新体制下における本質宗寧よりの提題
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新膿制下におりる本質宗亭よりの提題
安 二士二住
妙
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皇紀二千六百年の光輝ある太陽のもとに生を享け、未曾有の大難品に際合L
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而も大東亜の新秩序、八紘一山子の世 界維新.人類史上締有の意義ある新開制下に於いて、翼賛の至誠を謹すととが出来るのは、た正に日本男児として何 た る 悦 び . で あ ら う 。 光 柴 で あ ら う 。 御民われ生けるしるしあり天地のさかゆる御代にるへらく思へぽ。 吾を我と沿ぼしめずかやすめらぎの玉の御とゑのか L る う れ し さ 。 先人の謡はれた、よるとびとは事情とそちがへ、 一皆ふかい感激を以て、ともに朗諦したい歌ではあるまいか。 いで臣子の一人として、殊に斯の一人として、興へられたる天業翼賛の使命について、 い さ L か究明せんとする者 で あ る 。いふまでもたく、所謂新樫制は、好むと好まぎるとを問は子、念 K に 必 4 y さうせねばならぬ大きた世界の時潮であ る。全く皇闘の興陵此の一壊にあるといふべきで、現に世界れ大動靴に際して、我が日本はすでに立ち遅れの気味で ある位に、致命的な一歩‘寸秒の謡退の許されぬ瞳制なのである。 さきの明治維新は八十年前、園内の封建制を打破し・東洋の日本として立ち上ったのであるが、その時. 畏くも 明治大積の天紳地祇に誓はせ給うた五ケ僚の御誓文とそ、会く一脚武創業の御精神を表現遊ばした.高古不易 の新開制原理とも申すべきであると忠ふ。 爾来、日進月歩の文運につれて、ゃうやく西欧の制度文物に肢惑された弊あらはれ来り、縦横躍進の間運にいさ L か踊るととろとなり、例へばデモクラシーの個人的弊習は、政治に文化に経摘に浸透し、利己主義自由主義形式主義 議曾主義は、園本の基調たる困踏観念、閤民の剛健怯を脆弱化した。五ケ僚の御誓文はいつとはなしに忘れ去られて 来た乙とでるる。秋風来って枯葉を措き新雪至っていよ/\松柏の操節を認めるやうに、岡歩抑制難にして、偉人を思 ふときとは左った。現欣維持の策は蓋き、進退谷まった果て、と L にとれまでの一切を再吟味し、本源に立ち還って 更めて出直さねばならねといふのが、日本精脚凶臨明徴等の高く叫ばれた所以で.之は単にその一マ一円葉のもつ不思議な 魅力が、一士一口謹の榊秘力が、岡氏精神の潜在意識にはたらきかけた怯韻ではなかったであらろか。 前にいふ、新開制なるものは、従来というても近 k 撒年前までの政治に於けるデモクラシー的た考へ方や、やり方 を.経情に沿ける自由主義利己主義を‘一位曾に沿ける階級主義闘争主義、文化に沿ける放窓た享禦主義、空疎た観念 主義等を清算して‘ 一一躍闘防閤家の編成へと、緊急た要請に陪へたのである。総力戦下、岡家の戦時臨制は、たどに とれまでのやうな敷年聞の戦争ではなく、数十年の戦争、敷百年にわたる畳情から来たもので、全く闘家観念の煙草 新体制下における本質宗血中よりの提題
新体制下における本質白川敏よりの提題 占
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である。進んで、大東亜新秩序の建設といひ‘皇遣の世界立布といふ腰古の聖業の建成に遁進せんとするものである。 御誓文の2
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武一途庶民=至ルマデ各共ノ志ヲ逸話 v 、人心ヲシテ倦マザラシメ﹂て以て綿勤 H H 高民扶翼の新組織を 創案するの原理であり、﹁奮来ノ附習ヲ破リ、天地ノ公道− 7 本 ﹂ い て は 、 一切の制度や醤習を再検討して、利己的自由 的観念や事業を悉く‘上御一人に奉還して、減私奉公、 一億一心となって天地の公道たる皇業を翼賛し奉るとと L な ったのは、賓際やむを得ざる現下の必要に泊られたるものではあるにしても、蕊に於てかの王公主正の御誓文が賢現 すべき時到った次第であると思ふ。 さて斯の新開制下に沿ける我々敬化の立場に立つものは、果して如何に儒すペきか。 そも/\一億一心といひ、岡家綿力といふのは、有象無象糞味噌混一曹とすると’とではない。上の御命あらぽ水火も 僻せぬ魔悟と犠牲的精神とは常に堅持し琵揮し・なければたらねが.宜は上命を待つまでもたく、積極的に自主的陀、 その職分に臨じて至誠を謹くさねばならぬ。敬化の地位に立つものは‘との点、充分自畳し、闘民に率先して範を垂 れ、自他ともに徹底的に勝ゐ導き、推進して行くべきである。 −なほ念のため、疑憾にたへたい点について一冒する。現在勤蹴の世界に底しては、弘訂正ひ人聞は、頭脳もとかく出 観し勝ちとたる。自主的な冷静な批判カが殆んど萎ゐて了って、たど人民似、流俗に迫はれて、その事の菩思邪正泊 否を考へる飴裕が無く在って来た。得すぺきを鴛すにしても、その限界埴度といふととを察するとと友く‘命にとれ 従ふのみで、事の成果民意をかへりみたいのである。つまり、形式主義、人民似、間引き、法網くどり、煩鎖左取締 巌罰にと迫はれてゐる。日記等は闘民の精神的訓練の欠陥から来てゐる。敬家のよろしく期同意して訓練していくべき点 で あ る 。次に園防園家閣制には鎖と血とを性格とするは勿論で、鎮とは武器資材すぺてを代表し、軍需資源を意味する.今 日ではあらゆる一切の物資が殆ん
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軍需資源とされてゐるから、枇曾生活に於ける費樺や蓉修や浪費等が禁止される はもとより、陸品の回牧、物資の代用活用節約等は賢明に周到に努めねばならぬととはいふまでもない。 然し是等よりも、もっと重要たのは血の問題である。即ち人的資源の問題で、武器の生産に従事する職工の開力、 能率、頭脳の問題であり、叉その武器をとって第一組に立つぺき兵隊の肉体的精神的問題であり・叉銃後闘民の厚生 問題でるる。徒らに兵器と食糧の数量のためにかうした人的費源を犠牲にしてはたらぬ。誓へぽ、節米過持のため粗 製濫遣となっては、幾倍加した武器の敷も、精鋭さと確率さに於て劣ること L なり、結局必敗を招かざるを得ない。 ﹁百稜の死弾より一裂の命中﹂である。との量より質の問題 ζ そ‘物についても人についても、あらゆる分野に於い て必宇第一義的保件として要意すぺきでるると思ふ。 さらに質中の質として、心の問題、思想、精神に闘する問題は最も慎重に考へねばたらぬ。 長︿も先年賜った詔勅に ﹁幽家興隆ノ本ハ閤民精神ノ剛健−一在リ、之ヲ漏養シ之ヲ振作シテ以テ岡本ヲ堅クセザルペカラズ﹂ と仰せられた御一節とそ、との聞の消息を道破遊ばされ、誠慎し給うた天の御聾たのであった。闘民精神とは誰でも 口にし、筆にする常套詰であるが、然しその賀献は誰にも明瞭に判るものではない。冥々のうちにほんの僅かの間際 とそが、念轄直下、園運を誤つ所の致命的た契機である。その例は古今東西あり飴るほE
