師 ・ 友 ・ 書 物 の 七 十 年
Ⅰ
少年 時代
「日本少年」,
「中学世界」 小学五年生の とき, 村内の新聞店 が 「日本少年」 とい う月刊誌の購読 を勧めに来 た。 ひ どくせがんだ記憶はないが,母 は思案 した挙句決めて くれた。三津木春影の探偵 物が連載 されていて,
「湖底の潜水艇」とい うのが 面 白か った。有本芳水の詩文 に引 きつけ られた。 口絵 には川端龍子の作品が出た。 これで 自発的読 書の習慣がっ け られた。 その うちに,兄の読んだ 「中学世界」を拾い読 みす るようにな り,
「夏の ファンタジア」を繰 り返 し読 んだ。すずかけ次郎 とい うのは恒藤恭氏のペ ンネームで,一高生徒の時の余技だ ったのだ。兄 の師範学校 の教科書 (日本史,西洋史,東洋史, 動物,植物,農業,物理,化学)を手当 り次第 に 読み,読む につれて理解が進 んだ ようだ。 戸倉村立 図書館 小学校の一室だ った。児童用 図書を揃 え る とい うことは当時はまだなかったの だろ う。碧瑠璃園 (渡辺霞亭)の もの,村上浪六 の ものなど随分 と読んだ。「海の ロマンス」 (米窪 太刀雄)も読 み,
「里見八犬伝」の大冊 は当然筋を た どるだけの飛ば し読みだ った。在庫図書のかな りの部分をそ んな具合 に読む ことが長野商業卒業 まで続 いた。上級校進学に苦 しむ ことな く,気 の 向 くままに読書で きた ことは, ほん と うに幸福だ った と思 う。勿論,農事の忙 しい時は,桑 を背負 子で家に運 んだ り,麦の収穫,秋蚕の桑摘,稲刈 な ど,父母 兄姉の手伝を した。 米倉磐一郎 先生 高小二年の時,長野師範で兄 と同級だ った先生が新卒 として着任 されて,暫 く 家の座敷に滞在 された。英語が得意 とい うことで, 長野商業本科一年編入の試験のための英語の指導柳
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をお蔽いす ることになった。この便宜 がなければ, 農蚕学校へ進んだか もしれず, 自分の一生は別の 道を辿 っただろ う。全 くの手ほどきか ら, プライ マ リーとい う読本巻-, スタソダー ドの巻一,そ れぞれの巻二を2冊,つ ま り, 1年間 に4冊 の読 本を教 えていただいた。秋の頃は,
「英和中辞典」 (井上十善)を引いて予習す るようになった。毎 日放課後 には図書室に行 って,先生の釆 られ るの を待 ち, 1時間 ぐらいずつ教わ った。職員会議な どで ご都合が悪 い ときは中止 した。日曜 にも,1.5 キ ロ離れた寺の先生の下宿なさってい る所 に押 し かけた。先生が留守で,空 しく帰宅す る ことも度 々 だ った。青年教師 として,大いに勉強 しよ うと張 り切 っておいでの先生には,ずいぶん ご迷惑だっ た と思われ,恐縮に感 じている。後年,英語の大 学教授の手ほどきを した ものだ, と親 しい方 に自 慢 げに話 された ことがあった とい う。先生は不言 実行型で,決 して嘘は言わず,不確かな事 も言わ ない方だ った。英語の指導ばか りでな く,深い感 化を受けた。頂戴 した「ジャパ ンタイムス少年号」 の臨時増刊の 「英語熟達法」 とい う小冊子は繰返 し読んだ。直読直解の大切 なことも教 え られた。 花園兼定,岩堂保,森正俊 な どの名 も覚 えた。 長野商業学校 本科予科を合せて6学級の小 さ な学校で,良い英語の先生が揃 っていた。教頭の 渡辺信夫先生は高師出で,唯一人の英語専門だ っ た。瀬尾,山本,羽田諸先生はそれぞれ特色があ って,楽 しく授業が受け られた。予習 を怠 らなか ったせいだろ う。校長の丸山弁三郎先生 は,後年 長野市長や代議士 をなされるだけあ って,太 っ腹 の偉丈夫だ った。宣教師のカ●ナダ人の先生が会話 を教 えて くれたが, 自分は消極的で駄 目だった。 