教養教育としての第二外国語教育
-東京大学 2015 年度秋学期(Aセメスター)の授業の記録から-
渡 辺 暁* 1. はじめに -大学における語学教育は何を目指すべきか- 1.1 山梨大学におけるスペイン語の授業とその目標 山梨大学では 2012 年度からスペイン語科目が導入さ れた。初級の受講生は初年度の 85 名から1、2013 年度 には 183 名、2014 年度には 238 名へと順調に伸び、そ れ以降は 2015 年度 221 名、2016 年度 216 名、2017 年度 230 名と、220 名前後(±10 名程度)で推移している。 特に、教育学部では履修者が例年定員の過半数を超え、 生命環境学部でも 2016 年の改組後だけを見ても、150 人の定員中、2016 年度は 62 名、2017 年度は 64 名と、 4割をこえる学生が履修している。 そもそも大学で外国語を学ぶ--教員の立場から言え ば「教える」--意義とは何か。この問いは日本の大学 において、繰り返し問い続けられてきた。英文学者・翻 訳家の中野好夫は、東京帝国大学で教鞭をとっていた当 時(1938 年)に発表した論考の中で、英語を学ぶ意義 として、自身の学習プロセスを振り返りながら、英語の 本を読むことを通した知的欲求の充足と、それに伴う 「教養的完成とか世界的視野の拡大」をあげている(中 野 1979)。それから 75 年以上がたった頃、山本(2014) は東京大学教養課程の新英語教科書の導入にあたって、 東大が目指すのは「教養英語」、つまり教養を重視した 英語教育であり、「実用英語」教育ではないと述べてい る。 筆者は山梨大学着任以前より、首都圏の複数の大学で 非常勤講師として授業を担当し、それぞれの大学のカリ キュラムの大枠を踏襲しつつ、現代の日本における大学 生の第二外国語教育について、何を教え、どんなことを 学生に伝えるべきなのかを考察してきた。そうした経験 から筆者も、現時点では山本と同様、大学での語学教育 にとって重要なのは教養教育としての側面であり、それ はさらに言えば実用的な外国語スキルの習得よりも現実 的な目標ではないか、言い換えれば、第二外国語教育に おいてはその言語を教えることも当然重要だが、その言 語が話されている地域についての関心を育んだり、それ らの地域の文化について学ぶことも、おそらくそれと同 等の重要性を持っているのではないか、と考えている次 第である。 山梨大学のスペイン語のカリキュラムは、まさにそう した思想に基づいて設計されている。もう少し具体的に いえば、週に一度しかないスペイン語の授業の中で、当 然語学そのものを教えつつも、広大なスペイン語圏の社 会と文化についての知識を、様々な地域を専門とする教 員が教える、というのが、開講当初からのスペイン語の カリキュラムの特徴である。たとえば、専任教員の渡辺 はメキシコの政治と同国からアメリカへの移民を研究対 象としており、また非常勤講師の皆さんも、スペイン、 ウルグアイ、ペルー、ボリビアなどさまざまな地域を専 門とし、また学問分野の面でも、社会学、文学、文化人 類学、地理学といったさまざまな角度から研究を行って いる。こうした教員が授業を担当することにより、教員 各自が持つスペイン語圏について持つ知識が授業の中で 自然とにじみ出ることで、学生の皆さんに語学の習得そ のもの以外の、語学を学ぶことの重要性が伝わっていく ことが、こうした人選の基盤となっており、またカリキュ ラムのベースとなっているのである。 1.2 教養教育としてのスペイン語の授業 -東京大学文科三類2年生の例- 筆者がこれまで行ってきた授業の中で、この教養教育 としての語学教育というコンセプトを極限まで推し進め たものが、非常勤先の東京大学で 2015 年度後期(東大 での呼び名はAセメスター)に行った、文科三類2年生 向けの授業であった。本稿の目的は、この授業の報告を 通して筆者の教養教育についての考え方をまとめること であり、さらにはそうした授業の中で、どのようなこと を学生の皆さんは考え、感じてくれたのか、つまり、第 二外国語の授業をいわゆる教養教育の一環として見た場 合、どのような役割、特に「第二外国語ならでは」の独 自の役割があるのか、について考えることである。