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スリランカの海外出稼ぎと経済社会 -- 政策と実績 (特集 内戦後のスリランカ経済 -- 持続的発展のための諸条件)

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Academic year: 2021

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(1)

スリランカの海外出稼ぎと経済社会 -- 政策と実績

(特集 内戦後のスリランカ経済 -- 持続的発展のた

めの諸条件)

著者

鹿毛 理恵

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

243

ページ

30-34

発行年

2015-12

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003056

(2)

◉ 特 集 ◉

内戦後のスリランカ経済

-持続的発展のための諸条件-

 

鹿毛

  理恵

いう現状も人々の海外出稼ぎ志向 に影響していると筆者は考える。   バンダーラナイケ国際空港では、 そろいの目立つ色合いでロゴ入り の帽子やTシャツ、ボストンバッ グ等を身につけたスリランカ人の 団体をみかけることがある。彼ら は送出し業者を介してこれから出 稼ぎをする団体である。その一方 で、 出 稼 ぎ か ら 戻 る 家 族 を 待 つ 人々もよくみかける。筆者も空港 到着ロビーで再会を喜び合う家族 や、中東から数年ぶりに帰国した 家事労働者(家政婦)の母親に人 見知りをして近づこうとしない子 どもの姿などを目の当たりにして きた。空港からタクシーに乗ると 高い確率で中東出稼ぎ経験者の運 転手が担当する。出稼ぎで得た資 金で乗用車を購入したら貯金も底 をつき、運転手として働くように なったと話し出す。このように、   スリランカで人々の海外出稼ぎ がはじまったのは一九七〇年代の ことである。それから四〇年近く 経た現在、家族や親戚など身近な 人の海外出稼ぎにまつわる話題を よく耳にするほどそれは社会に根 づいている。海外出稼ぎをしない 人の方が数の上では勝っているも のの、人生の選択肢のひとつにな っており、誰もが一度は考えたこ とがあるという。この意識の背景 には、国際的な所得・雇用機会な どの経済格差を指摘できるが、政 府による国民の海外就労の促進に 向けた取り組みも大きな要因であ る。また、シンガポールなどの三 八カ国を除いて、スリランカ人に は出国前の諸外国ビザ取得義務が あるほか、海外渡航の申請手続き に制約が多く、海外旅行がまだ一 般的なレジャーになっていないと スリランカ社会において海外出稼 ぎは人々の人生に大きくかかわっ ている。   しかし、国内の経済発展が進み、 渡航先との賃金格差が縮小し、海 外出稼ぎよりも国内で働く方が生 活を豊かにできると国民が実感す るようになれば、海外出稼ぎ者の 数は減少する。欧州先進国や日本 では一九五〇~六〇年代に海外出 稼ぎが収束し、現代は労働力を海 外から受け入れざるを得ない社会 になっている。近年のマレーシア やタイなどは経済発展によって、 労働力の輸出国から輸入国へ転換 する 端 は 境 ざかい 期 き にある。   スリランカは前政権期に内戦を 終 結 さ せ( 二 〇 〇 九 年 五 月 )、 中 国などから巨額の資金援助・融資 を受けて大規模インフラ整備に充 てていた。筆者は内戦終結前から、 港湾、第二の国際空港などの建設 が進められたハンバントタ県を中 心にフィールド調査をしていた。 そのため、大型インフラ整備主導 の地域開発が人々の海外出稼ぎ志 向や動向にどのような影響を与え るのか、みていきたいと考えてい た。ところが現実はハンバントタ の空港利用客は伸び悩み、各種の 施設や道路が活用されていない状 態が続いていた。二〇一五年一月 に新政権が発足すると、前政権で 計画された開発事業は中断された。   政権交代という政治変動によっ て、継続的取り組みを要する開発 事業が阻害されるなど、スリラン カの開発政策は長期計画事業の引 き継ぎが難しく、経済発展の道程 はスムースなものではない。その 一 方 で、 歴 代 政 権 は 労 働 力 輸 出 ( 海 外 就 労 奨 励 ) 政 策 を 継 続 的 に 実施してきた。まだしばらくは、 スリランカは代表的な労働力輸出 国として議論されることになるだ ろう。   本稿では、海外出稼ぎがはじま ってから四〇年近く経つスリラン カの海外出稼ぎの動向と政策的変 容について量的かつ質的な変化を みていく。そしてなぜ海外就労奨 励政策は常に実施されてきたのか について経済的要因から論じたい。

(3)

