北海道教育大学における附属学校の存在意義の検討(2) : 「附属学校園」巡る論議と潜在的階層性
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(2) 北海道教育人学紀要(教育科学編)第55巻 第2号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.55,No.2. 平成17年2月 February,2005. 北海道教育大学における附属学校の存在意義の検討(2) 「附属学校園」を巡る論議と潜在的階層性. 阿 部 北海道教育人学函館校才支術科教育法研究室. 1.はじめに. 属する筑波大学附属中学校への非常勤講師として の勤務経験と,同じく旧庁府県立師範学校附属学. 前稿(第1報告)で述べたように,筆者の課題. 校の系譜に属する北海道教育大学附属函館中学校. 意識は「これまでの北海道教育大学は,附属学校. への勤務経験を持ち,現在は北海道教育大学函館. 囲を大学の実効ある組織として運用するための方. 校に勤務している.この間,東京都の複数の公立. 針案の立案や条件・環境整備を十分に行ってきて. 学校の講師及び教員,私立学校の非常勤講師を務. はおらず,その存在自体を基幹機関の大学自体が. めた.筆者のこうした体験を基にしつつ,大学教. 忘れがちであった.」という認識に立脚している.. 員の立場からではなく,そして公立学校や附属学. 従って,本研究テーマ設定の目的は,法人化後. 校教員の立場でもない,第三者的で多面的な観点. の北海道教育大学の組織における附属学校の存在 価値を検討し,その位置づけを考察しつつ,「附. から「附属学校」を論じようと考えている.. 本稿(第2報告)では,前稿に引き続き,以下. 属学校囲(以後,「附属学校」と表記する)を大. の4つ観点から「附属学校」に関わる様々な問題. 学にとって実効ある組織としてしていくためには. (以後,「附属学校問題」と表記する)について. どうすれば良いのか」という問題についての「改 善のための提案」をしていくことである. 例えば,前稿において,教大協や国大協で検討. されてきた各種の附属学校論に触れつつ,「附属 学校」の地域社会における“公教育性’’が基幹機. 検討を加える. 1)教育界以外の不特定多数の人々が,「附属学 校」に対してどのようなイメージを持っている のか.. 2)前稿でも論じた,日本教育大学協会が「附属. 関である大学から過小評価され,時には看過され. 学校間題」についてどのような実効ある対応を. ていることの問題性について指摘したが,北海道. しようとしてきたのか,国立大学協会は何をし. 教育大学『大学案内2005』においても,「附属学校」. てきたのか,そして,全国国立大学附属学校連. については「教育の理論及び実際に関する研究並. 盟の果たしてきた役割は何か.. びにその実践を行うこと及び学生の教育実習を行. 3)日本国内の最高議決機関(立法機関)である. うことを目的として,次の附属学校・囲が置かれ. 国会において,「附属学校間題」がどのように. ています.」(p.23)としか説明されていない.. 論じられてきたのか.. このことからも,北海道教育大学自体の「附属学. 4)全国の「附属学校」を一括した上で,“校種別’’. 校」における“公教育性’’の認識が欠落している. という教育課程上の“階層’’だけで区分して各. ことは明らかで,これを改善していく努力とその. 種の検討を加えるという,従来の研究方法論に. 必要性がありそうである.. 問題は無いのか.. 筆者は,旧東京高等師範学校附属学校の系譜に. 本研究は,現在進行形の大学改革における「附. 51.
(3) 阿 部 二 郎. 属学校間題」について,可能な限り“リアルタイ. タリングソフトの基準では,「有害情事臥 に相当. ム”で論じることによって,北海道教育大学の改. する書き込みも日々膨大な量で行われている.. 革に寄与しようと考えている.そのため,各種の. 情報通信ネッ. トワークの特質である,「匿名性」. 情報が入手できた段階で逐次論ずることになる. が遺憾なく発揮されるのが「掲示版」での書き込. が,(案)として提示された情報等が訂正されれば,. みと言えそうで,「掲示板特有の言葉遣い」によっ. 再検討や訂正も必要となる場合があることはあら. ての「誹謡・中傷」「名誉毀損」「暴言と煽り」と. かじめお断りしておく.. 併せて「プライバシーの侵害」が半ば公然と行わ れている.少なくとも,今日の“一般的なネット モラル’’が通用しないのがこの手の掲示板の特徴. 2.前稿の概要(第1報告). である.ただし,「2ちゃんねら−」と呼ばれる人々. 以下,前稿の概要について簡単に触れる.. の問にも,“ある種特有の暗黙のルール’’のよう. 前稿は,共同論文の形式を取り,藤枝静正の先. なもの(2ちゃんねるネットモラル?)が存在し. 行研究等を参考として,「附属学校」に関する問. ているようであり,興味深い現象や状況を生み出. 題の整理を試みた.その過程で,戦前の旧制師範. している.. 学校とその附属学校間で“解決するべき課題’’と. 「掲示板」への書き込みは,書き込みをした人々. 指摘されていた「問題」が,実は戦後も継承され. の年齢・性別もわからず,「他人への“なりすま. 続けてきていることを指摘した.. し’’」,「自作自演=問題提起しておいて,様々な. また,各種の附属学校論に触れつつ,「附属学校」 の地域社会における“公教育性’’が. 基幹機関であ. 反論を複数の人間に“なりすまし’’て書き込む」. などなど,学術論文における実証データにできる. る大学から過小評価され,時には看過されている. ようなものではない.ただし,こうした“ネット. ことの問題性について指摘した.. 社会’’における「反社会的・非社会的現象」も筆. 事例検討では,北海道教育大学附属学校群が前. 者の研究対象であり,各種「掲示板」の“ウォッ. 期中等教育課程以下の附属学校群としては全国最. チング’’は恒常的に継続して行っているが,前述. 大規模であるにもかかわらず,基幹機関の大学自. のような大きな問題があるにもかかわらず,書き. 体にそのことへの認識が欠如していることを指摘. 込みの内容には“ある種の真理’’も含まれている. した.特に,附属学校教員総数が170人強も存在. と感じざるを得ないことがある.まさに,現代社. しているにもかかわらず,そうした“大学の正規. 会の“暗黒面’’が露呈したものの1つではあるけ. のスタッブ に対する配慮や説明責任を基幹機関. れども,そこに現代社会の「潜在的な価値評価尺. の大学が十分に果たしてきていないことや,北海. 度=感覚的かつ本音的な価値評価尺度」が現れて. 道教育大学規程(案段階)における各種の問題点,. いるとも言えそうなのである.. 特に,「北海道教育大学附属学校運営会議(案)」. そうした解釈に立って,各種の「掲示版」を見. には,「附属学校」からのボトムアップ提案を大. ていくと,「附属学校」に関するスレッドも立て. 学全体のものとして検討するためのシステムが存. られており,いくつかの注目するべき内容も散見. 在していないという“欠陥’’を指摘した.. されるのである.以下,その事例を提示するが,. 前述したように,何歳のどんな立場の人間が書き 3.「掲示版」における「附属学校」論 「2ちゃんねる」などに代表される,インター. 込んでいるのか,1人による重複した書き込みな のかそうではないのかなどは一切不明である.「2. ちゃんねる」では,現在は各書き込み毎にIDが. ネット上の各種の「掲示板」は,ある種の“無法. 提示されるようにはなっているが,はたしてどの. 地帯’’と化している.学校等に導入されるフィル. 程度信用できるのか真偽の程は不明である.. 52.
