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初年次教育における一視点 -教科書から覗く初年次教育と「治具」的発想-

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初年次教育における一視点

教科書から覗く初年次教育と「治具」的発想

樫内 久義

愛知みずほ大学瑞穂高等学校

Hisayoshi Kashiuchi

Mizuho Senior High School

これから社会に出る若者たちに、それを受け容れるべき「社会」は何を求めているのか。また、大学教育におい ては、学生たちに、どのような能力を期待しているのか。それらが何であるかを高等学校の国語の教科書をたより として考えていく。しかし、その視点は高等学校の教員のそれではなく、大学で初年次教育を担当する教員として のものである。すなわち、本稿の目的は、上記の考察を踏まえた上での大学における初年次教育および、それに携 わる教員のあるべき姿への提言である。 はじめに 高等学校(以下、引用等を除き高校と表記)の教 員である傍ら、系列大学で初年次教育科目の一つを 担当している。高校での担当教科は国語(以下、教 科名を表す場合はカギ括弧を用いて「国語」と表記) であり、その関係から大学においても日本語に関す る科目を担当している。 所属する学園は、大学(含む大学院)、短大(短 期大学部)、そして、高校の三校から成っているが、 その連携は密に図られている。そのため、高等学校 の教員でありながら大学の教育にも携わる機会を得 ただけでなく、初年次教育をはじめ、大学の授業に 関する研究会や研修会に参加する機会にも恵まれて いる。今年(平成 27 年)で、大学の授業を担当しは じめてから 3 年になるが、その間、年間において少 なくない回数の研究会等に参加してきた。それらの 会に参加し、系列の大学で学生と接しながら見えて きた大学教育、特に、初年次教育に求められる教育 像を、社会がこれから迎え入れる若者たちに求めて いる能力の検証とあわせて紹介していく。 教科書を手がかりに 今回、論考の拠りどころとして用いる教科書(以 下、「国語」の教科書を示す場合は「教科書」とカギ 括弧を用いて表記)は高校で用いられる「国語」の 教科書のうち、「国語総合」とし、その古典分野を除 いた分野に限る。それを選択した理由については、 後に述べる。 「教科書」を論考に用いる理由は、その内容およ び、それを用いて展開される学習において育成され るべき能力が、大学の学修において、また、一般社 会において求められる能力とほとんど重なると考え たからである。見方を変えれば、それは、高校の「国 語」を通して養成を目指す力が、大学や社会が、と もに学び、ともに働き、ともに生活することになる 若者たちに必要とする力であることを表している。 したがって、高校の「教科書」の内容を眺めてい くことが本稿の目的である大学の初年次教育への提 言に有意義であると考えたのである。 「教科書」の考察に移る前に、まずは、高校にお ける「国語」とはどういう教科であるかを『高等学 校指導要領解説』の「国語編」(以下、出典等以外で 用いるときは「指導要領」と表記)で確認しておく。 21 世紀は,新しい知識・情報・技術が政治・経 済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動 の基盤として飛躍的に重要性を増す,いわゆる 「知識基盤社会」の時代であると言われている。

