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中国義務教育課程における科学教育の特徴と課題

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Academic year: 2021

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(1)中国義務教 育課程 にお ける科学教育 の特徴 と課題 有賀克明 序   中 国 の教 育 は、1978年 に始 ま る経 済 建設 を 中心 と した 改革 開 放政 策 の 実施 に伴 って大 き く発 展 しつ つ あ る。2000年 まで に国 民 総生 産 を4倍 増 にす る と した 目標 は、 特 に こ こ数 年 のGNPの び率 が 毎 年11−13%を. 伸. 記録 して お り、1978年 を100と す る指 数 は93年 で399.3、94年 で445.6と な っ. て い る こ とか ら、 す で に これ を 上 回 って達 成 され た こ と にな る。 実 際全 国 の住 民 一 人 あ た り消 費 水 準 は78年 に年 間184元 だ った の が、94年 に は1737元 と10倍 近 くに も増 加 して お り、 い わ ゆ る一 人 っ子 政 策 と あ い ま って 中 国 にお け る教育 条 件 の 改善 は徐 々 に進 ん で きて い る。 こ う した 中 で 、 1986年 に義 務 教 育 法 が 制 定 され 、 当 時 の 全 国 学 齢 児 童 の 小 学 校 入 学 率95.95%は (1994年)と. そ の 後98.40%. 485万 人(82年. な って い る。 そ れ で も全 国 的 に見 る と6歳 以 上 の識 字 不 能 、 半 不 能 の 者 は90年 で2億 に は2億8368万. 人)を 数 え全 体 と して は国 民 の教 育 水 準 が ま だ ま だ 不 十 分 で あ る. こ とを 示 して い る。1)   しか しなが ら、 全 体 的 な 国 家 目標 と して は、2000年 まで に95%の 人 口 ・地 域 で の義 務 教 育 完 全 普 及 を 図 る こ と を 目指 して お り、 と くに西南 部 を 中心 とす る農 村 域 で の取 り組 み の活 発 化 が 大 き な課 題 で あ る。   この よ う に、 義 務 教育 制 度 の充 実 、 学 校 組 織 の発 展 が重 要 な政 策 課 題 で あ る こと は事 実 で あ る が 、 も ち ろん 問 題 はそ れ に と ど ま らな い。 そ もそ も従 来 か ら中 国 の学 校 教 育 の抱 えて い た問 題 の 主要 な も の の中 に は、一 方 で 戸籍 不 明 で義 務 教 育 す ら満 足 に受 け られ な い 「教 育 難 民 」 の大 量 存 在 の 問 題 が あ り、 他 方 で他 の 先進 国 同様 、 過 熱 す る受 験 競 争 、 詰 め込 み授 業 、 記 憶 中 心 の教 科 教 育 と批 判 され る問 題 も根 深 い。 後 者 の場 合 と く に、 全 国統 一 の教 学 大 綱 の も とで た だ一 種 類 の 教 科書 を 使 って の学 習 が基 本 で あ り、 この た め地 域 や学 校 の実 態 に合 わ な い教 育 内容 、 生 徒 の潜 在 力 ・個 性 を引 き出 しえ な い授 業 とい う よ う に、 容 易 に は払 拭 しえ な い問題 が存 在 した。 そ の 背 景 に は中 国 伝 統 の、 「学 而 優 即 仕 」(学 業 優 秀 な者 だ けが仕 官 で き る)あ るい は 「万 般 皆 下 品 、 唯 有 読書 高 」(す べ て の もの は くだ らな い。 唯 一 勉 強 の み が価 値 が あ る)の 思 想 が しっか り と根 を張 っ て いた の で あ る。   さ ら に こ う した態 勢 の 中 で 、 高等 教 育 を享 受 で き るわ ず か な可 能 性 にか け て進 学 競 争 を戦 い、 結 局敗 れ た人 々 の抱 え る矛 盾 は象徴[的で あ る。 受 験 準 備 勉 強 以 外 の経 験 に乏 し く、 労 働 能 力 や 実 践 的能 力 、 技 術 ・技 能方 面 の 能 力 を 欠 いた状 態 で社 会 に出 て い くこ と にな る。 そ の結 果 と して 彼 らは、 一 般 に は まだ 高 校進 学 率 す ら高 くな い現 状(1990年:40.6%、1994年46.4% . 国 家教 育 委. 員 会 『1994年中 国 教 育事 業 発 展 統計 資料 簡 況』 に よ る)に あ って、 周 囲 に対 す る学 歴 優 越 性 と そ れ に よ る 自尊 心 の高 さの せ いで 、 農 業 ほか さ ま ざ まな職 業 に対 す る適 応性 が低 くな りが ち で 、 ま た逆 に、 農 民 や 工 場 等 職 業 現 場 の 労 働 者 な どの、 学 生 に対 す る受 容 性 も ど う して も低 くな る と指 摘 す る向 き も あ る。2)進学 を め ぐる この よ うな過 当 な競 争 とそ こか ら発 生 す る歪 み が 、 改 革 開 放 45.

(2) と市場 経 済 原 理 の旗 印 の もとで 広 が る貧 富 と社 会 的格 差 の急 速 な拡 大 と あわ せ て、 中 国教 育 の新 ら しい深 刻 な問 題 とな って き たの で あ る。   こ う した情 況 へ の 対処 と して 、 中 国 国 家教 育 委 員 会 は一 種 類 の課 程 基 準 に よ る一 種 類 の教 科 書 とい う、 従 来 の 「一 綱一 本」 体 制 か ら、 「一 綱 多 本 」・「多 綱 多 本」 の原 則 に切 り替 え る;「 受 験 教 育 」 か ら 「素 質 教育 」 へ の転 換 を促 す;カ. リキ ュ ラム改 革 に よ り教 科 間 ・知識 間 の 関 連 と総 合 を. 捉 え 直 す;基 本 知識 ・基 本 技 能 の 養 成 と訓 練 の 強化;選 択 科 目 の開 設 と課 外活 動 時 間 の 増加 等 々 の 一連 の措 置 を講 じつ つ あ る。 そ して そ れ ら と並 ん で近 年 強 調 され て い るの は、 入 試 方 法 の 改革 を前 提 と して 、 各級 各 種 の 「教 育 標 準」 と教 育 評 価 体 系 を つ くって 、 学 校運 営 と教 育 水 準 の調 査 を 行 な い、 結 果 に基 づ く指 導 を強化 す る とい う方 策 で あ る。 こ れ に よ り受験 科 目偏 重 の 是正 を は じめ、 生 徒 の過重 負 担 の 改 善 、 課外 ・校 外 活 動 の活 発 化 、 学 校 ・家 庭 ・社 会 の連 携 に よ る教 育 力 の 発揮 な ど を図 る こ とが 目指 され て い る。   と ころ で一 般 に 日本 で は、 中 国 の 行政 の硬 直性 が 印象 づ け られて い るが、 実 際 に はむ しろ比 較 的 柔軟 に行 なわ れ て い る こ とが 少 な くな い。 教 育 制 度 面 で もそ れが 言 え る。 た とえ ば、9年 制 義 務 教育 は一 般 に小学 校6年 、 中 学校3年 は これ を5−4制. の6−3制. で あ る が 、 人 口動 態 な ど地 域 の実 情 に よ って. に 変更 して よ い こ とに な って い る。 小 学 校 と中 学 校 の境 界 年 齢 の弾 力 的 な扱 い. で あ る。 表1の 課 程 表 に は、 従 って5−4制. に基 づ く もの も作 られ て い る。 ま た理 科 、 社 会 科 は. 中 学校 に な る と一 般 に分 科 型 にな るが、 上 海 市 の場 合 は同 時 に総 合 型 も選 択 す る こ とが で き るよ う にな ってお り、 しか も その 選 択権 は学 校 に あ る(上 海 中小 学 課 程 教材 改革 委 員 会 『全 日制 九 年 制 義 務教 育 課 程 標準(草. 案)』)。 これ も教 育 課 程 ・内 容 に関 して も一 定 の範 囲 で で は あ るが 、 地. 域 や学 校 の独 自性 が 確保 され て い る こ との表 れ で あ ろ う。   急速 な発 展 と と も に、 先進 国 も経 験 して きた よ うな さ ま ざ ま な短 期 的長 期 的 問 題 に 中 国 が 直面 しよ うと して い る と き、 経済 的発 展 の土 台 と もな る科 学 教 育 に は どの よ うな特 徴 や 問題 が あ るの だ ろ うか。 教育 行 政 の柔 軟 さ は、 教 科 教 育 の カ リキ ュ ラム や 内 容 に も及 ぶ ので あ ろ うか。 中国 経 済 発 展 の要 の位 置 に あ り、 国 際 的 に も中国 の顔 と して の存 在 感 を ます ます 強 めて い る上 海 市 の教 育 動 向 に関心 の 中心 を 当 て つ つ、 日本 との比 較 も行 な い なが ら中 国 の科 学 教 育 の現 状 を見 て い き た い と思 う。. 1  教 育 課程 の特 徴 と理 科. (1)小 中 一貫 した教 育 課 程 計 画   中国 で は、1986年 の義 務 教 育 法 公 布 以 後 、9年 制 の 義 務 教 育 の整 備 が 活 発 に進 め られ て い る。 教 育 課 程 上 の特 徴 の一 つ は、 小 学 校 中学 校 の義 務 教 育9年 間 を一 貫 して捉 え る意 識 が 強 い ことで あ る。 中 国 で は一 般 に 中学 は す な わ ち中 等 学 校 で あ り、 特 に断 らな い限 り日本 で 言 う中 学 校 と高 等 学 校 を あわ せ た もの を意 味 し、 個 別 に言 う場 合 はそ れ ぞ れ 初 級 中学 、 高 級 中 学 と して 区 別 して い る。(小 論 で は、 慣 用 に従 って、 中学 を 初級 中学 の意 味 で使 う。)そ の意 味 で は、9年 間 の 小 中 46.

