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経済教育における「税・財政」の学習に関する一考察

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要旨  「税・財政」という用語は , 歴史学の文献と経済学の文献とでは全く同じ意味で用いられているわけではな いようだ。一方,高校生は , 歴史研究の立場からの「税・財政」を学び,同時に財政学を背景にした「税・ 財政」を教わっている。「公民科」の教師は,歴史学者や経済学者が「税・財政」をどのように記述してい るのかを知った上で授業案を作成するべきではないか。本稿では歴史学者と経済学者が書いた文献の一部を 選び,それぞれがどのように「税・財政」を描いているのかを分析した。その上で,「公民科」が歴史学研 究と財政学研究をつなげる架け橋となる授業案を作成したらどのようなものになるのかを検討した。 キーワード:税,財政,歴史学,財政学

Ⅰ.はじめに

1.結論  本稿の結論は次のとおりである。  高等学校の公民科教師が「税・財政」の授業案を作 成するにあたっては,歴史的分野で学習する「税・財 政」の学習内容と公民的分野で学習する「税・財政」 の学習内容とを接続させて作成するべきだということ である。高校の公民科教師は,目の前の高校生は小中 高校をとおして「税・財政」を歴史的分野と公民的分 野という別々の授業の枠組みで学習していることを認 識して教材を作成するべきだということである。  本稿は,この結論にたどり着くために次のような構 成になっている。  まずはじめに,このような結論に至るまでの問いの 背景を整理する。  次に,その問いを解明するために歴史的分野および 公民的分野の文献では,どのように「税・財政」が記 述されているのかを,それぞれの分野から代表的なテ キストを選び分析した結果をまとめる。  最後に,その分析結果をもとに,高校「公民科」の 授業で,歴史的分野と公民的分野との架け橋を意識し た「税・財政」に関連する授業案を作成する。  以上が本稿の構成である。最後の授業案の作成に関 しては,本研究でのフィールドに限定したものを作成 した 1 つの簡易モデルのようなものである。各教室で は,生徒の状況を分析した上で改造できるものである。 2.本研究テーマの背景  本研究テーマの背景となる問いを①高等学校の教師 の視点からの背景,②高校生の視点からの背景,③教 材の視点からの背景と 3 つに分類してまとめる。  第 1 の教師の視点からの背景として,高校の教師は 社会科系の授業を歴史的分野と公民的分野にわけて担 当しているということをあげる。言い換えると,歴史 的分野と公民的分野の目次を超えた部分の授業案構築 が難しいということである。これに加えて,各教科・ 科目は,教科書の学習内容に従って年間指導計画を作 成し,基本的にはその計画通りに一年間の授業が進め られることになる。このことを本稿の抱えている課題 と関連させるならば,「税・財政」に関連する歴史的 分野と公民的分野の架け橋となる授業案が展開される 可能性は高くなくないという背景があげられる。  第 2 は,高校生からの視点である。高校生は小中高

経済教育における「税・財政」

の学習に関する一考察

歴史的分野と公民的分野における「税・

財政」の学習内容の背景

The Journal of Economic Education No.37, September, 2018

A study of learning on “tax and public finance” in economic education: Background of learning contents of “tax and public finance” in history and civics

