団藤重光博士の学説の検討
馬 場 昭 夫 1 は じめに 団藤重光博士 は、昭和1
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に東京大学法学部 を卒業後、小野清一郎博士 の助手 とな られ、刑法、刑事訴訟法、刑事学 を含む刑事法学の研究 を開始 された。以後現在 に至 るまで7
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年 にわたって研究 を継続 して こられた。 この間、 日本の国家、社会は大 きな変動 を経験 して きた。 ことに昭和2
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のポ ツダム宣言受諾 による敗戦、その後の新憲法 の制定 による自由主義、民主主義の理念 にも とづ く社会の変容 はその時代 に生 きるほ とん ど全 ての人々の想像 を越 える速 さと内容 を持 っていた。 博士 の研究の軌跡が この生 きられた時代 と無縁でないことは当然である。 ほう 大、深奥 な博士の学説の全容 を知 ることは困難であるが、年代 を追 って検討 させ ていただ く。2
団藤刑事法学 の軌跡 団藤刑事法学の軌跡 を次の様 に年代 区分す る。1
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∼昭和1
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∼昭和1
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時代が戦時体制 に入 り、急速 に社会的関心 を持 った自由な研究がで きな くなっていた為 に刑事訴訟法の研究 に最初 にとりかか った とされる(1)0(
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秘かには刑法 についての研究 も進め られて人格形成責任論 にた どりつかれた。(
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戦後の変革の時代 に刑事訴訟法、刑法、少年法等の改正、立法 にあた られた。 刑法学 に ついては人格形成責任論 に もとづいて 「刑法綱要総論」が昭和3
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に刊行 された。 「刑法綱要総論」 では人格形成責任論 と共 に定型説 も唱えられたが、従来の構成要件論 に対 して何がつ け加 わるのか私 には理解 で きない。
(
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∼昭和5
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「刑法綱要総論」 とそ こで展 開 された人格形成責任論 に対 して賛否 の論 が巻 きお こった。 人格形成責任論 は メツガ-の行状責任論 に影響 を受 けて考案 された とあ るが、 メツガ-は1
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日法 にお ける危険 な常習犯罪 人 に対 しての刑 の加重 を理 由づ けるため考案 し た ものであ り、 ヒ トラーが政権 を取 ってす ぐの秋 に制定 した法 の系譜 を引
い てい るこ とで 強い警戒 を持 たれた. また平野龍一博士 は 「常習犯 人 は人格障害者 で、精神 障害者 であ る とす るな らば、刑 を加重す る よ りも、む しろ減軽 しなければな らない。
」と指摘 された。 私 は「
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日法 にお ける危険 な常習犯 罪人の概念 (シ ョル ツ)」を訳 出 して メツガ-が肯定 した ことが らが いか なる ものであ ったか を発表 した(2)。(
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昭和54年 (1
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-平成1
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人格責任論 は団藤博士以前 に も説 く人が あ ったが、人格 の形成過程 にお ける責任 につい て まで村象 とし、刑 を対応 させ た説 は団藤博士 の人格形成責任論 が最初 であ った。昭和3
2
年 の公表後 、昭和3
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年 頃か らの厳 しい批判 の中で警戒が高 ま り継承す る人は少 ない。大塚 仁博士 、大谷実博士 、 そ して 自己の責任論 は明 らか に していないが、 「刑法綱要総論」
の 英訳 を助 けた佐伯仁志教授 である。 団藤博士 は 「人格形成責任論 は メツガ一 に影響 を受 けた とい うのは表面 的 な こ とで、私 の信念 です。い くら批 判 されて もかわ りませ ん。
」そ して さらに 「人間の主体性」
とい うこ とを強調 され る ようになった。人格形成責任 論 は人間の主体性 を重視す る考 えか らでてい る もので、人格 あ るい は主体性 を尊重す るこ とが変 らない限 り人格形成 責任論 はい くらナ チス に関係が あ るな どとい って批判 されて も説 を再検討 した り、変 えた りしない といわれ た(3)。
学 問 は真理 を目ざ して研 究す る ものであ る。 法律学が その ような学問であ るか はたびた び疑問が出 され議論 され る。 しか し、少 な くとも論争 、批判、反論 はな されて よいのでは ないか。 その積 み重 ねの中か ら何 か新 しい答 が出て来 るのではないか。 主体性 の尊重 といわれて も、人間、生 身の人間 を中心 にす えて考 える こ とを主張 されて い る、あ るい は個 人個 人の意思 を最大限尊重す るこ とを主張 してお られ るだけにす ぎない ように思 われ る。 人格、あ るいは人格形成がいか に大切 であ るかの例証 として ご自分 の祖先 に さかのぼ っ ての生 い立 ちを詳 しく述べ られてい るが、た とえばその過程 で非行 、あ るい は犯 罪等 があ るのではな く、秀才 の ご苦労 はあ ったが、結果 と して出世 されたお話で ある。 人間 とは何 か、人間の心 の深 いあ り方 について、 フロイ トの心理学 、あ るい は実存主 義等 、種 々あげ られて検討 し、 どの説 、領域 に村 して もある程度 「私 は共鳴す る ところが あるが、少 し違 うのです。
