環境芸術としての彫刻に関する一考察
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(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第46巻 第2号. 平成 8 年 2 月. i l i i do Un i i t lof Hokka t onIC) Vo on(Sect Journa ve r s y ofEduca .2 .46 , No. Februa ry ,1996. 環境 芸術としての彫刻に関する- 考察. 寺. 田. 栄. はじめに 子供の頃より何かを作ることに興味を持ち, また当時 (昭和30年代) は今ほ ど物が豊富にある訳ではな く, 自 分達 で身 の 回 りに ある いろ いろ な 素材 を 拾 っ て は組 み立て る と い う こと が日常 で あ っ た. ま た 周 囲の 大 人達 も 子 供 の ため に何 か を作 る こ とを 当 り前の よ う に行 っ て い たよ う に 思 う. 私の 記憶 の 中 で思 い 出を た. どれば, 遊び場は近所の材木置場であり, その材木の積み重なっている僅かな隙間に隠れ家のような空間を 見付け, 子供同志でそこに色々なものを持ち込んで遊んでいた. また叔父がヨットを従兄弟や私のために薪 にするような木をナタで削りガラスのかけらで磨いて船体を作り, 母親がその帆を縫ってくれて一般の船が 出来上がった. 子供達は自分達で工夫して遊 びを覚え, 大人達もそれに, 今考えると自分達が作ることの楽 しみ をそ こ に込 め な が ら, 手 を貸 して いた よう に思 う. 現在 私 が 彫 刻と いう仕 事に 携わ っ て い る こと も, そ. の頃の物作りに自然と導いてくれた当時の環境や周囲の大人たちの眼差しを感じるのである. 私が彫刻の中でもとりわけ石彫に興味を覚え, 現在も続けているその原点を思い出してみると, 子供時代 のもの作りから中学生の頃の木彫につながっている. 当時から美術には興味を待っていたが絵を描くという こ と よ り何 か を作 る こ との ほ うが 好 き で, その 根 底 に あるの は道 具 を 使 う こと の楽 しみ が あ っ た と 思 うのだ が, ノ ミ を 使 っ て 木 を彫 り形 が表 れ てく る. そ のノ ミ と いう道 具の 凄 さ に 心 を奪 わ れ て い た ことだ と 思う. 長 じて 木 よ りも っ と ハ ー ドな 素材 である石 に 進ん でい っ たのも, ま ず 道 具作 りか ら始ま るそ の作 業 に魅 か れ た こと に 大 い に 関 係 あ るだ ろ う. 大 学 に 入 っ て 以 来 石 彫 を 続 け, そ の 素材 の 特性 か ら作 品を 室 内に 置く と い う よ りも屋 外 に置く と いう こと. を積極的に考えるようになり, 以後の制作の原点となる大学の卒業制作 「三つの石のある風景」 が出来上 がった. 地面に三つの石を置きその石の一部が風によって挟られたように窪み, またその表面を風が撫でる ように丸まった形が表現されている. 大きな石に取り組むのは初めての経験であり, 結局三年生の頃から- 年半がかりで仕上げた‐ 現在は道工具も著しく発達し, 同様の作業をもっと短期間に制作できるようになっ た. だが当時, 殆ど手作業というその制作の経験のなかで学んだことは, 現在の作品制作につながっ てい る. 例 え ばノ ミ を 1本作 る に も 火 造 りと い っ て, フイ ゴ場 で加 熱 した鋼材 を ハ ンマ ー で形 を作 りそ れ を 焼 き 入れす る と いう作 業 が あ るわ け で, そのノ ミ を20~30本も 毎 日作 っ て おく 必要 が あ り, そ う して よ うやく 石 を 彫 る こと が で きる わ け であ る. 焼 き入 れ が 悪 け れ はノ ミ が使 えず, ま た 火造 りか ら始 め な けれ ばな らな い と い う こと が 何 度 も続 き, その 様 な体 験 か ら徐々 に技 術 を 習得 して い っ た こ と が, 便 利 に な っ て きた 現在 に 211.
