翻刻﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄
︵八︶
肥
留
川
嘉
子
大
山
和
子
隅
田
三
鈴
高
森
松
子
凡 例 一 、﹁翻刻 ﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄ ︵ 七 ︶ ﹂ ︵ ﹃ 光華日本文学﹄第十七号 、平成二十一年十月︶の後を承けて 、京都光華 女子大学図書館蔵 ﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄の ﹁四編下﹂を 、図版を掲げつつ翻刻する 。 合巻 ﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄ については、 ﹁初編上﹂の翻刻を掲載した﹃光華日本文学﹄第十二号の﹁凡例﹂を参照いただきたい。 一 、翻刻の方針のみあらためて掲出する。 3132 1、図版は各丁見開きを一面とし、丁付けにより﹁一ウ、二オ﹂のように示す。 2、 本文翻刻は、やはり︹一ウー二オ︺のように冠し、改行位置は/で示し、丁移りは ]で示すが、書入れに ついては丁付けにこだわらない。 3、一面が二枚の絵組から成る場合、翻刻の方のみ半丁ごとに分離する。 4、原文はできる限りそのままとするが、漢字仮名とも、異体字、略体字は現行のものに改めた。 5、 読みやすくするため 、句読点を補い ︵ただし 、序文の句点は原文のままとし 、その旨を断わった︶ 、会話文 については ﹁ ﹂を 、また会話文中の会話文には ﹁ ﹂ を補った 。原文にある ﹁ は﹃ に改めた ︵原文の ﹂ あるいは ﹄は、 ﹄とした︶ 。さらに仮名を適宜、漢字に置き換え、その場合もとの仮名をルビに移した。 6、 原文の振り仮名は 、右と区別するために ︵ ︶に入れた 。ただし 、袋 ・表紙および序文等 、一部原文のまま の振り仮名に︵ ︶をつけなかったところがある。その場合は、その旨を断わった。 7、書入れは本文のあとへ一段下げて、文意の通り易い順に記した。 8、本文中にある読み進めるための合印については、すべて ● で統一した。 9、 ﹁初編下﹂に至って出てきた 、本文中の ○ ︵段落を改める意識で使用されている模様︶は 、その位置にその まま翻刻した。 一 、末尾に 、﹁ 翻刻 ﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄ ︵ 七︶ ﹂までに倣って 、﹁四編下﹂に出るもののみながら 、登場人物名 ︵ま れに地名もある︶と、元の読本﹃南総里見八犬伝﹄の相当する名称との、対照表を付した。
33 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) ︹原表紙︺ ︵読み仮名は原文のまま︶ 犬 の草 紙 一 名 八 犬傳 笠亭仙果鈔録 四編下 ︹原表紙見返し︺ ︵読み仮名は原文のまま︶ 江/戸/に/し/き/縮/冩 うつの山/すへつて 俵 ころひ/しつ しかしけが/なく こしの/下ヶもの 犬の草紙/四編下 仙果寫 仙果録/豊國画/蔦吉版 図版1 四編上原裏表紙(色刷)、四編下原表紙(色刷)
34 ︹十一オ︺ 三 二の巻 より 御 目 にかゝる顔 あらん 。及 かじ 、流 れに 身 を沈 め、骸 も/留 めずなりなん﹂と既 に川 辺 に臨 み 給 ひ、 遥
く
其 方を/眺 め遣 り、 「 密 かに使 ひを幾 度 も遣 せ給 ひし母 上の 、今 /如 何 にしておはすらん 。 身 を 徒 ら に 為 す 由 を 、 せ め て 一 筆 書 き / 置 か ば 、 また人 の見 ることのあらん。なくて朽 ちなば朽 ちもせ よ、 我 が/命 毛 も今 暫 し﹂ 、野 辺 の草 花引 き捩 ぢて 、 折 り持 つ/菊 は散 らねども 、ほろく
落 つる露 涙 、袂 の時 雨/袖 の雨 、濡 れく
窟 へ帰 り給 へば 、 八 房は /山 の芋 柿 栗 なんどを銜 へ持 て来 て、 姫 を/待 ち侘 び 居 たりしが 、見 るより早 く駆 け出 でゝ袖 に/纏 はり後 に付 き 、 また先 に立 ち尾 ゝ振 りて/さながら迎 へ入 る 如 くし 、 只 管食 事 を勧 むれ/ども 、姫 はなかく
見 るも転 てく、絶 えて/言 葉 もかけ給 はず。残 り少 なき /料 紙 を取 り出 し、皺 引 き/延 ばし筆 執 りて、ありし /ことゞも一 つも洩 らさず 、 文 /書 き終 はり読 み返 図版 2 原表紙見返し(色刷)、十一オ35 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) し、 巻 きて/片 方に差 し置 き給 ひ、 猶 /様
ぐ
の繰 り言 も言 ふほど/愚 痴 と思 ひ切 り、 彼 の花 を/仏 に参 らせ 、 西 に向 かひて/しばく
