E08−0284J 今 井 諭
情報ネットワーク化と産業発展
第1章 日本とアメリカの情報化社会
Ⅰ.アメリカ、シリコン・バレーの情報化社会
Ⅱ.日本における情報化社会
Ⅲ.日米における差異
第2章 産業における役割
Ⅰ.テクノポリスとして
1、 長岡の場合
2、 浜松の場合
3、 熊本の場合
4、 山田村の場合
5、 岐阜県で開かれたシンポジウム
6、 地域のテクノポリス化についてのまとめ
Ⅱ.企業経営
1、 経営戦略の課題
2、 ホンダの場合
3、 トヨタの場合
4、 アサヒビールの場合
Ⅲ.流通の変化
1. 流通革命
2. セブン−イレブンの事例
3. これからの近代流通
Ⅳ.金融の変化
1. 銀行はどのように変わっていくか
2. 日本の銀行業界の事例
3. デリバティブについて
4. 遅れている法整備
第3章 まとめ
第1章 日本とアメリカの情報化社会
Ⅰ.アメリカ、シリコン・バレーの情報化社会
シリコン・バレーとは、世界で始めて半導体企業の集積が形成された米国カリフォル ニア州サンフランシスコからサンノゼまでの帯状に広がっている地域のことであり、半 導体の原料であるシリコンをとって「シリコン・バレー」と命名されている。このシリ コン・バレーにはスタンフォード大学を中心に、情報のインフラストラクチャー(社会 基盤)を形成しているため、情報化社会のモデルとされている。 スタンフォード大学はシリコン・バレー内において単に地理的な中心であるだけでは なく、情報の生産と交換の中心である。キャンパスの中にあるリサーチ・パークには、 ヒューレット・パッカード(コンピューター・エレクトロニクス)、バリアン(通信機 器)、ゼロックス(リサーチ・センター)などのハイテク企業がきらびやかに並んでお り、これらの企業の研究開発活動はスタンフォード大学と深い関わりを持っている。 他方、企業から大学への接近も積極的であり、交流は盛んである。例えば、DNAX というバイオテクノロジー(生命工学)のベンチャー・ビジネスがスタンフォード・リ サーチ・パークにあるが、ここはシェリング・プラウという中堅規模の製薬会社が出資 した企業でありながら、スタンフォード大学の一環として基礎研究をしている。この研 究所は、いってみれば大学のなかであり、研究者はみな企業のために働いているという 意識を持っていない。出資者のシェリング・プラウのほうは研究内容には一切口を出さ ず、その研究成果を将来どのように役立てていくかについては社内に別に研究所を作り、 そこで検討している。シェリング・プラウも製薬企業として二十一世紀に生き残るため には基礎研究が必要であり、大学側も国立衛生研究所(NIH)などの従来の公共的資 金が削減されてきたので新たな資金源が必要であり、このような工夫が生まれてきたの である。スタンフォード大学のノーベル賞(医学・生理学)学者であるアーサー・コン バーグ教授のリーダーシップのもとに、シリコン・バレーはこのような形でバイオテク ノロジーの研究拠点ともなりつつある。 このように、大学を中心に新たな情報が生産されるだけでなく、情報交換の密度が高 いということが、シリコン・バレーのもう一つの特徴である。情報交換によって確度の 高い適切な情報を探り当てていくには、人と人とが直接に接触する、いわゆるフェイ ス・トゥ・フェイスの交流が不可欠である。問題が標準化されたり、問題のおよその方 向について見定めがついた場合とは異なって、どういう方向に探索の足場を築いたらよ いかを考えていたり、手探りで方向を模索しているようなときには、ヒントは思わぬと ころから得られるのである。それには電話や手紙というような特定の目的に拘束された 意見交換ではなく、自由で弾力的な情報交換が必要である。 シリコン・バレーでは、スタンフォード大学のファカルティ・クラブ(教職員・卒 業生用のレストラン)が理論的な面で情報交換の行われる場の一つであり、また、フェアチャイルド社近くのウォーカーズ・ワゴン・ウィール・バーや、アップル社近くのザ・ ペッパーミルというスナック・バーなどでは、よりビジネスライクな相談が行われ、情 報交換の偶発的な公共空間といったものを提供している。 このように、シリコン・バレーにおいては、この地域に集積した研究開発企業、ベン チャー・ビジネス、大学などの間で情報・知識のプールが形成され、その情報・知識が それらの企業・大学に関わる人々から構成されるネットワークによって共有されている。 また、人々が企業の間を極めて頻繁に転職することを通じて情報交換が促進されるとと もに、意図せざる連結効果が生まれ、それが創発的なネットワークを作り出し、研究開 発・技術開発におけるダイナミズムを生み出している。
Ⅱ.日本における情報化
日本でアメリカのシリコン・バレーに対応するようなもっとも情報・技術の集積が進 んでいるところは、他ならぬ東京である。 (A) (C) (B) 図1 日本の製造業における組織間ネットワーク 一般に日本の大企業は図1に示したような三つのネットワークを用いて仕事をして いる。つまり、大企業の工場を中心においてみると、A,B,Cの三つのネットワーク が存在している。Aのネットワ−クは、原材料インプットと販売のネットワークである。 日本の企業は、原材料を一般の市場で調達する以外に、その企業に特有な機械や高度な 技能・部品を供給する系列企業を持っており、また、流通面においては系列企業からな る流通ネットワークを主として活用している。Bのネットワークは、部品の調達・加工 のために利用される中小零細企業のネットワークである。Cのネットワークは研究開発 関係のネットワークである。日本の企業にとってこの研究開発面のネットワークをどう 作るかは今後の課題である。以上三つネットワークの中で日本特有のネットワークと考 えられているのは、Bのネットワークである。この部品供給のネットワークは、東京(及 び隣接の川崎)の下町に存在している零細企業群を利用して形成されるものである。 大企業の工場 系列企業の ネットワーク ・ 原材料供給 ・ 販売組織 中小零細供給企業の ネットワーク 研究開発 ネットワーク 他企業、政府関係研究 所、大学との協力関係東京の零細工業地帯は、全体として高度な技術開発力と製品開発力とを持つ、世界に もまれな工業集団である。日本の経済力はこの工業集積に支えられている。つまり、量 産型の大工場が生産性を上げることができるのも、またスピーディーな製品開発ができ るのも、この零細企業群のネットワークの中に集積された技能と技術に依存していると ころが多い。この工業集積は自然発生的に形成されてきたものであるが、それが東京・ 川崎の下町のような特定の地域に密集することになったのには理由がある。