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消される女性の身体と声 E.T.A.ホフマンの音楽小説にみる女性歌手の死

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著者

阪井 葉子

雑誌名

東北ドイツ文学研究

53

ページ

131-150

発行年

2010-10-30

URL

http://hdl.handle.net/10097/00127123

(2)

消される女性の身体と声

E.

T.

A.

ホフマンの音楽小説にみる女性歌手の死

阪井 葉子

オペラでも,コンサートホールでも,教会でも,女性歌手の活躍が当たり前になっ ている現在の聴衆には想像もつきにくいが,ヨーロッパでは長らく女性歌手が公開 演奏の場から閉め出されていた。キリスト教会は,使徒パウロによる「聖徒たちの すべての教会で行われているように,婦人たちは教会では黙っていなければならな い」1)という 1 節を引きあいに出して,女性たちから声を奪ってきた。教会のなか で女性が発言するのは恥ずべきおこないとされ,そもそも声を出すことすらならぬ という禁忌まで科されたため,教会音楽で女性がうたうのはもっての外であった。 このため,教会コンサートに必要な高い声は,ボーイソプラノでなければ去勢歌手 のカストラートによって担われることになった。1600 年頃にオペラの誕生によって, 世俗音楽の分野で女性歌手が活躍する可能性がひらけたかに見えたが,法王庁は 17 世紀後半にはオペラの舞台に女性が登場することも禁じてしまう。とりわけローマ ではこの禁制が解かれるのが遅く,女性歌手がオペラでうたうことが公式に許され たのは,19 世紀に入ってからだった2)。ドイツ語圏において,教会では女性にうた わせないという不文律を初めて破った音楽家として有名なのは,ヨハン・マッテゾ ンや J. S. バッハといった後期バロックの音楽家たちであった。教会音楽の分野で も自曲の高度な演奏を望む作曲家たちは,じゅうぶんな技量と声量を備えたボーイ ソプラノを見いだすのが困難だったことから,周囲の反発をかってでも女性歌手を 起用したいと考えたのである3)。 1) 「コリント人への第 1 の書簡」(14, 34)日本聖書協会発行『聖書』1998,273 ページ。 2) EvaRieger: Frau, Musik und Männerherrschaft: Zum Ausschluß der Frau aus der deutschen

Musikpädagogik, Musikwissenschaft und Musikausübung. Kassel 1988, S. 231-234.

3) Vgl. Freia Hoffmann: Instrument und Körper. Die musizierende Frau in der bürgerlichen

Kultur. Frankfurt am Main: Insel. 1991, S. 162f. 初期キリスト教会では普通におこなわれ

ていた公開の典礼での女声による歌唱は,7 世紀以降には禁止された。ヒルデガルト・ フォン・ビンゲンのように高度な作曲に携わった中世の修道院長の存在から考えても, 少なくとも尼僧院内で催された公開演奏会では女性の歌唱や音楽演奏が幅広くおこな われた可能性が高いが,証拠となる18 世紀以前の文書に乏しいという。Vgl. Kathi Mayer:

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女性にはうたわせないという慣行が破られると,今度は女性の声はさまざまな角 度から関心や憧れの対象になり,詩的想像力を刺激する源にもなりはじめた。ドイ ツ語圏でも 18 世紀後半以降には女性歌手の活躍が本格化しはじめ,それにともなっ て文学作品のなかで,女性が歌をうたう場面がたびたび目につくようになる。とは いえ,男の書き手が大半だった文学作品のなかで,女性たちはほんとうの意味で声 を取り戻すことができたのだろうか。 登場人物に歌をうたわせるという仕掛けは,散文作品のなかに韻文を自然に滑り こませる格好の手段として用いられ,多くの文学者が珠玉の詩を歌のかたちで小説 や戯曲に挿入している。ロマン派世代の作家による散文作品において,とりわけ喚 起力の強い詩は,女性の登場人物によってうたわれる場合が多い。それと同時に目 につくのは,そうした歌をうたった女性がほどなく死んでいくというシチュエーショ ンが,繰り返しみられることである。ローレライ伝説誕生のきっかけとなったブレ ンターノのバラーデ『ローレライ』Lore Lay は,長編小説『ゴトヴィ』Godwi にお いて,数奇な運命に翻弄され狂死する少女ヴィオレッタにうたわれる。アイヒェン ドルフの『デュランデ城悲歌』Das Schloß Dürande では,夜闇に紛れて愛しい男性 への秘かな想いをうたったガブリエーレは,革命の騒乱のなかで暴徒に殺害される 恋人と運命をともにする。これらの作品ではいずれも,歌の主題や内容がうたい手 の死を暗示することはあっても,歌唱行為それ自体が中心に据えられることはなく, うたう女性の死が繰り返されることの意味を炙りだすことも難しい。これに対し, 複数の作品のなかで歌唱行為そのものを主題化したのが,自身も職業音楽家として 活動した E. T. A. ホフマンであった。 本論文では,ホフマンの音楽小説において,物語の鍵となる歌唱場面の大半が, やはり女性のうたい手によるものであることに着目し,うたう女性のイメージと音 楽における創造性の関係,そして女性の歌唱が繰り返し,病や死と結びつけられる ことの意味について考察する。彼の音楽小説を代表する作品といえば『クライスレ リアーナ』Kreisleriana であるが,ここでは女性歌手の死と声の喪失が主題となって いる短編作品『ドン・ファン』Don Juan と『顧問官クレスペル』Rat Krespel をおも に取りあげて論じることにする4)。

このふたつの作品には,それぞれ「旅する熱狂家」(der reisende Enthusiast,以下 「熱狂家」とのみ記す)と「テーオドア」と呼ばれる一人称の語り手が登場する。 いずれも若い音楽家であり,後者は明らかにホフマン自身のミドルネームを取って

Der chorische Gesang der Frauen, mit besonderer Bezugnahme seiner Betätigung auf geistlichem Gebiet. Leipzig 1917. I. Teil, S. 13-43.

4) ホフマンの音楽小説のテクストには以下の版を用い,引用箇所については本文中に(2/1, S. 95)のように,巻数とページ数を表示する。 E. T. A. Hoffmann: Sämtliche Werke in sechs

Bänden. Frankfurt a.M.: Deutscher Klassiker Verlag. Bd. 2/1: Fantasiestücke in Callot’s Manier; Werke 1814. Hrsg. v. Hartmut Steinicke. 1993. Bd. 4: Die Serapions-Brüder. Hrsg. v.

