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〈論説〉民法演習(5)

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(1)法科大学院論集 第11号. 民 法 演 習(5). 河. 内. 宏. はじめに. 本稿では,前回に引き続き,民法に関する演習問題を4問出題し,それに対 する解答例を示すことにする。解答例はあくまで参考例に過ぎないことに留意 して読んでいただければ幸いです。なお,本稿で百選Ⅰ,Ⅱとは,別冊ジュリ ストの民法判例百選Ⅰ,Ⅱ(第6版)を意味し,家族百選とは,別冊ジュリス トの家族法判例百選 (第7版)を意味し,重判とは,ジュリスト臨時増刊の重 要判例解説を意味します。. 第1問 請負契約における完成建物所有権の帰属 次の文章を読んで,①,②,③の問いに答えなさい。.  Yは,昭和六〇年三月二〇日,建設業者であるA株式会社との間で,Y を注文者,Aを請負人とし,代金三五〇〇万円,竣工期同年八月二五日と定め て,Y所有の宅地上に本件住宅用建物を建築する旨の工事請負契約を締結した (以下「本件元請契約」という)。  Aは,同年四月一五日,Yから請け負った本件建物の建築工事を代金二 九〇〇万円,竣工期同年八月二五日の約定で,建設業者であるXに一括して請 ― ― 1.

(2) 民法演習(5). け負わせた(以下「本件下請契約」という) 。XもAがYから請け負った工事 を一括して請け負うものであることは知っていたが,AもXもこの一括下請負 についてYの承諾を得ていなかった。  Xは,自ら材料を提供して本件建物の建築工事を行ったが,Xが昭和六 〇年六月下旬に工事を取りやめた時点においては,基礎工事のほか,三階建て の鉄骨構造が完成していた。屋上部分は平らな屋根で,全面にわたりコンク リートブロック様のものが張られていたが,モルタルを塗るべき工事が未了の ため,雨が降れば漏る状態にあり,三階および二階部分は外壁が完成していた が,一階部分は前後の両外壁が未施工のままであった。右工事の出来高は,工 事全体の二六・四パーセントであった。  Yは,Aとの約定に基づき,請負代金の一部として,契約締結時に一〇 〇万円,昭和六〇年四月一〇日に九〇〇万円,同年五月一三日に九五〇万円の 合計一九五〇万円を支払った。 他方,上棟工事は同年五月一〇日に完了し,それまでの工事分としてAから Xに支払が予定されていた第一回の支払分五八〇万円の支払時期は同年六月一 五日であったが,その前々日の同月一三日にAが地方裁判所に自己破産の申立 てをし,同年七月四日に破産宣告を受けたため,Xは,下請代金の支払を全く 受けられなかった。  Yは,同年六月一七日ころ,Xから聞かされて初めて本件下請契約の存 在を知り,同月二一日,Aに対して本件元請契約を解除する旨の意思表示をす るとともに,Xとの間で建築工事の続行について協議したが,工事代金額のこ とから合意は成立しなかった。  そこで,Yは,同年七月二九日,株式会社Bとの間で代金二五〇〇万円, 竣工期同年一〇月一六日の約定で,本件建前を基に建物を完成させる旨の請負 契約を締結し,Bは,同月二六日までに右工事を完成させ,そのころYから代 金全額の支払を受けて本件建物を引き渡し,Yは,本件建物につき所有権保存 ― ― 2.

(3) 法科大学院論集 第11号. 登記をした。. ① Xは自ら材料を提供して本件建物の工事を行ったのに下請代金の支払い をまったく受けていない。Xとしては,本件建物の所有権保存登記をしている Yに対して何らかの請求ができるのではないかと考えている。まず,Xが主張 してくると予想される実体法上の法律構成を,以上の事実を前提として検討 し,次に,Yはこれに対して,どのような反論が可能かを,検討しなさい。 ② 以上の事実において,モルタルを塗るべき工事が完了し,雨が降って も漏る状態はなく,三階および二階部分だけでなく,一階部分も前後の両外壁 が完成していたとすると,Xの主張とYの反論に何か差異が生じるか。 ③ 以上の事実において,工事請負契約中に, 「注文者は工事中に契約を解 除することができ,その際の出来形部分(建前)は注文者の所有にする」との 条項があったとすると,Xの主張とYの反論に何か差異が生じるか。. 「解答例」 本問は,百選Ⅱ【65】の事案を参考にして作成したものであり,①②③の問 いは,百選Ⅰ【72】,百選Ⅰ【12】,百選Ⅱ【65】を参考に作成したものである。. ① 本件での,Xの主張,Yの反論は,基本的には,百選Ⅰ【72】の事実の 概要と判旨を参考にして組み立てることができる。 XがYに対して,どのような請求ができるかであるが,Xが本件建物の所有 者であることを前提に所有権保存登記の抹消登記請求ないしそれに代わる移転 登記請求,家屋の明渡請求と明渡までの賃料相当額の損害賠償請求,あるいは Yが本件建物の所有者であることを前提に本件建前価格の支払請求が考えられ る。 まず,Xが本件建物の所有者である,との主張であるが,その実体法上の法 ― ― 3.

(4) 民法演習(5). 律構成としては,本件建前は独立した不動産になっているので,本件不動産所 有権は原始的にXに帰属し,その後のBによる加工部分も242条によりXに帰 属する,との主張が,あるいは,本件建前は動産であったとしても,Bが本件 建物を不動産にした時点では,主たる動産はXが自らの資材で建築した部分で あり,Bのその時点までの工事部分は従たる動産であるから,両者が付合して 出来た建物は243条によりXに帰属する,との主張が考えられる。 これに対する,Yの反論としては,以下のことが考えられる。本件建前は, 屋根と外壁が完成していないので,独立した不動産とはいえない(大判昭10・ 10・1,百選Ⅰ【12】参照)。また,動産である建前の所有権がどうなるかは, 243条ではなく,2 46条2項に基づいて決定すべきであり,2 46条2項に基づき 所有権の帰属を決定するに当たっては,Xの建築した建前がBの工事によって 独立の不動産たる要件を具備した段階ではなく,加工という行為は一つの目的 に向けられた統一的かつ継続的行為であるから,本件建物が完成した段階を基 準とすべきである。Xによる工事の出来高は,工事全体の二六・四パーセント であり,残りはBが完成させたのであるから,本件建物の所有権はBに帰属し, YはBに請負代金を支払うのと引換に建物の所有権を取得したから,本件建物 はYの所有に属する(最判昭54・1・25,百選Ⅰ【72】参照)。 次に,Yが本件建物の所有者であることを前提にXがYに対し本件建前価格 の支払を求めるとしたら,どのような実体法上の法律構成が考えられるであろ うか。本件建物の所有者がYであると考えられるのは,上記のYの反論でみた ように,本件建前はXの動産であり,それにBが加工を加えて,246条2項によ り本件建前の所有権をBが取得し,これをBが請負代金と引換にYに移転した からである。このYの反論を前提にすると,XはBに対して2 48条・246条2 項,704条に基づき本件建前価格(AX間の下請契約では,代金2,900万円で, Xは工事全体の26.4パーセントを完成させているので,建前価格は約766万円 と考えられる)の支払を求めることは出来るが,直接Yに対して本件建前価格 ― ― 4.