(3) 小. 思 想 品 徳. 学. 校. 中 学 校. 一. 二. 三. 四. 五. 六. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 一. 二. 三. 総 小学. 時. 数 中学. 合 計 204 404. 思 想 政 治. 学. 2. 2. 2. 200. 語. 文. 10. 10. 9. 8. 7. 7. 6. 6. 5. 1,734. 568. 2,302. 数. 学. 4. 5. 5. 5. 5. 5. 5. 5. 5. 986. 500. 1,486. 外. 国 語. I. 4. 4. 外. 国 語. Ⅱ. 4. 4. 会. 歴. 史. 2. 3. 地. 理. 3. 2. 自. 然. 物. 理. 化. 学. 生. 物. 体. 育. 2. 2. 3. 3. 3. 音. 楽. 3. 3. 2. 2. 美. 術. 2. 2. 2. 労. 働. 1. 1. 1. 1. 1. 2. 2. 272. 400. 400. 234. 608. 204. 社. 2. 4. 272. 2 2. 170. 2. 272 2. 3. 164. 3. 96. 702. 科. 3. 2. 3. 3. 3. 3. 544. 300. 844. 2. 2. 1. 1. 1. 476. 100. 576. 2. 2. 2. 1. 1. 1. 408. 100. 508. 1. 1. 1. 170. 136 36. 労 働 技 術 週 学 科 時数. 23. 24. 24. 25. 25. 農 会(夕 会). 25. 毎. 2. 2. 2. 32. 33. 27*. 日. 10分. 200 4,964. 3,074. 8,038. 間. 活 班 ・団 ・隊 活 動. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 204. 100. 304. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 3. 3. 3. 816. 300. 1,116. 5. 5. 5. 5. 5. 5. 4. 4. 4. 1,020. 400. 1,420. 各 地 方 の 課 程. 2. 2. 3. 3. 3. 3. 5*. 544. 160. 704. 週 間 総 時 数. 30. 31. 32. 33. 33. 33. 体 育 活 動 動. 科技文体活動 週活動時数. 36. 37. 36. 6,528. 3,634. 10,162. *外 国 語1を 選 択 した場 合 の 時 間数 。 Ⅱを選 択 した場 合 は 「各 地 方 の課 程 」 を1時 間 と す る。. 表1  中国九年制義務 教育小 中学校課程表. 47.

(4) 時 科. 学年. 一. 目. ラ. 眼. 数 ジ. オ. の. 健. 体. 康. 体. 毎 日15∼20分. 毎 日10分. 民. 工 国 読 書. 技 体 唱. 活. 学 労 職 科. ン. 併 週. 4. 5. 語. 2. 2. 会. 2. 2. 2. 物. 理. 科. 選 課 外 活 動 社 週. 隊 、. 趣. 味 書. 活. 践 動. 2. 2. (3). (3). 200 170. (3). 300. 1. 180 2. 2. 132. 3. 96. 3. 170. 2. (3) 2. 2. 3. 術. 2. 2. 2. 1. 1. 働. 2. 2. 1. 1. 1. 3. 3. 3. 3. 2. 2. 2. 3 2. 1 1. (3). (3). 368. 2. 2. 792. 1 1. 1. 1. 1. 576. 1. 132 252. 2. 2. 2. 2. 288. 導. 1. 1. 72. タ. 2. 72. 9. 9. 9. 10. 11(10)13(12)12(11). 数. 23. 23. 24. 24. 24. 24. 27(26) 27 2. 3. 163. 練. 3. 3. 2. 2. 2. 2. 3. 3. 3. 828. 団 活 動. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 1. 324. 目. 動 自. 習. 活. 動. 総. 量. 毎週8時 間. 毎 週6時 間. 毎学年2週 333335353535. 27(26) 7,766. 毎 週5時 間 2,232. 毎学年3週 39(28)3839(28). 表2  上海市九年制 義務教育 小中学校課程表. 48. 2. 7. 活. 実. 1. 2. 7. 鍛. 、. 1. 2. 目. 科. 班 、. 会. ー. 時. 育. 1. 術. 指. 体. 読. 労. ュ. 択. 1. 健 楽. 216. 1. 識. 生. 科. 686. 3. 科. 学. 3. 3. 技. 設. 3. 学. 音. ピ. 1,228. 1.5. 学. 業. コ. 4. 1.5. 化. 働. 4. 4. 1. 理. と. 4. 4. 1. 芸 美 生. 4. 2. 1. 保. 歌. 5. 作 文. 物. 育. 2,004. 1.5. 会. 科 総合型. 4. 1.5. 常. 分 科 型. 4. 2. 社. 学. 4. 3. 理. 然. 5. 3. 地. 然. 200. き. 科 総合型. 業総時数. 2. み. 史. 授. 九. 1. 4. 歴. 八. 2. 4. 国. 七. 1 4. 社 社 会 分 科 型 学. 六.  毎週3回 思想 品徳 または(時事)、3回 朝会. 6. し 、. 自 自. 毎 日10∼15分. 五. 6. 学. 数 科 外. 四. 育. 公. 語 話. 三. 育. 思 想品 徳(時 事)及 び朝 会. 具. 二. 11,318.

(5) 学 校 の義 務 教 育 期 間 を一 貫 した もの と して 捉 え る傾 向 は、 義 務 教 育 の整 備 に と もな う比 較 的 最 近 の もの と言 え よ う。   こ う した考 え は、 教 育 課 程 の上 に は表1(中 2(同. 国 の6−3制. 義 務 教 育 課 程 表 、 全 国 標 準 版)、 表. 、 上 海 市 版)に 見 る よ うに、 教 科 目や 課 外 活 動 等 の授 業 数 な どを 小 中 通 して 計 画 して い る. こ とに も現 れ て い る。 た と え ば思 想 教 育 は、 小 学 校 で は 「思 想 品 徳 」 と して 道 徳 教 育 的 な趣 の強 い教 科 で あ り、 中 学 に な る と 「思 想 政 治」 と して 政 治 教 育 と な る。 一 見 す る と異 な る教 科 に思 わ れ るが 、 社 会 主 義 思 想 愛 護 を含 む 「五 愛」 を基 本 にお い た思 想教 育 と して 発 展 す る よ う、 一 貫 し た流 れ の中 に計 画 され て い る ので あ る。3)同 様 な こ と は労 働 教 育 に も見 ら れ る。 小 学 校 で 労 働 を愛 す る精 神 や 労 働 の基 礎 能 力 な ど、 一般 的 な労 働学 習 を 行 な い、 中学 で はや や 高度 な労 働 技 術 を学 ぶ と い う よ うに、 学 習 対 象 を 生 徒 の発 達 に応 じて ず ら して い くと い う考 え 方 で あ る。   これ は いわ ゆ る基 礎 教 育 が 中学 校卒 業 で一 応 完 成 され る と考 え られ て い る こ と によ るの で あ ろ う。 それ は一 方 で 、 高 級 中 学 、 す な わ ち後 期 中等 教 育 で あ る高校(普 通 課 程 、 職 業 課 程 等)へ. の. 進 学 率 が 、 前 述 した よ うに全 国 的 に は まだ5割 以 下 に と ど ま る とい う現 実 の反 映 で あ る と も見 て よ い ので はな いか 。 進 学 率 だ けか ら言 え ば、 高 校 は ほ とん ど準 義 務 教 育 化 した と見 られ る 日本 と の一 つ の相 違 点 で あ る(た だ し上 海 市 で は ほぼ90%の 進 学 率 で あ る)。. (2)基 礎 的総 合 と分 科 、統 合   い ま一 つ の 特 徴 と言 え るの は、 国語 、 数 学 、 体 育 な どの基 礎 科 目に力 点 が おか れ るの と同 時 に、 社 会 科 、理 科 にお いて 小学 校 で総 合 的 な取 り扱 い を しつ つ、 中学 校 で は分 科 的 取 り扱 いへ と明 瞭 に変 化 させ て い る こ とで あ る。 後 に詳 し く見 るよ うに、 これ は一 定 の基 礎 基 本 の学 習 のの ち は、 社 会 お よび 自然 につ いて の科 学 を学 習 させ る とい うは っ き り した意 図 の反 映 に他 な らな い。 しか も 日本 の課 外 活動 に あ た る諸 活 動 が非 常 に重 視 され て い る こ と も注 目さ れ る。 この中 に は科 学 技 術 や趣 味 の活 動 と して 工 作 や理 科 工 作 、、 社 会 実 践 な ど に関 わ る活 動 が 多 く含 ま れ て お り、 分 科 科 学 の 学 習 が こ こで統 合 され る こ とを期 待 して い る と見 られ る。. (3)理 科 関係 の授 業 時数   小学 校 にお け る 自然科 学 関連 の教 科 は、 「自然 」 と され 、 広 く自然、 道具 、 機 械 な ど に つ い て の 知識 ・経 験 が得 られ る よ うに して い る。 国 家 教 育 委 員 会 「九 年 義 務 教 育 全 日制 小 学 、 初級 中 学 課程 計 画(試 行)」 で規 定 さ れ る教 科 の 目的 は次 の よ う に述 べ られ て い る。   「生 徒 に 自然 界 に通 常 見 られ る物 体 と現 象 につ い て の初 歩 を認 識 させ、人類 によ る 自然 の利 用 ・ 改 造 ・保護 お よび探 索 を理 解 させ る。 ま た生 徒 が科 学 を愛 し、 科 学 を学 び、 科 学 へ の興 味 と初 歩 的観 察 を用 い て仕 事 を す る能 力 を つ け るよ うに さ せ、 生 徒 が故 郷 を愛 し祖 国 を愛 し、 大 自然 を愛 し、 科 学 を信 じ迷 信 を打 ち破 るよ うに させ る。」   表1に よ る と 「自然 」 は週1ま. た は2授 業 時 間 で、6年. 間合 計272授 業 時 間 と な って い る 。 こ. れ は 日本 の小 学 校 にお け る理 科 の週3授 業 時 間 、 小 学 校3年. か らの4年420授. 業 時 間 の約65%と. 、 49.

