九州工業大学学術機関リポジトリ
Title
La1-xSrxMnO3ナノスケール結晶における新奇な磁気サイ
ズ効果の研究
Author(s)
田尻, 恭之
Issue Date
2006-06-30
URL
http://hdl.handle.net/10228/815
Rights
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
電子の“電荷”の性質のみではなく“スピン”までも制御することで、より高機能なデバイスを開 発しようとする研究が近年活発に行われており、この分野はスピントロニクスとして急速に発展して いる。最近の技術の進歩により均等なサイズをもつナノスケールサイズの微粒子が作成され、その電 子物性におけるサイズ効果の研究が行われつつある。本研究では Mn 酸化物系ナノスケール結晶を扱 っているが、その強磁性転移温度は室温を超えており、室温スピントロニクスデバイスへの応用も期 待されている物質系である。 本論文は、サイズをコントロールすることにより電子数およびスピンを制御し、バルクではみられ ない振舞いをナノスケール結晶で発現させ、新奇な磁気サイズ効果の出現とその振舞いを明らかにす る こ と を 目 的 に 行 っ た 研 究 成 果 を ま と め た も の で あ る 。 本 研 究 で は 複 数 の 低 温 相 を も つ La1-xSrxMnO3(LSMO)に着目し、約 75Å のナノスケール結晶を合成し、LSMO ナノスケール結晶における磁気サイズ効果を明らかにした。 第 1 章では本研究の背景および目的を述べた。また、従来の磁性体微粒子で観測される磁気サイズ 効果と本研究でナノスケール化を行った LSMO のバルクの物性およびナノスケール結晶を合成する 際に鋳型として用いたケイ酸塩メソ多孔体 SBA-15 について述べた。 第 2 章では本研究で合成に成功した LSMO ナノスケール結晶の合成方法について述べた。ナノス ケール結晶の合成に先立ち、鋳型として用いる約 75Å の細孔をもつ SBA-15 を合成した。LSMO ナ ノスケール結晶は液相法により以下の手順で合成した。前駆体水溶液中に SBA-15 を浸漬し、乾燥、 焼成を行い合成した。合成したナノスケール結晶は定量分析により仕込み量と同等の Sr 濃度をもつ ことを確認した。 第 3 章では合成したナノスケール結晶の構造解析、磁気測定、電子スピン共鳴(ESR)測定の実験結 果を示した。他の磁性体微粒子で観測される磁気サイズ効果とは全く異なる新奇な磁気サイズ効果を 氏 名
田 尻 恭 之
学 位 の 種 類 博 士(工学) 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学 位 授 与 の 日 付 平成18年3月23日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-xSrxMnO3ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 効果の研究 論 文 審 査 委 員 主 査 教 授 出 口 博 之 教 授 高 木 精 志 教 授 古 曵 重 美 助教授 美 藤 正 樹発見し、その振舞いについて述べた。放射光を用いた X 線構造解析および透過型電子顕微鏡により、 約 75Å の LSMO ナノスケール結晶が合成されていることを示唆する結果を得た。また、磁性不純物 および SBA-15 の細孔外にバルクサイズの LSMO が存在しないことを確認した。直流磁化率の温度 依存性では、ブロッキング現象が観測され、そのブロッキング温度は、Sr 濃度の増加に伴い上昇する ことが判明した。x ≤0.20 の Sr 濃度のナノスケール結晶の直流および交流磁化率は温度低下に伴いバ ルクでの転移温度よりも高温から増加を始める。これはナノスケール結晶の転移温度がバルクの転移 温度より高温であることを示唆する。ナノスケール結晶の転移温度を見積り、2 つの転移温度の存在 を明らかにした。低温側の転移温度もx ≤0.15 の範囲ではバルクの転移温度より高く、2 つの転移温 度は Sr 濃度の増加に伴い連続的に上昇することがわかった。この転移温度の上昇は、磁性体微粒子 で観測される磁気サイズ効果(転移温度の低下)とは正反対の振舞いである。磁化過程においても超常 磁性の振舞いが観測された。x =0、0.08 はバルクでは反強磁性相であるが、ナノスケール結晶では 強磁性的な振舞いを示すことが判明した。従来のサイズ効果では、磁気相図は変化しないことが一般 に知られている。しかし、LSMO はナノスケール化により磁気相図が変化することが確認された。ま た、すべての Sr 濃度のナノスケール結晶において磁化過程は反強磁性と強磁性の 2 成分の和で再現 されることから、反強磁性及び強磁性の 2 つの磁性相が存在すると考えられる。ESR 吸収信号は転移 温度以下においても観測され、そのスペクトルはガウス型もしくはローレンツ型吸収曲線の 2 成分に 分離されることがわかった。そしてその 2 成分の吸収曲線は,磁気測定で得られた転移温度近傍でロ ーレンツ型からガウス型へと変化する。このように、ESR 測定においても磁気測定同様 2 つの転移温 度と 2 つの磁性相の存在が明らかとなり、その転移温度は磁気測定から得られた転移温度とほぼ一致 する。この 2 つの磁性相および 2 つの転移温度は Sr 濃度に関係なく存在し、その転移温度は Sr 濃度 に依存することがわかった。 第 4 章では第 3 章で述べた結果について考察し、LSMO ナノスケール結晶の磁気秩序状態のモデ ルを提示した。新奇な振る舞いは、表面の影響のために反強磁性微粒子と強磁性微粒子の 2 種類の微 粒子を形成し、2 つの転移温度が存在することに起因していると考えられる。 第 5 章では第 3 章の結果および第 4 章の考察を総括した。 以上、本研究では、LSMO ナノスケール結晶における磁気サイズ効果を明らかにすると同時に、通常 の磁性体微粒子で観測される磁気サイズ効果とは全く異なる新奇な磁気サイズ効果の出現を発見し、 その振る舞いを明らかにした。
