報告
岡山県で採集されたルーケブカガニ
New record of pilumnid crab Nanopilumnus rouxi (Balss, 1935) (Decapoda) from Okayama
Prefecture, western Japan
浅田 要
1・佐藤大義
2Yo Asada and Taigi Sato
はじめに
ルーケブカガニNanopilumnus rouxi(Balss, 1935) は短尾下目ケブカガニ科に属する甲殻類の一種であ り,南アジアから極東アジアにかけての広い範囲で 報 告 さ れ て い る(Tirmizi & Ghani, 1986; Serène & Umali, 1972; Ng & Davie, 2002; Clark et al., 2008).し かし,国内においては,西日本各地で採集記録が散 見されるものの(大谷道夫氏,私信;前之園唯史 氏,私信),明確な証拠標本に基づく報告は福岡県 糸島及び兵庫県相生湾における2例のみ(大角ほか, 2019; Takeda, 1974)であり,その生息実態の包括的 な把握はほとんどなされていない.著者の一人であ る浅田は,2018年に行われた岡山県版レッドデー タブック改訂のための調査において本種1個体を採 集したため,これを報告する. また本種は,国内における出現状況から国外外来 種である可能性が考えられ,これについての検討も 行った. 材料と方法 検討標本は,岡山県版レッドデータブック改訂に 伴う生物調査中に,備前市日生港に停泊中の漁船に 積まれた養殖マガキ塊より目視で採集されたもので ある.標本は75%エタノール中で保存し,大阪市 立自然史博物館(OMNH)に収蔵されている. 結果及び考察 Pilumnidae Samouelle, 1819 ケブカガニ科 Nanopilumnus Takeda, 1974 カワリケブカガニ属
タイプ種:Medaeus rouxi Balss, 1935, 原指定. Nanopilumnus rouxi(Balss, 1935)ルーケブカガニ Medaeus rouxi Balss, 1935: 45, pl. 2, figs 1–2.
? Medaeus rouxi—Serène & Umali, 1972: 70, pl. 7, fig. 10. Nanopilumnus rouxi—Takeda, 1974: 216, figs 1–9; Tirmizi
& Ghani, 1986: 293, figs 1–8; Clark et al., 2008: 922; 岡山県野生動植物調査検討会,2019: no. 228. 検討標本 OMNH-Ar11217,1雌(頭胸甲長6.2×甲幅9.8 mm), 岡 山 県 備 前 市 日 生 町 日 生 (34°43′36.1″N 134°16′ 19.0″E),2018年3月6日,浅田要採集. 1岐阜大学応用生物科学部 〒501–1193 岐阜県岐阜市柳戸1–1
Department of Faculty of Applied Biological Sciences, Gifu University, 1–1 Yanagido, Gifu, Gifu 501–1193, Japan
E-mail: [email protected]
2 琉球大学理学部
〒903–0213 沖縄県中頭郡西原町字千原1番地 Faculty of Science, University of the Ryukyus, 1 Sembaru,
形態的特徴 甲は横長の楕円形.甲域には半球状の顆粒が散在 する.甲域を分ける溝は幅広く浅い(Fig. 1A).額 の前縁は強く下を向いて僅かに張り出し,中央で切 れ込み2葉となる(Fig. 1B).額縁の上方には前方 に張り出した僅かな一対の隆起があり,その頂点に 長さ2 mm程度の剛毛の束を成す.前側縁には眼窩 外歯を含め4歯あり,それらは顆粒列によって縁取 られ,歯の内側には剛毛束が生じる.眼窩外歯は前 方を向き,前側縁の第2–4歯は斜め前方を向くが, 第4歯になるにつれてより側方を向く.甲幅は第4 歯先端で最大となる.原胃域前縁と前鰓域中央に, 甲を横断するように剛毛が生える. 鉗脚は左右でほぼ同形,同大である.長節は,上 Fig. 1 Nanopilumnus rouxi(Balss, 1935), OMNH-Ar11217.A, 背面;B, 腹面.スケールバー=10 mm.