あらうが、遠くに求めやと も‘近く第一,次世副作大戦のときのドイツ帝闘が職争には勝って而も、屈従した事質と.最近フランスの脆くも蹴援し た 説 貨 と を 見 ょ 。 新体制下における本質祭血中よ P の提題 ム,
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新体制下における本質宗愚よりの提越 ノ、 I司 と L に我皇闘は今や非常の大難同に面接しつ h ある。而も感閣の雄大な世界視に本会﹂、県高な一六業の遂行に芯でも 躍でも、すでに一億一心となって起ったのである。此の皇民の精神的教導と訓練ととそ救家の悦び勇んで翼賛すべき 極めて重要な任務でるる。 今日の職争は国家織力戟で.銃前銃後の両別はないほ主である。なるほど我闘にとっては、現在職火を交へてゐる 土地は支那大陸でるるから‘銃後といふ言葉は、適用してゐるが、只今欧測では敵味方相互の本土を職場としてゐるや ろに、我々も明日の鞍場を同様に畳悟しなくては・ならぬ。同時に之が備へは、岡民皆兵といふ文字通り.関民すべて 兵隊となり‘園土を職場に、枇舎を軍制に‘都舎を要塞とすペく・念激に改編する ζ とが‘緊迫した岡防岡家新樫制 問題である。従て銃後の闘民とか、思想問題とか、間民精神とかいふぺく・依りに切宜た戟園の現欣で、血中園が軍制 下にある以上、直ちに全国の軍筑士気の問題として、巌痛に園民の精魂を省察し鍛へねばならぬ所以である。只に一 憶の民衆ではなく、国土の一草一木禽獣品魚より土石砂礁に至るまで、悉くが報関諜忠の職士であり、護国の紳震で ある。然らば金闘土一一塊一魂の精神問題として我々教家は深く徹底的に白血児して、葱に奮起せねばならぬ。 四 とのやうな時局と世紀には、もっと偉きな責務がふりか h ってくる。我が園土が北は千島や樺太の南牛から、南は 害問乃至南洋の粟散の島々に至るまでの、先日起の日本地闘の領土観念は清く拭ひ去られねばならなくなったととで ある。といふのは日浦一体は勿論のとと、内外蒙古より、南方悌蘭印度に、西は金支那に印度に、アジア大陸の全般 が新しい東洋問題として、大東亜新秩序建設の業が、日本の双肩に措はれてすでに着手されたのである。従来の地固
が、飴りに政治地理皐的に偏って、狭く故はれてきたから、 一寸異様に感ぜられよう。叉国際法上の領土観念でも併 轄し難い所の高失の責任領域として、日本がとの大東亜を背負はねばならぬのである。それは軍事上からは、関防の 宜質内容から推し進められた新事態である。火砲と空軍と電波の進歩とが戦争そのもの− h 質を鐙へ、閤防領域として の第一一線を非常に損大したことであり、他方資源の種目と敷量の激増と渇望とは単調岡家よりブロック樺制を招来し た事である。世凶作の新秩序とは、観念的な思想問題ではなく・厳然たる宜力の大きな均衡を保たうとする世界史の力 皐的必然なのである。 でそれん\の岡?にとって、岡防、政治、外交等はずぺて、世界史的新開制の理念によって指示され、全く新しい 内 政 砕 を 創 造 し て い か ね ば な ら ぬ G 現に我固に於ても、大政翼賛舎なる者がゃうやく組織され・護舎式も怒げられたが とれからの時々刻々が、新天新地の創世紀を記録していく、紳騒な歴史がくり展げられるであらう。それを、とれか らの我 K が精血を以て描き出していくのである。 五 かうした第二の天地問闘的事業を果すべき、皇闘の減脳を精紳を魂を、誰が責任もって鍛成するのか。之とそ敬家 の使命、仰政徒白本務で
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り、殊に我 k 日蓮聖人御門下は絶封無肢の責任者でたくてはたらぬと信やる。 それを.との時局この重責を自覚するととなくして、徒らに血の奔臨にまかせ、力の乱雑に迎合したりすると’c
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らば、天業の翼賛とは全く似て非なる逆賊行詩でるる。名利のために破帥破闘の凶総を説くやうなこと L た る o 立し ︿ 製 徒 は 島 一 a徒らしく、島?の良債を認識すぺく、救家は散家らしく、殺の本質を諦視すべく、宗徒はその一山一不の敬棋を 設拾すべく、かくしてとそ民の天業翼賛ともなり、日起の本分 b L 識 す 所 以 と な る 。 本 分 に 外 れ た も の は 臣 道 に 背 骨 己 、 新体制下における本質京都よりの提旭 六 五新体制下における本質宗事よ P の提題 六六 臣遣の完了できねは不息不義たる事明確で、王法にも働法にも欠けたる逆賊である。ゐ正に本分を徹底的に自費しな く て は な ら ぬ 。
同
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悲に於て、宗皐徒として、我々は何よりも緊急に‘新樫制下にたける本質宗皐はいかにあるべきか。E
ういふ問題 が課され、又自らE