つまり、あ る企業が多様な注文主からの特別な注文をこなすには、それぞれの需要者からの距離が 近い中心に立地して、短時間に打ち合わせの往来や、材料・製品の運搬ができることが 必要であり、また、どんな注文でも受けられるためには多種多様な専門業者が集まって いなければならない。さらに、注文を融通し合い、また特定の業者が受けた注文をさら に分割して地域的なネットワークでの分業体制を取るためには、ある一定の地域範囲の 中にそれぞれの業者が集まっていなければならない。その分業を円滑に進めるためには、 たとえ夜遅くても気軽に打ち合わせができるように住居と工場が隣接していることが 必要である。また、それに適した小規模の建物が多様に存在していなければならない。 これは、東京の過密というマイナスのを逆用し、その見えない資源を利用して成立して いるのである。 この中小零細企業からなる集団は、分業のネットワーク化や情報伝達の効率において、 他国にほとんど類例がない独自な性質を持っており、典型的なゆるやかな連結のネット ワーク組織を形成している。まず、ここには典型的にネットワーク型をした分業の増殖 の過程がある。日本の高度成長の過程でそれが加速されるとともに、歴史的な事情から 存在してきた膨大な数の中小企業がその分業を担った。その過程で東京地区のように需 要が集中したところでは、分業はきわめて細分化され、同時にそれが中小企業に勤めて いる技能工がスピン・オフ(独立)して零細企業を設立しうる機会を作ったのである。 彼らは、旋盤とかプレスというような特定の技術をみがいてきたわけであるが、それら の技術をさらにしぼり、特殊な専門技能者として独立することになる。この技術のしぼ りによってその技能はさらにみがかれるとともに、何らかの新しさが付加される。すで に独立しているわけであるから、かつての組織の中での制約された分業とは異なり、技 能は伸ばされ、積極的に試行錯誤が行われる。かくてその技能は分化し、差異化される とともに、新たな用途が見出されていくのである。そして、そのようにして極度に細分 化された分業は、必然的にそれぞれの分業を担っている小企業の間の連帯を生み出すこ ととなる。彼らは、ある地域内に相互補完的に存在しなければ事業を伸ばしえない。ま た、お互いの特技に応じて仕事を融通し合うのに必要な情報交換のためには、日ごろか らの密接な交流が不可欠なのである。 市場経済の効率性は、需要と供給の背後にある有効な情報が経済主体の間において速 やかに伝達されるところにある。同時に、組織の効率もまた、組織内における情報の伝 達に依存している。日本の企業組織においては、大部屋システムにおける情報の速やか
な伝達と、情報の自然的な共有という独自の特色がある。以上に述べたネットワークに おいては、これらを組み合わせた形できわめて効率的な情報交換が行われている場合が 多い。 まず、ネットワークを構成している小企業間における横の情報交換が、それぞれが同 一地域に近接して存在していることを背景に、仕事に融通、仕事の連携の過程を通じて 自然発生的に時間をかけずに行われる。また、社長自身が技術者で、その出身が似通っ ており、短い言葉でポイントをつくという下町文化を共有していることも情報交換をス ムーズにする。そういった言葉のやり取りの中で、現場に発生した重要な情報が伝達さ れていくのである。 このような情報交換を効率的に行っていく上で、ネットワークの性質が「弱い連結」 であることもプラスの効果を持っている。弱い連結の場合には、情報を発する側は責任 を強く感じず、それを評価しどう受け取るかは相手の責任であると考えて、気軽に情報 を伝達しうるからである。製品開発や改良に関するヒントは、このように現場の感覚を 自然に伝える言葉の中に潜んでいる場合が多いのである。 一方、親会社と一時下請企業との関係はかなりの「強い連結」であるから、ここでは 計画的に情報交換が行われる。親会社は下請企業に技術情報の移転を行い、また一次下 請企業はみずからの経験に基づいて部品の細部や工程の段取りについ定見を述べる。そ の際に、日ごろ集めている二次下請企業の情報も活用される。たとえば、納期を一ヶ月 短縮してほしいという要望が親会社から出された場合、部品のどの部分を改良すればそ れが可能になるかを具体的な意見として述べることができる。この意味で、一次下請企 業は、ネットワーク組織における連結のピンの役割を果たしているのである。 このような垂直的な情報交換が進み、かつそれが効果を上げてくると、親会社にも下 請企業にもそれをさらに積極的に推進したいというインセンティブ(誘因)が生まれて くる。親会社側では、さらに現場情報を得ようとして、課長や部長がときおり、二次下 請企業まで足を運ぶようになる。また、一次下請企業は設計段階から親企業の考え方を 知ろうとし、また討議に参加することを希望するようになるのである。日本企業の製品 開発の柔軟性とそのスピードは、以上に述べてきたようなネットワーク型の産業組織を 基盤として生まれてくるものである。微細な分業、現場での情報獲得と弱い連結を通じ ての情報の伝播、これらを特色とする中小零細企業のネットワーク組織は、世界にも類 がないものと思われる。このネットワークは、当初はいくつかの親会社が意図的に形成 した下請企業群ではあるが、それらの仕事の過程でさらに細胞分裂が起こり、創発的な ネットワークとして進化的に形成されてきたものである。 言い換えれば、意図的・明示的に作られたネットワークが生まれ、それらが全体とし て進化的な構造として定着してきたものと考えることができる。しかし、そのような進 化的な発展の性質から当然のこととして、そこに形成された現在の構造が決して固定さ れてしまうものではなく、また次の段階へと進化していく。 事実、この零細中小企業
のネットワークにおいても、次のようなかたちですでにその動きは始まっている。 それは、前記のネットワークにおいて標準化され、多少とも量産化されてきた諸部品 の生産の部分を下町の超過密なネットワークから切り離して、100∼200キロ離れ た周辺の地域に移動させるというかたちで起こっている。ある程度の量産化を行うには 工場敷地を必要とするので、相対的にやすい土地を求める必要があり、またそれらの郊 外では、東京に通勤するには遠距離すぎるために適当な働き口のなかったパートタイム の女性労働力を活用しうるからである。 これらのネットワークの長所は、それまでに活用されていなかった多様な資源を多重 に活用することによって生まれてくるものに他ならない。つまり、特定の地域に密集す ることによる地域的近接性、情報伝達時間の短縮、多様な仕事の隙間から生まれてくる 事業機会の自然な発見、そしてこれらを利用した特殊専門技能の多重活用によって初め て生まれてくるものなのである。 以上では、中小零細企業のネットワークという以下にも日本的に見えるものを考察し たのであるが、実は、それはネットワーク組織の原型とも言うべき物をはっきり見出し ているのである。つまり、ネットワークの中で情報が共有され、各企業は著しく細分化 された分業を担いつつ極度に専門化し、独立した主体として競争的に行動するとともに、 ネットワークにおける情報交換と仕事に配分を共有の資源として意識し、そこにおける 位置を考慮して行動し、協働するというネットワーク行動が見られる。