(6) か な り少 な い 。 しか も1授 業 時 間 は 日本 の小 学 校 の45分 に対 し中国 で は40分 だか ら、 実 時 間 で 比 べ ると58%弱. に過 ぎな い こ と にな り、 生 活 科 の誕 生 で 理 科 授 業 の少 な くな った 日本 を さ らに下 回. る もので あ る。  一 方 これ を 総 授 業 時 数 に対 す る割 合 で 見 る と、 中 国 の小 学 校 の総 授 業 時 間 数 は4,964時 間 で あ るか ら、 理 科 の比 率 は5.5%と な る。 た だ し前 述 した よ うに、 課 外 活 動 の 中 で 工 作 や 理 科 的 内 容 の取 り扱 いが あ るか ら、 実 質 は も う少 し多 い と見 て よ い だ ろ う。 日本 の場 合 は総 授 業 時 間 数(道 徳 を含 む)は5,471時. 間 で 、 理 科 は そ の7.7%で あ るが 、 小 学 校1、2年. 的 要素 を考 慮 す る と、 実 質8%以. の生 活 科 の 中 に あ る理 科. 上 と見 られ る。.   同様 な こ とを中 学 校 で 見 て み よ う。 中国 で は 自然 科 学 教 科 は 中学 に な る と物 理 、 化 学 、 生 物 、 地 理(た だ し人 文 地 理 分 野 を 除 く5割 と見 なす)の 四 教 科 に分 科 され、 そ れ ら トー タル の授 業 時 数 は515授 業 時 間 、 総 授 業 時 数3,074授 業 時 間 の うち の実 に16.8%を. 占 め て い る。 こ れ は小 学 校. の時 に比 べ る と時 間 数 で2倍 近 く、 対 総 授 業 時 間 比 で3倍 以 上 とな り、 中学 校 で の増 加 ぶ りが た いへ ん大 き い こ とが わか る。   日本 の 中学 校 と比 較 してお こ う。 日本 で は、 中学 校 の場 合 は三 年 間 の理 科 授 業 時数 は315−350 授 業 時 間(3年. 生 の授 業 時 間 数 が105ま た は140時 間)で 、 総 授 業 時数(道 徳 授 業 と選 択 教 科 授 業. を含 む)2,940授 業 時 間 に対 す る理 科 の割 合 は10.7−11.9%に. な る。 これ は小 学 校 に比 して54%の. 増 加 にあ た る。 従 って、 理 科 と して の対 総 授 業 時 間比 の 日中比 較 は中学 校 で逆 転 して、 中国 の ほ うが きわ め て 急激 に増 加 して い る こ とが わ か る。   中学理 科 の 授業 時数 を実 時 間 で 日中比 較 す る と、 中 国 は23,175分 、 日本 が15,750−17,500分 で 、 中国 は 日本 の147.1−132.4%に. な る。小 中学 校 を トー タル す る と、 中 国 は 日本 の983−93.3%と. な り、9年 間 の理 科 総 時 間数 と して は大 差 な い こ とに な る。 小 学校 で の理 科 実授 業 時 間数 が、 日 本 の6割 弱 で あ った こ とを考 え る と、 中 国 に お け る中学 校 で の 理科 授業 時 間数 の増 加 率 の高 さが 日本 との比 較 の上 で も明 らか に著 しい と言 え よ う。. 2  教育 内容 と教育要求. (1)教 科書 と教育 課 程 改革   92年 策 定 の 中 国 「九年 義 務 教育 全 日制 小学 ・初 級 中学 課 程 計 画」 は、 新 中 国誕 生 以 来 四期 に わ た って行 な わ れ た 教育 課 程 改 革 の 最 後 の もの で あ る。 各 期 はそ れ ぞ れ に政 治 的 ・社 会 的特 徴 に彩 られ る。 こ こで は詳述 で きな いの で 、 「新 中国 中小 学 教 材 建 設 の理 論 と実 践 」(人 民 教 育 出版 社 課 程教 材 研 究 所   1990年)に. ま とめ られ て い る もの を参 考 に簡 単 に見 て お くこ と にす る。4).   第一 期 は1949年 に始 ま り1957年 まで 、 つ ま り新 中 国成 立 初 期 で あ る。 統 一 教科 書 を編 む の は 困 難 で、 と くに初 め は以前 の解 放 区 の教 科 書 や 旧教 科 書 、 あ るい は ソ連 の 教 科 書 の翻 訳 本 の 中 か ら 選 ん で使 用 して い た。 そ の後 人 民 教 育 出 版 社 が、 従 来 の教 科 書 の な か か らわ りあ い優 れ た もの を 選 ん で修 正 、 改 編 して 全 国 的 規 模 で 初 めて の 教科 書 の セ ッ トと して 出版 した。53年 か ら は第 一 次 50.

