ヨーロッパ契約法原則及び共通参照枠草案
(ヨーロッパ不当利得法原則)における
不法原因給付規定
瀧
久
範
目 次 Ⅰ はじめに Ⅱ PECL における不法原因給付規定 .PECL の規定 .イングランド法律委員会の違法性の効力に関する諮問書 .シュレヒトリーム 巻本における不法原因給付の叙述 .PECL のコメント .小括Ⅲ DCFR(PEL Unj. Enr.)における不法原因給付規定 .策定までの経緯 .規定の内容 .小括 Ⅳ まとめ .若干の検討 .今後の課題
Ⅰ は じ め に
民法 条は本文において,「不法な原因のために給付をした者は,その給付したものの返還を請求することができない」と定める。本来,不法な 原因のために行われる給付は,法律上の原因を欠く給付となり,不当利得 返還請求権が発生するところ,本条はそれを遮断するのである。わが国で は従来から,本条は,英米法に由来する「衡平法の救済を求める者は,き れいな手で訴えなければならない(He who comes into equity must come with clean hands)」という原則(以下,「クリーン・ハンズの原則」とする。)!や, フランス古法に由来する「何人も自己の醜悪な申立を聴許されない(nemo auditur propriam turpitudinem allegans)」という原則(以下,「nemo auditur 原則」とする。)"に基づくものと言われている#。不当利得法一般からすれ ば,返還請求の遮断は例外であるが,不法原因給付の場合に限ってみれ ば,不法原因給付であればその返還請求が原則として遮断され(以下,こ のアプローチを「(総論としての)原則遮断アプローチ」とする。),それ では問題が生じる場合に,個々の要件を(厳格又は緩やかに)解釈し,要 件の充足の可否によって例外を認める(以下,このアプローチを「(各論 としての)要件アプローチ」とする。)のが,判例通説の判断枠組である といえる。しかし,前稿において,ドイツの贈与サークル(Schenkkreis) に関する諸判決を参考に,本条の適用について「『一般予防の観点』から の目的論的縮減」を行うべきであり,不法原因給付の場合において返還請 求の遮断を原則とすべきではなく,不法原因給付も法律上の原因を欠く給 付であって不当利得返還請求権が認められることを前提に,「フラットな 状態で一般予防の観点から返還の可否」を決すべきとの仮説を立てた(以 下,このアプローチを「(総論としての)例外遮断アプローチ」とする。)$。 ! 概要について,さしあたり,有泉亨「不法原因給付について(一)∼(三・完)」法学 協会雑誌 巻 号 頁以下, 号 頁以下, 号 頁以下( 年)とくに 号 頁以下,大阪谷公雄監修 植田淳著『エクイティの法格言と基本原理』(晃洋 書房, 年) 頁以下。 " 概要について,さしあたり,有泉・前掲注 ⑴ 号 頁以下,谷口知平『不法原 因給付の研究』(有斐閣, 年) 頁以下。 # 我妻栄『債権各論下巻一』(岩波書店, 年) 頁。
これは判例通説の判断枠組の転回を図るものであり,これまでも一部の学 説で主張されてきたことと軌を一にする"。また,前稿では,「BGH の論理 は,公序良俗違反の基礎をなす個々の法令及び良俗規範の目的を斟酌し て,一般予防の内容を決定するものと評価できる」とも述べた#。不当利得 類型論に立って,給付利得とくに契約の清算においては「無効規範の保護 目的」を考慮してその内容を決すべきとの見解が支持を集めており$,今後 はその具体的な考慮方法の解明が重要となる。前稿の指摘は,不法原因給 付に関して,その つの方向を示すものといえる。 以上の点について,近時,国際的なモデル準則であるヨーロッパ契約法 原則(以下,「PECL」とする。),及び,これを発展させた共通参照枠草案 (以下,「DCFR」とする。)%において,この方向を示唆する規定が提案さ れているので,本稿ではこれらを紹介し,若干の検討を加える。本稿はわ が国の解釈論を行うものではないが,多くのヨーロッパ国内法において, ローマ法の伝統に従って原則遮断アプローチが採られているにもかかわら ず&,それに反するモデル準則が採用された経緯を整理することは,同様の アプローチを採ることが判例通説となっているわが国の解釈論の参考にな ! 拙稿「民法 条本文の目的論的縮減−ドイツにおける贈与サークル(Schenkkreis) に関する諸判決を素材に−」民事研修 号 頁以下( 年),とくに 頁以下。 " 谷口・前掲注 ⑵ 頁以下,藤原正則『不当利得法』(信山社, 年) 頁以 下,同「不当利得法−不当利得法に新たな規定を与えるとすれば,何を考慮すべきか −」円谷峻編著『社会の変容と民法典』(成文堂, 年) 頁以下,とくに 頁以下。 # 拙稿・前掲注 ⑷ 頁。 $ 藤原・前掲書注 ⑸ 頁以下。松岡久和「不法利得法の全体像−給付利得法の位 置づけを中心に」ジュリ 号 頁以下( 年),とくに 頁以下。 今般国会に提出された「民法の一部を改正する法律案」において,法律行為の無効 又は取消しに基づく清算について,第 条の (原状回復の義務)が提案されてい る。債権編の不当利得の章の外に,法律行為の清算一般に関する規定を置くというこ とは,不当利得法全体をどのように解すべきなのかについて重大な影響を与える可能 性を秘めているが,本稿との関係では,同条は第 項において,「無効な行為に基づ く債務の履行として給付を受けた者は,相手方を原状に復させる義務を負う。」との み規定しており,その内容については今後もなお解釈に委ねられているという点が重 要である。
ると考えられる#。
! Christian v. Bar / Eric Clive(eds.), Draft Common Frame of Reference(DCFR), Full Edition, vol. (sellier, ). 不当利得に関する部分については,『ヨーロッパ不当 利得法原則』(Christian v. Bar / Stephen Swann, Principles of European Law on Unjustified Enrichment(sellier, ))として独立して公表されたが,本稿に関する 範囲では DCFR と内容が同一であるため,先に公表された DCFR(完全版)を本稿の 対象とする。DCFR 第Ⅶ編とヨーロッパ不当利得法原則との関係については,松岡久 和「ヨーロッパ民法典構想の現在−不当利得法に関する DCFR 第Ⅶ編を素材として」 川角由和=中田邦博=潮見佳男=松岡久和編『ヨーロッパ私法の現在と日本法の課題』 (日本評論社, 年) 頁以下,とくに 頁〔初出,戒能通厚=石田眞=上野 達男編『法創造の比較法学:先端的課題への挑戦』(日本評論社, 年) 頁以 下〕。なお,ヨーロッパ不当利得法原則では,DCFR にはない序論が置かれており, そこにおいて EU 域内における不当利得法の比較法分析がなされている(pp. − )。 この邦訳として,松岡久和訳「ヨーロッパ不当利得法の比較法的概観」民商法雑誌第 巻 ・ 号 頁以下(逆開き)。 " ローマ法上の不道徳な原因を理由とする不当利得返還請求訴権(condictio ob turpem causam)及び不法な原因を理由とする不当利得返還請求訴権(condictio ob iniustam causam)について,さしあたり,松坂佐一『不当利得論』(有斐閣, 年) 頁 以下,船田享二『ローマ法 第 巻 改版』(岩波書店, 年) 頁以下〔初版, 年〕。なお,ローマ法上,返還請求訴権の遮断は前者のみに関連するものであったと され,ドイツにおいては,このことから返還請求の遮断を定めるドイツ民法第 条 第 文(後掲)の適用範囲を制限しようとする少数説が存在する(Heinrich Honsell, Die Rückabwicklung sittenwidriger oder verbotener Geschäfte - Eine rechtsgeschichtliche und rechtsvergleichende Untersuchung zu § BGB(C. H. Beck, ))。同書の概要 につき,磯村保「不法原因給付に関する一つの覚書−貸借型契約無効の場合を中心と して−」神戸法学年報 号 頁以下( 年)とくに 頁以下。同書の評価を含 めて,ドイツにおける議論の詳細な検討は他日を期したい。
# これらのモデル準則に対して,ガンドルフィ(Giuseppe Gandolfi)が主宰するヨー ロッパ私法学者アカデミーによるヨーロッパ契約法典草案(Gandolfi(ed.), Code Europeen des Contrats : Livre Premiere( ))では,ローマ法の伝統に従って,返還 請求の遮断を原則とすることが提案されている。 第 条第 項 刑事訴追の対象となる犯罪を内容とする契約又は公序良俗に反する契約−経済的公 序に反する場合を除く−を履行するために給付した者は,本条に基づく原状回復請求 権を有しない。もっぱら自らのためだけに,そのような性格を有する目的のために給 付した者も同様とする。本項は,行為無能力者,良俗違反若しくは上記の行為を開始 したことを過失なく知らなかった者又は抗拒不能のもとで行為した者には適用されな い。この場合において給付の没収を定める欧州連合の共同体法及び加盟国の国内法の 規定の適用を妨げない。 第 編の試訳として,平野裕之「ヨーロッパ契約法典草案(パヴィア草案)第 編 −各国国内法の調和から新ヨーロッパ契約法へ−( )( ・完)」法律論叢 巻 ・ 号 頁以下, 号 頁以下( 年)(本条は, 号 頁以下。)。
上記 つのモデル準則のうち,先に不法原因給付に関する規定を置いた のが,PECL である。契約の清算に関する主な準則が置かれている「第 章 有効性」は,第Ⅱ部!として 年に公表された。しかし,その第 : 条において,わが国の公序良俗違反に相当する内容につき,「本章は, 違法,反倫理又は無能力に起因する無効については,これを扱わない。」 として,この時点での準則化を放棄した。その理由について,同条のコメ ントでは,「いかなる契約がこれらの事由に基づいて履行強制できないと されるかは,加盟国の法体系により大きく異なり,さらに,この分類から 導かれる帰結も大きく異なっている。そのため,これらの事項につきヨー ロッパ原則を起草することが可能か否か判断するためには,さらなる調査 と検討が必要だからである」と述べられている"。その後, 年に公表 された第Ⅲ部#において,「第 章 違法性」として,その要件と効果が準 則化されるに至った。この間,わずか 年であるが,この転回について特 筆すべきこととして,次の 点を挙げることができる。 まず, 年にイングランド法律委員会が諮問書第 号「違法な取 引:契約及び信託に対する違法性の効力」(以下,「諮問書第 号」とす る。)を公表したことを指摘しなければならない$。本章の報告者であるマッ
! Ole Lando / Hugh Beale, Principles of European Contract Law Part I and II(Kluwer, ). 本稿では,オーレ・ランドー=ヒュー・ビール編 潮見佳男=中田邦博=松 岡久和監訳『ヨーロッパ契約法原則Ⅰ・Ⅱ』(法律文化社, 年)を参考にした(引 用の際,他の部分と合わせるために表現を若干修正している。)。また,条文訳につい ては,類似の規定を有する ユ ニ ド ロ ワ 国 際 商 事 契 約 原 則 年 版(UNIDROIT, UNIDROIT Principles of International Commercial Contracts )の邦訳である,私法 統一国際協会著 内田貴=曽野裕夫=森下哲朗=大久保紀彦訳『ユニドロワ国際商事 契約原則 』(商事法務, 年) 頁以下も参考にした。PICC の詳細は,別稿 において検討する。
" Ibid. at. . ランドーほか編・前掲注 ⑾ 頁〔馬場圭太〕。
# Ole Lando / Eric Clive / André Prüm / Reinhard Zimmermann, Principles of European Contract Law Part III(Kluwer, ). 本稿では,オーレ・ランドー=エリック・ク ライフ=アンドレ・ピュルム=ラインハルト・ツィンマーマン編 潮見佳男=中田邦 博=松岡久和監訳『ヨーロッパ契約法原則Ⅲ』(法律文化社, 年)を参考にした (引用の際,他の部分と合わせるために表現を若干修正している。)。
クイーン(Hector MacQueen)も認めるように",本章の内容はこの諮問書 に多くを依拠している。 次 に, 年 か ら 年 に か け て,シ ュ レ ヒ ト リ ー ム(Peter Schlechtriem)が,『ヨーロッパにおける原状回復と利得調整 第 ・ 巻』 (以下,「シュレヒトリーム 巻本」とする。)を公表したことも重要であ る#。同書はヨーロッパ諸国の不当利得法ないしは原状回復法を論点ごとに 網羅したものであり,まさに「さらなる調査」が完了し,「検討」できる 素地ができたのだといえる$。したがって,PECL の検討において,まず諮 問書第 号及びその後の経緯,シュレヒトリーム 巻本における整理を 紹介し,そのうえで PECL の検討を行う(Ⅱ)。そして,これを発展させ た DCFR の関連準則を紹介し(Ⅲ),最後にまとめに代えて若干の検討を 加える(Ⅳ)。わが国で言うところの公序良俗に対応する概念の用語法は 様々であるが(illegality and immorality, bonos mores et ordre public, gute Sitte und öffentliche Ordnung etc.),後に明らかとなるように,わが国で言 うならば,いかなる場合に公序良俗違反となるのかという問題は本稿の 対象とせず,もっぱら公序良俗違反により無効である場合に不当利得返
! Law Commission, Illegal Transactions : The Effect of Illegality on Contracts and Trusts, LCCP No ( ).
