19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2) : 「中央」銀行政策の形成と「地域」的経験
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(2) 78. (322). な流通手段』. 横浜経営研究. (a. more. manageable. circulating. 第Wq巻. 第4号(1998). の地域への影響力を拡大しイングランド銀行券. country)の独占を課題 として各支店を督励したから3), 「[地方]発券. の地方流通を拡充しようとする基本方針が奏功. 銀行,すなわちその勝手な行為をイングランド. 克服しなければならない障害が』大きかった9).. 銀行がおそれた競争者たちは,. とりわけ,この地方ではランカシャーと対照的. medium. throughout. the. [支店の開業か. するためには,. 『とくにバーミンガムの場合,. ら]ほとんど恩恵を受けていなかった」4)とい. に発券銀行が多く10),これらの地方発券銀行. われている.たとえば1826年8月に制定された. と,銀行券発行の集中を目指すイングランド銀. イングランド銀行の支店管理規定(第32条)に. 行当局とは,相互にライバル銀行として反摸し. よれば,発券銀行がイングランド銀行支店で振. た.たとえば,バンクは,上述した特定の例外. 出口座を利用したり手形を割引いたりできるの. 的な場合を除いて,支店が発券銀行のために口. は,彼等の発行した地方銀行券がイングランド. 座の開設や手形の割引を認めることを原則的に. 銀行支店に振込まれている場合に,これを償還. 禁止していた…同時にまた『預金残高がない. (究換)するためだけに限られていた.これ以. 限り地方銀行券を現金通貨として受け取ること. 外の用途で発券銀行が持ち込む手形を割引くこ. を禁止』した11)-し,発券銀行の側は『す. とを支店長は厳重に禁止されていたのである5).. べての銀行業者が[イングランド銀行]支店に もっている口座を解約する』ように運動を展開. 単一発券を目指して地方銀行,なかでも非発. 券地方銀行との取引(とくに手形[再]割引) を重視すべきことは,初代バーミンガム支店長. したりしたのである12). こうしたとげとげしい雰囲気に対して,ニコ. ジョージ・ニコルズも共有した基本原則だった.. ルズは発券銀行を一概に敵視し排除するのでは. 同支店は確かに製鉄業者や貿易商社から中小・. なく,むしろこれと積極的に対話し取引するこ. 零細な「町工場」まで比較的多数の一般商工業. とによって『友好』関係を醸成し『徐々に』発. 者を割引顧客とし,. 券放棄に誘導するのが現実的と考えた.非発券. 「地場産業の銀行」ともい. うべき特徴をもっていた.しかしニコルズは. 銀行の優遇はよいとしても,発券銀行を割引顧. (親展公 1934年9月,在任中最後の「半公信」 文)のなかで『支店に関するバンクの正しい政. 客から排除しようとする理事会の基本方針は,. 策は,できるかぎり銀行業界(Bankinglnter-. 策で,発券銀行が主流だったバーミンガム-ミ. est)全般との宥和につとめ,就中,非発券銀 行業者(Non-issuing Bankers)を最高度に奨励. 発券銀行がほとんどか-ランカシャー本位の■政. ドランズ地域にはそのままでは適用が難しいと いうのである.. することであり,この点でバーミンガム支店は. すでに確固とした成果をあげています』6)と自 負している. 『支店が直接に商業社会(Trading community)と取引するよりも,地方の銀行 業者を介して活動するほうが,公衆にとっても 親銀行[バンク本店]にとっても,より安全・ 確実・有利』7)である.. 『地域経済全般に対する. イングランド銀行の健全な影響』. 『間接的な影. (2)発券放棄への誘導 支店開業当初,発券銀行は支店での手形割引. や振出勘定(当座預金口座)の開設から閉め出 され,猫疑と敵意が渦を巻くなかで,ニコルズ 支店長はいたずらな『衝突を注意深く回避し』 つつ,. 『争点についての内々の意志疏通(confi-. dential. 響』を培養するために,ニコルズは『近隣諸銀. communication)』に努めた結果,地方 銀行家や『当地の有力者であるその友人や関係. 行との理解を深め関係を深めるべく終始極度に. 者』と『個人的な』信頼関係を築くことができ. 気を遣ってきた』8)というのである.. た13).支店は発券地方銀行を含むバーミンガム. しかし,地方銀行との取引をつうじてバンク. -ミドランド地域の銀行業者の『たまり場』. (a.
(3) 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2) kind. (関口 尚志). (323). (inducement)を提供する』ことが必要で,. centre)となり,支店長を交 えて率直な意見が交換されたという14).そう. 問題はバンクがいかなる利子率で割引こうとす. した対話をふまえて,支店長はまず,支店が. るかに掛かっている』と自己の見解を附記して. 『近隣銀行家の銀行券を現金通貨(cash)とし. いる18). of. common. け入れ』その定期的な決済の便宜を提供するこ. ガム株式銀行(Birmingham. とを本店に進言した15).. の打診に対し,ニコルズは『非発券,イングラ. 1830年1月から銀行当局が実施し. た「[イングランド]銀行券を流通させるため の割引口座」. (Account. for Circulation. 『全. (参1829年10月1日の創業を前にしたバーミン. て-あらかじめ預金を求めることなく-受. ところで,. 79. of Bank. Banking. Co.)から. ンド銀行券のみの流通』なら,額面50ポンド以. 上の優良商業手形に限って「3%勘定」を認め ることを決心して,この新しい制度の認可を本. Note)こそ,バーミンガム支店の「たまり場」. 店に申請した.しかし理事会の結論は開業に間. が生み出した最大の成果というべきであろ. に合わず,ニコルズは『厳密な職務範囲を逸. う16).この制度は非発券銀行を優遇する最低金. 脱』して総裁に信書を出し,. 利適用の手形割引口座であり,金属貨幣以外に. ム株式銀行のような組織が銀行券を発行して地. はイングランド銀行券のみで営業する非発券の. 方で流通させるようなことになれば,イングラ. 特約地方銀行に対して,バンクレートを1%下. ンド銀行券が地方銀行券に取って代わることは. 回る利率(通常3. 絶望的になりましょう.反対に,もし私が先般. olo)で一定限度額まで手形割 引を認めるものであった.営業書簡によると, ①1828年12月,ニコルズは半月以上にわたっ. 『もしバーミンガ. 提案したような原則で同行との協議が調えば, イングランド銀行券の当地での広範な流通に向. てダッドリの発券銀行デイクソン-ドールトン. けての極めて重要な一歩になるでしょう』と,. 商会(Dixon,. 早期の決断を促した19). Dalton. &. 銀行家と面談を重ね,. Co.)など管内の多数の 『彼等全員がイングラン. ④1830年1月,発券放棄・非発券銀行を優遇. ド銀行とその支店に接近したがって』おり,条 件次第では『彼等自身の銀行券を引上げてイン. する「3%口座」が制度化され,バーミンガム. グランド銀行券で代替する協定も締結可能であ. ついで,もともと銀行券を発行していなかった. ると確信』した.話題になった条件は『2-2. 銀行の割引勘定が優遇口座となり,また,あの. %%ないし2%%といった引下げられた利子率. デイクソン-ドールトン商会のような発券銀行. で[手形を]割引く』ことなどであった17).. が次々と発券を放棄して特恵口座の開設を認め. %での手. (彰翌1829年早々,上記の商会から2. 株式銀行が特約銀行の全国第1号となった20).. られた21).なかには,ウルヴァハムプトンのフ. 形割引を代償として発券を放棄しイングランド. ライヤー銀行(R.&W.F.Fryer)のように,. 銀行券を流通させたいという申し入れがあった.. ニコルズが反バンク派の『首魁』といわれた当. 同じ頃,バーミンガムの発券銀行アトウッドニ. 主と『しばしば話し合い』,ついに『イングラ. スプンナ-商会(Attwood. &. Spooner's. Co.)の 『地方銀行. スプンナ-が首相宛に書簡を送り,. ンド銀行に反対してきたのは間違いだったと得. 心させることに成功した』と自負するケースも. 券をイングランド銀行券に置き換える協約の締. 存在する22).こうしてバーミンガム地域は非. 結』が必要なことを『極めて強く勧告』した.. 発券銀行優遇政策が「とくに成功した」地域で. ニコルズはこれらを本店に報告し,同年4月に は, 『事態はいまや全く明瞭』で,バンクが単. あり,地方銀行の発券高が「つねに取るに足ら. ないものであった」リヴァプール-マンチェス. 一発券を目標とする以上『地方銀行を自己紙券. タ一地域についで,イングランド銀行券流通が. の流通から撤退させるだけの何らかの誘因. 広がる「第2の領域」へと変身した23).. 「優遇.
