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『台記』注釈 久安六年正月

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Academic year: 2021

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-『

凡 例 一 、 『 台 記 』 は 藤 原 頼 長 の 日 記 で あ る 。 『 槐 記 』 『 宇 槐 記 』 『 宇 治 左 府 記 』 『 宇 左 記 』 『 治 相 記 』 な ど と も 呼 ば れ る 。 一 、 家 蔵 本 を 底 本 と す る 。 書 誌 を 略 記 す る 。 外 題 は 、 表 紙 中 央 に 打 付 書 に て 「 台 記 〔 別 記 〕 年 次 通 し 番 号 」 。 表 紙 は 香 色 地 に 青 色 ・ 茶 色 の 波 形 を 四 本 引 く 。 袋 綴 。 楮 紙 。 寸 法 二 九 ・ 七 × 二 一 ・ 三 糎 。 一 面 八 行 。 各 冊 墨 付 第 一 丁 表 右 肩 に 「 日 野 吉 田 / 家 蔵 書 」 の 朱 長 印 。 目 録 一 冊 、 本 記 十 二 冊 、 別 記 九 冊 の 全 二 十 二 冊 。 内 訳 は 本 記 一 ( 康 治 元 年 ) 、 二 ( 康 治 二 年 ) 、 三 ( 康 治 三 年 ) 、 四 ( 天 養 二 年 ) 、 五 ( 久 安 二 年 ) 、 六 ( 久 安 三 年 ) 、 七 ( 久 安 四 年 ) 、 八 ( 久 安 六 年 ) 、 九 ( 久 安 六 年 ) 、 十 ( 久 安 七 年 ~ 仁 平 三 年 ) 、 十 一 ( 仁 平 四 年 ) 、 十 二 ( 久 寿 二 年 ) 、 別 記 一 ( 長 承 四 年 ・ 康 治 元 ・ 二 年 ) 、 二 ( 久 安 三 年 ) 、 三 ( 久 安 四 ~ 六 年 ) 、 四( 久 安 五 ・ 六 年 ) 、 五 ( 久 安 六 年 ・ 仁 平 元 年 ) 、 六 ( 仁 平 元 年 ) 、 七 上 ( 仁 平 二 年 ) 、 七 下 ( 仁 平 三 年 ) 、 八 ( 久 寿 二 年 ) 。 一 、 原 文 ( 校 異 を 含 む ) は 一 箇 月 分 の 注 釈 の 末 尾 に 一 括 し て 掲 げ る 。 一 、 後 掲 の 写 本 〔 末 尾 ( ) 内 は 小 稿 で 使 用 す る 略 号 〕 を 対 校 し 、 ま た 増 補 史 料 大 成 本 を 参 照 す る 。 た だ し 、 こ れ ら 写

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-本 は 厳 密 な 本 文 調 査 に よ り 選 ん だ も の で は な い 。 従 っ て 、 原 形 の 忠 実 な 復 元 を 目 的 と し て は い な い 。 ○ 京 都 大 学 附 属 図 書 館 蔵 平 松 家 旧 蔵 本 ( 平 松 三 門 / タ ― 三 ) ( 平 ) ○ 同 蔵 十 六 冊 本 ( 五 ― 〇 四 / タ / 三 ) ( 京 ) ○ 宮 内 庁 書 陵 部 蔵 天 明 書 写 本 ( 二 六 五 ― 一 〇 〇 九 )( 書 一 ) ○ 同 蔵 二 十 一 冊 本 ( 三 五 三 ― 一 七 〇 ) ( 書 二 ) ○ 同 蔵 享 保 書 写 本 ( 柳 四 四 七 ) ( 書 三 ) ○ 国 立 公 文 書 館 内 閣 文 庫 蔵 二 十 一 冊 本 ( 一 六 一 ― 五 四 )( 内 一 ) ○ 同 蔵 坊 城 家 旧 蔵 本 ( 一 六 一 ― 五 七 ) ( 内 二 ) ○ 東 京 大 学 附 属 図 書 館 蔵 三 条 実 憲 寄 贈 本 ( G 二 七 ― 二 二 六 ) ( 東 ) ○ 東 洋 文 庫 蔵 本 ( 三 ― H ― a ヘ ― ) ( 洋 ) 31 ○ 三 手 文 庫 蔵 本 ( 手 ) ○ 大 和 文 華 館 蔵 本 ( 大 ) ○ 前 田 育 徳 会 尊 経 閣 文 庫 蔵 『 宇 槐 記 抄 』 ( 宇 ) ○ 国 立 公 文 書 館 内 閣 文 庫 蔵 『 久 安 五 六 年 日 次 記 』 ( 久 ) 一 、 校 訂 に よ り 底 本 の 本 文 を 改 め る 部 位 に つ い て は 数 字 を 傍 記 し 、 そ の 具 体 を 注 記 す る 。 そ の 際 、 一 本 の み の 本 文 に 従 う 場 合 は そ の 伝 本 名 を 略 号 で 示 す が 、 二 本 以 上 の 本 文 に 従 う 場 合 は 他 本 と 記 す 。 ま た 、 一 つ の 本 文 に 確 定 し が た い 場 合 は そ の 旨 を 記 す 。 さ ら に い ず れ の 伝 本 に も 依 ら ず 私 に 置 き 換 え る 場 合 も あ る 。 一 、 改 行 他 の 体 裁 に つ い て は 必 ず し も 底 本 通 り と せ ず 適 宜 処 理 す る 。 一 、 底 本 に お け る 割 書 は ( ) の 形 で 示 す 。 ま た 、 割 書 中 の 更 な る 割 書 は 〈 〉 の 形 で 示 す 。 一 、 書 き 下 し に は 歴 史 的 仮 名 遣 い を 用 い る 。 ま た 、 読 解 の 便 を 考 慮 し て 適 宜 振 仮 名 を 付 す 。 訓 法 が 分 か ら な い 場 合 は 原 文 の ま ま と し 注 記 す る 。 な お 、 書 き 下 し に つ い て は 、 増 補 史 料 大 成 本 を 参 考 に す る 。 一 、 書 き 下 し は 専 ら 私 意 に よ る も の で あ り 、 漢 文 訓 読 研 究 の 成 果 を 正 確 に 踏 ま え た も の で は な い 。

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凡 例 一 、 『 台 記 』 は 藤 原 頼 長 の 日 記 で あ る 。 『 槐 記 』 『 宇 槐 記 』 『 宇 治 左 府 記 』 『 宇 左 記 』 『 治 相 記 』 な ど と も 呼 ば れ る 。 一 、 家 蔵 本 を 底 本 と す る 。 書 誌 を 略 記 す る 。 外 題 は 、 表 紙 中 央 に 打 付 書 に て 「 台 記 〔 別 記 〕 年 次 通 し 番 号 」 。 表 紙 は 香 色 地 に 青 色 ・ 茶 色 の 波 形 を 四 本 引 く 。 袋 綴 。 楮 紙 。 寸 法 二 九 ・ 七 × 二 一 ・ 三 糎 。 一 面 八 行 。 各 冊 墨 付 第 一 丁 表 右 肩 に 「 日 野 吉 田 / 家 蔵 書 」 の 朱 長 印 。 目 録 一 冊 、 本 記 十 二 冊 、 別 記 九 冊 の 全 二 十 二 冊 。 内 訳 は 本 記 一 ( 康 治 元 年 ) 、 二 ( 康 治 二 年 ) 、 三 ( 康 治 三 年 ) 、 四 ( 天 養 二 年 ) 、 五 ( 久 安 二 年 ) 、 六 ( 久 安 三 年 ) 、 七 ( 久 安 四 年 ) 、 八 ( 久 安 六 年 ) 、 九 ( 久 安 六 年 ) 、 十 ( 久 安 七 年 ~ 仁 平 三 年 ) 、 十 一 ( 仁 平 四 年 ) 、 十 二 ( 久 寿 二 年 ) 、 別 記 一 ( 長 承 四 年 ・ 康 治 元 ・ 二 年 ) 、 二 ( 久 安 三 年 ) 、 三 ( 久 安 四 ~ 六 年 ) 、 四( 久 安 五 ・ 六 年 ) 、 五 ( 久 安 六 年 ・ 仁 平 元 年 ) 、 六 ( 仁 平 元 年 ) 、 七 上 ( 仁 平 二 年 ) 、 七 下 ( 仁 平 三 年 ) 、 八 ( 久 寿 二 年 ) 。 一 、 原 文 ( 校 異 を 含 む ) は 一 箇 月 分 の 注 釈 の 末 尾 に 一 括 し て 掲 げ る 。 一 、 後 掲 の 写 本 〔 末 尾 ( ) 内 は 小 稿 で 使 用 す る 略 号 〕 を 対 校 し 、 ま た 増 補 史 料 大 成 本 を 参 照 す る 。 た だ し 、 こ れ ら 写 本 は 厳 密 な 本 文 調 査 に よ り 選 ん だ も の で は な い 。 従 っ て 、 原 形 の 忠 実 な 復 元 を 目 的 と し て は い な い 。 ○ 京 都 大 学 附 属 図 書 館 蔵 平 松 家 旧 蔵 本 ( 平 松 三 門 / タ ― 三 ) ( 平 ) ○ 同 蔵 十 六 冊 本 ( 五 ― 〇 四 / タ / 三 ) ( 京 ) ○ 宮 内 庁 書 陵 部 蔵 天 明 書 写 本 ( 二 六 五 ― 一 〇 〇 九 )( 書 一 ) ○ 同 蔵 二 十 一 冊 本 ( 三 五 三 ― 一 七 〇 ) ( 書 二 ) ○ 同 蔵 享 保 書 写 本 ( 柳 四 四 七 ) ( 書 三 ) ○ 国 立 公 文 書 館 内 閣 文 庫 蔵 二 十 一 冊 本 ( 一 六 一 ― 五 四 )( 内 一 ) ○ 同 蔵 坊 城 家 旧 蔵 本 ( 一 六 一 ― 五 七 ) ( 内 二 ) ○ 東 京 大 学 附 属 図 書 館 蔵 三 条 実 憲 寄 贈 本 ( G 二 七 ― 二 二 六 ) ( 東 ) ○ 東 洋 文 庫 蔵 本 ( 三 ― H ― a ヘ ― ) ( 洋 ) 31 ○ 三 手 文 庫 蔵 本 ( 手 ) ○ 大 和 文 華 館 蔵 本 ( 大 ) ○ 前 田 育 徳 会 尊 経 閣 文 庫 蔵 『 宇 槐 記 抄 』 ( 宇 ) ○ 国 立 公 文 書 館 内 閣 文 庫 蔵 『 久 安 五 六 年 日 次 記 』 ( 久 ) 一 、 校 訂 に よ り 底 本 の 本 文 を 改 め る 部 位 に つ い て は 数 字 を 傍 記 し 、 そ の 具 体 を 注 記 す る 。 そ の 際 、 一 本 の み の 本 文 に 従 う 場 合 は そ の 伝 本 名 を 略 号 で 示 す が 、 二 本 以 上 の 本 文 に 従 う 場 合 は 他 本 と 記 す 。 ま た 、 一 つ の 本 文 に 確 定 し が た い 場 合 は そ の 旨 を 記 す 。 さ ら に い ず れ の 伝 本 に も 依 ら ず 私 に 置 き 換 え る 場 合 も あ る 。 一 、 改 行 他 の 体 裁 に つ い て は 必 ず し も 底 本 通 り と せ ず 適 宜 処 理 す る 。 一 、 底 本 に お け る 割 書 は ( ) の 形 で 示 す 。 ま た 、 割 書 中 の 更 な る 割 書 は 〈 〉 の 形 で 示 す 。 一 、 書 き 下 し に は 歴 史 的 仮 名 遣 い を 用 い る 。 ま た 、 読 解 の 便 を 考 慮 し て 適 宜 振 仮 名 を 付 す 。 訓 法 が 分 か ら な い 場 合 は 原 文 の ま ま と し 注 記 す る 。 な お 、 書 き 下 し に つ い て は 、 増 補 史 料 大 成 本 を 参 考 に す る 。 一 、 書 き 下 し は 専 ら 私 意 に よ る も の で あ り 、 漢 文 訓 読 研 究 の 成 果 を 正 確 に 踏 ま え た も の で は な い 。

