目 次
例 言
目次・例言 Ⅰ 組織・予算等 Ⅱ 事業概要 1 組織 2 文化財保護審議会 3 予算・決算の状況 1 文化財の保護・保存 (1)指定文化財の修理概要 (2)文化財普及 (3)文化財パトロール (4)刊行物 (5)文化財指定 2 埋蔵文化財 (1)照会件数 (2)立会調査一覧 (3)試掘調査一覧 (4)調査概要報告 (5)要綱・遺跡一覧・遺跡分布図 Ⅲ 文京区内の文化財 Ⅳ 図書寄贈者一覧 1 1 1 2 2 2 2 3 6 6 8 10 47 51 55 ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ・本書は、平成22年度の文京区教育委員会教育推進部庶務課文化財保護係の年報である。 ・本書に掲載した埋蔵文化財試掘調査は、事業者の協力を得て行った。 ・発掘調査等に係る資料等の保管・活用は、文京区教育委員会が行う。 ・本書の作成に当たり、以下の機関から多大なるご協力を得た。記して感謝したい。(五十音順・敬称略) 大成エンジニアリング株式会社 テイケイトレード株式会社Ⅰ 組織・予算等
1 組織(平成 23年 3 月 31 日現在) 【文化財保護所管組織】 教育長 教育推進部長 (根岸 創造) (原口 洋志) 教育推進部参事庶務課長 事務取扱 (曵地 由紀夫) 文化財保護係長 (松本 健) 主事 (菅波 節子) 文京ふるさと歴史館学芸員 (川口 明代・教育委員会兼務) (東條 幸太郎・教育委員会兼務) 文化財調査員 (池田 悦夫) (町田 聡) (林 純子) (丹野 祥枝) (門田 大悟) (飯島平八郎) (伊郷 吉信) (千葉真由美) (田中 斉) 2 文化財保護審議会 (1)委員名簿 任期:平成 22年 4 月 1 日∼平成 24年 3 月 31 日 氏 名 事 業 名 予算額 決算額 専 門 現 職 ◎谷川 章雄 ○中村ひろ子 佐藤 信 藤井英二郎 内田 青蔵 副島 弘道 岩淵 令治 考 古 民 俗 史 跡 庭 園 建造物 美術工芸 古文書 早稲田大学教授 成城大学大学院非常勤講師 東京大学大学院教授 千葉大学教授 神奈川大学教授 大正大学教授 国立歴史民俗博物館准教授 ◎:会長 ○:副会長 (単位:円) (2)開催状況 《第1回》 平成22年6月4日(金)「教育委員会室」 審議事項 ① 平成22年度文化財保存修理事業について ② 平成22年度文京ふるさと歴史館年間事業予定に ついて ③ 区指定文化財候補の検討について 《第2回》 平成22年9月1日(水)「教育委員会室・区内各所」 審議事項 ① 教育委員会の諮問について ② 指定候補物件の現地視察 《第3回》 平成22年12月3日(金)「教育委員会室」 審議事項 ① 指定理由書(案)の審議について 《第4回》 平成23年1月21日(金)「教育委員会室」 審議事項 ① 「庚申待百万遍講中庚申塔」の文京区指定文化 財への指定について 3 予算・決算の状況 文化財調査員報酬等 (文化財調査員報酬、 活動旅費等) 18,643,000 18,205,361 文化財保護審議会運営 (委員報酬等) 581,000 537,790 指定文化財保護・保存 助成(指定文化財等の 整備・保護育成等) 8,824,000 7,710,450 文化財調査及び保存 (区内史跡・文化財等 の調査・記録) 1,133,000 394,764 埋蔵文化財調査 (埋蔵文化財包蔵地等 の調査、収蔵庫の維 持管理等) 9,489,000 6,952,803 文化財標示板管理 (文化財標示板、坂道標示 板の設置、維持管理) 1,870,000 1,373,400 埋蔵文化財収蔵状況 調査 (収蔵調査、移送作業) 8,450,000 6,804,000紀雄
地 由紀雄) (曵地 由紀雄)Ⅱ 事業概要
文京区指定文化財保護奨励金交付件数 (文京区所有・管理を除く)60件 内 訳 補 助 事 業 名 重文 根津神社本殿他6棟 指定文化財管理事業(国指定) 宗教法人 根津神社 22年7月 ∼23年3月 根津神社本殿他6棟の小修理(透塀の 一部補修工事)を実施した。 重文 護国寺月光殿(旧日光院客殿) 建造物保存修理事業(国指定) 宗教法人 護国寺 22年4月 ∼23年3月 護国寺月光殿の解体工事、地盤補強 工事、木工事を実施した。 重文 紙本著色洋人奏楽図屏風六曲一双 美術工芸品保存修理事業(国指定) 公益財団 法人 永青文庫 22年6月 ∼23年3月 紙本著色洋人奏楽図屏風六曲一双の 状態調査及び解体作業を実施した。 旧安田楠雄邸庭園復旧事業 都指定名勝 財団法人 日本ナショ ナルトラスト 22年9月 ∼23年3月 旧安田楠雄邸庭園の外周塀・生垣設 置工事、樹木の伐採・新植工事、排 水工事を実施した。 宗教法人護国寺 区指定文化財護持院日記保存修理(区指定) 宗教法人 護国寺 22年8月 ∼23年3月 護国寺護持院日記690冊のうち7冊の 補修修理を実施した。 補助事業者 事 業 内 容 期 間 件 数 建造物 無形民俗文化財 美術・工芸・文書・史跡 10件 1件 49件 1 文化財の保護・保存 (1)指定文化財の修理概要 平成3年度より、区指定文化財の所有者・管理者に 対して、指定文化財の保存修理事業に係る助成や文化 財保護保存を奨励するため奨励金を交付している。 また、区内にある国及び東京都指定文化財に対し文 化財保護保存のための修理事業に係る助成を行ってい る。 (2)文化財普及 <標示板設置> 区内に残る文化財や坂道について、由来などを解説 した標示板を設置している。 平成22年度は文化財標示板及び坂道標示板の建替え をそれぞれ1基実施した。平成23年3月31日現在で文 化財標示板が186基、坂道標示板が93基である。 (3)文化財パトロール 文京区指定文化財の現状確認調査として、所有者・ 管理者のご協力のもと、文化財パトロールを隔年で実 施している。平成22年度は文化財パトロール実施の年 にあたり、以下の日程で調査を行った。なお、諸事情 等により現物確認がかなわなかったものについては、 聞き取りを行った。 第1回:7月9日 第3回:2月16日 第5回:3月2日 (4)刊行物 文化財調査の成果として、本年度は『文京区の石造 文化財 ―庚申信仰関係石造物調査報告書―』を刊行 した。これは、平成21・22年度に行った庚申塔を中心 とする庚申信仰関係石造物の所在確認調査の成果を報 告したものである。 書 名 文京区の石造文化財 ――庚申信仰関係石造物調査報告書―― 頒布価格 940円 第2回:9月24日 第4回:2月21日 第6回:3月10日(5)文化財指定 平成22年度は、向丘二丁目38番22号に所在する光源 寺にある庚申塔1基を区有形民俗文化財に指定した。 指定日は平成23年3月1日である。 名称等は以下のとおりである。 ①名称 庚申待百万遍講中庚申塔 ②員数 一基 ③種別 文京区指定有形民俗文化財 ④所有者 宗教法人 光源寺 (文京区向丘二丁目38番22号) ⑤所在地 同上 以下に、資料の概要と評価を指定理由書から抜粋す る。 【法量】 笠・宝珠 高49.0 cm 幅84.0 cm 奥行86.0 cm 塔身 高139.0 cm 幅54.0 cm 奥行47.5 cm 基礎(上) 高42.0 cm 幅82.5 cm 奥行81.5 cm 基礎(下) 高28.0 cm 幅122.0 cm 奥行120.5 cm 総高 258.0 cm 【形状】 形態は笠付角柱型、材質は安山岩である。 基礎が二段あり、その上に塔身・笠、最上部に宝珠 を載せる。 塔身正面に主尊である一面六臂の青面金剛立像を浮 彫する。形相は忿怒相で、両目を開き、開口する。頭 髪は焔髪を呈し、朱の痕跡が認められる。手は左右六 臂で、真手の右は胸前で剣を持ち、左は同じく胸前で ショケラを持つ。脇手上部は右に矛、左に宝輪を持ち、 同下部は右に箭、左に弓を持つ。両足で邪鬼を踏み、 邪鬼の両脇には二鶏(向かって左が牡鶏、右が雌鶏) が浮彫される。その下には三猿が、向かって右から不 聞、不見、不言の順に浮彫される。また塔身正面上部 には、向かって右に瑞雲を伴う日、左に同じく月が浮 彫される。 塔身向かって右側面および左側面には施主銘や願文 が、裏面には六字名号が陰刻で施されるほか、基礎上 段の四面すべて、基礎下段の正面と向かって右側面に は極めて多数の人名が陰刻で施されている。なお、基 礎上段に陰刻された人名のうち、七名分が意図的に削 り消されている。 【銘文】 《塔身向かって右側面》 武運長久息災延命 明和九壬辰歳 庚 申 待 百 万 遍 講 中 七難即滅七福即生 九月吉祥日 《塔身向かって左側面》 天 長 地 久 御 願 圓 満 一 天 四 海 天 下 泰 平 《塔身裏面》 南 無 阿 弥 陀 佛 (蓮座) 《基礎上段正面》(/は人名の区切りを示す) 増尾宗澤/倉本磯五郎/大岡門十郎/永石清八/江弓 氏/冨澤清之丞/三宅治郎三郎/三浦源助/山本杢左 衛門/石野藤兵衛/竹永新三郎/篠原甚五左衛門/永 嶋貞之進/平井庄左衛門/高橋彦左衛門/小林杢左衛 門/同氏隠居/高橋浅之助/富山勘太郎/高野藤兵衛 /大塚三治郎/福田源七郎/近藤勘左衛門/小田弥太 郎/山下亀吉/小室源蔵/赤井源次郎/橋本喜七/渡 邊左平太/坂本與七郎/斎藤忠七/加藤文左衛門/深 野兼四郎/井上喜右衛門/森本孫八郎/御屋鋪守喜兵 衛/恩田茂八郎/越後屋十右衛門/福谷善次郎/多葉 粉屋新右衛門/平井弥右衛門/土屋源八/杉浦清助/ 武蔵屋弥七/茂木弥五郎/高崎屋清八/上野平吉/川 越屋八五郎/村井新平/伊勢屋與惣兵衛/石川源六/ 同清右衛門 こうしんまちひゃくまんべんこうちゅうこうしんとう 写真1 庚申待百万遍講中庚申塔(正面から)