KANEKO, Mikio

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校と継続して歴史的分野及び公民的分野の授業を受け ている。そこで,教科書の中から「税・財政」の部分 だけを抜き出してつないでみると高校生によっては次 のようなストーリーを構築することも可能になるとい う背景をあげたい。つまり「歴史の授業に登場する権 力者は,戸籍をつくり農民から年貢を取りたてる。こ の年貢の重さが原因で農民は,反乱をおこすこともあ る。歴史的分野では税は「年貢」・「税」・「税金」とい ろいろな表現が用いられている。これに連続して学習 する公民的分野では,はじめに公民館や図書館,市役 所や公園が登場する。これらの施設は税金で支えられ ており,私たちが税を納めないと大変なことになる。 現代の私たちには納税の義務があるのだ」,というつ なぎかたである。この例は極端なものではあるが,歴 史的分野と公民的分野の架け橋がない中での高校生が どのような学習経験をもってるのか教師にはわからな いという背景である。  第 3 の教材面での背景は,いわゆる租税教育といわ れるものが公民的分野を中心に構成されているという ものである。例えば多くの小中高校教師が手にするで あろう租税教育推進関係省庁等協議会が作成した「租 税教育の事例集」(表 1)を見ると,租税教育の体系 に歴史的分野が入っていないことがわかる。この体系 図の中に,歴史的分野で学習していた「税・財政」が 加わることで,今日の「税・財政」がどのようなもの なのかという理解がよりいっそう深まるはずである。  以上の 3 つの背景から,高校の「公民科」を担当す る教師は,歴史的分野と公民的分野とでは「税・財 政」という用語の用い方が異なる場合があるというこ と,そしてその上で目の前の生徒が小中学生の時に 「税・財政」をどのように学習してきたのかを認識し ているべきではないか,さらに歴史的分野と公民的分 野を接続する授業案の作成が必要なのではないかとい う問題意識を持つようになったのである。 3.研究の目的  このような問題意識を背景に,本研究は次の 2 点を 目標として設定する。  第 1 は,歴史的分野で学習する「税・財政」と公民 的分野で学習する「税・財政」は,どのような点が異 なるのかを公民的分野の授業案を作成する立場から明 らかにしたいということである。  第 2 は,高校生が「税・財政」を学習するために歴 史的分野と公民的分野における学習内容の架け橋とな るような授業案を示すということである。 発達の段階 小学校(社会)※中学年 小学校(社会)※高学年 (公民分野)中学校 (現代社会)高等学校 (政治・経済)高等学校 領域 キーワード 学習内容 社会と国民生活を 支える 税の意義・役割 (税の必要性) 税の大切なきまり や考え方 よりよい社会と税 ・みんなの願い ・生活の安定と向上 健康で良好,安全 な生活を守る諸活 動,公共施設 私たちの暮らしと 政治 (国・地方公共団 体)の働き 市場の働きに委ね ることが難しい諸 問題への国・地方 公共団体の役割 政府の役割 国民経済における政府の役割 ・公共サービスの財源 ・社会の会費 ・税の使いみち 諸活動のために協 力機関や地域の 人々が協力してい ること 政治の働きの費用 は税によって賄わ れていること 公共サービスの財 源を賄う税の役割 財源調達など税の 機能,税の意義と 必要性 財源調達など税の 機能、 生活を支え る税の意義・役割 地域社会の一員と しての自覚を持つ こと 身近な生活と税の 関わり 社会の一員(税の 負担者)としての 自覚を持つこと 納税者として税の 使途に関心を持つ こと 納税者として税の 使途に関心を持つ こと ・国民主権 ・納税の義務 きまりを守ることの大切さ 憲法に納税の義務があること 憲法に定められた 権利と納税の義務, 納税の義務を果た すことの大切さ 納税の義務を果た すことの意義 納税を果たすことの意義 ・税の公平な分担 税はみんなで分担して納めていること 税の仕組み,税の種類・分類 公共サービスの受 益と負担,公平な 税の考え方 (個人と社会の関係, 世代間の公平など) 公平な税の考え方, 税の基本的な仕組み ・持続可能な社会 (財源の確保と配分,財源の課題 社会保障費) 税・財政の課題 (財源の調達と配分) 社会人と税 ・申告納税制度・税に関する仕事 自ら正しい申告・納税をすること 申告納税制度,税に関する仕事 申告納税制度,税に関する仕事 表 1 租税教育の体系図(発達の段階と領域,学習内容) 租税教育推進関係省庁等協議会が作成した「租税教育の事例集」p.26 より