(4) 80. 横浜経営研究. (324). 第Ⅷ巻. 第4号(1998). 口座」発足の前年に18万ポンドだったバーミン. が大きいと強調してもいる27).しかし,ニコル. ガム支店銀行券の流通高は3-4年後. ズが支店長を辞職するにあたってしたためた親. (1832/33年)には40万ポンドを超えており24),. 展公文(1934年9月15日)では,. 「支店での割引便宜を賄賂にして地方銀行家に. り銀行業界全般との宥和につとめ』. 自己銀行券の発行を止めるように説得する」25). 部もしくは大部分が時と機会を待て徐々に着実. ニコルズ構想の効果を示している.. にわれわれの流通紙券の排他的使用にいたるこ. 反バンクの論調で知られた『銀行家回報』は,. 『できるかぎ 『彼等の全. とを期する』のがバンクの『唯一の』. 『正しい』. バーミンガム支店については,その企業戦略や 経営手法を『ニコルズ氏によって採用されたシ. 支店政策である(自分は『最初から常にこつこ. ステム』と呼んで高く評価していたが,それは. 『バンクの支店管理諸規則は私には常に,原則. この支店がバンク当局や他支店と異なって『ロ (Money Interest of ンドンの金融的利害』. としては完全だが細部ではやや問題がある. つと』その努力を続けてきた)と述べたあとで,. (perfectin. in. detail)よ うに思われました』と書き,したがって,支店 principle,and. nearly. so. (countryLondon)と対立する『地方的利害』 Interest)1の立場にたち,前述したように『地. 長たる者は本店の指示を『時には現実的に修正. 元の企業家的生産諸層(the. する』 「裁量権」を行使しなければならないと,. enterprising. and. classes)に口座を開いて』いたから だけではない.これまでみたように,ニコルズ. 控え目ながら,. が『[地場産業と密着した]既存銀行との友好. があったことを示唆している,28).. productive. 的な協力(a. freindly. にその点を含めて,. う問題についても本・支店間に意見の食い違い なかでも重要な争点となったのは発券銀行と. co-operation)をつうじ. て通貨コントロールを』実現しようとするまさ. 『銀行業界全般との宥和』とい. の取引(とくに手形[再]割引)であり,ニコ. 『賢明』で『即効がある』. 『正しいシステム』という評価が与えられてい. ルズが発券銀行を含む『あらゆる種類の近隣銀 行』29)との協調関係を求めたのに対して,バ. たのである26). ンク当局は割引便宜の供与を非発券の銀行に限. ところで,たしかにニコルズはその構想力を. ることを原則とした.一例として発券銀行アト. 発揮して非発券銀行優遇口座の導入をバンク当. ウッド商会(Attwood,Spooner. 局に承認させ,またそのメリットを啓発して多. るやり取りをみると-. くの地方銀行を発券放棄に誘導する努力を惜し. &. Co.)をめぐ. 1831年5月末の『土曜の晩にトマス・アトウ. まなかった.そうした経営構想力と経営努力に. ッド氏がかなりな量の手形を持って割引に訪. よって,抜群の営業実績(手形割引収入)をあ. れ』,バーミンガム支店長ニコルズは『きわめ. げつつ「徐々なる単一発券化」への確実な道筋. て長時間の興味深い議論ののち5000ポンドの手. を展望できたのであった.とくに1831/32年に. 形割引に合意し,なお緊急の場合にはアトウッ. は『銀行業を営む友人たち(our. Banking. ドがロンドン市場から資金を調達できるまで,. Friends)のあいだに自分・の銀行券よりもイン グランド銀行券を使用する仲間に入ろうとする.. 援することを伝達』した.その後も割引がくり. 気分が大きく成長しつつある』ことを『決定的. かえされ,. 傾向』 (adecided tendency)と楽観し,. 『当店. 二,三日のあいだ優良手形担保の融餐で彼を支 11月21日現在の割引残高は15,000ポ. ンドに達している.これに対してイングランド. の手形割引の全般的増大』は『私営銀行業者と. 銀行総裁は,翌22日,. われわれの関係が次第に拡充してきた』ことと. own. 『最近銀行券の発行をわれわれに任せるように. 割引便宜の供与が長期間継続しすぎている』と. なった株式銀行や個人銀行の活動』に負うこと. 考え,. 『自己の流通紙券(their. circulation)を使用する銀行業者たち-の 『今後こうした方法での援助は許されな.
(5) 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2) い』ことと,. 『こうした[発券]銀行はその流. (関口 尚志). (325). 81. もとで1833年からは発券銀行を再割引から原則. 通紙券を自分の資金で支えるべきである』こと. 的に排除した,と説明されている33).もっと. を指示している30).ニコルズは『アトウッド氏. も,細かくいえば,イングランド銀行理事会は,. は通貨間題についてははなはだしく常軌を逸し. 1828年10月に,ほぼ一年も棚晒しにしてきた支 店委員会の勧告をようやく審議・承認し, 『イ. た人物』だが,. 『政治的指導者として卓越』し,. とくに『当地では製造業諸階級のあいだでほと. ングランド銀行券以外にはいかなる紙券も発行. んど無限の影響力をもっている』いうかねてか. しない地方銀行家は,ロンドンの銀行家がイン. らの見方31)にくわえて,. グランド銀行に開設を許されていると同様な仕. 『アトウッド氏が日. 頃から自分は地方発券をイングランド銀行券に. 方で,支店において割引勘定[割引口座]や振. 置き換えることに断固として賛成であると述べ. 出勘定[当座預金口座]. ている』事実む子本店の注意を促した.現にこの. ingAccount)を開設することができる』こと. 一年間この間題で話し合いを続けており,その 間アトウッド銀行は発行高を『漸減』してもい. が正式に認められた34).反対解釈でいえば,栄. る.その結果,同行が「3%勘定」の認可を前. なる.また,これよりさき,. (Discount and. Draw-. 券銀行は口座の開設を認められなかったことに. 提に非発券銀行に転換することを決定し,一両. 1826年8月の支店 管理規程(第32条)によって,前述のように,. 日中にも正式に口座開設の申請書を提出するま. 『地方銀行家は,その銀行券(Notes)が[イン. でに漕ぎ着けたところだというのである.発券. グランド銀行支店に]振込まれた場合にこれを. 銀行に『手形割引の大きな便宜を供与し続け. 決済するために[のみ]支店に振出口座をもつ. た』結果『この地域の地方銀行のあいだには,. ことができ,また振込まれたその銀行券の金額. 全[金融]システムの自然な中心であり支柱で. を限度に[手形を]割引くことができる』が,. あるイングランド銀行と関係を深めたいという. 『その他の目的のために口座をもつことは一切. 強く大きな気分の盛り上がりが見られる』ので. 許されない』と定められていた.. あって,. 銀行家から受け取る手形がこの規程に反する目. 『銀行業会のこの感情を損なうことが. 『支店長は,. 果たして得策か』,本店の方々に伺いたい,と. 的で持ち込まれたと疑う理由がある場合,その. いうのがニコルズの本心なのであった. -申 請書は11月25日に提出されたが, 12月2日に取. 手形を割引いてはならない』と厳しく明示され. り下げられ,アトウッド商会は銀行券の発行を 継続する32). ている35).. こうして,支店開業当初のイングランド銀行 では地方発券銀行はライバルと見倣され,諸支. 以下,地方発券銀行との手形取引について, この前後の経緯と本・支店双方の言い分をやや. 立ち入って検討してみたい.. 店が提供する手形割引の「恩恵」から排除され ていた.ところが,. 1828年から1833年にかけて, 彼等も「緩和された規制」の一時期をはからず も享受することができた.というのは,. (3)対「発券銀行」割引業務と本・支店間 論争. 5ポン. ド未満の少額銀行券(1ポンドの地方銀行券な ど)が法律にもとづいて1829年5月5日をもっ. 通常,バンク当局は当初は明瞭な支店割引政. て回収されることになり,これにともないイン. 策をもたず,ロンドンで伝統的に形成されてき. グランド銀行理事会は1828年9月に前述の支店. た手形割引の営業規則を地方にもそのまま適用. 管理規程第32条を『停止』し,. してすませていたが,. 回収に必要なソヴリン金貨を調達するために』. 1830年頃から諸支店を国. ・民的金融政策の手段と位置づけ, 「銀行の銀行」 (abankers'bank)としての「明確な戦略」の. 『1ポンド券の. 地方銀行がイングランド銀行支店に『臨時振 出・割引口座』. (temporary. Drawing. and. Dis-.