写真2 塔身向かって右側面 写真3 塔身裏面 《基礎上段向かって右側面》 川上定七/日向文八/岩澤八良右衛門/伊内利平治/ 深澤大助/小澤平吉/田名瀬弥七郎/三浦金之丞/松 尾弥兵衛/大川庄治郎/池谷茂八/太田長五郎/川添 弥平太/野口市十郎/佐々木権六/倉持茂左衛門/永 瀬小左衛門/岡 藤右衛門/小俣藤九郎/吉田善兵衛 /渡邊八十之助/小林善助/出口忠次郎/丸山庄治/ 遠藤兵右衛門/後藤多吉/田中氏こと/近藤五郎右衛 門/清水氏豊/大河内源左衛門/和田文蔵/小林傳蔵 /石川吉右衛門/齊藤安平/鈴木伊八郎/吉澤新太郎 /青木熊次郎/北村弥七郎/金指藤八/木村伊助/萩 野三五郎/吉村安右衛門/安藤金五郎/小嶋翁助/岡 村半助/上野傳之助/江上軍次郎/藤田淺右衛門/伊 庭彦六/神谷新次郎/宇野勝之助/加藤磯五郎 《基礎上段向かって左側面》 梶惣八郎/瀧口水龍軒/小幡種五郎/近藤茂十郎/小 林金蔵/御手形持平六/林重左衛門/御屋鋪庄兵衛/ 大塚傳次郎/豆腐屋文四郎/礒部平左衛門/伐継屋三 五郎/中嶋理左衛門/吾妻屋幸右衛門/□□□兵衛/ 植屋新助/岡田五郎左衛門/八百屋権八/鈴木四郎三 郎/石川忠五郎/小栗六左衛門/井筒屋甚助/金井丈 助/百性理右衛門/上野久次郎/河内屋長兵衛/木村 長次郎/町屋金六/菅沼林齊/左官三右衛門/本多喜 之助/伊勢屋清七郎/福林惣治郎/大文字屋治郎兵衛 /蜂谷伊之助/佐渡屋勘助/山田與兵衛/川越屋久五 郎/實岸/笹屋治郎兵衛/石川巳之助/萬屋弥兵衛/ 恩田定八郎/小林七之助/金子氏妙圓/秋山兵蔵/天 野長次郎/信濃屋吉右衛門/村上 氏/越後屋茂八/伊庭嘉兵衛/車 屋市五郎 《基礎上段裏面》 吉濱惣四郎/小野田源次郎/同弥 右衛門/田中清六/村上半次郎/ 近藤友春/同半蔵/海方新助/三 浦平治郎/覺野與三郎/金子藤兵 衛/岡村庄右衛門/鈴木彦右衛門 /小野喜八/石原源兵衛/高津八 郎左衛門/大石彦太夫/野嶋小右 衛門/田中勇八/小野庄之助/同 金十郎/野口伊三郎/伊藤傳左衛 門/近藤庄右衛門/石川清次郎/ 松田吉右衛門/水越弥五衛門/大 川瀬左衛門/鹽山新七/坂入久治 郎/菊池平吉/市村次郎左衛門/ 青木平右衛門/清水直三郎/小杉 清左衛門/福原市十郎/直江文平 /新嶋八郎右衛門/押山宇吉/大工弥兵衛/茂木久治 郎/同喜八/遠藤喜六郎/傘屋傳吉/山本作兵衛/山 口屋吉兵衛/太田善兵衛/疊屋宗兵衛/原井宗無/和 泉屋九郎兵衛 《基礎下段正面》 石川源六/同忠五良/小澤治良右衛門/近藤茂十良/ 茂木弥五良/瀬戸物屋権左衛門/大沢弥右エ門/林吉 五郎/大願主 丸山忠右衛門/同 大寳院/同 万寳 院 《基礎下段向かって右側面》 石工五郎兵衛 【保存状態】 概ね良好である。 なお、宝珠は後補の可能性がある。 平成5年(1993)頃、大観音児童遊園を整備した際、 本庚申塔の基礎部分の地盤下の確認が行われ、基礎が 三段あることが確認されたという。それまでは、地上 に出ていたのは最上段の基礎のみであったが、中段の 基礎に刻銘が確認され、最下段の基礎と中段の基礎と の間に高さ400ミリのコンクリートを入れてかさ上げ し、中段の基礎を地上に上げる措置を行った。その際、 最下段の基礎には刻銘は確認されなかったという。 【備考】 塔身向かって右側面の銘文「庚申待百万遍講中」を 挟んで右に「武運長久息災延命」、左に「七難即滅七 福即生」の願文が陰刻される。「災」「難」が他の文 字より小さく刻まれており、願意を象徴的に表現して
写真4 向かって左側面 いると捉えられる。塔身向かって左側面には、「天長 地久御願圓満 一天四海天下泰平」の願文が陰刻され る。一般的な庚申塔の願文は「二世安楽成就」といっ た個人的な願意を主とするのに対して、本塔では武家 的な文言(「武運長久」)があること、およびより一 般的な文言を有する点からいって、庚申塔の願文とし ては極めて稀有のものに属するといえよう。 なお、塔身背面には、「南無阿弥陀仏」の六字名号 と蓮座が陰刻され、百万遍念仏講と庚申信仰とが習合 した様相を物語る。 上下二段の基礎には延べ218名を数える極めて多数 の人物銘が陰刻される(同姓同名の人物が4名分認め られる)。基礎上段の正面・向かって右側面・同左側 面に各52名ずつ、裏面に50名、合計206名が確認され る。下段の基礎には、正面に「大願主」3名を含めた 11名、向かって右側面に石工1名、合計12名が刻まれ ている。 218名の中には、「越後屋十右衛門」「多葉粉屋新 右衛門」などのように屋号を有する商人や「大工 弥 兵衛」「左官三右衛門」といった職人からなる町人身 分のもの、「田中氏 こと」「清水氏 豊」などのよ うに女性とみられるものが認められるほか、「御屋鋪 守喜兵衛」「御屋鋪庄兵衛」というような武家屋敷の 管理を委託されたと考えられる人物が含まれることに 注目される。さらには「百性理右衛門」というように 「百性(百姓)」を肩書きにもつものや、「同氏(高 橋氏) 隠居」というように隠居した人物が含まれる など、多様な身分階層かつ多様な社会的立場のものか ら構成される。 また、小石川御殿廻に居住した幕府御家人とみられ る武家も20数名ほど確認され、本庚申塔の造立に場末 地域の武家が係わっていた可能性もある。 一方、基礎下段向かって右側面に1名だけ陰刻され た石工の五郎兵衛は、本庚申塔の製作者の石工とみら れるが詳細は不明である。また、3名の大願主は本庚 申塔の造立にあたり勧進元的な役割を果たした人物と 考えられるが、その素性等についても未詳である。 なお、本庚申塔について記した古文書・古記録等の 文献は、現在までのところほとんど確認することがで きない。『御府内備考続編』(巻之五十七、浄土宗) の光源寺の項目には、「○庚申塔」とあるのみである。 現在、光源寺には本庚申塔を含めて三基の江戸時代造 立の庚申塔が確認されるので、これが本庚申塔を指し ているのか定かではない。 【評価】 (1)本庚申塔は、庚申待百万遍講中による造立であ り、江戸中期における当該地域の庚申信仰のあり方の 一端を伝える点で貴重である。 (2)多数の結縁交名がみられることから本庚申塔造 立にあたり結縁した人々の階層構造をうかがい知り得 る点で貴重である。 (3)造立趣旨の願文が一般的な庚申塔と比較して特 異性を有する点で貴重である。 (4)保存状態が極めて良好であり、かつ規模などか ら極めて優品の庚申塔といえる。 (5)以上の諸点から文京区指定有形民俗文化財に指 定するに足る貴重な文化財である。 【参考資料】 ・『文京区史』巻二(文京区、1968年) ・武田久吉『路傍の石仏』(第一法規出版、1971年) ・榎本直樹『文京区の石仏』(私家版、1980年)
2 埋蔵文化財 (1)照会件数 (2)立会調査一覧 月 別 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 合 計 遺 跡 内 42 45 43 37 63 32 36 46 36 47 65 32 524 近接・1000m2以上 41 46 29 33 25 34 37 35 48 43 60 51 482 指 導 無 し 179 157 178 158 154 162 153 183 185 123 158 157 1,947 総 件 数 262 248 250 228 242 228 226 264 269 213 283 240 2,953 立会日時 4月13・20・21日 駒込追分町遺跡 (区No.64) 向丘2−17−3 ガソリンスタンド 解体 宗教法人 浄心寺 遺構・遺物検出 記録保存 記録保存 写真対応 写真対応 4月16日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−15−1 分譲住宅建築 (株)Jホーム 遺構・遺物未検出 4月16日・26日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−15−1 分譲住宅建築 (株)Jホーム 遺物を検出、遺構未検出 ― 春日町(小石川後楽園) 遺跡(区No.48) 後楽1−8−13 仮設建物建築 文京区 遺構・遺物未検出 6月10日 本郷台遺跡群 (区No.47) 弥生1−1−1 配管工事 