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Ⅱ.研究の方法

 本研究の方法を 2 点あげる。  第 1 は,歴史学と財政学の代表的な文献の分析であ る。それぞれ,歴史学者や経済学者が「税・財政」を どのように表現しているのかを分析するという方法を 用いた。  第 2 は,授業案の作成である。すべての高校生に必 要な「税・財政」の授業案を作成するという課題は, 明らかに筆者の力量を超えたものである。そこで,い ろいろなタイプの高校で活用することができる授業の 骨格となる部分を示すという方法を用いた。

Ⅲ.研究の経過

1.歴史学の文献選び  本稿では,小学館『Jr.日本の歴史』第 1 巻から第 5 巻までの文献を分析した2)。書名と執筆した研究者 は次のとおりである。 表 2 日本の歴史の書名及び執筆者  書 名  執筆者 ①国の成り立ち  旧石器時代から飛鳥時代 小畑弘己(熊本大准教授)寺前直人(大阪大助教) 高橋照彦(大阪大准教授) 田中史生(関東学院大教授) ②都と地方のくらし  奈良時代から平安時代 三上喜孝(山形大准教授)藤森健太郎(群馬大准教授) ③武士の世の幕あけ  鎌倉時代から室町時代 高橋慎一朗(東京大准教授)高橋典幸(東京大助教) 末柄 豊(東京大准教授) ④乱世から統一へ  戦国時代 山田邦明(愛知大教授) ⑤天下泰平のしくみ  江戸時代 大石 学(東京学芸大学教授)  これらの文献から,歴史学者は「税・財政」という 用語をどのように用いているのかをあぶり出そうと試 みた。歴史学者が用いる「税・財政」の用い方は,公 民的分野で用いるものと何が異なるのかという問いに 向かっての調査である。 2.文献分析の留意点  文献分析の留意点は次の 3 点である。  第 1 は,歴史学における「税」の表現方法はどう なっているのかという点に留意して分析を行った。歴 史学においては「年貢」・「税」・「税金」・「租税」とい う幅広い表現方法が見られるからである。  第 2 は,「税」に関連する用語の後に続くコトバに 注目するように留意した。なぜならば,小中高校生が 読む歴史的分野の教科書では「税を取り立てる」や 「うばいとる」という表現が用いられており,公民的 分野の教科書で用いられている「税を納める」という 表現と異なる場合があるからである。歴史研究の世界 では「税」を取り立てるという表現がどのように用い られているのかという点に留意して分析を行った。  第 3 は,歴史学の文献では「財政」という用語がど のくらい,どのように用いられたのかという点に留意 して分析を試みた。歴史的分野と公民的分野とでは 「財政」という用語の意味するところに異なる部分が あるのではないかという問いをもったからである。  公民科教師が手にする財政学のテキストには「1869 (明治 2)年に福澤諭吉が『財政論』を著すまでは, 財政という言葉は存在しなかった」3)と書かれており, その理由として「明治以前の日本には,「財政」とい う現象そのものが存在しなかった」4)と説明されてい るのだ。「財政学での検討対象とするのは近代国家以 降とりわけ現代国家の財政であり」,「市民革命を経て 18・19 世紀以降に確立する近代国家や 20 世紀以降の 現代国家は租税国家としての特徴をもつ」のである5) という財政学の記述に着目して,歴史的分野と公民的 分野の文献を比較検討することを心がけた。 3.分析の経過(1)「歴史学における税の記述 に関して」  本稿で選んだ歴史的分野の文献は,小学館『Jr.日 本の歴史』第 1 巻から第 5 巻である。この文献中に出 てくる「税」に関連する用語を分析した結果は次のと おりである。  第 1 に,本稿で取り上げた歴史学の文献では,税に 関連する用語が飛鳥時代から「税金」という表現で登 場していることがわかった。  具体的には「姓は,政治をおこなう役人にとっては, 大王からあたえられる重要なものでした。しかし,政 治となんのかかわりもないふつうの人びとには姓はた いした意味はありませんでした。姓は,役人が税金を あつめたりするときなどに利用するものにすぎません。 そのためふつうの人びとは,やがて姓をつかわなく なっていくのです6)」とある。  第 2 は,歴史学の文献は,それぞれの時代の記述に より「税」を表す表現が異なるということがわかった。 まとめると次のようになる。

