ウィリアム・モリスの宗教理解 ―キリスト教思想
と社会主義の統合―
著者
島貫 悟
雑誌名
ヨーロッパ研究
号
14
ページ
105-124
発行年
2020-03-27
URL
http://hdl.handle.net/10097/00131605
―キリスト教思想と社会主義の統合―
島 貫 悟
キーワード: ウィリアム・モリス/柳宗悦/キリスト教/社会主義/フェ ローシップ1.問題の所在
ウィリアム・モリス(William Morris, 1834−96 年)は、19 世紀イギリス の詩人・思想家・デザイナー・工芸作家であり、多くの分野にその業績を 残した人物であるが、とりわけ、アーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれ る手工芸復興運動において中心的役割を果たしたことは良く知られている。 実際、モリスの影響は、アール・ヌーヴォーやウィーン分離派における活 動をはじめとして、19 世紀後半から 20 世紀にかけて西洋で展開された様々 な美術工芸運動に及んだため(1)、モリスは「近代デザインの父」と呼ばれ ている。さらに、産業革命後の機械生産に対抗し、職人による手仕事の価 値を重んじたモリスの思想は、インドや日本にも影響を与え(2)、特に日本 では、大正から昭和にかけて柳宗悦(1889−1961 年)によって主導された 民藝運動との関係がしばしば問題とされる。 特に、近年では、組織的な研究が行われたことなどにより(3)、柳とモリ スの比較研究は大きく進展しつつある。なかでも、モリスから柳への影響 をどう評価したらよいかという問題は、柳の生前から論じられてきた問題 であり、既に多くの蓄積がある(4)。しかし、そうした受容史的観点からの 研究に比べ、柳とモリスの間の思想的比較という課題に対しては、依然として十分な検討がなされていないように見える。 両者の思想を比較した最初の研究は、1934 年に英文学者の壽岳文章 (1900−92 年)によって書かれた「二つの工藝論―モリスと柳宗悦」である。 この論考で壽岳は両者の共通点と相違点を考察し、最終的にモリスより柳 の主張を高く評価しているのだが、土田真紀は、「これ以降、柳とモリスを 本格的に論じたものは現れていない(5)」と述べており、藤田治彦も、壽岳 以降、近年に至るまで両者を比較した研究は少ないと語っている(6)。そし て、土田と藤田はそれぞれモリスと柳の比較を試みているのだが、いずれ の研究も柳によるモリス受容に焦点を当てたものであり、両者の間の共通 点、相違点に対する理解では、基本的に壽岳の考えが踏襲されているよう に思われる。 壽岳による理解とは次のようなものである。まず、共通点としては、と もに中世に理想を見出し、ゴシックの芸術を評価したことや、民衆によっ て作られる日用品の美を評価したことが挙げられており、これらは今日で も自明な事実として理解されている。一方、壽岳は両者の相違点について、 宗教哲学者でもあった柳の工芸論には深い宗教性があるのに対し(7)、モリ スは「宗教の世界に深く入らうとしなかつた(8)」と語り、「これモリスの工 藝論が柳氏のそれに遠く及ばない所以である(9)」と結論付けている。 壽岳によるこうした理解については、工芸論の優劣の基準を宗教性の有無 に求めたことに対する批判的見解は示されてきたものの(10)、柳とモリスの 思想的差異が宗教に対する関心の有無にあると捉える理解そのものについて は、その後ほとんど見直されることなく現在に至っている。しかし、後述す るように、そうした見方は必ずしも自明ではなく、今後両者の関係をより正 確に理解するためには、この理解を根本から問い直す必要がある(11)。 他方、モリス研究の分野においても、これまでモリスと宗教の関係はあ まり注目されることのないテーマであった。というのも、モリスは晩年に 社会主義者として活動し、自らをしばしば無神論者であると称していたた めに、宗教との関わりはあまり重要ではないと考えられてきたからである。 また、モリスとともに社会主義同盟で活動したスコットランド出身の社会
主義者J.B. グレイジア(John Bruce Glasier, 1859−1920 年)によれば、「宗教は、 モリスが著作や講演において、批判的な態度でも告白的な態度でも、決し て触れない話題であったばかりか、私が思うに、私的な会話の中でも、ほ とんど触れられることがなかった(12)」という。実際、モリスが宗教につい ての考えを系統立てて説明した資料は存在せず、そうした資料の面での制 約も先行研究の状況に影響を与えてきたと考えられる。 しかし、一方で、モリスと宗教の関係を浅からぬものとして捉える見方 も示されてきた。例えば、清川祥恵はモリスの思想を特徴づける概念として、
モリスが小説『ジョン・ボールの夢』(A Dream of John Ball, 1888 年)で描 いた「フェローシップ」という連帯の精神について分析している。清川に よれば、「フェローシップ」とは「相互扶助および労働の喜びの共有による 『連帯』(13)」を意味するのだが、それは「世俗的・非キリスト教的連帯では なく、ある種の、人々の『真実の(real)』霊的なつながり(14)」であるといい、 清川は、モリスがキリスト教を背景としながら、独自の理想である「フェロー シップ」に基づく新たな世界観を構築していた可能性を示唆している。 さらに、モリスの宗教理解と工芸論のつながりについても、小野二郎が、 モリスにおいても柳と同様の「美の原理と信仰の原理の一致(15)」があった ことを示唆しているが、その内容については語られていない。 このように、いくつかの先行研究によって、モリスが宗教に対して一定 の関心を持っていたことが示唆されおり、なかには清川のようにある程度 具体的な考察も存在する。しかし、清川の研究でも、キリスト教に対する モリスの立場が十分に明らかにされてはおらず、モリスの宗教観の内実は 未だ明確に理解されているとは言えない。 そこで、本論文では、これまであまり注目されることのなかったものも 含め、幅広く資料を分析することを通じて、宗教をめぐるモリスの断片的 思考を紡ぎ合わせることで、モリスのキリスト教理解を中心に、その宗教 観を浮かび上がらせることを試みたい。 そして、そうした検討は無意味ではないと思われる。なぜなら、第一に、 モリスの宗教理解を明らかにすることは、前述のように柳との間の共通性
