支那の商業及び商慣習-香川大学学術情報リポジトリ

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全文

(1)

今次支部事攣勃饗してから忙に五年、我が勇敢怒る皇軍は陰に渥に将叉姦に赫ふ七る戦果を塵げ、既に支那大

は し が き 支那商人糸賀 支那商業の種蝮 組織別による穣緑 井別、による種類 罫耕について 商 業 帆・腰 骨 舘 公 公 議′骨 支那商慣習 安 富

第十山へ怨 第 仙 凱

東都の商藩及び商慣習

し′ が 普

ーl↓ .‖H ︵三六︶ 三大

(2)

のである。 支那の鴻鵠及簡慣習 陛の筑紫都市は殆んど我が軍の高藤するとこ謁となり、漸支那建設のエ作は清k鸞和されつゝあ牒が、頑迷なる 鼠隊政麻ば煎ら第三図の按働により今日倫執拗に抗戦をつゞ 戦に入り、戦は何時果てるとも見えず、〓万叉太平畔の曙漸ぺ高からん上して曙等倍迷、今や支那事嬰の解決 粛おろか、戦は更に太平洋上に波及せんとして、束洋の天魔は畦に海に一大波瀾を捲き起さゞれば己まざるの形 勢尤あり、平和の曙光は近き将釆に於ては到底見るこ七難き秋賂にある。 然し乍ら新党邦に於ては既に浬精衛覧届とサる中央政府は昨年川月南京に成立し、爾来今日に至るまで約山 ヶ年政府の基礎やうやく堅く、内政に外交に着々新政鴛を驚行して﹂激安郵建設は榊より、東洋学和確立の為に 我が圃に協力しつ∼透るは拘に嘗ばしいことゝ云はねばならない。更に昨年十〟月三十日、我が阿部金権との間 に目安基本條約が締結され、鼓に日本が始めて正式に南京政府を承認すると共に冒浦安三問の碑痍が明秘に規定 ㌢る1に至つたことは、何と云ってもこの啓欒魔理の上に∵歩を進めたものといふことが出来るU・ 條約の内容は大鰐近衛壁明の三原則、即ち善隣友好、共同防共、経済聴揚がその中心となつてゐることは申す 進もないが善隣友好、共同防共については暫く招き、単に経済提携について冨へば、先づ日立両断は長短祁抑ひ 有無相通づるの趣旨に則り﹂平等互意の原則に基いて緊密な捉紛をなすことを約成すると共に、特に設置及び華 北に於ける特殊資源、就中、圃防に必翠なる埋蔵資源の開塵については雨圃が互に協力することを約束してゐる ︵三七︶ 三七

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︵三八︶ 三八 第+六稔 第 ﹁洗 日支雨間の経碑縫挽は南開の生存上組封に必要であ、る。しかしその賛現は仲々容易ならぎる為のがある。殊に 支那に於ては今伺戦争が紛行中であり、而も我が軍の占領地区内と雄藩治安の確保未だ充分でない今日の状態に あつて瞥その驚現空風困難であらトこと欄想像に難くないが、東亜新秩序建設の馬には罷鍵を排してこれ▲が 一 驚現を′閲られぼならない。現に我が軍は∵万に於て戦率を途行し乍ら∵方に於ては文凡有る困難を聯険し、幾 多の犠牲を彿ひっゝ資源開蟹に努力しっゝ透るのである。今後治安の漸次快復するに従ひ、冒発の贋臍桶係は益 々密接の度を加へ、級我め貿易む∵盾盛んに行はれるセぁトつし、又大陸に渡って直感商柴に従事す牒ものも年 と′共に多きを加へるでるらう。その何れにしても刑事は支那購倍の属衆である㌣それん1民族の興るに従って、 嘗.た民族精紳や民族性を有しで居り、叉風俗、習慣の上に於ても大分攣った鮎が畿見され怒藩から﹁郷に入 っては郷に従へ﹂といふことがある。やはト文部人を相手に仕事をする玖には、どうしても支那及び支那人を知 る乙とが何よ車必要なこ占である。殊に支那人と貿易し、或は支那に於て商業に従事せんとする鳥のは、どうし ても級等倦統されて来た習慣哲知悉しそれに封臆するtとが必要である。 常に支那本土に於てのみならず、今日所謂東亜共栄周内に含まるべき彿印、春闘、或は蘭即諾島に於ても、支 那廉粛、隔痩地方より移住せる華僑は其激数百濁敵勢し、其の他方に於ける腐植は殆んど彼等の手中にありと云 っても婆百でなく、而む彼等は支那本土に於けると何棟の帝柴瀞織を有し、叉同様の商慣習によるもめが多いか ら、賭釆我々が南洋方面に畿展を志す場合でも、こ鱒う彼等の商業軸繚や商慣習について知って鑑くことは必野

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.なこと1思ふC 商尭﹂商業習慣といつても千差酷別、夫々南勢の種類に守り、叉地方にjト′て典つては通るが、大腰都市に於 て行はるゝ共通程ものについて、その概略を記して御参考に供しヤⅧいと思ふ。

支、琳帝人気\芦

・・J 安郵商人遭義人である以上表文郡人の有する梅暦を宥することほ言を侯たないが、こ、では只単に十般的 な支那商人の泉質について述べ、併せて地方商人の特色について準ぺる土と1する。 受郵に於ける商業の起濾は速く締盟の普に透りと云はれ、已′に商、周、の時代に於ては邪魔盛んとなつてゐたが、 蕗廟海外との交通が閃けてよ町、商糞の費達見るべきものなで、迭に欧米兜進囲と伍して世界商戦に立ち打ち出 釆なかった所以についではJこれを各方面から観察出来るが、準づその第∵は御といつてや氷年そ打棒統的政策 、ン. ′ とんて採り乗つに畢幾抑繭の政党にあるこせは何人も香淀すること.の出来ない専管である。即ち支部は苗よト以 壁止観を以て開打大本とし・色絵自足経済政策によつて釆た関係上、農柴を勢励し、農奇骨聾するに反し、山方 ′ 南米を、四民の放下位に暦きたることを以てしても明かなる如くい古来安部に於ては︵我が固も同じだったが︶腐 を贈むろ風習が行はれ、これが商兼の蟄達を阻害する有力なる辟凶と克ってかる。しかし乍ら、彼等支部人は先 天的に商薬園民とも云ふべく、商柴上﹁威喝僻の長所を有んい商機を風るに敏、点侍臍備には妙∵叉懸引に抜目 − 郊支の商業及商慣習 ︵三九︶ 三九

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ほれてゐるので、借用取引の兼風意外に堅く、国家としては常に財政的窮乏といふ隣むべき欺態にあるに反し、