" Hector MacQueen, Illegality and Immorality in Contracts, in : Arthur Hartkamp / Martijn Hesselink / Ewoud Hondius / Chantal Mak / Edgar du Perron(eds.), Towards a European Civil Code( rd ed., Kluwer, ), pp. − ,( th ed., ), pp. − . # Peter Schlechtriem, Restitution und Bereicherungsausgleich in Europa Bd.Ⅰ(Mohr, ), Bd. Ⅱ( ). 同書の概要として,ペーター・シュレヒトリーム「不当利得 法の変遷」ペーター・シュレヒトリーム編 半田吉信ほか訳『ヨーロッパ債務法の変 遷』(信山社, 年) 頁以下〔藤原正則〕。
$ このほか,同時期の比較法文献として,Konrad Zweigert / Hein Kötz, Introduction to Comparative Law( rd. ed., Oxford, ), pp. − (主に英独仏); Hein Kötz / Axel Flessner, European Contract Law, vol. (Oxford, ), pp. − (英独仏); Gerhard Dannemann, Illegality as Defence Against Unjust Enrichment Claims,( )OUCLF , ouclf.iuscomp.org, at http://ouclf.iuscomp.org/articles/dannemann.shtml, in : David Johnston / Reinhard Zimmermann(eds.), Unjustified Enrichment(Cambridge, ), pp. − (英独蘭); Hugo van Kooten, Illegality and Restitution as a Matter of Policy
還請求権が認められるのかどうかということのみを対象とすること,及 び,個々の事案の解明ではなく判断枠組如何についてのみを対象とする ことから,厳密な使い分けをせず,各説明に対応した表現を用いることと する。 なお,本稿は,科研費基盤(A)「不当利得法の国際的現状と課題」( 年度∼ 年度,松岡久和教授代表)における研究会での議論及び資料 に拠るところが大きい。とくにDCFR に関しては,研究会内での翻訳プ ロジェクトの成果を大いに参考にさせていただいた。関係各位に深く御礼 申し上げる。
Ⅱ PECL における不法原因給付規定
.PECL の規定 第 : 条 基本原理に反する契約 契約は,欧州連合の各加盟国の法において基本的であると認められて いる原理に反する限りにおいて,無効である。 第 : 条 強行規定に違反する契約 ⑴ 契約が,本原則第 : 条に基づいて適用される強行規定に違反 する場合において,その違反が契約に及ぼす効果がその強行規定に明 文で定められているときは,その定めに従う。 ⑵ 強行規定違反が契約に及ぼす効果がその強行規定に明文で定められ ていないときは,その契約は,全部有効,一部有効,全部無効,又は 改定すべきものと判断されうる。 ⑶ 本条第 項の規定に基づいて下される判断は,次の各号に掲げる事 情その他すべての重要な事情を考慮して,違反に対して適切かつ均衡 のとれたものでなければならない。 ⒜ 違反された規定の目的 ⒝ 当該規定が保護することを目的とする人の類型⒞ 違反された規定に基づいて課され得る制裁 ⒟ 違反の重大性 ⒠ 違反が故意によるものか否か ⒡ 違反と契約との関係の密接性 第 : 条 原状回復 ⑴ 第 : 条又は第 : 条に基づいて契約が無効とされた場 合,いずれの当事者も,その契約に基づいて給付したものの原状回復 を求めることができる。この場合において,受領したものの原状回復 は,適切でない場合を除き,同時に履行されなければならない。 ⑵ 本条第 項に基づく原状回復の認否,及び,それが認められた場合 の同時履行による原状回復の適否を判断するにあたっては,第 : 条第 項に挙げられている各要素を考慮しなければならない。 ⑶ 無効の理由を知り又は知るべきであった当事者は,原状回復を求め ることができない。 ⑷ 何らかの理由により原物での原状回復ができない場合,受領したも のの相当な価額が支払われなければならない。 .イングランド法律委員会の違法性の効力に関する諮問書 ( )プロジェクトの発端 法律委員会は, 年に公表した「第 次法改正計画!」の一部として, 「契約及び信託を含む違法な取引に関する法」の検討を行うこととした。 違法な契約に関する法は明確かつ公正であるべきだが,イングランド(及 びウェールズ)における現行法はいずれの観点も欠けているため,体系的 な発展と改正が要求されるとしたのである"。なお,本プロジェクトは,「非
! Law Commission, Sixth Programme of Law Reform( ), Law Com No. . " Ibid. at . これについては, 年の Tinsley v. Milligan 事件の貴族院判決([ ]
AC )において,ゴフ (Lord Goff of Chieveley)が,法律委員会に対してこの 問題の再検討を要請したことが大きな要因となっている。
難されるべき行為(reprehensible conduct)」を伴う取引に関して,その行 為が当事者の権利及び救済に影響を与えるのか,すなわち,契約が違法で あることの効果を考察するものであり,違法性を構成する要素を対象とし ないものとされる!。 ( )諮問書第 号 ( .)概要 ( ..)検討の対象 そのような問題について,諮問書第 号が取り上げたのは,その表題 通り契約及び信託に対する違法性の効力である。前者については,違法な 契約の強制可能性の有無,強制不可能とされたにもかかわらず付与された 利益の原状回復の可否,及び,財産権の移転の有無が検討される。 ( ..)法律委員会による原状回復に関するイングランド法の状況の整理 法律委員会は,まず違法性の効果に関するこれまでの法状況を整理し, 改正の必要性を論じる。実際のところ法律委員会がとりわけ改正の必要性 を見出したのは,契約の強制可能性,財産権の移転及び信託の領域におい てであるが,ここでは原状回復に関する法状況の整理を中心に,他の領域 についても必要な限りでみておく"。 イングランドにおいて,わが国でも参考にされているクリーン・ハンズ の原則はエクイティ上の原則である。それに対して,違法な契約に基づい て付与されたものの原状回復は,コモン・ロー上の問題である。そこでは 「不道徳な原因からは訴権は生じない(ex turpi causa non oritur actio)」と いう原則(以下,「ex turpi 原則」とする。)と,それから派生した「等し
! Law Commission, supra note paras . , . − . .
" 邦語文献として,有泉・前掲注 ⑴ 号 頁以下, 号 頁以下,谷口・前掲 注 ⑵ 頁以下(わが国の解釈論を展開するにあたって,論点ごとに主に英独仏と の比較法が行われている)。
く 不 法 で あ れ ば,被 告 が 優 先 さ れ る(in pari delicto potior est conditio defendentis)」という原則(以下,「in pari 原則」とする ! 。)が妥当しており, 返還請求の遮断が原則とされている(原則遮断アプローチ)。しかし,これ らの原則を全ての事件に対して厳格に適用すれば,明らかな不正義が生じ るため,裁判所が適切な結果に至るためにこれらの原則を操作して例外的 に原状回復を認めることが判例法となっているとする(要件アプローチ)"。 具体的には,まず in pari 原則を用いた例外が認められている。すなわ ち,違法性は主として原状回復請求に対する抗弁として作用しているが, 当事者双方の「有責性が等しくない(not equally at fault)」場合は除かれ ると。判例法は,その判断に対して形式的かつ技術的なアプローチを採っ ており,原告が,相手方の詐欺(fraud ),強迫(duress)若しくは 抑 圧 (oppression)に基づいて違法な契約を締結した場合,契約を違法なものと する事実を知らなかった場合,又は弱者として制定法によって保護される 集団に属していた場合に限り,原状回復を認めてきたとする。そして,以 上のことから,違法性は,一般的に,約因の滅失(failure of consideration) を理由とする請求に対しては有効な抗弁となるが,錯誤(mistake),強迫 又は脆弱性(vulnerability)などを理由とする請求に対しては効力を有し ないとする#。 次に,違法性が訴訟原因となる場合として,当該目的が達成可能である が,まだ達成されていない段階で,原告が当該契約から撤退した場合に は,原告の返還請求が認められていることを指摘する(「改悛の機会(locus poenitentiae)」)$。 ! 船田・前掲注 ⑼ 頁によれば,この原則を基礎として,中世に nemo auditur 原 則が形成されたようである。なお,この原則は,他国において,「等しく不道徳であ れば,占有の原因が優先する(in pari turpitudine melior est causa possidentis)」と表現 されることもある。しかし,不法原因給付においては,裁判所は原告に助力せず,財 産関係をそのままの状態にしておくという意味において,両者を区別する必要はない ため,本稿ではこれらを区別せず,in pari 原則と呼ぶことにする。
" Law Commission, supra note para . . # Ibid. para . .