こう した大学の教養課程における第二外国語教育についての 考えをまとめた文章は、山梨大学着任以前に一度発表し たことがあるが(渡辺 2012)、山梨大での5年間の教育 経験、そして着任以降さまざまな大学教育関係の研究会 や学会に参加して学んだことを、ここでまとめておきた い、と考えた次第である。 ところで、山梨大学の専任教員である筆者が本学の紀 要に、本務校ではない東京大学での授業の実践報告を執 筆することを奇異に感じられる向きもあるかと思われる * 教養教育センターので、理由を説明しておく。まず一点目として、この授 業では教科書や進度のノルマが課されることなく、担当 教員が自由に教材を選び、授業を展開することができ た。そのため前述のように、結果として筆者が教えたい と思う内容に特化した、教養科目としてのスペイン語の 授業を展開することができたためである。 二点目として、我々教員は「職務に有益」であること を理由に、こうした他大学での非常勤講師という兼業を 認めて頂いているが、これまで筆者は、そうした活動に ついての報告を特に行ってこなかった。本稿は、他大学 での非常勤講師としての授業の内容を詳細に報告するこ とで、非常勤講師としての経験が実際に本学での授業に 有益であることを示そうとするものでもある。本学にお けるスペイン語カリキュラムの設計過程については、そ のカリキュラムが一応の完成を見る来年度以降に、稿を 改めてその過程を振り返る予定である。 最後に蛇足ながら付け加えておけば、本稿はこうした 外国語教育に対する考察であると同時に、実際に使った 教材そしてその使い方を紹介することで、他の語学教員 をはじめとする先生方に、授業実践例としてお役に立つ ことを目指している。筆者は常々、語学教育にはより多 様な教材が取り入れられてしかるべきだと考えている が、この授業では実際、映画や音楽に加えて料理番組や スポーツ中継の映像を取り上げた。こうした素材は確か に扱いが難しいが、学生にとってより親しみやすく、ス ペイン語圏の生活に根ざした文化やものの見方を教え、 彼らの視野を広げてくれる格好の素材であり、適切に授 業に取り入れれば、語学の教材としてもよいものになり 得ると考える次第である。 2. 東京大学文科三類2年生最後のスペイン語必修授業 2. 1 この授業の背景と概要 筆者は 2007 年後期(冬学期)より東京大学教養学部 でスペイン語の非常勤講師を務め、主に理系の1年生相 手の初級の授業と第三外国語中級の授業を担当してき た2。2015 年の後期は、文科三類(以下文三と略す)2 年生の授業を担当した。2015 年度に実施されたセメス ター・クオーター制の導入に伴う、語学の必修授業の制 度変更により、この授業は文三2年生に対する最後の必 修授業となった3。 この授業で筆者は、時間の許す限り、新聞記事や映 画・音楽といった、通常の語学の授業で用いられる素材 に加え、スポーツ実況・マンガ・料理番組といった、さ まざまなソースを用い、そこに出てくるスペイン語を聞 き取ったりスクリプトを読んだりしてもらった。こうし たさまざまな素材を通して、生きたスペイン語にふれて もらうとともに、彼らの視野を広げ、そして彼らの知識 と関連づけて、それらが提起する問題について考えても らうことが、この授業のねらいであった。 この授業を受講してくれた学生達は、2年後期の筆者 の授業に先立ってどのような授業を受けてきたのだろう か。2014 年に文科三類に入学した彼らは、1年次に共 通教科書Dímelo で文法を習得しつつ(週2コマ)、ネイ ティブ教員の会話の授業(週1コマ)を受け、2年次の 前期には東大スペイン語部会が作成した中級用の教科書 Viajeros を用いて講読中心の授業を受けてきた。つまり、 彼らは1年では一通りの文法を学ぶと同時にネイティブ 教員による授業を受け、2年生前半ではそうした知識を 生かして中級教科書の読み物に取り組んできたことにな る。ただし、この教科書はかなり難易度が高く、多くの 学生が読解にかなり苦労した模様であった。従って、彼 らにとって最後となる2年生後半の授業は、より親しみ やすい教材をと思い、映像を多用し、また文章を用いる としても平易なものを使うこととした。 2. 2. 文法について この授業では文法についても適宜復習を行った。学生 達は、一通りの文法知識はもちろん持っているものの、 一年次にかなりのスピードで知識を詰め込まれたため、 理解が不十分ではないところも残っているから、である。 