古屋商店横浜支店 長野商業を卒業 して この店 に入 ったのは大正九年春だ った。第一次世界大戦 -1-後 の好景気で,三菱銀行 とか高田商会- も行けた のだが,シア トルの本店-行けるとい うのが魅力 で, この個人商店 に入 った。仕入部 とい う,在米 日本人向の輸出を扱 う倉庫で働いた。緑茶を小袋 に詰める,干 した芋茎を木箱に詰め る,荷串を引 いて通関手続をす る, とい うよ うな毎 日だ った。 早 く事務職 に移 って背広 を着 るよ うにな りたいな どと考 えず,支店長の 目につ くよ うに,表裏ある 勤めぶ りをす る者を嫌 って,倉庫で仲間 と働 くほ うが気楽で よい と私は考 えていた。独身者
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名 ぐ らいが,無駄遊 びを しないよ うに とい うことか, アメ リカ人経営 の英語夜学校へ揃 ってゆ くことに なった。面接テス トを受 けた ら,上級に選抜 され た。 ひどく難 しいテキス ト数種を買あ きれたが, 間 もな く次 々に退学 して しまった.昼間の仕事で 疲れて しまったのである。 斎藤秀三郎先生 世界的不況 とな り,渡米の見 込がな くなったので,退店 して帰郷 した。大正十 年の碁である。翌年四月上京,正則英語学校で勉 強 し,英語の教員になろ うとい うのである。松田 福松,牛山充,大津正,後藤一郎,清水起正の諸 先生だ った。校主の斎藤秀三郎先生は人力車で出 勤 し,いつ もフPックコー トを着 てお られ,ベル が鳴 るとす ぐ教壇 に現れ す ぐに授業を始め,終 りのベルです ぐやめて出て行かれた。休憩時間に は大 きい辞書を開いている先生の姿が見 えた。大 きな黒板の左上隅か ら,む しろ小 さい字で例文を 書 き始め,黒板 の右半分に移 ると,袴をつけた書 生の青年が左半分を消す。先生は,青年が冷水 コ ップに注 ぐと飲み,また往 く・と飲み,冬で も汗を 流 し,額か ら湯気を立てる。先生の見幕 に圧倒 さ れて,質問 どころではないが,田舎か ら出て来た はか りの者 には勇敢なのが居て質問することがあ る。 くだ らない事を尋ね ると,先生は何 も言わず 呪みつける,お もしろい質問 とお考 えになると, にっこりされて, くわ しく説明を して くだ さる。Engl
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巻がテキス ト だ った よ うな気がす るが,あ との2
巻は独習 した。 言語 には型があ り,型 を通 して理解 と表現をす る ものだ とい うことがよくまっか った.私の英語の実 力の骨 肉 となったのだが,一時,生意気にも,質 料 には錦繍 と鑑複が混在 していると考 えて軽 ん じ た ことがあ った。先生の 「英和中辞典」は最 も愛 用 した辞書で,いつ も手許 か ら離 さない。「和英大 辞典」 も特色ある辞書で,得意満面で講義をなさ るご様子が眼前 に浮 か んで来 るよ うな内容 で あ る。 磯辺弥一郎先生,高橋五郎先生 正則英語学校 と同 じ町内に国民英学会が あ り,そち らのほ うの 授業 も受 けた ことがあった。磯辺先生はそ この校 長だ った。温厚篤実な学者 とい うタイプで,小 さ い教室で,声低 く諾 々と説 くとい う風の講義だ っ た。大 きい教場で,奔馬 の よ うに授業を進め る斎 藤先生 とは明 らかな対照 で あった.C.
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の誌をつ けて いることが話題 とな り, あんな裕福の家のお坊 ち ゃんに,あの作の真髄がわ か って堪 るか と厳 しい 調子で言われ るのを聞いて言葉がなか った。 また 官学 の教授たちがN.