(5) 法科大学院論集 第11号. の支払を求めることは難しい。ただ,XがBに対して248条・246条2項,704 条に基づき本件建前価格の支払を求めることが出来るということになると,B はYから自分がした工事の報酬分しか支払を受けていないのに,Xに対して本 件建前価格の支払いをしなければならなくなり,Bは思わぬ損害を受けること になる。BがXへ本件建前価格の支払いをしなければならないとすると,Bと しては,Yが本件建前はXの所有なのにそれを説明せずに建前の価格を除外し た報酬でBと請負契約を締結しBに損害を与えたとして,Yに対して説明義務 違反を理由に建前の価格相当額の損害賠償を請求することが考えられる。Bが Yに対して建前の価格相当額の損害賠償を請求できるとすると,Xとしては, Bが無資力の場合,債権者代位権に基づき,Yに対してBの建前の価格相当額 の損害賠償請求権を代位行使することが考えられる1)。 このようなXの法律構成に対してYが反論する方法としては,本件建前の所 有権はXではなくYに帰属する,との主張が考えられる。判例の立場に立ちつ つ,本件建前の所有権はXではなくYに帰属する,との法律構成としては,ど のようなことが考えられるであろうか。注文者が代金の全部を支払っている場 合は,完成と同時に建物の所有権は注文者が取得するとの暗黙の合意が推認で きる,との判例がある(大判昭18・7・20)。この判例の考え方を推し進めれ ば,工事が中断した場合も,それまでに注文者が建前に相当する代金をすでに. 1)Bが246条2項の加工者であり,Bが加工によって所有権を取得した建物をYがBから取得した とする,最判昭54・1・25(百選Ⅰ【72】)の理論構成を前提にすれば,以上のように考えること になろう。しかし,Yが建前を自分の所有物だとしてBに加工させている本件のような場合は,B ではなくてYが2 46条2項の加工者であると考え,Yが加工により本件建物の所有権を直接取得し た,との理論構成も考えられるかもしれない。その場合は,XはYに対して248条・246条2項,704 条により建前価格の支払い請求をするということが考えられる。なお,最判平5・10・19の原審は, Yは建前の価格を除外した代金をBに支払ってBから建物所有権を取得したので,建前の価格を利 得したのはBではなくてYであるとして,YはXに対して,248条・246条に基づき償金支払い義務 があるとしているが,Bを246条2項の加工者と考えた場合,そのように言えるかは疑問である。B ではなくYが2 46条2項の加工者であると考えれば,Yの償金支払い義務は容易に根拠づけること ができるように思われる。. ― ― 5.

(6) 民法演習(5). 支払っている場合は,建前の所有権は注文者が取得するとの暗黙の合意を推認 することも可能であろう。以上のように考えることができれば,工事が元請負 人の倒産で中断した場合,注文者が元請負人に建前に相当する請負代金をすで に支払っていれば,建前の所有権は,少なくとも注文者と元請負人との関係で は,注文者に帰属する,と考えることができよう。本件では,YはAに対して, 建前の価格の2倍以上の請負代金をすでに支払っている(つまり,YA間では 請負代金は3,500万円と決められ,工事が中断するまでに,YはAに代金1,950 万円を支払っている。代金1,950万円は,請負代金の約56パーセントに当たり, 工事は,全体の26.4パーセントしか行われていなかったので,YはAに対して, 建前の価格の2倍以上の請負代金をすでに支払っている。)。したがって,Yと Aとの関係では,本件建前の所有権はYに帰属することになる。しかし,Yと Aとの関係では,本件建前の所有権はYに帰属すると考えられても,Xが,Y A間の契約はXを拘束しないと主張することが考えられる。これに対するY側 の反論は次のようなものとなるであろう。「建物建築工事を元請負人から一括 下請負の形で請け負う下請契約は,その性質上元請契約の存在及び内容を前提 とし,元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから,下請負人 は,注文者との関係では,元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにす ぎず,注文者のためにする建物建築工事に関して,元請負人と異なる権利関係 を主張し得る立場にはない。」(最判平5・10・19,百選Ⅱ【65】)。このYの反 論が認められれば,本件建前の所有権は,YとXとの関係でもYに帰属するこ とになる。百選Ⅱ【65】の事例において,原審がYはXに対して償金支払い義 務があるとしたのを最高裁が破棄自判した実質的な理由は,Yは元請人Aに建 前以上の報酬を支払っているのに,Xに建前の価値の償還請求を認めると,Y が実質的に二重払いを強いられる,ということにある。問い③の場合のような YA間の特約がなくても,Yが二重払いさせられることを防ぐ必要性があるこ とは否定できないが,その理論構成としては,以上述べたことが考えられる。 ― ― 6.

(7) 法科大学院論集 第11号. ② この場合は,本件建前は独立の不動産となっている(大判昭1 0・10・ 1,百選Ⅰ【12】参照)。従って,Xの実体法上の法律構成としては,本件建前 は独立した不動産になっているので,本件不動産所有権は原始的にXに帰属 し,その後のBによる加工部分も242条によりXに帰属する,ということにな る。これに対する,Yの反論は難しい。瀬川信久教授は,建物所有権と敷地利 用権を一致させるために,建物に関する工作には建物が不動産になっている場 合にも,加工規定(246条2項)を類推適用すべきだと主張する2)。しかし,多 数説はそれに反対する3)。判例は下級審判例しかないが,独立の不動産と認め られる未完成建物に他の者が工事を加え完成させたときは,2 42条が適用され 246条の適用の余地はないとする(東京地判昭3 4・2・1 7,東京地判昭34・ 12・24,大阪高判昭38・11・30)。 判例にそくしたYの反論としては,①で述べた見解がここでも考えられる。 つまり,工事が元請負人の倒産で中断した場合,注文者が元請負人に建前に相 当する請負代金をすでに支払っていれば,建前の所有権は,注文者と下請負人 との関係でも,注文者に帰属する,との法律構成である。この法律構成の場合 は,建前が動産であるか独立の不動産であるかに関係なく,建前の所有権はY へ帰属する。 ③ すでに述べたように,工事が元請負人の倒産で中断した場合,注文者が 元請負人に建前に相当する請負代金をすでに支払っていれば,建前の所有権 は,注文者と元請負人との関係では,注文者に帰属する,との暗黙の合意があ る,との法律構成が可能であれば,このような条項の有無は,本件の場合,X の主張にもYの反論にも関係がないことになる。. 2)判例評論249号17頁以下参照。 3)広中俊雄「物権法(第2版増補)」416~418頁。. ― ― 7.

(8) 民法演習(5). 第2問 表見代理 ① AはBの代理人Cを介してBに対してAのためにAの甲不動産を担保に してDから1,000万円の融資を受けてほしい旨を伝えた。その際,BがAを代 理してAの甲不動産に抵当権を設定するために,Aは,受任者氏名も委任事項 も白紙の委任状,印鑑証明書,実印をCに交付し,甲不動産の登記識別情報を Cに教えた。Cはこれらの書類をBに交付し,登記識別情報をBへ伝達した。 Bは,Cに対してAのためにDから甲不動産を担保にして1,000万円の融資を 受けることができるよう交渉するよう依頼した。ところが,CはBからあらた めて委任状等の交付を受けたので,委任状の受任者欄にCの名前を記載すると ともに,委任事項欄に「Aの甲不動産売却に関する一切の件」と記載して,D とAの甲不動産を2,000万円で売買する契約を締結し,所有権の移転登記をし てしまった。Bから何も連絡がないことに疑問を抱いたAは,登記簿を閲覧し て上記のような登記がなされていることを知り,Dに対して移転登記の抹消登 記手続を請求した。Aの請求は認められるか。 ② ①の場合に,Aが直接BにAのためにAの甲不動産を担保にしてDから 1,000万円の融資を受けてほしい旨を依頼し,Bに対して受任者氏名も委任事 項も白紙の委任状,印鑑証明書,実印を交付し,甲不動産の登記識別情報を教 えた,とする。BはCに対してAのためにDから甲不動産を担保にして1,000 万円の融資を受けることができるよう交渉するよう依頼し,Cにこれらの委任 状等を交付し,甲不動産の登記識別情報をCに教えたところ,Cは委任状の受 任者欄にCの名前を記載するとともに,委任事項欄に「Aの甲不動産売却に関 する一切の件」と記載して,DとAの甲不動産を2,000万円で売買する契約を 締結し,所有権の移転登記をしてしまった。Aは,Dに対して移転登記の抹消 登記手続を請求しているが,Aの請求は認められるか。 ― ― 8.

