「悪」を食らって生きる ~実践「羅生門」をパーソナライズする~
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(2) 「悪」を食らって生きる ~実践 「羅生門」をパーソナライズする~. 高. 橋. 一. 嘉. 体が 目的化 して しまうと、トレーニングばかりに終始して 、生徒に必. に つなが って い く 。こ れが グロ ーバル 時 代に求 められる 国語 科授 業の 目的の一つだ と私は 思う。ところが 、こ のコミュニケーション活動自. を通した言葉の経験の積み重ねが 、やがて生徒の教養や人間力の向上. 力」によって 生み出される。その「考える力」は、即断的な「話す 」、. 格闘技における技は、強靱な肉 体を鍛えることに よって生み出され る。国語 科の授業における思考のスキルも同様に、頭 を鍛え 、「考える. テク ストを 使って コ ン テク ストを 読み 、 個人の考えを根拠に 基づ いて. 要な負荷がかからない授 業を繰り返すことになる。それで は、いつま で た って も 生 徒 に 「 使え る 力 」は 身 に つ かな い 。「 使え る 授 業」とは 、. はじめに~「技は力の中にあり」~. 業の中に演 出しなければならな い。. 教師自身を 教えたつもりにさせ、生徒を学んだつもりにさせる。真の. チン グして しまう 。 その方が効率が良 いか らである。しかし、こ れは. 生 徒に「学 ばせる 」こと は「 考えさせる 」ことで あり、教師にとって は「 待つ」こ とにつながる 。「待て な い」教師は、ついオーバーティー. 教師も生徒も「話す 」 「聞く」力や「待つ力」、 「考える力」が身につく 。. ラ クター と して 読 みの技 術を伝え、テクスト分析の補足にも時間をか けるが 、それが 授業の 最終目 的で は な い。こ のような 授業を通して 、. こ の 授 業に お いて 、 教師は フ ァシリ テー ターとな る 。 無論、インスト. て 問答を 繰り返さ せる。生徒は 、互いの考え方の相違に気づき、根拠 を持って自分の考えを話し、やがて 、本質的な問題に辿り着いていく。. るのだ。教師は読み の方法 を生徒に伝え 、コミュニケーションを通し. え られな いと いう欠点が あると 言われる。しかし、この授業の目的は む しろ そこ に あ る 。 教 師が 用 意 し た 予定 調 和で 授 業が 進まな い所にあ. コミ ュニケーションベースの授業は、たくさんのことを効率よく伝. コ ミュニ ケーシ ョンの場で ぶつけ合うことで 瞬発力を鍛え、物事の本 質を 見抜く 力を生 む も のな ので ある 。. 「 聞く 」 と いう コ ミ ュ ニ ケー シ ョンの 場で 鍛え ら れる。だ から 、 国語 科教師は予定 調和ではな い、 真剣勝 負のコ ミュニケーションの場を授. 1、グローバル時代の国語科授業の目的 グローバ ル時代におけ る国語科授業の目的とは何かということにつ い て 考 え て み た い 。 こ れ ま で は 文 字 中 心 の 「 読 む 」・「 書 く 」 こ と を 重 視した授業が中心であった。無論、今も その必要性は変わらない。し か し、グローバ ルな時 代においては、 他者の多様な 考えを受容し、時 には批判的に考え、発信するという「話す」 「聞く 」ことも求められる 。 その思 考法や発想法は 、「 考える」ということが根底になければ生まれ な い 。( 注1)その「考える力」は、真剣なコミュニケーションの場に お いて 鍛 え ら れ る 。 本 来 、 言語 を 扱う 国語 科 の 授 業は 、生 徒 の思 考法 や 発 想法 の 軸 を 形. 真 剣 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョン の 場 に お いて は 、 相 手 は 必 ず し も こ ち ら. 成するも ので な ければな らない。こう した言葉のソフトスキルはこの 真 剣 勝 負 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 場で な け れ ば 身 に つ か な い 。 の 答えを 待って く れるわ けで は な い。だ からこ そ国語の授業は 、即断 的 に 考 え 、 判 断す る 力 を 鍛 え る 場で な け れ ばな ら な い 。 そう し た 授 業. −135−.
(3) 徒に力はついていないのである 。この「オーバーティーチングの戒め」. 学びに失 敗はつきもので ある。結局、教えすぎは生徒に試行錯誤させ ず、生 徒の「 考える」 時間を 保障して いな いから、教師の実感ほど生. 分 析 シー トを使 って それ ぞれの 意見と 根拠を記入し、シートに貼り付 けて いく 。こ れは 単眼 的思 考 から複 眼的思 考へと深 めて いくこ と を 目. で 話 し合い 、分析す るよう に 指示 をす る 。分析 作業は、各 グループに. 落分けと 場面分けを行い、場面ごとに 登場人物の心情や人物設定を分 析するという 目的を明確にし、その ための 具体的な観点をグループ内. 対 話に よる テク スト 分 析 と ポ ス ター セ ッ シ ョ ン. スキルを使って 論理的にまと める 。. ②ポスターセッションの準備(グループワーク) 担当場面の分析した内容を 、「根拠」と「意見」を明確にし、説明の. 与 えて いる か を 分 析 す る 。. ①テクスト分析 下人を取り巻く情景や 環境、空間が 、彼の心理にどのような影響を. 今 回の実践に即して 言え ば 、教材「羅 生 門」につ いて 、次のような 展開で テクスト分 析を進 めた。. 的 と して い る 。. 「 効 率 重 視 の 戒 め 」「 予定調和 の 戒 め」は 、 私が 授 業の中で 常に 戒 めと して 意 識 して いる こ とで あ る 。 2、学習目標とプラン 「 単元目標 」 「羅生門」をテクスト にし、そこに書かれてあるコンテンツから背 景にあ るコ ン テクストを、コ ミュニ ケー シ ョンを通して 様々な切り口. 展開1. 文学ディベート とフロ アとの ディスカッションを通して のク リ ティ カ ルリ ー デ ィ ン グ. ③全体でのディスカッションによる複眼的思考力の育成. 分 析 し た テ ク ス ト の場 面 を ど の よう な 視 点で イメ ー ジ して 、 ポ ス タ ー の 画 面 に 表 現す る か 話 し 合う 。. 当 然のことながら、 グルー プで の対話、 ディスカッションが最初か. −136−. で分析し、読み取り、社会や読み 手自身 の実生活、生き方の問題と結. 展開2 文 学 テク スト のパ ー ソ ナラ イズ. び つけて 考えるこ とが で きるこ と を 目標と す る 。 「授業プラン」. 展開3. 以 下 、 展 開 1 ~ 3 に 沿 って 授 業 の 概 要 を 述 べ る 。. 明確に示すことや生 徒の変化を待つ姿勢と 、適切なコマンドを示すこ. らうまく いくわけではな い。したがって 、4月当初から主体的なもの になる ように促す 。そこで 必要なのは、教師の一貫した姿勢と目的を. 3、展開1:対話によるテクスト分析 小説 教材を扱う授業で の導 入は 、事 前にあ らす じを理解してきて い. な い 教師は 、 効率を 求 めて 教えて しまう ので ある。その後 、生 徒は ポ. とである 。こうし た時間 の投資 の中で 、生徒は試行錯誤しながら学ん で いく 。もちろ ん、初 めは効 率の良 い授業にはならな い。そこで 待て. (1)展開1のねらい. 考を促すきっ かけ 作 りと いう 目的が ある。 その後一斉授業の中で 、段. る かを 試す 「コ ンプリ ヘ ンション テスト 」( 問3択 式)を 実施し、生 徒の理解度を測 ること から始めるよう にして いる。これは単眼的な思 50.
