伊予型 材料 材料と割込む鋼 鋼を割込む時に使用するタガネ 修復時に出た、古鉄材にて作成 両刃は青の鋼を使用 片刃はスエーデン鋼を使用 鋼は日立製作所の安来鋼 極軟鋼の材料で特殊な寸法です 重油炉にて加熱 手前に見えるのが、ベルトハンマー 色は黄色味を帯びている 鍛造 鋼割り込みの為のタガネ打ち込み 長方形になれば、鋼を割込む為の切込みを 鍛造し、表面のサビを落とす。 入れる溝を取る為、タガネを打ちこむ。 断面が長方形にして行く。 ベルトサンダーで打ちこむ為に、非常に危険な 作業となる。 材料は明治38年に東大寺大仏殿の 通常は出刃包丁は13×40 (片刃) 15×35(割込み用)の特殊材を使用 炭素含有量は0.02%以下の材料である。 ≒1200度ぐらいになれば取出して鍛造に入る ≒1200度ぐらい(色は黄色)になれば取出し
鋼割り込み 鍛接をの為ホウサンを付ける タガネで溝を付けた所に鋼を入れる 鋼と生鉄の付を良くする為にホウサンを添付 なかご取り 切り落し 火作り(二丁分) 切り落とした後の二丁分の材料 火作り(一丁分で切断) 穂先延べ ※ 穂先を延べて、完成したらこの後に焼鈍(ショウドン) と言って、藁灰の中に冷えるまで置いて置く。 鍛造した時のストレスと粒子の粗い所を止める。 手で触れるまで、冷えたら取出す。 中心の部分を形成して行き、2丁分の長さを作って行く。 片方の中心の部分が完成したら、2丁分の長さで、切断する。 2丁分で切断したら、再加熱して、もう一方を形成して行く。 2丁分鍛造出来たら、一丁分で切り落とす 又、焼き割れを防ぐ。(この時の温度は750℃ぐらい)
柳刃包丁 再加熱 再加熱後、水に濡らした槌にて鍛造する、再加熱時 についたゴミを水蒸気爆発にて飛ばす。 ゴミを飛ばした後に、穂先を整えて形を作る ハンマーマークの後のくっきりとついている。 片刃の場合は、焼入れ時に鋼側に大きく この後サンダーを掛けた後に、焼入れを行う こごむ場合があるので、見越して鍛造 豪快な槌跡は、動の世界の片鱗です。 します。 研磨修正の効かない、正確な仕事跡です。 使用された古鉄である。西岡棟梁は、アームストロング社(イギリス)で、製鉄された鉄と証明 明治維新の時に薩摩が使用した大砲がそうである。 鍛造した表面がコバルトブルーに仕上るのは、東京に浅野さんと言う職人さんが 上手だった。 ぐらい掛けて精製するが、仕上ると切れがもう一つである。 包丁をつくるのに、土佐の山崎兼利と言う名人がいた。この人のベルトハンマー の操作は見事であった。 鍛接を高める為に使用するホウサンは日本では生産されない為、戦時中は 入手困難であった。江戸時代からキンロウ、ギンロウには必要な品であった 鎖国時代に外国からの密輸入にて、仕入れていたと思われる。 硼酸の他に硼砂(ほうしゃ)を使用する時もあるが、低温で溶かす為、あまり 接合をうながす。 鍛造する場合は背のほうから、割り込みに向かってベルトハンマーを打つ。 中の空気を抜き持って鍛造する このホウサンは、水に溶かして顔を洗うとニキビが治る、医薬品としても売買 刻印を打つ。 大仏殿古材とは、明治32年から明治38年の間に行われた東大寺の修復作業にて 鋼を割込まなくても、市販品で割込んだ複剛材がある、これは1,100度で2時間 使用はしていない。鍛接は1,100度ぐらいで酸化皮膜を溶かして鉄と鋼の されている。硼酸記号はFe3O4、サビはFe2O3 ベルトハンマーは25Kで鍛造して、30Kで表面のハンマー跡を消してから