(6) 82. 横浜経営研究. (326). 第WI巻. 第4号(1998). countAccounts)を開設することを認めたから であり36),しかもこの「暫定」措置が1834年. ではなく全地方発券銀行も発行高を拡大すべき. まで継続したからである.. 立する』ために,各支店はそのさいには発券地. ところで,. 1828年9月の理事会決定を受けて,. でない(縮小すべきである)という『原則を確 方銀行への割引残高の増大を拒絶すべきである. 1830年3月,停止中の規程第32条は『廃止』さ (generally) れ,代わって≪銀行家は『広く』. 一地方発券銀行は必要とする金やイングラン ド銀行券をロンドン市場で調達すべきである. 上記の「臨時口座」をイングランド銀行支店に. (これをバンク本店に振込むことによってのみ. 開設して,これを『支店に振込まれた彼等の地. バンク支店で資金を調達できる). 方銀行券(their. Promissory. Note)を決済する. -という内 容であっf=38).理事会はその審議を次々にも. ため』のほか.新たに『イングランド銀行券. ちこし,結局は無期延期としたので,総裁の構. (Bank Notes)や鋳貨(coins)の供給を得る目 的で』利用できる≫という条項が挿入された. 想は頓挫したかに思われた.しかし「総裁は支. (支店管理規程・改正第32条1項)37).このよ. 差し支えもなくすることができた.」39)パー. うな規程の表現のせいもあって,. 「臨時口座」. 店長に書簡を送ったり語りかけることはなんの. マーは翌年,その翌年と,最も信頼していた. は本来の目的である少額銀行券回収のための. バーミンガム支店長ニコルズにこの『銀行業の. 『一時的な』 (temporary)措置という限定を超. 健全な原則』を『こっそりと徐々に徐々に』40). えて,もっと一般的に『発券銀行のための手形. 実施すべきことを通達し,また『この原則に反. 割引』 (発券銀行がイングランド銀行支店で手. 対する意見が人々にかなりの影響をもっている. 形を再割引して『バンクノートや鋳貨を調達す. ことを総裁は熟知しているので,そうした意見. る』こと)に道を開いたものと「拡張解釈」さ. に反対するために貴下が影響力を行使すること. れ,広範に活用されたと思われる.. が望ましい』41)とも伝えている.これに対し. バーミンガム支店ではそうだった.この点を 検証する前に確認しておきたいのは, 19世紀第. て支店長はその忠実な実行は『深刻な恐慌(a. 2四半期が中央銀行政策形成史上決定的な転換. seriouscrisis)をひきおこす』と懸念を表明し たが,本店側は即座に,. 『一種の恐慌は不可避』. 期であり,またそれだけにイングランド銀行の. だが『自己の資本以上に取引し信用が堅くない. 政策の不安定さと試行錯誤の性格も目立ってい 『要求払い債務』 (銀行券プラス たことである.. 人々が資金の源泉を切断される』のは止むをえ ない,と切り返す42).. こうして論争は多面的に展開するが,ここで. 預金)に対する地金準備率を3分の1とした総 (1832年)にしても厳 裁「パーマーのルール」. は「オーバーローン」論争ともいうべき局面に. 格な規則ではなく,充分には守られなかった一. 論点をしぼって,いましばらく推移をたどって. 応の指針であり,とくにそれ以前ともなれば,. みよう.. 支店に対する本店の指示もー賞しなかった.支. 店の側では,そもそも伝達された営業方針が理 事会内部でどの程度の重みをもち,どの程度の. (4). 「オーバーローン」論争. ニコルズの支店は-パーマーの期待に反し. 寿命と拘束力をもつものかを,しばしば付度し. て一発券銀行との取引に積極的だった.銀行. てかからなければならなかった.. 首脳の度重なる苛立ちがそのことを物語ってい. 1830年11月4日,理事会は総裁パーマーの起 草と思われる-通の支店宛回書の草案を審議し. る.アトウッド商会-の多額で頻繁な手形割引. たが,それは,イングランド銀行から金が洗出. からの書簡が『総裁は,まことに,自己の流通. し為替が下落する状況のもとでは,バンクのみ. 紙券を使用する銀行業者たち-の割引便宜の供. について,上述したように,本店(支店局長).
(7) 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2). (327). (関口 尚志). 83. 与が長期間継続しすぎていると感じておられま. 「オーバーローン」の実態をこの時期の書簡論. す』と述べ,. 争に沿ってもう少し跡づけてみたいが,その前. 『こうした[発券]銀行はその流. 通紙券を自分の資金で支えるべきである』との. に,支店銀行の割引残高と発券および預金残高. 観点から『今後こうした方法での援助は許され. ならびに保有鋳貨の推移を図表を作成して確認. ない』ことを強く『指示』したのは1831年11月. しておこう.. だった43).しかし,その後もバンク当局はニ. 第1表および第1図(A)のように,. 『割引勘定に関する貴下の地方. コルズに対し,. 1829年. から32年にかけての数年間,バーミンガム支店. 管理(local government)の特殊性』として,. では手形割引残高が銀行券発行残高を大きく上. 『自己の紙券流通をしている銀行業者に対する. 貴支店の割引口座が依然として大きすぎる』こ. 回っている,これはその後の同支店の動向や, (D)に示した同時期の全支 また第1図(c). とに苦言を繰り返さないではではいられなかっ. 店合計,あるいはとくにマンチェスタ一支店の. た.彼等銀行業者はこの口座を『主に紙券流通. 場合と対照的で,明瞭に特徴的なパターンとい. の支え[支払準備]として使っている』のであ. うことができる.前述のように,この時期の. り,こうした『発券銀行業者,たとえばBar-. バーミンガム支店の営業成績は目覚ましく,そ. &. bar. Marshall,. Rufford. &. Co.,. Moillet,. 1829,. の手形割引額は,. 30,. 31年にリヴァプー. Attwood等々との割引は時たまの(occasional). ルやマンチェスタ-をも凌いで全支店中第一位,. ことでなければ承認できない』というのであ. 割引収入では,. る44).. 然首位を独走した.シェアは割引高で全支店合. そのさい,本店側は,バーミンガム支店で割. 28年から32年までの5年間,断. 計の3分の1,割引収入では4割前後に達して. 引残高が特に発券残高と比較して過大であり,. いた46).この間支店銀行券の発行も拡大したが,. そのギャップが大きすぎることを指摘して,こ の「オーバーローン」が発券銀行-の手形再割 表1バーミンガム支店の年間平均残高. 引に起因するという論理で執掬に追及した.栄. (£'ooo). 券銀行の場合,バーミンガム支店で入手したイ ングランド銀行券(支店券)は,地元企業-の 割引や貸付に用いられて地域で流通するのでは なく,その地方銀行券の支払準備として行内に. 午. 割引. 発券. 1827. 45. 70. 28. 97. 123. 預金 36 5. 鋳貨 29 44. 295. 169. 10. 102. 30. 276. 259. 144. 107. 31. 590. 3.52. 111. 102. 32. 512. 413. 98. 103. 33. 245. 402. 131. 119. 34. 288. 353. 96. 100. 35. 306. 328. 73. 36. 391. 368. 70. 37. 387. 432. 57. 141. 38. 313. 452. 65. 313. 39. 463. 499. 65. 123. 遇口座)での割引によって発行されたもので. 40. 466. 525. 48. 167. 『まさしく現実に地域に供給されているはずの. 41. 412. 558. 44. 118. 42. 386. 555. 61. 127. 43. 295. 665. 92. 135. 44. 191. 400. 121. 135. .29. 保有されたりバーミンガム支店に還流したりす るほか,. 『大量な金額がきまってロンドンに流. 入して,通貨の運動を撹乱する.』たとえば, 1832年2月21日の半公信は,同支店における当 日の手形割引残高66万9千ポンドに対して銀行 券発行残高は40万4千ポンドであり,そのうち 30万3千ポンドは『3%口座』. もの』だから,. (非発券銀行優. 『残りの約36万6千ポンドの割. 引については約10万ポンド[のイングランド銀 行支店券]が流通しているだけである.』45) やや判かりづらい部分が含まれているので,. -. 資料:. 96 95. Banks: Averages 【Bank of England】 Branch (Circulation,Deposits, Discounts, etc.)による,.