(4) 体 的 に 分 析 して いく 力 を つ け て い く 。 こ う して グル ー プ や 全 体で の コ. ス ターセ ッショ ンから全 体討論 へと移 行す る中で 、テクスト のコ ンセ プトか ら様々な 問題設 定をし 、そこ からコ ンテクストを読み取り、主 ミ ュニケ ー ショ ンを通して 、コ ンテク ストを読み 取るための テクスト 分析や クリ ティカルリ ーディ ングに よって 、複眼的に考える力をつけ て い く ので あ る 。 で は何故、コンテクストを読み取ることが必要なのか。それは情報 化社会によって 、物や情報 自体の差別化が難しくなり、情報のスピー ドが 加速度的にアップすると、我 々が 表層の情報に振りまわされ、情. 「 ア ク ティ ビ ティ ー 」. ■第1段落冒頭の場面のテクスト分析 着眼点(場面設定と背景、心象風景、レトリック). 「 教師 から のコ マ ンド 」. (1 )グループワーク( 単眼思考から複眼思 考) ( 2 ) 全 体で の ダ イ ア ロ ー グ ( 巨 視 的 思 考 ). ●一匹の蟋蟀. 生徒から出た根 拠. ( 1 ) 5 W 1 H を 意 識 し て 分 析 の 観 点を 決 め るこ と 。 (2)根拠を明確にすること。. ①季節は い つか。. 生徒 から出 た意 見. ようとしなくなる。だからこ そ、情報を適切に解釈する力が希少価値. 報に追いすがるだ けにな って しまうからである。すると、情報の背景 にある 真実を読 み取ろ うとす る姿勢が失われ、情報を一面的にしか見. 晩秋から初 冬にかけて. (蟋蟀は秋の季語である。その 蟋 蟀 が 一 匹 し か いな いこ と か ら 、. と な り 、 そ の た め のコ ン テク ス ト を 操る 力が 必要なのだ と 私は思う 。 そう し た意図に 基づいて 、今 回の「 羅生門」の授業は 展開されて いる ので あ る 。. 秋の最盛期ではないことが伺え. 抜ける 。」. る 。」 「門の柱と柱の間を、風が吹き. 火桶が欲しいほどの寒さであ. ● 「 火 桶 、 炭ひ つ 」 は 冬 の 季 語 ●「夕冷えのする京都は、もう. る 。). る。したがって、秋の終わりか ら初冬にかけての時期と考え. (2)展開1の実際 以 下 、 展 開 1 の 授 業で 実 際 に 生 徒 が 行 っ た テ ク ス ト 分 析 を 紹 介 す る 。. こ の 紹 介例 は 、 テ クスト 分析 の授 業に よ って 議 論された生徒 の様々な コ ン テ ク ス ト を 読 み 取 っ た 意 見 を サ マ リ に し たも ので あ る 。 テーマ設 定 に 当 た って は 、 教 師 は 着 眼 点だ け を 示 し 、 そ れ に 基 づ いて 各 グ ル ー プで コ ン テ ク スト を読み 取 る ため の 具体 的な テーマを決 めて いくと い う 展 開で 進 め た 。 こ こ で は 、「 羅 生 門 」 の 各 場 面 ご と に 、「 生 徒 か ら 出 た 意 見 」「 生徒 か ら 出 た 根 拠 」 に 分け て 述 べ るこ と と す る 。. −137−.
(5) ( 教師 の アド バ イス ). 月、. 子を表している。日が暮れて夕. (「 も う 」 と い う 表 現 は 、 す っ かり冬の寒さが浸透している様. て み ることで 、こ の場面に おける下人の心理が 具体的になるのでは. (教師のアドバイス). な いか。. ●午後4時から降り出した雨が、 「 申 の 刻 下 が り か ら 降 り 出 し た. 「 いまだに 」と 表現さ れて いるこ 雨 は 、 い ま だ に 上 が る 気 色 が な と か ら 、 雨 が 長 時 間 降 り 続 い て い い 。」 ること を 表現して いる 。こ の長時. な いか。 夜の時間 帯は「百鬼夜行」と言っ て 、も ののけが活動す る時間 帯迫 ってくる闇は下人の不安感をかき 立て る効果がある 。. ③場 所( 羅 生 門 )は ど の よう な 所 か 。. 都のメインストリートの南端、都 三 省 堂. と 郊 外 の 境 界 に 位 置 す る 。 当 時 、 略図 都の郊外は鄙(異郷)であり、人 の 住む と こ ろで は な い。羅生 門 は 異郷と都とを区別して いた。異郷. 精選国語総合・教科書. (教師のアドバ イス」. と都を結ぶ門という位置づけなの で はな いか 。. と 考え ら れ る 。し たが って 、時間. 考えれば、つ じつまが 合うのでは. 下人が羅生門の中 の「はしご」を上がっていく場面。その設定の意 味 と 絡 めて 考 え て み る と 人 物 設 定 が 具 体 的 に な る の で は な い か 。. 間と いう感覚は最低1、2時間以 上降り続くと いうこ とで はないか. 平安朝における暮れ方、夜の闇のもつ意味を民俗学的にリサーチし. 冷えがする寒さは、晩秋から初 冬をイメージさせる。). 平 安 朝 の 暦 は 旧 暦 な ので 、 何 月 ぐ ら い と 考 え ら れ る か 。 晩秋から初冬は 、旧暦の9~ 新暦で は ~ 月 と な る 。 10. ● 日 が 暮 れ る 直 前 の 時 間 帯 ( 闇 が 「暮れ方」 迫 って く る 不 安 感 ). ②時 間 帯は い つか。. 11. 帯は午後5、6時以降と考えられ、 「暮れ方」と いうこ とと 合わせて. −138−. 10.