(4) 北海道教育人学における附属学校の存在意義の検討(2) 事例1スレッド名「国立大学附属学校不要論」1). 2003年11月23日から,2004年8月24日までに328. 件の書き込みがある.以下,原文提示する. 1)34 税金の無駄は底辺校と私学助成金 2)36 道府県で国立に行く方々は基本的に選抜されていく 方々なのでレ<ごルが高い方だと思います. 3)39 国立の教師ってそうなんだよね….基本的に学究 肌で,研究しながら授業.その後大学の先生になる人もけっ こういるが,この環境が好きでとどまっているという感じ だった.その代わり,生活指導や進学指導を事実上やる必要 なし(その点では楽?).ということで,少なくとも私の出 身校では,普通の東京公立中高と求められる教師の質がかな り違うと思った.. を抜粋.教育実習は確かに年間でいえばほんの一部の時間. しかし正直大変.実習が無ければどれだけよいかと思うよ. 正直.それで実習について言えば何も附属でなくても,公立 でいいのよ.附属の先生が必ずしもいつもいい授業をしてい るわけではないし,子供の躾が優れているわけでもないしね. 大学との連携について他の附属は分からないけれど,大学は 大学,学校は学校という感じだよ.教育学部の先生でも,学 校に一度も来ない人もたくさんいる.システムの問題もある かもしれないけどね.ある大学の先生の言を紹介します. 「教育学部の教授としてのアイデンティティーはあるのカリ」 と同僚の方の態度を嘆いていました.最後に友人の一言.附 属でなければできないことというのは基本的にはない.だっ て附属の教官ももともとは普通の公立の先生.自分のことを 否定するようだけど,なくても全然こまりません.. 4)50 漏れも不要だと思う.研究実践の場として必要だから という理由は個人的に逆だと思う.その県の公立や私立で教 育研究に勤しんでいる学校や教員を教育委員会と提携&連携. 事例2 広大附属福山 第42回生のページ2) これは前掲事例1)とは異なり,限定された人々. しながら事例として取り上げていけば,大学としては,それ. を対象として設けられたWebページであり,し. で十分だと思う.国レ<ごルなら国立教育政策研究所があるん. かも附属学校関係者の書き込みが大半と思われ. だから.. 5)52 現場ねえ・・・あらかじめふるいにかけて粒をそろえ た相手に対してやっている研究結果なんて実際の現場では役. る.長文のため,抜粋して提示する. 国立大学附属学校の入試のあり方についてはずいぶん苦. に立たないんじやない? ふつうの公立小学校では「授業中. から,文科省などの審議会で議論されてきました.しかし結論. 席につかせること」「人の話を聞くこと」からスタートだも. めいたものは,未だに出ていないのが実情です.附属学校は,. んな.よしんば付属小に易美の言ってない児童がきたとしても. 国立学校設置法によって設置が義務付けられておりその目的は. やめさせればすむもんね.. 大きくわけて2つが定められています.1つは教員養成系大学. 6)53 〉〉 52 それは全く同感.偏差値高くて頭のいい子たち. の教育実習の場を提供すること.もう1つは,所属する大学の. 相手の実験を,そのまま普通の公立中高にあてはめるのは無. 教育研究に協力することです.しかし,この2つの設置日的は. 理.ただ,国立のエリート養成学校はあっていいと思うんだ. しばしば相互矛盾することがあります.ここが難しい.たとえ. が.私立みたいに大学合格実績を気にしてはできないことも. ば,教育研究のためという定義に従えば,国立附属学校はまず. あるし,お金がない子にもエリート教育を受けられる機会は. 前提として「一般の公立学校と格差のない学校」であることが. あっていい.. 必要です.そうすると,附属学校の入試は「完全抽選制」にし. 7)120 公立は受け入れる子どもの数によって教員の数や学校. ても良いという話になります.しかし,現実の公立学校は学力. の増減が決まる.国立付属の問題は,本来は公立や私立で十. 低下や学級崩壊などの深刻な問題を抱えている所もあり,教員. 分できる程度の教育を,教職員&保護者&子ども達それぞれ. の卵であるところの実習生を受け入れる学校が,それで役割を. に変なエリート意識を持たせて,初等中等教育機関の特権階. 果たせるのかという問題があります.. 級的な立場として存在しているからだろ.このレスでの不要 での不要論はその部分だと思われ. 8)142 附属学校はあくまで研究のための機関であって,進学. 研究についても同様で,いくら公立学校に準拠すべきと言っ てみても新しい試みや高度な実験を行うためには,生徒児童の 学力が保証できる学校がどうしても必要です.こうした矛盾は,. 校でもなんでもないということは父兄にまったくといってい. 設置法が2つの目的を掲げる限り,とても角牢決のつく話ではあ. いほど知られていない.. りません.結局,入試についての議論は「生徒の学力を一定以. 9)143 〉〉142 でもうちの母親の知り合いの附属池田の人は, 泣きながら宿題やってたって言ってたよ・・・ 10)144 〉〉143 授業時間に授業内容消化しきれずに宿題に回 したということも考えられるね 研究校などではよく見られ る光景 11)214 私はその附属の教官の友人です.その友人からの言葉. 上に保ちつつ,抽選なども導入する」という玉虫色の文言に落 ち着く,ということになるわけです. 上記のような現状を見る限り,附属学校のあり方は深い自己 矛盾に陥ってるように思います.学力重視のうえに抽選を行う 入試制度は,別に深い理由があるわけではなく附属学校の方向 性が定まらないために,便宜的に採られているにすぎないので. 53.
(5) 阿 部 二 郎. 筆者は「まず附属学校在りき」という考え方はし. はないでしょうか.. ちなみに 〉 定員ちょうどの人数を安全に確保するため と いう詰も,公立学校の定員がそのように指導されているためで す.しかしそうなると,例えば「少人数学級の成果を研究した い」とか「クラス編成の実験をしたい」という,教育研究のニー ズに全く応えられないことになります.これも矛盾といえば矛. ない.慎重な検討の結果として“無用・不要”で あるならば廃止すれば良いし,改革が必要である のならば大胆に改革すれば良いと考えている.. 筆者が強調したいのは,現在のような「活かさ ず(生かさず)殺さず」「自立せよ,ただし言う. 盾した話なんですけどね. 実は,これはだいぶ前から明らかになっているのですが 〉 教育研究のため という定義に従えば,国立附属学校は「一般 の公立学校と格差のない学校」であることが必要です.という. ことは聞け」というような大学組織内での「附属. 学校」の位置づけと扱いは,不条理かつ不合理で あり,生産性もなく,「附属学校」の“暴走の果. タテマ工自体が,もはや実態の伴わないものになっている現実 があります.ごく簡単に言ってしまえば,その理由は次のよう. ての自己崩壊’’しか生み出さないということであ. なものです.. る.前稿でも論じたが,こうした「附属学校間題」. 1,研究のために公立学校と同様の学校が必要なら,一般の公. に対して,“教育界’’ではどのように論議してき. 立学校を実験校にしてしまえば良い.. たのであろうか.次節では,この点について再度. 2,1の理由により,大学の教員が附属学校での研究をあまり. 検討していくことにする.. 必要としていない.. 3,また,教育実習を受け入れた上に大学教員による研究を請 け負うことは,附属学校教員の勤務実態上から見て不可能で. 4.「附属学校」はどのように論じられてきたか. ある.. 4,だが,一般の公立学校で実現できない,高度な研究が可能. 4−1 日本教育大学協会 「附属学校」は,国立学校設置法,同施行令,. な学校があっても良い.. 5,3・4の理由により,附属学校は独力によって研究を行っ ており,独自の研究成果を発表し続けている.. 同施行規則(廃止平成15年7月16日 法律117号) を根拠として教員養成系大学及び大学の教育学部. 6,地域における指導的モデル校的役割が定着しており,附属 学校の機能として全国的に定着している. 以上のような点から,附属学校は公立学校との同等性を求め. に付設されてきた“特殊な学校’’である.この“特 殊な学校’’制度と直接的に関わるのは,日本教育. られるよりもむしろ自立した一種の学校形態として,存続させ. 大学協会であろう.同協会は,2004(平成16)年. たほうが良いという議論が優勢になっているのです.しかし下. 6月に『会報第88号』を刊行し,第一常置委員会. に記したようなタテマ工があり,玉虫色の議論が続けられてい. による「『日本教育大学協会会員大学・学部の大. る以上,公立学校と同質であるべきという意見を無視するわけ にもいかない.だから実際には,かなり難しい試験を行って学 力の高い受葛実生を選抜する一方で,一部に抽選という制度を取 り入れておかざるを得ない,ということになるわけです.附属. 学院・附属学校囲における現職教員研修の実態』. に関する調査研究報告書」を掲載した.この中で 項目「附属学校囲との密接な連携」3)を設け,「基. 学校の役割が「高度な教育研究のために,高い学力を持つ生徒. 本的には,『附属学校囲なくして学部での教員養. 児童を受け入れる」とはっきり言える日がくるまでは,抽選と. 成は不可能』との認識をもって,大学・学部の教. いう入試制度も無くなることはありません.本音とタテマ工と. 員養成の理念を明示し,日常的な連携(学部附属. いう意味で言えば,つまりこういうことなわけです.. 以上,2つの事例の冗長に過ぎる引用を重ねた. 校連携協議会や共同研究機構の活動)を確保して いくための努力が必要であろう」と結論づけてい. が,これらの“書き込み’’の総体は,結果的に「現. る.けれどもこうした指摘は,上記報告書に依る. 在の附属学校制度と附属学校実態に対する各種の. までもなく,前稿で述べたように1987(昭和62). “評価’’を的確に総括した表現」と言えそうであ. 年の日本教育大学協会研究集会等でも指摘されて. る.「附属学校」の“問題性’’は,一般の人々(子. いたことである.また,その前年の1986(昭和61). どもも含む)に十分認識されてい. 年に文部省とR本教育大学協会の連名で刊行した. るようである.. 念のために筆者の立場を表明しておくならば,. 54. 『国立大学・学部附属学校 教育方法等改善研究.