個人としては天質富商到る魔に存在し、所謂地方の財閥に至りてな、亘馬の富を赦するもの多く、その勢力賛に

侮り経きものがある。磯に海外に於ける華僑の大部分は商業に徒事し、≠放散年番梢不振の状態にあうとは云へ、

彼等の経済的勢力は偽ほ牢乎と←て披くべからざるものあることは世人周知臥牽とである。

支那人は地方に依って共役能を異にし、各地夫々特殊の性能、技術を有してゐるものが多い。

川酉人はその地勢上山が多く、地味が摺薄で、大部分高原地帯となつて

の念狽く、﹃・老西兇▼玲命、不輪財﹄といふ接があ冶如く・金餞を愛するノこと生命に於けるが如く、冷静寄

琴に患って情腎に拘泥せす、ノ銀行家若くは質共著たるに適してゐる。殊に彼等は数日年間の力行節約によつて、

鹿へた資財を以て、各地に藁紙即ち箆魯鈍行を設立し、支那内地に於ける蔑称寄柴を礪ぶした。′北支那、端洲等

に於ける銀行や質屋の、支配人及び使用人中には山西省出身に係るものが頗る多く、英霊挽が革命兵乱によつて

安寧空揚讃するまでは、支那耗臍界に〟大勢力を為してゐた。

之に次ぐも秒は駅東人である。皮東、人は夙に航海柴に稚萌し∵唐栄藤代から外樹人と交渉することが久しかつ

だ馬放も海外事情に藩じ、その性質象快敏捷にしで互額の資本を造伸して、商機を捕捉するに巧妙であ■つて頗る

第十六容 第 山 批 のない鮎なと到底地図人の及ばないところである。

しかも貨殖の遣に巧みに、能く零細な財を鋳みヾ勤勉にして困苦に堪へ、且叉帝人問に山積の習慣的制裁が行

︵四〇︶ 四〇

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封外審菓の経営に過してゐる。従、づて疲等は外圃貿易商及び外囲商飽の買断として各開港場に於て雄飛するのみ ならず、其労働者尤於て㌃汽船の水方、胎裏及び機械工場の職工として所動する者が多いⅥで、締切の宋迄は山 門人せ相並んで支部経済界の二大勢力と呼ばれてゐた。 寧汲吠も亦古楽海運梁に徒事し、十六≠紀の頓葡萄牙人と澱易し、′殊に上海開港以来は粒々此地に移伏して外 因人と楼閣することが極めて多くなつたので、頗家人の有する技能は始んど彼等も弔してゐた。叉彼等は思慮周 密にして質朴、外観を飾るそとなく、孜々として貨殖に徒事するので、銀行家として璃皆である。之を簡単に云 へば、寧波人は廣衆人と山西人とを折菅たやケな人物で、粥朝時代に於て廣東、山西両者の瀾に介在して隠然 散圃をなしてゐた。 共外緻興人は預隅が洪理的に出来てゐて文筆に秀で∼居たかキ席代大小官吏の幕反、各役所の符吏と克り1 公文書斯の隠革、裁判、財政の顧問や、諸公務に従事した。山東や江北は土地凝滞、加ふるに水音が多いので、 此等の地方人は各地に出稼を試み、清洲地方に於ける力役とか、宣海に於ける下級の労働に徒事してゐる。北京 について之を見るに、水汲人は山東人で、俳俊は安徽人多く、銀行家は川西人、裁縫師は南方人であると云って 過言でない。 聾するに、その何れの地方の商人たると、叉何れの商業に従事するとを間はす、彼奪商人は商業場袖にありて は撥智縦横常に胸中成算を赦して従容tレて迫らず、訪越にして政交的、嘉するに射利の念琴ど竃もないやう 支那の商業及商慣習 ︵四こ 四叫

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に見えても仲々抜け目のないのが彼等商人である。 しかし∵方彼等商人軋合に於では厳塵な制裁規紆があサ、これが舷格に行はれ、相互能く情誼を重んじ、共同 の利益を陶って祁犯すことなく、互に棚惰り相助けて共存共栄の賓を轟げてゐる鮎は何といつても彼等寛郡人の 長柄といへやう。かくてこそ彼等は何等本国の供述を受けず、〟方絶えず異民族の墜迫を受けながらサ今日瀬兇 の各地にあつて商業に従癒し﹂大いに成功を収めてゐる所以であト、商索敵の枚を以て常に刑隋れんとしつ∼あ る我が海外にかる商人の東風とは全都その趣を輿点するものである。

支部商 業 の 種 類

支部に古くから三空ハ十行といふ語が徹る。﹁行﹂は前頭といふ意菅あるか・ら、即ち三百六十桂の商柴窒息昧 するものであるが、必ずしも厳密に三空ハ十嘩の南米があつたといふ意味でなく、唯多くの櫨類があつにといふ こどを表は心.蓋⋮に過ぎない。兜挙﹂の﹁行﹂といふ字は支那では問屋といふ意味であるが、藩は我が蘭でもか ぅであつたやうに、同校の商愛人が町の∵定の地域に東つて営業をやってゐたもので、即ち何明筋は央服屋許り といつ七風に、同じ南米を営むものが軒を並べてゐたことから、このコ列﹂﹁並び﹂といふ意味から柑じて大き 写商店といふ意味に野化し芸で雪。\我乍が日常使用する銀行、洋行花どの↓行﹂重しの意であり、銀行は金 融を掌る店、洋行は支那尤於て細鼓する外囲の商館といふ意味であそ ● 第十大巻 第 ノ山 際 j ︵四二︶ 四二 ●ト

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翠撃二望ハ十踵はないにして⑥≠の中が復雅になれば

が問で営まれてゐる面責だけについて云っても、これを仔細に分顆すれ牒魔分癒し■い数に上る五あらトc今此等

の執心い南米につい三庚説明することを避けるが、支那忙於ける蹄葉音組痕形態の上から分類すれば次の囲租

とな

個人辟螢は何れの園に於ても大した相違はないからこゝやは省略する。

組織別▲による種類

公司組織人合致組織︶

支那に合致組練の入つて釆たのは我固よりは古く、其竃滋については英樹人の支那に於ける禽放縦常に倣った

もαである。▲例の贋泉質易に従事した英闊王の特許食紅、象印度貿易合祀が﹁公司﹂と栴へたのに始まるものと

考へられてゐる。然るに現今文部に於ては固有の倉移︵組合︶組織による

七しては偶人営業に勤してすち此の名栴を呼ぶものがある。

然し前線末の光緒二十九年︵山九〇三年︶欽定大酒商律が出釆、その公司律人‖本の愈赦法に雷る︶に於て初 めて法律上の用語となつにので、其0第山條には単に﹁湊二集資本義挙賀易義一琴−公司∴其分=川野、∴

合資公司二、合資有牒公司三、股伶公司四、股伶有限公司﹂とのみ規足し、公司そのものヽ定義に於て法人とも

∴支那の商業及商慣習二 ︵四三︶四三

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陶礪と旦首はーず、其他の摺卯頓る漠然にるものであつた。 次で草食後の民野二年︵〟九〟四年︶北京政府公布の公司條例に於ては、其の第〟備に﹁本傭桝レ稲公司、謂下 以=裔行焉−鵠レ柴、﹂∵而設立之同額上﹂と規定するに及んで、頗る明瞭となつた。斯くして公司は法人であれ、而し て外囲人も亦支那洪の下に公司と関係し得ふ々以て、支那人と外閑人の関係する支部法人とは判然罷則し得、従 って外周人と雄も支部故に邁壊して公司を組織し、支那各地に於て寄発を経営し得ることに花ったのである。 斯くして十数年を経過したが、囲民政府成立するに及んで、同民樹下八年\︵一九二九年︶十二月二十六日新に 公紺準盲二‡三保を公布した。然しその第二憤に﹁本法に公称と栴するは営利を以て目的と為し設立したる固 餞七謂ふ﹂と骨ひ、第三條に、﹁公房は法人とす﹂と濁足しにすのみならず、 民問三年の公司待と同様である。即ち﹁公司を分ちて閤踵と為し﹂︵第二條︶、先の如く別けてゐるっ 二∴華限公司︵日本の商法上の合名合計に潜る︶ 二二岡倉公司︵合資愈敢︶ 三∵股伶有限公司︵株式合敢︶ 川、股珍聞合公司︵株式合資禽敢︶ 叫 第十六合 第 血 猷 ︵四閏︶ 四囲