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-一 、 古 体 ・ 異 体 ・ 俗 体 の 文 字 は 原 則 と し て 通 行 の 字 体 に 改 め る が 、 そ の ま ま と す る 場 合 も あ る 。 印 字 の で き な い 文 字 は 「 別 字 」 と の み 表 記 す る 。 一 、 『 公 卿 補 任 』 登 載 者 並 び に 『 平 家 物 語 研 究 事 典 』 ( 明 治 書 院 ) 、 『 平 家 物 語 大 事 典 』 ( 東 京 堂 出 版 ) 、 『 国 史 大 事 典 』 ( 吉 川 弘 文 館 ) 、 『 平 安 時 代 史 事 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 平 安 人 名 辞 典 』 ( 和 泉 書 院 ) 等 に 立 項 さ れ て い る 人 物 に つ い て の 注 は 原 則 と し て 簡 略 に す る 。 ま た 、 新 日 本 古 典 文 学 大 系 『 保 元 物 語 平 治 物 語 承 久 記 』 付 載 「 人 物 一 覧 」 に 詳 し い 説 明 が あ る 場 合 は そ の 由 を 注 記 す る 。 上 記 以 外 で 、 久 寿 二 年 の 注 釈 〔 「 徳 島 大 学 言 語 文 化 研 究 」 ( 第 十 ~ 十 三 巻 平 成 十 五 ~ 十 七 年 ) 掲 載 〕 で 取 り 上 げ た 人 物 に つ い て は 、 該 当 注 の 存 在 す る 月 日 を 示 し 、 こ れ に 譲 る 。 一 、 語 釈 は 、 主 と し て 『 平 安 時 代 史 事 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 有 職 故 実 大 辞 典 』( 吉 川 弘 文 館 ) 、『 国 史 大 事 典 』( 吉 川 弘 文 館 ) 、 『 古 語 大 辞 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 日 本 国 語 大 辞 典 』 ( 小 学 館 ) 等 の 記 載 に 従 う 。 一 、 著 名 な 社 寺 や 耳 慣 れ て い る 官 職 等 に つ い て は 注 記 し な い 。 一 、 通 称 や 官 職 名 で 記 さ れ る 人 物 に つ い て は 、 初 出 の 時 点 で 注 を 施 し 、 再 出 以 降 は 実 名 を 傍 記 す る 。 一 、 他 文 献 の 引 用 に 際 し て は 、 漢 文 は 原 則 と し て 書 き 下 し に 改 め 、 適 宜 振 り 仮 名 を 付 す 。 久 安 六 年 暦 庚 午 歳 凡 三 百 五 十 四 日 生 年 三 十 一 か の えう ま 正 月 小 戊 寅 つ ち の え と ら 一 日 己 卯 去 夜 雨 雪 。 深 さ 七 八 寸 許 り 。 今 日 、 今 麻 呂 ( 1 ) つ ち の と う い ま ま ろ 昇 殿 を 聴 さ る 。 早 朝 、 諷 誦 ( 2 ) を 修 す ( 石 清 水 ・ 賀 茂 ・ し よ う で ん ゆ る ふ じ ゆ 平 野 ・ 春 日 ・ 大 原 野 ・ 吉 田 ・ 祇 園 ・ 角 振 ・ 隼 ( 3 ) ・ 興 福 つ の ふり は や ぶ さ 寺 ・ 極 楽 寺 ( 4 ) ・ 法 性 寺 ( 5 ) ・ 法 興 寺 ( 6 ) ・ 法 成 寺 ( 7 ) ほ つ し や う じ ほ ふ じ や う じ ・ 平 等 院 、 已 上 氏 寺 ( 8 ) 、 延 暦 寺 ・ 広 隆 寺 ・ 清 水 寺 ・ 六 角 堂 ( 9 ) ) 。 昇 殿 の 事 に 依 る な り 。 巳 の 刻 に 参 議 教 長 ( ) 卿 し よ う で ん み 10 来 た り て ( 直 衣 ) 名 簿 を 書 く ( ) ( 先 日 、 成 佐 ( ) 之 を な ほ し み や う ぶ 11 12 択 ぶ 。 光 長 ・ 隆 長 ・ 親 長 ) 。

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-蔭 子 ( ) 藤 原 朝 臣 隆 長 左 大 臣 の 子 久 安 六 年 正 月 一 日 お ん し 13 巳 の 刻 に 法 皇 ( ) 番 長 兼 頼 ( ) を し て 移 馬 ( ) を み ば ん ち や う う つ し う ま 14 15 16 兼 長 ( ) に 借 し 賜 ふ 。 余 、 恐 悦 の 由 を 奏 す 。 午 の 刻 に 余 束 帯 う ま そ く た い 17 了 ん ぬ 。 子 の 時 に 右 大 将 実 能 ( ) 卿 ( 烏 帽 ・ 直 衣 ・ 浅 黄 の ね え ぼ な ほ し あ さ ぎ 18 指 貫 ) 来 た り 。 今 麻 呂 の 装 束 の 総 角( ) す( 但 し 、 右 大 将 さ し ぬ き い ま ま ろ あ げ ま き ( 実 能 ) 19 之 を 役 す 。 其 の 総 角 先 日 兼 忠 ( ) を 催 す 。 而 れ ど も 右 大 将 あ げ まき ( 実 能 ) 20 役 を 請 ふ 。 仍 り て 兼 忠 を 止 む ) 。 此 の 間 頭 公 通 ( ) 朝 臣 来 と う 21 た り 。 名 簿 を 付 け て 之 を 奏 せ し む 。 是 よ り 先 に 陰 陽 権 博 士 み や う ぶ お ん や う ご ん は か せ 泰 親 ( ) を 侍 所 ( ) に 召 す 。 吉 時 を 問 は ん 為 な り 。 さ ぶ ら ひ ど こ ろ 22 23 而 れ ど も 忘 却 し て 之 を 問 は ず 。 総 角 了 り て 卿 等 の 来 た る を 待 あ げ ま き つ 。 此 の 間 小 舎 人 ( ) 昇 殿 を 告 ぐ 。 禄 を 賜 ふ こ と 常 の 如 こ ど ね り し よ う で ん 24 し 。 未 の 刻 に 及 び て 新 中 納 言 ( 忠 基 )( ) ・ 宰 相 中 将 ( 教 ひ つ じ さ い し や う 25 長 ) ( ) 来 た り 。 即 ち 門 外 に 於 い て 乗 車 し ( 新 中 納 言 在 る に 26 依 る な り 。 今 麻 呂 車 の 後 に 在 り ) 、 院 ( 白 川 押 小 路 末 の 離 い ま ま ろ ( 鳥 羽 ) 宮 ( ) ) に 参 る 。 公 能 ( ) ・ 忠 基 ・ 教 長 ・ 兼 長 ( 前 駈 三 人 、 27 28 府 の 番 長 車 の 前 に 在 り ) 等 卿 車 を 連 ぬ ( 後 に 聞 く 。 忠 基 の ば ん ち や う 命 に 依 り て 兼 長 の 車 前 に 在 り 。 兼 長 固 辞 す る も 忠 基 之 を 強 い る ) 。 今 麻 呂 殿 上 の 口 に 立 つ ( 余 及 び 四 卿 同 所 を 徘 徊 す ) 。 公 い ま ま ろ 能 卿 名 簿 二 通 を 判 官 代 顕 遠 ( ) ( 両 院 ( ) の 判 官 代 を 兼 み や う ぶ 29 30 ぬ 。 仍 り て 両 院 の 名 簿 を 付 く ) に 付 く 。 先 に 院 の 簡 ( 鳥 羽 ・ 得 子 ) み や う ぶ ( 鳥 羽 ) ふ だ を 付 く ( ) ( 須 く 名 簿 下 り て 後 に 之 を 付 く べ し 。 而 れ ど す べ か ら み や うぶ 31 も 遅 引 を 恐 る る に 依 り て 先 に 之 を 付 く ) 。 今 麻 呂 及 び 三 卿 殿 上 い ま ま ろ に 着 す ( 余 及 び 兼 長 之 に 着 さ ず ) 。 蔵 人 候 せ ざ る に 依 り て 、 く ら う ど 六 位 判 官 代 之 を 付 く 。 此 の 間 右 内 両 府 ( ) 参 入 す 。 両 方 拝 32 礼 し 了 ん ぬ 。 女 院 の 簡 を 付 く 。 余 及 び 両 相 府 座 に 在 り 。 ( 得 子 ) ふ だ ( 実 行 ・ 雅 定 ) 仍 り て 其 の 許 を 蒙 り て 童 子 を 召 し 着 せ し む 。 蔵 人 簡 を 付 け く ら う ど ふ だ 了 ん ぬ 。 顕 遠 童 子 を 伝 へ 召 す 。 御 前 に 参 る 。 退 下 し て 後 同 車 し 、 新 院 ( ) に 参 る ( 暗 に 及 ぶ ) 。 公 能 卿 、 別 当 信 輔 ( ) 33 34 朝 臣 を し て 名 簿 を 奏 せ し む 。 蔵 人 簡 を 付 く 。 次 い で 拝 礼 し み や う ぶ く ら う ど ふ だ 了 ん ぬ 。 太 相 府 ( ) に 参 り 、 伊 通 ( ) 卿 に 問 ひ て 曰 く 、 公 だ い し や う ふ ( 忠 通 ) 35 36 未 だ 准 后 の 宣 旨 ( ) を 蒙 ら ず 。 両 方 の 拝 賀 未 だ 前 後 じ ゆ ご う ( 忠 通 と 宗 子 ) 37 詳 な ら ず 。 之 を 如 何 せ ん 、 と 。 答 へ て 曰 く 、 宜 し く 主 公 の 処 ( 忠 通 ) 分 を 取 る べ し 、 と 。 即 ち 資 憲 ( ) を し て 之 を 取 ら し む る に 、 38 公 等 計 ら ひ 決 す べ き の 報 有 り 。 伊 通 ・ 成 通 ( ) 両 卿 に 問 ふ 39