(3) . 寺. 田. 栄. も 大い に役 立 っ て いる.. 以来二十年余り, 現在まで私の制作した作品についてその制作過程や設置されている状況について述べた い と 思 う. ま たそ れ が 周 囲の環 境 と どの よ う に 係わ りを持 っ て いる か につ いて考 察 して みた い.. 作例 ( 1 ) 「風景. 75 」. 100 (H) ×400 (W) ×300 (D) ( cm). 黒御 影石 1975. 第3回彫刻の森美術館大賞展出品 (昭和52年6月) 彫刻の森美術館 この作品は大学院修了制作として作った作品で, 五つの石を使い構成要素としては部分と全体との組み合 せによる. 具体的には二つの大きな石の グループと三つの小さな石のグループに分かれ, それらが組み合わ されて一つの作品として成立している. 大きな石の組は断面が三角形であった原石を半分に割り, その割面 である三角形をこの作品の全体を通じての形の単位として, 他の構成する石のそれぞれの割れ肌面も三角形 であり, それにつながる曲面の形を変えることで石一つ一つの変化をもたらしている. 当時自分の作品を作 る 上 での動 機と して, 一つ の 単位 形 を基 本 と して そ の展 開 を 図る と いう こと が あ り, 特 に三角 形 と いう 形 の. 強靭な横造に魅力を感じていた‐ 三角形は他の様々な幾何形態の基本となるもので, その形の組み合わせに よ り色々 な 形 に展 開 させて いく こと が でき, 作 品の 中 にな ん とか 使 う こと が で きな いも のか と 考 えて, 組 み. 合わせる石の-断面として導入してみた. 制 作 過程 を 思 い出 して み ると, 最初 に石 を二 分割す る こと に 大変 な手 間 がかか っ た こと を 記憶 して いる‐. 石の割れ肌というものは岩盤から切り出された石の塊が割られ, その瞬間初めて我々にその姿を晒すわけ で, そ の石 が 計 り知 れ な い程 の長 い 年月 をか けて 生成 され, 割る こと によ っ て一 瞬 に して 日の 目を 見 る こと にな る. そ れ を 今 自 分の手 で行 うと い う こと に大変 な感動 を覚 えるの であ る‐ 学 生の と き石 彫の授 業 で最 初 に矢 (ャ・鉄 製 の ク サ ビ) で石 を 割 っ た と きの感 激 を 今 でも 忘れ られ な い. 矢 を打 ち込 むた め にノ ミ で穴 を あげ, そ こにす べ り どめ の ワラ を 噛ま せ た 矢 を打 ち込 み順 番 に 大ハ ンマ ー で叩 いて いく‐ や がて 石 に ヒ ビが 入 っ てく る とそ の 叩く 音 が 変 わ り, 摩 擦 で ワラ の焦 げる匂 いと とも に ボ コ ッ と 音 が して 石 が割 れる. そ の 瞬. 間は今でも胸時めくものがある. 近年私も大学生に石彫の実習を指導しているが, この時の感動を彼等にも 共有 して も らいたく て, 工 具 は電 動 ハ ンマ ー等 を使 っ て 矢 穴を あげ た りもす る が, 一 番最 初 に割る こと の 快 感 を 体 験 して も ら っ て いる.. 割れ肌につながる曲面は割れ肌から見えぬ反対側になっているのだが, そこには割れ肌の荒々しさとは対 照的に緩やかな丸みを帯びた曲面でそれぞれの部分を構成している. そして, 配置はその周囲を視点を変え ながら歩いてみると, 割れた石の面と磨かれた面とが見え隠れして視覚を楽しませてくれるはずだ. 石の配 置には, やはり当時興味を持っていた庭園, なかでも枯山水のイメージがそこに大きく影響を 及 ぼしてい る. 枯山水の場会は自然石をその石の形に会わせてそれぞれ組み上げていくのだが, 私の作品ではそれを彫 刻として彫った形態のものを組み合わせていった点が異なってくる. 枯出水の場合そこには人為を表に出さ ずメ タ フ ァ ーと して の 宇宙 が 表現 さ れて いる と思 うのだ が, 私 が 作 品と して 組 み上 げ たも の は手 法 と して の. 枯山水の配置を取り入れたことで, 積極的に自然景観の取り込みを図っている. 彫刻作品は触れられるもの であ りそ の た め に石 の 傍 らま で行 っ て 間近 か に見る こと も 必要 であ り, ま たそ の事 が 可能 でも ある. そ の た. めには結界を定めて人の進入を禁じたものとでは大きく異なってくるであろう‐ 彫刻作品, 特に私が現在に 至るまで続けている石彫については, 視覚だけの鑑賞ではなく触覚によ っ ても鑑賞の手段を求めていきた し・・. 修了制作展に発表後, 推薦により 「第3回彫刻の森大賞展」 に出品, その後 「美ヶ原高原美術館」 へ設置 となった. 現在は岩手県岩手町の 「石神の丘野外美術館」 に貸し出され展示されている. 美術館活動におい 212.