(8) 84. 横浜経常研究. (328). 826. 30. 35. 40. 45. 50. 55. 第Ⅷ巻. 第4号(1998). 60. 1 00 0. 1826. 30. 35. 40. 45. 50. 55. 826. 60. 30. 35. 40. 45. 国1支店別残高(年間平均) 資料:. Branch. Banks:. Deposits, Discounts,. Averages. (Circulation,. etc.)より作成・. 50. 55. 60.
(9) 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2). 割引業務(したがって収益資産の`M'カーブ). (関口. 地方銀行は,第1に,. がはるかに急速に上昇したから,割引残高が発. 尚志). (329) 「かなりな額の」イン. グランド銀行券を手元の支払準備金(till. 券残高を大幅に上回る-「中央銀行券」の地. money)として金庫に保有した.この頃地方銀. 方淀通が貸出の伸びほどは増加しない-とい. 行業者は発券残高の平均15%程度を「バンク. う,その意味での「オーバーローン」が生じて. ノートとコイン」で準備し,支店券の4分の1. いたのである47).. 前後が地方銀行の帳場にあったと推計されてい. さて,バンク当局は,上記の1832年2月21日. る.第2に,地方銀行は「バンク支店が近けれ. の半公信の趣旨が『全く』理解されていないと. ば」そこに準備金の一部を預金することができ. して,. た.どちらの場合にも,地方銀行を顧客とする. 23日,. 85. 25日と繰り返してニコルズ支店長. 宛に書簡を送っている.指摘した『貴支店割引. 割引サービスの提供は「地方で実際に流通して. 中25万ポンド[上記の数値から算出すると26万. いるバンクノート」のそれだけの拡大を意味す. 5千ポンド]については,割引で発行されたそ. るものではなく,かえって地方銀行券の拡張を. の金額のバンク支店券がいま現実にはロンドン. 基礎づける機能をもっていた.ところで,第3. 市場に存在する』ということが重要で,それは. に,地方銀行の流動性準備は当時,むしろ「主. 『発券銀行業者-の割引は地方的な紙券流通に. としてロンドンの銀行やビルブローカーのとこ. 必要な金貨や[支店]銀行券を彼等に調達させ. ろで割引が可能な手形の保有」というかたちで. るためのものに限られる』という『原則』に反. 確保されていた50).発券地方銀行は,ロンド. している.この『銀行業の健全な原則に照らし. ン宛手形に裏書きしたり自身でロンドン宛手形. ていえば,そのように[ロンドンに]保有され. を振出したりして自己銀行券の覚換にあて,そ. るバンクノートはロンドン市場で取得されるべ. の支払いのたゆにイングランド銀行支店券をロ. きものであって,勝手な要求に応えて貴店で創. ンドン代理店に送付したのである.あるいは,. 造されるべきものではない.』. むしろ,バーミンガム-ブラックカントリ地域. [傍点は原文では. アンダーライン.以下同様]こうしてバンク当. には優良手形が少なく,地方銀行が振出したり. 局は『彼等[地方発券銀行]の紙券流通を支え. 裏書きした手形でも『ロンドンでは売却可能で. るための貨幣を創造することと既に存在する貨 幣を[彼等が]ロンドンの市場で調達すること. ない(not marketable)』場合が稀でなかったか. との差異(the. たバンク支店券を直ちにロンドンに送付するこ. money. to. support. difference the. is already. between堅塁旦些. circulation,and in existence,from. obtaining. that. which. don. Market)に関する真の原則』を,支店長が. the. Lon-. 『熟考』するように強く要望した48).. 『支店の割引と支店の発券の間に存在すべき 緊密な連関』49)についてのバンク当局の執着 の論拠となったのはこの『真の原則』であり,. その背後には,発券地方銀行はバンク支店で手 形を再割引して手にしたイングランド支店銀行. ら51),発券地方銀行は手形を割引いて調達し. とが多かったと思われる.ちなみに,イングラ ンド銀行支店銀行券は要求しだい『当地[支 店]またはロンドン[本店]で』持参人に支払 われる約束手形の形式をとり52),本店でもイ. ングランド銀行券(本店券)や鋳貨と交換する ことができた.発券支店には5分の1の正貨準 備が『妥当』とされていが3). なお,地方銀行は賃金その他ローカルな支払. 券の多くをロンドンに送付している,という事. いを必要とする製造業者等には地方銀行券(お よび鋳貨)で割引いたが,遠隔地とのまとまっ. 実認識が存在した.具体的にどのような脈絡で. た金額の取引を主とする卸売商などに対しては. 支店銀行券の地方からの流出がみられたの. 「手形割引にさいしてバンク支店券かロンドン. か-. 宛手形を使う」例が多かっf=54).また,アト.
(10) 86. 横浜経営研究. (330). 第4号(1998). 第Ⅶ巻. ウッドのように,消費税をロンドンに払い込む. が割引いた手形から優良なものを厳選してロン. 資金を手当するために,バーミンガム支店に1 万ポンドの手形割引を要請した例もある55).. ドン市場で販売するという「公開市場操作」 (売りオペ)を実施する必要に迫られた.そし. このような銀行業者に対して割引によって供給. て,すでにみたように,バーミンガムでは『ロ. される支店券も,地元には留まらずにロンドン. ンドンで販売可能な』. へ流出した.. から,これがまた新たな係争の種となっf=58).. -1級手形は少なかった. とくに, 1831年11月に当局は各支店に『機密』. ともあれ,イングランド銀行の支店銀行券が 地方発券銀行の手でロンドンに流入し,そのた. (confidential)と特筆した通達をだし,支店が. め貨幣市場が混乱して金融調節の効果が減殺さ. 割引手形の品質に『最大可能な注意を』払うと. れていることを,バンク当局は警戒した.この. ともに,. 現象は発券銀行が多いバーミンガムで際立って. を,表にも裏にもスタンプせずに[ロンドン. いたが,そこに限られたことではない56). に]送付する』ように指示している.その理由. 1831年11月,カーデイフの発券銀行(Towgood. は『それらの手形の多くがイングランド銀行の. andCo.)からイングランド銀行スウォンジー 支店に割引口座開設の申請があり,スレッド. 裏書なしで市場で処分されることもありうるか. ニードル・ストリートから支店長に一つのコメ. 対しては,同月から翌年の1-2月にかけて,. ントが送達されたが,問題に対するバンク当局 の基本的な観点が示されているので,ここに引. ①手形『割引総量』の削減に努める.こと60), なかでも『限度枠超過割引』 (非発券銀行優遇. 用しておきたい.. 口座や一般顧客の正規の割引口座の開設者に口. ら』というのであa59).バーミンガム支店に. 座の限度枠を超えてなされる割引)および『口. 『支店で割引きたいという申請がもし単に彼. 等自身の銀行券(their. own. 『割引いた手形のきわめて大きな割合. circulation)の支. 座外割引』. (割引口座をもたない顧客に随時行. えにするためのものならば,認可できないこと. なわれたカウンターでの割引)に関しては選別. はもちろんです.この場合,取得された貨幣. を大幅に強化し『すべて市場で換金可能な手. [支店券]は地方での流通に使われるのではな. 形』に限ること61),また『依然として大きい. く即座にロンドン-転送され,彼等自身の銀行. 発券銀行への割引勘定』を削減すること62),. 券の支払いのために振り出されて期限がきたロ. 同時に,. ンドン払い手形の支払いに充当されるというの. せずに送付し,とくに枠外・口座外の割引手形. が明瞭に確認されている事実だからです.. は『ほとんど全てを市場に出すつもり』なので. TTこのためになされる支店の発券は,だから, 実質的にはロンドンでの発券(substantially. 『きわめて大きな割合を白地のままロンドンに a. ② 『従来より多くの』手形をスタンプ. 送付する』こと63),さらに,. ③各支店からの. Londonissue)となり,金に対する突然の需要. 手形の送付実績を基準にしてその『地域への公. にさいして支払わねばならないバンク[本店」. 正な割引枠を割当てる』方針であること64),. の債務をそれだけ拡大するのです.』-こう述. などが矢継早に伝えられた.. べて,当局はバンクの目的が『より管理可能な 流通手段を全国に及ぼすこと(a able. circulating. medium. throughout. more. manage-. the. coun-. try)』であることをあらためて強調する57). このように,ロンドンに流入したバンク支店. しかし,総裁は,バーミンガム支店の割引残 高を『減らそうとして[その手形の売却を]試 みたが,販売可能な手形の割合がごく取るに足 りない(very. insigni丘cant)のが実情で,その 目的の達成が妨げられている』と嘆かなければ. 券はバンク[本店」の資金ポジションの悪化に. ならなかった65).これに対して,支店長ニコ. つながるものだったから,本店はしばしば支店. ルズは,本店の指示で割引を引き締めたため割.