特に動詞の時制については、直説法と接続法といった 「法=mood」の概念や、過去時制と現在時制の区別(例 えば、現在完了と過去形はどう違うのか、さらには応用 として、なぜ英語の仮定法は過去形なのか、など)、ス ペイン語のツールというよりは、英語など他の言語にも 応用できるような、体系としての文法の説明を行った。 ところで筆者が授業でこうした文法構造、特に現在と 過去の時制の区別について話すときは、坂部(2008)の 「かたり」についての論考を参考にしている。坂部は「か たり」と「はなし」という二つの語に注目し、「はなし」 が現在時制であり「緊張」をあらわすのに対し、「かた り」は過去時制そして「緊張の緩和」をあらわすとして、 現在と過去の二つの時制が「緊張とその緩和」を表すこ とにもつながっている、と主張する。この坂部の考えは、 例えば英語の仮定法の助動詞が、なぜ現在のことを表す にもかかわらず過去形なのか、を説明するのに非常に便 利である。 またこの点については、エヴェレット(Everett, 2009 屋代訳, 2012)のピダハン語(アマゾンの先住民言語) についての論考も示唆に富んでいる。エヴェレットが調 査したピダハンの人々は神話を持たず、言語もそれに対 応して過去に完了したことを持たない。また、彼らに とっては直接体験が非常に重要で抽象化を嫌うため、数 字や、単純な色を表す単語などもない。こうしたさまざ まな言語の文法の知識は、言語を通して世界観を考える ような姿勢にもつながるのではないか。スペイン語の文 法体系を学ぶことによって、スペイン語の持つ世界観な どにもふれてもらうことは、外国語の習得を越えて、言
語についてより深く考えるきっかけとなるだろう。 なお、授業では毎回終了前にコメントシートを提出し てもらい、授業の中で気になったこと、疑問に思ったこ と、面白かったスペイン語の表現、自由記述の項目にわ けて記述してもらった。こうした意見、特に気になるコ メントや質問に対しては、毎週プリントを作って回答し たほか、次回の教材選びのヒントとして活用した。 2. 3. 実際に使った素材 本節では実際の授業で使った素材を紹介するが、その 前に映像を見せたかを説明しておきたい。映像は長いも のから短いものまで様々であったが、基本的には一度映 像を見せ、聞き取れた単語を言ってもらい、彼らにも聞 き取れそうな単語をヒントとして黒板に書くなど、なる べく彼らの手の届きそうな見せ方を心がけた。また、後 述するように日本語字幕がある映画の場合は、それをヒ ントに原文は何かを考えてもらうといった方法も取り入 れた。 当然のことながら、こうした教材を探し、授業で使え るようにするにはそれ相応の時間がかかった。しかし素 材探しの過程は本来楽しいものであり、しかも自分が面 白いと思ったものを人に紹介できるのは教員としての一 種の特権でもあった。さらには、少なくとも一部の素材 については、後述のように高い教育効果と学生の満足度 が得られたと自負している。 2. 3. 1 映画 スペイン語圏は、ペドロ・アルモドバル、アレハンド ロ・アメナーバル(以上スペイン)、アルフォンソ・ク アロン、アレハンドロ・ゴンサレス=イニャリトゥ(以 上メキシコ)といった世界的に有名な監督達(そしてア ントニオ・バンデラス、ハビエル・バルデムそしてペ ネロペ・クルスといったスペイン語圏だけでなくハリ ウッドでも活躍する名優達)を輩出していることから もわかるように、映画が盛んな国々である。この授業 でも何本かの映画を取り上げた。そのうちの一本、『瞳 の奥の秘密』(原題El secreto de sus ojos, 監督 Juan José Campanella)は、2009 年に制作され、アカデミー賞外国 語映画賞を受賞したアルゼンチン映画である。2000 年 に引退した元判事が、軍事クーデター前夜の 1975 年に 担当し、解決できなかった殺人事件の謎に迫っていくと いうストーリーで、1975 年と 2000 年の二つの時間を行 き来しながら話が展開していく。 内容の面白さもさることながら、字幕と実際のセリフ との対照が、学生の興味を引いた。例えば、字幕では 「天使さん」の一言で訳されている台詞が実際にはかな り長いが、何を言っているのか、といった疑問である。 