拝 し、 襟 に掛 けたる数 珠/執 りて押 し揉 み給 ふに 、常 に変 はり/怪 しや音 のせざりけれ ば、 執 り直 しよく見 給 へば 、/彼 の数 取 りの八 つの珠 、如是畜生 によぜ ちくしやう しかぐ
の文 字 は/またしも跡 無 く消 え、 再 び元 の仁義礼智 じんぎ れいち 忠信孝悌 ちゆうしん かうてい /の文 字 となり 、いと鮮 やかに読 まれたり 。斯 ゝる不 思 議 を見 給 ふに も/弁 へ難 きことなれども 、﹁ 我 が浅く
しき心 には 、犬 の気 を受 け/懐 妊 し、 恥 ぢて非 業 の死 を為 すは畜 生 道 の苦 患 なり。● ●されども仏 の/大慈 悲 にて八 /房 さへも菩 提 に/入 れば、 来 ん世は/仁 義 八 行 の/人 に生 ま/ れん 。その/由 を/此 処にし/めし給 ふ/ならん 。/さあらば/犬 をも/手 に/かけて/殺 さば 、/彼 も/畜 生 の/苦 を免 /れん/縁 と/ならんか。/さばれ/殺 すも/また痛 まし。/この由 /詳 しく/彼 に/示 し、/ へ ぎ つ ︹十一ウ︱十二オ︺ き ゞ つ 好 むところに任 すべし﹂と数 珠を左 の手 に/掛 けて 、八 房に差 し向 かひ 、﹃やよ八 房、 我 が/言 ふことを よく聞 く べ し。 我 身 を恥 ぢて/命 を捨 つる覚 悟 を極 めし 。/業 至 り、 仏 果 の験 を/目 の前 に見 たれば 、一 旦 /畜 生 道 へ伴 はれし/恨 みも晴 れ、 菩 提 の友 と/思 ふ汝 、月 頃 読 経 の/声 を喜 び、 や ゝ 煩 悩 をも/払 ひし身 の、 我 が今 此 処に/死 ぬを見 て里 に帰 らば/友 犬 に咬 まれ 、童 の/ 䈈 に打 たれ 、一生 /呵 責 の責 めは逃 / れ じ。 ま たこの山に/留 まるとも 、/明 日よりしては/誰 あつて/経 読 み/聞 かする/者 も/無 くば 、/菩 提 の/心 /ま た失 せて/畜 生 /道 を出 で/難 からん 。/命 を]捨 てゝ人 /間 に生 まるゝ/ことを 冀 はゞ 、/我 とともに/身 を投 げて疾 く/彼 の岸 へ至 れ/よかし 。されども/時 は猶 早 し 。/名 残の御 経 /読 誦 せ ん、 汝 も/これを 聴 聞 せよ 。/読 み終 はらばその時 を/最 期 と心 得 、汀 へ/出 でよ 。命 惜 しくば/野 にもあれ 、里 にも帰 /りて 老 い朽 ちよ 。よくわき/まへて 、 生 きるとも死 ぬとも/心 に任 せよや﹂と諭 し/給 へば 、八 房は頭 を/垂36 れて聞 ゝ居 りしが 、暫 /くは憂 ふる如 く 、 また/ 尾 ゝ振 りて喜 ぶ如 く 、/涙 をはら
く
流 し/けれ ば 、﹁この犬 実 に/得 度 せり 。 ﹁ 子 にも孫 /にも祟 り をせん ﹂ と言 ひし/女の恨 みも晴 れ、 末ぐ
/障 礙 あるべからず 。心 /安 し﹂と打 ち喜 び、 上 /平 か なる石 を以 て へ ぎ つ ︹十二ウ︱十三オ︺ き ゞ つ 机 に代 へて座 を組 んで 、/法 華 経 の五の巻 なる/提 婆 品 をぞ読 誦 ある 。/そもく
これは 、八 歳 の龍 女 /菩 提 の験 を/顕 し 、女人 によ にん /成 仏 示 さ れ/たる 、いとも尊 き/要品 えう ほん なれば 、身 の為 /犬 の為 にとて今 を/限 りの御 声 高 く、 / そ の 美 しさ清 けさは/例 ふるにものなかるべし 。/松 の嵐 は琴 を 調 べ/谷 の水 は鼓 と響 き、/聖 衆 の来 迎 他 所/なら ず 。はや御 経 も/果 てに及 び 、﹁一切衆生 いつさい しゆじやう /黙 然信受 もくねん しんじゆ ﹂と読 み切 り/給 へば、八 房は立 ち上 がつ て/婦 志 姫 を見 返 りく
汀 を/指 し、 静く
立 つて 行 くほどに 、/対 ひの岸 より 弦 音/ 高 く 、 いと強 か 図版3 十一ウ、十二オ37 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) なる 雁 股の 矢 /一 つ来 つて 八 房の 喉 を射 通 し、 / 余 れる矢 先 婦 志 姫 の右 の乳 の下 /斜 めに射 削 り、 巌 に 当 たり矢 の根 は片 方に/飛 び散 つたり 。 八 房 も /はつ たと倒 れ、姫 も一 声 /﹁あ﹂と叫 びて横 様に]伏 し転 び給 へり。この/時 久 しく川中 に/立 ち塞 がりし雲 / 霧 の、 今 射 かけたる/矢 の響 きにつれて/忽 ち晴 れ /渡 り、二 十歳/ばかりの一 人の/若 者、狩 人/めい たる出 立 ちし 、/柿 の脚 絆甲 /掛 して 、莚 織 の/頭 巾 の紐 を結 び弛 /めて後 ろへ脱 ぎかけ 、弓 を/携 へ 箙 を背 負 ひ、対 ひの/岸 に現 れたり。此 は誰 ぞ、/ 去 年の秋 、庵 西へ/使 ひして追 つ手 の者 と/手 痛 く 戦 ひ、その後 行 方/知 れざりし金 毬大助 /孝 則なり。 予 て浅 瀬 も/知 つたりけん 、件 の川へ下 り/立 つて 一丈 いち ぢやう 余 りの流 れを/横 切 り、瞬 く隙 に馳 せ/渡 る に、水 高 股 だに越 え/ざりけり。此 方の岸 を/上 ると 斉 しく 、鉄 の胴 金 /繁 く纏 へる山刀 の鞘 /ながら 、 打 ち倒 れたる八 /房 を力 に任 せて● ●五六/十 、打 ち/終 はつて/につこと/笑 み 、 その/まゝ姫 の/御 側 へ/進 み寄 り/しが、 ﹁あなや﹂/と叫 び、思 はず/尻 居 図版4 十二ウ、十三オ