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名づけられているため,作者ホフマンと同一ではないにせよ,あえて彼の分身とし ての性格を感じさせるように造型されているのは間違いないだろう。物語中のでき ごとにみずから関わりながら,観察者としての報告にも携わる彼らのコメントは, ホフマン自身の音楽観をしばしば反映していると考えられる。またさらに,彼らに よって語られる音楽観や女性歌手像は,もっぱら男性の書き手による音楽について の同時代の言説から,少なからぬ影響を受けていたものと思われる。19 世紀前半の 音楽批評をリードする『一般音楽新聞』Allgemeine Musikalische Zeitung で健筆をふ るっていたホフマンは,とうぜん他の雑誌や書物にみられる音楽論や批評にも,ひ ろく目を通していたはずだからである。

1. 芸術作品への没入に対する罰 ──『ドン・ファン』

ホフマンの小説における女性歌手の死というテーマを正面から扱った研究として は,マトリ(Christian Mattli)の『プリマドンナの死』Der Tod der Primadonna を挙 げなければならない。この論考では,女性歌手の死が,女性の楽器化=道具化 (Instrumentalisierung)という視角から論じられている。ホフマン作品に登場する男 性の音楽家は,歌手であれ指揮者であれ,ほとんどが同時に作曲家として設定され ている。これが女性歌手からインスピレーションをもらって作曲する男性音楽家と, 他人の作品を響かせる楽器=道具となる女性音楽家という不均衡につながるという。 作曲家が後世に作品を遺すことで生き残るのに対し,演奏家にすぎない女性たちに は,「楽器としての死」(Instrumententod)が定められているというのが,彼の論の 要点である5)。こうしたマトリの論のもっとも重要な契機となる作品が,まさに「プ リマドンナの死」を扱った『ドン・ファン』であった。 モーツァルトの同名のオペラを題材にした『ドン・ファン』は,ホフマンの連作 小説集『カロー風幻想小品集』Fantasiestücke in Callot’s Manier に収められた短編で, 「旅する熱狂家に起こった信じがたい出来事」Eine fabelhafte Begebenheit, die sich mit

einem reisenden Enthusiasten zugetragen という副題がついている。この作品は最初,

『一般音楽新聞』の 1813 年 3 月 31 日の号で発表された。音楽専門誌に掲載された うえ,物語中盤から後半にかけて「熱狂家」の口から語られるオペラ《ドン・ファ ン》解釈の比重が大きいため,作品全体が,作者による独自の《ドン・ファン》論 をはめこむための額縁にすぎないとみる極端な解釈もあったほどである6)。ところ

5) Christian Mattli: Der Tod der Primadonna. Der Mensch als Instrument im literarischen Werk

E. T. A. Hoffmanns. Bern: Peter Lang 2003, S. 9. Vgl. auch S. 109-111.「道具としての死」の

対概念として「ミューズとしての死」(Musentod)が挙げられ,その関連で『顧問官 クレスペル』が取り上げられているが,マトリの議論は結局,男性作曲家対(楽器と しての)女性歌手という図式に収斂する。

6) Vgl. Claudia Lieb / Arno Meteling: E. T. A. Hoffmann und Thomas Mann. Das Vermächtnis

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で,熱狂家がその解釈を語る場面で,もうひとりのホフマンの分身で『ゼラーピオ ン兄弟同盟』Die Serapions-Brüder の語り手のひとり「テーオドア」の名が唐突にあ らわれる。熱狂家はその場にはいないテーオドアに語りかける形で,彼の独自の《ド ン・ファン》解釈を展開するのである。なお,この箇所をマトリはテーオドア宛て の手紙とみなしているが,熱狂家が小卓と筆記用具を深夜の桟敷に持ちこんで何か を書き付けているのは確かであるものの,彼の語り口は完全に書簡体のそれとはい えない。 「私」=熱狂家の視点から語られる一連のできごとは,たまたま投宿したホテル の 1 室がオペラ劇場の桟敷席に直結しているという,まさに「信じがたい」設定で 始まる。観劇のあとで彼はふたたび扉を通って部屋に戻り,ホテルの食堂で夕食を 取るかと思えば,夜中に眠れぬままに桟敷にもぐりこんで物想いにふける場面があ らわれるので,件のホテルと劇場はずっと繋がったままになっている。こうした奇 妙な状況のなかでモーツァルトの《ドン・ファン》を観ていた「私」は,突如彼の 桟敷に姿をあらわしたドンナ・アンナ役の女性歌手と,幕間に夢とも現実ともつか ない対話を繰り広げる。彼女との対話と昼間の観劇の印象に導かれて,彼は深夜の 桟敷で《ドン・ファン》という作品の意味について,テーオドアに向かって熱っぽ く語りかけるのであった。 「私」によれば,他の者よりすぐれた精神をもち,至高の存在への飽くなき憧れ をいだいているがゆえに,その憧れを恋愛のなかで鎮めようとする衝動が,ドン・ ファンをかえって途方もない放埒と破壊欲に陥れてしまったという。恋愛に対する 高すぎる理想が,たえまない女性遍歴の動因になるという理屈は,いわゆるドン・ ファン型の男性の行動原理の説明としては,けっして新しいものではない。ここで の解釈の独自な点は,ドンナ・アンナこそが,「悪魔の手管によって彼を滅ぼすも とになってしまった恋愛,その同じ恋愛において,ドン・ファンに彼の内なる神的 な本性を自覚させ,虚無的な衝動がもたらす絶望から彼を救いだすべく,定められ た存在ではなかったのか」という仮定である(2/1, S. 95)。しかし,ドン・ファンが すべてに倦んでこの世を退屈きわまりないものと捉え,あらゆる人間を軽蔑し,女 性との関係を「自然と造物主に対する罪深い嘲笑」(2/1, S. 93)にしてしまったあと で,初めて彼はドンナ・アンナに出会う。相手を蹂躙する衝動にしたがう以外に女 性への接し方を知らない彼は,救いの天使であるアンナの純潔をも踏みにじってし まう。天からさしのべられた救いの可能性をみずから破壊したドン・ファンには, ついに地獄の復讐がくだされ,彼に捧げるはずだった真正の愛の行き場を失ったア ンナは,引き裂かれた心のまま現世では滅びゆく運命にある,というのがこの解釈 の要点である。 オペラの筋の表層では 1 年の服喪期間ののちに許婚と結ばれるはずのドンナ・ア ンナが,じつは死に行く運命にある女性だという熱狂家の解釈は,昼間の観劇の際 に終幕で「私」が目にした彼女の印象にもとづいている。ドン・ファンに対する復

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讐が地獄の業罰により代行されて悲願かなったはずのアンナは,少しも満足そうに は見えず,むしろひどく痛ましさを感じさせる外見をしている。 ドンナ・アンナはまったく様子が変わっていた。死人のような顔色がそのおも てを覆い,目の光は消えていた。声は震えて声量が一定しなくなっていた。し かしかえってそれだけに,〔……〕すぐにでも結婚式を挙げたがっている愛す べき許婚のドン・オッターヴィオとの短いデュエットのなかで,彼女の歌は胸 を引き裂くような効果を与えた(2/1, S. 90)。 舞台での彼女の様子を思い返しつつ,結婚までの 1 年の猶予期間を彼女が生き延び ることはないだろうと述懐するとき,「私」が想定していたのはあくまでも,舞台 上の役柄としてのドンナ・アンナであった。したがって翌朝,同宿の客から聞かさ れた女性歌手の死と前夜の状況は,彼にとって青天の霹靂となる。ドンナ・アンナ 役をうたうときはきまって憔悴しきるほど役柄にのめりこむという件の女性歌手は, とりわけ前夜の舞台ではまるで憑かれたようにうたい,「幕間のあいだじゅう気を 失っていた」,そして第二幕途中で神経の発作に襲われ,「今朝の午前 2 時に息を引 き取って」いた(2/1, S. 97)。つまり,桟敷で「私」と会話していたはずの時間に彼 女は人事不省に陥っており,深夜のテーオドアとの対話のあと,「私」がふと彼女 の気配を感じたのと同じ時刻に亡くなっていたのだ。 ここで語られる彼女の症状の報告に,前夜の《ドン・ファン》解釈を考えあわせ るなら,許婚の腕にではなく死の手に委ねられていたドンナ・アンナという人物に, 役柄に熱中するあまり完全にみずからを重ねあわせたことが,女性歌手の死をもた らした原因と考えられる。彼女はおそらく,ドン・ファンに対するアンナの役割と その運命についての語り手の持論を,講釈されるまでもなく共有していたのである。 『ドン・ファン』における女性歌手の死を,オペラで演じる役柄への没入のあまり, 舞台上で演じられる男女の悲劇に呑みこまれた結果とのみ捉えるなら,この悲劇は いちど限りのものである。しかし,女性歌手に死の影,病,声の喪失といった事態 がつきまとうのはこの作品に限ったことではない以上,他の理由についても考えて みなければならない。 『クライスレリアーナ』他の作品で何度か言及されるように,ホフマンの作品に 登場する音楽家は,みずからの「内面に閉じこめられた音楽」(im Inneren verschlossene Musik)あるいは「内なる音楽」(innere Musik)の存在に気づくことで,真の音楽 との関わりを見いだす。音楽家が自分で作ったのでも演奏したのでもない「外から の音楽」(äußere Musik)が,この「内なる音楽」の対立概念である。男性音楽家に とっての「外からの音楽」との葛藤は,それが「内なる音楽」と何の親和性も持た ないときに起きる。外から聞こえてくる音楽によって内面の音楽が絶えず阻害され る状態に陥った人間は,不幸にして「音楽嫌い」(der Musikfeind)になるのである。

