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コンピュータサイエンスアンプラグドの
ピクトグラムと
Scratch 利用による実装と評価
佐藤雄太
†1伊藤一成
†1 コンピュータサイエンスアンプラグドは情報科学を教える手法として多くの国で実践されている.本 稿ではコンピュータサイエンスアンプラグドを用いる際に使用するコンテンツを,ブラウザ上で動作す るビジュアルプログラミング環境Scratch を用いて実装したので報告する.オリジナルの教材を模した デジタル教材に加え,ピクトグラムを登場人物とし,日常体験や日常慣れ親しんでいるテーマを題材に して同一内容を学ぶデジタル教材も実装した.さらに実装したデジタル教材の評価実験を行い,その有 用性について検証した.Implementation and Evaluation of
Computer Science Unplugged
Using Pictogram and Scratch
YUTA SATO
†1KAZUNARI ITO
†1
Computer science unplugged (CS Unplugged) is a method used to teach computer science in many countries. This paper reports on material based on CS Unplugged with Scratch, a visual programming environment that runs on a web browser. We implemented the materials that enable one to learn the same topics as original materials. The main characteristic of our materials is the use of pictograms and daily activity themes. The materials are evaluated and their usefulness is verified.
1. はじめに
平成 25 年 6 月に世界最先端 IT 国家創造宣言が策定され た.この中で情報通信技術を日本の成長戦略の柱と位置づ けると共に,日本が「情報資源立国」となるために,それ を牽引する人材を排出すべく,発達段階に応じた情報教育 及び学習環境の充実の必要性を謳っている1.これを受けて, 初等中等教育課程における情報教科の拡充を目標とした提 案が行われており,2020 年以降に実施開始される次期指導 要領の中で段階的に情報科の単元追加や,より進んだ内容 †1 青山学院大学 社会情報学部School of Social Informatics, Aoyama Gakuin University
1内閣府,世界最先端 IT 国家創造宣言,2013: http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20130614/siryou1.pdf の選択科目の導入などが検討されている[1][2][3].また, これにより従来のカリキュラムの実状として扱われること が少なかった[1]「情報の科学」に含まれるプログラミング やアルゴリズム等の情報科学の学習方法の確立と教材の整 備が喫緊の課題となっている. そこで本研究では,情報科学を教える手法として世界で 実践されているコンピュータサイエンスアンプラグド(以 下 CS アンプラグド)の方法に基づき,さらにピクトグラム と Scratch の特徴を活用したデジタル教材の製作を試みた. 以下 2 章で CS アンプラグドの概要を述べ,3 章にて本稿で 取り扱う Scratch 及びピクトグラムについて説明し,加え て本手法を述べる.4 章で実際に作成したデジタル教材を 解説し,5 章で被験者実験による本デジタル教材の評価を 述べる.最後に 6 章にてまとめる.
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2. CS ア ン プ ラ グ ド
