事にされておりまして, 鴬

満;

FJ I蔦

図12パプア・ニューギニア高地の民家。

(10)

1 4 ¥ブア・ニューギニアの生活と栄養_,

図13パプア・ニューギニアの民家で,比岐的新しいタイプ。この

タイプの家には高床式のものもある。 図14元村長一家。極楽鳥の羽毛で飾り立て ている,、 -f豚なんか場合によって,母親でお乳の余ったヒト が子豚に乳を飲ませているというふうなことも現在 でもみられます。それほど大事にしておる豚,その

豚が放し飼いになっておって,人間の方がわくの中

におるんですが,この豚に畑を荒らされないように

こういうふうな柵を作っております。しかし,それ

がしょっちゅう豚に壊されて,一晩で畑がみなやら

れてしまって,いろんなことがおこって裁判だとか,

おもしろいことがあるんですけども,この柵がテリ トリーを示すと同時に豚を防ぐのです。これはさつ

まいもの畑ですけれども,年中穫れるので,上の方

から収催してまた苗を植えてゆくのですが,だんだ んしまいまで使った頃にはまた上ができているとい

う,まあ何年も,3年ぐらいもつんですか,とにか

くこういうふうにいもがいつも畑につくられている

というふうな状況です。この畑で働くのはもっぱら 奥さんの仕事です。

農具は何もありません。図16は芋畑での仕事の様

子です。棒1本持ってこれでこつこつと畑の手入れ をやっています。男がおるじゃないかということで

すが,畑へ行く時には御主人の方も畑へついて行く。

何しに行くのかといいますと,敵が来た時に,奥さ

んを守るためについて行くという。何のことはない,

実は1955∼'56年頃から戦争・が厳重にオーストラリア

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パプア・ニューギニア,'‘,,!;地の生柄と栄養 45 図 1 5 パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の サ ツ マ イ モ 畑 。 図 1 6 サ ツ マ イ モ 畑 の 手 入 れ 。 の政府で禁じられたので,実際何もせんわけです。殺し今いなんてこの頃非常に減っていますが,そう称 して一緒に御主人もついて行きます。で,カメラを向けたらあわてて,ええかっこうをしておるだけのこ とで,実際は畑仕事はしておりません。木蔭で昼寝したり,たばこを喫った'),ぶらぶらしています。薪

を運んだり,それから蔵培をしたりとかいうのイもみんな女のヒトの仕事で,男のヒトは結局戦争をする,

家族を守るのが仕事なんだという。それ以外に何をするかと言えば,家を建てる。家を建てたらやっぱり 30年ぐらいもちます。次に何をするかというと,柵を作る。柵もいつぺん作りましたら当分もちますので, 要するに何もしない。 では何をしているかというと,朝からもう博打ばっかりやっております。

家具としては,ブリキ製品とか洗面器というようなものがぼつぼつ家の中にはいってきています。

ここのヒトは非常に不潔であるということがよく言われます。で,事実生まれて死ぬまでいつぺんも水

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46 「パプア・ニューギニアの生活と栄養一 図17水浴び、。

浴びをしない,風呂にはいらないというふうなヒトもいますけれども,とにかくパプアというのは,ちぢ

れ毛という意味だとか聞きましたんですが,髪の毛の中はもうノミだらけです。ノミがいっぱいおります。

我々が栄養調査をやるのに,家庭へはいりこんで子供と仲良くするというのがまず第一歩になるんですが,

仲良くしたとたんに身体中ノミをもらって研究室に,プレハブの家に持って帰ってくるということになり

ます。ノミというのも,これは余談ですけれど,面、いのは20代のヒトがよく食われます。我々はノミが

食うてくれません。シュラーフザックでごろ寝しているんですが,若いヒトたち,もうかたっぱしから食

われます。なぜそういうことになるのか,これは動物学かどなたかに教えていただかないといかんと思う

んですが,人間の皮膚呼吸,炭酸ガスの発生量が関係するんじゃないかとかいう話も聞きました。とにか

くノミがものすごくたくさんいる。

しかし,やっぱり清潔好きな家族は,川へ行って水浴びをするというふうなこともみられます。ただ川

へ行くのに,カルガルビーの村から川まで大体10分ぐらい歩かなきゃならない。乾季になりますと,30分

ぐらい歩いて遠い川まで浴びに行くわけです。ところが10分歩いてもですね,非常に険しい所を行きます

から,せっかく水浴びしても,帰ってくる時にまたどろどろになります。ただ現地のヒトは,土というも

のに対しては不潔感を持っていない。だからたとえば,いもかなんか焼いているんで,蛾おいしそう〃と言

いますと,Ⅶこれ食べて〃と噛りさしのいもをくれるんですが,この手がどろだらけですよね,で,その

どろだらけの指の型の付いたいもをがっと差し出されて,泥というのはどうも不潔ではないらしい。だか

らなるべくいもを食べているところには近寄らないようにしないと,やっぱりおいしそうに食べにゃいけ

ませんから,なかなか大変なんです。

さきほど豚を殺す時はどういう時かというお話がありましたけれども,年に一度非常に大きな豚のお祭

りがある。ただ私達のおりました高地の場合には,豚のお祭りをした後戦闘状態になるということはござ

いません,現在は。昔は知りませんけれども。で,やっぱり豚を殺す時には盛大に殺しまして,そして村

で殺した豚は自分のところでは食べないんです。隣近所,また遠い親しい部落の方へもこれを持っていく

のです。

しかし,先方の村でもやっぱり豚を殺し,これを呉れますから結局は同じことになります。年1度,7

∼8月頃は近くの村もあげてお祭りですが,豚を殺すのは,成人式とか結婚式など,ハレの日にも小規模

(13)