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物未検出 6月22日 駒込追分町遺跡 (区No.64) 向丘2−17−3 駐車場建設 宗教法人 浄心寺 遺構・遺物未検出 6月24日 春日二丁目遺跡 (区No.10) 春日2−10−22 個人住宅建築 個人 遺物を検出、遺構未検出 6月28日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込5−26−3 個人住宅建築 個人 遺物・遺構未検出 7月20・28日 任意協力 (近接・区No.22) 千石2−46∼白山4−14 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 7月23日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−1−2(A棟) 個人住宅建築 個人 遺物を検出、遺構未検出 7月26・27日、 8月23日 無量院跡 (区No.76) 小石川3−36−3(A棟) 分譲住宅建築 (株)ステップアーバン 遺物を検出、遺構未検出 7月26・27日、 8月23日 無量院跡 (区No.76) 小石川3−36−3(B棟) 分譲住宅建築 (株)ステップアーバン 遺物を検出、遺構未検出 7月30日∼8月11日 本郷台遺跡群 (区No.47) 本郷7−3−1 電気工事 国立大学法人 東京大学 遺物を検出、遺構未検出 8月2日 大塚町遺跡 (区No.86) 大塚2−1 学校施設改修 国土交通省 遺構・遺物未検出 8月5日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−1−2(B棟) 個人住宅建築 個人 遺物を検出、遺構未検出 8月11日 春日町(小石川後楽園) 遺跡(区No.48) 後楽1−8 ボーリング調査 文京区 遺構・遺物未検出 記録保存 8月25日、9月 7∼9日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−3−6 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出。 完掘して終了。 6月28日 弥生町遺跡群 (区No.28) 弥生2−4−22 個人住宅建築 個人 遺物を検出、遺構未検出 6月14日 駒込富士前町遺跡 (区No.68) 本駒込3−33−8 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 遺跡名 所在地 原 因 事業者 所 見 備 考
立会日時 9月1・6・8日 大塚町遺跡 (区No.86) 大塚1−9−1 学校施設解体 国立大学法人 筑波大学 遺物を検出、遺構未検出 9月1日 指ヶ谷町遺跡 (区No.72) 白山2−32−5 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 9月2日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込5−24−14 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 遺跡名 所在地 原 因 事業者 所 見 備 考 9月15日 任意協力 (1000m2以上) 本郷3−19∼12番先 道路工事 文京区 遺物を検出、遺構未検出 9月16日、10月4日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込5−9−5 個人住宅建築 (株)クレバー 遺構・遺物未検出 9月17日 駒込追分町遺跡 (区No.64) 向丘2−17 事務所建設 宗教法人 浄心寺 遺構・遺物未検出 9月22日 新諏訪町遺跡 (区No.60) 後楽1−9∼2−7番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 記録保存 記録保存 記録保存 本格調査に向 けて協議中 9月22・29日、 12月7・24・27日、 1月11・14・21日、 2月10・22∼24日 昌林院跡 (区No.75) 小石川二丁目北遺跡 (区No.99) 小石川2−12∼17, 小石川3−1∼15番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 9月24日 駒込富士前町遺跡 (区No.68) 本駒込3−29−7 集合住宅建設 エヌ・ティ・ティ 都市開発(株) 遺構・遺物未検出 10月6日 林町遺跡 (区No.26) 千石2−12−8 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 10月7日 任意協力 (1000m2以上) 本駒込6−1∼7番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 10月26日 駒込富士前町遺跡 (区No.68) 本駒込3−24 ボーリング調査 財務省関東財務局 遺構・遺物未検出 11月8・15日 丸山新町北遺跡 (区No.90) 白山1−26−7 個人住宅建築 個人 遺物を検出、遺構未検出 11月9日 任意協力 (近接・区No.26) 千石2−14−24 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 11月18日 任意協力 (1000m2以上) 小石川1−25∼ 白山2−1番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 11月29・30日、 12月1・2日、 1月12・13日 任意協力 (近接・区No.54・79) 本郷3−42∼ 湯島2−28番先 道路工事 文京区 遺構・遺物検出 12月15・17日 大塚坂下町遺跡 (区No.65) 大塚5−40−18 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 12月20日 林町遺跡 (区No.26) 千石2−13−4 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 12月27日 本郷台遺跡群 (区No.47) 本郷7−3−1 学校建設 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物検出 写真対応 1月7日 任意協力(近接・区No.10・ 12・95・1000m2以上) 春日2−8∼12番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 写真対応 本格調査 (2011.02.02∼4) 1月11日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−20−20 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 1月6日 区No.35遺跡 本郷6−9−7 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 1月14日 任意協力 (1000m2以上) 白山1−30∼14番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 1月14・31日、 2月1日 大塚町遺跡 (区No.86) 大塚2−1−1 擁壁改修 国立大学法人 お茶の水女子大学 遺構・遺物検出 12月2・13日 本郷台遺跡群 (区No.47) 本郷7−3−1 塀改修 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物未検出 12月9日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−4−5 個人住宅建築 個人 遺構を検出、遺物未検出 8月30日∼9月11日 本郷台遺跡群 (区No.47) 弥生1−1−1 ガス管工事 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物未検出