(7) 5カ 年 計 画 と軌 を一 に し、 社 会 主 義 建 設 人 材 の早 急 な養 成 の必 要 の も と、 ソ連 の経 験 の学 習 を強 調 し、 思 想 教 育 に意 を用 い、 基 礎 知 識 の教 授 と基 本 技 能 の訓 練 を重 視 す る こ とを 目標 に して い た。 教 材 の系 統 制 が強 調 され、 この一 連 の教 科 書 出版 で新 中国 の教 育 の基 礎 は ほぼ確 立 した が、 教 科 書 に よ って は 「水 準 が高 く、 分 量 が 多 く、 内容 が深 」 過 ぎ る とい う欠 点 を持 って い た。   第 二 期 は1958年 か ら1965年 ま でで あ る。 「大 躍 進 」 政 策 下 で 「教 育 革 命 」 が 標 榜 さ れ る。 教 育 は 「水 準 が高 く、 分 量 が多 く、 内容 が深 い」 こ とよ り、 「少 慢 差 費 」(教 育 内容 が少 な く、 進 度 が 遅 く、 程 度 が低 く、 無 駄 が多 い)こ. とが主 要 な 問題 だ とさ れ、 学 制 を短 縮 し程 度 を上 げ る こ とが. 主 張 され た。 教 科 書 は地 方 ご とに編 纂 さ れ た。 だ が、 す ぐに教 科 書 使 用 の上 で混 乱 が起 き教 育 の 質 が低 下 した。63年 、 教 育 部(日 本 の文 部 省 に 当 る)は 新 十 二 年 制 中小 学 教 育 計 画 を発 表 、 人民 教 育 出版 社 は十 二 年 制 の教 科 書 一 揃 え を編 集 した。 この教 科 書 は基 礎 知 識 の教 授 と基 本 技 能 の訓 練 、 知 識 の系 統 性 を 重視 し、 各 方 面 の好 評 を得 た。 た だ し生 徒 の負 担 が過 重 だ とい う教 師 た ちの 評 価 も少 な か らず あ った。   文 化 大 革 命 に翻 弄 され る1966年 か ら1976年 ま で の ほ ぼ10年 間 は、 学 校 教 育 も大 きな混 乱 に陥 り、 中 国 の教 育 活 動 と教 科 書 づ く りは重 大 な破 壊 に見 舞 わ れ た。 教 科 書 は各 地 方 で 出版 され るが、 そ の 内容 の多 く は政 治 とそ れ に 関連 す る実 際 問題 に偏 して、 基 礎 的 な知 識 の教 育 は きわ め て な お ざ りに な って しま った。   第 三 期 は1977年 に始 ま り1988年 に い た る時 期 の もの で あ る。 「四 人 組 」 粉 砕 後 、 教 育 活 動 も他 の諸 分 野 同様 そ の重 要 性 が強 調 され る。 「カ ギ は教 科書 にあ る。 教 科 書 は現 代 科 学 文 化 の 先 進 的 水 準 を反 映 し、 同 時 に我 国 の実 際 情 況 に合 致 しな くて は な らな い。」 「小 中学 生 の需 要 能 力 に マ ッ チ させ た先 進 的 な科 学 知 識 で教 育 内容 を充 実 させ る。」 と い う方 針 の もと、 教 育 部 は組 織 を 挙 げ て全 国 の十 年 制 中小 学 教 科 書 を編 纂 した。 この教 科 書 は思 想 政 治 教 育 と文 化 科 学 知 識 、 理 論 と実 際、 伝 統 的 内容 と現代 科 学 知 識 の関 係 な どに つ き正 確 な把 握 が で き る よ うに注 意 さ れ た。 結 果、 小 中学 教 科 書 の混 乱 した局 面 を転 換 し、 小 中学 校 の正 常 な教 学 秩 序 の 回復 、 教 育 の質 の改 善 な ど に対 し重 要 な働 きを な した。81年 に は小 中学 の学 制 は十 二 年 制 に復 帰 し、 人 民 教 育 出版 社 は十 年 制 の教 科 書 編 成 の基 礎 に立 って十 二 年 制 教 科 書 を編 ん だ が、 「四 人 組 」 に よ る破 壊 の影 響 の 評 価 が不 十 分 で、 教 科 書 の試 用 中、 教 師 ・生 徒 の不 適 応 状 態 も現 れ た。 教 科 書 内容 に つ い て 「難 しす. 序列 年代 序列 年代. 第一 期 1905−52. 第二期 1956. 第 四期. 第五期. 1978. 1986. 第三 期 1963. 第六 期 1988※※. ※ 教育部 また は国家教 育委 員 会が 人民教 育 出版社 に起草 ある いは参与 起   草 を委託 した もの ※※1988年 の もの は義 務教 育教 学 大綱 表3    中小 学 大 綱 ※ の改 定 期. 51.

(8) ぎて、 生 徒 の 負担 が過 剰 」 と見 る教 師 も少 な く なか った。   そ して第 四 期 が1988年 か ら今 日 に引 き続 く課 程 改 革 に な る。1985年 の 「教 育 体 制 改革 に関 す る 中共 中央 の 決 定」 を方 針 と して 開 始 され た今 期 課 程 改 革 は、 社 会 主 義 の 現 代 化 建 設 にふ さわ しい 教 育 内容 ・教 育方 法 へ の 改 革 を 目指 す もの と規 定 さ れ て い る。 義 務教 育 法 制 定 の1986年 に は、 全 国 中小 学 教 材 審定 委 員 会 が 設 立 され、 全 国統 一 の教 材 体 制 、 統 一 教 育 水 準 、 統 一 審 査基 準 を設 け た上 で、 そ れ を前 提 に教 科 書 の 多 様化 を 図 る こ と を決 定 した。 こう した 中 で 前 出 の 「九年 義 務 教 育 全 日制 小 学 ・初 級 中 学課 程 計 画」 が制 定 され た の で あ る。   以 上 の よ うな経 過 で、 中 国 の教 育課 程 、 教 科 書 政 策 は今 日 の段 階 にた ど りつ い たの で あ る。 こ の 間、 日本 の学 習 指導 要 領 に当 る教学 大 綱 は、8回. に わ た っ て改 定 され た。 その 変 遷 を 表3に 示. す。. (2) 上 海 の 中 小学 課 程 計 画   全 国統 一 の課 程 計 画 の設 定 と と も に、 そ れ を 基 本 と しっ っ も地 方 は独 自の 課 程 計 画 を 持 つ こ と が で き る。 これ は、 広 大 な 中 国 で の 自然 ・社 会 環 境 の多 様 さ や、 「現 代 化 」、 「改 革 開 放 」 政 策 に よ る経 済 発 展 の地 域 差 な どか ら、 全 国一 律 の教 育 課 程 の弊 害 が 強 く認 識 され た結 果 で もあ る。 こ の よ うな 地 域 的特 殊 性 を教 育 課 程 や教 科 書 づ く りの上 で認 めて い く事 につ いて は予 想以 上 に 自由 度 が大 き く、 日本 の 現 状 と はだ いぶ異 な る。   と くに上 海 市 の そ れ は、 中 国 を代 表 す る国 際 都 市 だ とい う こと もあ って 全 国 的 に も注 目 され 、 また影 響 力 も大 き い。 そ こで 、 上 海 市課 程 教 材 改 革 委 員 会 の手 に な る 「全 日制 中 小 学 培 養 目 標 (草 案)」 の中 で 、 上 海 市 が ど の よ うな 独 自性 を 盛 り込 ん で い るか を 見 て お くこ と に しよ う。 これ は同委 員 会 に よ り提 案 され た 「上 海 中小 学 課 程 改 革 方 案 」5)に 盛 られ た方 針 で あ る。   そ こで は まず 次 の 三 点 が お さ え られ て い る。   ① 必 修 課 程 を減 ら し、 課 外 活 動 を増 や す   国 家 教 育 委 員 会 お よ び これ まで の上 海 市 の課 程 案 と比 較 して 、生 徒 の総 活 動 量 は大 差 な い が、   必修 科 目 を減 少 させ 、 選 択 科 目 と課 外 活 動 の 量 を増 加 させ た(図1)。   ② 各 科 目 の配 当 時 間 を調 整   国 家 教 育 委 員 会 の案 と比 較 して 、 「道 具 教 科 」 の うち 国語 、 数 学 の時 間 配 当 割 合 を 減 ら し、 外   国 語 は増 や した。 これ は発 達 した地 域 の外 向 型 経 済 発 展 需 要 に適 応 させ るた め で あ る。 社 会 ・   自然 な ど の 「知 識 教 科」 の 比 率 は減 少 させ た が 、 選 択 科 目を 設 置 して、 自分 の 関心 に基 づ い て   生 徒 が 関 連 す る知識 を補 充 で き るよ うに した。 「技 能 教 科 」 の比 率 は大 幅 に 増 加 させ て い る。   (図2)   ③ 国 語 と数 学 の 時 間配 当方 法 の工 夫   児 童 の 生 理 的心 理 的特 徴 と、 認 知面 で の特 徴 を 考 慮 して、 「道 具 教 科 」 の 国 語 と数 学 に つ い て   は、 低 学 年 で 国語 に重 点 を お き、 数 学 は配 当 時 間 を 減 ら して い る。 両 科 目の配 当 時間 の ピー ク   に 当 る学 年 が ず れ る よ う に して い るの で あ る。 つ ま り週 あ た り時 数 が、 国語 は学 年 と と もに漸 52.

(9) 図1  必修科 目などの総授業 時数比較. 図2  各科 目の授業 時数比率. 図3  数 学 と国語 の週 当 り時数 の学 年 変 化 53.