ういふ問題を提出せねば左らぬか。 まづ、上越の如きは、岡家内外にわたる事情を直観し来って、その問題必至の理由を考察したもので、自づから客 観的必然によって興へられた問題である。との外からの必然的に課された問題は救家にとっては一往園民的立場とい へょう。同時に別に内から要請される営然的に問題を提出すべき立場がある。とれが即ち、敬家の敬家たるの特殊た 地位なので‘か L る自律的に提題すべき立場の自費とそ、全国家全世界にとって第一義的た意義があるのである。 市も質際上‘との内外矛盾闘係をぼ一身に止揚していかねばならぬととろに、深刻恋情みがつきまとふであらう。 然し、かうした矛盾をぽ恐しがって、できるだけ‘自己の本務的立場を敬遠したり、或は不利の点は臭いものに荒を してゐるのが、現代の敬界の幾千の重要問題の山積したがらも、 一向に鳴をひそめて、他所事顔に千然としてゐられ る賓般の原因左のではあるまいか。 つまり‘根底的原因は.教法と圏家との二元的矛盾闘係を.よく克服できね所にある。また克服できぬ所以は、敬 法の本質を徹底的に把充してゐないからでるる。例せば悌敬徒は三賀闘はしでも三販をしてゐ友い。一二一肢とは三賓に 頓命するととであるが、身心ともに三賓に版命せね。なるほど法要儀式には節まはしだけは、 いと荘重にやってゐる が.現貫生活的に三版してゐぬからである。一二飯さへできね悌敬徒が幾千高あっても.敬法の本質虞諦を自費できよろ骨一口がない。自身一個の自莞さへなくして、岡家枇舎の指導な
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できる術はない、されば伸敬凶作の現欣としては、自 律的提題なE
望むべくもなくて、せいλ
\他律的に課題された、官臨の御命令を遵奉していくととが、辛くもできれ ぽ 幸 ひ で あ る 。 七 で、さし営り、いはど御用宗散として、先づ承はるととのできる職分は、情報局の宣倖部にまはる。多年馴らした H M 舌と文筆とで、而もたとの官僚とはちがって、地磐もあり、人柄も安心立命のできた者もあらうし、県宮た知識と 精密深遠な理論体系 b t擁してゐる悌敬家の事だから非常に有力であらう。 第二に民間の葬儀と祭胞とで、とれ亦良風美俗の維持には、重要・なことで、現に多数の英霊迫弔の多忙時代である 間民の感情からしでも、他に比すべくもない重要行事である。 第三は前一時で、殊に本宗の武運長久の祈願等はまた切宜な信仰問題として尤の尤なるものである。 第同になほ、上越のもの以外に死後の霊魂の安息を信じ得る倒訟は‘紳道敬祇よりは深みと強みを有ったものとし て敏へられるととができる。 第五には附帯的たものだが、か L る悌敬の民聞に沿ける宜勢力は、却 h 二借り難い庚汎且つ根民ふかいもので、それ ら敬家の誼宜な宜偉斡旋によっては、闘防献金運動等の機闘たり得る。 以上はとれまで、教家の果し来った職八?でもあ彦、叉今後新開制下にも極めて必要なものであらうが.果してかや うな課題に悌救本来の使命が謹きてゐるであらうか。﹁悌救徒は決してこんなととをしてはいかぬ﹂といふのではない が仰救徒はもっと大きな使命、特質があるのでは・泣いか。その特質と本職をとの際向島見費抑して貰へまいかといふ提 新体制下における本質宗皐よりの提題 ノ、 -f.;新体制下における本質宗事よりの提題 六八 題なのである。別して本宗調自の使命は如何と究明するのが、と aAK 指げた本質宗事の提題である。
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論者はいはう。インドの悌敬はどうであらうとも、かく園家的質問化すのが日本側敬の特色ではたいか。第一間家 の御用を承らぬ色町う危宗教は、閣内に棲息を許されぬのではないか。か a A る 現 質 的 役 割 を 果 す 以 外 に 、 − な ほ 伸 敬 の 特 質使命があり、それが一居重要な第一義であるかの如く考へるからとそ、法周二一冗の矛盾の坑に陥ちる所以であると い ふ 。 之について道理上よく/\考へて見ょう。在るほE
.宣偉.葬儀、祭肥、一新薦、安心、献金等て何れも宗敢行事 として最尤たるもの、非常駐る闘家への御用奉仕には相謹たからうoとれは眼前の事宜的貢献である。眼前営面の仕 事に参加せ肉、協力せぬからとて、直ちに不忠不義とはいへたい道理、﹁諌臣園=アレパソノ闘直シ﹂ともいふ。すで に悌敬では、入道の闘門に於いて、﹁棄思入無常良質報恩者﹂の一−刊を諦して、剃髪得度し、思愛のきづ訟を断って出 家串道する。形の上からは出家沙門は、世法の逝を行ってゐるが、かくして体得した無上の妙法、血児悟した正知五見 の光明とそ・閤土の賓相を照見し、億兆の迷妄を敬導するの賓なのである。世法即伸法 I C 開顕し・幽明界の寓露を悉 ︿出離得耽せしめ得る所以のものは.全くとの無上悌遣の絶封隼巌にあるのである。 之を外にして、怪しくも忽緒にたしをいて、自他ともに糊口に便宜するからとて、祭胞葬儀屋を管むのでは.第一 肝心の英霊や亡者が得脆できたいではたいか。また前薦や設敬も、た Mh の 無 安 め ゃ あ き ら め や 又 一 一 砲 の 催 眠 術 的 方 法 服される技術、道具ではなからう。民の前稽や祭胞や説法は‘悌法の正理に本づくぺきものでるる。然らぢる限り支 那の道敬か.イシドのバラモン敬等に類する迷信である。前轄にも正しい利験が現れよろ課がたい。﹁営るも八卦.営らぬも八卦﹂と同様に﹁効くも祈祷、効かぬも新一時﹂では気安めかイシチキに外ならぬ。あくまで‘桝陀の五見に根 ざした行事で在くては悌散の行事ではたい。外道の行事であらう。岡家のさし営りの御用を果すからと一去って、迷信 邪救を許し、之に園の大事を新らすならば、却って亡関破仰の業凶たるとと、宗祖大士が御身を以て現設し、破折さ れた事では・なかったか。諸宗はいざ知らや、たど宣停.葬儀、祭胞、前一時等を以で職業とする限りの本宗に、
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う し て本質宗率的提題があり得よろ。朝夕、金科玉僚の如くにさへづる﹁立E
安園﹂の四字は、断じて困家の奴隷的存在 を標梼された言葉ではないと思ふ。 立王安匿とは、働敬の正理を顕はし、建立するととに国つてのみ、園を安んやるを得るぞといふ千古不麿の金言で ある。安閣のためには必十立正せねばならぬ。立正を外にしては安岡はあり得ぬ。 間防岡家の新韓制には、軍備も必要であらう。文敬も不可欠であらうととは、いふまでもない。その他必須た諸種 の事業多々あるであらうが、 い つ に 於 い て も 、 いづとに於いても、離すととのできぬのは、正しい敬である。絶射にE
しい道理を莞悟するにある。世の中が飽れた非常の場合には一居必要である。今日の新開制をよく/\認識すると 事 H・‘従来の伸哉諸宗敬閣は根本的に解体せしめ、宗祖大型の民の立正安闘の宗救を本質的に樹立せねばならぬと、痛 感する者である。九
然し﹁法園二元的封立はいかにして克服できるか。﹂ 之について、そも/\法岡の二元封立とはいふもの L 、本来二元あるのではない。法は岡の精一肺であり、閣は法の 資際である。日本岡にも世界再閣にも同様、世間左出世間といふも同じ道理で、近くいへば人に身体と魂とあり‘ま 新体制下における本質宗皐よりの提題 ノ 、 :JL新体制下における本質宗皐よりの提起 t