と差異を明確に理解するために重要であり、それは、文化間対話の深化に つながると考えられるからである。第二に、大量生産・大量消費による社 会の限界が広く認識されると同時に、AIやロボット技術の発達による急 速な機械化のなかで人間の労働の意味が問い直されている現在、産業革命 後の社会において手仕事や工芸の価値を考究したモリスの思想を見直すこ とは意味のあることだと思われる。なかでも宗教に対する考えを明らかに することは、モリスの人間理解を知る上で重要であると言える。
2.モリスの中の矛盾する二つの立場
以上、先行研究の中には、壽岳のように、モリスは宗教に対して無関心 であったと捉える見方がある一方、清川のように、宗教に対するモリスの 関心を重要なものとして捉える見方が存在する。そして、こうした異なる 理解の背後には、モリス自身の中に存在する、一見して矛盾する二種類の 主張があるように思われる。ここではまず、そのことを確認したい。 例えば、詩人のウィリアム・アリンガム(William Allingham, 1824−89 年) に宛てた書簡では次のように語られている。 私は神学的な問題には手を出していない。私は、地上でくつろぐ人 間の邪魔をしている神は、私にとっての神でも、また疑いなく、あな たにとっての神でもありえないという以外に、神学について理解でき たことはない。私はこれらの問題に対する見解を尋ねられると、ディ ケンズの小説のデピュティ―のように(16)、「見つけ出せ!」と答えた くなる。もっとも私にはできないことなのだが(17)。 ここに示された主張は、神の存在を全く否定する、無神論者としての立 場を示すものであるように見え、こうした主張こそ、モリスは宗教に対し て無関心であったと捉える理解の根拠となっていると考えられる。 他方、モリスは大学入学当初には聖職者になることを志しており、下級生時代には「修道院の設立に全財産を捧げることを真剣に考えていた(18)」 と言われている。また、その時期モリスは、「宗教芸術の理論と実践を学ぶ 学生のための、大学と修道院と工房の性格を併せ持つ施設を設立する計画 に深く関わっていた(19)」という。ピーター・スタンスキーはこうした宗教 をめぐるモリスの青年時代の関心について、「一生を通じて彼は宗教的職業 意識、世の中を変革しようという宗教的使命感を持ち続けた(20)」という見 方を示しているが、実際、晩年のモリスと親交のあったグレイジアは、モ リスが私的な会話において、「ある意味で私は信仰告白をしているキリスト 教徒と同じくらい真剣なキリスト教徒なのである(21)」と語ったことを証言 している。これらの記録は、モリスがキリスト教に対して並々ならぬ熱意 を抱いていたことを示唆するように思われるのだが、そうしたモリス像は、 キリスト教に対する無関心を表明する前者の立場とは、一見して全く相矛 盾するものである。 しかし、こうした矛盾の中にこそ、一筋縄では行かないモリスの宗教理 解の核心が潜んでいるように思われる。そこで、本論文では、モリスの中 に存在するこうした矛盾をどう理解したらよいかという問題を検討するこ とを通じて、モリスのキリスト教理解を中心に、その宗教観を明らかにす ることを試みたい。以下ではまず、近代と中世のキリスト教に対するモリ スの認識を明らかにしたうえで、未来における宗教について、モリスがど のような展望を抱いていたのか検討する。そして最後に、神や死後の世界 といった問題に対して、モリスがどのような考えを持っていたのか検討す ることによって、キリスト教に対するモリスの立場を総合的に解明するこ とを目指す。
3.キリスト教の歴史に対するモリスの認識
3.1.近代のキリスト教に対するモリスの認識
モリスは、近代のキリスト教については否定的な考えを示している。と いうのも、モリスによれば、近代のキリスト教は「普遍的・内省的な倫理、あるいは神性への責任(22)」を重視する「個人主義的な倫理体系(23)」であり、 そこでは「人間の人間に対する義務は二次的な重要性しかもたない(24)」と モリスは考えていたからである。すなわち、近代のキリスト教においては、 中世以前のあり方と比べ、個人の内省による信仰により大きな重点が置か れるようになったために、個人主義的な傾向が強まり、人びとの間の連帯 が薄れていったとモリスは考えているのである。そうした中世から近代へ の変化について、「封建制イングランド」(Feudal England, 1887 年)という 講演では次のように語られている。 〔中世において〕教会は、人々の日常生活から抜き出すことのできな