Ⅲ.日米における差異
先にあげたアメリカの「シリコン・バレー」と東京下町に密集している「中小零細企 業」とでは、密度の高い情報の交換とネットワーク行動という点では、実によく似てい る。また、両地域ともに企業間における転職が激しいこと、つまりシリコン・バレーで は技術者の、東京下町では技能職人の転職が多いのは、ネットワークを有効に再編成し ていくための手段なのである。 しかし、ネットワークにおける利用価値には基本的な違いがある。日本の場合には、 つねにモノを作ることを出発点としており、その過程で情報化が導入される。下町の零 細企業にいくと、NC(数値制御)旋盤やワイヤーカットの放電加工機などがところ狭 しと並んでおり、モノの生産過程の情報化は実に早い。技能工が自分でプログラムを組 んで生産の進め方を指示するという形で、現場において、その状況に応じて、機械に少 しずつ情報を教え込んで行くという感じである。情報化は、現場の下から上へ進んでゆ く。 これに対して、アメリカの場合には、まず理論やアイディアが生まれ、アーキテクチ ャー(基本設計)がデザインされ、それに応じてソフトウェアが作られ、モノの生産へ とつながって行く。この意味では、情報化は日本とは逆に、上から下へと進行している といってよい。以上を別言するならば、‘アメリカ人の場合は、想像型(革新的、冒険的)’であり、 これに対して、‘日本の場合は洗練型(改善的、日常的)’と言えるであろう。 では、なぜ日本とアメリカでこのような違いが生じたのであろうか。それは両国民の 歴史を振り返ってみればよく分かる。まず、アメリカ人の場合、彼らの先祖はもともと ヨーロッパという旧い世界に不満を抱き、それに飽き足らず新しい天地を求めて新大陸 へわたり、新世界を拓いた人たちである。こうして北米大陸という風土には、旧世界を 捨て去り、新しい冒険や想像へ向かって、常に突進して行こうといった気風ないし文化 が満ち溢れるようになった。今日のアメリカ人は、こういった先祖の血を受け継ぎ、ま た教育を受け継いだ子孫たちです。だから、新しいものに対しての強い創造、冒険など が働くのである。 これに対して日本人は、先祖以来この日本列島という温和な小群島の中で、まずまず 平和に毎日を送ってきた。ユーラシア大陸からの進入の危険や機会もごく少なく、温帯 の気候のなかで一生懸命働きさえすれば穀物など食料もとにかく取れるのである。この ために一生懸命働き洗練させていくのである。
第2章 産業における情報化の役割
Ⅰ.テクノポリスとして
1、テクノポリスの可能性テクノポリスとは、これからの情報ネットワーク社会におけるインフラストラクチャ ー(社会基盤)を作ってゆこうという構想なのである。それは、アメリカで、シリコン・ バレーの成功を見てサンベルト地帯(南部)に数多くのリサーチ・パークが計画的に作 られようとしているように、また、東京のようなネットワークの小型版を日本の主要地 点に形成して行こうとする計画である。さらに、テクノポリスは通信コストの低下をテ コとしつつ、地方に技術集積の拠点を作ろうとする構想である。 製品計画が標準化されたり、研究開発の方向がある程度まで決まったケースについて は、データ通信などによって情報交換を行いつつ、地方に生産拠点を作ることは十分に 可能である。同時に、それらの地域が内発的に発展して行くためには、地元に産業や大 学・研究所のネットワークができて、そこで問題解決のためのフェイス・トゥ・フェイ スの接触が行われることも不可欠なのである。テクノポリスは、この両方をねらって、 情報ネットワーク社会の産業基盤としての拠点を日本の各地域に作っていこうとする ものにほかならない。 2、長岡の場合 まず、新潟県長岡市のテクノポリス計画である。長岡市では、中越地方の中心を占め る交通・商業都市であるが、かつてはスキー場に近い雪国のイメージが強かった。その 長岡市が、いま国際性を持った技術集積都市として、また瀟洒(しょうしゃ・しょうさ い)な田舎町として生まれ変わろうとしているのである。 まず、長岡市では、情報的な都市作りを目指す長岡ニュータウン(新潟県、長岡市、 地域整備進行公団)の建設を行い、このニュータウンは日本のこれまでのニュータウン の発想を超えて職住近接を目指し、当初から産業・学術・居住の調和した新たな都市を 志向する、まことにスケールの大きなものである。 また、長岡には、新構想大学として評価の高い長岡技術科学大学が開校し、1984 年から修士課程修了者を産業界に送り出している。この大学は、実践的技術の開発を主 眼とする教育・研究を目的とし、大学院に重点を置いた国立の工学系大学として構想さ れたものである。新形式の大学らしく、図書館、語学センターなどではコンピューター が駆使され、学生はID(身分証明)カードを用いて食堂での飲食や買い物ができ、現 金のない生活をしている。また、産学協同も意欲的に進められており、学内に技術開発 センター(財団)が設立されて、そこには民間からもスタッフが参加する予定になって いる。 長岡圏域には、明治年代の石油の採掘機械に端を発して、工作機械を中心とした機械 工業のかなりの集積があり、機械系の生産技術については相当に高度な技術力がある。 しかし、エレクトロニクスの分野については、企業の数も乏しく、当面技術力が不足し ており、これが新製品の開発、新技術の開発で立ち遅れる原因になっている。この立ち 遅れを解消し、地元の工業をメカトロニクス型の産業システムに作り上げることが長岡 テクノポリスの課題なのである。