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︵こ 無限公司の設立には股卑︵株主︶二名以上あゃ合同して単程︵建欺︶を作成、署名捺印し、各人各ご廼を 所持することを要す。︵酪十二條︶ 笠︶ 開合公司は無限安住股東と有限責任股東とを以て之を組織す。有限安住股東は出資先顆を以て限度上し公 \ 司に封し空風を負ふ。︵第七十傑︶ ︵囲︶ 股伶開合公司の股塊は少くも﹂人無限安住を負ふものあそjとを要す。︵第二百十六億︶ 叉′隊扮︵出資路分り意にして、H本の合資食紅の就農の持分、株式骨融の株式等執れも此名種を用ふ︶に就て

般僚有限公司の資本成股藤に分つことを聾し、毎股扮の金額は〓伴なるべく、二十園より少きことを得す、仰仙

時に金額を彿込むべき場合は十園を以三股︵で株︶と為すことを待と定められてゐる。元氷支那同有の合彩︵組 合︶組織等の慣習上、分割彿込制度に慣熟せず、従ってかゝる場合は動もすれば警固擁込を為せば己に義務を

了し㌍かの如く考へ、ノ残額梯込の意思などの毛頭存せざる場合も㊦り、且硯鹿の敢禽鮭鱗状態よりして額面五十

元以上と稲するが如き多額を規定するよhソヰb寧ろ畢冗、十元の少額を認むるを可とすとの議論も従来行はれ来れ

るより、却言此の新公司法に於て有朋如き少額霊冨ることとなつたものと思はれ諸。

臥上文部の合歓組織についてその概要を述べたが、文部に於てぬ由釆合祀組級の企賂形儲はその費達遅々とし

て進まず、従って大資本を擁する大規模の企艶の麗ら甘いのは嘗然である仇竜邪産菓の振はない原因もその〟つ

︵盲目股伶有限公司は七人以上の教起あることを要す。︵算八十八傑︺ 支那の商業及商慣習 ︵四五︶ 四五

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第十六容 第 叫 離 ︵四六︶ 四六 はこの愈敵組絨の静達しないことに の有力甘〟つの原閃と見るべきものは、.何と云っても文部は元来農菜園で資本の苔税が乏しく、思念観組級の不 敬速から企業資金を求めることが容易でない。叉資産を宿し投資を試みん上するものも比較的安全なか倉移組織 に投資する傾向あること。その琴一の原因としては、ノ支那は極端に個人主義の教法してゐる園であ牒から、公司 腔螢に富る庫役は﹁阻に公共心に乏しく責任観念薄く、往々にして私利不華を澄み、然ちぎる者は、その才能が / 概して大規模の経営に適しないこと。叉企業の黎警官ヱ般に公共心を有せす上下共に私利を陶る風習があるこ と。受止史上れは単に敢眉採用め時許りではない、骨盤の場合も同じことであるが、支那の苗くからの琴い風習 どし\て、〟つの愈敢なり、役所なりを自分の〟族郎箆、親戚知己で以て固めやうと計る慣習が行はれてゐる。例 へば或る禽敢の放鳥は殆訪どその称苦親戚終着許長かるといつ苦とが畢気で行はれてゐる。七れは二万に は犬褒美しいところもあるが、叉これが非常に大き常凝寄を作る原因と骨る。即ち彼等は自分の地位に泰然とし てゐる閥係上京に嘉寄せず、仕審の能率なtについても考へす、高給を篭って遊ん甘ゐる、時宜は共同して惑乱 ダ働くヰいつたことが往々あ㌔これ等が合祀の帝達を防げ、表からも歓迎されない掛囚となつてゐる。 合移組織︵組合組紐︶ 合彩は支那に於ては瀬も蟄適せる企業形態で、別に合股、述財等とも解せられ、・首本の組合に相常するもので 外囲人はこれをパ−トナーシップと詳して︼ゐる。即与二八以上の者が、夫々その財力に應じで出資契約針鼠め、

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剤ひるものがある。 食彫釦級の股東︵出資者︶、は原則としては無限貴任である.ペきでが、併しその程度は政府公司條例による無限 公司の配点が無限に連帯箕任を負ふものとは興り、壷に眉己の線分に應じて各出螢者が永久に無限の安住を負ふ に止まり、従って自己の輩任藍芸すれば→羞僅は解除されること1なつて臥る勘 合彩組織の螢吏は普通我が圃の支配人に想写る経理によっ七開始されるが、経理はその股東担螢膚の中から 選ばれることもあるが、或は有能練達の士骨牌してやらせることもある。股阻の多くは自ら業務の執行濱となる ノ ことを欲しないのが常である。この経理には出資者吼紺織し美事柴人新心く脾用される者と、由ら蟄超人として 出資者を勧誘して霊夢成立さ.せるものとがある′。後者の場合には経理は贋衷を粂ねることゝな告経理以外の 店良には潮鮭埋、彩計、小野畢彼等があ2しれを彩友と科する。副経理は副支配人、彩計は勒謂手代、小脳闇 彩計の見習、癖従は年期奉公の丁稚小恰である。支那では今日も侍従凝制度が行はれ、徒弟期間は普通三筒年、 仲 この期間を拳徒といひ、年期が経ると淵次小形から彩計と昇進する。ニの制度は箪.に合灘紳織のみならす偶人組 織に於ても同じことである、これ等使用人に封しては年度末に紅利︵利益金の内から幾分を奨励金として分配さ 々協記.其々公記、某欠食記等とみるは絶てこめ合彩組織脅意味する転がで凍るが、、時としては公司なる名栴を 類、螢濃の場朋なども明かにされてゐる。かくて螢菜は闇始されるが支部の商店又は製造染潜の招牌︵看板︶に茶 議療︵契約紆啓︶を作製してそれには出資の額を胡記し、更に利益金分配方法、及硬限、暖離︵字既︶、営業の種 支那の商薬及簡恨習 β ︵四七︶ 凹セ ′