(7)

前述のマトリの解釈によれば,作曲家にとってはみずからの内なる音楽を捉える瞬 間がそのまま「芸術家としての新たな生」につながるのに対し,歌手にとっての「作 品への没入は,新たな生ではあるが同時に自分のものでない生につながる。内なる 音楽と思ったのがじつは他者の音楽なのである」7)。演奏するだけの音楽家にとっ ては,内なる音楽と思われたものも「外からの音楽」にすぎないことになる。マト リの議論は全体に,音楽演奏に対する作曲の優位を当然の前提としすぎているきら いがある。ここで,彼が『ドン・ファン』を論じた章では引用しなかった箇所,つ まりドンナ・アンナ役の歌手が自身の音楽との関わり方について語る場面をみてみ よう。 自分の生のすべては音楽なのだと彼女は言った。また,みずからの内面に閉じ こめられている,言葉ではけっしてあらわすことのできない秘密を,うたうこ とを通じてならつかまえられると思えることがしばしばある,と。「そのよう な時には私,おそらく本当にその秘密をつかまえているのです」と彼女は,ま なざしを燃えたたせ,声を高めながら続けた,「でもそんな時にも,周囲は冷 たく無反応です。そして人びとが,私が難しいパッセージをすばやくうたった り,技巧をうまく凝らしたときに限って,拍手喝采を送ったりすると,氷のよ うな手で私の熱くたぎる心臓が鷲づかみされた気がするのです。」(2/1, S. 88) 女性歌手がうたうのは,たしかにモーツァルトや熱狂家の生みだした作品であるが, ここでの発言をみる限り,彼女にとってのうたう行為と内なる音楽を捉える瞬間と の結びつきの真正さを疑うことはできない。まさしく音楽を通じて内面の秘密をつ かまえたという女性歌手の確信を,たんに「他者の音楽」を内なる音楽と誤認した 結果に帰するとすれば,「内なる音楽の外面化」,すなわち霊感にもとづいて楽譜に 記された作品をさらに実際の楽音にする過程での歌手の功績を,あまりに軽視して いることになる。 しかし問題は,多くの場合は聴衆が彼女を理解しないことである。こうした聴衆 の無理解,音楽をもっぱらステイタスシンボルないし社交の添え物とみなす同時代 の上流市民の音楽観との齟齬は,ホフマンの描く音楽家の多くを悩ませる状況であ る。ただし男性音楽家の場合,死の不吉な影を予見させる「熱くたぎる心臓が氷の ような手で鷲づかみされる」感覚におそわれることはない。ここでの女性歌手は, 作曲家が内面の音楽を作品に結実させるための霊感と同等の,音楽的な昂揚を体験 するのであるが,みずから作曲に手を染めることはない。真の音楽的昂揚に対する 同時代の聴衆の無理解を知ったとき,彼女は,後世において理解者を見いだす道が, 作曲をしない自分には閉ざされていることに愕然とする。いちど限りの演奏ととも 7) Matlli: a.a.O., S. 53.

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に滅び行く運命の予感が,死の不吉な影を呼び出したのだ。 消えゆく瞬間の音こそが音楽の本質であるとはいえ,生きのびるため,後世に理 解者を見いだすための究極の手段は,やはり作曲という営みに見いだされることに なる。しかし,1800 年前後に支配的だった言説によって「自然」の側にとどめられ ている女性は,「音楽における創造という精神的な領域からは最初から疎外されて」 いた8)。高度な音楽活動からアマチュアが閉め出され,作曲と演奏が職業音楽家に 独占されていく過渡期にあった 19 世紀初頭,作曲家として活躍した女性がほとん どいなかったのも事実である。ホフマン自身,作曲も手がける女性歌手を作中人物 として造型することは思いもつかなかっただろう9)。 さらに音楽に限らず,芸術の営みに熱中して気力や体力を極限まで使うことが, 男性の場合に比べて女性には危険だという通念があった。激情型の主人公を演じる 役者が役柄に没頭しすぎると,神経の病気を患う危険があるという 18 世紀末の医 師の見解が,マトリの論でも紹介されている。その際,女優の場合はとくにその危 険が大きいとされていた10)。マトリは,この点にはそれ以上立ち入って論じないが, 芸術家として全身全霊を挙げて精進することが,そもそも女性の華奢な身体には耐 えられないという見解が,1800 年前後には流布していたようだ11)。女性の身体を気 遣っているようにみせながら,そのような見解の背後にあるのは,芸術の高みを目 指すのは,女性には分不相応と決めつける考え方であった。 世間から求められる歌手の役割とは別に,「内なる音楽」をひたすら探究するよ うな音楽への情熱,そして,モーツァルトの喜劇オペラを貫くデモーニッシュな要 素を見通すことのできる洞察力を,ホフマンは彼の分身である主人公たちと同様に, ひとりの女性歌手に与えた。しかし,彼女は《ドン・ファン》という作品の秘密に 触れることで,音楽における最高の昂揚を味わったあと,それ以上生きつづけるこ とはできなくなる。華奢な女性の身体では音楽の奥義には耐えられないというかの ように,彼女の歌唱における最高潮の瞬間は,死にいたる病の兆候を通じてのみ, 余すところなくあらわされる。そもそも女性歌手という存在じたい,芸術音楽の世 界に後からしぶしぶ受け入れられたものだったことを考えあわせるなら,『ドン・ ファン』における女性歌手の死は,おそらく作者ホフマンにもはっきり意識されな いまま,男性の芸術家並みに音楽にのめり込んだことへの罰として書かれているの 8) Ebd., S. 115. 9) アマチュア音楽家がプロに伍する音楽活動をしていた 18 世紀前半までは,女性によ る器楽演奏や作曲もかえって珍しくなかった。19 世紀なかば頃からは,明確なプロ意 識をもって作曲に取り組む女性が登場する。ホフマンの時代はまさに過渡期であった。 小林緑編著『女性作曲家列伝』平凡社 1999 年参照。 10) Mattli: a.a.O., S. 49f. 11) 『一般音楽新聞』(1834 年)に掲載されたある女性ピアニストの追悼文中で,評者 は「[女性音楽家は]その華奢な身体を蕩尽し尽くすことによってのみ大輪の花を咲 かすことができる」と述べている。Zit. nach Freia Hoffman: a.a.O., S. 123f.

