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X線連星
Cir X-1 における 16.5 日
周期の解析
13S1-043
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はじめに
技術の進歩によりX 線で天体の観測ができるようになった 1962 年から、それ まで光では観測することが困難だった天体達が観測できるようになった。 そのような天体の代表的なものがX線連星と呼ばれるものである。 X線連星では、中性子星やブラックホールといった重力の強い天体に相手方の 天体から物質が流れ込むことがあり、これによりX線を放出する。X線連星に ついての参考書を読み進めていくうちに、連星間の距離の変化とX線の量の変 化について興味を持った。そして、そのような変化の見られるCir X-1 の観測デ ータを解析することにした。3
目次
第1章
X 線連星
第
2章
Cir X-1 の概要と今回の目的と使用データ
第3章
MAXI データの解析
第4章
16.5 日周期の有意性の検定
第5章
まとめと考察
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第
1章
X 線連星
1-1 連星
連星系は二つの恒星が互いの重力に束縛され、それらの重心のまわりを公転 している天体である。1-2 X 線連星
X 線連星は連星の中で明るい X 線を放出している連星のことをいう。 これは普通の恒星と、中性子星またはブラックホール天体が互いの重力によっ て束縛され、互いの周りをまわっている天体である。以降、普通の恒星を伴星、 中性子星及びブラックホール天体を高密度星とそれぞれ呼ぶことにする。1-3 X 線を放出する原理
伴星は、一般的にガスの集まりであり、伴星と高密度星との距離が近い連星 では、伴星表面のガスが、高密度星の重力圏へ流れ込み、高密度星の重力によ って引き寄せられそちらへと落下していくということが起こる。このガスは降 着物質と呼称され、高密度星の周囲に滞留、公転し降着円盤を構成する(図1)。 この降着円盤では、降着物質がこすれあい、高密度星の重力によるポテンシャ ルエネルギーを徐々に熱エネルギーへと変換しながら降着円盤内部へと落ち込 んでいく。そして降着円盤の内部ほど温度が高くなり、約1000 万度にもなって X 線を放出する。また、中心が中性子星の場合には、降着物質は最後に中性子 星に接し、そこでも高温になってX 線が放出される。5 図 1 X 線連星イメージ図
1-4
降着物質が増減する理由
普通のX線連星は互いの星の距離が一定になっている。しかし中には、互い の星の距離が一定ではないX線連星がある。その連星では軌道が楕円になって いて互いに近い距離(近点)、と遠い距離(遠点)が存在することになる。 降着物質は前述の通り、伴星のガスが高密度星の重力に引き寄せられて落ちて いくことにより発生している。近点ほど高密度星の重力の影響が大きくなるた め降着物質の量は多くなり、逆に遠点では重力の影響が小さくなり降着物質が 少なくなると推察できる。 これにより連星同士が近点に近いほどX線の放出量が多くなり、逆に遠点ほど 放出量が少なくなると推測できる。6
第二章
Cir X-1 の概要、研究目的、使用データ
2-1 Cir X-1 の概要と今回の研究目的
Cir X-1 (コンパス座 X-1)は、1969 年、観測ロケットで発見された。その後、 衛星観測が始まり、1970 年前半に、X線強度が、約 16.5 日周期で強弱を繰り返 していることが発見された。 図 2 約50年前に観測された Cir X-1 のX線強度変化(上)とエネル ギーの高いX線強度とエネルギーの低いX線強度の比(下)。X 線の強度 が約 16.5 日で強弱を繰り返しているのがわかる。 16.5 日の周期は連星の周期であり、離心率の大きな楕円軌道のため、二つの 星の距離によって降着率が変化し、X線強度の周期程な強弱が観測されるとの 解釈がされた。 さらに、中性子星を特徴づけるX線バーストという現象が観測され、連星中 の高密度星は中性子星であることがはっきりした。 2000 年ころから Cir X-1 の平均のX線強度が弱まってきている事が観測されて いる。 そこで、2009 年から軌道に投入された MAXI による観測では、Cir X-1 のX線 強度がどのような状態になっているかを見てみることにした。7
2-2 使用した観測データ
2-2-1 MAXI の概要
全天 X 線監視装置(Monitor of All-sky X-ray Image, MAXI)は、STS-127 ミッ ションで運ばれて、2009 年(平成 21 年)7 月 23 日に国際宇宙ステーションき ぼう実験棟船外実験プラットフォームに取り付けられ X 線観測装置である。宇 宙ステーションが地球を周回するのを利用して、全天を観測することができる。 宇宙から飛来する X 線は地球大気に吸収されてしまうために、地上から観測す ることができない。このため、天体が放射する X 線を観測するためにいくつか の X 線宇宙望遠鏡が打ち上げられている。これらの宇宙望遠鏡は対象天体を定 めて長時間の観測を行うタイプのものが多いが、変光天体や突発現象の観測に は向いていない。いっぽう MAXI は 92 分で地球を一周する国際宇宙ステーショ ンに取り付けられているため、ある天体を 92 分に一回の頻度で観測することが できる。これによって、未知の X 線変光天体を発見したり、ガンマ線バースト や X 線新星の出現直後の観測を行ったりすることができる。