(9) 法科大学院論集 第11号. ③ ①の場合に,Bが委任状の受任者欄にBの名前を記載するとともに,委 任事項欄に「Aの甲不動産売却に関する一切の件」と記載して,DとAの甲不 動産を2,000万円で売買する契約を締結し,所有権の移転登記をしてしまった, とする。AがDに対して移転登記の抹消登記手続を請求した場合,Aの請求は 認められるか。 ④ Aの名前でBがB自身のためにCから物品を買い入れ引渡しを受けた が,代金を支払わない。CはAに対して代金の支払い請求ができるか。 AがBに自己名義の使用を許諾していた場合はどうか。 ⑤ Aは,自己所有の土地一筆をBに贈与し,Bの求めに応じて,右土地に つきBに対する所有権移転登記手続をするため,実印,印鑑証明書をBに渡し, 土地の登記識別情報をBに教えた。ところが,BはAの承諾を得ることなく右 実印と印鑑証明書を使用して,Aを代理してBが代表者であるC会社とDとの 間の商品販売取引に基づくC会社の債務について保証期間と保証限度額の定め のない根連帯保証契約を締結した。DはAに対して,根連帯保証債務の履行を 訴求しているが認められるか。 ⑥ AはBの叔父であり,まだ若いBの面倒を見ていた。BからAはC銀行 よりお金を借りる代理権を与えられ,C銀行から200万円を借りたことがある。 AはBから代理権を与えられていないにもかかわらず,Bの代理人だと称し て,D銀行から200万円を借りた。DはBに対して200万円の返済を求めている が認められるか。 ⑦ Aは,Bに「Cから借金をするので保証人になってほしい」と頼まれ, 債務者欄が空欄の保証契約書に署名捺印してBに手渡した。 Bは債務者欄に Dと記入して保証契約書をCに渡してしまった。CはDが債務を支払わない場 合に,Aに保証債務の履行を請求できるか。. ― ― 9.

(10) 民法演習(5). 「解答例」 ①と② 下記の③では,白紙委任状の直接の被交付者Bが白紙委任状を濫用 している(直接型)のに対して,①と②では,いずれも,白紙委任状の直接の 被交付者Bではなく,白紙委任状の転得者Cが白紙委任状を濫用している(間 接型)。②では,最判昭39・5・23(百選Ⅰ【27】)によれば,不動産登記手続 に要する書類は,これを交付した者よりさらに第三者に交付され輾転流通する ことを常態とするものではないから,Cが白紙委任状を濫用した場合109条は 適用されない,ということになりそうである。①も基本的には②と同様に解さ れそうだが,最判昭4 5・7・28(百選Ⅰ【32】)によれば,BもCもAから信 頼を受けた特定他人であるから,Cが白紙委任状を濫用した場合109条が適用 されることになる(なお,百選Ⅰ【3 2】)の「事実の概要」によれば,一審,原 審とも,最判昭39・5・23を引用して,Cに対する代理権授与表示はなかった, としていた。)。ただし,最判昭45・7・28以後も,最高裁は,最判昭39・5・ 23を引用して,第三者が白紙委任状を濫用した場合は,109条の適用を否定して いる。したがって,最判昭39・5・23の判断枠組みは,判例において維持され ていると解される(百選Ⅰ【2 7】の解説3と百選Ⅰ【3 2】の解説3を参照) 。 学説では,百選Ⅰ【27】の解説3で述べられているように,白紙委任状は転々 移転する可能性をもっているので,109条の適用を認め,相手方が善意・無過失 かを判断すべきとする見解が有力である4)。 4)有力学説の立場では,たとえば,最判昭39・5・23では,1 09条の適用を認めても,相手方の過 失が認定され,相手方の保護が否定されるであろう,と述べられている(百選Ⅰ【27】の解説4を 参照。) 。この善意無過失の判断基準は,110条の正当理由の判断基準と類似している(最判昭51・ 6・25,百選Ⅰ【30】の解説参照。)。最判昭39・5・23では,代理人と称する者が自己の債務に ついて根抵当権を設定しており,最判昭51・6・25では,代理人が権限を濫用して自己の債務につ いて根保証契約を締結している。このような場合,109条の善意無過失,110条の正当理由の判断基 準をどう考えるか,については学説では共通の理解があると思われる。すなわち,百選Ⅰ【30】の 解説で述べられているように,代理行為によって代理人自体が利益を受けるとき(例えば代理人 自身の債務について保証債務を本人に負わせる場合)などは相手方の過失が認められやすい,とい うことである。しかし,本問のように,不動産への抵当権の設定を委任されたのに,不動産を売却. ― ― 10.

(11) 法科大学院論集 第11号. なお,最判昭45・7・28では,109条と110条の重畳適用が問題となっている が,これは,百選Ⅰ【32】の「事実の概要」にもあるように,Yは①権利書② 印鑑証明書③売渡証書④登記一切の権限を与える趣旨の白紙委任状を,Bを介 してAに交付し,Bがこれらの書類をXの代理人Cに示したため,YはCに対 してBに本件山林売渡の代理権を与えた旨を表示したことになった。この場 合,BがCと本件山林の売買契約を締結したのであれば,Xを保護するために は109条の適用で充分である。しかし,YはCに対してBに本件山林売渡の代 理権を与えた旨を表示したのに,Bは本件山林の交換契約をCと締結したの で,Bは109条の山林売渡の代理権授与表示を越える代理行為をしたことにな るから,X側がBに本件交換契約につき代理権があると信じ,かつ信ずべき正 当な事由があるならば,109条,110条によってYが責任を負うとされたのであ る(百選Ⅰ【32】の解説4を参照)。 ③の場合,BはAから代理権を与えられており,Bはその代理権を越える行 為をしている。したがって,110条の適用が考えられる。しかし,BはAから白 紙委任状を直接交付された者であり,Bは白紙委任状を濫用しているので,109 条の適用も考えられる。つまり,この場合は,109条の表見代理と構成すること も110条の表見代理と構成することも可能である。この場合は,最判昭45・ 7・28(百選Ⅰ【32】)の場合のように109条と110条の重畳適用が問題となる のではなく,109条と110条との併存適用が問題となる。この場合,109条を適用 することも,110条を適用することも可能であるが,純理論的に考えた場合,相 手方の保護はいずれを選択しても同じであろうか。1 09条の場合は,本人が相. した場合,109条の善意無過失,110条の正当理由の判断基準をどう考えるべきか,ははっきりしな い。この点は,あまり議論されていないように思われるが,たとえば,本問の甲不動産が山林や空 地であるような場合には,109条の善意無過失,110条の正当理由が認められやすいのに対して,甲 不動産が本人の住居であるような場合には,相手方が本人の意思確認をしなければ,109条の善意無 過失,110条の正当理由は認められ難いのではあるまいか。いずれにせよ,この点は今後の検討課題 であると思われる。. ― ― 11.