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である。 2. 禁じられ,閉じこめられた歌声 ──『顧問官クレスペル』 『ドン・ファン』に限らず,ホフマンの作品に女性歌手が登場する場合,音楽に 対する真正の情熱をもち,全身全霊を傾けてうたう人物にかぎって,長期間にわたっ てその情熱を満たすことは許されない。音楽への情熱と歌声を封じられる女性歌手 の痛ましい運命を描いたのが,『ゼラーピオン兄弟同盟』においてテーオドアの語 る『顧問官クレスペル』Rat Krespel である。職業音楽家ではないものの卓抜したヴァ イオリン演奏と制作の腕をもった,そしてヴァイオリンという楽器への奇妙にゆが んだ愛情をいだくクレスペルを中心に,長いあいだ彼とは生き別れていた娘アントー ニエの歌との関わり,彼女の病と死という一連のできごとが,テーオドアの目を通 して語られる。 アントーニエは,高名な歌手アンジェラとクレスペルのあいだに生まれた娘で, みずからも歌手として舞台に立ちはじめるや母と並び称され,奇跡のような母娘だ といわれていた。妻の死後に娘を引き取ったクレスペルも,最初は彼女の歌声と技 量に満足し,すぐれた歌手の娘をもった幸福をかみしめていた。しかし,ほどなく 彼は恐ろしい秘密に気がつく。 アントーニエの声の響きは独特で,ふしぎなことにエオルスの竪琴をふるわせ る風の響きにも,また小夜啼鳥のさえずりにも似ていた。このひびきは人間の 胸から迸りでるものではないかのように聞こえた。アントーニエは愛と喜びで 紅潮しながら,自分の得意とするアリアを次から次へうたい,B[アントーニ エの許婚で,将来を嘱望された作曲家]は歓喜に酔いしれたインスピレーショ ンだけがなしうるような演奏で,それに応えていた。クレスペルは最初,うっ とりと夢見心地であったが,しだいに考え深げに,静かに──物思いに沈み込 んでいった。ついに彼は椅子から跳ね起きて娘を胸に抱きしめ,かすかなくぐ もった声で請うた。「もう歌わんでくれ──不安で胸が締めつけられそうだ── もう歌わんでくれ。」(4, S. 60) 翌日,「アントーニエが歌っているあいだに彼女の頬の赤みが引いていって青ざ めた頬の上のふたつの赤黒い点へ吸いこまれて行った」様子について報告したクレ スペルに対し,医師は「アントーニエの胸には何か欠陥があって,まさにそのため に彼女の声には驚くべき力と,何か不可思議な,いうなれば人間の声の領域を越え た響きが与えられている」という所見を示し,このままうたい続けるなら「せいぜ いあと 6 ヶ月の命」と宣告する(4, S. 60f.)。こうしてアントーニエにおいては,そ の魅力の源泉が死にいたる病に帰せられることによって,歌唱行為と死とがはっき り目に見えるかたちで結びつけられる。

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歌を諦めるか死かという二者択一において,再会した途端に娘を失うことに耐え られないクレスペルによって,アントーニエは前者を選ばされる。彼女の肉体とい う器が壊れるのを避けるために,音楽家としての生き方が閉ざされるのである。さ らに,職業音楽家である許婚の B とともにいれば,アントーニエがうたわずにはい られなくなるに違いないと予測したクレスペルは,彼を放逐する。世間から隔絶し て暮らす父のもとにとどまったアントーニエには,彼のヴァイオリンの解体と制作 の手伝いをする以外に音楽との接点はなくなる。クレスペルには,名人の手になる 高価なヴァイオリンを手に入れては,その構造を余すところなく知るために分解し てしまうという異常な性癖があった。 顧問官が,アントーニエとともに葬られたあのすばらしいヴァイオリンを購入 し,解体しようとしたとき,アントーニエはひどく悲しそうな眼差しで彼を見 て,かすかな声で懇願するように「これも壊すの?」と尋ねた。顧問官は,何 か説明しがたい力に促されて,そのヴァイオリンを壊す代わりに,手にとって 弾きはじめた。彼が最初のいくつかの音を奏でるや,アントーニエは喜びにあ ふれた大きな声で「ああこれは私だわ,私がまたうたっているのよ」と叫んだ。 たしかにその楽器の鐘のように明るい銀色の響きには,独特でふしぎな何かが あり,まるで人の胸から生みだされたようにも聞こえるのだった。(4, S. 63) こののち,アントーニエが「私,うたいたいの」とねだるたびに,クレスペルはこ のヴァイオリンで,かつて彼女が得意としていた歌の旋律を奏でるのだった。一見 したところ父娘の暖かい心の交流を感じさせる場面であるが,ヴァイオリンという 楽器が,クレスペルの情熱の対象であると同時に,彼に生殺与奪の権利さえ握られ た(彼はどんな名人の手になる楽器でも平気で解体してしまうのであるから)「生 命なき器物」にすぎないことを忘れてはならない。 私自身によって初めて生命と音を与えられるこの生命なき器物が,ふしぎな仕 方でみずから私に語りかけてくることがよくある。私が初めてこの楽器を奏で たとき,まるで私は自分が,夢遊病の女性に彼女の内なる観想を言葉で告げ知 らせるよう促すことができるだけの,催眠術師に過ぎないかのように感じた。 (4, S. 48) たしかにヴァイオリンは彼に対し「みずから語りかけてくる」のであるが,演奏者 であるクレスペルは,夢遊病者(しかも女性)に対し絶対的な影響力を行使できる 催眠術師の立場にある12)。 12) ここで言及される Magnetiseur とは,18 世紀末から 19 世紀初頭にかけてヨーロッパ で圧倒的な影響力をふるったメスマーの,動物磁気理論にもとづく催眠治療をおこな

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娘の声を自分の意のままになるヴァイオリンに閉じこめるという彼の行為につい て,ブロンフェン(Elisabeth Bronfen)は,それを娘の身体を占有したいという彼の 近親相姦的な欲望から解釈している。彼女の解釈によれば,愛する女性の殺害を通 じて相手を占有することへの潜在的な欲求は,男性芸術家の場合には,自身の芸術 的な衝動を満足させる対象へと相手を固定化する欲求に通じるという。クレスペル の場合,それは彼の音楽を奏でる道具であり「生命なき器物」でもあるヴァイオリ ンだった。アントーニエの声が「人間の胸から迸りでるものではないかのような」 響きに聞こえ,逆に,巨匠の手によるヴァイオリンの響きが「人の胸から生みださ れたようにも聞こえ」たのは,偶然ではない。クレスペルの手で次々に解体される 昔の巨匠のヴァイオリン,そして彼に制作されていちど弾かれたきり壁に吊してお かれるヴァイオリンから,「青ひげ」の昔話で先妻たちの死体が吊されている秘密 の部屋を連想したブロンフェンは,彼の語るアトーニエの死の描写を,娘の身体へ の禁じられた欲望にもとづく,「死せる娘を見たいというエロス的で美的な彼の欲 求の表現」として説明する13)。彼女の死の場面がきわめて美しく語りだされるのも, そのためだという。 彼女は目を閉じ,愛らしいほほえみを浮かべ,両手を敬虔に組み合わせて,ま るで天上の喜びと至福を夢みながらまどろんでいるように見えた。だが,彼女 は息を引き取っていた。(4, S. 64) そのように考えるなら,死の場面に先立ってアントーニエがうたっている夢を見た クレスペルが,「恐ろしい不安」とともに「それまで感じたこともない歓喜」をお ぼえたことも説明がつく。 だが,ここで注目しなければならないのは,横たわるアントーニエの美しい姿が 「敬虔な」,「天上の至福を夢みるように」といった言葉で語られることである。彼 女はまるで,現世的な性愛からは無縁の天使のような存在として描かれている。彼 女に対してクレスペルが近親相姦的な欲望をおぼえていたことを前提にするなら, アントーニエの死へのひそかな切望は,むしろ禁じられた欲望の対象つまり娘の身 体を消すことによって,その発露を未然に抑えるための防御策だったと考えるべき う者のことをいっている。ホフマン自身,Der Magnetiseur というタイトルで,磁気治 療師が被験者に及ぼす影響が恐ろしい悲劇をもたらす内容の作品を書いている。 13) Elisabeth Bronfen (Ausgewählt u. kommentiert) : Die schöne Leiche. Weibliche Todesbilder

in der Moderne. München: Goldmann 1992, S. 394.『美しき死体』は,青ひげや白雪姫と

いった昔話のほか,ドイツ語圏の古典主義・ロマン主義の作家たちによる散文作品を 中心に,美しい女性の死を主題にした文学作品を集めたアンソロジーである。巻末の 解説で,死せるアントーニエの姿に対するクレスペルの隠された願望を指摘するブロ ンフェンの論は,「美しい女性の死は,疑いなく世界で最も詩的なテーマである」(Ebd., S. 376)という E. A. ポーのモットーを下敷きにしている。