これは実は女性に対するpiropo(=女性に対して男性が 思わず口にしてしまう褒め言葉)であり、直訳は「Se abrió la puerta del cielo y se escapó... =天国の扉が開いて 逃げ出した..」となるのだが、字幕のシンプルな表現は 実はかなりひねった訳であるとわかる。翻訳の面白さと 原文を知ることの大切さ、その両方がわかる例であろう。 2. 3. 2 スポーツの実況中継 おそらくこの授業の中で一番学生の目を釘付けにした 映像は、2015 年スペイン国王杯決勝戦、バルセロナ対 ビルバオ戦でのメッシのゴールのシーンだったであろ う。センターライン付近から単独でドリブルしてゴール に至るまでの実況と、ゴール後のありとあらゆる形容を 使った絶賛の文句(「この火星人はどこから現れたので しょうか」「メッシ、存在してくれてありがとう!」な ど)は文学的ですらあり、しかも適切なヒントを出せば 学生にも十分聞き取れ、理解できるような内容であった。 スペイン語圏、特にカリブ海地域にとって、野球も サッカーに劣らず重要なスポーツである。この授業でも、 大リーグ公式サイトにあった 2015 年ワールドシリーズ のMVP 受賞インタビューを見せた。MVP に輝いたカ ンザスシティのペレス(Salvador Pérez)捕手はベネスエ ラ出身である。この記者会見では、英語の質問と、それ に対するペレス選手の強いカリブ系スペイン語訛りの回 答が続いたあと、最後にスペイン語の質疑応答に切り替 わるところを見てもらった。アメリカ合衆国という国に おける二つの言語の共存状態が伝わったように思う。 またこれに関連して、授業ではイチロー選手について の新聞記事(Lefton, 2014)も紹介した。イチロー選手 は出塁すると、スペイン語圏出身者の内野手とはスラン グを交えたスペイン語で会話し、外国人(非アメリカ出 身者)同士として親睦を深めている、という内容の記事 で、スペイン語で「全然走れねーよ」と言った直後に盗 塁を決めたエピソードなどが紹介されていた。私自身も アメリカ留学中に、ヒスパニックの人たちとスペイン語 で話すと、英語で話すのに比べて一気に親近が増すとい う経験をたびたびしているが、お互いが英語を話せたと しても、相手の言語でコミュニケーションをとることの 重要性を、理解してもらえたのではないか。 2. 3. 3 料理番組 この授業では料理番組もいくつか用いた。一つは、ス ペインの女性向けウェブサイトEn casa contigo(www. encasacontigo.com:「家であなたと一緒に」)の中の料理 番組シリーズからtortilla española(スペイン風オムレツ) を作る回である。料理番組の語学教育上の利点として は、食材の名前がテロップで出るので聞き取りがしやす く、また調理に関する語彙に関しても、日本語に適切な 語句がない、などの面白さがある。例えばスペイン語に はpochar という動詞があるが、これは「低温の油で(野
菜などを)ゆっくり揚げる」とでも訳すしかない単語で ある。また、比較的簡単で材料が手に入りやすいもので あれば、実際に作ってみることができるというのも、料 理番組が学生の関心を引いてくれる点である。 料理関連では他に、MasterChef という番組の映像を見 せた。こちらは料理を通して若者達が競い合い学んでい く、というリアリティーショウで、スペイン・アルゼン チン・メキシコなど、スペイン語圏だけでも複数の国で 制作されている。授業ではアルゼンチン版の中から、ア ルゼンチン生まれだが両親はボリビア人という参加者 が、母が作ってくれた思い出の「ピーナッツスープ」を 作り、普段は厳しい審査員達が絶賛するシーンを見た。 もちろん語学の授業としての主眼は、審査員の褒め言葉 のレトリック(「料理は人を別の場所に連れて行く乗り 物だ」など)を通して、スペイン語の表現を学ぶことに あったが、ラテンアメリカ内の人の移動や食文化の違い など、さらに広いテーマにつながる場面であったように 思う。 2. 3. 4 マンガ マファルダ(Mafalda)は、アルゼンチンの漫画家キ ノ(Quino)の作品で、スペイン語圏全域でよく知られ ている 4 コママンガ(厳密にはcomic strip)である。実 際に描かれていたのは 1964 年から 73 年にかけての十年 足らずであるが、今でもよく読まれている作品である。 