学 位 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
近年、物質中の電子のスピンを制御することで、より高機能なデバイスを開発しようとする研究が 活発に行われており、この分野はスピントロニクスとして急速に発展している。また、最近の技術の 進歩により、原子とバルクの中間のサイズ、いわゆるナノスケールサイズの微粒子が合成され、その 電子物性の量子サイズ効果の研究が進展し、ナノサイエンス・テクノロジー分野に寄与している。本 論文で研究対象とした Mn 酸化物 La1-xSrxMnO3(LSMO)は、巨大磁気抵抗効果を示す強相関電子系の 典型物質であり、その強磁性転移温度は室温を超え、スピントロニクスデバイスへの応用も期待されている。 本論文は、LSMO の結晶サイズをナノスケールにして電子数およびスピンを制御し、バルクではみ られない物性をナノスケール結晶で発現させ、新奇な磁気サイズ効果を解明することを目的として行 われた研究成果をまとめたものである。 著者は、最初に本研究の背景および目的を述べ、LSMO のナノスケール結晶を対象とする研究の意 義を明確にして、本論文の構成を示した。また、従来の磁性体微粒子で観測される磁気サイズ効果を 概説し、本研究での対象物質である LSMO のバルクの電子物性およびナノスケール結晶を合成する 際に鋳型として用いたケイ酸塩メソ多孔体 SBA-15 について説明している。そして、このメソ多孔体 SBA-15 のナノスケール細孔を用いた独自の手法による LSMO ナノスケール結晶の合成方法につい て述べている。 次に、合成した試料についての構造解析、磁気測定、電子スピン共鳴(ESR)測定などの実験結果を 示している。その中で、LSMO ナノスケール結晶の SBA-15 細孔中での合成に成功し、また新奇な 磁気サイズ効果を発見したことについて、以下のように多面的な測定手法で検証している。 放射光を用いた X 線構造解析および透過型電子顕微鏡により、約 75Å の LSMO ナノスケール結晶 が合成されていることを確認している。直流磁化率の温度依存性は、ナノスケール結晶が Sr 濃度に よらず強磁性を示し、しかもその転移温度がバルクより高温である結果を示している。交流磁化率の 温度・周波数依存性の詳細な解析を行い、転移温度を評価して、2 つの転移温度の存在を明らかにし ている。低温側の転移温度も x ≤0.15 の範囲ではバルクの転移温度より高く、2 つの転移温度は Sr 濃度の増加に伴い連続的に上昇することを示している。この高い転移温度は、通常の磁性体微粒子で 観測される磁気サイズ効果(転移温度の低下)とは正反対の振舞いであり、新奇なサイズ効果を発見し たと評価される。作成したすべての Sr 濃度のナノスケール結晶において、磁化過程は反強磁性と強 磁性の 2 成分の和で再現されることから、反強磁性及び強磁性の 2 つの磁性相が存在することを示し た。ESR 吸収信号は転移温度以下においても観測され、そのスペクトルはガウス型もしくはローレン ツ型吸収曲線の 2 成分に分離されることを明らかにしている。さらに、この 2 成分の吸収曲線が磁気 測定で得られた転移温度近傍でローレンツ型からガウス型へと変化していることを見出し、磁気測定 で決定した 2 つの転移点について確証を与えている。このように、磁気測定および ESR 測定より 2 つの転移温度と 2 つの磁性相の存在が明らかとなり、この 2 つの磁性相および 2 つの転移温度は Sr 濃度に依存することを明らかにした。 最後に LSMO ナノスケール結晶の磁気秩序について、他に類のない 2 種類の微粒子モデルを提示 し、その妥当性を検証している。すなわち、新奇な振る舞いは、微粒子表面の終端面(La(Sr)O 面, MnO2面)の違いのために反強磁性微粒子と強磁性微粒子の 2 種類の微粒子が形成され、強相関電子 系特有の Mn 価数の有効ドーピングが生じることにより転移温度が上昇する、というモデルを提案し て考察を展開している。 以上、本研究では、LSMO ナノスケール結晶の合成に成功し、その電子物性を詳細に調べて、通常 の磁気サイズ効果とは全く異なる新奇な磁気サイズ効果の出現を発見し、その振る舞いを解明してい る。ナノスケール化することにより、2 種類の磁性ナノ結晶が表面効果により生成され、しかもバル
クより高い 2 つの磁気転移点を有するという新奇な磁気サイズ効果の発見は、ナノサイエンス・テク ノロジー分野において重要な寄与と評価されるべきものであり、博士(工学)の学位論文に値すると 認める。 本論文に関して、審査委員ならびに公聴会出席者から、交流磁化率での転移点の検証方法、ナノス ケール化に伴う転移温度の上昇の要因および有効ドーピングなどに関して多くの質問が出されたが、 論文提出者による回答や議論によって十分な解明がなされた。以上の結果から本審査委員会は論文提 出者が最終試験に合格したものと判定する。