(12) 民法演習(5). 手方の悪意ないし過失を主張立証しなければならないことは条文上明らかであ る。しかし,110条の場合は,条文上,権限があると信じたこと(善意),信じ たことに正当な理由があること(無過失) ,つまり,善意・無過失であること を相手方が主張立証しなければならないことになっている。詳しくは,大江忠 「要件事実民法」(第3版)316~32 1頁参照。したがって,条文上は,109条 を適用した方が相手方に有利といえる。 ④ まず,BがAの名前を勝手に使ってCと契約を結んだとき,Bが契約の 法律効果を自分に帰属させようとしている場合には,Bは自分を表す名称とし てAという名前を使用しているにすぎないので,契約はB・C間で成立したと 解釈される。したがって,CはBに対して代金を請求するほかない(なお,こ の場合,Cが錯誤ないし詐欺を理由に契約の無効・取消を主張することも考え られるが,引渡した物品がBの元にあればともかく,Bの元になければ,あま り実益はない。)。次に,Bが契約の法律効果をAに帰属させようとしている場 合には,BにAを代理する権限があれば,代理人Bが本人Aの名で代理行為を することは許される。しかし,BはB自身のために物品を購入しようとしてい るので,代理権濫用であり,CはAに代金を請求できるが,AがCの悪意ない し過失を立証できれば,Aは代金を払う必要はない(93条但書の類推適用)。 BにAを代理する権限がない場合は,無権代理であり,Aが追認すれば,Cは Aに対して代金の請求ができるが,Aが追認しなければ,CはBの無権代理人 としての責任を追及するほかない。 次に,AがBに自己名義の使用を許諾していた場合は,BがCから物品を買 い入れれば,Cは109条,商法23条(現行商法14条)等の法理に照らしてAに対 して代金の支払い請求ができる(最判昭35・10・21,百選Ⅰ【28】)。しかし, この場合は,109条の場合とは異なり,AがBに対して代理権を与えた旨をCに 対して表示しているわけではないことに注意。AがBに自己名義の使用を許諾 したことで,CがBをAであるかのように誤認したので,Aが責任を取らされ ― ― 12.

(13) 法科大学院論集 第11号. ているのである。つまり,109条の場合は,AがBに対して代理権を与えた旨を 表示したことでCがBに代理権があると誤認したのでAが責任を取らされてい るのであるが,名義許諾の場合は,AがBに自己名義の使用を許諾したことで CがBをAであると誤認したので,Aが責任を取らされているのである。 最判昭3 5・10・2 1は,109条だけでなく,旧商法2 3条(現商法1 4条)の法理 も引き合いに出している。旧商法23条の場合は,AがBに自己名義の使用を許 諾していた場合,BがCから物品を買い入れれば,AはBと連帯してCに対し て代金を支払わなければならない,と規定する。これに対して,109条の場合 は,AがCに対して責任を負うだけで,BはCに対して責任を負う必要はない。 ただ,本件のような場合は,BがCに代金を支払えないから,CはAの責任を 追及するわけだから,109条を類推してAの責任が認められると言おうが,旧商 法23条(現商法14条)を類推してAの責任が認められると言おうが,違いはな いと思われる5)。 ⑤ 本問は,110条の基本代理権としてどのようなものが考えられるか,とい う問題である。最判昭46・6・3によれば,不動産贈与の履行としての所有権 移転登記申請行為のように,単に公法上の行為にとどまらず,私法上の効果も 生じる場合には,基本代理権となり,110条の適用が認められる(なお,最判昭 35・2・19,百選Ⅰ【29】の解説4を参照。)。しかし,本問のような場合,110. 5)旧商法23条は, 「自己の氏,名前又は商号を使用して営業をなすことを他人に許諾したる者は自己 を営業主なりと誤認して取引をなしたる者に対してその取引により生じたる債務に付その他人と連 帯して弁済の責めに任ず。」と規定していたが,現行商法14条は,「自己の商号を使用して営業又は 事業を行うことを他人に許諾した商人は,当該商人が当該営業を行うものと誤認して当該他人と取 引をした者に対し,当該他人と連帯して,当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。」と 規定する。旧商法23条は名義貸与者の責任に関する原則規定であると理解され,他人の名義を借用 して取引する場合に広く一般的に,この規定を類推適用すべきであるとの見解が有力であった。最 判昭35・10・21の場合も,旧商法23条を類推適用すべきであるとの見解が有力であったが,現商法 14条は,その適用範囲について,営業をなすための商号貸与に限定する趣旨を明らかにしたとの見 解がある(森本滋・商法判例百選(5版)31頁参照)。この見解によれば,最判昭35・10・21のよ うな事例に現行商法14条を類推適用することは無理かも知れない。. ― ― 13.

(14) 民法演習(5). 条の正当事由の判断は慎重になされなければならない。本件の保証期間と保証 限度額の定めのない根連帯保証契約の場合には,Dとしては,Aの保証意思の 存否を確認すべきであり,これをしなければ,正当事由ありとは言えない(最 判昭51・6・25,百選Ⅰ【30】)。 ⑥ 本件の場合,AがBの代理人だと称して,従前取引のあったC銀行から 200万円を借りたのであれば,112条が適用され,Cは善意無過失であればBに 対して200万円を請求できる6)。 Aが取引のなかったD銀行から2 00万円を借りた場合には,AはD銀行と取 引する代理権を有したことがないので,Aは従前の代理権の範囲に属しない法 律行為をしたことになるから,112条は適用できない。しかし,DがAの従前の 代理権消滅につき善意無過失であり,DにAがDと代理行為をする権限がある と信ずべき正当な理由があるといえる場合には1 12条と110条を重畳適用して, DはBに対して200万円請求することができる(大連判昭19・12・22,百選Ⅰ 7)。 【33】の判旨参照). なお,従前Aとの取引のなかったDにそもそも1 12条を適用する必要性があ るのか,という疑問が生じるかもしれない。しかし,たとえば,D銀行が,A がBを代理してC銀行と取引をしていたことを聞いて知っていたような場合を 考えれば,112条の適用を肯定してよいであろう。 ⑦ 本件の場合,大判昭9・5・4は,BをAの使者と考え,Bが債務者欄 にBと書くべきところをDと書いてしまったので,AはBの債務を保証する意 思であったのに,Dの債務を保証する表示をしたことになり,Aには錯誤があ. 6)条文上は,相手方が善意であることの主張立証責任を負い,相手方の善意が過失に基づくもので あることを本人が主張立証することになっているが,代理権の消滅は本人と代理人間の事情なの で,相手方に明らかでない場合が多いから,本人が相手方の悪意又は過失を主張立証すべきだとい うのが学説の多数説である。 7)この場合の主張立証責任は複雑だが,興味のある人は,大江忠「要件事実民法」(第3版)321 ~322頁を参照。. ― ― 14.

(15) 法科大学院論集 第11号. ることになり,AはCに対して保証債務の錯誤無効を主張できる可能性があ る,とする。使者が文字通り書き間違いをした場合は,錯誤の主張を認めるこ とに異論はないが,使者が権限を濫用して意図的に誤った表示をした場合に も,錯誤主張を認めるべきかに関しては学説上異論が多い。この場合は,表見 代理に関する110条を類推適用してCを保護すべきであるとの見解が学説では 有力である。. 第3問 時効援用権者. ①  AからBは甲土地を賃貸借し,甲土地上に乙建物を建て,乙建物をCへ 賃貸借していた。ところが,甲土地はDの土地であることが判明し,DはBに 対して乙建物を収去し,甲土地を明け渡すよう請求し,Cに対しても乙建物か ら退去し,甲土地を明け渡すよう請求している。Aが甲土地の占有を所有の意 思ではじめてDからB・Cが甲土地の明渡を求められるまで,21年間が経過し ている場合,CはDに対してどのような反論が可能か。  AからBは甲土地を賃貸借し,甲土地上に乙建物を建て,建物に住んで いる。ところが,甲土地はCの土地であることが判明し,CはBに対して乙建 物を収去し,甲土地を明け渡すよう請求している。Aが甲土地の占有を所有の 意思ではじめてCからBが甲土地の明渡を求められるまで,21年間が経過して いる場合,BはCに対してどのような反論が可能か。AからBは甲土地をAの 土地だと信じて賃貸借してから13年が経過している場合,BはCに対してこの ことを理由にしてなにか反論できないか。 ② AはBから1,000万円を借り,BはCの甲不動産に抵当権の設定を受け, その旨の登記をした。その後,CはDから1,000万円を借り,Dは甲不動産に抵 当権の設定を受け,その旨の登記をした。Cが1,000万円の返済をしないので, ― ― 15.

