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http://i-sugawara.jp/ 12 ⽉ 19 ⽇にトランプ⼤統領がシリアからの⽶軍の撤退を表明し、すでに撤退作業が始ま っていることがホワイトハウスから確認された。トランプ⼤統領は同⽇、⾃⾝のツイッタ ーで「我々はシリアのイスラム国(IS)を撃退した。それこそがトランプ政権下でシリア に駐留する唯⼀の理由だ」と決断の理由を簡潔に述べた。 この突然の「⽅向転換」を受けて翌 20 ⽇、マティス国防⻑官が辞任を発表した。ドラマテ ィックな展開がみられたが、この⽶国による対シリア政策の転換は、今後のシリア情勢を めぐる関係勢⼒のパワーバランスを変え、中東地域の戦略構図に影響を及ぼす⼤事件であ る。 今回トランプ⼤統領がUターンともいえる⼤きな政策転換を突然決定した背景と、その地 政学的なインパクトを考察していきたい。 シリア北部で軍事衝突⼨前だったトルコ軍と⽶軍 まず、今回のトランプ⼤統領の「撤退」表明の直前までシリアで何が起きていたのかを説 明したい。同⼤統領が撤退を表明したのが 12 ⽉ 19 ⽇だったが、その直前の 17 ⽇にトル コのエルドアン⼤統領は、戦闘準備が整ったことを宣⾔し、「いつでも作戦を開始できる」 と述べていた。トルコ軍によるシリア北部への侵攻作戦がまさに秒読み段階に⼊っていた のである。 このレポートで何度も取り上げてきた通り、⽶国はオバマ前政権の頃からシリア内戦では クルド⼈の⺠兵組織をパートナーとして対イスラム国(IS)作戦を進めてきた。このクルド⼈ ⺠防衛隊(YPG)は、トルコ政府がテロ組織指定するクルド労働者党(PKK)の姉妹組織で あるため、トルコ政府は過去数年間、⽶国政府に対し「YPG は PKK と同⼀のグループであ りテロリストだから⽀援しないで欲しい」と⾔い続けていた。 これに対して⽶国政府は、YPG 以外にシリアで協⼒できるパートナーが不在だったことも あり、「YPG は PKK とは別組織だ」と主張し、YPG ⽀援を正当化してきた。また、YPG の クルド⼈だけではなく若⼲のアラブ⼈⺠兵も加えて「シリア⺠主軍(SDF)」をつくって YPG ⾊を薄め、無理やりシリアのクルド⽀援を正当化してトルコの批判をかわし続けてきた。 しかし、そうしている間にもシリアのクルド勢⼒(YPG/SDF)は IS からどんどん領⼟を奪
2018 年 12 月 22 日号
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http://i-sugawara.jp/ って⽀配地域を拡⼤させ、今ではシリア全体の国⼟の 25%、トルコとの国境の 65%を⽀配 する巨⼤な勢⼒になってしまった。 シリアのクルド⼈⽀配地域と国境を挟んだ北のトルコ側には PKK の拠点が広がっており、 トルコ政府は、シリアでクルド勢⼒が強くなれば、⾃国内のクルド⼈を刺激して分離独⽴ 運動などが強まると困るため、シリアのクルド勢⼒を何とか弱体化させたいと考えてきた。 トルコはこれまでに何度もシリア北部への侵攻作戦を進め、ユーフラテス川の⻄側の国境 沿いのエリアを⽀配下に収めてきたが、ユーフラテス川の東側の国境沿いはいまだにクル ド勢⼒に押さえられたままであり、何とかしたいと考えてきた。 いよいよシリアにおける IS の拠点がなくなりつつあった 9 ⽉末、エルドアン⼤統領は、 「我々は今後ユーフラテス川東側も含めて安全地帯の数を増やしていく」と発⾔し、同川 の東側の国境沿いの町、コバニ(Kobani)、テル・アビヤド(Tell Abyad)、ラース・アル・ アイン(Ras al-Ayn)、カーミシュリー(Qamishli)の 4 カ所をクルド勢⼒から奪う作戦を⽰ 唆した。 