2.1 CS ア ン プ ラ グ ド と は CS アンプラグドとは,ニュージーランドの Tim Bell 博 士を中心に開発された,小学生程度の子供にコンピュータ を使わずにデジタル化やアルゴリズムなどの情報科学の原 理を,わかりやすく教えることを目的とした教育法である. 日本では“コンピュータを使わない情報教育アンプラグド コンピュータサイエンス”[4]が出版されており,12 の学 習テーマが紹介されている.学習テーマについては表 1 に 記載する.CS アンプラグドの学習法は英語の他,21 の言語 に翻訳され,世界中で取り組まれている2 . 表 1 日本語版 CS アンプラグド書籍の学習テーマ 学習 タイトル 学習テーマ 1 店を数える 二進数 2 色を数で表す 画像表現 3 それ、さっきも言った! テキスト圧縮 4 カード交換の手品 エラー検出とエラー訂正 5 20の扉 情報理論 6 戦艦 探索アルゴリズム 7 いちばん軽いといちばん重い 整列アルゴリズム 8 時間ないに仕事を終えろ 並べ替えネットワーク 9 マッディ市プロジェクト 最小全域木 10 みかんゲーム ネットワークにおけるルーティングとデッドロック 11 宝探し 有限状態オートマトン 12 出発進行 プログラミング言語 2.2 先 行 研 究 日本においても学習者の年齢や学力,授業形態や時間を 考慮して工夫され,小学生対象のワークショップ[5]や,中 学校[6],高等学校[7][8],大学[9],職業訓練校[10]の授 業の一環で実践され,学習効果があることがわかっている. CS アンプラグドの手法は日本の学校の授業用に開発さ れていないため,日本の授業で使用する場合様々な工夫が 行われている.間辺らの研究 [8]では,授業時間が限られ ている高校の授業において,デジタル教材の有用性につい て検証している.デジタル教材は具体物の教材に比べ,学 習者がアルゴリズムを確認するための操作の負担が小さい ため,確認の試行回数が増える.そして試行回数が多いほ ど確認テストの正解率が高いことから,デジタル教材の有 用性が示唆されている.そこで,本研究では CS アンプラグ ドのデジタル教材を誰でも利用可能な形で実装し公開する ことを目的とした.2 Computer Science Unplugged:http://csunplugged.org/
3. 提 案 手 法
本章では本研究で利用した Scratch と人型ピクトグラム について説明する. 3.1 ScratchScratch は MIT Media Lab の Lifelong Kindergarten Group によって開発されているプログラミング言語環境である3. Scratch は,マウスを使用してグラフィカルな操作で命令 に相当するブロック組み合わせることによって,難しい構 文を学習しなくても簡単にアニメーションやゲームを作る ことができるのが特徴である.Scratch はプログラム単体 ではなく,プロジェクトという単位でコンテンツを扱って いる.これには「お気に入り」や「いいね」に相当するマ ーキングの設定や掲示板形式のコメント付与など,プログ ラム単体だけではなく,プログラムを通じて発生するコミ ュニティを重要視しており,Scratch は一種のコミュニテ ィサイトとしての機能も有している.他の人のプログラム をベースに改変する(リミックスと呼ぶ)ことも可能であ る. プロジェクトの作成や編集,閲覧は全てウェブブラウザ 上で行う.ネットワーク環境が用意出来ない利用環境を想 定して,独自アプリケーション形式のオフラインエディタ も提供されている.Scratch は小さい子供からその保護者 まで全ての年齢の人が使えるツールであるが,特に 8 歳か ら 16 歳の子供に向けてデザインされた学習環境であるた め,初等中等教育において情報処理,プログラミングを学 ぶためのツールとして幅広く利用されている.Scratch で は,エディタに相当するスクリプティングエリアと実行画 面に相当するステージが併設されているため,スクリプト を確認しながらのプログラム実行や,スクリプトの改変が 即時に実行中のプログラムに反映されるという利点も挙げ られる. また Scratch のプロジェクトは共有設定で公開していれ ばサイトにアクセスすることで誰でも利用可能なため,コ ンテンツを使用する際に特別にプログラムをインストール する必要がないという利点があげられる. 3.2 人 型 ピ ク ト グ ラ ム ピクトグラムとは日本語で絵記号,図記号と呼ばれるグ ラフィックシンボルであり,意味するものの形状を使って その意味概念を理解させる記号である.特に具象物を表現 したピクトグラムはその抽象度の高さから,それを見た人 物が自分自身や本人に関わる人物事物を想起させる効果が あると言われている[11].有名な「非常口」のピクトグラ ムは,デザイン策定の段階で,実際に避難中の人が如何に 出口へ向かって走る人型ピクトグラムと自身とを同一視す 3 スクラッチホームページ:http://scratch.mit.edu/