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ではないだろうか。ホフマンの小説作品において,こと音楽との結びつきが加わっ た場合,女性の死はむしろエロスの対極にある状態として浮かびあがってくるのだ が,これについてはのちに論じる。 歌手としてのアントーニエの側からみる限り,クレスペルと娘のエピソードは, 禁じられた女性の歌声と音楽への情熱の物語である。しかも,『ドン・ファン』の ドンナ・アンナと異なり,アントーニエには自らの音楽観を語る機会も与えられて いない。また,彼女の歌手としての名声は,はるかな土地からの噂として伝わった もので,彼女が終の住処として選んだ H というドイツの町では,人びとは家から漏 れ出た彼女の「小夜啼鳥の囀りのように自由に上へ下へと動き,オルガンの咆哮の ように大きな声まで膨らみ,またごくかすかな息吹にまで静まりかえる」(4, S. 46) 歌声をいちど聞いたきり,その声の記憶に支配されて溜息をつくばかりという状態 である。テーオドアにいたっては,アントーニエの話し声だけで,うたう声は 1 音 たりとも聞くことができず,想像力を膨らませながら焦がれるだけで終わってしま う。彼の語りにおいては,アントーニエの身体だけではなく,その声もまた,幾重 にも封印をかけられているのである。常ならぬ熱意で音楽に取り組み,奇跡のよう な声で聴衆を魅了した罰として,アントーニエには病によって歌を禁じられるとい う運命が降りかかる。しかも,孤独で静かな生活を続けていてもなお,その死は避 けられないのだった14)。 ここまでは,ホフマンの小説におけるうたう女性の死を,彼女たち自身の音楽へ の関わりにおいて,あるいは,ドン・ファンのように作品中劇の虚構世界での恋人 であれ,クレスペルのように実の父親であれ,彼女たちにきわめて近い位置にいる 人物との関係においてみてきた。しかし,うたう女性とその死との関わりでやはり 無視するわけにはいかないのは,一見したところ女性歌手の死にいたるまでのでき ごとの傍観者・報告者の役割を与えられているだけの,ふたりの音楽家の存在であ る。次に,ホフマン作品におけるこれらの語り手の位置について,同時代の市民階 級の男性が抱いていたステレオタイプ的な女性音楽家観を参照しながら,考察して みよう。 3. ミューズとしての女性歌手 ── 恋人の立場からすり抜ける男性音楽家 音楽のインスピレーションの源泉としての女性歌手を,テーオドアがどのように 捉えているかを知る格好の材料となるのが,『顧問官クレスペル』に続けて彼の語 る『フェルマータ』Die Fermata である。この物語では,田舎町で音楽家をこころ 14) オッフェンバックのオペラ《ホフマン物語》においては,アントーニエは,家庭の 幸福のために歌を諦めるよう説く父親と許婚の言いつけに背き,心の赴くままにうた いながら死んでいく。Vgl. Jacque Offenbach: Les Contes d’Hoffmann / Hoffmanns Erzählungen. (französich / deutsch) Text von Jules Barbier. Neuausgabe von Fritz Oeser. Leipzig: Edition Peters 1988.

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ざす世間知らずの若者だった彼が,イタリア人歌手の姉妹と出会い,音楽的想像力 に目覚めるとともに,公の演奏会で活躍する機会を与えられるが,やがて姉妹の人 格に対する失望から袂を分かつにいたった顛末が語られる。町の音楽教師によって 課される無味乾燥な課題ばかりに取り組んでいた若者は,それまでの聴取の経験と は天と地ほども異なる姉妹の歌声,姉のラウレッタの華やかで輝かしいソプラノと 妹のテレジーナの「響き豊かで,神々しいまでに純粋なアルトの声」によって,「長 いあいだ死んだようにこわばっていた私の内なる音楽にも火がともされ,力強く輝 かしい炎となって高く立ちのぼっていった」のを感じ,「この時,自分の人生で初 めて,音楽を聴いた」と述べる(4, S. 77)。だが,彼のこのような初心な感動は, 姉妹の自己顕示欲,我が儘,嫉妬に振りまわされることによって冷まされていく。 主人公と姉妹たちのあいだで繰り広げられる喜劇的な場面の数々を縁取るのが, タイトルの「フェルマータ」が中心的な役割を演じる 2 つの場面である。詳述は避 けるが,曲の終止の音をフェルマータ記号にしたがって長く伸ばす──どこまで長 く引っぱるかをめぐって,少しでも自分の技量を見せびらかそうとする歌手と曲全 体のバランスを気にする指揮者の対立が,美しく魅力的な姉妹を「若い女の姿をし た悪魔」(S. 89)へ変貌させるような激しく醜い争いへと発展するところが要であ る。ふつうに考えればこれは,偉大な音楽作品への尊崇の念よりも自己顕示欲を優 先させるゆえに,けっして主人公の目指す芸術の高みに達することがない女性歌手 を超えて,若い音楽家が成長していく物語ということになるが(Vgl. 4, S. 1291), それがすべてではない。物語を終えたテーオドアと友人たちの対話の中で,「しか し,君の内なる歌声が呼び覚まされたのは,彼女たちのおかげじゃないか」という 友人のコメントに対し,テーオドアは次のように答える。 「もちろんだとも」とテーオドアは答えた。「それに多くの素晴らしい旋律も 彼女たちのおかげで生まれたしね,しかしまさにそれ故に,ぼくは二度と彼女 たちに会ってはならないのだ。作曲家なら誰しも,時とともに消え去ることの 決してない,最初の強烈な印象の記憶をもっている。音の響きのなかに宿る魂 は作曲家に語りかけ,その語りかけは,作曲家のうちに眠っているそれと近し い魂を突如として呼び覚ます,創造の言葉となる。呼び覚まされた魂は力強く 輝き出し,二度と滅びることはありえない。たしかに,そのように呼び覚まさ れて我々の内から迸りでたあらゆる旋律は,我々に最初の火花を投げかけてく れた女性歌手の手柄によるのだろう。我々は彼女たちがうたったものを聴いて, それを書きとめているにすぎないのだから。しかし,弱き人間の常として,我々 は土塊をこねまわし,天上のものを引きずり下ろして哀れな地上的有限の存在 に変えようとしてしまう。かくして[かつて霊感を与えてくれた]女性歌手が 我々の恋人になり,それどころか妻にすらなる!──魔法は消え去り,かつて は予言にみちた輝かしい内なる旋律だったものが,割れたスープ鉢や新しい下