いものであった。世俗的生活と精神的生活0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0(worldly and spiritual life)が、0 互いにあまり関りを持たない状態へと分断されたのは、宗教改革のプ0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ロテスタンティズムによる産物であり、少なくとも中世の教会におい0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ては、そうした分離は慣習のなかに存在しなかった0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0。そして、このこ とは、私たちがどれほど注意深く覚えても注意しすぎることはないの だが、現代のカトリックが現代のプロテスタントよりも、そのような 中世の教会のあり方をよく示しているということは、ほとんどないの である(25)。〔傍点は筆者による〕 中世のキリスト教に対するモリスの理解についてはすぐ後で詳しく分析 するが、ここでは、中世において教会は人びとの日常生活と強く結びつい たものであり、そのため、人びとの「世俗的生活と精神的生活」が一体であっ たことが重要であると考えられている。そして、それらが近代において分 断されることとなった原因は、宗教改革におけるプロテスタントの思想に あるとモリスは考える。しかし、プロテスタンティズムの特徴として一般 に挙げられる信仰義認論、聖書第一主義、万人司祭説といった立場につい て、モリスが分析的に自身の考えを述べた資料は管見の限りでは存在しな い。だが、少なくともモリスは、そうしたプロテスタンティズムの考えが 中世以前の教会を中心とした信仰共同体のあり方を変容させ、個人主義的
な近代のキリスト教のあり方につながったと考えていたということは確か なように思われる。そして、近代ではカトリックにおいてもプロテスタン トにおいても、世俗的生活と精神的生活が分断しているという点では共通 しているとモリスは考えていた。 さらに、モリスは次のように述べ、近代のキリスト教は資本制と密接に 結びついたものであるという考えを示している。モリスは言う。 ほとんどの富裕階級の人びとは、労働者がただ十分に「勤勉な (‘industrious’)」だけの存在となり、労働という聖なる目的のために、 喜びと余暇を奪われているとしても、祝福と礼賛をもって幸福な労働者 を歓迎している。端的に言って、あらゆる労働はそれ自体よいものであ るということは、近代の道徳における信条となっている。これは、他人 の労働によって生活している人々にとって都合の良い信条である(26)。 このように、近代の道徳にはあらゆる労働を神聖なものとして捉える見方 が存在すると考えるモリスはまた、「すべての労働は労働者に対する祝福で あるという半神学的教義(semi-theological dogma)は偽善的で誤りである(27)」 とも、「悲惨な堕落した生活が労働につきまとうのは神の定められたことな のだといった迷信は労働者の間ではすでに打破されていると私は思う(28)」 とも述べているのだが、こうした主張はプロテスタンティズムにおける予定 説を念頭に置いたものであると考えられる。というのも、予定説とは、カル ヴァンが提唱した考えであり、救済される者は無限の過去に神によって決定 されているとするものであるが、よく知られているように、マックス・ウェー バー(Max Weber, 1864−1920 年)は『プロテスタンティズムの倫理と資本主 義の精神』(Die Protestantische Ethik und der 'Geist' des Kapitalismus, 1904−5 年) において、プロテスタントの信徒はそうした予定説の考えを受け入れた結果、
神から課せられた「使命」(Beruf)としての、職業労働に専念することに救
いの確証を求めるようになったと指摘している(29)。そして、ウェーバーは、
資本主義の発展を支えたことを分析しているが、先の引用に示されたモリス の考えは、そうしたウェーバーの見方と軌を一にするものである。なぜなら、 モリスは、禁欲的労働を神聖なものと見なす態度には、労働者と資本家の間 の不平等な関係を固定化する作用があると考え、それは資本家にとって都合 の良い信条であると述べているからである。 以上のように、モリスは近代のキリスト教が持つ個人主義的な性質や、 プロテスタンティズムの倫理と資本主義が結びついた点を批判し、それら を否定的に捉えていたのだが、一方で、中世のキリスト教はそうした近代 のキリスト教とは対照的なものとして捉えられている。そこで、次に、中 世のキリスト教に対するモリスの理解について、詳しく検討したい。
3.2.中世のキリスト教に対するモリスの認識
第一に、モリスは「中世のキリスト教では、あの世での完全性のために個々 人が献身するという考えが依然として存在したものの、それは表面に出る ことはなく、ほとんど潜んでいた(30)」と語っている。そして、中世のキリ スト教においては、個人による死後の救済に向けた信仰よりも、封建制と キリスト教が結びついた社会構造の方が本質的に重要であったとモリスは 考えていた。例えば、モリスは「人生と宗教に関する中世の理論によれば、 教会と国家は本質的に一つであり、それらはただ、地上における神の国の 異なる現れ(manifestations)であった。(中略)王は、その王国の役人であり、 神の臣下であった。法学者も医学者も、ある程度聖職者としての性格を持っ ていた(31)」と語り、中世の時代には世俗の権力とキリスト教が一体となっ ていたことを重要視していた。 