(16) 民法演習(5). Dが抵当権の実行をしたところ,甲不動産は1,200万円で競落された。AのB に対する債務は既に時効にかかっているが,Aは時効を援用しようとしない。 Cには甲不動産以外にみるべき財産がない場合,DはCから1,000万円の返済 を受けるために,どうすればよいか。 ③ AはBから1,000万円を借り,BはAの甲不動産に抵当権の設定を受け, その旨の登記をした。その後,AはCから1,000万円を借り,Cは甲不動産に抵 当権の設定を受け,その旨の登記をした。Aが1,000万円の返済をしないので, Cが抵当権の実行をしたところ,甲不動産は1,200万円で競落された。AのB に対する債務は既に時効にかかっているが,Aは時効を援用しようとしない。 Aには甲不動産以外にみるべき財産がない場合,CはAから1,000万円の返済 を受けるために,どうすればよいか。 ④ AはBから1,000万円を借りていたが,唯一の財産である甲不動産をC に贈与し移転登記を経由した。Bは,AとCがBを害することを知りながら, 贈与契約をしたとして詐害行為を理由に贈与契約を取消し,移転登記の抹消を 求める訴えを提起した。AのBに対する債務が消滅時効にかかっている場合 に,CはBの移転登記の抹消請求に対してどのような反論が可能か。AのBに 対する債務が消滅時効にかかる前に,Aが債務の承認をしていた場合はどうな るか。 ⑤ Aの甲土地をBは所有の意思で占有し,甲土地上に乙建物を建て居住し ていた。Bが甲土地を20年以上占有した後に死亡し,Bの子CDEがBを相続 した。CはBの占有によって完成した取得時効を援用して,Aに対して甲土地 の全部について取得時効を原因とする所有権移転登記を請求しているが認めら れるか。 ⑥ AはBに200万円を貸し付け,Cが連帯保証人となった。AはBへの貸 付後9年が経過したので,Cに対して連帯保証債務の承認を求めたところ,C は保証債務を承認した。その後1年以上が経過した後にAはCに連帯保証債務 ― ― 16.

(17) 法科大学院論集 第11号. の履行を請求した。Cはこれに応じなければならないか。. 「解答例」 ①のに関しては,建物賃借人による敷地所有権の取得時効の援用を否定す るのが判例(最判昭和44・7・15)である。すなわち,建物賃借人は土地の取 得時効の完成により直接利益を受ける者ではない,というのがその理由であ る。したがって,Dが,Cに対して乙建物から退去し,甲土地を明け渡すよう 請求している場合,CはAの甲土地についての取得時効を援用できず,Dの請 求に応じざるを得ない。ただし,Aは甲土地の取得時効援用権者であるから, Aが甲土地の取得時効を援用していれば,Bは甲土地の所有者Aから土地を賃 貸借し,土地上の乙建物をCに賃貸借していることになるので,Cが甲土地の 取得時効の援用権者かを論じるまでもなく,CはDの請求に応じる必要はない (つまり,Cが援用権者であるか否かが問題になるのは,Aが時効を援用しない か,援用権を放棄した場合であることに注意。)。 ①のの前半に関しては,土地の賃借人が賃貸人の取得時効を援用できると する判決(東京地判平1・6・30)と援用できないとする判決(東京高判昭 47・2・28)とがある。 本件の場合も,Aが時効援用権者であることに疑問の余地はない。Aが時効 の援用をすれば,Bは甲土地の所有者Aからの賃借人であったことになり,C の請求に応じる必要はない。問題は,Aが時効の援用をしないか,時効援用権 を放棄した場合である。この場合に,Bを時効援用権者と解するか否かで,C のBに対する請求に関して差異が生じる。Bを時効援用権者と解すれば,Bが 時効の援用をすれば,BとCとの関係ではAが甲土地の所有者として扱われ る。したがって,BはCとの関係では,甲土地の所有者から土地を賃借してい ることになるので,Cの請求に応じる必要はなくなる。Bが時効を援用しても BとCとの関係でAが甲土地の所有者として扱われるだけで,Aが時効を援用 ― ― 17.

(18) 民法演習(5). していない限り,AとCとの関係ではCが甲土地の所有者にとどまる。従っ て,AとCとの関係では,AがBから受け取った地代は,不当利得として,A はCへ返還しなければならない。つまり,Bが時効を援用しても,Aが甲土地 の所有者になるわけではなく,時効援用の効果は相対効であることに注意して 欲しい。 Bを時効援用権者と解することができなければ,Aが時効を援用しない限 り,BはCの請求に応じなければならない8)。 ①のの後半は,Bは甲土地をAのものだと信じて13年以上賃借しているの で,Bは甲土地の賃借権を時効により取得できないか,という問題である。土 地賃借権も163条の所有権以外の財産権として時効取得できるというのが判例 の立場である。すなわち,土地の継続的な用益という外形的事実が存在し,か つ,それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは163条に より,土地賃借権の時効取得が可能であると解されている(最判昭62・6・5, 百選Ⅰ【44】)9)。 ② 本件の場合,Cの甲不動産を競売して得られた1,200万円は,競売費用を 控除して,まず,甲不動産についての第一順位の抵当権者であるBの1,000万円 の支払いに当て,残りの額を第二順位の抵当権者であるDの支払いに当てる配 当表が作成されると思われる。Cには甲不動産のほかみるべき財産がないとい 8)東京高判昭47・2・28は,145条の援用権者とは,時効完成により直接に利益を受ける者であって, 所有権の取得時効の場合は,時効完成の結果所有権を取得する者に限られ,地上権,抵当権等の物 権の設定を受ける者や賃借権を得たに止まる者は,時効完成により間接的に利益を受けるに止まる から,これらの者は当事者に含まれないという。これに対して,東京地判平1・6・30は,145条 の援用権者には,時効により直接権利を取得し,又は義務を免れる者のほか,この権利又は義務に 基づいて権利を取得し,又は義務を免れる者が包含されると解すべきであるから,本件土地の所有 権を時効によって取得する者から賃借権の設定を受けた者は,145条の援用権者にあたるというこ とができる,とする。最高裁は,今日,時効援用権者を広く認める傾向にあるから,おそらく,今 日では,東京地判の判決が判例であるといってよいであろう。 9)Bが土地賃借権を時効取得した場合に,BとCとの関係がどうなるかであるが,この点について 最高裁は何も述べていない。BはCの土地に対して賃借権を取得したと解し,BC間で賃貸借契約 が成立すると解すべきであろう(百選Ⅰ【44】の解説3の参照。)。. ― ― 18.