以上とは別に,本稿との関係において取り上げる必要があるのが,「公 共の良心テスト(public conscience test)」と呼ばれる, 年代終わりか ら 年代初頭にかけて裁判所で用いられた判断基準である。これは, 技術的でありかつ柔軟性のない上述のような準則を拒絶し,裁判所の自由 な裁量のもとで,当該事件の一切の事情を考慮して,(原状回復を含めて およそ)救済を認めることが公共の良心を害することになるかどうかを基 準とするものである。救済を認めることの不利益と認めないことのそれと を比較し,前者が小さければ公共の良心を害するものではないとして,原 告の救済(原状回復)が認められる。しかし,貴族院(the House of Lords) が,信託の事例とされる Tinsley v. Milligan 事件"において,そのような評 価できない要素に依拠することはできないなどとしてこの基準を拒絶した ことが指摘されている#。
また,財産権の移転及び信託の領域で主張されている不依拠原則(reliance principle)によって,原状回復の否定が実質的に覆されている。すなわち, 財産権を有する者又は受益者は,違法な契約に依拠せず(not rely on)に 自己の権利を主張できる場合には,なおその回復を求めることができるの である a 。例えば,賃貸借や寄託などの制限的な利益(limited interest)を 違法な契約のもとで創設した者は,物的請求(proprietary claim)を行う にあたり当該契約に依拠する必要がないので,その回復が認められるので ある b 。 ! Ibid. paras . − . . " [ ] AC :恋愛関係にある 人が共同して不動産を購入したが,社会保険 に関して不正受給するために,原告が単独で購入したように偽装した。関係が終了した 後,原告が被告に対して立ち退きを求める訴えを提起したのに対して,被告が復帰信 託(resulting trust)に基づき共有持分の確認を求める反訴を提起した。控訴院(the Court of Appeal)は,in pari 原則によれば棄却されるべきところ,公共の良心テストを用い て被告の反訴を認容した([ ]Ch )。貴族院も結論そのものは是認している。 # Law Commission, supra note paras . − . .
a Ibid. paras . − . , . − . .
b Ibid. para . . 信託については,Tinsley v. Milligan 事件貴族院判決において,被 告の復帰信託の主張が認められた(本稿注")。
( ..)提案の概要
法律委員会は,そこで妥当している法は,複雑であり,正義に反し,不 安定なものであると述べる。すなわち,一般原則である ex turpi 原則や in pari 原則は,粗削りかつ厳格なものである(crude and draconian)ため, 無数の例外が判例において認められており,法は不必要に複雑かつ技術的 なものとなり,正当化が困難となっているとする!。また,契約を強制不可 能と判断し,原状回復を原則通り否定することは,とくに受領者も不法と 評価できる場合には正義に反するようにもみえるが,判例では,その効果 を明示していない法律違反の場合において,違法性の重大性や当事者の有 責性を考慮せずに強制不可能と判断され原状回復が否定されており,その 不正義が顕著であるとする"。さらに,一方当事者が違法な目的で契約を締 結した場合において,相手方の請求を強制不可能とするために,相手方が その違法な目的を認識しているだけでよいとする判例もあれば,さらにそ れへの関与を要求するものがあることなどから,現行法は不安定なもので あるとする#。 これらを踏まえて,法律委員会は,契約及び信託に対する違法性の効果 を規定する現在の技術的かつ複雑なルールに代えて,裁判所の裁量を認め るべきことを提案する。すなわち,違法な取引において,コモン・ローが 原告の通常の権利及び救済を拒絶することは正当であるが(原則遮断アプ ローチ),上述の問題の原因を,広く多様な状況に対して厳格なルールを 適用することに認め(要件アプローチ),これを裁量により判断するとい うアプローチ(以下,「(各論としての)裁量アプローチ」とする。)に置 き換えるべきと提案する$。 まず,法律委員会は,対象とする取引の違法性を次の つに大別する ! Ibid. para . . " Ibid. paras . − . . # Ibid. paras . − . . $ Ibid. para . .
(PECL 及び DCFR においてもこのアプローチが採用されている。)。犯罪若 しくは民事不法行為の実行又は制定法上の禁止違反の場合(「法律上の不法 (legal wrong)」)と,法が公共の利益に反するとして非難されるべき行為 が伴う場合を公共政策に反する場合(「その他の公共政策違反(otherwise contrary to public policy)」)とである!。前者については,強制性の有無の 判断を裁判所の裁量に委ねるとの立法をすべきであると提案するのに対 し,後者については,公共政策違反かどうかの判断は強制性の有無の判断 と表裏の関係にあり,コモン・ローによって決せられるべきものである, したがって,コモン・ローによって公共政策違反と判断された契約の強制 性の有無の判断について裁判所の裁量を認めるべきではないと述べる"。 そのうえで,いずれにせよ強制不可能とされた場合について,裁判所 は,関連する法律が明文で当該違法性の効力を規定している場合を除き, 違法な取引に基づいて付与された利益の回復を許すのか,及び,違法な取 引による財産権の移転又は創設を承認するのかどうかも裁量により決定で きる#。しかし,この裁量は,公共の良心テストのように,およそ「正義の」 解決と考えられるものであればどのようにでも判断できるというような 「無制約な裁量(open-ended discretion)」では法的安定性に問題が生じる ので,より優れた確実性と手引きを提供するために構造化されるべきであ ると提案する(「構造化された裁量(structured discretion)」)。具体的には, 裁判所は,裁量によって判断するにあたり,後述の諸要素を考慮しなけれ ばならないとする$。またこれら諸要素は,違法性理論の基礎となる政策 (policy)から導出されなければならないとする%。
! Ibid. paras . − . . そのうち①形式の不順守(non-compliance with formalities), ②不均衡(inequality)又は不公正(unfairness),③無能力(lack of capacity)が除か れる。 " Ibid. paras . − . . # Ibid. paras . − . . なお,信託については,章を改めて提案がなされているが (paras . − . ),本稿では紙幅の関係上割愛する。 $ Ibid. paras . − . . % Ibid. para . .
また,法律委員会は,いわゆる「改悛の機会」の場合を除き,違法性は それがなければ認められるはずの権利に対する抗弁としてのみ利用される べきと提案する!。 ( .)違法性理論の基礎となる政策 ① 裁判所の権威の維持 法律委員会は,この政策には違法性理論の基礎となる価値があると考え る。そして,取引が道徳上非常にけしからぬ場合や,原告の振舞いが特に 凶悪である場合には,裁判所は助力を拒絶することができるという。ただ し,裁判所の権威が危険にさらされるのは,当該違法性が技術的な法律の 軽微な違反ではなく,特に重大である場合に限られるとし,新たなルール のもとでは,裁判所の判断が違法性の重大性を反映できるようにすべきで あると述べる"。 ② 原告が自らの違法行為から利益を受けることの禁止 法律委員会は,この政策にも違法性理論の基礎となる価値があると考え るが,ここでも,原告が真に「違法行為者(wrongdoer)」である場合,す なわち,原告が自己の不法を認識していた場合に限りこの政策が妥当しう ると述べる#。 ③ 抑止 法律委員会は,この政策にも違法性理論の基礎となる価値があると考え る。抑止は一般的には刑法の機能と考えられており,重大な犯罪を実行し ようとする者は私法上の救済を否定する法規範があっても犯罪を思いとど まろうとはしないだろうと言われることもあるが,私法が通常の権利及び ! Ibid. para . . " Ibid. paras . − . . # Ibid. para . .
救済を拒絶するという危険は,違法な取引に入ることを唯一法的に抑止す るものとして作用すると述べる!。 ④ 刑罰 法律委員会は,この政策にも違法性理論の基礎となる価値があると考え る。ただし,違法性理論の刑罰的効果は,当該違法性に相応するものでな ければならないと述べる"。 ( .)考慮すべき諸要素 法律委員会は,以上の検討を踏まえて,裁判所が違法性抗弁の採否を判 断するにあたり,次の諸要素を考慮すべきと提案する#。 違法性の重大性 原告の認識及び意図 救済の否定が抑止として作用するかどうか 救済の否定が契約を違法とする規範の目的を推進するかどうか 救済の否定が当該違法性の程度に相応なものかどうか 返還請求の遮断の可否との関係では,次の 点を指摘できる。 まず,違法性理論の政策の検討では言及されていなかった,「 救済の 否定が契約を違法とする規範の目的を推進するかどうか」という要素が考 慮要素の つとして付加されている。本稿との関係では,わが国で言うと ころの「規範の保護目的」と解せられるこの要素は,形式上あくまで考慮 要素の つとして位置づけられていることが重要であるが,これが何を意 味するのか,他の要素とどのような関係にあるのかは,諮問書第 号で ! Ibid. para . . " Ibid. para . . # Ibid. paras . − . .