さらに、モリスは「騎士道の友愛団体から手工業ギルドまで含めて、中 世の顕著な特徴であったすべての団体は、一方で宗教的な組織であった(32)」 と述べ、「その秩序のなかではまた、神意によって定められた地位がだれに もあった(33)」と考えていた。それゆえ、「教会は単に地上と天上の王国を 結ぶ媒介であっただけでなく、その霊力を世俗の権力に吹き込むことで、 天上の王国を地上にもたらしたとさえ言うことができた(34)」とモリスは語り、中世の時代においては、教会を中心とした信仰共同体の中で、人々の 地位がみな神聖なものとして与えられていたと考えていた。したがって、 先に見た、中世の時代には「世俗的生活と精神的生活」が分離することなく、 一体のものとして成り立っていたという考えは、こうした中世の社会構造 に対する理解を前提としたものであると考えられる。 第二に、モリスは、そうした教会を中心とした信仰共同体としての性格 を持つ中世の社会では、人々の間に特別な連帯の精神が息づいていたと考 えており、この点がモリスのキリスト教理解を決定的に特徴付けているよ うに思われる。そして、中世の人々の連帯の精神に対するモリスの考えが 最もよく表現されている著作は、おそらく、清川も注目した『ジョン・ボー ルの夢』という歴史小説である。というのも、この中編小説は、1381 年に イギリスで起こった「ワット・タイラーの乱」と呼ばれる農民一揆を題材 としたものなのだが、作品中で「仲間との連帯(fellowship)」という言葉が 合計で47 回も用いられており、作品全体を貫く鍵言葉となっているからで ある。なお、モリスが14 世紀の農民一揆と 19 世紀の社会主義運動を重ね 合わせていることは、この作品が社会主義同盟の機関紙『コモンウィール』 (commonweal)に発表されたことからも明らかである。 例えば、司祭のジョン・ボールが戦場に赴く民衆たちに向かって語る次 の言葉には、「仲間との連帯」は永遠であるという思想が表現されており注 目に値する。 君たちは次のように言われてきたことだろう。この世で徳をつめば、 来るべき世で永久に幸せに暮らせると。しかし、そうであるならば、徳 をつんでこの地上でも天上でも報いを得てほしい。(中略)仲間との連0 0 0 0 0 帯は天国であり、それを失うことは地獄だ。仲間との連帯は命であり、 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 それを失うことは死だ0 0 0 0 0 0 0 0 0 0。そして、君たちがこの地上で行うことは、仲間 との連帯のために行うのだ。地上における多くの人々の命はやがてこの 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 地上から消えていこうとも、仲間との連帯の中にある命は永久に生き続0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ける0 0。そして、君たち一人一人はその一部なのだ(35)。〔傍点は筆者による〕
ここでは、仲間との連帯を至上の価値として捉える立場から、イエスを 信じる者は、死後復活し、天国に行くことができるという正統的なキリス ト教の教義とは異なる死生観が示されているように見える。というのも、 ボールは、仲間との連帯こそが永遠であり、仲間との連帯を守り続ける人 は、死後も仲間との連帯の中で永久に生き続けるという考えを示している からである。そして、そのように、死後の世界と地上の世界を連続的なも のとして捉えるボールは、「天と地は別々ではなく、一つのものなのだ。そ の一つのものとは君たちも知っており、君たち一人一人がその一部である もの、つまり〈聖なる教会〉のことなのだ(36)」と語っている。この言葉は、 中世の教会が封建制度と一体となり、人々を結びつける紐帯としての役割 を果たしていたことに注目するモリスの立場と合わせて考えるならば、教 会を中心とした「仲間との連帯」の中に人は生きており、そうした「仲間 との連帯」こそが永遠であるという主張として理解することができる。また、 モリスは別の講演において「〔中世の時代の〕地上における神の国は、天国 における神の国の一部だったのである(37)」という考えを示しており、地上 と天国を一体のものとして捉えるボールの見方は、中世のキリスト教に対 するモリスの理解を直接反映したものであったと言える。 しかし、「仲間との連帯」を永遠のものとして捉える思想については、そ れが、中世キリスト教の死生観として現実に存在していたとモリスが考え ていたかどうか明らかではない。モリスがいかにしてそうした理解に至っ たのかという問題は興味あるところであるが、いずれにせよ、モリスは、 『ジョン・ボールの夢』において中世の社会を意識的に再構成することを通 じて、「仲間との連帯」こそが永遠であり、至上の価値を持つものであると 捉える、独自のキリスト教理解を提示したと言うことができる。その意味で、 モリスは「独創的な『フェローシップ』という概念を基盤として、より発 展的な理想世界としての『中世』を、新たに追求しようとした(38)」と考え る清川の見方は正鵠を射たものである。 ところで、このように中世に理想を託し、近代を批判する立場は、一般 に「中世主義」と呼ばれるものである(39)。鈴木禎宏は、中世主義は「『近代』
という現実からの逃避という保守的な思想になりえる一方で、ある理想の もとでの社会改良を推し進めようとする革新的な思想にもなりえる(40)」と 述べているが、実際、モリスの場合にも、以上のように理想化された中世 像が未来への展望に反映されていた。そこで本節の最後に、モリスの描く 未来の理想について、宗教の問題を中心に検討したい。