10 ⽉ 28 ⽇にはトルコ側からこれらの町に砲撃が実施され、それ以降何度か越境砲撃が⾏ われた。しかし、まだこの時点では⼤規模な部隊の集結は⾏われておらず、あくまで⽶国 に対する警告という政治的な意味が⼤きかった。 エルドアン⼤統領は、このように軍事的に威嚇することで、⽶国に対して「クルド YPG/SDF への⽀援を⽌めて欲しい、そうしないと我々のクルド攻撃の巻き添えになりますよ」とい うことを態度と⾏動で⽰してきたのである。 しかし、⽶軍は、過去 2 年以上、シリアで共に戦ってきたクルド YPG/SDF との関係を切る ことは考えていなかった。対 IS 作戦を通じて YPG/SDF の軍事的な有能さは証明されてお り、⽶軍にとっては頼れるパートナーである。IS の⽀配地域はほとんどなくなったものの、 まだ各地に残存勢⼒がおり、⽶軍がいなくなれば再び彼らが⼒を盛り返す可能性は⾼い。 いくら YPG/SDF が有能だとは⾔っても、彼らは攻撃型ヘリコプターや戦闘機を持っている わけではない。対 IS 掃討作戦において、⽶軍の航空⽀援は決定的に重要であり、⽶軍の⽀ 援がなければ IS を完全に打倒し、その再台頭を防ぐのは困難だと考えられている。 さらに、シリアで影響⼒を増すアサド政権とその⽀援者であるロシアやイランに勝⼿にさ せないためにも、⽶軍がクルド勢⼒を通じて現地に居座り、プレゼンスを維持することが 重要だ、と⽶軍⾸脳部は考えてきた。この考えは⽶国防総省だけでなく、国務省や国家安 全保障会議(NSC)にも共有されており、クルド勢⼒を通じたシリアへの軍事プレゼンス の維持は、トランプ政権の対シリア政策の中核となっていた(はずだった)。 10 ⽉末にトルコ軍がユーフラテス川東側への砲撃作戦を実施し、同地域への軍事侵攻の準 備を始めると、⽶軍はそれを阻⽌してあくまでクルド勢⼒を守る⾏動に出始めた。 ⽶軍はなんと、ユーフラテス川東側のトルコとの国境沿いに「監視ポストを設置する」と 発表し、レーダーなどを設置してトルコ軍のシリアへの侵攻を困難にする措置をとり始め
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http://i-sugawara.jp/ たのである。トルコ政府が⽶政府に抗議すると、⽶政府は、「この監視ポストは、テロリス トがシリアからトルコへ流⼊するのを防ぐためのものだ」と述べて取り合わない。 エルドアン⼤統領は、「テロリストの流⼊を監視するのになぜレーダーが必要なのだ。⽶国 はテロリストをトルコから守る気か」と述べて怒りを表していた。 さらにダンフォード⽶統合参謀本部議⻑は 12 ⽉ 9 ⽇に、「シリア東部の安定化のため、 YPG/SDF の戦闘員からなる 35,000-40,000 名の治安部隊を訓練する予定だ」と発⾔し、 クルド⼈部隊を主⼒とする恒久的な治安部隊をつくる構想を明らかにした。 こんなことをされては、現在のクルド⼈⽀配地域が永続的にクルド⼈勢⼒のものになって しまうのは⾃明であり、シリア領内に事実上のクルド⾃治区が現在の⽀配地域のラインで 固定化されてしまうおそれが出てくる。 12 ⽉ 9 ⽇に、ロシア政府は、「⽶国のユーフラテス川東側でのクルド⽀援はシリアの領⼟ 的⼀体性を損なうものであり危険である」との声明を発表して、⽶国のクルド⽀援を⾮難 した。 ちなみに⽶国はこれまでトルコ政府に対し、「⽶軍によるクルド⽀援は対 IS 作戦のためで あり、対 IS 作戦が終了すればクルド⽀援は⽌める。