立会日時 1月18∼21・24日 小石川御薬園跡 (区No.81) 白山4−8−7 道路工事 文京区 遺構・遺物検出 1月29日 大塚町遺跡 (区No.86) 大塚2−1番地先 バス停上屋工事 東京都交通局 遺構・遺物未検出 2月7日 大塚坂下町遺跡 (区No.65) 大塚5−40−18 地質調査 誠心建設株式会社 遺構・遺物未検出 遺跡名 所在地 原 因 事業者 所 見 備 考 2月8・10日 任意協力(近接・ 区No.96・1000m2以上) 湯島3−37∼ 台東区上野2−10番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 2月8・10日 任意協力(近接・ 区No.27・1000m2以上) 本駒込4−6∼19番先 道路工事 文京区 遺構・遺物未検出 2月7・9・15・16・18 ・21・22日 本郷台遺跡群 (区No.47) 本郷7−3−1 道路舗装改修 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物未検出 2月25日、3月2・3日 湯島三丁目北遺跡 (区No.96) 湯島3−43−4 駐車場解体 雲山開発株式会社 遺構・遺物未検出 記録保存 記録保存 記録保存 本格調査(2010. 07.20∼08.23) 本格調査(2010. 06.15∼22) 3月1∼4日 春日町(小石川後楽園) 遺跡(区No.68) 後楽1−6 照明施設整備 東京都東部公園 緑地事務所 遺構・遺物検出 3月2・10日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−25 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 3月4日 真砂町(真砂)遺跡 (区No.51) 本郷4−9−8 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 3月8・10日 大塚町遺跡 (区No.86) 大塚1−6−6 駐輪場建築 国立大学法人 お茶の水女子大学 遺物を検出、遺構未検出 3月8日 春日町(小石川後楽園) 遺跡(区No.48) 後楽1−8 運動場改修 文京区 遺構・遺物未検出 3月9∼11日 柳沢家駒込屋敷(六義館・ 六義園)跡(区No.85) 本駒込6−15−17 事務所建設 (株)日本文化科学社 遺構・遺物未検出 3月28・29日 大塚坂下町遺跡 (区No.65) 大塚5−40−18 上下水工事 誠心建設株式会社 遺物を検出、遺構未検出 3月28・29日 大塚坂下町遺跡 (区No.65) 大塚5−40−18号先 上下水工事 誠心建設株式会社 遺物を検出、遺構未検出 3月28∼30日 任意協力 (近接・区No.7) 小日向1−18−17 集合住宅建設 双葉実業(株) 遺構・遺物未検出 1月17日 小石川御薬園跡 (区No.81) 白山3−7−1 小石川養生所 井戸柵改修 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物未検出 (3)試掘調査一覧 試掘日時 4月13・14日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込5−24−2 個人住宅建築 個人 遺構・遺物未検出 4月14日 任意による試掘調査 (1000m2以上) 小石川5−19−6 集合住宅建設 野村不動産(株) 遺構・遺物未検出 5月12日 本郷台遺跡群 (区No.47) 本郷7−3−1 学校建設 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物検出 5月25∼27日 任意による試掘調査 (1000m2以上) 千石1−4 共同住宅建設 文京区 遺構・遺物検出 完掘して終了 6月1・2日 久堅町遺跡 (区No.12) 小石川3−6−12 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 完掘して終了 6月8日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−17−11 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 完掘して終了 完掘して終了 6月14・15日 久堅町遺跡 (区No.12) 小石川3−6−12 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 7月1日 区No.3遺跡 大塚3−42−3 集合住宅建設 (株)クレバー 遺物を検出、遺構未検出 6月24・25日 龍岡町遺跡 (区No.74) 湯島4−11−10 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 遺跡名 所在地 原 因 事業者 所 見 備 考 4月9日 弥生町遺跡群(区No.28) 本郷台遺跡群(区No.47) 弥生2−11−16 学校建設 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物未検出
試掘日時 9月15・16日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込5−26−10 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 9月21・22日 弥生町遺跡群 (区No.28) 本郷1−12−2 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 10月18∼21・25・ 26日 任意による試掘調査 (近接・区No.109) 大塚2−16−11 集合住宅建設 藤和不動産(株) 遺構・遺物検出 遺跡名 所在地 原 因 事業者 所 見 備 考 10月25∼29日 (区No.27) 本郷台遺跡群 本郷7−3−1 病院建設 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物検出 11月4∼5・8∼10日 駕籠町遺跡 (区No.59) 本駒込2−28−8他 事務所建設 科研製薬(株) 遺構・遺物検出 12月3日 弥生町遺跡群 (区No.28) 弥生町浅野邸貝塚 (区No.28−B) 本郷台遺跡群 (区No.47) 弥生2−16−13 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 本格調査(2010. 12.06∼28) 本格調査 (2010.12.09∼ 2011.01.26) 完掘して終了 完掘して終了 完掘して終了 完掘して終了 完掘して終了 完掘して終了 記録を取り終了 記録を取り終了 記録を取り終了 完掘して終了 本格調査に向 けて協議中 本格調査に向 けて協議中 本格調査に向 けて協議中 12月6日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込5−9−5(B棟) 分譲住宅建築 (株)クレバー 遺構・遺物未検出 12月7・16日 本郷台町遺跡 (区No.66) 本郷6−6−12 集合住宅建設 (株)養賢堂 遺構・遺物検出 12月20日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込5−28−12 集合住宅建設 (株)オープンハウス・ ディベロップメント 遺構・遺物検出 12月21・22日 駒込神明町貝塚 (区No.27) 本駒込4−4−5 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 1月11・12日 任意による試掘調査 (1000m2以上) 大塚4−21−18 監察医務院改築 東京都 遺構・遺物未検出 1月18・19日 上富士前町遺 (区No.16) 本駒込5−18−3 個人住宅建築 個人 遺構・遺物検出 1月20日 茗荷谷町遺跡 (区No.62) 小日向4−8−3 個人住宅建築 個人 個人 遺物を検出、遺構未検出 1月24日∼2月14日 任意による試掘調査 (1000m2以上) 大塚5−39−A 御墓の営建等 宮内庁書陵部陵墓課 遺構・遺物未検出 1月24日∼2月14日 任意による試掘調査 (1000m2以上) 大塚5−39−C 御墓の営建等 宮内庁書陵部陵墓課 遺構・遺物検出 2月23日 駒込神明町貝塚 (区No.65) 本駒込5−10−10 倉庫兼事務所兼 共同住宅建設 光陽セロファン(株) 遺構・遺物未検出 3月10日 無量院跡(区No.76) 小石川3−36−9 分譲住宅建築 吉岡環境開発(株) 遺構・遺物検出 3月13∼18日 本郷台遺跡群 (区No.47) 本郷7−3−1 学校建設 国立大学法人 東京大学 遺構・遺物検出 3月22∼24日 小石川御薬園跡 (区No.81) 白山3−6∼7番先 道路建設 文京区 遺構・遺物検出 1月25・26日 茗荷谷町遺跡 (区No.62) 小日向4−9−1 個人住宅建築 遺構・遺物検出 2月7・8日 駕籠町遺跡 (区No.59) 本駒込2−29−16 個人住宅兼 共同住宅建築 個人 遺構・遺物検出 9月13・14日 弥生町遺跡群(区No.28) 本郷台遺跡群(区No.47) 弥生2−13−2 個人住宅建築 個人 遺物を検出、遺構未検出
調査地点