ⓒ2016 Information Processing Society of Japan 3 るかにデザインの労力が払われた[11].人型ピクトグラム の例を図 1 に示す.つまり人型の標準的なピクトグラムは 知覚のレベルでは,人自体や人の特定の状態を想起させる. 図 1 人型ピクトグラムの例 一方認知のレベルでは,利用者の持つ知識や状況,そ れを駆動する能力により具体的な人物とマッピングされう る. よって,表示された人型ピクトグラムやそれに付随する メタコンテンツの主体を,自分自身に投影する場合もあれ ば,他の特定の人物に射影して見なす者,特定のステレオ タイプの象徴と見なす者もあり得る.写真では映っている 特定の事物を想起し,イラストでも写実性の度合いに応じ て想起の対象が限定されてしまい,ピクトグラムのような 想起対象の多様性は生じにくい.筆者らの研究グループで は,このピクトグラム特性を利用したシステムをこれまで いくつか開発し,また人型ピクトグラムを使った Scratch プロジェクトもこれまでに数多く手がけている4. 3.3 設 計 指 針 , 手 法 本手法では,「ピクトグラムの利用」,及び「学習者が持 つ知識や状況から自身の体験や物事を想起させる特性」を 活用する. 岡本らは,プログラミングの概念理解に関して,出力の 動作を視覚的に顕在化することの重要性を指摘しており, 視認性,判別性,予測可能性,独立性の 4 つの状態から評 価し有効性を示し,プログラミング教材作成の際の指針と して提案している[12].ここで岡本らが提示する,4 つの 側面とその具体的解決方法について表 2 に示す. 表 2 視覚的顕在化と具体的解決方法(文献[12]より抜粋 要約) 視覚的顕在化の 4 つの状態 具体的解決方法 視認性(大きさ,速さなど が視認可能な動作ででる) 表示サイズや動作速度を適切 に変更する 判別性(周囲の視覚的要素 を区別して認識可能) 表示位置を分離するか,他の 視覚的要素から際立たせる 予測可能性(動作および動 作位置が予測できる) 事前に明示するか,既存の知 識や経験をもとに容易に予測 できるようにする 独立性(他の命令に基づく 動作と区別分離できる) 複数の動作を区別が可能なか たちに分離する 岡本らは,プログラミングを対象としているが,表 1 に 4 https://scratch.mit.edu/users/GOSEICHO/ て列挙した CS アンプラグドの単元に対しても同様に適用 できると考える.ピクトグラムの利用は,特に高い「視認 性」,「判別性」を担保する.また「予測可能性」は,学習 者の日常動作や知識,経験に基づくトピックにすることで 解決する.独立性に関しては,文献[12]の中でコードの部 分片と画面上の動作との対応について述べられているが, 本研究では,実装コードの中身については議論と対象とし ないこととし,独立性については検討しない. 「学習者が持つ知識や状況から自身の体験や物事を想起 させる特性」の例として,Scratch のプロジェクト「tan を利用して重力を再現してみた」5(図 2)と,そこからリ ミックスされて作られた「トランポリン」6(図 3)をあげ る. 図 2 プロジェクト「tan を利用して重力を再現してみた」 のスクリーンショット 図 3 プロジェクト「トランポリン」 のスクリーンショット 「tan を利用して重力を再現してみた」は Scratch 上で重 力を再現するプロジェクトとして共有され,多くのリミッ クスが公開されている.リミックスの一つである「トラン ポリン」では,スクリプトをほとんど変えること無く,ボ ールを人型のピクトグラムに変更することで,重力をより 身近に感じるトランポリンを題材とした作品にリミックス している.3.2 節で説明したピクトグラムの特性を使い, CS アンプラグドで扱われている教材に人型を中心とする ピクトグラム群を加えることで,過去体験を想起させる. 5 http://scratch.mit.edu/projects/62692170/ 6 http://scratch.mit.edu/projects/67072802/
このように,日常慣れ親しんでいる風景を題材にすること で親近感を持たせ,学習効果と学習者の教材に対する興味 の向上を目指した.
4. 整列アルゴリズムの実装