3.パプア・ニューギニア高地の生活と栄養 47 にみられます。

さて,こういう環境に住んでいるヒトビトはどんな体格か,またどんなものを実際に食べているのかを,

できるだけ定鎧的に調査しようというわけで,村長さんの協力を得て色々測りました。

ベハ村は柴藩が12に分れていますが,全人口は約1,000人でベハ語というのをしゃべっている一つの言

語族なんですが,私たちはこの1,000人の悉綿淵盗,全部の身体計測をやったわけです。男子女子ともに。

図18の上の白丸は日本の農村地帯の,新発田という新潟の近くの農村地帯の渦径の結果で,並べて書いて

みたんですが,ベハ族の方が男子も女了.もやや11テが低いということがいえるかと思います。

体重もやや低いんですが,男子で55キロぐらい,女子で、40キロか45キロぐらい。日本人よりはちょっと 低いので、すけれと.も,とにかく特にやせ細ってどうのこうのというふうなことは,これからはみられない。 やっぱり少し形が小さくなっているというふうな印象を‘受けました。

次に皮脂厚ですけれども,これは肩岬骨の下の皮脂厚とそれか.ら上腕の外側の皮脂厚を合計したもので,

上が日本人ですが,向こうのヒトは非常に皮下脂肪が少ない。筋肉だけという感じで,男子では日本人の

半分しかない。向こうの女のヒトは結婚する前はよく脂肪がたまってまるまるしておりますが,結婚した

とたんに非常にガリガリといいますか,皮下脂肪が全然なくなってしまって男子と同じように非常に筋骨 たくましいかつこうになっていく。こちらは日本人の約%になります。ただ,女のヒトの労働が先ほど申 しましたように,男に比べて非常に激しいわけで,そんなことがこういう成維に現われているのかもしれ ないというふうに思います。 次に血液性状ですが,血液も大体1,00()人のうち750人ぐらい採血いたしまして,ヘモグロビンなんかは

その場で,上卜色定鎧しております。ヘモグロビンをみてまいりますと,日本人が白丸で,現地人が黒丸で

すが,これでおもしろいのは,後ほど摂取栄養についてお話しますけれども,栄養が必ずしもいいとは思

えないのに,どうもヘモグロビンは日本人よりも,貧Ⅲの逆ですね,むしろ血液が非常に濃いと言えます。

つぎに血清蛋白濃度ですが,血清蛋白濃度も非常に高い。図は省略しましたが日本人に比べて高いという 成績が男子,女子ともにみられました。ここは高々1,500mぐらいの高度ですので,高地のための適応が おこっていると言えるかどうかというのは問題なんですけれども,ひょっとして血液が濃縮してるんでは ないかということで、,エヴァンスブルーを使って循環血液量を調べてみたんですが,循環血液量は日本人 も現地のヒトもほぼ同じという結果が得られました。つまり濃縮どころかむしろ日本人よ')も体重55キロ にしては多いというぐらいのデータで,濃縮ではなくてやっぱりそれだけの濃い蛍白質,濃いヘモグロビ ンの濃度を持っておる。絶対量も多いというふうなことが推定できたわけです。 実際に食事を調査すると,食事調査の方法その他もお話いたしますけれども,ここのヒト達はさつまい もが食事の主体になっております。で,それ以外に何を食べるかといいますと,野菜類。これは栽培して るのもありますし,それからコレクティングですか,採集もあI)ますが,ハガロとかクムとか要するに我 々からみたら青くさい雑草みたいなしろものです。 ピッピというのは非常においしい。丁度筒のような風味がある。しかしこれは非常に貴重な食料で,め ったに食卓にはでてきません。 それからベヘダというのはシダみたいなものですが,実際は3mぐらいの大水になります。で,このベ ヘダ,どんな料理にして食べるんかと聞いたら,これはヒトの肉と一緒に食べるのが一番おいしいけれど, この頃はヒトの肉は食べられないんで,祭りの時,豚と一緒に食べるというふうなことでした。 食事の食べ方ですけれども,丸い家も四角い家も,家の中で必ずあかりとりと暖房のために焚火をしま す。そして,この焚火で,芋などは焼芋にします。

で,焼きあがったら,図19のようなお箸を持ちまして灰の中に埋めてあったのを掘り出して,みんなで

囲炉裏をぐるりと囲んで食べるわけです。物を食べるのは,時間定めずで,お腹がすいたら食べるんです。

(14)

「パプア・ニューギニアの牛iiiTiと栄侭」 c m , 男 子 CmI 女 子

20 10 メミ8、 O L − − − − − − 102030405060 O L − − − − − −l O 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 身 長 3 0 4 0 5 0 6 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 皮 脂 厚 (肩岬骨下十上腕外側)