このような産業化を進めていく上で、長岡技術科学大学は積極的な役割を持つ。長岡 テクノポリス構想の作成自体に同大学の教授らが大きく貢献しているし、アプリケーシ ョン産業(先端技術応用産業)の送出を目ざる「ハイテク・パーク」の構想は、技術科 学大学のねらいと照準が合っている。 また、先の長岡ニュータウンも、このアプリケーション産業の形成に重要な役割を果 たすであろう。いま日本で研究すべきことは、先端技術をわれわれの生活様式のなかに いかに導入していくか、また人々の真のニーズを探り当てて、いかににして需要を掘り 起こしていくかという問題である。先端技術の可能性については多々喧伝されながらも、 実はこの肝心な点がはっきりとわかっていないのである。この問題に接近するには、実 験都市的な場が必要である。それは地方のほうがわかりやすく、長岡ニュータウンなど はその格好の場を提供するものである。 たとえば、CATVのような地域コミュニケーション・システムを導入することを考 えてみる。ここで大事なことは、人々が欲しがっている情報をどう提供するかというこ とである。お役所的な実験のように、ニュース番組のようなものを流してみても、誰も 振り向かない。人々の関心を引きつけるには子供の運動会や遠足や、あるいは父親のゴ ルフ大会の生中継とか、あるいはどこの店で何がやすいという具体的な買い物情報など、 生活に密着した情報を流さねばならない。 そういう情報をどういう機器で誰がどう集め、どういうかたちで放送するのか。また、 家庭ではどういう端末を、どうセットするのがやすくて使い勝手がよいのか。オーディ オ、マイコンなどの端末とどうつなぎ、それらをどうまとめていくのか。こうした実験 が、現実の生活の場で、現実のビジネスのなかで、企業の創意工夫をかけて行われる必 要がある。そこから製品開発のアイディアも生まれ、生活の場と生産の場が結びつく。 上越新幹線の完成によって、長岡は上野から約一時間半の時間距離となった。データ 通信のコストが安くなることによって通信距離も克服されつつある。それによって、東 京などとのコミュニケーションを行いつつ、地域内でも顔を突き合わせて相談しうるよ うな技術集積ができれば、田園都市と先端産業が結びついて発展が可能となるだろう。 2、浜松市の場合 次に、産業面に関してさらに進んでいる浜松市の場合である。浜松市には、現在すで に近代工業の稠密な集積があるが、織物から織機へ、製材から木工機械へ、自転車用エ ンジンからオートバイ・軽自動車へ、時計職人のオルガン修理から楽器へと、企業の積 極的な技術開発・新製品開発に基づいて連鎖的に産業が発展してきている。また、この 過程で日本楽器と河合楽器、庄田鉄鋼と平安鉄鋼所(いずれも木工機械)というような 企業間の熾烈な競争があり、これが優良企業を生み出してきた。 エレクトロニクス化への適応も早く、地場産業でも木工用複合ロボット、センサー・ マイコン制御の選果機などを多様に生産し、その技術水準は高い。たとえば、木工機械 の庄田鉄鋼は、1000種類近くのNC工作機械を制作しており、樹脂などの特殊材料
の加工機を含めて、あらゆる木工機の注文に短時間に対応しうるノウハウを持っており、 アメリカの航空機メーカーの特注に応じている。また、浜松テレビ(現浜松フォトニク ス)のように、電子管の分野で世界市場を支配している企業もある。 浜松テクノポリスの課題は、このような産業・技術集積のレベルをさらに一段上げ、 それらを総合的なシステムとして、具体的な社会システムに結び付けて行くことである。 浜松のテクノポリス開発計画では、高度情報システム、特に会話型画像情報システムと いうものが構想の一つの核になっている。これは、この地域に存在する映像、音響、光 技術産業、システム・エンジニアリング産業などを総合して生活文化のレベルアップに 結び付けようとする構想である。つまり、先の長岡の場合に例示したような映像システ ムの楽しみ方、そういったライフスタイルを作り出すシステム技術を担当しようという のである。それを現状よりも一段と高いレベルで実現することが、この構想のねらいで ある。日本楽器や河合楽器には、映像・音響技術の光度の蓄積がある。映像も音響もと もにコンピューターによる処理が可能になり、LSI(大規模集積回路)、さらには超 LSIの利用によって画面や音質の質的なレベルは格段に向上し、低コストかも急速に 進んでいる。 しかし、人々が満足し、実際にそのためにお金を払ってもよいと思うような家庭映像 情報システムを作り上げるには、無数に近い仕事をこなしていかねばならない。情報サ ービスの多様性と意外性、ハードおよび削ぐとの多面性と使いかってのよさ、メインテ ナンス(維持・修理)を含めた低コスト化などを総合的に実現しなければならない。こ ういった仕事は、日本楽器や河合楽器などの大企業だけでできるものではない。視野の 広い中小企業の活躍が必要なのであり、しかも、それらはほぼ同水準の高い技術力を持 たねばならない。 浜松には、すでに、そのような中小企業群、特に研究開発型の中小企業群を育てる目 的で、「ローカル技術開発協会」というものが結成されている。浜松都市圏にはいわゆ る研究開発型企業が345社あるといわれるが、それらの有志と、静岡大学工学部、豊 橋技術科学大学などの研究者を含め、日本楽器などの大企業がリーダーシップを取って、 新たな組織連関を作り、ネットワークを形成しようとする試みである。 このようなネットワークの形成に、日本楽器などの大企業がリーダーシップを発揮し、 みずからの技術蓄積を積極的に投入して地域への技術移転を図ろうとしていることは 注目に値する。たとえば、家庭映像情報システムを作り上げるに当たって、それまで地 元の大学とは付き合いを持たなかった日本楽器が、180度転換して、静岡大学工学部、 豊橋技術科学大学と積極的な交流を持つようになたことが重要なのである。複合連関型 の技術に基づく多品種少量生産連結型の産業社会では、企業と大学との間に新たなイン ターフェースを工夫し、ネットワークを形成することが企業の基本的な戦略にならざる をえないのである。 3、熊本市の場合
以上のような説明では、長岡市や浜松市は交通の有利性に基づく中央への近接性によ って、すでにテクノポリス的になっている都市であり、より遠隔地の“地方”はどうで あろうか。その例として熊本市を取り上げてみる。 九州の古都熊本市は、新たな研究開発都市に向かっている。細川元知事の言葉では「情 報資源都市」である。熊本市がその種の都市になりうることは、ソフトウェア・ハウス として我が国で1,2の技術水準を争う株式会社構造計画研究所の立地がすでに決まっ たことが、それを例証しているであろう。その構造計画研究所が、熊本市郊外に新たな 研究所を作り、東京・新宿副都心にある本社と通信回線で結んでソフトウェアの生産を 行おうというのである。 こういう計画が可能になったのも、最近の情報・通信系技術の急速な進歩に依存して いる。データ通信の効率は、「パケット交換」というような技術革新によって約10倍 あがった。したがって、コストも10分の1に下がり、料金も同様に引き下げうるので ある。また、通信の料金は距離に依存しない料金体系に向かいつつある。日本ではまだ そうなっていないが、アメリカではすでにテレネット社のデータ通信料金は全国均一で ある。衛星通信や光通信によって、この技術革新がさらに進むことは確実である。 このような情報・通信系の確信が、テクノポリスの一つの重要な技術的基盤である。 データ通信のコストが安くなれば、ソフトウェアのツールとして注目されている。