(19) 法科大学院論集 第11号. うことなので,Dは1,000万円の債権額から配当額を控除した残額については Cから弁済を得ることはできない。この場合,最判昭43・9・26(百選Ⅰ(初 版)【42】)によれば,次のような理由で,DはBに対して配当異議の訴えを提 起できる。すなわち,AのBに対する1,000万円の債務が消滅時効にかかって いれば,物上保証人であるCは消滅時効を援用して甲不動産に対するBの第一 順位の抵当権が消滅したと主張できる。DはCに対して1,000万円の債権を 持っているが,Cが消滅時効を援用しなければ,Cには甲不動産以外にみるべ き財産がないので,DはCから1,000万円の債権額から配当額を控除した残額 を弁済してもらうことはできない。そこで,DはCに対する1,000万円の債権 額から配当額を控除した残額の債権を保全するために,債権者代位権により, Cの時効援用権を代位行使して,Bの第一順位の抵当権の消滅を主張できる。 こうすれば,Bの第一順位の抵当権が消滅するので,Dは競売代金1,200万円か ら1,000万円全額の配当を受けることができる。 ③は②と類似した問題であるが,最判平1 1・10・21(百選Ⅰ【4 0】)では, Cが後順位抵当権者としての立場で,先順位抵当権者Bの被担保債権の消滅時 効を援用できるかが,問題となった。これについて,最判は,後順位抵当権者 は,先順位抵当権者の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当しな いから,先順位抵当権者の被担保債権の消滅時効を援用できないとした10)。し 10)この判例の合理性は,時効援用の効果が相対効であることから説明される。たとえば,Aに対し てBが第一順位,Cが第二順位,Dが第三順位の抵当権者であり,Bの被担保債権が消滅時効にか かっている場合,DだけがBの被担保債権の消滅時効を援用すると,DとBとの間では,Bは第一 順位の抵当権者ではないことになるが,BとCとの間では,Bは第一順位の抵当権者であり,Cと Dとの間では,Cが第二順位の抵当権者であり,Dは第三順位の抵当権者である,という三つ巴の 関係が生じ,法律関係が複雑になるので,後順位抵当権者は先順位抵当権者の被担保債権の消滅時 効を援用できない,ということである(百選Ⅰ【40】の解説3を参照。)。これに対して,DがAの Bに対する時効援用権を債権者代位権に基づき代位行使した場合は,時効援用の効果は全ての債権 者に及ぶ。つまり,この場合は,債務者であるA自身が時効援用権を行使したことになるので,B のAに対する債権が消滅し,Bの一番抵当権も消滅し,Cの二番抵当権,Dの三番抵当権が,Bの 一番抵当権の消滅により,それぞれ,一番抵当権,二番抵当権へと順位が上昇するので,以上述べ たような複雑な法律関係は生じない。. ― ― 19.

(20) 民法演習(5). かし,百選Ⅰ【40】の解説4で述べられているように,Aが無資力であれば, CはAに対する債権を保全するために,債権者代位権に基づき,AのBに対す る消滅時効の援用権を代位行使して,Bの第一順位の抵当権の消滅を主張でき る。こうすれば,Bの第一順位の抵当権が消滅するので,②の場合と同様Cは 競売代金1,200万円から1,000万円全額の配当を受けることができる。 ④ 詐害行為の受益者であるCは,詐害行為取消権者Bの債権の消滅時効を 援用することができる,というのが判例である(最判平1 0・6・22,百選Ⅰ (5版)【42】)。すなわち,受益者は,詐害行為債権者の債権の消滅によって直 接利益を受ける者に当たるので,債権の消滅時効を援用できる。したがって, CがAのBに対する債権の消滅時効を援用すれば,BとCとの関係では,Bの Aに対する債権が消滅するので,Bは詐害行為取消権者ではなくなるから,B はCに対して移転登記の抹消を請求しても認められない。 AのBに対する債務が消滅時効にかかる前に,Aが債務の承認をしていた場 合はどうなるかであるが,Aが債務の承認をすれば,AB間の債務の時効は中 断するが,AB間の債務の時効援用権者であるCとの関係でも時効中断の効果 は生じるのであろうか。AB間の時効中断の効果は,AB間でのみ生じると考 えれば,Cは自分との関係では,AB間の債務の時効中断は生じていないとし て,AB間の債務の時効消滅を援用できることになる。148条についての通説・ 判例によれば,そうなりそうである。そうすると,上記の場合と同様,BはC に対して移転登記の抹消を請求しても認められない。しかし,最判平10・6・ 22は,時効中断の効果がCに及ぶことを前提にして,差戻判決をしている(百 11)。 選Ⅰ(5版)【42】の解説6を参照). 11)AのBに対する債務が消滅時効にかかる前に,Aが債務の承認をしていた場合はどうなるかであ るが,148条によれば,時効中断の効力は,当事者及び承継人の間でのみ生じる。この意味について は見解が分かれ,人的範囲説と物的範囲説とがある。人的範囲説とは,債務者と債権者の間で時効 中断がされても,それは,債権者と債務者及びその承継人(債権者・債務者の権利義務を承継した. ― ― 20.

(21) 法科大学院論集 第11号. 最判平10・6・22は,時効中断の効果がCに及ぶ理由は明らかにしていない が,この判例によれば,Aの承認によってAB間の債権の時効は中断し,その 中断の効力はCにも及ぶので,BはCに対して移転登記の抹消を請求できるこ とになる。 なお,詐害行為取消権の受益者に中断の効力が及ぶかについて,最判平10・ 6・22の調査官解説は次のようにいう。「本件の場合は,債務者に対して時効 中断措置を執った債権者に不測の不利益を与えるべきではないし,一方,詐害. 者)との間でしか効力が認められないとの説であり,判例はこの見解に立つ。これに対して,物的 範囲説は,時効が進行している権利関係の当事者が複数の場合,中断行為に関与した当事者間で進 行していた時効だけが中断される,という。たとえば,AがBへ金銭を貸し付け,Cが保証人に なっている場合,AはBとCに対してそれぞれ別個の債権を有し,BもCもAに対してそれぞれ別 個の債務を負っている。物的範囲説は,この場合に,たとえば,AがCの保証債務の時効中断をし ても,Bの主債務はCの保証債務とは別個の債務であるから,Bの主債務の時効は中断しないとい うことを148条は述べているのだと解する。つまり,物的範囲説は,148条は,AとBとの権利関係 とAとCとの権利関係は別個の権利関係なので,AがCの保証債務の時効を中断しても,AC間の 保証債務の時効が中断されるだけだという当然のことを規定しているのだと考える。そして,な ぜ,わざわざこのような当然のことを規定したのかといえば,主債務の時効を中断すれば,保証債 務の時効も中断される(457条1項)という例外を認めるためであるとする。 物的範囲説は,148条の意味は,AB間の債務の時効が中断されてもAC間の債務の時効は中断さ れないという当然のことを規定しただけであり,AB間の債務の時効が中断されれば,人的範囲説 とは異なり,そのAB間の債務の時効が中断されたという効果はすべての人に及ぶ,と解する。た とえば,物的範囲説は,主債務の時効が中断されれば,保証人や物上保証人との関係でも主債務の 時効が中断されたという効果は生じると考える。したがって,保証人や物上保証人は,人的範囲説 のように,自分との関係では,主債務の時効は中断されず,主債務が消滅時効にかかったので,保 証債務や抵当権が消滅したと主張することはできないと考える。 人的範囲説に立つと,たとえば,債務者の承認によって被担保債権の時効が中断しても,物上保 証人は,自分との関係では,被担保債権の時効は中断されず,被担保債権は消滅したとして,被担 保債務の消滅時効を援用できることになる。しかし,判例は,この場合,物上保証人が時効中断の 効力を否定することは,担保権の付従性に抵触し,396条の趣旨にも反し,許されないという(最判 平7・3・10)。今日,時効援用者の範囲は拡張されているが,人的範囲説に立って,時効中断の 効力は援用権者に及ばないとすると債権者に不利益を与えることになるので,援用権者が拡張され ている全ての場合に,時効中断効を拡張する必要があると思われる。しかし,判例は,全ての場合 に,最判平7・3・10のように時効中断効が拡張される理由付けをしているわけではなく,本件の 詐害行為取消の場合のように,何らの理由付けもなしに時効中断効が拡張されるとするものもあ る。. ― ― 21.

