「拐厳経」巻七に収載された長文の呪として知られる「拐厳呪」は、宋代以降の禅門で盛んに唱えられた陀羅尼であり、 叢林の諸行事で「大悲呪」と並んで頻繁に用いられている。その事実は、景定四年(一一一六一一一)の記述がある「入衆須知」一巻 (日]])を始め、「叢林校定清規総要」二巻、「禅林備要清規」一○巻、「幻住庵清規」|巻、「勅修百丈清規」八巻といった宋元 の清規類に数多くその名前が見られることからも知られる。 ただ、「拐厳呪」が載せられた「拐厳経』については、現在の禅門ではあまり知られていない。「拐厳経」は、「大悲呪」を載
せた「千手経」が専ら呪の唱え方とその利益を説明しているのとは違い、深遠な仏教思想を盛り込んだ経典である。「拐厳経」
は「円覚経」と共に中国撰述とされる偽経であるが、元代の禅僧である中峰明本が「「拐厳」と「円覚」の二つの経典は、大乗 の円頓〔なる教え〕の要詮である〈「栂厳豈円覚』一一経是大乗円頓之要詮)」(「中峰広録」巻一一之中山一馬講中・学)と述べている様に、 両経共に重要な大乗経典として認識され、宋代以降の仏教界において広く読まれることになり、更には儒教などの思想界全 般にも大きな影響を与えることになるのである。「拐厳経」が儒教に与えた影響については、荒木見悟「明代における拐厳経 の流行」(「陽明学の開展と仏教」研文出版・一九八四所収)に詳しいが、「枅厳経」が僧俗を問わず広範に読まれたことは、銭謙益の 「拐厳経解蒙紗」巻首に、唐から明末に至る僧俗による三八種類の「拐厳経」の末釈の名前が挙げられていることや、大日本「傍厳呪」を読論する功徳
l|拐厳経」巻七・訳注I
はしがき教学研究委員会編
81続蔵経(卍続蔵経〉の中国撰述釈経部に、末代から清代に至る僧侶・居士の手に成る五四種類(N」①~囲忠~皿)の注釈書が収載
されていることからも十分に窺われる。(伊箪白鑑「禅宗聖典講選(ご爵)には、「檸朧経」には「七十八部四百七十九巻」の士親書があるという。)禅門においても「拐厳経」は古くから読まれており、「臨済録」の「行録」(岩躍共庸禾も」患)には、仰山慧寂が「拐厳経」巻三
の「讃仏偶」(弓]①.]]淫)を引用した個所が見えている。また、上堂などの際に禅僧によって引用されている有名な言葉、たと えば「一毛端に於いて宝王刹を現じ、微塵裏に坐して大法輪を転ず(於一壬璃現宝王刹、坐微塵裏整〈法輪)」(巻四・自国)といった成 じんきこうつんだじし上うあんひくん匙やらいかんしかんに巾うじむし*んず句や、亡者忌回向文に用いられている「浄極光通達、寂照含虚空、却来観世間、猶如夢中事」(巻六・P』】画)といった言葉など
が、「拐厳経」中には数多くある。元の天如惟則はこの経典を「禅門之要関」(大仏項目梼厳経会解叙・§,悼冨・)と絶賛しているし、
明末万暦三高僧の一人である紫柏真可は「華厳経」と並べて「拐厳経」を「窮理之経」(巻四・農。)として重視している。末釈 の中には禅僧の手になるものも数多くあるが、その代表的存在とされる未の覚範慧洪「尊頂法論(梼厳経合論二’○巻につい て、大応国師の師である虚堂智愚も「禅宗を扶助し教宗を樹立する文章だ(扶一蔚教之文)」(「虚堂和尚語録」巻四日台さ]一・)と評価 しており、「拐厳経」は叢林内でも優れた経典として認められていたのである。 「拐厳経」は実践的には「心を摂めるのが戒であり、戒によって禅定が生じ、禅定によって智慧が発こる(摂心為戒、因戒生定、因奈蕊慧)」(巻六・目・)という一一一学を基本的な立場とするが、宿習を滅除することができず魔事に悩まされて禅定を得られない
者のために、一つの便法を設けている。それが「拐厳呪」の読謂である。「拐厳呪」が載せられた巻七の前後の文章にはこの呪の唱え方とその功徳が詳細に記載されており、「拐厳呪」を調持する者は当然その内容をわきまえた上で唱えることが要求
されることになる。ただ、日本の禅門では「拐厳呪」は広く論されているものの、一般に呪の部分のみを「拐厳経」と切り離して取り出したとも
いうべき別行の経本が用いられており、|般の僧侶が「拐厳経」の呪以外の部分の内容に直接触れる機会は、ほぼ皆無である。
また、もし「樗厳経」そのものを目にする機会があったとしても、漢文の経典の内容を理解することは日本の僧侶にとつ 82ては容易ではないし、「国訳大蔵経」第四冊にその書き下し文が入れられているものの、これとても現代人にとっては分かり にくい上に、読み誤りも目に付く。現代語訳を付した訳注書としては荒木見悟「拐厳経」(仏鋳羅典選叫・中国撰述経典一一・筑魔替房・ ’九八六)があり、「解説」を含めて優れた内容ではあるが、紙幅の関係もあってか全一○巻の中、巻一~四だけの完訳となっ ており、肝心の「拐厳呪」の部分が入れられていない。 この様な現状を踏まえて、妙心寺派教化センター教学研究委員会では平成十四年度に「拐厳経」巻七の該当部分の現代語 訳を行うべく読書会を四回開いた。その成果がこの訳注である。参加した委員は専攻も印度哲学・中国哲学・国史学と多岐 にわたっており、また必ずしも専門の研究者ではないため、読み誤りや不適当な口語訳があるかもしれない。その点、読者 からの忌憧無き御意見を賜れば幸いである。 尚、「拐厳呪」そのものの意味内容については、既に木村俊彦・竹中智泰共著「禅宗の陀羅尼」(窓由版社.一九九八)、坂内龍 雄著「真言陀羅尼」(平河出版社・’九八二に詳しい訳注があり、もはや瞥言の余地はないし、その力量もない。そのためこの訳 注では呪の部分の口語訳は行っていない。興味がある方は上記の書冊を参照されたい。 (野口善敬) 83
○この訳注は「拐厳経」巻七の呪を除いた残りの三分の二ほどを対象とし、九段落に分けてそれぞれ「原文」「書き下し文」を 上下二段対照とし、その後ろに「口語訳」「注」の順で掲載している。該当部分は大正蔵本では曰]①‐届留‐一]①~]路。‐」器、及
○段落分けは担当を決める際に大正蔵本によって便宜的に行っており、必ずしも内容の切れ目と一致していない場合がある。
○底本には磧沙蔵本(宋版磧砂大蔵経・第一三冊・台湾新文豊出版公司影印)を使用した。 ○原文の文字の校勘には、高麗版大蔵経に拠っている大正大蔵経・第一九冊所収本を用い、【校注】を原文.書き下し文の末 ○原文は当用漢字を用い、書き下し文は現代仮名遣いとした。 ○現代語訳は直訳を心掛けたが、必要と思われる場合は〔〕で適宜ことばを補った。○注に引用した書籍については、その初出の箇所に版本等を明記した。また大正大蔵経・大日本続蔵経(卍続蔵)について型
はそれぞれ「T」「Z」の略号を用いた。その他の略号は次の通り。 「中村」Ⅱ中村元「仏教語大辞典」(一塁泉書籍) 「広説」Ⅱ同「広説仏教語大辞典」(同前) 「望月」Ⅱ望月信亨「仏教大辞典」(世界聖典刊行協会) 「禅学」Ⅱ駒沢大学「新版禅学大辞典」(大修館書店) 「織田」Ⅱ織田得能「仏教大辞典」(大倉書店・大蔵出版) 「岩波」Ⅱ中村元等編「岩波仏教辞典」初版(岩波書店) 「大漢和』Ⅱ諸橋轍次「大漢和辞典」(大修館書店) 上下二段対照とし、その後ろに一 ぴ]患、‐一』⑦~]認四‐届単に相当する。 尾に附録した。 〈凡例〉○読書会に参加して原稿を作成した担当者は次の五名であり、全体の編集校閲は野口が行った。各段の最後にそれぞれ原稿 の責任者の名前を付している。(会にはオブザーバーとして玄堕天師も奉茄され、鷺墨な意見鴇錨した。) 朝山一玄・徳重寛道・並木優記・野口善敬・矢多弘範くあいう搭順) 〔|〕清浄なる禁戒を保つことの必要性………記 〔二〕実際の壇の建立とそこでの修行方法・…………・・………9 1上 〔一一一〕世尊の宝光……・……:………0 ・比J 〔四〕「拐厳呪」(省略)………:………・…………・・………:…:〃 〔五〕呪文の十種の効能と調写の勧め:………・……0 万J0 〔六〕更なる神呪の効能・・・その一……・………・………・……1 口川寸 〔七〕更なる神呪の効能…その一一…・…・…………・………2 〔八〕更なる神呪の効能…その一一一………:……::姉の CIJ nuv 〔九〕謝辞…・………・…・………・・………・2 〈目次〉 85