(6) 北海道教育人学における附属学校の存在意義の検討(2). 要録』がある.この研究要録は,各地の附属学校. じた“変化’’であるのか?」と問われれば,筆者. の教育実践研究報告事例集の体裁を取っており,. は否定せざるを得ない.. 全体の実践事例を総括するような論文は記載され てはいない.この要録の巻頭言で,当時の関四郎. 1958(昭和33)年1月以降,日本教育大学協会 が発表した主な委員会報告・調査報告4)は,2004. 会長は「学部の教育理論との結びつきをさらに強. (平成16)年8月時点で45件,関連が22件で総計. められるよう期待すると同時に,地域の公立学校. 67件ある.そして,この各種の委員会報告・調査. と提携した研究を行うなどによって,附属学校で. 報告の題目に「附属学校」という用語が含まれる. の研究を真に意義あらしめるよう心から念願する. のは,1983(昭和58)年の「教育系大学・学部と. 次第であります.」と述べているのである.けれ. 附属学校間の共同研究のあり方について」を初出. ども,1987(昭和62)年6月に刊行された『会報. として8件ある.ところが,その内の5件が2000. 第54号』では,「大学・学部と附属学校との共同. (平成12)年3月以降に集中している.つまり,. 研究」事例報告が前掲の研究要録と同様に掲載さ. 1958(昭和33)年以降の42年間で僅かに3件,最. れているだけにとどまり,より具体的な検討や論. 近の5年間で5件ということなのであり,日本教. 議は行われなかったのである.むしろこの時期は,. 育大学協会の取り組み方が2000(平成12)年を境. 「新課程」問題への対応が日本教育大学協会にとっ. に変化したことが分かる.. て緊急課題であった.事実この会報には,第一常. 「国立の教員養成系大学・学部の在り方に関す. 置委員会による「『国立の教員養成大学・学部の. る懇談会」は,2000(平成12)年8月に設置され,. 今後の整備の方向について(報告)』に示された. 文部科学省(当時文部省)から,教育現場で生じ. 文部省の新方針に関する調査について」が掲載さ. ている困難な課題や新たな教育課題に的確に応え. れており,「教大協の取り組むべき課題」を3つ. られる力量ある教員を養成していくため,長期的. の型に分けつつ羅列している.そして,その中に. 観点に立った国立の教員養成系大学・学部の在り. 「附属学校間題」は含まれてはいないのである.. 方に閲し,検討するように依頼された.同懇談会. すなわち,「新課程」の設置問題と「附属学校問題」. は,同年8月28日の第1回会議以降,18回の会議. は完全に切り離された状態で論議されていたこと. が開催され,2001(平成13)年11月22日に「今後. が分かる.同会報には「教員養成制度検討特別委. の国立の教員養成系大学学部の在り方について」. 員会答申」も掲載され,「3)教職専門科目①教育. を報告している.この懇談会報告に先立ち,教員. 実習についてb.教育実習の充実について」の項. 養成の在り方や教員養成大学・学部の果たすべき. 目では「附属学校」についても僅かながら言及さ. 役割については,教育職員養成審議会(現中央教. れている.このことからは,日本教育大学協会に. 育審議会初等中等教育分科会教員養成部会)等に. おいても「附属学校」が教育実習機関としてしか. おいて様々な指摘が行われ,1997(平成9)年7. 捉えられてはいなかったということが分かる.前. 月から1999(平成11)年12月までの3次にわたる. 掲の2004(平成16)年の会報と,17年前の会報を. 答申が行われてもいる5).また,2001(平成13). 比較しても,「附属学校間題」が抽象論の城を脱. 年6月には,いわゆる遠山プラン「大学(国立大学). しないまま,相も変わらず“努力目標’’としてし. の構造改革の方針活力に富み国際競争力のある国. か設定されていない実態があることが分かるので. 公私立大学づくりの一環として」が示されてい. ある.. る.日本教育大学協会の取り組みに見られる急激. 平成2004(平成16)年の会報では,調査報告事 項にも「附属学校」の項目が設けられているなど, 多少の“変化’’も見られる.ただし,「R本教育 大学協会の“自発的な意識改革の結果’’として生. な“変化’’の背景には,こうした動向の影響があ ることは間違いがない.. 報告書「今後の国立の教員養成系大学学部の在 り方について」では,「附属学校の在り方」が報. 55.