は明らかではない!。もっと言えば,各政策及び各要素ともに,それぞれの 相互関係や優先関係については十分な検討が加えられているとはいえず, 並列されているにすぎない。 次に,「 原告の認識及び意図」の説明において,裁判所は原告が被告 と比べて「有責である」ということを重視すべきであるということを推奨 しないとする。すなわち,裁判所は,原告のほうがより道徳的である (virtuous)という場合に限り救済を認めることによって,紛争当事者の長 短の比較を行わなければならないということを提案するものではない。違 法性抗弁は,原告の行為が公益を保護するために原告の権利又は救済を否 定する結果となってもやむを得ない場合に限り成功すべきものである。被 告の有責性及び誠実さは,関係がないとすべきであると述べている"。 また,「 救済の否定が抑止として作用するかどうか」に関して,救済 の拒絶は,すべての状況において適切な抑止として作用するわけではな く,裁判所はケース・バイ・ケースで用いる必要があるとする#。 最後に,(例外遮断アプローチと)裁量アプローチを(合わせて)立法 化している例として, 年ニュージーランド違法契約法(New Zealand Illegal Contracts Act )$及び 年イスラエル契約(総則)法(Israeli Contracts(General Part)Law )%が挙げられていることを指摘して おかなければならない&。 ! Ibid. paras . − . . " Ibid. para . . # Ibid. para . . $ 同第 条第 項 ⑴ 第 条の規定にかかわらず,ただし他の法令で定められていることを条件に,裁 判所は次の各号に掲げる者に対して,訴訟係属中又は申立て次第,原状回復,補償, 契約の変更,契約の全部若しくは一部の有効化若しくは特定の目的のための有効化 その他裁判所がその裁量により正義と考える一切の方法により救済を認めることが できる。 ⒜ 違法な契約の当事者 ⒝ 契約の履行の過程において違法な行為を実行したことによりその強制を否定さ れた当事者 ⒞ そのような当事者を介して又はそのもとで請求する者
( )その後の経緯 ( .)諮問書第 号「不法行為における違法性抗弁」(以下,「諮問書第 号」とする。) その後,諮問書第 号に対するパブリック・コメントを踏まえて, 法律委員会は, 年に不法行為の領域においても同様の提案を行っ た#。諮問書第 号で示した違法性理論の根拠及び考慮要素について, さらなる検討が行われた。ここでは不法行為に関する議論のみが扱われて いるが,その提案は契約(及び不当利得),信託においても妥当すべきも のと考えられている$。本諮問書自体は,PECL の準備作業のための最後の 会合が行われた後に公表されたものであるが,その内容は,PECL 及び DCFRにも関連するものであると評価できるため,上記部分に関して整理 する。 ⑵ 〈略〉 ⑶ 第 項に基づき救済を認めるのかどうか,及び,救済の性質並びに範囲を考慮す るにあたり,裁判所は,次の各号に掲げる事由を考慮するものとする。 ⒜ 当事者の行為 ⒝ 法律違反の場合には,当該法律の目的及び違反について明示に定められた罰則 の重さ ⒞ その他適切と考えられる事情 ただし,救済を認めることが公益に反する場合はこの限りでない。 ⑷∼⑺ 〈略〉 ! 同第 条 第 条乃至第 条の規定は,本章に基づく契約の無効に準用する。ただし,第 条[訳注:違法,不道徳又は公共政策に反する契約の無効]に基づく無効の場合 において,公正であり,当該条件のもとで適合的であると認められるときは,裁判所 は,第 条[訳注:取消し後の原状回復]に基づく義務の全部又は一部を免除する こと,及び,当事者が契約上の義務を履行した限りにおいて相手方に対しそれに対応 する義務の全部又は一部の履行を求めることができる。
" Law Commission, supra note para . note .
# Law Commission, The Illegality Defence in Tort, LCCP No ( ). 不法行為の 側面からこれを検討したものとして,大西邦弘「被害者の『違法性』と公共政策(公 序良俗)・過失概念」広島法学 巻 号 頁以下,とくに 頁以下( 年)。 $ Ibid. para . .
( ..)諮問書第 号における違法性理論の政策についての再検討 法律委員会は,まず④刑罰という政策は,その恣意性及び潜在的な不相 応性から,もはや有効な論拠とはならないとして,諮問書第 号の見解 を改めた。諮問書第 号においても,相応性が考慮要素となるべきとの 提案をしていたが,原告がすでに刑事責任を科せられていた場合には, 「二重の刑罰(double punishment)」となり不相応であると考えたのである!。 これに対して,①裁判所の権威の維持,②原告が自らの違法行為から利 益を受けることの禁止,及び,③抑止については,契約及び信託の場面と 比べると,不法行為の場面では,これらの政策に基づいて原告の請求が否 定されるのは極めてまれな事例に限られるとして,それらの価値を限定す る"。 そのうえで,新たに「一貫性(consistency)」という政策の必要性を述 べる。これには,⑤当該準則の目的の推進と,⑥一貫性とが含まれるとす る#。 まず,⑤当該準則の目的の推進については,すでに諮問書第 号にお いて裁判所が裁量により判断するにあたり考慮すべき要素として挙げられ ていたところ,それに対するパブリック・オピニオンを受けて,違法性理 論の政策の つとした$。 次に,⑤当該準則の目的の推進と類似するが,より一般的な政策として, ⑥一貫性を挙げる。これは,法体系内部での矛盾を回避することにより, その統一性(integrity)を維持するというものである%。 ! Ibid. paras . − . . " Ibid. paras . − . . このほか,違法な行為を宥恕しない(又はそうではない行 為を促進する)ということも検討されたが,公共の良心テストに関連するものであ り,不明確であるとして却下された(paras . − . )。 # Ibid. paras . − . . $ Ibid. paras . − . .
( ..)考慮すべき諸要素の再検討 以上を踏まえて,裁判所が裁量により判断するにあたり考慮すべき諸要 素を再検討する。ここでは,諮問書第 号で挙げた つが含まれること を前提に(これらについてはとくに検討することなく)",さらなる要素を 付加すべきかが検討されている。 まず,不法行為の場面では,違法行為と請求権との関係の密接性が重要 となっていることを指摘し,契約及び信託の場面でも同様であると述べ る。そして,契約の場面では,契約と違法な目的とがどの程度密接に関連 しているかが重要であるとし,「違法行為と請求権を生ぜしめる事実との 関係性の程度」を考慮すべきと提案する。 次に,被告の認識を考慮すべきかについて,違法性理論は被告の受益の ために構想されたものではないとして,これを否定する#。また,原告と被 告との間の均衡についても,同様の理由で否定すべきとも考えられるが, 実務が揺れていることもあり,その態度を留保している$。 最後に,一貫性についても,これ自体は重要であるが,すでに「 救 済の否定が契約を違法とする規範の目的を推進するかどうか」を要素とし ているので,さらにこれを付加すべきかどうかについて,パブリック・オ ピニオンを求めている%。
! Ibid. paras . − . . 原状回復との関係では,バークス(Peter Birks)の「没却 (stultification)」理論が引用されている。この理論は,契約外の請求権とくに不当利 得返還請求権は,定型的に,履行に駆り立てるてこ(lever)となったり,間接強制 が失敗する場合におけるセーフティ・ネットとなったりすると考えた上で,違法な取 引に基づく不当利得の返還請求について,これを認めることが,違法な取引を行うリ スクを減少させ,その履行を促すおそれを生じさせる場合には,それを否定するとい うものである(Peter Birks, Unjust Enrichment,( nd. ed., Oxford, ), at − )。 不法行為との関係については,大西・前掲注 頁以下。
" Ibid. paras . − . . # Ibid. paras . − . .