縁,末端,下縁が外を向いた顆粒で縁取られ,上縁 末端には小葉状,下縁末端には瘤状の張り出しが形 成される.また末端縁の内側に並走して顆粒を伴う 段差が生じ,これが上縁,下縁と接続する.上面内 側は平滑である.腕節には顆粒に覆われた円錐状突 起が間隔を保って数個散在し,各々の突起の顆粒群 の隙間から様々な長さの剛毛が数本生える.また突 起の間隔にも同大の顆粒が散在する.腕節上縁末端 には上方へ突出した小葉状の突起を1つ有し,その 突起の上面には顆粒が生じる.これは掌部上縁に4 つ生じる同形の突起と連続し鋸刃状を呈する(ただ し,4つのうち基部から2番目の突起は他に比べ未 発達である).掌部の上縁と下縁は直線状で,末端 につれ若干幅が広がる.掌部外面上部には,顆粒に 覆われた円錐状突起物を数個具え,そこから剛毛束 が生じる.外面下部には腕節との関節部から掌部末 端にかけ不規則な間隔を持った半球状の顆粒列が数 列縦走するが,顆粒の大きさは列ごとに異なる.ま た顆粒列の一部は,鉗部不動指の2/3以上まで達す る.掌部内面には,実体顕微鏡下で小さな顆粒が低 密度で全体に散在するが,目視では平滑である.可 動指と不動指は細く,先端が湾曲し,各々の内側に 一列の歯を具える. 歩脚は全体的に短い.長節上縁には1列の顆粒が 生じ,それに沿って剛毛が生えるが,その他は平滑 である.腕節の上縁には顆粒列を数列有し,剛毛が 生える.腕節上面の中央にも顆粒列が1列縦走する が,その他は平滑である.前節は腕節とほぼ同じ長 さであり, 上下縁に様々な長さの剛毛を具えるが, 短いものほど本数は多い.また前節上縁から下面中 央にかけて数本の顆粒列が縦走し,その他は平滑で ある.指節は前節とほぼ同じ長さで,下縁に剛毛列 が生じ櫛状となる. 腹部は第3腹節が最も幅広いが,幅は狭く側縁は 直線的である.長さは,最も短い第1腹節から徐々 に長くなり尾節で最長となる. 生時の色彩は全体が薄墨色を呈しており,甲の溝 部や前縁,鋏脚において部分的に赤茶色の模様が入 る(Fig. 2). 考 察 検討標本が採集された日生港は,瀬戸内海に広く みられる内湾性の環境である.しかし,国内外から の過去の報告においてルーケブカガニの生息環境に 関する詳細な記述は行われておらず,また本報告も 1地点のみからの採集報告であるため,環境嗜好性 については吟味を要する.同時に同様の方法で採集 された十脚目は,他にコブカニダマシPachycheles stevensii Stimpson, 1858 1個体のみであった. 国外においては,タイプ産地であるインドをはじ め(Balss, 1935),パキスタン,シンガポール,タ
イ, 香 港 で 記 録 が あ る(Tirmizi & Ghani, 1986; Serène & Umali, 1972; Ng & Davie, 2002; Clark et al., 2008). 日本におけるルーケブカガニの報告は,国内初記 録地である福岡県糸島(Takeda, 1974)の他,福岡 県北九州市(北九州市,2011)や瀬戸内海(宮田ほ か,2011),兵庫県相生湾(大角ほか,2019)があ る.また,琉球大学博物館には,2008–2019年にか けて鹿児島県及び沖縄県で採集されたルーケブカガ ニの標本が収蔵されている(RUMF-ZC-5482: 鹿児 島県鹿児島市喜入中名,2019年1月1日,前之園唯 史採集,係留ロープ;RUMF-ZC-5484: 鹿児島県鹿 児島市喜入中名,2009年9月12日,前之園唯史採 集,係留ロープ;RUMF-ZC-5481: 鹿児島県指宿氏 魚見港,2012年9月10日,前之園唯史採集,係留 ロープ;RUMF-ZC-5483: 鹿児島県指宿市宮ヶ浜港, 2015年12月27日,前之園唯史採集,係留ロープ; RUMF-ZC-5485: 沖縄県中城村,前之園唯史採集, 漁港壁)(前之園唯史氏,私信).さらに,「志布志, 1986, Nov」「桜島,1997, Dec」「泉佐野(大阪湾), 2013, Oct」と記されたルーケブカガニの記録も確認 されており(大谷道夫氏,私信),本種が琉球列島 から瀬戸内海にかけて広く生息している可能性があ る. しかし,本種の記録が原記載地であるインドをは じめとした海外に広く存在している点(Balss, 1935; Tirmizi & Ghani, 1986; Serène & Umali, 1972; Ng & Davie, 2002; Clark et al., 2008),国内初記録以降の採 集記録数が増加している点は,本種が国外からの移 入種である可能性を示唆する.さらに,本報告個体