(7) 阿 部 二 郎. 告内容における4つの柱の1つに据えられてお. しながら,取り扱いの具体化を図ることが必要で. り,「附属学校間題」が大きな検討課題として明. ある.」という意見を表明しているが,延べ15年. 示された.さらに,2001(平成13)年8月には,. 間の附属中学校勤務経験者としては“怒り’’を超. 文部科学省初等中等教育局教職員課から「教員養. えて“苦笑’’せざるを得ない.“怒り’’は,「そん. 成等における大学と教育委員会の連携の推進に向. なことは数十年来言われ続けてきたことではない. けて一手を結ぼう,大学・学校・教育委員会−(教. か.」ということであり,“苦笑’’は「本当にでき. 員養成等における大学と教育委員会の連携の在り. るのですか.」というシニカルな笑いである.. 方に関する調査研究報告書)」も公開された.2003. 1997(平成7)年からの6年間,結果として国. (平成15)年7月には「国立大学法人の中期目標・. 立大学協会は何もしえなかった.1997(平成7). 中期計画の項目等について」が示され,その中に. 年の提言は画餅と化したというのが筆者の偽らざ. 「附属学校に関する目標」項目が明確に位置づけ られるに至っている.. 結局,日本教育大学協会に参加している「大学」. る感想である.ただし,前掲の意見表明に際して. は,非教員養成系大学・学部附属学校にも言及し ている点は評価することができる.この件につい. は,国立大学独立行政法人化という流れの中で,. ては後述するが,「附属学校間題」の潜在的且つ. 国立大学法人法(第九条)に定められた国立大学. 根源的な問題の1つだと考えられるからである.. 法人評価委員会による評価対象となる,「中期目. ところで,各国立大学の「附属学校間題」に対. 標・中期計画」の中に「附属学校」「地域貢献」. する動きは十年一日のごとく遅々として進まな. 等が設定されたため,ようやく「附属学校間題」. かったが,人学評価への対抗という課題について. に対して“重い腰’’を上げたというのが実情のよ. は,一部の大学教員を中心として,2004(平成16). うである.決して“能動的・自発的’’に生み出し. 年3月28日に「大学評価学会」の設立大会・総会. た“変化’’であるとは言えないものである.. が開催されるなど,その動きは実に素早い7).. 「附属学校」は,日本教育大学協会と組織上の 関わりを持っている.それにも関わらず,どうし. 4−3 全国国立大学附属学校連盟 「附属学校」は,全国国立大学附属学校連盟を. て日本教育大学協会に「附属学校連合体」として. 結成し,全国を9ブロックの地区会に分けて活動. の“強い要請’’をしてこなかったのであろうか.. している.この全国国立大学附属学校連盟は,全. 実は,ここにも基幹機関である大学と付属機関で. 国国立大学附属学校PTA連合会と表裏一体の組. ある「附属学校」の相関性が現れているのである.. 織である8).2002(平成14)年12月20日には,両. 4−2 国立大学協会. 団体の連名による国立大学長と国立大学各学部長. 前稿において筆者は,国立大学協会教員養成特. 宛の「緊急アピール」を行っている.これは,結. 別委員会が1997(平成7)年5月に刊行した『大. 局のところ,「附属学校」の唯一の支援者は附属. 学における教員養成一教員需給の変化に対応する. 学校PTAしか存在してこなかったという証であ. 教員養成のあり方−』を高く評価したが,その国. るのかもしれない.なお,全国国立大学附属学校. 立大学協会教員養成特別委員会は,前掲の「今後. 連盟では「永年勤続表彰(20年以上の勤務者表彰)」. の国立の教員養成系大学学部の在り方について」. という摩討不思議な顕彰も行われている.. の僅か1カ月後,2001(平成13)年12月26日に,. 同報告書に対する意見を表明している6). この中で,「附属学校の在り方」に関しては「今. 全国国立大学附属学校連盟は,単なる「附属学. 校」問の相互交流会として存続してきたものでは ない.この団体は「附属学校」の存続,発展と充. 後,各大学・学部は附属学校囲とともにその性格. 実化を直接の目的として成立しており,反附属学. づけと果たすべき役割などを検討することが求め. 校不要論の立場を堅持している.連盟には,校園. られるが,それら各大学・学部の検討結果を尊重. 長会と副校園長会,学校種別部会が別個に設置さ. 56.
(8) 北海道教育人学における附属学校の存在意義の検討(2). れ,それぞれが全国の「附属学校」を繋ぐ横断組. 体どこにあるのであろうか.次節では,国会にお. 織として機能している.. いて「附属学校間題」がどのように取り上げられ. この他,連盟内には学校運営委員会,教育研究. てきたのかを検討していくことにする.. 委員会,情報広報委員会も設置されており,それ. ぞれが文部科学省と直接接触を行っている.例え ば,学校運営委員会による「平成14年度活動報告」 では「国立大学法人化に向けての全附連の要望」. 5.国会における「附属学校問題」論議. 国会会議録検索システム10)を使うと,1945(昭. 書を大学室長及び附属学校係長(大学局数職員養. 和20)年8月15日から2004(平成16)年8月25日. 成課)に渡したことが報告されている9).. までの問に,国会の場で「附属学校間題」が取り. つまり,自治権が付与されている各大学・学部. 上げられたのは168件ある事が分かる.取り上げ. に付設されている「附属学校」が,基幹機関であ. られた場面は,衆参両議院の文部委員会・内閣委. る個々の大学から離れ,国立大学協会や日本教育. 員会・本会議・人事委員会・予算委員会・地方行. 大学協会とも異なる独自の横断組織を構成し,そ こで自らの環境改善に関する要望等を文部科学省. 政委員会・決算委員会・予算委員会公聴会・文教. に対して直接行っているということなのである.. 決算行政監査委員会と多岐にわたっている.. 現在,全国の附属学校総数は259校であり,教. ・科学委員会・青少年問題に関する特別委員会・. 本節では,検索キーワードを「附属学校」に限. 員総数は5450人程度である〔学校長は含まないと. 定しているが,「国立大学附属′ト学校」「国立大学. 推定される〕が,全国国立人学附属学校連盟は「附. 附属中学校」「国立人学附属高校」などにまでキー. 属学校」からの“各種陳情・要望’’を行う唯一の. ワードを広げれば,さらに該当件数が大幅に増加. 組織ということになる.この連盟は,全国規模の. することが予想される.「附属学校」として限定. 研究組織であるということだけではなく,「附属. 検索した,168件の総てに目を通して感じること. 学校」にとっての利益誘導活動をも行う組織であ. は,「国会において『附属学校間題』がどのよう. る点に注月する必要がある.付設している基幹機. に取り上げられ,論じられたのか?」という事自. 関である大学に頼るだけでは玲があかないと考え. 体が1つの大きな研究テーマになりうるものであ. る「附属学校」が多いため,こうした組織が結成. るということである.筆者としても改めて研究し. され,維持されているのであり,それなりに維持. たいと考えているが,本稿においては,国会にお. する意義と価値があると考える「附属学校」が多. いて「附属学校間題」がどのように取り上げられ. いということでもあるだろう.. てきたのかという概括と,いくつかの事例につい. ただし,連盟の規約における設置日的および事 業に関する項目内容には,“各種陳情・要望”活 動に関する明確な記述はない.あえて挙げるとす れば「第5条(6)その他連盟の目的を達成するため. て検討を加えるだけに留める.. 総数168件の時期区分を試みると,以下のよう になる.(時期区分は便宜的に10年とした.). 昭和20年代−60件,昭和30年代−6件,昭和40. に必要な事業〔傍点 阿部〕」の項目が該当する. 年代−19件,昭和50年代−30件,昭和60年∼平成. と思われる.. 6年−26什,平成7年以降−25什.. 以上のように,文部科学省と「附属学校」の関. 上記区分によれば,昭和20年代の60件という数. わりは,基幹機関である大学を経由した関わりと,. 値の多さが目につく.昭和20年代とはなっている. 連盟経由の関わりという二重構造となっている.. が,国会において「附属学校間題」が取り上げら. 教育行政上の単線的な指揮監督系を重んじる文部. れたのは,1948(昭和23)年6月7日の衆議院文. 科学省の対応としては,まさに異例の状況である.. 教委員会からであり,実質的には7年間での数値. このような状況が“容認’’されてきた要因は,一. である.その道に,昭和30年代の数値の低さが際. 57.