$ Ibid. paras . − . . もっとも,総括する箇所では触れられていない(Ibid. para . )。
( .)さらにその後の経緯
法律委員会は,その後の実務の動向やパブリック・オピニオンなどを踏 まえ,信託の領域以外については,法改正が必要ではないと考え, 年に信託の領域のみ法改正を求める提案を行い!, 年に最終報告書と して信託に関する法案を作成し,本プロジェクトを終結した"。
! Law Commission, The Illegality Defence, LCCP No ( ).
" Law Commission, The Illegality Defence, LC No ( ). 法律委員会のこの提 案に対し,法務省は, 年に,信託の領域は事件数が少ないことや, 年平等 法(the Equality Act )第 条により法律委員会の主たる課題が解消されたこ と,法案の適用対象が広く新たな問題を生じかねないことなどから,現時点ではこの 領域の改正は第一に考えるべき緊急を要する問題ではないとして,法律委員会の提案 を実行しないこととした(Ministry of Justice, Report on the implementation of Law Commission proposals,(Mar. ), at − .)。
また,同時期にバロウズ(Andrew Burrows)を代表とする研究グループによる『イ ングランド不当利得法リステイトメント(Andrew Burrows, A Restatement of the English Law of Unjust Enrichment(Oxford, ))』が公表され,違法性に関しては次 のようなルールが提案されている。 第 部 利得が不当な場合 第 違法性 原告が違法な契約に基づいて被告に利得を与えた場合で,かつ,次の各号に該当す る場合において,被告の利得は不当である。 ⒜ 違法な目的が達成される前であり,かつ,達成される可能性があるときに,原告 が当該契約から撤退した場合 ⒝ 契約が違法となる理由が,ある属性を有する者として原告を保護する場合 第 部 抗弁 第 抗弁としての違法性 ⑴ 被告は,原告の行為が違法であった場合には抗弁を有する。 ⑵ 次の各号に該当する場合,行為は違法である。 ⒜ 犯罪又は民事不法行為を構成する場合 ⒝ 公共政策に反する場合 ⒞ 原状回復の否定が,とくに次の目的を考慮すれば,違法性に対する不相応な応 答となる場合 違法な行為により違反された規範の目的の促進 法のもとでの矛盾の回避 違法な行為の抑止 原告が違法な行為から利益を受けないことの保障
( )小括
イングランド法は,違法性の契約に対する効力について,ローマ法の伝 統に従い,ex turpi 原則及び in pari 原則に基づき原則遮断アプローチを 採っているため,妥当な結論に至るべく多数の例外を認める必要がある。 法律委員会は,これを要件アプローチにより処理することは,法を複雑で あり,正義に反し,不安定なものにするとして,原則遮断アプローチを維 持しつつも要件アプローチを裁量アプローチに置き換えることでこの問題 を解消することを提案する。しかし,裁判所に無制約な裁量を与えたので はとくに法的安定性に問題が生じるので,裁判所は,裁量によって判断す るにあたり,違法性理論の基礎となる政策から導出される諸要素を考慮し なければならないと提案する(構造化された裁量)。 考慮要素に関しては,「 救済の否定が契約を違法とする規範の目的を 推進するかどうか」が形式上は単にその つとして挙げられていること と,当事者間の利益衡量については疑問が呈せられていること,それぞれ の相互関係や優先関係については十分な検討が加えられているとはいえず 並列されているにすぎないことを指摘することができる。また,これら諸 要素は,提案されたものに限定されるのではなく,なお今後の検討に委ね られている。 .シュレヒトリーム 巻本における不法原因給付の叙述 ( )叙述の箇所 ( .)本書全体の叙述方法 本書は不当利得の論点を網羅しているが,多くの論点についてヨーロッ パを次の つの法圏(Rechtsfamilie)に分け整理している。まず,ドイツ 法圏として,ドイツ法,スイス法,オーストリア法及びギリシャ法が説明 される。次に,フランス法圏として,フランス法,ベルギー法,イタリア 法,スペイン法及びポルトガル法が説明される。そして,その他の大陸法 として,ポーランド法及びオランダ法が説明される ! 。さらに,スカンジナ
ヴィア法圏として,フィンランド法,ノルウェー法,スウェーデン法及び デンマーク法が説明され,最後に,アングロサクソン法圏として,イング ランド法,アイルランド法及びスコットランド法が説明される。 ( .)不法原因給付に関する叙述の箇所 本書は不法原因給付に関して,次の つの章に分けて記述する。すなわ ち,「第 章 非債弁済又は目的不到達による不当利得返還請求権」及び 「第 章 挫折した有償契約の巻戻し」である。各章に不法原因給付に関す る項目が挙がっているが,その内容は明確に区別できているとはいえない ため",本稿では,上記の法圏の順に従って要約する。なお,後述するよう に,オランダ法については適用条文の内容から,第 章の総論部分にその 記述がある。また,アイルランド法についても独自の記述を見つけること ができなかった。 ( )内容 第 章の該当部分の冒頭において,簡単な要約がなされている。以下の 点が重要である。 まず,すべての法秩序において,法律又は良俗違反の効果はそのつどの 禁止法又は良俗要請の重要性および意義に合わせられており,その結果, 巻戻しが認められるべきかそれとも遮断されるべきかに対する,いかなる ! この他,「第 章 法圏」において,ユーゴスラビア法とハンガリー法の記述がある が,それ以降において独立した項目での記述はないようである。 " もっとも,第 章の該当部分の冒頭では,次のように述べて,一方的給付の場合と 双方的給付のそれとの区別を重要なものとする。すなわち,「給付の交換により決済 される双方的な契約では返還請求の遮断は,両当事者をいずれにせよこの者たちが意 図した状態につなぎとめておくにすぎず,せいぜいのところ望まれなかった[一方 の:訳注]過剰な利益を承認するにすぎないのに対し,[一方的給付における:訳注] つの返還請求の遮断およびそれによって惹起される相手方の良俗又は禁止に違反し て取得した利得の継続は,特別な−解釈論的,経済的,道徳的な−正当化を必要とす る。」(Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .)