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表 3 時代ごとに異なる「税」の表現 〈時代区分〉 税の表現方法 旧石器時代・飛鳥時代 税金 奈良時代・平安時代 税・租税 鎌倉時代・室町時代 年貢・税金・税・租税・減 税 戦国時代 年貢・税金・税・課税・通 行税 江戸時代 年貢・税金・税・関税自主 権  鎌倉時代・室町時代から「年貢」・「税金」・「税」・ 「租税」と表現の方法が増える。具体的にどのように 書かれているのだろうか。鎌倉時代・室町時代におい ては,38 カ所で税に関連する記述があった7)。その中 で最も多い表現は「年貢」であり全体の約 79%を占 めている。次に多いのは「税金」で約 9.5%,「税」の 約 7%と続く。ほとんどが「年貢」と表記されており, 部分的に「税金」・「税」と書かれているのだ。それで は,数は少ないが,わざわざ「税金」と書かれた部分 はどのような表現なのか。次がその文である。「保元 の乱ののち,政治の中心になったのが信西で,後白河 天皇のもとでつぎつぎに政策を実現していきます。徹 底した荘園整理をおこなって,国土のすみずみにまで 税金を課し,それを財源にして内裏や大内裏を再建し ました」8)。次は「税」が用いられた文である。「地頭 に任命された御家人は,その土地から,さだめられた 額の収入を得ることができたほか,そこに住む人びと からさまざまな臨時の税をとることできました」9) これらから,公民科を担当する教師は,鎌倉・室町時 代においては,取り立てる人や納められるモノにかか わらず「年貢」,「税金」,「税」という用語が幅広く使 われることがわかる。納められるモノに関しては「13 世紀前半以降,銭がひろくつかわれるようになると, 年貢も銭でおさめるようになります」。10)「京都にいる 荘園領主は,年貢として銭を受けとり,米をはじめと する品物を買います」。11)「荘園から京都にいる領主に おさめられる年貢は,それぞれの荘園にある田の面積 をもとにきめられていましたが,じっさいにおさめる 品物は米とはかぎりませんでした」。12)と,年貢は米, 絹,麻布,塩,鉄,植物油といった物品から銭まで多 様であった13)ことから,納める人や物によって「年 貢・税・税金」を区別して用いていないということが 読み取れる。 4.分析の経過(2)「歴史学における財政の記 述に関して」  小学館『Jr.日本の歴史』第 1 巻から第 5 巻までの 文献中に出てくる「財政」に関連する用語を分析した 結果は次の通りである。  第 1 に,家産国家,無産国家の区別なく「財政」と いう用語が用いられているということである。最も古 い時代の記述では「蘇我氏は,屯倉の経営で積極的な 役割をはたし,王権の財政のしごとを担当することで, 6 世紀に力をのばした氏族」14)であると記述されてい る。まとめると次のようになる。 表 4 時代別の「財政」の表現 〈時代区分〉 税の表現方法 記述数 旧石器時代 「王権の財政」 1 カ所 奈良時代・平安時代 「国家の財政」「中央政府 の財政」 7 カ所 鎌倉時代・室町時代 「幕府の財政」 4 カ所 戦国時代 「財政を支える・立て直 す」 2 カ所 江戸時代 「幕府・藩の財政」「朝廷 の財政」 19 カ所  第 2 に,表 4 から「財政」という用語は支配者の経 済活動を対象に用いられていることがわかる。旧石器 時代は「王」,奈良・平安時代は「国家」や「中央政 府」,鎌倉時代以降は「幕府」や「藩」そして「朝廷」 と,いずれも支配者側の経済活動を示している。  具体的な記述を,時代順に示すと次のようになる。  「平安時代というと,貴族たちのぜいたくなくらし ぶりが思いうかびます。しかし,こうしたくらしや行 事を楽しむためには,多額の費用が必要ですから,国 家の財政と貴族の収入がしっかりしていなければなら なかったはずです」15)とある。  鎌倉時代の記述でも「御家人を管理する役所として, 「侍所」が 1180 年に設置されました。つづいて,文書 をつくったり財政を管理する「公文所」がおかれ,の ちに「政所」と改名されました」とある16)  戦国時代の記述でも「戦いのため出兵をくりかえし て,大名家の出費はどんどんふえ,財政をたてなおす のはなかなかむずかしかったようです」という記述が 見られる17)。江戸時代の記述では「参勤交代は藩の財 政を圧迫したのです」18)であるとか,「綱吉のころ, 幕府の財政は深刻な赤字におちいりました」19),また 「(正徳の治のころ)の朝廷は財政がくるしく,幕府の 力を借りなければ,天皇家に新たな分家をつくること もできなかったのです」20)というように,藩・幕府・