(9) 阿 部 二 郎. だっていることもわかる. 結論を急ぐと,筆者は,現在様々な形で批判の. 平成7年以降 附属中等教育学校問題,大阪教 育大学附属池田小学校事件関連問題,教員養成と. 対象となる「附属学校」の“問題性’’の形成がこ. 教員採用実態の問題,研究開発学校間題,独立行. の時期に行われたと考えている.大学からの“干. 政法人化問題等が論じられている.. 渉’’を除くなら,この昭和30年代は「附属学校」. こうした,過去の国会での質疑・答弁を中心と. に関する“干渉’’が最も少なかった時期であり,. する論議を概観していくと,実は大変に重要な問. 戦後の6.3.3制が,就学児童・生徒人口数の. 題が多数潜在している事に気づく.以下,上記の. 急増と高校進学率の急上昇という現象を伴って,. 時期区分毎の概要では敢えて記述しなかった内容. 名実共に日本に根付いた時期でもあり,戦後の新. も加えて,もう少し詳細に見ていくことにする.. 制附属中学校と新制附属高校が,その“足場を固. 168件の「附属学校間題」に関わる論議において,. めた時期’’でもあると言えそうだからである.こ. 看過できない重要な内容としては,「附属学校の. の「附属学校」の“問題性’’の形成期という点に. 機能と役割」を問う論議があり,これが度々繰り. ついては,次稿以降で論じる予定であるため,本. 返されてきていて,特に昭和40年代後半以降に目. 稿では割愛する.. 立つようになっている.この「附属学校の機能と. ところで,国会で「附属学校間題」がどのよう. 役割」問題は極めて重要であり,正に本研究テー. に取り上げられてきたのかという点に目を転ずる. マの中核に据えるべき問題である.これも稿を改. と,大まかに次のように整理することができそう. めて論じる予定のため,本稿においては割愛する.. である.. ただ,本稿においても強調しておきたいのは,「附. 昭和20年代 この時期の大半は,義務教育費国. 属学校の機能と役割」についての文部省答弁内容. 庫負担法との関わりから,全国の附属学校教員の. が一貫しておらず,その時々でかなりの幅がある. 身分や給与額等についてが論じられている.. ということである.まして,次のような答弁が行. 昭和30年代 この時期には,附属学校教員の給. われていたという事を知るにつけ,筆者らが苦労. 与と公立学校教員の給与格差,附属学校数員数の. してやってきたことはいったい何であったのかと. 増加に関してなどが論じられている.. の思いを強くするのである.. 昭和40年代 この頃から,日本の教育課題の多 様化現象が見られるようになり,論議内容が一気 に拡散していく.昭和48年7月10日の参議院文教 委員会では,国立大学協会教員養成制度特別委員. 1980(昭和55)年10月28日 参議院 文教委員会 ○政府委員(宮地貫一君) 附属学校の学級編制と教員の配当. 基準についてのお尋ねでございますが,〔中略〕基準と申しま しては正確でないかもしれませんが,戦後おおよそ二十年代の ころから〔傍点 阿部〕,附属の小学校につきましては,学級. 会の「教員養成制度に関する調査研究報告書」が. 編制としては四十名ということで今日まで行われてきていると. 取り上げられ,附属学校教員の待遇改善が論じら. いうのが実態でございます.〔中略〕附属中学校の場合につい. れている.また,附属学校の入学選抜方法につい. ては五十人で編制をしてまいったんでございますが,昭和五十. ての論議も行われている.. 年度から四十五人ということで編制をしてきております.そう. 昭和50年代 国立大学協会の教員養成制度特別 委員会の報告書に関わり,教育実習との問題,附. いうたてまえになっておりますが〔傍点 阿部〕,片一方,公 立学校の学級編制については,先生御案内のとおり,標準法で その標準が定められておるわけでございます.兵庫につきまし. 属学校入試問題,大学院研修の問題,週休2日別. ては,附属学校を新たに本年度から新設をいたしたわけでござ. 問題,附属養護学校問題,教員定数問題,帰国子. ますが,そういう新設害するに際しましての教員の配置という. 女問題等々が論じられている.. ことについても,考え方としては,公立学校の基準に準拠して. 昭和60年∼平成6年 昭和50年代と同様の傾向 が見られるが,学校過5R制問題,業者テスト問 題,研究指定校問題等が論じられている.. 58. 配当をしておるというのが現状でございます.. つまり,筆者らは「標準法」による学級編成・ 定員数によらない,「基準と申しては正確ではな.
(10) 北海道教育人学における附属学校の存在意義の検討(2). いかもしれない,たてまえの数値」を基にして,. この質疑・答弁は,同和教育推進に関わる研究. 国会でも再三取り上げられた入試改善のための方. 指定校の在り方を巡るものであった.質疑内容が. 法を厳守しつつ,多くの受験生を不合格にしてき. 同和教育に関わるものであり,政治的にも微妙な. たということらしいのである.ところが,公立学. 問題を学んでいるためか,この質疑に対する文部. 校の標準定員に準拠した「基準」に従って教員配. 省の答弁は,当日の他の質疑・応答とは異なった. 置をするはずなのに,1986(昭和61)年4月11日. 印象を与えるものとなっている.. の衆議院文教委員会で,附属養護学校には公立養. もちろん,同和教育の重要性とその推進を恒常. 護学校の標準を下回る人数しか配置されていない. 的に実施する努力を払うべき事は言うまでもな. 実態が指摘され,文部省も配置数員数が不足して. く,筆者もその重要性と必要性は疑わない.. いることを認めるという事態が生じている.文部. ここで筆者が問題にしているのは,同和教育の. 省が筆者ら,「附属学校」教員に対して,有無を. ための教育研究推進と研究指定校制度と「附属学. 言わさぬ強い態度で,上意下達として求めてきた. 校」の関係を短絡させた質問に対する,文部省の. 各種の“基準”と称する数値とは一体何であった. “安易で便宜主義的な答弁”である.この答弁は,. のだろうか.国会での答弁内容を見ていくと,正. 大学の先決権を無視して「附属学校」への直接的. に「たてまえ」論的な,時の文部省のご都合主義. な“介入’’を行うという表明に受け取れるのであ. 的「附属学校」論も目につくのである.. る.こうした答弁に対して,日本教育大学協会や. 1986(昭和6り 年3月7日 衆議院 予算委員会第三分科会. 国立大学協会,及び大学は“問題視’’して抗議す. ○大崎政府委員 国立大学附属小中高等学校ということではご. るべきものではなかったのだろうか.ところが現. ざいますが,国立大学の附属という性質上,文部省といたしま して,その教育内容に直接かかわることは適当でないという面 もあるわけでございます〔傍点 阿部〕. ただ御指摘のように,例えば研究指定校というようなことを 例にとりますと,研究指定校の抜い自体が,これまで都道府県 教育委員会の推薦に基づいて指定がなされているという制度の システムとのかかわりもございまして,附属学校が対象になっ. 実は,文部省の答弁を追認・後押しするような動 向が見られたのであり,その事を取り上げて前稿 では問題にしたのである.. 本稿で強調しておきたいのは,文部省と「附属 学校」の関わりを考えるとき,文部省から「附属 学校」への指示(上意下達)は,大学の判断を経. た例が今日までないわけでございますが,事柄の重要性から見 まして,国立附属関係が研究指定校の対象から,そもそも最初. てから下される間接的なものと,(形式だけは大. の募集の段階から外れておるということ自体,これはやはり反. 学を経由したとしても)ほとんど直接的に下され. 省すべき点もございますので,初等中等教育局と十分御相談を. るものがあり,ダブルスタンダードとして使い分. いたしまして,附属学校においても対象の範囲に含め得るよう. けられているということである.そして,全国の. な方向で検討を進めさせていただきたいと思っておる次第でご. 大学やその関連組織もそれを“容認’’し,“気に. ざいます.. 前稿において筆者らは,基幹機関の大学が「附. も留めてこなかっだ’と言えるのではないかとい うことなのである.. 属学校」に研究指定校や研究開発学校の指定を受. 国会での168件の論議中,4−1で掲げた日本. けるように働きかけることの愚かしさと,主客転. 教育大学協会がらみの論議はただの1件も確認す. 倒の発想であることを指摘した.上記の答弁によ. ることはできず,4−2で掲げた国立大学協会に. れば,文部省自身も,「国立大学の附属という性 質上,文部省といたしまして,その教育内容に直. 関しても,教員養成制度特別委員会の報告書を基. 接かかわることは適当でないという面もある」と. とは,国会という国内最高の議決機関における「附. 認めながら,本来は大学の先決権に属する「附属. 属学校間題」の論議において,この2つの協会が. 学校」の運営方針にまで踏み込んだ答弁を行い.. 結果としてほとんど何も成しえてはいないという. 前向きに取り組むことを表明している.. ことの証になると言えそうである.その意味では,. にした2件の論議しか確認できなかった.このこ. 59.