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着に付いたインクのしみについての嘆き節に変わってしまうのだ。(4, S. 91f.) 芸術家に初めての想像力の迸りへのきっかけを与えた女性は,生身の女性として彼 の側にとどまりつづけることによって,今度はその迸りを妨げる存在になるという 危険がここでは語られている。画家である主人公に霊感を与えた女性が彼の妻になっ たために起こる悲劇を描いたのが,ホフマンの『夜景集』Die Nachtstücke に収めら れた芸術家小説『G 町のイェズイット教会』Die Jesuiterkirche in G.だった。『フェル マータ』では,音楽演奏の場面を面白おかしく描いた 1 枚の絵が,テーオドアの体 験譚語りはじめのきっかけとして存在するため,悲劇は騒々しい喜劇に取って替わ られる。とはいえ,かつて彼のミューズであった女性歌手が,恋人兼音楽上のパー トナーとして傍らにとどまるのは,テーオドアにとっては断固として避けなくては ならない事態だった。彼が安んじて「内に眠っていた」音楽を呼び覚ましてくれた ミューズのもとを去り,自分の音楽人生から彼女たちの実在を消すことができるた めに,この物語では彼女たちに,素晴らしい歌声とぞっとするような人格のギャッ プが与えられなければならなかったのだ。 同じように,生身の女性としてのミューズの存在を消したのが,妻アンジェラと のエピソードにおけるクレスペルである。彼が妻から逃げ出したのは,彼女がその 天使を表す名と天使のような外見に反して,「卓越した女性歌手に見られる我が儘 や気まぐれのすべて」(4, S. 57)を総動員したかのような性格を発揮したためだっ た。ある日とうとう堪忍袋の緒を切らせたクレスペルが妻を窓から投げ落として立 ち去るという事件のあったあとで,妊娠中にもかかわらず奇跡的に無事だった妻か らは,娘の誕生を告げる手紙が届き,友人からは,アンジェラが事件後にうって変 わって穏やかで優しい性格になったという報告が届く。しかしクレスペルは,「俺 が姿を見せたとたん,悪しき霊がふたたび彼女を支配するようになるのではないか」 (4, S. 58)という強迫観念的な不安から,二度と妻に会おうとはしなかった。やが てアンジェラの突然の死の知らせを受け取った彼は,大きな衝撃とともに「それま で影を落としていた不気味な原理が自分の人生から取りのぞかれ,ようやく完全に 自由に呼吸ができるような心地になった」(4, S. 59)。アンジェラをふたたび妻とし て受け入れることで,かつてミューズとしての彼女が灯した音楽への情熱が妨げら れるのを恐れたクレスペルは,妻の我が儘な気質が再発するかもしれないという不 安を言い訳に,ただ妻の死を待ち続けたのである。 妻の死後にアントーニエを引き取ったクレスペルは,娘を占有したいという誘惑 に抗しきれず,彼女を死ぬまで自分のもとにとどめることを選ぶ。ここで彼はおそ らく,過ちをおかしたのだ。娘の歌声を自分の所有するヴァイオリンの中に閉じこ めた彼は,その歌声をずっと自分のものにしておくことはできなかった。アントー ニエの死の瞬間に名人の手によるヴァイオリンもばらばらに砕け散ってしまい,彼 女とともに葬られる仕儀になるのだから。娘の死後,ヴァイオリン演奏と制作に向

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けられていた彼の長年の情熱は,燃え尽きたように消えてしまう。彼はすべてを失っ たのである。 クレスペルの物語において,最後まで傍観者の立場を踏みこえなかった語り手の テーオドアは,このような危険を回避した。町の噂で聞いたアントーニエの歌声を 耳にしたいあまり,クレスペル父娘に近づいたテーオドアは,アントーニエの「青 い目,この上もなくやさしく愛らしい形をしたばら色の唇」(4, S. 49)に魅せられ はするものの,彼女にうたわせる試みに失敗して家から叩き出されたあとは,ただ 諦めて町を去っていく。まさに主人公が取って代わるのにおあつらえ向きのように, 許婚の B にはきちんとした名前すら与えられていなかったのだが,テーオドアがそ の位置に替わってつくことはなかった15)。 テーオドアと「熱狂家」のふたりは,女性歌手からインスピレーションを受けとっ て作曲や指揮にはげむ音楽家であると同時に,女性歌手との関わりを自分の視点か ら報告する語り手の役も兼ねている。ミューズが恋人や妻となることで音楽上の霊 感が枯らされる事態を避けたいという彼らの意図は,彼らの行動だけではなく,相 手の女性を描きだすその語り口にもあらわれている。 音楽学者フライア・ホフマン(E. T. A. ホフマンと区別するため,以下 F. ホフマ ンと表記する)は,その著書『楽器と身体』において,女性の器楽奏者がドイツ市 民社会において遭遇した困難について詳述している。入場料さえ払えば誰にでも聴 ける公開コンサートの制度が拡がったことで,宮廷のように閉じられた世界ではあ る程度自由を享受していた女性演奏家の状況は,かえって不自由なものになった。 ドイツ語圏では 19 世紀なかばまで,少数の楽器を除いて公の場での器楽演奏の機 会が,女性にはほとんど与えられていない。みずからの技芸を衆人環視のもとで披 露する男性の姿は当然のものだった一方,女性が同じように公の場に姿をさらすこ とに,聴衆は慣れていなかったのである。18 世紀末のある啓蒙主義者は,女性器楽 奏者の演奏姿が男性の聴き手に性的好奇心を引き起こす危険について語り,種々の 「よろしくない」連想を引き起こすという理由で,女性の器楽演奏を制限しようと した16)。F. ホフマンの研究に対応するような,19 世紀前半の音楽批評における女 性歌手についての言説を詳述した研究は,残念ながら存在していない17)。しかし, 15) B という許婚の存在は,アントーニエにとっての父親と恋人との二者択一がさほど重 要に感じられないほど,一貫して希薄なままである。オッフェンバックの《ホフマン 物語》においては,B の代わりに主人公の「ホフマン」がアントーニエの恋人として 登場する。Vgl. Jacque Offenbach: a.a.O.

16) Vgl. Freia Hoffmann: a.a.O., S. 25-38.

17) 近代市民社会における女性歌手あるいは女性の声のイメージについて,オペラ作品 の女主人公のステレオタイプとの関係で論じた書がある。このなかで唯一,女主人公 で同時に歌手でもある人物として論じられているのが,オッフェンバックのオペラ《ホ フマン物語》におけるアントーニエである。Nanny Drechsler: Stimme / Mutter / Tod – zur Figur

