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ロシア語(I.特集:桜美林大学の外国語教育)

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Academic year: 2021

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ロシア語

リベラルアーツ学群 大木 昭男

1.ロシア語学習の動機

英語以外にロシア語を選択した動機を学期初めに学生諸君に聞くことにしている。以前 は、「ドストエーフスキイが好きなので、ロシア語を学んで原文で読んでみたいと思った から」という意欲的で頼もしい学生がいたものだが、今ではそのような学生はほとんどい なくなった。しかしロシアの文化に興味をもっている学生はいる。音楽ではチャイコーフ スキイのような作曲家に、ブーニンのようなピアニストに、舞踊ではボリショイ ・ バレエ やレニングラード ・ バレエなどのバレリーナたちに、映画ではタルコーフスキイやソクー ロフのような映画監督に、等々。このほか、シベリア抑留者であった祖父や、日本ハリス トス正教会信徒の母堂に勧められてロシア語を選択した学生もいる。なかには、ロシア語 の履修者が少ないがゆえに希少的価値を挙げる学生もいる。確かにリベラル・アーツ学群 に毎年一学年 1000 人強の学生が入学してくる割には、ロシア語Ⅰ(入門編)を選択する 学生は、せいぜい 20 名前後であって極めて少ない。本学言語教育研究所発行の「ILA 通信」 No.12 に発表された「桜美林大学生の英語以外の外国語履修傾向」の資料によれば、2009 年度の履修者数が 16 カ国言語中最多なのは中国語で、1223 人、二位がコリア語 906 人、 3 位から 6 位まではヨーロッパ言語でスペイン、イタリア、フランス、ドイツの順でこれ らの履修者数はすべて三桁である。これに対してロシア語はなんと下から三番目に履修者 数が少なく、33 人(ロシア語ⅠからⅣまでの履修者延べ人数)である。この原因は、我 が国では対露感情がもともと悪かった上に、ソ連崩壊(1991 年)以後の相次ぐチェチェン・ テロなどによる社会的混迷や、北方領土問題などのマイナス要因があったためと思われる。 しかしロシア語選択者は数の点で少ないとはいえ、逆に少ないがゆえにこれらの学生は それぞれ個性的であるので、教える側としては大事に扱うべき極めて貴重な存在である。 したがって、これらの学生たちの学習動機をふまえて、彼らに一定の目的意識を抱かせる 努力が求められるのである。

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2.ロシア語はむずかしいか?

ロシア語履修者数の少ないもうひとつの理由として考えられるのは、「ロシア語はむず かしい」という先入観念があるためではないだろうか。毎学期末に実施している授業アン ケートには、「授業は楽しかった」という感想がある一方で、「ロシア語はむずかしかった」 という感想が見受けられる。外国語のオリエンテーションのときなどに学生からよく訊か れるのは、「ロシア語はむずかしいですか?」ということである。英、独、仏をはじめと する西欧のローマ字言語に比べると、やさしいとは言えない。初学者にとっては、先ず見 慣れぬ 33 文字から成るキリル文字とその発音に戸惑うであろう。秋学期のロシア語Ⅱに なってもなかなかスラスラとは読めるようにならない。そこで今年度から、最近になって 出たばかりの新しい教科書を採用することにした。教科書の表紙裏にテキストに沿ってネ イティヴ・スピーカーの発音を録音した CD が貼り付けてあり、学生たちは予習復習の際 にこれを利用して発音練習ができるように工夫されているのである。 文字のほかに初学者が直面する学習上の関門に、文法上の問題がある。それは語尾変化 の複雑さである。名詞にはすべて男性、女性、中性の性別があり、主格、生格、与格、対 格、造格、前置格という六つの格があり、性と格に応じて語尾変化する。しかもそれが単 数と複数ではまた語尾が違ってくる。形容詞も修飾する名詞の性・数・格に応じて語尾変 化する。動詞も現在変化には第一変化と第二変化とがあって主語の人称に応じて語尾変化 するし、過去形では主語の性・数に応じて語尾が違ってくる。こうした語尾変化を覚える だけでも大変で、大半の初学者はここで挫折してしまう。しかしここを突破した学生は人 一倍熱心で、伸びてゆく。若いから吸収力があり、会話力もついてゆく。 授業は現在、ロシア人講師とわたしとがペアを組んで週二回 90 分ずつ行っている。す なわち、月曜日はタチヤーナというロシア人女性がネイティヴ・スピーカーとして会話中 心の授業、木曜日はわたしが文法・訳読中心の授業という形でロシア語Ⅳ(中級)までお こなっている。Ⅳまで進むのは、時間割が6時限目になっているせいもあって、比較的少 数だが、遅刻もせず、欠席もほとんどなく熱心なので教える側としてもやりがいを感じて いる。こうした学生の中から、ペテルブルグの大学でロシア人学生相手の日本語講師にな ったり、ロシア留学後東京ロシア語学院のロシア語講師として活躍している卒業生が出て きている。 学生諸君には、挑戦する積極的意志を持続して関門を突破していってほしいものである。