たと えばUNIXなどの技術などの技術を用いて、情報化社会でもっとも肝心な生産物たる べきソフトウェアの生産は、全国のいたるところで、たとえば東京と熊本との間を同時 に生産管理しつつ行うことが可能になってくる。UNIXとは、アメリカのベル研究所 で開発されたソフトウェアを作るソフトウェアである。こういったツールを用いるとソ フトの生産性は数倍に上がり、かつ端末を伝子メールとして利用して同時的な生産管理 が可能となる。情報・通信系の技術は、このような形で「距離」を克服しつつある。 熊本には、これ以外にもすでに民間の研究所としてバイオテクノロジーの分野に化血 研(財団法人、化学及清療法研究所)と同人科学研究所があり、エレクトロニクスの分 野では立石電気の研究所設立が決定している。化血研は、人体・動物用の予防医学上必 要となる薬品(ワクチンなど)の開発・生産を行い、化血研製剤販売株式会社などを通 じて高収益をあげている研究所として知られている。また、立石電気の研究所は、エレ クトロニクス系の開発センターとして、テクノポリスの中核的な役割を果たすものと思 われる。熊本市は情報資源都市の方向に大きく動き出しているのである。古くからの文 化の伝統があるところほど、テクノポリス構想には目に見えない迫力が生まれてきてい るといえる。 4、山田村の場合 次の地域は、前述のテクノポリスとは少々異なるが、富山県山田村についてである。 この山田村は「日本一ハイテクな村」として紹介されていた。その理由は、この村での パソコンの普及率が100パーセントであるからだ。1996年に村の過疎化問題を解
決するために1家に1台ずつ、村全体の485世帯すべてに支給したのである。村では 子供からお年寄りまで利用しいる。この村の小学校ではパソコンルームが自由開放とな っており、また、パソコンを利用した課題発表を行うなど、大学生顔負けの授業である。 学校への連絡事項もインターネットを使って配信するなど、全国に先駆けて画期的な取 り組みを行っている。この取り組みには、過疎化の問題だけでなく、親子やお年寄りと 子供、また、近所へのコミュニケーションの発展にも大きな役割を担っていると思う。 まだ試験的な段階なので、直接の過疎化防止策となるかはわからないが、実に面白い取 り組みである。 5,岐阜県で開かれたシンポジウム 岐阜県では、今年の7月23日∼24日に“GIFU都市情報メッセ&シンポジウム” というものが開催された。その主な内容を見てみると、 <GIFU都市情報メッセ&シンポジウム> 開催趣旨 岐阜県では、県土が価値ある情報の「受信・生産・発信」の場となる「高度情報基地 ぎふ(情場)」の実現を目指しており、このためソフトピアジャパン、VR テクノジャ パン等の情報拠点の整備の中核として、生活・産業・行政の情報化と情報産業の育成を 図るとともに、各種の先導的な情報化プロジェクトに取り組んでいます。 今回、これらの情報プロジェクトのうち、「情報スーパーハイウェイ(光ファイバー 網の整備)」「地理情報システム(GIS)」「高度道路交通システム(ITS)」を地域整備に どのように役立てていくかを全国の自治体関係者とともに考え、理解するために、シス テム及び関連機器の展示(メッセ)とシンポジウムを同時に開催する「GIFU 都市情報 メッセ&シンポジウム’98」を開催するものです。 「岐阜情報スーパーハイウェイ」とは? 既存の電話回線に比べ数千倍という大容量の情報を送れる光ファイバーの大きな可能 性を秘めたケーブルで県内全域を結び、高度な情報通信ネットワークを構築しようとす るものです。 「GIS(地理情報システム)」とは? 様々なデータを座標をキーに統合して扱うコンピュータシステムです。紙の地図をデ ジタル化してコンピュータの中で扱うことにより、色塗り、検索、分析などが簡単にな ります。 各種シミュレーション及び施設の管理等の様々な業務を、視覚的にも合理化・高度化 する可能性を持っています。 「ITS(高度道路交通システム)」とは? 渋滞・交通事故の低減や利用者の快適性の向上を目的に最先端の情報通信技術等を活 用して創り出す新しい道路交通システムの総称です。 ITSは、ナビゲーションの高度化、自動料金システム、安全運転の支援等の開発分
野で構成されています。 という内容である。 6,地域のテクノポリス化についてのまとめ こうして4つの都市と、1つのシンポジウムを取り上げてみた。いずれの地域も情報 化社会を目指すことによって、地域の活性化を図っているようにおもえる。今現在にお いて情報、文化、技術などにおいて中心的役割を担っているのは、いわずと知れた東京 である。人口もまた、東京を中心とする首都圏と呼ばれる地域に集中している。それ以 外の地域は、たとえば2002年に日・韓で同時開催されるサッカー・ワールドカップ の開催地に名乗りをあげたり、新幹線やその他の交通機関が開通し、それによって活性 化を図るなど、さまざまな方法を取っている。例として取り上げた都市のように情報化 を進めることも1つの大きな活性化を図る方法である。アメリカのシリコン・バレーな どのように広大な土地での研究というのは、狭い国の日本には難しいが、大学などの研 究機関と提携したりして企業やその他の機関同士が情報の交換を行ったり、大分県で行 われている‘一村一品運動’などのバーチャル・ショップのように国際的に通用する地 域ブランドを育て上げようとする政策を行い、インターネットを通じて紹介するなど、 先端技術を利用した独自の政策を図ることが今後重要になってくる。
Ⅱ.企業経営
1、 経営戦略の課題 情報化社会の一つの特色は、予想外のものが資源になるということである。もともと、 新しい情報を求めるということは、不確実ななかで手探りしてゆくということであるか ら、思いもかけない副産物に出会うことが多い。研究開発の成果としての技術の場合に ついても、意図したものを追求する過程で副産物が生まれ、それが企業化されたという 例が多い。 このような資源の多重活用を行ってゆくうえで、日本の「下から」進めてゆくシステ ム化は、多くの利点を持っている。それが上からデザインされたものでなく、部分部分 が自然発生的に連結してゆくものであるだけに、その過程において、それまで気がつか なかった資源を見出したり、意外な連結を生みうるチャンスが多い。 これからの日本企業にとっての経営戦略上の課題は、一方で日常的な財・サービスに ついて小さな差異を満たしつつ安く供給しうる安定的な経営資源をもつことであり、他 方で創発的な、思いもかけぬ非日常的な需要に応える瞬発力を持つことである。この間 のバランスを取ることが経営戦略のポイントである。 前者については、良質なものを安く供給しうるということが重要である。今後、高齢 化や女性のさらなる社会進出に伴い、日常的な領域でも多様なニーズが生まれ、その必 要は状況によって異なるため、食品とか衣類、見廻品などについても小さな差異を伴う 需要となって現れる。