38 にどうと座 し/呆 れ果 てしが 、●]●/再 び/立 ち寄 り驚 /き騒 ぎ、 抱 き起 こし 、/傷 口見 れば 、浅 傷 /なれど も脈 は上 がり/身 は冷 えたり 。 腰 の/薬 を取 り出 だし 、/水 以 て口 に/注 ぎ入 れ 、/呼 び/生 くれ/ども/しる /しも/見 えず 。大助 は/拳 を握 り、 我 が/手 に身 内 を掻 き/毟 り、 悔 し涙 は/滝 の如 く、 / 立 つたり居 たり/ 身 悶 えし 、﹁ 折 /角 仇 を仕 留 /めし甲 斐 なく 、姫 ]君 救 ひ/参 らせん/と思 ふ/忠 /義 は/不 ちゆ/うと/なり 、 /●]●千万 /無 量 の/罪 を得 たり 。/幾 度/悔 ゆとも/返 りはせじ 。/心 /ばかりの/申訳 、/黄 泉の/御 供 / 仕 /らん﹂と/差 /添 /抜 き持 ち 、/念 仏 と/共 に/左 手の/脇 腹/撫 で下 ろし 、/突 き/立 てんと/する/ 折 /こそ/あれ、/ 弾 / 丸 /一 つ]飛 び来 つて/右 の腕 に/はつしと当 たり、/● ●思 /はず/刀 /取 り /落 とし 、/辺 りを/見 れば/後 ろ/なる/木 立 /の内 /に声 /ありて 、/ ﹃鼯 鼠は/木 末求 むと/あしびきの山 の/猟 男に へ ぎ つ ︹十三ウ︱十四オ︺ き ゞ つ 遭 ひにけるかも 。/金 毬大助 /早 まるな 、暫 く/待 て﹂と呼 び/かけて 、/● ●/郷 實 治 部 /大 夫 /義 真 /朝 臣、 熊 /の皮 の]行 縢に豹 の/毛 の尻 /鞘 の/野 太 刀 豊 かに/腰 に佩 き、 唯 之/をたゞ一 人後 に/従 へ立 ち出 で給 へば 、/ ﹃思 ひがけなき我 が/君 様 、許 させ給 へ、 面 /目 なし﹂とまたも刃 を/取 り上 ぐ る を、 手 に持 つ弓 にて/しつかと止 め、 ﹃ 死 罪 を犯 し山に入 り、 我 が儘 に切 /腹 せんとは重
く
の不 届 き者 め﹂と叱 り懲 ら/ され 、大助 は ﹁はつ﹂とばかりに恐 れ入 り、 刃 を/捨 てゝ平 伏しけり 。義 真は婦 志 姫 を見 て/打 ち嘆 き、 側 らに 散 つたる数 珠と書 置 を/九郎に取 らせて読 み終 はり、 ﹃ 珍 しや 金 毬 /大助 、何 故 あつて身 を隠 し、今 ゝた犬 と/姫 を 殺 す。 仔 細 は如 何に 、詳 しく語 れ﹂と問 ひ/給 へ ど も、 返 事 もえせで猶 身 を縮 め、 頭 も/え上 げず 。﹃大助 、 君 の御 諚 なるぞ 。刃 を/収 めて御 返 答 、早 く申せ﹂と唯 之に言 はれて/大助 漸 くに頭 を上 げて刀 取 り39 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) 上 げ、 差 /添 諸 共唯 之に 渡 して少 し引 き退 き、 /﹃死 に遅 れして我 が君 に図 らずも見 え 奉 る。/その嬉 し さも去 年 今 年、 重 ね
ぐ
の落 ち度 にて/申解 くべき 言 葉 もなく、物 語 るほど我 が罪 を覆 ふ/やうには候へ ど、たゞ一 行 申上 げん。去 年庵 西に/欺 かれ、大 切 なる御 使 ひえ果 たさずして/身 を逃 れ、帰 る道 にて追 つ手 の敵 と手 痛 く戦 ひ 、 ●]●辛 くして/帰 れど城 は十 重 /二 十 重 攻 め囲 み/たる折 なれば、/入 ること 叶 /はず。東 /條 もお/なじ様 /にて、差 し/当 たり /身 の置 き/所 /も/無 き/次 第 。/ ﹁ いで敵 陣へ /突 き入 つて 、/斬 死 /せん ﹂ と/逸 りしが 、 /自 ら/心 を落 ち/着 けて 、それも/また無 益 /なり 。 弱 からね/ども二 つの/城 、 ともに/兵 糧 /乏 しけれ ば、 / 我 鎌 倉へ]急 ぎ着 き、 / 管 領 家 へ/推 参し/ 事 の由 を/委 曲に述 べ、/嘆 きて救 ひ/を請 ふといへ ども、/主 君の書 状 を/持 たざれば、人疑 ひて/事 調 は ず 。 此 処 に も / 無 益 の 日 を 費 / や し 、 安 房 へすごく
/帰 り来 れば 、/庵 西かげ列 /はや滅 びて/一 国君 の/御 手 に/付 きぬ 。/ ﹁ あらよろ/こ 図版5 十三ウ、十四オ40 ばし ﹂ と/思 ふ/にも、/露 /ほどの/手 柄 も無 く、/ 時 遅 れて/をめ
く