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第十大巻 第一挑 鶴 ︵四八︶ 四八 れるもの︶を輿へ、これ歓通常花.紅と稲する﹁而して?こ切倉移の持分を股扮と解し、′総て線分は一時に彿込む ことを原則とす告この股扮は必ずしも現金を以て彿込まれず、商品或ほ動産に上一って沸込まれる場合がある。 成宜した合彩を解散す各時宜は出資者金牌の決議によつて驚行せられ、叉出資者申の山人が脱退しやうとすれば ・その線分を他人に試技し、出資者合議の承認を経て股過することが出水る。股凍は前述の通り薬捗の執行者でな いことが普通であるが、合彩事故の外部に封する安住に関しては、その持分の顔に應じて按分して永久に無限、の 責任を負ふ習慣がある。従って、資本の多寡によら湾世間はその出敵者の顔爛れ如何によつて番業の借用掛庶 を測定するのである。 合彩企業観披の決算望遠懲暦盃月元旦から十二月束甘に至る聞を螢柴年度とするが、或は創立常時の規定に ょっで、開発の円から起算して溝十箇年哲螢柴年度とすることが雪。帳簿は必ずしも姦しだが、牒末には 小結、璃中には紅脹、仲秋に敬服と科して、小決算を行ひ、年度凍に大給と科して、拐ハ企結算を行ふ。 叉利益分配の方法として音別、紅利の償別がある。官利どは即ち公約配営倉の意にして常葉の損益に拘らず、 公約の率に従ひ出資者に配督する利息をいふ。つま句法党利チのことで、常葉上利ハ瀧あり、上の中よわ藷の費用 官利を支彿って偽飴剰金があれば、更にこれを出資者に配肝イる〆これを紅利又は敏利といふ。店員のボ・−ナス もこの紅利の中から支挽はれる。/ 合 桝 紳 織

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適例性質を異にする二佃以上のものが、一番業に射し共同出窓多良し∵寒河して草葉を経藤する組織である。 例へば支部で、政府と商属との共同経常番柴を官商合餅と科し、支那官憲と外囲資本家との共同経常を管外合桝 と富ひ、支部人と外周人とのそれは中外合鮮と云ふの斯でぁる。 葡此の外に、酪に営業をなしてゐる二偶成は二欄以上の寄紫衣が瓢箪を避け、有利なる成拉を車ぐるを目的と 叫、んて現状のま1共同僻合して常葉する合餅の例もめ牒が、これは山鮮の﹁カルテル﹂に類したものである。 ∴合潮組織は狭義の商業にはその例が少いけれども、著し支部の小商人が、邦人乃卓外国人と共同出資して常葉 ル + す&者をも合桝と補すペしとせば.普通所謂狭義の商業にも、その﹀例が全然無いセはない、併し大低は繊道、■鋳 出、銀行乃至工場経常などの、謂はゞ大資本、犬楓模の事業に於て多く行はるゝやこノである。

業 別 による 種 類

支部濫は前にも述べし如く、苗埜二官六十行と科せられた粗、前菜の税額は極めて多い。即ら小ほ道路開巻に 露店を開いて顧客哲呼ぶものよう、大は堂々たる店舗を構ぺ金色燦然王る招牌を掲げて内外の商品を陳列す名大 商店に至るまで、同じ窄贋紫︵小安葉︶といつても色々あることは我が囲も同じでめる。この外、主として却蛍 を激す批葎衆又は生産者と商人と商人との問に立って交易の痍介哲なす′媒介薬等があ怒外囲との通商以来漸次 新式の商菓が試みられ、首貸店、倍託紫、取引桝等も成立七企菜の閲組む漸次公司組緻の行はれるやうになつ たことは己に述べた通りである。 支那の南米及商憤習 ︵四九︶ 四九

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妄○︶ 五〇

第十六巻 蕃一磯

小碧南卸費商に就て哲﹂1に漁明を質しないが、媒介薬には軽々るって、単に安男の周旋を揺すも伊を中人ま

たは嫡客といひ、他人に代って薫風を行ふ藩を牙行と栴する。

支部の商法︵商人通例、公司條例︶は列車主義によつて宣託十七種の螢葉をあげてゐる。

安買染、貿貸染、製造栄或は加工米、周東瓦斯或ほ水道の供給染、路版菜、印刷染、銀行業、繭替業或は金貸

栄−信託薬、作菓或は労務の請負栄、湯屋々設けて客七集むる琴志摩染、.保険業、遥遠菜、運送論負柴、ガ

行、仲立柴、代理薬。

我が周の店舗は金物屋、呉服屋の如ト、多くは何々屋、、伺還と宴く捻店憲急叩ひて呼んでゐるが、蓑に於

ては商栄の櫨類によつて夫々稀呼を異にしてゐる。儲令同じ商品を扱ひながらも、大小の別、問屋せ小労り、場

所の靡靡笹どで、∵偏の宿呼が攣ってゐる。例へば同じ畏服店にしても鯛綬舗といへば普通の呉服屋、これが鋼鍛

警か腰琵崇宣阜芸服店となり、.甜綬行は歳問屋といケ1とに警。その他蔑に於ては商栄の賃、

性感、奈ぎ茂って店、橡、廠、局、蘭、餞へ囲ぃ検品ヾ灘箋を用認ゐ名言その主望ものを撃ぐ∴

れば次旬如し。

−儒を附す㌃もの

比校的小規模の商店をいふ月

順儲錦蒜鍛舗︵呉服屋︶∵布野太物屋︶遠衣儲︵仕山億︶、群衆蘭︵骨髄店︶、帽舗、裸子舗︵靴逼迫願蒼︶

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樗披︵倉頗菓で仲買人の性質があ軒、資財の山儲異仲買をも扱ひ、手数料を取る︶。 銀競︵儀式の銀行︶ ︵主︶ 荘を附すかも.の

比較的大規模な商店をいふ。

鍛荘︵緒手店︶、洋嚢痕︵洋品店︸、筆勢肉荘、飯璧料理屋︶、茶荘︵茶の間屋︶、皮莞毛皮問屋︶

支部の薯式金融横網の代表的のもので、同業組合に加入せる組織比較的完全にして資本額の多きものを餞荘

銀荘、銀蘭と呼び、陣菓組合に加入せざか小規模のものを餞舗、錦店と云ふっ餞荘の最も大きいるのを歴剖

荘ハ次が排打、その次が零允といふ○営業は海金、ノ貸付、無記名式釣果手形′の奇行、これを荘業といふ。僑

手形の割引両港、償衛の投機安男などを扱ふ一か

︵二︺ 汝を附するもの 票 洒舗1常舗︵恩屋︶、猪肉舗︵豚肉屋︶ 儲︵帝類の製造版貸︶、療野樋灯屋︶、煤舗︵石衣小蛍暫、鐘組舗︵時計店︶㌧裸糊舗︵義兵屋︶、瓢心舗︵英子屋︶ 倍衣舗︵古着屋︶、洗衣舗︵沈慧︶、率舗︵漠姦層商︶、癒貸舗、啓鋪、畠晩鋪︵基店︶、潜貨紺︵湯商︶、館 、 受那の商業及商懐習 ︵五〇 五一

(17)

︵囚︶店を附するもの 蛋店︵毛富︶、痴栗木綿商︶、棉花店、漂店︵毛糸店︶∵鞋靴店︵靴屋︶、南北貨店︵南北嘉物欝取扱ふ 店で南貸店V北貸店と分れて∵ゐるものが多い。又隣東物産藍蛋する店を威儀店といふ︶ 蛮店、翳店︵給具店︶、紙店、甫驚、芸店︵金物店︶、毅璃店︵ガラ云商︶、磁器店、竃店︵警家鴨姦 資す富店︶、慧店︵米、簑商︶、客店︵宿屋︶、泳漆店︵塗物屋︶妄骨奨穿と軟骨晶商︶、 ︵五︶ 行を附るもの 過載行︵回漕店︶ヽ