der Antonia in Jacques Offenbachs Oper „Hoffmanns Erzählungen“. In: Gabriele

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登場しはじめて間もない職業的な女性歌手に対しても,聴衆の男性には同様の戸惑 いがあったことは容易に想像がつく。 舞台にあがった女性の器楽奏者や歌手の姿を,男性の聴衆が視たくなかったのか といえば,じっさいは視たかったのである18)。しかし,19 世紀初めに公開演奏会の 聴衆の大半を占めていたのは新興市民階級であり,音楽についての論考や批評など の言説を握っていたのは市民男性であった。「徳」を金科玉条とする市民階級にとっ て性はタブーであり,彼らにとってもっとも嗜むことが望ましく,高尚な趣味であ るクラシック音楽の世界に,タブーが入り込むことは許されなかった。ジレンマに 陥った市民男性は,妙齢の女性を舞台上に視た瞬間に目覚めさせられるみずからの 好色なまなざしではなく,女性の登場を禁じようとしたのである。 ピアノやハープなど若干の例外を除いて,女性が楽器を奏することが忌避された のに対し,声楽とりわけオペラの世界では,女性歌手を閉め出すわけにはいかない 状況になっていた。しかも身体が楽器そのものであり,鳴りひびく声が当の人物の 身体的な魅力の一部をなす声楽の場合,性的好奇心と演奏との結びつきは,いっそ う一筋縄ではいかないものだった。性的な関心を神聖な音楽鑑賞の場に持ちこむこ とに後ろめたさを感じる男性の聴衆は,女性を娼婦と聖女に分けるという常套手段 に訴えた。彼らは,とくにオペラで活躍する女性歌手の多くをふしだらと決めつけ ることで,みずからのまなざしに含まれる淫らな好奇心の責任を,彼女たちの姿態 による挑発の側に転嫁したのだ19)。 他方,一部の女性歌手や器楽奏者については,性的なにおいのしない「浄らかな 天使」として崇めたてまつる言説が執拗に繰り返されることになった。コンサート やオペラの舞台に女性が登場することをしぶしぶ認めた市民男性は,次には,公の 場で演奏する女性たちから性的な要素が感じられなくなること,身体性が希薄にな ることを求めはじめる。わかりやすい例を引くなら,19 世紀前半の聴衆は,ヴァイ オリン演奏への大人の女性の参入を許容しない一方,年端の行かない少女が「神童」 として活躍するのは諸手をあげて歓迎した。さらに F. ホフマンは,神経の病を引 き起こすといわれたグラスハーモニカやハープが,ことさら女性にふさわしい楽器 に定められた原因はここにあったのではないかと推察している。つまり女性の身体 が病に陥ることにより,かえって「身体の節度は保たれ,その身体に対する知覚は 性的な連想から清められる」と考えられたのだ20)。音楽を演奏する女性の身体を, 極度に虚弱あるいは病弱として記述することも,身体性を希薄にする試みの一環と

Selbstzeugnisse. Herbolzheim: Centaurus 2000, S. 262-274.

18) 初めてプロの女性チェロ奏者として舞台に上がったリザ・クリスティアニは,彼女 がいったいどのような姿勢で楽器を足のあいだに挟むか興味津々の男たちが,オペラ グラスを手に向けた無数のまなざしに晒されなくてはならなかった。Vgl. Freia Hoffmann: a.a.O., S. 61f. u. S. 196-202.

19) Vgl. Rieger: a.a.O., S. 231-238. 20) Freia Hoffmann: a.a.O., S. 126.

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して繰り返された。こうして男性の聴衆は,目の前にいる女性歌手や器楽奏者から できる限りその身体を消し去り,性的な要素とは無縁の対象へと神聖化(verklären) しようとしたのである。 熱狂家は彼の《ドン・ファン》論のなかで,「人間をそのもっとも内なる自然に おいて高めてくれ」,「人間存在の内奥に眠っている諸要素に対し,とても不可思議 なやり方で激しく働きかけてそれを打ち壊し,聖別してくれ」るのは,恋愛という 感情をおいて他にはないと述べる(2/1, S. 93)。ホフマンの他の作品に登場する音楽 家にとっても,女性歌手はその奏でる音楽と同時に,異性としての魅力において彼 を夢中にさせてくれることで,よりいっそう音楽的想像力を奮いたたせてくれる存 在になり得ている。それゆえテーオドアも熱狂家も,女性歌手に近づきすぎること は避けながら,擬似的な恋人としての身振りや発言をたえず示すのである。たとえ ば,アントーニエの埋葬の場面に出くわしたテーオドアの大仰な悲嘆は,どうみて も恋人のそれにしか感じられない。 「いったい何だ,何が起こったのだ?」と私は叫んだ。まるで炎と燃える短剣 が私の胸を貫いたような心地がしていた。「ご覧にならなかったんで?」と郵 便馬車を走らせていた御者が言った,「ご覧なせい,あちらの墓地で誰かの埋 葬がおこなわれてるんでさ。」〔……〕私の両眼からは涙があふれ出した,まる でその場所で,私の人生の愉しみや喜びのすべてが葬られているような気がし たのだ。(4, S. 52) しかし,かつてクレスペルの家を逐われたテーオドアは,彼女に近づくこともない まま H の町を去り,葬儀がおこなわれるその日まで再訪することはなかったのであ る。父親の縛めから彼女を解き放つという決心を中途で放棄してしまった彼は,ア ントーニエが自分の作曲した歌をうたっているという夢の中の体験だけで満足して しまい,現実の歌声の魅力に触れることを諦めてしまう。彼にいわせれば,「憔悴 しつつ窓の下から見上げる恋煩いの男,恋に暴走する男を演じる相手としては,ア ントーニエはあまりに大切な,正確にいえばあまりに神聖な存在だった」のだ(4, S. 51)。 『ドン・ファン』において,まるで熱狂家の執心に呼び寄せられたかのように, いつのまにか桟敷のなかで彼の傍らに来ていた「ドンナ・アンナ」は,自分と彼と が精神的にきわめて近い関係にあると述べる。 私はあなたを理解しました。[あなたの作曲した]歌のなかで,あなたの心情 は私に開示されたのです!ええ(ここで彼女は私をファーストネームで呼んだ), あなたの書く旋律が私 . であるのと同様に,私はまさにあなた ... をうたっていたの です。」[強調原文](2/1, S. 89)

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彼の作った歌を通して,女性歌手は熱狂家の本質を理解したという。彼は,自分の 作品を彼女がうたっていたあいだ,彼女に対する支配権を己が手に握っていた(彼 女は彼の書いた旋律そのものだった)ことを知る21)。彼女との邂逅の瞬間,夢遊状 態のうちに「ぼくと彼女をぴったりと結びつける秘密の関係」(2/1, S. 88)の存在を 感じとった彼は,観劇の後半では,彼女の歌と姿に釘付けになる。その歌声によっ て引き起こされた憧憬の念は,一方的な恋愛感情にまで高まっていき,第二幕のあ る場面で彼はふいに,彼女からの熱い口づけを受けたように感じる。 ドンナ・アンナの登場する場面で私は,暖かな息吹がそっと自分の上を滑って いき,陶然とした歓びのなかへ引きあげられたように感じた。私の両の眼は知 らず閉じられ,炎のような口づけが私の唇に燃えたように思われた。しかしほ んとうは,その口づけは,永遠に渇きを癒されない憧れによって長く伸ばされ たかのような歌の響きにほかならなかった。(2/1, S. 89) だがその「炎のような口づけ」の正体は,身体的な接触とは何の関係もない「歌の 響き」であった。ここで「ドンナ・アンナ」の唇が実在しなかったのと同様,彼が 桟敷の中で衣擦れの音を聞き,すぐ側で息づかいを感じたはずの彼女は,対話して いたはずの時刻に楽屋裏で人事不省に陥っており,その肉体は実在しなかったので ある。このように,ホフマン作品の語り手たちは,女性歌手からその身体性を剥ぎ 取りつづける。『フェルマータ』に登場する姉妹のうち,最初にテーオドアを魅了 するがすぐに彼を失望させるラウレッタがやや太りじしで肉感的な女性だったのに 対し,より後まで彼のミューズでありつづけた妹のテレジーナが,ほっそりと背が 高くいくぶん中性的な魅力を感じさせる女性として描きだされているのも,じつに 示唆的である。 「ドンナ・アンナ」とアントーニエのふたりはまた,ことさらに病んだ姿で描き だされる。テーオドアの見たアントーニエは,「私が何か気の利いたことや陽気な ことを言ってやると,愛らしいほほえみが浮かぶと同時に,燃えるような肉色が頬 に浮かぶが,またすぐに微光のようにかすかな赤みとなって消えていく」ような「と ても青ざめた」顔をしていた(4, S. 49)。熱狂家が最後に目にしたドンナ・アンナ の姿も,「死人のような顔色がそのおもてを覆い,目の光は消え」た姿で描きださ れていた。しかし,何といっても女性の身体の「究極の無性化(Entsexualisierung) は,その死によって実現される」のである22)。アンジェラの死を待ちつづけたクレ 21) リープ/メテリングは,劇中でドン・ファンがドンナ・アンナを破滅の渦に巻き込む のと同じ程度に,女性歌手の突然の死の原因に「語り手とドンナ・アンナのあいだに 繰り広げられた秘かで説明不可能な接触」が与っていたと解釈している。Lieb / Meteling: a.a.O., S. 46. しかしここでみるように,熱狂家は明らかにドン・ファンのポジション に近づくことを避けている。