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このような知識基盤社会化やグローバル化は, ア イデ ィ ア な ど 知識 そ の も の や人 材 を め ぐる 国際競争を加速させる一方で,異なる文化や文 明 との 共 存 や 国 際協 力 の 必 要 性を 増 大 さ せて いる。このような状況において,確かな学力, 豊かな心,健やかな体の調和を重視する「生き る力」をはぐくむことがますます重要になって いる。 他方,OECD(経済協力開発機構)のPI SA調査など各種の調査からは,我が国の児童 生徒については,例えば, ① 思考力・判断力・表現力等を問う読解力 や記述式問題,知識・技能を活用する問題 に課題, ② 読解力で成績分布の分散が拡大しており, そ の 背 景 に は 家 庭 で の 学 習 時 間 な ど の 学 習意欲,学習習慣・生活習慣に課題, ③ 自分への自信の欠如や自らの将来への不 安,体力の低下といった課題, が見られるところである。 《 以下略 》 (『高等学校学習指導要領解説 国語編』平成 22 年 6 月 第 1 章総説 第 1 節「改訂の趣旨」 1 改訂の経緯) 以上に記された時代背景と「課題」を踏まえた「指 導要領」の改訂に伴い、国語科では以下の目標が定 められた。 21 世紀は,いわゆる「知識基盤社会」の時代で あると言われている。「知識基盤社会」におい ては,新たな知の創造,継承,活用が社会の発 展の基盤となる。その中にあって,国語による 表 現と 理 解 の 能 力及 び そ れ を 基盤 と す る 伝え 合う力は,人々の知的活動や創造力が最大の資 源である我が国において,社会の変化に主体的 に対応できる力を支える基礎的・基本的な能力 として,今後一層必要性を増してくると考えら れる。また,そのような国語の能力を総合的に 身に付けることによって,思考力や想像力を伸 ばし心情を豊かにし,言語文化への親しみと理 解を深めていくことは,人間形成の上でも必要 不可欠なことである。 高等学校国語は,従前,社会人として必要と さ れる 国 語 の 能 力の 基 礎 を 確 実に 育 成 す るこ とを重視しており,今回の改訂でもそれに変わ りはない。これを充実させるためには,広く社 会 生活 全 般 を 視 野に 入 れ た 指 導が 欠 か せ ない が,とりわけ,学校生活にあっては,その生活 全体の中で言語に対する関心や理解を深め,言 語 に関 す る 能 力 の育 成 を 図 る 上で 必 要 な 言語 環境を整え,生徒の言語活動を充実するよう努 めることが大切であり,それには学校全体の共 通理解が必要である。その中心となって,生徒 の言語に関する能力の育成を目指し,直接かつ 計画的に指導するのは国語科であり,この意味 で,高等学校国語の果たす役割と責任は極めて 大きい。 高等学校国語においては,以上のような教科 の役割,性格に基づいて,小学校及び中学校の 指導との一貫性を図りながら,生徒の発達の段 階 に応 じ た 指 導 を目 指 し た 次 のよ う な 教 科の 目標を立てている。 国語を適切に表現し的確に理解する能力を育成 し,伝え合う力を高めるとともに,思考力や想 像力を伸ばし,心情を豊かにし,言語感覚を磨 き,言語文化に対する関心を深め,国語を尊重 してその向上を図る態度を育てる。 《 以下略 》 (同 第 1 章第 2 節「国語科の目標」) 「目標」に掲げられている能力を列挙すると、順 に、「国語を適切に表現する能力」・(国語を的確に理 解する能力」・「伝え合う力」・「思考力」・「想像力」 である。 また、「能力」ではなく、情操や態度などの特性と して、「豊かな心情」・「(磨かれた)言語感覚」・「言 語文化に対する関心」・「国語を尊重し、その向上を 図る態度」である。 教科が「国語」であるため、向上させたり、豊か にしたりする能力や心情などは、当然、「言語」や「言 語文化」など、言葉に関するもの、または、「国語」 (教科としてではなく、日本における母語もしくは 母国語としての「国語」)が具体的に示すところの「日 本語」に関するものではあるが、言葉に関する制限 を除いて「能力」を眺め直してみると、「表現する能 力」=「表現力」・「理解する能力」=「理解力」の 育成が目標とされている。 また、「伝え合う力」は「コミュニケーション能 力」と言い換えられ、「思考力」・「想像力」を含めて 整理し直してみると、「国語」を通して期待できる能 力は、「表現力」・「理解力」・「コミュニケーション能 力」・「思考力」・「想像力」である。 すなわち、「教科書」には、それらの能力を向上さ せるべき教材が収められることになるのである。