(4) . 環境芸術としての彫刻に関する一考察. て作 品 が美術 館相 互 に よ っ て 貸 借 され る と いう方 法 は, 多く の 人々 に作 品 を見て も らえ る と い う点 で良 い方. 法の一つではないかと思う. 今回の場合, 五年間周期で作品の展示替えをするということを聞いており, 定 期的にこの様な企画が催される点で, 普段作品を見る機会の少ない人々にとっては多くの作品を一度に見る こと が で きると いう利 点 が あ り, 作家 に と っ て もま た 違 っ た 環 境 で見る 自 分の作 品に 新 た な刺 激を 受 ける.. 一昨年展示の立ち会いのために 「石神の丘美術館」 に行き, 改めて展示した自分の作品を見るとき, これは 自分で作った作品であるのかというような不思議な感慨にとらわれた. 二十年近く前自分で確かに作ったは ずで, 移動のときに付けたキズも覚えているのだが, -旦自分の手を離れ長い年月を経ると, これは自分の 作 品 と い う よ り, そ の置 かれ た 場所 のも のに な っ て しま うの で はな いだ ろ うか とい う 思い に と らわ れ た. こ. うしてまた新しい環境に置かれて何年か経つとこの場所がこの作品にとっての最良の場所になるのだろう. 作品が置かれ, その周囲に張られた芝が根付いて作品と調和してくるとより一層その感がするだろう. それ は作品がその環境と順化することであり, それを取り囲む景観が作品とその周囲を包むことになる. これこ そ正に私が彫刻を制作する上での長年のテーマである. ) 2 作例 ( 「風 景」. 100 (H) ×270 (W) ×280 (D) (cm). 黒御 影石 1980. 第7回神戸須磨離宮公園現代彫刻展出品 (昭和55年10月) 神戸須磨離宮公園 この作品は公募コンクール展に初めて入選 して, 模型作品から実物大作品に拡大したものである. 模型作 50cm立 方) か ら拡 大制 作 す るた め に は単 に 寸法 を 大 きく す る の で はなく, 全体 の バ ラ ンス や構 成 な ども 品 (. 考えながら拡大していかなけれ ばならず, また体積も模型の3乗倍となるためかなりの重量となってくる. 模型では簡単に組み合わせや配置な ども変えることができるのだが実作となると相当の手間と労力が必要と なる. そのため予め構成計画を綿密に立てておかなければならない. 従って比較的簡単にできて変更修正な ども 容易 な素 材 でマ ケ ッ トを作 っ て い る. 応 募 模型 作 品 は実制 作 と同 じ素 材 〔石) を使 っ て作 っ て いる が こ のマ ケ ッ トで はスタイ ロ フ ォ ー ム い う発 泡 ス チ ロー ル を使用 して, カ ッ タ ーや ヤ スリ 等 を使 い実作 の 1/10 の 模 型 を 作 る. この 段 階 では かな りの 精 度 で形 を きめ 図面 を起 す よ う に して いる. こう して下 準備 を行 い な. がらその間に石の注文を行う. 工場で切断加工な どをした石が搬入されてくると, その大きさと存在感にま ず 圧 倒 され て しま う. いつ も な が ら大 きな作 品と 取 り組 むと き最初 に原 石 を 前に して 果た して この 石 を 彫 っ て 作 品を仕 上 げ る こと が 出 来 る だろ うか と いう 不安 が 常 に湧 き起 こ っ て く る. しか し一 旦手 掛 けて みる と後. はひたすら作業をするしかないという気持ちで制作を始めている. 野外に置く ことを前提に作品作りを行っているため, 野外に置いた時の効果や周囲の影響も考え合わせな がら制作に取り掛かっているが, 模型段階と実物大に出来上がった時や, また設置後の様子な ども色々と変 わって来ることが多い. ある程度予測が付くものと全く予測が付かず置いてから気付くこともある. 特に作 品の周辺の植栽に関しては樹木の生長がどの様になるか, 予測はしているがこちらが思っている以上に生長 が 早く, 作 品を 覆 っ て しま う と い う ことも ある. 作 品 を設 置 して 数 年経 っ て か ら再 びそ の 場 所 に 訪 れる と, こん な に周 囲 が変 わ っ て しま っ た の か と 驚く こと が往々 に して あ る.. この作品を制作する過程において, 原石が搬入されると図面と模型により石の切断面を一面選び, 基準面 と設 定 し, そ れ を も と に他 の 面 も10セ ンチ 間 隔の方 眼を 入れ, そ こ に 図面 か らそ れ ぞ れの面 にス ミ 入 れを し て いく. 次 に ドリ ル で穴 を あ げセリ 矢 を使 っ て 大ま か に割 っ て いく 事 にな る. 後 はカ ッ タ ー やノ ミ を使 い必. 要な大きさまで彫り落としていく. 大きな作品を作る上で一番の苦労は作品の移動である. 手元にあるのは 手動 の 道 具 しか なく, 原 石 重 量5 ~ 6 ト ンの もの を動 か す ため に三 脚 を 立 て そ こに チ ェ ー ン ブ ロ ッ ク を 吊 り 下 げ石 に ワイ ヤ ーロ ー プを 掛 けて 転 が した り移動 した りす る. たま たま この作 品 を制作 して い ると き, 並 行 213.