と/見 参には/入 り難 く、 さ り /とて今 更 へ ぎ つ ︹十四ウ︱十五オ︺ き ゞ つ 腹 も/切 られず、/ ﹁ 時 節 を/待 たん ﹂ と故 / 郷 の上 総の/天 羽 の関 村 に/縁 訪 ねて 、百 /姓 の 何 某に/身 を寄 せて 、/去 年 と今 年/と月 日/を● ●重 ね、この頃 人の噂 にて/姫 君 のこと確 かに聞 ゝ、 ﹁ これはいみしき君 の/御 恥 。その犬 怪 しきものなり とて形 だに/あるものならば 、殺 すに難 きことかあ らん。密 かに/冨 山 に分 け登 り、犬 を殺 して姫 君 を/ 救 ひ取 り参 らせなば 、前 の落 ち度 を贖 ふ/一 つにな りこそせめ ﹂ と人 目 を忍 び當国 たう こく へ/立 ち帰 り、 冨 山 に登 りて御 在 処残 る隈 なく/尋 ぬといへども、川より 彼 方は霧 深 く、 水 の/浅 瀬 も窺 ひ難 く、 今 日 も川 辺 に立 ち出 でゝ、/気 は苛 立 てども力 及 ばず、汀 の松 に腰 /打 ち掛 け、 見 れども見 えぬ谷 川の彼 方に当 たり、 /悲 しげに経 読 む女の優 しき声 。 ﹁ 此 は疑 ひなき/姫 君 ﹂ 図版6 十四ウ、十五オ41 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) と嬉 しきものから、 ﹁ 御 有 様 見へぬは]口 惜 し。この時 に頼 むは 神 明仏 陀 の冥 助 ﹂ と/ ﹁ 洲 崎 の明 神 、名 護 の観 音 、 孝 則が 忠 義 哀 れと/思 し、 霧 を払 つてこの川を容 易く渡 らせさせ給 へ ﹂ /と 、神 を凝 らして目 を開 けば 、不 思 議 や 忽 ち雲 霧/ 晴 れ、見 渡 す山に 洞 穴 あ り。女の姿 は確 かに/姫 君 。思 ひしよりは瀬 も浅 し。 ﹁ いで渡 らん ﹂ と踏 ん/込 めば 、片 方にありし犬 めくもの此 方を見 つけて馳 せ来 る様 、/ ﹁ 奴 寄 せ付 けては悪 しかりなん 、先 づ射 て取 らん ﹂ と携 へし弓 /執 り直 し、 ﹁ 先 祖 より伝 へし矢 の根 はその昔 、怪 鳥 を/仕 留 めて目 出 度 き吉 例、霊 ある獣 も/これ にて射 たらば仕 損 ずまじ ﹂ と、/予 てより用 意 /せし矢 を打 ち/番 ひ、忘 るゝ/ばかり引 き/絞 り、/狙 ひ/澄 ま/ して/切 つて/放 せば 、/矢 響 き/ 諸 共/ 彼 の/犬 は/喉 を/射 貫 かれ/汀 に伏 す。 / ﹁ してやつたり ﹂ と/早 川 の● ] ●水 より/速 く渡 り/来 て、 見 れば/無 惨 や姫 /君 も余 り/の矢 先 に/この 有 様。/法 度 を/破 りその上 / に、 主 君を / 殺 す大罪 /人 。切 腹 / せんとせしは/粗 忽 。如 何なる/ 刑 罰受 く/とても御 /恨 みには/存 ずまじ 。 /縄 かけて賜 べ 、/森 口氏 ﹂と/我 が手 を後 /ろへ押 し回 す 。/九郎は聞 く
く
/頷 くのみ 、/主 人の/気 色 を/窺 へは 、/義 真/数 多吐 息 /を吐 き、 ]﹃ 思 ひ し / ことの食 ひ ち / が ひ、 思 はず/重 ねし罪 /なれど 、刑 /罰 は許 さ/れじ 。されども/姫 が死 せしは/天 命。 彼 /もし汝 に/射 られずは 、/またこの川 の/藻 屑 とならん 。 /その書 置 /読 み聞 かせよ﹂/と仰 せに/唯 之声 を/上 げ、 読 めば/大助 感 /涙 に噎 びて 、/姫 の優 れ/たる心 様 /を聞 ゝ知 るにも、/いとゞ我 が/身 の粗 /忽 を/悔 やみぬ。/義 真は/大助 に今 日 /この山に へ ぎ つ ○此 処も/昔 ありし/ことを 義 真 /の/ 物 語 りに/よりて/描 ゝす。 ︹十五ウ︱十六オ︺ き ゞ つ 入 り給 へる事 の由 を語 り給 ひ、 ﹁あの川上 を/巡 りつゝ、この岩 室の後 ろに出 で、今 この所 に/近 づく折 、 この有 様に及 びしかば 、隠 れて様 子 を/窺 ひ居 たり 。犬 を殺 して婦 志 姫 を救 ひ取 るべき/ものならば 、大 きなる42 恥 を忍 び、 今 日 まで/汝 が手 を待 たんや。賞 罰 の道 を /重 んじ、一 言の義 を立 つる為 /娘 を捨 て、娘 もま たこのはづ/かしめを望 みて承 けたり。我 その/始 め 玉 章を助 けんとして/また殺 させし、それを計 らふ者 は/誰 そや 、汝 が父 の八郎孝 よし 。彼 が/切 腹せし 時 に影 の如 くに女の/姿 、我 が眼 にのみ遮 りしは /彼 の玉 章の怨 念 に て、 猶 飽 き/足 らで狸 となり 、 また犬 の身 に/ 魂 を寄 せて娘 を伴 ひ出 だし、/親 には甚 く物 思 はせ 、娘 はまた/思 ひも寄 らず八郎が 子に討 たれたる。また/大助 は罪 なくて身 を隠 し、ま た忠 義 /より罪 を得 たるも逃 れぬ因 果 。そのみな/ もとは義 真が皆 粗 忽 より事 起 こり、物 が/言 はせて畜 生 に娘 をば許 ししも、許 さる/まじき玉 章を、許 せ と言 ひてまた斬 らせし/言 葉 の露 の末 遂 に、この谷 川 に落 ち/合 うて、苦 しき山に生 死の海 を/見 るこそ浅 ましけれ 。猶 も心 に/恥 づかしきは八郎孝 よし 、功 /ありて終 はりをよくせぬ残 /念 さ。大助 には東 條の 城 ]を与 へて婦 志 姫 を嫁 に/やらんと 、心 には予 て 許 /しておきつるが、大助 は/行 方知 れず。婦 志 /姫 図版7 十五ウ、十六オ