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スペルと同様に,テーオドアはアントーニエの死の報に接したあとで初めて,彼女 への恋慕の情をためらうことなく口にするようになる。愛する女性歌手の死を描く ことは,ミューズにして恋人という,神聖な恋愛対象が卑俗化される危険を避け, その恋愛に地上的なものを超えた要素をつけ加えるための,最終的な手段であった。 終わりに ホフマンの小説において歌手として登場する女性たちはつねに,主体的に音楽に 携わりつづけることを妨げられる。『フェルマータ』の姉妹は,音楽の高みへと登 ることのありえない存在として,主人公が芸術の道を邁進するための踏み台に格下 げされる。アントーニエは,死にいたる身体の欠陥から生みだされたその稀有な声 を封印されたうえ,けっきょく早すぎる死を迎える。音楽家にとっての「内なる音 楽」の存在に気づき,音楽の奥義に近づいたドンナ・アンナ役の歌手にも,死が待っ ている。一方で,しばしば一人称の語り手として彼の作品に登場する男性音楽家た ちは,女性歌手の声の記憶,そして,かすかで曖昧な彼女たちとの恋愛体験,これ だけを手もとにとどめることで,生身の女性の存在に妨げられることなく,心おき なく作曲や詩的創作に取りくんでいくのであった。 ホフマンの分身を思わせる音楽家の主人公と彼に霊感を与えてくれる女性歌手, この組み合わせにおいて男性音楽家の方が消される可能性を感じさせるのが,晩年 の大作『牡猫ムルの猫生観』Lebens-Ansichten des Katers Murr におけるクライスラー とユーリアである。楽長クライスラーは,『クライスレリアーナ』のなかでさまざ まな音楽論や自身の音楽観を披露する主人公と同一人物だが,『牡猫ムルの猫生観』 での彼は,卓越したアマチュア歌手ユーリアに心奪われる。彼女こそは,高い芸術 的理想と実生活との矛盾によって狂わされた彼の心の諧調を正し,彼の音楽と人生 の両方を正しく導いてくれるはずの天使であった。この作品におけるクライスラー はたしかに,彼の天使でありミューズである女性歌手への想いを,一切の顧慮を捨 てた恋愛感情にまで高めていっている。ホフマン作品において,死か狂気によって 存在を消される男性音楽家と生き残る女性歌手というペアが出現しえたかどうかは, この作品が「書き手」である牡猫ムルの「急逝」によって閉じられ,さらに間もな く作者ホフマンも死去したため,永遠に明かされないままになってしまった。

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Das Verschwinden der weiblichen Stimme und des Körpers

Der Tod der Sängerin in den Musikerzählungen

E. T. A. Hoffmanns

Yoko Sakai

In der vorliegenden Arbeit werden die Musikerzählungen E. T. A. Hoffmanns behandelt, mit besonderer Bezugnahme auf Don Juan und Rat Krespel, deren Thema der Tod einer Sängerin ist. Es gibt mehrere prosaische Werke von romantischen

Dichtern, in denen die singenden Frauen ihrenfrühen Tod finden. Die sterbenden

Protagonistinnen bei Hoffmann sind jedoch einzigartig, indem das Singen selbst ihre Krankheit und ihren Tod verursacht. Warum sollen sie sterben, wo sie doch durch ihr eindrucksvolles Singen das Publikum entzücken?

Erstens galt es nach den zeitgenössischen Anschauungen Hoffmanns als gefährlich, wenn sich eine Frau allzu tief der Musik hingibt, weil diese Hingabe den zarten Körper der Frauen zerstören könnte. Und für eine Sängerin, die durch ihr Singen das „im Innern verschlossene Geheimnis“ der Musik begreifen könnte, wie diejenige in Don Juan, gebe es keine Chance, dieser „inneren Musik“ Ausdruck zu verleihen. Die Möglichkeit, sich mit dem wirklich produktiven Schaffen, dem Komponieren zu beschäftigen, sei bei ihr ausgeschlossen. Die Musikkritiker der ersten Hälfte des 19. Jahrhunderts haben nie an eine komponierende Frau gedacht.

Zweitens bezieht sich das Bild einer sterbenden schönen Frau auf die poetische und gleichzeitig erotische Phantasie des Mannes. Der Mann erfüllt sich seinen Wunsch, seine geliebte Frau völlig in Besitz zu nehmen, indem er sich ihren Tod vorstellt, d.h. durch den potentiellen Mord an der geliebten Frau. Der Protagonist der Binnenerzählung von Rat Krespel nimmt den Körper und die Stimme seiner kranken Tochter Antonie für sich allein in Anspruch, indem er sie bei sich behält und ihre Stimme im Körper seiner Geige verschließt. Am Ende seines Erzählens stellt der Vater Krespel ihre Leiche in der außergewöhnlichen Schönheit dar, aber eher um ihr Wesen zu verklären, als um seiner inzestuös-erotischen Phantasie Ausdruck zu geben.

Die entscheidende Rolle spielt aber die Angst des männlichen Publikums vor dem Körper der Musikerin. Die bürgerlichen Männer um 1800, die eine singende oder

Instrument-spielende Frau auf der öffentlichen Bühneanschauten, bekamen große

Angst davor, durch ihr Ansehen Selbstbeherrschung zu verlieren. Deswegen unterteilten sie zuerst diese Frauen in zwei völlig konträre Kategorien: Heilige und

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Hure, und versuchten, jene zu entsexualisieren. Bei einem komponierenden Musiker wie Hoffmann war es komplizierter: Die Verbindung zwischen ihm und der ihn künstlerisch inspirierenden Sängerin sollte erotisch aber nicht sexuell sein. Er verteilte auch seine Protagonistinnen in zwei extreme Typen: engelhafte Sängerin wie Antonie und außerordentlich selbstsüchtige Sängerinnen wie die Schwestern in der

Fermata. Die Typen der engelhaften Sängerin werden bei ihm mehrmals als kranke

Schöne entworfen. Beim Anblick eines bleichen, kranken Körpers besteht eine geringere Gefahr, dass er das sexuelle Interesse des Mannes erwecken könnte. „Die vollkommenste Entsexualisierung“ des weiblichen Körpers ist doch „der Tod“ (Freia Hoffmann). Durch den Tod der Sängerin werden die Blicke des männlichen Publikums und des von ihr inspirierten Musikers endgültig verklärt.

Hoffmann schildert deshalb in seinen literarischen Werken wiederholend eine sterbende Sängerin, und die erzählenden Protagonisten seiner Werke wünschen heimlich und unbewusst den Tod ihrer geliebten Sängerin.

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