問題は、小さな差異を満たしつつ、かつ安く供給できるかどうかであり、それをなしうることが情報ネットワーク社会の長所である。そのためには、多 様な資源を見出して、それを多重に活用し、連結してゆかなくてはならない。 後者の瞬発力については、異質な領域との連結をも含めいかに創発的なネットワーク を作りうるかどうか、そのために日ごろからネットワ−クの下地を作っておくことがポ イントである。 そして、いずれの場合にも、直接に実際の仕事をしている人々が持っている具体的で 動的な情報が適切に連結されるシステムを作ることが戦略上の焦点である。 2、ホンダの場合 ホンダでは、車の需要動向に関する情報を求めようとするとき、調査会社に市場調査 を依頼したりするのではなく、車の生産にたずさわる人々が、車の販売店や修理店に直 接出かけ、それらを歩きまわって現場の情報を求めるのである。そして、その情報を社 内に持ちかえり、自由闊達にコミュニケートする。ホンダの組織はきわめて柔軟にでき ているから、そういった具体的情報がそのまま必要なところに伝達され、集約されて行 く。重役室も大部屋で、個室がなく、情報の伝達をさえぎる壁がない。また、新しい車 の設計をするようなときには、それらの情報を持った人々が数日旅館などでいわゆる 「かんづめ」になり、徹底的に討議し、バラバラの情報を1つの概念ないしデザインに まで集約させる。シリコン・バレーが情報化社会のモデルであるという同じ意味で、ホ ンダも情報化社会における企業経営の一つのモデルである。 3、トヨタ自動車の場合 「ジャスト・イン・タイム」で知られるトヨタ生産方式は、生産システムへの情報技 術の活用としても、従来から世界の先端をいくものであった。トヨタの自動車は、アメ リカにおける製造復活の鍵は新しい情報技術にあると判断し、情報システムの高度化に 取り組み始めている。その最大のテーマは、リードタイムの短縮、変化へのより早い対 応である。その一つの例が、市場へのクイックレスポンスである。そのために、生産に おける「ジャスト・イン・タイム」から、商品開発−生産−販売−顧客といったトータ ルプロセルの「ジャスト・イン・タイム」へと、情報技術の利用範囲を広げている。ア メリカを代表する製造企業であるボーイングやGM、フォードなどが商品開発にバーチ ャル技術などを活用することで商品の開発時間を大幅に短縮したのを見習い、この面で も情報システムの高度化を進め、全体のリードタイムの短縮を目指している。 トヨタ自動車は、並行して管理、間接部門へも「ジャスト・イン・タイム」の生産方 式を適用することを目指している。「欲しいときに欲しい情報を欲しいだけ後工程が取 りにいく」「不良情報、過剰情報を後工程に流さない」「バーチャル技術には限界がある、 人が最終判断」など、トヨタ独自の現実的な知恵が示されている。 4、アサヒビールの場合 一人一台のパソコンをベースにした情報ネットワークシステムを企業内に構築し、情 報の共通化を図るとともに、組織をフラットに、分権型に、オープンに変えていくこと
で、より効率的な、創造的な企業を作ることができる。先行するアメリカではこうした 企業改革が進み、競争力を高めているといわれる。アメリカにおける情報化投資と企業 収益の連鎖は、情報化をてこにしたビジネスプロセスの改善にあったと考えられている。 そこでは、情報を伝達するだけの機能しか果たしていなかった中間管理職は削減され、 組織はよりフラットに、スリムになっている。 アサヒビールでは、1995年からスピーディーかつ正確な情報伝達と双方向コミュ ニケーションの実現を目指して、全社員対象の電子メールシステム」「アサヒスーパー ネットメール」を導入している。その担当者は、「電子メールさえ導入すれば、それだ けで業務の効率化や省力化が実現する、といえるほど単純ではない」と前置きした上で、 次のような指摘をしている。まず、情報システム作りは知る手無部門だけがやることで はなく、変革を導く強力なリーダーシップと改革への社内合意が不可欠であるという点 である。次に、業務部門ごとに利用される機能も異なり、それぞれへの柔軟な対応が必 要だとしている。さらに、より高度な利用を目指すとすれば、組織や組織のルールより シンプルに、オープンに変更していく必要があると総括し、「発信しない限り、電子メ ールの有用さは実感できない」と付け加えた。
Ⅲ.流通の変化
1、 流通革命 流通とは、単純にいってしまえば、生産者と消費者とをつなぐ行為であるが、それを 実際によどみなく遂行していくのは決して容易なことではない。消費者がどういう物を 欲しているかの情報を集め、それに基づいて品揃えをし、常に適当な在庫量になるよう に配送の段取りを取り、そして消費者が楽しくデパートや小売店で買い物ができるよう なシステムを全体として作るのは、膨大な人と資金の必要な仕事となる。物を作っただ けでは仕事は半分しか終わっていないのであり、その後に実際にそれだけの流通コスト がかっかているのである。 流通というものは、このようにコストのかかる仕事であるだけに、そのコストを節減 すべく流通メカニズム自体を改革しようとする動きが、繰り返し現れることになる。か つてのアメリカでは、大量生産に対応する大量販売の技術が出現して、現在のアメリカ の産業システムが一挙に形成された。日本でも、その経験に学んで、複雑で長い流通経 路を短くしようとしたが、しかしその後の実際の展開は、その種の流通革命論とはまっ たく逆に、問屋の機能は増大し、その数は増えてきた。 なぜそうなったのかというと、基本的には日本の消費者の細かな欲求に対応していく には、それだけの人間が必要となるのである。そのことを端的に理解するために、アメ リカのデパートと日本のデパートを比べてみる。 アメリカのデパートには店員の数が極めて少なく、われわれ日本人から見ると、買お うと思うものについて何か聞いてみたいと思っても適当な人が見つからなかったりする。他方、日本のデパートにいけば、どこにも驚くべく多くの店員がいて、外国人から 見ると、ただ「いらっしゃいませ」といってお辞儀をしている人間をなぜあんなに雇っ ているのだろう、だから商品の値段も高くなるわけだ、ということになる。しかし、日 本人はそういうサービスを受けないと、買い物をした気にならないのである。売るほう からいえば、品物を納めているメーカーから手伝いの店員にきてもらうという古い慣行 まで利用して、売り場に人を置かないと、うまく売り込めない。メーカーの店員が入っ ているところなどはまさに日本的であり、外国ぢんになかなか理解しがたい。 このようなアメリカと日本の差異は、情報ネットワークかによって今後どのように変 化していくかということについて、重要な示唆を与えている。