クルドに提供する武器や弾薬も IS に 対してしか使⽤させず、この作戦が終了したら回収する」と約束していた。 しかし、⽶国はなし崩し的にクルド⽀援を続け、シリアへの駐留を⻑期化させる⾏動を次々 にとり始めていた。 我慢の限界に達したエルドアン⼤統領は 12 ⽉ 12 ⽇、「我々は数⽇以内にシリアのユーフラ テス川東側への軍事作戦を実⾏することができる」と述べて、軍事侵攻が迫っていること を知らせた。この時までに国境沿いにはトルコ軍やトルコの⽀援するシリア反体制派グル ープ「⾃由シリア軍」の⺠兵部隊が続々と集結していた。 トルコの「本気度」に焦りを感じた⽶政府⾼官は、次々にトルコ政府に対して⾃制を促す 連絡を⼊れ、両国の外相同⼠の電話会談も⾏われ、続いて 14 ⽇にトランプ⼤統領とエルド アン⼤統領の⾸脳同⼠の電話会談が⾏われた。 決定的だったトランプ・エルドアン電話会談 12 ⽉ 14 ⽇のトランプ・エルドアン電話会談が、トランプ⼤統領の考えを変え、シリアか らの⽶軍撤退を決断させる上で決定的に重要だったと伝えられている。12 ⽉ 22 ⽇に AP 通信が報じた「Trump call with Turkish leader led to US pullout from Syria」という記 事を元に、この電話会談の模様を再現してみよう。
トルコのシリアへの侵攻を⽬前に控えて⽶・トルコ政府間の切迫したやり取りが続く中、 ⾸脳同⼠の電話会談の必要性で合意したのはトルコのチャブシオール外相とポンペオ国務
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http://i-sugawara.jp/ ⻑官だった。⽶国家安全保障会議(NSC)が電話会談をアレンジし、12 ⽉ 14 ⽇にトラン プ⼤統領とエルドアン⼤統領が電話で直接この問題について話し合った。 ポンペオ国務⻑官、マティス国防⻑官と他の国家安全保障チームの⾼官たちは、この会談 に先⽴ち、トランプ⼤統領のためにトーキング・ポイントをまとめていた。そのエッセン スは、トルコに対し軍事作戦を⽌めさせることだった。もしトルコ軍がクルド勢⼒を攻撃 すれば、⽶軍の兵⼠たちが巻き添えになる可能性が⾼く、⽶国は受け⼊れられない。トル コと⽶国が協⼒する道を考えるべきだ、というのがトランプ政権のすべての関係者の総意 だった。 もしトルコがどうしても攻撃をするのであれば国境のわずかなエリアだけを与えて⽌めさ せる、そんな落としどころも考えていた。 しかし、いざ電話会談が始まると、すぐにエルドアン⼤統領が主導権を握り、トランプ⼤ 統領は防戦⼀⽅になったという。 エルドアン⽒はトランプ⽒にとって痛いところを突いたようだった。エルドアン⼤統領は、 「トランプ⼤統領は繰り返しシリアにおける⽶軍のミッションはイスラム国を打倒するこ とだと⾔っておられましたよね。もう IS は 99%打倒されましたが、なぜまだシリアに残 る必要があるのですか?もう IS は壊滅同然です。残存勢⼒はトルコが対処しますよ」。 トランプ⼤統領は、この電話会談を聞いていたボルトン補佐官に「IS が 99%打倒されたと いうのは本当か」と確認し、ボルトン補佐官は「軍も国務省もすべての関係者が残された IS のテリトリーは 1%程度であると⾔っています。しかし、IS への勝利を永続的なものに するには領⼟を奪う以上のことを続ける必要がある点でも皆合意しています」と付け加え たという。 しかし、トランプ⼤統領はボルトン⽒の説明の後半部分は無視して「よしじゃあ、⽶軍を 撤退させよう」と突然⾔い出し、ボルトン補佐官とエルドアン⼤統領でさえ驚いたという。 ⽶軍の撤退を求めていたエルドアン⼤統領でさえ、「いや、そこまで性急に全⾯撤退されな くても」と⾔ったにもかかわらず、トランプ⼤統領は「いや、⽶軍はもう撤退させる」と 繰り返し伝えて電話会談を終えたという。 この AP の記事では触れられていないが、おそらくその前の段階でエルドアン⼤統領は、軍 事侵攻の意思が固いこと、すでに 2 万 5 千名に上るトルコ軍部隊を国境沿いに集結させて 何時でも侵攻作戦をはじめられる状態にあること、もはやこれ以上待てないこと、⽶兵は ターゲットではなく巻き添えにするつもりもないので、速やかにシリア北部から撤退して 欲しいこと、トルコの作戦はあくまでクルドのテロリストを打倒することだ、という点も 伝えたのだと思われる。 このまま⽶軍がシリア北部に留まれば、軍事衝突に発展してしまうこと、トルコはそれを 求めていないが、⽶軍はクルドのテロリストを⽀援して、トルコ軍に反撃する⽤意を進め ていることを伝え、なぜ我々が戦う必要があるのか?それは必要なことなのか?これ以上 中東で新たな紛争に突⼊することを望んでいるのか?と順を追って話した上で、「いったい 何のためにシリアに軍を送っているのですか?IS を倒すためだと⾔っていましたよね?」
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http://i-sugawara.jp/ とトランプ⼤統領に詰め寄ったのではないかと想像している。 トランプ⼤統領が、シリアでこれ以上の軍事介⼊を求めていないことはよく知られている。 トランプ⼤統領は以前からシリアの⽶軍を撤退させたいと何度か⼝にしているし、これは 選挙の際の公約でもある。エルドアン⼤統領に詰め寄られたトランプ⼤統領は、確かに撤 退するなら IS をほぼ壊滅させた今をおいてない、と考えたのかもしれない。 この電話会談の後、トルコのメディアは、トランプ⼤統領が⽶軍撤退を約束したらしいと 伝えていたが、これまでもトランプ⼤統領が⼝頭でエルドアン⼤統領に約束したことが結 局実現しないことは何度もあったため、エルドアン政権は懐疑的だったと思われる。 実際、シリアに展開している⽶軍に変化は⾒られなかった。ワシントンでは、この電話会 談後、政権⾼官たちが次々に異論を唱えた。マティス国防⻑官は、「⽶軍の撤退はシリアに おける影響⼒の喪失を意味し、ロシアとイランを利するだけである」と主張。⽶中央軍司 令官のジョセフ・ヴォーテル将軍と IS 作戦を進める有志連合軍の⽶国特使を務めるブレッ ト・マクガーク⽒も、「IS は(YPG の)クルド⼈戦闘員なしに打倒することは出来ない」とし て猛烈に反対したと伝えられている。 マクガーク特使はちょうどメディアとのインタビューで、「IS の敗北を永続的なものにする ためには、彼らから物理的なスペースを奪うだけでは不⼗分だ。我々は単に⼟地を取り上 げてすぐに去るようなことはしない。その地に留まり、これらの地域で安定が維持される のを確実にしなければならない」と述べて、トランプ政権の対シリア政策について説明し たばかりだった。 現場レベルでも、⽶軍はそれまで通り、YPG/SDF を⽀援するため、武器・弾薬や燃料の補 給を加速させていた。実際、12 ⽉ 17 ⽇には、シリア北部のマンビジュや東部のオマール 油⽥にある YPG/SDF の基地に、燃料や武器・弾薬が続々と届いて戦闘準備が進められて いた。 また⽶軍部隊は、トルコ軍の侵攻を抑⽌するため、トルコとの国境沿いのテル・アビヤド (Tell Abyad)やラース・アル・アイン(Ras al-Ayn)、コバニ(Kobani)とテル・アビヤドの 間でパトロールを強化していた。クルド勢⼒もトルコ軍の侵攻に備えて部隊をこの地域に 集結させ、国境周辺には戦⾞や武装⾞両が続々と集まっていることが報じられていた(12 ⽉ 19 ⽇付『Syrian Observatory for Human Rights』)。