片刃包丁(出刃包丁)
鋼(スエーデン鋼) 鋼付け 鋼に秘密の粉(鉄と鋼の付きを良くする) 鋼を極軟鋼に乗せる 鍛接 切り落とし ベルトハンマーにて鋼と鉄を鍛接する 穂先の形を形成したら1丁分で切り落とす 1丁分 中心作成 伊予型見たいに中心を作成せずに 次ぎに中心を作成して行く 1丁分で切り落とす1丁分形成 エビ型作成 中心を延ばして行く 次ぎに、エビの形の様に背中を丸めて 行く。これは次ぎの工程に非常に重要 な工程です。 エビ型仕上がり 穂先延べ 刃の部分を薄く延ばして行く段階で アゴの部分から延べて行く 背中の丸く成っている部分は延びて この段階で、エビ型の背中が真直ぐに 真直ぐになる 成って行く。 穂先延べ 焼鈍(ショウドン) ベルトハンマーにて穂先を延べた状態 鍛造にて、鉄の内部に溜まった ストレスの発散と、粒子の落着き を取り戻す作業。包丁ではあまり 見られない工程。
型切り
伊予型包丁菜切包丁
アジサキ包丁
出刃包丁
ならし打ち
銘切り
その後、刻印を打つ 30kgのベルトハンマーにて、表面の凸凹をならして行く。焼入れ
焼土付け 焼土完了、乾燥後 いずみ砂岩の粉で作成 使用する炭は松炭 焼くのは、伊予型は刃先のみ 焼色は紅シャケの切身色 出刃包丁は重油炉を使用 焼き入れ完了 焼き入れ完了後、ワイヤーホイールにて泥落としを行う 焼入れ(伊予型・菜切等)サンダー掛け 鋼の部分は火花の出方が違う ベルトレスサンダー掛け(アゴの部分を重点的に) ヤスリ掛け 指の当たる部分は丁寧にヤスリを変えてスル ※ サンダーを掛ける時に鋼があるか、ないかが 分かる。鋼の部分と生鉄の部分では、火花 の出方が違う。 ※ ベルトレスサンダーを掛ける事により、アゴの部分 が締まり、よりひきたつ。 若いころは、アゴの部分の角度が鋭かった が、年と共に緩やかになった。 ※ 手作業による、ヤスリ掛けは初代興光から 教わった。 手に触れる部分、背、中心、アゴの部分 を掛ける。ヤスリも新しいヤスリと、古い ヤスリを併用して掛ける。 木屋時代は、職人さんにもお願い していた。 ※ 使う人が、気持ち良く又、使い勝手の 良い包丁を目指す。
歪取り 伊予型は、先に歪を金槌にて歪を取った後に、焼き戻しを行う。 どちらも、鋼部分しか叩けない、鉄の部分を叩くと鋼が割れる恐れ有。 焼き戻し 垂らすと包丁の表面で転がる。 出刃包丁の歪取りは、155℃の温度で30分焼き戻しした後にケヤキの台の上で木槌にて、歪を取る。 焼き戻しは、ガスオーブンにて155℃の温度で 30分加熱してから行う。 焼き戻しの温度が180℃を超えると、水滴を 150℃以下なら、水滴がはじく。
研ぎ
焼き入れ完了後、歪を取った後に、研ぎに入る工程です。
1
研前段階
2-A
GC合成回転砥石
しのぎ付ける
2-B
GC合成回転砥石
鋼確認
2-C
GC合成回転砥石
ハマグリ状に砥ぎ
3
大村回転砥石仕上げ
4
ワイヤーホイールによる
刃紋ぼかし
5
対馬名倉砥石による
刃先仕上げ
専用治具は、包丁それぞれの種類有 ※ しのぎの位置を決める
2-A
※ 鋼の入り具合の確認2-B
※ ハマグリ刃に研ぐ2-C