900000000k7654321

男 子

的、帥卵㈹鋤卯Ⅲ0

P$ 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 ' 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 体 重

g/d l6 15 14 13 12 0 、 、 40 48 30 ベ ハ 人 ヘ モ グ ロ ビ ン 図18身長,体重,皮下I棉肪厚およびヘモグロビン濃度。 0 lO20

女 子

d654320/1111l

g 4 0 5 0 6 C 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 − 年齢(歳) ベ ハ 人

(15)

3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 活 と 栄 養 49

灘 蕊 識 蝋 瀧 § 瀞 鞘 藍:§埋報 壇 #識

§蕊

敵 増 :糾悪

鴬 識 識 舛司齢

I騨鵜

§

:誼

図19焼き芋作り(調理中)〈 図20調理(水煮)。 図21調理(バナナの葉で包み,むし焼きにする)〈 沢山焼きすぎるといいますか,残りましたら,それを手にさげて,・博打をしに行ったり,あるいは女のヒ トの場合は袋に入れてそれを畑に持って行って,弁当代わりにします。 水が非常に不自由です。このヒトたちは塩も何もつけずに芋だけを水も何も飲まずにおいしいと言うて 食べます。我々はのどにつまってもう目を白黒するんですけれども,これはあのヒトたちの非常な好物と いうわけですが,水なしでいくらでも食べてます。

(16)

50 ペ ブ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア の 生 活 と 栄 養 ,

近頃は図20のような器もはいってきたんで,水煮にする場合もある。こういう場合には芋だけじゃなし

にカボチャとか,それから葉っぱとかを一緒に入れて水煮をするというふうな調理方法も見られました。

それからバナナの葉っぱにくるんで,蒸し焼きにするというふうな,図21は,ちょっと野外に行って畑仕

事なんかした時に手軽にできる料理方法で,やっぱり主としてさつまいもを食べます。もちろんお祭りの

時は先ほど申しました豚なんかを使います。 それから,晴れの御馳走というような場合には,マリタというパンダナスの赤い大きな実があるんです けれども,それが植物性の油を非常に含んでおりまして,油っ気のものを日頃非常に手に入れにくいとい

うこともあるんでしょうが,御馳走として好んで食べております。そういうようなものをこの中に一緒に

混ぜこみまして,そして蒸し焼きにするというふうなことも行なっております。

それからもう一つ,図22は半分晴れの料理,半分日常の料理なんですけれども,畑で材料を集めてきま

して,自分の畑の中にある竹薮,この竹薮は竹が族生しておりまして,向こうへ通りぬけられない,そう

図22調理(リリ料理)。 図23調理(ムームー料理で,石を焼いているところ)

(17)

3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 活 と 栄 養 51 い う 竹 薮 な ん で す が , 自 分 の 竹 欺 の 所 へ 行 き ま し て , 適 当 に 切 る わ け で す 。 で , こ の 写 真 で は ち ょ っ と わ かりにくいですが,一節ずつに切りまして,その中に食料をつめこんで,それを火の中にほうりこんで焚 火をします。そうすると,竹の香り,うま味が移ってしかもうまく蒸せるということで,これをリリ料理 というていましたが,竹筒料理。こういう料理法もあります。 それからいよいよ豚など殺した時,要するに晴れの料理という場合,これは数家族が一緒になりまして, 石蒸し料理をやります。で,石蒸し料理というのは,土地のヒトはムームー料理というていますが,まず 穴を掘りまして,そこに石と木をずっと互い遠いに組み合わせて積み上げ,図23のように,f「を焼きます。 2時間ぐらいすると石がとても熱くなりますが,この間,のんびりと石が焼き上がるのを待つんです。石 が 焼 き 上 が り ま す と , 図 2 4 の よ う に ま た 隣 り に 穴 を 掘 り ま し て こ の 熱 い 石 を こ ち ら へ 移 す わ け て 、 す が , 全 図 2 4 調 理 ( ム ー ム ー 料 理 で , 焼 け た 石 を 隣 り の 穴 に な ら べ て い る ところ)‘、 図25調理(ムームー料理で,焼けた石と食品を交互に積み重ねて いるところ)。

(18)

52 'パプア・ニューギニアの生活と栄養, 部同時に移すわけじゃなしに一並べ移しますと,その上にバナナの皮をひいて,その上に食料をのせて, そしてまたバナナをひいて,また石を移すというふうに,サンドイッチふうにずっと積み上げていくわけ です(図25)。 ずっと積み上げていきまして,この図のように,バナナの葉やそれからササみたいなものや,要するに そういう葉っぱと食料とそれに焼けた石を交互に積み上げていって,一番しまいにぐるりと図26のような かっこうにします。 それから土をかけまして,ばんばんたたきつけて,何といいますか,土鰻頭みたいなものを作り上げま す。で,図27のように,その上から,この竹筒の中には水がはいってるわけですが,これは川からとって きた貴重な水,その水を土鰻頭の上から中へ流しこむ。そうすると,こんどは水と灼熱した石とが合いま 図26調理(ムームー料理で,積み上げた食品,焼け石の外側を草 などで包んだところ)。 図27調理(ムームー料理の手順の最後で,水を注ぎ,蒸気を発生 させる)。

(19)