⼀⽅のトルコ軍は、すでにシリアとの国境地帯に、トルコ軍と⾃由シリア軍の戦闘員 2 万 5000 ⼈余りを 10 カ所に分散して配置につかせ、侵攻準備を整えていた。トルコ軍はドロ ーンを上空に⾶ばして偵察活動を活発化させ、国境の緊張が⾼まっていた(12 ⽉ 19 ⽇付 『Daily Sabah』)。 そして 12 ⽉ 17 ⽇にエルドアン⼤統領は、「軍事作戦はいつでも開始できる状況だ。トルコ はこの国境沿いにテロの⽞関がつくられるのを決して許さない」と述べて作戦が近いこと を⽰唆した(12 ⽉ 17 ⽇付『Anadolu Agency』。 誰もがトルコによる軍事侵攻は近いと思っていた 19 ⽇、トランプ⼤統領が遂に⽶軍のシリ
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http://i-sugawara.jp/ アからの撤退を発表したのであった。 トランプ⼤統領の突然の決断の背景 12 ⽉ 14 ⽇にエルドアン⼤統領に電話越しでシリアからの⽶軍撤退を伝えたトランプ⼤統 領に対し、焦る⽶政府の幹部たちは何とか⼤統領の決定を覆す、もしくは遅らせるか、少 なくとも撤退のインパクトを最⼩限に抑えるために知恵を絞った。 17 ⽇の⽉曜⽇にボルトン補佐官、マティス国防⻑官とポンペオ国務⻑官はホワイトハウス に集まり、何とか撤退と駐留の中間くらいの策をとれないかと話し合ったが、すでに政権 を去ることが決まっているジョン・ケリー⼤統領⾸席補佐官から、「話し合っても無駄だ、 ⼤統領はすでに撤退を決意した」と伝えられたという。 翌 18 ⽇の朝にも三⼈は再び集まったが、またしても助⾔は受け⼊れられないと断られた。 ⼤統領は 18 ⽇中に撤退を発表したかったが、同盟国や議会に事前に通告する時間が必要で ある、との助⾔だけは受け⼊れられ、⾼官たちは⼀⽇だけ猶予を与えられ、19 ⽇に撤退が 発表されたのである(12 ⽉ 22 ⽇付AP)。 翌⽇の 20 ⽇、マティス国防⻑官は辞表を⽤意して、最後の説得のためにホワイトハウスを 訪れたが、聞き⼊れられず、辞任が決まった。マティス⽒は、⼤統領との意⾒の違いによ り辞めることを明確に記した辞表を公開した。 今回の突然の決定に関し、シリアの現場で過去 2 年以上にわたり YPG/SDF の⽀援・訓練、 そして彼らと共に戦ってきた特殊部隊を始め、現場部隊からの反発は凄まじいものだと考 えられる。国防⻑官として、そんな中でマティス⽒はこれ以上⻑官に留まることは出来な かったのだろう。 トランプ⼤統領がシリアからの撤退を発表した時、「これでマティスは辞任することになる だろう」と咄嗟に思ったが、これほど早く辞任を表明するとは思わなかった。それほど、 ⽶軍内の落胆は⼤きいのだろう。 マティス⽒からすれば、国家安全保障戦略の下でロシア、中国、イランと IS を脅威と位置 づけ、シリアにおいては IS を打倒し、イランの拡⼤を防ぐため、⽶軍は、重要な任務を⽇々 遂⾏していたのに、突然、脅威認識も戦略も関係なしに政策転換を命じられ、同盟勢⼒を 裏切ることになった、もうこれ以上耐えられない、と感じたのであろう。 ⼀⽅、トランプ⼤統領からすれば、このままずっとクルド⽀援を続け、シリアへの駐留を 続けていて、本当に⽶国のためになるのか、という根本的な疑問があったのではないか、 と筆者は考えている。そもそも、シリアからもアフガニスタンからも⽶軍を撤退させたい と⼤統領就任前からトランプ⽒は発⾔しており、中東の戦争からは⼿を引きたいというの が基本的なトランプ⽒の考えである。 しかし、軍事問題は全くの素⼈であるトランプ⽒は、当初は軍部や元軍⼈のアドバイザー たちの意⾒に従い、アフガンでも増派し、シリアやイラクでの増派にも合意した。シリア での軍事作戦の⽬標は IS 掃討作戦だと聞いていたし、⾃分もそのつもりでいたが、いつの