」とい う記述 で終 ってい る。 そ して結局 「禅 の無」
に近 い とされ団藤重光博士の学説の検討 (馬場) る。 師小野清一郎博士が仏教 を信仰 し、研究者 にも強いたことは有名である・.小野博士の 仏教 は浄土真宗 と禅宗であ った とお聞 きしている。 禅宗 に もいろいろあるが、曹洞宗 は今 回、大 きな方向転換 を した。 平成
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日に、世 に 「大逆事件」
と言われる事件で明治4
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年) に死刑 となった曹洞宗の僧内山愚童 に対す る顕彰碑 除幕式及 び追悼法要が行 なわれた。 「内山愚童師の顕彰 によせて」(曹洞宗)では次の ように述べ られている。 一九一一 (明治四十四)年一月二十四 日、箱根林泉寺住職内山愚童師は、 「大逆罪」
に より幸徳秋水 らとともに処刑 されま した。 これが世 にい う 「大逆事件」
です。 この事件 は、 当時の政府が社会主義運動 を一網打尽 に壊滅 させ ることを最大の目的 とした、極 めて菟罪 性の強い暗黒裁判で した。愚童師の場合は、当時の不条理 な国家権力-の非難が昂 じた発 言 にす ぎなかったのです。 曹洞宗 も国家権力へ追随す るかたちで、死刑執行の前年一九一〇
(明治四十三)年六月 二十一 日付 で 「宗内接斥」処分 とし、愚童師の僧籍 を剥奪 しま した。 当時、世界の強国は軍事力 をもって領土拡大 に奔走 していた時代 であ り、 日本 も例外で はあ りませ んで した。国家は民衆の声や運動 を封 じ込めるために 「大逆罪」
を実体化 し、 その後の 日本の体制のあ り方 と進路 を決定づ けました。 これによって民衆 は愚童師のい う 「独立 自活 ・相互扶助」
の主体性 をもつ ことを禁止 され、人権や 自由が抑圧 され、世論が 時の政治権力 に都合の良い ように操作 されて、軍国主義の破局へ と突 き進 んでい きま した。 宗門 も時の国家体制 に追随 し、信仰の 自由 と平和 を希求す る良心 をも放棄 し、仏教者の 誓願 に背 き、教学 を歪 曲 してまで、積極的 に戟時体制 に協力 しま した0 宗門は、真の仏教者であった愚童師に対 して、あま りに不誠実であ り冷酷であ りま した。 人間 としての尊厳 と僧侶 としての名誉 を踏み に じった まま、八十有余年の歳月を埋 もれ さ せ て しまったのです。 一九九三 (平成五)年四月十三 日、 ようや くに して 「宗内接斥」
処分 を取 り消 し、宗門 僧侶 としての名誉 の回復 を宣言いた しました。 私達 は今 日、愚童師の先見性 に改めて剖 目 しなければな りませ ん。 「戦争 は総て罪悪也」
「人類の終局 目的は独立 自活 ・相互扶助 にある」
「女子 は男子の附属物ではない」 と、あ らゆる戦争 を拒み、独立 自由 と、異 なる立場の人々 との共存 を理想 として掲 げ、女 性の人権尊重 まで も主張 してい ます。 ここに、愚童師の仏教者 としての遺徳 をたたえ、宗 門の罪過 を心 よ り俄謝す る ものです。 最後 まで僧侶 としての誇 りを失 わず、理想世界 を葉い、泰然 として死 に臨んだ愚童師に 対 し、その確固たる信念 を永 く顕彰 し、宗門 として 「人権の確立 ・平和 の維持 ・環境の保護」 を啓発推進 してい くことを改めてここに誓願 します。 団藤博士 はこの ような曹洞宗の変化 に対 して どの ように思われるのであろうか。
3
刑事学 刑法総論、各論 の議論 は刑事学 (犯罪の調査、刑罰論、刑事政策)において具体的な姿 をあ らわす。団藤博士 には残念 なが ら見 るべ き刑事学の業績が ない。人格形成責任論 をと っている場合に、 どの ような現実 になるのかが団藤博士の著作か らは分か らない。 人格形成責任論 を継承する大塚仁博士が編集する 「新刑事政策入門」
において見てみる こととする(4)。 (1)人格Ⅲ
犯罪の現象 と原因2
犯罪の原因一般 (三原憲三朝 日大学法学部教授執筆)(
3
)
素質 ・環境 と行為者人格の関係 において次の ように記 されている。 要因研究は、当該要因の存在 を手がか りに して、関連事象の発生 を予測するとい うとこ ろにそのね らいがある。 その要因が変更可能 なものであれば、それに働 きかけ、軽減除去 することによって、問題事象の発生 を押 さえることがで きる。 近時、素質 (遺伝) と環境 だけでは人間的実像 を結びに くい ことか ら、行動の主体 とし て人格 とい う観念が設定 されてきている。 一般 には、生物学的 ・遺伝学的存在 としての人 間が、物理的 ・社会的環境 に対 して適応 してい く過程 にみ られるある程度一貫 した独 自の 行動傾向をいうと考 えられている。 そ うしたことを背景 に、今 日、人格の形成 を通 じて、犯罪の原因を素質 と環境の ダイナ ミズムのなかで理解 しようとす る考 え方、すなわち力動的犯罪観が支配的になっている。 人格の形成 は素質 と環境の全体的関連の中で把握 され、人格 を形成す る契機 として、行為 者の素質、行為者の発達状態、現在 までの環境的体験が重要だ とされている。 もっとも、各要因の 「動的な把握」
は、事前的予測の観点か らしてみれば疑問がないわ けではない。事前予測 を言 う限 りでは、静的な要因の列挙 とそれ らと犯罪行為の関連性の 確認 による伝統的な判定ス タイルに も、それな りの意味があるのである。 (2)職業 と犯罪 Ⅲ 犯罪の現象 と原因 11 職業 と犯罪 (上野達彦三重大学人文学部教授執筆)(2) 失 業 と犯罪 において次の ように記 されている。 失業 と犯罪、 とくに財産犯罪が密接 に関係 していることは、すでにい くつかの研究によ って明 らかにされている。た とえば レ-ヴェによる第一次大戦前の ドイツでの経済的不況 期 に窃盗罪が増加 した との指摘、エ クスナ一による第一次大戦後の ドイツにおいて失業者 数 と窃盗有罪被告人 との平行関係 についての指摘、小野清一郎 による過去 に犯罪が増加 し団藤重光博士の学説の検討 (馬場) た時期 と経済不況やその結果 としての失業者の増大 についての研 究 な どがそれである。 なお、最近 の資料
(
「平成4年の犯罪」
)
による と、平成4年 中の 「罪種別犯行時の職業別 検挙 人員」
の なかで、失業者数 は3
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4