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た掛と影とがあるやうに・自費の境位に立つては、身心法国体影は一一刊に闘するのである。二一五の針立は認識上の似 定に過ぎないが、全くの迷の世界には、その二元もるり得・泣い。迷妄の一元である。その黒一元より川でて二一五の封 立に進み、その封立より法の一元に蹄命するとき‘自莞の絶封一一冗に師入するのである。 それを現在の敬界は、二元の封立を恐れて獣々と問題を回越してゐるのは、それは無知日か虚偽か卑怯かである。ま たそぴ封立をば、師命を通さやに一元化するのは‘白畳の一元ではなくて黒﹁元に堕落したのである。迎合か安協か である。法園相闘とはいふもの L 、との正常な道理を悟らやに、無理が通れば道理が引込むやろな、安易な諦めでは 教家の本分が立たぬ。之を破悌破閣の因縁と巾し、附悌法準備法の外道ぞといはれる。 山一石組も、御自身の現宜をかへりみ、法園身心の矛盾封立をたげかれて日く、﹁身は王土に生れたれば、身をぽ従へら れ 者 ・ る や う な れE
も、心は従へられ奉るべからや。﹂とは.深刻な血涙滴々の告白である。而も白莞の一元をぽ、法闘 冥合とも、諸乗一一悌乗に蹄すとも申され、その時節の必定到来をば、﹁大地を的とするなるべし。﹂といひ、王伸冥 A 口 の 主体的中心を﹁日蓮によりて日本闘の有無はあるべし。﹂と宣言されてゐる。叉黒一元化に封する蔵誠は﹁日蓮を敬ふ とも悪しく敬はど闘亡ぶペし。﹂とあり、獣 K 回挫の虚偶卑怯に封して、﹁日蓮が弟子等は憶病にては昨ふべからや J 0 ﹂ − . 法 花 挫 の 御 矯 め に 身 を も す で 、 命 を も 惜 ま ぎ れE
強 盛 に 巾 せ し は 日 疋 也 。 ﹂ ﹁ 寧 喪 身 命 不 匿 殺 者 と は 身 は 軽 ︿ 法 は 重 し 。 身を死して法を弘めよと云々。此等の本文を見れば、三類の敵人を顕は十んぽ法花経の行者に非歩。之を顕はすは法 花艇の行者也。市れE
も必や身命を喪はんか。例せば師子掌者、提婆菩薩等の如くならん。﹂﹁詮する所は天もすで給 へ、諸難にも値へ、身命を期とせん。﹂とは、二元封立を克服し自畳一元への努力である G さらに末弟どもの放逸無残 な智慧才串のために、悌法の正理を失ふことを、﹁智者事匠の身となりても、地獄に墜ちては何の詮か之れ有らん。正法正仰の正義を信じて云 k o ﹂と誠めをかれたの は‘現在の我々の探く肝に銘・ヂペき金文である。 十 最近我が宗門も、政府の新開制に即臆して、他宗に追随したがらも、宗国 m w 新開制を企主回せるやに灰聞してゐるが と も か く 、 い つ の 時 代 、 いかなる場合でも、魂なき組織制度が一のロボットに過ぎ守、正念泣き行動は行動ではなく あはれむべき動作、狂走蹴舞に過ぎぬことはいふまでもない。 過日、救串新聞紙上で茂阿井敬亨師の﹁︷一京門の新開制に就て﹂として、日蓮宗新睦制準備委員諸公に寄せられた。 ﹁同家の新賭制といふことも、極的存在としての国民の生命そのものが、 h u のづから賢しく向ふ所の姿でなければ民 の意義は認められ友い。近衛首相が下から盛り上ってくる力といふのは、即ちその意味と解される。下から盛り土つ てくる力とは、闘民的自莞でなければならない。宗門に於いて.との新聞制に即臨するといふととは、誠に結構であ るが、岡山朱の新障制には園児的自莞をその基底とする如く、宗門の新髄制にも、そとに宗門的自売を基底するものが − な く て な ら な い 叫 ん 一 万 門 的 白 血 児 の な い 新 剛 掘 削 新 制 度 は 如 何 に 最 善 た る 形 式 を 採 ら う と 、 畢 克 昨 日 と 異 っ た 今 日 の 姿 に 於 て不相費咋日迄の因襲を今日から椴槙せしめるととでしかない。 宗門的自畳とは何?あるか。それは宗組と一つになるととである。宗組と一つになるといふととは、直ちに我々が 即ん一不組であるといふととではない。無媒介的に宗祖と同一であるといふととは、間単に言葉上のことで事賞あり得るこ とでは・ない。民の宗門的自覚とは宗副の絶釘精神を歴史的枇合的に今日に於いて主体化するととである。我 K の 行 局 に 於 て 也 ち に ん 一 双 岨 を 見 る と と で あ る 。 併 し そ れ は 哩 訟 で あ っ て 、 一朝一夕にしで出来得るものではたいといはる L で 新体制下における本質宗血中よりの提魁 ← 七
新体制下における本質祭場よりの提題 -{; るらう。それ故にとそ我々は不断の努力を必要とするのである。宗組の理念を歴史的に現在に於て主体化するには飽 迄曲学問的努力を必要とする。﹂その宗墜を規定して、﹁宗祖の理念を理念としたもので﹂曲皐阿世的時流便乗主義を誠め ﹁ 先 づ 敷 島 一 ・ の 刷 新 に 向 っ て 宗 門 的 白 血 閣 を 促 し 、 そ と に 理 想 的 救 育 制 度 の 雌 立 を 見 る た ら ぽ 、 自 ら 宗 門 機 構 の 改 革 各 祇 合同等の問題もスムースに謹ばれていくであらう。﹂ユ一部門は全体的了として有機的統一を有ったものであり、その底 にぽ宗祖の理念が矛盾的自己同一として働いてゐるものである。即ち霊友るものとして敬擢的生命の命令が働いてゐ るのである。︵中略︶併し制度や開制は何時でも誕改できるものであるが.根本精神の自費されてゐない障制制度は何 遁更改されても同じととである。そのものとたって、そとから働くといふととでたければ二示の存在理由といふもの は ・ な い で あ ら う 。 今 日 の 宗 門 は 、 ﹁ そ り も の と た る ﹂ ペ き 制 度 ‘ ﹁ そ と か ら 働 く ﹂ ペ き 制 度 が 要 請 さ れ て ゐ る 。 以上師の論 4 7 る趣意は、宗門の新館制は、るくまでも自主的た而も自覚的主主体化への新韓制でなくては無意義で 弘 U り、従て.それには﹁敬樺的生命﹂の自量的敬撃の要請努力を探く祈念されて宗門制度の本質を二標自に結ぼれた の は 建 見 で あ る 。 私は今‘長文をと k K 牒出したのは‘全く未曾有の時局下宗門、否法も闘も一緒にふっ飛んでしまはぬとも限らね 犬同盟局に際曾して、護国愛宗の士のありゃなしゃ‘宗門の新鶴制に思を擬らすもの L あ り や ・ な し ゃ 、 寡 聞 に し て 未 だ かくの如き要を得た深刻な論議に接してゐたいので、串・ば紹介的に‘半ば本論の進展に借用したのである。 十 本質宗畢は‘敬椴的生命の皐ともいふべくして空疎た観念宗拳では註い。あ L も見られ、かうも見られるやろ友、