授業ではいくつかの作品を選び、その場で辞書を引いて 読んでもらったところ、多くの学生が「はじめてスペイ ン語の文章を自分で調べて“意味がわかる”というよろ こびを味わった」とコメントしてくれた。笑いのセンス は文化圏によって違うが、(日本人である筆者が選んだ こともあり)少なくとも一部の学生が、その笑いを、し かも自力で理解してくれたことは、本人達にとっても、 教える側の筆者にとっても、達成感がある授業であった。 2. 3. 5 音楽 スペイン語圏にはたくさんの音楽ジャンルがあり、そ してそのそれぞれに多くの名曲があるが、この授業で かけたもので一曲紹介するとすれば、スペイン随一の ポップバンド、La oreja de van Gogh(=ゴッホの耳)の Jueves(=木曜日)という曲である。これは、2004 年3 月 11 日に起きたマドリード・アトチャ駅での爆弾テロ 事件の犠牲者への鎮魂歌であり、モノクロのプロモー ションビデオが何バージョンか制作されている。実はこ の曲をかけたのはある週の授業の終了直前で、解説は次 週、ということでその回は終了となった。しかし、この 歌のたたえるただならぬ気配を感じた学生さんが、帰り 道にこの曲のことを調べ、「歌の意味を知って地下鉄の 中で泣きそうになってしまい困った」というコメントを 寄せてくれた。このように、紹介する作品に魅力があれ ば、解説がなくても学生が自分で関心を持って調べてく れることもある。教材選びの重要性を再確認した授業で あった。 2. 3. 6 その他 伝統的な、つまり文字で書かれたテクストは、この 授業の教材の中ではどちらかというと少数派であった が、二つの例を紹介しておきたい。一つは 2015 年9 月、ローマ法王フランシスコのワシントン訪問時に話 題となった、5歳の少女ソフィーの手紙である。メキ シコ系アメリカ人の彼女は、スペイン語で書かれたこ の手紙の中で、自分の両親をはじめとする、いわゆる undocumented immigrants つまり「不法」移民の在留合法 化を訴えた(Hernández, 2015:なお、アメリカ生まれ のソフィー自身はアメリカ市民権を持っている)。 もう一つのテクストは、作家ガルシア=マルケスの ノーベル賞受賞演説である(García Márquez, 1982 鼓訳, 2012)。この文章そのものはかなり難解だが、鼓による 優れた翻訳があり、また演説そのものもノーベル賞の ウェブサイトで聞けるようになっている。授業では翻訳 を参照しつつ、原文を目で追いながら、非常にゆったり とした作家自身の声を聞いてもらうという形で扱った。 3. 結びにかえて 本稿では、2015 年度秋学期に東京大学教養学部文科 三類の2年生に対して行った、スペイン語中級の授業の 内容を紹介した。教養としての外国語教育といえば、か つては古典をはじめとする文学作品の読解が中心であっ た。筆者ももちろん読解の授業の重要性を否定するもの ではないが、インターネットのおかげで音楽や映像など のさまざまなソースに簡単にアクセスできるようになっ た今、外国語教育の教材もそれに伴って多様化すること が自然であろうし、そうしたマルチメディアの学生に とって親しみやすい内容を教員の側が提供することは、 彼らの語学への関心を高め、視野を広げることにつなが ると考えている。 当然のことながら本稿で紹介した教材のかなりの部分 は、山梨大学のスペイン語の授業でも(初級/中級を問 わず)活用した。文法や語彙のレベルは違っても、歌に 感動したり、料理番組から語彙を学んだりといった形 で、山梨大学の学生の皆さんもそうした授業からさまざ まなことを学びとってくれた。今後もこうした授業の素 材を集め、またそれを語学習得のさまざまな段階におい て用いることで、学生の皆さんの語学力をのばすととも に、彼らのスペイン語圏そして世界への関心を引き出す ような授業を行っていこうと考える次第である。
参考文献
エヴェレット, ダニエル L.2012.『ピダハン-言語本能 を超える文化と世界観』屋代通子翻訳, みすず書房 (Everett, Daniel L. 2009. Don't Sleep, There Are Snakes:
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Vintage).