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-『

凡 例 一 、 『 台 記 』 は 藤 原 頼 長 の 日 記 で あ る 。 『 槐 記 』 『 宇 槐 記 』 『 宇 治 左 府 記 』 『 宇 左 記 』 『 治 相 記 』 な ど と も 呼 ば れ る 。 一 、 家 蔵 本 を 底 本 と す る 。 書 誌 を 略 記 す る 。 外 題 は 、 表 紙 中 央 に 打 付 書 に て 「 台 記 〔 別 記 〕 年 次 通 し 番 号 」 。 表 紙 は 香 色 地 に 青 色 ・ 茶 色 の 波 形 を 四 本 引 く 。 袋 綴 。 楮 紙 。 寸 法 二 九 ・ 七 × 二 一 ・ 三 糎 。 一 面 八 行 。 各 冊 墨 付 第 一 丁 表 右 肩 に 「 日 野 吉 田 / 家 蔵 書 」 の 朱 長 印 。 目 録 一 冊 、 本 記 十 二 冊 、 別 記 九 冊 の 全 二 十 二 冊 。 内 訳 は 本 記 一 ( 康 治 元 年 ) 、 二 ( 康 治 二 年 ) 、 三 ( 康 治 三 年 ) 、 四 ( 天 養 二 年 ) 、 五 ( 久 安 二 年 ) 、 六 ( 久 安 三 年 ) 、 七 ( 久 安 四 年 ) 、 八 ( 久 安 六 年 ) 、 九 ( 久 安 六 年 ) 、 十 ( 久 安 七 年 ~ 仁 平 三 年 ) 、 十 一 ( 仁 平 四 年 ) 、 十 二 ( 久 寿 二 年 ) 、 別 記 一 ( 長 承 四 年 ・ 康 治 元 ・ 二 年 ) 、 二 ( 久 安 三 年 ) 、 三 ( 久 安 四 ~ 六 年 ) 、 四( 久 安 五 ・ 六 年 ) 、 五 ( 久 安 六 年 ・ 仁 平 元 年 ) 、 六 ( 仁 平 元 年 ) 、 七 上 ( 仁 平 二 年 ) 、 七 下 ( 仁 平 三 年 ) 、 八 ( 久 寿 二 年 ) 。 一 、 原 文 ( 校 異 を 含 む ) は 一 箇 月 分 の 注 釈 の 末 尾 に 一 括 し て 掲 げ る 。 一 、 後 掲 の 写 本 〔 末 尾 ( ) 内 は 小 稿 で 使 用 す る 略 号 〕 を 対 校 し 、 ま た 増 補 史 料 大 成 本 を 参 照 す る 。 た だ し 、 こ れ ら 写

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-本 は 厳 密 な 本 文 調 査 に よ り 選 ん だ も の で は な い 。 従 っ て 、 原 形 の 忠 実 な 復 元 を 目 的 と し て は い な い 。 ○ 京 都 大 学 附 属 図 書 館 蔵 平 松 家 旧 蔵 本 ( 平 松 三 門 / タ ― 三 ) ( 平 ) ○ 同 蔵 十 六 冊 本 ( 五 ― 〇 四 / タ / 三 ) ( 京 ) ○ 宮 内 庁 書 陵 部 蔵 天 明 書 写 本 ( 二 六 五 ― 一 〇 〇 九 )( 書 一 ) ○ 同 蔵 二 十 一 冊 本 ( 三 五 三 ― 一 七 〇 ) ( 書 二 ) ○ 同 蔵 享 保 書 写 本 ( 柳 四 四 七 ) ( 書 三 ) ○ 国 立 公 文 書 館 内 閣 文 庫 蔵 二 十 一 冊 本 ( 一 六 一 ― 五 四 )( 内 一 ) ○ 同 蔵 坊 城 家 旧 蔵 本 ( 一 六 一 ― 五 七 ) ( 内 二 ) ○ 東 京 大 学 附 属 図 書 館 蔵 三 条 実 憲 寄 贈 本 ( G 二 七 ― 二 二 六 ) ( 東 ) ○ 東 洋 文 庫 蔵 本 ( 三 ― H ― a ヘ ― ) ( 洋 ) 31 ○ 三 手 文 庫 蔵 本 ( 手 ) ○ 大 和 文 華 館 蔵 本 ( 大 ) ○ 前 田 育 徳 会 尊 経 閣 文 庫 蔵 『 宇 槐 記 抄 』 ( 宇 ) ○ 国 立 公 文 書 館 内 閣 文 庫 蔵 『 久 安 五 六 年 日 次 記 』 ( 久 ) 一 、 校 訂 に よ り 底 本 の 本 文 を 改 め る 部 位 に つ い て は 数 字 を 傍 記 し 、 そ の 具 体 を 注 記 す る 。 そ の 際 、 一 本 の み の 本 文 に 従 う 場 合 は そ の 伝 本 名 を 略 号 で 示 す が 、 二 本 以 上 の 本 文 に 従 う 場 合 は 他 本 と 記 す 。 ま た 、 一 つ の 本 文 に 確 定 し が た い 場 合 は そ の 旨 を 記 す 。 さ ら に い ず れ の 伝 本 に も 依 ら ず 私 に 置 き 換 え る 場 合 も あ る 。 一 、 改 行 他 の 体 裁 に つ い て は 必 ず し も 底 本 通 り と せ ず 適 宜 処 理 す る 。 一 、 底 本 に お け る 割 書 は ( ) の 形 で 示 す 。 ま た 、 割 書 中 の 更 な る 割 書 は 〈 〉 の 形 で 示 す 。 一 、 書 き 下 し に は 歴 史 的 仮 名 遣 い を 用 い る 。 ま た 、 読 解 の 便 を 考 慮 し て 適 宜 振 仮 名 を 付 す 。 訓 法 が 分 か ら な い 場 合 は 原 文 の ま ま と し 注 記 す る 。 な お 、 書 き 下 し に つ い て は 、 増 補 史 料 大 成 本 を 参 考 に す る 。 一 、 書 き 下 し は 専 ら 私 意 に よ る も の で あ り 、 漢 文 訓 読 研 究 の 成 果 を 正 確 に 踏 ま え た も の で は な い 。

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一 、 古 体 ・ 異 体 ・ 俗 体 の 文 字 は 原 則 と し て 通 行 の 字 体 に 改 め る が 、 そ の ま ま と す る 場 合 も あ る 。 印 字 の で き な い 文 字 は 「 別 字 」 と の み 表 記 す る 。 一 、 『 公 卿 補 任 』 登 載 者 並 び に 『 平 家 物 語 研 究 事 典 』 ( 明 治 書 院 ) 、 『 平 家 物 語 大 事 典 』 ( 東 京 堂 出 版 ) 、 『 国 史 大 事 典 』 ( 吉 川 弘 文 館 ) 、 『 平 安 時 代 史 事 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 平 安 人 名 辞 典 』 ( 和 泉 書 院 ) 等 に 立 項 さ れ て い る 人 物 に つ い て の 注 は 原 則 と し て 簡 略 に す る 。 ま た 、 新 日 本 古 典 文 学 大 系 『 保 元 物 語 平 治 物 語 承 久 記 』 付 載 「 人 物 一 覧 」 に 詳 し い 説 明 が あ る 場 合 は そ の 由 を 注 記 す る 。 上 記 以 外 で 、 久 寿 二 年 の 注 釈 〔 「 徳 島 大 学 言 語 文 化 研 究 」 ( 第 十 ~ 十 三 巻 平 成 十 五 ~ 十 七 年 ) 掲 載 〕 で 取 り 上 げ た 人 物 に つ い て は 、 該 当 注 の 存 在 す る 月 日 を 示 し 、 こ れ に 譲 る 。 一 、 語 釈 は 、 主 と し て 『 平 安 時 代 史 事 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 有 職 故 実 大 辞 典 』( 吉 川 弘 文 館 ) 、『 国 史 大 事 典 』( 吉 川 弘 文 館 ) 、 『 古 語 大 辞 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 日 本 国 語 大 辞 典 』 ( 小 学 館 ) 等 の 記 載 に 従 う 。 一 、 著 名 な 社 寺 や 耳 慣 れ て い る 官 職 等 に つ い て は 注 記 し な い 。 一 、 通 称 や 官 職 名 で 記 さ れ る 人 物 に つ い て は 、 初 出 の 時 点 で 注 を 施 し 、 再 出 以 降 は 実 名 を 傍 記 す る 。 一 、 他 文 献 の 引 用 に 際 し て は 、 漢 文 は 原 則 と し て 書 き 下 し に 改 め 、 適 宜 振 り 仮 名 を 付 す 。 久 安 六 年 暦 庚 午 歳 凡 三 百 五 十 四 日 生 年 三 十 一 か の えう ま 正 月 小 戊 寅 つ ち の え と ら 一 日 己 卯 去 夜 雨 雪 。 深 さ 七 八 寸 許 り 。 今 日 、 今 麻 呂 ( 1 ) つ ち の と う い ま ま ろ 昇 殿 を 聴 さ る 。 早 朝 、 諷 誦 ( 2 ) を 修 す ( 石 清 水 ・ 賀 茂 ・ し よ う で ん ゆ る ふ じ ゆ 平 野 ・ 春 日 ・ 大 原 野 ・ 吉 田 ・ 祇 園 ・ 角 振 ・ 隼 ( 3 ) ・ 興 福 つ の ふり は や ぶ さ 寺 ・ 極 楽 寺 ( 4 ) ・ 法 性 寺 ( 5 ) ・ 法 興 寺 ( 6 ) ・ 法 成 寺 ( 7 ) ほ つ し や う じ ほ ふ じ や う じ ・ 平 等 院 、 已 上 氏 寺 ( 8 ) 、 延 暦 寺 ・ 広 隆 寺 ・ 清 水 寺 ・ 六 角 堂 ( 9 ) ) 。 昇 殿 の 事 に 依 る な り 。 巳 の 刻 に 参 議 教 長 ( ) 卿 し よ う で ん み 10 来 た り て ( 直 衣 ) 名 簿 を 書 く ( ) ( 先 日 、 成 佐 ( ) 之 を な ほ し み や う ぶ 11 12 択 ぶ 。 光 長 ・ 隆 長 ・ 親 長 ) 。 蔭 子 ( ) 藤 原 朝 臣 隆 長 左 大 臣 の 子 久 安 六 年 正 月 一 日 お ん し 13 巳 の 刻 に 法 皇 ( ) 番 長 兼 頼 ( ) を し て 移 馬 ( ) を み ば ん ち や う う つ し う ま 14 15 16 兼 長 ( ) に 借 し 賜 ふ 。 余 、 恐 悦 の 由 を 奏 す 。 午 の 刻 に 余 束 帯 う ま そ く た い 17 了 ん ぬ 。 子 の 時 に 右 大 将 実 能 ( ) 卿 ( 烏 帽 ・ 直 衣 ・ 浅 黄 の ね え ぼ な ほ し あ さ ぎ 18 指 貫 ) 来 た り 。 今 麻 呂 の 装 束 の 総 角( ) す( 但 し 、 右 大 将 さ し ぬ き い ま ま ろ あ げ ま き ( 実 能 ) 19 之 を 役 す 。 其 の 総 角 先 日 兼 忠 ( ) を 催 す 。 而 れ ど も 右 大 将 あ げ まき ( 実 能 ) 20 役 を 請 ふ 。 仍 り て 兼 忠 を 止 む ) 。 此 の 間 頭 公 通 ( ) 朝 臣 来 と う 21 た り 。 名 簿 を 付 け て 之 を 奏 せ し む 。 是 よ り 先 に 陰 陽 権 博 士 み や う ぶ お ん や う ご ん は か せ 泰 親 ( ) を 侍 所 ( ) に 召 す 。 吉 時 を 問 は ん 為 な り 。 さ ぶ ら ひ ど こ ろ 22 23 而 れ ど も 忘 却 し て 之 を 問 は ず 。 総 角 了 り て 卿 等 の 来 た る を 待 あ げ ま き つ 。 此 の 間 小 舎 人 ( ) 昇 殿 を 告 ぐ 。 禄 を 賜 ふ こ と 常 の 如 こ ど ね り し よ う で ん 24 し 。 未 の 刻 に 及 び て 新 中 納 言 ( 忠 基 )( ) ・ 宰 相 中 将 ( 教 ひ つ じ さ い し や う 25 長 ) ( ) 来 た り 。 即 ち 門 外 に 於 い て 乗 車 し ( 新 中 納 言 在 る に 26 依 る な り 。 今 麻 呂 車 の 後 に 在 り ) 、 院 ( 白 川 押 小 路 末 の 離 い ま ま ろ ( 鳥 羽 ) 宮 ( ) ) に 参 る 。 公 能 ( ) ・ 忠 基 ・ 教 長 ・ 兼 長 ( 前 駈 三 人 、 27 28 府 の 番 長 車 の 前 に 在 り ) 等 卿 車 を 連 ぬ ( 後 に 聞 く 。 忠 基 の ば ん ち や う 命 に 依 り て 兼 長 の 車 前 に 在 り 。 兼 長 固 辞 す る も 忠 基 之 を 強 い る ) 。 今 麻 呂 殿 上 の 口 に 立 つ ( 余 及 び 四 卿 同 所 を 徘 徊 す ) 。 公 い ま ま ろ 能 卿 名 簿 二 通 を 判 官 代 顕 遠 ( ) ( 両 院 ( ) の 判 官 代 を 兼 み や う ぶ 29 30 ぬ 。 仍 り て 両 院 の 名 簿 を 付 く ) に 付 く 。 先 に 院 の 簡 ( 鳥 羽 ・ 得 子 ) み や う ぶ ( 鳥 羽 ) ふ だ を 付 く ( ) ( 須 く 名 簿 下 り て 後 に 之 を 付 く べ し 。 而 れ ど す べ か ら み や うぶ 31 も 遅 引 を 恐 る る に 依 り て 先 に 之 を 付 く ) 。 今 麻 呂 及 び 三 卿 殿 上 い ま ま ろ に 着 す ( 余 及 び 兼 長 之 に 着 さ ず ) 。 蔵 人 候 せ ざ る に 依 り て 、 く ら う ど 六 位 判 官 代 之 を 付 く 。 此 の 間 右 内 両 府 ( ) 参 入 す 。 両 方 拝 32 礼 し 了 ん ぬ 。 女 院 の 簡 を 付 く 。 余 及 び 両 相 府 座 に 在 り 。 ( 得 子 ) ふ だ ( 実 行 ・ 雅 定 ) 仍 り て 其 の 許 を 蒙 り て 童 子 を 召 し 着 せ し む 。 蔵 人 簡 を 付 け く ら う ど ふ だ 了 ん ぬ 。 顕 遠 童 子 を 伝 へ 召 す 。 御 前 に 参 る 。 退 下 し て 後 同 車 し 、 新 院 ( ) に 参 る ( 暗 に 及 ぶ ) 。 公 能 卿 、 別 当 信 輔 ( ) 33 34 朝 臣 を し て 名 簿 を 奏 せ し む 。 蔵 人 簡 を 付 く 。 次 い で 拝 礼 し み や う ぶ く ら う ど ふ だ 了 ん ぬ 。 太 相 府 ( ) に 参 り 、 伊 通 ( ) 卿 に 問 ひ て 曰 く 、 公 だ い し や う ふ ( 忠 通 ) 35 36 未 だ 准 后 の 宣 旨 ( ) を 蒙 ら ず 。 両 方 の 拝 賀 未 だ 前 後 じ ゆ ご う ( 忠 通 と 宗 子 ) 37 詳 な ら ず 。 之 を 如 何 せ ん 、 と 。 答 へ て 曰 く 、 宜 し く 主 公 の 処 ( 忠 通 ) 分 を 取 る べ し 、 と 。 即 ち 資 憲 ( ) を し て 之 を 取 ら し む る に 、 38 公 等 計 ら ひ 決 す べ き の 報 有 り 。 伊 通 ・ 成 通 ( ) 両 卿 に 問 ふ 39