(11) 阿 部 二 郎. 全国国立大学附属学校連盟に関しては1件もな. を最初から寄付に依存するというようなことで出発することは. く,この連盟も全く実効性のない団体にも思われ. ありませんでしたし,今の場合もそういう事実はないと考える. る.けれどもこの団体の存在が,前述した文部省. 次第でございます.. 1970(昭和45)年9月4日 衆議院 決算委員会. のダブルスタンダードアプローチを可能ならしめ るための重要な役割を果たしていることは明らか. ○黒柳明君 この資料をおつくりいただいた大学学術局のほう では事実をお知りになっていたかと思うんですが,こういうこ. である.国会の論議内容を詳細に見ていけば,3. とについて局長さん,どのような御見角牢をお持ちでしょうか.. −3において,筆者が全国国立大学附属学校連盟. 蛇足ですけれども,いわゆる寄付金,こういうものはいけない,. と全国国立大学附属学校PTA連合会は表裏一体 の組織であると述べた意味を理解できる.. 厳に慎め,こういうこと.さらには,全国平均は千円から二千 円ぐらい.ところが,国立の大学附属の小学校に限ってはその 四十倍もの五万円なんというべらぼうな入学金,ここにはっき. 「附属学校」は国立大に付属した学校機関であ. り寄付金と,こう明示した,これは東京都だけです.いま全国. り,大学と共に文部省直轄の機関である.つまり,. の二,三言うけれども,それはもっとひどいんですが,こうい. その学校施設・教育環境整備に関わる費用は,本. うことについていままでどのようなお考え,あるいはいつごろ. 来は全額国費によって賄われるべきものである. ところが現実には,各地の「附属学校」はPTA. からこういうことが始まったのか.相当前から始まって現在も 続いているんですが,毎年行なわれているんですが,大学学術 局長さんのお考えはどうでしょうか.. 会費と寄付によって,大学から自立しつつ,自活. 0説明員(村山松雄君) 国立大学の附属学校におけるPTA. せざるを得ない状況下に置かれており,基幹機関. の納付金あるいは寄付金,そういったものは,御指摘のように. の大学も所轄官庁である文部省もそれを非公式に. 全部とは申しませんが,一部,東京,大阪あたりの附属では高. “黙認’’してきたのである.. 額になっております.その理由といたしましては,P TAそれ 自体の運営費も若干ありますけれども,大部分は,むしろ附属. 1955(昭和30)年6月8日 衆議院 内閣委員会. 学校に対する施設,設備等の補助,つまり後援会費的なものに. ○茜ケ久保委員 間題は少し具体的になりますが,実は私は群. 運営されております.それがどうしてこういう高額なものが取. 馬大学の付属学校に関係しておりますが,学校当局が校舎を改. られるかということになりますと,結局附属学校においては親. 築,新築すると文部省に陳情しておるし,相当話が進んでおる.. 御さんも,あるいは先生の側も,公費だけの施設,設備で満足. そこで問題は,地元負担が問題になりますから,今から父兄が. できないで,それに上積みするということが主たる原因だと思. 地元負担金の積み立てをしなければならぬということで,現に. います.. PTAが,いわゆる校舎新築のために地元負担金用意として月. 0黒柳明君 そういうことお伺いしていたんですが,ところが,. 鮫一人当り百円の積み立てをしておる.このことは,おそらく. たとえば講堂寄付をしたたとえば,一番上の学芸大学の世. 全国的な傾向だと思うのでありますが,見通しがあってやるこ. 田谷小学校,四十一年に体育館をつくった.そして,そのとき. とか,文部省当局が何かそういった示唆を学校当局に与えて. のお金がまだまだ全部払われてないんで,毎年四万,五万の寄. やったことか,あるいは学校が独白でやっているのか.もし示. 付金を取っている.ですから,施設をつくったといっても現実. 唆を与えたならば見通しがありましょうし,全然示唆がないな. には毎年寄付金と同様にやっぱりお金を取っているわけです.. らば,これは学校当局の非常な行き過ぎだと思うのであります.. また,これがPTAの自発的な行為といっても,そういうこと. それでなくても付属学校は教育費の負担が過重でありまして,. については,私,言うまでもなく,ちゃんとここに,これは四. そういった点非常に遺憾と考えておりますので,この点に対す. 十三年九月二十六日,学術局長宮地さんです,「在校生等の父. るはっきりした見角牢を承わりたい.. 兄からの寄付金の抑制については,かねてから御配慮のことと. 0稲田政府委員 一般に国立学校の施設でございますから,こ. 存じますが,入学者選抜の適正を期するためにも,特段の御配. れは国費をもって建てることが建前でございます.私どもも緩. 慮を願います.」これは四十四年十一月六日,教育職員養成審. 急前後の順序を考えまして漸次国費をもって実現する計画を. 議会から文部大臣に対する答申ですけれども,国立大学附属小. 持っておるわけであります.ところが地方において,その学校. 学校の 「PTA会費,寄付金等の父兄負担経費については,自. に特別に関心を持っておる方々が,あるいは資料を集め,ある. 粛の傾向は認められるが,現在でも附属学校が公立学校に比し. いは地方費によって寄付をするから,順序を狂わせて早く国費. て高く,家庭環境のよい子弟しか入学できないと批判される原. を注ぎ込んで同時に建ってもらいたいというような,申し入れ. 因となっている.」,こういうようなことで大臣の手元についせ. のある場合がよくあるのであります.これらの場合といえども,. んだって行っているわけです.ですから,当然PTAに対して. 国の方の立場から寄付を求めましたり,あるいはそういう計画. は再三再四学術局長みずから,あるいはこういう審議会を通じ. 60.