人であ り、その うち2
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人が窃盗犯罪であ った。 こ れは、ほぼ6割 にのぼる高い割合 となっている。 失業が犯罪の誘引 となる要因 として、失業期 間中の職場か らの離脱 は社会的 コン トロー ル をうけず、怠惰 で不規則 な生活 によって道徳的 に堕落 した人格が形成 されることに犯罪 と結 びつ きやすい とされている。 また家計 を支 えてい る者の失業は、家族 に経済的圧迫 を もた らし、少年の非行 ・犯罪や女性犯罪 に影響 しやすい環境 をもた らす ことに もなる。 な お、書益 によれば、失職状態 も基本的 には同 じで、職 もな く時間 を浪費 している ときが最 も危険である、 とされた (書益 ・犯罪学概論1
6
2
頁)。 (3)常習犯罪 Ⅴ 主要 な犯罪 とその対策 3 常 習犯 罪 とその対 策 (虫明満香川大学法学部教授執 筆)(1) 常習犯罪の意義 において次 の ように記 されている。 常習犯罪 とは、常習犯 人によって行 われる犯罪の ことをい うが、場合 によっては、 「労 働嫌悪 による職業犯 人」、「傾 向犯人」、「常軌 を逸 した放 らつ者」、「状態犯人」、「慢性的 ま たは傾向的犯人」 な どと呼 ばれることもある。そ して、その対策 は、19世紀後半以降、刑 事政策上長 も重要 な国際的課題 となってい る。 なお、犯罪 を累積的 に反復す る とい う意味 において、常習犯 は累犯 と近似す る。 累犯 と は、広義 においては犯罪 を反復 して犯す者 を意味す るので、実際上常習犯 と重 な り合 うこ とになる。 ただ し、刑法上の累犯 は、刑法で定め られた一定の要件 を満た さなければなら ない。す なわち、懲役 に処せ られた者が、その執行 を終 わ りまたは執行 の免除があった 日 か ら5
年以内にさらに罪 を犯 し、有期懲役 に処すべ きとき(
5
6
条1
項) をい う。 そ してこ の場合 には、その罪 につ き定めた懲役 の長期 の2倍以下の加重刑が科 される (57条)。こう してみる と、常習犯 人であって も初 めて訴追 された場合は、刑法上 は初犯であって累犯で はな く、 ここに常習犯 と累犯の違いが現 われ る。 わが国の現行刑法上 は、上述 の ように累犯 の一般的規定が総則 におかれている ものの、 常習犯 に関す る一般 的規定 は存在せず、刑法各別 に常習賭博罪 (186条 1項)が あ るのみ である。ただ、特別刑法 として、 「盗犯等 ノ防止及処分二関スル法律」
に常習強窃盗 (2 条)、常習累犯強窃盗 (3条)、禽習強盗傷 人 ・強盗強姦 (4条)、「暴力行為等処罰二関スル 法律」に常習的傷害 ・暴行 ・脅迫 ・器物損壊 (1
条 ノ3
)
、常習的面会 強請 ・強談威迫 (2
条2
項) な どが置かれている。 しか し、いず れにおいて も、常習犯の定義お よびその認定 基準 については法律上明確 にされていない。 (3)常習犯罪の対策 において次 の ように記 されている。 結局、常習犯罪者 に対 しては、現行制度で対処す るほか ない。す なわち、加重刑主義の枠内で、仮釈放 と保護観察 を中心 とす る更正保護の活用 を前提 とし、特殊 な社会治療的方 法 (精神医学的 ・心理学的 ・教育学的個別治療 な らびに集団治療 な ど) による改善 を目的 とした処遇が期待 される ところである (石原明ほか ・刑事政策
3
9
8
頁参照)。4 平野龍一博士の見解
平野博士 は1
9
6
3
(昭和3
8)
年 に 「人格責任 と行為責任」
とい う記念碑的な論文 を書かれ た。(5)この中で団藤博士の人格形成責任論の問題点 を初めて鋭 く指摘 された。 少 し長 くなるが、論文の要 旨を記す。 目次 - 問題の所在二
三
四 常習犯 人 と行状責任 刑の量定 と人格 犯罪の要素 と行為者人格 一 問題の所在 ここで 「責任」
とい うのは非難可能性の ことである。 この ように責任 とは非難可能性 だ とす る と、人格責任 とは、人格その ものを非難の対象 とす る ものであ り、行為責任 とは、 行為 を非難の対象 とす る ものだ とい うことになる。行為 とは意思 にもとづ く身体 の動静お よびこれによってひきお こされた外界の変動 をい うか ら、行為が非難の対象だ とい うこと は、 この意思が非難の対象 だ とい うことである。 したが って、行為責任 は意思責任 ともい われる。 行為責任 はまた個別行為責任 ともよばれる。それは個 々の意思活動お よびこれに もとづ く行為 に対 して責任 を問 うものだか らである。 これに対 して人格責任 は、個 々の意 思活動の背後 にある人格 その ものに責任 を間お うとす る。 「犯罪は行為である」とい うことは、近代刑法の一大原則 だ といって よい。 「犯罪は行 為である」
とい うのは、行為 として外 にあ らわれた ときには じめて刑罰の対象 となるので あって、内心の状態、人格その もの をただちに刑罰の対象 とす るものではない とい うだけ でな く、行為 として表現 された場合で も、その行為 だけを非難の対象 とす るのであって、 行為者の人格その もの を非難の対象 とす るものではない とい う趣 旨である。次 に、補充的 に、二次的に性格責任 ない し人格責任 を認めることがで きるか否かが問題 となる。 それは 主 として次の三つの点において問題 となる。 第-は、法が明文で、行為 だけではな く、行 為者の人格その ものを刑罰の対象 としているようにみえる場合である。 とくに常習犯人が 問題 となる。 第二 は、法 に明文が な くとも、刑の量定 にあたっては、行為 だけでな くその 背後 にある人格 を も考慮すべ きではないか とい う問題 である。 第三は、犯罪成立の要件 と して、すでに行為者の人格その ものが問題 とされなければならないのではないか、 とい う 点である。団藤重光博士の学説の検討 (馬場) 結論 をさきにいえば、刑事責任 は、第一次的に も第二次的に も、行為責任 でなければな らない と思われる。 二 常習犯人 と行状責任 常習犯人をどうした らいいか。 これに対 しては伝統的な行為責任の原則 に もとづ く刑罰 では不十分ではないか。 これは新派 と旧派 との論争の焦点 となった実践的な問題 だった。 この間題 に対 しては、いわゆる二元主義 によって一応の解決が与 えられた。行為責任 に対 しては刑罰 を加 え、行為者の危険性 に対 しては保安処分 を課す る。行為者の危険性その も のに対 して責任 を問 うことは しない。 これが二元主義の公式である。 ところが一九三三年 ドイツ刑法の改正 によって、 「危険な常習犯人」 に対 して危険 な常 習犯人であるがゆえに重い刑が科 されることになった (二〇条a)。この法律 によれば、数 個の犯罪が行 なわれ、 「行為の総合的評価の結果危険な常習犯人」であると認め られると きに刑 を加重す る。他方、 この法律 は、同 じ危険 な常習犯人に対 して保安処分 をも規定 し た。 (四二条e)。加重 された刑で もなお足 りない ときには、その刑の執行が終 った後不定 期の保安処分 にまわすのである。 この ように行為の危険性 に対 しては、刑 とは別 に保安処分が課 されるのだ とす ると、刑 の方は、行為者の責任 を問 う責任刑 とい うことになる。 しか も 「危険な常習犯人