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果たして、これらの能力と、大学や社会で求めら れる能力とはどのような関係にあるのだろうか。 社会が求める力 「指導要領」では、今世紀は「知識基盤社会」で あるとして、そこで求められる力について触れられ ていたが、大学や社会では、実際に、どのような能 力が入学生や新入社員等に求められているのだろう か。 ここでは、「社会」に求められる能力から見ていく が、それにあたり、2 つの資料を参考として採り上 げる。それは、日本経団連が企業に行った新卒者に 求める能力に関する調査結果※1と、経済産業省が示 した「社会人基礎力」に関しての資料※2である。 日本経団連が実施した調査、いわゆる経済界が求 める能力の上位 10 の能力として挙げられるものは 以下のものである。 コミュニケーション能力(76.5%) 協調性(56.1%) 主体性(55.2%) チャレンジ精神(51.5%) 誠実性(40.0%) 責任感(36.6%) 論理性(26.2%) ポテンシャル(24.8%) 柔軟性(19.5%) 創造性(15.4%) 以上の能力で、高校の「国語」で目標とされてい るものと合致するものは、第 1 位の「コミュニケー ション能力」である。 これは、「指導要領」が、「国語」の学習の目的と して掲げている「伝え合う力」そのものである。 「指導要領」では、「国語を適切に表現し的確に 理解する能力を育成」するのは、「伝え合う力を高め るため」と書かれている。すなわち、国語(日本語) の「適切な表現」と「的確な理解」は、「伝え合う力」 =「コミュニケーション能力」を高めるためになさ れるのであり、「国語」を学習する目的の 1 つとなっ ているのである。そのことは、高校における「国語」 の学習が、経済界が新卒者に求める最も重要な能力 を育てている、または、それを目指していることを 表し、その重要性をも物語っている。 では、「コミュニケーション能力」以外においては どうだろうか。資料に挙げられている上位 10 項目に、 「国語」ならではの「言葉」に関するものは見受け られない。 この調査では、すべてで 25 の項目が紹介されて いるが、それらの中で、「言葉」に該当または類似す るものと挙げられているものは、「一般常識」と「語 学力」くらいである。しかし、それらは、全 25 項目 のうち、上から 15 番目と 16 番目という低い位置に ある(「一般常識」:6.9%・「語学力」:6.7%)。 その結果を見る限り、「言葉」に関する能力は企業 ではそれほど必要とされていないように見受けられ るが、そうではないだろう。なぜなら、言語活動は 我々の営みの基盤であり、「コミュニケーション能 力」の大部分をも担っているからである。 また、調査項目である一般常識や語学は、国語(日 本語)以外に関するものも含まれる、または、それ 以外のものを想定している(たとえば、一般常識で は、数学的知識や社会常識、語学では、英語をはじ めとする外国語など)と考えられるため、「国語」の 重要性の低さを必ずしも表さない。 次に、経済産業省が示した「社会人基礎力」に関 しての資料を見てみる。 資料では、「社会人基礎力」を「職場や地域社会 で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的 な力」と定義した上で、3 つの能力と 12 の能力要素 が紹介されているが、それらは以下のものである。 前に踏み出す力(アクション)~一歩前に踏み出し、 失敗しても粘り強く取り組む力~ 主体性(物事に進んで取り組む力) 働きかけ力(他人に働きかけ巻き込む力) 実行力(目的を設定し確実に行動する力) 考え抜く力(シンキング)~疑問を持ち、考え抜く 力~ 課題発見力(現状を分析し目的や課題を明らかにす る力) 計画力(課題の解決に向けたプロセスを明らかにし 準備する力) 創造力(新しい価値を生み出す力) チームで働く力(チームワーク)~多様な人々とと もに、目標に向けて協力する力~ 発信力(自分の意見をわかりやすく伝える力) 傾聴力(相手の意見を丁寧に聴く力) 柔軟性(意見の違いや立場の違いを理解する力) 情況把握力(自分と周囲の人々や物事との関係性を 理解する力) 規律性(社会のルールや人との約束を守る力)