( ) 53 して,非常な高温の蒸気を発する。こうして大体2時間ぐらい蒸すわけですが,だから一番最初,石を焼 きだしてからこれができ上がるまで4時間ぐらいはかかることになります。10時ぐらいからかかってまあ 2時。ちょっとぐずぐずしてますと3時頃になります。これは1日仕事の料理ということになるわけです が,その間のんびりと,男の連中は博打などしてますし,女のヒトは編み物をした'),それからとうもろ こし等を持ってきてそれを焼石の残ったんでちょっと焼いたりというふうなことで時間をつぶしています。 私たちは食事調査を'78年と'80年に,これはマンツーマン形式で,朝何時に食事をするか全然見当がつ きませんので,とにかく朝5時半,6時頃に起きるということであれば,もうその時間にそこの家の前へ 行って待っているわけです。起きたよ,ということで,それで家の中に入れてもらってそれから,もう寝 るよ,という時までずっとついて歩きます。1キロ秤りを持って歩きまして,で,何か食べかけたらそれ を必ず前に測ります。全部測ります。そういうふうなことをして,’78年には成年男子18名,3日間追い かけました。ずっとついているわけですから,ついでに生活時間調査,要するに消費エネルギーを推定す る手がかりを得る調査も行ないました。’80年にはそれの追試というぐらいの意味で,同じく男子8名につ いてやったわけです。昨年の'82年にはそれを男子以外にも女子も5名についてやったんですが,これは まだデータがでておりません。測った結果,表1に1978年の8月と,1980年の11月,の成績を示しました。 表 1 摂 取 食 事 組 成 食 品 摂 取 量 (g/日) ( ) 日本* § N I 0 0 3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 活 と 栄 養 0 0 0 0 0

0 0 * 国 民 栄 養 調 査 * * 平 均 ± 標 準 偏 差 Ⅷ 類 穀 類 い も 及 び 澱 粉 類 砂 糖 此 び 甘 味 類 菓 子 類 油 脂 類 種 実 類 垂 類 魚 介 類 獣 鳥 肉 類 卵 頬 乳 類 野 菜 頻 : 緑 Z i r 色 果 実 頬 き の こ 類 藻 類 噌 好 飲 料 類 そ の 他 調 味 料 及 び 香 唾 料 類 △や ロ パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 1980年11月 71.丁84率* 1.480:!:397 18±3: 0.411 1±2

6り6233

.二士十一

$13

,今22 129±173 83升:84 45土69 1.士2 二.887=414 1978年8月 50±58 1↑]20上260 84±148 45当49 113 13±20 28.:55

105465

手一軍十一

494

342

ユ,456=325 1978年 8

68462600326282298

94121一○532649119

十一︲︾・︾・︾・一十.垣.一一’’’1士十‘胆︲︾箕十一士,|’|士十一

91−468283920081862

26121696416982

31111

焔」 L,419±

(20)

栄 養 素 摂 取 量 ( 1 , 人 1 日 当 り ) 54 8月,一番最初知りませんので,8月に行きましたところが,たまたま8月が年に一度のお祭りの季節で あったわけです。我々は日常の摂取食事を調べにきたのに年に一度の豚を食べる時では日常にならない。 これは何しにきたのかわからんということで,困ったんですが,仕様がないので,測ったのがこのデータ です(表1)。 ご ら ん の よ う に , 穀 類 , こ れ は ぼ つ ぼ つ お 米 な ど が 輸 入 さ れ て 店 頭 に あ る ん で す け れ ど も , ほ と ん ど 貨 幣というものが使われていませんので,これは余り買わない。で,やっぱりいもが非常に多いということ です。いもも95%までさつまいもです。ずっと見てまいりますと,油脂類がこの時459。非常に多い。こ れは何かということになりますが,実は豚を食べたわけです。ところが,豚を食べても,豚というのは豚 の肉というよりも脂ばっかりというふうなところを非常に好んで食べる。それで脂が非常に増えたわけで すね。それから,豆が少しはいってきてる。つぎに魚介類。この時には18名の3日間のデータの中に1人 か2人でしたか,サバ瀧を買って食べたヒトがあって,こういうふうにでてしまったということです。肉, この289は豚肉です。’80年に測りました時に,239の肉類がはいってますけれども,これはやはり生活の 中に町へ出て鶏の肉を買うてきたりというふうなことが少しずつ,はいってきたわけですが,どっちにし 表 2 摂 取 栄 養 素 量 「パプア・ニューギニアの生活と栄養」 12.7 33 * 国 民 栄 養 調 査 * * 平 均 ± 標 準 偏 差 エ ネ ル ギ ー (kca]〉 (kcal/kg) エネルギーーに尚める割合 糖 質 ( % ) 脂 質 ( % ) 蛋 凹 質 〈 % ) 脂 質 ( 9 ) 棚 質 ( 9 ) 識 維 ( 9 ) 蚤 r l 質 ( 9 ) 動 物 性 ( 9 ) 〈%) 体重1kg当り(g/kg) 蛋 向 価 カ ル シ ウ ム ( m g 〉 鉄 ( m g ) ビ タ ミ ン A ( I U ) j、ノ、ノ

ggg

mmm

/1J1/1 ・凸2

BBC

パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 1980年11月 2,814±514** 47.1 91.1 3.1 5.8 16.5±5.6 630±114 14.2±4.7 44.7=ユ2.7 8.6=7.2 19 0.75 62±6.6 508±151 14.7±3.4 1,666±1,458 2.52±0.67 0.92±0.26 48ユニユ28 1978年8月 2,390±540 40.4 78.1 16.8 5.2 44.6±30.4 467±103 8.5±2.3