(12) 北海道教育人学における附属学校の存在意義の検討(2) て文部省当局は,そういうことはしないように,要するに教育. のじやないかというふうに実は思っておるわけでございます.. の機会均等,こういうこととは非常に反している,こういうこ. むしろ普通の公立学校あるいは私立の学校等ではできないよう. とについての勧告なりあるいは是正,規制なりを受けているわ. な,たとえば特殊教育であるとかいうようなものが,附属の小. けです.ですから,たとえ施設といえども,現実には番付と同. 学校あるいは中学校,高等学校でやられるとか,あるいは実験. じである.. 的な意味における何らかの,たとえば一貫教育であるとかいう. それから,もう一つは,さらにこれはいま東京のを出し. ようなものを取り上げてやるべきじやなかろうか.ただ,これ. てもらったのですが,大阪や京都を調べてみ六のです.ところ. が数十年来何かエリートの学校になっておることは,今度の大. が,この場合にははっきり入学寄付金,入学費助全として徴収. 学改革の一環としてもう−ペん見直してみる必要がある,こう. L,ているのです.こちらの場合にはP TA徴収金 PT A入. いうふうに考える次第でございます.. 会金,PTA会費という名目の寄付金なんですけれども,大阪. 0黒柳明君 最後に一言ですけれども,〔中略〕私は,大臣が. 教育大学附属池田小学校では入学寄付金五万,これは百二十人. いみじくもおっしやったエリート教育,こういうことが,必ず. 中,ことしは百二十人全部寄付しております.あるいは京都教. しも寄付行為だけじやないんですね.たとえば給食なんかも,. 育大学附属桃山小学校三万,同じく京都教育大学附属京都小学. これは予算がなかなか立ちません.調理師や何かは,これは予. 校,これも三万,本年度入学した者は八十名中八十名全部寄付. 算出ているわけですけれども,こういう国立の附属の小学校は,. 金ないしは賛助金を出しているのです.ですから,いまおっ. 父兄が交代で給食の手伝いに行く.そういうこともたいへんだ. しやったようにたとえ施設としても,毎年毎年それを寄付金と. けれども,おかあさんにしてはそういうひとつの特権みたいな. 同じ行為で,要するに全を出すのですから.さらにこの大阪な. ことを自然自然に,何かおかしなことだけれども,考えを持つ. り京都なりは入学寄付金,賛助金として堂々と取っている.ま. ようなふうに移行するんです.ちょっと常識で考えるとおかし. あ取っているというのは語弊があるかもわかりません,P TA. なことです.何も月にペんもニヘんも,要するにただ働きで. が納めている,小学校に払っている.小学校からいえば取って. そんなところへ行かなくてもいいわけです.根本的にはやはり. いるとも言えると思うのですけれども,そうすると,こういう. 文部省当局として考えていただく,予算づけなり,何なりです. 非常に教育の機会均等というものもこわしているし,私のとこ. ね.ほんとうにそういうくだらないことも含めてほんとう. ろの訴えに,せっかく教育大学の附属小学校に抽せんで入った,. はそういう労力をやること自体がおかしい.公立の小学校では. ところが入学金五万出せと言われて泣く泣くこれを辞退したと. やっておりません.ところが,それをやること自体にも何か特. いうようなことが,幾多例が,いままでもきているし,いまも. 別意識,エリート意識を持つような非常におかしな感覚で父兄. きていますので,この質問をするような羽目になったわけです. の方もいらっしやる.その反面,そういうシステムというもの. けれども,ですから,くどいようですが,たとえ施設にしても,. を御存じない方は,せっかく楽しみにして入ったところが,い. 現実には,これは寄付行為であり,堂々と賛助金,寄付金とし. ま言ったように,そんなお金は出せないと言って抽せんに当. て取っている.しかも,五万ですよ,大阪教育大学の池田小学. たったのに泣く泣く辞退しなければならない.そういう反面も. 校は,本年度は.こういうこと,先ほど文部大臣が,いま初め. ある.そのような非常に変則的な教育というものが過去数十年. てお聞きになった.これはいま初めてじやないというのは,こ. 行なわれてきたといういまの文部大臣のおことばですけれど. れは大学学術局長からの資料で,文部大臣もお忙しいもので,. も,ひとつこの教育の,義務教育という中の何かこう化けもの. こういうことには目はなかなか通せないと思うのですけれど. みたいなと言っては失礼ですけれども,非常に変則的なこうい. も,相当前からありましたし,現在もあるし,しかも,こうい. うあり方については,ぜひともいま大臣おっしやったような抜. う点について再三再四PT Aのあり方あるいは寄付金のあり. 本的な改革,これを示していただきたいと思いますし,いま予. 方,こういうものも勧告を受けているし,また現に是正方の通. 算の編成時期でもありますし,大学という抜本的な問題のワク. 達も出している.ですから,文部大臣,いま初めてお知りになっ. の中での改革案かと思います.けれども,その組織も大学学術. たということについて,そうじやないだろうと言うのもおとな. 局ですが,社会教育局とか初中等局に属さないということです. げないことですから,まあそうであるならば,こういうことに. ね.ですから,何かこの管理もちょっと戸惑いがちで,私たち. ついてどのようにこれを処置されていくのか,ひとつ御所信を. もこれを調べるのにちょっと戸惑ったわけですけれども,そう. お伺いしたいと思います.. いうこともまた大臣言われた変則の一つにもなるかとも思いま. 0国務大臣(坂田道太君) これは公立と比較いたしまして,. すけれども,ひとつまた同じ答弁をいただくようになるかと思. 少し高いと思います.そうして,是正をどういうふうに具体的. います〔後略〕.. に進めていくかを検討しなきゃならぬと思います.が,また同. 1975(昭和50)年3月29日 参議院 予算委員会第四分科会. 時に,私は大学改革の一環としまして,一体附属小中高という. ○久保亘君 〔前略〕国立の学校は小中高校を問わず父母負担. もののあり方が,いまのようなエリート教育みたいな形でいい. がいま全体的に軽減という方向でこの文教行政が進められてい. のかどうなのかということにむしろメスを入れなきゃならない. るにもかかわらず,東京都内を中心に見てみましても,国立の. 61.
(13) 阿 部 二 郎 小中高校の納付金,PTA会費あるいは入学時の負担金などは. りこれをやっているのです.これにも問題がありまして,公立. かなり異常な状態にあるとお考えになっておりませんか.. の標準定数法で言えば,この基準とも全く合致しておりません.. 0政府委員(井内慶次郎君) ただいま国立の附属学校につき. こういう状態でございます.. ましての父兄負担あるいはP TAの負担についてのお尋ねがご. 附属養護学校の任務というのを見てみますと,障害児の教育. ざいましたが,PTAの問題につきましては,それぞれのPT. はもとよりですが,二番目に国立学校設置法施行規則の第二十. Aのやはり自主的な立場から,活動の方針を決めまして,必要. 七条に,「附属学校のその附属する国立大学への協力」として,. な会費を拠出するというのが基本的なたてまえでありまして,. 研究協力,教育実習の実施という任務が他の公立の養護学校よ. 会費の酪,活動の範囲にもおのずから広狭があるのでございま. りもーつ多くあるのですね.そうすると,標準定数法の十五条. すが,国立大学の附属学校におけるPTA等の会費は公立学校. によりますと,研修定数,研究協力校には定数の加配が行われ. の場合に比べますと,先生御指摘のように,相当高額になって. るというふうになっておりますから,これは当然任務がつけ加. おります.その内容でございますが,PTA等の狭義の運営費. わっておりますところの国立養護学校の場合も加配されていい. のほか,直接,児童生徒の福利厚生,図書,課外活動等の経費. くらいのものであるのに,それが逆に公立は二十四名,国立の. として使用されるもの,それから一部研究費等にも充てられて. 場合は十九名,十八名ということでございます.これはもうど. おるようでございます.これらの中には,それぞれ歴史的な沿. なたが考えてもおわかりだと思います.. 革等もございまして,そのPTA等が従前後援会当時でありま. そこで,先日,高知大学の附属養護学校へ行って,どんな状. すとか,いままでの沿革で独自に若干の施設を持っておるもの. 態なのか調べてみました.これは高知大学だけではありません.. 等もありまして,そういうふうなものの改修でありますとか,. 