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-に 、 疑 を 持 ち て 未 だ 決 せ ず 。 此 の 間 、 主 公 今 麻 呂 を し て 拝 賀 ( 忠通 ) い ま ま ろ を 催 さ し む 。 両 卿 曰 く 、 大 外 記 師 業 ( ) 朝 臣 参 侯 す 。 ( 伊 通 ・ 成 通 ) 40 宜 し く 尋 ね 決 せ ら る べ し 。 て へ れ ば 資 憲 を し て 之 を 問 は し む る に 、 申 し て 曰 く 、 准 后 尊 し と 雖 も 尊 卑 を 論 ず る に 未 だ 摂 政 じ ゆ ごう に 勝 る を 得 ず 、 て へ り 。 申 す 所 未 だ 其 の 理 を 得 ず 。 而 れ ど も 夜 更 に 漸 く 深 し 。 客 卿 疲 倦 す 。 余 お も へ ら く 家 に 於 い て は 夫 妻 に 尊 し 。 縦 ひ 准 后 摂 政 に 尊 し と い へ ど も 夫 を 先 に し 妻 を た と じ ゆ ご う 後 に す る は 其 の 理 有 り 、 と 。 即 ち 起 座 し て 資 憲 を し て 候 す る 由 を 主 公 に 申 さ し む 。 可 許 の 後 、 庭 中 に 進 み て 再 拝 し 了 り て ( 忠 通) 帰 り 入 る 。 雅 国 ( ) 朝 臣 ( 准 后 の 職 事 ) を し て 小 君 に 申 さ じ ゆ ごう し き じ 41 し め 、 初 め の 如 く 再 拝 す ( 准 后 拝 賀 の 有 無 、 先 日 処 分 を 太 相 公 じ ゆ ご う ( 忠 通 ) に 請 ふ 。 公 、 謙 退 し て 之 を 辞 す 。 余 、 卿 等 に 示 し 告 げ 、 強 ( 忠 通 ) あ な が ち に 以 て 拝 賀 す 。 明 日 、 公 、 書 を 与 へ 悦 謝 す ) 。 了 り て 高 陽 院 ( 忠 通 ) か や の ゐ ん ( ) に 詣 で 御 前 に 参 る ( 兼 長 ・ 今 麻 呂 同 じ ) 。 童 子 簡 を 付 い ま ま ろ ふ だ 42 く ( 先 に 成 隆 ( ) 名 簿 を 蔵 人 に 付 け て 啓 上 せ し む ) 。 後 に み や う ぶ く ら う ど 43 参 内 し 、 太 后 ( ) の 御 在 所 に 詣 づ 。 今 麻 呂 恩 喚 に 応 じ て 簾 い ま ま ろ 44 中 に 入 り 、 諸 卿 と 共 に 拝 賀 し 、 了 り て 殿 上 に 着 す 。 今 麻 呂 之 い ま ま ろ に 同 ず ( 火 爐 の 下 ) 。 蔵 人 右 少 弁 範 家 ( ) 簡 を 付 け て 後 、 か ろ く らう ど ふ だ 45 今 麻 呂 御 前 に 参 る ( 頭 為 通 ( ) 朝 臣 扶 持 す ) 。 次 い で 小 朝 拝 い ま ま ろ と う ふ ち こ で う は い 46 ( ) ( 兼 長 未 だ 昇 殿 を 聴 さ れ ず 。 之 に 立 つ は 失 な り ) 。 次 し よ う で ん ゆ る 47 い で 、 笏 紙 を 押 し ( ) 左 仗 ( ) に 着 す 。 節 会 の 儀 常 の し や く し さ ぢ や う せ ち ゑ 48 49 如 し 。 兀 子 ( ) に 着 さ ん と 欲 す る の 間 雨 雪 。 仍 り て 範 家 を ご つ し 50 し て 装 束 を 改 む べ き の 由 を 奏 せ し め 、 同 弁 に 仰 す ( 装 束 の 弁 候 せ ず ) 。 諸 卿 昇 殿 ( 兼 長 之 に 同 じ ) 後 、 入 御 。 疾 と 称 し 、 し よ う で ん 中 納 言 公 教 ( ) 卿 の 笏 を 取 り 替 へ 、 両 息 を 伴 ひ て し や く ( 兼 長 ・ 今 麻 呂 ) 51 帰 家 す ( 公 教 卿 辞 し て 曰 は く 、 近 代 中 納 言 奉 仕 の 例 無 し 、 と 。 余 曰 は く 、 道 方 ( ) 中 納 言 為 り て 之 を 奉 仕 す 、 と 〈 前 二 条 52 関 白 ( ) の 譲 り 〉 。 是 已 に 中 古 の 例 な り 。 強 ち に 笏 を 替 あ な が し や く 53 へ て 退 出 す ) 。 兼 長 、 大 将 の 廬 ( ) ( 東 面 ) に 向 か ふ 。 次 将 ( 実 能) ろ 54 ( ) 、 元 三 ( ) に 大 将 家 に 向 か ふ 礼 な り 。 院 の 御 厩 舎 人 ぐ わ ん ざ ん ( 鳥 羽 ) み ま や の と ね り 55 56 ・ 居 飼 ( ) に 禄 を 給 ひ 、 御 馬 を 返 し 献 じ 了 ん ぬ 。 翌 日 、 左 金 吾 ゐ か ひ さ き ん ご 57 ( ) ( 公 教 ) に 、 清 職 ( ) を し て 笏 ・ 笏 紙 等 を 還 す べ し や く し や く し 58 59 か ら ざ る の 状 を 示 さ し む ( 先 例 に 依 る な り ( ) ) 。 60 別 記 ( ) 四 方 拝 ( ) 無 き 事 召 し 無 き と 雖 も 吉 服 を し は う は い き つ ぷ く 61 62

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-着 し て 節 会 に 参 る 事 初 め て 笙 ( ) を 吹 く 事 歯 堅 ( ) せ ち ゑ し や う は が た め 63 64 に 魚 類 を 用 ゐ ざ る 事 ( 愛 敬 鮎 ( ) を 羞 め ず ) 鏡 を 見 心 喪 服 す す し ん さ う ふ く 65 ( ) を 着 す る 事 節 供 の 事 ( 魚 を 羞 む る は 家 司 ( ) の 失 す す け い し 66 67 な り ) ( ) 除 服 後 初 の 出 仕 に 申 文 ( ) 無 き 事 ま う し ぶ み 68 69 【 注 】 ( 1 ) 今 麻 呂 頼 長 の 三 男 の 幼 名 。 こ の 日 、 隆 長 と 改 名 。 久 い ま ま ろ 安 二 年 ( 一 一 四 六 ) に 頼 長 の 嫡 室 幸 子 の 養 子 と な る ( 『 台 記 』 該 年 三 月 十 九 日 条 ) 。 生 年 に つ い て は 『 台 記 』 に 混 乱 が 見 ら れ る が 、 御 橋 悳 言 『 保 元 物 語 注 解 』 の 考 証 に 従 い 、 永 治 元 年 ( 一 一 四 一 ) と す べ き で あ る 。 こ れ に 依 れ ば 久 安 六 年 時 は 十 歳 。 ( 2 ) 諷 誦 経 文 な ど を 読 誦 す る こ と 。 ふ じ ゆ ( 3 ) 角 振 ・ 隼 東 三 条 殿 の 一 角 に 祀 ら れ る 神 で 、 頼 長 つ の ふ り は や ぶ さ も 折 に つ け 参 拝 し て い る 。 永 延 元 年 ( 九 八 七 ) に 従 四 位 下 を 授 け ら れ て い る 。 頼 長 の 父 忠 実 の 言 談 を 筆 録 し た 『 中 外 抄 』 に は 「 朝 隆 の 申 し て 云 は く 、 『 東 三 条 の 角 振 ・ 隼 明 神 は 、 帝 王 名 は 覚 え ず の 御 後 霊 な り 、 聖 人 は ま た 後 身 な り と 。 件 の 事 は 実 な る か 』 と 。 仰 せ て 云 は く 、 『 知 ろ し 食 さ ざ る 事 な り 。 隼 明 神 は 春 日 の 王 子 な り 。 ま た 、 尾 州 熱 田 の 御 坐 な り 』 と 。 」 と あ る 。 ま た 、 『 春 日 社 記 』 に 「 当 社 春 日 御 殿 内 若 宮 起 」 と し て 「 海 本 門 。 隼 明 神 是 也 。 」「 椿 明 神 。 ( 明 神 歟 ) 角 振 明 神 是 也 。 」 と 見 え る 。 ( 4 ) 極 楽 寺 藤 原 基 経 が 着 手 し 、 息 の 時 平 が 完 成 さ せ た 寺 院 。 ( 5 ) 法 性 寺 藤 原 忠 平 が 創 建 し た 寺 院 。 ほ つ し や う じ ( 6 ) 法 興 寺 法 興 院 か 。 そ う で あ る な ら 、 藤 原 兼 家 が 東 二 ほ こ ゐ ん 条 院 を 寺 院 化 し た も の を 起 源 と す る 。 後 に 積 善 寺 と ま と め た 。 ( 7 ) 法 成 寺 藤 原 道 長 が 贅 を 尽 く し て 建 て た 寺 院 。 『 徒 然 ほ ふ じ や う じ 草 』 は 、 そ の 荒 廃 の 様 を 記 す 。 ( 8 ) 氏 寺 藤 原 氏 の 氏 寺 に つ い て は 、 杉 山 信 三 『 藤 原 氏 の 氏 寺 と そ の 院 家 』( 吉 川 弘 文 館 昭 和 四 十 三 年 ) に 詳 し い 。 ( 9 ) 六 角 堂 正 称 は 紫 雲 山 頂 法 寺 。 平 安 京 内 に 建 立 さ れ た