2-2-2 使用したデータ
宇宙ステーションの 1 周ごと(orbit データ)の 2.0~20KeV の X 線強度のデー タを用いた。8
第
3章
MAXI データの解析
3-1 2009 年から 2016 年の X 線強度変化
図 3 には、MAXI の観測による 2009 年から 2016 年にかけての、Cir X-1 のX線 強度の変化がしめされている。これによれば、X 線強度が強まる時期はたまにし かなく、16.6 日の周期でX線の強弱が連続して繰りかえすことは見られない。 図 3 MAXI の観測による 2009 年から 2016 年にわたるX線強度変化9 しかし、図 3 の一部を縦軸の 0~1 counts/cm2/s の範囲を拡大して図示してみる と(図 4)、X線強度が強まっていく、あるいは、弱まっていくタイミングが、 ほぼ 16.5 日周期で繰り返しているところ(例として赤い矢印で表示)が何か所 か見られる。 図 4 図 3 の一部につき、縦軸の 0~1 counts/cm2/s の範囲を拡大して図示したもの
10 そこで、MAXI の観測データを 16.5 日周期で折り畳み、X線強度がある強度(2 ~20 keV X 線強度が 0.2 counts/cm2/s を横切るタイミングが、16.5 日周期のど の位相になるかを調べてみた。
3-2 周期性の推定のためのデータ解析
2~20keV のX線強度の、ある強度(今回は 0.2 counts/cm2/s)を基準値とし、そ の基準値よりも下から上に強まっていくタイミングと、逆に上から下へ弱まっ ていくタイミングが周期ごとにどの位相になるか、次の手順で解析した。 1. 観測開始日からの時間を Cir X-1 の周期 16.5 日で割って周期の単位に直し た。 これにより、経過時間/16.5 日の列の数字 1 ごとに 1 周期分とすることがで きる。 2. 2~20keV の X 線を縦軸、経過時間/16.5 日を横軸にとり、1 周期ごとの散布 図を作成する。 3. 散布図作成後、X 線の放出量が一定の数値を超え始める地点、及び下がり始 める地点を記録する。 4. 3 のデータをもとにどの地点で上がったり下がったりしているかのヒストグ ラムを作成する。 1.のプロセスの処理後のエクセルデータの一部を表 1 に示す。 修正ユリウス日から 55058 日を引いたものが MAXI が Cir X-1 を観測開始した日 になる。12
次に2.のプロセスで作成した散布図の一部を示す。
図5-1:周期事のX線強度変化の例。縦軸はX線強度(counts/cm2/s)、横軸は 周期である。この2 例ではX線に目立った強度変化はない。
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図5-2:図 5-1 と同じく強度変化の例。こちらにはわずかなX線強 度の強まりが見える。
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図5-3:図 5-1,2 と同じく強度変化の例。こちらにははっきりとし たX線強度の強まりが見える。
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3-3 X 線強度増減のタイミング
3-3-1 基準値を越えて戻る事例の抽出
3-2 で作成した散布図より、基準値(0.2 counts/cm2/s)をこえてX線が強まり、 その後基準値より弱まった事例を抽出した。 それらの事例につき、基準値より上がり始める時点、下がり始める時点、X 線強度が強かった期間を計算し表2 にまとめた。
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表2:X線強度が基準値を越えて強まり、そして、弱まった時点と、周期内 における時点の位相。また、上がり始めてから下がり始めるまでの期間。
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3-3-2 ヒストグラムの作成
表 2 の計算結果をもとに増減それぞれのタイミングのヒストグラムを作成し た。
19 図 6 より、X 線強度が増加し始めるタイミング、減少し終わるタイミングとも に周期の始めの1/10 の位相区間と周期の終わりの 10/10 の位相区間に多く見ら れる事がわかる。 一方で、X線強度が強くなっている期間をヒストグラムにしてみると図 7 のよ うになった。 位相は周期の単位になっており周期の1/10 に対応している。抽出した X 線強度 が強まった事例のうち、およそ半分以上は基準値を1/10 周期の短い期間だけ上 回ったということが見て取れる。