(5) . 寺 田. 栄. して仲 間た ち と 「風 の 又 三 郎群 像」 を制 作 して お り 彼 等 に 手伝 いを 頼ん だ りも した , ‐. 芸大在学時より石彫教室では共同作業が多く, 石の片付けや移動に関しては自分のもののみならず他の人 の作品の場合にも皆が協力して助け合うということが日常的に行われ慣行となっており こういう場合仲間 , の協力が非常に有難く思うときである. 出来上がった作品を展覧会場である神戸須磨離宮公 園に搬入設置ということになる こういう野外展の場 ‐ 合, 展示ディ レクターがおりその指示のもとそれぞれの展示場所が決定されるのであるが 私の作品は庭園 , 内の 芝 生 の 上 に置く こと が決 ま っ た. 私 も地 中か ら生 えて い ると いう設 定 に した か っ た の で こち らの 希 望 ,. が適った次第である. 設置に際して芝生上というのは下に基礎がないわけでこの様な重量物を置くとその重 さで作品が沈下してしまうということが起きる. 約一ヶ月 間の会期中での展示であるため特別な基礎を用い なかったが, 地盤が軟らかいため組み合わせにはかなり手間取った. この作品の場合二つの大きな石の部分 に 小 さ い石 が 入 り込 む構 成 なの で大 きな石 が沈 ん で しま うと 小 さいも の が 入 らな いとい う こと になる そ の .. ため出来るだけ沈まないようにするため, -旦位置を決めたら動かさず可能なかぎり一度で収まるように注 意した. 設置作業は専門業者が行い当方はその指示を出すという形で行われた 移動設置に関しては実際の . 作 業 を任 せる と いう こと が 多 いの で双 方 の 意 思の 疎通 を 図 っ て おく こ とが 大 切 である . 展 覧 会終 了 後作 品 は神 戸 市 の ポー トアイ ラ ン ド内 に設置 される こと が決 ま っ た 除幕 式 当 日 式 が終わ る . , と 直 ぐに子供 が 数名 石 の 上 に上 り始 め 作 品 が たちま ち彼 等 の遊 び道 具 と な っ て しま っ た 当時 自分の作 , ‐ ,. 品がこの様な扱われ方をするとはさほど思ってなくて, 子供達にとっては彫刻の作品も自分達の遊び道具と して楽しめれば特別の意味を持たなくてもいいのだと 思うよ う にな っ た. この 時以 降自分の 作 品が遊 具 の- つ と して, 作 品の 上 に乗 っ た り滑 り降 りた り して楽 しめる も の である な ら そ れも 造 形作 品の 一 つ の 鑑賞 方 , 法 であ る のだ か らと い う 思 いを 一 層 強く して い っ た‐. 現在, 阪神大震災のため神戸市内は周知の通り壊滅的な被害に遭遇している. ポートアイラン ドもその域 に及んでいると聞き, 恐らく作品も土砂に埋没しているのではないかと思われる 今は神戸市内が復旧して . 一 日も 早く ま た 彫 刻と戯 れ る 日々 の 来る こと を 望 むも の である 神 戸 市 はこの様 な彫 刻展 を企 画 して市 内に .. 多数の作品を設置してまちづくりの一環としている. それも長い年月をかけて収集・設置したものが一度の 地 震 に よ り倒壊 した と いう こと で自治 体 と しても 大打撃 であろ う し 市 民 にと っ て も親 しん だ作 品 が 失わ れ , る と い う こ と は残念 な こ と である に違 いな い‐ 現在 はま だ 作 品の 復 旧よ りも そ れ ぞれの暮 ら しの復 旧 に重 点. がおかれていることと思うが, まちが復興し人々の心に余裕ができてくれば必ずや再び神戸のまちに彫刻の 作 品が 置 か れる こと になる だ ろ う.. 作例. (3 .4) 「風 景ロ」. 「風 景 1」. 1lo (H) ×230 (W) ×240 (D) ( cm). 黒御 影 石 1984 作例( 3 ). 第9回神戸須磨離宮公園現代彫刻展出品. (昭和59年10月). 120 (H) ×250 (W) ×180 (D) (cm). 黒御 影石 1983 作例( 4 ). メ モ リ ア ルアー ト現 代 野 外石 彫 展’89出品. 神戸須磨離宮公園. (昭和6 2年9月). 入 間メ モ リ アル パ ーク. 「風景n」 は前作と同様神戸で行われた彫刻展に入選し拡大制作したもので 丁度馬の背のような形をし , た三つの部分で構成 しており, それぞれの凹凸に互いに入り込む形になっている 制作途中の段階で何度か . 仮 セ ッ トを して 見 る が 仕 上が っ た 作 品をセ ッ トす る 際 は非 常 に神 経 を 使う も の で あま り ズ ラ した りする と ,. 磨き面どうしが擦れ合って傷付くという事態を引き起こす‐ よってセットする石の順番や位置などを充分に 214.