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-一 、 古 体 ・ 異 体 ・ 俗 体 の 文 字 は 原 則 と し て 通 行 の 字 体 に 改 め る が 、 そ の ま ま と す る 場 合 も あ る 。 印 字 の で き な い 文 字 は 「 別 字 」 と の み 表 記 す る 。 一 、 『 公 卿 補 任 』 登 載 者 並 び に 『 平 家 物 語 研 究 事 典 』 ( 明 治 書 院 ) 、 『 平 家 物 語 大 事 典 』 ( 東 京 堂 出 版 ) 、 『 国 史 大 事 典 』 ( 吉 川 弘 文 館 ) 、 『 平 安 時 代 史 事 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 平 安 人 名 辞 典 』 ( 和 泉 書 院 ) 等 に 立 項 さ れ て い る 人 物 に つ い て の 注 は 原 則 と し て 簡 略 に す る 。 ま た 、 新 日 本 古 典 文 学 大 系 『 保 元 物 語 平 治 物 語 承 久 記 』 付 載 「 人 物 一 覧 」 に 詳 し い 説 明 が あ る 場 合 は そ の 由 を 注 記 す る 。 上 記 以 外 で 、 久 寿 二 年 の 注 釈 〔 「 徳 島 大 学 言 語 文 化 研 究 」 ( 第 十 ~ 十 三 巻 平 成 十 五 ~ 十 七 年 ) 掲 載 〕 で 取 り 上 げ た 人 物 に つ い て は 、 該 当 注 の 存 在 す る 月 日 を 示 し 、 こ れ に 譲 る 。 一 、 語 釈 は 、 主 と し て 『 平 安 時 代 史 事 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 有 職 故 実 大 辞 典 』( 吉 川 弘 文 館 ) 、『 国 史 大 事 典 』( 吉 川 弘 文 館 ) 、 『 古 語 大 辞 典 』 ( 角 川 書 店 ) 、 『 日 本 国 語 大 辞 典 』 ( 小 学 館 ) 等 の 記 載 に 従 う 。 一 、 著 名 な 社 寺 や 耳 慣 れ て い る 官 職 等 に つ い て は 注 記 し な い 。 一 、 通 称 や 官 職 名 で 記 さ れ る 人 物 に つ い て は 、 初 出 の 時 点 で 注 を 施 し 、 再 出 以 降 は 実 名 を 傍 記 す る 。 一 、 他 文 献 の 引 用 に 際 し て は 、 漢 文 は 原 則 と し て 書 き 下 し に 改 め 、 適 宜 振 り 仮 名 を 付 す 。 久 安 六 年 暦 庚 午 歳 凡 三 百 五 十 四 日 生 年 三 十 一 か の えう ま 正 月 小 戊 寅 つ ち の え と ら 一 日 己 卯 去 夜 雨 雪 。 深 さ 七 八 寸 許 り 。 今 日 、 今 麻 呂 ( 1 ) つ ち の と う い ま ま ろ 昇 殿 を 聴 さ る 。 早 朝 、 諷 誦 ( 2 ) を 修 す ( 石 清 水 ・ 賀 茂 ・ し よ う で ん ゆ る ふ じ ゆ 平 野 ・ 春 日 ・ 大 原 野 ・ 吉 田 ・ 祇 園 ・ 角 振 ・ 隼 ( 3 ) ・ 興 福 つ の ふり は や ぶ さ 寺 ・ 極 楽 寺 ( 4 ) ・ 法 性 寺 ( 5 ) ・ 法 興 寺 ( 6 ) ・ 法 成 寺 ( 7 ) ほ つ し や う じ ほ ふ じ や う じ ・ 平 等 院 、 已 上 氏 寺 ( 8 ) 、 延 暦 寺 ・ 広 隆 寺 ・ 清 水 寺 ・ 六 角 堂 ( 9 ) ) 。 昇 殿 の 事 に 依 る な り 。 巳 の 刻 に 参 議 教 長 ( ) 卿 し よ う で ん み 10 来 た り て ( 直 衣 ) 名 簿 を 書 く ( ) ( 先 日 、 成 佐 ( ) 之 を な ほ し み や う ぶ 11 12 択 ぶ 。 光 長 ・ 隆 長 ・ 親 長 ) 。

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-蔭 子 ( ) 藤 原 朝 臣 隆 長 左 大 臣 の 子 久 安 六 年 正 月 一 日 お ん し 13 巳 の 刻 に 法 皇 ( ) 番 長 兼 頼 ( ) を し て 移 馬 ( ) を み ば ん ち や う う つ し う ま 14 15 16 兼 長 ( ) に 借 し 賜 ふ 。 余 、 恐 悦 の 由 を 奏 す 。 午 の 刻 に 余 束 帯 う ま そ く た い 17 了 ん ぬ 。 子 の 時 に 右 大 将 実 能 ( ) 卿 ( 烏 帽 ・ 直 衣 ・ 浅 黄 の ね え ぼ な ほ し あ さ ぎ 18 指 貫 ) 来 た り 。 今 麻 呂 の 装 束 の 総 角( ) す( 但 し 、 右 大 将 さ し ぬ き い ま ま ろ あ げ ま き ( 実 能 ) 19 之 を 役 す 。 其 の 総 角 先 日 兼 忠 ( ) を 催 す 。 而 れ ど も 右 大 将 あ げ まき ( 実 能 ) 20 役 を 請 ふ 。 仍 り て 兼 忠 を 止 む ) 。 此 の 間 頭 公 通 ( ) 朝 臣 来 と う 21 た り 。 名 簿 を 付 け て 之 を 奏 せ し む 。 是 よ り 先 に 陰 陽 権 博 士 み や う ぶ お ん や う ご ん は か せ 泰 親 ( ) を 侍 所 ( ) に 召 す 。 吉 時 を 問 は ん 為 な り 。 さ ぶ ら ひ ど こ ろ 22 23 而 れ ど も 忘 却 し て 之 を 問 は ず 。 総 角 了 り て 卿 等 の 来 た る を 待 あ げ ま き つ 。 此 の 間 小 舎 人 ( ) 昇 殿 を 告 ぐ 。 禄 を 賜 ふ こ と 常 の 如 こ ど ね り し よ う で ん 24 し 。 未 の 刻 に 及 び て 新 中 納 言 ( 忠 基 )( ) ・ 宰 相 中 将 ( 教 ひ つ じ さ い し や う 25 長 ) ( ) 来 た り 。 即 ち 門 外 に 於 い て 乗 車 し ( 新 中 納 言 在 る に 26 依 る な り 。 今 麻 呂 車 の 後 に 在 り ) 、 院 ( 白 川 押 小 路 末 の 離 い ま ま ろ ( 鳥 羽 ) 宮 ( ) ) に 参 る 。 公 能 ( ) ・ 忠 基 ・ 教 長 ・ 兼 長 ( 前 駈 三 人 、 27 28 府 の 番 長 車 の 前 に 在 り ) 等 卿 車 を 連 ぬ ( 後 に 聞 く 。 忠 基 の ば ん ち や う 命 に 依 り て 兼 長 の 車 前 に 在 り 。 兼 長 固 辞 す る も 忠 基 之 を 強 い る ) 。 今 麻 呂 殿 上 の 口 に 立 つ ( 余 及 び 四 卿 同 所 を 徘 徊 す ) 。 公 い ま ま ろ 能 卿 名 簿 二 通 を 判 官 代 顕 遠 ( ) ( 両 院 ( ) の 判 官 代 を 兼 み や う ぶ 29 30 ぬ 。 仍 り て 両 院 の 名 簿 を 付 く ) に 付 く 。 先 に 院 の 簡 ( 鳥 羽 ・ 得 子 ) み や う ぶ ( 鳥 羽 ) ふ だ を 付 く ( ) ( 須 く 名 簿 下 り て 後 に 之 を 付 く べ し 。 而 れ ど す べ か ら み や うぶ 31 も 遅 引 を 恐 る る に 依 り て 先 に 之 を 付 く ) 。 今 麻 呂 及 び 三 卿 殿 上 い ま ま ろ に 着 す ( 余 及 び 兼 長 之 に 着 さ ず ) 。 蔵 人 候 せ ざ る に 依 り て 、 く ら う ど 六 位 判 官 代 之 を 付 く 。 此 の 間 右 内 両 府 ( ) 参 入 す 。 両 方 拝 32 礼 し 了 ん ぬ 。 女 院 の 簡 を 付 く 。 余 及 び 両 相 府 座 に 在 り 。 ( 得 子 ) ふ だ ( 実 行 ・ 雅 定 ) 仍 り て 其 の 許 を 蒙 り て 童 子 を 召 し 着 せ し む 。 蔵 人 簡 を 付 け く ら う ど ふ だ 了 ん ぬ 。 顕 遠 童 子 を 伝 へ 召 す 。 御 前 に 参 る 。 退 下 し て 後 同 車 し 、 新 院 ( ) に 参 る ( 暗 に 及 ぶ ) 。 公 能 卿 、 別 当 信 輔 ( ) 33 34 朝 臣 を し て 名 簿 を 奏 せ し む 。 蔵 人 簡 を 付 く 。 次 い で 拝 礼 し み や う ぶ く ら う ど ふ だ 了 ん ぬ 。 太 相 府 ( ) に 参 り 、 伊 通 ( ) 卿 に 問 ひ て 曰 く 、 公 だ い し や う ふ ( 忠 通 ) 35 36 未 だ 准 后 の 宣 旨 ( ) を 蒙 ら ず 。 両 方 の 拝 賀 未 だ 前 後 じ ゆ ご う ( 忠 通 と 宗 子 ) 37 詳 な ら ず 。 之 を 如 何 せ ん 、 と 。 答 へ て 曰 く 、 宜 し く 主 公 の 処 ( 忠 通 ) 分 を 取 る べ し 、 と 。 即 ち 資 憲 ( ) を し て 之 を 取 ら し む る に 、 38 公 等 計 ら ひ 決 す べ き の 報 有 り 。 伊 通 ・ 成 通 ( ) 両 卿 に 問 ふ 39