4.1 概 要 整列アルゴリズムは日本語版 CS アンプラグド書籍(表 1 参照)の第 7 章「いちばん軽いといちばん重い」で扱われ ている学習テーマである.このテーマでは,天秤と重さの 違うおもりを使い,おもりを重さ順に並べ替える過程で整 列のアルゴリズムを体感し学ぶ.本研究では,このテーマ で使う教材を参考に,天秤とおもりを模したデジタル教材 「並べ替え天秤」と,おもりを人型ピクトグラムに変更し シーソーを模したデジタル教材「並べ替えシーソー」の 2 つを実装した. 4.2 天 秤 で の 実 装 Scratch プロジェクトとして CS アンプラグドそのままの 天秤とおもりのデジタル教材「並べ替え天秤」7を実装した. スクリーンショットを図 4 に示す.またお も り を 乗 せ る こ と で 図 5 の よ う に 視 覚 的 に 重 さ を 比 較 す る こ と が で き る . 図 4 プロジェクト「並べ替え天秤」 のスクリーンショット 図 5 おもりを乗せた状態 のスクリーンショット 7 並べ替え天秤: http://scratch.mit.edu/projects/93251980/ 4.3 並 べ 替 え シ ー ソ ー 4.3.1 概 要 本件では,おもりを「人型ピクトグラム」,天秤を「シー ソー」に変更することで,天秤とおもりを題材にしたプロ グラム自体をほとんど変更すること無く,学習者の経験を 想起させることができるデジタル教材「並べ替えシーソー」 に変化させた.人型ピクトグラムを使いシーソーを模した デジタル教材「並べ替えシーソー」8のスクリーンショット を図 6 に示す.また,2 つのデジタル教材には,手動でお もりを整列させる機能と自動で整列させる機能を実装した. 図 6 プロジェクト「並べ替えシーソー」 のスクリーンショット 4.3.2 手 動 整 列 機 能 並べ替えシーソーの手動整列機能の操作手順は以下の (1)〜(4)のとおりである. (1) 要 素 数 の 決 定 初期画面において緑の旗をクリックすることで,要素数 分の人型ピクトグラムを表示する.学習者が個々のピクト グラムを識別しやすいように一文字のアルファベットを付 記する.個々のピクトグラムは,変数「体重」をそれぞれ 有する.個々の体重はすべて異なる値となっており,この 値を使って整列を行なう. また標準では 7 体だが,プログラム中の「ピクトグラム の数」表示させることで,人型ピクトグラムの数を 2〜9 体まで増減できる. 以下(2)と(3)を繰返し行なう. (2) 人 型 ピ ク ト グ ラ ム の 移 動 比較する 2 体の人型ピクトグラムをドラッグアンドドロ ップにより図 6 中の「人型ピクトグラム設置エリア」の緑 色部と青色部にそれぞれ 1 体ずつ移動する. (3) シ ー ソ ー に よ る 重 さ の 比 較 機 能 重さがシーソーに反映され傾く.人型ピクトグラムを乗 せた状態を図 7 に示す. 8 並べ替えシーソー: http://scratch.mit.edu/projects/92585101/ⓒ2016 Information Processing Society of Japan 5 図 7 人型ピクトグラムを乗せた状態 のスクリーンショット 左右同時に人型ピクトグラムを乗せた状態を比較状態と 認識し,比較状態の回数をカウントし,画面上部に比較回 数を表示する. (4) 整 列 確 認 スペースキーを押下すると赤いスキャン棒が画面左から 右へ移動し,人型ピクトグラムが,画面下部に表示してあ る「軽い↔重い」の表記通りの順番に整列できているかを判 別する.整列できている場合は「正解」(図 8 参照)できて いない場合は「残念」(図 9 参照)と表示される. 図 8 正しく整列されている場合の表示 図 9 正しく整列されていない場合の表示 また,(2)(3)の実行中に W キーを押下することで,各人 型ピクトグラムの重さの表示と非表示を切り替える機能も 有している.初期状態は非表示である.体重を表示するこ とでシーソーを使用せず,直接操作で整列が可能となる. 4.3.3 自 動 整 列 機 能 自 動 整 列 機 能 を 使 う こ と で 整 列 さ れ て い く 様 子 を よ り わ か り や す く 確 認 で き る . (1) 選 択 ソ ー ト に よ る 自 動 整 列 機 能 画面左上に表示している「現在の状態」が「自由移動」 の状態で S キーを押下すると,選択ソートのアルゴリズム に基づいて人型ピクトグラムを自動で並べ替える.選択ソ ートのアルゴリズムは体重の最も重いピクトグラムから決 定してゆくアルゴリズムを採用している.ソートの手順は, 全ての人型ピクトグラムを比較し一番体重の重い人型ピク トグラムを選び,次に残った人型ピクトグラムの中から一 番体重の重い人型ピクトグラムを選ぶ.これを繰り返し整 列させていく.