」
とい う 人格特徴 をもっているがゆえに刑が加重 されるのであるか ら、その加重 は行為 に対す るも のではな く行為者 その もの に対す る もの とい うほかはない。では 「危険な常習犯人」
であ るとい うことについて、なぜ責任 を問 うことがで きるのだろうか。 この間題 を解決す るために考案 されたのが、メツガ-の行状責任論である。かれの説 く ところはほぼ次の とお りである。 行為者が「危険 な常習犯人であること」すなわち、かれの人格がそ うあること(so-s°in) に対 して責任 を問 うのではない。行為者が危険だ とい うのは、将来犯罪反覆の蓋然性が高 い とい うだけの ことであって、その こと自体 に対 して責任 を問 うことはで きない。お よそ 責任 は、そ うでないことも 「可能であった」
とき、は じめて問 うことがで きる ものだか ら である。そ うだ とす ると、そ うい う人格 にな らず にすんだ場合 には じめて人格その ものに ついて責任 を問 うことがで きるであろう。 もしその者の 日頃の行状が悪 く、そのためにそ うい う人格 になった ものであるときは、そうい う行状 をしない こともで きたはず であ り、 したが bて、そ うい う人格 にならず にすんだはずだ とい うことがで きる。 そ こでそ うなっ たこと (so一geworden-sein)に対 して責任 を問 うのである。 この場合、危険な人格 はい わば違法 な結果であ り、 この結果 をひきお こした意思 ない し行為、すなわち人格形成行為 に対 して責任 を問 うことになる。 行為者 は窃盗や傷害 な どの犯罪行為の責任 と、危険 な人 格 をつ くった行為の責任 との両者 をあわせて問われることになる。しか しこの行状責任 に対 しては、種 々の疑問が提起 されている。 人格形成の過程 を検討 してみると、その過程 は複雑であって有責 なもの と有責でない も のを区別することは困難であ り、不可能 にちかい。現在の知識では、 どの ような行為が ど の ような人格 をつ くりあげるのか、その因果関係 は明 らかでない。 まして行為者 自身がそ の因果関係 を意識することはほとん どないだろうし、注意すればどうい う人格 になるか予 見で きたはずだ ともいえない場合が多い。行為責任の原理 をその まま人格形成行為 に適用 すると、行為 と結果 との間に相当因果関係があ り、行為者 に結果 についての故意、過失が なければならないであろうが、人格形成の過程 は もっと複雑微妙で、右の原理では とうて い解明 しつ くせ ないのである。 行状責任の考 え方は、人格が、右の ような有責 な行為 によってつ くりあげ られた部分 と、 なん ともな しえない素質に由来する部分 とか らなっていると考 えているようにみえる。 し か し人格は、行為者の自由な人格形成行為 と、かれがなんともな しえない素質 との 「合成 物」ではない。人格形成行為それ自体 もすでに素質によって制約 される し、素質 も人格形 成行為 によって影響 を受ける。 人格形成行為 には積極的な行為だけでな く消極的な不作為 すなわち素質を改造 しなかったことまで も含むはずであるが、そ うだ とすると素質 も多か れ少なかれこれを改造す ることがで きたはずであるといえよう。 た とえば常習犯人の多 く は七、八歳の とき両親 に愛情がな く、 しつけに欠陥があったためだとす る説がある。 この 場合、行為者が 「なにをな しえたか」をはた して判断で きるだろうか。 もし七、八歳では なにか をな しえた とはいえない とい うのであれば、常習犯人の大部分は重い責任 を問 うこ とがで きな くなるであろう。 また友人関係が悪いために常習犯人になるのだとす る説 もあ る。そ うだ として も、 これか らぬけ出す ことが どの程度 に可能であったかは簡単 に判断で きることではない。 三 刑の量定 と人格 一度考察 された行状責任の原理は、その本来の領域 をこえて、他の領域 にも進出 した。 まず第一は刑の量定の領域である。 刑法 は 「人を殺 した」もの、 「他人の財物 を窃取 した
」
ものに一定の枠の法定刑 を規定 してお り、刑の量定はその行為 に対 してなされる。 しか し メツガ-は、刑の量定 にも行状責任 を考慮すべ きだ とする。常習犯人に対 して明文で刑が 加重 されるのは特別の場合であるが、そうでない場合で も多かれ少 なかれ行為者の人格 に は危険性が認め られるだろうか ら、そ うなったことについて責任が認め られるか ぎり、 こ れを刑の量定 に考慮すべ きだ とい うのであろう。 四 犯罪の要素 と行為者人格 行状責任論の影響 は、刑の量定の分野 にとどまらなかった。問題 になるのは、故意、過間藤重光博士の学説の検討 (馬場) 失、違法の意識、責任能力 などの点である。 (1)故意 故意 とは犯罪事実 を認識 し、 これ を意思的 に実現 した場合である とされている。 そのいわゆる意思的要素が どうい うものであるかについてはまだ争いがあるが、少 な く とも犯罪事実の認識が必要だ とい う点 については、最近 までは問題が なかった といって よい。 ところが最近では、人格責任の立場か ら、 この点 について も疑問が提起 されてい る。刑法 はやは り意識の世界 にとどま り、認識 した ことしか意思で きない とい う行為責 任の原則 を維持す るほかはない と思われる。 (2)過失 過失犯 は、過失犯罪 とい う一般的 な犯罪ではな く、過失致死、失火 とい うよう な個 々の犯罪 なのであ り、それはまた行為責任であ り、意思責任、少 な くとも意識責任 だ とい うことがで きよう。 (3)違法の意識 違法の意識が故意の要件である とす るな らば、 日頃の行状が非難すべ き だ とはいって も、それが違法であることに気がつかない とい う過失のつみか さな りにす ぎない場合 には、故意の責任 を問 うことはで きないだろう。 もし 「法 に対す る敵対的な 態度」がある場合、あるいは、 「違法性 を知 らない ことについて非難すべ きである