3.3.未来への展望――「社会主義の宗教」という理想
モリスは『社会主義』の中で、「道徳意識の未来の形態に関しては、次の ように予言しても差し支えあるまい。それはある意味で古い世界の倫理へ のより高い次元での回帰となるだろう(41)」と述べ、社会主義が実現した未 来の理想社会では、中世以前の倫理への回帰が起こるという考え方を示し ている(42)。そして、未来に実現されるべき新たな倫理と宗教を、それぞれ「社 会主義の倫理」、「社会主義の宗教」と呼び、次のように語っている。 〈社会主義〉の宗教は通常の倫理がより高度な雰囲気の中に持ち込ま れたものに他ならず、両者の相違は同胞への責任感をどの程度自覚して いるかの相違に過ぎないだろう。〈社会主義の倫理〉は、私たちの日々 の生活習慣の指針となるだろう。社会主義の宗教(socialistic religion) はより高度な道義心の謂いであり、人類の未来のために、通常の気持ち では誰も意をふるっては行えないような行動に私たちを駆り立てる(43)。 すなわち、社会主義が実現した未来の理想社会では、「個人主義的な倫理 体系」である近代のキリスト教に代わり、「同胞への責任感」を重視する「社 会主義の倫理」や「社会主義の宗教」が現れるとモリスは考えているのだが、 それは中世のキリスト教への「高い次元での回帰」という側面を持つと考 えられていた。というのも、モリスは社会主義が実現した未来社会を舞台 とした小説『ユートピアだより』(News from Nowhere, 1890 年)の中で、未 来社会の住人であるハモンドに次のように語らせているからである。中世の時代の精神の方が、わたしたちの人生の見方に近いところが ありました。中世の人びとにとって、天国やあの世の生は、現実のよ うなものだったので、それが地上でのくらしの一部になってしまった のでした。そういうわけで、正式の信条とされた禁欲主義的な教義で はこの世のくらしを軽蔑するように命ぜられたのでしたが、人びとは この世でのくらしを愛し、また飾りたてもしたのです。 しかしその気分もまた、天国と地獄という二つの国があの世にある という確たる信仰とともに消えてしまいました。いまではわれわれは 人間の世界の生が連続的に続くこと(continuous life of the world of men) を言葉のうえでも行動においても信じています(44)。 以上の引用では、未来社会では死後の世界が連続的に捉えられており、 それは、天国と地上を一体のものとして捉えていた中世の世界観と類似し ているという考えが示されている。そして、ハモンドは「われわれ自身の 単なる個人的な経験から勝ちとった日々の小さな積み重ねに、いわばその 共同生活の毎日を付け加えていくのです。だからこそわれわれは幸福なの です(45)」と語っているのだが、この考えは『ジョン・ボールの夢』で示さ れた中世の人々の連帯の精神に通じるものである。したがって、モリスが「社 会主義の宗教」として想定したものの内には、中世のキリスト教のように、 「仲間との連帯」に至高の価値と永遠性を見出す思想が含まれていたと理解 することができるのである。
4.J.B. グレイジアによる証言
以上のように、モリスは近代のキリスト教に対しては否定的な考えを表 明していた半面、中世のキリスト教に対しては肯定的な考えを示しており、 未来社会では、中世のキリスト教をはじめとする過去の時代の宗教への「高 い次元での回帰」が起こり「社会主義の宗教」が現れるという考えを抱い ていた。では、モリスは、神や死後の世界といった問題に対してはどのように考えていたのだろうか。最後に本節ではこの点について、グレイジア による証言を検討することを通じて、モリスの宗教的立場を明らかにした い。 グレイジアは、グラスゴー出身の作家、社会主義運動家で、既に述べた ように、モリスとともに社会主義運動を行った同志の一人であるが、最晩 年に著した『ウィリアム・モリスと初期社会主義運動』の最終章「社会主 義と宗教」において、モリスが私的な会話の中で語った宗教に対する数少 ない言説を引用しつつ、モリスの宗教観について考察している。それゆえ、 このグレイジアによる証言は、先行研究ではあまり取り上げられていない のだが、モリスの宗教理解を辿るうえで極めて重要な資料である。 モリスは最晩年、私的な会話の中で、「宗教に対する君の現在の意見はど のようなものだい?」と唐突にグレイジアに尋ね、自身の考えを次のよう に語ったという。 論理的思考から導ける限り、私はきっぱりと無神論者と言われるも のなのです。宇宙のすべての現象は驚くべきものですが、私はこの世 界の事実の中に、神や不死の存在を示すいかなる現実の証拠も見出す ことができません。そして、私は次のことを完全に確信しています。 すなわち、もし神が存在するならば、〈彼〉は〈彼〉自身について、私 たちに多くを知って欲しいとは決して思っていなかったでしょう、い やそれどころか、私たちが〈彼〉のことを気にかけることなど全く望 んでいなかったでしょう。〈彼〉がもしそう望んでいたとしたら、〈彼〉 は〈彼〉の存在や望みについて、私たちの疑う余地が全くないほどま で圧倒的に明確にしたと思いませんか?(46) ここでもモリスは自身を無神論者であると称しているのだが、ここで示 されたモリスの立場は、むしろ不可知論(agnosticism)と呼ばれる立場であ るように思われる。不可知論とは、神の存在を一切否定する無神論(atheism) の立場に対し、「一般に人間が認識できるのは経験に基づいた事実だけで