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大正十二 年 の春,全 く見込がなか ったが,文検を受験 して みた。不合格のシ ョックか ら立ち直 るために帰郷 した。毎 日朝食が済む と千 曲川を渡 って温泉場へ 行 き,公衆浴場にゆっくり浸 るとい う生活だ った。自分では平気 だ ったが,父母 は村人に対 し但梶 た るものがあ っただろ う。勉強は午後か ら夜にかけ てだ った。 これは帰郷の際に買 って来た2冊の原 書の一つで, 注釈のない英害を独 りで読むのは初 めてだ った。 その時の気負いは,思い出して も胸 の躍 る体験だ った。SirConanDoyleの文体は明 快で,筋が理詰めで,独 りで読む第一冊 目として 最 も適当な ものだろ う。初めて読む とき理解で き ない所 は鉛筆 で印をつけておいたが,二度 目に読 み直す とかな りわかって来て嬉 しかった.あ との 1冊 は
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ician(JohnGalsworthy)で, この方 は難解 だ った。英文の難 しさばか りでな く, 英国社会その侍銃や文化の知識が不足だ った。 し か し理解 し得 る所 々には魅せ られた。九月には関 東大震災が勃発 し,当分上京 は不可能 となった。 自分 としてはむ しろ腰を落ちつけて勉強で きた と 思 っている。
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Ⅰ
中学 ・高校教諭時代
師範学校中学校高等女学校教員検定試験.略称 文検 約半 カ年在郷静養 して独 り勉強 したのだが 健康 に とって も,実力養成のために も,有効だ っ た と思 う。十一月長野市 に文検予備試験があ り, 早朝 の列車で 出掛けた。予備試験は各県で施行 さ れた。長野県では1
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人 ぐらいが受験 したが,すべ て私 よ り年長 らしか った。大晦 日の夕方,文部省 か ら予備試験合格 とい う簡単 な通知が来た。合格 -.i,県内では私だけだ った.本試験 は一月文部省 で行われたのだが,散 々の出来だった。予備試験 の合格は次 回 まで有効なので,五月の本試験を受 けた。 書取 はパ ーマー氏の分担で,短文2
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ぐらいだ っ た。 口頭試問の第-室は,岡倉 由三郎先生 と市河 三言先先で,短い文章を読んで概略の内容を言 え とい うのであ った。両先生の こわい顔が 目に浮ぶ。 第二室では ブランデソ先生 と会話を し,岡田美津 先生が黙 って観察 して採点 された。 プラソデソ先 生は30歳 ぐらいで,東京帝大 に招聴 されて英文学 を講 じてお られたのだが,微笑を絶や さず,ゆ っ くりとわか り易 く話 しかけて くだ さった。 こち ら は言 いまちが えて, しまった と思い, どぎまぎし ているのに,`Well?'とか`Good!'とか言 って励 ま して くだ さった。 この ときの感謝の気持は,後年 生徒 に対す る自分の謙抑の態度を,柳 かなが ら, 促 した と思 う。 のちに,英国一流の文人 として桂 冠詩人 に擬せ られた プランデソ氏 と問答を交す こ とがで きた ことは,一生の思い出 とな った。 Mr.&Mrs.W.J.Whitehouse これ よ り先,大正 十三年四月一 日に長野県松本中学校教諭心得を命 じられた。文検予備試験合格 とい う資格だけで, 天下 の名門松本中学 (現松本深志高校) に就職 で きたのほ,その頃全国的に中等学校 の増設があ っ て,各科の教員が不足だ ったか らであ るが,ず い ぶんの幸運だった。尤 も,五 月の本試験 に上京 し た とき,宿 に突然福井中学校長が見 えた。有名 な 大島先生で,来任を求め られた。当時 同校 には斎 藤静氏を主任 として英語科には研究熱心の俊秀 が 集 まっていた。その仲間になれば-廉 の研究者 と な ったか もしれない。 ホ ワイ ト- ウス先生は旧制松本高校 で教 えてい た英国人で,当時30歳 にもな らなか った。奥 さん は2年 ぐらい前 に来朝 したばか りで,25歳 ぐらい だ った。本試験の会話に対す る準備 として,毎週 2回奥 さんか らレッスンを受 けることにした。 日 本語 も日本の事情 も全 く知 らない奥 さん と英語だ けで話す ことは, 申し分ない会話の練 習だ った。 外国語教授法な ど知 らない ことが却 って よか った と思 う。プランデソ先生 と曲 りな りに も会話を し, 文 としては欠陥だ らけで も, 自然の話 しぶ りを示 す ことがで きた と考 えるのだが,それ は奥 さん と の暗中模索の会話 の中で 自然 に会得 した ことだ と 思 う。