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うでも舎過のできる判ったゃうで判らぬ、所謂解禅問宇では友い。かういふ義もある、叉かういふ義もあるといふ秋 義の陳列でもたい。況んや訓詰撃文献接でも友い。宗岨の生命の皐である。 宗凪が歴史的批舎的に‘たしかに人間的存在でるるとしての認識の上に立つ限り、宗胞が同様危現・置の人間叉枇曾 圏家にはたらきかけられた最も雄偉左大慈悲者である限り、我々が務慕渇仰せやにをられぬ、師命L
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ロ 体 せ や に を ら れぬといふ、生命的必然の原理に立ったものである。然らや’んば宗祖御自身も泣かれるであらう。或は七官年間常に 泣きくらし給うたであらう。 何と−なれば宗門をして今日の現欣にまで堕落せしめて来たのは、全く以て従来古今の接的邪道のせいにしてもよい といへょうか。蕊に宗撃を時還せしむるの念務がある。 本 質 宗 風 一 丘 、 そ と に あ る 所 の 我 る も の h れ仙わではない c 見られるものではない。そのもの h の純梓た本質である からだ。周囲からあ L も見、かうも見て、比較し、批.許し、分析して得られる而ではた︿て、その中接である。即ち 中綾そのものと、中核のはたらきとを表現し、規定し敬令するものである。 中桜’とは絶封敬樺者の謂で、現質的には宗撃の主体即ち宗蹴である。宗畢の主体としての宗組を、絶封救催者と措 定する所の態度方法問題乞厳密に扱ふ皐を根本宗串とする。根本宗串の中、絶割敬概者を特に錯仰する撃を本質宗由宇 ‘ と す る 。 そ し て 次 の 三 項 を 聞 く 。 第一、絶封敬権者の宣命をそのま L に 表 現 す る 。 第二、絶封敬樺者の封剣引d u
叫 に ム 口 一 ︿ 師 命 ︶ す る 。 第三、絶針敬植者の剖剣を質現成就する。 新体制下における本質宗隼よ P の提鋭 七新体制下における本質宗事よりの提題 -!.; v~ あり、救令である限り、閥的の方法の及ぶ極肢に厳密を期すべく、間十的方訟を採るは、必須の手段であって徒らに世 俗 の 晶 一 a 問をとり入れての紛飾や何串ではない。できるだけ純粋に厳密に正確に全体的組織的にする方法が日らにして 忠 一 a 的とならねばならぬのであるが、低劣なる我々の珂脳智力からして、佐々︵或は大いに︶世俗の科率的背串的諮問宇 科ゆ方法や資料や皐設やを参考にし‘訓練の誌に要するととはあるが、世俗の皐が宗臨一を左右し批判するの概能は徴 時一もあり得ない。本来、宗阜の純粋担論は、 一般廿串科事へ、態度方法にむける範を垂れ、時一不を興へ、その結論を 批判すべき椛能を有すべきである。何と・なれば世俗の串間は人智を基調とし、部分的に閑明された相釘的民理である に封して、救離は絶封的真理の自莞に本くからである。さりとて﹁政権の純粋た本質皐﹂でるるにしても、それが表 現−宜現である以上歴史的批合的の制約を受けねばならぬととはいふまでもない。盛衰泊一長もるるが‘大体文化的進 歩に沼うてゐる。 十 以上の三項は、次の如く三大秘法の本門本傘と題白と戒壇とが、それん\銃仰封象となる。従て、第一項の針象た る本門本曾は、絶釘敬権者の内詮・妙由党極果の現貰在でるる。 ﹁此法花経大長陀砕靴、帥滅後二千二百二十余年之問一間序提之内未曾有也﹂とは燦として‘法印仲を照了する憲章で、 救植の宣言である o 然し宗副が現官絶封的に験詮された所以を、 ﹁如来現在諭多怨嫉況誠度後、法華経弘通故‘有留難事併話不出店也 o ﹂ ﹁文永八年耽一柑九月十二日家御勘策、遠流佐渡圏、同十年諮問七月八日岡之﹂とを以て正しく、現官在を確立された
か L る絶封隼巌の現賞をぽ、宗組に依って始めて鮪穫され、集定されたもので、未来永 k 何人と雄も左右し、惑に批 判し解轄すべからざるものである。 古来‘との正念を失ひ‘種々の論議を加へて撃問の魔業主成じ、現に最近の
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本隼論、営局の失意。扱ひと表現 等は恐るべき獅詣である。要するに宗凪の絶封筒命の純信強盛のもの左らでは軽々に一見一号一をも許された﹁いである。 第二項は山一部組への絶封蹄命、純信強盛の本質をぽ‘本門題目とする。感醸道交の信地を規定する。即ち絶封敬植の 根元に封して、直切に合一同化すべき根本態度が.自らにして正格慎重なる僚件を生む。書へば弓遣に於ては、射る ととは易しいが、的に中てるととが難しく‘的の中心を射怠ければ普く射たとはいへ・ない。弓の強弱、矢の曲直、射 程の距離、射手の態度姿勢、費放の剥那の心的巌痛の深度等に細密た心得と修練とが要求される。そのやうに五純王 信の一念 bL 本因として、本隼の絶封境地たる本巣に飛躍するのである。所謂﹁そのものとなる﹂のである。 第三項は斗そのま L に表現﹂された絶封散権者に、﹁そのものとなる﹂と同時広﹁そとからはたらく﹂の活働となる 共第で、之をば﹁本門戒壇﹂といふ。戒壇とは、﹁そとからはたらく﹂ペき﹁敬令﹂を謹み承けて働く同殻点、誓を致 す場所を意味したのである。世界的法界的抱負よりして勝又因縁よりして、日本園土の最勝地を選定するのである。 ﹁そとからはたらく﹂現賓的機闘が宗国であり‘規定が宗規である。そこには営然﹁そのま h の 表 現 ﹂ た る 本 隼 と 、 ﹁完のものと・なる﹂題目の信行と、﹁そとからはたらく﹂戒壇の願業がなくてはならぬ。本質宗撃は之を規定し.宗国 山一川規は‘本質宗撃の枇舎的質現・なのである。それは宗祖の偉大なる聖格の枇合国家的活現に外ならね。金宗門人の併 俗老幼児女の悉くが.全信行曲学の有機的統体の活動が、生ける本門の戒壇法円である。﹁そとからはたらく﹂といふ戒 壇訟川の民障を体得せぬから、一ニ秘末顕がE