銀行、報閲行︵蒔開成は税攣通常る手緩の=撃ぞ代行し、琵豊替へ、聾への積み卸しから倉庫保管

ま.でやる︶。汽車行︵タイて菓︶、酷腺行︵豚肉煉続開屋︶

牙行とは、盲にし芸へは姦の問屋で浦洲等で簑行家、中部支郵で薯桟等と柄し、行櫻は普通食庫

警乗ねてゐる。牙行の螢柴は客商の為に眉己の各を以て賓亮ひ、“忘の争磯料晶姦発言る、然ら

ば客商とは何かといふに∴′土常せぜる地方商人芸ひ∵しれ等還商は眉己の郷菜らその立替ぢ選輸し兼

算十六審 第一、渋 支那国内為替を本栄としト預金貸付なせの銀行乗務を袋ね匪允荘ともいふ。 \\ ︵五二︶ 五二

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って。れを市場に貰却し、更に所要の曹夢仕入れてこれを郷単に静へ讐﹁﹂とセ目的守るものである。.従 って彼等は同郷人の経常する牙行の周旋仲介によつで資質を行ふ牒のである。即ち牙行は客商の依託を受け√で 自己の名にによつて棄賢を行ひ、代金の取立、貸物の還送又は取次ぎ、通関の手揖、税金の代納、或は倉席㌢ 備へて貨物を保管し、或は容姿を設けて客商を隠泊せしむる等親てこれを行ふ。これに封する桐愈︵手数料或 濾日銀︶ノ握地方によつ、て叉商品によ?で姦し率いが、大閤資上金の二パーせント内外を普通とし、多くの場. 合資辛がこの偶金を支彿ふものである。 容商は太低同郷人の鮭皆の牙行に投宿し、客商は同郷人軌以で圃髄を組織して、這の牙行に取引するを通 例どする。従って牙行と客商の紺係は頗計親密で、ある。而しでこれ等同郷容商の囲餞を客智といふ。 滴方香港、漠門附近には光入行又は平場館平礁行と呼び、叉南北行といつて九八行とは幾分督柴上の差異の あるものもある。 ︵六︶′腐を附す名もの 撤ば元来上場といふ意味を有す.る。 汽軍廠︵自動車製造或は修繕工場から、自動車版愛など盈も営む︶、疲廠︵石狭問屋︶、革廠︵各級の革製逢坂費 柴︶、′紡紗廠︵紡績土場︶ ︵七︶ 局訂附するもの 支那め商業及商慣習 ︵五三︶ 五三

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娘局︵道董と保険誓書す告ので、陸賢物姦る際、この店ぺ綴んで匪賊の警免れる保険で、この J店の紅い示瞥限につくところへ嘗1行けば、告で匪賊に静はれることはないといふのは店と匪賊との問

に了解がついてゐる︶。賓局︵慧︶、′東局︵慧︶、警︵襲撃等柴︶、警︵葦場︶、果局︵果物藤︶、

局︵装身具販賛店で・首飾梯、骨飾店と旦式ひ、指輪、常飾、腕輪冤どを商ふ︶。 ︵八︶ 館を附するもの 飯館︵粁理屋︶、戯館︵劇場︶、照像館︵籍虞館︶†報飴︵儲祀︶イ書館︵講談師の寄席蒜讐謂ふことあヱ、健 賢阿片吸飲所︶、雑変館︵手品師や其他の蟄人の塾を見たり聞小たぃす各寄席︶ 茶 ′館︵喫茶店で雪が、寄合鼠禽朗にも似て′、唯蒜娯柴談笑の樺紺と彗てゐる︶。

∵︵九︶ 鼻 蔑︵製革筆護︵染物栄︶、啓開︵昧幣醤油教護貸柴︶・操塘︵湯屋︶、菜匪ハ青物商︶、茶園︵姦の寄席 でそこで茶哲飲み祭ら、表に大勢の人が脅し、醜談を聞い号音艶を聞いだトける所︶

鼠 靡 に つ い て

買桝ば欧米人はへ︵C音p−adOr3と呼ん芸るがヾ支那に於ける礪特のものセその機能は外聞商人に代って 第十六番 第 劇 班 ︵玉田︶ 五四

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支那人との小切の商取引に任雷鳥で、各脾慧鼠、商館内に特に十誉所有して、代金及諸舷雑費等急

啓へ之に封しで忘の手数料と利点とを得るを以て目的とする一種の仲介発とも柄すべきものである。

ね政文那にか∼る特殊なあのが教生したかとノいふに、元雑文郵は背から鎖図主義をとつで、外囲人の園内に

入る姦㌣ゐた為、常時外囲人の嘉の揺に通す音のノ殆んどなく、誓に管外警の通商貿身が行は

れるやうに恵ってからも外囲人吟問答易ば支那の圃情に過言ことが出来で・貿易㌢営む上に非常に不便を感

が出警。これが即ち農耕制度の抑々の始茎、爾粟人の嘉で通薗に馨する者は、車つ長の方法を利

廃するに至り、買財制度は非常な教達を迭げた。

併し安部晶戸開放以葬巳に八、九十年姦過し、客囲人との通商関係思復讐なると共に外閑人の支部の

蔑に通学る者も増加し、鼠義尚人も外闘人と直接取引す晶も多く晋、従って買賂の必嘗減じかの

如き傾向もあるが∵しかしまだ′1買雛の勢力は大なる藩のがある。

告買雛の資格で雪が這桝ほ潜撃柄何れ豊郷人で外讐特に英警菅、女郊の商取引慣習に練

連せるのみならヰ、相皆の財力嘉し且っ.表雷に書籍用暮するもので計れば誉鳶。

前述の如く、買舞は外観人ひ経営サる商敵∵銀行、汽船曾恋等には何れも附施して、各種の外交的夢務に普

ゎ、安野の直接支配人の如き立場に在つで貨物の取引から苛力の使絞までも扱ひ、叉合計係とレての乗務もや

支那の商染及商恨習 ︵濫五︶ 五五

(21)