士士9士

365±6ユ 10.7±1.9 617±697

85

3割一

・・4

009

L’一十一十一

028962

.︲3

1nU 日本* 1978年 2,706 69.1 18.2 54.7±20 326±81 86,5 42.6 50 562±187

062

.643

40.・

900

+・一+|+|・一・’

9396

命510

38喬・1●11

1 123±55

(21)

(平均±標準偏差) 3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 活 と 栄 養

ても卵とか牛乳とかいうものはありません。でまあ,野菜が多いということになります。きのこ類,海藻

類,勿論こんなものはありません。それから塩,調味料は事実上ゼロです。これも売店にいったら安くて

買えるんですけども,だれも買いません。この調査をした時に,1人か2人がちょっと塩を使ったという

ふうな状況がみられただけです。とにかく芋がべらぼうに多い。

つぎにこれの栄養素量ですが,表2にみられるように,その時の摂取エネルギー量,それからその他の

栄養素ですけれども,’78年はお祭りの時で,男の連中,ただでさえ働かないのが一層働かなかったせい

で,2,400キロカロリーしか食べていない。ところが1980年は11月で,お祭りを避けて行きましたので,

2,814キロカロリーのエネルギーを摂取しておった。このうちわけをみますと蛋白質が非常に少ない。日

本人では総カロリーに対する比率が12%から15%ぐらい食べた方がいいといわれておりますけれども,こ

の場合5%しかカロリー比で摂っていない。実際蛋白質は359とか45gとかの程度で,perkgにしますと,

'78年で0.59,’80年で0.69,それほどの程度しか摂っていない。動物性蛋白質が89とか'19,これは

豚肉が大きいんですが,絶対量は非常に少ない。蛋白の全体の量が少ないですから,パーセンテージにす

表 3 生 活 時 間 調 査 生 活 時 間 調 査 と エ ネ ル ギ ー 消 費 55 濡 動 の 内 容 立 位 を 含 む 眠 半 坐 位 計 生 理 的 播 動 睡 食 その他 小 弓欠作'; 作 業 歩 行 伐採,柵作り, コーヒーー栽培 農 作 誰 f 守 り 調 理 そ の 他 小 計 どI;) 自 由 娯 楽 ブラプラ歩き ハー =局 球あそび,水W¥び ト ラ ン プ お 祭 り ( う た と お 計 休 憩 そ の 他 小 計 合 1 9 8 0 雑 1 1 月 消 費 時間(分/I;) 581±40 47土21 17±12 Ⅲ

0354146

545戸。7149

+’十一‘|・’+’1|・二十一一一

5671617849644128

62

44±36 248.F133 ■、J FLも ︷0| ’ロ刈与ユ 二84±]10 27±38 507±76 1,440 エネルギ..(kcal/H) 626±80 74±36 32ナ25 732±116 472±168 304±270 』90±275 98±11ユ 2]±20 84士i57 :,169士47<〉 157土108 339±200 13二17 238=127 39±51 785±202 2,686上355 1 9 7 8 年 8 月 消 費 時間(分/閲〉 3﹃﹄34FD︻I8−04︽89

717444玉224−15

+’1.・手.’十一’’1|士十.|+|+’

607347ハリバ。282

73152,一・雪23

5︽、

179−t87 101−83 483ユエ08 7063 ●二十一 8641 O土2 648±124 1.440 エネルギ.(kcal/日)

53

868909

92921

+’十’一十一十一十一

264283041631

662.一

65夫87 50=82 47±94 18-f38 76±159 607.』・355 69]:工163 262±202 70±97 26±46 ] 上 3 1,051±247 2.32(>±420

(22)

56 Iパプア・ニューギニアの生活と栄養_」 ると'78年は33%とか,’80年で19%という数字になりますけれども,どっちにしてもlilij方非常に少ない。 我々は全部24時間,24時間といっても正確には寝ている│I寺にはデータ取りはできませんけれども,フォロ ーして実測した結果,やはり相当少ない。しかし,ヒップスレーの言うように21gというほどのことはな かったわけです。その他の栄養素というのは,割合皆揃っていまして,さつまいもでも先ほどありました

ように,1.2キロとか,1.4キロとかいうふうに大量摂取しますと,ビタミンとかミネラルとかの栄養素も

大部分芋から来てるわけですが,不足はしないんではないかと思われます。

先程生活時間調査もやったということを申しましたけれども,表3は1978年と1980年での成績です。'78

年はお祭I)でのんびり遊んでいた時ですが'80年は11月になって大分食料が足らなくなってくると,男も

何かしなきゃしょうがないということで,開墾,これは山を焼きましてその木の根っこを掘りおこす,こ

れは男の仕事の様ですけれども,この時にはそういう開墾の仕事を多少しておったんですが,時間をみま

すと,お祭りの時には大体179分を仕事に使うていたのが,’80年には288分と大体100分ほど,1時間半

ほど,よけい働いている。ただ働くといいましても,確かに畑で働くんでしょうけれども,そこの畑まで 行く山道をてくてく歩くということにずいぶん時間をかけている。とにかく遠い所,険しい山の向うに自 分の畑があったりして,そこまで行かなきゃならない。そんなことで,歩くのに相当時間が使われていま