片言の英語で,私の心持 まで理解 して くれ る奥 さんの,理解力 とい うか感受性 とい うか,そ の心の働 きに驚嘆 した。 文検 に合格 してか ら,奥 さん と会話 の練習をす る必要がな くなって,今度は先生 と日本古典の英 訳を勉強す ることになった。それまでは紹介 もさ れず,挨拶 もせず,つ きの悪い感 じでいたのだが, お世辞 は言わなか ったが,特 に無愛想 ではな く, 英 国紳士 は こんなだろ うと思われる重厚 な人柄だ った。Wilfrid丁oneWhitehouseとい う姓 名 だ った が,奥 さんは官舎 の一階の廊下か ら階段 の上 に向 って,大声 を張 り上げて,`Joe!'と呼 び,三人で三
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.(お八つ)を楽 しんだ。紅茶だけでな く, 手づ くりの ケーキが出た.いろいろの種煩があ り, 名前の異なるのに興味があ ったが,みな忘れて し まった。女中- と言 って も立派 な家の出で,高 女卒だ ったが- その人は食事は別で,一部屋を あてがわれていて,一緒にお茶を飲む とい うこと はなかった よ うで,私 には不思議だ った。紅茶 に は練乳が入 り,その風味は,それ以後味わ った紅 茶 とちがい,私 には壊 しい もの となった。 いつ も 角砂糖 の数 を尋 ね, カ ップを空 け る といつ も,`
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と言 っ た。 のちには先生は文芸春秋な どを読んでいた よ うだが,私 には英語 しか話 さず,奥 さん も日本語 で買物がで きるよ うになったが,私 には英語 しか 話 さなか った。TheTaleoftheLadyOchikubo 先生 との英訳 の勉強は,始め旧制高校の理科の国文教科書をや ったが,長篇の起 った ものを取 り上げ ることとな り,十世紀の落窪物語を始めた。先ず私が英訳 し てゆ く。それを原文 と照合 しなが ら先生が英文を 書 き,奥 さんが タイプす る。それを私が原文 と照 合 し,添削 して持参 し,先生 と吟味す る,先生が 最終稿 をつ くり,奥 さんが タイプしたのである。 奥 さんは,映画を見 るよ うで,テ ンポが早 くて面 白い と言 った。昭和九年 に神戸の
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円 とい う のは高価 な本だ った。 「落窪物語」 の一節 十二 月,山に雪 いと高 くふれ る家に女眺めてゐた り。 雪ふか くつ もりて後は山里にふ りはへて来 る 人のなきかな 御杖の, 八十坂を越 えよときれ る杖 なれはっ きてをの ぼれ位山にも な どなん有 りける。 広 くお もしろき池の鏡のや うなるに,龍頭,莱 人 ども,舟に乗 りて遊 びゐたるは, いみ じうお も しろ し。上達部,殿上人は,居あまるまで多か り。 右 の大臣殿おは した り。かづけ物 なん数知 らずい りける。Thepi
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松本中学野球部長補佐 昭和五年か ら昭和十二 年 まで八年間,毎年三月下旬か ら七月一杯 までは, 琴課後になる とグラン ドに出て,野球部 の練習を 見た。 キャ ッチボール もで きない自分なので,た だ見ていただ けだ ったが,帰宅す る頃は とっぷ り 暮れていて, その期間は家の机には蜘妹が網をか ける有様で,何の勉強 もで きなかった。 しか し自 分の人間形成 にはひどく役に立 った。 高等教員検定試験参考書 高等学校高等科教員 検定試験,略称高検, とい うのは旧制高校教授 の 資格試験で,帝国大学卒業生の うち申請者だけが 在学中の成績 に よって無試験で資格を認め られて いた。高等師範卒で も早稲 田や慶応の卒業生で も 無資格だ った。毎年受験者のために参考書が発表 された。年 々す こしずつ変わ った。昭和十年六 月 発表 の試験科 目と参考書を挙げる。試験科 目 (1) 英文和訳 (ロ)和文英訳 (,う英文学 (I)英文法 (,iう 英語音声学 卜)言語学概論 (ト)会語及書取 参考 E弓EヨSha
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の類。 「の類」 を 添 えたのは,全部読 まない者 は受験す るな とい う のではない ことを示 している。 とにか く,いつか は受験 しよ うと,以上の書は揃 えよ うとした。 1
冊数百頁の本が多 く,一通 り読むの も大変で,内 容を記憶す ることは至難だ った。英文学だけは, 英米人の試験官が しらべ る為か英文で書 くことと なっていたので,E.