つまり、アメリカでは流 通企業が消費者に情報を提供しているという感覚に乏しいのであり、デパートなどで消 費者はただ物が買えればよく、消費者が商品に関する情報を必要とするならばコンサル タントを開くなりして、別のところでそれを求めればよいという考え方である。しかし、 これでは消費者が不便である。一方、日本では不必要なくらいに人が多いから、聞きた くないときまでいろいろと語りかけ、品物を勧めてくる。消費者に情報を提供すること は大事ではあるが、ただしつこく勧めればよいというものではない。したがって、重要 なことは、不必要な部分は合理化して、まさに本当に必要とされる情報提供の機能を高 めることこそ情報ネットワーク化による流通革新には必要なのである。 2、セブン−イレブンの事例 大規模な流通小売業のなかで、世界で最も先進的な情報システムを持つ企業がセブン −イレブン・ジャパンであることは広く知られている。顧客がシビアな選別をする時代 を迎えた現在、モノを売る以上に、変化を捉え、変化に対応するのが小売業であるとセ ブン−イレブンは考えている。1日600万人の顧客一人一人を性別、年齢別に掌握し、 そのデータを、個店ごと、時間後とに分析をする。チェーン店として一律ではなく、個 店ごとの対応を情報システムで支援することに焦点が当てられ、商品開発から売り方ま で含めた全分野で情報化が進められている。 商品開発では、セブン−イレブン商品部とメーカーとの情報交流から「おにぎり」に 代表されるような潜在需要を顕在化する商品開発が行われる。メーカー、ベンダーとも 連携し、分析された情報を活用して機会損失(売り切れ)の防止に努めている。そして、 個店が発注に際して仮説を立てるための情報を、商品情報はもちろん、天候や気温、近 隣催事情報にいたるまで細かに伝える。情報システムによって支えられた、生産・物流・ 販売の総合システムであるチームマーチャンダイジングが、セブン−イレブンの強さの 秘密といえる。 こうした一連の施策の背景には、「タンピンカンリ」という独自のコンセプトがある。 商品の管理を単品レベルにまで進めることで在庫管理を徹底する。小売業の利益は在庫 管理で決まると見抜いた、独創的な支店がここにある。この「タンピンカンリ」を根付 かせたうえに、POSシステム(販売時点情報管理)導入に代表される情報化の進展が
あったと考えられている。1982年のPOSシステム本格導入(POS情報の発注へ の利用)によって、在庫が減ると売り上げが伸びることが成果グラフで明確に証明され たのである。このPOSシステム導入がセブン−イレブンにとって第二次の情報化であ った。 現在では第五次情報化が進行中である。そこでは、すべての情報を統合し、わかりや すく、使いやすくマルチメディアで個店に提供することが実現されている。入ってきた ばかりのパートやアルバイトの人間でも仕入れに対する<仮説−検証>ができるよう な情報の提供が行われている。セブン−イレブンは、ISDNという総合デジタル電話 回線の世界最大のユーザーであるが、この第五次情報化では、本部から個店への情報提 供に通信衛星回線も利用し、通信コストを合理化している。 3、これからの流通近代化 現代における消費の本質は、たんなる日常性を超えたところにある。日常的な生活を 堅実に固めようとすれば、非日常的な領域ではそれとは反対の欲求を持つのも自然であ る。あるいはまた、何らかの非日常的な目的を持つがゆえに、日常的なところには時間 と費用をかけまいとする。情報ネットワーク社会はどのようにそれに応えようとしてい るかというと、結果的にいえば、流通システムにおける情報の結節点の役割を果たし、 まだみたされていない欲求と可能な供給の仕方とを媒介し、連結する情報提供者になっ てゆくであろう。社会の変化とともに、人々の満たされない欲求は多様なかたちで生ま れてくる。仕事の転換や、子供たちとの住み方の変化、それに伴う自己教育や新たな情 報の必要性、そういった大きな動きのなかで、満たされない欲求というものは予期せざ るかたちで現れてくる。それに対して、社会にはその欲求を満たすに必要な情報や財・ サービスがどこかに散らばって存在し、それらは未利用資源となっている。その未利用 資源を動的に生まれてくる欲求・需要と結び付けることが流通の役割である。こういう 仕事は、まさに非定型的なもので、ここには数多くの人的労働と成熟したノウハウを必 要とする。この分やでは多様な雇用機会が用意されるのである。 真に個性化した欲求を、売り手がイニシアティブを取ったとしても、買い手の立場に なってみて、立場を入れ替えて情報を集約し、供給の方法を考えてゆくのでなければ、 媒介機能は成り立たない。立場を入れ替えられるということは、情報化社会の本質とし て強調さるべき双方向のネットワークを活用するとともに、仕事の内容もまだ言葉の真 の意味での双方向性への脱皮して行かねばならないことを意味している。この双方向性 ということが、これからの流通近代化のエッセンスである。
Ⅳ.金融の変化
1、 金融はどのように変わっていくか 金融とは、お金の貸し手と借り手とを連結する仕事だということができる。金融のサ ービスの利用方法は、かなり変わってきている。多くの人は銀行のキャッシュ・カードを使ってお金の出し入れを行っており、それはお金を預けた店だけではなく、ほかの地 域の店舗からでも、あるいは提携しているほかの銀行の店舗からでも同様に行うことが できる。これはまさに、ネットワーク化のメリットである。 このようにして新しいかたちで銀行を利用するということは、銀行の側から見れば新 しい金融サービスを消費者に届けるということにほかならない。つまり、金融サービス の配達の仕方が変わるわけで、したがっていわゆる「金融革命」はまずデリバリー・シ ステムの革新からというのである。 経済の取り引きが、時間的にも空間的にも複雑になるにつれて、お金の必要と余りの 具合には多様な差異が生まれ、したがって貸し手と借り手の連結の仕方にも多様な可能 性がありうることになる。それを制度化したものが新商品であるから、新商品は いくらでもできる。その多数の新商品を膨大な数の需要者に提供するのは、コンピュー ターなしには不可能になってきている。 このように企業も家計も金融資産の蓄積に熱心で、権利のわずかな差異にも敏感にな っているのは、だれもが守銭奴になってきたというわけではない。その日暮らしを脱し て、お金を今使うかそれとも将来使うかを冷静に天秤にかけ、「時間選好」を行ってい るのである。また、その過程で、これからの社会に不可避な変動に備えて、できるだけ 自己責任で危険を負えるように努力している。 株式市場や商品の先物市場は、危険をおかして高い収益率を得ようとする投機の手段 であると同時に、株式市場は企業の将来収益という不確実なものを評価する制度であり、 先物市場はこれまた不確かな将来の価格を安定化する手段にほかならない。