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に 、 疑 を 持 ち て 未 だ 決 せ ず 。 此 の 間 、 主 公 今 麻 呂 を し て 拝 賀 ( 忠通 ) い ま ま ろ を 催 さ し む 。 両 卿 曰 く 、 大 外 記 師 業 ( ) 朝 臣 参 侯 す 。 ( 伊 通 ・ 成 通 ) 40 宜 し く 尋 ね 決 せ ら る べ し 。 て へ れ ば 資 憲 を し て 之 を 問 は し む る に 、 申 し て 曰 く 、 准 后 尊 し と 雖 も 尊 卑 を 論 ず る に 未 だ 摂 政 じ ゆ ごう に 勝 る を 得 ず 、 て へ り 。 申 す 所 未 だ 其 の 理 を 得 ず 。 而 れ ど も 夜 更 に 漸 く 深 し 。 客 卿 疲 倦 す 。 余 お も へ ら く 家 に 於 い て は 夫 妻 に 尊 し 。 縦 ひ 准 后 摂 政 に 尊 し と い へ ど も 夫 を 先 に し 妻 を た と じ ゆ ご う 後 に す る は 其 の 理 有 り 、 と 。 即 ち 起 座 し て 資 憲 を し て 候 す る 由 を 主 公 に 申 さ し む 。 可 許 の 後 、 庭 中 に 進 み て 再 拝 し 了 り て ( 忠 通) 帰 り 入 る 。 雅 国 ( ) 朝 臣 ( 准 后 の 職 事 ) を し て 小 君 に 申 さ じ ゆ ごう し き じ 41 し め 、 初 め の 如 く 再 拝 す ( 准 后 拝 賀 の 有 無 、 先 日 処 分 を 太 相 公 じ ゆ ご う ( 忠 通 ) に 請 ふ 。 公 、 謙 退 し て 之 を 辞 す 。 余 、 卿 等 に 示 し 告 げ 、 強 ( 忠 通 ) あ な が ち に 以 て 拝 賀 す 。 明 日 、 公 、 書 を 与 へ 悦 謝 す ) 。 了 り て 高 陽 院 ( 忠 通 ) か や の ゐ ん ( ) に 詣 で 御 前 に 参 る ( 兼 長 ・ 今 麻 呂 同 じ ) 。 童 子 簡 を 付 い ま ま ろ ふ だ 42 く ( 先 に 成 隆 ( ) 名 簿 を 蔵 人 に 付 け て 啓 上 せ し む ) 。 後 に み や う ぶ く ら う ど 43 参 内 し 、 太 后 ( ) の 御 在 所 に 詣 づ 。 今 麻 呂 恩 喚 に 応 じ て 簾 い ま ま ろ 44 中 に 入 り 、 諸 卿 と 共 に 拝 賀 し 、 了 り て 殿 上 に 着 す 。 今 麻 呂 之 い ま ま ろ に 同 ず ( 火 爐 の 下 ) 。 蔵 人 右 少 弁 範 家 ( ) 簡 を 付 け て 後 、 か ろ く らう ど ふ だ 45 今 麻 呂 御 前 に 参 る ( 頭 為 通 ( ) 朝 臣 扶 持 す ) 。 次 い で 小 朝 拝 い ま ま ろ と う ふ ち こ で う は い 46 ( ) ( 兼 長 未 だ 昇 殿 を 聴 さ れ ず 。 之 に 立 つ は 失 な り ) 。 次 し よ う で ん ゆ る 47 い で 、 笏 紙 を 押 し ( ) 左 仗 ( ) に 着 す 。 節 会 の 儀 常 の し や く し さ ぢ や う せ ち ゑ 48 49 如 し 。 兀 子 ( ) に 着 さ ん と 欲 す る の 間 雨 雪 。 仍 り て 範 家 を ご つ し 50 し て 装 束 を 改 む べ き の 由 を 奏 せ し め 、 同 弁 に 仰 す ( 装 束 の 弁 候 せ ず ) 。 諸 卿 昇 殿 ( 兼 長 之 に 同 じ ) 後 、 入 御 。 疾 と 称 し 、 し よ う で ん 中 納 言 公 教 ( ) 卿 の 笏 を 取 り 替 へ 、 両 息 を 伴 ひ て し や く ( 兼 長 ・ 今 麻 呂 ) 51 帰 家 す ( 公 教 卿 辞 し て 曰 は く 、 近 代 中 納 言 奉 仕 の 例 無 し 、 と 。 余 曰 は く 、 道 方 ( ) 中 納 言 為 り て 之 を 奉 仕 す 、 と 〈 前 二 条 52 関 白 ( ) の 譲 り 〉 。 是 已 に 中 古 の 例 な り 。 強 ち に 笏 を 替 あ な が し や く 53 へ て 退 出 す ) 。 兼 長 、 大 将 の 廬 ( ) ( 東 面 ) に 向 か ふ 。 次 将 ( 実 能) ろ 54 ( ) 、 元 三 ( ) に 大 将 家 に 向 か ふ 礼 な り 。 院 の 御 厩 舎 人 ぐ わ ん ざ ん ( 鳥 羽 ) み ま や の と ね り 55 56 ・ 居 飼 ( ) に 禄 を 給 ひ 、 御 馬 を 返 し 献 じ 了 ん ぬ 。 翌 日 、 左 金 吾 ゐ か ひ さ き ん ご 57 ( ) ( 公 教 ) に 、 清 職 ( ) を し て 笏 ・ 笏 紙 等 を 還 す べ し や く し や く し 58 59 か ら ざ る の 状 を 示 さ し む ( 先 例 に 依 る な り ( ) ) 。 60 別 記 ( ) 四 方 拝 ( ) 無 き 事 召 し 無 き と 雖 も 吉 服 を し は う は い き つ ぷ く 61 62 着 し て 節 会 に 参 る 事 初 め て 笙 ( ) を 吹 く 事 歯 堅 ( ) せ ち ゑ し や う は が た め 63 64 に 魚 類 を 用 ゐ ざ る 事 ( 愛 敬 鮎 ( ) を 羞 め ず ) 鏡 を 見 心 喪 服 す す し ん さ う ふ く 65 ( ) を 着 す る 事 節 供 の 事 ( 魚 を 羞 む る は 家 司 ( ) の 失 す す け い し 66 67 な り ) ( ) 除 服 後 初 の 出 仕 に 申 文 ( ) 無 き 事 ま う し ぶ み 68 69 【 注 】 ( 1 ) 今 麻 呂 頼 長 の 三 男 の 幼 名 。 こ の 日 、 隆 長 と 改 名 。 久 い ま ま ろ 安 二 年 ( 一 一 四 六 ) に 頼 長 の 嫡 室 幸 子 の 養 子 と な る ( 『 台 記 』 該 年 三 月 十 九 日 条 ) 。 生 年 に つ い て は 『 台 記 』 に 混 乱 が 見 ら れ る が 、 御 橋 悳 言 『 保 元 物 語 注 解 』 の 考 証 に 従 い 、 永 治 元 年 ( 一 一 四 一 ) と す べ き で あ る 。 こ れ に 依 れ ば 久 安 六 年 時 は 十 歳 。 ( 2 ) 諷 誦 経 文 な ど を 読 誦 す る こ と 。 ふ じ ゆ ( 3 ) 角 振 ・ 隼 東 三 条 殿 の 一 角 に 祀 ら れ る 神 で 、 頼 長 つ の ふ り は や ぶ さ も 折 に つ け 参 拝 し て い る 。 永 延 元 年 ( 九 八 七 ) に 従 四 位 下 を 授 け ら れ て い る 。 頼 長 の 父 忠 実 の 言 談 を 筆 録 し た 『 中 外 抄 』 に は 「 朝 隆 の 申 し て 云 は く 、 『 東 三 条 の 角 振 ・ 隼 明 神 は 、 帝 王 名 は 覚 え ず の 御 後 霊 な り 、 聖 人 は ま た 後 身 な り と 。 件 の 事 は 実 な る か 』 と 。 仰 せ て 云 は く 、 『 知 ろ し 食 さ ざ る 事 な り 。 隼 明 神 は 春 日 の 王 子 な り 。 ま た 、 尾 州 熱 田 の 御 坐 な り 』 と 。 」 と あ る 。 ま た 、 『 春 日 社 記 』 に 「 当 社 春 日 御 殿 内 若 宮 起 」 と し て 「 海 本 門 。 隼 明 神 是 也 。 」「 椿 明 神 。 ( 明 神 歟 ) 角 振 明 神 是 也 。 」 と 見 え る 。 ( 4 ) 極 楽 寺 藤 原 基 経 が 着 手 し 、 息 の 時 平 が 完 成 さ せ た 寺 院 。 ( 5 ) 法 性 寺 藤 原 忠 平 が 創 建 し た 寺 院 。 ほ つ し や う じ ( 6 ) 法 興 寺 法 興 院 か 。 そ う で あ る な ら 、 藤 原 兼 家 が 東 二 ほ こ ゐ ん 条 院 を 寺 院 化 し た も の を 起 源 と す る 。 後 に 積 善 寺 と ま と め た 。 ( 7 ) 法 成 寺 藤 原 道 長 が 贅 を 尽 く し て 建 て た 寺 院 。 『 徒 然 ほ ふ じ や う じ 草 』 は 、 そ の 荒 廃 の 様 を 記 す 。 ( 8 ) 氏 寺 藤 原 氏 の 氏 寺 に つ い て は 、 杉 山 信 三 『 藤 原 氏 の 氏 寺 と そ の 院 家 』( 吉 川 弘 文 館 昭 和 四 十 三 年 ) に 詳 し い 。 ( 9 ) 六 角 堂 正 称 は 紫 雲 山 頂 法 寺 。 平 安 京 内 に 建 立 さ れ た

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-最 初 の 私 寺 と さ れ る 。 如 意 輪 観 音 を 本 尊 と し 、 多 く の 信 仰 を 集 め 、 頼 長 も 度 々 参 詣 し て い る 。 「 夜 に 入 り て 六 角 堂 に 参 る 。 三 ケ 年 四 季 一 度 参 る べ き 願 を 遂 げ 了 ん ぬ 。 」 ( 『 台 記 』 康 治 元 年 十 二 月 二 十 九 日 条 ) 、 「 今 晩 、 皮 堂 ・ 六 角 堂 に 詣 づ 。 毎 月 皮 堂 詣 で 、 四 季 六 角 堂 詣 で 、 去 年 了 ん ぬ 。 」 ( 同 記 久 安 四 年 十 月 十 日 条 ) 。 ( ) 教 長 大 納 言 正 二 位 藤 原 忠 教 の 息 。 崇 徳 院 の 側 近 と し 10 て 知 ら れ 、 頼 長 と も 親 し か っ た 。 左 京 大 夫 正 三 位 に 至 る が 、 保 元 の 乱 で 常 陸 配 流 、 応 保 二 年 ( 一 一 六 二 ) 召 還 。 永 治 元 年 ( 一 一 四 一 ) 十 二 月 二 日 任 参 議 。 ( ) 名 簿 を 書 く 今 麻 呂 昇 殿 の た め 朝 廷 等 に 提 出 す る 名 札 み や うぶ 11 を 書 い た 。 悪 筆 の 頼 長 は 、 能 筆 で 知 ら れ る 教 長 に 名 簿 の 清 書 を 依 頼 し た の だ ろ う 。 ( ) 成 佐 駿 河 守 従 五 位 下 藤 原 行 佐 の 息 。 秀 才 ・ 文 章 得 業 12 生 ・ 雅 楽 助 等 ( 『 台 記 』 ) を 経 て 、 天 養 二 年 ( 一 一 四 五 ) 正 月 七 日 任 蔵 人 ( 『 台 記 』 ) 。 彼 が 蔵 人 に な っ て か ら は 「 禁 中 」 が 「 古 風 」 に 復 し た と い う ( 『 台 記 』 三 月 二 十 三 日 条 ) 。 久 安 三 年 ( 一 一 四 七 ) 正 月 五 日 式 部 丞 の 労 に よ り 叙 爵 ( 『 本 朝 世 紀 』 ) 、 同 二 十 八 日 任 甲 斐 権 守 ( 『 本 朝 世 紀 』 ) 、 二 月 五 日 頼 長 家 の 家 司 ( 『 台 記 』 ) 、 四 年 正 月 二 十 八 日 任 式 部 権 少 輔 ( 『 台 記 』『 本 朝 世 紀 』 ) 、 六 年 八 月 十 九 日 崇 徳 院 昇 殿 ( 『 台 記 』 ) 、 七 年 正 月 一 日 死 去 ( 『 台 記 』 『 本 朝 世 紀 』 ) 。 時 に 式 部 少 輔 兼 出 雲 権 守 ( 『 本 朝 世 紀 』 ) 。 頼 長 の 漢 学 の 師 で あ り 、 頼 長 に 替 わ り 彼 の 苦 手 な 詩 ・ 和 歌 を 作 っ て い る ( 『 台 記 』 天 養 二 年 三 月 十 七 日 、 久 安 二 年 十 一 月 一 日 条 等 ) 。 ま た 、 癧 瘍 の 治 療 法 を 部 下 で 試 み よ う と し た 頼 長 を 君 子 の 所 業 に 非 ず と 諌 め た ( 『 台 記 』 康 治 元 年 九 月 九 日 条 ) 。 成 佐 の 病 臥 に 際 し て 、 頼 長 は 平 癒 の 祈 祷 を 行 っ て い る ( 『 台 記 』 久 安 六 年 十 一 月 七 日 条 ) 。 ま た 、 病 床 を 見 舞 お う と し 、 そ の 死 に 際 し て 出 仕 を 控 え よ う と し た が 、 い ず れ も 父 の 忠 実 に 制 止 さ れ た ( 『 台 記 』 久 安 六 年 十 二 月 十 八 日 、 七 年 正 月 四 日 条 ) 。 漢 学 に 力 を 注 ぎ 、 仏 道 を 軽 ん じ た た め 、 死 後 は 地 獄 に 落 ち た と の 説 話 が 生 ま れ た ( 『 古 今 著 聞 集 』 巻 第 十 三 哀 傷 第 廿 一 ・ 『 続 古 事 談 』 巻 第 二 ) 。