︵空ハ︸空ハ

第三ハ替 欝細説

る。その柴務は頗る紫経である。しかし、買緋は単なる手代の如きものでは措く、契約に従って身党保許金を

痛め、∴切妻託着たる外囲人の代理として働いでゐるのでや従つでその吸入も抄からざるものがあり、俸給と

レての笥兎、±育元は彼等の車代位抄思ので、彼等の主要なる収入は′その手数料と立替金の利子であるっ甲し

の外耗多な利得が附隠するので高級な買餅の牧入は極めて莫大尤ものであ長∴常に多数の部てを使用し、その

生計頗旦象蕃を極臥でゐる。其の大商館にあ各者は、茅年の廠人数十万薗に上るといふ。併し彼等は歴々苗

況の観測脅誤り、莫大な損失を招き破産する者も往々ある。

月餅の性質は大要以Jの如きもので暫ノ、文部に於て園滑に且つ迅速に交易を行はんとする場合大いにその

必夢窓冨るが、しかし彼等急皿んに使糊する時は徒らに彼等の樺カを増大せしめ、勤もすれば外人は買桝に

左右せらる灘と驚、豊利雷撃断せしむる綜英毒言、封支貿易振興上飴う歓迎すべきものではた。

日文貿易もこの事攣を終期として割期的な進展急ぐべ塵は明潔あるから、須く興亜の青年は永住の目的を

以で穴痙に渡り、その地方め歯糞慣習に精通し、晋儲は固よう、金融機関∵各商店の営業政引状況に至るまで

詳細に研究し、之を習得し↓ノ壕彼等と交易して何等不便を感ぜぎる迄に至ら虹ばなら禁ど思ふ。

▲■ \

南 集 団 鰻

真部には宛も欧洲申せのぞれを恩はしめるギルヂの制が畿達し耳みる。をれは安部の敢愈状勢や政治形式が

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支那の商策及商慣習

音凶禍福を共にし、相互相拭け合ひ、政府の干渉を受けす、訂治を営むこと略々宗族や刻箆に類似してゐる。ギ

愕の傘下に廃する。従って支部脊ルドは、常に職葉上の利益を像経増進せんと計るに止まらす、共同の紳を祀ト

のそれと聯合して全市の同乗的大ギルノ下を作ると同時に、同郷を基礎とする各稜のギルドが相結んで〟大同郷園

博を組赦する÷とを常とし、彼の商工発着の如きも兜づ同郷のもの相集つで同乗的小ギルドを作り、つ車で他郷 ギルドが生れたのである?東邦ギルドの特色は、郷養親念の機んな㌃とであらう。支那人は同郷の練に滑ふて園

組合々結び、互に相扶け合ふ凧が漸次盛んとなつこ。それで商工発着も亦職巣を同じうするもの相契り、こゝに

くなつたので、六朝噴から庸束に亘り、血浄のないものも利審や目的を同じやうするぶより赦免は禽と名ヂ、る

の頃知ら始まつたものであるか未だ判明レない。然し周の宗潅が蘭−。嚢へ、人々血辣のカだけでは生活が相乗克

濃密離れて異境に生を営む者にと㌔ギてが唯↓の守護神であることは云ふ迄もない。支部のギル†は、毎時

満足するのである。宗族が漸次衰へ圃家が発雷蒜に代つで之々保鼓することの出来筏い支部に於ては、殊に郷

∴花水支部人は其の宗族が繁栄し、郷寛が平和でギルドが安国であつて、鹿を楽しみ死を膵うするを得ばそれで

商人や手工葉音のギルド牒同湖囲餞の基礎の上に構成されたぅのが少くないからであ各。

してはならない。それは支部に於では郷蕊の観念洗く、到る虚で同礪の繰に滑ふてギル′ドを形づくるのみならす

下とを聯想する程、此の二づの組合が歪要戚哀れてゐるが、支部では此等の外に同郷的ギルドのあることを閑却

自然にギルドの敏速を促したものである。欧洲に於てギル乍と云へば、マーチヤシ!ギル下とタラプチギル

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︵五八︶ 五八 第十六番 第 則 紋 れドにこの職能があふから、支那人が晋無風俗の興った他郷に出七、偏狭な土産の迫害や、費慾な官紀の搾取に 封抹して生を楽しみ菜に安んじ得るのである。彼等が滅洲、蒙古、義経などの漁場の地のみならや、北は西比 利亜から㈲は馬来年島に至る他邦に移住し、土民から凡有る庸栄を奪ひ、戸口年に繁殖し、盛んに活躍しっ1あ るのは鷺はこの㌢ルドの恩凛によるところ砂からや、ぜル、ドは支部人の赦食生活に取っては極めで重要な機関と な′つてゐる。 支部個有のギルドを分つで禽館と糾する同郷閣隈、公朔と名づける経済国鰻、公議倉と解する全市商工業者の 混合的ギルイの三となすことか出席る。これ等のギル∴卜は近せに至サ、固より欧兼資本主義鮭蘭の輸入と共に大 小にその影響哲受け、或は之に改組を試み、威は外囲の制を新らルく採用したものも多い。例人ば支那政府は我 が明治三十六年に商禽即ち商栄合議朗を輸入し、強かて公議禽を之打改組せしめ、ついで公愈即ち商工同葉組合 を輸入し、公開に代へんとした。虚聞でも亦、民主的何周愈を設立し、貴族的な命館に対抗せんとした。巌洲大 蔵後、世界的思潮となサた政争王義や共産主義が文部にも入わ来り、被鷹迫階級の共同戦線として、新に工禽即 ち労働組合が生れ、中小農工商業者及び徒費眉敏糾合して、商民協禽及び貴民協倉などを創設し﹂公朗、商愈、 公命などを排斥せんとしたが今日倍固有のギルド.の制は依然として存続しでゐるのぶならや、支那の経済組織と1 し七は極めて重野な地位にあるものであること㌢忘れては 昏

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倉館に∨は官吏を主とするものとー商民を童とす&ものとの二稼があるα官吏を主とするものは、奮凶禍福藍ハ