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http://i-sugawara.jp/ 間にか任務が拡⼤していて、終わりのない⻑期駐留の道に進み始めていることに疑問を感 じていたが、何となく⽌めることも出来ずにいて不満を感じていたのではないか。 トランプ⼤統領はそもそも軍事問題への理解が低いことから、「ブーツ・オン・ザ・グラン ド」の重要性を理解していないと思われる。これはトランプ⽒の経歴から考えて無理もな いことだが、同⼤統領はこれまでに何度となく在⽇⽶軍や在韓⽶軍の存在が、「本当に必要 か、何でこんなにたくさん必要なのか」と発⾔していることから考えると、軍のプレゼン スが軍事的にどのような意味があるのかということを理解していないのだと思われる。 そんな中でトルコとの軍事緊張が⾼まり、エルドアン⼤統領からの「もう IS はいないでは ないか」との指摘を受けて、「確かにそうだ、撤退するなら今だ」と直感的に思った可能性 は捨てきれない。この機会を失えば、次の⼤統領選挙までに公約を達成するチャンスは来 ないかもしれない、とトランプ⽒は考えたのかもしれない。 ちなみに、軍は⼀度海外での作戦をはじめたり駐留を始めると、なかなか撤退しようとし ない。ずるずるといつまでも作戦を続けようとする傾向があることは確かだ。オバマ前⼤ 統領も、2009 年 12 ⽉にアフガン増派を決定したが、軍部の説明とは異なり実際には作戦 は予定より⻑期化する⾒通しが出てきたことから、軍部には相談せずに 2011 年 6 ⽉にア フガンからの⽶軍撤退を発表した。この時は、その年の 5 ⽉にオサマ・ビンラディンを暗 殺出来たので、それを⼀区切りとして無理やり「任務達成」を宣⾔したのだった。 今回のトランプ⼤統領の決定は、このオバマ⼤統領の時に⽐べてもはるかに短期間での決 断であり、しかもほとんど⼤統領⼀⼈で決めてしまったようだが、構造的にはとてもよく 似ている。 トランプ⼤統領からすれば、ずっと納得していなかったシリアへの軍事介⼊からやっと抜 け出すチャンスが来たということだったのではないか。⽶軍の幹部連中は反対するが、中 東の戦争への介⼊を⽌めて⽶兵を帰国させれば、末端の⽶兵やその家族たちからは歓迎さ れる、と考えたのかもしれない。 ⽶軍シリア撤退の影響 今回のトランプ⼤統領の決定を最も喜んでいるのはトルコであろう。トルコのメディアは、 ⽶軍のシリアからの撤退=クルド⽀援からの撤退を歓迎する論調で溢れ、トランプ⼤統領 を説得したエルドアン⼤統領の株が上がっている。 エルドアン⼤統領は、21 ⽇の演説で、トランプ⼤統領の決定を受けて、シリア北部への新 たな軍事作戦の開始を⼀時的に遅らせることを明らかにした。撤退作業に⼊る⽶軍部隊を 巻き添えにしないためにも、数ヶ⽉作戦を延期する⽅針だという。 トランプ⼤統領は 100 ⽇以内に撤退を完了させるよう命じているので、⽶軍撤退の完了を ⾒計らって作戦を開始させる予定だろう。今回の決定を受けて、⽶国とトルコの関係が改 善する可能性はある。いまだに両国間には障害が残されているが、⽶国によるシリアのク ルド⽀援は、両国間の最も⼤きな問題だったからである。