本調査地点は、武蔵野台地東端、本郷台 に位置し、本郷台の東端部にあたる台地上 に立地している。また、本調査地は駒込神 明町貝塚に該当する。 調査は、個人住宅の建設に伴う発掘調査 で、用地内の埋蔵文化財を記録保存するこ とを目的とする。 調査は、敷地内建物建設予定範囲に2箇 所の試掘坑(1・2号トレンチ)を設定し て行った。表土掘削は重機により行い、 遺構確認は人力により行った。 遺構確認面としたのは現地表面から 1.5m程の深さであり、その際の自然堆積 層は、立川ローム第X層に相当する。 測量に関しては、調査区北西側、敷地境 界杭(コンクリート製)を仮のベンチマー ク(0.00m)として設定し、土層断面図、 平面図の作成に用いた。また、平面測量は トータルステーションを使用して行った。 建築予定範囲の北東隅に、2.0×4.0mの 試掘坑(1号トレンチ)を設定して調査を 行った。試掘坑は残土置場を確保しなが ら、最終的に3.0×6.0mまで拡張を行っ た。また、建築予定範囲の北西隅に、3.0 ×4.0mの試掘坑(2号トレンチ)を設定し て調査を行った。トレンチの大部分が攪 乱されており、建物基礎の深度(GL− 1.8m)まで掘削し、調査を終了した。 今回の調査地点はGL−1.5mから1.8m までが現代の盛土により攪乱されており、 遺構及び遺物の検出にはいたらなかった。 (4)調査概要報告駒込神明町貝塚
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 作 業 経 過 調 査 結 果 東京都文京区本駒込五丁目24番2号 個人住宅建築 2010年4月13・14日 30m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 テイケイトレード株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 写真2 2号トレンチ全景(南東から) 写真1 1号トレンチ全景(南東から)境界杭 (入口) 試掘坑 0 1/600 10m 本調査地は、武蔵野台地東縁部の小石川 台地上に位置する。当該地は、縄文・近世 の遺跡として登録されている久堅町遺跡 (区No.12)の範囲に該当している。 事業予定地内の東側に、2.0×3.0mの試 掘坑(トレンチ)を東西方向に一箇所設定 した。表土を重機により掘削し、人力によ る精査の後、遺構・遺物の存否確認を行っ た。検出された遺構に対し、任意による番 号を順に付し、図面・写真による記録を行 った。出土遺物については基本的に一括し て取り上げ、明らかに遺構覆土中から出土 した遺物については各遺構別に取り上げ た。調査終了後は埋め戻し、旧状に復した。 現地表面より約1.4mの深さまで表土 (ガラ)で覆われていた。それより下0.6m 程で暗褐色土の自然堆積層が確認でき、西 半分で3基の遺構が検出された。南西部に 検出された1号遺構は、地下室の可能性が 考えられたため南側を1.4×2.5m程拡張 して調査したところ採土坑であることが 確認できた。西側は調査区外であるため全 容は把握できなかったが、確認範囲では表 土直下から大きく5層の堆積が観察でき、 遺物も多数出土したため埋め戻し時にゴ ミ穴に転用した可能性が考えられる。2号 遺構は、長方形の土坑で北西隅に検出され た。3号遺構は試掘坑を南北方向に走行す る溝で、検出面では幅0.7m程を測る。 近世陶磁器類を主体にコンテナ2箱の 遺物が出土した。このうち1箱は1号遺構 からの出土で肥前産染付碗・皿(コンニ ャク印判装飾)、肥前現川碗、肥前産京焼 風鉢、志戸呂産瓶(由右衛門徳利)、「泉湊 伊織」銘焼塩壺、かわらけ皿、焙烙等が出 土している。2号遺構からは磁器・陶器の 他、鉛透明釉が施された土器、3号遺構か らは肥前産染付碗などが出土し、今回の調
久堅町遺跡
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 出 土 遺 物 東京都文京区小石川三丁目6番12号 個人住宅建築 2010年6月1・2日 15m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 大成エンジニアリング株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 第2図 試掘坑配置図(S=1/600) 写真2 試掘坑西壁(1号遺構)断面(東から) 写真1 試掘坑全景(北から)調査地点
査では製作年代が17世紀後葉から19世紀 後葉の遺物が出土している。 今回検出された遺構のうち、1号遺構、 3号遺構からは、17世紀後葉から18世 紀中葉、2号遺構からは、19世紀中葉か ら明治期の遺物が出土した。3号遺構は 遺構年代を判断する遺物が少ないもの の、1号遺構と3号遺構は年代傾向がほ ぼ一致し、18世紀中葉には廃絶された可 能性が高い。2号遺構の廃絶時期は19世 紀後葉以降である。 調 査 所 見 写真3 1号遺構出土遺物 写真4 2号遺構出土遺物 写真5 3号遺構出土遺物 第3図 試掘坑 平面図・断面図(S=1/80) A 境界杭-1.70m A' B 境界杭-1.70m B' B B' A A' 0 1/80 2m 表土(ガラ) 表土(ガラ) 2 2 1 3 5 6 7 9 8 4 2 1 3 1号遺構 3号遺構 2号遺構 攪乱 トレンチ
調査地点
本調査地は、本郷台地の東端部に立地 し、縄文時代中期の集落として登録されて いる駒込神明町貝塚(区No.27)の範囲に 該当している。 事業予定地内の南側に、2.0×3.0mの試 掘坑(トレンチ)を南北方向に一箇所設定 し、表土を重機で掘削した。検出された遺 構は、図面・写真による記録を行った。出 土遺物については基本的に一括して取り 上げ、明らかに遺構覆土中から出土した遺 物については遺構一括として取り上げた。 調査終了後は埋め戻し、旧状に復した。 現地表面から0.4m程の深さで、全面 的に暗褐色土が確認されたため、人力に より精査したが、この時点で遺構の存否 確認はできなかった。そこで、試掘坑の 東壁際に0.7m程の幅でサブトレンチを設 定し、更に重機で慎重に掘り下げた。 0.9m程の深さで壁際に縄文土器の口縁 部とローム面が検出された。土器は埋甕 の可能性が高く、ローム面は竪穴住居床 面の可能性が考えられたため人力で確 認したところ、僅かだが硬化面が確認で きた。住居跡の可能性が高まったため、 試掘坑全体をこの面まで掘り下げたと ころ、ソフトローム上面で住居のプラン が検出され、南側と東側は調査区外へ続 いていることが確認できた。覆土は移植 コテで掘削し、床面および壁面を検出し た。南側に柱穴が1基検出されたため、 半截後完掘した。埋甕は、焼土やローム 被熱の痕跡から深鉢の口縁部を転用した 炉(埋甕炉)であることが確認された。 出土遺物の大半は縄文土器で、阿玉台 式・勝坂式・加曾利E式が見られるが、 最も多いのは勝坂式である。炉に使用さ れていた物は、加曾利E1式(新地平編 年の10c期)である。縄文土器の他には、駒込神明町貝塚
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 出 土 遺 物 東京都文京区本駒込四丁目17番11号 個人住宅建築 2010年6月8日 6m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 大成エンジニアリング株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 第2図 試掘坑配置図(S=1/200) 写真1 試掘坑南壁土層堆積状況(北から) 0 1/200 5m 試掘坑 境界杭 (道 路) (道 路)近世の平瓦ないし桟瓦の破片と磁器碗 破片が出土した。 調査範囲が狭いため住居の全容は把握 できなかったが、構築年代は炉に使用さ れていた土器が加曾利E1式であるため 縄文時代中期後半と推測される。勝坂式 や阿玉台式土器は住居埋没時の流れ込み と思われる。 調 査 所 見 第3図 試掘坑 平面図・断面図(S=1/60) 写真2 1号遺構完掘(西から) 写真3 埋甕炉(西から) 写真4 出土遺物 写真5 出土遺物(埋甕炉) 表土 表土 攪乱 B B' 0 1/60 2m A A' A 境界杭-0.20m A' A 境界杭-0.50m A' B 境界杭-0.20m B' A A' 1 2 3 5 4 1 1 1 2 5 6 77 1号遺構 (住居) 柱穴 ト レ ン チ 埋 甕 炉 ト レ ン チ
調査地点