一般的な解答も禁じられる−そもそも比較法的叙述において−という傾向 が確認できる。 次に,返還債権の遮断の問題は,当該契約の無効が法律又は良俗違反に 基づいて確定されて初めて生じる。この点で内国法秩序において様々な法 政策的考慮が存在するので,比較法的な検証はせいぜいのところ価値評価 の枠および技術的な道具を叙述できるにすぎないと述べる。 ( .)ドイツ法圏 ( ..)ドイツ法! ドイツ法は,不当利得の規定として,法律又は良俗違反の場合に返還債権 を遮断する規定を置き,法律又は良俗違反が給付者の負担となる場合に, 返還債権を遮断する(ドイツ民法第 条第 文":原則遮断アプローチ)。 規定の文言及び位置からは,給付の受領が法律又は良俗に反する場合(第 条第 文)に限定されるようにみえるが,すべての給付不当利得返還 請求権について適用されることで一致している。民法典制定の準備作業で は,不道徳な原因を理由とする不当利得返還請求権及びその排除の抑止的 性格(Repressionscharakter)をより明確にするために,より狭い表現が提案 されたが,その最終的な文言は上記解釈を許すものとなったと述べる#。 ! 邦語文献として,有泉・前掲注 ⑴ 号 頁以下, 号 頁以下,谷口・前掲 注 ⑵ 頁以下,松坂・前掲注 ⑼ 頁以下,磯村・前掲注 ⑼ 頁以下,椿寿夫 =右近健男編『注釈ドイツ不当利得・不法行為』(三省堂, 年) 頁以下〔右近 健男〕,ルーデッヒャー・マルティス著 外国民事法研究会(代表多治川卓朗)訳「不 当利得法(抄訳)(一)(二・完)」関西大学大学院法学ジャーナル 巻 頁以下, 巻 頁以下( 年)とくに第 巻 頁以下。 " 同第 条:法律又は良俗違反(「第 編 債務法 第 章 義務の個別類型 第 節 不当利得」) 給付の目的が,受領者がその受領により法律又は良俗に反するように定められたと きは,受領者は返還義務を負う。この返還債権は,そのような違反が給付者にも同じ く負担となる場合には,排除される。ただし,給付が義務の発生にあるときは,この 限りでない。そのような義務の履行のために行われた反対給付は返還を求めることが できない。
一方的給付における返還債権の遮断は,法律又は良俗規範の意義及び目 的から正当化されている!。 有償契約における返還債権の遮断については,不当利得に関する債務法 鑑定意見書を執筆したケーニッヒ(Detlef König)の見解を引用しつつ", 巻戻しの可否及び範囲はそのつど違反された法律又は良俗規範の保護目 的に従うべきと述べ,ドイツにおいて実務上重要な,売春宿の経営を目 的 と す る 不 動 産 取 引,暴 利 の 貸 付 け(Wucherdarlehen)及 び 不 正 労 働 (Schwarzarbeit)においてどのような判断がなされているかを紹介する#。 まず,売春宿の経営を目的とする不動産取引について,不動産の売買及 び用益賃貸借(Pacht)が行われ,不動産が売主/用益賃貸人から買主/ 用益賃借人に引渡された場合,これらの取引が良俗違反を理由に無効であ ることから,前者の後者に対する返還請求が第 条第 文により遮断さ れてしまうと,不動産は後者のもとにとどまるので,後者は売春宿の経営 を継続できてしまう。これはこれらの取引を無効とした目的に反するた め,返還請求が認められなければならない。そこで,判例は,同条を物権
! Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .
" Detlef König, Ungerechtfertigte Bereicherung(Carl Winter, ), S. ff. 彼の不 当利得に関する債務法鑑定意見(Detlef König, Bereicherungsrecht, in ; Bundesminister der Justiz(hrsg.), Gutachten und Vorschläge zur Überarbeitung des Schuldrechts, Bd. ( ), S. )については,藤原正則「西ドイツ不当利得法の諸問題−デトレフ・ ケーニッヒの法律案と鑑定意見の紹介を通じて」法学志林 巻 号 頁以下( 年)。ちなみに,ケーニッヒは鑑定意見において,無効な原因に基づく給付について, その返還を認めることが無効規範の保護目的と矛盾することがあるので,返還請求を 遮断する規定は必要だが,そのつどの規範の目的に従ってその可否を決せざるをえ ず,裁判官に対して,給付者に対する抑止効と受領者の不当な利益保持との間の利益 衡量の余地を与えるため,次のような規定を提案する(S. , )。 第 . 条第 項 以下の場合には,返還請求権は排除される。 a)∼c)〈略〉 d) 無効な債務契約の履行として給付されたものの返還請求が,無効規範の保護 目的と矛盾するとき。 (訳は,藤原・前掲書注 ⑸ 頁を参考にした。) # Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .
的請求権に拡張することを否定して,なお所有者である売主の買主に対す る所有権に基づく返還請求権を認める。また,賃料について,約定の賃料 債権は契約無効により認められないことはもちろん,賃貸人は賃借人に対 して不動産の一時的な使用許諾を給付しているとして,無効な使用許諾に 基づく不当利得返還請求権も認められないが,物権的返還請求権を行使し た賃貸人は,第 条及び第 条に基づいて使用利益の返還を請求する ことができる!。 次に,暴利の貸付けについて,問題となるのは元本の返還と使用利益の 返還である。判例通説は,売春宿の用益賃貸借と同様,貸主が借主に対し て給付したのは金銭の一時的な使用許諾にすぎないとして,合意された期 間又は直近の解約までは第 条第 文に基づき貸主の返還請求を認めな いが,それ以後の返還請求は認める"。使用利益の返還について,判例は, これを認めてしまうと暴利の貸主はリスクなく活動してしまうということ を理由に否定する#。 このように,ドイツでは,売春宿に関する取引及び暴利の貸付けにおい ては,他の請求権を認めることや,条文の文言を制限的に解釈することで 不都合を解消しようとしてきた(要件アプローチ)が,近時,不正労働防 止法(Gesetz zur Bekämpfung der Schwarzarbeit und illegalen Beschäftigung) 違反,及び,それに類する職務遂行に関する法律の違反の事例について, 当該法律又は良俗規範の保護目的から直接的に返還請求を遮断する判例 が現れている。すなわち,例えば無登録で手工業を自営する者が委託者 に対して行った労務についての不当利得返還請求について,連邦裁判所
! Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .
" Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . 借主は貸付金を浪費したような場合 でも,常にその返還を覚悟しておかなければならず,悪意の受益者と等置されるの で,利得消滅の抗弁は認められていない。学説の一部は,これに反対し,無効な貸付 では貸主になお元本利用の価値すなわち市場に従った利息についての請求権を付与す べきと主張する。なぜなら,瑕疵を帯び,禁止されるべきは貸付金の交付それ自体で はなく,高額な利息だからであるとする。
(Bundesgerichtshof )は,約定請求権を否定することで不正労働防止法の 意義及び目的に適う!,また,先給付によって受益した発注者が無償で利得 を保持できるとするなら,(たいていの場合に経済的に強い委託者が経済 的に弱い不正労働者よりも優遇されることになってしまうので")信義誠実 を指向する衡平に合致しないとして,自営業者の返還請求を認める#。一方 で,租税相談法第 条に違反して自ら監査を行う会社の決算書を作成した 会計士による役務相当額の不当利得返還請求は,第 条第 文に基づき 否定されているが,この場合には決算書を新たに作成しなければならない 以上,委託者は利得していないということが重要であると述べる$。 最後に,法律又は良俗違反に対する給付者の認識が返還債権を遮断する ために必要であることの例として,贈与サークルの事例を挙げる%。 以上をまとめて,判例は,利得法は衡平法であり,第 条第 文は立 法者意思によれば給付者及び受領者間の衡平な調整を後退させ,実体的正 義の諸原則を顧慮することなく給付者の非難されるべき行為によって作出 された実際の状況に委ねているので,返還債権の遮断の可否についての確 かな基準を定式化することはできないとする&。
! Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. Fn. において引用された 判 例 (BGHZ , )では,その労務提供を不正労働対策法違反として民法第 条に より無効としたうえで,約定の報酬請求権さえ否定すれば,刑事訴追の危険並びに税 及び社会保険料の追納によって一般予防の効果が生じるとする。
" BGHZ , , .
# Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . $ Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .
% Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . 引 用 さ れ て い る BGH NJW , において,連邦裁判所が信義則を指摘していることが述べられている。そこで は,本件で問題となっている「雪だるまシステム(Schneeballsystem)」(わが国でい うネズミ講に相当する。)は,「参加者の騙されやすさ,射幸心,無経験を利用し,出 資させることが目的となっている」と述べる。もっとも,その後,連邦裁判所は,同 種の事案について,給付者の良俗違反の認識を肯定したうえで,一般予防の観点から 返還請求を認めた(BGH NJW , )。この変遷について,拙稿・前掲注 ⑷ 頁 以下。
( ..)スイス法 スイス法もドイツ法と同様,不当利得の規定として,法律又は良俗違反 の場合に返還債権を遮断する規定を置く(スイス債務法第 条!:原則遮 断アプローチ)。最高裁判所(Bundesgericht)は,ドイツ法に比べて本条 を広く適用しており,「良俗又は法律に反する意図について付与者を罰し (maßregeln),国家を汚れた財産移動の撤回に助力することから免れさせ る」,しかも,「受領者もまたこの結果を惹起する意図を有していたかどう か,良俗・法律違反の目的が実際に達成されたのかどうかとは無関係に」 免れさせる"。最高裁判所自身も「事情に応じて道徳上満足のいかない結論 を導く場合がある」ことを認めつつも近時の裁判でこれを甘受しているよ うであるとする#。 一方で,通説は,給付受領者が等しく不誠実の非難を受ける場合には, この者もまた違法又は良俗に反した結果を惹起しようとしたのであるか ら,第 条の適用はもはや信義誠実と合致しないとし,「法律又は良俗 違反の結果を惹起する意図で付与された」とは,法律・良俗違反の行動 を教唆するため又はそれに対して報酬を払うために給付された場合(不正 な報酬(Gaunerlohn))の事例)に限り肯定すべきと主張する(要件アプ ローチ)$。 ( ..)オーストリア法 オーストリア法は,役務供給契約及び非債弁済の箇所において関連する 規定を置く(オーストリア民法典第 条, 条%:原則遮断アプロー ! 同第 条:返還債権の遮断 法律違反又は良俗に反する結果を惹起する意図で付与されたものについて,その返 還債権は認められない。
" Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . # Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .
$ Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . なお, 年 に な っ て,最 高 裁 判 所はこの通説を受け入れ,判例変更を行った(BGE Ⅲ )。
チ)が,無効を基礎づける規範の目的が返還債権の可能性を決するという ことが承認されている。禁止法が義務の発生のみを妨げるのみとされてい る場合には,なお自然債務が発生しているとして,返還債権は生じないと される。これに対して,給付の実行自体が法律違反または良俗違反の場合 には,原則として返還請求が認められているようである"。 ( ..)ギリシャ法 ギリシャ法は,良俗違反の場合に返還債権を遮断する規定を置く(ギリ シャ民法第 条#:原則遮断アプローチ)。他の諸法秩序と同様に,何人も 自己自身による良俗秩序の命令違反を援用することはできないという思考 が顧慮されている。したがって,給付者が良俗違反について非難される場 合には,給付受領者も無効の原因を認識していたかどうかとは無関係に返 還債権が遮断される。in pari 原則に基づいて受領者を優遇することは学説 ! 第 条:不法な目的のための給付(「第 編 物権 第 章 人的物権 第 節 役 務供給契約」) ⑴ 故意により不能又は不法な行為の実現のためにあるものを付与した者は,この返 還を求めることはできない。国庫がどの程度まで没収することができるのかは,政 策的な命令により決せられる。ただし,不法行為を阻止するために行為をしようと する者に対して何かが付与された場合,この返還債権は認められる。 ⑵ 禁止された 博のために付与された貸付金は,返還請求できない。 第 条(第 章 人権及び物権に共通する諸規定 第 節 権利及び義務の消滅 非債弁済) ただし,消滅時効にかかった債務の支払い又は形式の瑕疵にのみを理由に無効であ る債務の支払い,その取立につき制定法が単に訴権を否定しているだけの債務の支払 いは,弁済者が非債であることを知って行った支払いの場合と同様,返還請求できな い。
" Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. , Kap. Rn. . # 第 条:風俗に反する原因のための給付 ⑴ 風俗に反する原因のために給付をした者は,風俗に反する原因が当該者について も存在するときは,その給付したものの返還を請求することができない。 ⑵ 前項の規定は,給付が義務の約束であるときは,適用されない。ただし,約束を した者は,当該約束を履行するために給付したものの返還を請求することができな い。 (訳は,カライスコス・アントニオス「ギリシャ民法典邦訳⑷」比較法学 巻 号 頁( 年)による。)
で批判されており,場合によっては信義則又は権利濫用によってその主張 を封じるべきであるとする。これに対して,反良俗性についてもっぱら給 付受領者のみが知るところであった場合には,返還債権は遮断されない!。 法律違反の場合には,それが良俗違反と評価される場合に限り返還債権 の遮断が問題となる"。 ( .)フランス法圏 ( ..)フランス法# フランス法は,返還債権の遮断について明文の規定を欠くが,フランス 古法で妥当していた nomo audtur 原則を引き継いでいる(原則遮断アプロ ーチ)。この原則はもっぱら公序良俗違反の契約に関係している。 今日の判例学説は,nomo audtur 原則の適用の可否を,①良俗違反と単 なる禁止違反との区別,②違反の重大性についての当事者間の比較,③禁 止目的の維持という つの基準に基づいて判断しているとする(要件アプ ローチ)$。具体的には,①について,基本的な良俗違反が存在する事例に おいて給付の返還債権が否定されることになるのに対し,契約当事者によ る社会及び経済政策上の諸規定の単なる違反の場合には,裁判所は返還請 求を貫徹させる%。②について,これはローマ法上の in pari 原則に由来する が,今日的な説明としては,法秩序の準則を非難されるべき形で違反した 相手方と少なくとも同程度に有責な当事者に法的保護を認めることを禁じ るという衡平(équité)の衡量が重要であるということが強調されている&。
! Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . " Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .
# 邦語文献として,有泉・前掲注 ⑴ 第 号 頁以下,谷口・前掲注 ⑵ 頁以下。 $ Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. .
% Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . もっとも,これについて,学説では, 大雑把な決まり文句にすぎず,法学はこれまで nemo auditur 原則を単に禁止されたに すぎない行為に対しても適用し,逆に良俗違反の行為に基づく原状回復請求権を認め ているとの主張もある。
③については,裁判所は,時として,返還債権の遮断の可否について,当 該禁止目的及び公序に資するかどうかを重視している。これに対して,学 説では,返還債権の遮断の可否のいずれがより公序に資するのかどうかを 判断することはしばしば困難であり,結局のところ,見通しのきかない判 断になるという危険が存在するということが強調されているとする!。 以上より,フランスでは,法律又は良俗違反の場合における返還債権の 遮断の問題について,多層的かつ不統一な見解が主張されており,包括的 でありかつ閉じられた規律体系からはほど遠いとまとめられている。しか し,学説では,むしろこれにより「いわばダモクレスの剣として潜在的な 違反者の頭上に浮かんでおり,威嚇的効力を及ぼす」と積極的な評価を与 える者もいることが指摘されている"。 ( ..)ベルギー法 フランス法と同様,明文の規定を有しないベルギー法は,長らく in pari 原則の適用が統一的なものではなかったが,その後,破棄院は,現実的な
! Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. f.
" Schlechtriem, a. a. O.(Fn. ), Kap. Rn. . その後の改正作業,すなわち,カタ ラ草案(Avant-projet de réforme du droit des obligations(Articles à du Code civil)et du droit de la prescription(Articles à du Code civil), Rapport à Monsieur Pascal Clément Garde des Sceaux, ),及び,司法省草案 年版(Le projet de réforme du droit des contrats)において,原則遮断アプローチを維持した提案 がなされた。もっとも, 年版以降では見送られているようである。 カタラ草案第 − 条(「第 編 債務 第 小編 契約及び合意に基づく債務 第 章 合意の効果 第 節 契約解消後の原状回復」) 故意により公の秩序,善良の風俗,又は,より一般的に,強行規定に反した者は, すべての原状回復を拒絶され得る。 (訳は,法務省民事局参事官室(参与室)編『民法(債権関係)改正に関する比較 法資料』(商事法務, 年) 頁による。第 節の概要について,荻野奈緒「財産 権移転型契約が解消された場合の使用利益返還義務に関する覚書−カタラ準備草案の 検討を手がかりとして−」同志社法学 巻 号 頁以下( 年),とくに 頁 以下。) 司法省草案 年版第 条第 項 故意により公の秩序,又は善良の風俗に反した者は,すべての原状回復を拒絶され 得る。