43 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) はまた犬 に/取 らせ、実 に/我 こそ/●] 四 ●/罪 は/あれど 、 今 /更 深 くな]我 を恨 みそ 。/役 行 者 の/示 現 にて 、犬 も/菩 提 の/心 /を起 /こし 、 / 姫 もその身 を汚 され/ざりし由 も知 られて 、/我 が家 の恥 を雪 /ぐは何 より/嬉 し。 / 姫 を殺 /して涙 /一 滴零 /さぬ心 を察 /せよ﹂と仰 せに、 /大助 鼻 打 ち/ 䔯 み、 目 を押 し拭 うて/形 を改 め、 ﹃父 の/自 殺 も我 が薄 命も、 御 物 /語 りに不 審 は晴 れぬ 。元 来君 /を些 かも如 何で恨 みに思 ふべき 。たゞ/身 の罪 こそ恐 ろしけれ 。婚 姻のこ と/などは 承 るも恐 れあり 。心 ありて/姫 君 を助 けに山 へ入 りしなんどゝ 、後
く
/人 の言 はんも転 てし 。 はや首 刎 ねて賜 はれ﹂と/覚 悟 の態 を見 もやらず 、﹃されども姫 が手 傷 は浅 し 。/この傷 にて死 ぬやうはなし 。思 ふに 、片 時身 を離 さぬ/数 珠打 ち捨 てし故 にやあらん﹂と婦 志 姫 が襟 に打 ち掛 け●]●暫 く祈 念 /し給 へば 、不 思 議 /なるかな婦 志 姫 は/眼 を開 き起 き/上 がり、 辺 りを/打 ち見 て、 ﹁父 上 /唯 之/大助 /さへも/此 処へ来 て、 /あら恥 づ/かし﹂と/顔 を/覆 ひ/さめく
と泣 き/給 へば 、義 /真 は/背 を撫 で/擦 り 、/ありし/ことゞ も/具 さに/語 り、 /﹁ 婿 に/せばやと/心 に/定 めし/大助 も/来 て 、 /それ]故 に/斯 様 /く
﹂と/告 げ /給 /ひ、/● ●/﹁母 の嘆 きを/深 く察 し、屋 形 へ/帰 れ﹂と言 葉 を/尽 くし勧 め給 へば、/唯 之等 も/﹁御 孝 行 には/代 へ難 し。 / 万 事 を/捨 てゝ思 し/立 ち、 帰 らせ/給 へ﹂と申 /せども 、答 へも/なさず泣 きに/泣 き、 ﹁元 の/身 にしも/あるならば 、/母 様/にも会 はま/ほし 。/父 の/仰 せを/如 何 でか/背 かん 。/怪 しき/胤 を へ ぎ つ44 ︹十六ウ︱十七オ︺ き ゞ つ 身 に宿 し、 人 交 じらひがなるものか 。/況 し て金 毬大助 は、夫 なんどゝはのた/まふまじ。彼 もし 夫 に定 まりたらば、/八 房に伴 はれしは夫 を/重 ぬ るいみしき不 義 。また八 房を/夫 とせば、大助 は我 が 為 に他 所 に/見 られぬ仇 なり 。されば 、/犬 も大助 も我 が夫 /には候はず 。 この身 は一 人/生 まれ来 て 一 人で帰 る/死 出 の旅 、止 め給 ふは情 け/なし。子を 生 まずして死 ぬ者 は/血 の池 地 獄 に堕 つといふ。それ を/厭 ふにあらねども、怪 しく宿 りし/犬 の胤 、正 さ で死 ぬはいと口 /惜 し。 惑 ひを/解 かん/その為 / ぞ ﹂ と、 懐 /剣 抜 き持 ち/腹 へ突 き/立 て、 真 一 / 文 字 に/● ●/切 り裂 き/給 へば 、] 傷 口より/一 筋 の/白 き煙 /現 はれ出 で、/彼 の水 /晶 の数 珠 を包 み空 へ昇 ると見 えけるが 、/数 珠 の緒 切 れて一百 いつ ひやく はそのまゝ土 へ/からりと落 ち、残 れる八ツの数 /取 りの珠 は御 空 に飛 び巡 り、/光 を放 ちて/星 の如 し。 /折 節/吹 き来 る/風 につれ、/彼 の珠 /四 方 に/乱 れ散 り、/何 処とも/なく●]●消 え/失 せて、/跡 図版8 十六ウ、十七オ
45 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) は/東 の/山の端 に/夕 /月 の/影 差 し/昇 れり 。 /深 傷 に屈 /せず 、 飛 び去 る/光 姫 は/見 遣 りて 、 /﹁喜 ばしや、/神 の結 びし/腹 帯も/疑 ひも]皆 解 けたれば 、/心 に懸 ゝる/雲 ゝなし 。 /南 無 阿 弥 陀 仏 ﹂と/手 を合 はせ 、刃 抜 き/捨 てはたと伏 し、 遂 に/事 切 れ給 ひけり。/女 には似 気 無 きまで/逞 しき御 最 期 、/いとゞ哀 れは深 ゝりけり 。/各
く