(10)   減 し、 数 学 は逆 に漸 増 す る よ う に して い る(図3)。   こ う した教科 編 成 上 の措 置 と と もに 、上 海 市 中小 学 課 程 教 材 改革 委 員 会 は従 来 の教 科 内容 の改 革 と新 教 科 の増 設 に踏 み切 って い る。 例 え ば、 小学 校 の 「自然 常識 」(国 家 教 育 委 員 会 「課 程 計 画 」 に お け る 「自然」)や 中 学 校 の 自然 科 学 教 科 は、 理 論 的 な難 度 を や や 低 め る一 方 、 知 識 面 の 拡 充 、 応 用面 、 実 践 性 、 人 文 性 の 強化 を 図 って い る。 外 国 語 は小 学3年 生 か ら課 して、 聞 く力 、 話 す 力 を中心 に訓 練 す る と と もに、 言 語 環 境 を整 え て外 国 語 へ の興 味 を促 す よ うに工夫 して いる。 い わ ゆ る徳育 に つ い て も、 思 想 教 育 、 公 民 教 育 、 班 ・隊 ・団 な ど の活 動 、 社 会 的実 践 活 動 等 々 を 強 化 す るだ けで な く、 そ れ らを す べ て の教 科 の 中 に浸 透 さ せ て、 教 科 の学 習 と と もに学 ぶ よ うに して い る。   7年 ∼9年 生(中 学 校1∼3年)で. は、 上 海 独 自 の試 み と して社 会 と 自然 につ い て の各 総 合 科. 目 を開 設 した。 分 科 型 と総 合 型 の選 択 は各 学 校 に委 ね られ る。   総 合 型 社会 科 目 は 「社 会 」 で、 歴 史 、 人 文 地 理 、 社 会 学 基 礎 知 識 を総 合 した もので 、 生 徒 に人 類 社 会 の歴史 発 展 の基 本 的 な過 程 、 人 文 地 理 の基 礎 知 識 と社 会 学 の基 礎 知 識 、人 類 と環境 の関係、 歴 史 と現 実 の 関係 、 そ して 中 国社 会 の歴 史 的現 状 と発 展 方 向 を理 解 させ る と して い る。   一 方 総 合型 自然 科 目 は 「理 科 」 で あ る。 小 学 校 の 自然 教 科 の基 礎 の上 に立 ち 自然 地 理 、 物 質、 運 動 、 エ ネル ギ ー、 生 命 科 学 、 宇 宙 、 地 球 等 の方 面 の初 歩 的 知 識 を 学 ば せ る もの で あ る。 生 徒 に 自然 界 の法則 性 の全 体 認 識 を与 え、 これ らの知 識 が 経 済 発 展 や 社 会 進 歩 に対 して 持 っ 意 義 とそ れ らの実 際 的 な応 用 を理 解 さ せ、 人 口、 エ ネ ル ギ ー、 環 境 等 と人 類 の 運 命 と に関 連 す る諸 問題 を理 解 させ る と と もに、 生 徒 に初 歩 的 な観 察 能 力 、 思 考 能 力 及 び社 会生 活 に適 応 し労 働 す る能 力 を培 い、 自然 科学 へ の興 味 と良 好 な学 習 習 慣 を身 につ け させ る こ と をめ ざす もの で ある、 と して い る。 こ う した改革 方 針 の結 果 が 、 先 に紹 介 した上 海 市 の 『全 日制 九 年 制 義 務教 育 課 程 標 準(草. 案)』. の 「理 科 学科 課 程 標 準 」 と そ の教 科 書 『理 科 』 に結 実 して い る。   な お 自然、 社 会 につ い て の この よ うな分 科 型 と総 合型 の二 種 類 の形 式 の選 択 に つ い て は、 学 校 は条 件 によ って全 部 総 合 型 、 全 部 分 科 型 、 一 部 総 合 ・一 部 分 科 型 と多様 な類 型 を 自由 に選 び と る こ とが で きる こ と に な って い る。 そ の他 、 体育 保 健科 や労 働 技 術科 を 強化 し、 ま た コ ン ピ ュー タ の 授 業 を 開始 して い る(表2参. 照)。.   以 上 概 略 で は あ るが 、 中 国 の中 央 政 府 レベ ル の、 また そ れ に 呼応 す る形 で展 開 され る地 方 レベ ル(上 海市)で. の教 育 課 程 改 革 につ いて 見 て き た。 こ う した一 連 の動 向 は、 な に よ り も教 師 の質. を 高 め るた め の措 置(た. と え ば1994年 の 「教 師 法」 制 定 、 教 師 の待 遇 改 善 等)や 、 学 校 、 教 師 に. 対 す る社会 的 評 価 を高 め よ うと して 繰 り広 げ られ るキ ャ ンペ ー ン と もあ い ま って、 中国 に お け る 学 校教 育 へ の期 待 が 社 会 的 経 済 的 な発 展 との 関 連 で極 め て大 き くな って い る こ とを物 語 る もの に ほか な らな い。6)   い まだ かつ て な い規 模 と決 意 で 展 開 され よ う と して い る中 国教 育 改 革 の一 端 は、 全 国 規 模 の学 力 調 査 や ア ンケ ー ト調 査 を通 じて 、 教 育条 件 整 備、 教 師 の資 質 、 教 学 情 況 、 教 師 養 成 等 々 につ い て の地 域 間格 差 を 把 握 し、 適 正 な 格 差 解 消 の た め の措 置 を提 案 す る7)な ど の 努 力 に も現 れ て い 54.

(11) る 。. 3  理 科 教 育 の 目標.   中 国 国 家 教 育 委 員 会 制 定 の 「九 年 制 義 務 教 育 全 日制 小 学 、 初 級 中 学 課 程 計 画(試. 行)」 は総 体. 的 な教 育 目標 や カ リキ ュ ラム な ど を決 定 し、 か つ 各 科 目 の教学 大綱 の基 準 とな って い る。 したが っ て 授 業 目標、 内 容 、 配 当 な ど は具 体 的 に は各 科 教 学 大 綱 に よ る こ と に な る。 小 学 校 自然 教 学 大 綱 で は、 教 科 「自然 」 の教 科 目的 は 「生 徒 にや さ しい 自然 科 学 の基 礎 知 識 を身 につ け さ せ る と と も に、 科 学 に対 す る志 向 、 興 味 、 お よ び科 学 を学 び、 科 学 を用 い る能 力 を育 て 、 科 学 的 自然 観 、 科 学 的 態 度 を習 得 させ 、 さ らに故 郷 、 祖 国 、 大 自然 を愛 す る感 情 を養 い、 心 身 と も健 康 的 な発 展 を 促 進 す る」 と規 定 さ れ て い る。   一 見 して わ か る の は、 小 学 校 段 階 で も自然 科 学 そ の ものを学 習 させ る とい う目的意 識 が相 当 は っ き り した形 で 表 現 さ れ て い る こと で あ る。 下 敷 き に な って い る 「課 程 計 画 」 に お け る 「自然 」 規 定(小 論   1の(3)で 紹 介)を. さ らに明 確 に して い る と言 え よ う。 日本 で は理 科 の教 科 目標 と して、. こ う した 自然 科 学 教 育 と して の 明確 な規 定 を与 え た こと は、 少 な くと も文 部 省 、 す な わ ち学 習 指 導 要 領 に よ る教 科 規 定 につ い て み る限 りは、1886年 の義 務 教 育 開 始 以 後 一 度 もな い こと は、 る る 指 摘 され て い る通 りで あ る。8)そ の点 、 中 国 の 自然 教 学 大 綱 の示 す 教 育 目標 は、 科 学 を 教 え る の だ と い う決 意 と覚 悟 に お い て、 非 常 に鮮 や か な ものが あ る。   同時 に、 故 郷 、 祖 国 、 大 自然 を愛 す る感 情 の養 成 、 と い う項 目 に も注 意 を 向 け て お き た い。 故 郷 、 祖 国 と い う よ うな、 人 間 社 会 そ の もの に対 す る肯 定 的 な感 情 の養 成 を この教 科 の 目標 にす え る とい うこ と の意 味 に で あ る。 中国 の場 合 は、 社 会 主 義 国 家 建 設 と い う大 義 が、 自然 科 学 教 育 の 目標 の中 に も織 り込 ま れ て い る こと に な る わ け だが 、 政 治 経 済 体 制 の如 何 を 問 わ ず、 果 た して 自 然 科 学 そ の も の の学 習 と、 故 郷 や国 を愛 す る感 情 と を ス トレー トに結 び つ け る こ とが妥 当 で あ る か ど うか につ いて は議 論 の余 地 が あ ろ う。   上 記 教 科 目的 の方 針 を前 提 に、 上 海 で編 ま れ た 「課 程 標 準 」 で は この点 は ど うか。 前 出 の 『全 日制 九 年 制 義 務 教 育 課 程 標 準(草 案)』 の 中 の 「自然 常 識 学 科 課 程 標 準 」 で は、 こ の 科 目 「自然 常 識 」 の性 格 を 「自然 科 学 に つ い て の総 合 的学 科 」 と位 置 づ け、 以 下 の よ うな4項. 目の 目標 を示. して い る。   ① 自然 学 習 活 動 に積 極 的 に参 加 で き、 自然 の事 物 に対 す る学 習 ・興 味 を強 め、 進 ん で 問題 を提     出 し他 者 と討 論 で き るよ うに な る。   ② 自然 界 の お よ そ の姿 、 人 類 と自然 の 関係 の初 歩 を理 解 し、 も っ と も基 本 に な る事 実 と概 念 を     身 につ け、 日常 生 活 の 中 の普 通 に見 られ る 自然 現 象 に つ い て解 釈 を試 み る こ とが で き る。   ③ 自然 の事 物 を認 識 す るた め の簡 単 な科 学 的方 法 を学 び、 科 学 を学 び科 学 を 用 い る能 力 を 高 め     る こ とが で き る。   ④ 自然 の事 物 は相 互 に 関連 し、不 断 に変 化 して い る こ との 初 歩 を認 識 す る。 わ が 国 の 科 学 技 術 55.