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を読 んだのだ が,前者を朗読 して,その堂 々た る リズムの文体 の とりこになった。 これ らの参考書を独習す るこ とは当時不満足の ものだ ったが,シ ェークス ピア や ミル トンの偉大 さを垣間見 る機縁 となった こと は幸運だ った。 英文 日本百科事桑 昭和十三年四月諏訪中学, 現諏訪清陵高校, に転 じた。暫 くして ホ ワイ ト-ウス夫妻が東京に移 った。 国際文化振興会で編集 刊行 しよ うとしていた この本の英文原稿 の文体統 一 の仕事をす ることになったのである。学者 が分 担で書いた原稿を何十人かの練達の者 が英訳 し, ホ ワイ ト- ウス氏が添削 して文体を統一 したので ある。先生の推挙で, 自分 も英訳を分担す ること になった。外務省 の翻訳官 とか高名 な英文家 な ど の英語は飾 りが多す ぎて困 ると言い,君 の英文 の ほ うが良い と言 って,真赤 に直 した原稿を見せて くれた。いわゆる有名人の裏を脱いた思いだ った。J
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その頃,立派な英文 が書けるよ うにな りたい とい う王統望を持 っていた. ポーラン ド生れで,英国船で働いていただけで,特 に英文 の修練を した こともなかったのに,英文で創作を 書 いた コソラッ ドの事績を知 り, 自分 も可能性を ため したい と思 ったのである。今思 えば, とんで もない思 い上 が りだ った.最初読 んだ のがThe
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とい う女性 の一筋縄 では行かない性行 が面 -5-白 くな り,英文修練の見本に とい う大望を忘れて, 次に
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とい う女主 人公 が居 て男性 に未練 を懐 かせ るOそれか らTheRov
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を読 んで,作者 と同 じく世俗 の慣習の 不合理を憤慨 した.文学の研究 とい うよ りは流麗 な文体に引 きつ け られたのである。R.
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iを愛読 したの も,英国の田園を楽 しむ主 人公 に同感 した か らで あ る。 プランデ ソ先 生 のMi
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とかに感 激 したの も同 じ理 由である。Fi
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何 よ りも愛読 した のは この本で,52章 に分けて南英の田園を観察散 策に甥 を伴れ 出 して説 明す る仕組 になっている。 毎週1
章ずつ読 む ことを2
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年 も続 けている。Wray-s
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一番 よ く読 んだ文法書 は これだ った.市河 三善氏の 「英文法研究」 によって,Ne
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を盲 目的信仰す ることか ら脱却す ることがで きた。 さ らにJ
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13巻 これ らを特別 の書棚 を注文 して列べて悦 に入 っていた。 これ ら を個人で所有す る中学教師は多 くはなか った と思 う。昭和三年碁 に家庭を持 ったのだが, 日常生活 は地味で,無駄づかいはせず, しか し学力増進 に 役立つ と思 う参考書は どん どん買 った。妻 は何 も 不平を言わなか った。松本中学 とい う名門校で無 事勤めてゆ くためには仕方 ない と諦めていたのだ ろ う。生徒 は初 め難問をぶ っつけたが, え らぶ っ て出鱈 目にごまか した りせず,わか らない事 は調 べて後で答 え る姿勢 を続 けた。外 国雑誌 の02
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な どを年 間 予 約 で 購 読 し た。勿論十分に読んだわけではないが,刺戟 とし ては役立 った と思 う。 「露伴全集」 (岩波)12巻 大型の豪華版であ っ たが,小説はか りか,史伝や随筆や評論を愛読 し た。人生の指針 を求め よ うと考 えた。「苦境」
「簡 素治新」
「快楽」 な ど飽かず精読 した。 高等教員検定試験 諏訪中学は進学校 として好 成績だ ったが,教員は授業 に専念すればよい,坐 徒 自治会の ことは構 うな, とい うのが以前か らの 方針の よ うで,受験 には好都合だ った。 自信があ ったわけではないが受験 してみた。 試験場の文部省 に近 い赤坂の友人の店 に厄 介に なった。十月中旬だ ったが,蚊に苦 しめ られて よ く眠れず,心身不調だ った。監督は試験官の大先 生だ った よ うだ。問題 は次の通 りであ る。高等教員英語科検定試験 問題
英 語音声 学 (英文法,書取を通じて四時間)1
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(5) xisvoicelessinexerciseandvoicedin exeri.