(11) (331). (関口 尚志). 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2). 87. 引残高は激減したが,その結果,地方銀行や製. 地には入ってきません.少なくとも同様な容易. 造業者の資金調達の源泉が枯渇し途絶しつつあ. さでは乗り入れてこないのです.だからこそ,. ると訴え,また優秀でもロンドンでは知名でな. 徐々に形成されつつあるイングランド銀行[支. いという「バーミンガム手形」の実情を指摘し. 店]との結び付きが重要な意味をもつので. て,バンクは「ロンドン市場での涜通性」とい. す.』66). う選別の尺度を改め,バーミンガム支店が,こ. ニコルズの姿勢は,彼自身の表現によれば. のさい,.ロンドンや他地方には頼れない地元の. 『私は支店の正規の顧客に大きな不都合を与え. 経済界との関係をむしろ強化できるように考慮. たり地域のビジネスを混乱させたりするような,. すべきだと主張した.. そうした抑圧的で不公平な行動をとらないです. 1832年2月下旬,ニコルズ 一例をあげると, は支店の割引残高が-か月少々で10万ポンドと. む限りで,実際上それ[バンクの指示]に従う ように努力するつもりです』67)というもので. いう『余りにも急激な減少』を示したと報告し,. あった.これに対して,すでにみたように,為. 以下のコメントを加えている.. 替の逆調に対処して手形割引の抑制(窓口規. 『この地域の私営銀行の業務は割引を基本と. 刺)と公開市場操作(手形の売りオペ)を実施. して成り立っています.製造業者は2-3ケ月. することを基本とした総裁は,ニコルズの営業. の手形で製品を販売しますが,雇人に支払い営. 方針を結局は「割引残高至上主義」であり,. 業を続けるにはこの手形を銀行業者のところで. 『地方割引口座に関する本来の諸原則』と『受. 現金に換えなければならないのです.この割引. 取手形の品質に関するバンクの厳格な諸規則』. の源泉が詰まったり完全に停止したりすれば,. に反するものとして厳重に警告した68).. 製造業者の営業は即座に麻痔し,悲惨と窮乏に. この場合,ニコルズが特に強調したのは,地. 見舞われます.この割引の多くは地方的な取引. 方銀行に対する再割引の削減には『時間と慎重. で,またそうなるのが当然です.というのも,. な注意』が必要なことで,それは地方銀行の割. 大部分の手形はロンドン市場では全く現金に換. 引顧客の『大部分は小規模商工業者層(the. えられない(unconvertible)からです.だから. smaller. こそ,当地の[銀行券]流通(circulation)を ロンドンで販売可能な手形(papers. converti-. ble in. London)を尺度に規制することは困難で (Local す.実際,この地方の流通[銀行券】 circulation)はそうした[ロンドンで販売可能 な]手形[の割引]で発行されているのではな. descriptlOn. Manufacturers. Of. Traders)』であり, 彼等はすぐによそへ行って割引を受けることな どありえない.』69)この商工業者層,なかでも 『小規模製造業者層はそう富裕ではないが,勤. 勉で高度に有用な社会層(industrious highly. useful. description. of. 当地の手形が『ロンドン市場では快く迎えられ. ない,地域の普通の取引上の手形(common. ない』が『王国のどの商工業地域の手形にも劣. Bills of the. District) [の割引]で発行さ. れているのです.』. 『私はロンドンで容易に販売できる手形をお. and. men)』70)であり,. く,ロンドンのブローカーが一般に見向きもし. Trade. and. 『分かり切ったことだが,. らない』と『確信』できるのも,この優秀で堅. 実な地場産業の存在に負っている71).〟 支店はいま,この中小企業およびその手形を. 送りするオプションがあればと心から願うので. 割引く地方銀行との『結び付き』を重視すべき. すが,それが支店に持ち込まれることは滅多に. であるという,このバーミンガムの主張に対し. ありません.この地域のビジネスはそれを要請. て,ロンドンの反応は迅速で明快だった.ニコ. する性格ではないのです.したがって他の大商. ルズを逆手にとり,小企業が相手だからこそ取. 業地城には容易に流入するロンドンの資本は当. 引を縮小せよ,というのである.. 『小規模製造.
(12) 横浜経営研究. (332). 88. 第調巻. 第4号(1998). [%]. 業者層が蒙るであろう被害についての貴下の観. その他の全ての金額については8分の1. 察は総裁の見解と正確に一致しており,実際ま. の手数料を支払わなければならない』という条 項を実施することを決定して各支店に通達し. た,そこにこそ,引締が必要なときに,コント. た75).. ロールできないまでに営業規模を拡張する地方. 銀行を支援するのは不適切であるという総裁が. これは,一見,割引口座の自由な利用を一. 表明した判断の,完全な鍵があるのです.』こ. 割引利率に手数料を上乗せして一承認したか. う述べて本店は,発券銀行-の割引の縮小がバ. のようであるが,そうではない.銀行当局の補. ンクの重要な方針であることを確認し,そのう. 足的な説明によれば,地方発券銀行業者が新し. えで,ただ,. い規則の① [『自分の銀行券を尭換するために バンク支店の振出口座に入金する』] 『以外の目. 『総裁は突然の,気紛れにみえる. 行動は嫌われるので,貴下が総裁の意図を,こ. 的で』 [つまり②イングランド銀行支店券や鋳. っそりと徐々に徐々に(silently and verygradually)達成すれば満足である』と付け加え. 貨を調達するために]バンク支店で割引くには,. た72).. 『まずもって通常の割引口座[正規の割引口座. -か月余ののち,. 1832年3月末日,ニコルズ. (Regular Discount. Account)]の申請を支店を. は『総裁の真意を付度して割引削減に努力した. とおして正式に理事会に提出』しなければなら. 結果』支店の割引残高は『一貫してまたかなり. なかった76).その含意は『貴支店に振込まれ. 急速に』縮小したことを報告した73)!総裁は. る地方銀行券を究換するに必要な以上に発券銀. 折返して『貴支店の割引が最近の不況と為替の. 行に対して割引く』のは『正常でなく』. 逆調の期間に減少した』ことを『満足して注目. さす』べき行為だということであり77),だか. する』旨伝達した74).. ら端的に『いかなる場合にも麻認されることは. 『水を. ないであろう』というのである78).. 1834年以降の新政策は, 29年に始まった「緩 和された規制」以前の姿勢に戻ろうとするもの. (5)対「発券銀行」業務の撤収 本来は小額銀行券回収のための「暫定」措置 として導入された『臨時振出・割引口座』. で,本店の指令ですでに急激な手形割引の削減. (temporary. を余儀なくされてきたニコルズにとって厳しい. Drawing. and. Discount. Accounts). が実際にはしばしば「拡大解釈」され,地方発. 追い討ちであった.通達を受けたニコルズは,. 券銀行がイングランド銀行支店で手形を再割引. とくにそれが『正規の割引口座を申請しようと. する隠れ蓑となり,このため本・支店間の紛争. する者を含めて全ての発券銀行業者を』排斥す. が経えなかったことは上述のとおりである.こ. る方針である点を『遺憾』とし,それが『この. れに対してバンク理事会は,. 1833年12月,. 「臨. 地域では[銀行と一般顧客との]差別の復活と. 時口座」本来の目的は『完全に達成された』と. して全銀行業界から抗議されるのは確実です』. して支店管理規程第32条1項を廃止し,これに. と本店に書き送った79).その場合,彼は,同. 代えて,. 『(自己の銀行券 1834年2月からは, (Notes)を発行している銀行業者はイングラン. 時に争点となっていた「非発券銀行優遇口座」. ド銀行支店(theBranchBank)に振出・割引. 首脳との対立は『原則』. 問題をめぐってもそうだったが,自分とバンク. (principle)というよ. Discounting 口座(Drawing and Accounts)を 開設し』, ① 『その口座を,支店に払い込まれ. り『手法』 (practice)の相違であり,銀行業者 との友好『関係』 (Connexion)を増し支店経営. た自行発行の銀行券(their. の『業績』.(Ef丘ciency)を保ちつつ『穏健に』 (easily)原則を実現していくのか,関係や業績. issory. circulating. prom-. Notes)を請け出すために手数料なしで (参『この口座から振出される. 利用できる』が,. を損ねても『性急に』. (suddenly) 『杓子定規.