本調査地は、武蔵野台地東縁部の小石川 台地上に位置する。当該地は、縄文・近世 の遺跡として久堅町遺跡(区No.12)に該 当している。 隣接地において実施した調査の結果を 踏まえ、事業予定地内の東側に試掘坑を設 定した。隣接地の調査では大型のごみ穴が 確認されており、今回の調査ではその延長 および全容を把握することを目的とした。 残土置場と重機位置を確保するため、便 宜上試掘坑をA(3.0×2.8m)と、B(3.5 ×2.7m)に分け調査を実施した。掘削深 度が深いことが予想され安全上段掘りを 実施したため、遺構底面まで確認できた範 囲は非常に狭いものとなった。 表土を重機により掘削し、人力による精 査の後、遺構・遺物の存否確認を行った。 検出した遺構は、図面・写真による記録を 行った。遺構番号は、隣接地における調査 結果と照合し、同一遺構と判断されたた め、それを踏襲した。出土遺物については 基本的に一括して取り上げたが、一部の遺 物は層位ごとに採取した。調査終了後は 埋め戻し、旧状に復した。 現地表面より約1.7mの深さまで表土 で覆われ、これ以下から1号遺構を検出し た。遺物を採取しながら、掘削を行った結 果、現地表面から約4.3mの深さで底面を 確認した。 試掘坑Aでは、1号遺構の上場を確認し たものの、試掘坑Bでは壁面を確認でき なかった。今回および隣接地の調査結果か ら、1号遺構は少なくとも東西5.0m以上、 南北4.5m以上、深さ2.6m以上の大型遺構で あることが判明した。 近世陶磁器類を主体にコンテナ3箱の遺 物が出土した。この大部分は1号遺構から 出土したものであり、磁器は、主文様が久堅町遺跡
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 出 土 遺 物 コンニャク印判装飾の肥前産染付碗、染 付蓋物、陶器は美濃・瀬戸産腰錆碗、瓶、 肥前現川碗、肥前産京焼風鉢、三島手鉢、 土器は在地のかわらけ皿、瓦灯皿、方形 火鉢、「泉湊伊織」銘焼塩壺など17世紀 後葉から18世紀中葉に製作された遺物 が主体となっている。この他、鞴の羽口 や、バイガイ・アカガイ等の貝類遺存体 も確認されている。 今回検出された1号遺構は、形態特徴 から採土坑と推測され、覆土中の遺物の 出土状況および覆土の堆積状況からごみ 穴として廃棄されたものと考えられる。 前記のとおり、出土遺物の製作年代幅は 概ね17世紀後葉から18世紀中葉となる が、陶磁器類の年代傾向から18世紀中 葉には廃絶されたと思われる。このよう な遺物の年代傾向は隣接地の調査で確認 された遺構と同様であり、同一遺構であ ることを追認する結果が得られた。 調 査 所 見 東京都文京区小石川三丁目6番12号 個人住宅建築 2010年6月14・15日 約17.8m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 大成エンジニアリング株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 第2図 試掘坑配置図(S=1/400) 境界杭 (入口) 試掘坑 文京区小石川 3-6-12地点 (その1) 平成22年6月1日 ・2日実施 0 1/400 10m第4図 試掘坑B 土層断面図(S=1/60) 第3図 試掘坑平面図(S=1/60) 写真1 1号遺構土層断面 (試掘坑A 北から) 写真2 1号遺構土層断面 写真3 1号遺構出土遺物(一括) (試掘坑B 南から) 写真4 1号遺構出土遺物(4層) 写真5 1号遺構出土遺物(6層) A 境界杭-1.0m A' A A' 0 1/60 2m 0 1/60 2m 表土(ガラ) 美濃・瀬戸産瓶 かわらけ皿 肥前産灰釉輪禿鉢 肥前産 染付碗 在地産土器 方形火鉢 2 1 3 4 5 6 7 1号遺構 試掘坑A 試掘坑B 1号遺構
調査地点
本調査地は、武蔵野台地東端の本郷台地 南東縁辺部に立地し、現地表面の標高は 15m前後を測る。当該地は、縄文・弥生・ 平安・近世を含む複合遺跡として登録され ている龍岡町遺跡(区No.74)の範囲内に 位置しており、江戸時代には「徳川四天王」 と俗称された榊原家の「池之端屋敷」が所 在していた。 事業予定地内に、3.1×7.1mの試掘坑 (トレンチ)を南北方向に一箇所設定し た。表土を重機により掘削し、人力による 精査の後、遺構・遺物の存否確認を行った。 検出された遺構順に番号を付し、図面・写 真を記録した。出土した遺物は、遺構ごと に一括して取り上げた。但し、試掘坑北半 分の下層の暗褐色土層の遺物については、 ドット(点)で取り上げた。調査終了後は 埋め戻し、旧状に復した。 現地表面より約0.4mの深さまでガラ で覆われていた。それより下は盛土層で、 今回の調査深度約1.6mの間に4層から5 層の堆積が確認できた。深さ約1.0mで、 試掘坑の北半分は暗褐色土が主体の層に なり、このレベルで南側に正方形の土坑(1 号遺構)と北壁沿いに溝状遺構(2号遺構) が検出された。更に0.2m程下からは、東 西の壁際にそれぞれ土坑(3号・4号遺構) が絡んでいるのが確認された。これらの遺 構が確認できたのは現地表面から約1.2m の深さだが、試掘坑の断面観察では表土下 から掘り込まれているのが確認できる。同 じく断面観察で、2号遺構も表土下から掘 り込まれているのが確認されたため、最初 に検出された1号遺構も表土下から掘り込 まれていた可能性が高い。つまり、検出 遺構は表土直下の盛土層を掘り込んで構 築されていたと考えられる。 コンテナ2箱の遺物が出土したが、大龍岡町遺跡
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 出 土 遺 物 半は1号遺構からの出土である。近世陶 磁器類が主体で、肥前産青磁染付碗蓋や 見込みにコンニャク印判で五弁花の装飾 された筒型碗、陶器では美濃・瀬戸産の 腰錆碗や撫肩の高田徳利、土器では鉛透 明釉の施された灯明受皿や焙烙等が出土 している。陶磁器類以外では瓦がやや纏 まって出土した。大半は平瓦ないし桟瓦 の小片だが、丸瓦も見られ、このうち3 割程に二次焼成が認められる。3号遺構 からは、外面に若松文の染付けされた肥 前産磁器碗、陶器では美濃・瀬戸産の高 田徳利・肥前京焼風合子、土器では在地 の火鉢や風口等が出土している。2号・4 号遺構からは、遺物は出土していない。 なお、北側の暗褐色主体土からは土錘や 土師器小片等も出土している。 今回検出された遺構は表土直下の盛土 を掘り込んで構築されている。当該地が 盛土により整地された時期は不明だが、 榊原康政が当該地一帯を拝領した天正 18(1590)年頃とすれば、検出遺構もか なり古い可能性もある。但し、1号・3 号遺構から出土した遺物には、18世紀後 葉から19世紀中葉に纏まりが見られる ため、遺構自体の廃絶時期はこの頃と考 えられる。 調 査 所 見 東京都文京区湯島四丁目11番10号 個人住宅建築 2010年7月24・25日 22m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 大成エンジニアリング株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500)第3図 試掘坑 平面図・断面図(S=1/80) 第2図 試掘坑配置図(S=1/400) 写真1 遺構プラン検出状況(南から) 写真2 試掘坑東壁(西から) 写真3 1号遺構出土遺物 写真4 3号遺構出土遺物 0 1/400 10m 試掘坑 1 1 2 2 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 6 7 8 9 表土 10 11 12 13 14 15 B 14.50m B' B B' C 14.50m C' C C' A 14.50m A' A A' 2号遺構 4号遺構 1号遺構 3号遺構 0 1/80 2m 1号遺構 3号遺構
調査地点
本調査地は、本郷台地の東縁部に立地し、 縄文・弥生・近世の複合遺跡として登録さ れている弥生町遺跡群(区No.28)と旧石 器から近世に亘る複合遺跡として登録さ れている本郷台遺跡群(区No.47)の範囲 に該当している。 事業予定地内の南側に、2.0×6.0mの試 掘坑(トレンチ)を南北方向に一箇所設定 し、表土を重機で掘削した。検出面および 試掘坑断面での堆積状況は、図面・写真に よる記録を行った。断面図の標高は、調査 地北西隅の境界杭からのマイナス値であ る。出土遺物については基本的に一括して 取り上げたが、堆積層が確実なものは層ご とに分けて取り上げた。調査終了後は埋 め戻し、旧状に復した。 現地表面から0.8m程の深さで自然堆積 層が確認されたため人力により精査し たが、西半分は攪乱(ガラ)状態であり、 遺構は検出されなかった。 調査地は台地下に位置しているためか 検出層は全体的に砂層であるが、黒ボク土 層も確認された。分布状況を見ると、茶褐 色砂が主体で南側に暗灰褐色砂と灰褐色 砂、北東部から南側にかけて黒ボク土が帯 状に検出されている。 黒ボク土からは土器片が16点出土し た。他に南側の灰褐色砂層から3点、茶褐 色砂からも1点出土している。大半は弥生 式土器だが、小片のため不明なものも多 い。器種は、確認できた範囲では甕の口縁 1点の他は胴部片と思われる。なお、攪乱 からは土器片の他に、近世の磁器碗破片や 陶器瓶(徳利)・土鍋破片などが出土した。 調査地は弥生遺跡群に属するが、台地下 に位置するため集落等の居住域からは外 れていると思われる。出土遺物のうち、弥 生式土器は西側の台地からの流れ込みと 思われる。検出面は砂層が入り組んだ状 態であったため、当時は台地下を流れる 河川などであった可能性も考えられる。弥生町遺跡群・本郷台遺跡群