(6) . 環境芸術としての彫刻に関する-考察. 検 討 して, 事 前に 模 型 な どでリ ハ ー サル を して おく 必要 があ る. ま た この作 品 も 底 面 の 幅 が狭く, 余 り位 置 を動 かす と沈 下 して しま う こ と にな り, そ れ ぞれ の接 点 が 異な っ て しま う. 作 品のイ メ ー ジが地 中か ら湧 き. 出すような力を表現したかったので, ある程度は地面の中に埋まることは必要だが, その辺りの兼ね合いが 難 しい. 作 品を 設 置 して みる と, 誰 か が言 っ て いた けれ ど, 動 物 の 親 子 が 体 を寄 せ 合 っ て いる よ うだ と. 自 分 が制. 作する時にはその様な考えはまったく無かったのだけれど, 制作した後この様な感想が聞けることは思いも 寄 らぬ こと だ け に嬉 しく も 思 い, 人 は色々 な 見方 を す るも の だ と考 えさせ られた. 自 分の 制 作 した作 品 が 公. の場所に展示され, 初めに自分が意図したことと違う見方をされることは, ある意味で作品が自分の手を離 れて 見 る 人の ほう へ近付 いて い っ た と いう 思 い が して い る‐ 一般 的 な作 品の見 方 と して, この 様 な抽 象形 態 の 作 品 は分 か りず らいと か, 何 を作 っ て い る の だろ うと い う見方 を さ れ る こと が 多 いのだ け れ ど, この様 に. 見る側の想像力を喚起 できれ ば喜ばしいことである. 展覧会終了後, 暫くの間知人の子供絵画教室の前に置かれていたが, これも直ぐに馬乗りする子供達で- 杯になってしまった. 数年の間その場所に展示しておいたが, その後恒久的な設置場所が決まり移設するこ とになった. その時絵画教室の職員や子供達がこの彫刻と 「お別れの会」 を開いてくれた. 自分でも思いも 寄 らぬこ と で あ り, こ れ ほ ど作 品 が 皆 か ら親 しま れて いた の か と 思うと, 改めて 造形作 品 が 人々 と 共 に あ る の だ と いう こと を 再認 識 した 次第 だ.. 尚, この作品は展覧会にて 「京都国立近代美術館賞」 を受賞, 現在は東京都江東区の石浜橋橋台敷公園に 設置されている. 江東区は運河が多く流れて おりそこに沢山の橋が架けられ, 旧くなった橋を順次新しく架 け替えている. その際, 橋のたもとに小公園を作り立体造形物を置くことに積極的であり, 私の作品もその 経 緯 で設 置 さ れ る こ と にな っ た. 周 辺 は倉庫 や 工場 が 多く 昼 間 は トラ ッ ク等 車 の通 行 も 多 いと ころ で, 広 々. とした空間は望むべくもないが, 近隣の住民のための一時の憩いの場となれば幸いである. 公園にはベ ンチ 等も設置してあり散歩の途中の休憩や子供達の小さな遊び場としての役割を都会の公園では担っている. ま た, 江 東 区に はも う 一 点 「風 景 工」 を 設置 して い る. こ ち らの ほ うが 早く 設 置 したの だ が, や は り橋 の. 傍らの散策路の小空間にあり, 位置的にはまちなかのかなり人通りの多い場所で, 橋を渡りながら見下ろす 形 で作 品 を見 る ことも で き, 川 沿 いの 散策 路を た ど っ て い け ば 幾 つ かの 造 形物 も みる こと が で きる‐ このま. ちの地理的な要素である川・運河を生かしながらそれらと密接に結び付きながら, 彫刻のみならず立体造形 物 を 置く と い うま ち づ く り・ 公 園 づ く り はそ のま ち な ら で はの 特性 に 大 きく 係わ っ て く る 事 である.. 5 ) 作例 ( 「風 景」. 105 (H) ×210 (W) ×220 (D) (cm). 白御 影石 1989. 第 4 回 国民 文 化 祭 さ いた ま89彫 刻 プロ ムナ ー ド出品 (平成1 年10月) さ き た ま緑 道. この作品は国民文化祭と言う催しの中の一つのイ ベ ントとして行われ, やはり模型作品で応募, 入選作に ついて拡大制作するというもので, 出来上 がった作品については埼玉県内の二市一町にまたがる全長4.8キ ロメ ー トル の 遊 歩 道 「さ きたま 緑道」 に50点 の 作 品を 設 置 ・展示 したも の である. 遊歩 道 と して はか な りの. 距離を作品を見ながらたどるわけで全体を見通していくにはかなりの健脚を要する. 周囲は用水路沿いの田 園地帯で春か ら .夏にかけては青々とした田や川 が続き, 周辺を遮るものがないから, 一つの彫刻を見て次の 彫 刻 が 先 の方 に望ま れる の を た どっ て 行 ける よう に な っ て い る. 50点 も の作 品が並 び, 色々 な傾 向の 作 品が. 置かれているため少々雑多な感じがするのは否めない. このように点数が多いと言うことは多くの作家に機 会 を 与 え ると い う点 で は 良いの だ が, そ の 分, 統 一性 の 無い 展示 と言 う こと にな りかね な い. 周 囲 が 田 園地. 帯であるということを考慮にいれて, 主催者がその辺りの事情をよく把握して作品を選び設置しているかが 215.