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朝廷の 3 つの主体に「財政」という用語を用いている。 5.財政学の文献選び  財政学の文献を選ぶにあたり,多くの公民科教師が 手に取る可能性があるものを選ぶように留意した。具 体的に選んだ文献は次のとおりである。 表 5 分析した財政学の書名及び執筆者 書 名 執筆者 『財政学[改訂版]』2007 年』有斐閣 神野直彦 『財政のしくみがわかる本』岩波書店 2007 年 神野直彦 『財政学』岩波書店 1990 年 池上 惇 『財政学講義第 3 版』2002 年東京大学出版会 林 健久 『財政学第 3 版』2009 年東京大学出版会 貝塚啓明 『財政学』税務経理協会 2016 年 関野満夫 6.分析の経過 財政学における「税・財政」 の記述  財政学の文献では「明治時代のように市民革命が起 きると,土地や労働は統治する人のものではなくなり, それぞれ個人個人,つまり家計がもつようになりま す21)」。「土地や労働を失った政府は,社会をまとめて いくために必要な行為をすることができなくなってし まいます。そこで政府は,国民から貨幣を強制的に調 達するようになります。ただ,この貨幣を強制的に調 達するのには,国民の了解を得なければなりませ ん」22)とある。現代社会における「税」の徴収を学習 する際の知識の基盤になる記述である。  さらに「財政が出てくるためには,2 つの条件があ ることがわかります。1 つは市場経済ができること, もう一つは民主主義ができることです」23)と財政をと らえている。この部分は歴史分野で学ぶ財政とは意味 が異なる。なぜならば,歴史学の文献では市場経済や 民主主義の確立とは無関係に「財政」という用語を用 いているからである。  財政学には「納税者が 「社会的費用と社会的便益の 評価を背景に持ちつつ」 公共部門のサービス供給に対 する欲求を公共的意思決定のための投票によって表示 し,社会の資源を公共部門に配分する過程を解明する 科学である24)」という定義がある。そもそも財政学が 誕生したのが 17 〜 18 世紀とされていることからも旧 石器時代や奈良・平安・鎌倉・室町時代を対象に論じ ている財政とは意味が異なることになる。  「「貨幣に関すること」 という語が財政と結びついた のは,ヨーロッパでは 17 〜 18 世紀以降,すなわち公 権力体の活動が一般に貨幣の収支という形をとるよう になってからのことであって,古代や中世のような, 基本的に自然経済からなる社会・国家にかかわっては 用いられなかったようである」25)ことからも歴史分野 と公民分野の違いを認識できる。 7.高等学校公民科教師の課題  高等学校公民科教師の課題には次のようなものがあ る。  第 1 に,「税・財政」という用語の使い方は,歴史 的分野と公民的分野では異なることを,高校の「公民 科」を担当する教師が認識していなければならないと いうことである。  第 2 に,高校の公民科教師は,目の前の高校生が小 中学生の時に,歴史学・財政学それぞれの枠組みの中 で「税・財政」を学習していることを認識していなけ ればならないということである。  第 3 は,高校公民科教師は,目の前の高校生が経験 してきたそれまでの学習を総括するという重要な役割 を果たさなければならないということである。27) 8.高等学校「公民科」における税・財政学習 の指導方法  本稿での教材の目標は「小中学校及び高等学校で学 習してきた税・財政をふり返ること」によって,「現 代の税・財政を適切に理解する」ということに設定し た。  「公民科」の授業で一時間でできる授業案を目指し た。その概要は次のとおりである。  この学習過程でのポイントは次の通りである。  歴史分野で扱う「税・財政」に関しては,権力者の 私的会計と公的財政が 1 つのサイフのまとめられてお り,どのように支出されているのかという内訳がわか らないなかで「税・財政」という用語が用いられてい たことを確認するという,家産国家の状況を理解する 過程である。  次に,公民分野では,支配者のサイフは 2 つに分け られていることを説明する。1 つは,支配者のプライ ベートのサイフである。他の 1 つは,人々が納めた税 を入れる財布であり,この中に入っているお金の使い 道は皆で話し合って決めるというものである。  同じ「税・財政」という用語を使っているが,仕組 みが異なっていることに気がつくことが重要である。 決して今日の税が歴史分野で学習した年貢と同じ仕組 みをもとにして集められているのではないことを学習 する必要がある。