」
場 合 には、故意の責任 を問 うことがで きるとす るならば、それは行為の とき、す なわち犯 罪事実 を認識 したに もかかわ らず行為 を したその ときが問題 にされなければな らない。 (4)責任能力 責任能力 は 「人格的能力」
の問題 である、だけに、人格その ものが直接 に判 断の対象 とされる可能性 はよ り強い といえよう。5
内藤謙名誉教授の見解
内藤名誉教授 の団藤博士 に対す る評価、位置づ けについて 「刑法原論」
において見 てみ る。 (6) Ⅱ 刑法の基礎理論 10 現代刑法理論の基本動向 現代の問題状況 第二次大戦後の 日本 国憲法 における天皇主権か ら国民主権への変革、基本的人権尊重の 原理 は、刑法理論の基礎 について、少 な くとも、国家刑罰権の根拠 と限界、罪刑法定主義 の根拠 と内容、刑法の機能 を新たに問い直す ことを要請 したはずである。 それに対応 して、 戦後の刑法理論 は、戦前の近代天皇制国家 と明治憲法の もとにおける 「学派の争 い」にあ っては、 「新派」
に も 「古典派」(
日日派」
)
に も、その主流 に濃厚 に現 れていた国家主義的 ・権威主義的側面か らの脱却 を試みているといえよう。 この状況の中で、人権保障の重要性が再認識 され、罪刑法定主義、法の適性 な手続が強 調 されることになった。世界人権宣言(
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8
年) も罪刑法定主義 を宣言 した。罪刑法定主 義 は、た しかに近代刑法の基本原理であ り、現代刑法理論 にとって も、最 も重要 な前提で ある。 しか し、罪刑法定主義 を形式的に強調することだけによって、 「古典派」と 「新派」の対立が投 げかけた問題が解消 して しまうわけではない。 とくに、現代 における刑法制度 と立法の在 り方 との関連で、 「新派」 によって提起 された刑罰制度の改革 と犯罪者処遇の 問題 にもつ よい関心があつ ま り、それ と 「古典派」 と くに前期古典派の基調 にある と考 え られて きた人権保障の要請 とが調和 しうるか、あるいはまた、 どの ように調和 させ るべ き かが問題 になっている。 そ して、 とくに、価値観の多様化 した現代社会のなかで、人権保 障の要請 にこたえ、 また、犯罪 と刑罰 を機能的 ・合理的 ・経験的 に検討 しようとす るとき、 (力付 を犯罪 として とりあげ、刑法 による干渉の対象 として よいか
(
「犯罪化」
・
「非犯罪化」
の問題)、(∋刑罰 を軽減 し、あるいは刑罰 に代 えて他の非刑罰的制裁 をもってす るのが妥当 な場合があるのではないか (「非刑罰化」de
pe
na
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i
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a
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on
の問題)、さらにまた、③犯罪者 を 逮捕 し、裁判 し、刑 を執行す るとい う伝統的な刑事司法過程 の最 も簡明な図式か らの意識 的な離脱 をはか り、犯罪の非刑罰的処理 を試みることをどの ように評価すべ きか (ダイバ ージ ョンdi
ve
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on
の問題) な どが、国際的 に も、そ して 日本 で も論議 の対象 となってい る。 現代刑法理論の2
つの基本動向 この ような問題状況 において、現代刑法理論 は、 どの ような動向 を示 しているであろう か。 現代刑法理論の基本動向 をとらえるとき、その大 きな流 れの 1つは、後期古典派的な道 義的責任論 と道義的応報刑論の基本的枠組みのなかに新派の主張 をある程度 まで とりいれ ようとする傾向にある とい えよう。 日本の戦後刑法学 についてみて も、(D刑法の社会倫理 椎持機能の重視 を前提 に して、②刑罰理論 においては、刑罰 は、犯罪 に対す る道義的 (社 会倫理的)非難の表現 として犯罪 に均衡する もの として加 えられるとい う意味で応報であ り、その ような道義的応報であることによって一般人 ・行為者の規範意識 を覚醒 ・強化 し て一般予防 ・特別予防の作用 をもちうるとし、(丑犯罪理論 においては、違法の実質は社会 倫理規範 に違反す ることであ り、責任の本質は道義的 (社会倫理的)非難可能性 である、 とす る立場が有力 に主張 されている (団藤重光、福 田平、大塚仁 ら)。 この ような、後期古典派の基本的枠組みのなか にある刑法理論の動向に対 して、異 なる 視点か ら問題 をと りあげ ようとす る第2の動向 も有力 になっている。 日本の戦後刑法学 に ついてみれば、(∋刑法の機能的考察 に結びつ く人権保障機能 と法益保護機能、 この両機能 に内在する謙抑性 の原則の重視 を前提 に して、②刑罰理論 においては、道義的応報刑論 に 疑問 を提起 し、刑罰の効果 と限界 を機能的 ・合理的 ・経験的に検討 して犯罪予防 ・犯罪者 処遇 な ど刑事政策の問題 を直視す る とともに、刑罰の一般予防 と特別予防の 目的 ・作用 に 注 目しつつ も、人権保障の見地か ら行為責任 によって犯罪予防の 目的 ・作用 に限界 を設定 しようとし、③犯罪理論 においては、違法の実質は社会倫理規範違反ではな く法益 の侵害 ・危険化であ り、責任 の本質は道義的非難可能性ではな く、刑罰 とい う手段 による法的非団藤重光博士の学説の検討 (馬場) 難可能性 (可罰的責任)であるとして、客観主義犯罪論 を明確化 しようとする立場 も有力 にな りつつある (佐伯千切、平野龍一、中山研一 ら).この第
2
の動向は、刑法理論の系譜 か らみれば、近代刑法理論の原点 としての前期古典派 に注 目することか ら出発 して、刑罰 理論 においては新派の問題提起 をうけとめつつ、それに人権保障の見地か ら限界 を設定 し、 犯罪理論 においては前期 ・後期古典派の客観主義 を発展 させ ようとするもの といえよう。 本書 は、基本的にはこの第2の動向のなかにあって、犯罪 と刑罰の問題 を考 えようとす るものである。 しか し、第 1の動向にある刑法理論 との関係では、そこにい う「社会倫理」
ない し 「道義」
の内容が どの ような ものであるかによって、2
つの動向のあいだに総合な い し接近の可能性があるように思われる。6