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 出 土 遺 物 調 査 所 見 東京都文京区弥生二丁目13番2号 個人住宅建築 2010年9月13・14日 12m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 大成エンジニアリング株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 第2図 試掘坑配置図(S=1/200) 試掘坑 (道 路) 0 1/200 5m 境界杭第3図 試掘坑 平面図・断面図(S=1/80) 写真1 自然堆積層確認状況(北から) 写真2 試掘坑東壁断面(西から) 写真3 黒ボク土出土遺物 写真4 灰褐色砂出土遺物 A A' B B' 0 1/80 2m A -0.40m A' B -0.40m B' 攪乱(ガラ) 攪乱(ガラ) コンクリート 2 2 1 1 3 暗 灰 褐 色 砂 茶 褐 色 砂 茶褐色砂 攪乱 茶褐色砂 茶褐色砂 黒ボク土 黒ボク土 黒ボク土 灰褐色砂
調査地点
本調査地は、本郷台地の東縁部に立地し、 縄文時代中期の集落として登録されてい る駒込神明町貝塚(区No.27)の範囲に該 当している。 事業予定地内の東側に、6.2×5.0mの試 掘坑(トレンチ)を東西方向に設定し、表 土を重機で掘削した。検出された遺構は順 次遺構番号を付し、図面・写真による記録 を行った。断面図の標高は、調査地西側道 路上の消火栓マンホール中心からのマイ ナス値である。出土遺物については基本的 に一括して取り上げ、明らかに遺構覆土中 から出土した遺物については遺構一括と して取り上げた。調査終了後は埋め戻し、 旧状に復した。 現地表面から0.4mほどの深さで、全面 的に暗褐色土の自然堆積層が検出された。 人力により精査したところ8基の遺構が 確認できた。1号から6号遺構は土坑、7 号・8号遺構は小穴だが具体的な性格は確 認できない。 1号遺構と2号遺構は大きく重複してお り、断面観察からは東側の1号遺構が2 号遺構を切っているのが確認された。3 号・4号遺構も僅かに重複しているが、同 じく断面観察により4号遺構の方が新し いことが確認できた。小穴の7号と8号遺 構は隣接して検出されているが、2基のみ であるため柵列等の同一遺構の一部であ るかは確認できなかった。 全て小片だが、15点の遺物が出土した。 内訳は、1号・2号遺構からは近世陶器瓶 (高田徳利)1点と縄文土器2点、時期不 明の土師器1点が出土した。3号遺構から は、美濃・瀬戸産と思われる陶器皿が1 点、4号遺構からは近世のかわらけと時期 不明土器および黒曜石が1点ずつ出土して いる。5号遺構からは6点出土している。駒込神明町貝塚
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 出 土 遺 物 磁器の水滴と丹波産と思われる擂鉢、 鉛透明釉が施された灯明受皿およびか わらけと砥石(仕上砥)が各1点ずつで ある。他に表土から近世土器と思われ る小片1点が出土している。 今回の検出遺構は、出土遺物から全て 近世の遺構と思われる。調査地は縄文時 代中期の集落として登録されている駒込 神明町貝塚の範囲に位置しているが、縄 文時代の遺構は検出されなかった。それ ゆえ、当該地は集落からは外れていると 思われるが、近世遺構の覆土中に縄文土 器も入り込んでいたため近隣には縄文集 落が分布しているものと推測される。 調 査 所 見 東京都文京区本駒込五丁目26番10号 個人住宅兼共同住宅建築 2010年9月15・16日 31m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 大成エンジニアリング株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 第2図 試掘坑配置図(S=1/400) 試掘坑 ︵ 道 路 ︶ ︵ 道 路 ︶ (道 路) 0 1/400 10m写真1 遺構プラン検出状況(西から) 第3図 平面図・断面図(S=1/80) 写真3 5号遺構出土遺物 写真2 試掘坑東壁断面(西から) B -0.20m B' C -0.20m C' D -0.20m D' E -0.20m E' F -0.20m F' G -0.20m G' A A' 0 1/80 2m B B' C C' D D' E E' F F' G G' A -0.00m A' 攪乱(ガラ) 2 2 2 2 2 1 1 1 3 3 5 4 2 2 2 2 2 1 1 1 1 1 3 1号遺構 1号・2号遺構 2号遺構 3号遺構 3号遺構 4号遺構 4号遺構 5号遺構 5号遺構 6号遺構 6号遺構 8号遺構 8号遺構 7号遺構 7号遺構 攪乱 攪乱 攪 乱 攪 乱 攪 乱 攪 乱 攪 乱
調査地点
本調査地は、本郷台地の南側縁辺部に立 地し、縄文・弥生・近世の複合遺跡として 登録されている本郷元町北遺跡(区No.32) の範囲に該当している。 事業予定地内の北側に、2.0×3.0mの試 掘坑(トレンチ)を東西方向に一箇所設定 した。深度が深かったため、深さ1.5m程 からは先に東半分を調査し、遺構が検出さ れた場合は改めて西半分を調査すること にした。 表土は重機により掘削し、人力による精 査の後、遺構・遺物の存否確認を行った。 検出された遺構は番号を付し、図面・写真 による記録を行った。断面図の標高は、調 査地南西隅の境界杭からのマイナス値で ある。出土遺物については、基本的に一括 して取り上げたが、明らかに遺構覆土中か ら出土した遺物については遺構一括とし て取り上げた。調査終了後は埋め戻し、旧 状に復した。 現地表面から1.0m程の深さまで攪乱 されていたが、それより下は盛土で、大き く6層が確認された。自然堆積層が検出さ れたのは約2.4mの深さで、この面で東西 方向に伸びる溝跡(1号遺構)が1条検出 された。 検出範囲での規模は、長さ3.0m、幅0.4 から0.6m、深さは0.15m程である。溝の 南北壁際には杭が7点出土しており、この うち6点は打ち込まれた状態で検出され ているため溝の側板を支えていた杭と推 測される。 1号遺構(溝)からは11点の遺物が出 土した。内訳は、陶磁器類では肥前産の 二重網目文磁器碗1点と美濃・瀬戸産の瓶 (高田徳利)小片2点、捏鉢と甕の破片が 1点ずつと江戸在地系のかわらけ小片1点 である。他には平瓦2点と丸瓦1点、使本郷元町北遺跡
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 出 土 遺 物 用痕や加工痕はないものの火打石の原石 である水戸産と推測される玉髄が1点出土 している。 なお攪乱からも40点程出土している が、大半は近代の磁器碗や皿などである。 調査地は本郷元町北遺跡の範囲に位置 しているが、今回の調査では縄文や弥生 の遺構・遺物は検出されなかった。検出 された1号遺構は出土遺物からして近世 の遺構(溝)である。規模・形状や検出 状況から排水溝と推測される。調査範囲 では勾配差は確認できなかったが、調査 地の現状は東から西へ下る斜面地の坂下 部分に当たるため、東から西へ向かって 排水されていたものと推測される。 調 査 所 見 東京都文京区本郷一丁目12番2号 個人住宅兼共同住宅建築 2010年9月21・22日 6m2 調査主体 処 置 支援業者 文京区教育委員会 記録保存 大成エンジニアリング株式会社 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 第2図 試掘坑配置図(S=1/200) 試掘坑 ︵ コ イ ン パ ー キ ン グ ︶ (道 路) 0 1/200 5m 境界杭写真3 試掘坑東壁断面(西から) 写真4 1号遺構出土遺物 第3図 試掘坑 平面図・断面図(S=1/80) 写真2 1号遺構西側完掘状況(北から) 写真1 1号遺構東側完掘状況(西から) A A' B B' 0 1/80 2m : 杭 A -0.80m A' B -0.80m B' 攪乱(ガラ) 攪乱(焼土) 2 3 5 6 7 4 攪乱(ガラ) 攪乱(焼土) 2 3 1 6 7 8 9 10 4 1号遺構(溝)
調査地点