【原文】 阿難、汝問摂心。我今先説入三摩地修学妙門。求 菩薩道、要先持此四種律儀。皎如氷霜。自不能生 一切枝葉。心三・口四、生必無因。阿難、如是四 (一) 事、若不遺失、、心尚不縁色香味触。一切魔事、云 何発生。若有宿習不能滅除、汝教是人一心調我仏 (一一) 頂光明摩訶薩但多般但羅無上神呪。斯是如来無見 頂相無為心仏、従頂発輝、坐宝蓮華所説心呪。且 汝宿世与摩登伽歴劫因縁恩愛習気、非是一生及与 一劫。我一宣揚愛心永脱成阿羅漢。彼尚婬女無心 修行、神力冥資速証無学。云何汝等、在会声聞。 求最上乗決定成仏。轡如以塵揚干順風、有何銀険。 若有末世欲坐道場、先持比丘清浄禁戒。要当選択 戒清浄者、第一沙門以為其師。若其不遇真清浄僧、 汝戒律儀必不成就。戒成已後、著新浄衣然香、閑 (一一一)
居調此’し仏所説神呪一百八偏。然後結界、建立道
場、求於十方現住国土無上如来放大悲光来潅其頂。ご〕清浄なる禁戒を保つことの必要性
【書き下し] きんまじ(3)「脈轆よ、汝掻心を問えば、我今先ず一二摩地に入る修学の妙門
を説かん。菩薩の道を求むるには、要ず先ず此の四種の崖欝を
かなら たもしろ おのずか 持つこと、皎きこと氷霜の如くすべし。自ら一切の枝葉を生ずること能わず・心三、口哩}生ずること必ず因無し。阿難よ、
か (6) 是くの如きの四事、若し遺失せずんぱ、、心尚お色香味触を縁ぜ しのくじかう(8)ず。|切の朧夢、云何が発生せん。若し宿習有りて滅除する
こと能わずんぱ、汝是の人をして一心に我が仰魔荒鰄騨誹麟
だったはんだらむじょうじんしか(9) (、) 但多股但羅無上神呪を論せしめよ。斯れは是れ如来の無見頂相の無為心仏、頂より輝きを発し、宝蓮鍾に坐して説く所の心峨
(Ⅱ) 〈M)まと.…や(腸)(肥)(Ⅳ)じっけ(凪) なり。且く汝が宿世に摩登伽と歴劫の因縁恩愛の習気あり、是 (四) (幻) れ一生及び一劫に非ず。我れ-たび一旦場するに愛、し永く脱して (別) 阿羅漢と成らん。彼れ尚お婬女にして修行に、心無けれども、神施勲く鶴けて速やかに無韓を証す・云何ぞ四棟等、在錘の声朧を
や・最上蕊を求むれば決定して成仏せん・臂えば塵を以て順風
(”)(銘) に場ぐるが如くにして、何の銀険か有らん。若し末世に道場に }』んかい(鱒)たもかなら 坐せんと欲する者有らば、先ず比丘の清浄の錘不戒を持て。要当 86阿難、如是末世清浄比丘、若比丘尼、白衣檀越、 心滅貧婬、持仏浄戒於道場中発菩薩願、出入操浴 六時行道。如是不寝経三七日、我自現身至其人前、 摩頂安慰令其開悟。 【校注】 () () () 遺失…大正本は「失遺」に作る。 羅…大正本は「畷」に作る。 鶴…大正本は「週」に作る。 ず戒清浄の者、第一沙門を選択して以て其の師と為せ。若し其
れ真の清浄の僧に遇わずんぱ、汝が戒律蝿、必ず成就せざらん・
た 戒成じて已後、新浄の衣を箸けて香を然き、閑居して此の心仏 (釦) 〈鍵) 所説の神呪を謂すること|百八編せよ。然る後に結界し、道場を建立して、十方現住国土の無上如来の大悲泄を放ち、来りて
〈羽)其の頂に鰹がん一」とを求めよ。
阿難よ、是くの如く末世の清浄の比丘若しくは比丘尼、白蕊
かの檀趣、、心に貧婬を減し、仏の浄戒を持ちて道場の中に於いて
たも菩薩の願を発し、出池操瀧して一ハ嚇に行通せよ・是くの如く、
寝ずして一一一七日を経ば、我自ら身を現じて其の人の前に至り、摩繭し鋪駄喋て其れをして開悟せしめん」。
87お士でえ
〔釈尊は一一一一口われた、〕「阿難よ、汝が心を集中する方法について尋ねるので、私はまず、’二味に入るための修道の優れた教
えについて話そう。菩薩の道を自分のものにするためには、必ず最初に〔殺生・楡盗・邪淫・妄語という〕四つの律儀を保
たなければならない。氷霜のごとく清らかであれば、一切の悪業を生ずることはない。貧・腹・邪見と悪口・両舌・綺語・
妄語が現れるのには、必ず原因があるのだ。阿難よ、この四つの律儀を失うことがなければ、妄心が色・香・味・触を縁として生ずることもないから、仏道の妨げと
なる魔の所業は起こりようがないのだ。しかし、もし過去世に積み重ねた悪業の名残があってそれを除き去ることができないのであれば、その人に似藤謹麟詠祷』議他購造職を唱えさせなさい。これは如来の無見頂相におられる無為心
むけん姑よっそうじいしん ぶついただき じゅもん 仏が頭頂から光を放ちながら、蓮華の宝座に坐って説き示弐(一れた心呪である。 まとう弐一や お前には過去世において摩登伽という女との無限の時を経た愛執の名残があり、それは一生、一劫で積み重ねられたjもの じゅもんではない〔深長なものだ〕けれどJも、私がその神呪の働きを明らかに説き示せば、愛執の心を永久に脱して阿羅漢を得るで
あろう。摩登伽は淫欲の強い女であって、修道には関心がなかったけれども、仏の不思議な力に助けられて無学位に至った えざ のであう(》。まして私の会座で教えを聞いている者は、最高の教えを求めるならば必ず仏の位を得るであろう。それはあたか も順風に塵を散らすようなもので、極めて容易なことである。 後の仏不在の世で道場において修行しようと思うものがあれば、まず何より清浄な禁戒を保ちなさい。そして完全に戒を保ち続けている最高の出家者を選んで師としなければならない。もしそのような僧に巡り会うことができないなら、持戒が
完全なものとなることは絶対にないだろう。戒を自らのものとしたなら、新しい清浄な衣を身に着けて香を焚き、静かな場 所に落ち着いて〔無為〕心仏が説く神呪を百八回唱えなさい。それが終わったら結界して修行のための場所を作り、ありと あらゆる所に現在おわします無上如来が大慈悲の光を放って灌頂して下さるよう願いなさい。 【口語訳] 〔釈尊は言われた、〕「阿難よ、 えについて話そう。菩薩の道弁 88阿難よ、このように後の世の清らかな比丘、比丘尼、世俗の檀越は、貧りの心や淫欲を減し、仏の清浄な戒を保って修行 の場所において菩薩の大願を発し、〔修行する場所へ〕出入する際には必ず沐浴して〔身体を清め〕、休むことなく修行しな
さい。このようにして眠ることなく三週間を経過すれば、私は猷塚の姿を修行者の前に現し、頭を撫でて安んじ慰め、その