は日生において盛んに養殖が行われているマガキ塊 より得られたものであり,こういった定期的に更新 される,人為的に形成された構造物への付着は,移 入種としての侵入し易さを仄めかすものである. そこで,本種が国外移入種かを検討するため,岩 崎ほか(2004)に示されている移入種判定基準と照 合させると,「(1)確定,あるいは確実とみられる 移入種」に設定されている4項目のうち,「1)ある 地域において,以前には在来種として認識されてい なかった種」には該当し,「2)その地域での初発見 時またはその前後の時期に,原産地・既分布地と移 入地域との区別が確立されているか推定できる」に ついては,国外での記録地点と緩やかな連続性は認 められるものの,元の分布情報が乏しいため推定す ることは難しい.「3)その地域での初発見時または その前後の時期に,原産地または既分布地からの人 為的移入手段が特定できたか,推定できる」につい ては,日本初記録地点である福岡県糸島市が日本有 数の工業振興地である北九州工業地帯に近接である ことから,移入種であった場合,海外からの船舶が 移入手段として推定できる.ただ,上掲した国内に おける記録地のうち,他の記録地と地理的隔たりの ある琉球列島からの採集例については,自然分布の 可能性も含めその由来の再検討が必要である.「4) ただし,その地域では在来種であっても,別の場所 から新たに人為的に移入されたことが特定できたか 推定できる個体については,移入個体と言及する」 は,人為的移入が特定も推定もできないため適用さ れない. 次に,「( 2)移入の可能性がある起源不明種Cryp-togenic species」に設定されている3項目のうち,1) は,(1)の1)「ある地域において,以前には在来種 として認識されていなかった種」と同じであり,2) は「(1)の2)または3)の条件を満たすことができ ない」で,前者を満たせていないことから該当し, 「3)その種の生息が国内で複数年にわたって確認さ れた種」にも該当している.これにより,本稿では 岩崎ほか(2004)に基づき,ルーケブカガニを「移 入の可能性がある起源不明種Cryptogenic species」 と考えた.今後その動向に注意しつつ,国内各地で の更なる情報収集を行う必要がある. ルーケブカガニの報告で性別の記載のあるものの うち,雌個体の報告は本報告が日本初記録であると ともに,原記載(Balss, 1935)及びSerène & Umali
(1972)に続いて3例目の記録である. 謝 辞 本報告は,2018年に行われた岡山県レッドデー タブック改訂に係る調査に基づくものである. 本報告を執筆するにあたり,標本登録を手配して 頂いた石田惣氏(大阪市立自然史博物館),多数の 文献及び情報を提供して頂いた大谷道夫氏(海洋生 態研究所),標本の撮影を手伝っていただいた櫻井 潤弥氏(岐阜大学),図版の写真撮影においてご協 力頂いた西浩孝氏(豊橋市自然史博物館),執筆原 稿の監修をして頂いた福田宏氏(岡山大学),引用 標本の登録手配及び情報提供にお力添え頂いた前之 園唯史氏(株式会社かんきょう社)及び採集や執筆 時にご助言頂いた渡部哲也氏(西宮市貝類館)(五十 音順)に厚く感謝申し上げます. 引用文献
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Clark, P. F., Ng, P. K. L., Fransen, C. H. J. M., McLaughlin, P. A., Dworschak, P. C. & Keiji, B., 2008. A checklist of Crustacea Decapoda collected from Conic Island Cave and adjacent areas of Hong Kong. Journal of Nat-ural History, 42 (9–12): 913–926. 岩崎敬二・木村妙子・木下今日子・山口寿之・西川輝 昭・西栄二郎・山西良平・林育夫・大越健嗣・小 菅丈治・鈴木孝男・逸見泰久・風呂田利夫・向井 宏,2004.日本における海産生物の人為的移入と 分散:日本ベントス学会自然環境保全委員会によ るアンケート調査の結果から.日本ベントス学会 誌,59: 22–44. 北九州市北九州港港湾管理者,2011.北九州港港湾計 画資料(その2)―改訂―.北九州市港湾空港局, 北九州,p. 92. 宮田康人・本田秀樹・薮田和哉・林明夫・山本民次, 2011.鉄鋼スラグ製品を用いた藻場・魚礁マウン ドへの生物着生.土木学会論文集B3(海洋開発), 67(2): 374–399.
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