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J. Natl. Inst. Public Health, 53(3) : 2004
<巻頭言>
保健医療分野における
QOL 研究の現状
簑輪眞澄
国立保健医療科学院疫学部Quality of Life
Masumi M
INOWANational Institute of Public Health, Department of Epidemiology
本号の特集では“quality of life”に適切な訳を与えず,“QOL”としてしまっている.これは,私が監訳者の 1 人となって いる“A Dictionary of Epidemiology”の訳でも同じである1) .略語のままにしたり,カタカナ書きにして済ますというのは
私の好むところではない.問題は“life”をどう訳するかである.「生命」,「生活」および「人生」と3 つの訳が考えられるが, いずれにも決めがたく,QOL で済ませることにしたのである.適切な訳語が与えられないことをいいことだと思っているわけ ではない. ところで,1990 年代の始め,厚生省特定疾患難病の疫学調査研究班に難病の QOL を研究するようにとの指示が厚生省から あったらしい.そして,そのお鉢がこともあろうに私のところにまわってきたのだ.私の専門は疫学なのに,何で私が QOL の研究をやるのだ,と悩んだものである.しかし,疫学の雑誌にもQOL に関する論文がたくさん出ているのがある.私はそ のころQOL という言葉の意味は漠然と知っていたが,疫学の領域になっているとは知らなかった.
McDowell ら2)によれば,WHO 定義による健康の中で使われている“well-being”が当初は測定できないものだとして批判
されたということである.なるほど,測定できないものは指標になりようがなく,したがって改善したか悪化したかの評価の しようもないからな,と思ったものである. 話は変わるが,小川鼎三は「医学の歴史」の中で,「動物学者Richard Hertwig(1850-1937)が中世の動物学を評して『ウ マの歯が何本あるかということを中世の学者はたびたび激論の的としたが,その1 人でも実際にウマの口をのぞいてみること がなかった』と述べている.欧州中世の学問はそんなものであったらしい」と書いている3).きっとアリストテレスなどにど う書いてあるかだけを議論していたに違いない.なるほど,いくら議論しても実際にデータをとらなければならないな,と改 めて感心したものである. ところが,1990 年代初めの QOL 研究の中には,「かくかくしかじかの処置をしたら,患者の QOL が改善した」と,まるで 研究者が患者の心の中を見通しているかのような報告もなされた.また,「QOL を測定するなんて不遜なことである」といっ て,神秘的なもののように考えるものすらいた. そのような中でわれわれは,今回の特集でも原稿をお願いした古谷野亘先生の指導を仰ぎながら,難病の疫学研究班のメン バーと共に難病患者のQOL 尺度の開発を始めたのであるが,やはりどうしてよいかわからない.そのような中で,古谷野先 生が「QOL という言葉を使わないで議論しませんか」と提案された.この言葉が,構成概念という考え方の理解につながった と理解している. それから10 余年を経て,保健医療科学で QOL 研究に関する特集を組んだところ,院内外からの協力を頂くことができた. 私が悩んだことを思えば隔世の感である.本特集では3 人の著者に総論的な 3 つの話題について解説を頂き,4 人の著者には 各論をお書きいただいた.病院や医療の現場,保健所などの公衆衛生,あるいは社会福祉の分野で働いている方々の指針とな り,それぞれの業務の役に立つことを願ってやまない.
1)Last J, editor. A Dictionary of Epidemiology, 3rd ed. Oxford: Oxford University Press.重松逸造,青木國雄,翻訳顧問. 疫学辞典,第3 版.東京:日本公衆衛生協会;2000.
2)McDowell I, Newell C. Measuring Health, 2nd ed. Oxford: Oxford University Press; 1996. 3)小川鼎三.医学の歴史.東京:中央公論;1964.