調べてみましたら,全部そうです.これはもうとてもやってい. そういうものに充てておるもの,あるいは公立学校ではそのつ. けないものですから,非常勤講師を二人,教務補佐を一人,事. ど児童生徒から個別に徴収をして,学校納付金の中で整理区分. 務職の方を人,才支能員補佐を四人,そういうのを入れざるを. されておるものを,PTA会費の中に一遍にまとめておるもの. 得ない.ここの養護学校の予算は五十三年度千六百万円ですが,. といった関係等もあろうかと思います.御指摘のように,文部. そのうちの非常勤を雇ったための経費が五百五十万で,何と全. 省としましては,附属学校がややもすると,PTA等からの経. 支出の三分の−を占めておるということでございます.だから,. 費に依存するという弊風がございました.四十三年,四十四年. これがその学校の運営に非常に負担となっております.さらに,. 当時からこの点が非常な問題になりまして,まず最初に,非常. これは関東の例ですけれども,用務員もPTAの雇用にしなけ. に文部省として問題にしましたのは,四十三年,四十四年当時,. ればならぬ.それに支出しているお金がPTAから百三十一万. 施設の一部をP TAが負担してつくったという傾向がありまし. 円,ほかにPTAから公費補助として百二十八万円,何とPT. て,これはとにかく適当でないからということで,四十三年,. Aから二百五十九万円出ておるという状態です.関西の場合は. 四十四年以降,附属学校経費につきましての施設等への受け入. PTAの会費から百五十三万五千円出ているということでござ. れの禁止,あるいは父兄負担の軽減を図るということで,今日. います(「ピーチーエーか」と呼ぶ者あり)〔後略〕.. まで努力を重ねておりまして,この数年間におきまするPTA. 0内藤国務大臣 私は,いま先生からお話を伺いまして,実は. 会費筈の父兄負担は,附属学校全体としますと,若干ながらダ. びっくりしたのです.公立学校でも全部やっておるから多分全. ウンはいたしておるのでありますが,一部の附属学校等につき. 部やっておると思っておったのですが,お聞きしたところによ. ましては,やはり相当の額になっておるところがあるようでご. りますと,五十年度以降はちゃんと定数法どおりやっておる.. ざいます.一番身近な,東京で申しますと,東京学芸の附属あ. しかし,その前の分は御指摘のように十分でないわけです.そ. るいは東京教育大学の附属,あるいは東大の附属というふうに. れから,特に養護教員についても同じなのでございまして,や. 並べてみますと,東大の附属は大体公立学校並みでございます. はり国立の養護学校でございますし,これは全国に対して一つ. が,東京学芸,東京教育大学の附属につきましては,附属学校. の模範になり基準になるようなものですから,私ども改善につ. の全国平均よりも大体二倍ぐらいと言いましょうか,多額に. いて積極的に努力するつもりでございます.〔前述したように,. なっておるようでございまして,実はこの三月も東京学芸大学. この後も“基準”が守られていないとの指摘があり,それを認. と,東京教育大学の附属学校の責任者を呼びまして,これの検. める事態が生じている. 阿部:註〕. 討,改善方を強く要請をいたしておるというような実情でござ います.. 1981(昭和54)年2月21日 衆議院文教委員会 ○山原委員 さらに小学部三学級,この三学級も問題なのです よ.いわゆる小学部,国立の場合は複式になっているわけです. 国会において,1955(昭和30)年にPTA会費・ 寄付問題が取り上げられてから20年間,結果とし て多額の会費・寄付という形態は維持され,半ば “放置’’され続けてきた.もちろん,形式的には. ね.私が高知大学の養護学校へたまたま行って聞きましたら,. その時々に文部省からの“抑制’’を目的とした「令」. 三学級ですから,それで因って,先生方が五学級にして無理や. は発せられてきた.けれども,上記のような“異. 62.
(14) 北海道教育人学における附属学校の存在意義の検討(2). 常事態’’が継続され続け得たのは「律」が課せら. 論議において,「附属学校」の現況を述べたもの. れてはいなかったからにほかならない.これは,. としては以下の質疑がある.. 結果として“黙認’’と同質の行為にすぎない.確. 平成15年05月14日 衆議院 文部科学委員会. かに,講堂をPTAが寄贈するというケースは尋. ○藤村委員 〔前略〕過去,国立大学の附属小中学校の先生と. 常ではないにしても,「附属学校」がその使命を 完遂しようとするなら,“必要な物’’はあくまで. いうのは,今回聞いてみてわかったんですが,大半が,実は都 道府県における公立の小中学校の先生が身分を国家公務員に変 えて来ていらっしやる,数でいうと八割ぐらいのようですね.. も必要なのである.答弁にあるような「満足しな. つまり,現在の国立の先生,小中高まで入ります,この先生方. い」という問題なのではない.ところが,そうし. の数は五千四百五十三人だけれども,そのうちの八○・三%,. た“必要な物’’を基幹機関である大学がほとんど. 四千三百七十七人という方々は,実は都道府県の小中高の教員. 手当してくれないとすれば,「附属学校」にとっ て唯一頼ることができるのは,PTA組織であり,. 同窓会組織であるということにならざるを得な. が,まさに地方公務員から国家公務員に身分を変えて,ある期 間出てこられて,それでまた帰られる.こういうまさに人事交 流というのが非常に,八割国立に来るわけですから,交流とい うよりは直流みたいなものですね,頻繁にあったわけですが,. い.こうした,高額のPTA会費・寄付という行. 今回,これが非公務員になりますと,どうなるんでしょうか.〔後. 為が常態化していくと,問題点は,その使途や会. 略〕. 計上の明朗さ(チェック機能が実際に機能してい るか否か),会費・寄付負担金額が社会常識の範 囲内にあるのかどうかということになる.また,. ここでは,「附属学校間題」における“鬼門’’ ともいうべき人事問題が取り上げられている. この中で,全国の「附属学校」教員5453人の8. PTA組織におけるP,すなわち保護者とTである. 割が地方公務員との人事交流によるものであるこ. 教員との関わりは,生徒を媒介とするだけではな. とが指摘されている.同時に,残りの2割分,つ. く“金銭’’をも媒介として一段と深くならざるを. まり1100人はそういう形で「附属学校」教員になっ. 得なくなる.Pである保護者側からすれば,我が. たものではないということが分かる.ここに,戦. 子のための行為に過ぎなくても,過剰な寄付行為. 後の「附属学校間題」のもう1つの根深い問題が. が常態化すると,数いる「附属学校」教員の中に. 潜んでいる.. は“既得権”であるかのように錯覚する者も出て くる可能性は否定できない.しかも,公務上の相. 互関係を私的関係にまで拡大解釈するような教員 も無しとは言えなくなるのである.事実,1989(平. 6.「附属学校」における潜在的階層性. 戦後の「附属学校」は,すべて新制大学に付設. 成元)年6月16日の参議院文教委員会では次のよ. されてきた.ところが,戦前の「附属学校」が付. うな質問が行われている.. 設されていた基幹機関は多岐にわたり,その機関. 0勝木健司君 〔前略〕四月に明らかになりました国立大学附. には明確な“階層性’’が付与されていた.“階層性’’. 属小学校での父母に借金あるいは飲食代を強要する教員など, いつまでたっても教員にまつわる不祥事というものは後を絶た ないという現状でありますけれども〔後略〕.. をより複雑化した要因は,1943(昭和18)年の「師 範学校令改正」である.. この改正以前は,各地の師範学校は庁府県立で これは,東京都にある国立大学附属小学校ので. あり,旧制中学校並の中等学校格の扱いであった.. きごとが不祥事として週刊誌によって報道された. 各地の帥範学校を統括する存在としては,官立の. ものを受けて行われた質疑の一部である.その後. 男子高等師範学校が2校,女子高等師範学校が2. も近似の報道が散見されるようであるが,多くの. 校設置され,「本山」・「末寺」的体制が敷かれて. 場合,報道の対象となる「附属学校」はエリート. いた11).けれども,師範教育における「本山」. 校的傾向を持ち,教員の勤続年数が大変長い学校. であった4校ですら,旧制高等学校や高等専門学. に多いようである.国会における「附属学校間題」. 校並みの扱いを受ける存在であったにすぎない.. 63.
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