(7) . 寺. 田. 栄. 大きな問題となる点であろう. -点ずつ見ていけばどれも力感のある作品揃いであるが 全体と して眺めた , 場会, 果 た して これ で良 い だろ うか と思 う こと も ある. も う 少 し作 品点数 を絞 っ て も 良いの で はとも 思 う .. 私の今回の作品は今迄の作品とは表面の仕上げを変えてみた. 今迄は表面を鏡面に磨いて周囲の風景を作 品の 中に取 り込 ん でいた の だ が, この作 品 で は表 面 のノ ミ 跡 を 残 したま ま 磨 き よ り触感 に訴 え るよ う に し , て みた. そ れ も彫 刻 が並 ぶ遊歩 道 と いう こと で, 直 に作 品 を触 っ て も らいた いと いう 意 向 か らだ ‐ この 様 なイ ベ ントに よ っ て作 品を 収 集す る と い う こと で数 多く の作 品を一 度 に 集 め られ ると い う利 点 が 主. 催者にはあると思うが, 広く浅くではなく小数の作品に対して制作の補助を厚くするという方法もあると思 う. 数 ばか り で はなく 質 の よ り 一 層 の 向上を 目指 して も 良い の ではな かろ う か. (最近 の 国 民 文 化 祭 で は 実. 物大制作の 点数 を減 ら して い るよ うだ.) コ ンク ール型式 の模 型 作 品 での応 募 につ いて は制作 ・主催 の側 に それ ぞれメ リ ッ トが ある の だ が も はや , 作 品の量 を競 うの ではなく 作 品を置く ま ち ごと に必 要 な作 品 を設 置 して いく べ きで ある 場 所 に と っ て は良 , い作 品 であ っ て も 置く 場 所 に よ っ て は全く な じま ず, か え っ て 周 辺 の 景観 を 損 な うもの と な る恐 れも ある わ け で, 主催者 や 展示 に 携 わる 人々 に と っ て一層 の 考慮 が 必 要 と な っ てく る と 思う . 作例. (6・ 7) 「風 景」. 195 (H) ×250 (W) ×220 (D) ( cm). 黒御 影石 1989 作例( 6 ). 第 2回現 代彫 刻 美 術館野 外彫 刻 ビエ ンナー レシ ンポ ジ ウ ム参加 制 作 (平 成1 年 8月) 長 野 県上 田市 「風 景」. 市 民 の森 公 園. 210 (H) ×180 (W) ×150 (D) ( cm) 92米子 彫 刻 シ ンポ ジ ウ ム参加 制 作. 黒御 影 石 1992 作例( 7 ). (平成 4年 8月). 鳥取県米子市 米子市文化ホール横 これ ら二 つ の作 品 は彫 刻 シ ン ポ ジウム に参 加 して制 作 したも の で 彫 刻 シ ン ポ ジ ウム と は主催 者 が制作 費 ,. ・材料・宿泊費など経費を負担し, 参加作家数名により現地合宿生活を送りながら一定 期間作品制作を行 い, 出来上がった作品を現地または主催者に委ねることで, 作家同志の交流と現地の市民との交流を深める 目的を も っ て, 公 開制 作 を 旨と して いる. 近 年 この方式 が 各 地 で企 画 され 夏休 み期 間中 はち ょ っ と した シ ソ 、 ポ ジウ ム・ ブ ーム とな っ て いる. この 方 式 で は ある 程度 実績 の ある 作家 の作 品を 収集す る と いう 目的 に適 う. もので, 自治体や民間の団体が主催する場合が多い. 現代彫刻美術館というのは私立の美術館であり, 米子 シ ン ポ ジ ウム の方 は米 子市 の 民 間 ボ ラ ンティ ア グル ー プが主 体 で募金 に よ り資金 を 集 め運 営 する と い う形 態. である. どちらも公開制作ということ で地元の人達が見学に訪れ, 彫刻に関する質問や制作過程での感想を 話してくれたりする. また作家のほうは市民特に子供達のための彫刻教室を開催して, 交替でその講師を勤 め 彫 刻 への 理 解 を 深め る よ うに して いる. 米子 では1988年 の 第 1 回か ら 隔 年 で シ ン ポ ジ ウ ム が 開 か れ て お り, そ の度 ごと 彫 刻 教 室 に参 加 して い る 子供達 も いて, 彼 等 との交 流 は意義 深 い もの と い えよ う. 米 子 シ ン ポ ジウ ムの 場 合 現在 ま で (1994年ま で) 4 回開か れて お り 私 が 参 加 したの は 第3 回 目に なる の , だ が, そ れ ぞれ の作 品 が 市 内に設置 されて いる. 2 回 目以 降の作 品 は米子市 文 化ホ ー ルと シ ョ ッ ピ ン グ ビル. の間の通りに道路を挟んで両側の歩道に設置して在り, 彫刻ロー ドの様な趣を呈している. 当初設置に関し て は市 の 開発 と も 関連 す る こ と で, 自治 体 の意 向に沿 う形 で置か れて いた よ う であ る が 私達 の 参加 した 3 ,. 回目から作家側の設置に関する主張や意見も事前に充分検討してもらい, お座なりな設置ではなく設置場所 の周 囲 も 可能 なか ぎり作 家 側 の 意見 によ っ て変 え られ る よ う にな っ て, 一 律 同 じ台座 の 上 に設 置 す ると いう よ う な こと は無く な っ て きた‐ これ も作 品 が 画- 的 に設置 される の で はなく 作 家個々 が抱 いて いる 環 境 との 調和 を 考 えて の こと であ り, 良 い結 果 と な っ たの で はなか ろ うか. 216.