選択ソート実行中は,「現在の状態」が「選 択ソート実行中」の表示に変わり,終了時には「選択ソー ト終了」の表示に変わる.位置が確定した人型ピクトグラ ムは座るコスチュームに変えることで視覚的に認識させる. これはアルゴリズムを理解するための補助的役割と,重 さ順に並ぶ行為を想起させるための補助的役割を同時に担 っている.現実世界でチーム決めや背順に並ぶといった行 為を行う際に,未決定の人は直立し,決定した人は座るこ とで状態を表現することが頻繁にあるからである. (2) ク イ ッ ク ソ ー ト に よ る 自 動 整 列 機 能 「現在の状態」が「自由移動」の状態で Q キーを押下す るとクイックソートのアルゴリズムに基づいて人型ピクト グラムを自動で並べ替える.ソートの手順は,ソートする 列の中心のピクトグラムをピボットに選択し,その他の人 型ピクトグラムがピボットよりも重い場合は右側へ,軽い 場合は左側へまとめていき,全ての人型ピクトグラムを比 較した後に,ピボットを中心に並べ直す.これを再帰的に 繰り返すことでおもりを並べ替える.クイックソート実行 中は,「現在の状態」が「クイックソート実行中」の表示に 変わり,終了時には「クイックソート終了」の表示に変わ る.選択ソート同様,位置が決定した人型ピクトグラムは 座っている画像に変更される. (3) 挿 入 ソ ー ト に よ る 自 動 整 列 機 能 「現在の状態」が「自由移動」の状態で I キーを押下す ると挿入ソートのアルゴリズムに基づいて人型ピクトグラ ムを自動で並べ替える.ソートの手順は,左から順に自身 の左側の人型ピクトグラムと比較して自身の方が軽いよう ならその次の左側の人型ピクトグラムとの比較を繰返す. 自身の方が重い場合は比較した人型ピクトグラムの右側に 人型ピクトグラムを挿入する.これを繰返し,全ての人型 ピクトグラムを既存の列に挿入していく.挿入ソート実行 中は,「現在の状態」が「挿入ソート実行中」の表示に変わ り,終了時には「挿入ソート終了」の表示に変わる.挿入 ソートでは並べ替えが終了するまで順番が確定しないため 座っている画像に変更されることは無い.
5. 評 価 実 験
5.1 実 験 概 要 実装した教材の評価と人型ピクトグラムの有効性を調べ るために評価実験を行った.実験は”CS アンプラグドのアルゴリズム学習における教 具による理解度への影響”[8]の実験授業を参考に構成した. 被験者は,青山学院大学社会情報学部の 2,3 年生 18 名 である.実験は,人型ピクトグラムの影響を調べるために, 「並べ替え天秤」を使うグループと「並べ替えシーソー」 を使うグループに分けて同時に行った.教材の評価を行う ために,教材を使う前と後にそれぞれ確認テストを行い, 正答率の変化をみた.また,3.3 節で紹介した岡本らの提 示を参考に,教材の視覚顕在化の水準を測るために,視認 性,判別性,予測可能性の 3 項目に関する質問を含んだア ンケートを取った. 実験の流れと各時間について表 3 に示す. 表3 実験の流れと割当時間 内容 時間(分) 事前説明 5 各ソート法の説明 10 分 3 種類のソート法の説明 10 事前テスト 10 教材へのアクセス 5 実習 15 確認テスト 10 アンケート 5 5.2 実 験 の 流 れ 実験の流れを表3 の順序に沿って説明する. 5.2.1 事 前 説 明 はじめに,被験者をランダムに 2 つのグループに分け, 操作する画面が他のグループの被験者に見えない位置にそ れぞれ着座させた.その後,複数のソーティングアルゴリ ズムを理解してもらう学習をする旨と,実験の流れについ て説明した. 5.2.2 3 種 類 の ソ ー ト 法 の 説 明 3 種類のソート法についての説明を行った.説明はカー ドと天秤を印刷した用紙(図 10 参照)を使用し,書画カメ ラを通してスクリーンに映し,全員が確認できるように行 った.選択ソートは,比較によって一番重いおもりを選択 していくことで最大値を求めることを繰り返し,整列させ るアルゴリズムであること.クイックソートはピボットと 呼ばれる基準値との大小関係でグループ分けをしていくこ とを繰り返し,おもりを整列させるアルゴリズムであるこ と.挿入ソートは整列済みのおもりに新しいおもりを適切 な位置に挿入することを繰り返し,おもりを整列させるア ルゴリズムであること.これらを簡潔に説明しながら,そ れぞれのソート法を使った並べ替えの例を 1 回ずつ,カー ドと天秤を印刷した用紙を使って実演した. 図 10 説明に使ったカードと天秤 5.2.3 事 前 テ ス ト デジタル教材を使用する前に,ソート法の簡単な説明を 行った時点での理解度を測るための事前テストを行った. 事前テストは“CS アンプラグドのアルゴリズム学習におけ る教具による理解度への影響”[8]の確認テストを参考に作 成した.事前テストの誌面を図 11 に,事前テストの解答例 を図 12 示す. 図 11 事前テスト 図 12 事前テスト解答例 テストの採点は各ソート法のアルゴリズムに則った比較 であれば正解,アルゴリズムに則っていない比較であれば