人に悟りを開かせよう。」 (8)宿習Ⅱ過去世からの煩悩の名残。前世に行った善悪の行為が習慣となったその名残。 (9)仏頂光明摩訶薩但多般世羅無上神呪Ⅱ「摩訶薩但多般世羅」は「拐厳経解蒙紗』(目]’賎]。)に「此云大白傘蓋」と記されることから原語が曰鱒冨‐⑫】国‐ 回国冨圓であることが知られる。「大白傘蓋」は仏の大慈悲が遍く宇宙を覇うさまの臂楡。〔五〕注(2)参照。 bとど# (Ⅲ)無見頂相Ⅱ仏の一一一十二相の一つ。頭頂の肉が番の形に隆起していること。誰も見ることができない相であることから、このように言う。これ以下と 似通った表現が〔三〕の本文に再び用いられている。 (u)無為心仏Ⅱ無為心を具えた仏。「無為心」はあらゆるとらわれを減した心。すべての現象を超越した心。 (7)魔事Ⅱ魔の所行。仏道の妨げとなるもの。 語(無駄な言葉)・妄語(偽りの言葉)。 (6)色香味触Ⅱ「色」は眼根の対象となる (1)阿難Ⅱ駈寧の十大弟子の一人で、黛鬮…って知られる。本経では、淫女摩登伽に誘惑されて危うく噛瀞無垢に保たれた身徹を汚されそうになるこ 【注】 とから、巻二において「右漏の初学の声聞」(弓届‐]]蟹)と規定されている。〔六〕注(胆)、〔九〕注(灯)今請州。 (2)摂心Ⅱ心を集中して統一すること。精神を一つの対象に集中して散乱させないこと。 (3)三摩地Ⅱ心を一つの対象に集中させる心作用。三昧。篝持。田ョ乱三の音写語。 (4)律儀Ⅱ悪を抑制するもの。身を制すること。善行。 (5)心三口四Ⅱ十悪のうち、心に関わる一一一種と口に関わる四極。すなわち、貧(食欲)・旗(怒り)・邪見(誤った考え)と悪口・両舌(中傷する言葉)・縞 色香味触Ⅱ「色」は眼根の対象となるもの、すなわち目に見える物質。「香」は鼻根の対象となるもの、すなわちさまざまな香り。「味」は舌根の対象 となるもの、すなわちざまざまな味。「触」は身根の対象となるもの、すなわち触れられるもの。 89〈坦摩登伽Ⅱ阿難に恋心を抱き、梵天から伝授された呪文によって幻惑するが、仏の神呪によって破られる。のちに出家して性比丘尼と名乗った。「摩登 伽」は梵語日閂自彊の音写で、不可触賎民を意味する語。摩登伽の物語は「摩登伽経」として「大正」第Ⅲ巻に収められている。 (嘔)歴劫Ⅱ無限に長い時間。「劫」は薗菅の音写で、極めて長い時間のこと。 (Ⅳ)恩愛Ⅱ愛情○好ましいもの。また、愛執、妄執を表すのにも用いる。ここでは後者の意。 (超)習気Ⅱ煩悩が尽きても、その後に残っている習慣性。潜在的な余力。 (四〉|劫Ⅱ劫は百百の音写。インドの時間的単位のうち最も長いもので、きわめて長い時間を表す。測定できない長い時間○無限の時間。 (型愛心Ⅱ愛執の心。 (型阿羅漢Ⅱ仏弟子の到達できる最高の階位。修行完成者。これ以上学ぶべきものがないことから無学ともいう。原義は「供養を受けるのにふさわしい (u宿世Ⅱ過去世。〔五〕注(3)参照。 (田)心呪Ⅱ仏の心中の優れた敬えとしての陀羅尼をいう。〔五〕注(5)参照。 (皿)宝蓮華Ⅱ宇宙の生起する根源。ここでは、宝石で作られた蓮華の台座。 (g阿羅漢Ⅱ仏弟子の到達できる最高の階位。 人」。注(理)「無筆」、〔二〕注(1)参照。 (堅神力Ⅱ仏・菩薩が持つ不可思議なはたらき。威神力。 (配)無学Ⅱこれ以上学ぶべきものがない境地。修行完成者。仏、阿羅漢のこと。注(卯)「阿羅漢」、〔二〕注(1)参照。 (型在会Ⅱ教えを受けるため、仏の会座にいること。また、その人。 (蛎)声聞Ⅱ仏の教えを聞いてそれを実行する修行者。仏弟子。 (妬)股上乗Ⅱ最もすぐれた教え。原語樹『酋当笥酋は「最上の乗り物」の意。 (蛎)声聞Ⅱ仏の教えを聞いてそれを実暹 (妬)股上乗Ⅱ最もすぐれた教え。原語$ (辺末世Ⅱ後の世。また、末怯の時代。 (翌道場Ⅱ修行をする場所○また、悟りを得る場詫 (空禁戒Ⅱ戒律の規定○非を禁じ、悪を戒めるも( 〈型戒律儀Ⅱ戒と律儀。修行上の規範となるもの。 (弧)’百八遇Ⅱ呪を百八回繰り返して調えること。.百八」は煩悩の数で、それに対するために百八回調えることが必要とされる。念珠の珠の数が百八 であるのもこれと同じ理由に拠る。「仏光大辞典」(ロ・侮上)を参照。なお、この他にも「百八三味」「百八法明門」「百八尊」など、仏教でこの数を用い ることは非常に多い。 (犯)結界Ⅱ一定の区画を理 (羽)十方Ⅱ十の方向。東 一定の区画を選んで区切ること。修行の場を他と区別するために区画すること。 Tの方向。東・西・南・北・北東・南東,北西・南西・上・下。 また、悟りを得る場所。 禁じ、悪を戒めるもの。 〔二〕注(2)参照。 90
(翌大悲光Ⅱ大悲の光。大いなる憐』 (弱)白衣Ⅱ在家者。修行僧が色の2 (妬)檀越Ⅱ布施をする人。めぐみを』 (辺出入Ⅱ修行道場への出入を指す。 (墾操浴Ⅱ水・湯・香水などによって蝿 (型六時Ⅱ一昼夜を展朝・日中・日没 (遡行道Ⅱ仏道の修行をすること。 (g摩頂Ⅱ仏が授記のために弟子の頭{ (翌安慰Ⅱ安んじ慰めるねぎらうこと。 【原文】 阿難白仏言、世尊、我蒙如来無上悲誘、心已開悟、 自知修証無学道成。末法修行、建立道場、云何結 界、合仏世尊清浄軌則。 仏告阿難、若末世人、願立道場、先取雪山大力白 牛、食其山中肥賦香草。此牛唯飲雪山清水、其糞 大悲光Ⅱ大悲の光。大いなる憐れみの光。 白衣Ⅱ在家者。修行僧が色のついた衣を着ていたのに対し、世俗の人は白衣を着ていたからこのようにいう。 檀越Ⅱ布施をする人。めぐみを与える人。修行生活を後援する人。信徒。梵語二目餌‐宮口の音写。 。』‐。0●。‐。01‐0’』1 なで 摩頂Ⅱ”仏が授記のために弟子の頭を摩ること。 六時Ⅱ一昼夜を薩朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜に分けたもの。ここでは、一日中絶え間なく、の意。 垣藤沿Ⅱ水・湯・香水などによって身体を洗うこと。
〔二〕実際の壇の建立とそこでの修行方法
〔二〕注(蛸)、〔五〕注(8)参照。 【書き下し】 もう 阿難、仏に白して一一一口う、「世尊よ、我、如来無上の悲諦を豪り、心已に開悟し、自ら知る、修証すれば無学⑪違成ずることを・
末法の修行にて道場を建立するに、|琴仰に綴界せぱ仏世尊の
清浄の軌則に合せん」と。 仏、阿難に告ぐ、「若し末世の人、道場を立てんことを願わぱ、 ひ槌(3) 先ず雪山の大力の白牛の、其の山中の肥脈香草を食するを取れ。 (朝山一玄) 91微細・可取其糞、和合旋檀、以泥其地・若非雪山、
其牛臭穣、不堪塗地。別於平原、穿去地皮五尺已下、取其黄土、和上朧檀、沈水、蘇合、薫陸、欝
金、白膠、青木、零陵、甘松、及難舌香。以此十 極細羅為粉、合土成泥以塗場地、方円丈六為八角 壇。壇心置一金銀銅木所造蓮華、華中安鉢、鉢中 先盛八月露水、水中随安所有華葉、取八円鏡、各 (一一》) 安其方、圃僥華鉢。鏡外建立十六蓮華、十一ハ香鑪間鍾鋪設、荘厳香鑪、純焼沈水、無令見火・取白
({〈)牛乳、置十六器、乳為煎餅井諸碗糖油餅乳摩、蘇
(七) △ロ蜜蟹、純酢純蜜、《及諸菓子飲食葡萄石蜜種種 上妙等食〉於蓮華外各各十六圃繰華外、以奉諸仏 及大菩薩。毎以食時、若在中夜、取蜜半升用酢三合、壇前別安一小火艇、以兜楼婆香煎取香水、沐
浴其炭、然令猛熾、投是翫蜜於炎櫨内、焼令煙尽、 (九) 二。〉 享仏菩薩。令四外偏懸幡華、於壇室中、四壁敷 設十方如来、及諸菩薩所有形像、応於当陽張盧舎 那・釈迦・弥勒・阿問・弥陀、諸大変化観音形像、 兼金剛蔵、安其左右、帝釈・梵王・烏劉憲摩、弁 此の牛唯だ雪山の清水のみを飲まぱ、其の糞、微細なり。其の糞を取りて栴檀に和合して、以て其の地に掘る可し。若し雪山
(4) に非ずんば、其の牛臭機なれば、地に塗るに堪えざるなり。別 に平原に於て地皮を穿去すること五尺已下、其の黄土を取りて、施檀、沁飛、朧伴、驚隣、欝幾、臼膠、鳶滞、蕊膨、桃株、及
び難蔵審を和上せよ・此の十種を以て細かに羅って粉と為し、
土に合して泥と成して以て場地に塗り、方円丈葹、八角の壇を
〈M) つく 為れ。壇、心に一の金・銀・銅・木もて造る所の蓮華を置き、華 (肥} あら 中に鉢を安じ、鉢中に先ず八月の露水を盛り、水中に随いて所穣華葉を安ぜよ・八の円鏡を取り、各菖其の方に安じて、華鉢を