うとか謂ふ痴論が紛起する。或は身延とか宮士とかの一地域に堂塔伽藍 新体制下における本質宗事よ P の提起 七 五新体制下における本質宗事よP の提題 七 ノ、 をしつらへて、何とか儀式をと L のへねばと夢想するととでは砂上の棲聞に過ぎね。本来儀式制度は、必要と準備質 カとが合致して始めて出来るに任すべきものである。川中智串氏の﹁宗門の維新﹂に制度儀式を麗々しくつらねてる る が 、 本 質 ん 一 不 製 か ら す れ ば 、 先 づ 第 一 に 宗 阜 の 主 体 化 即 ち 根 本 山 一 不 思 T へ 、 本 質 宗 皐 へ の 遣 が 開 拓 さ れ る と と 、 第 二 に 山 一 川 閣の主体化即ち自主的に本質的に園家吐合宗国の日蓮化の宮働せぬ限り、痴人夢を説くと同断で、覇気を認め得ても 肝心の主体のない殿堂であり、教躍的基礎のない棲聞と評する外ないであらう 3 また組闘中心の管長制度にしても、 宗祖の大精神を稜揚せぬゃうでは.一フマ敬の活備制度と簡ぷ点はないとと L な ら う 。 正 に 本 質 ん 一 川 島 ナ は ん 一 川 副 の 絶 封 精 神 の生々由貿展していく自費体系であり、同時に創遇措充していく具体的生命である。 十 七百年前.房州小皆の漁師の円余に生れた小併であるが、六十年の生涯に大難問ケ度、小難数知れぬ迫害を貫いて結 叫せられた唯一の意志は何であらろか。立正安岡・四梅田妙等 k いろ/\に一式へょうが、うまる所‘分り易くいへば 日蓮に師命するとと、日蓮が弟子檀那とたるとと、即ち日蓮の全精榊に全生命に、 一切の人の身命財すべてを献げて その教令を賓行するに外ならぬ。教法の上からいへば師弟関係、生命闘係の内法相蹟敬令倖建者を弟子といひ、枇曾 的に物資の布施供養の外護、教令の貫践者を檀那といふ。とん−なととは更めていふまでもないが、担て現宜的賀行は 在 か / 1 1 む づ か し い 。 宜際沿王、宗門人としての我々も、相かはら歩、宗祖に蹄命はせ歩、我執の重い石を抱き、汗だくとなって、それ
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\宿業の坂を登っていかうとしてゐる。つまらぬそんな石は、手を離して放って了へば、上るも下るも白山自在に ふるまへる佐官。宗阻に時命して身命財悉く献げ供養する.とれ以上の光柴も悦びも生き甲斐もないと感守る。それを官際果すととが、即身成伸、立正安園の第一基調であり‘出費である。即ち宗祖そのものとなって、それからはたら くのである。宗祖の大慈願のま L に生き働くにつれて、本時の風光は展開してくる。苦を忍び難に耐へる、その営鹿 が山文集の大行でるり、自受法紫の遊戯三昧である。たとへ、とるに足らぬ一肉身であっても、汚梯きはまる凡慮の一 念心であっても、ともかく、 一旦師命したからには、ん一市組の寧巌な一身分であり、正大強烈な一念と認められる不思 議・な本因縁である、無上の生堂甲斐であり、今生人界の思ひ出でではないか。然らば、宗祖の本闘に一一墜を加へ、繭 栴に一滴をそへるだけであらうが、之が幾百千高億々の衆生の競って成される新聞であり使命であるとき‘偉大なゐ 日蓮が生きかへり給ふのである。 十 四 掠て、共に更に本質宗壌は提題する。﹁そとからはたらく﹂とは如何にするととか。 査し上越の論究を経ては、すでに蛇足であらうも知れない、といふのは、すでに絶封殺模若山一市組に師命した以上は 各自その本因縁によって、それんへの教令をろける舎であるからである。信後の行はたしかに宗祖より直接に敬令さ るべきものだからである。だが神秘的に考へではならね。現に山一刻岨の敬令は明 k 赫々たる太陽の如く琵せられてゐた のだ。之を従来迂澗になしをいたから、えたいの知れない﹁宗徒の集り﹂として一貫三百どうでもい L 、はたらきし か出来たいのである。 とれまでの宗事で、入信後の修行経費について何と敬へられてきたか。日く五種の修行だ、観念観法だ、いや信心 都 仏 、 戒 律 だ 、 い や 三 皐 分 修 だ 、 唱 題 だ 、 い や 念 唱 だ . 説 諭 だ 、 いや議前詩法だ、受持一行だ、いや三業受持#仏、折伏 蹄受、不受不施、受不施.岡休だ皇道だ、布敬だ講撃だ、寺門経費寺族保護、駿本合末組問中心制度、献金制、新盟 新体制下における本質宗皐よりの提題 士 七
新体制下における本質宗拳よりの提題 ;; i¥. 制‘なを口先らやして現に募集中である。かうして種キ雑多の提唱があり、論議があり、而も何一つ徹底できないで七 百年、ウヤムヤのうちに事問魔とともに戯れて来たのではなかったか。これらの項目は悉く、台風?に煩ひされ、油伸 数的概念にとらへられたものか、乃至流俗の執見に過ぎない。といって本質宗撃は、それらをただ否定したり、反封 するのではない。我執を去って宗祖の根本的救令に本かうとするだけである。 今、とそ起たう.世紀の曙に。 宗祖大聖の太陽のみ前に脆く。爽快な風光を芥吐する。無明の昨を扶閉して慶んで御妙判を奔する。活きた心眼を 聞く。それが正しく開目抄である。
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玉 . ﹁大闘を立てん。日本園の位をゆづらむ。法花粧をすで L 観経等について後生を期せよ、父母の頭を例ねん念悌巾さ ヂば、なんE
の種々の大難出来、?とも、智者に我義破らやば用ひじとなり。その他の大難、風の前の康一なるべし。﹂ とれは宗祖の立てられた公明正大なる犬闘の、 いかに深く高く堅いかを掘はれた一節である。共下に ﹁ 我 れ 日 本 の 柱 と な ら ん 、 我 れ 日 本 の 眼 目 と ・ な ら ん 、 我れ日本の大舶とならん‘ 等 と 誓 ひ し 願 破 る べ か ら や 。 ﹂ 明確に物休の意匠を以て、三大綱領を治一不しになった。古来有名た三大誓願の御文として隼宣されては来たゃうだが、その毘精紳は未だ頴稜され費揚されはしたかっ介。 第一、との御文にある﹁日本﹂そのものが自筆したのは、組誠五百飴年後の明治維新でるった。而も榊武創業と臨時国 の理想とを闘家に徹底しよろとしたのは僅々との敷年のととではたいか。殊に八紘一字、新体制の賓動たらうとして ゐるのが、今年ではないか。との点上来越べ来った泊りである。ましてや︵宗阻はをいて