(13) 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2). Theory. and. wrong. (333). 89. 行のために割引くことはできませんが,それは,. に』 (rigidly)突き進むのがo)一当局の指 示は『理論は正しいが実際的でない』. (関口 尚志). (right. Practice)81)ように思えるが,. 本店の考えを伺いたい-といった論法を得意 とした.. 貴行が当行に地方での割引によって当行の銀行. 券の発行を増加するように要請されるのは,き まって為替が不利な状態の時にあたっており, その時に当行は,現にロンドンで引締の措置を. しかし,そのニコルズも,外部からの質問に 答えたり顧客に口座の閉鎖や割引の縮小を通知 するときには,バンク当局の「手法」を釈明す. 講じているからです.実際,一方で引締め他方 で拡張することはできません.』82) このようにニコルズは為替の動向によってバ. るようなことはほとんどなく,支店長としてバ. ンクの割引と発券を調整する必要を『原則』と. ンクの「原則」を簡潔に説明した.好例として,. して承認し,それがロンドンだけではなく地方. 1834年3月,バーミンガム支店で進行中の営業. においても有効な金融調節の-ルールであるこ. 上の事態について,保守党の政治家ロバート・. とを否定しなかった.しかしそれは彼の一面で. ピールの質疑に答えたニコルズの書簡の一部を. あった.すでにみたように,ニコルズはこの地. 引用したい.とくに,発券銀行に対して割引業. 域の特殊性,とくに多数の発券銀行,強敵な地. 務の撤収を説明する「断り状」のビジネスライ. 場産業,ロンドンには出回らない「バーミンガ. クな在り様を推察させて,興味深い.. ム手形」などの存在を強調し,ロンドン[-マ. 『謹啓. 支店銀行の一般業務に関する営業姿. 勢や公衆が負担する金利には,何の変化もあり. ンチェスタ-]だけがイギリスではないと激し くバンク当局と対立した.後段で詳述するが,. ません,唯一の変化は自分の銀行券を発行して. ロンドンでは為替相場で発券量を調節する『大. いる地方銀行についてです.当支店は今後,租. 英帝国の支配的大原則』が守られるべきだとし. 税としてまたは当支店の顧客によって当支店の. ても!. カウンターに払い込まれる彼等自身の銀行券の. 需に根ざした健全な手形こそ『最良の地方的. 請け出しに充てられるものを除いて,それらの. [調節」手段である,こう説いて彼は『帝国』. 銀行業者に割引を行ないません.当支店はロン. 的『発券銀行』の原理と『地域』的『割引銀. 『地域的観点からだけいえば』地域の実. ドンから請求される信用の支払いのために彼等. 行』の立場とを対置して,両者の双務的調整の. 地方銀行業者が引き出す金またはイングランド. なかに中央銀行政策の在るべき姿を求めようと. 銀行券について8分の1. %の手数料を徴します.. していたように思われる.この点はなお後考に. 1ポンド銀行券 -地方銀行-の割引の中止は, を金貨に換えるにさいして地方銀行を援助する. まつとして,ここであらためて指摘したいのは,. ために1829年に改訂された,それ以前の当初の. 容し,割引の拒絶を顧客である発券銀行にため. やり方にバンクとその諸支店が復帰することを. らいなく宣告したニコルズが,ほとんど同じ時. 意味するに過ぎません.. に,. [1ポンド券の交換と. ピール宛の書簡では「パーマーのルール」を受. 『発券銀行に関する最近の規制が』. 『われわ. いう]その目的が達成されたので,バンクはい. れの友人』であり『われわれの営業でほとんど. ま,提供されてきた諸業務を撤収し,発券銀行. 最大の利益をもたらすものになっていた』地方. 全般に対してこういいます.. 銀行業者を支店から『奪い取ってしまった』と,. 貴殿は今後,貴行自身の銀行券の支払準備を. 強くバンク当局を批判している事実である83).. [当支店での割引によってではなく]貴行自身. 対「発券銀行」業務に関するニコルズの基本. の資金で調えなければなりませんが,それは,. 戦略は,繰り返すまでもなく,取引を深めて信. 当行が当行の銀行券を自分で支えなければなら. 頼関係を醸成し,支店の営業成績も引上げつつ,. ないのと同じです.当行はもはやこの目的で貴. 徐々に銀行券発行の放棄へと誘導するというも.
(14) 90. (334). のであった.. 横浜経営研究. 第4号(1998). な視座を中央銀行政策形成史に提示しているこ. 1834年9月15日,辞任の当日にニ. とは,ほぼ明らかと思われる.. コルズがイングランド銀行支店局長エルゼイ 良. EIsey)宛てに書いた親展の「職務的遺 (∫. 言」84)でも,彼は当然この点を力説した.. 第Ⅷ巻. ちなみに,バーミンガム支店の手形割引は割 『私. 引額,割引収入とも1831年をピークに激落に転. は当初から常にこつこつと精励して,地域の民. じ,割引額では翌年,割引収入では翌々年,育. 間銀行業界の人々との交際を深め,徐々に一人. 位をリヴァプールに奪われた[前稿(2)第4. また一人,時間と機会の助けを借りて,彼等の. 図,第5図,第1表】.バーミンガム支店の割引. 全てなり大部分が専ら我が[イングランド]銀. 残高は33年には31年の4割になり,この間発券. 行券のみを使用するようになるよう心掛けてき. 残高は1割以上増加したから,割引が発券を超. ました.宥和によってのみ望ましい結果が達成. 過する意味での「オーバーローン」はこの年を. されると信じていたからです.』そして支店長. もって基本的に解消した[本稿第1表].. は『原則の面でも現実の成果の面でも最後の結 果が重要』という観点から, そうしたものだが』. 『われわれは良く. 『金融引締の時期にも彼等. [銀行家]への割引は継続する』など,. 「徐々な. なお,イングランド銀行券の流通残高は1842. 年まで減少の趨勢にあり,民間銀行券のそれは 株式銀行の指頭もあって1841年まで横這で推移. している[前稿(2)第5表].単一発行制度. る単一発券化」のためには中央銀行の原則を一. への歩みが本格化するのはピール銀行法の成立. 時犠牲にすることも『正当づけられる』と論じ. (1844年)前後以降といってよい.. ている.顧客銀行間の競争をあおって発券枚棄. ところで,このピール銀行法によってバンク. の協定をとりつけるなど,微妙な戟術も指南さ. 支店は銀行部に組み入れられ,支店長の裁量に. れている,. よって『より自由に』積極的な手形割引業務を. こうした柔軟な構想からみると,発券銀行を. 展開できることになった.. 1847年には『これか. 敵視し排除しがちなバンクの政策はニコルズに. らは銀行業者である顧客に対しても商工業者で. とって意に満たないことが多かった.ともあれ,. ある顧客に対しても-より大きな自由度をもっ. 彼の経営構想と営業努力によることもあって,. て割引くことが貴下の裁量の範囲となる』とい. バーミンガム支店の当初の経営実績は他支店に 比して抜群だった.そのことは手形割引業務. う通達が各支店長に出されている85).バンク の割引業務規程が改訂され,. (バンキング・サイド)についてすでに点検し. きがある手形の割引の禁止は撤回』された86).. た.一方,バンクノートの流通の拡大や金融政. 『ロンドンのブローカーが良い顔をしない当地. 策の有効な浸透という側面(モネタリ・サイ. の小額な商業手形に特別に適用』するために,. ド)ではどのように評価されるのか.発券銀行. 『発券銀行の裏書. というバーミンガム支店の提案を受けて,. の処遇や「オーバーローン」問題をみた限りで. 級手形』の制度も発足すが7).これらのこと. は,この点の結論は難しい.金融政策に関する. は,いずれもニコルズの先見性を物語り,中央. 本・支店間の書簡論争の検討が本稿のこれ以降. 銀行政策形成史に対する彼とその地域の影響の. の課題となる.いずれにせよ,発券銀行が播据. 一端を示している.. 『三. する困難な経営環境のなかで積極的な手形割引 注. 活動を展開した「ニコルズのシステム」が,早. に支店の営業収益を追求する割引残高至上主義. 1). The. 模索する中央銀行的な発想を動機として構想さ 「地域」と「民衆」の現実を踏まえて独自. Book. 略】,wa,. ではなく,それなりに「単一発券」への道程を. れ,. Minute. p.. Bank. of. 103f., 113f.. 2). co上), Wa,. Court of the of Directors (以下CODと 194f. (19 Jam. 1826). Cf. ∫.H. Clapham, England.. 【邦乱Ⅱ,pp.. p. 189. A. Ⅱ. History, 112,. 123】.. (12 Jam.1826).. ,. 1944,. pp..