(22) 民法演習(5). 行為に加担した受益者は債権者が債務者に対する関係で中断措置を執った場合 には,その効力を忍受すべきものと解されるので,148条の相対効につき事柄の 性質上認められる例外と解するべきである。」と。物的範囲説は説得力のある 見解だとおもわれるが,学生の答案では,このような理由付けでも,許される のではないかと思われる。 ⑤ 最判平13・7・10の原審は,Cの請求を全部認容したのであるが,最高 裁は次のようにいって破棄差戻をした。「時効の完成により利益を受ける者は 自己が直接に受けるべき利益の存する限度で時効を援用することができるもの と解すべきであって,被相続人の占有により取得時効が完成した場合におい て,その共同相続人の一人は,自己の相続分の限度においてのみ取得時効を援 用することができるにすぎないと解するのが相当である。……法定相続人の間 で本件不動産の全部を共同相続人の一人が取得する旨の遺産分割協議が成立し たなどの事情があれば格別,そのような事情がない限り,共同相続人の一人は, 被相続人の占有によって完成した取得時効の援用によって,本件不動産の全部 の所有権を取得することはできないものというべきである。」したがって,最 高裁によれば,Cが遺産分割によって甲土地の全部を取得したのでない限り, CがAに対して甲土地の全部について取得時効を原因とする所有権移転登記を 請求しても認められない。結局,Cには甲土地の3分の1をCの持分とする更 正登記請求が認められることになろう。 ⑥ 本件の場合,Cの連帯保証債務の承認によって,連帯保証債務の時効は 中断するが,連帯保証債務の承認による時効中断は,主債務の時効を中断しな い(これに対して,458条は,連帯債務に関する434条を連帯保証債務に準用し ているので,連帯保証債務の請求による時効中断は,主債務の時効を中断する ことに注意。)。したがって,Cが連帯保証債務を承認し,連帯保証債務の時効 が中断されても,Bの主債務は時効期間が経過すれば時効にかかる。連帯保証 人は,主債務の時効援用権者であるから,連帯保証債務を承認しても,主債務 ― ― 22.

(23) 法科大学院論集 第11号. の消滅時効を援用して連帯保証債務の消滅を主張できる(大判昭7・6・21)。 つまり,CはAの請求に応じる必要はない。 なお,Cが10年経過後に,一部の弁済をした場合について,最高裁は,主債 務が時効により消滅するか否かにかかわりなく保証債務を履行するという趣旨 にでたものであるときは格別,そうでなければ,保証人は,主債務の時効を援 用する権利を失わない,とし,残債務の時効援用が信義則によって妨げられる 12)。また, ことはないとした原審判決を正当であるとした(最判平7・9・8). 物上保証人が被担保債権の承認をしても被担保債権の消滅時効は中断せず,物 上保証人は被担保債権の消滅時効を援用できるとする(最判昭62・9・3)。. 第4問 預 金 ① Xの母Aが,Y信用組合の管理部職員として貸付と回収の事務を担当し ていたBの勧めに応じて,自己の預金とするために六〇〇万円を出捐し,B名 義による記名式定期預金の預入手続を同人に一任し,Bが,Y信用組合との間 で元本六〇〇万円のB名義による記名式定期預金契約を締結したうえ,Y信用 組合から交付を受けた預金証書をAに交付し,Aがこの預金証書を「B」と刻 した印章とともに所持していた。その後,Yは,BのYに対する債務六〇〇万 円の担保として本件預金を提供するようBに命じたが,Bが預金証書を差し入 れないので不審を抱き,Bの承諾を得て本件預金を解約し,Bの債務と相殺し た。Aの唯一の相続人であるXは満期に本件預金の払い戻しを請求したが認め られるか。. 12)保証人が時効完成後一部弁済をすれば,保証債務を承認したと解される。時効完成後に債務を承 認すれば,債務者は信義則上時効を援用できなくなる(最判昭41・4・20,百選Ⅰ【41】参照)。し たがって,保証人はもはや保証債務の時効を援用することはできなくなるが,なお主債務の時効を 援用することはできる,ということである。. ― ― 23.

(24) 民法演習(5). ② X1会社は,平成9年9月ころ,X2(弁護士)との間において,X1 会社の債務整理に関する事務処理を委任する旨の契約を締結した。X2は,同 年10月8日,本件委任契約に基づきX1会社の債務整理の委任事務を遂行する ため,A銀行にX2名義の本件口座を開設し,X1会社から同日預かった500万 円を本件口座に入金した。本件口座の預金通帳及び届出印は,当初からX2が 管理していた。本件口座には,X1会社の不動産及び動産の売却代金,X1会 社の売掛金及び請負代金,X1会社への公租公課の還付金等が振り込まれた。 これは,X2が,弁済資金をX1会社が保管していたのでは収拾がつかなくな り,弁護士が保管する必要があるとして,X1会社の債務者に対し,本件口座 に振込送金することを依頼したので,債務者がこれに応じて本件口座に売掛金 や請負代金を送金したものである。本件口座からは,X1会社の債権者に対す る配当金及びその振込手数料,X1会社の従業員の給料,社会保険料,税金等 が出金された。X1会社は,消費税等を滞納した。そこで,Y(国)により, 本件口座に係る預金債権はX1会社の財産であるとして,X1会社の滞納に係 る消費税等の徴収のために,本件預金債権の差押えがされた。X1およびX2 は,本件預金債権はX2に属するとして本件差押の取消を求めているが認めら れるか。A銀行がX2に対して貸付債権を有する場合,貸付債権と本件預金債 権を相殺できるか。 ③ Xは,A銀行G支店において,普通預金口座(以下本件普通預金口座と いう)を開設し,また,Xの夫であるBは,C銀行H支店において,預金元本 額を1,100万円とする定期預金口座を開設していた。Dは,平成1 2年6月6日 午前4時ころ,Xの自宅に侵入し,本件普通預金及びBの定期預金の各預金通 帳及び各銀行届出印を窃取した。Dから依頼を受けたEは,同月7日午後1時 50分ころ,C銀行H支店において, Bの定期預金の預金通帳等を提示して定期 預金の口座を解約するとともに,解約金1,100万7,404円(元本1,100万円,利息 7,404円)を本件普通預金口座に振り込むよう依頼し,これに基づいて本件普 ― ― 24.