ⓒ2016 Information Processing Society of Japan 7 不正解とし,各ソートにつき 1 点の 3 点満点とした.選択 ソートは,この実験の説明や教材では左のおもりから比較 し,重さが最大のおもりを残しているが,右側から比較し ている解答や,最小値を残す解答でも正解とした.クイッ クソートは,整列させるグループの中からピボットを選択 し,そのピボットを元にグループ分けを行う操作を正しく 繰り返している解答は正解とした.挿入ソートは,この実 験の説明や教材では既存の列と比較する際に最大値から比 較しているが,最小値から比較していくものも正解とした. ただし,明らかにうっかりミスと判断できるものに関して は正解とした. 5.2.4 教 材 へ の ア ク セ ス グループ毎に指定されたリンクをブラウザで開いてもら い,教材に記載されている操作方法を読むように指示し, その後自由に操作させた.リンクは学内で使用している LMS を使い共有した. 5.2.5 実 習 説明したソート法について,指定されたデジタル教材を 使ってアルゴリズムの確認を学習者に行わせた.試行した アルゴリズムと,整列後の比較回数を配布した用紙に記述 させた.また,自動ソート機能を使ってアルゴリズムを確 認した場合も整列後の比較回数を用紙に記述させることで, アルゴリズムを確認した回数を計った. 5.2.6 確 認 テ ス ト 実習後,事前テストと同形式の確認テストを行った.事 前テストとはおもりの重さを変更し,比較する順番が同じ にならないようにした.採点は事前テストと同様に行った. 5.2.7 ア ン ケ ー ト 確認テストの後にアンケートを実施した.アンケートの 設問と回答形式の一覧を表 4 に示す. 表 4 アンケートの設問と回答形式の一覧 設問 回答形式 選択ソートについて理解することができた そう思う7∼そう思わない1の7段階 クイックソートについて理解することができた そう思う7∼そう思わない1の7段階 挿入ソートについて理解することができた そう思う7∼そう思わない1の7段階 「おもり」または「人」のサイズは適切でしたか? そう思う7∼そう思わない1の7段階 「天 」または「シーソー」サイズは適切でした か? そう思う7∼そう思わない1の7段階 アニメーションの動作速度は適切でしたか? そう思う7∼そう思わない1の7段階 教材に併記された使い方の説明は適切でしたか? そう思う7∼そう思わない1の7段階 個々の画面上のモノ(おもり,人,てんびん,シー ソー)は,他のモノと判別しやすい表示でしたか? そう思う7∼そう思わない1の7段階 このプログラムは予想通りに動作していましたか? そう思う7∼そう思わない1の7段階 画面上のモノの動きは現実世界のモノの動きを再現 していると感じましたか? そう思う7∼そう思わない1の7段階 現在どの動作が行われているか分かり難いと感じる ことは無かったと思いますか? そう思う7∼そう思わない1の7段階 使用したデジタル教材を7段階で評価してください 良い7∼悪い1の7段階 なぜその評価にしたのか教えて下さい 自由記述 デジタル教材について気になる点や改善した方がよ いと思うことがあれば教えて下さい 自由記述 視認性を測る質問として「「おもり」または「人」のサイ ズは適切でしたか?」,「「天秤」または「シーソー」サイズ は適切でしたか?」「アニメーションの動作速度は適切でし たか?」.判別性を測る質問として「個々の画面上のモノ(お もり,人,てんびん,シーソー)は,他のモノと判別しや すい表示でしたか?」.予測可能性を測る質問として「この プログラムは予想通りに動作していましたか?」「画面上の モノの動きは現実世界のモノの動きを再現していると感じ ましたか?」を含めた. 5.3 実 験 結 果 5.3.1 テ ス ト 結 果 事前テストと確認テストの結果を表 5 に示す. 