(6) 下 人は 自由意思を 獲得し た瞬間 から人間実存の 苦悩が 始まるという 設定なのではないか。その苦悩が 、「飢え死にか盗人になるか」とい. う 極 限 状 況 に お け る 究 極 の 選 択 で あ っ た と いう こ と で あ る と す る と 、. いか。. そこ から 下 人像が 具体的 になる ので は な いか。こ れは 人間の本 質的 な 苦 悩 の 始まりで あ り 、下 人 時 代に はな か っ た苦悩 だ っ た ので は な. ④「下 人」と いう 身分は 、こ の時代ど のような 立 場か。. る身分で はないか。本人に自由意. 代 前半. ⑤下 人の年 齢 代後半 ~. 代後半~. ●「にきび」は思春期から青年. こ の当時下人とは「家内奴隷」の こ とで あ り 、 主 人 に 隷属 的 に 使え. 人に職業自由選択 の余地はな い。. 思はなく、物と同じように売買さ れる対象となることもあった。本 下人の身分に生まれた者は 、本人 の努力や能力に関係なく、一生、 下 人で い る し かな いが 、忠実に使. は 、 才。老婆を取り押さえ たとき太刀を使い慣れているこ. 元服している。元服の平均年齢. の色 は 、青年が 着る色。 ( 太刀」を持っていることから、. ● 「紺 の襖」と いう 青色 の着物. 期の象徴だから、 代 前半 と 言 え る 。. 20. いか。) ●「階段をいきなり飛び上がっ. た」ことから、若々しいエネル. ギッシュな年齢。. −139−. 10. とから、年齢はもっと上ではな. 15. えて い れば生 活は 保障され る 。. 20. ( 教 師 の アド バ イス ). 14. ( 教 師 の アド バ イス》 主人に暇を出されたと いうことは、家内奴隷からの解放と いうこと に な る が 、 そ れ は ど の よう な こ と を 意 味す る の か 。 ● それは 自 由 を 獲得 し たと いうこ 図 書 館 文 献 ( 日 本 国 語 大 辞 典 な とではないか。 ど) ● 人生 の選 択を 自分 の 意思で 決 定 す る 権利と 自由を得 たことで 、下 人は人間性を獲得したということ にな るので はな い か。 ( 教師 の アド バ イス ). 10.
(7) 説 も あ る 。 人 物 像 の 形 象 に 意 味 を 持 つ ので は な い か 。. 老 婆 の服装の色か ら、老 婆の年 齢や身分を 考え 、その 比較で 考えて みて はどうか 。一説で は、檜皮色の 服は、尼僧が 着る服の色という. 生徒から出た根 拠. ■ 第1 段落 前 半の テ ク ス ト分析 着眼点(場面設 定と背景、心象風景、レトリック) 登 場 す る 小 動 物 や 風 景 描写 に 着 眼 。. 「 教師 か ら のコ マ ンド 」 生徒 から出 た意 見. ①「 蟋蟀」の表現効果 場面1「大きな円柱に一匹の蟋蟀がとまっている 。」. が 下 人の 孤 独 感を 強 めて い る 。. 下 人 の 孤 独 感 を 一 層 強 めて いる 。 下 人 の 途 方 に 暮 れ て い る 時 間 が 時間の経過を示す 。 長かったことを表していること. で いく 展 開 を 暗 示す る 。. 下 人に次な る 行動を物 語が 促す効 下 人 が 羅 生 門 の 中 へ と 迷 い 込 ん 果がある。 ③「鴉」「夕焼け」の表現効果. 死者を啄む、. 死のイメ ージ. 鴉(黒). 羅 生 門 の 衰 退 ・ 不 気 味 さ ・ 下 人 の ●「 烏」と「夕焼け」の対比 孤独 感を引 き 出す 効果 。. 死者の血の. ●一羽も見えない鴉(主語が鴉. 夕焼け(赤) イメー ジ. を 出 す 効 果 が あ る 。 蟋 蟀 の 擬 人 化 の対比を読者に イメー ジさせる 。. 羅生門の荒廃ぶりと場面の寂寥感 ● 以 前 の 羅 生 門 と 現 在 の 羅 生 門. ③「雨は羅生門を包んで 、・・・重たく薄暗い雲を支えている 。」. やり雨の降るのを眺めていた」 と いう 表 現が 表 し て いる 。. を「にきびを気にしながらぼん. している。下人には帰る場所が なく、途方に暮れている現実感. 一人の下人(主語が下人に転換. の糞になり、鴉の糞があるばか り。鴉には帰る場所があるが、. ●一 人 の 下 人 = 一 匹 の 蟋 蟀. の下人と、一匹の蟋蟀だけ ). 現在(丹塗りの剥げた、一人. 以前(人通りが多い、賑やか、 派 手な 装 飾 ). に よ って 、下 人 の 孤独 感を表現す る。. ②「蟋蟀」の表現効果 場面2「蟋蟀ももうどこかに行ってしまった。」. −140−.
(8) 雨の音が下人の心理に与える聴覚 ● 「 ど う に も な ら な い こ と を ど 的効果⑴ うにかしようとして、とりとめ 「 聞 く と も な く 聞 い て い た 」( う も な い 考 え を た ど り な が ら ・ ・ わ の空)と いう 前段 の 表現から、 ・ 」 と い う の は 、 は っ き り し な. ●下人の意識は「雨の音」と「と. 途方に暮れて いる下人は 、まだ 直 い ま と ま り の な い 考 え の 表 層 を 面 し て い る 問 題 に 対 し て 真 剣 に 向 た ど って い る と いう こ と で あ る 。 き 合 って いな い ので は な い か 。. ■第2段落のテクスト分析. の 局所を肯定する。 ●盗人になることを積極的に肯. 定す る勇 気が 出ずに いた。. 着眼点(場面設定と背景、心象風景、レトリック) 生徒 から出 た意 見 生徒 か ら 出 た 根 拠. ①下 人の心 理 ・下 人像 の分 析と 「は しご 」 の意 味 ~下段 ~. 「人目にかかるおそれのない」と ● 下 段 に 踏 み か け た と き 「 ど う. りとめのない考え」の両方を行 ったり来たりしているだけの状 態. わ される よりは 、危害を及ぼす対 た 気 持 ち で 下 段 に 足 を 踏 み か け. 直す効果がある。昼間の空間では. た 下 人 か ら 、「 一 人 の 男 」 と 捉 え. 面 に 向 けて 、中 段 で 立 ち 止 ま って いる下 人をさっきまで逡巡して い. ● 語 り は こ こ で 中 断 し 、 新 し い 局 「一人の男」と いう 呼称変化. ②下 人の 心 理 ・ 下 人像 の分 析 と 「 は しご 」 の意 味 ~中 段 ~. あることから、上に対する警戒心 は な い ので は な い か 。. で は な い か 。 下 人 の 意 識 が 太 刀 に に しな が ら 」. 象 で は な い 無 機 質 な 死 人 の 方 が よ た。」 いと安 易 に 決めて か か って いるの ● 「 太 刀 が 鞘 走 ら な い よ う に 気. あるので 、人の気配を意識して煩 せ 死 人 ば か り 」 と 「 髙 を く く っ. ●雲は下人が直面する閉塞状況 を 表す 雨 の 音 が 下 人 の 心 理 に 与 え る 聴 覚 ●下人の意識 的効果⑵ 集まってくる雨の音(心理的圧 「 ざ あ っ と い う 音 を 集 め て く る 」 迫感). 闇に対す る現実感と 不安感を与え ● 雲 は 下 人 が 盗 人 に な る こ と を. という音の効果は 、下人の意識に、 ↓ 次の行動を促すような迫り来る効 と り と め の な い 問 題 と 向 き 合 わ 果 を も た ら す 。 同 時 に 、 迫 り 来 る せる 効果 て い る 。 や が て 、 直 面 す る 問 題 に 暗 示 して い る 対 し て 向 き 合 わ な け れ ば な ら な い ● 「 甍 の 先 」 に つ いて 状況に下 人の心理を追い込んでゆ 甍 の 先 は 下 人 の 道 徳 心 で 、 そ れ く効果を持つ。. が辛うじて、盗人にならないこ とを支えている .. ●手段を選ばないとすれば、こ. −141−.