  先述したように内戦終結、政権 交代、大型開発事業の中断などが あっても、政府は国民に対して海 外就労を奨励する政策だけは続け てきた。しかしながら、政策的動 向をみると大きく三つの時期区分 に分けてその特徴を論ずることが できる。図1は男女別の海外出稼 ぎ渡航者数の推移である。同図は 出稼ぎ者の動向と海外就労奨励政 策の変容を考慮したうえで、①黎 明 期( 一 九 七 六 ~ 九 四 年 )、 ② 女 性家事労働者の活躍期(一九九五 ~ 二 〇 〇 五 年 )、 ③ 質 的 転 換 期 ( 二 〇 〇 六 年 ~ 現 在 ) の 三 区 分 に 分けた。 ⑴  黎 明 期( 一 九 七 六~九四年)   海 外 就 労 奨 励 政 策 の 幕 開 け の 重 要 な 契 機 と な っ た の が、 七 〇 年 代 に 中 東 湾 岸 諸 国 で 石 油 価 格 高 騰 に 起 因 し た 経 済 ブ ー ム と 労 働 力 輸 入 政 策 の 開 始 で あ り、 ス リ ラ ン カ に お い て は 七 〇 年 代 後 半 の 政 権 交 代 と 開 放 政 策 導 入 に よ る 経 済 社 会 の 不 安 定 化 と い う、 海 外 と 国 内 の 両 者 の 政 策 転 換 と 経 済 社 会 の 変 動 に あ っ た。 中 東 湾 岸 諸 国 は 周 辺 国 や 東 南・ 南 ア ジ ア 諸 国 か ら 労働力を受け入れはじめ、参考ま でにGCC(湾岸協力理事会)六 カ国の外国人労働力への依存度は 二〇一〇~一五年統計によると、 就労者総数(約二〇〇〇万人)の うち国民は三割、残り七割が外国 籍 と い う 状 況 で あ る( 参 考 文 献 ① )。 一 方 の ス リ ラ ン カ の 政 策 導 入は、中東出稼ぎ者が出始めたこ とで、管理のために一九七六年に 労働省内に海外雇用局を設置して 国民の海外就労条件を緩和せざる を得なくなったことにはじまる。 その後スリランカ人労働者の支援 と保護のために中東諸国に在外公 館を設置した。八〇年には海外雇 用 法( the Foreign Employment Act no. 32 of 1980 ) を立法化して、 海外就労促進政策の制度化を進め た。政府は七七年の政権交代によ って社会主義的体制から自由主義 的体制への転換を行い、輸出志向 型の経済運営をはじめた。しかし スリランカの商品は国際競争に負 けて輸入品におされ、とくに就業 率の高い農業分野へのダメージは 著しく、その結果、失業率は悪化 し、青年の不満が募るとタミルイ ーラム解放の虎(LTTE)と政 府との内戦が八〇年代前半にはじ まった。政府は一九八五年にフィ リピンの送出し機関の体制を参考 にスリランカ海外雇用局法を立法 化 す る と、 翌 年 に は 組 織 化( Sri Lanka Bureau of Foreign Em -ployment : S L B F E ) し て 政 府主導的な本格運営を開始した。 内戦激化によって開発事業は停滞 気味になった。さらに八〇年代後 半には人民解放戦線(JVP)の シンハラ人青年による反乱も起こ った。LTTEおよびJVPの反 乱によって、海外への移動圧力が 高まった。九〇年代に入ると政府 は「外貨獲得の一〇年」目標をた て海外雇用に注目した。その背景 には一九九一年に海外労働者送金 が茶を抜き衣類縫製品に次ぐ第二 位の外貨獲得力をもつようになっ た こ と が 大 き い( 図 2 参 照 )。 政 府はさらに海外出稼ぎを奨励する ため、全国二〇〇カ所の地方行政 機関やマスメディアを通して海外 就労奨励の広報活動を実施した。 政府は海外労働者送金を重要な外 貨獲得手段として位置づけた。一 九九四年には海外労働者送金のみ ならず関連産業でもたらされる経 済的利益を政府が把握し確保する ために、SLBFEの体制強化に 向けた法改正を行っている。こう して八〇年代の動乱の時代に政府 図1 男女別の海外出稼ぎ渡航者数の推移(1986~2014年) (注)1) 2014年は推計値。   2) 1976~85年の動向については、データの制約のため割愛した。 (出所) Central Bank of Sri Lanka, Annual Report 各年号。

0 50 100 150 200 250 300 350 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 91 19 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 99 20 00 20 01 20 02 20 03 20 04 20 05 20 06 20 07 20 08 20 09 20 10 20 11 20 12 20 13 20 14 (1,000人) 男性渡航者 女性渡航者 海外渡航者総数 黎明期 女性家事労働者の活躍期 質的転換期 2009年 内戦終結