私見 1963年 (昭和38年)秋 に、団藤著 「刑法綱要」
を読んで深い疑問を感 じた。常習犯 に対 する刑の加重の可能性 を納得 させ る論である人格形成責任論 に対 して、何か恐 ろ しい、 こ れは何かこれではいけない とい う気持 ちになったことを現在で も思い出す。 この年には平 野博士の前記論文が発表 されていたことが背景 にあったと思われるが、私はどうして もこ の疑問 を解 こうと思い刑法の研究 を志 した。1966年 (昭和41年)宮内裕先生の御指導 をい ただ くべ く京都大学大学院に進んだ。1966年 (昭和41年)度のゼ ミナールではロツツの常 習犯 についての論文 を読 んだ。1967年 (昭和42年)3月に宮内先生は ドイツに留学 された。 私 は、 ドイツが統一 される前の、各 ラン ト (支邦)に分かれている時代 における各 ラン ト の刑法典 を調べて、累行犯の規定の変遷 をた どった。宮内先生はまことに残念なことに、 1968年 (昭和43年)2月25日に ドイツの留学先で急死 された。1968年 (昭和43年)春、私 は、資本主義社会 において、産業予備軍 (失業者)の収入が賃金 (労働力の再生産費用) 未満であることに気づいた。1969年 (昭和44年)2月に修士論文 (ドイツ支邦法時代 にお ける累行窃盗の増大 と刑法の変遷」(7)を提出 した。 当時、大学紛争 によって講堂 は焼かれ、 研究室 は破壊 されたが、何 とか事務室 に提出 した。 大学院の博士課程 において、 ドイツの1933年11月24日法に関する文献 を京大の法学部図 書館で発見 した。 (wollfgangScholz,DerBegriffdesgefahrlichenGewohnheitsverbrechers nachdemGesetzvom24.ll.1933)1971年 (昭46年)2月、私の下宿が火事 で類焼 したが 文献 は焼失 を免がれた。1971年 (昭46年)8月翻訳紹介論文 を書 き 「法学論叢」(京大法学 部) に発表 した。(
「ヴオルフガング ・シ ヨルツ ー九三三年十一月二四 日法 における危険な常習犯罪人の概念
」
(
8
)
)
以下、 どの ように して研究 を進めたかの例証 として 「ドイツ ・支邦法時代 における累行 窃盗の増大 と刑法の変遷」の中の
「
(
補論)刑法 についての考察」 を引用する。法 についての考察の到達点 ノ "法" と呼 ばれる、人間の歴史 につ きまとって きた多種多様 な、複雑 な込み入 った もの についての考察 は、西洋において も、東洋 において も古 くか らなされて きたが、一八世紀、 一九世紀以降、 ヨーロッパ を中心 として生成、発展 した資本主義 は、プロレタリアー トと い う、 "法" をまった く新 しい立場 か ら見直す新 しい階級 を生み出 し、唯物史観 とい う新 しい世界観、新 しい歴史観 を成立 させ た。 一八四〇年代 に胎動、生成 を見 た この新 しい社会観、歴史観 は、一八五九年、一応の定 式化 を見 た。 (KarlMarx,ZurkritikderPolitischenOkonomie (序言 「法的諸関係 な ら びに国家諸形態 は、それ自体か らも、 また、いわゆる人間精神 の一般的発展か らも理解 さ れ うる もので はな く、む しろ、物 質的 な諸 関係 に根 ざ している ものであって-」))社会の 構造の根底 は経済現象であ り、法や、政治、諸 イデオロギー、文化現象 は、社会の構造の 中で上部 に位置 し、根底、土台 をなす経済現象 に基本的には規定 される ものである。 また、 経済現象 を分析す ることによって、社会の運動、歴史の発展 を支配 している法則 を撮 むこ とがで きるのであって、法等の上部構造 は、基本的には、 この運動法則 に規定 されている とい うものである。 唯物史観の研究、形成 は、一八四〇年代初期、中期 にはヘーゲルや歴史法学派の法学の 研究か ら始 め られたが、やがて、経済現象の研究 に進み、一八六七年、新 しい経済学の一 応の完成 を見 た。 (KariMarx,DasKapital) ブルジ ョワ社会の法 (ブルジ ョワ法) に、 この新 しい世界観か らの、かな り本格的な考 察 の手 が 届 い た の は、一 八 八 六 年 に至 っ て で あ っ た。 (FriedrichEngels,Juriste n-sozialismus) 中世の神学的世界観 に対 して、近世 ブルジ ョワジーの世界観 の中心 は、権利 によって組 み立て られた法学的世界観 (diejuristischeWeltanschauung)であ り、そ して、ブルジ ョワ社会 に成立す る規範、 さらに、その もとともなっているローマ法 は、商品生産、交換 を維持す るための規範の構造 を持 っている ものであることが指摘 された。 狭 くドイツをとってみて も、法 ドグマテ ィークの生成、発展の世界 と、唯物史観の世界 とは、 まった く接触がない まま独 自の道 を歩 んで きたのであるが、 プロレタリアー トの力 の増大、発展 に伴 って、ブルジ ョワジー との衝突 は激化 し、その ことは、ブルジ ョワジー の世界観である法的世界観、法学的世界観 との衝突の激化 をもた らし、あ らためて、法 に ついての研究の発展 を必至 な らしめた。 しか し、その後、 ドイツにおいては、新 カン ト派哲学 に基づ く法学が盛 ん とな り、 これ 以降 ドイツにおける唯物弁証法の発展 は途絶 えた. 亡J 一九一七年の ロシア社会主義革命の後、一九二四年 にパ シュカーニスの 「法の一般理論
団藤重光博士の学説の検討 (馬場) とマルクス主義」が出て、法の研究 は画期的な飛躍 をとげ、新 しい時代 を迎 えた。 商品の交換 とい う経済過程 を反映す る もの として、ブルジ ョワ法 を理解 し直す とい うこ とは、確かに、彼 自身が言 っているように、アメリカ大陸の発見 にも匹敵す る指摘であっ たが、原初的には、前記の ごとく、既 に指摘 されていたことであった ともいえる。 しか し、ブルジ ョワ法 についての該博 な知識 を、法律家 として、右の観点で整理 して提 示 したことは、当時の ソヴイエ ト連邦の位置 ともあい まって、既成の法律家、法律学や、 その後の法律学 に対 して、決定的 ともいえる影響力 を持 った といえるのである。 パ シュカーニスを頂点 とす るソヴイエ ト法学の旺盛 な理論的、実践的活動 は、一九三