(12)     の 成果 ・発 展 、 社 会 に対 す る科 学 技 術 の重 大 な影 響 等 の 問 題 に対 して初 歩 的 な知 識 を持 つ。     故 郷 を愛 し、 祖 国 を愛 し、 科 学 を 愛 し、 大 自然 を 愛 す る情 感 を培 う。   同様 に、 中学 校 につ いて 見 て み よ う。 上 海 市 が 独 自 に設 定 して い る教 科 で あ る総合 科 目 「理 科」 につ い て、 上 海 市 の 「学 科 課 程 標 準」 は次 の よ うにそ の教 科 目標 を定 め て い る。   ① 宇 宙、 地 球 、 物 質 、 運 動 に関 して 、 生 命 科 学 等 の方 面 の知 識 とあ わせ 、 全 体 的 に 自然 界 の普     遍 連 関 的 な法 則 を理 解 し、 基 本 的 な科 学 概 念 、原 理 お よび規 則 を把 握 し、 そ れ らが経 済 発 展     と社会 進 歩 に対 して 持 つ 意 義 と実 際 的 な運 用 につ いて知 る。 人 口、 エ ネ ル ギ ー、 資 源 お よび     環 境等 が人 類 の運 命 と密 接 な 関係 を持 って い る こ とを知 り、 我 国 の基 本 的 な 国情 な らび に関     連 す る国策 を理 解 し、 正 確 な 人 口観 、 資 源 観 、 エ ネル ギ ー観 、 環 境 観 につ い て の初 歩 を確 立     し、 ま た生 態 バ ラ ンスを 保 ち、人 と 自然 との 協調 関係 の観 点 を もつ 。   ② 生 徒 に初 歩 的 な観 察 ・実 験 能 力、 初 歩 的 な 分 析 ・概 括 能 力 と自立 した思 考 能 力 を訓 練 し、 自     然 につ い て の初 歩 的 総 合 考 察 能 力 の形 成 、 お よび科 学 的観 点 や方 法 を用 い て簡 単 で実 際 的 な     問 題 を解 釈 ・解 決 で き る た め の能 力 の 形成 を 図 る。   ③ 愛 国主 義 的精 神 を も ち、 弁 証 法 的 唯 物 主義 の 観点 の初 歩 を確 立 す る。 事 実 を求 め る科 学 的態     度 と真 理 を追 究 す る精 神 を持 ち、 生徒 の社 会 的責 任 感 を高 め、 科 学 熱 愛 の気 持 ち、 自然 の熱     愛 、 自然法 則 の尊 重 、 生 命 を 尊重 す る心理 と行為 習 慣 を育 む こと。   さ らにま た、 中学 校 自然 科 学 の 分科 型 教 科 の 「物理 」 「化 学 」 「生 物 」 な ど も当 然 に、 そ れ ぞ れ 教 育 目標 を 掲 げ て い るが 、 そ の中 か ら一 例 と して 「生 物 」 の教 育 目標 につ いて み て み よ う。 「生 物 教 学 大 綱(試 用)」 の一 節 で あ る。   教 学 目的  主 と して 知 識 教 育、 能 力 養成 、政 治思 想 教 育 の三 方 面 か らな る。   ① 知 識教 育:生 物 学 の基 礎 知識 ―生 物 の 生活 習性 、 形 態 構 造 、 生 理 機 能 、 分 類 、 遺 伝 、 進 化 、     生 態 の基 礎 知 識 等 の初 歩 を学 び、 これ らの知 識 を生 産 ・生 活 に応 用 す る こ とを 学 ぶ 。 人 体 の     形 態構 造 、 生 理 機 能 、 衛 生保 健 の基 礎 知識 を学 び、 自覚 的 に身 体 を 鍛練 し、 良 好 な衛 生 習 慣     を 身 に つ け る。   ② 能 力養 成:科 学 方 法 の訓 練 を通 して、 生 徒 の科 学 素 質 を養 成 。 動 植 物 の 生 活 習 性 、 生 物 と人     体 の形 態 構 造 な どの観 察 を通 して生 徒 の観 察 能 力 を養 成 し、(略)生. 徒 の生 物学 知識 を生 活.     と生産 実 践 に応 用 させ、 生 命 現 象 を分 析 解 釈 させ 、 彼 らの思 維 能 力 の養 成 を 図 る。(略)   ③ 政 治思 想 教 育:生 物 の教 育 を通 して生 徒 に弁 証 法 的 唯 物 主 義 と愛 国主 義 的思 想教 育 を行 な う。     生 物学 の基 本 観 点 を初 歩 的 に つ く りあ げ、 「実事 求 是 」 の科 学 態 度 を養 成 。 不 断 に新 知 識 を     探 究 す る精 神 、 大 自然 を熱 愛 し、 自然 資 源 保 護 、 人 口の コ ン トロー ル、 環 境 保 護 の重 要 性 を     認 識 し、 もって 逐次 、 正 確 な審 美 観 、 高 尚 な品 位 、 情 操 を 形 成 す る。.   少 々長 い 引用 にな った が、 どの科 目 も科 学 そ の もの の 教 育 で あ る こ とを非 常 に重 視 して い る こ と が わ か る。 そ して 同 時 に、 「自然 常識 」 で 見 た よ うな、 愛 国 主 義 、 政 治 思 想 教 育 と い っ た 項 目 が 必 ず散 見 され る。 この よ うに、 自然 と自然 科 学 を学 ぶ 教 科 で 、社 会 、 政 治 に対 す る積 極 的 な関 56.

(13) 心 を 明 示 して そ れ らへ の学 習 を 喚 起 させ る点 は、 他 の ほ とん どの 科 目 に も共 通 して い る と こ ろで あ る。 こ う した 教 科 目標 の設 定 の 仕 方 は、 教 育 と国 家 、社 会、 政 治 との 関 係 を ど う考 え るか と い う問 題 に帰 着 す る。 これ は改 め て 検 討 す る必 要 の あ る課 題 で あ る。. 4  理科教育内容 と教科書教材.   さて 、 こ う した原 則 や要 求 の流 れ を受 け る形 で、 理 科 関 係 の 各 科 目 につ いて 精 力 的 にそ の 教 育 内 容 ・教 材 の 改 革 が 進 め られ て き た。 そ の成 果 の一 例 が 前 出 の 上 海 中 小 学 課 程 教 材 改 革 委 員 会 の 手 に な る、「九 年 制 義 務 教 育 物 理 学 科 課 程 標 準 」で あ り、 これ を も とに作 られ た物 理教 科書 で あ る。   こ こで 実 際 の 「課 程 標 準 」 と物 理 教 科 書 を紹 介 す る。 も ち ろん ここで は、 そ の 全 体 は とて も紹 介 で き な いの で 、 日本 の子 ど も達 に と って も、 なか なか 理 解 しに くい と言 わ れ る一 分 野 で あ る力 学 関 連 につ いて 、 「課 程 標 準」 か ら は力学 分 野 の大部 分 を、 物 理 教 科 書 は力 学 関 連 の う ち の 「圧 力 」 部 分 を抜 粋 した(表4、5)。. (1)教育 内容 量 と教 材 量 の 日中比 較   見 られ る よ うに、 中 国 の 「課 程 標 準 」 の場 合 、 力 学 の ほ とん ど全 分 野 を系 統 的 に網 羅 した 内 容 を カ リキ ュ ラム案 と して提 案 し、 力 学 の諸 概 念 、 法 則 な どを そ の ま ま教 育 内 容 と して 項 目的 に示 して い る。 これ に対 し 日本 の学 習 指 導 要 領 で は教 育 内容 と方 法 とが 渾 然 と い り混 じ り合 った 文 章 表 現 で示 さ れ て い るの で、 日中 の直 接 の比 較 が しに くいが 、 該 当 部 分 の 日本 の理 科 教 育 内 容 を、 項 目的 に学 習 指 導 要 領 ・理 科 指 導 書 か ら抜 き出 す と、 中学1年 で 、 力 、 力 の量 的 把 握 、 質 量 、 重 量 、 重 力 、 力 の大 き さの 測定 、 圧 力 、 水 圧 、 大気 圧 、 中学3年. で、 力 のつ りあ い、 浮 力 、 仕 事 、. 仕 事 の原 理 、 仕 事 率 、 エ ネル ギ ー な どの諸 概 念 や、 操 作 な ど を学 習 させ る こ とに な って い る。 別 に指導 書 に よ り、 よ り具 体 的 な 内容 説 明 が教 材例 と と もに記 述 され、 これ に よ り教 科 書 や授 業 の 内容 が ほぼ イ メー ジづ け られ る。   比較 す る と、 教 育 内 容 の量 は明 らか に中 国 の 方 が多 い。 この うち、 明 らか に 日本 の理 科 で扱 わ な い内容 項 目 は、 重 心(の 求 め方)な にな る(表4の. ど、 約9項. 目で あ るが、 実 験 な ど詳 細 に見 る とか な りの数. 網 か け部 分)。.   この結 果 、 教 科 書 で 扱 う該 当分 野 の分 量 を 教 科書 の使 用 ペ ー ジ数 で見 て み る と、 日本 の場 合 た とえ ば 現行 教 科 書 『中 学 校 理科 上 』(学 校 図 書1996年)で. は、 見 開 きB4版. で14ペ ー ジ分 、 同. 『中学 校 理 科 下 』 で 物 体 の運動 ・エ ネ ル ギ ー関 係 を 除 い た20ペ ー ジ分 、計34ペ ー ジ分 で あ る。   これ に対 し、 上 海 教 育 出版 社 出 版 の9年 級(中 学3年)第 1995年)は. 、92ペ ー ジ の見 開 きB4版. 「課 程 標 準 」(一 部)か. 一 学 期 用 『物 理 』 教 科 書(試. 用本. 教 科 書 で あ るが 、 この一 冊 全 部 を 力 学 分 野 の う ち、 前 掲 の. らエ ネ ルギ ー分 野 を除 い た全 内 容 の掲 載 に充 て て い る。 単純 にペ ー ジ量 だ. けで の比 較 で いえ ば、 日本 の教 科 書 の なん と3倍 近 い開 き にな る。 多 くの 教 育 内 容 を、 て いね い に教 え よ う と した教 科 書 で あ る こ と は わか る。 57.