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は着々と海外雇用制度の基礎的大 枠を整え、九〇年代前半に同制度 の強化を行ったのであった。 ⑵女性家事労働者の活躍期(一九 九五~二〇〇五年)   政府は一九九五年からスリラン カ人の国際移動の実態を把握する ために海外出稼ぎ者数の調査を徹 底化させた。図1をみると一九九 五年から女性渡航者の数が男性の それよりも圧倒的に多いことが理 解できる。女性渡航者の九割以上 が 家 事 労 働 者 で あ っ た。 そ の た め、 男 女 の 海 外 出 稼 ぎ 渡 航 者 総 数 の う ち、 女 性 家 事 労 働 者 の 割 合 は 六 割 か ら 七 割 を 占 め る な ど、 衣 類 縫 製 部 門 や 茶 園 の 女 性 労 働 者 同 様、 輸 出 産 業 に お い て、 と く に 女 性 家 事 労 働 者 の 活 躍 ぶ り が 明 る み に な っ た 時 期である。   筆 者 が 実 施 し た 聴 き 取 り 調 査( 写 真 ) に よ れ ば、 女 性 家 事 労 働 者 た ち の 出 稼 ぎ 理 由 と し て 最 も 多 か っ た 回 答 は、 家 屋 建 設、収入がなかった、子どもの教 育費、借金返済といった主に経済 的理由であった。家事労働者とし て中東へ向かう女性の世帯の大半 は貧困層に該当した。また、多く の女性がやむを得ず出稼ぎする状 況であった。当時のスリランカ社 会では、海外出稼ぎをする妻が家 計を支えるという夫婦が社会現象 のようになっていた。とくに職業 スキルのない地方農村の主婦でも 数週間程度の研修で働くことので きる家事労働者の仕事は、突然の 窮地に陥った貧困世帯を救うこと ができた。   しかしながら、外国人女性家事 労働者、とくに住込みで働く場合、 中東やアジア諸国では賃金は低く 据え置かれ、職場は第三者の目の 届かない雇主のプライバシーが保 護されるべきところにあり、労働 法等の適用除外であり、経済力が なく、孤立しており、外国人であ り、女性であるという条件が、彼 女たちの労働条件や人権を侵害す る確率を高めた。現に聴き取り調 査 で も 雇 主 や そ の 家 族 か ら 肉 体 的・性的・精神的暴力や虐待、体 罰や叱責、監視、軟禁、家族との 交信禁止などの事案が比較的よく 聞かれた。問題発生源は雇主だけ ではない。同僚との人間関係、外 部の労働者との関係から問題が生 じたという回答もあった。仕事の 紹介をした業者の強引な契約不履 行を理由とする賃金未払い・減額 などもあった。問題から逃れるた めに雇主宅から脱走・逃亡をした 女性も少なくなかった。実際に、 女性家事労働者からのクレームは 他の職種と比較しても突出して高 く、原因不明の死亡、拘置所収容 や刑務所服役、雇主の子どもを死 なせた罪での死刑判決などの問題 が報じられるようになった。   問題は海外出稼ぎ先だけにとど まらない。女性たちが残してきた 家族との問題も深刻なものであっ た。夫の不倫やアルコール依存の 悪化、病死、殺人事件など、女性 の出稼ぎが起因した事案が語られ た。最も深刻な事案は子どもの精 神的不安、虐待被害、病気や事故 などであった。その他、学校のド ロップアウト、不良化(ドラッグ、 タ ト ゥ ー な ど )、 駆 け 落 ち、 早 婚 などである。親の出稼ぎを子ども の頃に体験した者から話を聞くと、 当時の寂しさが大人になっても思 い出されるという(参考文献②) 。   このような実態が明るみになる と、女性の海外出稼ぎを懸念する 動きが政治家やスリランカ社会で も出てくるようになった。 ⑶質的転換期 (二〇〇六年~現在)   二〇〇五年一一月にラージャパ クサ政権が誕生した。これを契機 に、海外就労奨励政策に質的な転 換が加わりはじめた。労働者のス キルレベルの向上のほか、より労 働者と家族の保護の視点に立つ質 的政策的介入がみられるようにな った。海外就労奨励の他、福利厚 生を目指すべく新しい省が設置さ 0 10 20 30 40 50 60 70 (%) 茶 衣類縫製品 海外労働者送金 黎明期 女性家事労働者の活躍期 質的転換期 1984198519861987198819891990199119921993199419951996199719981999200020012002200320042005200620072008200920102011201220132014 図2 輸出総額に占める主要輸出品と海外労働者送金の割合 (1984~2014年)       (注) 2014年は推計値。