(8) . 環境芸術としての彫刻に関する一考察. この様に公共空間に作品を設置する場合, 単に作品が出来たからここに置けばということだけではなく, 新たに作品を制作するという点で, 出来得る限り主催者・設置者・作家・市民との意見交換が重要なことと 思 わ れ る. 特 に この 様 な彫 刻 ロー ドとい う よう なも のに 発 展 して いく た め に は是非 とも必 要 で ある.. 米子シンポジウムの場合4回展を一応の区切りとして, 以降は自治体が主導で今後も続けて行く模様であ る. これ も 民 間 ボ ラ ンテ ィ ア の 熱 意 が市民 に通 じそ れ が市 を動 か したと いう こと に有 るよ うだ. この 事 に今. までの参加作家たちの作品が多少ともその役割を果たしているのではと信 じている. 上 田 シ ンポ ジウ ム の場 合 は主 催 が 私 立の 美術 館 とい う こ とも あ り作 品 はその 美術 館の所 有 と な っ て い る‐. そしてシンポジウム終了後作品は上田市内・東京都目黒区内・群馬県草津町内な どで展示を行い, 現在は長 野県東部町内の公園に他のシンポジウム作品と 共に展示されている。. まとめ 以上のように自作の制作に至る経緯やその過程またそれを取り巻く様々な状況を述べてきたが, その制作 形態は一様に括ってしまうことの出来ない複雑な問題が存在している. 作家である私達は自分の制作意欲を どの様に結び付けていけば良いのか. 模型作品と実作品とはスケールが達うわけであるし, 作家は出来るだ け実制作できるように希望する. しかし現実には金銭的に作家個人が負担するには余りに多額の費用を必要 とするわけで, 簡単には制作には移れない. また主催者はその 「まち」 なり美術館に展示する作品が欲しい が, 通常の方法で購入すれ ばそれに莫大な経費がかかることになり, 制作費の補助という形のコンクール展 や シ ン ポ ジウ ム形式 での作 品 収 集 に努 め る と い う こと が 行 わ れて いる. それ に市 民や 自治 体のま ち づ く りと い う構 想 が連 動 して一 つ の プ ロ ジ ェ ク トが企 画 さ れ る と い う こと に なる. そ れ ぞれ の利 害 が一致 してく る の. で一見良いことではあるのだが, これも無定見に作品を収集設置していけば, まとまりが無く周囲の景観と あ い 入 れ な い 風 景 とな っ て しま う. 最 近 よく 言 われ て い る彫 刻公 害と な っ て しま うの で はな かろ うか.. 作家の立場として, 自分の制作意図が見る人達に理解して貰えれ ば良いが, 周囲の事情 ばかりに流されて しまうと単なる 「作り屋」 に終わってしまう危険性もある. 作家は皆自分の作った作品に思い入れがあり, 大事に思うものであるが, このように屋外空間, 特に公共空間に恒久的な設置ということになれば十分その 辺りを理解していかなければならないと自戒の念を込めて思うものである. そして市民の側は自分達に託さ れた作品をこの先どの様に維持管理して行くのかという責任があるはずだ. 作 品 が設 置 され る 時, 華 や か なセ レモ ニ ー が行 わ れそ の 後 のメ ンテ ナ ンス がま っ たく 不備 で ある と い う状 況 が か な り在 るよ うだ. 現 に作 品の一 部 が破 壊 され た り, 落書 き, ネ ー ム プ レー トの破 損や, 周 囲の 植栽 の. 手入れ, それに経年変化による作品の汚染等, 数え上げれ ばきりのないほ ど問題は出てくる. ま ち に 造形 物 が設 置 され ると い う こ と は, その ま ちの 人々 が い か に そ の作 品を維持 管理 で きるか と いう こ. とを試されていることだと思う. それが出来ぬ程度の民度では作品は当然ながらそのまちとは調和していな いとい う こと であろ う. 作 品をま ち に置 く こ と は, そ れ を作 っ た 人, そ れを 置 い た人, そ して そ れ を 見 守 る 人々 と の 協調 に よ っ て な しと げ られ る と 思う. ま た, 皆 が緊 密 に結 び 付く こと に よ っ て 新 た な風 景 がそ のま ちに 現 れ る こと にな る だ ろ う.. 以上, 私は自作を中心に環境と造形物との係わりについて所見を述べてきたが将来もよりよいまちが出来 る よ う に 努めて 制作 に携 わ っ て い き たい.. 217.