(14) 表4九. 58. 年制 義務教育物理課程標準(抜 粋).

(15) 表5九. 年制義務教育教科書. 『物 理 』9年 級 第 一 学 期 用(抜 粋) 59.

(16) 前 に も述 べ た よ うに、 中 国 で の 自然 科 学 関 連 教 科 の授 業 時 数 は、 中 学 校 で 著 し く増 え 、 日本 の 最 大 約5割 増 しに あ た る。 そ の点 か ら言 え ば 教 育 内 容 量 の こ う した違 い もあ る程 度 理 解 で き る。 そ れ に もか か わ らず 問題 は、 「課 程 標 準 」 に示 され る相 当 な量 に の ぼ る教 育 内 容 を 、 十 分 な 理 解 を得 る形 で教 え る こ とが で き るか ど うか と い う こ と に な る。 教 育 内 容 が 平 板 な羅 列 的 な 形 で 示 さ れ、 構 造 的 に な って い な い こ とに も不 安 が あ る。 教 科 書 編 纂 や 授 業 実 践 の中 で の 整 理精 選 や 構 造 化 が不 可 欠 で あ ろ う。. (2)力学 教 材 に見 る生 活 技 術 的観 点 と ころ で、 力 学 の 内容 の こ う した扱 い、 お よ び特 に教科 書 の記 述 内容 の特 徴 は、 以前 の 日本、 具 体 的 に は生 活 単 元 問 題 解 決 学 習 時 代 の教 科 書 に共 通 す る部 分 が あ るよ う に思 わ れ る。 そ の 共通 部 分 と は生 活 用 具 、 生 産 の道 具 や機 械 を例 に した説 明 と、 そ の イ メー ジを示 す イ ラ ス ト(挿 画) が ふん だん に盛 られ て い る点 で あ る。 中 国 の教 科書 で その一 例 を あ げ て み よ う。 「摩 擦 」 の学 習 で登 場 す る 日常 生 活 で よ く見 られ る現象 や道 具 な どの教 科 書 の挿 し絵 は、 机 の 台 拭 き、 横 棒 支 持 金 具 、 滑 り棒 、 ス ケ ー ト、 キ ャ ス タ ー付 き ソ フ ァ、 コ ロを使 った岩 石 運 び、 机 を押 す 子 ど も、 水 入 り コ ップ を もつ 手 、 ケ ー キ を刺 し取 る フ ォー ク、 電 動 機 ベ ル ト、 ボ ー ル ベ ア リング、 そ れ に回 転 式 テ ー ブル な ど多 種 多 様 に あ る。 お お む ね定 性 的 な説 明文 が 中心 で あ るが、 基 本 的 な力 学 計 算 も含 み な が ら、 で き るだ け そ の生 活 生 産上 の応 用 場 面 との 関係 を生 徒 に気 づ か せ て い こ う とす る配 慮 が濃 厚 で あ る。 そ の 際、 科 学 技 術史 の観 点 もか な り重 視 され て い る。 そ の 例 を教 科 書 の具 体 的 な挿 し絵 で見 て み よ う(図4)。. 先 の教 科 書36ペ ー ジか ら42ペ ー ジ の 間 に盛. られて い る イ ラス トで あ る(一 部 省 略)。 現 代 の生 活 用 具 を含 め いか に多 種 類 の イ ラ ス トが あ ふ れ て い るか わか るが 、 と くに伝 統 的 な生 活 ・生 産技 術 に関 す るイ ラス トが少 な くな い の が特 徴 で あ る。 これ は教 科 書 全 体 に現 れ て い る顕 著 な特 徴 な の で あ る。 実 は この よ うな特 徴 につ い て は、 上 海 の小 学 校 の教 科 「自然 常 識 」 に関 して、 日本 の 小学 校 理 科 教 科 書 と比 較 した結 果 と して、 以 前 に同 様 な指 摘 を した こ とが あ る。9)こ こで紹 介 した 力学 分 野 に 関 して は 、 日本 の従 来 の 教 科 書 で い うと1949年 度 か ら使 用 さ れ た 『小 学 生 の科 学 』 の第15冊(第5学. 年 用)「 機 械 や 道 具 を 使. う とど ん な に便 利 か 」 が それ に該 当 す る 内容 で あ る。 この と きの 日本 の教 科 書 は上 述 した よ うに 生 活 単 元 学 習 を教 科 内 容 の組 織 原 則 と して い た。 この単 元 で は テ コ、 滑 車 、 輪 軸 、 斜 面 、 圧 力 な ど を学 習 内 容 と しつ つ 、 学 習 対 象 は そ れ らの現 実 的応 用 と して の機器 そ の もので あ った。 したが っ て それ らの具 体 的 な図 が 数 多 く各 ペ ー ジに な らん で いた。 日本 の この教 科 書 に は、 自然 科 学 を学 ぶ とい う点 で は、 そ の後 さ ま ざ ま に批 判 され た よ うな根 本 的 な 欠 点 が あ っ た。 例 え ば、 道 具 の あ れ これ はわ か って も、 一 言 で 言 って そ の 「理 屈 」、 つ ま り科 学 が わ か らな い ま まで 終 わ る と い った もの で あ る。 そ して 、 こ う した当 然 の批 判 が きわ めて 大 き く広 が って 、 そ の後 の学 習 指 導 要 領 、 教 科 書 の 内容 は非 常 にす っ き り と系統 的 な扱 い にな り、 言 わば 理 論 的 な 記 述 様 式 にな って い く。. 60.

(17) 図4中. 国 の 物 理 教 科 書 挿 し絵 の 一 例.