いずれも、 人々が持っている将来についての相異なる判断・情報を集約するための制度である。 これらの市場に多数の取引社が参加するようになればなるほど情報ネットワークは 威力を発揮し、それは必然的に国境を越えて広がって行くことになる。また、いろいろ な金融商品を組み合わせて供給されるようになり、ここでも銀行と証券、あるいは保険 業などとの境界を取り除くことになり、各種の金融サービスを融合させる。 2、日本の金融業界の事例 次に、金融業において先端のネットワークを持つ東京三菱銀行についてみてみる。 日本の銀行が進めてきたオンラインシステムは巨大で、かつ信頼性の高いものである。 ATM(現金自動預け払い期)の設置数は東京三菱銀行1行で約6500台、日本全体 では約12万台になる。アメリカ、イギリス、フランス、どいつなどでは人口100万 人あたり300∼400台程度であるのにたいし日本では900台以上である。勘定系 と呼ばれる情報インフラの普及では、日本はトップクラスにある。 日本の銀行においては、従来の情報化投資は省力化やインフラ構築に向けられてきた。 一方アメリカの上位銀行では、デリバティブ(金融派生商品)やリスクマネージメント など、新たな商品設計・開発に情報化投資が行われてきた。個々の銀行の対応が遅れて きたというより、規制のために商品やサービスの開発を抑制されたというのが妥当であ
るといえる。規制が情報化にとる交付か糧の追及を妨げる例である。 今、金融ビックバンの進行と情報技術の進展のなかで、日本の金融業界は二つの問題 に直面している。最大の問題は、業界、国境を越えた自由競争の激化―いわゆる金融ビ ックバンにいかに対応するかである。もう一つは、電子マネー、電子商取引が情報ネッ トワークの中で一般化したとき、どのような影響が出てくるか、という問題である。電 子マネーが安全性などの課題を超えられるか、日本の慣習の中で一般化するかは、近未 来の予測としては不確定な要素も多くはっきりしないが、中期的に見れば、電子商取引 が拡大することは間違いないだろう。だとすると、金融業界のライバルは、ネットワー クを利用するほかの業種にも広がることになる。この二つの問題に対応し勝ち残ってい くには、独自のサービスの開発が不可欠となる。情報化をマーケティングや新商品開発、 新しいデリバリーチャンネルの開発などに活用していくことが、ますます大きな戦略的 課題となる。 3、デリバティブとは 先ほどのなかで「デリバティブ(金融派生商品)」というものが出てきたので、その 種類と特徴を簡単に説明する。デリバティブとは、株式・債権・心理・各種ローン・外 国為替など、従来の金融商品から「派生」してるまれた新しい「金融派生商品」の総称 である。人工的に新しく作り出されたデリバティブには、二つの特徴がある。規制の及 ばないグローバルな「オフショア市場」で自由に売買されることと、それが「オフバラ ンス取引」で行われる点である。 オフショア市場とは、国内の金融制度や税法上の規制などを受けない、自由な資金調 達・運用の認められた国際的金融市場をいう。ショアの原義は「岸辺・囲み」だから、 オフショアは「境界のない状態」を意味する。 オフバランス取引は、貸借対照表(バランスシート)に直接記載されない「薄外取引」 である。秘密の取引だから、担当者以外はその全貌を把握することが難しい。 それだけに、デリバティブに潜む「リスク管理」が重要な課題となっている。金融技 術がコンピュータ化で発達し、瞬時にして情報が伝達・処置できるようになったことで、 デリバティブも飛躍的に拡充され、国境を越えた取引が一般化した。そして、ユーザー の求めに応じて、次々にハイテク金融商品として約1000種類に上るデリバティブを 開発していったのである。 金利・為替から株価指数や商品相場までの「原商品」から派生したデリバティブは、 広範多岐にわたって千編万化する複雑さと、多様性を伴っている。取引形態で分類すれ ば、その基本型は「オプション」、「スワップ」、「フォワード」、「フューチャーズ」の4 種類である。 デリバティブの種類と特徴 デリバティブ約1000種類 取引の特徴
オプション
①.レバレッジ(テコの原理)取引で投機化一定期間内における「売 少ない元手で大きな取引ができる 買選択権の売買」の売買
スワップ
②.オフショア市場で自由に取引できる 通貨交換、金利交換、 金融制度や税法上の規制を受けない エクイティスワップフォワード(先渡し)
③.オフバランス取引で「薄外」でやりとり 将来の金利を約定する バランスシートに記載されない取引 「金利先渡し」契約フューチャーズ(先物)
オープンな取引所で行う 「先物」取引 4、遅れている法律の整備 ネットワークが広がったり、各種の金融サービスの融合が進むと、改めて貨幣とはな んであり、信用とは何であるかということが考え直される。目に見える現金や小切手で 決済されるわけではなく、符号がやり取りされるだけであるから、どの範囲までが貨幣 に準じた取引であるかを判定することは極めて難しくなる。同時に、これまで手形や小 切手が流通してきたのは、単に印刷物にサインした紙切れであるにもかかわらず、それ が手形・小切手という一定のルールに基づいて支払いが保証されていたからである。エ レクトロニック・バンキングをさらに進めてゆくには、新たな法律的な制度を設定して 行かねばならない。また、セキュリティが決定的に重要な世界であるから、それに備え る準備も万全を期さねばならない。今のところ、情報通信技術所発展に比べて、このよ うな制度化が送れている段階である。これらの法律の整備をもっと本格的に行われなけ ればならないのである。第3章
まとめ
以上のように、日米の情報化についての比較をしてから、様々な分与の様々な事例を 取り上げてきた。これらの事例はあくまで氷山の一角に過ぎない。しかし、どの事例も 共通していえることは、情報化の導入によってその地域なり、企業なりが活性化を図っていることである。情報かを取り入れない限り、現在の資本主義者会における競争には 勝ち残ることができない。様々な情報が飛び交うなかで、本物の情報を上手に選択して いく能力が要求されるのである。そのためのネットワークである。たとえば、セブン− イレブンでは98年2月末時点で7314店であった出店数が5月末には7409店。 わずか3ヶ月で100店近く加盟店が増えている。これは、セブン−イレブンというブ ランド力を過去にネットワークを通じて消費者や経営者に指示されたり、POSシステ ムの導入などで正確で確実な消費者の情報を取り入れた結果であると考える。このよう に情報を使いこなすことがこの先成功するための条件であると考える。