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-( ) 蔭 子 官 界 に お け る 父 親 の 恩 恵 を 受 け て 官 人 と な る 資 お ん し 13 格 を 得 た 者 。 ( ) 法 皇 鳥 羽 院 。 堀 河 の 皇 子 で 、 崇 徳 ・ 後 白 河 ・ 近 衛 三 14 帝 等 の 父 。 ( ) 兼 頼 秦 兼 弘 の 息 。 → 久 寿 二 年 五 月 七 日 条 の 注 ( 2 )( 七 15 三 頁 ) 。 番 長 は 、 こ こ で は 右 近 衛 府 に 属 し 警 護 に あ た る 下 級 役 人 の 長 。 ( ) 移 馬 馬 寮 が 管 理 し 、 乗 り 替 え 用 も し く は 引 馬 と し う つ し う ま 16 て 使 用 す る 馬 。 ( ) 兼 長 頼 長 の 嫡 子 。 こ の 時 、 非 参 議 右 中 将 従 三 位 。 十 17 三 歳 。 ( ) 実 能 権 大 納 言 正 二 位 藤 原 公 実 の 息 で 、 左 大 臣 従 一 位 18 に 至 る 。 頼 長 の 嫡 室 幸 子 の 父 。 保 延 五 年 ( 一 一 三 九 ) 十 二 月 十 六 日 兼 右 大 将 。 『 中 外 抄 』 に は 、 頼 長 が 舅 で あ る 実 能 に 対 し 「 事 の 外 に 悪 く あ た っ た 」 と の 忠 実 の 言 を 載 せ る 。 ( ) 総 角 少 年 の 晴 れ の 場 に お け る 髪 形 。 伝 聖 徳 太 子 像 が あ げ ま き 19 よ く 知 ら れ て い る 。 ( ) 兼 忠 和 泉 守 従 五 位 上 藤 原 道 経 の 息 。 保 延 三 年 ( 一 一 20 三 七 ) 二 月 五 日 任 陸 奥 権 守 ( 『 中 右 記 』 ) 。 「 陸 奥 権 守 兼 忠 ( 道 経 の 子 、 顕 綱 の 孫 。 其 の 業〈 総 角 の 理 髪 法 ― 原 水 注 〉 を 伝 ふ ) 」 ( 『 台 記 』 天 養 二 年 正 月 四 日 条 ) と 見 え 、 頼 長 の 嫡 子 兼 長 、 次 子 師 長 の 初 参 ・ 昇 殿 の 際 、 兼 忠 が 総 角 を 奉 仕 し て い る ( 『 台 記 』 上 掲 日 条 ・ 『 兵 範 記 』 久 安 五 年 十 月 十 六 日 条 ) 。 ( ) 頭 公 通 権 中 納 言 正 三 位 藤 原 通 季 の 息 。 権 大 納 言 正 二 と う 21 位 に 至 る 。 頭 は 蔵 人 頭 で 久 安 五 年 ( 一 一 四 九 ) 七 月 二 十 八 日 任 。 ( ) 泰 親 安 倍 泰 親 。 → 久 寿 二 年 四 月 二 十 七 日 条 の 注 ( 7 ) 22 ( 三 一 頁 ) 。 ( ) 侍 所 皇 族 や 上 級 貴 族 等 の 邸 に お け る 近 習 の 詰 さ ぶ ら ひ ど こ ろ 23 所 。 ( ) 小 舎 人 蔵 人 所 で 雑 事 に 従 う 者 。 こ ど ね り 24 ( ) 忠 基 藤 原 忠 教 の 息 で 教 長 の 兄 。 権 中 納 言 太 宰 権 帥 正 25

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-に 、 疑 を 持 ち て 未 だ 決 せ ず 。 此 の 間 、 主 公 今 麻 呂 を し て 拝 賀 ( 忠通 ) い ま ま ろ を 催 さ し む 。 両 卿 曰 く 、 大 外 記 師 業 ( ) 朝 臣 参 侯 す 。 ( 伊 通 ・ 成 通 ) 40 宜 し く 尋 ね 決 せ ら る べ し 。 て へ れ ば 資 憲 を し て 之 を 問 は し む る に 、 申 し て 曰 く 、 准 后 尊 し と 雖 も 尊 卑 を 論 ず る に 未 だ 摂 政 じ ゆ ごう に 勝 る を 得 ず 、 て へ り 。 申 す 所 未 だ 其 の 理 を 得 ず 。 而 れ ど も 夜 更 に 漸 く 深 し 。 客 卿 疲 倦 す 。 余 お も へ ら く 家 に 於 い て は 夫 妻 に 尊 し 。 縦 ひ 准 后 摂 政 に 尊 し と い へ ど も 夫 を 先 に し 妻 を た と じ ゆ ご う 後 に す る は 其 の 理 有 り 、 と 。 即 ち 起 座 し て 資 憲 を し て 候 す る 由 を 主 公 に 申 さ し む 。 可 許 の 後 、 庭 中 に 進 み て 再 拝 し 了 り て ( 忠 通) 帰 り 入 る 。 雅 国 ( ) 朝 臣 ( 准 后 の 職 事 ) を し て 小 君 に 申 さ じ ゆ ごう し き じ 41 し め 、 初 め の 如 く 再 拝 す ( 准 后 拝 賀 の 有 無 、 先 日 処 分 を 太 相 公 じ ゆ ご う ( 忠 通 ) に 請 ふ 。 公 、 謙 退 し て 之 を 辞 す 。 余 、 卿 等 に 示 し 告 げ 、 強 ( 忠 通 ) あ な が ち に 以 て 拝 賀 す 。 明 日 、 公 、 書 を 与 へ 悦 謝 す ) 。 了 り て 高 陽 院 ( 忠 通 ) か や の ゐ ん ( ) に 詣 で 御 前 に 参 る ( 兼 長 ・ 今 麻 呂 同 じ ) 。 童 子 簡 を 付 い ま ま ろ ふ だ 42 く ( 先 に 成 隆 ( ) 名 簿 を 蔵 人 に 付 け て 啓 上 せ し む ) 。 後 に み や う ぶ く ら う ど 43 参 内 し 、 太 后 ( ) の 御 在 所 に 詣 づ 。 今 麻 呂 恩 喚 に 応 じ て 簾 い ま ま ろ 44 中 に 入 り 、 諸 卿 と 共 に 拝 賀 し 、 了 り て 殿 上 に 着 す 。 今 麻 呂 之 い ま ま ろ に 同 ず ( 火 爐 の 下 ) 。 蔵 人 右 少 弁 範 家 ( ) 簡 を 付 け て 後 、 か ろ く らう ど ふ だ 45 今 麻 呂 御 前 に 参 る ( 頭 為 通 ( ) 朝 臣 扶 持 す ) 。 次 い で 小 朝 拝 い ま ま ろ と う ふ ち こ で う は い 46 ( ) ( 兼 長 未 だ 昇 殿 を 聴 さ れ ず 。 之 に 立 つ は 失 な り ) 。 次 し よ う で ん ゆ る 47 い で 、 笏 紙 を 押 し ( ) 左 仗 ( ) に 着 す 。 節 会 の 儀 常 の し や く し さ ぢ や う せ ち ゑ 48 49 如 し 。 兀 子 ( ) に 着 さ ん と 欲 す る の 間 雨 雪 。 仍 り て 範 家 を ご つ し 50 し て 装 束 を 改 む べ き の 由 を 奏 せ し め 、 同 弁 に 仰 す ( 装 束 の 弁 候 せ ず ) 。 諸 卿 昇 殿 ( 兼 長 之 に 同 じ ) 後 、 入 御 。 疾 と 称 し 、 し よ う で ん 中 納 言 公 教 ( ) 卿 の 笏 を 取 り 替 へ 、 両 息 を 伴 ひ て し や く ( 兼 長 ・ 今 麻 呂 ) 51 帰 家 す ( 公 教 卿 辞 し て 曰 は く 、 近 代 中 納 言 奉 仕 の 例 無 し 、 と 。 余 曰 は く 、 道 方 ( ) 中 納 言 為 り て 之 を 奉 仕 す 、 と 〈 前 二 条 52 関 白 ( ) の 譲 り 〉 。 是 已 に 中 古 の 例 な り 。 強 ち に 笏 を 替 あ な が し や く 53 へ て 退 出 す ) 。 兼 長 、 大 将 の 廬 ( ) ( 東 面 ) に 向 か ふ 。 次 将 ( 実 能) ろ 54 ( ) 、 元 三 ( ) に 大 将 家 に 向 か ふ 礼 な り 。 院 の 御 厩 舎 人 ぐ わ ん ざ ん ( 鳥 羽 ) み ま や の と ね り 55 56 ・ 居 飼 ( ) に 禄 を 給 ひ 、 御 馬 を 返 し 献 じ 了 ん ぬ 。 翌 日 、 左 金 吾 ゐ か ひ さ き ん ご 57 ( ) ( 公 教 ) に 、 清 職 ( ) を し て 笏 ・ 笏 紙 等 を 還 す べ し や く し や く し 58 59 か ら ざ る の 状 を 示 さ し む ( 先 例 に 依 る な り ( ) ) 。 60 別 記 ( ) 四 方 拝 ( ) 無 き 事 召 し 無 き と 雖 も 吉 服 を し は う は い き つ ぷ く 61 62