/涙 を/止 めかね、/大助 も/姫 君の/自 殺 に/心 /励 まされ、/その血 /刀 を/拾 ひ/取 り、/再 び /腹 に/突 き/立 てんと/するを/義 真/叱 りつけ 、 /﹃またしても へ ぎ つ ︹十七ウ︱十八オ︺ き ゞ つ 我 が身 勝 手 。/さほど命 の捨 て/たくば 、 此 処にて成 敗/して取 らせん 。観 念 /せよ﹂と義 真 は/大助 が後 ろへ/回 り、太 刀 抜 き/持 つて居 /給 へ ば、 / ﹃ 冥 加 に/余 る君 の/御 手 討 ち。はや/遊 はせ﹂ と襟 /差 し伸 べ、差 し/俯 きて覚 /悟 の態 。刃 /振 り上 げ/大助 が/ 髻 /すつぱり/切 り捨 て/給 ひ、 図版9 十七ウ、十八オ46 /﹃大助 が/刑 罰相 /済 んだり。我 /もし民 と/諸 共に● ●今 日この山 に/登 りなば、大助 に/罪 無 かるへし。/ 首 に/代 へたる/ 髻 は 、 /これ八郎/への我 が/寸 志 。/父 なり/子なり 、/死 するに/臨 み 、 /その罪 に/ 陥 つても/ 主 人 も/救 ふに/由 無 きこと 。/如 何にともせん/術 無 し。 嗚 呼/大輔 だい すけ とは大国 たい こく /を輔 た す くる臣 し ん と なれ/かしと名 付 けし/のみか 、我 もまた/治部 ぢ ぶ の大 輔 の/官 に進 み 、/読 みこそ違 へ共 に/大輔 たい ふ 、我 が身 に かゝらん/その役 を代 はりてその/身 に承 けたりけん 。 可 惜]若 者埋 もれ木 と為 す/残 念さは 、目 前の姫 の/別 れ に勝 りて口 惜 し 。 たゞこれ/よりは親 の為 、娘 が為 にほと/けに仕 へ、 名 僧知 識 となれかし﹂と/声 曇 らして宣 へば 、大助 も噎 せ返 り/地 に平 伏して有 難 涙 。/唯 之も鼻 打 ち 䔯 み、 ﹁今 に始 /めぬ君 の仁 心。和 殿 ゝ身 には/一 郡 いち ぐん 一城 いち じやう 千万貫 せんまん ぐわん の禄 にも/勝 り、 満 足 な らん﹂と諫 められ 、/大助 漸 く涙 を飲 み込 み、 /﹃ 畜 生 さへも 得 度 /せり。愚 かに拙 き/ 某 も今 より/ 諸 国を 経 巡 り/て、難 行 苦 /行 に身 を/責 め懲 らし、姫 /君 の後 世 を /弔 ひ、 御 家 の/武 運 を祈 る/べし 。よろづ/犬 より事 /起 これば 、犬 い ぬ と/いふ字 を二ツに/分 け 、大助 の/大 をそのまゝ丶大 ちゆ だい と/名 乗 り候べし﹂ 。 へ ぎ つ ︹十八ウ︱十九オ︺ き ゞ つ ﹃天 晴れ、 /美 しくも申 し/たり。回 /国 修 行 /のその序 で、 /姫 が自 殺 の/傷 口より/白気 はく き 棚 /引 き、 八ツの珠 /飛 び去 つて/八 方に/分 かれて跡 無 く/消 え失 せしは 、/畢 竟 その/故 なくばあらじ 。/後
く
思 ひ /合 はすること/必 ずあらん 、/心 を留 めよ 。/残 りの/数 珠は門 /出 の餞 別。 / 大 事 に/掛 けよ 、入 /道 ﹂と /賜 へば/丶大 ちゆ だい は/押 し頂 き、 /﹁ 飛 び去 つ/たる八ツの]珠 、/此 の世 に/在 らば/残 らず/集 め、 / 元 の /如 くに/繋 ぎ/合 はせん 。/さらずは/再 び/この国 へ/足 は向 けじと存 /ずれば 、これ今 生 の/御 別 れに 候 ふべし﹂/とぞ申 しける 。この時 /夜 もはや初 夜 に及 び、 / 月 澄 み渡 り昼 の/如 し。 山 松 の影 /岩 越 す水 、猿47 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) のみ/叫 び、 鹿 の声 /いと物 凄 く/哀 れなるに 、/ 行 ひ/澄 まして/おはしけん/姫 の/御 事/思 ひ/ 出 で、 ● ●主 従 頻 りに感 じ合 へり 。/この時 九郎と 大助 は、 申 し合 はせて/言 葉 を揃 へ、 ﹃ 兎 角 する間 に 宵 も過 ぎ、/道 遠 く山嶮 し。さりとて此 処 にて●]● 明 か/さんには、/夜 更 けに/及 び毒 /ある蛇 、/猛 き獣 等 /姫 君の御 /亡 骸を目 がけ/なば 、いとも便 /無 く候はん。御 亡 /骸 を二 人して/手 舁 きにして我 が君 に/松 明を 奉 り 、/疾 く
く
山 を下 るに/及 かじ﹂と言 へば義 真、 /﹁ 其 は拙 し。 弓 矢 執 る/我く
三人、亡 骸を/守 もえせず慌 てゝ/麓 へ下 るべ きか。女の/身 にて年 一 年、山 /籠 りせしこの姫 が/ 魂 魄去 らずは、汝 /等 をさぞ女 々 しとて/笑 ふべき。 歯 朶 折 り曲 げ/て火 を焚 けかし。我 も/破 子 を開 くべ し。 / 急 ぐことか﹂と宣 ふに 、/二 人は恥 ぢ入 り/ 亡 骸を/洞 の中 へ]入 れ参 らせ、/兎 角 するほど/対 ひの/岸 に/数 多の/松 明ひら/めきて、人声 /僅 か に/聞 こえたり。/唯 之汀 に/駆 け出 でゝ、 ﹁ 御 /迎 ひの人ぐ