(9) 常空間から隔絶した異空間に迷い. 以前、下人という身分だった男が、 ただ の 男と して 、羅 生 門と いう 日. 善悪の基準となる道徳観などが通. ●動物のイメー ジと下 人を結びつ ける効果 。人間社会の理性や秩序、. る。. と、その先方を見たいために首を 前突き出す好奇が 入り交じって い. じな い異空間に迷 い込み、しだい に本能だけが支配する空間に迷い. ●羅 生 門 の 中 の 不 気 味 さ と そこ に 「 火 の 光 が 右 の 頬 を ぬ ら し て い. 迷 い 込 む 下 人 像 に 一 人 間 と し て の る」 リ ア ル 感 を 出 して い る 。. いく 下 人像を 描いて いる 。. 込み、動 物的な本 能に支配されて. 込 んで いく 下 人 像 を 描 いて いる の で はな いか 。. ●火の光の存在に「 ただの者では 「 猫 の よ う に 身 を 縮 め て 、 息 を. ④「はしご」の持つ場 面効果. な い 」 と い う 感 情 を 抱 い て い る と 殺 しな が ら 」 いうことは 、普通の人間ではなく、 人 間 以外 の 霊 的な 存 在 を意識 して い る ( 後 に ただ の 者で あ っ たこと が 失 望 、 憎 悪 に つ な が る )。 獲 物. をつなげ る役割を 持って いたこ とを考えると 、「はしご」にも何かし. ( 教 師 の アド バ イス ) 冒頭の設定解釈で、羅生門は都と鄙(郊外)との境界にあり、両方 ら の 場 面 効 果 が 考え ら れ な い か 。. を捕るときの猫の行動(次の行動. 強 めて い る 。 慎 重 さ 。. へ の 心 構 え と 警 戒 心 )。 自 分 の 存 在を気づかれな いように警戒心を. ③下 人の 心 理 ・下 人像 の分 析 と 「 は しご 」 の意 味 ~上 段 ~. 者の世界と いう非日常の空間へと. ることができるのではないか。そ の「はしご」を使って 、次第に死. をつなぐ役割を有して いると 考え. 羅生門の中の「はしご」も日常の 生活空間と死者の空間(異空間). り 付 く 姿 が 、 下 人 が 闇 の 中 で 這 う んで 」 ようにして いる 姿と重ねることが ● 「 体 を 平 ら に し な が ら 、 首 を. 迷 い 込 む 下 人 像 を 赤裸 々に 描いて. ● や も り は 夜 行 性で 、 壁な ど に張 ● 「 や も り の よ う に 足 あ と を 盗. か れ な い よ う に と い う 用 心 深 さ のぞ いた」. で き る。 先方に 自分 の 存在を 気づ で き る だ け 前 へ 出 し て 恐 る 恐 る. −142−.
(10) い る 場 面で は な い か 。. ●「両手をわなわなふるわせて. 老 婆 が 下 人 に 死 人 の 髪を 抜 く 目 的 を 話す 場 面. ~おしのように執ねく黙ってい る」表現から読み 取れるから。. 老婆像の具体化(社会的弱者、臆 ● 「 ち ょ う ど 鶏 の 脚 の よ う な 、 病、執念深 い、飢 えた存在) 骨と 皮ばかりの腕」. ③場面3. ( 教師 の アド バ イス ) 同 様 な 表 現 効 果 を 持 っ た ア ナ ロ ジ ー を 考 え て みて 欲 し い 。 ジブリ「千と千尋の物語」に描. 老婆像の具体化(表面的な弱さと ● 「 い っ そ う 大 き く し て 、 じ っ. かれている「トンネル」の持つ 場面効果との比較によって裏付 けられる。人間界と妖怪の世界. た」. は 異 な る 洞 察 力 の 深 さ 、 人 間 観 察 と その下 人の 顔 を 見守っ た」 力の鋭さ 、陰険、慎重、用心深い、 ● 「 肉 食 鳥 の よ う な 鋭 い 目 で 見. 老 婆が 自分 の 行 為 を 正当 化す る 理 由 を 述 べ る 場 面. 毛を持ったなり、蟇のつぶやく よう な 声 」. げ 、自分を通りかかりの旅の者だ」 さを繕う属性が「あえぎあえぎ」. には上だ ったが、下 人が声を和ら ト リ ッ ク は 、 鴉 の 狡 猾 さ と 、 弱. 場面1から場面3の中で、老婆と 「 鴉 の 鳴 く よ う な 声 が 、 あ え ぎ 下 人 の 力 関 係 は 、 下 人 の 方 が 力 的 あ え ぎ 伝 わ っ て き た 。」 と い う レ. 老婆は何故、下人に自己の行為を正当化する理由を述べたのか。. ⑤「 テーマ設 定」. 執 着心が 貪欲 、狡猾 ). 老婆像の具体化(欲深 い、生への 「 死 骸 の 頭 か ら 奪 っ た 長 い 髪 の. ④場面4. 本 能的な 生 の 執 着心が 強い). をつなぐ役割を持って描かれて いると 思う 。 ■第3段落のテクスト分析 着眼点(場面設定と背景、心象風景、レトリック) 生徒 か ら 出 た 根 拠. 下 人が 老 婆 を 発 見す る 場 面. 生徒 から出 た意 見. ①場面1. 老婆像の具体化(老獪さ、狡猾、 ● 「 檜 皮 色 の 着 物 を 着 た 背 の 低. 下 人が 老 婆を 力 づ くで ね じ 倒す 場 面. む よう に 眺 めて い た 」. 老 婆」 ●「死骸の一つの顔をのぞき込. 不 気 味 、 貪 欲 さ 、 醜 悪 、 欲深 い) い 、 痩 せ た 白 髪 頭 の 猿 の よ う な. ②場面2. −143−.