にし、由誼を混める向郷困鰻に過ぎないから、′々阻阻蘭は簡単で通るが、商民を壷とするものは、同郷者の申に

同党のものが別に封と名づ十冬組合を形づぺるものもあるから、その組緻が俊雄で棍類も多い。

壷餞の設立は主として同郷者の誼を敦うせんとするものでぁる・から、原則とレで同郷人の愈館所在地に来任し

たも′のは、傭人たると取入たふとを問はや、その魯魚と慮るものである。豪に官吏の好きは本人の瀞思如何に拘 岬

らキ来任しにものーは禽員と見倣されで寄附金奇襲求される。勿論苦力や無税の徒は何れの場合でも令息と溜め

られぢい。脅館には夫冬規約が定められ、をの規約によつて役員が選任され重要なる案件は凡て合議の決議を僕 /ノ

っで決行される。

合館は同郷人計以て組織するが、此伺郷といふ範囲は腐る曖昧で、四川倉館とか河南愈館とか二筍計以て構域

よした′ものもあれば、天津愈館、奉天禽館などの如ぺ、議市を以で霞城よしたもの針ある。叉海外に在るもの

は支部入金鰭を網羅し、中華禽館と呼んでゐるものもある。蟄するに合点の共同の利釜を閻り、相互の誼を敦†

し、互に相軟け合ふことを以で、女本来の目的とせ牒もので稜々の寄集を経営してゐる。

禽飴は別に法律上特に規定されたものではないから、其設☆芥二足の手歴々要しないが、通常其備賽を公表す

る馬、叉愈館敷地に封し免税め恩胤ハに浴せんが馬地方官の認可脅受ける。其合点七るものは同郷又は同柴の関係

云加入を強制さるゝものではないがヾ普通自己の利省に関係サーるそとが大き心から必ず入脅するを常とする。合

支那の南米及商慣習 ︵五九︶ 五九

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〟 第十六重 罪﹂ 携 ︵六〇︶ 六〇 館は前払のノ如ぐ、同郷出身官吏の相互扶助の為に設立されてゐるものもあるが、多くは商工業者の固鰻で警〇 此等の愈館ほ其集合及諸種の附帯事業療歯の必要上這の怨物を有し、而も其建物は規模宏大﹂設備聾麗を極臥 申に劇場を有し廟を祀るむのが多い。其附帯事業の登なるものは、商工菜徒弟の養成及周旋、合点の孤児寡婦の 養育救済、傷病の施療等の■外に失菜考の救済、或は共同基地や愈邑の屍を保管する簸た稀房を設ける等事業の範 閣は極めて願い。 ︵が館には董警芳する馬に倉見の中より、葺、副薯等の役普選任し、叉庶務に管しむる為に司事 といふ書記を雇用してゐる?脅館に要する費用は、建物の改築、修億其他臨時費は倉見よりの絹鋭即ち寄附金に 依るこ七にし、鹿骨費は合頁の資力に應じ徴収しにる合資及所願財魔の貸付料等の収入に依って軸やるrナ㌻にし て.ゐる0 脅館は以上の如く同郷人を主鰻とする訂治機幽にして倉見の囲結力は極めて堅や其勢力管に侮り難きものが 透る。官憲に心て往々彼等に手をやぐことがある。例へば法規、課税其他昏意の措置が苛も彼等の利谷を俊寄す る場合等に、英国鰻的勢力営利用して之に反抗し、問題が尊大な七きには多数の愈館を糾合してこれに常るので 官憲も蓼ひ屈服せしめられることさへ屡々ある。 公 新 前にも述べし如く、公桝は商工共者の共同的利益掛進を目的として組織する同柴和合事務所藍綱ふ。併し時と 山

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匂 而んてその名稀の執れにもせよ公所は、申せ欺洲に於けるギル.ドの垂務所と見るペきもので、その内容は自適 塵義的な気分に紋如し、寧ろ営業の自由が認められつ1ある今日雷然多少の改革を必穿と弥抽められてゐたが、国 民政府は民国十八年︵山九二九年︶八月十七日工柴同業公合法十六條を公有してその依接すべ阜堺を示してゐ そ右に依れば﹁同壷域内に慮りで各種の慮皆なるエ柴又は前菜を経沓する着通均しぐ本法に掠りて同乗公倉 を設立すること㌢得﹂︵第蒜︶とあう、同じく第十五傑には﹁本法施行前よ♪存在すをエ商各漂同菜園髄はそ tヽヽヽ・︳’ の公所、行食、脅館其他の名稀々用ふるを間はす、其の趣旨の本淡琴雇に現先する所の禽館なるものは均しく 本法に・圭り設立したる同乗公舎と見傲し、並に本澄雄行徳一年以内に東浜に準接して改任せしむ﹂とあるを以で すれば、 公桝の棍類も多く∵三枚拳に退のない位であるが、各公所産にその規約を定め、これを施行せしむるの棟あ う。その規紆の内容は直々にし三/足しないが、略々類似しに形式を備へて居り、即ち︵こ開店.に関するこ と、︵こ︶役員、番鞍点に関すること、︵三︶徒弟に閲すること、︵四︶同柴者禁止に関するこせ∵六、五︶皮蟄 衡、貨簡、商習慣に閲すてしと、︵六︶合資に幽すること、︵七︶昏試に阻ずること、︵八︶訴ぬに閲 するこ と﹂︵九︶制裁に踊すること、︵劇○︶普撃に踊すること、︵十こ祭祀に閲すること等が規定されでゐる。 −.1 ︰ 公銅儀食 しては墟鷹合館と柄するが如き名柄を以てするものがあるが極めて稀である。 支部の裔栄及商慣習 ︵六こ 六一

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第十六轡 第ノ山 祇 ︵六ニ︶ 六二 魂在の腐食︵我が図の商柴食詰所︶の前身にして商工発着の蚊も有力なる固慣であつ.たが、光緒二十九年︵山 三〇九年︶商禽傭令の.公布せらぺ、に及んでその名種を商脅と改められたものであることは前述の通りである。 \ 僻し暫時の公議愈の魚眼範囲は軍なる商工合議朗の如きものでなく、疲の公所に比して、.よ♪贋き範樹に亘り 常に該地方商人の利寄を代表し禽館公所の上に立って全市商工染着の利金を擁護上その弊害の排除玉野め、∵ 般商事の仲裁は固よう天津のそれの如きは民周にまで及ぼされた。 徒つで官権が命令を商人に下さんとする場合は公議愈の手ぉ経て之々商人に倦へ、史商人が骨髄に請願せんと する場合は、公議倉に績って之を行ふといふ有様で、蓋富商人との連絡機蘭となつでゐ烏 叉支郵の下級行政笹劃は自縛に十任されて居た牒のであるが、公議愈の勢力の煩んとなるに経つで、途には該 市の橋梁、道路、河川修築、廟争の修繕′、貧民救助等に迄及び地方官に代つで家屋税、営業程、衛生費、瞥寮費 の徴収を行ひ、甚だしきに至っては、励へぼ営口、容天のそれの如く、山略は警察事務をも掌り∵内乱外患に際 しては義男隊を組織して市内の安寧秩序の維持にまで童カす㌃に至ったものである。 現に辛亥革命︵一九仙山年︶後、民国となつてからも支那の商禽が内治外交にまで干興する、の凪があつ 進囲の商工合議朔と趣を異にすノる飾如きもその歴史的影層によるものセある。 支 那 ∴商\慣∵習

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一、商故 商放題屋耽のことでこれ々寧磯とい け出で登録することになサてかそその店舗の商挽は計数でなしとも甲〟のもの′を用ふることは許されない。 若し臥一滴眈を用ひた場合は、届い商祝の所有主よす官厳に勤し其取消しを螢求し、叉それよつて生じた損各 の臍償々請求する樺利が認められてゐ 繭壁の名栴はみな縁起を祝って音盤の文字を用ゆるのが瞥通で、例へば錦泰昌、砧昌嘩などの如きものであ るか、商披の頭には普通資本主文は経営濱の姓を冠するのが多い。 二、使用人 支那商店の使用人は普通支鹿人に相督する経準︵謹楷的ともいふ︺を成上としで、その下に閻 屋とか大南店になると賂理︵副支配人︶或は二審楷的を遭いて店のせ事を統轄し、更に奇計係としで服属︵管 娘的︶を眉くが、これは外賊︵外資勘定係︶と内服.︵店賛助碇係︶j二つに分有で逝く店もある。その、下に相 姦といふ来客旛接係、彿豊日蘭彩計を店に應じて使用しでゐる 禰督する店見で・店の中豊としで、働く戦闘員である。普通商業の種類にょって内勤、外勤等の置別があり、殊 に外働七属するもⅥに砲術なるものがあそ彼等濾常に市場に出入七或は取引商店を巡廻訪問してその市況 の検査を行ひ、﹁これを嶺優し贋現に報告し、叉其旨を承けて賓際取引を行ふ場食もあぺ或は腐る翼要な役目 を有する藩ので 彩計の 支那の南米及商慣習 ︵六三︶ 六三