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年代 に入 って抑圧 された。 ここまで見 て きた法の考察の流 れは、世界的に見て、その後、 日本 に受けつがれた とい って よいのではないか と思 う。 極めて複雑 な社会構造 と、矛盾の集中、激化は、それ らを解明 し、解決するための激 し い理論的活動 を促 した といえる。 一九二〇年代 に入 って、法 についての理論的考察の活動 は活発化 したが、一九三〇年 (昭 和五年)の前記パ シュカーニス著書の紹介 (山之内一郎訳 「法の一般理論 とマルキシズム」 (改造社、昭和五年)は、その後の発展の素地 を作 った といえる。 パ シュカーニスにあって、商品の交換過程のみに注 目して、生産過程 との統一的把握 を 看過 し、権力の契機 を軽視 した法の把 え方が なされていることを批判 しなが ら紹介 した加 古祐二郎 (加古祐二郎 「近代法の形態性 に就 て- 法の本質把握-の-通路 として- 」(昭 和九)
「近代法の基礎構造」(日本評論社、昭和三九年)所収)は、他の諸論稿 と共 に、第二 次大戦前の法 についての考察の、世界の ピー クをな した といえるであろう。 第二次大戦中の抑圧の時代 に も、 さらに前進する準備がなされていた。 商品生産、交換社会 は、具体的に どの ような規範 を要求するのか、それはブルジ ョワ法 において、 どの ように実証 されるか、 とい う課題の解釈 をめ ぐって、種 々の試みが なされ たが、その中にあって、昭和二四年 (一九四九)川島武宜 「所有権法の理論」
が一応の成 功 を収め、その後の 日本の法学、特 に私法学 を指導することとなった。戦後の 日本の法学 は、 この優れた基礎理論 を得 て、多彩 な成果 を収めた といえる。 刑法 についての考察 法 についての考察の以上の流 れの中で、刑法、広 く言 って犯罪 と刑罰 についての考察 は、 あま り見 るべ き成果がなか った ように思われる。 確か に、パ シュカーニスに依拠 しての、犯罪と刑罰 との等価性 な どは、 よ く指摘 される が、 もっと広 く、多 くの問題が考察 されなければならない。ブルジ ョワ社会 (有産者社会)について考 えてみる。 ブルジ ョワは、何人によって も拘束 されない、 自由な個人的な生産活動、商品活動が、 各個人に平等 に繁栄の機会 を与 え、かつ、現実 に繁栄 し、 また、社会全体 も繁栄すると考 え、それを保障す る法規範、国家体制 を要求 し、作 り上げた。 そ して、 自由な商品交換 を成 り立たせるモメン トが、法的主体性、私的所有、契約の三 つであることが、 「所有権法の理論」によって指摘 され、実証 されたのであった。 刑法 については、生命、身体 を平等 に絶対的に守 ることによって、法的主体性 を確保 し、 財産 を平等 に絶対的に守 ることによって私的所有 を確保す ることとなる。 ところで、商品の中には労働力 という商品 も含 まれる。 また賃金労働者の他 に産業予備 軍 (失業者)が存す る。 賃金労働者の受けとる賃金は、労働力の再生産費用である。 これ は、生 きるに要す る最低の費用である。 産業予備軍 に属す る人達は、これ未満であるか ら、 すなわち生 きられない。 ここに、累行窃盗増大の法則性があるといえるであろう。 もちろん、社会保障等のメカ ニズムがあ り、い くらかは緩和 されるが、基本的には変わ らないであろう。 累行窃盗 に対 して、いかなる姿勢 をとるかは、その人、その人の社会的な立場 を決める 基本的な要因 となるのではないか と思われる。 (9) 次 に、団藤博士が参考 としたメツガ-の行状責任論が登場 した契機 となった一九三三年 十一月二四 日法はどの ような ものであったかを知るために紹介論文 「ヴオルフガング ・シ ヨルツ 一九三三年十一月二四 日法 における危険な常習犯罪人の概念
、1
9
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年」
か ら引用 する。 序 最近一
〇年間、刑法学が、繰 り返 し、問題 として きた、最 も重要な問題の一つは、常習 犯罪人の取扱いである。 その解決は、特 に、前世紀後半 において、私経済の強力 な勃興 と 同時に、慢性的犯罪の一定の増大が認め られることによって、緊急の もの となった。戦時 (第一次大戦)及 び戟後は、 この社会敵対的な害悪の拡大については、ただ、促進的にの み作用 した。統計、前科の数についての叙述が、雄弁 に、このこと語 っている。 確かに、人々は、すでに、早い時期 に、社会が、切迫する危険に対 して、 もっと強化 さ れた手段で対抗すべ き必要性 を認めていた。 しか し、法律上の手がか りが欠けていた。一 八七一年の刑法典の規定 は、 まった く不充分 な ものであった。慢性的な犯罪 に対す る、根 本的な刑の加重は、一般的には認め られない。個々の犯罪類型 において、その選択 は、明 らかに、何 らかの体系に従 って とい うよりも、伝統 によるのであるが、常習性が刑罰加重 の、あるいは、 また刑罰 を基礎づけるメルクマール としてある。 - しか し、 これに反 し団藤重光博士の学説の検討 (馬場) て、まさに、度重ねて、常習的に行 なわれる行為、窃盗、詐欺においては、刑罰加重は、 常習性か らは、ひきだされないで、ここでは、多 くの場合、刑罰加重は、単 に、客観的な、 累犯のメ!Vクマールに結びつけられる。 これは、一方では、度重ねて行 なう、機会犯人に 対 しては、厳 しいことになるが、他方、その特別の前提か らして、刑罰が、 しば しば、形 式的な理由か ら、慢性的な犯罪に対 して拒否 されるのである。 民族社会主義国家は、その目の前 にある多 くの課題の中で、刑法の改正 にとりかか り、 そ して、早期 に、 これをな しとげて しまうであろう。 特 に必要 とされる部分の立法の仕事 は、特別法でなされた。危険な常習犯罪人 と、保安及び改善処分 についての一九三三年一 一月二四 日の法律が成立 した。現在、立法的に定め られた形式における危険な常習犯罪人 の概念 を、明確 にすることが、この本の課題である。その際には、新 しい ドイツ刑法 を支 配する思想が、導 きの糸 とされなければならない。すなわち、犯罪的意思 に対す る正義の 膜罪 と、個人の利益 に対する民族共同体の保護の優越である。 この二つの原則の間の正 し い関係 を定めることが、この本の主たる課題でなければならない。 新 しい法律が、刑法典 に盛 り込 んだ注 目すべ き規定 を、まず見てみ よう。 二十条
a