(11) いな がらも 、下人に 対 して の恐れ. と 言 っ た た こ と で 、 下 人 の 正 体 を と いう 見抜いた老婆の心理に、弱者を装 はしだいに失われ、老婆の狡猾さ が う か が え る ので は な い か 。. と いう 場 面で 、 下 人 の 素 性 を 「. 「 肉 食 鳥 の よう な 鋭 い 目で 見 た 」. 場 面 3 か ら 場 面 4 の 展 開 に お い 老 婆は 「 いっそう 大きくして 、 て 、 下 人 と 老 婆 の 心 理 的 上 下 関 係 じっとその下人の顔を見守っ た 」 は 逆 転 して い る よう に 思 う 。. 旅の者」ではなく、自分と同じ ような境遇の若者と見抜いてい. る目だと思う。その心理的安心. 感が、老婆が経験から身につけ た生きるための論理を、若造の. 反論. 「死骸の頭から取った長い髪の毛 を持ったなり、蟇のつぶやくよう. 今 回 の テ ク スト 分 析 に お いて も 、 生 徒 は 対 話を 通 して 疑 問を ぶ つ け. まる。. 最 初に「 何故 」「 何だろ う 」と いう 驚きと 疑問と いう パト スがあ って 初めて 、「好奇心」が芽生え、生徒にとって 意味を持った「学び」は始. 理屈は、必ず しも生徒の学びをイ ンスパイアしな い。. し て い る ので は な い か 。. 下人に語るという展開を生みだ. (3)考察. な声」という表現の意味につい て 、老 婆の生への執着心と狡猾さ が表現されていると前回まとめた ことから 考えると 、こ の場面4で. 婆は 弱者を 装 いな が らも、理屈で. は心理的に老婆の方が下人を見透 かして いる よう に 読み取れる。老 若い下人をわからせようとし た ので は な い か 。. 然 の こ と だ が 、 教 師 は 先 行 研 究 に つ いて 深 い 理 解と 知 識 を 持 って いな. 合 い、着眼 点を 見い出 し、テク ストの 表記から場面設定や人物像の意 味を考え、複 眼的な 思考力を しだ いに身に つけて いくことになる。当. け れば な らな いが 、、それを最 初から 一方的に示す のは 、授 業の場にお いてはナンセンスである 。何故なら 、それは試行錯誤を通して気づく、. 今 の 反 論 に は 根 拠 が 示 さ れて い な いが 、 い い 指 摘 な ので 根 拠 と な る 表現を全体で考えてみたい。「いっそう大きくして、じっとその下 人の顔を見守った 」「肉食鳥のような鋭い目で見た」という表現か. らである。. 「何故」と いう生 徒の学びの芽や「考え る」時間を奪うことになるか. ( 教師 の アド バ イス ). かと いう 点 か ら そ の 理 由 を 考えて みて は ど う か 。. ら 、 老 婆 は 何 故 、 下 人 を 鋭 い 目 で 見 た の か 。 ま た 、 何 を 見て い た の. −144−.
(12) こ の場面 の時間設 定は 、 午後 5 時から 6時くら いで あり、季節設定と 考え合わせると、晩秋から初冬の頃の、5~6時位の日没寸前の時間. ので はな いかという 疑問を生んだ 。その 結果、生徒が出した結論は、. いるという生徒の指摘で ある。これは 、雨が降って いる時間を、数分 間と いう 単位で 考える ので はなく、最低1 、2時間は降り続 いて いる. た効 果で ある。 元服を 表す下人の「太刀」も 、それを「鞘走らないように」と気遣. 青年 と いう 人物像を イメー ジで き たのも 、ポスターセッションをさせ. ま た、第 一段落冒頭場面 の⑤で 下 人の 人物像を具体化す る分析にお い て も 、「 に き び 」 だ け で は な く 、「 紺 の 襖 」 と い う 青 色 の 服 か ら 若 い. こ と も で き た ので あ る 。. 日 常の死 者の世界に迷い込んで いくリ アルな 姿を読み取らせた。さら に、レトリックに着目して 、下人の心情の微妙な 変化を読み取らせる. ンネ ルも「 境界」を 意味す るもので あり 、そこ から下人の日常から非. 帯で あ る と いう 結 論 に 達 し た 。こ の 指 摘 に よ って 長 時 間 に 渡 って 途 方. って いる 点や老 婆に突きつけ た使い慣れ た表現や 、「はしごから 飛び上. さ せた。 それが ジブリ の「千と 千尋の物語」である。千尋家族が、森 の中に 迷 い込 み 、ト ン ネルを 通 って 死 者の 世界に 入って いく 。こ のト. に暮れて いる下人像が具体化され、やがて迫り来る夕暮れから闇への 不安が 、下 人の 孤独 感 を一層深 いも のにして いることに気づ いて いっ. 例 えば 、第一段落冒頭場面の②のテクスト分析で ある。「 申の刻下が りから 降り出 した雨は いまだ に上が る気色がな い」という表記の「い. た ので あ る 。. が った」と いう 描写 から青年らしい若々しさを読み取り(注4 )、下人 の年 齢 を 代後半 から 代前半と判断して いくプロセスによって 生徒. 必ずしも 共有できな いが、客観的な事実は 共有して 、その蓋然性につ. の 客 観 的 な 読 み が 身 に つ いて い く ので あ る 。. 行研究のことは当然知らない。しかし、生徒同士の対話の中で 、 「何 故 」 と いう 疑 問から 多 角的に読むこ と を 通 して 、「 境界 」と して の位 置づけ. ス ト の 虚 構 性 の 中 に 、 生 徒 が 生 き る 現 実生 活 や 自分 の生 き 方 に 接 点を. の 中 か ら 一 歩も 外 に 出 ら れな い か ら だ 。 だ と す れば 、 小 説 と いう テク. を 論じることを ゴール にす るこ とは 、生徒にと って はあまり意味を持 たな い。何故なら、 作品論だけを論 じて いても、授業は小説の虚構性. −145−. ま だ に」は 、「雨が 午後4時から長時間降り続 いて いる」ことを表して. テクストの表記を根拠に議論して いくと いう方法は、根拠の蓋然性 に対して客観的に議論できる 。自分の主観や感情を根拠にした意見は 、. ( 1)展 開 2 のね ら い. 展 開 1 の 授 業の 終 わ りに 、生 徒 は 「 夜 の 底 に消 えて いっ た下 人が そ の後どうなったのか 。」という 疑問を出して くる。しかし、その感想は. 4、展開2:クリティカルリーディング. 平岡敏夫氏(注3)は、羅生門の「夕暮れ」や「はしご」に羅生門の 「境界」を見て いる。羅生門は「境界 」を通り抜け、別世界に入る通. に 気がつ いて いく 。こう して 、複 眼的思 考力を身につけて いくので あ. 生徒は必ずしもリ サーチャーにな るわけではない。だ から、作品論. 個 人 の 主 観 の 域 に 留 ま る も ので し か な い 。. る 。私はここで 、生徒の思考を深く導くために、アナロジーの指摘を. 混沌 を結ぶ 役割を 持ったものとして 描か れて いる。生徒はこう した先. り道で あ り、 その中 の「は しご」は 、日常と非日常、生と死、秩序と. いて 議 論 す る こ と が で き る ので あ る 。 次に 、羅生門の場所の設定に関してである。この点に関して 、「都と. 20. 鄙の境界 」という指摘は 、すでに多くの先行研究がある 。 (注2)特に 、. 10.