表 5 事前テスト及び確認テスト結果 ID 1 2 1 0 1 3 1 1 1 2 2 1 1 0 3 1 1 1 3 0 0 0 0 2 1 1 0 4 1 0 0 1 2 0 1 1 5 3 1 1 1 3 1 1 1 6 2 1 1 0 3 1 1 1 7 1 0 1 0 2 0 1 1 8 0 0 0 0 3 1 1 1 9 2 0 1 1 2 0 1 1 1.44 0.44 0.56 0.44 2.56 0.67 1.00 0.89 10 3 1 1 1 2 0 1 1 11 1 1 0 0 3 1 1 1 12 3 1 1 1 3 1 1 1 13 3 1 1 1 3 1 1 1 14 1 0 1 0 2 0 1 1 15 1 0 1 0 3 1 1 1 16 1 0 1 0 3 1 1 1 17 3 1 1 1 3 1 1 1 18 1 0 1 0 2 0 1 1 1.89 0.56 0.89 0.44 2.67 0.67 1.00 1.00 1.67 0.50 0.72 0.44 2.61 0.67 1.00 0.94 3 点満点の事前テストの平均点は 1.67 点,確認テストの 平均点は 2.61 点であり,確認テストの平均点は事前テスト の平均点に比べ 0.94 点増加していた.教材による学習によ ってテストの点数が増加したことを確認するために,事前 テストと確認テストと差に一標本の片側 t 検定を行った. 結果 p 値=0.00045 となり,事前テストと確認テストと差の 平均は有意水準 1%で有意差が見られた.また,2 つの教材 を比較するために事前テストと確認テストの合計点と各ソ ートの点数に t 検定を行った結果,2 つの教材の平均点に はいずれも有意差は見られなかった. 5.3.2 試 行 回 数 結 果 手動整列機能によるソートと自動整列機能によるソート を行った回数を記録した結果を表 6 に示す. 手動整列と自動整列の試行回数合計の平均は 9 回であっ た.2 つの教材を比較するために手動整列と自動整列の合 計回数と各ソートの整列回数に t 検定を行った結果,2 つ の教材の平均回数にはいずれも有意差は見られなかった. また,試行回数と確認テストの関係を調べた.散布図を 図 13 に示す.試行回数の合計と確認テストには,有意水準 5%(p 値= 0.041)で相関係数-0.4865 の負の相関関係が見 られた.試行回数と事前テストの関係には,有意な相関関 係は見られなかった.
表 6 試行回数 ID 選択ソート クイックソート 挿入ソート 選択ソート クイックソート 挿入ソート 試行回数合計 1 2 1 1 1 1 1 7 2 1 1 2 1 1 2 8 3 2 1 3 1 1 1 9 4 1 1 4 1 1 2 10 5 2 2 3 1 1 2 11 6 1 1 2 1 1 4 10 7 2 3 0 1 2 1 9 8 2 2 1 1 1 0 7 9 1 2 3 1 1 1 9 1.56 1.56 2.11 1.00 1.11 1.56 8.89 10 1 1 1 3 2 2 10 11 1 0 1 0 2 1 5 12 2 2 2 1 1 2 10 13 1 2 1 1 1 1 7 14 3 2 2 2 1 1 11 15 2 2 1 0 0 1 6 16 3 2 3 0 0 0 8 17 2 1 1 2 4 1 11 18 3 3 2 2 2 2 14 2.00 1.67 1.56 1.22 1.44 1.22 9.11 1.78 1.61 1.83 1.11 1.28 1.39 9.00 図 13 合計点と試行回数合計の散布図 5.3.3 ア ン ケ ー ト 結 果 7 段階評価のアンケート結果の平均を表 7 に示す.グルー プごとの各設問の回答の平均に有意な差は見られなかった. 表 7 アンケートの設問と平均 設問 平均 選択ソートについて理解することができた 5.61 クイックソートについて理解することができた 6.39 挿入ソートについて理解することができた 5.89 「おもり」または「人」のサイズは適切でしたか? 5.61 「天 」または「シーソー」サイズは適切でした か? 5.94 アニメーションの動作速度は適切でしたか? 4.22 教材に併記された使い方の説明は適切でしたか? 5.22 個々の画面上のモノ(おもり,人,てんびん,シー ソー)は,他のモノと判別しやすい表示でしたか? 6.11 このプログラムは予想通りに動作していましたか? 5.67 画面上のモノの動きは現実世界のモノの動きを再現 していると感じましたか? 5.72 現在どの動作が行われているか分かり難いと感じる ことは無かったと思いますか? 