あって、経験を超える究極の実在、絶対者、無限なる者、神といったもの は認識することができないとする立場(47)」のことである。引用において、 モリスは、この世界で経験される事実の中に、神や不死の存在を示す事実 は確認できないとした上で、もし神が存在するとすれば、神は自身につい て人間に知って欲しいとは思わないであろうと推論を行っている。すなわ ち、モリスは神の存在を否定しているわけではなく、経験を超える究極の 実在である神について、人間は知り得ないと考えているのである。したがっ て、モリスがなぜ自身を無神論者であると述べているのかは別に考える必 要があるが、少なくとも、ここで示されたモリスの立場は、無神論ではな く不可知論の立場であると言える。 また、モリスは天国や死後の世界という問題に対しても、「私はそれを理 解し尽くすことができません。それは説明できないのです(48)」と語り、不 可知論の立場に立っていたことをグレイジアは証言している。さらに、モ リスはグレイジアに対し、「私は、この世界と人生から受け取りうる以上の 幸福など望みようもなく、これ以外の人生を生きることなど願うべきでな いことを知っています。(中略)人々がまったく浅はかにも夢に見て希望す る天国や、死の先にあるもう一つの人生などというものから、私がそれを 使い、楽しむことができる能力をもっていながら、この世界や人生によっ て与えられないものを得ることなど全くできないのです(49)」と語ったとい う。この力強い言葉には、モリスが、イエスを信じる者は死後天国に行き、 永遠の祝福を得られるという、正統的なキリスト教の救済史観には懐疑的 であり、地上の生をどこまでも肯定する現世主義の立場に立っていたこと が明確に示されている。そして、モリスによるこうした主張の背後には、 死後の救済のために個々人が献身的に信仰を守ることを重んじる近代キリ スト教に対する批判が透けて見える。 したがって、『ジョン・ボールの夢』に示された、人は死後も「仲間との 連帯」の中に生き続けるという考えは、正統的なキリスト教の救済史観に 馴染むことのできなかったモリスが、思索の果てにたどり着いた独自のキ リスト教理解であったと言うことができる。しかし、モリスはそうした考
えについても、小説という形を通して間接的に提示するにとどめ、宗教的 な問題について概念的に主張することからは身を遠ざけ続けた。だが、モ リスがグレイジアに対して語ったという「ある意味で私は信仰告白をして いるキリスト教徒と同じくらい真剣なキリスト教徒なのであり、キリスト による模範と教えを信じるという実践的意味において、大多数のキリスト 教徒よりもはるかに真剣なキリスト教徒でありたいと願っている(50)」とい う言葉には、自らのキリスト教理解に対するモリスの自信が現れている。 そして、グレイジアは、「これら〔宗教〕の問題について彼が語ろうとせず、 それらを議論することからはまったく満足を得られなかったように見える のは、単に興味がなかったというよりは、彼がそれらの問題に深く心を配っ ていたことを示唆していると解釈するほうが合理的かもしれない(51)」と述 べているのだが、以上の検討を踏まえるならば、こうした見方こそモリス の真意を的確に捉えるものであるように思われる。
5.結論
以上、ウィリアム・モリスの宗教理解について、主にキリスト教に対す る考えを中心に分析した。その結果、モリスは、近代のキリスト教が持つ 個人主義的な性質や、プロテスタンティズムの予定説を背景とした、あら ゆる労働に禁欲主義的に従事することを善とする立場に対しては、それら が資本主義と結びついた考えであるとして厳しい批判の目を持ち続けたが、 キリスト教そのものを否定することはなかったことが明らかとなった。 たしかに、モリスは自身のことをたびたび無神論者であると称していた が、グレイジアとの対話の中では、むしろ、神や死後の世界の存在につい てこの世界での経験からは認識することができないとする不可知論の立場 を取っていたことが示されている。そして、中世のキリスト教については、 近代のキリスト教とは異なり、個人の内省による信仰よりも、封建制とキ リスト教が一体となった社会構造の中で、各人の地位が神聖なものとして 与えられ、精神的生活と世俗的生活が一致していたことが重要であったと考えられていた。さらに、14 世紀の農民一揆を題材とした『ジョン・ボー ルの夢』では、「仲間との連帯」に至高の価値を見出し、それを永遠のもの として捉える独特なキリスト教理解が示されている。 そして、社会主義が実現した未来社会では「社会主義の宗教」と呼ばれ る新たな宗教が現れるとモリスは考えており、それは中世のキリスト教を はじめとする近代以前の宗教への回帰となると考えられていた。実際、『ユー トピアだより』では「仲間との連帯」の中で生きることに至上の喜びを見 出し、死後も地上の生が連続的に続くことを信じる未来社会の住人の姿が 描かれている。したがって、「仲間との連帯」をめぐるモリスの思索は、正 統的なキリスト教の救済史観とは異なる独自のキリスト教理解を探究する 営みであったと同時に、キリスト教と社会主義の理想を統合しようとする 壮大な試みでもあったのである。 以上の理解を踏まえるならば、柳とモリスの思想の相違点が、その宗教 性の有無にあると捉える壽岳の理解は不正確な見方であったと言わざるを 得ない。そこで、今後は両者の宗教理解が工芸論とどのように結びついて いるかという点に注目して、より詳細な比較を行うことが求められるが、 この点についての考察にはまた他日を期することとしたい。 註 (1) ヨーロッパとアメリカにおけるアーツ・アンド・クラフツ運動の影響については、 次の文献を参照。ジリアン・ネイラー『アーツ・アンド・クラフツ運動』川端康雄・ 菅靖子訳、みすず書房、2013 年。ニコラス・ペヴスナー『モダン・デザインの 展開―モリスからグロピウスまで』白石博三訳、みすず書房、1957 年。同著『モ ダン・デザインの源泉―モリス、アール・ヌーヴォー、20 世紀』小野二郎訳、 美術出版社、1976 年。