(13) 理 不尽さに向き 合って 生きるか、それを避けて生きるかは自分で 判断 しな け れ ば な ら な い 。 ただ 、 理 不 尽 に 目 を 背けて 生 き る 人生 に は 貧 寒. って 夜の底に消えて いっ た下人の行為 に正義はある」というディベー ト 命題 を 私は 設 定 し た 。老 婆 の 着物 を剥 いで消えて いっ た下 人の 行為. ラ イ ズさ せるこ と に 、「羅生 門」を読む 本当 の意 味がある ので はな いだ. こ のよう に、テクストの虚構のコンテクストに、生徒達が いずれ直 面する 現実があるからこ そ、虚構の中に留まるのではなく、パーソナ. な 人 生 し か 待 って いな い 。. と「 正義」という 問題を結 びつけ ることで 、現代社会に生きる生徒達. 国語 科授 業 者は 忘れて はな らな いと 思う ので ある 。. ろ う か。 私は 、小 説 教材 は 、テクスト を通して 生徒一人一人の生き方 にフィードバックされて 初めて意味を持つものという本来の目的を、. そこで 、こ の問題を深 めるための方法と して 、「老 婆の着物をはぎ 取. 見 いだす 必要性がある。 つまり 、自分 の生き方にパーソナラ イズさせ ることが大切なのだ。(注5). に フ ィ ー ド バ ッ ク さ せ る た めで あ る 。 確 か に 、「 正義 」 と いう 概 念 を 持ち 込むこ とで 、作 品 の 主 題 か ら 軸が. (2)展開2の実際と考察. ずれ るので はな いかと いう 指摘は ある。 しかし、私の目的は作品論を 論 ずることにあるので はな い。「羅生門」を何故、現代の生徒に読ませ る必要があるのかという問いに答え を出す ためで ある。その必然性の. 「 下 人の 行為に 正義はあ る のか 」と いう 命題に対して 、生徒達は 賛 否に分 かれて 文学ディベート を行っ た。その際の立論の例を紹介して. し、彼が、老 婆の着物を脇 に抱えて 闇に消えてゆくと いう最後の場面. 理 性 だ けで 生 き る こ と は 、 死 に つ な が る 。だ か ら 、 下 人や 老 婆が 自. よ りも 、 人殺 し た方が 英 雄に な れる 。 冒頭の場面設 定から 、都は社会的秩序や道徳的価値観が崩壊し、. 生 き る 可 能性を 残 して や った行為と 考 えることがで き る 。極限状 況. −146−. 獲 得 の た め に 「 正 義 」と いう 概 念 を 取 り 入 れ 、数年 後 、 大 人と して 理. 肯定側立論例 下人の行為に正義はあ る。その理由は 、2つある。そもそも「正. みたい。. 義」と は 、国 家の存亡に関わる極限状況における戦 争において は、. いう のが 真の 目的で あ る 。. 不 尽な 社会で 生きて いく生徒達にとって 、「生きて いくための正義とは 何か」と いう 答えのな い問いに真正面から向き合う 姿勢を 教えようと 「 羅生 門」 に 置き 換えて 考える な ら ば 、 下 人は 、 その身分 から 解放さ れ、職業選択の自由を獲得しながら 、「 盗人になるか飢え死にするか」. の描写 は 、老婆から得た盗人にな って悪を食らう勇気を大事に抱えて. 手に して い た髪の 毛は 奪い 取らな かった 。それは 、老 婆に対 して も. ら の生 に 執 着 し 、本 能 の ま ま に 生 き よ う と す るこ と は 必 ず しも 悪で はな いと 言え る。ま た、下 人は老婆 の着物をはぎ 取って も 、老婆の. 生き るという目的 を達成 し、勝利 し た方 に正義がある。1人を殺す. と いう 現実社 会の理 不尽さ に 直面す る 。さ ら に、老 婆の 論理に よって. 消 え て い っ た と い う 姿 と 将 来 の 不 安 を 象 徴 的 に 描 いて い る と 私 は 思 う 。 そして 、その下人の姿は 、数年後の生徒達の姿でもあるのだ 。やがて 、. 盗 人にな る 勇 気を 得 たこ とで 、 現 実社会 の悪を食らう 勇 気を 得るこ と になる。物語は 最後で 下人が 盗人にな ったかどうかは語らな い。しか. 彼らが出て 行く現 実社会は、多く の理不 尽を抱えた社会で もある。そ の 社会で 彼らは ど のように生き るべき かと いう 問題にぶつかる。その. 100.