、既 に二度、有効 な有罪判決 を受けた者が、新 しい故意行為 によって、自由刑 を受け、そ して、彼が、危険な常習犯罪人であるとい う、行為の全体的評価 を受けた場合 には、その新 しい行為が、五年以下の刑であるならば、五年 までの懲役 に、新 しい行為が、 この刑の加重な しに、重罪である場合 には、一五年 までの懲役が言渡 され得 る。 刑の加重 は、二つの前置の有罪判決が、重罪 または故意の軽罪 についてなされた ものであ り、そ し て、そのそれぞれが、死刑、懲役、 または、六 ケ月以上の禁鋼 にあたることを前提 とする。 ある者が少な くとも、三つの故意行為 をな し、そ して、彼が、危険な常習犯罪人である という、行為の全体的評価 を受けた場合には、裁判所 は、個々の行為 について、例 え、第 一項で、上述 した前提が満たされない場合 にも、刑 を加重することがで きる。 前の判決は、判決の開始 と、次の行為 との間に、五年以上経過 している場合 には、考慮 されない。有効 に判決 されない前の行為は、それ と、次の行為 との間に、五年以上が経過 している場合 には、考慮 されない。期 間には、行為者が、自由刑 を受刑 していた時間、ま たは、公規則 によって施設 に拘禁 されていた時間は、算入 されない。外 国の有罪判決は、 罰せ られた行為が、 ドイツの法律 によって も、やは り重罪、または、故意の軽罪である場 合には、国内の有罪判決 と同等である。 四二条e
、ある者が、二十条a
で、危険な常習犯罪人 として、有罪判決 を受けた場合 に は、公共の安全が必要 としている場合には、刑罰 と並 んで、保安監置 を命ず ることがで き る。 Ⅰ 常習犯罪人1 常習性の概念 J 常習性は、我々にとって、人間の活動の基礎 として現われる。 その本質は、従 って、行 為の起源の認識か ら、解明 されるであろう。 その際、意思、または、意識の関与 な しにな される行為は、- 特 に、反射行為- 、考察か ら除外 される。 なぜ ならば、それ らの行 為 にあっては、人間は、単 に、因果系列の客体 として現われるか らである。 行為が意思活 動である限 りにおいてのみ、 この研究の対象 となる。 個々の意思行為の前提 は、思考過程である。活動す る人間の精神 は、近い、 または、遠 い将来 に横 たわる現象、 または、結果の表象 と絶たれることな く、営 まれている。 表象 には、それが、一般 に、内容的に、思考の本質 との関係で欠かせ ない限 りにおいて、 その現在の感情の状態か らして、快、または不快 にいろどられた感情が結びついている。 その感情は、表象 された ものの実現 を促 し、 または、それか ら離れてゆ く。 しか し、行為 あるいは、不行為 についての決断は、いつ も、単 に、 この感情の方向に従 っているのでは ない。 最初の表象の作用 によって、決定がなされた場合、意思が行為 になる。 しか し、この際、表象の感情的評価の、個 々人における差異 に、 さらに、多 くの ことが らが影響す る。 素質、個 々人の環境、教育経験である。 これ らは、すべて、絶 えず、一定 の精神的形成 に作用 しているのである。 これ らを通 して、次第に、行為、特 に、外界の刺激 に対する反作用は、偶然 に しぼ られ な くなる。 そ して、また、次第に、意思決定 についての、理解 に基づいた熟慮の影響 は、 可能な限 り、少 な くなってゆ くだろう。 意識の視野 に現われて くる表象の評価 について、 「支配的になった感情形態
」
が決定的 となる。 しか し、 この ように して成立する行為 を、 性向行為 (Neigungshandlung)と名付 けるな らば、 ここでは、まだ、表象 と、そ して、 反対表象の役割が、その本質において侵害 されないで残 っているとい うことによって、常 習性 に従 った行為か ら区別 されるのである。常習的行為 (Gewohnheitsm坤igenTun)は、性向行為 において よりは、意思形成 につ いての、偶然的な影響 は、ず っと強 く押 し戻 される。 同 じ刺激が、たびたび再び現われる 場合において、意思形成が、ほぼ自動的に現われるようになる。 この状態に連 した時に、 我 々は、常習性 と呼ぶのである。 常習性は、精神構造の変更 として現われる。 常習性 とは、同 じ表象系列の繰 り返 しか ら得 られた優越 した価値 によって、同 じ最初の 表象が、再び現われた場合 には、他の、- 相当する- 意思の活動可能性 に優越す る、 それ故 に、行為 にとって決定的であるところの、意思の方向である。
2
犯罪的常習性 すべ ての、刑罰威嚇 によって導かれた抑制が、繰 り返 しによって押 し除けられた場合で団藤重光博士の学説の検討 (馬場) ある。
3
常習犯罪人の概念の展開 ヴァ-ルベルクは常習犯罪人 と機会犯罪人 とを対置 し、各個別の犯罪構成要件 に立 ち入 って解明 した。 4 -九三三年 ・十一 ・二四法 における、常習犯罪人の概念これ まで、刑法学 は、さまざまな方法で、慢性 的犯罪者 (chronischeVerbrecher)に 対する有効 な闘いを可能にするために努めて きた。 民族社会主義刑法の支配的思想は、犯罪的侵害者 に対する、民族共同体の保護であ り、 刑法典は、法侵害者の "マグナ ・カルタ"ではない。 この法律 において使用 されている "常習犯罪人" とい う概念は、すべ ての慢性的犯罪者 を含む、 とい うことが言われるのである。 5 常習犯罪人の内的メルク`マール- 犯罪への準備-犯罪への準備 こそが、行為者 を、内的に、常習犯罪人 として特徴づけるものであるとい える。 この法律 においては、常習性は、 1及 び2で述べた本来の常習性 よりもより広 く把 えら れた概念である。財産犯罪人、風俗犯罪人、粗暴犯罪人は もちろんのこと、慢性的な政治 犯罪人 も、この法律の意味 における常習犯罪人である。 Ⅲ 危険性 6 危険性の概念 7 切迫する侵害
8
侵害の切迫 9 行為の全体的評価 結論 法 を被 る者は、次の場合 に、危険な常習犯罪人である。すなわち、彼 によって、少な く とも三回なされた、- 法律的には、 もっと詳 しく規定 されているが、- 重罪、 または 故意の軽罪か ら、彼が、特 に重い、あるいは、特 に迅速 に連続する重罪、または、故意の 軽罪 をなす に適す るとい うことで、国家 によって保護 される利益 に対 して、注 目すべ き脅 威である同 じ内面的準備か ら、 これ らの行為 をな した ということが、推定 される場合であ る。 注 ・・
-(1)団藤重光 「我が心の旅路」2001年 有斐 閣 (2)馬場 昭夫 「1933年11月24日法 における危険 な常習犯罪人の概念」(「刑法学入門」1996年慶友社 所収) (3)団藤重光 「我が心の旅路」2001年 有斐 閣(4)大塚仁編 「新刑事政策入門」1995年 青林書院 (5) 日本刑法学会 「刑法講座3」1963年 有斐 閣 所収 平野龍一 「刑法の基礎」1966年 東京大学 出版会 所収 (6)内藤謙 「刑法原論」1997年 岩波書店 (7)馬場昭夫 「刑法学入門」1996年 慶友社所収 (8)同上 所収 (9)詳 しくは上記 「刑法学入門