(18) 満 載 され て い た 道 具 、 機 械 な どの 説 明 、 イ ラ ス ト ・写 真 は非 常 に少 な くな った。 そ れ は しか し、 現 実 の 子 供 た ちの 生 活 の中 か ら、 道 具 ・機 械 、 それ らと の接 触 の機 会 が 衰 退 ・消 失 して い くと い う時 代 的特 性 と時 期 を 共 に して いた の で あ った 。 この 点 は 日本 の科 学 教 育 上 の 不 幸 で あ った と私 は考 え て い る。 と い うの も、 これ は科 学 や 技 術 の 学 習 と理 解 に関 す る重 要 な条 件 の欠 落 と言 って い い と考 え られ るか らで あ る。 私 は従来 か ら、 今 日の 日本 の 自然科 学 教 育 の 根 本 問 題 の 一 つ は、 労 働 や 、 そ の 中 で利 用 され る 生 活技 術 ・生 産 技 術 に触 れ る機 会 が、 子 ど もの 成 育環 境 か らとみ に希 薄 にな った こ との もた ら し て い る事態 だ と考 え て きた 。10)自然 科 学 へ の興 味 や、 そ の学 習 に と っ て は、 労 働 や 技 術 を 媒 介 に した 理解 が きわ め て 有 用 な 役 割 を果 た す の で あ る。 家庭 な ど、 日常 普 段 の 生活 の場 で そ う した 労 働 や技 術 的経 験 に欠 け るの が 今 日の 日本 の現 状 で あ る とす るな ら、 これ を補 うの は、 基 本 的 に 学 校 で あ り、 あ るい は校 外教 育 活 動 の場 で しか あ るま い。 日本 の理 科 教 育 が課 題 とす べ き一 点 は、 ど う も この あ た りに あ るの で あ って、 中 国 の教 科 書 は そ の点 で参 考 に な る こ とが多 い よ うに思 わ れ る。. 5当. 面 す る 中国 の科 学教 育 の課 題. 一方 、 中 国理 科 の カ リキ ュ ラム、 教 科 書 が抱 え て い る問題 を ど う見 る か。 先 に指 摘 した内 容 量 とそ の 消化 に 関 す る問題 が一 つ で あ る が、 この こ と と も関連 して い ま一 つ、 よ り重 要 な問 題 が あ る。 そ れ は、 日本 の理 科 教 育 が遭 遇 し、 民 間教 育 運 動 な ど に よ り苦 労 して潜 り抜 けつ つ あ る問 題 で もあ る と思 う。 つ ま り知 識 観 、 学 習 観 、 さ らに言 え ば科 学 観 の 問題 で あ る。 や や乱 暴 な言 い方 に な るが、 上 に見 た 中国 の教 科 書 で教 え よ う と して い る の は、 古 典 物 理 学 が 確 立 して きた力 学 世 界 を、 有 無 を言 わ さず そ の ま ま生 徒 に伝 え切 って い こ うとす る態 度 で あ る。 知 識 は、 完 成 さ れ た力 学 体 系 の 中 の構 成 要 素 と い う形 で トップ ダ ウ ン方 式 で 説 明 され 記憶 を 要 求 さ れ る。 した が って、 教 え な け れ ば な らな い と考 え られ る項 目 ・内容 は、 ど う して も膨 大 に膨 れ 上 が る危 険 が あ る。 や さ し くわか り易 く教 え る ことへ の努 力 は な され う るが 、 内容 を精 選 した 上 で、 子 ど もの 自主 的 な 問題 発 見 へ のル ー トが 切 り開 か れ る可 能 性 を追 求 す る こ と は困難 で あ る。 文 化 の継 承 と か、 受 験 の た め の学 力 養 成 と い う点 で は こ う したや り方 が 最 も効 率 的 で あ る こ と は、 科 挙 の昔 か ら知 られ て い る通 りで あ る。 だが 、 学 問 や 文 化 の本 当 の 発 展 とい う意 味 で は こ こ に は大 き な問 題 が 存 在 す る。 子 ど も自身 が 感 じた り抱 い た り して い る、 素 朴 な、 場 合 に よ って は 本 質 的 な さ ま ざ ま な疑 問 に対 して 、教 え る側 が 無 頓 着 にな りが ちだ と い う点 で あ る。 この問 題 を無 視 す る限 り、 学 ぶ 側 は も ち ろん 、 教 え る側 も また科 学 ・文 化 を 固定 的 に捉 え る危 険 が 常 につ き ま と う。 個 々 の科 学 知識 も、 知 識 体 系 の 枠組 み も、 リジ ッ ドな もの と して受 け とめ る こ と に な りや す い ので あ る。 つ ま り は、 科 学 に対 す る偏 見 を子 ど もに あ た え て しま う こ とで あ る。 そ の こ と は と りも なお さず、 科学 そ れ 自体 が 、 自己 の あ り様 を常 に点 検 し反 省 す る、 一 つ の 大 切 な 機 会 を 失 う こ と を意 味 す る。 す で に古 く、1960年 代 日本 で 民 聞 教 育 運 動 に よ り担 わ れ た 62.

(19) 「教 育 の 現代 化 運 動」 に 内在 した一 つ の 重要 な教 訓 は、 子 ど もの発 想 に よ る 科 学 ・学 問 の 捉 え 直 しと い う ことで あ った こ と を想 起 す るべ き で あ ろ う。11) こん に ち 日本 が 経 験 して い る、 青 年 層 に著 しい理 科 ・科 学技 術 離 れ と呼 ば れ る問 題 の 重 要 な原 因 の一 つ が 、 実 は この問 題 な のだ と も私 は認 識 して い る。12)自 然 科 学 を 、 い か に ダ イ ナ ミ ズ ム に富 ん だ、 自然 の発 展 と と もに発 展 して い く可 能 態 で あ るか と い う こ と を、子 ど も に捉 え させ る こと に成 功 す る こと が、 中 国 にお いて も今 後 重 要 な課 題 に な って くる こ とだ ろ う。 それ だ け に、 中国 の現 行 教 科 書 が 技 術 的 、 実 学 的 な観 点 か らす る教 材 を数 多 く選 択 ・採 用 して い る こ と は、 結 果 的 に上 述 の偏 見 を 持 つ 危 険 を薄 め る可 能性 を持 ち、 柔 軟 で 発 展 的 な 科学 観 を形 成 す る可 能 性 を擁 す る もので あ る。 こ れか ら も堅 持 す べ き重 要 な要 素 で あ ろ う。. 注 1)以. 上 の統 計 デ ー タ は 『中 国 統 計 年 鑑 』1995年 版. 中 国 統 計 出 版 社 によ る。. 2)謝. 安 邦 「現 代 の 中国 教 育 改 革 とそ の 発 展 の動 向 ―義 務 教 育 を 中 心 と して ―」 名 古 屋 市 立 女 子 短 期 大 学. 生 活 文 化 研 究 セ ンタ ー『生 活 文 化 研 究 』 第8集(1997年) 3)国. 家 教 育 委 員 会 「九 年 義 務 教 育 全 日制 小 学 、 初 級 中 学 課 程 計 画(試 行)」1992年 公 布 、93年 逐 次 試 行 開. 始 4)『 5)同. 中 国 教 育 大 系 現 代 教 育 理 論 総 編(下)』 「課 程 改 革 方 案 」 は1988年5月. 湖 北 教 育 出版 社1994年 所 収 。. 、 上 海 市 人 民 政 府 の決 定 に よ り上 海 中 小 学 課 程 教 材 改 革 委 員 会 が 組. 織 され 、 翌89年 、 同 委 に よ り試 行 草 案 と して 発 表 され た。90年 に は各学 科 の 課 程 標 準 が 制 定 さ れ、9l年 一 部 の 学 校 で 実 験 的 に実 施 、93年 以 降 、 全 市 的 な実 施 に移 され て い る。 6)『. 中 国 概 況 』 北 京 大 学 出版 社  1994年 、 『人 才 揺 藍 の憂 思 ―中 国 教育 の 転 機 、 問 題 と 対 策 ―』. 央 党 校 出版 社 7)「. 1995年 な ど. 全 国 義 務 教 育 学 生 質 量 調 査 ―小 中 学 《総 合 理 科 》 調 査 研 究 報 告 」 ほか 。 『全 国 義 務 教 育 学 生 質 量 抽 様. 調 査 与 研 究 』 所 収 。 華 東 師 範 大 学 出版 社1996年12月 8)真. 中共 中. 出版 予 定 。. 船 和 夫 『現 代 理 科 教 育 論 』 明 治 図 書1968年 な ど. 現 行 の中 学 校 学 習 指 導 要 領 で は、 理 科 の 目標 と して 「自然 に対 す る関 心 を 高 め 、 観 察 、 実 験 な ど を 行 い、 科 学 的 に調 べ る能 力 と態 度 を育 て る と と もに 自然 の事 物 ・現 象 につ いて の 理 解 を 深 め 、 科 学 的 な 見 方 や 考 え 方 を養 う」 と して い る。 これ に関 して 、 理 科 指 導 書 は、 理 科 学 習 の最 終 的 な ね らい は 自然 に つ い て の 興 味 ・関 心 を高 め る こと だ と説 明 す る。 自然 を理 解 す る てだ て と して 、 科 学 的 方 法 ・科 学 的 見 方 が 位 置 づ け られ る。 た しか に、 科 学 そ の も の を教 え る と い う表 現 に は程 遠 い。 9)「. 日本 ・中 国(上 海 市)の 小 学 校 理 科 教 科 書 と教 育 内容 ―生 活 技 術 の 観 点 か ら ―」 名 古 屋 市 立 女 子 短. 期 大 学 生 活 文 化 研 究 セ ンタ ー 『生 活 文 化 研 究 』 第4集1993年 10)有. 賀 克 明 「理 科 教 育 にお け る 「生 活 」 の再 検 討 ―戦 後 初 期 を 中 心 に ―」 『名 古 屋 市 立 女 子 短 期 大 学 研. 究 紀 要 』 第44集. 1990年. お よ び前 掲 論 文 11)佐. 藤 興 文 「現 代 化 に お け る主 体 的 契 機 の 問題 ―科 学 と教 育 の あ いだ ―」 『国 民 教 育 研 究 』42号. 育研究所 12)有. 国民 教. 1968年. 賀 克 明 「現 代 青 年 の意 識 と教 育 の課 題(そ. 女 子 短 期 大 学 研 究 紀 要 」 第53集. の一)― 若 者 の科 学 技 術 離 れ と科 学 教 育 ―」 『名 古 屋 市 立. 1994年. 63.

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