/ならば 、この瀬 を/渡 して早 く来 れ。 図版 10 十八ウ、十九オ48 /思 ひしよりはいと/浅 し﹂と呼 ぶ声 彼 処へ/聞 こえ しにや 、数 多の人影 /群 立 ちつゝ山を下 り岸 に/降 り、馬 を引 き入 れ打 ち渡 /りし。中 にも女乗 物を釣 り /台 に括 り付 け、健 やかなる/男 共 赤 裸 にて舁 き/ 来 りぬ 。これは麓 に残 さ/れし供 人共 と、 滝 田より /急 の使 ひに参 りし者 と/一 つになつて来 りしにて 、 彼 の乗 /物 は垣田 かい た とて五 十子 御 前 の/側 仕 へ、 前
ぐ
も密 か や に/山へ来 りし 老 女 なり。/ ﹁彼 の釣 り 台 は、雨 具 へ ぎ つ ︹十九ウ︱二十オ︺ き ゞ つ 松 明乗 せ来 /りしものなるべし 。火 /急 の使 ひ気 遣 はし﹂/と唯 之駕 籠 の戸 を開 /けば、垣 田 は中 より転 び出 で、/白 絹にて腹 帯締 め/同 じく後 ろ鉢 巻 し 、/心 雄 々 しき女ながら/道 を揺 られし早 /駕 籠 に今 更眼 /眩 きて 、絶 え入 らんと/して人ぐ
に 呼 び励 /まされ、御 前 に出 で、/﹃御 館 を出 でさせ/ 給 ひて後 、奥 様の/御 病 き益く
/重 らせ給 ひつ ゝ、 ﹁ 我 が/君 は何 処におはする 。 /如 何 にく
﹂ と 図版 11 十九ウ、二十オ49 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) 囈 言/にも言 ひ止 み給 はず 。/御 曹 司 義 業君 /にも拵 へ侘 び、 / ﹁ 実 は冨 山 へ行 かせられ 、/斯 様
く
﹂ と申 さ せ給 へば、/ ﹁ 冨 山 は魔 の棲 む山 と聞 く。/もしも彼 処へおはしまさば、/事 無 く帰 り給 ふまじ。追 ひ/駆 け追 ひ着 き、呼 び返 し申 せく
﹂ と/御 憤 り、御 曹 司 も詮 方尽 き、/妾 を今 日 の御 使 ひに﹂と語 る]折 しも対 ひの岸 、ま たも数 多の/火 の光 、女乗 物さへ見 ゆるに 、 心 /ならざる再 度 の早 打 ち 、﹁はや疾 くく
﹂と/声く
にまた 彼 の釣 り台 持 て行 きて 、初 めの/如 く渡 したり 。此 度 は年 も若 やかなる/香折 か をり といへる腰 元が 、同 じ/出 立 ちに 身 を固 め 、 駕 籠 下 ろさ/せて出 づると斉 しく 、息 切 れ/倒 れて正 体 なし 。顔 に/清 水を注 ぎかけ労 る/ほどに 蘇 りぬ 。 義 真/ 声 かけ 、﹁ 五 十子 は如 何に/しつる﹂と問 ひ給 へば 、/先 づ先 立 つは/涙 にて 、/ ﹁ 奥 様 は/今 朝 巳 の/刻 に﹂と/言 ひ差 し、 /﹁ わ つ ﹂ と 泣 き/伏 せば 、﹃ 事 切 れ/たるか﹂ ﹃ さん候 。 /申上 げん言 葉 も/無 し。 /垣 田 が● ] ●屋 形 を出 づると/間 もなく 、 敢 へ/なくならせ/給 ひ て 候。 / ﹁ 忍 びの● ●御 出 でに憚 り/あれ ば、 早 馬も/立 てられず 。 其 方 も/密 かに折 /く
/は/彼 の/山へ/行 きし ] 由 、/幸 ひの/早 使 ひ ﹂ と/御 曹 司 の/仰 せを受 け﹂/と語 れば 、/義 真/その余 の/者 共 、/斉 しく/嘆 き/悲 しみ/けり 。﹃ 五 十子 /が今 際 の/願 ひ空 /しきに似 て 、/姫 の始 末 /言 ひ聞 か/せんも便 /無 ければ 、/末 期 に/会 はぬも/互 ひの/幸 ひ。 /あれを見 よ﹂と/二 人の女に/姫 の亡 骸/指 し示 し、/﹁今 は我 等 は山を/下 らん。二 人の女は へ ぎ つ ︹二十ウ︺ き ゞ つ 此 処 に留 まり 、大助 も姫 が為 仏 を/念 じて伽 をせよ﹂と 、それより人ぐ
引 き連 れて/馬 にて川も易 く 越 し、 遂 に滝 田へ帰 りた/まひぬ。○義 真の仰 せを受 け、 大助 は/婦 志 姫 を懇 ろに葬 りて件 の洞 を/墓 所 とす。 されども標 の石 を建 てず 、/松 が枝 並 んで塚 印 となれり 。/人呼 んで義烈節婦 ぎれつ せつふ の墓 と/いへり 。また八 房も 土 葬 に/せり 。洞 を去 ること三丈 /余 り、 戌 亥 の方 に年 /経 りし檜 の木の元 にぞ/埋 みける 。此 はやがて/犬 塚50 と呼 べり 。大助 は/頭 を剃 り 、四十九日の/その 間 山に籠 りて、 /婦 志 姫 の形 見 の法 華 経 /読 誦しつ。 滝 田には内 /君 の御 葬 式 執 りおこ/なはれ、米 穀数 多 施 行 あり 。/また洲 崎 の岩 室へは忌 み明 きて/後 、 物 数 多参 らせられて利 益 を/謝 し、猶 行 く末 を祈 り給 ひぬ。/四十九日は菩 提 寺 にて大法 会 ありしかば、/ 丶 大をも召 し寄 せんと冨 山 へ人 を遣 はすに、/昨 日ま では御 墓の片 方を去 らず侍 りしが、/何 処行 きけん、 彼 方 此 方 を遍 く探 させ/給 へども 、行 き方 更 に知 れ ざりけり。次 の/年 婦 志 姫 の一周 忌 には冨 山 において ● ●観 音 堂 建 立ありて 、/姫 八 房のことを記 し、 / 書 置諸 共/厨 子 に込 め、 今 /猶 その堂 だ う /彼 処に在 り とぞ。/これより/後 は/彼 の/八ツの/珠 の/行 方 を詳 /しく述 ぶべし 。 /其 は五編 より/数