す。しかし,お祭りの時には648分ぼやっと遊んでいるのが,’80年には507分ということで,お祭りの時

は遊びが10時間以上ですか。とにかく男のヒトはあんまり働かないということです。

次に消費カロリーですが,これは私達の測定した生活時間調査よ})ノーガンというヒトのデータを借り

て,計算したので,もちろん推定値になりますけれども,先ほど'78年は摂取エネルギーが2,400キロカロ

リーと言いましたけれど,消費キロカロリーとほぼバランスはとっておる。で,’80年も2,800キロカロリ

ーぐらい摂取したと申しましたけども,計算してみると2,700キロカロリーぐらいの消費をしておる。や

っぱりさつまいもがふんだんにあるわけですから,お腹がへったら食べるということで,エネルギーの必 要量はほぼカバーしてるんではないかというデータが得られております。

実際そんなに貧弱な栄養で,よくもうまく,ああいうりっぱな体格が維持できるなあということで,食

事調査と同時に尿や便を集めまして,それを全部日本へ持って帰って分析いたしましたところが,その時

18人の平均が359の蛋白質を1日に摂取しております。その結果,身体の中にどれだけ蓄積するかという ふうにみてまいりますと,ほぼプラス,マイナス0,ごくわずかの負の窒素出納のデータになっていまし た。しかしこれはもうごくごくわずかな量の負ですから,これなら大体足りてるんかなとも思われますが, perkgで0.59の蛋白摂取ではどうも少ない。そこで実際上向こうのヒトたちの身体がどういうふうに

なってるのかということで,いつぺんニューギニアのヒトたちに,米のごはんで蛋白質を,perkgで1.39。

大体日本人の近ごろの食事量と匹敵しますが,米だけじゃなしに,米と鶏卵の粉を持って行ったんですけ

れども,それにサバ確を使ってというふうに,なるべくピュリファイされた,日本でも通用する日本食,

米を主体としたごはんを,大体3週間ほど食べさしたわけです。それからそのうちの5名についてはその

ほぼ半量,この量は現地のヒトたちが向こうで食べてる芋食から摂取する蛋白の量とそう大きく変わらな

いというふうな値になります。これとほぼ匹敵する,しかし米を主体にしたごはんを,これも2週間食べ

さすということをして,窒素出納を調べました。で,同時に現地のヒトたちにスイートポテトを主体にし た,それから雑草も一諸に食べるわけですが,それで実験食できっちり量ったものを食べさした。ついで に,私と一緒に行ったのが災難だったのかもしれませんが,3人の日本人に,毎日いもを1.2キロ食べろ

ということで,2週間食べてもらったんですが,それで窒素出納を調べたわけです。

そういたしますと,日本人でも,perkgで0.59,0.6gぐらいの窒素の摂取,蛋白質の摂取量でいくと,

まあ,どうかこうか窒素出納は平衡を維持したのですが,調査の成績ではそう大きくプラスとかマイナス

とかと,とりたてていうほどのことはない。ただ非常におもしろいのは,ニューギニアのヒトたちに体重

(23)