(2) アーナンダ・K・クーマラスワーミー(Ananda Kentish Coomaraswamy, 1877‐1974年) は、モリスの思想に影響を受け、『インドの工人』(The Indian Craftsman,1909 年)
をはじめとする著作において、インドにおける手工芸の復興を説いた。クーマラ スワーミーの工芸論の内容については、金谷美和「民藝的なるものの誕生―
アーナンダ・K・クーマラスワーミーとの比較を契機として」『柳宗悦と民藝運動』
(3) 科研基盤研究(A)『アーツ・アンド・クラフツと民藝―ウィリアム・モリス と柳宗悦を中心とした比較研究』(研究代表者:藤田治彦)が2011 年から 2015 年にかけて行われた。 (4) 例えば、草光俊雄「柳宗悦と英国中世主義」『近代日本とイギリス思想』(日本 経済評論社、1995 年)123−142 頁。 (5) 土田真紀「柳宗悦とウィリアム・モリス」若山映子・圀府寺司編『美術史のス ペクトルム』光琳社出版、1996 年、248 頁。 (6) 藤田治彦「アーツ・アンド・クラフツと工芸の変貌―ウィリアム・モリスと 柳宗悦をめぐって」『美學』51 巻 1 号、2003 年、25 頁。 (7) この点について本稿で詳しく立ち入ることはできないが、柳の主張は基本的に 浄土教を中心とした仏教思想に基づくものである。詳しくは、阿麻利麿『柳宗 悦―美の菩薩』(リブロポート、一九八七年)および、拙論「柳宗悦の民藝論 における工人観と仏教思想―ウィリアム・モリスとの比較に向けて」『比較思 想研究』45 号(2019 年 3 月)100-108 頁を参照されたい。 (8) 壽岳文章「二つの工藝論(下)―モリスと柳宗悦」『英語青年』72 巻 6 号、 1934 年 12 月、8 頁。 (9) 同論文、7 頁。 (10) 藤田、前掲論文、20 頁。 (11) なお、民藝運動に加わったイギリス出身の陶芸家バーナード・リーチ(Bernard Howell Leach, 1887−1979 年)にも、モリスの思想には宗教性がないと捉える見 方があった。リーチは最晩年、人からモリスについての意見を求められたとき、 「モリスには宗教がない。私は彼の弟子ではありえない」と語ったという(棚橋 隆『魂の壺―セント・アイヴスのバーナード・リーチ』新潮社、1992 年、102 頁)。 一般に、民藝運動とアーツ・アンド・クラフツ運動の双方から影響を受けたと 考えられているリーチが、自身の立場を位置づける際に、宗教に対するモリス の態度を重要な問題として捉えていたことは興味深い。
(12) John Bruce Glasier, William Morris and the Early Days of the Socialist Movement, London: Longmans Green, 1921, p.169.
(13) 清川祥恵「民衆の聖堂―ウィリアム・モリスの中世主義思想」『ヴィクトリ ア朝文化研究』9 号、2011 年 11 月、47 頁。 (14) 同論文、55 頁。 (15) 小野二郎『ウィリアム・モリス研究 小野二郎著作集1』晶文社、1980 年、61 頁。 (16) 「デピュティ―(Deputy)」とは、チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens, 1812‐70 年)による推理小説『エドウィン・ドルードの謎』(The Mystery of Edwin Drood, 1870 年)に登場する少年の呼び名である。
Morris, ed. by Norman Kelvin, [1984], 4 vols., Princeton: Princeton University Press,
2014, vol. 2, p. 339.
(18) J.W. Mackail, The Life of William Morris, London: Longmans, Green, 1901, vol. 1, p. 62.
(19) Ibid.
(20) ピーター・スタンスキー『ウィリアム・モリス』草光俊雄訳、雄松堂出版、1989 年、
7 頁。
(21) Glasier, op. cit., p. 172.
(22) William Morris & Ernest Belfort Bax, Socialism: Its Growth & Outcome, London: Swan Sonnenschein & Co., 1893, p. 297. この『社会主義』は、モリスと経済学者の E. B. バックス(Earnest Belfort Bax, 1854‐1926 年)による共著であるが、モリス の社会主義に関する理解のうち経済学的な部分はバックスに負うところが大き
かったことから、『社会主義』の記述の大部分はバックスによるものではない
かとする見方もあった(Glasier, op. cit., p. 143)。しかし、『社会主義』執筆当時 のモリスの日記や書簡には、モリスとバックスが双方向的に影響を及ぼし合い ながら議論を深めていったことが示されており、『社会主義』における記述は、
モリスがバックスと共に到達した考えであると捉えるべきできある。詳細は、E.