(9) . . 寺 田. 作例( ) 1. 栄. 「風 景’75 一. 1 . 二 : : ′「 - ふ ;・ ん . ム ー- , ・ ‐ ‐. ・ 1L , . . - 二 - ・. ; き孝 を質す* さん. ★ - 〆 ー “ - ′ . ・ , ‐ ‘ ▲ ・ ・ ・・ ー - . ごキ-¥ ・ ・ 字 ゞ ′ . . ゞ . “ ^ 、 ・ . ‐ , . ′ ・ r・ ′‐.- ‐ ・ - 〆 二 ‘ 二 ’ - ‐ ‐ . こ .・ .・ ・ 、 ′た.-. - . ′. -・ に . 、.. ザ ′ ′. ‐{ - 』. ‐ .. ゞ ミ ;きメド キ. ‐ 総誘 電ききざ 作例( 2 ) 「風景」. 、. キ ドン コ ~ - L ・. ・ ● ▼ ▲ ′. . ‘ ふ. キ. ー -\ ( - 」 ーゴ -- . - 一 し.. ‐ i し 、 ; , .. 」. ▲- \ ‐ ・. . ー ・ メ 」.・. .~ ー- -〆 そ三戸 ,. :イ二 戸 が笥 ャ 蟹 メド ゞ ”… き ′. ち ‘」 } 議 定 ; ごノ - ー. . L. ・ ぞ.. .. 「 ・ 一 .- - ”^ y 一 」~ - .・ . ・ ‐ ・ ‐ { - . 」 ▲ ′ ;. ~. すrrii で 三 ′r一 , ・ 、 .● .・ . ’ ず 1・’ ↑ ,” . . - ・ . 噂 . に , ) , .ぶ. . ニ聾 払--ノーエ 三一ヒー▲」. 218. 1 --; . 、 , . , .ふ , , 一.‐ -も ・ ▲ .. : - ,. - - , --. . } ′ ′ 、. . 1 ・ ’. .・ へ..
(10) . . 環境芸術と しての彫刻に関する-考察. 作例( 3 ) 「風 景 亘」. L トド,′ ・ 1, . ; 、 ‘ “! . 達三 . ,下} 、 - 、. 誘導 高詠鴬職* キ を--ふき ー , , .. 作例に ). 「風 景 1」. ノ ノ ~ ー 一 ‐ h一 y ・ \ . 二r f r 二 二二 二 g. ~~. . . ~ す・ - - ,ご. ・ .. ′. . ノ ′. .・. - .・. 、 } ・. . . 熟寝 き. 豊熟. ′: ′ . も ・ ~ r . ・、 1 \ ^ ‘ ご : ′▲ 1 も ・、 . 、 r ’. 賓 … 霊界馨総評 舞鶴 さ 蕃 嘉. ず . も・ ′〆 、 ‘ しめ,ご】〆 ヤ. 219.
(11) . 寺. 栄. 田. 5 作例( ) 「風景」 . 、 ・‐. 、. ′. .・ . ’” . ・J ,・. ノ. メド一三 さききざおき 鑑三メドおも綴喜 ミ滋. ・ ‐ .. 季 呈 上 争議 書 ≧ さ き嘉 主審も ぎ 夏 書 ; きれ. ,. 作例( ) 「風 景」 6. ▼, . ‐. ー t. ‐ 書き ‐ まふ き, , ま. ‐キゴr&▼ゞ ‘ .. ‘ .・ ・、 ’ 、 ▲ 、 、 キ . ・ ・ ‐ -.:h . - ノー ‐・ : :. ‐ ・・. 三弐まき 一 ん」 t. 220. に ; z ’ ‐丸キ ー. . 」. 二 へ.
(12) . 環境芸術と しての彫刻に関する一考察. 作例( 7 ) 「風景」. ん 溝 急く. 報 議. イ. ー . 1. き き. ー、 ・:- 二 一 二- .◆、. 221.
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