(15) (関口. 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2) 3). 1826-59,. ing, 1958,. p. 234,. 6). Branch. Bank. Regulations 32,. for the in: COD,. p. 147. 152】.. p.. of Branch. Management. Xa,. [バーミンガム支店から本店(ロンドン) 宛の書簡] 640 (15 Sep. 1834). B-L. 1832). 『日々の経験から私は 7) B-L466(20Feb. わが支店の銀行業者との関係を拡充すること, そして支店の手形割引のできるだけ多くの割合 を銀行業者を通しておこなうことが極めて望ま しいことを確信しています. -割引のかたちで 私営銀行業者に払い出される貨幣は,彼の手を 通して,当支店が直接商工業者に割引く場合よ. りも万遍なく,また多分有効にわが巨大な製造 B-L402. 工業地域に分配されるのです.』. (9Jul.. 1831).. (7 Sep. 1831). 8) β-エ417 β-い5 (15Jan. 1827). 9) 「前稿」 [拙稿「イングランド銀行支店経営と中 10) 央銀行政策」] (2) p.76,n.2ノヤーミンガム支 店が開業した1826年にこの町には発券銀行が5. 行あり(Taylors Galton. & James;. &. Lloyd;. Moillet,. Attwoods. Smith. & &. ton&co,)まもなくGibbins. & Co.;. 12) 13) 14). Spooner;. Freer,. Rot-. Lovellが加わっ. て6行になった.彼等は地方の有力者層(`the. と考えられていた. 1and. and. in:・ The. 33,. xxxIV/4,. Banks:. Economic Nov.. BankofEng-. D.∫. Moss,The. Country. the. Birmingham,. History. 1981,. p.. Review,. 18272nd. 17). tice. of. p. 12, quoting: 1832,. E. V. Banking. The. Theory. 1 797・1913,. C. S. Forster's. and. London,. evidence,. R.. ll). B-L125. 30). The. Bank. L,loyds. 1957,. Oxford,. Circular. in the. History. of English. p. 151. 167. to Bankers,No.. Sep.. (30. 1831), pp.. 17. et. B-L387. (31. 1831),. May. 441. (21. Nov.. 1831), 1.-I+. β384 (22 Nov.. 31) 32). 1831). (31 May. 1831). (23 Nov. 1831), L-B388. B-L387. B-IA42. (2 Dec.. 1831).. 前述した「職務的遺言」のなかでニコルズは, 本・支店間の意見が対立した例として, 『われわ れ[バーミンガム支店]はよくそうしたのです が, [金融]引き締めが必要な時にも銀行業者の割引を時に継続した』ことをあげている.そ して『最終の結果が重要』であり,結果(この 場合は「徐々なる単一発券化」)に役立てば『若 干の当座の犠牲や不都合も正続づけられる』と 述べて支店の行動を弁護している.アトウッド. Industry-The. Peripheral. 34). provinces,. 1826. COD,. p.. Za,. Bank. 1913,. ・. 金通貨』 (cash)とみなさなかったわけである.. for. Regulations. COD,. 32,. in: COD,. Za,p.. 124. the. cf.. Management. Xa,. p. 147. Bank, in. the. 1990, p. 15f.. (23 0ct. 1828). Cf. Ya, (29Nov.1827).これ以前にも口座は「交渉しだ. Rule. 36). Central England. 155f.. い」で開設されていた. p. 114 (邦訳, II,p. 123l.. 35). of. Leicester,. P.L.. B-I.. の一件を想起していたのだろうか. (25 Nov. 1831). E. (tr. by Martin), 33) D. Ziegler. B-Ll13. ニコルズは地方銀行券に対するこのような偏見. Dec.. (31. B-L220. passim.. Committee. (3Jun.1828)バンクは地方銀行券を『現. Dec・. 81-84.本稿,前号, p.3参照. P. L. (25 Nov. 1831), 460 (21 Jam. 1832). 27) B-i pp. 2, (15 Sep. 1834).本稿,前号, 28) B-L649 参照. (2 Feb. 1832). Cf. 379 (25 Apr. 1831) 29) B-IA71. はまさに圧倒的(commanding)』であると述べ, 『銀行業者たちが地方新聞に対するその影響力を. ど,情勢をしばしば本店に報告した. (12 Nov. 1827), 119 (10 Dec. 1927).. S. Sayers,. Banking,. 26). Prac-. 行使して,イングランド銀行に対する敵対感情 を煽るために全力を尽くすことは疑いない』な. Cf.. 1828).. (24 Dec.. 25). 1943,. QQ,. (24. (8 Jam. 1829), 251 (16 Apr. 1829). B--L281 (17 Sep. 1829), 286 (Oct. 1829). COD, Ab, p. 238f. (7 Jam. 1830). Cf. Clapham, op. 152】. cit., II,p. 140[邦訳Ⅱ,p. 21) 「前稿」 (2) p.68. 1832). (23 May 1832), L-B435 (24 May 22) B-L495 clapham, 120, 140 [邦訳Ⅱ, pp・ 23) oP. cit., II, pp. 130, 152】. 参照. 24) 「前稿」 (2) p.74,第4表. Ser.,. 1503-4.支店長ニコルズは『バーミ ンガムにおける私営銀行業者の影響力は,他の 工業諸地域と比べても常に強大で,大抵の場合. of. cf. B・+L217. 1828).. 541.銀行券の発行は銀. Morgan,. (12 0ct. 1827). (1 Jam.1828). (20 Apr. 1831); (31 Dec. 1828).. B-L217. B---L223. せる』ものとみなされていたから,地方発券銀 行は既得権の侵害としてバンクの支店発券制度 Central. B--IJ377. 18) 19) 20). 行家に『一種の名声』 (a sortofeclat)を賦与し 『実業家の名刺』のように『預金と顧客を呼び寄. に反対した.. β-い24. 15)前注11). 16)このささやかな「発見」についての立ち入った 「前稿」 (2) 説明として, pp.67-70を参照.. local. aristocracy')として「地域の企業活動に固 有の危険と報酬を熟知」して銀行業を展開して おり」, 「商工業者の成功には彼等の助言が重要」. B-LIO7. 1828), 220. Banks,. 1826).. Aug.. (17. Let-. 183l.. II,. 140(邦訳,. る.. Aug・. England. of. 5 Nov.. 91. と処遇をまず改めるように理事会に具申してい. DiscountXXV,. scr.,. new. ll, quoting:. n.. op. cit., II,p.. clapham,. Rule. England. of. in: Economica,. II (London-Swansea),. Book,. ter. 4) 5). Bank. R.0.Roberts,. (335). 尚志). Clapham,. 184f.. op. cit., II,. of Branch Aug.. p.. Banks,. (17 1826). (4Sep. 1828).同じ頃, 1828年4.