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Ⅳ.おわりに

 社会科系科目には,歴史的分野と公民的分野の両方 に登場するが,意味が異なるという用語がいくつかあ る。一方の生徒の方は,教科・科目ごとに異なる教師 から指導を受ける。それぞれの科目という小さな枠組 みの中で学習が進むと,用語の定義が曖昧になってし まうことが多々あるのではなかろうか。「税・財政」 に関しては,公民科教師の果たす役割が大きい。高校 の「公民科」では小中学校での学びに加えて,高校で の歴史分野での学習も取り込んだ大きな理解を目指す ことができる。 註 1) すべての教科書が上下巻に分けられているわけではない。 一冊ですべてを扱っているものもあるが,学習する順番 は歴史的分野の学習,公民的分野の学習となっている。 2) 日本の歴史の全体の流れをまとめた文献は多数ある。本 稿では,その中から小学館の『Jr.日本の歴史』を選ん だ。他にも岩波ジュニア新書『日本の歴史』全 9 巻,中 央公論社『日本の歴史』全 26 巻,読売新聞社『日本の歴 史全 13 巻』,文英堂『国民の歴史』全 24 巻がある。これ らの中から小学館の『日本の歴史』を選んだ理由の第 1 は,出版年が最も新しく,最新の学説が反映されている ということ,理由の第 2 は,現役の教師及び高校生が読 む可能性が高いことが予測されるということがあげられ る。 3) 神野直彦『財政学[改訂版]』2007 年 p.5 4) 神野前掲書 p.5 5) 小畑弘己 寺前直人 高橋照彦 田中史生『Jr 日本の歴史① 国のなり立ち』小学館 2010 年 p.244 6) 小畑弘己 寺前直人 高橋照彦 田中史生『Jr 日本の歴史① 国のなり立ち』小学館 2010 年 p.274 7) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊『武士の世の幕あけ 鎌倉時 代から室町時代』小学館 2010 年は,309 ページで構成さ れている。この中から税に関連する記述がどのくらいあ るのかをカウントした。その際に,税に関連する記述を 見つけるごとに,その前後も含めて 1 つの塊としてカウ ントした。1 つの塊の中で複数回「税」に関連する用語が 出てくるが,それをまとめた塊として 1 つとカウントし, 1 冊の中でどのくらいの塊があるのかを調査した。この文 献では,309 ページ中 38 カ所の税に関連する記述が見ら れた。 8) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊『武士の世の幕あけ 鎌倉時 代から室町時代』小学館 2010 年 p.38 9) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊 前掲書 p.81 10) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊 前掲書 p.125 11) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊 前掲書 p.285 12) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊 前掲書 p.284 13) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊 前掲書 p.284 の記述より 14) 三上喜孝 藤森健太郎『都と地方のくらし 奈良時代から平 安時代』小学館 2010 年 p.251 15) 髙橋慎一朗 髙橋典幸 