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-着 し て 節 会 に 参 る 事 初 め て 笙 ( ) を 吹 く 事 歯 堅 ( ) せ ち ゑ し や う は が た め 63 64 に 魚 類 を 用 ゐ ざ る 事 ( 愛 敬 鮎 ( ) を 羞 め ず ) 鏡 を 見 心 喪 服 す す し ん さ う ふ く 65 ( ) を 着 す る 事 節 供 の 事 ( 魚 を 羞 む る は 家 司 ( ) の 失 す す け い し 66 67 な り ) ( ) 除 服 後 初 の 出 仕 に 申 文 ( ) 無 き 事 ま う し ぶ み 68 69 【 注 】 ( 1 ) 今 麻 呂 頼 長 の 三 男 の 幼 名 。 こ の 日 、 隆 長 と 改 名 。 久 い ま ま ろ 安 二 年 ( 一 一 四 六 ) に 頼 長 の 嫡 室 幸 子 の 養 子 と な る ( 『 台 記 』 該 年 三 月 十 九 日 条 ) 。 生 年 に つ い て は 『 台 記 』 に 混 乱 が 見 ら れ る が 、 御 橋 悳 言 『 保 元 物 語 注 解 』 の 考 証 に 従 い 、 永 治 元 年 ( 一 一 四 一 ) と す べ き で あ る 。 こ れ に 依 れ ば 久 安 六 年 時 は 十 歳 。 ( 2 ) 諷 誦 経 文 な ど を 読 誦 す る こ と 。 ふ じ ゆ ( 3 ) 角 振 ・ 隼 東 三 条 殿 の 一 角 に 祀 ら れ る 神 で 、 頼 長 つ の ふ り は や ぶ さ も 折 に つ け 参 拝 し て い る 。 永 延 元 年 ( 九 八 七 ) に 従 四 位 下 を 授 け ら れ て い る 。 頼 長 の 父 忠 実 の 言 談 を 筆 録 し た 『 中 外 抄 』 に は 「 朝 隆 の 申 し て 云 は く 、 『 東 三 条 の 角 振 ・ 隼 明 神 は 、 帝 王 名 は 覚 え ず の 御 後 霊 な り 、 聖 人 は ま た 後 身 な り と 。 件 の 事 は 実 な る か 』 と 。 仰 せ て 云 は く 、 『 知 ろ し 食 さ ざ る 事 な り 。 隼 明 神 は 春 日 の 王 子 な り 。 ま た 、 尾 州 熱 田 の 御 坐 な り 』 と 。 」 と あ る 。 ま た 、 『 春 日 社 記 』 に 「 当 社 春 日 御 殿 内 若 宮 起 」 と し て 「 海 本 門 。 隼 明 神 是 也 。 」「 椿 明 神 。 ( 明 神 歟 ) 角 振 明 神 是 也 。 」 と 見 え る 。 ( 4 ) 極 楽 寺 藤 原 基 経 が 着 手 し 、 息 の 時 平 が 完 成 さ せ た 寺 院 。 ( 5 ) 法 性 寺 藤 原 忠 平 が 創 建 し た 寺 院 。 ほ つ し や う じ ( 6 ) 法 興 寺 法 興 院 か 。 そ う で あ る な ら 、 藤 原 兼 家 が 東 二 ほ こ ゐ ん 条 院 を 寺 院 化 し た も の を 起 源 と す る 。 後 に 積 善 寺 と ま と め た 。 ( 7 ) 法 成 寺 藤 原 道 長 が 贅 を 尽 く し て 建 て た 寺 院 。 『 徒 然 ほ ふ じ や う じ 草 』 は 、 そ の 荒 廃 の 様 を 記 す 。 ( 8 ) 氏 寺 藤 原 氏 の 氏 寺 に つ い て は 、 杉 山 信 三 『 藤 原 氏 の 氏 寺 と そ の 院 家 』( 吉 川 弘 文 館 昭 和 四 十 三 年 ) に 詳 し い 。 ( 9 ) 六 角 堂 正 称 は 紫 雲 山 頂 法 寺 。 平 安 京 内 に 建 立 さ れ た

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最 初 の 私 寺 と さ れ る 。 如 意 輪 観 音 を 本 尊 と し 、 多 く の 信 仰 を 集 め 、 頼 長 も 度 々 参 詣 し て い る 。 「 夜 に 入 り て 六 角 堂 に 参 る 。 三 ケ 年 四 季 一 度 参 る べ き 願 を 遂 げ 了 ん ぬ 。 」 ( 『 台 記 』 康 治 元 年 十 二 月 二 十 九 日 条 ) 、 「 今 晩 、 皮 堂 ・ 六 角 堂 に 詣 づ 。 毎 月 皮 堂 詣 で 、 四 季 六 角 堂 詣 で 、 去 年 了 ん ぬ 。 」 ( 同 記 久 安 四 年 十 月 十 日 条 ) 。 ( ) 教 長 大 納 言 正 二 位 藤 原 忠 教 の 息 。 崇 徳 院 の 側 近 と し 10 て 知 ら れ 、 頼 長 と も 親 し か っ た 。 左 京 大 夫 正 三 位 に 至 る が 、 保 元 の 乱 で 常 陸 配 流 、 応 保 二 年 ( 一 一 六 二 ) 召 還 。 永 治 元 年 ( 一 一 四 一 ) 十 二 月 二 日 任 参 議 。 ( ) 名 簿 を 書 く 今 麻 呂 昇 殿 の た め 朝 廷 等 に 提 出 す る 名 札 み や うぶ 11 を 書 い た 。 悪 筆 の 頼 長 は 、 能 筆 で 知 ら れ る 教 長 に 名 簿 の 清 書 を 依 頼 し た の だ ろ う 。 ( ) 成 佐 駿 河 守 従 五 位 下 藤 原 行 佐 の 息 。 秀 才 ・ 文 章 得 業 12 生 ・ 雅 楽 助 等 ( 『 台 記 』 ) を 経 て 、 天 養 二 年 ( 一 一 四 五 ) 正 月 七 日 任 蔵 人 ( 『 台 記 』 ) 。 彼 が 蔵 人 に な っ て か ら は 「 禁 中 」 が 「 古 風 」 に 復 し た と い う ( 『 台 記 』 三 月 二 十 三 日 条 ) 。 久 安 三 年 ( 一 一 四 七 ) 正 月 五 日 式 部 丞 の 労 に よ り 叙 爵 ( 『 本 朝 世 紀 』 ) 、 同 二 十 八 日 任 甲 斐 権 守 ( 『 本 朝 世 紀 』 ) 、 二 月 五 日 頼 長 家 の 家 司 ( 『 台 記 』 ) 、 四 年 正 月 二 十 八 日 任 式 部 権 少 輔 ( 『 台 記 』『 本 朝 世 紀 』 ) 、 六 年 八 月 十 九 日 崇 徳 院 昇 殿 ( 『 台 記 』 ) 、 七 年 正 月 一 日 死 去 ( 『 台 記 』 『 本 朝 世 紀 』 ) 。 時 に 式 部 少 輔 兼 出 雲 権 守 ( 『 本 朝 世 紀 』 ) 。 頼 長 の 漢 学 の 師 で あ り 、 頼 長 に 替 わ り 彼 の 苦 手 な 詩 ・ 和 歌 を 作 っ て い る ( 『 台 記 』 天 養 二 年 三 月 十 七 日 、 久 安 二 年 十 一 月 一 日 条 等 ) 。 ま た 、 癧 瘍 の 治 療 法 を 部 下 で 試 み よ う と し た 頼 長 を 君 子 の 所 業 に 非 ず と 諌 め た ( 『 台 記 』 康 治 元 年 九 月 九 日 条 ) 。 成 佐 の 病 臥 に 際 し て 、 頼 長 は 平 癒 の 祈 祷 を 行 っ て い る ( 『 台 記 』 久 安 六 年 十 一 月 七 日 条 ) 。 ま た 、 病 床 を 見 舞 お う と し 、 そ の 死 に 際 し て 出 仕 を 控 え よ う と し た が 、 い ず れ も 父 の 忠 実 に 制 止 さ れ た ( 『 台 記 』 久 安 六 年 十 二 月 十 八 日 、 七 年 正 月 四 日 条 ) 。 漢 学 に 力 を 注 ぎ 、 仏 道 を 軽 ん じ た た め 、 死 後 は 地 獄 に 落 ち た と の 説 話 が 生 ま れ た ( 『 古 今 著 聞 集 』 巻 第 十 三 哀 傷 第 廿 一 ・ 『 続 古 事 談 』 巻 第 二 ) 。 ( ) 蔭 子 官 界 に お け る 父 親 の 恩 恵 を 受 け て 官 人 と な る 資 お ん し 13 格 を 得 た 者 。 ( ) 法 皇 鳥 羽 院 。 堀 河 の 皇 子 で 、 崇 徳 ・ 後 白 河 ・ 近 衛 三 14 帝 等 の 父 。 ( ) 兼 頼 秦 兼 弘 の 息 。 → 久 寿 二 年 五 月 七 日 条 の 注 ( 2 )( 七 15 三 頁 ) 。 番 長 は 、 こ こ で は 右 近 衛 府 に 属 し 警 護 に あ た る 下 級 役 人 の 長 。 ( ) 移 馬 馬 寮 が 管 理 し 、 乗 り 替 え 用 も し く は 引 馬 と し う つ し う ま 16 て 使 用 す る 馬 。 ( ) 兼 長 頼 長 の 嫡 子 。 こ の 時 、 非 参 議 右 中 将 従 三 位 。 十 17 三 歳 。 ( ) 実 能 権 大 納 言 正 二 位 藤 原 公 実 の 息 で 、 左 大 臣 従 一 位 18 に 至 る 。 頼 長 の 嫡 室 幸 子 の 父 。 保 延 五 年 ( 一 一 三 九 ) 十 二 月 十 六 日 兼 右 大 将 。 『 中 外 抄 』 に は 、 頼 長 が 舅 で あ る 実 能 に 対 し 「 事 の 外 に 悪 く あ た っ た 」 と の 忠 実 の 言 を 載 せ る 。 ( ) 総 角 少 年 の 晴 れ の 場 に お け る 髪 形 。 伝 聖 徳 太 子 像 が あ げ ま き 19 よ く 知 ら れ て い る 。 ( ) 兼 忠 和 泉 守 従 五 位 上 藤 原 道 経 の 息 。 保 延 三 年 ( 一 一 20 三 七 ) 二 月 五 日 任 陸 奥 権 守 ( 『 中 右 記 』 ) 。 「 陸 奥 権 守 兼 忠 ( 道 経 の 子 、 顕 綱 の 孫 。 其 の 業〈 総 角 の 理 髪 法 ― 原 水 注 〉 を 伝 ふ ) 」 ( 『 台 記 』 天 養 二 年 正 月 四 日 条 ) と 見 え 、 頼 長 の 嫡 子 兼 長 、 次 子 師 長 の 初 参 ・ 昇 殿 の 際 、 兼 忠 が 総 角 を 奉 仕 し て い る ( 『 台 記 』 上 掲 日 条 ・ 『 兵 範 記 』 久 安 五 年 十 月 十 六 日 条 ) 。 ( ) 頭 公 通 権 中 納 言 正 三 位 藤 原 通 季 の 息 。 権 大 納 言 正 二 と う 21 位 に 至 る 。 頭 は 蔵 人 頭 で 久 安 五 年 ( 一 一 四 九 ) 七 月 二 十 八 日 任 。 ( ) 泰 親 安 倍 泰 親 。 → 久 寿 二 年 四 月 二 十 七 日 条 の 注 ( 7 ) 22 ( 三 一 頁 ) 。 ( ) 侍 所 皇 族 や 上 級 貴 族 等 の 邸 に お け る 近 習 の 詰 さ ぶ ら ひ ど こ ろ 23 所 。 ( ) 小 舎 人 蔵 人 所 で 雑 事 に 従 う 者 。 こ ど ね り 24 ( ) 忠 基 藤 原 忠 教 の 息 で 教 長 の 兄 。 権 中 納 言 太 宰 権 帥 正 25

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