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鞍上の事を敬へ∴普通は曇年年期、この間は無報酬、年期を絡へればヤ人前の店農︵彩計︶として給料を支給 される。 飯館、飯肝︵共に料理店︶の料理人々師何と云ひ、男給仕を他党見的、又は党帽、女給仕を女招待といふ。 店長の傭用、解職は普通懲暦の端午節︵五月五日︺と仲秋箇︵八月十茸督︶前後に行はれる慣習になってゐ る。 、 店主とこれ等の使用人との関係は魯還接であり、㌦切の営業の振不振はその使用人め良偏にあるといつで もよい。使用人の進退事績と双方の権利義務に閲しては各々螢柴の程顆によつて夫々侍統㌻れ仁慣習はある が、支部で粛商人通例で商店使用人の構利義拶に紺し明らかに規定してゐる。 使用人を碇ふには身元引受澄軒出させ藩のが普通でこれはその土地で商業上の信用ある人を保詑人とするこ と.が必要とされる。 三、褒眉契約 愛東契約は正式な暫難による契約が放逐安雷な手軽であるが、他事によつて、叉商菓の痙新に ょって夫々の習慣があ︳、何等藍首用ひす、凝に口約だけのもの牒ある。商人は信用を前提とするので汀約 だでけも大抵間違 してもこれを静隠する詮接がなく不利に′陥ることになるから二異質契約はやはう符啓にして置く欄が安全であ る。伺蜜月契約脊には双方営為者の外史に立倉人を必穿とし、物品受渡しの日限、違約の筆削、期限後の物品 第十六番 第一渋 ︵六四︶ 六四

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交付の場合の懲罰、制裁其他必嘗遠項を明記して起ぐこそなつてゐる。 支瓢では泣銀︵手附愈︶登父附やて︷旦盛男契約が成立した以上、その契約は必ず驚行されなければならない。 / 手附金を也来して契約義務の履行を怠るが如きは、彼等商人道徳上か㌧ら見て有徳艶千鶴総ものとされてゐる。 斯うしたこと皆∵遽でむ免じた場合信用は全く零となる。即ち手附金哲打ったる以去月主はこれを拗癒しで触 約を主張し得ないし、資主も亦それを遮遺して取引を取拘し得ない。甘楽省は此鮎についで殊に厳重である。 預約取引も不履行の場合、湖北省には央姦しい制裁が設けられてゐるが、何れの省にしても、支那には商菜 遺徳が非常に蟄達し、一偏もこれが厳薮に行はれてゐることは、我蜘商人の大いに他山の石とんて革ぷべき鮎で はなからうか? 掴、結 節 女部では数千年来陰暦を用.号居り、陽暦を用ふるこ恩讐でゐる今日でも、僚商店を始め 地方では依然としで陰暦を庸ひてゐるものが多い。結界其他の暦専も多くはこの陰暦に接ってゐる。 支那商店の結算期は地方と柴別によつて必ずも〟定するに苧覆いが、普盛一年三回、即ち端午節︵五月五 日︶、′仲秋節︵八月十東員︶、年節︵十二月晦日︶である。以童二回の中でも年訂を故重要視してゐるのは云ふ 迄ない′もが、之によらす月組成は月給といつて毎月勘定の庵あれば、更に大商店問では年始︵年給︶若くは三 年東販と科してザ年にご埋二右京二回大給算をなす場合もないではないが、長期結算は今日殆んど行はれな くな・つてゐる。 ′ 曳郡の商策及商慣習 ︵大玉︶ 六五

(31)

/ ︵六六︶ 六大 藤十大番 傘叫軟 商品更買の決済を金銭によらや、物品を代慣として文節ふことが今でも地方にせつて行はれてゐる。例へば 山西省大同府では、年三回の結算期を三限と云ひ、四月十革具八月十五日、十二月十五日を結算期とし、百 姓は商店から穿を買ふのに、矢張り牧橙後に穿を倍額にして返還する占いつたことが行はれてみる。 叉象苗貿易には代金の代り砿鹿や串或は毛皮を以でする所謂物ケ交換式の決済方法もある。 焼鍋︵腰滴醸造所︶では毎年春夏に、過つ左漕を相方へ聾す出し、秋になると酒代として郷民から糧食々取 ⊥止てる習慣もある。 豚の安男取引はすぐ現金を交付んないで、話が纏ってから七日後に代僚を支彿ふ。若し七日以内に炊が死ん だら、それを文殊ふに及ば倣いし、貸主も笹ふことば出来筏い。 紡績商取引では、未彿勘考∵ケ月似内は利息をつけないがノ、それ以上になると、∴二分の利を加へる旧習で ある0 今、吹支那事欒勃蟹以狙邦人の支那大陸に進隠す.るものの数は年と共に素晴らし小勢で増加し′、北京、天津、漠

口、南京、廣乗等の大都市は申すに及ぼサ、如何怒る僻遠の地と輝も筍くも甘木軍の占領せる虚には日本人の影

を見ぎるなき迄に至ったことは拘に菩ばしい現象で各。日支鶴巻、ⅥLれは常に口免許りでは決して饗現される 隼

(32)

ものでは狂い。それは虞に理解ある開園民の凍備によつで始めて可能である。而しで、翻って轟か疋泰玄邦人の 番展の現状を考察するに、熟しで眞に彼等はすべ七日支親普乃至新支那鎗設の為に買献しっゝありや?邦人の大 陸恐展は刻下の急務桟るに拘ちす、晦年に於ける邦人の渡文制限宜何を物語るやマ固より他に軽々の原因はあ・つ にことゝ思ふが.、少くとも過去に於ける、邦人の無制限入閣が却ってこれ等の蜜現に受障を来す結英となつたこと は明かな事驚である。即ち眞に卦郵事麺の意義を桝人や、聖戦の目的を解せす、蕃欒のドサクサに乗じて、劇壇 千金を夢見て只海然と出かけにものが如何に多かづたか?彼等め中には或は車にしでその目的を遷した鳩のもあ らう、しかし彼等の太多数は事志と造ひ、生活の道を失ひ、遼に出発官藩の檻介になる許りでなく、畠軍の資き 血と肉とで築き上げつゝある新支那避設を山方から破壊しっゝあつたで成ないか9・如斯状態では今後如何に日本 人の逸出が盛んになつても決しで歓迎すべきでは叛い。寧ろ苧嘗あるのみであ㌃。我々は今徒らに個人の利益を のみ追求すべき時ではない∵東西新秩序建設の責任者として叉東亜諸民族の指導者としての受任は極めて盈大で ある。今後支那に勤しては過費の経緯に拘泥せすヾ善隣友好 人の経輝的進出も必ずこの線に沿はなければならない。、これには屈に支部及文部人を理解し、眞面目な目的と餓 の如㌢堅豊憲とを有する青年の進出が何よら肝要である。 乳董軍の意地域賢於ける邦人の商賢いへ町飲食店∵小料理店、カフェーな畠如く、殆んど歪周 に限られてゐる。而も固より邦人を劉躇してのものである。、魂在のやうな過渡期に針こうした商費も巳むを得な ヽ 支那の南米及商慣習 ︵六七︶ 六七

(33)

︵六八︶ 六八 第十六巻 第一批 いが、果してこれは永久性のあか健全な牽展といへるだらうか?・。今後に於ける邦人の牽展は単に邦人相手のみな らす、支部土着の民衆を封照としもつと健寛な繭薬を選ぷべきである。しかし乍ら、支部人相手といふことにな ると勢ひ、支那商人去の競争は免れない。ギルドが敬達し、而も商才に長け、安倍な生活に安んやる在支那商人 と競争しては果して膠昧あるダ?甚だ疑問とする桝でみるが、.その替本に於て、その技術に於てその経常の方殊 に於て、女落莫の種類によつて彼等々抑へるこ、とは必すしも不可能でないと思ふ。こ、に我々大いに山考を要す 決されるだらう。 恕 ︵昭和十六年二月山日︶

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