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ストレスコントロール力(ストレスの発生源に対応 する力) この資料に挙げられている 3 つの能力のうち、は じめの「前に踏み出す力(アクション)」に関する能 力と、それを構成する能力要素は、本人の気質、す なわちコンピテンシーに関わるもの。そのため、そ れを除いたリテラシーに分類される残り 2 つについ て見てみるが、それらはすべて、先に「指導要領」 で目標として掲げられていた能力と合致している。 「考え抜く力(シンキング)」は、「思考力」そのも のである。また、「チームで働く力(チームワーク)」 には、「コミュニケーション能力(「伝え合う力」)」・ 「表現力」・「理解力」・「想像力」が必要だからであ る。 大学が求める能力 大学では、学生に対してどのような能力を求めて いる、または、育てようとしているのか。 文部科学省が大学の教育改革に関して実施した調 査※3に初年次教育についての項目がある。それによ ると、平成 24 年には、調査対象の大学(国内の国公 私立大学 766 校のうち大学院大学を除く 743 校)の 93.5%が初年次教育を実施していることがわかる。 この調査において文部科学省は、初年次教育につ いて、「高等学校から大学への円滑な移行を図り、大 学での学問的・社会的な諸条件を成功させるべく、 主として大学新入生を対象に作られた総合的教育プ ログラム。高等学校までに習得しておくべき基礎学 力の補完を目的とする補習教育とは異なり、新入生 に最初に提供されることが強く意識されたもの」と 定義している。 「大学への移行」を「円滑」にするための学力と は、すなわち、大学の学びに必要な学力を指してお り、その内容は、大学が求める能力に他ならない。 同じ調査で、初年次教育の具体的内容について問 われているが、その答えは以下のとおりである。 ①レポート・論文の書き方などの文章作法を身に付 けるためのプログラム 82.1% ②プレゼンテーションやディスカッション等の口頭 発表の技法を身に付けるためのプログラム 73.8% ③将来の職業生活や進路選択に対する動機付け・方 向付けのためのプログラム 71.6% ④学問や大学教育全般に対する動機付けのためのプ ログラム 70.8% ⑤大学内の教育資源(図書館を含む)の活用方法を 身に付けるためのプログラム 61.4% ⑥ノートの取り方に関するプログラム 56.4% ⑦論理的思考や問題発見・解決能力の向上のための プログラム 54.4% ⑧学生生活における時間管理や学習習慣を身に付け るためのプログラム 49.1% ⑨社会の構成員としての自覚・責任感・倫理観育成 のためのプログラム 43.5% ⑩メンタルヘルス等、精神的・肉体的健康の保持に 関するプログラム 34.9% ⑪自大学の歴史等を題材とした、自大学への帰属意 識の向上に関するプログラム 32.6% それら初年次教育として行われている授業のうち、 自大学への帰属意識向上や学生生活への適応など 「意識」向上や習慣に関する項目を除き、大学での 学修や一般社会で必要であると考えられるリテラシ ーに関するものだけに限定すると、「レポート・論文 の書き方などの文章作法を身に付けるためのプログ ラム」・「プレゼンテーションやディスカッション等 の 口 頭 発 表 の 技 法 を 身 に 付 け る た め の プ ロ グ ラ ム」・「論理的思考や問題発見・解決能力の向上のた めのプログラム」の 3 つであるが、それらすべてに 「国語」での学びが効果的であることがわかる。 各大学が最も高い割合で実施しているレポート・ 論文などの文章作法は、まさしく「国語」が育てる べき語彙力や文章作成能力が核になるものである。 また、ディスカッションや口頭発表などは、「教科書」 に必ず盛り込まれ、「国語」において教育すべき内容 となっている。そして、最後のプログラムに見られ る「問題発見」や「解決能力」は、先に見た「社会 人基礎力」と合致する「国語」に期待できる能力と も重なる。 以上、大学が求めている能力も先に見た社会が求 めている能力同様、「国語」が担う役割は大きい。 それでは、次に、実際に「国語」の教科書は、ど のような中身になっているのかを見てみたい。 「教科書」が向ける視点 現在、高校の「国語」では、6 つの科目が設定さ れている。それらは、「国語総合」・「国語表現」・「現 代文A」・「現代文B」・「古典A」・「古典B」である が、「指導要領」には、それら各科目の目標に応じた 内容(教材)と、その取り扱い方が示されている。 「国語」として設けられている科目のうち、「国語 総合」は、唯一、共通必修科目である。そのことは、