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3.ロシア語の音響的な美しさ

ロシア語はむずかしいという感じを抱かせぬよう、もっと楽しく学んでいくにはどうし たらよかろうか。その第一の手段として考えたのは、音から入ってゆく方法である。つま り、ロシア語の音響的な美しさにふれてもらうためにロシアの詩や民謡に親しむことであ る。例えばロシアの国民詩人プーシキンの詩に『チャアダーエフに』(1818)という比較 的短い詩がある。意味は二の次にして、その韻律を紹介する。 (対訳) Любви, надежды, тихой славы 愛や、希望や、静かな栄光の欺瞞が Недолго нежил нас обман, ぼくらを陶然とさせていたのも束の間のこと、 Исчезли юные забавы, 若き日の慰みは消えうせた、 Как сон, как утренний туман; 夢の如く、朝霧の如くに。 Но в нас горит еще желанье, しかしぼくらの中にはいまだ希望が燃えている、 Под гнетом власти роковой 宿命的な権力のくびきの下で Нетерпеливою душой もどかしき心もて Отчизны внемлем призыванье. ぼくらは祖国の呼びかけに耳かたむけよう。 Мы ждем с томленьем упованья ぼくらは期待に胸焦がせて待っているのだ、 Минуты вольности святой, 聖なる自由の時を、 Как ждет любовник молодой 若き恋する男が Минуты верного свиданья. 確かな逢瀬の時を待つように。 Пока свободою горим, ぼくらが自由に燃えているかぎり、 Пока сердца для чести живы, 心臓が名誉のために生きているかぎり Мой друг, отчизне посвятим 我が友よ、祖国に捧げよう Души прекрасные порывы! 素晴らしき魂の高揚を! Товарищ, верь: взойдет она, 同志よ、信じよ、そはのぼるだろう、  Звезда пленительного счастья, 魅惑的な幸福の星は。 Россия вспрянет ото сна, そしてロシアは眠りから立ち上がり、 И на обломках самовластья 専制の廃墟の上に Напишут наши имена! ぼくらの名前が記されるのだ! ロシア詩は英独などの詩と同様にアクセントの強弱を基本とする音節アクセント詩であ り、これは典型的な弱強4歩格の詩である。ちなみに一行目から四行目まで、各歩格を「弱 _ 」と「強 ▼ 」の図式で示せば次のようになる。