※ 専用治具を使い、GC回転砥石による水研ぎ GC回転砥石は、合成砥石で120#~240#ぐらいの荒さである大村回転砥石にての水研ぎ 大村砥とは、和歌山県の白浜で 産出される砥石です。 ワイヤーホイールによる刃紋のボカシ 波紋のぼかしに有効 石灰岩の粉を混ぜた水を 手作業による研ぎ仕上げ 蒲鉾型の伊予砥によるハマグリ刃の仕上げ 対馬名倉砥石による刃先の仕上げ 押して腹を研ぎ、引いて刃を付ける 回転砥石で出た、バリを取る 東京で研勝と言う名人の研師があった ※ 伊予砥とは、地元砥部で産出される昔からの砥石です。 ※ 対馬名倉とは長崎県の海から産出される黒い砥石です。 ※ 手研ぎの時鋼部分はすべり、鉄の部分は重い
伊予砥
1) 砥石の中に、白いゴマのような黒斑の混じるもの 2) 白に茶褐色色又は紫黒色の縞目のでるもの 3) 黄味を帯びたものが有、順に細かさを増している 240#ぐらいの荒さです 掛けながら研ぐ(空研ぎはダメ)最後の仕上げ
一本、一本に速乾のニスを塗る 柄を入れる為、柄の部分を熱する
柄に挿入 中心の曲がりの確認
製品及び銘 出刃包丁 上より、伊予型6寸、5寸、アジサキ3.5寸 関東型菜切包丁5寸 柳刃包丁(上段、左用9寸)
伊
予
堀
江
興
光
初 代 興 光 の 印 二 代 目 興 光 を 名 乗 る 時 に 、 東 京 で 初 代 を 真 似 て 作 成 し た 印伊
予
堀
江
興
光
明 治 の 東 大 寺 の 修 復 工 事 で 使 用 さ れ た 、 古 材 を 使 用 し て 作 成 し た 作 品 に 押 印伊
予
堀
江
興
光
璋
子
印
伊
予
堀
江
興
光
現 在 使 用 し て い る 印 明 治 の 東 大 寺 の 修 復 工 事 で 使 用 さ れ た た 古 材 鐵 を 使 用 し て 作 成 し た 作 品 に 押 印
大
佛
殿
古
材
璋
子
印
故 璋 子 様 の お 亡 く な り に な っ た 時 に 、 生 前 お 世 話 に な っ た 人 に 白 鷹 先 生 が 心 を 込 め て 鍛 造 し た 作 品 の 刻 印璋
子
印
白
鷹
幸
伯
鍛
大佛殿古材
運び出せないので、ガスにて切断したのだが、裏手には正倉院があり、煙の出ない用に水をかけもって 切断した。 運搬は奈良の国鉄の横に有る日本通運で帰り便にて堀江まで運んでもらった。 その時に日本通運の人がへんどと言われて、四国の田舎者とバカにされたのか思ったら、返路便を捜し て言った言葉だったのを覚えている。又鉄の正確な重量を計らなくてはいけないので、車ごと計量でき る会社を捜したら、グレーチングを作成している会社にありそこで計量した。 故西岡常一棟梁によるとイギリスのアームストロング社の製品だと言う事でした。 帰り早速釘を作成したら、もろく、サビやすく薬師寺の釘としては、使い物にならなかった。 その後、釘の材料は岡安鋼材の社長から、スピーカーの内部に使用する非常に良い材料を手に入れて もらった。 鍛冶 白鷹幸伯 二代目興光 Author N.Kamitanimake up 330mate T.Nakaoka
著作権に関する考え方は、下記のとおりです。 昭和49年に東大寺の屋根修理で本瓦葺きの名人の山本 清一氏より電話があり、出てきた鉄がいる のか問い合わせがあり、即座に購入の意志を伝えた。頭の中には薬師寺の6,900本の釘に使用出切る のではと思った。現地に行き、約3tと少々の量だった。現場作業場の床の下に有、とてもそのままでは、 ©白鷹幸伯 http://creativecommons.org/licenses/by-nd/2.1/jp/