ガルシア=マルケス, ガブリエル. 1982.「ラテンアメリ カの孤独─ 1982 年度ノーベル文学賞受賞講演」『予 告された殺人の記録・十二の遍歴の物語』鼓直訳, 新潮社, 2000 年, 313-321(Gabriel García Márquez. 1982. "La soledad de América Latina.").
濱田純一 (2011).「「秋入学」は生き残りへの賭け」『文 藝春秋』11 月号, 206-213.
Hernández, Arelis R. (2015). "Meet Sophie Cruz, 5-year-old Who Gave the Pope a Letter Because She Doesn’t Want Her Parents Deported." Washington Post. Sept. 23. Lefton, Brad (2014). "Ichiro Suzuki Uncensored, en Español:
Between the Lines, Japanese Star Is Known as a First-Class Spanish Trash Talker." Wall Street Journal. Aug. 29. 中野好夫 (1979 [1938]).「語学-如是我観」『酸っぱい 葡萄』みすず書房, 301-330. 坂部恵 (2008).『かたり-物語の文法』ちくま学芸文庫. 東京大学 (2014).『平成 27 年度に本学に在籍する学生・ 教職員並びに本学関係者の皆さんへ』(http://www. u-tokyo.ac.jp/content/400004474.pdf)(2016 年8月 24 日) 東京大学スペイン語部会 (2003).Dímelo. 朝日出版社. 東京大学スペイン語部会 (2008).Viajeros. 東京大学出版 会. 山本史郎 (2014).「「教養英語」事始め-『教養英語読 本』は「英語教育」をめざさない?」『教養学部報』 562. 渡辺暁 (2012).「地域研究者として教える第二外国語- ラテンアメリカ研究とスペイン語教育のあいだ」『青 山スタンダード論集』7, 107-122.
Watanabe, Akira. (2014). "Throw away the Textbook and Get a Paperback Instead: Reading García Márquez Short Stories and Sandra Cisneros’s La casa en Mango Street in Spanish with Limited Vocabulary and Grammatical Knowledge." The Journal of Literature in Language
Teaching, 3 (1), 8-19. (注) 1初年度には正規の受講生である1年生に加えて、スペ イン語が初めて開講されたと言うことで、2年生以上の 学生が4名、単位としては認定されないにもかかわらず 受講してくれたことを、書き添えておきたい。 2この第三外国語中級の授業については、渡辺(2012) およびWatanabe(2014)を参照されたい。なおこれら の授業においては、ガルシア=マルケスの短編小説など を扱ってきたが、その経験は、2013 年度後期の医学部 中級の授業で行った熱心な学生との講読の授業に、大い に生かされたと考えている。 3東京大学では 2009 年に就任した濱田前総長がグロー バルな人材育成のための制度改革の一つとして、秋入学 制度への移行を提唱し(濱田、2011)、長い議論の結果、 2015 年度よりクオーター制が導入された(従来のセメ スター制と併用)。これと同時に教養学部では授業一コ マの長さが 90 分から 105 分に延長された(東京大学、 2014)。これに伴い、それまで理系で週に2コマ、文系 で週3コマが前後期とも必修となっていた1年生の初修 外国語(英語以外の外国語)の授業は、理系で前期2コ マ、後期1コマに削減された。これで年間の初修外国語 の総授業時間は、4680 分から 4095 分へと短縮され、同 時にこれまで必修(文科一・二類は前期まで・文科三類 は後期まで)であった文系2年生の初修外国語は、選択 科目となった。