2. Explainbrieflyhow thepresentinconsist -encyofEnglishspellinghascomeabou
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3. Givewordsthatproperlyrhymewiththe following,twoforeach: (1)truth (2)tolls (3)stranger (4)cartoon (5)drought (6)host (7)career (8)matured (9)fruition (10)create (ll)cleanse (12)refer (13)pressed (14)benigh (15)pleasure. 4.whatarethegeneralrulesapplicabletothe
useofthestrongformsofprepositions? 5. Transcribethefollowingpassagephoneト
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AmanoncecalledontheDukeofWellington
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"Ohl" saidtheDuke,"justputitonlH Thenherangthebel
l,andsaidtotheservant,
…Tellthecaptainoftheguardtoorderoneof hismentoloadwithball-cartridgeandcome here."
The inventor of the bullet・proof jacket disappeared,andtheDukewasnevertroubled withhim again.
英 文 法 (英語音声学,書取を通 じて四時間)
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. ExplaintheorlglnOftheInfinitive.2.Explain thefollowing wordsetymologic -ally:
(1)Thursday
(
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Easter(
3
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December(4)Japan (5)English (6)telephone (7)admiration(8)automobile(9)soy
(10)picaresque(ll)misanthropy(lねtonement
(13)centipede (14)Utopia (15)benevolen
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.
3. Explainthefollowing,givingexamples:
(1)Attributive Noun (2)Group・Genitive (3)
ObjectofResult (4)Dativeoflnterest(5)
Splitln丘nitive.
4.Discussthefollowingsentenceswithregard
totheuseofcase:
(1)Letlovebeblamedforit,notshe,norI (Tennyson).
(2) Him Iaccusethecityportsbythishath
enter'd(Shakespeare).
(3) 'Tis notthy wealth,buther that I
esteeme(Marlowe).
(4) Thissamescull,sir,wasYorick'sscull,
thekindsjester,-(Shakespeare).
5
.
Filluptheblankswithappropriatepreposi-tions:
(1) ( )nomatterwhatrisk,thething mustbeaccomplishedquickly.
(2) Seetheinvalidproperlycared( ).
(3) Ihavebeen( )agreatdealoftrouble andexpense( )hisaccoun
t
.
(4) Theenemysustainedloss( )loss.
(5) Heisclose( )sixtyyears( )age.
(6) Ihavemanytasks( )myhands.
(7
) I
t is not ( ) man to resistsuch appeals.(8) Thecoatfitsyou( )anicety. (9) Thissortofthing cannotbe putup
( ).
(10) 1hadnotimetositdown ( )my dinner,andate( )snatches.
(ll) Iwillemploy him ( )way ( ) experiment.
(12) Heisquick( )pickinguplanguages.
(13)Theywere( )daggersdrawn( ) eachother.
(14) Helefttheuniversitywithouttakinga degree
,(
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theview( )becomingan artist
.
書 取
Theworksofthelesserwritersoftheseve n-teenthcenturyshow theriseofanew spirit,
foreigntothetimesofShakespeare,-aspirit ofobservation,ofattentiontodetail,ofstress laiduponmatteroffact,ofboldanalysisof feelingsandfreeargum entuponinstitutions; themicroscopeofthemenoftheRestoration
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言 語 学 概 論 (英文学を通 じて四時間)
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和 文 英 訳 (英文解釈を通 じて四時間)