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営 時 の 御 弟 子 檀 那 方 や 、 他宗の僧侶一般の民衆をや。北僚、足利‘徳川の幕府治下の背両氏をや。本宗自体幕府営局の機勢に弾堕されて‘いく らかの正義の論議は悉く窒息せしめられて来た。それ位だから、宗組のとの大願文を特に注意したのは塞々たるもの で、御賓前調諦の式文と考へたり、敬義上、宗組の三絡を表はした抱負である、仰いで信守ぺきものとして扱はれた だけで、之が深刻注意義と御精紳とを顕渡し乃至殻揚するには至らたかったのである。現に新体制下に宗門の決死的 飛躍畳悟の秋、千載一遇のとの時に於てすら、天地蹴倒の邪義、権勢迎合の腫魅姐姐が自室横行してゐる宗円である との点につき何ものもあり得たい。本質宗撃の研鈴たくしては‘その本義が顧問され砲のは理の営然ではたいか。 十 回 』,
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本質宗由宇は、との内外瀕死の時虞に於て緊急に提題する所以は、 と L にある。今、謹んで聖の冥鑑を仰ぎ、傑︿本 義を究明し、正義を徹底し、現賓に護揚せんとする。 まづ.すたほに、御文の文義について拝する。 ﹁ 我 ﹂ と は 無 論 宗 組 で あ る 。 つ ど い て ん 一 一 小 出 に 師 命 す る 我 々 ︿ 示 徒 で あ る 。 ﹁ 日 本 ﹂ と は 現 質 の 日 本 岡 、 闘 士 王 田 高 民 を 能 めての大日本である。﹁とたらん﹂とは現宜にはたらきかける誓顕であるロ立正安闘の理想的意志である 0 ・ か の 楠 公 の 七生滅賊勤皇謹園、生 k 世々死して息まざる底の願業である。 新体制下における本質宗血中よりの提題 tニ ブL新体制下における本質宗隼よりの提題 I¥. 0 柱と限酌と大砂とは目のあたりに見られ、宮際にはたらいてゐる物体でるる。九回は家屋梼迭の中心、眼伊は人間ムハ 棋のうち知解認識の最勝の闘円である。わ砂とは衆生運載の道具、現宜より理想へ到達せしむべき機関の義である。 宗組の大願が、日本を一家としてその柱石と任じ‘日本を一人としたその限臼に任じ、日本の世界的使命開策を果す べき大舶に任じられた次第で、悲に物体を通じて象徴的に絶大深遠な理想的意志を表現されてゐる。との文義−をよく / K A 吟じ味ひ体得せんことを要する。その意味を知ったら、それない L のではたい。任十べ︿働くべき趣意からして わざと物象化されたその深い意志をうけつがなければたらぬ。
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七 純粋︷一万皐土、との三大誓闘は、久成本備の本国本果本因土の三妙の根源より殻して、本化上行別付の一大秘法の市 無妙法蓮花紅より‘ 一即一ニ・一ニ則一の三大秘法と開かれた。との三秘は絶封敬樫者の琵動として三大誓願と危うた。 敬標的主体の活動である。との大願 b L損充していくものが、宗風の御弟子情那たる未来億 K の衆生である。とれば匪 史・枇曾的賓現の日蓮である。質現的日蓮の中接を絶釘蹄命の一信とする。その一信の本質が現質的に展開していく 過程は、煩悩即菩提、生死即担架ハ即白河成僻︶︵立正安岡︶図土成伸︵婆婆即寂光︶︵法界成悌︶である。その一信の展 聞していく契機・機闘乞三大誓願とする。 以上の要点を固示すると、 ︷ 本 果 ︶ ︷ 本 門 本 隼 ︸ ︷ 日 本 ノ 柱 ︸ 。 久 成 本 悌 ︷ 本 因 γ ︿ 本 化 上 行 別 付 ︶l
一 大 秘 法 ︷ 本 門 題 目 ︸ ︵ 絶 封 救 植 者 ︶ | 宗 組 大 聖 ︷ 日 本 ノ 眼 目 ズ 絶 封 蹄 命 信 ︶i
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︷ 本 園 土 ﹂ ︷ 本 門 戒 壇 ﹄ ﹁ 日 本 ノ 大 船 ﹂ 一手文 メ入
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現 .一ームーー『 結 立 即 封 正 身 平 安 成 和 国 伸 、 ー- - v - " 〆ヘ 通 {弗 土 換言すれすれば.宗祖に封して、絶封師命する唯一の信、︵そのものとなる︶、より三業受持護持弘持︵そこからはたら く︶の描充、活動となる。活動は必中紳聖な救 A R に本く。敬 A P の綱領が即ち三大誓闘なのである。 い さ L か訓詰的ではあるが、詮明するつ信の内山容を宗義皐で規定するに、綱要導師は無疑︵名﹀、随順︵義可決定 ︵相︶清涼︵性︶を以て解樺され‘某帥は之に感躍を加へてをられる。今.絶割の一信は自らにして、上の宗祖の本 願‘三倍をそのま L に寝象するかの如くに、信の義を固成せしめる。−
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国 疑 浮 定 /「〆白、/『、/「〆戸、、 通 乗 明 浮 統 」〆、,r」ノ'−'’'−−' 「 _ , 「 } | 大 限 什 舶 目 ’LL. ! | | 親 師 主 徳 徳 徳・
4”F a司同・__, 万す 組 決定とは中心統一金剛不壊の義で、柱の本願、宗岨の敬樫的主体で主徳を去す。無疑は明、清浮は持‘眼目の大願‘ 自らにL
て日蓮の御名を標L
、師徳に常る。随順とは一来托運載、感躍は彼此交通.何れもよく大舶の義にか左ぴ、宗 組の第三の誓願を示して親徳に受賞す。 宗組は三徳国日丹、三願設誓の唱導の師主にたはすとと勿論であるが、虞義の解糟も亦必要である。現に、御自身末 法の初‘﹁償トナツテ正法ヲ弘持ス﹂の営分に約しては師徳を表とし、﹁此ノ菩陸折伏ヲ現スル時ハ賢王トナツテ思王ヲ 新体制下における本質宗隼よ P の提題 /¥.新体制下における本質宗血中よりの提題 t、、 誠立ス﹂とは主総を表とす。宗岨の順縁逆縁ともに下種せしめ給ふのは、深草な慈悲親徳を表とす。 同様に御弟子情那等のその因縁に臨じ分 K に、協化生養し敬導統理する所.部分の三徳を成十るととも明である o 十 八 かうした義日の解耀より、進んで賞際にはたらくことが、綱領の正格でるる。宗祖親ら、御直弟に敬一不せられた諸 法貨相抄の﹁行患の二遣をはげみ候ぺし。行皐たへたば帥法はあるべから歩。我もいたし人をも敬化候へ。行皐は信 心より起るべく候﹂の御文を拝しても、本山一不の古倖統、朗門の次第三則ともいふ﹁給仕第一、行法第二、思十問第三﹂ を考へでも、三大折一日願の保理にかなうた偶人にとってのはたらき方であると思ふ。 即ち行皐は根本の信心より震動する ζ と即ち信の行であり、信の皐である。叉、給仕は敬擁主体に釘する弟子の奉 公である。行単純悩承の宜習訓練である。とれを経やしては根底ある行法接聞は樹立し得ないであらろ。 ︷ 信 給 人 行 行 ︵ 皐 11011 鳳 一 ・ 同 法 仕 幌 大 柱 日 舶