(25) 法科大学院論集 第11号. 通預金口座に上記同額の入金がされた。これにより,本件普通預金口座の残高 は1,100万8,255円となった。Dから依頼を受けたFは,同日午後2時29分ころ, A銀行I支店において,本件普通預金の預金通帳等を提示して,本件普通預金 口座から1,100万円の払戻しを求めた。同銀行は,この払戻請求に応じて,Fに 対し,1,100万円を交付した。Xは,A銀行の権利義務を承継したYに対し,本 件振込みに係る預金の一部である1,100万円の払戻しを求めているが,認めら れるか。. 「解答例」 ①は,最判昭52・8・9を参考にして作成した問題である。判例によれば, 記名式定期預金の名義人がBであっても,出捐者であるA,その相続人である Xを記名式定期預金の預金者と認めるのが相当であるとされ,XのYに対する 預金の払い戻し請求が認められた。判例は, 「Bが,Aの代理人又は使者として Y信用組合との間で元本六〇〇万円のB名義による記名式定期預金契約を締結 した」と認定している。しかし,BはYとの定期預金契約の締結過程で,Aの 代理人又は使者である旨をY信用組合に告げていないのであるから,代理の顕 名主義(民法99条)によれば,Bの行為の効果はAに帰属することはないはず である。つまり,本件では,BをAの代理人又は使者という理論構成で,Aを 本件定期預金の預金者であると認定することは無理であり,Aが預金の出捐者 であるから,Aが預金者と認定されたというべきである。 判例は,記名式の定期預金に関しては,預入行為者が預金名義人になっても, 出捐者が預金証書も届出印章も所持している等の事情があれば,預金者は出捐 者であると認定している。預入行為者は代理人として行為していないのに出捐 者が預金者として認定されており,民法99条,100条は完全に無視されている。 預金契約において,誰の名で契約がされたかを重視すれば,預入行為者が預金 者と認定される(いわゆる主観説)はずであるが,判例では,誰の名で預金契 ― ― 25.

(26) 民法演習(5). 約がされたかは重視されず,預金の出捐者が預金者と認定されている(いわゆ る客観説)。この客観説によれば,銀行が出捐者ではなくて預入行為者に預金 を払い戻した場合,銀行は預金債権者ではない者に払い戻しをしたことになる が,判例は,債権の準占有者に対する弁済の規定(478条)で,銀行は免責され る,とする。 本件では,Yは,Aが預金者であるとしても,Bへの支払は債権の準占有者 への返済に当たり,Yは免責されると主張したが,認められなかった。定期預 金の期限前の払戻にも478条は適用されるというのが判例である(最判昭41・ 10・4,百選Ⅱ【37】事件の解説1を参照。)が,本件では,Yは,Bが預金 通帳も印鑑ももたないことに疑問を持ったにもかかわらず,この点をよく調べ ずに定期預金の解約を認めたので,無過失で弁済したとはいえないとされ,免 責されなかった。 ②は,最判平15・6・12を参考にして作成した問題である。普通預金の預金 者認定に関しては,判例は,定期預金の場合とは異なる見解をとっている。た とえば,最判平15・2・21(百選Ⅱ【71】)では,次のような判断がなされた。 Aは損害保険会社Xとの代理店委託契約に基づき保険料を管理する目的でY信 用組合B支店に「X(株)代理店A(株)C(Aの代表取締役)」名義の普通 預金口座を開設した。本件口座の通帳及び届出印はAが保管していた。Aは平 成9年5月6日に2度目の不渡りを出すことが確実になったので,本件口座の 通帳及び届出印をXのD支社長に交付したが,同日,YはAに対して有する金 銭債権と本件口座にかかる預金債権とを相殺する旨の意思表示をした。XはY に対して預金の払い戻しを請求。1審,原審ともに預金原資の出捐者が預金債 権の帰属主体になるとして,Xに預金債権が帰属する,として,X勝訴。しか し,最高裁は,破棄自判して,次のようにいう。「Yとの間で本件預金口座を開 設したのは,Aである。普通預金口座の名義「X(株)代理店A(株)C(A の代表取締役)」は預金者がAではなくXを表示しているとは認められないし, ― ― 26.

(27) 法科大学院論集 第11号. XがAにYとの間での普通預金口座締結の代理権を授与した事情も認められな い。本件預金口座の通帳及び届出印はAが保管している。本件預金の原資は, Aが所有している金銭である。以上から,本件預金債権は,XではなくAに帰 属する。」最高裁は,記名式の定期預金の場合のように,また,原審がそうした ように,預金原資の出捐者が誰であるかは問題にせず,本件普通預金口座の預 金者の認定を行っている13)。ここで重視されているのは,誰の名で預金契約が 締結されたかであると思われる。Xが預金者といえるためには,口座名がXと なっていなければならないし,AがXから口座開設の代理権を与えられていな ければならない。このような事情が認められないので,本件預金債権は,Xで はなくAに帰属する,とされたのである。 ②では,X1会社の債権者Y(国)が弁護士X2名義の口座の預金債権をX 1の預金債権であるとして差し押さえたのに対して,預金債権がX1に帰属す るのかX2に帰属するのかが争われている。1審,原審ともに,本件預金の出 捐者はX1会社であるから,預金債権はX1会社に帰属するとしてYの差押を 認めたのに対して,最高裁は,破棄自判して,次のようにいう。債務整理事務 の委任を受けた弁護士X2が,委任事務処理のため委任者X1から受領した金 銭を預け入れるためX2の名義で普通預金口座を開設し,これに上記金銭を預 入,その後も預金通帳及び届出印を管理して,預金の出し入れを行っていた場 合は,当該口座にかかる預金債権は,X2に帰属する。本件でも,すでに述べ た最判平15・2・21(百選Ⅱ【71】)の場合と同様,出資者が誰かではなく, 金銭の所有者が誰かを問題にし,誰の名で預金契約が締結されたかが,重視さ. 13)なお,最高裁は,預金の原資である金銭の所有者が誰であるかを論じているが,これは出捐者が 誰かという問題とは別である。出捐者が誰かを問題にする場合は,金銭の所有権が誰に帰属するか ではなく,誰がその金銭を出資したかを問題にしているのである。金銭の所有権については,金銭 の占有者が金銭の所有者であるとするのが確立した判例である(最判昭3 9・1・24(百選Ⅰ 【77】))。. ― ― 27.

(28) 民法演習(5). れている。この判例によれば,本件預金は,X2に属するので,X1X2は, Yの差押の取消を求めることができるとされた14)。 A銀行がX2に対して貸付債権を有する場合,貸付債権と本件預金債権を相 殺できるかであるが,上述の最判平15・2・21(百選Ⅱ【71】事件)によれば, 相殺が認められそうである。しかし,それが妥当かは疑問である。最判平15・ 6・12の補足意見では,信託法理を使う可能性に言及されている。弁護士が管 理している銀行口座の債権が弁護士の個人財産とは区別された信託財産と認定 できれば,銀行は,弁護士個人に対する貸付債権で,銀行預金債権を相殺する ことはできない(旧信託法17条,新信託法22条参照)。弁護士が預金を信託財 産して管理する場合,弁護士の個人口座とは区別された預金である旨を預金名 義で明らかにする必要があると思われるが,どのような要件があれば,委任者 から預かった金銭の口座の預金債権は信託財産といえるのかの検討が今後必要 となろう。 以上みてきたように,最高裁は,普通預金口座の預金者認定に関しては,誰 の名で預金契約が締結されたかを重視する,預金者認定に関する主観説を採っ ていると思われるが,記名式の定期預金では,出捐者を預金者とする客観説を 採る。この立場は今後も維持されるのであろうか。客観説(出捐者説)は, 「銀行は預金者が何人であるかにつき格別利害関係を有するものではない」と いう預金契約における特殊な実情を前提として成り立っている,といわれてい る。しかし,近時は,金融機関による預金者本人の確認が次第に厳格になされ るようになり,また,マネーロンダリング防止の趣旨で,本人確認はいっそう 厳しくなっている。このような時代では,客観説は維持できないのではない 14)ただし,この最高裁の見解によれば,実質的に考えた場合,脱税,財産隠しが簡単にできること になるのではないか,という疑問が生じる。たとえば,本件では,X1会社の不動産,動産の売却 代金,売掛金等は全てX2の口座に振り込まれている。X1会社からX2への金銭の移転がYに対 する詐害行為となる場合には,Yは,それを理由として金銭の移転を取り消し,その引渡しを求め ることが考えられる。. ― ― 28.

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