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特集:スリランカの海外出稼ぎと経済社会 ―政策と実績― れた(海外雇用促進および福利厚 生 省 、 Ministry of Foreign Employ -m en t Promotion and Welfare :M F E P W )。 海 外 出 稼 ぎ 労 働 者 の 健康、青年の海外出稼ぎ者向けの 技術教育職業研修の実施、ディー セント・ワーク化など、二〇〇六 年から国をあげて取り組まれるよ うになった。政策目標として、海 外でも安全と人権保障が担保され る職種、たとえば看護師やコンピ ュータ技師などの熟練者や高度人 材を拡大することが強調されるよ うになった。政府は二〇一一年頃 から女性の海外就労渡航許可の最 小年齢を一八歳から二一歳に引き 上げ、五歳以下の子どもをもつ母 親の海外出稼ぎを制限する取り組 みを強化した。政府は二〇〇九年 にSLBFE法を再び改正して警 察の逮捕権を導入した。スリラン カでは出稼ぎしたい者の意思と自 由が過度に尊重されていたために、 本人の出稼ぎを政府機関が水際で 引き止めることはできなかった。 しかし法改正によって、家族が五 歳以下の子どもをもつ母親の海外 出稼ぎを引き止める要望をSLB FEや警察に出せば、それを強制 的に引き止めることが可能になっ たのである。こうして女性家事労 働者による海外出稼ぎ渡航者の数 を縮小する取り組みを進めていっ た。   このほか、家族には様々な社会 福祉を提供している。たとえば、 出稼ぎ労働者の子どものための奨 学金制度や、住宅ローンをSLB FEが負担する制度などが代表的 なものである。   政府は中東湾岸諸国以外にも、 市場開拓のためにマレーシアや韓 国などの海外の労働力受入国との 間で覚書協定の締結を進めている。 より熟練度の高い分野への参入を 目指している。とくに男性労働者 を中心とする韓国への海外出稼ぎ は近年増えている。韓国は二〇〇 四年からEPS(雇用許可制度) を、スリランカを含む六カ国で導 入し、現在一五カ国以上のアジア の発展途上国と締結している。二 〇〇六年に韓国労働省とスリラン カ外務省との間で正式に覚書が交 わされた。スリランカ国内に事務 所が置かれ、韓国人所長一名と数 名の現地人スタッフで人的資源開 発サービス(HDR)が運営され、 労働者の選出から雇用先紹介まで 一貫して韓国政府系機関が専任し、 スリランカ側で不正な仲介が行わ れないよう透明性の維持を目標と しながら、スリランカ人の労働者 を韓国へ送出してきた。しかしな がら現地で聴き取り調査をすると、 韓国への出稼ぎにはやはり政治的 なネットワークや仲介なしには実 現できないなどの声が聞かれた。   近年、筆者も国内各地で男性に よる韓国への出稼ぎの話をよく耳 にするようになった。図1をみる と、二〇〇〇年代半ばより男性の 出稼ぎが増えはじめ、二〇〇八年 には男性が女性の数を上回るよう に な っ た。 一 方、 女 性 の 数 は 同 時 期 減 少 し、 二 〇 一 二 年 で 持 ち 直 す も そ の 後 再 び 減 少 に 転 じ て い る。 男 性 の 韓 国 へ の 出 稼 ぎ 者 は ほ と ん ど が 単 身 で あ り、 中 小 零 細 企 業 の 単 純 労 働 者 と し て 従 事 す る。 だ い た い 一 カ 月 あ た り 一 〇 万 ル ピ ー ( 約 一 〇 万 円 ) 以 上 の 賃 金 を 受 け て 送 金 し て い る ケ ー ス が 多 い。 こ れ は 中 東 湾 岸 諸 国 の 家 事 労 働 者 の 賃 金 が 平均二万ルピー程度、清掃員や男 性の中古車解体作業員などの単純 労働者たちが三万~五万ルピー程 度であったことを考えると、待遇 が良いといえる。韓国では最長五 年働くことができ、年金受給も保 障されるようになったという。韓 国への出稼ぎが増えたことに加え、 スリランカ政府が熟練人材や専門 人材などの海外就労を奨励したこ とで、表1で示されたとおり海外 労働者送金の流入が増加した。さ アンケート聴き取り調査風景(2008年11月、ハンバントタ県、筆者撮影)