P. Thompson, William Morris: Romantic to Revolutionary, [1955], New York: Pantheon Books, 1976, pp. 751-753、および、川端康雄『ウィリアム・モリスの遺したも
の―デザイン・社会主義・手しごと・文学』(岩波書店、2016 年)73−104 頁
を参照。また、この点は先行研究で十分に指摘されていないのだが、モリスが 1886 年から 1890 年かけて行った 3 回続きの講演「初期のイングランド」(‘Early England’, 1886 年)、「封建制イングランド」(‘Feudal England’, 1887 年)、「14 世 紀の芸術と産業」(‘Art and Industry in the Fourteenth Century’, 1890 年)では、イ ングランドにおける古代から近代までの歴史が辿られており、そこでは『社会 主義』と軌を一にする理解が示されている。したがって、この点からも『社会 主義』の執筆においてモリスが主体的な役割を果たしていたことが伺える。 (23) Morris & Bax, op. cit., p. 327.
(24) Ibid., p. 297.
(25) Morris, ‘Feudal England’, [1887], in Signs of Change, in The Collected Works of
William Morris, 24 vols., ed. by May Morris, London: Longmans Green, 1910-1930,
vol. 23, p. 42.
(26) Morris, ‘Useful Work versus Useless Toil’, [1884], in Signs of Change, in The Collected
Works of William Morris, vol. 23, p. 98.
(27) Ibid., p. 119.
The Collected Works of William Morris, vol. 23, p. 245.
(29) マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の « 精神 »』
梶山力訳、安藤英治編、未来社、1994 年、169−293 頁。
(30) Morris & Bax, op. cit., pp. 64-65.
(31) Morris, ‘Feudal England’, in op. cit., pp. 41-42. (32) Morris & Bax, op. cit., p. 65.
(33) Ibid., p. 95. (34) Ibid., pp. 64-65
(35) Morris, A Dream of John Ball, [1888], in The Collected Works of William Morris, vol. 16, p. 230.
(36) Ibid.
(37) Morris, ‘Feudal England’, in op. cit., pp. 41-42.
(38) 清川、前掲論文、55 頁。 (39) 中世主義の系譜の中にモリスを位置づけた研究としては、アリス・チャンド ラー『中世を夢みた人々―イギリス中世主義の系譜』高宮利行監訳(研究社、 1994 年)がある。 (40) 鈴木禎宏『バーナード・リーチの生涯と芸術―東と西の結婚のビジョン』ミ ネルヴァ書房、2006 年、17 頁。
(41) Morris & Bax, op. cit., p. 298.
(42) モリスは、北欧神話からも多くの影響を受けており、ここでは「古い時代の倫理」
として、中世のキリスト教と同時に、古代北欧の思想が想定されていた可能性 がある。
(43) Morris & Bax, op. cit., pp. 298-299.
(44) Morris, News from Nowhere, [1890], in The Collected Works of William Morris, vol. 16, p.132.
(45) Ibid.
(46) Glasier, op. cit., p. 171.
(47) 大森正樹「不可知論」『哲学・思想辞典』廣松渉・子安宣邦・三島憲一・宮本久雄・
佐々木力・野家啓一・末木文美士編、岩波書店、1998 年、1366 頁。
(48) Glasier, op. cit., p. 170. (49) Ibid., p. 169.
(50) Ibid., p. 172. (51) Ibid., p. 169.
Reconsideration of William Morris’s View on Religion:
Integration of Christianity and Socialism
S
HIMANUKISatoru
This paper investigates William Morris’s view on religion. Usually, Morris is not considered to be deeply interested in religion for the reason that he dedicated his later life to the socialist movement. Particularly, Jugaku Bunshō points out that Morris’s secularism is a stark contrast to the thought of Japanese philosopher Sōetsu Yanagi, whose theory is fundamentally based on Buddhism. To verify whether this claim can be supported, this paper analyzes Morris’s understanding of the history of Christianity and also examines his thoughts about the existence of God.Morris had a negative attitude to modern Christianity because he thought it tends toward individualism. He also believed that the Protestant ethic that requires people to think any labors are a blessing is a hypocrisy under capitalism. However, he thought that people in the Middle Ages had divinely appointed positions because Christianity was closely connected with the feudal system and worldly and spiritual life were not divided. Moreover, he thought that in the medieval period, people centered upon the church were united by a strong sense of solidarity called ‘fellowship’, and in A Dream of John Ball (1888) he described the thought that a man who holds ‘fellowship’ lives on forever in it even after his death. Morris believed that when the socialistic goal is achieved, the return to the older ethics will occur and ‘socialistic religion’ will appear.
In addition, by examining a record of conversations with John Bruce Glasier, Morris’s fellow in Socialist League, this paper clarifies that Morris was not an atheist but an agnostic.
On the basis of these arguments this paper concludes that although Morris was agnostic and severely criticized modern Christianity he never denied Christianity itself. By studying Christianity in the Middle Ages, he reached a unique understanding that the life in ‘fellowship’ is immortal, and he believed that such an ideal will be realized as ‘socialistic religion’ in the future. Therefore, it has become clear that Jugaku’s understanding about the difference between the thoughts of Morris and Yanagi can be contested.