園続せよ。鏡外に十六の蓮華を建立し、十六の香鑪をぱ、華を へ猶 もつば 間てて鋪設し、香鑪を荘厳して、純ら沈水を焼き、火を見せし むること無かれ。白牛の乳を取りて十六の器に置き、乳もて煎 つく (〃)(E)(、)(釦) 餅を為り、井びに諸蔓の砂糖・油餅・乳廃・蘇谷ロ・蜜聲・純酵・ 純蜜、〈及び諸費の菓子・飲食、葡萄・石蜜、種種上妙等の食を ぱ〉蓮華の外に於て各各十六、華の外に園緯して、以て諸仏及 (幻) ぴ大菩薩に奉ぜよ・毎に食時を以てし、若し中夜に在りては、 蜜半升を取り酎三合を用い、壇前に別に一小火臆を安じ、兜楼婆藻を以て香水を煎取し、其の炭を沐浴せしめて、然すこと猛
もや 92(一一) 藍地迦・諸軍茶利、与毘倶岻・四天王等、頻那夜 迦、張於門側左右安置。又取八鏡覆懸虚空、与壇 場中所安之鏡方面相対、使其」形影重重相渉。於 (一一一) (一一一一一) 初七中、至誠頂礼十方如来、諸大菩薩・阿羅漢号、 (一四) 二五) 恒於六時調呪園壇、至、心行道、一時常行一百八福。 第二七中一向専心、発菩薩願心無間断。我毘奈耶、 先有願教。第三七中、於十二時、一向持仏股但羅 (’一〈) 呪。至第四七一H『、十方如来一時出現鏡交光処、承 仏摩頂。即於道場修三摩地、能令如是末世修学、 (一L) 身、心明浄、猶如瑠璃。阿難、若此比丘本受戒師、 及同会中十比丘等、其中有一不清浄者、如是道場.、 多不成就。従三七後、端坐安居、経一百日、有利 根者、不起千座、得須陀垣。縦其身心聖果未成、 決定自知成仏不謬。汝問道場建立如是。 熾ならしめ、是の翫,蜜を炎燗の内に投じて、焼きて煙をして 尽くさしめ、仏・菩薩に享せよ。四外をして編く幡華を懸けし
め、壇室の中に於ては、四壁に十方如来、及び諸菩薩の流域形像
(忍)を敷設せよ・応に当陽に於て虜舎瀝・釈迦・弥鞭・陥悶弥晦、
諸大変化の観藻の形像、兼ねて金剛髄を張り、其の左右に、帝
純・梵垂・烏劉憲騨、井ぴに藍地迦・諸、の軍茶利と、毘倶砥・
(鱈)(謎) (”) (犯) 四天王等を安じ、頻那夜迦は、門側の左右に張りて安置せよ。 又た八鏡を取りて虚空に覆懸し、壇場の中に安ずる所の鏡と方 (卸) 面相対し、其の形影をして重重相渉らしめよ。初七の中に於て、 至誠に十方如来、諸亀の大菩薩、阿羅漢の号を頂礼し、恒に六時 ぬぐ に於て呪を調して壇を園り、至、心に行道して、一時に常に一百 (ぬ) 八偏行ぜよ・第二七の中には、|向専心に、菩薩の願、心を発して間断すること無かれ・我が毘奈瓶に、先に願教有り・第三七
(廻)たら の中には、十二時に於て、一向に仏の般但羅呪を持て。第四七 日に至れば、十方の如来一時に鏡の交光する処に出現し、仏の (栂)摩頂を承けん。即ち道場に於て一二度地を修さば、能く愚くの如
き末世の修学のものをして、身心明浄なること、猶お瑠璃のご とくならしめん。阿難よ、若し此の比丘の本受戒師、及び同会 (斜) 中の十比丘等、其の中に一も清浄ならざる者有らば、是くの如 93阿難頂礼仏足而白仏言、自我出家、侍仏橋愛、求 多聞故、未証無為、遭彼梵天邪術所禁、心雛明了、 力不自由。頼遇文殊令我解脱、錐蒙如来仏頂神呪、 (一八) 冥獲其力、尚未親聞。惟願大慈、重為宣説、悲救
此会諸修行輩、末及当来在輪延琴、承仏密音、身
意解脱。千時会中一切大衆、普皆作礼、佇聞如来 秘密章句。 よ き道場は、多く成就せず。一一一七従hソ後、端坐安居して、一百日 (帽)を経ば、利根なる者、座を起たずして須陀垣を得ること有らん。
縦い其の身心、聖果未だ成らざるも、決定して自ら成仏謬らざ か ることを知らん。汝、道場を問えば、建立するこし」是くの如く せよ」と。 1つ よ 阿難、仏足を頂礼して仏に白して一一一一口う、「我出家して自り、仏の僑麹を侍み、多敵を求むるが故に、未だ無為を証せず、彼の
梵天の邪術の所禁に遭い、心、明了なりと錐も、力、自由なら 答いわ ず。頼いに文殊の、我をして解脱せしむうCに遇い、如来の仏頂神嚇を蒙りて、冥に其の力を獲と難も、尚お未だ親聞せず・惟
だ願わくは大慈もて、重ねて為に宣説し、此の会の諸亀の修行の 輩より、末、当来の輪廻に在る者に及ぶまでを悲救し、仏の密 音を承けて、身意解脱せんことを」と。時に子て会中の一切の 大衆、普く皆な作礼し、佇みて如来の秘密の章句を聞かんとす。 94【校注】 (二栴…原本は「流」に作る。大正本に拠って改正す。 三)栴…原本は「施」に作る。大正本に拠って改正す。 (三)華…大正本は「花」に作る。 (四)華…大正本は「花」に作る。 (五)砂…大正本は「沙」に作る。 (六)蘇…大正本は「醜」に作る。 (七)純蜜…大正本はこの下に「及諸菓子飲食葡萄石蜜種種上妙等食」の十六字有り。〈 (八)噸…大正本は「鑓」に作る。 (九)亭…大正本は「饗」に作る。 二○)編…大正本は「週」に作る。 二一)茶…原本は「茶」に作る。大正本も同じ。意によりて改字す。 (一二)初七中…大正本は「初七日中」に作る。 (一三)菩薩阿羅漢…大正本は「菩薩及阿羅漢」に作る。 二四)園…大正本は「緯」に作る。 二五)福…大正本は「週」に作る。 (一六)第四七日…原本は「第七日」に作る。大正本に拠って「四」を補う。 二七)若…原本は「右」に作る。大正本に拠って改正す。 二八)惟…大正本は「唯」に作る。 二九)廻…大正本は「週」に作る。 》にて補う。 95
【口語訳】 みば。とけ
阿難は仏(釈尊)に申し上げた、「世に尊きお方よ、私は如来のこの上ない慈悲深い御教えを頂戴して、、心〔の迷い〕が既に
はれわた じゅもん ざと あらかん閉悟ってしまい、〔、心呪を講するという〕修行をおこなって証るならば、無学の道が成就されるであろうことが、よく分かり
ました。〔では、この〕末法の〔世に在って、呪文を論して〕修行をしようとして、〔修行のための〕道場を〔具体的に〕建立す
きよらかる〔場〈ロ〕に、どの様に結界をすれば、世に一等き仏の清浄な規則に合致するのでしょうか」と。
仏が阿難に告げた、「もし末世の人で、〔修行のための〕道場を建立したいと願うものがいるならば、鑿雌にいる〔牛の中で
ヒマラヤも〕、その山中の脂ぎった香草を食べている強い白牛を連れてきなさい。その牛は雪山の清水だけを飲んでいるので、その
まぜ糞がきめ細かである。その糞を取って栴檀〔の粉〕と和〈□て、その〔結界しようとする〕地〔面〕に〔泥状になったものを〕塗
とマラヤ さたりなさい。もし雪山〔のもの〕でなければ、その牛〔の糞〕は臭くて糠なく、塗るに焼苣えない。〔これとは〕別に平原で地表に
せんだんじんすいそごうくんりくうっこんぴゃつこうL;…れい…かんし#穴をあけて五尺以上掘り下げ、〔そこから〕黄色い土を取って、栴檀・沈水・蘇合・薫陸・欝金・白膠・青木・零陵・甘松、
けいぜつ こ・う ふるい及び難舌〔の十種類の〕香を混ぜ加えなさい。この十種類〔の香〕を目の細かい節にかけて粉にし、土と〔水とを〕〈ロわせて
泥〔状〕にして〔平たくして掃い清めた、壇を作る場所の〕地面に塗り、〔泥を塗り固めて〕周囲が一丈六尺の八角形の壇を作
りなさい。〔そして〕壇の中心に金・銀・銅・木で造った一本の蓮華を置き、〔その〕蓮華の中に鉢を安置し、鉢の中に前もつ
つゆ はなぴら まるて八月(中秋)の露水を盛って、水の中についでにいろいろな華》栞を入れなさい。〔また〕八枚の円い鏡を持ってきて、各々その
かこ た}し〔八〕方に〔斜め上向きに外側に向けて〕置き、蓮華の鉢を園僥むょうにしなさい。鏡の外側に十一ハ本の蓮華を建立て、十一ハ