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高校生が必ず学ぶ、または、学ばなければならない 科目であることを示している。したがって、当科目 の教科書を対象として、「教科書」が扱うテーマを眺 めていく。また、それが取り扱っている分野の古典 を除いた現代文の分野を対象とする。それは、先に 見た大学や社会で求められている能力との比較検証 が効果的になると考えられるからである。 では、具体的に「教科書」では、どのような教材 が採り上げられているのだろうか。 所属する高校では、毎年、教科書選定を行う。そ のため、実際に授業で用いる教科書以外も手にする ことができる。 いま、手もとに全て出版社が異なる「国語総合」 の教科書が 5 冊ある。それらを考証の対象とするが、 詳細に検証していく余裕がないために共通する構成 とテーマについて採り上げる。 ほとんどの構成が現代文編と古典編、表現編の 3 分野に分かれている。今回、対象とするのは現代文 の分野、すなわち、現代文編と表現編であるが、現 代文編については、1 社を除いて、「随想」・「評論」・ 「小説」・「詩」・「俳句・短歌」(「短歌・俳句」)のジ ャンルに分かれている。残りの 1 社は、「随想」が収 められていないだけで、あとは全て残りの 4 社と同 じである。 表現編(1 社は「表現」と表記)に関しては、各 社、ジャンル(見出し)の表記が統一されていない ため、5 社すべてについて、見出しをそのまま挙げ た(副題等または導入や総括的なものは省く)。 教科書A 表現編 ノートの取り方 メールと手紙 スピーチをしよう ブック・トークをしよう ディベートをしよう 小論文を書こう 会議と話し合いの技法 レポートを書こう 詩歌を作って作品集にしよう 教科書B 表現 スピーチをする 話し合いをする プレゼンテーションをする ディベートをする 随筆を書く 手紙を書く レポートを書く 意見文を書く 情報を読む 広告を読む 教科書C 表現 発表する 手紙を書く 絵や広告を読む 読んだ本を紹介する 創作する 教科書D 表現編 表現とは何か スピーチをする 小説のPR文を書く 文章を要約する インタビューをする 招待状・礼状を書く コピーを作る 統計資料を参考に書く ディベートをする 考えを述べる プレゼンテーションをする 教科書E 表現編 スピーチ 文章要約 手紙 意見文 ディベート プレゼンテーション 以上、表現編が扱う内容のうち、「スピーチ」・「デ ィベート」・「レポート」・「意見文」・「プレゼンテー ション」は先に見た初年次教育で各大学が実施して いるプログラムの上位 2 つ(「レポート・論文の書き 方 な ど の 文 章 作 法 を 身 に 付 け る た め の プ ロ グ ラ ム」・「プレゼンテーションやディスカッション等の 口頭発表の技法を身に付けるためのプログラム」に 該当する内容である。 また、その他の「情報を読む」(教科書B)・「統計 資料を参考に書く」(同D)や「インタビューをする」

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(同D)などで育成が期待できる能力も大学の学修 において必要なものである。 さらに見ていくと、教科書Aの「ノートの取り方」 も初年次教育において半数以上の大学が実施してい るプログラムである。 このように見てくると、「教科書」が取り扱う教材 のうち、表現編に収められているものは、大学の学 びにおいて極めて重要な内容であることがわかる (問題は、それらの教材を用いた授業が高校で実際 に行われているかであるが、それについては後の高 大接続・入試制度の改革に関する考察において述べ る)。 では、現代文編では、どのような教材が選択され ているのだろうか。 これについては、すべてを紹介することは容易で はない。だが、「教科書」は、「指導要領」に基づい て作られており、その目指すところを眺めてみるこ とで、その内容を類推することが可能になると考え る。 「国語総合」に対して「指導要領」が示している 教材に関する事項において、その選定の具体的観点 が紹介されている。それは、「教材は,次のような観 点に配慮して取り上げること」として(ア)から(ケ) の 9 つが挙げられている。それらは以下の観点であ る。 (ア)言語文化に対する関心や理解を深め,国語を 尊重する態度を育てるのに役立つこと。 (イ)日常の言葉遣いなど言語生活に関心をもち, 伝え合う力を高めるのに役立つこと。 (ウ)思考力や想像力を伸ばし,心情を豊かにし, 言語感覚を磨くのに役立つこと。 (エ)情報を活用して,公正かつ適切に判断する能 力や創造的精神を養うのに役立つこと。 (オ)科学的,論理的な見方や考え方を養い,視野 を広げるのに役立つこと。 (カ)生活や人生について考えを深め,人間性を豊 かにし,たくましく生きる意志を培うのに役立つこ と。 (キ)人間,社会,自然などに広く目を向け,考え を深めるのに役立つこと。 (ク)我が国の伝統と文化に対する関心や理解を深 め,それらを尊重する態度を育てるのに役立つこと。 (ケ)広い視野から国際理解を深め,日本人として の自覚をもち,国際協調の精神を高めるのに役立つ こと。 以上の観点のうち、(ア)・(イ)・(ウ)は、先に紹 介した「国語科の目標」を受けて設けられたもので 比較的抽象度の高いものである。それに比べて、残 りの観点は、具体性が高く、本稿で考察する(して きた)大学および社会に求められる能力と比較検討 する上でも意義が高いと考えられるため、(エ)以降 の観点について確認したい。 (エ)から(ケ)に関しては、「指導要領」において 次のように補足されている。 (エ)及び(オ)は,情報化,科学技術の進展 な どの 社 会 の 変 化に 対 応 で き る能 力 の 育 成に 役立つ観点を示している。適切な教材を用いた 学習活動を通して,情報を活用する能力を養い、 公 正に 判 断 で き る能 力 や 創 造 的な 思 考 力 を育 成することは,主体的に生きる力を培う上でも 必要なことである。さらに,論理的な思考力や 科学的なものの見方を養い,視野を広げて考え を豊かにするような教材を選ぶことは,考えを 論 理的 に 述 べ る 能力 を 育 成 す るた め に も 効果 的である。 (カ)及び(キ)は,激しく変化していく社 会の中で,自我の形成を図り,調和のとれた人 間性,社会性を養うのに役立つ観点を示してい る。 (ク)及び(ケ)は,国際化への対応を考慮 した観点を示している。我が国の伝統と文化に 対する関心や理解を深め,それらを尊重するこ とは,我が国と郷土を愛する態度を育成するこ とになる。また,それは異文化理解の基礎を培 うことにもなる。日本人としての自覚をもちな がら世界の中の日本の立場や役割を考え,国際 理解を深め国際協調の精神を養うことは,世界 的 視野 に 立 っ て 国際 社 会 に 貢 献し よ う と する 態度の育成につながる。 (『高等学校学習指導要領解説 国語編』平成 22 年 6 月 第 2 章国語科の各科目 第 1 節国語 総合 4 内容の取扱い) ここで、「教材」について補足を加えておくが、そ れは、決して教科書の内容とイコールのもの(その もの)ではない。教科書に収められた内容は、あく までも教材の 1 つでしかない。しかし、実際のとこ ろ、ほとんどの学校においては教科書の内容を中心 として授業が展開されているため、そこに収められ る内容が生徒たちに与える影響は小さくはない。 さて、引用箇所に見受けられるキーワードの数々、 たとえば、「情報化」・「科学時術」・「社会の変化」・「情