く
に記 し/初 めて 、編 を継 ぎ/巻 を重 ねて/大 尾 に至 らん 。 /先 づこの本 は/目 出 度 しく
。 録 鈔 果 仙 亭 笠 圖 画 國 豊 川 歌 図版 12 二十ウ、原裏表紙見返し51 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) ︹原裏表紙見返し︺ 嘉/永/八/乙/卯/春/新/鐫/目/錄 大 晦 日 曙 草 紙 廿一編/廿二編 京山作/芳綱画 童 謡 妙 々 車 初編/二編/三編 種員作/國貞画 八 犬傳犬の草 紙 卅三編/ヨリ/卅八編/マデ 仙果錄/豊 國画/國貞画 松 浦船 水 棹 婦 言 四/五 仙果錄 /國芳画 御 贄 美 少 年 始 十一編/十二編 同錄 /國綱画 八 重 撫 子累 物 語 三/四 同錄/國貞画 俠 客傳 摸 略 説 十二編/十三編 西馬譯/同画 花 蓑 笠 梅 雅物 語 四/五 西馬譯/國輝画 嶋 巡 浪 間朝 日 奈 七編/八編 種員譯/同画 旅 雀 我 好話 初/二/三 種清綴/國貞画/種員閲 盬 屋 /文 正 古 今 草 紙合 十二編/十三編 仙果作/國輝画 東都南傳馬町一丁目/ 地本 草紙 問屋蔦屋吉蔵板 ︹原裏表紙︺ 図版 13 四編下原裏表紙(一色刷)、四編袋(色刷)
52 ︹袋︺ ︵読み仮名は原文のまま︶ 己酉新刊 笠亭/仙果鈔録 一陽齋/豊國画圖 仙果戯筆 紅英堂/上梓 雪 梅/芳 譚 犬 の草 紙 四 編 登場人物一覧 ︵四編下︶ 次に﹃雪梅芳譚 犬の草紙﹄四編下の登場人物名を掲げ︵読み仮名・漢字とも表記は原文のまま︶ 、その下の︻ ︼ に、相当する﹃南総里見八犬伝﹄の登場人物︵その他︶の名を示す。 郷 實 治 部 大 夫 義 真︻里 見 治 部 大 輔 義 實︼ 郷 實 末 元︻里 見 治 部 少 輔 源 季 基︼の子。安 房 四郡の主。役 行 者 の導きにより、 八 房 と共に冨 山 ︻富 山 ︼に 入った娘の婦 志 姫 を追って隠れ家に至り、その最期に立ち会う。 ︵四編下の本文には、 ﹁大輔 たい ふ ﹂とある。 ︶ 図版 14 三編四編改装裏表紙(縹色)
53 翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(八) 森 口九郎唯 之︻堀 内蔵人貞行︼ 郷實義真の家臣。義真とともに冨山に登り、婦志姫の最期を見届ける。 金 毬八郎孝 利︻金 碗八郎孝吉︼ 神 輿 光 寛︻ 神 餘 長 狹 介 光 弘 ︼ の忠臣。 金毬大助の父。 玉 章︻ 玉 梓 ︼ に溺れる神輿に意見して改易され、 浪人となっ ていたが、亡き主君の仇討ちのため義真に協力し、 山 級濁左 衛 門 貞 金︻山 下柵左 衛 門 定 包 ︼を討つ。義真に 長 狭 半郡と東 條の城を賜わるが、 故主神輿への忠誠を誓い切腹する。 会話にのみ登場。 ︵四編下の本文では﹁孝 よし﹂ になっている。 ︶ 金 毬大助孝則︻金 碗大輔孝徳︼ 金毬八郎の子。貸した米の催促の使者として、安房太 刀山︻ 館 山 ︼の城主 庵 西 三郎かげ列 ︻安 西三 郎大 夫景 連 ︼ の 屋形に行ったまま行方不明となっていたが 、一年後 、婦志姫と八房のことを伝え聞いて冨山に入る 。姫と八 房を捜し当てるものの 、八房に向けて放った矢で婦志姫にも傷を負わせてしまう 。 婦志姫の死後出家して丶 大 ︻丶 大 ︼法師と名乗り 、姫が首に掛けていた数珠から四方に飛び散った八つの珠を探し求める 、 という役目 を義真から任される。 ︵四編下の本文には、 ﹁大輔 たい すけ ﹂とある。 ︶ 五 十子 御 前 ︻五 十子 ︼ 郷實義真の内室。婦志姫、義 業の母。冨山に隠れ住んだ婦志姫の安否を気遣いながら、会えぬまま病死する。
54 婦 志 姫 ︻伏 姫︼ 郷實義真の娘 。義真の戯言を虚言にせぬため 、八房に伴われて冨山に隠れ住んでいたが 、一年後 、山中で遭遇 した 童 に 、 数月来の不調が八房の気に感じての懐妊であったことを知らされる 。窟に帰って自分を探しに来 た父と再会し 、その懐妊を恥じて割腹するが 、首に掛けていた数珠の内の八つの珠が 、 四方へ飛び散って行っ たのを見届けて事切れる。 郷 實 二郎太郎義 業︻里 見 治 部 少 輔義 成︼ 郷實義真の子。婦志姫の弟。会話にのみ登場。 八 房︻八 房︼ 郷實義真の飼い犬 。婦志姫を背に乗せて冨山へ赴き 、一年間同じ窟で婦志姫の読経を聞いて暮らしていたが 、 大助の矢に射られ絶命する。 垣 田 ︻柏 田 ︼ 五十子御前付きの老女。五十子御前の命により義真の跡を追って婦志姫のいた窟に来る。 香 折 ︻梭 織 ︼ 五十子御前の腰元。五十子御前の死を義真に報せるため、垣田に続いて冨山に来た。