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岡家一世曾的に施設活動するに営つでも、要は人が中心であり、主体であるからには、信行事、給仕第一一五々の如き 漏養充質した弟子が、中心とならねばたらぬ ζ と勿論である。然しそれに加へて重要注のは、闘家や吐舎の上にはた らくには.世曾的貫勢力を組織すること、制度運用でるる。市も日本を一丸とする閤際的た見地よりして、﹁日本の﹂ と打ち出し、勢力制度運用の栖要な契機機闘を柱と眼目と大船とに表現せられた深い御意匠を拝察する。そして次の やろな意味を感得する。大 限 桂 舶 白
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究意ノ決定信、皇国ノ結封唯一信仰。 正 シ イ 思 想 、 島 一 辞 。 吐合的勢力ノ組織・制度・運用。 との意味を休して、我 K がはたらくべき方針は、 一、大日本を懇げて、大日蓮に絶封に蹄命する決定信を樹立せしむるとと。 二、闘民精神の正導・思想・文化の批判統一基準として、また敬令を明確に徹すべき基準曹としての純粋宗阜の樹立 と 及 び 普 及 活 用 。 一二、神聖なる敬令を不惜身命、異体同心に協力・宜現すべき、世曾的国家的組織と制度と運用活働。 かくて、八紘一宇四海開妙の大日本艦は生死の大海・::・宗救思想接見の暴風雨の下、民族闘争、岡樫競争、経済戦争 の荒講を押し切って、道義統一・回融文化・結封平和の世界を宜現する。 と の 綱 領 に そ う で 、 調 査 研 究 も し 、 ︵ 之 を 臆 用 宗 風 ? と い ふ 。 ︶ 宜 際 に 運 動 施 設 し て い か ね ば な ら ぬ 。十
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之を本宗の宗是に無自売の徒輩が、宗温に結封師命するととは、皇民道徳とかけ離れた二心の如くに考へてゐる者 が多々ある。主師親三徳の大慈誓闘の施設を見失うて、自らの卑怯下劣在根性から時局便乗の思惑をつのり、幼稚我 鐙・な才撃をふりかざして、天晴れ、法闘に忠勤を抽んづべく名春を期してゐる者が殆んどすぺてではあるまいか。 ﹁日蓮によりて日本国の有無はるるペし﹂﹁日蓮は日本閣の人の魂なり。予を失ふは日本国の桂をたをすなり o﹂ と 絶 叫 せられたのは往年のとと、今日、構宗の者どもよりは、宗門自体が倒さうとしてゐるのではないか。早くこの獅揺を 新体制下における本質白川事よりの提題 丹、新体制下における本質宗皐よ P の提也 JI.. l'-Y 諒減すべく印税宗大機悔して、宗組に絶針師命せねばならぬ。 十 今から一千百二十二年前︵弘仁九年﹀倖救大師最澄は叡山戒壇建立を企固せられ、南部の詩宗を論岐し、興間接化 の 論 策 、 島 一 a生式には﹁能ク行ヒ能ク言フハ、常一一山中=住シテ家ノ首トシ、闘ノ賓ト岱スっ能ク一育ヒテ行フコト能ハ ザルハ岡ノ師ト岱シ能グ行ヒテ一一白フコト能ハザルハ悶ノ用ト岱ス o ﹂とあって、所謂闘買同師岡刑の三義は、宗祖の三 大誓願、と休影の如き開係と見られる。被は建門の導帥、建門の戒壇、園の買・帥・用の三義を法一試し、現在に施設︵戒 壇の勅許は入誠後七日︶せらる。此は本門の導削、本門の戒壇、日本め柱・眼目・大舶の三物休を誓設し.将来期に 業︵時を侠つべきのみ︶とせられ、彼は僅か四百年間暫くの問、閣内に限る。此は末法高年を期し‘ 一 一 大 四 海 骨 師 妙 法.人天霊化、韓十方字宿高有信仰の中心を奨定せらる。もとより何れも経文に根醸し乍ら‘同ら.教法の勝劣、法 理の竣探、事賓の難易と従て宗徒の費悟亦知らる t A 所 で あ ら う 。 三 十 一 古聖すでに云はれた。﹁やむ・泣くば、兵食のこは去るとも、且くも離すべからざるは国民の信友り。﹂︵取意︶とは、 正 K 現’質の我岡上下高民の心すべき所、上下の信、相互の信、現在より将来への信、生前の信‘死後の信、世界と字 宙に劃する信、絶釘の信、師命的な一信とそ衣食より切貰な暁緊事である。新障制下の岡防岡家の皇民は全く、 人 も残さや悉く、国運を捨ひ、天業を翼賛すべき将兵である。その士気精魂は妙法結針の信、日蓮魂にまで鍛へ上げな ︿ては左らぬっさしあたり、我々宗徒の身躯行動は宗副自体であるべく.日本の柱としての責任は聾夜不断に我々の 双肩に︵宗徒以外の者よりは重く/\︶か L ってゐる。我 K の信解明智は、日本の眼目として静め明め護らねばなら
ね。いさ L かの放題な邪念によって、すがめ、とりめ、色官等にしては、皇闘の抽出路をあやまうとと L なる。日本の 大船として、我 k の五体六根臓脂、それん\の要材道具機械にしつらはれてゐる 0 .生死事大の灘伴に船出しては、舶 べりに船底に機闘に舵に、御塵のゆるみも隙も故障もあっては大経である。日本の間運を願覆し、世界人類を地獄に っき墜すとと L たらう。心すべきは岡民の信、否我士一京徒の一信であるョ 十 されば、宗門全体の祈願は、との一翠!﹁本質宗撃よりの提題﹂に封躍する行と事‘理論と宜行とを全部動員し 挙俳して、戒慎奮起すること 1 1 のみにか L る。とれ以外に、日蓮大聖人を宗副と何 h k 宗門・宗門人が、瞭古の聖業 を翼賛し奉る臣道は絶無たのである。その外の他律的課題は副業として果すもよいが、正に天職として、木分として はん一部組の大闘をつぎ一本るととのみである。そとに畢生の決死の至誠を謁すべきである。それは皇闘のため、世界の矯 めである。支那に蹴酬に幾千寓の無事の犠牲が現に償ってゐる。牛馬等の禽獣晶魚の類、幾千億の財貨の消費、等々 無意味に柿枯らしてはたらぬ。その意味、民佃の蹄く意味は宗組の大慈願にまつ。たど﹁日本の眼目﹂の見給ふととる すべての犠牲損宍が匙生し、慣値顛倒してくる。慈眼観衆生繭害海無量となるであらう。 誓って、宗祖の大阪にそへ奉らうではたいか。 との小論文は、本質ん一部皐の綱領を、問題皐的に提起すると同時に‘現在の新障制下に全宗門が自主的に積極的に進 出すべき常然なる行動指針である。従って、今後あらゆる諸多の講率、研究、調査、等はすべてとの総にそび、宗門 の改革施設行動は之に準撮すべく、未だ謹さぎるの論旨は、さらに大方の高批研鱈を侠つものである c ︵ 皇 紀 二 六