本調査地点は、武蔵野台地東端部、小日 向台と呼称される小台地に位置し、護国寺 方向に緩やかに傾斜する斜面上に立地す る。 調査地点周辺は、東側で大塚二丁目北遺 跡(区No.109)・大塚窪町遺跡(区No.89)、 南側で大塚町遺跡(区No.86)・大塚遺跡(区 No.1)などの調査が行われ、縄文・弥生・ 古墳時代及び江戸時代の遺構・遺物が確認 されている。このうち、当該地東側には、 弥生時代の竪穴住居跡や江戸時代の地下 室・大型土坑・井戸跡などが検出された大 塚二丁目北遺跡が隣接している(註1)。 本調査は、共同住宅の建築工事に伴う調 査で、用地内の埋蔵文化財の記録保存を目 的とする。試掘坑は、建設予定地内の北東 部に東西4.0m、南北5.0mの調査区を設定 したが、表土掘削の途中で遺構が検出さ れたため、調査範囲を東西約5.2m、南北 約5.8mに拡張した。表土掘削は重機によ り、遺構の確認及び掘削は主に人力によっ て行った。現地表面から確認面としたロー ム層までは約0.54mを測る。 竪穴住居跡1軒、井戸跡2基、土坑2基が 検出された。 ■竪穴住居跡 01号遺構は竪穴住居跡である。調査区 北側に位置し、西側・南側は攪乱に切られ る。05号遺構と重複しており、05号遺構 に切られる。 平面形態は、隅丸長方形を呈すると推測 される。規模は、現況で長軸3.98m、短 軸2.98mを測り、確認面から床面までの 深さは、最大で0.16mである。床面から掘 り 方 底 面 ま で の 深 さ は 、 0 . 0 2 m から 0.14mである。床面は、ほぼ全面に貼床 が認められ、特に炉跡周辺及び入口付近で 硬化が顕著である。炉跡は、中央部から 北寄りに位置し、北西側は攪乱によって 壊されている。地床炉であり、炉の周囲 には粘土が認められ、周提を構築してい る。平面形は、ほぼ円形を呈し、規模は 直径0.42m、床面から炉の掘り方までの 深さは0.11mを測る。柱穴は、住居内北 東隅と南西隅に検出された。P01は円形大塚2-16-11地点
所 在 地 調査原因 調査期間 調査面積 位置・環境 調 査 方 法 検 出 遺 構 東京都文京区大塚二丁目16番11号 共同住宅建設 2010年10月18日∼21・25・26日 30.9m2 調査主体 処 置 文京区教育委員会 記録保存 第1図 調査地点位置図(S=1/2500) 第2図 試掘坑配置図(S=1/400) 隣地境界 線 隣地境界線 隣地境界線 道路境界線 道 路境界線プランを呈し、直径0.2m、深さ0.242m を測る。P02は円形プランを呈し、直径 0.17m、深さ0.309mを測る。内部から、 台付甕の脚部、及び小型壷が出土した。 その他、住居南側からピット1基が検出 された(P03)。楕円形プランを呈し、長 軸0.35m、短軸0.31m、深さ0.346mを 測る。 出土遺物は、前述したように、P02か ら台付甕の脚部や小型壷が出土してい る。台付甕の脚部は、外面に刷毛目が施 され、内面はヘラ削り後、ナデ整形され ている。また、小型壷は、頚部が赤彩塗 彩されており、口縁部に刺突文、頚部に 撚糸文、肩部に撚糸文・山形文が施され る。その他、甕の胴部片などが出土して いる。 上記の出土遺物から、本遺構は弥生時 代後期の所産と推定される。 ■井戸跡 04・05号遺構は、井戸跡である。 04号遺構は、調査区北西側に位置す る。平面形態は、井戸上部は歪んだ方形 を呈し、中央部は円形を呈する。方形プ ランの規模は、現況で長軸1.29m、短軸 1.16mであり、円形プランの直径は約 0.86mである。遺物は、焙烙や台付灯明 皿、美濃・瀬戸産陶器の腰丸碗などが検 出されている。これらの遺物から、18世 紀前葉から19世紀中葉に比定される。 05号遺構は、調査区南東側に位置す る。平面形は円形を呈する。確認面から、 約0.7mで掘削を終了したため、断面形 は不明であるが、壁面が垂直に立ち上が り、長方形を呈すると思われる。規模は、 直径約1.04mを測る。付帯施設として、 東側と西側に足かけが検出された。遺物 は、志戸呂産伊右門徳利、十能などが出 土している。これらの遺物から、18世紀 前葉から19世紀中葉に比定される。 ■土坑 02・03号遺構は土坑である。 02号遺構は、調査区南西側に位置し、 西側が調査区外に延びる。平面形は、西 写真1 調査区全景(南から) 写真2 01号遺構完掘状況(南東から) 写真3 01号遺構炉跡完掘状況(北西から) 写真4 02号遺構(東から)
側が調査区外に延びるが、隅丸長方形を 呈するものと思われる。断面形は凹字形 を呈し、底面は平滑に調整され、外面は 外傾して立ち上がる。確認された規模 は、長軸1.53m、短軸0.88m、深さ0.65m を測る。覆土には焼土が充填していた。 遺物は、磁器では蛸唐草文の施描された 肥前産の御神酒徳利、陶器では美濃・瀬 戸産の坏などが出土している。これらの 遺物から、17世紀後葉から19世紀中葉に 比定される。 03号遺構は、調査区中央部に位置し、 西側が攪乱に切られる。平面形は不定形 を呈する。断面形は凹レンズ状を呈し、 底面・壁面ともに未調整である。確認さ れた規模は、長軸1.14m、短軸0.88m、 深さ約0.53mを測る。遺物は、志田焼の 陶器皿、美濃・瀬戸産の陶器皿や焼塩 壷などが出土している。これらの遺物か ら、17世紀中葉から19世紀中葉に比定さ れる。 本調査地点においては、隣接する大塚 二丁目北遺跡と同様に、弥生時代後期 の竪穴住居跡が確認された。遺物は少量 ではあるものの、床面下の柱穴から、当 該期に比定できる小型壷及び台付甕脚部 が出土した。よって、当該地周辺には弥 生時代の集落が広がっていたと考えられ る。また、江戸時代の土坑・井戸が検出 されており、当該地の江戸時代における 土地利用状況が窺える。 調 査 所 見 写真5 04号遺構(西から) 第1表 検出遺構一覧表 写真6 05号遺構(東から) 調査時は、大塚二丁目北遺跡の隣接地であった が、2011年11月以降、大塚二丁目北遺跡は大塚 町遺跡と統合され、調査地も大塚町遺跡(区 No.86)に含まれた。 註1 遺構番号 01 02 03 04 05 時代 弥生 近世 近世 近世 近世 種別 住居跡 土坑 土坑 井戸 井戸 平面形 隅丸方形 隅丸長方形か 不定形 方形(中心部円形) 円形 深さ(m) 0.16 0.65 0.53 ― ― 切合関係 01<03・05 03>01 05>01 短軸(m) (2.98) (0.88) 0.88 方形部:1.16 長軸(m) (3.98) 1.53 (1.14) 方形部:1.29 円形部:径0.86 径1.04 確認面 (水準原点を ±0.0m) −54.1 −72.5 −62.3 −63.5 −49.7
第3図 調査区全体図(S=1/60) 第4図 01号遺構セクション図(S=1/60) 第5図 01号遺構炉跡セクション図(S=1/30) 土層説明 1 暗褐色土を主体とし、直径0.5cm程度のローム粒を含み、直径0.1cm程 度の炭化物を少量含む。一部、帯状にロームブロックを含む。締りや や弱く、粘性普通。 2 暗褐色土を主体とし、直径0.5 ∼ 4.0cmのローム粒を少量含み、直径0.5 cm程度の炭化物を少量含む。締り普通、粘性やや弱い。 3 暗褐色土を主体とし、ロームブロックを多量に含む。締り強く、粘性 普通。 土層説明 1 暗褐色土を主体とし、粘土粒を少量含む。締り普通、粘性やや弱い。 2 暗褐色土を主体とし、粘土粒を中量含む。締りやや強く、粘性やや弱い。 3 暗褐色土を主体とし、粘土を多量に含む。締り強く、粘性強い。
写真7 01号遺構出土遺物 第2表 遺物集計表 写真8 02号遺構出土遺物 写真9 03号遺構出土遺物 写真10 04号遺構出土遺物 写真11 05号遺構出土遺物 出土位置別 合計 その他 重量 (g) 479 1199 4013 3445 1930 2541 13607 23 38 182 40 24 103 410 数量 重量 (g) 5 13 18 1 2 3 数量 銅製品 重量 (g) 3 18 1 22 銭1 3 1 4 数量 鉄製品 重量 (g) 46 65 111 2 1 3 数量 石・石製品 重量 (g) 20 360 250 630 1 7 4 12 数量 瓦 重量 (g) 139 960 860 1959 2 1 10 13 数量 土製品 重量 (g) 214 214 6 6 数量 土器 重量 (g) 46 310 1180 470 231 2237 6 20 16 5 30 77 数量 器 重量 (g) 75 281 100 890 510 1856 1 5 2 2 6 16 数量 陶器 重量 (g) 725 2185 1080 500 455 4945 15 87 16 10 29 157 数量 磁器 重量 (g) 330 460 120 70 156 1138 14 50 4 7 20 95 数量 土器 近世 弥生時代 重量 (g) 479 479 23 23 01号遺構 02号遺構 03号遺構 04号遺構 05号遺構 表採 大別合計 数量 出土位置