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第
4 章
16.5 日周期の有意性の検定
4-1 仮定
X 線が強まっていくタイミング、弱まっていくタイミングは位相 1/10 と 10/10 の部分にかなりの数が集まっている。これらのX線の強弱が 16.5 日周期に関係 なく起こっているなら、上記のタイミングは 16.5 日周期に関係なく起こるはず である。そこで、これらのタイミングはどの位相でも同じように起こると仮定 し、それの起こる確率がいかに低いかをχ二乗検定を用いて調べた。4-2 χ二乗検定
一般に、いくつかの観測値があり、その観測値に対応する理論的推論値を理論 値とすると、その推論に対する𝜒2は、𝜒
2= 𝛴[
(
観測値
−
理論値
)
2(
観測誤差
)
2]
により計算される。今回の場合、観測値は頻度なので、その分布はポアソン分 布に従うと考えられ、観測誤差
=(
観測値
)
12 となり、𝜒2値は、𝜒
2= 𝛴[
(
観測値
−
理論値
)
2観測値
]
となる。 一方、ここでは「X線強度変化がどの位相でも均等におこると仮定しているた め、[理論値]=[次ページ表 3 の位相ごとの観測値の平均値]
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となる。
4-3 検定結果
検定の結果、X 線強度が常に一定であるときのχ二乗値は上昇の時➡
73.28618182
下降の時➡
61.2675
となった。 位相ごとの数値は10 個あり、理論値として数値を 1 つ固定するため、自由度は、 10-1=9 となる。 したがって、得られた値を自由度9の時の確率に直すと、上昇時➡
3.44141×(10)^-12
下降時➡
7.63431×(10)^-10
となり、X 線強度が一定である確率は極めて低いということになる。以上、図 6 の頻度分布から、Cir X-1 の 16.5 日周期における X 線強度変化は高い有意性を もって言えることとなる。 表3:図 6 の 1/10 の位相ごとの数値22
第
5 章
まとめと考察
Cir X-1 は、2000 年以前においては 16.5 日周期でX線の強弱を繰り返す明る いX線連星として知られていたが、2000 年ころからX線強弱が弱まってきてい る。そこで現在の状況を調べるためにMAXI の 2009 年から 2016 年までのおよ そ7 年分の観測データを用いて調べた。その結果 2000 年以前のような周期的な 強弱変化は見られず、たまに変化するのみで、周期性はあまり見られなかった。 そこで、MAXI の観測期間における 16.5 日周期の存在を見るため、X線強度が 強まるタイミング、弱まるタイミングそれぞれの16.5 日周期における位相分布 を調べた。その結果どちらのタイミングも16.5 日周期の限られたタイミングに 集中していることが分かった。そしてそれらの位相分布に対して𝜒2検定を行っ たところ、強弱変化の周期性が存在することが、高い有意性を持って言えた。 Cir X-1 は伴星が中性子星を回る距離が楕円になっていて連星間の距離が変 化し、それに伴い中性子星が伴星に及ぼす重力の強さが変わり、降着物質の量 が変化し、これが16.5 日周期の連星周期に連動しX線強度の増減が見られると 考えられている。今回の解析によって強度変化は周期の特定の位相に集中して いること自体はわかったが、MAXI の観測全体で見るとたまにしか変化してい ない。しかも、X線が明るい期間も、大半は周期の1/10 という短い期間である。 また、他にもそれとは違う期間明るいという事象も確認された。 なぜ、このような変化になってしまうのか、自分なりに可能性をいくつか考え てみた。 1. 伴星の活動 ガスで構成されている伴星が自身の活動で収縮拡大を繰り返す中で伴星 の半径が変わり、高密度星の重力圏に近づく確率が変わり、降着率の増 減にかかわっている可能性。 2. X 線バーストの可能性 Cir X-1 の高密度星は中世子星であるため X 線バーストも観測される。 これが周期的な強度変化に混ざっている可能性。 また、今回使ったデータを周期ごとに一番大きい値のみを抽出し折れ線グラ フを作成してみたところ次ページの図8 のようになった。
23 これは放出量の周期ごとの増減である。このグラフ上では、まず1回大きな 値が出てしばらくしてから 1 回目より大きい値が出るという事象がある程度の 期間ごとに三回ほど繰り返しているがデータの絶対量が少ないため確かなこと とは言えないのが残念である。 今後機会があれば、伴星の活動周期、またはX線バーストとの関連性があるか どうか検証していきたい。
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参考文献
• 「X 線で探るブラックホール」
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