かざ個の香櫨を蓮華〔と蓮華〕の間に敷設し、香燗を〔きれいに〕荘厳って、もっぱら沈水香だけを焚き、火が見えるようにして
ゆぴようにゅうみそごうはならない。〔さらに〕白牛の乳を採って、十六の器に入れ、〔その〕乳で作った煎餅と、砂糖・油餅・乳魔(乳粥)・酢(ロ〈香
みつきょう そ くだもの ぶどうしやくみつ膠)・蜜蚕(生姜の蜜漬け)・純粋な酢(ヨーグルト)や蜜、〈及び諸々の菓子や飲食、葡萄や石蜜(氷砂糖)といった種々の最上の食
かこ そなを、〉〔八本の〕蓮華の外に各々十一ハ〔個ずつ〕華の外側を園僥むようにして、諸仏および〔諸〕大菩薩にお奉えしなさい。〔お
96供えする時間は〕常に〔仏の〕食事する時間〔である日中(午前十時~十一一時)〕であり、もし中夜(午後十時~十一一時)の場合には〔日
中と同じようにお供えをするが、その他に〕半升の蜜と三合の酢(ヨーグルト)を用意し、壇の前に別に小さな〔護摩に用いる〕
とろうばこう きかん火鑪を一つ置き、兜楼婆香(Ⅱ酢〈回)を用いて香水を煎じ取り、〔香水で〕その〔火鑪に使用する〕炭を洗い清めて、〔蝋で〕猛熾
に燃やし、〔供物として用意した〕酢と蜜を燃え盛る燗の中に投げ入れて、煙が出なくなるまで焼き尽くし、仏や菩薩に供え
はたなさい。その〔壇の〕四方の外まわりには、まんべんなく幡や華を懸け〔て飾り〕、壇がある部屋の中は、四方の壁に十方の
おすがた如来および諸々の菩薩のあらゆる形像を敷設しなさい。〔その際、〕東を向いた〔西面の〕壁には、〔報仏である〕慮遮那仏、〔現
在仏である〕釈迦仏や〔未来仏である〕弥勒仏、〔東方の現在仏である〕阿問仏や〔西方の現在仏である〕阿弥陀仏、〔虚空蔵菩
薩の福智二門であり〕諸々の形に大きく姿を変える〔千手千眼〕観音菩薩や〔一百八臂〕金剛蔵王菩薩を張り付け、その左右
うすぎまらんらかぐんだりに〔護法天である〕帝釈天や梵王や、〔教化しがたい衆生を折伏する〕烏劉沙摩、藍地迦や諸々の軍茶利〔といった明王〕と、w
ぴぐてい〔その明王を指導する〕毘倶砥(降伏金剛)や〔護法神である〕四天王(南方増上天、西方広目天、墓刀持国天、北方尾沙門天)などを置き、〔象
びんをやかの頭をした〕頻那夜迦を〔東側にある〕入口の左右両側に張り付けて安置しなさい。また、八枚の鏡を乘二中に〔斜め下向きに
だんして、壇を〕覆うようにぶら下げて、〔あらかじめ〕壇場の中に〔斜め上向きに〕置いた鏡と面と面が向き合うようにし、その
すがた 〔中に映し出された〕形影が次々と互いに重なり〈ロっていくようにしなさい。 土どころ〔次にそこでの修行の実践についてだが、一一一七つまり一一十一日の修行の中、まず〕最初の七日間は、至誠をこめて十方の
らいはい ぬぐ如来や諸々の大菩薩・阿羅漢の名号を〔唱えながら〕頂礼し、一日中ずっと〔拐厳〕呪を調え、壇〔の周り〕を園って至心に
いつしん行道して、|回あたり常に百八回〔の舗呪を〕行いなさい。一一番目の七日間(八日目~一四日目)には、ひたすら専心に間断なく
たも おこ びなや菩薩〔として持つべき全て〕の願、心を発しなさい。私の〔説いた〕毘奈耶(戒律)に、まず願〔を起こす〕という教えがある〔通
はんだちりである〕・’一一番目の七日間(’五日目~一一一日目)には、一一六時中、仏〔の説かれた〕般但羅呪(Ⅱ翰藤晩〉をひたすら謂持しなさい。
〔そうすれば〕四番目の七日間(一一十一一日目~一一十八日目)になると、十方の如来が同時に〔向かい合った〕鏡〔同士〕の光が交わる
あたまな きん士じ
所に出現し、〔その〕仏〔たち〕から〔認められて〕頂を摩でられることであろう。〔その後更に〕道場〔の中〕で一二摩地〈Ⅱ禅定)
しゆぎよう きよらかを修め〔続け〕ろならば、この様な〔仏道〕修学している末世のJbのの身心を、〔美しい〕瑠璃(青玉)の様に明浄にすることが
できよう。〔しかし〕阿難よ、もしその〔調呪による修行を行っている〕比丘に戒を授けた師や、法会中にいる〔受戒の尊証
師となった〕十人の比丘などの中に、一人でも清浄でない者がいるならば、その道場〔での修行〕はほぼ成就しないであろう。
〔なお〕三七〔一一十一日が終わって〕から後、安居して端坐し、百日を過ぎたならば、洲れた榔瞬をもつ者は、座から起つこ
しつとざぜん た しゅだおんか さとりとなく須陀桓果が得られるであろうし、たとえその身心にまだ聖果(仏果)が成就されていなくても、きっと〔将来に〕間違い
おまえなく仏と成フ。ことができるであろうことが自分で分かるだろう。汝は道場〔の建立の仕方〕について質問したが、この様に
建立しなさい」と。 あわれゐ たもん 阿難は、仏(釈尊)の足下に〔ひれ伏し〕礼拝して申し上げた、「私は出家してからというもの、仏の憐愛に頼って、多聞(釈 しんりさと 士 尊の教えをより多く聞く一」と)〔だけ〕を求めていたために、いまだに無為を証りもせず、梵天の〔伝授した〕邪悪な術〔を使った摩 とうぎやとりこ はっきり からだ登伽〕の虜になってしまい、、心は明了した状態なのに、力が自由になりませんでした。幸いに文殊〔師利菩薩〕が私を〔邪悪
いた篭§とか じゅもんな術から〕解き放ってくださいましたが、〔その時に、〕如来の〔化身〕仏〔が頭の〕頂〔で宣説れたところ〕の神呪〔である栂
ひそ厳呪〕の力を冥かに獲〔ることができ〕ましたものの、まだ〔その神呪を〕直接開いておりません。どうか大いなる慈悲をも
といあつまり もの しようらいちまして、重ねて〔神呪を〕宣説て、この会座にいる諸々の修行している輩〔をはじめ〕、末は当来〔に一曰一って〕輪廻を繰り
あわ ことば返す〔であろう〕もの〔たち〕に及ぶまで、〔全ての衆生を〕悲れんでお救い下きり、〔誰もが〕仏の〔秘〕密の立曰〔である神呪〕
ここら を承け〔間い〕て、身も意も〔迷いの世界から〕解き放たれますように」と。 あつまり すべてものたち ことばその時、〈玄座の中にいた一切の大衆は、もれなく全員礼拝し、如来の秘密の童殿句〔である神呪〕を〔じっと〕佇んで聞こう
とした。 98(1)無学道Ⅱ無学は〔一〕の注(犯)に既出。「阿羅漢の境地」(「中村」ロ・】笛⑭)。もはや学ぶべきものがない境地のこと。 (2)結界Ⅱ〔この注(釦)に既出。場所を区切ること。密教では、修法を行う一定の場所を区切り、その地域に魔障が入らないように、決められた手順 で祈祷などを行う。ここでは楊厳呪を唱えて修行する場所に結界を作るための具体的な作法を質問したもの。 (3)肥脈香草Ⅱ柚っぽくて芳香を放つ草。具体的に何を指すか不明だが、「梼厳経解蒙紗」(巻七之一、目]‐置屋)は、「浬桑経」に「雪山有草、名曰忍辱、 牛若食者、即得醍醐」(北本・巻二七・『届‐ロ圏。、南本・巻二五・コ◎す)とあるのを踏まえて、忍辱草を食べて仏性を得た牛であることを明らかにし たものだとする。肥脈は「漢語大詞典」に「指含油脂多的食物、亦指油脂多」〈第六巻・ロ巨患)とある。 (4)栴檀Ⅱ栴檀はインド・インドネシア原産の白檀科の香木。栴檀香はその栴檀の木材や根を粉末にして香としたもの。「望月」第三冊「栴檀」条(p$患)、 (5)沈水Ⅱ沈水香は梵名を阿伽噛と言い、不動と漢訳される。複数の種類の常緑喬木から採れるが、上質の香で、固く重くて水に沈むので沈水香、沈香 と呼ばれる。「望月」第四冊「沈香」条(己・韻呂)、「仏光大辞典」(ロ山患『)参照。 (6)蘇合Ⅱ「中村」は「種々の香草の汁を煎じ詰めた香膏○焼香・薬用に用いられる」(ロ・患」)とするが、「漢語大詞典」は「金纏梅科喬木。原産小亜細亜。 