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 _ ▼|_ ▼|_ ▼|_ ▼|_  _ ▼|_ ▼|_ ▼|_ ▼|  _ ▼|_ ▼|_ ▼|_ ▼|_  _ ▼|_ ▼|_ ▼|_ ▼| なお、上掲の一行目と三行目末尾の_は、余剰音節であるが、この通り整然と弱強の交 替によって格調が形成されており、さらに脚韻について見ると、一行目と三行目の末尾は “-авы”となっており、二行目と四行目の末尾は“-ман”となっているので行ごとに 交互に押韻されているわけである。こうした韻律があるゆえに詩の朗読は聴くのも、自ら 声に出して口ずさんでみるのも実に心地よいものである。実は私自身、学生時代にこの詩 をロシア人俳優が朗読するのを聴いて、その美しさに感動して暗誦したものである。 詩と共にロシア民謡の美しさにもふれる必要があるだろう。中学校時代の音楽の先生に シャリャーピンの歌の愛好家がいらして、「ボルガの船曳歌」や「蚤の歌」などのレコー ドを授業の中で聴かせてくださった。そのときの感動がわたしをロシア民謡の愛好者にし たのだった。ロシア民謡のレコードやカセットさらには CD も集めて、毎日のようにロシ ア人たちの合唱や独唱を聴いては真似して唄ったりしたものである。大学ではロシア語劇 をやっていたので発声練習をさんざんやらされた。これは教壇に立つようになって大いに 役立った。ロシア語授業の導入部では、少しでも言葉の音響的な美しさにふれてもらいた いと思って歌の練習をするのである。これは結構、学生諸君に喜ばれる。ロシア人歌手に まねて唄っているうちにいつのまにか発音もよくなってくるのである。授業にはこうした 余興的な要素も必要だと思う次第である。

4.ロシア文化に親しむ

ロシアの詩や歌と共に、ロシア料理を食べる会を渋谷のロシア料理店などで行うのもロ シア文化に親しむ一環として有効である。これにはロシア人の先生にもご参加いただいて、 みんなしてロシア料理を食べるのである。前菜から始まって、黒パン、ピロシキ、ボルシ チ、ビーフストロガノフ等々を食べ、グルジアワインを飲みながら歓談するのである。最 後にイチゴジャムにコニャックを垂らしたロシアンティーが出る。すっかり気に入った学 生の中から卒論にロシア料理を取り上げる者も出てきたし、学園祭でロシア語受講者が中 心になって、ロシアン・カフェーを開催したりしたものである。こうした課外活動もまた、

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ロシア語学習への意欲をさらにかきたてる上で効果的である。この中から自発的にロシア 留学をする者も何人か出てきた。ソ連崩壊後 20 年経った今日では、私費で留学する分に はいつでも自由に渡航できるようになったのである。 ロシアへの旅行もお勧めである。これまでにわたしはロシア語受講生たちを引率してシ ベリアのバイカル湖周辺への旅を3回、モスクワ、ペテルブルクへの旅を1回実施した。 初回は 1992 年の夏休み、ソ連崩壊の翌年、長年の間外国人ツーリストの立ち入りが禁じ られていた極東の軍港都市ウラジオストークに横浜から船で行き、極東大学の日本語科の 学生たちとの交流から始まって、シベリア鉄道でハバロフスクへ行き、そこから飛行機で イルクーツクに行った。ここは金沢市と姉妹都市であるので、「兼六園クラブ」という名 の日ロ友好団体があるので、この市の国際会館で交流会をもったりしたものである。帰国 後、学生たちの感想文集を出した。みんな一様にはじめてのロシアとのふれあいに感動し たことを書き綴っていた。このなかからすっかりロシア好きになった女子学生のひとりが、 桜美林大学卒業後、東京大学のスラヴ言語学科に編入学した。 このように、いろんなかたちでロシア文化にふれさすことによって様々な成果が生まれ たのである。

むすび

「ロシア語をものにするには、ロシア語に惚れ込まなければいけない。」とは、わたし の大学時代の恩師横田瑞穂先生のお言葉である。これは至言である。ロシア語文法は確か に複雑で、初学者にはむずかしかろう。だが、さまざまな形でロシア文化に親しむことに よって関門も容易に開けてくるであろう。ロシア語を学ぶことによって将来への新たな道 も拓けてくるであろうことを期待している。

参照

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