4.44 使用したデジタル教材を7段階で評価してください 5.06 自由記述では,「やり方を聞いたり参考書を読んで覚える よりもアニメーションのある教材のほうが覚えやすかった」 「自動ソート機能のおかげで理解するまで見返すことがで きた」といった自動整列機能(アニメーション)に関する 良い意見が多く見られたが,アニメーションの速度を変更 する機能や一時停止機能が必要という意見も多く見られた. その他の要望としては,比較履歴を見る機能や,おもりの 見た目を能動的に変化させる機能,色や音,点滅などの反 応を追加することや,おもりを配置するスペースの拡大, 重さ比較時の挙動の改善などが見られた.また,「自動的に ソートされているとき,どんな操作をしているかわかりに くかった.」「画面上の物の動きが現実世界の物の動きを再 現しすぎていて、わかりにくかった」,といった否定的な意 見や,PC ではなく,タッチ操作のできるスマートデバイス で使えた方がわかりやすいといった意見も見られた. 5.4 実 験 考 察 5.4.1 テ ス ト 結 果 考 察 事前テストと確認テストの点数の差から,有意に点数が増 加していることがわかった.このことから,本研究で実装 したデジタル教材を使用した学習を行うことでアルゴリズ ムの理解度を高めることができると考える.また,確認テ ストでは,クイックソートに関しては全員が正解であり, 挿入ソートも1 名を除いて正解であった.間違えた 1 名も 基本的なアルゴリズムは正しかったが,最初は挿入先を見 つけるまでの比較を重い方から始めていたが,最後の重り だけ軽い方からの比較に変わっていた.正しいアルゴリズ ムでは,一定の決まりに従っておもりを比較していく必要 があるので間違いとした.このことから,ほぼ全ての被験 者がクイックソートと挿入ソートのアルゴリズムについて 理解することができたと考える.選択ソートについては, 18 名中 6 名が間違った回答を答えていたが,そのほとんど が既知の比較を考慮してしまう並べ方を行っていた.選択 ソートでは,既知の比較は考慮せず,比較回数は必ずおも りの数n 個に対し,n(n-1)/2 回と一定になるので,これは 間違いとした.この結果は,本実験では時間の関係上ソー ト法の説明において,比較回数が一定になることや,既知 の比較について等の詳しい説明は行わず,自動ソート機能 の使用などで被験者自身で気がつくことを期待したことに よると考える.一部の被験者は「選択ソートがなんどやっ ても試行回数が同じなのが面白かったです.」と自由記述の 中で答えていた.このことから,ソート法の説明や自動ソ ート機能を使用する際に比較回数に注目することを示唆す ることで,より多くの被験者の気づきを促すことができた 可能性がある. また,2 つの教材の差に有意な差は見られなかったが,3 点満点のテストであり点数の差が出にくかったこと,大学 生では大半の被験者が正解できる難易度のテストになって しまったこと,被験者が1 グループ 9 名と少なかったこと などが原因であると考えられる.
ⓒ2016 Information Processing Society of Japan 9 5.4.2 試 行 回 数 結 果 考 察 本研究では,試行回数と確認テストに負の相関関係が見 られた.間辺らの研究では,高校生に実施した実験授業に おいて,試行回数が多い生徒の方がテストの正答率が高い ことを確認しており,本研究はこれとは逆の結果となった. これは本実験では大学生を対象としており,ほとんどの被 験者がアルゴリズムを理解できたなかで,ソート法につい て早い段階で理解できたと思った被験者が,アルゴリズム の確認を繰り返さなかったからではないかと考える. 5.4.3 ア ン ケ ー ト 結 果 考 察 各ソートの理解度については高い評価を得た.特に確認 テストでは全員正解であったクイックソートは,多くの被 験者が最大値の7 の評価をつけていた. アンケートの中で測った3 つの状態について,視認性に ついては,オブジェクトの視認性は高い評価を得ることが できたが,アニメーションの速度の評価は他の質問に比べ て低い評価であった.これは自由記述にも多く反映されて おり,アニメーションの速度が速い,もしくは逆に遅いと いった意見が多く見られた.判別性,予測可能性について は共に高い評価を得ることができた. 自由記述の中で,多くの被験者が自動ソート機能はわか りやすかったと答えていたことから,自動ソート機能はア ルゴリズムの理解に一定の貢献をしたと考える.その一方 で,速度調整機能や一時停止機能などが欲しかったという 意見も多かったことから,これらの機能の追加が必要と考 えられる.また,おもりを配置するスペースが少ないこと や,片側におもりを2 体置いた際に重なってしまうなどの 問題点もあがっていたことから,これらの改善が必要と考 える.