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報」・「公正」・「判断」・「創造的」・「主体的」・「生き る力」・「思考力」・「科学的」・「論理的」・「自我の形 成」・「調和」・「人間性」・「社会性」・「国際化」・「伝 統」・「文化」・「異文化理解」・「国際協調」・「世界的 視野」・「国際社会」などは、現代社会を表すときに 必ずといってよいほど用いられる言葉である。 また、それらは、「指導要領」の「目的」において も見受けられる言葉である。 すなわち、「国語総合」を用いて高校生たちに身に つけさせたい能力(「国語」を用いて生徒たちに身に つけさせたい能力)は、現代や将来において社会で 求められる力そのものなのである。 では、実際に、「教科書」では、どのような内容が 教材として選択されているのか。引き続き、「国語総 合」をもとに見てみたい。用意した教科書すべてを 眺める時間的余裕はないため、勤務する高校で用い ている「教科書」を採り上げたい。ただし、小説や 詩歌(俳句・短歌を含む)は、鑑賞を主目的にする ために、読解・理解を中心として教えられる評論に 限って見ていきたい。 ここでは次の項目を挙げて見ていく。 ①タイトル ②筆者名 ③キーワード ④期待できる学習分野(除くリテラシー) 勤務校で使用している「教科書」の評論は以下の 7 つである。 (1) ① 「彼らがそれを学ばなければならない理由」 ② 内田 樹 ③ 「教育の『ユビキタス』化」 「教育のカタログ化」 「教育の本質」 ④ 情報化社会 教育 (2) ① 「ボランティアの『報酬』」 ② 金子郁容 ③ 「相互関係」 「助けるつもりが助けられた」 「与えるつもりが与えられた」 ④ 人間関係 価値観 (3) ① 「水の東西」 ② 山﨑正和 ③ 「鹿おどし」 「自然に流れる水」 「人工的な水」 「空間的な水」 「目に見える水」 「目に見えない水」 「行雲流水」 ④ 異文化理解 日本文化 (4) ① 「治具」 ② 塚本由晴 ③ 「道具」 「治具」 「関係性」 「発想の転換」 「機能論」 「相対性」 「建築」 「町づくり」 ④ 発想の転換(創造性) 情報社会 環境 人間関係 (5) ① 「テクノロジーと人間」 ② 黒崎政男 ③ 「テクノロジー」(「科学技術」) 「モノ」 「文明」 「環境破壊」 「人間存在」 「人間らしさ」(「人間性」) ④ 科学技術 (ハイ)テクノロジー 人間性 環境問題 産業社会 (6) ① 「身体の想像力」 ② 三浦雅士 ③ 「身体」 「共同体」 「共同性」 「身体の想像力」 「五感」 「自然」 「メディア」 ④ 身体性 共同性 想像力 メディア 上に示した教材のタイトルおよび、キーワードだ