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らに図2をみても二〇〇九年に、 海外労働者送金は衣類縫製品を抜 いて外貨獲得手段の第一位として、 スリランカ経済に貢献しているこ とが理解できる。政府は、海外就 労奨励政策の質的転換を通じて、 内戦終結後も海外労働者送金の経 済的プレゼンスをより一層強化さ せることに成功したといえよう。   筆者は現在もスリランカの海外 就労奨励政策は質的転換期にある と考える。二〇一五年一月にシリ セーナ政権が誕生すると、政府は 同年八月に総選挙を実施した。九 月から省の名称変更や改変が行わ れたほか、大臣が新しく任命され た。前政権期の二〇〇六年に送出 し機関SLBFEを管轄する省と して設置されていた海外雇用促進 および福利厚生省MFEPWは、 二〇一五年九月より新名称として、 海外雇用省( Ministry of Foreign Employment : M F E ) に 変 更 さ れている。   政権交代後の新政府は、前政権 期で計画された大型インフラ等の 開発事業を中断し、また一から新 しい開発プロジェクトを進めるこ とはあっても、明らかな経済的便 益 を 確 証 で き る( 図 2、 表 1 参 照)海外就労奨励政策の中断は行 わないであろう。前政権が進めた 女性家事労働者や単純労働者の出 稼ぎを削減する取り組み、政府に よる出稼ぎ者および仲介業者に対 する管理体制の強化、より技能レ ベルの高い労働者の送出奨励は続 けられるであろう。また、政権交 代後の開発事業計画の中断という 一連の動きは、換言すれば、海外 就労奨励政策には、国内の開発政 策運営の脆弱性をカバーする役割 があるといえるのかもしれない。   筆者がスリランカ国内で聴き取 り調査をした結果では、出稼ぎ者 本人や家族の心理的負担が大きい ことが明らかになった。それは長 期化すればするほど、とくに子ど もの教育、生活習慣、人間関係構 築力に何らかの負の影響が出やす くなるとの印象を受けた。家族関 係の脆弱性は次世代の人間発達の あり方に負の影響をもたらし得る 点は否めない。   またスリランカ国内でさえも、 茶園、建設現場や製造工場等で人 手不足が深刻化しているという現 場の声が上がっている。さらに人 件費も上昇傾向がみられるとして、 これまでの海外出稼ぎの影響が生 じていると中央銀行報告書はまと め て い る( 参 考 文 献 ③ )。 海 外 出 稼ぎ国の経済社会への影響は、海 外労働者送金という経済的効果ば かりが注目され、その社会的な影 響は看過されやすい。スリランカ の経済発展の展開、とくに開発事 業運営を主導して担う政治の動向 を見極めつつ、今後の海外出稼ぎ がどのような展開をみせるのか、 どのような経済社会が形成されて いくのか、見守っていきたい。 ( か げ   り え / 佐 賀 女 子 短 期 大 学 特別研究員) 《 参考文献》 ①

Gulf Research Center

( Percent -age of nationals and non-nation -als in GCC countriesʼ employed po pul at ion s ) , ( htt p:// gu lfm ig ra -tion.eu/ )( 二 〇 一 五 年 九 月 三 〇 日 ア ク セ ス ). ② 鹿毛理恵『国際労働移動の経済 的便益と社会的費用:スリラン カの出稼ぎ女性家事労働者の実 態調査』日本評論社、二〇一四 年。 ③ Central Bank of Sri Lanka, Annual Report 2014.   (http://www.cbsl.gov.lk/pics_ n_docs/10_pub/_docs/efr/an -nual_report/AR2014/English/ content.htm ). 表1 海外労働者送金の経済的比較(2008~2014年) (単位:100万米ドル) 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 観光産業 - 350 576 830 1,039 1,715 2,431 輸出産業 茶 1,272 1,285 1,441 1,491 1,412 1,542 1,628 衣類縫製品 3,478 3,261 3,356 4,191 3,991 4,508 4,930 外国資金流入 ODA 731  703  580  608  487  423 - FDI 752  404  478  956  941  933  944 海外労働者送金 2,918 3,330 4,116 5,145 5,985 6,407 7,018

(注)1)  ODA(Official Development Assistance)はドナー国の実績額と国際機関の実績額の合計を計上している。FDI(Foreign Direct Investment)は外国企業による長期資本の純額を計上している。

  2) 2014年は推計値。

(出所)  Central Bank of Sri Lanka, Annual Report 各年号。OECD Stat(http://stats.oecd.org)、The World Bank(http://data.worldbank.org)、 (2015年11月17日アクセス)。

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