末柄 豊『武士の世の幕あけ 鎌倉時 代から室町時代』2010 年 p.82 16) 山田邦明『乱世から統一へ 戦国時代』小学館 2011 年 p.184 17) 大石 学『天下泰平のしくみ 江戸時代』小学館 2011 年 p.42 18) 大石 学前掲書 p.144 19) 大石 学前掲書 p.145 20) 神野直彦『財政のしくみがわかる本』岩波書店 2007 年 p.10 21) 神野直彦『財政のしくみがわかる本』岩波書店 2007 年 p.11 22) 神野直彦『財政のしくみがわかる本』岩波書店 2007 年 p.13 23) 池上 惇『財政学』岩波書店 1990 年 24) 林 健久『財政学講義第 3 版』2002 年東京大学出版会 p.4 25) 関野満夫『財政学』税務経理協会 2016 年 p.3 26) これは,小中学校の教科書の記述に問題があることを指 摘するものではない。小中学校の教科書は精密機械のよ うな構成になっており,1 つの単元に注目して改良を試み ると全体を見失う危険性がある。高校の「公民科」の授 業で,生徒がそれまでに体験してきた社会科系科目をふ り返る教材をつくることで,過去に受けてきた社会科授 業の意義が高まることに意義を見いだしたい。 教師の発問・指示 予想される学習者の反応 指導上の留意点 1 .小学校の頃の社会科の授業でどのよ うなことが印象に残っていますか? 2 .その中で,はじめて「税や「財政」 が出てきたのはどのあたりの学習だっ たのでしょうか? 3 .歴史分野で学習した「税」について まとめる 4 .公民分他における「税」についてま とめました 5 .この 2 つの学習をみなさんはどのよ うに理解していたのでしょうか? 6 .あらためて「税・財政」について学 習してみましょう。 7.ポイントは「サイフ」 8 .権力者がいくつのサイフを持ってい るのか? この違いで「税・財政」がわかります 1 .最も多い反応は工場見学。街探検や 発表した経験なども話題になる。 2 .歴史分野,公民分野の区別なく様々 な思い出が語られる。 3 ,4.「税(年貢)」を取り立てるとい う表現に関心を持つ。また,突然「関 税」が登場するところも盛り上がるこ とが多い。 5 .暗記中心であった。 よく覚えていない等々 8 .歴史分野の学習において権力者が持 っているサイフは 1 つ。現代の社会で は 2 つであることを理解し,小中学校 での学習内容をあらためて理解する。 これまでの学習経験をふり返る重要な 場面なので,楽しく過去をふり返るこ とができるように配慮する。 いろいろな学習をしてこと,様々な教 師と出会った体験などが語られるので, 丁寧に話を聞き取るように留意する。 権力者のサイフが 1 つの場合には,税 がどれくらい集められたのか,またそ の使い道の内容がわからないことを示 す。 一方,現代社会の場合,私たちから集 めたお金の使い道は皆で決めることを 理解させる。 表 6 学習過程

表 3 時代ごとに異なる「税」の表現 〈時代区分〉 税の表現方法 旧石器時代・飛鳥時代 税金 奈良時代・平安時代 税・租税 鎌倉時代・室町時代 年貢・税金・税・租税・減 税 戦国時代 年貢・税金・税・課税・通 行税 江戸時代 年貢・税金・税・関税自主 権  鎌倉時代・室町時代から「年貢」・「税金」・「税」・ 「租税」と表現の方法が増える。具体的にどのように 書かれているのだろうか。鎌倉時代・室町時代におい ては,38 カ所で税に関連する記述があった 7) 。その中 で最も多い表現は「年貢」であり全体の約 7

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