(14) 行為には 正義はあると 考える。. に あ って も 、他 人に対す る配慮があり 、他者に対して 「 考える」と いうこ とを下 人は放棄 して いるわけではな い。したがって 、下人の. 否 定側立 論 例 正義とは 自己犠 牲を払 って 、他 人を助けるこ とのなかにあ る。人 間が生 きて いく た め に 必 要な 道徳的 価 値 観にお いて は、 自分 の幸 福 よりも、他人の幸福のために生きることが 、「人間らしさ」であり そこに正義はあ るので はな いか 。したがって 、自分が生きるために 老 婆の 着物 を 剥 ぎ 取る 下 人 の 行為 に は 正義 は な い 。 アンパンマ ンは正義の味方だが、自分の顔をちぎって飢える子供 達 に与え る優し さが あ る 。も し 、下人 に 正義があるなら ば 、老婆の 論 理 に 影 響 さ れ る こ と は な か っ た は ずで あ る 。 最 初 、 下 人 が 老 婆 を と ら え たと き 、 死 人 の 髪 の 毛 を 抜 く と いう 行 為 を 「 許す べ か ら ざ る 悪 」 と 思 って い た 。 こ の 時 点で 下 人 に は 、 老 婆 の 行 為 を 道 徳 的に悪と判断する 正義はあった。それな のに、老婆の論理 を聞い た後 、悪 の 論理を受け 入れ たこ とは 、下 人の心 から 正義はな くな. こ れ は 例 え ば 、漢文 の「 朝 三 暮四 」 の 話 の中にも 同じ論点が あ る 。. 一 方 、 否 定 側は 、ど の よ う な 状 況にお いて も 、 人間 にと って の 正義は 利 他 的 な 判 断 の 中 に 存 在す る と いう も ので あ っ た 。. 主 人 公 の 狙 公 は 、 自 分 の 食 べ 物 を 分 け 与 え る 程 に 猿 たち を か わ い が る 善 人で あ っ た が 、 いざ 自分 の 生 活が 窮乏す ると 猿 たち を 騙す よう な 利. 己 的 な 人間 にな る と いう 話で あ る 。こ こ に は 儒 家と 道 家 の 思 想的 な 対. 立が背景にある。つまり、道家が主張するのは 、極限状況においては、 人間は ど んな 善 人で あ って も 利己的 な 判断をす るも のであ って 、そこ. にこ そ人間 の本 性が あり、 人間と して の 正義があると いうもので 、こ. の 話 は 、 儒 家 の 考 え 方 を 批 判す る メ タ フ ァ ー に な って い る 。 私 は 以 前に 学 習 し たこ の 話 や 、 武田 泰 淳 の 小 説「ひ か り ご け 」 の 話. をアナロ ジーとして生 徒に 提供 し、 再度 、「 正義 」のあ る生 き方とは何. 況に おいて 変化するもので はな いか 。」ということで あった。さらに、. かというこ とを議 論させ た。その結果、フロアーを交えた全体の議論 の 中 で 、 最 終 的 に 辿 り 着 い た 結 論 は 、「 正 義 」 の 定 義 は 、「 そ の 時 の 状. 人間にとって 正義 のある生き方とは 、「 人間らしさ」を貫くことにある ので はな いか。そして 、その「人間らしさ」とは 、「 道徳的 ≒人間ら し. さ 」 と いう 結 論で あ っ た 。「 道徳的= 人間 ら しさ」と 考える のは 、 道徳. も 「 正 義 」 の あ る 「 人間 ら し さ 」 と は 言 え な いと いう のが 議 論 の 末 に. 的 価 値観が 通用す る秩序 のある 社会にお いて 通用する。しかし、状 況 が 変わ って 生 き る か死 ぬかと いう 極 限 状 況にお いて は 、それは 必ずし. て 「 お れ が 引 剥 ぎ を し よ う と 恨む ま いな 」 と 言 って い る こ と か ら 、 自 分 が 老 婆 に 恨 ま れ る こ と を し よ う と して い る 意 識 は あ る こ. な いのが 残念だ が、拙 い議論な がらも 一つの真理に近づけたのは、答 えのな いテー マと向き合う 面白さと 生徒の知的好 奇心をインスパイア. を 支 配す る も の は 、 盗 人 に な る こ とで あ り 、 さ ら に 、 老 婆 に 対 し. っ た と い え る ので は な い か 。 テ キ ス ト に は 「 飢 え 死 に な ど と いう こ と は 、 意 識 の 外 に 追 い 出 さ れて い た 」 と あ る よう に 、 下 人 の 心. と から 下 人 に 正義 は な い。. す る こ と が で き て い た か ら だ と 思 って い る 。. 辿 り 着 いた 結 論で あ っ た 。こ の議 論のプ ロ セ スを紹介す るこ とがで き. 肯定 側の定義は、戦争と いう極限状況に おいては、生きることがす べてに優先され、利己的に生きることに正義があるというものである。. −147−.
(15) 5、展開3:下人の現実をパーソナライズする 最 後 に 、 ま と め と して 次 の よう な 授 業 を 展 開 し た 。. 老 婆 の着物 を剥ぎ 取 って 消 えて い った下 人の行動に置き換えて 考え. だ ろ う か 。生徒 と の対話 から 、 私がま と め た内 容を 私見と して 最後に 述べて み たい。. 識と 行動のずれに向き合う こと、そこに下人が取るべき「責任」はあ. か し、下 人は そのこ と に 気づ いて いな い。 そこ に 彼の将来 への不安が あ る の だ が 、 着 物 を 剥 ぎ 取 る と いう 「 悪 」 の 行 為 に 対 して 、 自分 の 意. 同時にそこ には「責任」と いう 問題が下 人に突きつけられて いる。し. て み た 場合 、「おれが引剥ぎ を しようと 恨む ま いな 」と いう 悪を食ら っ て 生 き よう と す る 下 人 の 言 葉 は 、 自 由 世界 の扉 を 開 く 言 葉で も あ る 。. べ き な の か と い う こ と に つ いて 考 え さ せ る 。. 失った瞬間に、 彼の中 から 「責 任」 は消 え 、「 正義」は 失われ るのだ。. つ ま り 、 大 人と して の「 責 任」 のあ る 行 動 と は 、決して 他者 の 見本と なる良い行いをす るこ とで はなく、む しろ 、「悪」を受け入れざるを得. る ので は な いかと 私は 考える。 そして 、そのずれという 理不尽さと向 き合って 、苦悩するこ とによってのみ、彼の正義は保たれる。それを. な い と いう 状 況 の 中 で 苦 悩 し つ つ 、 そ の 理 不 尽と 悪 を 食 ら って 生 き る. そ の た め に 「 大 人 と して こ の 社 会で 生 き て い く の に 必 要. そこで 、「責任」とは何か。「責任ある行動とは何か」と. レ ー ン ス ト ー ミ ン グ さ せ た 。す る と 、 必 ず と 言 って い い ほど 、「責任」というキーワードを生徒は出してくる。. ことができることなのだ 。言い換えれば、責任ある大人になるとは、 「悪 い」 と 知りつつも 、それをしなければな らな いとき 、「できる」 人のこ. な 要 件 と は 何 か 」 と い う こ と に つ いて 、 キ ー ワ ー ド を ブ. る 勇 気 を 得て 現 実 の 社 会 に 消 え て い っ た 下 人 は ど う 生 き る. 表現は、老婆の論理を 抱えてということだけではなくそ の 理 不 尽 さ を 抱 えて と いう 意 味で も あ る 。 そこ で 盗 人 に な. 現実の社会が待っている。「老婆の着物を抱えて」という. (1)「夜の底」に消えていった下人。そこは理不尽さを抱えた. (2). いうこ と に つ いて 再 度 考え さ せ る 。. とで も あ る の だ 。. こ の ように、「責任のある生き方」とは、道徳的に生きること、倫理 観にしたが って 生きることで はなく、 そうで きな い状況の中で 自分 の. こ の問いに対して 、生徒 の回答は「責 任のある行動をとることだ 」 と いう お決まり の回答をする 。想像はして いたが 、こ のような模範的 な回答をすることを 先生から教え込まれ、その回答に何ら疑問を持た. う。ただし、その理不尽に対する葛藤をやめた瞬間に、正義はなくな. こ う して 下人の中にあ る「 正義 」と いう 問題を、生徒自身の生き方. を 終 え た ので あ る 。. る 。そして 、その理不 尽と 不安 を抱えて 消えて ゆく下人の姿こ そ、数 年 後 の 生 徒 達 の 姿な のだ と いうこ と を 、 最 後に 生 徒 に 伝 えて こ の 授 業. 行為に対して どう責任を取るかを考えるこ とがで きることなのだと思. な いような 生徒を 育て る と いう のが 、日 本 の学校教育の現状な のかも 知れない。(注6) そ こ で 私 は 、「 責 任 あ る 行 動 と は 何 か 」 と い う 問 い を 新 た に 投 げ か. で は 、 こ の 「 自分 の 行動 に 責 任 を 取 る 」 と は 、 ど の よう な こ と な の. けて 考えさせるこ とにした。その問いに対する回答は 、「 自分 の行動に 責 任 を 取 るこ と だ 」 と いう 回 答が 最 も 多 か っ た 。. −148−.