樹脂称蘇合香」(第九巻・己・Sc)とする。また、「望月」は蘇合香を薬草の名とし、これを甲にして舞う舞楽の題名に「蘇合香」があるという(第四 冊・や巴浅)。「仏光大辞典」は「中村」と「望月」の説を並記している(ロ・sg)。「拐厳経集解黛聞記」にも諸説が挙げられており参考となる(巻四 (、)青木Ⅱ「青木香」は薬の名前で、蜜香・木香とも呼ばれる。「漢語大詞典」第一一巻(ロ.、『)、「大漢和」巻一二(ロ」」『)参照。 (、)零陵Ⅱ零陵香は多掲羅香の漢訳で、根香・不没・木香とも漢訳される。タガラ樹から採った香。「中村」(ロ$函)・「望月」第四冊「多掲羅香」条 (己・麓S)参照。「漢語大詞典」は「香草名」(第二巻・目忠)とする。 (9)白膠Ⅱ「仏光大辞典」は沙羅樹(インド原産の常緑高木)の膠乳のこととし(□・』S])、「漢語大詞典」は「楓香脂的別名。可入薬」(第八巻69隼)とす (8)欝金Ⅱサフラン草(クロッカス)の一 「漢語大詞典」第三巻(ご」]絵)参照。 (7)蕪陸Ⅱ薫陸香。薫陸香樹の樹脂から作る香。その脂が滴って、あたかも乳頭の様になることから、乳頭香・乳香とも呼ばれる。「拐厳経釈義疏要紗」 は「海辺大樹、生在沙中、凡盛夏時、樹膠流入沙上、状似桃擢」(巻六、日29ケ~。)と言い、「栃厳経典解慰問記」には「海辺有樹、生於沙中、盛夏 樹膠流沙上、夷人採以貨之」(巻四、口『,総]ワ)とある。「望月」第一冊「薫陸香樹」条(ロ・『圏)、「仏光大辞典」(ロ&]い)、「漢語大詞典」第九巻(ロ昭、) 一 往 一
篇
``8 い]『と噂]四~‐す)。 ろ ◎ 「漢語大詞典」第四巻S・ヨゴ)参照。 のこと。その花を腐乱させ、圧して汁を採って香を作る。「望月」第一冊「繼金」条(己・巴①)、「仏光大辞典」(ロs田)、 99〆 ̄、〆■へ 1312 、-〆~〆 (u)揚地Ⅱ「梼厳経集解黛聞記」(巻四、曰『「笛岳)は、「国語」巻一八「楚語下」の注を引用して「除地を場という(除地曰場)」(「叢書集成新編」第一○九 冊・ロ・&』)とする。「除地」とは「地面を削って平らで清らかにすることで、〔そこに〕土を盛って高くしたものを壇と一一一一百うのだ(削除地面、令平浄也。 封土令高、謂之壇)」〈「拐厳経義疏釈要紗」巻六、口(Kgn)とある通りで、ここではまだ壇を作る前であるから、平たくして掃い清めた壇を作る場 (巧)方円丈六Ⅱ方円は「範囲・周囲」(「漢語大詞典」第六巻.ご」思巴、「周囲・まわり」(「中日大辞典」己・望so丈六は「|丈六尺のことで、普通の化身仏 の身長とされる。普通人は身長八尺で仏はこれに倍するところから丈六という」(「中村」□・弐庭)とあり、釈尊も身長一丈六尺であったとされるから、 恐らくこの仏身の丈六に基づいた寸法であろう。具体的な寸法については一般に周尺が用いられており、一尺が二一一、五mであるから、丈六は三六 ○mである。よって一辺が四五皿対角の差し渡し一一七、六mの八角形で、さほど大きくない壇ということになる。「拐厳経築解黛聞記」は埴に敷 設する供物・道具の多さから見て周囲一丈六尺では狭すぎるとし、方等行法の「縦広一文六尺」の例を引きながら、「直径を一丈六尺とするのが適当 だ(当取径有丈六、正得其宜)」(巻四、曰『‐麓]す)と言う。恐らく「黛聞記」の指摘通り経文の「誤談」だと思われるが、本文に従えばあくまで周囲 (焔)八月露水Ⅱ「拐厳経集解璽聞記」に「陰の気の正を得ているからだ(得陰気之正也)」(巻四、曰『「笛〕。)とする。陰気は五月に始まり、十月に終わるか ら、七月・八月は陰中、つまり陰の月の股も盛んな時期とされる(「礼記」月令・其祀門・注)。「三統暦」に「春は陽の中(Ⅱ盛んな時期)であって、 万物が生じ、秋は陰の中T盛んな時期)であって、万物が成就する(春為陽中、万物以生、秋為陰中、万物以成)」(「漢書」巻一一一上・律暦志上、中 華轡局校点本も.⑤ろ)とある様に、ものごとを完成・成就きせる水として八月の露水を用いるのであろう。 (町)油餅Ⅱ油条。中国では「練って発酵きせ塩味を加えた小麦粉を長さ三○m程度のひも状または縄状にして油で揚げたふわふわした食品。朝食にお粥 を食べる場合その添え物としてよく用いられる」(「中日大辞典」ロ隠邑ものを指す。 (氾)乳魔Ⅱ簾は粥。「乳粥」(「中村」ご・S田)のこと。 (田)酵合Ⅱ梵名は都慮霧迦(トロシカ)。訳名は蘇合とも書く。諸々の香草の汁を煎じ詰めた香膠で、焼香,薬用に用いる。「中村」「蘇合」条〈ロ・霊」)、 「望月」第四冊「都塵謬迦」条(己・患司)を参照。また、注(6)「蘇宣も併せ見られたい。 〈型蜜聾Ⅱ辞書類には見当たらないが、聾は生姜のことであるから蜜漬けの生姜の意であろう。生姜も酢合と同様、薬用に用いられる。 (幻)毎以食時、若在中夜Ⅱ「梼厳経円通疏」はこの部分を「仏は日中に食事を受けるから、常に日中にお供えをするのだ。中夜は日中になぞらえる(仏以日 中受食。故毎以日中致享。中夜例日中也)」(巻七、曰c‐患艀)と解釈している。日中は。①正午、②六時の一つで十時と十二時の間」(「中村」口.S望) が丈六である 所の意であろう。 巻(已遣)参照。 難舌香Ⅱ丁香のこと。香木でクワ科の常緑喬木。その実は丁子(ちょうじ)と呼ばれ、香料,薬用になる。「大漢和』巻一(。・国)、「漢語大詞典」第一 甘松Ⅱ甘松香○香草の名前。薬,香料として用いられる。「大漢和」は「本草」を典拠として「四川省松州地方に産す」(巻七・℃・Sg)とする。 100
(型兜楼婆香Ⅱ梵名は兜楼波・斗楼婆・都噌婆などとも表記し、白茅香・茅香・香草と漢訳される。前出の酢合(都慮憲迦)と同一のものと考えられる。 「望月」第四冊「兜楼婆」条(ロ・$。)、「仏光大辞典」(ロ怠窓)参照。 (麺)当陽Ⅱ「国訳大蔵経」は「当陽とは、壇の中央をいふなり」(巳s)と注しているが、壇の中央には蓮華・鉢があり物理的に不可能である。「当陽」は 辞書的に「南に正面して位置すること。天子の正位」(「大漢和」巻七・℃・巨箇)、「南面してということ」(「禅語辞典」己・園、)、「①古称天子南面向陽而 治。②指仏」〈「漢語大詞典」第七巻・ロ・屋召)とあり、南向きになっている北側の壁面のことを指し、天子の位である北に毘腿遮那などの仏を張り付 けて南面させるということになる。ただし、「梼厳経架解魚間記」は「拐厳経』巻二の「此の大講堂は東方に開け放たれている(此大識堂洞附東方)」 (目①,』]旨)とあるのを引き、これを踏まえて「梼厳経解蒙紗」は「西域の当陽は東に面している(西域当陽面東)」(巻七之一、目],』還す)とし、当陽 は東向きの西壁のことだとする。今回はこれに従う。 {型)塵遮那Ⅱ昆旗遮那仏(梵語ぐ昌8s目ヴァィローチャナの音写)の略で、華厳宗の本尊であるが、天台宗では毘噸遮那を法身、噸遮那を報身、釈迦 を応身と分けて考えている。「梼厳経解蒙紗」が「報仏」(巻七之一、眉]‐瞳台)と注しているのは天台の説に拠る。また、毘慮遮那は「輝くもの」の 意で太陽のことを指し、遍照・光明遍照、週一切処と漢訳されており、密教では大日如来と同体とされている。「中村」(己・」]患)、「望月」第五冊「毘 〈妬)弥勒Ⅱ梵語ではマィトレーャ(冨昌月冨)と言い、中国では慈氏とも訳す。釈迦仏の次にこの世の仏になることが約束されている菩薩で、現在は兜率 天で天人のために説法しており、五十六億七千万年後にこの娑婆世界に下生して仏となるとされているが、「当来下生弥勒尊仏」などと仏名で呼ばれ ることも多い。詳しくは「望月」第五冊「弥勒菩薩」(ロ・浅忌)条を参照。 (汀)阿悶Ⅱアシク・アシュクと読まれ、不動・無動・無怒・無瞬患と訳される。「梼厳経解蒙紗」に「東方仏」(巻七之一、目]由這■)と注されている様に、 東方千仏刹にある阿比羅提という国で成仏した現在仏とされる。「望月」第一冊「阿悶仏」条e・田)参照。 (羽)弥陀Ⅱ西方極楽世界の阿弥陀仏のこと。東方の阿悶とセットとして挙げられたものであろう。「望月」第一冊「阿弥陀仏」条〈巳])参照。 (豹)諸大変化観音Ⅱ自在に姿を変えて衆生済度をする観世音菩薩のこと。「望月」第一冊「観世音菩薩」条(且S)参照。ここでは次注にもある通り千手 (笏)釈迦Ⅱ「楊厳経解蒙紗」は「現在仏」(巻七之一、目』,匿含)と注する。「未来仏」である次の弥勒とセットである。「望月」第三冊「釈迦牟尼仏」条 (釦)金剛蔵Ⅱ金剛蔵菩薩のことだが、ここでは金剛蔵王菩薩のことであろう。金剛蔵王菩薩は具名を一百八臂金剛蔵王と言い、略して金剛蔵と呼ばれる 菩薩で、虚空蔵院に在って千手千眼顛自在菩薩と相対して、虚空蔵菩薩の福智二門の中、智徳を表するものとされる。上記の諸仏がセットで挙げら 千眼観音菩薩を念頭に極いたものであろう。 (□い』画巴全珍噸囎 慮遮那」条(□・←患己参照。 意で太陽のことを指し、疸 (同上・ロ・霊])のこと。 の意味があるが、沙門は「日中一食」で午前中に一度だけ食事をするとされるから、②の意であろう。中夜は日中の反対であり「夜の十時から十二時」 101
れていたことと考え合わせれば、ここも観音と金剛蔵が対だと考えられる。「望月」第一一冊「金剛蔵王菩薩」条(己.]麓『)参照。 (、)帝釈Ⅱ帝釈天。梵天と並んで仏法の守護神ときれる。切利天(欲界の天で、天上世界の下から二属目、四天王天の上にある)の主で須弥山の頂上の 薯見城に住むとされる。「中村」(ロ・史雇)、「望月」第四冊「帝釈天」条(g圏『)参照。 (犯)梵王Ⅱ梵天王。護法神で色界初禅天(色界の天では一番下層だが、天上世界全体では下から七層目となる)の王とされる。「中村」(己.]日、)、「望月」 詞)烏劉憲摩Ⅱ烏錦蘇摩明王のこと。一般には烏劉沙摩と轡く。火性を観じて通を得たので火頭金剛とも呼ばれ、五大明王や四大明王に数えられること もある著名な明王(教化しがたい衆生を折伏するために仏が化現した念怒相の神)である。また、不浄なものを清浄にするとされることから、禅門 寺院では必ず東司(便所)に祀られている。「中村」(□・巴)、「望月」第一冊「烏劉沙摩明王」条(□・画国)参照。明王については同じく「望月」巻五「明王」 条(□・合邑に詳しい。 〈弘)藍地迦Ⅱ辞書類にこの名前は見えない。「梼厳経義疏釈要紗」は「青面の金剛」(巻七、曰③上⑪房)のことだとする。「拐厳経解蒙紗」(巻七之一、眉]‐ 隠さ)は「釈要紗」の説を紹介すると共に、「陀羅尼集経」の「藍毘迦座」(巻一二、日田‐圏①由)と「大孔雀呪王経」の「藍毘迦羅刹女」(巻中、弓]や▲$抄) を引いて、「霞毘迦が〕即ち藍地迦なり」とする。今回は「釈要紗」の説に睡7。 (至諸軍茶利Ⅱ君茶こと軍茶利は五大明王の一人である。軍茶(君茶)は瓶のことであり、その瓶に入っている甘露水で阿頼耶識を洗浄するとされ、また災 いを取り除くとも一一百われる。「望月」第一冊「軍茶利明王」条(己,『圏)参照。「拐厳経円通疏」は「軍茶利は金剛の異号なり」(巻七、口や獣医)とする。 (妬)毘倶砥Ⅱ毘倶砥観音・毘倶砥菩薩のこと。毘倶知とも書く。観世音菩薩の額上の鮫から出生し、大念怒の相を示現して怠慢・我執を持つ諸金剛を 畏怖させる聖者とされる。密教名を降伏金剛という。「望月」第五冊「昆倶砥観幸巳条e・←沼])参照。 (訂)四天王Ⅱ護世四天王とも言う。帝釈天に仕え、天上最下層の四天王天に在って四方の世界を守護している護法神。南方の増上天、西方の広目天、東 方の持国天、北方の毘沙門天(多聞天)で、須弥山の中腹にいるとされる。「望月」第二冊「四天王」(ロ・己呂)条を参照。 (翌頻那夜迦Ⅱ歓喜天(大自在天の子)のことで、障礒・排磯の意。象頭人身とされる。壇が設けられた堂の入口の防御をするために張り付けるものであ ろう。「望月」第一冊「歓喜天」条(□・『ご)参照。尚、「拐厳経義疏釈要紗」は頻那夜迦を「双身之類」(巻六、巳?←9,)と言い、「拐厳経築解薫聞記」 巻四、「梼厳経解蒙紗」巻七之一、「拐厳経円通疏」巻七は、「旧云」として頻那と夜迦の二つに分け、「頻那は猪の頭、夜迦は象の鼻をしている二人の 使者である(頻那是猪頭、夜迦是象鼻、此二使者也)」(口『‐旨]、、目』‐⑬仁す、国]や酉g」)とする。入口の両側に張り付けるなら「二使者」の方が理解 がしやすい。 さと (羽)使其形影重重相渉Ⅱ「拐厳経義疏注経」は、「事事無磯法界」を証りやすくために「懸けられた幡や列ね〔て張り付け〕られた像の影が一つずつ鏡の中 に〔無限に〕現出するようにさせる(懸幡列像、一一皆令影現鏡中)」(巻一三、国]③‐鼠習}とする。鏡を敷設する角度は不明だが、幡・像が映るため には、真上向きと真下向きでは無理であり、片側は虚空にぶら下げるわけだから、必然的に斜めに傾けた形で置くことになろう。 第四冊「大梵天」条(己・哩色e参照。 102
(蛆)一時常行一百八週Ⅱこの部分について、銭謙益「楊厳経解蒙紗」(巻七之一、恩」‐豊さ)は諸説を手際よく纏めて次の様に述べており、今回は銭謙益 の説に従って調呪の遍数と解した。「一百八通について、長水(子藩)は「一回ごとに心呪を一百八週調えることだ」と一一一一口い、呉興(仁岳)は「これは 行道の遍数であり、呪を調える数ではない。経文にただ「常行」とだけ述べてあるからだ」と言い、温陵(宝勝)は「百八は呪の遍数である。もし行道 〔の遍数〕なら、〔「週」とせずに〕「匝」とするだろう」と言っている。考えるに、経には〔まず〕「常に六時に於て諏呪圃壇す」と一一一一口い、次に〔それを二 つに分けて説明しているのであり、前半に〕「至心に行道す」と一一一一号ているのは、「画壇」〔の内容〕を明らかにしているのであり、〔後半の〕「一時に常 行すること|百八週」と一一一戸っているのは、六時に「調呪」する遍数を明らかにしているのである。〔なお〕長水が「ただ心呪を調える」と言っているの は、「庵」の字以下の九句(楊厳呪の終わりの「オンオノリ…」の部分のことと思われるが、|股にはこの部分は八句陀羅尼と呼ばれており、九句で はなく八句に分けられている)を調えることであり、「準提」の九聖字の例と同じである。(一百八週。長水云、「毎一時、講心呪一百八遍」。呉興云、 「是行道遍数、非調呪数。以経文但言常行故」。温陵云、「百八乃呪之逓。若行道則謂之匝」。今按経言「常於六時諏呪圃壇」。次云「至心行道」看、明 園壇也。「|時常行一百八週」者、明六時諏呪之遍数也。長水言「只調心呪」者、即調嘘字以下九句、同「準提」九聖字之例。)」 (4)発菩薩願心無間断○我昆奈耶、先有願教Ⅱ毘奈耶は「仏の所説であるとされる戒律を集めた聖典のこと」(「仏教語大辞典」己]霞〉・願教については 「国訳首梼厳経」の注に、「願教とは、仏子は常に願を発すべしといふ教なり」(巻の第七・巳$)とある。「拐厳経集註」(巻七、曰『‐】『『す~〕『蟹)や 「拐厳経集解璽聞記」(巻四、凶科圏亘)、「拐厳経円通疏」(巻七、曰@と$ず)、「楊厳経解蒙紗」(巻七之一、園』‐頤堂皀)、この毘奈耶の発願を具体的に 「梵網経』巻下(忌世g弓~。)に見える一切願である十大願等を指すとする。