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http://i-sugawara.jp/ ⼀⽅、これに対して最⼤の敗者は間違いなくシリアのクルド勢⼒になるだろう。YPG/SDF は、シリアの国⼟の 25%を⽀配するようになったが、その⽀配は盤⽯ではない。IS の戦闘 員たちはいまだに 2000 名から 2500 名ほど、シリア東部の村々に潜伏していると⾔われて いる。 YPG/SDF の戦⼒は、単独では IS とそれほど⼤差はない。あくまで⽶軍の航空⽀援があっ たため、そのエアパワーで敵を圧倒することが出来た。武器・弾薬の補給も含めて、⽶軍 の組織的なロジスティクス⽀援、インテリジェンスや訓練も YPG/SDF の戦⼒を⽀える重要 な要素だった。 この⽶軍の⽀援がなくなり、トルコと IS の⼆つの脅威に晒されるクルド勢⼒は極めて厳し い⽴場に追い込まれたと⾔える。YPG/SDF は、これまで⽶軍と共に⽀援を提供してくれて いるフランスにさらなる軍事⽀援を求めているが、最終的にはアサド政権と取引する他な くなるだろう。 もちろん、⽴場の弱くなったクルド勢⼒は、アサド政権との交渉でも不利な⽴場になる。 交渉がまとまらなければアサド政府軍から攻撃を受ける可能性も⾼まる。すでにアサド⼤ 統領は、反体制派からほとんどの領地を奪還した後、クルド勢⼒の⽀配地域奪還に意欲を ⽰していた。 いずれにしても、⽶軍撤退後のクルド⼈⽀配地域には、⽂字通り⼒の空⽩が⽣じることに なり、トルコ、IS、アサド政府軍+イラン系勢⼒による草刈り場になる可能性が⾼い。 ⽶国がシリアから退場することで、これまで⽶国が⽀援してきたクルド勢⼒が劣勢になり、 今後はトルコ、イラン、ロシアとアサド政権がシリアの将来を決めるメインプレーヤーと してますます存在感を増すことになろう。 そしてシリア内戦のプレーヤー間のパワーバランスが変化することで、この 4 カ国の関係 にも微妙な変化が出てくるはずだ。この 4 カ国間の戦略的な駆け引きが複雑になる中、IS が再台頭する機会も広がる可能性がある。 ちなみにクルドの YPG/SDF は、今回の⽶軍撤退発表後、収容している 1000 名以上の IS 戦闘員の捕虜及び 2000 名の IS 戦闘員の家族を釈放することを検討していると伝えられた。 ⽶国に対する報復なのかもしれないが、そうなればさらに IS の再活性化に繋がりかねない。 今回の決定を受けてシリアにおけるイランのプレゼンスが⾼まる可能性があるが、それに 対して今後サウジアラビアやイスラエルがどのように出てくるのか、にも注⽬が必要であ る。シリアのクルド⼈地域の復興⽀援には、サウジアラビアが資⾦を出してきたが、こう した⽀援事業も進まなくなる可能性が⾼い。 ⽶軍がいなくなることで、イラン系勢⼒の⾏動がこれまで以上に⼤胆になるのであれば、 イスラエルが先⼿を打って攻撃を仕掛ける可能性が⾼まる。サウジアラビアとイスラエル は、イランの拡⼤にもかかわらずシリアから撤退する⽶国に対して、「裏切られた」と考え る可能性もある。これら⼆国と⽶国の同盟関係に今後どのような影響が出てくるのか、と いう点も注意深く⾒ていく必要がある。
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http://i-sugawara.jp/ 中東の戦略バランスを構成していた⼀つのピースが抜けることで、今後思わぬところで新 たな動きが⽣じる可能性がある。いずれにしても中東の⼀層の不安定化は避けられないだ ろう。 編集・発行人 菅原 出 発行日:2018 年 12 月 22 日(土)