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けを見てもわかるとおり、高校の「国語」では、評 論において、様々な分野が採り上げられている。こ こにはないが、他にも言語や芸術の分野も多くの「教 科書」に見受けられる。また、著者(筆者)も様々 な分野に造詣の深い専門家や知識人である。 このように、高校の「国語」において、様々な教 材を取り扱うことは、生徒たちに様々な分野に触れ させ、視野を広げさせるとともに、多様な価値観を 認める資質を高めさせる機会を与えているというこ とでもある。 この多様性こそが、「知識基盤社会」において「社 会の変化に主体的に対応できる力を支える」知識基 盤を構築するに欠かせない要素であろう。 すなわち、高校に限ってでも、「国語」が「知識基 盤社会」における「社会人基礎力」の育成の重要な 役割を担っていることがわかる。 初年次教育への提言 「治具」的発想 さて、次に、大学の初年次教育に対しての提言を 試みる。それは、高校の教員としての、また、大学 で初年次教育の授業を担当する者としての経験をも とに、さらに、「国語」の教材の一つから得られた視 点をもとにした提言である。 「はじめに」でも述べたが、勤務する学園は高大 連携が密である。そのため、高校所属であっても、 大学の授業を担当し、さらには、大学教育に関する 学会や研究会・研修会にも少なからず参加する機会 を得てきた。 参加してきた研究会等は、初年次教育または、ア クティブ・ラーニング、FD、文章作成(表現)に 関するものが中心であるが、それらから学生(生徒) たちとの教師としての関わり方の一つとして学生の 主体的学修を補佐する役割としての「ファシリテー ター」の在り方を学んだ。 このファシリテーターの在り方が、実際に勤務す る高校の授業でたまたま取り扱った教材で紹介され ていたある概念と重なったのだ。その概念とは「治 具」というものである。概念どころか、治具それ自 体も、それまでは知らなかった。教材を通して、そ の存在をはじめて知ったのである。 「治具」とは、英語の「jig」を漢字表記にしたも のである。辞書(広辞苑)によると、「jig」は、「工 作物を固定して切削工具を工作物に正しく当て、正 確・迅速に加工するために用いる道具」である。 その教材は、「治具」をタイトルとする、建築家で ある塚本由晴(つかもとよしはる)氏の著書『アト リエ・ ワン 空間の 響き / 響きの 空間』(2009 年 INAX 出版)を出典とする評論であった。出典が英語 で書かれているため、授業で使用した「教科書」に 収められている文章をもって「治具」の概念につい て紹介していく。 漢字で「治具」と当て字される「jig」。辞書で は「機械工作の際に刃物や工具を加工物の正し い位置に導くために用いる補助工具」と説明さ れる。れっきとした英語だが「道具」との対応 でこう記されるようだ。例えば木材を切り出し たり、金属を溶接したり、お皿に絵付けをする な どの 際 に 、 の こぎ り や 溶 接 工具 や 筆 な どの 「道具」を材に対して傾けたり、一定の距離を お いた り す る と きの 微 妙 な 角 度を 最 適 化 する のがこの「治具」なのだ。だから道具や材料と ともに、特定の構成に置かれたときには大変有 用なものになるが、それだけを取り出しても奇 妙な形をした「もの」でしかないし、姿形がず いぶん違っていても、個別の名前で区別される こともない。 《 略 》 の こ ぎ り や 筆 な ど の 道 具 は ど こ に あ っ て も パ フォ ー マ ン ス は一 定 で あ る とい う 意 味 で普 遍的であるのに対して、治具はほかのものとの 関 係性 の 中 だ け でパ フ ォ ー マ ンス を 発 揮 する という意味で個別的なのである。(『新編 国語 総合 言葉の世界へ』 平成 25 年 教育出版) 筆者は、この治具の概念を人と人との関係、さら に人と都市空間との関わりに広げて物事を考えてい くための視点(価値観)の多様性に関する独自の論 を展開していく。 この「治具」という概念から学生(生徒)との関 わり方、特に大学の初年次教育における学生との関 わり方に対する示唆を受けた。それが治具的発想で ある。 それは次の概念から成り立つ。 学生 = 「材」……学修の主体 教材(課題) = 「道具」 教員 = 「治具」……学生の主体的学修を補佐 現在、大学だけでなく、小学校をはじめとして各 種学校教育において積極的に推奨されているアクテ ィブ・ラーニングが目指すところは、学生(生徒・ 児童)の主体的学修(学習)に他ならない。