(16) (336). 92. 横浜経営研究. 第m巻. 月, 「正規の割引口座」 (Regular Discount Account)を保持しない顧客(振出口座開設者) に対する支店窓口での手形割引の制度(「口座外 Discount 割引勘定」 Miscellaneous Account)が. おいて発券が照応して拡大することなしに割引 残高が顕著に増加している』のは『手形がリヴ. アプールで割引かれるや否や貨幣[支店券]が ロンドンヘヤってきてロンドンにおける貨幣流 通の膨張をもたらしている』証拠だと指摘して, 『外国為替が逆調で金融引締が必要な現在極力防. 認可されている.この制度も『少額地方銀行券. の鋳貨-の漸次的交換』の便宜を一つの理由と し, 『地方銀行のロンドン代理店宛手形』や『地 方銀行の裏書きのある手形』も主要な対象とし て構想されており,対「発券銀行」手形業務の. 止しなければならない』と警告している.支店 側は『巨大な税収の送金がロンドン払い引受手 形の需要を』強める大きな原因になっているな. 拡張に活用されていく.ニコルズは早くからそ の有益なことを説いている. (17Apr. 1828). 「前稿」 (3). COD,. どと防戦に努めたが,本店は『先ず最初に発券. Za,pp.. 銀行が振出したり裏書きした手形[の割引]を 拒絶』すべきであり, 『貴店の割引顧客である銀 行家たちは資金をロンドン市場で調達するのに. 16-18. p.65参照. 37) COD, Ab. p. 296f. (ll Mar. 1830). 38) COD, Bb. pp. 2251227 (9 Nov. 1830). 39) clapham, op. cit., Ⅱ,p. 118脚訳, II,p. 123】. 40) IJ-B413 (25 Feb. 1832). 41) i-B317 (6 Apr. 1831). 42) B-L375 (12 Apr・ 1831), L-B323 (19 Apr. 1$31). 43) i-B384 (22 Nov. 1831). 44) L・-B410 (18 Feb. 1832), 411 (21 Feb. 1832). L-B411 (21 Feb. 1832). 45) 46)「前稿」 (2)第4図,第5図,およびp.lo奉. 困難はない』はずだと強調した. Branch] 3311. を上回って(ただし32年は僅差)いる.前掲, 第1表. IJ-B412. Feb.. 1832), 413. Feb.. 1832).. B-L467. (23 (22. E. Wood,. English. Theories. trol, 181911858,. 1939,. 1,-B400. (25. Feb.. Bearer. /. or・. 1828. Novr. of Central. and. Years. of. the. op. cit" p. 234 5. n.. ll, quoting:. Nov.. 1831.. Letter. Cf.. き助長する』と批判されている. Mar.. Book,. Ziegler, op.. / For. the. British. 24. and. Keyworth, Bank. As Note. Exe_ / of. Compy. [発行者署名(略). /. J. M.. Govr. Novr. Good. Design,. Wa,. wood,. p. 318f.. op. cit., pp. Feb.. (6 16,. Apr. 23.. B-L. No.. 1, p.. 127. (12. Nov.. 『裏書なしスタンプなし』. and. Branch]. 】≫Ⅴ, as. not. Private. Letter Book, To Liverpool from (7July 1831).なお,本店に所蔵さ れている前記11月12日の通達には, 『1853年12月 16日の通達により廃止』と宋のペンで書き入れ London,. 201. られている,. 60) L-B401 (20Jan. 1832), 404 (27 Jam. 1832). Jam. 1832), 『地 61) i-B弼(ll.N.ov.. 1.83.1),.491.(20 域の実体があり作為的でない取引(the substanbusiness tial and the of district)につい unforced ては,その取引で生じる手形7fワ{ドナで換金. Gold.. できないものであっても,真に疑問のない手形. Lo'ndon,. であれば,バンクは可能な限りその手形に投資 (investments)する用意がある.しかしその枠を. 超えるすべて?申S.H;?し.、て古事,.貴支店は[ロ. 1826). Cf.. Circulars,. 場に出さない』から,と説明されている【Liver-. Con-. Twenty. of. pp.ll-14.. (blank en『バン stamped)とする理由は, クは自己の支払責任をともなう手形を決して市. 1831).. pooI. Sum. 1/+B478(5. 1833).. 58)本稿,前号, Banks, 59) Branch. 1987, p. 107.. (29. GL3288 (6 July 1831), Men. (i 0ct. 1839), 0ct., 1839); Up Mems from Liverpool to 294 (ll Jul. 1831).. London-Swansea,. ,. dorsed. Banking. / 1828. in London. BankofEngland Hewitt. cop,. Liverpool from IJOn-. 慢な時期に資金をさらにだぶつかせて破綻を招. 16f. 20f.. pp.. Demand. on. / here. ter 24. 53) 54). 【LiverpooI. To. 『不必要なとき 『金融緩 [金融引締のとき]に経済を刺激』し,. Jam. 1832), 401. Pounds. 300. Book,. 「非発券銀行優遇口座」 (「3 %口座」) cit., p.16, での再割引で調達した支店券も,しばしば地方. 1832).. (19 (20 Jam. 1832). 51) 52)イングランド銀行支店銀行券の文言を「現存が 確認されている唯一のエクセタ一支店発行の銀 行券」についてコピーしておこう. ≪Bank of England / Promise to I名宛人氏名・ (略)] or. H.. Roberts, II. Letter. (28. I,ondon,. 57). Private. 銀行の手でロンドンに流入して,. 47)だから, 「銀行券発行者という点でだけバーミン ガム支店はマンチェスタ一に及ばなかった」こ とにも・なる. Ziegler,op.cit.,p.98.なお, 「割引 残高」を「銀行券プラス預金」残高と比較して も,この期間中, 1830年を除いて,前者が後者. the. 200. don,. 月乳. 48) 49) 50). 第4号(1998). Men.. GL5000. ンドンで]確実に販売可能な手形だけを(only bills)受け取ることができる.』. 1840). (21 Nov.. 1831). 55) B-L441 56)リヴァプール支店では1831年から1842年まで, 途中断続的に数年を除いて,かなり長期の. 「オーバーローン」がみられたが[第1図(B)], この時にもバンク当局は,たとえば, 『貴支店に. strictly marketable. (I,→B401).. 62) 63). I.-B404 L-B383. (27Jan. 1832). (ll Nov. 1831), 384 (22. Nov.. 1831).な. お,やや後年(1836年11月),株式発券銀行の裏 書のある手形の割引は禁止されているが,その.
(17) 銀行の顧客はバンク支店の口座外割引勘定を利. 75). 用できるようになり,こうして割引かれた手形. を含めて,支店長は「口座外割引」手形の一定 部分を裏書・捺印せずに本店に送付することを 義務づけられることになった. (14 Nov. 1836). 64)エーβ403 (25 Jam. 1831). (20Jan. 1832). 65) L-B401 L-B470 (27 Feb. 1832). 66) B-L466 (20 Feb. 1832). 67) from private G. Nicholls J. (to 68) to: L.B410 (18 Feb. 1832). (21 Jam. 1832). 69) B-L460 B--IA69 (24 Feb. 1832). 70) B-L460 (21 Jam. 1832). 71). Circulars,. No.. 1,. p. 195. 72) 73). L-B413. (25 Feb.. B-L476. (31. Eb.. p. 242ff.. 84-86 (28 Dec.. (26 Dec.. 1833); Circulars,. 93. No.. 1,. 1833),. 76) circulars, No. 1, p. 86 (2 Jam, 1834). G. L. 2164 (6Jan. 1834). 77) Memm 78) circulars, No. 1, p. 91 (30Jan. 1834). (7 Jam. 1834), 599 (9 Jam. 1834). 79) B-L598 B-L595 (30 Dec. 1833). 80) L・-B573 (27 Dec. 1833). 81) Letter to Mr. Peel (by NichoIIs): a copy 82)I. enclosed. (1 Mar. 1834).副総裁はピール宛書 『原則に係わる問題 簡の内容に反対ではないが, in: B-L612. R.. EIsey), attached. 1832).. Mar.. 1832). ニコルズはバンクが 『首尾-貰した営業方針』をとらなかったために. 覆水盆に戻らず,. COD, pp.. (337). (関口 尚志). 19世紀前半イングランド銀行の本・支店間論争(2). 『一度ひどい目にあわされた名. 誉ある業者,とくに銀行家は,もう[支店には] 戻ってこないでしょう』と嘆いている. 74)上-B418 (3 Apr. 1832).. について文書で意志疎通するのは難しい』ので, 避けたほうが無難だというコメントを送ってい G. L. 2232 (3 Mar. る. Memm 1834).. 83) 84) 85). B-L613. Mar.. 1834). (15 Sep. 1834). (Private) 26 0ct. 1847, Private. circular vate. 86) 87). (5. B-L640. Letter. COD, B-L7178. Book,. No.. in: Gloucester. Pri-. 3, p. 542.. Qb, p. 153f. (8 Aug.. 1844). (23Jan. 1850).本稿前号,. pp.. 18-19参. 照,. 〔せきぐち よしゆき. 横浜国立大学経営学部教授〕.
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