3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 局 地 の 生 活 と 栄 養 57 1kg当りで1.29,1.39の蛋白質を食べさせて2週間,3週間つづけましても,まだ大きくプラスの窒素 出納を維持してるわけです。ずっとプラスで,溜まって,溜まってしょうがない。非常に溜まる。我々が 普通の食事を摂取していますと,食べた分だけ出ていって,窒素出納は蛋白のレベルを少しぐらい変えま しても,大体10日ないし遅くても2週間もたちますと,プラス,マイナス0になるんです。その新しい蛋 白レベルに適応するんですが,ここのヒトたちは全然変わらず。初めからずっと溜まりっぱなし。日頃あ んまり食べていない。それで維持しているわけですが,たまに食べられる時には必死になって溜めこむと いうふうなことがあるんではないかと考えられます。脂肪は身体に溜まりますけれど,蛋白が身体に溜ま るというふうな話はあんまり聞かないんですが,私達のデータからしますと,そういうふうな結果になっ ております。これは何故そういうことが起るのか。 念のために基礎代謝をダグラス・バッグを使い,我々の研究棟の近くにブッシュハウスを建てまして, そこに被験者を皆泊めたんですが,で,基礎代謝を量ってみました。日本人ですとこれはどんな食事を食 べましても,スイートポテト,要するにさつまいもだけ食べるとか何とかしましても,大体RQは0.88と か,0.82とか0.85とかいうふうな値になります。ところが,パプア・ニューギニアのヒトたちに,蛋白質 を非常にたくさん与える。この時の基礎代謝がカーボハイドレイトしか燃えていない。蛋白や脂肪の燃え 方が少い。日本人では蛋白の摂取量が低くなってきますと,その時のエネルギー摂取が少ない場合,蛋白 がエネルギー源に使われて,蛋白の燃焼が少し増えてくるというふうなことはありますけれども,パプア・ ニューギニアのヒトたち,これが1.39の蛋白を摂取しておっても,蛋白は燃焼せずにカーボハイドレイ トだけしか,だけというのは言い過ぎでしょうけれども,非常にRQが高い,0.98とか0.96とかいう値に 維持されているというふうなことがありまして,これはやはり体内での代謝の様子が大分違うんじゃない かというふうな印象を持ちました。 それでいよいよ15Nのウレアですが,これを実際に食べてもらいました。パプア.ニューギニアのヒトた ちに食べさして,これの尿の中に現われる量をみますと,与えた半分ぐらいしか尿の中に現われない。残 りは身体の中にたまってる。日本人が正常な食事を摂取しますと,九十数パーセント尿の中にでてきます。 ウレアは身体に全然と言ってもよいほどほとんど利用されない。尿に素通りで出てしまいます。ただ日本 人でも低蛋白を摂取しますと多少はウレアが再利用されてるということがうかがわれますが,ニューギニ アのヒトたちは,非常に身体の中にウレアが利用されている,たまりやすい。じゃ身体の中のどこに溜まっ ているのかということで,こんどは血液の中の蛋白部分に15Nがあれば,これは腸内細菌がどうしたとか何 とかというふうな話じゃなしに,経路はとにかくとしてウレアが蛋白になったという直接的な証明になる わけですが,先ほど申しましたように,パプア・ニューギニアのヒトたちにスイートポテトを食べさした, 蛋白質で0.549/k9,あるいは日本人にスイートポテトを食べさした,0.559/kgというふうな実験をい ろいろやったんですけれども,パプア・ニューギニアのヒトたちに何を食べさしましても,スイートポテト で0.5gであっても,それから主体が米で1.349の蛋白を与えましても,血液蛋白中に現れる15Nのレベ ルが皆高いところにいくんですね。というのは血液中にずいぶんたくさん蛋白がウレアから合成される。 1.359食べてもやはり合成される。日本人の場合は低蛋白の時,日本人のスイートポテト0.559という低 蛋白の時には日本人でもけつこうウレアが身体に利用される,蛋白質に合成されます。つまり日本人の場 合,米食であろうがさつまいも食であろうが,とにかく0.59/kgというふうに非常に蛋白量が低い場合 には,なるべく尿素を再利用して,身体から窒素のロスを防ぐというふうな適応がみられる。ところが日 本人が米で1.349食べますと,ほとんど利用されない。尿素は皆出ていってしまうわけです。十分に蛋白 はあるからいらん。ところが,ニューギニアのヒトが1.39の蛋白を食べますと,全然摂取蛋白のレベル に関係なしに,とにかくどんどんウレアを再利用するという体質になっているといいますか,あるいは腸 内細菌が関係してるとすれば,腸内細菌の菌叢がこういうふうに,尿素の窒素を再利用するようになって

(24)

58 3.「パプア・ニューギニアの生活と栄養」 おる。たまたまこれは昨年一例だけですけれども,スイートポテトの蛋白量0.279/kg,これは通常ここ のヒトたちが食べている蛋白,スイートポテトから入ってくる蛋白量のさらに半分量ですが,これを与え ますと,さすがに今度は蛋白を合成しようと思ってもその材料が食事からはいってきませんので,なかな か合成ができない。1.39や0.59/kgの蛋白レベルで血液中の蛋白にみられた15Nの量よりは低いところ にきたんですが。とにかく非常に尿素を活用するという能力が高まっているんではないかということがわ かりました。 その理由として,一番よく考えられるのが腸内細菌の菌叢がどうなっているんだろうかということで, 朝6時から7時までの間に糞をしてくれたら150円あげると言いましたら,わあ一つと30人ほど来てくれ ました。ところがそんなにうまくその時間に出るもんじゃないんで,たまたま'9人分だけ採集できました。 これをプラス4度以上にしたらだめ,0度以下で東らしたらだめ,という条件で大急ぎで山を走って登り まして,それからゴロカヘ出て,それから飛行機でポートモレスビー,それからシドニーまわりで成田へ 持って帰りまして,それからタクシーですぐに,今,東大におられる光岡先生のところへ運んで,見てい ただいているわけなんですが,人間の大便とは思えない非常におもしろい菌叢を持っているというお話を こないだ伺いました。まだ,はっきりした分析はすんでおりませんけれど,まあそういう状況であるとい うことでございます。色々と雑駁な話をいたしましたけれども,私の経験をちょっと述べさせていただき ました。ご参考までに。ありがとうございました。 参考(引用)文献 1)HIPsLEY,EH.&CLEMENTs,F、W,1947.R”伽Q/伽Mz(ノG"”αjⅧ伽0〃Bゆe〃伽.Dept、 ExtemalTerritory,Camberra, 2)HIpsLEY,E、H、,1975.ConcemingtheAdaptationofPapuaNewGuineanstoLow-protein Diets・Pmc.X肋彪γ"・Cb".M"γ:191. 3)OoMEN,HAP.C・’1970.1nterrelafionshipoftheHumanlntestinalFloraandProteinUtilization. PγOc.M‘〃SOC.,29:197. 引用文献以外の参考文献 1.小石秀夫,奥田豊子,梶原苗美,伊達ちぐさ,柳瀬恭子,1979,パプア・ニューギニア高地人の生態 (総説)。阪市大・生科紀,27:1. 2.小石秀夫,1981・パプア・ニューギニア高地における食生と生理。自然農法研究,P、457.京都。 質 疑 応 答 司会:どうもありがとうございました。いろいろおもしろい経験もお持ちだと思います。小石先生のお話 しに対しての御質問,あるいは御意見がございましたらどうぞ。時間は十分にとりたいと思います。 参加者C:腎不全時の必須アミノ酸療法として,最低0.59/kgまで摂取する蛋白質量を押えて,更に必 須アミノ酸を負荷する治療法がありますが,それは高エネルギー食と合わせて尿素の再利用を狙ったもの ですが,今のお話しですと,あちらの人と日本人とでは菌叢に違いがあるということですが,より効果的 な治療を行なうには腸内をあちらの人と同じような菌叢にした方がよいと理解してよいのでしょうか。 小石:あの’それが問題なんですけれども,食事によってですね,菌叢というものがそう簡単に変わるも のであるかどうか,このへんのところが私にはさっぱりわかりません。2週間ぐらいで菌叢が変わるんだ というふうな論文もありますし,これは非常に保守的なもので,食事をちょっとぐらい変えたってなかな