十大願とは、①孝順父母師僧、②願得好師、③同学善知識、④常教我 大乗経律、⑤十発趣⑥十長養、⑦十金剛、③十地使我開解、⑨如法修行、⑩堅持仏戒であり、「身命を捨ててでもこの〔願〕心を念頭から去らせて はならない(寧捨身命、念念不去心)」(目隠‐]g「、)と言うc (狸)般但羅呪Ⅱ「国訳首拐厳経」の注に「股但羅とは、首拐厳呪をいふ」(巻の第七・ロ・』$)とある。 (妬)摩頂Ⅱ「仏が授記のために弟子の頂を摩すること」(「中村」己.】日⑫)。〔一〕の注(鍋)に既出。「法華経」嘱累品第二二(岩波文庫本①ロ」患)が典拠と して知られる。また「漢語大詞典」第六巻(ロ・忠一)参照。 (“)此比丘本受戒師及同会中十比丘等Ⅱ〔二に出てきた「先持比丘清浄禁戒」云々の一段を踏まえたもの。「拐厳経義疏注経」に「〔調呪の修行も〕戒根が 本であり、入道の際には入口が先決である。〔だから〕師と証人が等しく滴浄でなければならない。もし〔戒〕師と証人とが欠けていれば、〔受け継い だ戒に〕師承がないことになる。道場が成就しないのは、もっぱらそのせいである(戒根為本、入道先門。師与証人、一等清浄。師若有闘、資無所承。 道場不就、職由斯実)」(巻一三、曰③‐酉訊す)とある様に、戒を受けた本師とその受戒の際にそれを証する尊証師を指すものであろう。ちなみに具足 戒を授ける時には、一般に三師と七証師あわせて十人の「十師」「十僧」が必要とされており、尊証師は十人ではなく、七人だけである(「望月』第二 (包須膣但Ⅱ声聞四果の段初の果・預流采などと訳し、初めて聖道に入った位を指す。但し「拐厳経義疏注経」はこれを一般にいう小乗の声聞囚果の「須 戒を授ける時には、一“ 冊・三師七証・己』巴⑫)。 103
(妬)僑愛Ⅱ熟語としては辞書類に見えない。橋は鱗と同義で用いられ、「ほこる、たかぶる」といった悪い意味に用いられることがほとんどであるが、「大 漢和」に「⑥あはれむ」〈巻四・℃.】〕g〉とあるので、今回はそれに拠って「憐」の意に解した。 (忽求多聞故、未証無為、遭彼梵天邪術所禁、心錐明了、力不自由。頼遇文殊令我解脱、錐蒙如来仏頂神呪、冥護其力、尚未親聞Ⅱ「拐厳経」が説かれる 事の起こりを指す。同経の巻一(凶や]g、、荒木見悟訳注本・ロ』い~届)を参照。ここで阿難が自ら「多聞」と述べているのは、阿難が仏の十大弟子 の中で「多聞第こと称せられていたことを踏まえる。彼は釈尊の教説を最も多く記憶したとされ、釈尊の入滅後の第一次仏典結集の際に経を論出し たと言われている。「望月」第一冊「阿難」条(つお)参照。 (偲)如来仏頂神呪Ⅱ同じく「拐厳経」巻一(Nご‐一息、、荒木見悟訳本・ロ・]い~]⑪)に拠れば、釈尊が頭の頂から百宝無畏の光明を放つと、その光明の中に 千葉の宝蓮が生じ、その上に結蹴跣坐している仏の化身が神呪、つまり梼厳呪を宣説したという。 しているが、「梼厳経解蒙紗」はこの説と並べて、張無尽の「ここは末世に専心修学している利根の人のために須陀恒果の位を説いているのだから、 発菩薩願、応以大乗位次論果)」(巻一一一一、N]①‐四囲。)と一言い、第四地を須睡但と名づけている「菩薩瑠略本業経」(巻上、『、や目」ず)の例などを引用
を修めて、菩薩の願を発す話がされているのだから、大乗の極赫で果を論じなくてはなるまい(須陀桓果名通大小乗・小乗可知・今修大乗首楊厳定、
陀恒」ではないとして録、「須睡但果という呼び名は大乗と小乗を通じて用いられており、小乗については一言ワまでもあるまいが、今は大乗の首拐厳定
あわ 諸大乗の果位を会融せ〔考え〕てはならない(此為末世修学専心利根人、説須陀果位、不応以諸大乗果位会融)」(巻七之一、目」・瞳切ウ)という説を紹 介している。 (野口善敬) 104【原文] 爾時世尊従肉髻中漏百宝光、光中涌出千葉宝蓮。 有化如来坐宝華中、頂放十道百宝光明。二光明
皆偏示現十恒河沙金剛密遜、筆山持杵偏虚空界・
(一) (一一一)大衆仰観畏愛兼抱、求仏一髭稀、一、心聴仏無見頂相
(五) 放光如来宣説神呪。〔三〕世尊の宝光
【校注】 (二編Ⅱ大正本は「遍」に作る。 (二)通Ⅱ大正本は「跡」に作る。 〈三)福Ⅱ大正本は「遍」に作る。 (四)哀祐Ⅱ大正本は「侍伯」に作る。 (五)宣説神呪Ⅱ大正本はこの下、神呪の前に「大仏頂如来放光悉但多鉢但畷菩薩万行品潅頂部録出一名中印度那蘭陀受樵羅瀧頂金剛大道場神呪」の四十三字あり。
[書き下し】 子』 低くけい(1)(魁) せんよう 爾の時、世尊、肉髻の中より百宝の光を漏らし、光中より千葉 ゆうし署げにょらいはうげ い抱き(3) の宝蓮を涌出す。化如来有りて宝華の中に坐し、頂より十道百 と牢つごうがしやこんごうみっしゃく宝の光明を放牙酸)一ら一らの光明、皆な編く十恒河沙の金剛密通を
示現し、山を鑿随椛鯉押し、虚空界に偏す・大衆仰ぎ観て鳧露
兼ね抱き、仏の哀瓶を求め、一心に仏の無見頂相より光を放て
る如来の、宣説したもう神呪を聴けり。 105[口語訳】 せんまいはなぴら そのとき世尊は肉髻の中より百宝の〔美しい輝きを持つ〕光を溢れさせ?光の中に千葉の〔花弁を持つ〕宝蓮華が現れ出た。 み旧とけ いただき じゅっぼん 如来の化身が〔その〕宝蓮華の中に坐し、頂からは百宝の〔美しい輝きを持つ〕光明が十道放たれていた。一つ一つの光〔の中 かぞえきれない ぜんうちゅう
に〕は、皆な十恒河沙〔ほど〕の金剛神があまねく〔姿を〕詫蹴し、山を鑿汗糀を持って、虚空界に満ち満ちていた。大衆はこ
とか れを仰ぎ見て畏怖と愛敬の念を兼ね抱いて、仏の加護を求め、仏の無見頂相に在って光を放っている〔無為、心〕如来が宣説れ じゅもん る神呪を一心に聴いた。 [注】 6世Ⅲ (1)肉警Ⅱ仏の一一一十二相のひとつ。仏頂にある、醤のように突起した肉塊のこと。 (2)百宝Ⅱ種々の宝。「楊厳経」巻六に「即時天雨二百宝一、蓮華青黄赤白、聞錯紛糠」(ロ①」⑬。』)とある。 (3)十道Ⅱ道は筋の意。十本の光の筋。恐らく天地と八方の合わせて十方に貫通した光で、全世界を照らすことを意味するものであろう。〔一〕の注莇) (4)頂放十道百宝光明Ⅱ〔二〕の注鞄)参照。 (5)十恒河沙Ⅱ十残伽沙に同じ。恒河(ガンジス川)の砂の十倍、すなわち無限の意。(「広説」中ロ『B)。この他、〔六〕の注 (6)金剛密通Ⅱ執金剛神に同じ。金剛力士とも称す。金剛杵を持って仏法を守る神と言われる。「大宝積経」密通金剛力士品。 他、〔八〕の注(⑫)、〔九〕の注(巧)参照。 (7)撃山Ⅱこのままの語では辞嘗類に見えないが、同様の語意と考えられるものに「箪天」(「大漢和」巻五・つ.』Eがある。 などの高くそびえるざまの形容詞で力強く立ちはだかると言った意味と考えて差し支えなかろう。 (8)杵Ⅱ金剛杵、注(6)にあるように、執金剛神の所持物で、密教では煩悩を破壊し、菩提心を表す金属製の法【希 (9)畏愛Ⅱこのままでは適切な訳語がないが、字義から推して「畏れ敬う」の意と解して大過ないであろう。 (四哀祐Ⅱ哀れみ助ける。「大正本」には「侍枯」とあり、こちらなら「たのみ、たよりとすべきもの」の意となる。巖
dbOb 。 天をききえる、あるいは樹 (「広謝竺上・ロ目』)。この (u)、〔九〕の(垣参照。 並木優記 106【原文】 (「〉 阿難、是仏頂光聚悉但多般但羅秘密伽陀微妙章句、 出生十方一切諸仏。 {一一) 十方如来因此呪、心、得成無上正編知覚。 十方如来乗此呪心、坐宝蓮華応微塵国。 十方如来含此呪心、於微塵国転大法輪。 (一一一) 十方如来持此呪、心、能於十方摩頂授記。自果未成 十方如来執此呪心、降伏諸魔制諸外道。