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アクティブ・ラーニングは、学ぶ者が「学び」に おいて主体的に行動しなければ、その成果が得られ ないシステムである。学生や生徒等が学びにおいて 受身である限り、期待され得る学習効果が得られな いシステムなのである。 そのような環境の中、教員は、学生や生徒等の学 びに対してとる立場は、補佐的立場でなければなら ない。それは、教員が傍観者的立場であることを意 味しているのではない。学びにおける「傍観者」と は、「対岸」の見物者であり、腕を組んだままで学び 手に対して何の働きかけもしない者を意味するから だ。 補佐的立場とは文字通り、主体が目的を果たせる ように補佐する立場のことである。それは、具体的 には、大学の授業において学生が、課題に対しての アプローチに苦慮している際に、または、グループ ワークにおいて、積極的に加われない場合等に、本 人や同じグループ内の他のメンバーに、その場に適 したサポートをする立場のことである。 そのような立場は、グループワークにおいて学び や気づきを促進するファシリテーターとしての立場 でもある。 教員は、「材」である学生と「道具」である教材と の関係を「最適化」するために「傾け」たり、「一定 の距離をおい」たりするための「治具」として学生 と関わるという発想は、アクティブ・ラーニング、 または、大学での学びにまだ不慣れである新入生に 対して行われる初年次教育において取り入れられる べき発想と考える。 たしか に大学 におい て教員 が教員 たるべ きに は (研究者ではなく)、学生の存在がなければならず、 その観点からも、「道具や材料とともに、特定の構成 に置かれ」、「ほかのものとの関係性の中だけでパフ ォーマンスを発揮」する「治具」そのものであろう。 したがって、この「治具」的発想は、アクティブ・ ラーニングや初年次教育のおいて広く理解されるべ き概念である。 おわりに 以上、「教科書」の内容が、大学教育での学びに、 また、「知識基盤社会」において示唆に富むものであ ることと、そこに収められている教材から得られた 発想が、大学教育、特に初年次教育において有意義 なものであることについて述べてきた。それらを大 学関係者が知ることは大学教育の在り方について考 えるうえで有益であると考えるが、課題も潜んでい る。それは、高校教育での「積み残し」の問題であ る。 先に見たように平成 24 年度においては、90%以上 にも及ぶ日本の大学が初年次教育を実施しているが、 その割合は、平成 20 年度の 82.3%から毎年、増え 続けている。 なぜ、大学において初年次教育への関心が高まっ てきているのか。その理由の一つとして考えられる のが、大学の学修において必要な学力を入学生が有 していないことである。 それは、すなわち、高校卒業時までに大学での学 びをはじめるにあたって必要な学力を高校生たちが 身につけていないことを意味している。 いま、大学入試センター試験に代わる試験の導入 をはじめとして高大接続の問題が教育界を賑わせて いる。その議論の底には高校までの、いや、高校で の教育そのものが、大学の要求を満たしていないと いう事情が潜んでいる。 高校の「教科書」が大学教育のおいても社会にお いても極めて有益な教材を収めていたとしても、肝 心のそれらに育成されるべき学力や能力が積み残さ れてしまっているのなら、「宝の持ち腐れ」である。 したがって、大学教育および初年次教育の充実化 は、高校までの教育の今後を考えざるを得ない教育 界全体の問題なのである。 今回の論考が、その問題解決の一助となれば幸い である。 ※1 日本経団連 2004~2008 年度 新卒者採用に関 するアンケート調査集計結果『選考にあたっての重 視点(複数回答)』 ※2 平成 18 年 2 月に経済産業省の呼びかけによっ て作られた産学の有識者による委員会(座長:諏訪 康雄法政大学大学院教授)が定義づけした「社会人 基礎力」の資料 ※3 文部科学省「大学における教育内容等の改革 状況について」(平成 26 年 11 月 調査結果は平成 24 年度) 参考文献 文部科学省『高等学校学習指導要領解説 国語編』平成 22 年 6 月 塚本由晴著『アトリエ・ワン 空間の響き/響きの空間』 (2009 年 INAX 出版) 『新編 国語総合 言葉の世界へ』(平成 25 年 教育出 版)

参照

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