(16) に重ねて パーソナライズさせることで 、小説「羅生門」の虚構から離 れて 、小説を 読む本来 の目的 に近づ くこと が可能にな ったので ある。 おわりに 今 回 の 実 践 は 、 国 語 科 教 育 の 在 り 方 を グ ロ ー バ ル な 視 点で と ら え 、 日. そ の こ と は 結 果 と して 『 心 の 闇 』 の 空 無 化 、 苛 立ち を 肥 大 化 さ. と して の 〈こ と ば 〉 の 領 域 に 孕 ま れ て い る 問 題 は 看 過 さ れ 、 せる」と いう。. (2)松本修氏「媒介としての門」( Grupe Bricolage 『紀要』1 一九八 三・一二). 双 文 社、 一九九〇. を 視 野 に 入 れ ー 」『作品 論. 宮 坂 覺 氏 「『 羅 生 門 』 論 ー 異 領 野へ の 出 発 ・『 門 』(夏 目 漱 石 ). 実像と虚像』(洋々社、一九八八・. 芥川龍之介』. 常 の 授 業 の 中で ど の よ う な 資 質 能 力 を 鍛 え る の か を 考 え 直 す こ と を 目 的. 関口 安義 氏『芥 川 龍之介. ・ 一二 ・ 二 ). と し た も の で す 。 当 た り 前のこ とで す が 、 今 ほど 日 本 の 国 語科 教 育 を 垣 そ れ に は 、 自 ら が 垣 根 を 越 え る こ とで す 。 そ の 勇 気を 持 っ た 者 だけ が 見. 一九八七. 杉 本 優 氏 「 下 人 が 盗 賊 に な る 物 語 ー 『 羅 生 門 』 論 ー 」(『 日 本. ・四). (3)平岡敏夫氏「『羅生門』の異空間」(『日本文学』1. 一一・ 一五). 根 の 外 側 か ら 見 つ め 直 すこ と が 求 め ら れて い る 時 代 は な いと 思 い ま す 。 え る 世 界と い う の が あり ま す 。 私 が そ れ を 強 く 感 じ る き っ か け と な っ た のは 、 十 年 ほど 前に 、 ニ ュー ジー ラ ンド や アメ リ カ、ボ スト ン の ハ イ ス. 近代文学』. 二 〇 一 一」. −149−. ク ー ル を 視 察 し た こ と が き っ か け で し た 。 自 分 の 頭で 、 言 葉 を 使 っ て 自 分 の 意 見 を 言 う 。こ の 当 た り 前 の ソ フ ト ス キ ル を 、 日 常 の 授 業 を 通 し て. い方』渓水社. ー」(『広島文教教育』 VOL 二〇一七) ( 5 ) 菅 原 敬 三 氏 「『 中 学 校 、 高 等 学 校 国 語 科 の 教 材 研 究 と 教 材の 扱. ( 4 ) 猪 川 優 子 氏 「 生 徒 の 思 考 を 導 く 読 み ー 『 羅 生 門 』 を 起 点と して. 一 九八 九・ 一〇 ). ど の よ う に 使 え る よ う に す る か と い う 問 題 意 識 を 抱 えて 帰 って き た の を 今回、原 稿の作成から 掲載にいたる まで 、北海 道教 育大学札幌 校 准教. 覚 えて い ま す 。 授 の 幸 坂 健 太 郎 先 生 か ら ご 丁 寧 な ご 指 導 を 賜 り 、 心 よ り深 く 感 謝 申 し 上. 愛 な 歴 史 観 や 文 学 観 」 が 持ち 込 ま れ る こ と の 弊 害 を 批 判 して い る。). (「 教 育 を 語るこ と の 病 」 と 題 して 、 教 育 の 場 に 「 自 閉 的 ・ 自 己. き心から感謝 申し上げます 。 注 (1)須貝千里氏(「日本文学」二〇〇一・一二) の 表 層 的 な 操 作 の 学 習 レ ベ ル に と ど め ら れ る 」 な ら ば 、「 表現. 「 国 際 化 ・ 高 度 情 報 化 社 会 に 対 応 して 、〈こ と ば〉 の学 習 が記 号. (たかはしかずよし/北海道札幌国際 情報高等学校). せて い た だ け れ ば 幸 いで す 。 最 後 に 、 北 海 道 教 育 大 学 釧 路 校 教 授 、 佐 野. (6)千田洋幸氏(「日本文学」二〇〇一・一二). 32. 比 呂己 先 生 や 札 幌 校 准 教 授 、 菅 原 利 晃 先 生に は 発 表 の 場 を 与 えて い た だ. ー マ を 追 究 す る 研 究 者 と して 、 私 は そ の 実 践 者 と して 長 く お つき あ い さ. げ ま す 。 先 生 と は 今 後 も 、「 理 想 の 国 語 科 授 業 と は 何 か 。」 と い う 大 テ. 41.
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