(25)

3 . パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ア 高 地 の 生 活 と 栄 養 59 か変わらないというふうな論文もあるようですので,私にはそのへんはよくわからないし,これを調べる には培養その他非常な技術がいりますから,光岡先生におまかせしようと思いまして,そちらへ持ってい っているような次第です。もしも変えた方が良いということになれば,変え方をくふうするとか,あるい はそういう菌をちゃんと培養しておいて,腸の中にうえつけてやるとか何とかというようなことがもしも あればですね。それはもう無菌動物みたいなことになってきて,そううまくいくかどうか知りませんけれ ども。これからの問題であろうと思います。 参加者T:あの’排便の量だとか,それから盲腸の中の物とかですね,そういった腸管のですね,構造な り,腸壁の現象なり,そういったものについてはどうでしょう。 小石:向こうでどの程度やってるのか知りませんですけれども,ゴロカの医学研究所の隣が国立の病院に なっておりまして,300床ぐらいあるのですけれども,そこの解剖のデータとか何とかいうのは私,積極 的にはそう調べておりませんので,腸の長さが長いかどうかというふうなことはよくわかりません。ただ 便の量ですが,日本人がさつまいもを向こうのヒトのまねをして1.2キロも1.3キロも食べますと,乾燥重 量が3倍ぐらいに増えるんで、す。ところが向こうのヒトたちは,日本人食,ライスを食べさせますと,た ちまち便秘するんです。で,しょうがないので,寒天を食べさせたりいろいろ苦労するわけなんです。便 秘するということは向こうのヒトたちに非常におそろしいことのようでして,それと噌好の問題もあるん でしょうけれども,せっかく米を食べさせてやった場合,これは買えば高いですから,向こうのヒトたち にしてみたら,非常な御馳走であることはわかるけれども,どうも物足らんと言うんです。この後に芋が あったら良いけれどもとこう言うわけですね。まあ,我々が西洋料理の後にお茶漬けが欲しいのと同じこ となのか,胃が非常に大きくなってるんだろうと思うんですけれど。 参加者T:まことに尾篭な話ですけどもね,排便の後にですね,あのその’ふくのにどういうものを使っ てるかということですけど。 小石:木の葉っぱなんかを使ってるようですよ。我々はもちろん便所も全部持っていって,作ってあるん です。で,糞を集めるっていうんで募集しますとね,30人ほどくるわけです。バットを渡してさあそこの 便所でしなさいて言いましても,便所でせんのです。それをかかえて皆ブッシュヘだ−つと走って行くん ですね。やっぱり西洋式,いやあれは日本式ですけれど,便所とゆうのは向こうのヒトにはなじめない。 やっぱりブッシュでというのが……。ブッシュには木の葉っぱがありますからね,そういうことだろうと 思うんで、す。 参加者K:便のサンプルは何歳位の人たちを対象としたのですか。それとも,子供から老人までに及んで いるのですか。それから男女共から取ったんですか。 小石:年齢層はだいたい22,23から40歳ぐらいまでの間です。で,男子と女子と。女子も今度採りました。 女子も全体の半分くらい。それで,やっぱり向こうのヒトたちも便をとるということには非常に恥ずかし がるわけですね。ま,しかし,私達はこのカルガルビーはこれで3回めで,そのたんびに2ケ月ほどおり ますもんで,カルガルビーの連中はもう便をとるとか,尿を集めるとかいうことに対しての抵抗も感じな いように訓練してあるわけなんです。また現実に便を集めてきたら,それを練ってオーブンで乾かして, とやってるわけで、すからね。カルガルビーのヒトは日頃から日本人は便をクックしとるとこう言うんです。 それを見てますからね,これは非常に大事な仕事をしているということもわかってくれてますので。大体 半数ぐらいは女子のを集められました。 参加者c:女性が働くということでしたけれども,平均寿命とかステイタスとか,それから死亡原因で目 立つのはどのようなものでしょうか。 小石:ええ,それは,さっき一番最初の年齢の問題なんですけれども,年齢は正確には決められません。 私らがみまして,これは45,46のおとしよりかと,思いましたら,28だとこう言うわけですね。結婚してか

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